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長富蓮実「その名は、ハスラー♪」
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1 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:17:42.50 ID:G9OiTGlK0
P「中古ソフト屋でもなく、アニメショップでもなく、家電リサイクルショップか……いや、これは確かに盲点だ」
島根へ出張に行く。事務所でみんなにそう言った時、神谷奈緒と荒木比奈の2人が、俄然興奮して詰め寄ってきた。
奈緒「あ、あのさ。島根には未だにLDとか売ってるとこ、普通にあるんだよな」
比奈「時間があったら、のぞいて来て欲しいっス」
P「LD? LDってつまり、レーザーディスクか?」
俺はおもいっきり面食らう。今のこのご時世に、レーザーディスクだと?
奈緒「ああ。アニメでさ、DVDでは発売されてないけど、LDなら出てるのって結構あるんだよ」
比奈「有名どこだと、YAT!安心宇宙旅行とか、ミラクルガールズとか」
奈緒「そうそう! そういうの、見たいんだよ。時間があったらでいいからさ!」
比奈「お願いするっス! ハスラーさん」
P「……そのあだ名で俺を呼ぶな」
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1577506662
2 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:19:07.41 ID:G9OiTGlK0
念のために言っておくと、この2人は俺の担当アイドルではない。
いや。今はもう俺は、1人のアイドルも担当していない。
P「しかしまあ保証はできないが、時間があればな」
とはいえ、口ではそう言ったものの、可愛い所属アイドルの頼みではあるわけだし、彼女たちとは気心も知れている。
彼女たちの頼みだ、少しぐらい骨を折ってもよかろう――
そう思ってはいたが、なかなかそういう店は見つからず、現地であちこち話を聞いて教えられたのはなんと、家電リサイクルショップだった。それも、地域密着の小さな店舗だ。
その一角に、中古LDプレイヤーと共に雑多にLDが並べられている。
P「こりゃあネットにも噂だけで、のってないはずだ。さて……アニメのLD……ん?」
見ればムーミンのLDの横に、懐かしいアイドルのLDが並んでいる。
P「ああ、懐かしいな。みんな今はもう大物だとか、大御所なんて呼ばれてるんだよな。あの頃は、みんな……若かったよな」
古い記憶が脳裏をよぎる。思わずLDに手が伸びる。
と――誰かの手が、俺の手と重なった。
蓮実「あ……ごめんなさい。どうぞ」
3 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:20:51.25 ID:G9OiTGlK0
P「あ、いや。買うつもりはないんだ。ただ、懐かしくてつい……あなたこそどうぞ」
言いながら可笑しくなった。
相手は若い女の子だ。おそらく高校生ぐらいだろうが、そんな娘が、俺が担当していたような時代のアイドルに興味があるはずがない。
蓮実「いいんですか? では、お先に失礼しますね」
なんとそう言うと彼女は、にこにこしながらLDを手に取ると、熱心にジャケットの表も裏も眺めている。
蓮実「あ、これ武道館ライブのLDだ。うわあ、フフフフフンフーン♪」
店内は少しほこりっぽく、天窓から太陽の光が射し込んできて、それはチンダル現象を引き起こしながら控えめにキラキラと光っていた。
その光の柱の中で、その娘は目を閉じてハミングをしながら、懐かしい振り付けを踊っていた。
俺は一瞬、自分がどこにいるのか忘れた。
舞台袖から見る、あの光景が目の前に広がったようだった。。
アイドルが神聖視されていた、あの時代に自分が還ったような気がした。
蓮実「……あ」
4 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:21:38.09 ID:G9OiTGlK0
気がつけば、彼女は頬を赤く染めて俺を見ていた。
そう、いつの間にか俺は彼女を凝視していた。
蓮実「し、失礼します」
LDを胸に抱え、レジへと向かおうとする彼女を俺は必死で呼び止めた。
P「待ってくれ! 君、名前は?」
蓮実「え? あ、あのう……」
P「いや、俺は怪しい者じゃない」
言いながら俺は、名刺を取り出す。
久しく使っていない、プロデューサーやスカウトマンとしての名刺だ。
蓮実「芸能事務所? それも確か……あ、あの、もしかして有名なアイドル事務所の!?」
P「そうだ。君、アイドルに興味は……」
蓮実「はい! 私、アイドルが大好きなんです」
P「君も……アイドルをやってみる気は?」
5 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:22:33.45 ID:G9OiTGlK0
俺は、きっと彼女は大きく頷くだろうと思っていた。
見るからに可愛い。そしてそれだげなく、清純な雰囲気。
アイドルが好きだと聞き、きっと喜んでOKをしてくれると思いこんでいた。
蓮実「……私は……」
P「ん?」
蓮実「私が憧れているのは、今のアイドルじゃないんです。こういう……お母さんが大好きだった、昔のアイドルなんです」
まるで隠れるように彼女は、LDを俺の前にかざしながら言った。
なるほど。母親の影響か。
それにしても、アイドルも様変わりした。
以前のアイドルは、確かに日常からはかけ離れたイメージで捉えられていた。
どこかおとぎ話のような……だがそれだけに夢に彩られた存在だった。
蓮実「もちろん。今のアイドルも好きです。みんな可愛いし、ダンスとか曲もすごく楽しいです。でも、私がなりたいのは……」
そうか。
この娘は、わかってる。現実を理解している。
夢の世界から来たようなアイドル。
一定の距離をおいて、応援してくれるファン。
今はもう、そういったものはないのだ。
時代の流れの移り変わりに、過ぎ去ってしまったのだ。
俺だってそれは、わかっている。
6 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:23:08.24 ID:G9OiTGlK0
P「とりあえず……名刺だけは、受け取ってくれないか。そして、もしその気になることがあったなら……」
蓮実「……あったなら?」
P「俺と、夢を育てよう……」
蓮実「……」
彼女は少し考えるように目を伏せた。
後から思えば、なんとも無謀な事を言ったものだ。後先など考えていなかった。
だが、言わずにはいられなかった。
いられなかったのだ……
P「君の名前は?」
蓮実「長富……蓮実です」
P「長富蓮実さんだね。覚えておくよ。そして……待っている」
目を離さず黙っている俺に、彼女はしばらく困ったようにしていたが、やがてぺこりと頭を下げると小走りに去っていった。LDを抱えて。
7 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:23:53.34 ID:G9OiTGlK0
奈緒「ど、どうだった!?」
比奈「めぼしそうなLDは、あったっスか!?」
帰京して2人に詰め寄られ、あの時の記憶が蘇る。
まるであの頃の雰囲気を。そのままに持った少女。
長富蓮実のことを。
あれから連絡はない。もしかと思って、久しぶりにケータイの電源を一日中切らずにいたのだが、俺のケータイが鳴ることはなかった。
奈緒「な、なあ!」
比奈「どうしたんスか? ハスラーさん」
P「……その名で俺を呼ぶな。いや、実は家電リサイクルショップにアニメのLDがあることはあったんだがな、2人が言ってたようなアニメはなかったぞ」
奈緒「そうなのか……ちょっと残念だな」
比奈「家電リサイクルショップっスか。なるほど、それは通販とかやってないはずっスね」
8 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:24:52.58 ID:G9OiTGlK0
P「アニメって言っても置いてあるのは、ムーミンとかそういうのだけだったな」
奈緒「……え?」
比奈「……ムーミン?」
P「ああ。別に珍しくもないだろ、ムーミンとか」
奈緒「どんな……ムーミンだった?」
P「どんな、って……そういや、グッズとかで見かけるムーミンとはちょっと違ってた気がするな。ムーミンってジャケットに書いてあったからわかったけど、言われてみるとムーミンってあんなだっけかな」
比奈「ちょっと待つっス。もしかしてそのムーミンっていうのは……」
スケッチブックを取り出すと、荒木比奈はシャシャシャという軽快な音をたてながらシャーペンで何かを描き始める。
比奈「こんな顔じゃなかったっスか!?」
9 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:25:49.96 ID:G9OiTGlK0
P「ん? おお、そうそう。こんな顔のムーミンだったな。あれはなんだ? 海賊版か何かか?」
奈緒「比奈さん、これってやっぱり!」
比奈「間違いないっス! 幻の1969年の東京ムービー版ムーミンLDっスよ!!」
P「? なんだそりゃ?」
奈緒「日本で最初のムーミンのアニメなんだよ。色々あって、DVD化されてない上に、される見込みもない幻のアニメなんだ!」
P「色々?」
比奈「原作者と揉めたんス……そ、それよりもこのムーミン見たいっス! 今から買ってきて欲しいっス!!」
P「無茶言うな。もう帰ってきたんだから」
奈緒「あああ〜! ハスラーさんに説明しておくんだった〜!! まさかそんなお宝LDが、普通に売られてるとは……!!!」
P「1枚100円だったな」
10 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:27:09.11 ID:G9OiTGlK0
比奈「うわああああああーーー!!!」
奈緒「島根、おそるべし……」
比奈「島根でお仕事がある機会を待つしかないっスか……」
P「もしくは、誰かが島根からやって来る時に……」
言いかけて俺は自嘲した。
まだ期待しているのか?
あの娘からの連絡はない。
俺だって、今からプロデュース業なんてできるのか?
俺が!?
今から!?
時代は流れ、去っていくものだ。
時計だって壊れれば針は止まる。だが、戻らない。
今から俺が、プロデュースなどできるものか。
あの娘にしてもそうだ。
あの娘――長富蓮実の、夢見る世界はもうない。
プロデューサーは、アイドルが夢見る世界へエスコートするのが仕事だ。
だが、彼女の夢見る世界は……もう、ないのだ。
その証拠に、みろ。俺のこのケータイだって――鳴らな……
♪♪♪〜♪〜♪♪〜♪
P「!?」
11 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:27:38.03 ID:G9OiTGlK0
奈緒「あれ? ハスラーさん?」
比奈「ケータイ鳴ってるっスよ?」
P「……」
鳴るのか……鳴ったのか。
俺は二つ折りのケータイを開く。知らない番号だ。
もしかして……
期待が高まる。
蓮実「もしもし? あの、私……」
P「長富さんだね!?」
蓮実「あ……はい。あの、先日……」
P「ああ。その気になって……くれたのかな?」
蓮実「まだ……迷ってます。でも……」
迷っているということは、脈アリだ。
12 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:28:10.33 ID:G9OiTGlK0
P「一度……事務所に来てみませんか?」
蓮実「え?」
P「ええ。なる、ならないはおいておいて、アイドルの実際の様子を見学に来ませんか?」
蓮実「見学……ですか」
P「そうです。それを見てから、色々と考えてもいいんじゃないでしょうか」
しばらく電話の向こうで彼女は黙っていたが、やがて言った。
蓮実「では……お願いします」
俺は、大きく息を吐いた。
これは彼女をアイドルにする、第一歩だ。
彼女と日時を打ち合わせると、俺は恐縮しながら口を開く。
13 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:28:47.42 ID:G9OiTGlK0
P「ところで、その……上京する際にひとつお願いがあるのですが……」
蓮実「は、はい。なんでしょう?」
P「先日、あなたとお会いした店、覚えておられますか?」
蓮実「? はい」
P「あの店でですね。LDを……買ってきて欲しいのですが」
蓮実「? はあ」
P「その、ムーミンの」
蓮実「……あの、お好きなんですか?」
P「え?」
蓮実「その……ムーミンが」
P「あ、いやいやいや! 俺ではなくて、見たいと言っている娘がいるので」
蓮実「そうなんですか。わかりました、忘れずに持って行きますね」
14 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:29:23.96 ID:G9OiTGlK0
奈緒「な、なあハスラーさん。もしかして今の……」
P「その名で呼ぶな! そうじゃないと……やっぱり買ってきてもらうのをやめるぞ」
俺がニヤリと笑うと、神谷奈緒と荒木比奈は頷いて抱き合った。
いや、俺も嬉しい。あの……長富蓮実が、やってくるのだ!
15 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:30:16.34 ID:G9OiTGlK0
蓮実「大きなビルなんですね」
P「この中に、事務所もレッスン場も揃っている。寮は別の場所だが」
一週間後、長富蓮実はやって来た。
ふんわりとしたワンピースを着た彼女は、その雰囲気も相まって人目を惹く。今時のファッションとは一線を隔す、独特のセンスだ。
それがよく似合っている。
蓮実「実は……ここに来る途中で、スカウトを名乗る人に声をかけられました」
さすがに目が利く。
これだけの可愛さと雰囲気を持った彼女だ、それは不思議ではない。
P「なんと答えたんですか?」
蓮実「いただいた名刺をお見せして、これからそこへ行くんです、と……」
P「先約を優先していただいて、感謝します」
蓮実「先に声をかけてくださったから来たわけではありませんよ? それに……まだアイドルになると決めたわけではありませんから」
16 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:31:01.67 ID:G9OiTGlK0
P「ええ。それでも……ありがとう」
少し照れたようにはにかんだ彼女。
そういった仕草や振る舞いも、今時の娘とは少し違う。
蓮実「そういえば」
P「はい?」
蓮実「ハスラー、と呼ばれているんですね」
P「……誰から聞きました?」
蓮実「その、声をかけてきたスカウトの方が『ハスラーが先に声をかけてたのか……』と」
P「私自身は、その呼ばれ方を好ましく思っておりません」
蓮実「まあ、そうなんですか?」
P「ええ」
蓮実「なんだかかっこいいなあ、と思ったんですけど」
P「……」
17 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:31:32.03 ID:G9OiTGlK0
蓮実「ハスラーってあれですよね、ビリヤードの……」
P「長富さん」
蓮実「はい?」
P「どうか……その名は、ご容赦願いたいのです」
蓮実「あ……はい」
P「事務所でも、みんなにそう呼ばないようにとお願いをしているので……」
奈緒「ハスラーさーん!」
比奈「その娘っスか!? ハスラーさん!?」
P「……その名で俺を呼ぶな」
奈緒「まあまあ。もう今更、変えられないよ」
比奈「じゃあなんて呼べばいいんスか? ハスラーさん、もうプロデューサーでもないっスよ?」
P「……うむ」
蓮実「ふふっ」
18 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:32:05.95 ID:G9OiTGlK0
見れば、両手で口元を隠しながら蓮実は笑っている。
その仕草に、わかってはいても俺は引き込まれる。
蓮実「私も……ハスラーさんでいいですか?」
P「その名で俺を……」
比奈「あー、いいっスよ。みんなそう呼んでるし」
奈緒「それよりもしかして、島根から来た娘ってのは……」
蓮実「あ、はい。私だと思います」
奈緒「そうなんだ。じゃあ、これからよろしくな。あたし、神谷奈緒」
比奈「アタシは荒木比奈。一緒にがんばるっス」
蓮実「え? ええと、私は……」
P「2人とも、長富さんは見学者だ」
奈緒「見学?」
19 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:33:33.47 ID:G9OiTGlK0
蓮実「今のアイドルの方って、どういう活動をしておられるのかを見せていただけるということで……」
比奈「アタシらの普段っスか?」
P「そうだ、良かったら2人で長富さんを案内してあげてくれないか。年も近い現役アイドルの方が、色々と話も弾むだろうし」
奈緒「ん、いいよ」
比奈「喜んでご案内するっス」
蓮実「あ。では、よろしくお願いしますね」
P「頼むな」
20 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:34:01.79 ID:G9OiTGlK0
奈緒「と、だいたいこんなトコかな」
比奈「今はまだデビュー前っスけど、アタシらも売れてきたら忙しくなるんスかねえ」
蓮実「お2人はもうすぐ、デビューされるんですか?」
奈緒「ま、まあな。それでも自分がもうすぐアイドルになるとか、まだ信じられないけどさ」
比奈「アタシもっスよ。まさか、自分がアイドルになるとは思わなかったっスからねえ」
蓮実「そうなんですか? お2人とも、すごくお綺麗で可愛くて、やっぱり本当のアイドルの人ってすごいなあって思ったんですけど」
奈緒「あ、ありがとな。最初にスカウトされた時は、ちょっと半信半疑だったけど」
比奈「今は、アイドル目指して良かったと思うっス。あ、でも夏と冬のスケジューリングは大変そうっスけどね」
蓮実「お2人ともやっぱり、ハスラーさんにスカウトされたんですか?」
21 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:34:30.17 ID:G9OiTGlK0
奈緒「ん? あ、いや。ハスラーさんはなんていうか、そういう立場じゃなくてアドバイザーみたいな人だからなあ。あたしらのプロデューサーの上司っていうか」
比奈「でも色々親身になってくれるっス。昔はプロデューサーだっただけあって、裏方に回っても気が利く人っスよね」
蓮実「今はもう……プロデューサーじゃないんですか?」
奈緒「? うん。蓮実ちゃんだっけ? 蓮実ちゃんがアイドルになっても、担当プロデューサーにはならないんじゃないかなあ」
比奈「もうあの通りのお歳っスからねえ」
蓮実「私……自分がアイドルになるなら、あの方に……プロデュースしていただきたいです」
奈緒「え……ハスラーさんにか?」
比奈「それは……」
22 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:35:32.15 ID:G9OiTGlK0
蓮実「ですけど、私自身もまだアイドルになると決めたわけではないですし……」
奈緒「あ、でもそれはなった方がいいんじゃないかな」
比奈「っスね。蓮実ちゃん可愛いっスから」
蓮実「まあ、ありがとうございます。自分ではよくわからないんですけど、本物のアイドルの人に言ってもらえると、なんだか嬉しいですね」
奈緒「いや、ホントそう思うぞ」
比奈「一緒にアイドルやれたら、嬉しいっスよ」
蓮実「……はい。あ、そうだ、頼まれていたものハスラーさんにお渡しするの忘れていました」
23 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:36:06.15 ID:G9OiTGlK0
奈緒「頼まれていたもの……? あ、もしかしてLDか!?」
蓮実「はい。ムーミンの」
比奈「それ、頼んだのアタシらっス!!」
蓮実「え? あ、そうだったんですか」
奈緒「見よう! 今から!! 今すぐ!!!」
蓮実「でも、LDプレイヤーがあるんですか?」
比奈「それがあるんスよ。この事務所には」
24 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:37:25.41 ID:G9OiTGlK0
ちひろ「え? さっきの娘、ハスラーさんが担当されるんですか!?」
P「その名前で呼ばないで下さい……いけませんか?」
ちひろ「いけなくはないですけど……いえ、立場というものも考えていただかないと」
P「立場もなにも、俺はもう一線を退いたただの元プロデューサーですよ」
ちひろ「世間はそうは見ません! いい加減、それを自覚していただかないと」
P「……」
ちひろ「あなたが肩書きで呼ばれたくないとおっしゃって、みんなあだ名で呼ぶようになって。今度はそれも嫌だと……聞き分けのない子供みたいなことばかり」
P「う、うむ……」
ちひろ「そもそもですね!」
P「ま、まあそういったことは、今度ゆっくり……とにかく、長富さんがアイドルになるならその時は担当をするから……じゃあ!」
ちひろ「あ! 待ってくだ……もう!!」
25 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:38:02.58 ID:G9OiTGlK0
奈緒「おおおー! フローレンじゃない。ノンノンだ!!」
比奈「動いてる大塚康生さんデザインのムーミンも、いいっスねえ!!!」
蓮実「うふふ。喜んでいただけて良かったです」
奈緒「すごいなあ、島根にはまだこんなLDが売られているんだな」
比奈「探せばまだまだ、ありそうっスよね」
蓮実「どうでしょうか……? 私はそういう目利きではないですし」
奈緒「蓮実ちゃんも、いい意味で古風っていうかあたし達とは違う雰囲気があるよな」
比奈「親しみやすいのに、ちょっと近寄りがたい空気があるっスよね」
蓮実「……そう言っていただけるのは嬉しいです。私……昔の清純派アイドルに憧れているんです」
奈緒「それって80年代ぐらいの?」
蓮実「はい。でも……今、そんなものを求めている人がいるでしょうか……私がそれを目指しても、誰からも必要とされていないとしたら……」
26 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:40:17.49 ID:G9OiTGlK0
比奈「いるに決まってるっスよ」
蓮実「え……?」
比奈「アタシら、今こうして初めて昔のムーミンを見たっスけど、先入観なしにいいと思うっスからね」
奈緒「うん。あたしアニメ好きだから、昔とか今とか関係なくいいものはやっぱいいからな」
蓮実「……このレッスン場、驚きました」
奈緒「ん?」
蓮実「LDプレイヤーが、置いてあったので。友達の家とかにもないですし、もううちの家だけにしかないのかと」
比奈「カラオケでLDがけっこうあるっスからね。あたしらもレッスンや遊びで、たまに歌うっスよ」
蓮実「それこそ都会の東京には、もうないのかと思ってました。ここに……私の居場所がある、そう言われてる気がしました」
27 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:40:50.51 ID:G9OiTGlK0
奈緒「……な、なあ」
比奈「良かったら、一緒に……アイドル、やらないっスか?」
蓮実「……ハスラーさんが、プロデューサーになってくださるなら」
奈緒「うーん」
比奈「それは……」
P「いいだろう」
奈緒「え!?」
比奈「あ、ハスラーさん!?」
P「今日から俺が、長富さん……いや、蓮実のプロデューサーだ」
蓮実「よろしいんですか?」
P「ああ。いや、こちらこそよろしく頼む」
28 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:41:25.01 ID:G9OiTGlK0
奈緒「……え?」
比奈「ちょ……事件っスよ。こりゃ、ちょっとした事件っスよ。ハスラーさんがプロデューサー復帰っスか!?」
P「大袈裟なこと言うな。俺は別に大したプロデューサーなんかじゃない。だが……」
蓮実「え?」
P「いや、だからこそ……いいのか? 俺で」
蓮実「ハスラーさんは、私に言いましたよね。『一緒に夢を育てよう』って」
P「? ああ」
蓮実「私をトップアイドルにしてやる、とか、夢を叶えてやる、じゃなくて。一緒に……夢を育てようと言ってくださいました。私はそれが、嬉しかったんです」
P「そうなのか」
蓮実「一緒に、夢を育てる、そう言われたから私は電話をしたんです。その言葉が……嬉しかったから……だから、ここに来ました」
P「じゃあ……改めて、よろしく頼む。一緒に……夢を育てよう」
蓮実「はい。お願いしますね」
29 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:42:01.38 ID:G9OiTGlK0
P「プロデューサーとしての俺のポリシーとして、プロデューサーは担当となったアイドルの為に、家族以上親身になる。というものがある」
蓮実「家族以上に……ですか?」
P「そうだ。今日から俺は、家族と同様以上に蓮実を大事にする。蓮実と、蓮実と俺の夢の為に、だ」
蓮実「はい。そのこと、私……覚えておきます。そして私も、がんばります。自分とハスラーさんの夢の為に」
俺は少し照れて笑った。
P「……その名で、俺を呼ぶな」
蓮実「はい。ハスラーさん」
30 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:42:31.37 ID:G9OiTGlK0
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『長富蓮実の日記』
私、長富蓮実はアイドルになる事に決めました。
自分の好きな、そして憧れの存在に……
今はもう存在しない。そうわかっているものに、それでも私は……
私の夢は大それていて、それでいて小さな、そういうものだと思っていました。
その夢を見つけて、一緒に育ててくれる……その人がいてくれた事が嬉しくて。
だから一歩を踏み出せた気がします。
けれど……
実はそれは、私が思っているほどには小さな事ではなかったようなんです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
31 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:42:59.68 ID:G9OiTGlK0
比奈「は、は、は、蓮実ちゃん!? 大変っスよ!! 大ごとっスよ!!!」
蓮実「はい?」
奈緒「し、新聞だよ! 見たか!? 見てないのか!?」
事務所からそう離れていない寮に、蓮実と仲良くなった荒木比奈や神谷奈緒は何かにつけて訪ねている。
蓮実「新聞……あら? まあ!」
スポーツ新聞を広げると、その片隅に小さく踊っていた文字は……
蓮実「往年の伝説的プロデューサー、電撃カムバック! 業界も震撼……中には、年寄りの冷や水との声も……まあ!!」
32 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:43:36.69 ID:G9OiTGlK0
奈緒「ハスラーさんのプロデューサー復帰、もう知れ渡ってんだよ」
比奈「しかもそれが、新聞の記事になるっスねえ」
蓮実「あの……私、今更なんですけど、あのハスラーさんってそんな有名な方なんですか?」
奈緒「やー……あたしもよくは知らないんだけどさ」
蓮実「?」
奈緒「大御所歌手のSちゃん……あ、いやMさんっているだろ?」
蓮実「え? はい! 私、大ファンです!! カセットも大事に持ってます!!!」
比奈「カセット? あ、いやまあ、そのMさんのプロデューサーだったっスよ。ハスラーさんは」
蓮実「……え?」
33 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:44:18.10 ID:G9OiTGlK0
奈緒「だからさ、Mさんの担当プロデューサーだったんだよ。昔」
蓮実「えええ!?!?!?」
比奈「ずいぶんとタイムラグがあったっスね」
蓮実「だって……ええ? 本当に? Sちゃんの? ハスラーさんが!?」
P「その名で、俺を呼ぶな」
奈緒「あ、ハスラーさん」
P「だからだな、その名で……」
蓮実「ハスラーさん!」
P「……だから」
蓮実「やっぱりハスラーさんは、偉い人だったんですね……すみません、今まで。何も知らなかったものですから」
P「……その記事か。つまらん記事だ」
34 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:44:57.48 ID:G9OiTGlK0
俺はまだ読んでいる途中であろうその新聞を、蓮実から取り上げパンと叩く。
比奈「そんな」
P「骨董品だと思っていたヤツが、まだ動いた。それだけの記事だ。なんの面白みもない」
蓮実「ですけど!」
P「こんな記事よりも蓮実、君だ」
蓮実「え……?」
P「長富蓮実が、これから羽ばたいていく。見てろ、デビューのあかつきにはこんな小さな記事じゃない。もっと大きな記事にしてやるからな」
蓮実「……はい! 私、期待していますね」
35 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:45:24.49 ID:G9OiTGlK0
その芸能裏面の小さなゴシップ記事に興味や関心を寄せた者は、実際ほとんどいなかった。
荒木比奈や神谷奈緒は、旧知な上に蓮実のこともあり騒いでくれたが、かつての俺を知っている人間でも、その大多数は記事を読んでも「へえ」ぐらいの感想しか漏らさなかった。
『ほとんど』だとか『大多数は』ということは、例外もいたという事だ。
そう、1人だけ大騒ぎをした人間がいた。
その人物については、また後で紹介することになる。
それよりも蓮実だ。
まずは基礎的な実力を知るため、本人に色々と聞いてみる。
36 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:45:52.94 ID:G9OiTGlK0
蓮実「身体を動かすのは、嫌いではないですけど……得意というわけではないですね」
ふむ。
蓮実「歌うのは好きです。お友達とカラオケとかにもよく行きます。そうそう、お婆ちゃんの家にはまだ、8トラのカラオケ機もるあんですよ」
なるほど……8トラ!?
蓮実「お化粧はあまり……もちろんそれなりにはやってますけど……主にお母さんに教わっています」
わかった。
この娘はきっと、あの時代に生まれていたなら大成したかも知れない……と、ずっとそう思っていたが、実状はやや違う。
俺がバリバリとアイドルをプロデュースしていた頃、蓮実のようなアイドル像は理想だった。
お姫様のように品がよく、無垢で、世間知らずだが芯は強い……そういう娘だ。
だが実際には、アイドルになろうという娘はそうではない――まあ、俺の知る限りは。
口調は荒く、キツい化粧、そして態度。
逆もいた。オドオドし、言われないと何もできない娘。
それらの娘を、四苦八苦してアイドルにしていったものだ。
37 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:46:21.37 ID:G9OiTGlK0
しかしこの長富蓮実は、違う。
島根という、未だにLDが売られているような環境のせいだろうか。
あるいは、この娘の母親の影響だろうか。
それとも、蓮実自身の資質によるものだろうか。
いずれにしても、この娘は自然にあの頃のアイドルの理想像を体現している。
それだけに、あの時代に蓮実が売れたかということには、疑問がある。
無論、ある程度の名声は博しただろうとは思う。
だが周囲は天然とか作り上げられたものとか関わりなく、蓮実と同じような娘ばかりだ。
彼女らは、その中で少しずつタイプを変えて売れていった。
蓮実は純粋な、これ以上ないほどの天然の原石だ。
そこに一点の曇りもない、本物――
正当派以外の売り出し方が、他の選択肢が、彼女にはないのだ。
そして彼女は現代を生きる、今の少女だ。
彼女も、そして俺も理解している通り、希少種どころか絶命危惧種だ。
この今の時代に、彼女を売るには……
38 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:47:17.23 ID:G9OiTGlK0
蓮実「レッスンですね。覚悟はしています」
驚いたことに蓮実は、強い決意を秘めた表情で俺に言った。
P「覚悟、とは?」
蓮実「私みたいな娘がアイドルになるには、相当厳しいレッスンが必要でしょうから」
P「今蓮実が言った言葉通りの意味ではないが、現実的には厳しいレッスンになる」
と、蓮実はそれまでの厳しい表情から一転、クスクスと笑いだした。手の甲を口に当てる仕草が、可愛い。
P「なんだ?」
蓮実「典型的な、ハスラーさんの言い方だなあって」
P「その名で、俺を呼ぶな」
39 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:48:56.09 ID:G9OiTGlK0
蓮実「でも、蓮実とハスラーって同じ『はす』って言葉が入ってて、お似合いだと思うんですけど」
P「……いいか、蓮実はアイドルとしての素養を十分に持っている。だが、それは今のままでは宝の持ち腐れだ」
蓮実「まあ」
P「だからレッスンをするんだ。なに、腐れない宝にしてやる」
蓮実「いえ」
P「ん?」
蓮実「私にアイドルの素養がある、ってハスラーさんが言ってくれたのが嬉しくて」
P「……そうでなければ、君をスカウトなどしやしない」
蓮実「面と向かって言ってくださったのは、初めてでしたから……」
P「……そうだったか?」
蓮実「私……今日のこと、忘れません」
P「……なんと言っていいかわからん。レッスンを始めよう」
40 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:50:07.56 ID:G9OiTGlK0
そして実際に、総合的なレッスンをやらせてみてわかった。
なるほど、蓮実は運動神経は悪くない。ただ、取り立てて良くもない。
そして歌唱力は、高い。
気持ちが歌にこもっている。
これは、言えば簡単なことに聞こえるが、実際には難しい。
上手く歌うとか技巧的な話ではない、しかも蓮実の歌うのは実体験が伴わない、昔のアイドルソングだ。
今は身近な題材とか、等身大な自分を歌った歌が多い。
しかしかつてのアイドルソングは、それこそ夢の世界の歌だった。
蓮実はそうした歌を、気持ちを込めて歌うのが上手い。天才的と言ってもいい。
P「歌唱に関しては、下手にこちらがアドバイスとかしない方がいいかも知れないな。基礎レッスンだけでいい。細かな技術面も、それで覚えられるだろう」
しかしその一方で、問題もある。
41 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:50:38.54 ID:G9OiTGlK0
トレーナー「ワン、ツー、ワン、ツー。ハイそこでターン!」
蓮実「あ、えっと……きゃっ」ドスッ
P「……」
レッスンの必要は、ここだな。
42 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:51:06.13 ID:G9OiTGlK0
P「今日からは基礎レッスンに加え、さらに本腰を入れたレッスンにとりかかる。まずは重点的にダンスレッスンをおこなっていくからな」
その言葉に、蓮実は強く頷くとポシェットからハチマキを取り出した。
いや――ハチマキにしては長い。と、蓮実はそれを器用に肩から脇にかけて通すと背中で斜め十字に交差させて留める。
なんと襷だ。それをワンピースの上からしている。
こうなるともう、80年代だか昭和だかレトロだかなんだかわからなくなってくるが、蓮実がやると自然でしかも可愛らしくなるので何も言えなくなってくる。
不思議なものだ。
奈緒「なあなあハスラーさん、しつもーん!」
P「俺をその名で呼ぶな。なんだ?」
奈緒「蓮実ちゃんはさ、レトロアイドルっていうか、80年代アイドルを目指してるんだろ?」
比奈「そうそう。ならそんな激しいダンスは必要ないんじゃないっスか? 蓮実ちゃんらしい、穏やかでふんわりした振り付けを……」
P「……」
43 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:53:11.66 ID:G9OiTGlK0
2人の言っている事も、わからないではない。
だが……
蓮実にはやはり、ダンスレッスンが必要だ。
P「基礎レッスンはトレーナーさんにお願いしていたが、それに加えて今日は特別コーチを頼んだ」
蓮実「はい。がんばりますね」
奈緒「特別コーチ? 誰だ?」
比奈「待つっスよ。なんだかいやーな予感がしてきたっスけど……」
若林智香「ひゃっほーぅ☆ 若林智香です。よろしくお願いしまーすっ!」
比奈「げえーっ!」
奈緒「智香ー!」
智香「ジャンジャーンっ☆ あ、あなたが長富蓮実ちゃんかな? 今日は一緒にダンスレッスンやろうねっ!」
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/12/28(土) 13:54:27.28 ID:3/j6AIq2O
でたなww
45 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:54:33.92 ID:G9OiTGlK0
蓮実「あ、はい。ええと、若林智香さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
比奈「ちょ、ちょっと蓮実ちゃん!」ヒソヒソ
蓮実「はい?」
奈緒「逃げるんだよ! 今ならまだ間に合うから!!」ヒソヒソ
蓮実「え?」
P「若林智香さんも、3人と同じようにデビューを控えている候補生だ。だがダンスの実力では所属アイドル中でも1,2を争う」
蓮実「すごいですね。私、ダンスが上手く出来なくて……どうかよろしくご指導のほどを」
智香「あ、そんな堅苦しくならなくても大丈夫っ☆ 一緒に楽しく踊ればそれでO.K!」
蓮実「え? ええと……一緒に踊ればいいんですか?」
P「ああ。特別コーチとは言ったが、4人はまだデビュー前の同輩だからな。それに蓮実も基礎レッスンでダンスはやっている。一緒に踊ればそれでいい」
46 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:55:53.02 ID:G9OiTGlK0
奈緒「それでいい、っハスラーさんは言うけど、その一緒に踊るってのが大変なんじゃないか……」
比奈「ま、待つっスよ。それよりもハスラーさん今、4人はって……」
P「うむ。2人のプロデューサーからも許可をもらってきてるぞ。いや、むしろよろしくお願いしますと言っていた。4人で集中ダンスレッスンだ」
智香「はいっ☆」
蓮実「はい!」
奈緒「えー……」
比奈「なんでこんなことに……」
47 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:56:23.78 ID:G9OiTGlK0
〜3時間後〜
比奈「蓮実ちゃーん。生きてるっスかー?」
蓮実「……はい……なんとか……」
奈緒「無茶だよハスラーさん。蓮実ちゃんに、こんなハードなダンスレッスンなんて」
蓮実「そう……でしょうか?」
比奈「蓮実ちゃんには蓮実ちゃんなりの、蓮実ちゃんに合ったレッスンってあると思うんスよ」
奈緒「だよなー。こんな床に突っ伏して、動けなくなるようなレッスンに意味なんてないんじゃないのか?」
蓮実「これは、私がふがいないからです。ハスラーさんのせいじゃありません」
比奈「……まあ」
奈緒「蓮実ちゃんがそう言うなら……」
48 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:57:01.53 ID:G9OiTGlK0
比奈「どういうことっスか!?」
奈緒「蓮実ちゃんが言わないならあたしらが言わせてもらうけど、あんなハードなダンスレッスンになんの意味があるんだよ!!」
P「なんだ、藪から棒に」
比奈「ハスラーさんは、もっと話のわかる人だと思ってたっス」
奈緒「あたしらの時みたいに、もっと蓮実ちゃんに親身になってあげてくれよ」
P「言っておくが、蓮実の為だ」
比奈「蓮実ちゃんに必要なんスか? ダンスレッスンが」
P「ダンスのできないアイドルが、今いるか?」
奈緒「蓮実ちゃんが目指しているのは、今のアイドルじゃないんだろ!」
P「2人は誤解している」
比奈「え?」
49 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:57:31.90 ID:G9OiTGlK0
P「蓮実が目指しているのは、かつてのアイドル像かも知れない。だが、いるのは今だ。デビューするのも、活動するのも、今の時代なんだ」
奈緒「で、でもさ……」
P「それにあの時代のアイドルたちも、ハードなレッスンをしていた」
比奈「そ、そりゃあ楽をしてたとは思わないっスけど」
P「今みたいなダンスはそのものがなかったが、やらせればできたんじゃないかとも思う」
奈緒「ほ、ほんとに?」
P「まあ、そういう基礎はあったということだがな。いずれにしても、2人とも蓮実にお節介焼いてる場合じゃないぞ」
比奈「えっ?」
P「うかうかしてると、蓮実に追い抜かれかねないぞ」
俺の言葉に、比奈と奈緒は顔を見合わせていた。
次の日から、2人は今まで以上にレッスンに取り組むようになったらしい。
2人のデビューは、もうすぐだ。
さて、蓮実は――
50 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 13:59:26.64 ID:G9OiTGlK0
〜1週間後〜
智香「と、ここでターンで……フィニッシュっ!」
蓮実「タ、ターン……はい!」
奈緒「お、おおー……」
比奈「や、やるもんスねえ……」
智香「うんうんっ☆ バッチリとキマってたよ」
蓮実「ありがとう……ございます。智香さんが一緒に踊ってくれたからです」
奈緒「いやあー……ついていけただけでもスゴいよ」
比奈「っスね」
P「そうだな。ステップも一通り踊れるようになったな」
蓮実「そうですね。頭であれこれ考えるより先に、体が覚えちゃいました」
智香「蓮実ちゃん、才能あるよっ☆」
P「ありがとうな、若林さん。世話になった。ダンスはやはり、身体に染み込ませるに限るからな」
51 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:00:00.90 ID:G9OiTGlK0
蓮実「本当にそうなんですね」
P「……息があがってから、元に戻るのも早くなったな」
蓮実「え? あ、はい、本当ですね」
P「これなら、歌いながら仕草で情感を込めるのもできるだろう」
奈緒「え? その為のダンスレッスンだったのか?」
P「まあな。蓮実はもともと、想い描いてるイメージを歌に込めるのは上手い。だが、歌いながら振り付けをやらせると、歌も振り付けも物足りなさを感じていた」
比奈「なあるほど。それで体力向上とステップを覚えるのの一石二鳥を狙ったワケっスね」
P「いや、一石二鳥じゃなくて三鳥だな」
智香「えっ?」
P「声量も増してるはずだ。なにより基礎的な力は、体力だからな」
智香「でも……」
P「ん?」
52 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:00:55.38 ID:G9OiTGlK0
智香「それじゃあアタシは、もう 伸びしろはないんですかっ?」
P「若林さんは……いや、神谷さんや荒木さんはそろそろ売り出しに入る予定だ」
比奈「えっ!?」
奈緒「ほ、本当か!?」
P「と、みんなの担当プロデューサーが言ってたぞ。3人とも、上達したから……な」
智香「ひゃっほーぅ☆ じゃあアタシ達みんな、デビューですね」
P「うむ。蓮実」
蓮実「はい」
P「とりあえず準備は整った。よくがんばったな」
蓮実「夢への第一歩、ですね」
P「そうだ。そして、今日のこの記念すべき一歩を祝して、蓮実にいいものをやろう」
蓮実「え? なんですか?」
P「蓮実……君の、キャッチコピーだ!」
53 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:01:47.45 ID:G9OiTGlK0
奈緒「……え?」
比奈「きゃ、キャッチコピー……っスか?」
智香「あ、アイドルにもキャッチコピーってあるんですかっ?」
蓮実「まあっ!」
奈緒「え?」
比奈「え?」
智香「え?」
蓮実「キャッチコピー……嬉しいです! なんだかこれで私も、本当のアイドルになったって実感が出てきました!!」
P「だろう!? そうだろう!?」
奈緒「……えっと」
比奈「そういう……」
智香「ものなの?」
54 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:02:22.65 ID:G9OiTGlK0
蓮実「どんなキャッチコピーなんですか!? 私のキャッチコピーは」
P「『再新鋭のレトロアイドル新発売』……どうだ?」
奈緒「えっと……」
比奈「うーん……」
智香「ど、どうなのかなっ?」
蓮実「……私、泣いちゃいそうです」
奈緒「え?」
比奈「そこまで……」
智香「かなっ?」
蓮実「おかあさーん!」
奈緒「? ま、まあでも、思ったよりいいコピーかな」
比奈「そ、そうっスね。蓮見ちゃんの目指すレトロを、現代でやるってのがわかるっスよ」
55 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:03:48.50 ID:G9OiTGlK0
智香「アタシ達には、そういのないんですかっ?」
P「俺は3人の担当じゃないが……そうだな『ツンデレ寒地荒原』と『ジャージド・ドレスコーデ』と『月夜の番ばかりじゃない娘』とか……どうだ?」
奈緒「却下!」
比奈「ダメっス!」
智香「プンプーンっ!」
P「あれ?」
奈緒「なんだよ、蓮実ちゃんのキャッチコピーと違いすぎだろ!」
比奈「アレっスよ。自分の担当の娘だけ可愛いんスよ」
智香「これが……依怙贔屓……」
蓮実「まあまあ、みなさんのキャッチコピーは、きっとみなさんのプロデューサーさんが考えてくださいますよ」
奈緒「いや、欲しいわけでもないんだけど……」
蓮実「このキャッチコピー、大切にします」
56 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:04:45.00 ID:G9OiTGlK0
P「さて、まずは現場での仕事となる」
比奈「お、どんな仕事っすか?」
奈緒「やっぱり歌番組とかなのか?」
智香「それとも、誰かのバックダンサーとかっ?」
P「うむ。比奈や奈緒、そして智香の担当プロデューサーはそういうのを考えているようだが」
蓮実「じゃあ、ハスラーさんは違うんですね」
P「そうとも。蓮実の現場、第一歩は……これだ!」
比奈「? なんスか? この木の箱」
奈緒「みかん……って書いてあるな」
蓮実「まあ! みかん箱!?」
智香「あれ? 蓮実ちゃんは知ってるの?」
57 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:05:14.36 ID:G9OiTGlK0
蓮実「この上に乗って、歌うんです。まだ誰も気にかけない……それでも必死に歌う……下積みからのスタートですね!」
P「大変だったんだぞ。今の時代、なかなか木のみかん箱が見つからなくてな!」
比奈「……どうにもあの2人のノリについていけない部分があるっスよね」
奈緒「上に乗るのに下積みっていうのが、よくわからない」
智香「あ……あははっ☆」
P「なんとでも言え。場所は、蒲田だ」
蓮実「はいっ!」
比奈「え? 蒲田に?」
58 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:07:59.84 ID:G9OiTGlK0
蒲田にあるショッピングセンターの屋上には、観覧車がある。
本当はデパートの屋上でのミニコンサートもいいかと思ったが、今の時代なかなかそういう場所はない。
池袋と吉祥寺には今もデパートに屋上遊園地があるにはあるが、それに固執するのも問題があるかも知れないと思い直し、選ばなかった。
蓮実は、今の時代のレトロプリンセスなのだ。あの時代を踏襲しつつ、今の在りようの中で活躍をさせてやりたい。
観覧車前にポツリと置かれたみかん箱と、スタンドマイク。そしてその前に並べられたパイプイス。
観覧車には『長富蓮実ミニライブ』の横断幕を張った。
今後の試金石として、どれだけの注目が集まるかと告知はネットのみで行ったが、それでもパイプイスには何人かのお客さんが座っている。
P「良かった」
蓮実「誰もいないことも予想していたんですけど、お客さんがいらっしゃいますね」
P「ああ、ありがたいな。そしてあのお客さんたちが、後に自慢できるようになろう。あの長富蓮実の最初のステージに、自分達はいたんだぞ……って」
蓮実「はいっ!」
59 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:08:34.83 ID:G9OiTGlK0
取材らしき人もいることはいる。とは言ってもカメラだけを抱えた人が1人だけ。
蓮実「じゃあ……行ってきます」
P「ああ。ここで見ている」
蓮実は笑顔で頷くと、みかん箱へと向かって行った。
蓮実「みなさん、初めまして。長富蓮実です。今日は私の、最初の舞台へようこそ。がんばって歌いますので、声援よろし……」
一瞬、機材のトラブルかと思った。
蓮実の声が途切れる。
しかしトラブルではなかった。
見ればみかん箱の上の蓮実が、驚きに固まっている。
P「なんだ? なにがあった!?」
蓮実の視線は、客席に座った1人の女性に注がれている。
ここからではよく見えないが、大きな帽子にサングラスをかけているようだ。
P「誰だ?」
俺がつぶやくと同時に、ようやく弾かれたように、蓮実が動き出す。
60 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2019/12/28(土) 14:09:13.75 ID:G9OiTGlK0
蓮実「ごめんなさい。私ったら初めてで緊張しているみたいです。では改めまして、まずは聞いて下さい。『サヨナラ夏休み』です」
P「なに!?」
予定と違う!
俺が指定したのと全然違う曲を、蓮実は歌うと観客に言った。
スタッフも狼狽えた表情で俺を見る。
刹那のこの一瞬、俺は錆び付きかけているかも知れない頭の中のモーターを、フルで回転させた。
蓮実が段取りを間違えるとは思えない。そしてこの為に練習した曲を、直前で代えるなどよほどの事だ。
つまり今、俺の伺い知れないそのよほどの事が、あのみかん箱の上でおきているに違いないのだ。
そう、なんの考えもなしにこんなことを蓮実がするわけがない。
俺は蓮実と、蓮実の判断を信じることにした。
俺はスタッフに小声で指示を出す。
P「サヨナラ夏休みで」
予定していた曲ではないが、蓮実が好んで練習していた曲だ。スタッフも数秒程度のラグでイントロが流し始め、蓮実もフリを踊り始める。
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