【たぬき】小日向美穂「令和狸合戦ぽんぽこひなた 〜さらわれたPさんを追え〜」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:31:29.75 ID:hoAtpnXu0

 モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所のSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。


 前作です↓
【たぬき】前川みく「女子寮の開かずの間?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574089785/


 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1576423889
2 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:32:08.83 ID:hoAtpnXu0



 はんにんは たぬ


3 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:32:37.11 ID:hoAtpnXu0


美穂「ど、どうしてこんなことに……」

卯月「一体誰が……?」

響子「そんな……プロデューサーさんが……」


P「」チーン


三人「毛まみれになって、温泉に浮かんでる……っ!!」

4 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:33:50.37 ID:hoAtpnXu0

  ◆◆◆◆


 事の発端は地方ライブでした。


 私達ピンクチェックスクールは、愛媛県は松山市の道後温泉に宿泊していました。

 あちこちの観光地に旅行客がなだれ込む中、温泉街に更なる繁盛を見込んで、旅館協同組合が私達を呼んでくれたのでした。
 ちなみにどうして私達なのかというと、「なんとなくティンと来た」からだそうです。


「――みんなーーっ! ありがとーーーーーっ!!」

 というわけで、とっても久しぶりな感じのするP.C.Sのステージ!
 卯月ちゃん響子ちゃんと並ぶ舞台はとってもキラキラしていて、もちろんライブは大盛り上がり。
 愛媛のお客さんや遠方から来てくれたお客さん達みんなで、楽しくて可愛いステージを大成功させられましたっ。

 
 ……という感じに本番は終わったんですけど、問題はその後に起こったんです。

5 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:35:18.43 ID:hoAtpnXu0

   〇


 ライブ本番を乗り越えた後は、みんなでゆっくり温泉観光ができました。

 プロデューサーさんの計らいでライブ後の二日をオフにして貰っちゃったんです。
 一日ここでゆっくりして、翌日電車でのんびり帰る……という流れです。
 これには私びっくりしちゃって、ほんとにいいんですかって聞いたらプロデューサーさんは、

「三人ともいつも頑張ってくれてるから、ご褒美だ。みんなには内緒だぞ?」

 ですって。えへへ。


 道後温泉は昔ながらの風情溢れる温泉街で、ハイカラ通りと呼ばれるアーケードには観光客がいっぱい歩いていました。
 中には浴衣の人もいたりして、冬の寒さに温泉の湯気がほんのり絡む独特な空気でした。

「あ、ほら見て美穂ちゃん。たぬきさん!」

6 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:37:37.36 ID:hoAtpnXu0

 と卯月ちゃんが指し示す先には、信楽焼のたぬきが鎮座していました。

「美穂ちゃん、こっちにもありますっ」

 響子ちゃんは壁に書かれた立派なたぬきの絵を指差しました。
 そう、たぬきです。
 なんでも愛媛はたくさんのたぬき伝説が残る地らしくて、あちこちの神社や史跡にたぬきの曰くがあります。
 もちろん観光地の道後温泉もたぬき推しで、お店の軒先に信楽焼があったりイラストがあったりと、まるで本物がいるようなにぎやかさです。

「なんとなく親近感があるかも……」

 たぬきなので。
 組合さんが私達に声をかけてくれたのも、なんとなくそういうたぬっとした感じがセンサーに引っかかったからなのかもしれません。

 みんなへのお土産を選んだり、正面入り口の坊ちゃん電車やからくり時計を見物したりして日中は街を楽しみました。
 夕方になる頃にお宿に戻って、お夕飯の前にゆっくり温泉で温まろうということになり……。

 そこで、ある事件が……。
7 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:38:34.18 ID:hoAtpnXu0

  ◆◆◆◆

  ――露天風呂


  カポーン


卯月「はぁぁ〜〜っ……気持ちいい〜♡」

美穂「ぽこぉ〜……」フニャー

響子「美穂ちゃんが溶けてる!」

美穂「とけてないよぉ〜……」フニャニャー

卯月「あははっ。美穂ちゃんお饅頭さんみたい♪」プニプニ

響子「どれどれ……あ、ほんとだ。ほっぺたぷにすべ!」プニュプニュ

美穂「ふにゅにゅ。もーやめてよーっ」プニー

卯月「きゃーっ♪」


  パシャパシャ キャッキャ…

8 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:39:53.68 ID:hoAtpnXu0

響子「――そういえば、プロデューサーさんはお風呂に入れたんでしょうか?」

美穂「ここ、時間帯で男湯と女湯が入れ替わるらしいもんね。さっきまでは男湯だったみたいだけど……」

卯月「でも、出てきたところ、見てないよね?」

響子「もうお部屋に戻った後なんでしょうか。ちゃんと休めてるといいんだけど……」

美穂「ふふっ。響子ちゃん、心配?」

響子「そりゃあ心配ですっ。だってライブのセッティングから何から、ずーっと働きづめだったし」

響子「帰ってもお仕事があるんですからっ。こんな時くらい、体を癒してくれなきゃ!」

美穂「大丈夫だよっ。出発前に、たまにはゆっくり温泉に浸かるか〜って言ってたし」

美穂「きっと今頃は、お部屋でのんびりしてるんじゃないかなぁ?」

響子「そうだといいなぁ。いつもはシャワーで済ませそうな人だから……」

卯月「もし一緒に入れれば、背中を流したりしてあげたいのにねっ♪」

響子「い!?」

美穂「いっしょに!!?」

卯月「え? ……あ、あれ? あ! いや、そそそそそういう意味じゃなくてぇ!」

卯月「あうぅ〜……肩たたきと同じ感覚で言っちゃった……」

美穂(む、娘目線……)

響子(かわいいけど、卯月ちゃんは自分の破壊力をもっと自覚した方がいい気がします……!)

9 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:41:14.43 ID:hoAtpnXu0


美穂「でも、プロデューサーさんほんとにどうしてるんだろ。ゆっくり休めてればいいんだけど」

響子「あとでお部屋にお邪魔してみましょうか?」

卯月「うんっ! お菓子も持っていって、明日どうするかとかたくさんお話して――」


  バシャーーーーーーーーンッ!!!


美穂「ぽこっ!?」

卯月「きゃあ!?」

響子「な、なに……!?」


  シーン…………


美穂「い、今、なにかお湯に落ちた…………よね?」

響子「あそこの岩の影、ですよね……」

10 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:42:46.53 ID:hoAtpnXu0


  …………


卯月「ちょっと、見てみる……?」

美穂「大丈夫? 危なくない……?」

響子「今のところは静かみたいですけど、何かの事故だったりしたら……」

三人「「「…………」」」


美穂「きょ、距離を取って回り込んでみよう。私はこっち行くねっ」

響子「じゃあ私はそっちを……」

卯月「私はあっちから近付いてみるね……!」ワクワク


  チャプ チャプ……


美穂「じゃあ、せーーーのっ」


  バッ!!

11 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:43:16.01 ID:hoAtpnXu0


P「」プカー…


三人「「「ぷ、プロデューサーさん!!?」」」


 ――そんなわけで、冒頭に戻るのでした。

12 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:44:00.40 ID:hoAtpnXu0

   〇


卯月「か……完全に、気絶してる……ね」

P「」チーン

美穂「い、一体何があったんだろう……!?」

P「」チーン

響子「と、とにかくっ、お風呂から出してあげましょう! このままだと風邪引いちゃいます!」

美穂「そ、そうだね! 外まで運んで、服を着せてあげて……は、運んで……」


P「」 ←温泉なので全裸

13 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:44:42.06 ID:hoAtpnXu0


卯月「よいしょっ、よいしょ……っ!」ズリズリ

美穂「み、見ないように見ないように……っ」ズリズリ

響子「あ、ぁ。わぁ〜……」マジマジ

美穂「響子ちゃーんっ!?」

響子「はっ!? ななな何も見てませんっ!?」ワタワタ

14 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:46:00.79 ID:hoAtpnXu0

   〇

  ―― 脱衣所


卯月「な、なんとか連れてこられたね〜……」ヒィフゥ

美穂「浴衣を着て……ぷ、プロデューサーさんにも着せて……っと」


P「」チーン


響子「いまだに目覚める気配がありませんね……」

美穂「何があったんだろう。それにこの、たくさんの毛」ヒトツマミ

美穂「くんか、くんか。ふすふす……」


美穂「――――たぬきの毛!!」カッ


卯月「美穂ちゃん!?」

響子「どうしてこんなことを!?」

美穂「私じゃないよぅ!!」ポコーッッ

15 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:47:02.68 ID:hoAtpnXu0

  ◆◆◆◆


 とにかく、プロデューサーさんを介抱しよう。
 私たちのお部屋は広めですから、お布団が余分にあります。

 プロデューサーさんをお部屋に運びながら、私はあることを思い出していました。

 出発前夜、寮で晩ご飯を食べてる時、確か紗枝ちゃんは、こう言いました。


「あんじょう気を付けなはれ、美穂はん」


「? 気を付けるって……どうして?」
「四国へ行かはるんやったら、油断しぃひん方がええ。あそこは昔からたぬきの楽園と言われとりますさかい」

 熊本の出身とはいえ、私も一介の化け狸。四国が世に言う「たぬ聖地」であることは知っています。
 隠神刑部、太三郎禿狸、金長一門……世に名だたる有名狸の本拠地。サッカーで言えばブラジル、カレーで言えばインドな地なのです。

「あそこの化け動物の勢力図は、たぬきがほとんどを占めとりますよって……」

16 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:48:12.23 ID:hoAtpnXu0

 シチューを一口ほおばって、周子ちゃんが疑問を呈します。

「なにそれ。そんなにたぬきまみれなの? 狐とかうさぎはいないん?」
「狐は追い出されてしもうたんどすっ」

 ポンッ!

 と、紗枝ちゃんの頭にきつねみみが。
 珍しく怒っちゃってるみたいです。こんな紗枝ちゃん初めて見た……。

「たぬきが弘法大師様と手ぇを組んで、四国に鉄の橋がかかるまでいうて、狐をあの地から放逐してもうたんよっ」
「でも瀬戸大橋かかったじゃん。もうオッケーってことじゃないん?」
「今さら戻ったかて四国はたぬき王国やっ。狐がのこのこ戻ったところで、簀巻きにされて瀬戸内に放り投げられるんがオチどす!」

17 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:49:05.41 ID:hoAtpnXu0

「確かに、四国にはたくさんのたぬきさんがいるって聞いてます。中にはすっごく化け力の強いたぬきさんもいるとか……」

 サラダのレタスをさふさふ齧りながら、智絵里ちゃん。
 神使のうさぎさんである智絵里ちゃんは、全国各地の化け動物事情に詳しいみたいでした。

「だけど悪さをするとか、人間さんを化かすとかっていう話は聞きません。大丈夫じゃないでしょうか……?」
「どうだかっ。外様のたぬきが来たと知れたら、縄張りを守るために何をしでかすかわかりまへんえ」

 ぷんぷん紗枝ちゃん。狐的には、四国のたぬきには思うところがあるみたい。

 だけど私的には、そんなに怖いことはないのかも、と思ったり。
 むしろちょっとだけ楽しみだったり……向こうのたぬきにもご挨拶できたらいいなぁ、なんて。

18 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:49:54.08 ID:hoAtpnXu0


 それは、冬毛のたぬきのようにモフモフゆるく、お砂糖みたいに甘い考えだったのかもしれません。


 この出来事は、四国の地で起こる、大きいようで小さく、小さいようで大きい、たぬき大騒ぎの序章に過ぎなかったのですから……。

19 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/12/16(月) 00:50:39.62 ID:hoAtpnXu0
一旦切ります。
誕生日当日に投稿してさえいればセーフのはず……はず……
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 02:56:08.05 ID:uAcBKCQDO
乙。そしてお祝いしなけりゃアウト



四国で狸……久川姉妹かな
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/16(月) 14:01:44.17 ID:cN1yXAsSO
八百八狸
その頭目の刑部狸
22 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:24:10.87 ID:Y57bHTMC0
  ◆◆◆◆

 【プロデューサー】


「くぅ……くぅ……」
「すー……すー……」
「ん〜ぅ〜……プロデューサーさぁん……」
 

「――――はッッ!!?」

23 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:29:43.56 ID:Y57bHTMC0

 目が覚めれば、深夜だった。
 え、どこここ。
 俺は確か露天風呂に入って……それから……それから……なんだっけ?

 電気の消えた客室。俺が荷物を置いた一〜二人用の和室より二回りは広い。
 敷き詰められた布団の上に、浴衣姿の美穂や卯月や響子がばらばらに寝転がっていて……。


 ………………???

 ちょっと状況を整理しよう。

 うん。できん。

24 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:32:18.32 ID:Y57bHTMC0

 枕元にあったスマホを見ると、午前零時ちょっと過ぎ。
 ……え〜〜っと待てよ? 冷静になれ? どこで記憶が途絶えた?
 それはもちろん、入浴中だ。この隠れ家的旅館の露天風呂に入っていて、気を失って……。

 ……そうか。
 美穂たちが俺を見つけて、こうして引き揚げてくれたんだな。
 状況から考えるとそうとしか思えない。まさかこんな形で負担をかけてしまうなんて……。

 ん? その状態から回収されたってことは俺その時アレじゃない??

 ………………。
 ………………………………。

 やめるか考えるの。
25 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:34:12.31 ID:Y57bHTMC0

「んむにゃ……へぅ〜……」
「ぷろりゅーさ……ちゃんと……たべ……」
「すぴー……ぷー……ぽこぉ〜……」

 三人とも熟睡している。
 傍にはお湯(冷めてる)を張ったタライに濡れタオル、ポカリに風邪薬など各種お薬、果物にエビオス(?)と、病人看病フルコース……。
 俺を必死に介抱してくれようとしたんだろう。スマホや財布などの私物も回収して……。
 それで、耐えきれなくなって次々寝落ちしちゃったってところか。

 ……余計な心配をかけてしまった。本当に優しい子たちだ。
 本来の主役は彼女らで、明日からは楽しいオフが待っていたっていうのに。
 起こすのは忍びないが、もう心配ないってことだけは伝えておかなければ。俺はすぐそばで寝転がっている美穂の体を揺さぶる。

「お〜い、美穂。美穂」
「はにゅ……ん〜……」
「……熟睡してるな。なあ美穂、美――」



「旦那様」


26 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:35:19.04 ID:Y57bHTMC0


 窓が開いていた。


 気付かなかった。座敷の奥、広縁の向こうにある大窓が全開になっている。
 午前零時の夜空はひどく澄み、凍えるほどの風の果てに、煌々と輝く温度の無い月がある。

 その光を背にして、獣がちょこんと座っていた。

 広縁にずらり、みっしり。月の逆光でよくは見えないが、そのたぬっとしたフォルムには見覚えがある。

「…………たぬきか?」

「いかにも。我らは伊予国久万山を本拠としまするたぬきの一党にございます」
「何の用だ? いや、そもそも旦那様って何のことだ? 俺は――」

「委細承知しております。我々は、旦那様をお迎えに来たのです」

 …………はぁ?

27 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:36:12.53 ID:Y57bHTMC0

「おい待て、説明が足りてないぞ。どういうことだ? というかまず窓閉めろよ! 三人が寒くて起きちゃうだろ!」
「ご心配なさらず。その娘らは、朝が来るまで起きませぬ。そのように化かしましたゆえ」


 途端に、こいつらの見え方が変わる。

「この子たちに何をした」
「ご心配ですか」
「質問をしてるのはこっちだ」
「そう目くじらを立てなさるな。ただ眠ってもらっているだけです。私どもとしては、人の子二人にも、たぬき一匹にも、なんの害意もございません」

 ただ――

 と言い添えて、たぬきはヒゲをぴくっと動かす。

「旦那様が、どうしてもお嫌と仰られるのであれば、お約束はできませぬ」

 とんだ狸野郎だな。
 要するに、最初から選択肢なんて無かったと言いたいんだろう。

28 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:37:06.93 ID:Y57bHTMC0
 
 前には居並ぶたぬきの群れ。後ろには眠る担当アイドル。
 いずれろくな事態ではないのだろうが……。

「……俺がついて行けばいいんだな?」
「賢明な判断にございます。さすがは旦那様。当家の次代を担うに相応しいお人柄」


 ぽこぽん、ぽこぽん、ぽこぽん。

 たぬきのお囃子に合わせて、豪勢な籠が用意されてあった。
 空は恐ろしいくらいの冬晴れ。氷の月と星がちかちかまたたいて目に痛いほどの夜だった。


「……なあ、ひとつ聞いていいか? その旦那様ってなんなんだ? 次代ってのもさっぱりなんだが……」

「おや、お忘れでございますか。私どもが旦那様を迎えに来た理由は、ただひとつ――」

29 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:37:38.65 ID:Y57bHTMC0




「旦那様を、当家に婿入りさせるためにございますよ」



30 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/20(金) 00:38:22.84 ID:Y57bHTMC0
一旦切ります。
微速更新すみません。年内に完結できるといいな……
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/20(金) 02:20:08.10 ID:akqntUBDO
?「ダメ、完結させて」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/20(金) 04:29:22.46 ID:HZE8oPk2o
一旦乙

伊予(愛媛)で婿入り…なんか清良さん以外アカン年齢の娘しか想像できないんだがw
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/20(金) 12:12:53.70 ID:akqntUBDO
>>32
舞浜歩「ん?」


という、万が一の可能性も(なわけない)
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/20(金) 22:14:33.48 ID:jZ+6V9Wi0
とりあえず、「たぬっとした」という意味わからんはずなのになんとなく伝わる単語はなんでっか
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/20(金) 22:21:38.12 ID:pJkWBV4co
万が一がマイガーに見えた
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/20(金) 23:26:59.26 ID:OP0w55hJ0
一旦乙

いやまぁ、たぬきのあのフォルムは「たぬっとした」ちゅう表現がしっくりくるわなぁ。
で、R板だったらPさん1獣姦待ったなしだな
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/21(土) 02:55:30.53 ID:fEpoqoXvO
>>32
 そうは言うが、相手は化け物だしなあ…。
 それに、こんな事態が伊予一国だけで納まるとも思えんのだが。
38 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:03:14.78 ID:cskBVXlq0
  ◆◆◆◆

  【美穂】


「――んぅ……ん〜……ままぁ……?」
「は、ぁ……あぅ……寝ちゃってた……?」

「あ、ぷろでゅ……ぷろでゅーさーさん、プロデューサーさんは……?」

 時刻は、午前7時。
 とっても寒いけど、気持ちいいくらい晴れている、冬の朝です。
 私たちはもそもそ起き出して、目を見合わせます。

 …………プロデューサーさんは?

 ゆうべは介抱してる途中に寝ちゃってたみたいで。色んな道具が置きっぱで、ばらばらに限界が来ちゃって……。
 起きてみれば、三人にそれぞれお布団がかけられていました。
 きっと彼がかけてくれたんです。ということは、どこかでプロデューサーさんが起きた筈なんですけど――
39 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:04:06.03 ID:cskBVXlq0

「プロデューサーさん……?」

 いない。
 どこにも、いないんです。

 出かけたのかなと思っても、お部屋の鍵はかかりっぱなし。旅館の合鍵はテーブルの上に置かれっぱなしです。
 どこかに隠れてる? そんなわけない。じゃあどうして、一体どこに――


「美穂ちゃん! 響子ちゃん!」


 最初に気付いたのは卯月ちゃんでした。
 広縁の大窓はぴっちり閉まっているけど、ひとつだけ鍵のかかっていないところがあって。
 そして私は、そこに残った獣のにおいを確かに聞き分けました。
40 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:04:37.64 ID:cskBVXlq0


「……たぬき……」

 たぬき。
 そう、間違いありません。
 毛もにおいも、疑いようもなく同族のそれ。


 プロデューサーさんは、四国のたぬきにさらわれてしまったのです。

41 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:06:34.03 ID:cskBVXlq0

   〇


「さささ、探さなきゃ探さなきゃっ、見つけなきゃっ!!」
「おおお、落ち着いてください美穂ちゃんっ、大丈夫ですっきっと大丈夫っ」

「――えっと、そうなんです。はい。はい。だから、今から探してみて――」

 すっかり日が昇った後、私たちは人でにぎわう観光地でわちゃわちゃしています。
 卯月ちゃんはちひろさんに電話して状況を伝えています。
 しばらくやり取りした後、通話を切って……

「お仕事の方は大丈夫みたい。私たちは、早くプロデューサーさんを見つけよう!」
「う、うんっ! たぬきのいるっぽいとこを探そう!」
「っていうと、やっぱりお山とかでしょうか? この辺かなぁ……?」

 道後温泉は丘陵を背にした場所。そのまま登ると、高縄山、北三方ヶ森、明神ヶ森……などの山岳に至るようです。
 においを辿れればいいんだけど、さすがに外となるとわかりません。
 やみくもに山を登るわけにもいかないし、一体どうすれば――

42 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:07:03.92 ID:cskBVXlq0

「きゃっ……?」

 と。
 不意に、強く冷たい風が吹きました。

 その風は地を這うように足元をさらって、ぶわっと斜めに吹き上がって突き抜けていきます。
 不思議なのは、風がまるで葉っぱを集めているようなこと。
 枯れ落ちた木の葉が、どこにそんな量があったのかと思うほどたくさん、風に乗って舞い上がっていきます。

 まるで空へと注ぐ木の葉の河のよう。

 普通の風ではありません。
 私は、その現象が何であるかを知っていました。


「――たぬきの婿入り……」


43 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:07:51.24 ID:cskBVXlq0


「へ? み、美穂ちゃん??」
「たぬ……何ですか??」

 きょとんとされちゃいました。
 でもでも、ほんとにあることなんです。

 有名なのは「狐の嫁入り」ですけど、たぬきにもそういう現象があって。
 天気雨の代わりに、木の葉を運ぶ突風がそうであると言われています。
 それはたぬきの祝言の合図。木の葉と共に福を集め、その日生まれる夫婦を寿ぐ……。

 嫌な予感がしました。

 プロデューサーさんがいなくなって、たぬきの婿入りが吹いて。
 風の先がどこかはまだわからないけど……。

44 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:09:25.15 ID:cskBVXlq0

「もしかしたら、プロデューサーさんと何か関係があるのかも……!」
「えっと、この風の先にプロデューサーさんがいるの?」
「追いかけたら何かわかるでしょうか……!?」

 どのみち他に手がかりはありません。今も風は吹き続けています。心なしか、たぬきのにおいもするような……。
 走って追おうかどうしようか考えていたところ、たまたまタクシーが通りがかりました。


「あっ、すみませーん! タクシーっ!」

 渡りに船とはこのことです。私たちはタクシーを呼び止めて、急いで乗り込むのでした。

45 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:18:51.57 ID:cskBVXlq0

   〇


「あの、変なこと言ってると思うかもですけど、今吹いてる風を追ってほしいんです!」
「はぁ、風……ですか??」

 案の定、運転手さんはきょとん。
 無理もないことです。前の車を……っていうのはあるけど、風をなんてちょっと聞きませんから。
 それでもなんとか了解してもらって、風向きに向かって車を走らせてもらいます。

「お嬢さんたちは、ご旅行ですか?」
「あの、お仕事なんです。それでちょっと人を探してて」
「そうですか、それは大変ですなぁ。でしたら、行けるだけ行ってみましょうか」


 ぶーんと走り出すタクシー。たくさんの葉っぱが舞ってるから、風向きがわかりやすいのが不幸中の幸いでした。
46 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:19:34.79 ID:cskBVXlq0

「しかし、妙な風が吹いているものですなぁ。お客さん、ご存知ですか? これ『たぬきの婿入り』って言うんですわ」

 さすがにたぬき王国の四国の運転手さんは、たぬきにまつわるお話にも詳しいようでした。
 とはいえ、私がたぬきってことを普通の人には明かせないから、いい感じにお話を合わせます。

「そ、そうなんですか。不思議なこともありますねぇ」
「ねぇ。またぞろ、山でたぬきが結婚式でも挙げるのでしょう」

「プロデューサーさん……」

 ぽそりと呟く卯月ちゃん。心配です……。


「この風を追うとなると、あなたがたもたぬきにご興味が?」
「え? あっ、いえいえ! 偶然っていうかなんていうか、ね、響子ちゃんっ!」
「は、はいっ! ちょっと事情があって、あはは!」

 そうですかぁ、と呟く運転手さん。特に気にしていないようでした。
 車を走らせながら、彼はふと――
47 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:20:23.45 ID:cskBVXlq0


「この風ね。久万山に続いてるんですわ」


「へ? くま……やま?」

「愛媛と高知にまたがる山々でしてな。そのあたりの高原に町がありまして、まあ良いとこなんですわ」


 ――して、そこには昔からたぬきの群れがおりましてなぁ。

 ――刑部狸をまつる祠もございまして、まあ、そんな曰くがございますから。たぬきにとっては最大の霊場であり、聖地なんですなぁ。

 ――不思議なことのひとつやふたつ、十や二十はこれ、日常茶飯事と言えましょうなぁ。

48 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:20:52.82 ID:cskBVXlq0

 ぽつぽつと、そう語る運転手さん。
 その語り口調は真に迫っていて、本当のことを言ってるんだとわかるものでした。

 けど、どうして急に。

 まるで、私たちの目的がわかっているかのような……。


「あ、ぇ、美穂ちゃん、あれ……っ!」

 卯月ちゃんの指摘にハッとなります。
 運転手さんの帽子の下で、何かが動いてる。もぞもぞ、ぴくぴく、頭に何かある感じ。
 これって。これって……?

49 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:21:32.04 ID:cskBVXlq0


「我らが姫の大事な場面でしてな」

 運転手さんは、帽子を取ります。
 その下には、ふさふさのおっきな耳が……!!


「あなたがたに、邪魔をさせるわけにはいかんのですわ」



 ポンッ!!



50 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/12/23(月) 00:22:10.19 ID:cskBVXlq0
一旦切ります。ぼちぼち進行していければと思います。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/23(月) 06:12:43.69 ID:XDVnxMZDO
あー、もし晴が相手なら

結婚を嫌がる→Pが丸め込む→脱出

なんてなるのかなぁ
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/23(月) 09:58:46.50 ID:ibMDqowW0
↑で、最後は一緒の事務所でアイドルとして頑張ると
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/23(月) 21:34:47.70 ID:7sFXFMRJo
なんでドヤ顔で展開予想してんの?
当たってたらどうするとか考えないのか?脳みそ無いのか?
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/24(火) 00:06:58.78 ID:i/ShainYo
荒らしだろ
ほっとけ
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/01(水) 10:13:40.97 ID:ygi0t5eZO
あけおめ
続き待ってるよ
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/08(水) 16:46:04.65 ID:/3FpbBvM0
忙しくて書けないのだと思いますが、ずっと待ってます!
57 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/09(木) 23:54:48.36 ID:AjGUihUM0

  ◆◆◆◆


「う……う〜ん……ぽこぉ……」


「――はっ!!」


 目が覚めたら、山の中。
 しかも夜です。空にはまんまるお月様が浮かび、地上に影を作るほどぴかぴか光っています。

「卯月ちゃんっ! 響子ちゃん!?」

 きょろきょろ見渡してみても、二人の姿はありません。
 私は二人のにおいを探しながら、山の中を歩き回りました。

 スマホを見てみても、位置情報は出てきません。

 また攫われちゃった? まさか京都の時みたいな結界の中なんてことは……ない……とは言い切れないけど。
 さわさわと風の吹く山中。森のかおりが漂っていて、なにやら故郷の鏡山を思い出しました。

58 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/09(木) 23:55:54.37 ID:AjGUihUM0

「――卯月ちゃーん! 響子ちゃーーんっ!!」

 大声を出しながら、そこらじゅうをホテホテ歩きます。
 二人のにおいは、あるようなないような……風に乗ってなつかしい香りが鼻をくすぐっては、すぐに消えちゃう。
 まるで二人ともすぐそばにいるような、そうかと思えば遠くへいっちゃうような……変な感じです。

「こんなのおかしい。においを辿れば、すぐわかるはずなのに……」

 と――

 嗅ぎ慣れないにおいがして、何かが背後に「どすんっ!」と落ちます。
 私は慌てて振り返り、ずんぐりむっくり大きな「それ」を見ました。


 見上げるほど大きな、だるまでした。

59 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/09(木) 23:57:12.07 ID:AjGUihUM0

「…………」

 ………………。

「……………………」

 ぴょいんっ!!

「ぽこ!?」

 だるまが跳ねました。その質感はおもちみたいで、赤い体をぶよぶよもちもちさせて跳ね回ります。
 その動きに合わせて――

 ぼとととととんっ!!

 大小さまざまなだるま達が、落ちては跳ねて私を追いかけてきました!!

「ぽ、ぽこ〜〜〜っ!?」

60 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/09(木) 23:58:25.96 ID:AjGUihUM0

 びっくりして逃げる逃げる逃げる、だるま達は追う追う追う。
 坂道を駆け下ると、夜の森がすごい速さで流れ去っていきます。
 だるまは振り切れましたが、このペースってどう考えても私の足の速さじゃない……ような……?

 !?

 気が付けば足元はベルトコンベア。山肌に沿ったそれが私を導いて、超高速で下り坂の終わりまで導きます!


「ぽこーーーーーーーーーーっ!!?」

 しゅぽーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!


 終端に何故かジャンプ台があって、高く高く飛び上がる私。
 目が回る中、これはまずいかも……と思った瞬間。

 ぼふんっ、と私の体を受け止めるものが。
61 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/09(木) 23:59:23.58 ID:AjGUihUM0

 助かった……? と思いながら顔を上げると、そこは野原一面を埋め尽くす座布団の海。
 と思いきや、座布団ひとつひとつが飛び上がって、私をもみくちゃの座布団まんじゅうにしちゃうのです。

「わぷっ、むーっ! むむぅ! みゅーーーーっ!!」


 その後も、群れをなす白い象さんの行列、足が生えた大きなサメさん、黒い肌のいなせなチキン・ジョージ、
 動いて喋る変なおもち、行進を続けるホーロー看板、猫、鵺、アルパカ、ヒバゴン、南極のニンゲン……。

 私はパニックになりながら、頭の隅で、この珍事の正体に勘付いていました。


 どことなく、たぬきのにおいがする。

62 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:00:02.44 ID:m4o3eiU70



 これは『偽山』。

 山そのものが、化けだぬきなんだ。


63 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:01:08.95 ID:m4o3eiU70

 私は京都のある伝説を思い出していました。

 その名も「偽如意ヶ嶽事件」――山に化けた、一匹の大だぬきの逸話。

 発端は京都に住まう天狗同士のいさかいだったと言われています。
 如意ヶ嶽を根城とする大天狗と、鞍馬天狗たちの縄張り争い。あわや京都分け目の大喧嘩となるところ、大天狗に味方したたぬきが一匹。

 如意ヶ嶽が欲しいかそらくれてやるぞと、呼んだ山がまさにそのたぬきの化け姿。
 鞍馬天狗は山中で起こるヘンテコスチャラカあらゆる怪事件にすっかり肝を潰し、ほうほうのていで逃げ帰ったといいます。

 京都どころか、全国のたぬきの中でも快挙中の快挙。天狗にとっては歴史的汚点そのものだという逸話です。

 人づてたぬきづて狐づてに、紗枝ちゃんから聞いたことがあります。

64 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:02:02.84 ID:m4o3eiU70

 この山も同じとしか考えられません。
 だったら、相手はとっても化け力の強いたぬき……!?


「ぽこっ!」

 ポンッ!!

 私はたぬき姿に戻って、野山を駆け回ります。
 化かそうと迫り来る怪現象は、タネがわかってしまえば怖くありません。

 今はただ、風に混じるわずかなたぬきのにおいを追っかけます……!

65 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:03:26.43 ID:m4o3eiU70

   〇

 もちろん、山ひとつに化けるのなんて並大抵のことじゃありません。
 私はたぬき的直感に従い、ある程度の推測をつけていました。

 どんなに化け力が強いといえど、これほどの規模の偽山を形作るたぬきなんて百年に一匹いるかいないかです。
 たぬき聖地の四国でだって、それは同じはず……。なにしろ、これだけの規模なんですから。


 ずばりこれは――四国は久万山のたぬきたちの、合体技!


 一匹でさえ化け力の強いたぬきが結託して、ひとつの大変化を成し遂げる話は過去にいくつも聞いています。
 そこではどんな怪異の魑魅魍魎百鬼夜行も思いのままなんだとか。

 かつて多摩ニュータウン開発期に世間を賑わせた「妖怪百鬼夜行騒動」も、力を合わせたたぬきの仕業であるというのが通説です。

66 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:04:12.88 ID:m4o3eiU70


 ――だけど、そこには必ず「へそ」があります。


 いわば変化における要、突かれてしまえばダメ的な弱点の部分です。
 それは京都の化け狐の結界にすらありました。へそを突かれて、京都の摩訶不思議な結界屋敷は瓦解したんです。
 複数の化け動物が結託した空間だからこそ、みんなの集中が集まる力点がある。私はそう学習したんです。

 だって……私だって、いろんな修羅場をくぐってきたんだから!

 とてとて走って、ぽこぽこ転がる。のそのそ潜り込んで、ぷにぷに切り抜ける。
 もふもふたぬきの身体能力すべてをもって、たぬきのにおいが濃い方へと一心不乱にダッシュです。

67 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:05:11.82 ID:m4o3eiU70

 走り抜けるうちに、私はなんとなくこの偽山の「癖」が見えてきました。

 きっと、音頭を取っているたぬきはまだ若い。私と同じか、大して変わらないくらいだと思います。
 妖怪の突飛さとか地形のヘンテコさに、溢れ出るアイディアと盛り盛りのやる気が見て取れるのです。

 それが突破口になりました。怪現象がわかりやすくて、隙を探しやすいのです。
 これがもっと巧妙に「山」を偽装し迷わせていたら、私はすっかり化かされていたと思います。

 化け力は物凄いけど、古だぬき流のズルさが無い……って、それは私も似たようなものですけど!

68 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:05:54.33 ID:m4o3eiU70

「ぽこ……!」

 ついに、それらしきものを見つけました。

 山林を抜けて橋を渡り、崖を駆け下って洞窟を進み竹林を抜けた先のなんでもない地面。
 落ち葉が山積したその下に、マンホールがありました。
 地面にマンホールなんてありえません。あからさまです。しかも隠されてあったし。

 私はそこに、そっと尻尾を乗せて……。


「ぽこっ」

 こちょこちょ。

 ふさふさ尻尾で、マンホールの蓋をひたすらくすぐります。

 こちょこちょ、こちょこちょこちょ。ぷにふさっ、さわわ〜。もふもふ。
 こちょこちょこちょ〜……!

69 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:06:30.30 ID:m4o3eiU70


『ふぁ』


 あ。


『ふぁ、ふぁ……』


 どこからともなく、声がして――――



『へっぷちっ!!』


70 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:07:00.42 ID:m4o3eiU70


 ぐにゃんっ!!


 崩れた……っ!

 誰かがくしゃみをした瞬間、山の風景が大きく歪みました。
 ひしっと地面にしがみつく私。このまま変化が解ければそこはきっと違う場所で、ばらばらになったたぬき達と対面するはずです。
 勝負はそこからです。卯月ちゃんと響子ちゃん、そしてプロデューサーさんをどこに隠したか聞き出さなくちゃ……!


 ポンッ!!


71 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:07:58.07 ID:m4o3eiU70

 途端に、全身が浮遊感に包まれました。
 あまりにも眩しくて、視界が真っ白に塗り潰されます。


 気付けば私は青空の下。さんさんと輝く冬の太陽に照らされて、たぬきが一匹、くるくる回って落下します。


「ぽ、ぽこ……っ!?」

 本当は、夜ですらなかったんだ。

 偽の山と、偽の空。時間さえも騙してみせる大仕掛けだなんて。
 一体、どれほどのたぬき達が……


 ――と、私の顔に影が差しました。

 見れば太陽の逆光を背負い、もうひとつの毛玉が、くるくるもふもふ宙を舞っています。
 狙いは明らかに私。一直線に、落ちてきて――

72 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2020/01/10(金) 00:08:41.66 ID:m4o3eiU70


「ぽこーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 気合一発、たぬきの威嚇。
 その鬼気迫る迫力よりも、何よりも――


 ――たったの、一匹!!?


 あんなに大きな偽山が消失して、飛び出してきたのはたぬき一匹。
 しかも私より明らかに年下の……たんぽぽみたいな、もふもふ小さな仔だぬきだったのです!

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