白雪千夜「足りすぎている」

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152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 15:56:51.91 ID:1/ZkFkMM0
「ちとせは、千夜のようになりたいって思ったの?」

「私、ワガママだったみたい。
 欲しい物なんて無かったのに、叶う事なら自分の思うように生きたいと思ったの。
 あの子が見たものを、私も見てみたい。ライブで得られる信じられない力、私も感じたいし、千夜ちゃんにも勝ちたいの。
 分不相応だなんて、笑わないでね。夢を見るのは自由、でしょう?
 千夜ちゃんも凜ちゃんも、自分だけ良い思いをして、私には「無理をするな」だなんて仲間外れにするの、人が悪いんだから、フフッ♪」

「ちとせが辛い思いをすると、千夜が悲しむから……」

「それは分かってる。呪わしいほどに弱い自分の身体も、私が一番……。
 でも、私はアイドルを止める気はないよ。
 千夜ちゃんを焚きつけておいて、自分だけ何も遺さないままなのは、格好がつかないもの。
 何としてでも、アイドルとしてのあの子に勝つか……せめて、あの子に並ぶくらいにならないと、顔向けできないかなって、ね。
 あ、千夜ちゃんには言わないでね、今の」

「分かってる……これ、薬。志希が真面目に作った、って。
 ここに置いておくね……本当に、身体だけは壊しちゃダメだよ」

「ありがとう、凜ちゃん。
 そこの窓、閉めてくれる? 千夜ちゃんが開けてくれたまま、忘れちゃったみたい」
「あ、うん」


 カチャン――。
 という音がして、それ以降、話し声は聞こえてこなかった。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 15:59:06.74 ID:1/ZkFkMM0
 ――――。

 私のステージが、事の発端だったというのか。
 常務の過度な期待があったとはいえ、その身を削ってでもステージに立つのだという決意をお嬢様がされたのは――。


 あのご様子だと、お嬢様は本当に壊れるその日までレッスンを止めることは無いだろう。
 私が経験したと空想している、得難き力――それに夢見て邁進し、勝手に私をライバルと決めつけるお嬢様を説き伏せることは極めて難しい。

 私が、アイドルを続けている限り。


 アイドルである私に立ち向かうことがお嬢様のモチベーションに繋がっているというのなら、私の取るべき手段は一つだ。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:02:03.85 ID:1/ZkFkMM0
   * * *

「レッスンをサボってまで話をしたいっていうから、何事かと思ったけど、そういう話ね」

 昼下がり、346プロ内にあるカフェで、ため息が一つ生まれて消える。
 私としてはそれなりの覚悟を持って連れてきたものの、この人が普段通りにボンヤリしているせいで、あまりシリアスな空気が流れない。

「こういう事を相談できるのは、杏さん以外にいないと思ったので」
「杏だって、まだやったことも無いのに相談されても困るんだけどねぇ」

「いえ」
 私はかぶりを振った。
 アドバイスを期待して、あまり親しくできていない彼女をわざわざ誘ったのではない。

「杏さんなら、私の決断を否定しないだろうと思ったのです」
「つまり杏に背中を押して欲しかったってことね。千夜はいい性格してるよ」

「……そうですね」

 杏さんの言う通りだ。
 辞めたいのなら、誰に相談するまでもなく勝手に辞めればいい。
 行動を起こす前にこんな事を他人に話すのは、そうしないと踏ん切りを付けられない自分がいるからだった。

「私は、お嬢様やアーニャさん、他の皆さんとは違います。
 自分の道を自分で決めることができない、弱い人間です」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:04:24.75 ID:1/ZkFkMM0
「その辺は杏には分かんないけど、まぁいいんじゃない?
 でも、プロデューサーにはちゃんと自分から言った方がいいよ」
「それは、言われるまでもありません」
「はいはい」

 鼻で笑い、杏さんは目の前のオレンジジュースを吸った。

「辞めたらさ、後でどんな感じかを杏にも教えてよ。
 今度杏も辞める時の参考にしたいし」


「……杏さんは」

 俯いて、膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。
 一体、何なのだろうな、この――。

「辞めようと思ったことは、無いのですか。
 普段、あれだけ「働きたくない」などと文句を言って、サボって、逃げて……でも、肝心な所ではしっかり仕事をして」

 劣等感、とは少し違う――憧れ、あるいは後悔だろうか。
 私には、彼女のように上手く泳げなかったという、無念さ――。

「なぜ、杏さんはアイドルを続けるのですか……?」
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:08:03.77 ID:1/ZkFkMM0
「辞めようと思えばいつでも辞められるからね」

 素知らぬ顔で彼女は答えた。
 ストローから口を離し、椅子の上であぐらを半分かいて店の天井を仰いでいる。
 定規のアイツとはまるで正反対だ。

「そんなこと考えてダラダラ続けてたら、逆に辞める方が面倒くさくなってきちゃってさ」
「辞める方が、面倒?」
「うん」

 これは誰にも言わないでほしいんだけど、と前置きを加えて彼女は続ける。

「辞めたらうるさく言う人がいるでしょ? きらりとか未央とか……あぁ、千夜ならアーニャかな。
 そういう連中にやいのやいの文句言われるくらいなら、惰性で今の状況を続けてた方がリスクは少ないかなって。
 今も杏的には忙しいけど、適度にサボれるし、プロデューサーも杏の性格見越して仕事の量を調節してるんだとしたら大したもんだよね」

「つまり……シンデレラプロジェクトの皆さんに不和を与えないことを、杏さんは重要視していると?」
「そういう勘違いをする人がいるから、誰にも言わないでって話。
 ……って、あぁ、辞める千夜には関係ないか」

 面倒くさそうに手を振り、再びオレンジジュースを手に取った。

「杏がどうってより、今は千夜の話でしょ。
 ちとせのためになると思って辞めるんだって千夜が決めたんだったら、それでいいんじゃない。
 まぁ杏の見立てでは、千夜が辞めてもちとせはアイドル辞めないと思うけどね」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:10:57.76 ID:1/ZkFkMM0
「どういうことですか?」
「だって、アイドルとしての得難き経験とやらをちとせが欲してるなら、アイドル辞めるわけないでしょ。
 目標としていた千夜が辞めて、多少モチベーションが下がるくらいはあるかも知れないけど」

 ――反論すべき点が見つからない。
 この人は実に聡明だ。常に端的で、言動に迷いが無い。

「でもそれはちとせにしか分からない話で、杏が我知り顔で言えることでもないしね。
 ところでさ、千夜は辞めたらどうするの?」
「……えっ?」

 私としたことが、346プロを辞めた後の事を全く考えていなかった。

 当然に、私は寮を出なければならなくなる。
 そうすると、ひとまず黒埼の屋敷に戻って――。

「……黒埼家の従者に戻るだけです。
 学校も、遠いですが、そこから通うことになるかと」
「ふーん」

 一瞬、瞳の奥を見透かされたような気がした後、彼女は鼻で小さくため息をつき、腕の中の人形を軽く撫でた。

「まぁ達者でやればいいさ。
 この際だから言うけど、杏は千夜のことあんまり得意じゃなかったよ」
「奇遇ですね。それは私もです」

 フッ、と知らず笑みがこぼれる。

「こんな事を言うと、おそらく杏さんは怒るかと思いますが……
 同族嫌悪に近いものだったと、今では思います」
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:12:56.10 ID:1/ZkFkMM0
 合理的な思考に、どこか通ずる部分があった。
 異なるのは、ポテンシャル――彼女は、近道を可能にするだけの力がある。

 私は言われた通りのことしかできず、それでいて客観的な思考を盾にして本音を隠す卑怯者だ。
 あの日、一ノ瀬さんが言っていたことが、少し分かってきた気がする。


「いや……合ってるよ、同族嫌悪」


「えっ?」

 顔を上げると、杏さんは頬杖をつきながら、どこか据わりが悪そうに窓の外へ視線を投げていた。


「千夜みたいな子がいたら、杏もがんばんなきゃいけないし……
 張り合える子がいなくなって、ようやくラクが出来そうで清々できるよ」


 大きなため息を吐いた後、彼女は椅子から飛び降りた。

「あー良かった良かった。
 あ、ここの会計はプロジェクト宛てに領収書を菜々さんに書いてもらえれば大丈夫だから。
 あとよろしくね、それじゃ元気で」

 大袈裟な欠伸をこれ見よがしにかきながら、杏さんはペタペタと小さい体を揺らして出口の方へ歩いて行った。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:14:38.77 ID:1/ZkFkMM0
 ――彼女は実は、優しい人なのかも知れない。
 同族嫌悪などと言ったのは謝るべきだった。

 だが――まぁいいか。
 あとは、アイツに断りを入れる、その前に――。

 やはり、お嬢様と話をするべきだろう。
 お嬢様が辞めないのであれば、私が行動を起こす意味が無い。



 ――意味が無い?


 私は、アイドルを続けたいのか――?



 一人かぶりを振り、余計な雑念を払う。
 私は伝票を持って席を立ち、杏さんが言うところの安部菜々さんを頼ることなく、会計を済ませた。

 これから辞める身で、これ以上346プロの世話になることもない。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:21:25.45 ID:1/ZkFkMM0
 普段は昼のレッスンを行う間の寮がこんなに静かだとは、それをすっぽかすまで知らなかった。

 すっかり見慣れた部屋の、ドアの前に立つ。
 呼び鈴を押しても、電話をしても、やはりと言うべきか、応答は無かった。

 この部屋に入るのも、今日が最後かも知れないな。

「……失礼致します」


 部屋の中は、ひっそりとしていた。

 まだ日が暮れるまで1〜2時間はある。
 電気をつけなくとも、カーテンを開けると陽光が部屋中を明るく照らし、改めて主の不在を私に知らしめる。


 ここで待とう。
 もし万が一お嬢様が倒れたという連絡を受けたとしても、寮からスタジオ棟の医務室へは走って5分もあれば行ける。


「……むっ」

 見慣れないDVDケースをテーブルの下に見つけた。
 中身は空だ。ラベルも無い。

 既にセットされているのだろうか?
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:24:50.93 ID:1/ZkFkMM0
 お嬢様には失礼だが――電源をつけ、再生ボタンを押した。

「これは……」


 青紫を基調としつつ、虹色に煌めく絢爛でワイルドな衣装。
 オレンジ色のポニーテールが、軽やかかつダイナミックに舞う。
 髪留めといい、およそ蝶をモチーフにしたであろう意匠が目立つものの、その威容と気迫は気高き獅子を思わせた。

 なるほど、『レオ』――間違いない、この人が玲音だ。

 画面の下部に、曲名が表示されている。
 観客のボルテージは、始まる前からクライマックスを迎えたかのような盛り上がりようだ。
 差し詰め代表曲なのだろう。

 曲名は『アクセルレーション』――塩見さんが言っていた名前と同じ。



 ――――。



 息をするのも忘れるほど、私は画面に――彼女のステージに魅入っていた。

 これを、お嬢様がやるのか。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:28:58.08 ID:1/ZkFkMM0
 業界に入ってまだ日は浅いが、一目でレベルが違うと分かった。

 表情はおろか、指の先の一瞬にまで機微を感じさせる表現力。ターンのキレ。声の伸びと張り。
 彼女のパフォーマンスの隅々が、一挙手一投足が、今日まで私自身がトレーナーから指摘されてきたことを遙かに超越しきっている。

 だが、彼女の凄さは教科書に即した完成度の高さだけではない。

 何よりも、この玲音さんは――観客と一体になっている。
 エンターテイナーとして観客を楽しませようという精神を、ひしひしと感じる。

 およそ全てのアイドルファンに愛される存在であり、彼女もまた全てのファンを愛する人なのだと、そのステージを見て分かった。

 果たして、お嬢様にこれと同じステージができるだろうか――?


 お嬢様には失礼だが――おそらく、不可能だろう。

 これは、玲音さんの献身的な姿勢と、それ以上に彼女自身がこれまでに培ってきた非常な努力を感じさせるものだ。
 アイドルを始めてたかだか数ヶ月、それも並みの体力を持ち合わせていない者が、軽々しく比肩できる厚みではない。


  ――分不相応だなんて、笑わないでね。


「……!」



  ――夢を見るのは自由、でしょう?
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:34:23.62 ID:1/ZkFkMM0
「…………お嬢様……」


 城ヶ崎美嘉さん、アーニャさん、凜さん――。

 彼女達の気持ちが、今、痛いほどに分かった。


 無理だけど――止めることは、できない。
 第三者の勝手な都合で、その人の夢を潰すことは、とても――でも。

「私は……」

 アイドルである以前に、黒埼家の――お嬢様の、従者だ。
 お嬢様の御身の安全を守ることが、私の最低限の務め。


 でも――お嬢様がステージに上がったら、どうなるのだろう?


 本当に、玲音さんが全て勝っているのか?
 お嬢様が勝っている部分など何一つ無いと、それを見ずして言い切れるだろうか。

 何より私は――。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:37:15.48 ID:1/ZkFkMM0
 見たい。

 ステージの上で、この曲を歌いきり、およそ信じられないくらいキラキラに輝くお嬢様を。
 観客からの大歓声に、満面の笑顔で手を振るお嬢様を。


「私は、どうしたらいい……」



 誰もいない部屋で、一人途方に暮れていると、呼び鈴が鳴った。

「ッ……!?」

 ひょっとして、お嬢様!?
 いや、落ち着け。自分の部屋に入るのにいちいち呼び鈴を鳴らす人がどこにいる。


「チトセちゃーん! チトセちゃーん!」
「フレデリカさん、ちょっと、近所迷惑ですから……!」
「やっぱり出ないよぉ、およよよ……哀れ宮本のフレンチボイスでは掠りもしないのであった。
 んじゃ、ここはフミカちゃんとありすちゃんにバトンタッチ☆ ささ、ノックノックしるぶぷれ〜♪」
「わ、私が、ですか……?」
「文香さん、相手にしなくていいです。
 あとフレデリカさん、私は橘ですっ! 何度言ったら分かるんですか!」
「ワォッ☆ 橘氏、なかなかボイスがビッグデリカだねー♪」
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:40:06.49 ID:1/ZkFkMM0
 随分と騒々しいな。
 会話の内容からして、おそらく――。

 私は、ドアをそっと開けた。

「あっ」
「ンンー? チトセちゃん、ちょっと小っちゃくなっちゃったね?」
「貴女は、確か……」

「白雪千夜と申します」
 そう言って、私は目の前の三人を見渡した。

 宮本さんと――鷺沢文香さんに、橘ありすさん。
 やはり、プロジェクトクローネの人達だ。

「申し訳ございませんが、お嬢様はここにはいらっしゃいません。
 まだ、レッスン中なのではと」


「あれ? おかしいですね」

 ありすさんは手に提げたバッグからタブレットを取り出し、幾度か操作をして首を傾げた。

「どうかしたの、ありすちゃん?」
「橘です。クローネの予定表を見ているのですが、ちとせさん、今日は午前中にはレッスンを終えて、午後は大きな予定が入っていません」
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:43:02.32 ID:1/ZkFkMM0
 サッとこちらに見せてきた画面を確認する。
 プロジェクトクローネ総勢13名のメンバーそれぞれの予定が示された横使いのスケジュール表は、確かに、お嬢様の午後の空白を示している。

「ご予定が無いのであれば、ちとせさん、こちらにお戻りになるかと思ったのですが……」
「どこか遊びに行ってるのかなー? あ、アーニャちゃんも午後オフだね」

 二人だけでどこかへ遊びに行く――いや、それはあまり考えにくい。
 これまでお嬢様からもアーニャさんからも、特にそういう話を聞いたことが無かったからだ。

 一方で、アーニャさんには、レッスン以外の所でお嬢様と一緒の時間をできる限り作るようお願いし――。


 ――!


「……あの、白雪さん、何か…」
「今日は何日でしょうか」
「え? ……わっ!?」

 半ば引ったくるように、橘さんのタブレットを掴んだ。
 スケジュール表の日付を急いで確認する。


 ――やはり。
 何ということだ!
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:46:13.55 ID:1/ZkFkMM0
「し、失礼します!」
「ひぁっ、し、白雪さんちょっと!?」

 引っかけた靴を履き直す時間すらもどかしい。
 お嬢様の部屋の片付けも、ドアの鍵も、まるで無視してしまうほどに、私は頭が真っ白のまま寮の出入口へと走った。

「チヨちゃーん! 1階のトイレは今使えないよー!? シキちゃんがぃ……!」

 角を曲がり、宮本さんの底抜けに明るい澄んだ声が遠くに響いて、彼方に消えた。



「はぁ……はぁ……!」

 本当に私は、どうかしている。

 今日は11月10日。
 自分のことばかり考えて、お嬢様の誕生日すら忘れるなんて!

 寮にもレッスン室にもいないのなら、今日は屋敷に戻っているはずだ。
 急いで私も向かわなくては――!

「……えっ!?」
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:50:20.52 ID:1/ZkFkMM0
 寮を飛び出し、その先の門へ向かう足が止まった。

 見慣れた黒い定規が――アイツが、門の前に立っている。

「白雪さん、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
「な、何をしている。
 私は急いでいるんです、お前に構ってなどいられ……!」
「黒埼さんの屋敷へは、私の車で向かいましょう」
「!?」

 少しずつ息が整ってくる。
 よく見ると、門のそばの駐車場にはいつもコイツが送迎で使用する車が置いてあり、その後部座席には――。

 アーニャさんが手を振っていた。

「白雪さんとアナスタシアさんをお連れするよう、黒埼さんより仰せつかっております。
 一緒の時間を作るよう白雪さんに頼まれた旨を、アナスタシアさんが伝えたところ、黒埼さんが彼女も誘われたとのことです」
「え、あっ……」

 呆然と立ち尽くしていると、アーニャさんが後部座席のドアから飛び出し、助手席側に回ってそのドアを開けて手招きをした。

「ダヴァーイ、チヨ♪
 チヨはプロデューサーの助手席、好きですね?」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:54:23.39 ID:1/ZkFkMM0
 都心部から黒埼の屋敷へは、車で1時間半ほどかかる。
 幹線道路を使えば、近くまでは比較的一本道で行けるが、その先は細い山道を慎重に上る必要がある。
 346プロの寮に越してからも、お嬢様と二人でタクシーを利用して帰ることは何度かあったが、どの運転手もその道を嫌がっていた。

 車の中は、しばらく無言だった。
 後部座席にいるアーニャさんは、いつもはこういう時に色々な話題を振ってくれるのに、今日は何も言わない。
 どんな様子で座っているのか、後ろを振り返ってみたい気持ちを、先日穏やかでない言葉をぶつけてしまった後ろめたさが邪魔をする。

 後ろめたいといえば、コイツだ――。
 コイツも、岩のようにデカい手でハンドルを握り、黙って前を見つめている。


 ついに、私は根負けした。

「何も、言わないのですか……」

 今日のレッスンをすっぽかした私に、言いたいことが無いはずは無い。

 私に、そんな筋合いが無いのは分かっているのに――自分の気持ちを隠しているコイツに、イライラしてしまう。
 そんな手前勝手な自分自身にも――。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:57:18.10 ID:1/ZkFkMM0
「レッスンのことであれば、気に病む必要はありません」

 嫌味も抑揚もまったく感じられないトーンのまま、コイツは続ける。

「もちろん、望ましいことではありませんが……
 調子が悪かったり、気分が沈んでしまったりすることは、誰しもあることです。それにより、つまずいてしまうことも。
 ナーバスになってしまったとしても、どうか大目に見てほしいと、今日、双葉さんもそう仰っていました」

「いつも自堕落なあの人が言っても、説得力がありません」
「いえ」

 短い、しかしハッキリとした否定が聞こえて、思わず隣を振り向く。


「双葉さんが大目に見てほしいと仰ったのは、あなたのことです、白雪さん」


「……私を?」

 双葉さんの、去り際の後ろ姿が脳裏に蘇る。
 素っ気ない様子で大きな欠伸を掻きながら、面倒くさそうにカフェの出口へ向かう背中――。

「先ほど、寮を飛び出してきた白雪さんを見て、その意味が分かった気がします」
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 16:59:33.38 ID:1/ZkFkMM0
「知った風なことを」
 私は小さくため息をついて窓の外へ顔を背けた。

「お前は、私がどれほどお嬢様のことを案じているか、分かっていないのです」


「……白雪さんには、お話していなかったかと思いますが」

 車はようやく山道に入った。

 今日は、季節外れの寒波が関東を直撃するという。
 ひょっとすると、山間部は雪が降るかも知れない。


「私は、自分の担当アイドルを潰したことがあります」


 身体が強張ったは、悪路のせいじゃない。
 後部座席で、アーニャさんが小さく声を上げたのが聞こえた。

「自分のエゴを押しつけ、苦しめた……もう二度と、担当アイドルに同じ事はするまいと、心に誓いました」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:03:14.33 ID:1/ZkFkMM0
 いつの間にか凝視していた私の視線に、チラッと送ってきたコイツの視線が一瞬だけ絡んだ。

「私だけでなく、シンデレラプロジェクトの皆も、よく分かっています。
 白雪さんが黒埼さんの事を、とても大切に思われていることを」


「私のお嬢様に対する気持ちが、エゴだとでも言いたいのですか?」

 唐突に自分語りをしたかと思えば、その次は説教か。
 結構なことだ。

「余計なことを話している暇があるなら、屋敷へ急いでください」


「白雪さんは、黒埼さんが今、屋敷で何をされているか、ご存知ですか?」

「えっ?」

 おそらく、聞き間違いではないだろう。
 クスッと小さく笑う声は、アーニャさんのものではなかった。


「今日は、黒埼さんが私達に手料理を振る舞われるとのことです」
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:06:42.70 ID:1/ZkFkMM0
「……えっ!?」

 なぜ!?
 お嬢様ご自身の誕生日だ。お祝いされる側がホストに徹するのはおかしい。
 というより、私やアーニャさんだけでなく、一緒に向かっているコイツの分もか!?

「わぁ、それはプリヤートナ、とても楽しみです♪」
「の、暢気なことを言っている場合ではありません!」

 早く、お嬢様の下へ――私が――!

「白雪さんが黒埼さんをお想いになられているのと同じように」

 道がだんだん開けてきた。
 もう一つカーブを曲がれば、屋敷が見えてくる。


「黒埼さんも、白雪さんのことを案じています。
 だから、黒埼さんは私に、「あなたを頼む」と……
 今日のことだけでなく、シンデレラプロジェクトに入る事になった時から、ずっと彼女は、私にお願いし続けてきました」
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:08:23.56 ID:1/ZkFkMM0
 すっかり見慣れた門が自動で開き、ゆったりと開けた車寄せにコイツの運転する車が滑らかに吸い込まれていく。

「今日はどうか、黒埼さんのお話に、耳を傾けてあげてください」


 ――お嬢様の仰ることを無碍にしたことなど無い。

 いつだって私は、あの人の言うことを聞いてきた。
 だから私はアイドルをやっている。

 だが――コイツが今言った事に、堂々と反論する気になれないのはなぜだろう。


 車を降り、アーニャさんと並んで玄関ドアに向かうと、扉が開き、中からお嬢様とおじさまが和やかに出迎えた。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:14:00.18 ID:1/ZkFkMM0
 ゆっくり話をする間もなく、お嬢様は「準備があるから」と、私達をリビングに案内した後、そそくさと台所へ引っ込んでしまった。

 意味ありげにアーニャさんやアイツと目配せをしていた辺り、この場にいる人達は、おじさまも含め、予め今日のことを了解していたように見える。

 皆が申し合わせていたのは、ひょっとして私のことだったのではないか――そのような考えは、果たして飛躍だろうか。


 アーニャさんと私、アイツが並んで席に着き、おじさまが向かいに座る。
 ひたすらに冷えた今日の天気のことなど、しばらく談笑したのち、ようやくおじさまが核心に迫りそうな話を切り出した。

「ちとせと千夜が、今度、346プロさんのフェスというものに出場すると聞きました」

 アイツは頷いた。

「弊社は年に二回、夏と冬に、ファンの方々向けの感謝祭と称して、フェスを開催します。
 ちとせさんと白雪さんだけでなく、こちらのアナスタシア他、弊社の精鋭並びに新進アイドル達が揃い踏みする、一大イベントです」

「聞くところによると、ちとせと千夜は、別のプロジェクトというものにそれぞれ所属していると」

 おじさまがテーブルの上で両手を組み、少し身を乗り出した。

「何と言いますか……ちとせが今日、千夜に勝ちたいと、よく言っていたもので……
 その、二人が何か戦うとか、競争するようなイベントだったりするのでしょうか?」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:16:15.42 ID:1/ZkFkMM0
 お嬢様は、そこまで私のことを――。

 今日、どんな顔をしてお嬢様とこれから話をするべきか気を揉む私を尻目に、コイツは首を振った。

「他社さんと協働で開催するフェスの場合は、ライブバトルと称し、観客の方々からの投票形式によって、その出来を競い合うこともあります。
 ですが、これは社内イベントであり、アイドルを含む事務所のスタッフが一丸となって行うものです。
 弊社としましても、同じ事務所内のアイドル同士で対立感情を煽るようなことを、メリットとして捉えることはありません」

 お前、夏の合宿の時は違うことを言っていなかったか?
 そう横槍を入れてやりたい気持ちを、グッと飲み込んだ。
 コイツにも、冗談で済むレベルとそうじゃないものの線引きがあるのだろう。


 だが、コイツの今の話には、正しくない部分が半分以上はあることを私は知っている。
 確かに、明確なライブバトルとして銘打たれたものではないが――実質的には、今度のフェスは戦いだ。

 私達シンデレラプロジェクトと、常務が率いるプロジェクトクローネ。
 どちらがより観客の心を掴めるか――つまり、私達と常務のどちらが正しいかを決する舞台となる。
 引いては、シンデレラプロジェクトの存続を賭けた舞台。
 お嬢様も、理解していないはずはない。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:19:25.86 ID:1/ZkFkMM0
「それなら良かった」

 そうとも知らず、おじさまは椅子の背にもたれ、ふぅと息を吐いた。

「私はてっきり、ちとせと千夜が仕事の関係で喧嘩でもしたのかと心配で」
「おじさま。お嬢様は、私のことを一体なんと?」
「ん? いやなに、今日はとびきりに千夜のために腕を振るってやるんだって、息巻いていたよ、ワハハハ」

 こう言っては失礼だが、暢気に笑っているおじさまが、何だか腹立たしい。
 私は今もこうして焦燥を募らせているというのに。

「チトセの料理、とても楽しみです。チトセは、何を作りますか?」

 アーニャさんもまた、あまり重要そうでない話題に目を輝かせる。
 ――いや、ちょっと気になるが。

「ハンバーグを作ると言っていたよ」
「オォー、プロデューサー、ハンバーグ大好きですね♪ 今日は皆で……アー……」

「? アーニャさん、どうかしましたか?」

 部屋の中をキョロキョロと見回して、アーニャさんが気まずそうにおじさまを見つめた。


「チトセのママは……お出かけですか?」


 良からぬ想像をしたであろう彼女とは対照的に、おじさまは和やかに笑った。

「妻とは、あの子がまだ生まれて間もない頃に別れたんだ」
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:24:04.28 ID:1/ZkFkMM0
「アー……それは、ごめんなさい」
「あぁいやいや、謝らなくて大丈夫だよ」

 アーニャさんを慰めるように、おじさまが言葉を続ける。

「お互い、家が大きすぎたんだろうね。
 彼女は大企業の一人娘で次期跡継ぎ。私も、欲しくもない伝統と格式を背負わされた身だった。
 黒埼家という、歴史が長いばかりでとっくにカビが生えた家柄を。
 だから、結婚をしてもお互い別姓のまま、お互い仕事に追われて暮らしていたのだけど……」

「ちとせさんがお生まれになられてから、状況が変わったと?」

 慎重に探るアイツの一言に、おじさまは「そうです」と首肯した。

「あの子にどちらの姓を名乗らせるかで、両家が大喧嘩をしたのです。私と妻を放ってね。
 いっそ別姓をやめようという話もあったが、黒埼になれば向こうの会社名も変わるから、納得してもらえるはずがない。逆も同様です。
 話はいつまで経っても平行線のまま。だから、私と妻はよく話し合い、離婚をしようという判断に至ったのです」

 それは、私も知らなかったことだった。
 この家に、おじさまの奥様がいらっしゃらない事は、従者として不可侵の領域であると思い、触れてはこなかった。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:27:39.21 ID:1/ZkFkMM0
 ただ、と言って、おじさまは努めて明るい調子で話を続ける。

「円満離婚、と言えば良いのかな。彼女も経営者なだけあるから、聡明かつ理知的でね。
 話し合いはすこぶる建設的に進みました。もちろん、ちとせのために我々ができる最善策についてです。
 結果として、親権は私が預かりましたが、彼女に面会の制限は設けていません。いつでも遊びに来てほしいと言ってあります」

「ですが……」
 言いかけて、慌てて口をつぐんだ。
 しかし、遅かったらしく、おじさまは私を見てニコリと笑っている。

「そう。千夜が今口を挟んだように、彼女はまだこの家に来たことがありません。
 一方で、要らないと言っているのに、定期的に養育費を振り込んでくれているようです。
 あの子に無用な伝統を背負わせまいと、本家とは断絶した私にとって、経済的援助はありがたいのですが、男としては情けないばかりで、ハハハ」

「そんなにチトセを大事にしているなら、なぜ、チトセのママは、会いに来ないですか?」

 アーニャさんがもっともな疑問をぶつけると、おじさまは肩をすくめた。

「私に遠慮しているのかも知れないね。あと、この家もアクセスが悪いし。
 ただ、この間海外からこっちに帰ってきて、東京の本社で働くという話は聞いていたから、これからは会う機会も出てくると思うよ」

「それは、良かったです」
 アーニャさんはホッと胸をなで下ろした。


 でも、おじさまの今の話は、少し不可解な気もする。
 これまで訪れたことが無かったのに、東京で勤めるようになっただけで、会う機会がゼロから増えるものだろうか?
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:30:25.54 ID:1/ZkFkMM0
 そんな私の勝手な心配は余所に、アーニャさんは期待に胸を弾ませるようにウキウキとした声で話をする。

「ロシアでは、よくホームパーティーをします。
 パパとママも、アーニャも大好きな人達、たくさん呼んで、みんな楽しいです。
 今日も、チトセのホームパーティーに呼んでもらえて、とても嬉しいですね」

「ちとせからも、アーニャさんのことはよく聞いていますよ。
 千夜と二人、とてもお世話になっていて、しかもこんな可愛い子をお招きできて嬉しいなぁ」
「ワァー♪」


「ふふっ、いいなぁ楽しそうにお話してて」


 すぐさま、声のした方を振り返る。

 お嬢様が料理をカートに乗せて、こちらに歩いてきていた。


「まぁ、今日は私がホストだから、どうぞくつろいでいってね」
「お、お嬢様っ」

 思わず立ち上がり、お嬢様の下へ駆け寄る。

「私がやりますから、どうか…」
「ダ〜メ♪」

 悪戯っぽく私の肩をポンと押すように叩いて、お嬢様は微笑む。

「私がやりたいの。
 今日は私の誕生日。だから、好きなようにさせて?」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:35:25.56 ID:1/ZkFkMM0
 着席した私達の目の前に、料理が並ぶ。
 と言っても、ワンプレートだけだ。スープも、ご飯やパンすらも無い。

「これだけかい?」

 おじさまが訪ねると、お嬢様は悪びれずに「うん」とだけ答えた。


 お嬢様の手料理――ついぞ記憶に無いが、想像していたものとあまり変わりは無かった。

 お祝い事の時にしか使わない高級なお皿には、所々焦げたり崩れたりした、頼りないハンバーグが乗っている。
 あまり煮詰めていないであろうソースもベチャベチャで、付け合わせのニンジンやクレソンも何だか素っ気ない。
 アーニャさん達のものと比べても、盛りつけの見栄えはそれぞれ皆バラバラのようだった。

 だから私がやると言ったのに――。
 いや、お嬢様の誕生日を忘れるという大失態を犯し、準備をできなかった私に、文句を言える筋合いは無い。

 ただ――。


「魔法使いさんも、ハンバーグお好きでしょ?」

 席に着かず、ニッコリ笑うお嬢様に対し、アイツは気まずそうに首の後ろを掻く。

「パパも、アーニャちゃんも……千夜ちゃんも、ほら、遠慮なくどうぞ♪」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:38:19.90 ID:1/ZkFkMM0
「お嬢様……申し訳ございません」


 私は、膝の上に置いた手を握りしめ、俯いた。

「お気遣いいただきながら、やはり……これは、私がいただくわけにはいきません」

「チヨ……?」


「うん、知ってるよ」

 お嬢様のあっさりした声が、妙に白々しくリビングに響いて消える。

「千夜ちゃんは私の従者だから、でしょう?」
「そうです」


 どういう風の吹き回しかは知らないが、お嬢様は今日、ご自身の誕生日でありながら、ホストに徹している。
 お嬢様が振る舞う手料理を――施しを受けるのは、ゲストだ。

 だが、私はゲストではない。
 従者が主のゲストとして施しを受けることは許されない。
 もしそれを許容してしまったら、その瞬間、黒埼家の従者たる私のアイデンティティは崩れる。

 それを知っていながら、お嬢様はなぜ――。

「なぜお嬢様は……私にこのようなことをなさるのですか……」

 よりにもよって、私の存在意義を奪うようなことを、嬉々として行うなんて。
 気まぐれにしても、これはあんまりだ。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:40:37.39 ID:1/ZkFkMM0
「なぜって、決まってるでしょう?」

 ガックリとした態度を見せてしまう私を尻目に、お嬢様は愉快そうに胸を張ってみせる。
「これが私の望んだことだもの」

 真意を推し量りかねる私に、構わずお嬢様は続ける。

「たぶんだけど、千夜ちゃん、アイドルを辞めるつもりだったでしょう」


「えっ!?」

 アーニャさんがこれまでに見たことも無いような速さでこちらを振り向くのが、視界の端に見えた。
 アイツも、岩のような体が少し動いたように見える。

「……どうしてそれを?」
「なんとなーく、ね。千夜ちゃん、考えることが分かりやすいもの」

 私は、誰よりもお嬢様のことを理解している。
 そう思っていたが――逆のことは、考えもしなかった。

 おじさまの隣からゆっくり歩みを進めながら、お嬢様はまるで詩を詠むようにボンヤリと言葉を繋ぐ。

「今日の誕生日に、私が本当に欲しかったもの……それはね」

 その足は、私の席の真向かいで止まった。


「千夜ちゃんの解放」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:42:56.70 ID:1/ZkFkMM0
「……解放?」
「黒埼家の従者という呪いからの、ね」


 ――それはつまり。

「私にここを出ろ、と仰るのですか?」


「千夜ちゃん、この家に来たときのこと、覚えてる?」


 ――――。

「……忘れました。
 私の人生は、黒埼家に仕えたその時から始まったもの。
 それ以前のことを、今さら思い出す価値などありません」

「そんなこと言わないで」
「えっ?」

185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:49:45.38 ID:1/ZkFkMM0
 珍しく怒気のこもったお嬢様の声に、驚いて顔を上げた。

「同年代の友達がいなかった私に、北海道の白雪のおじさまとおばさまは、この屋敷へ遊びに来てくれる度に私を可愛がってくれたよ。
 そして、その女の子も。
 お庭に連れ出して、一緒にお花を摘んだり、落ち葉を投げ合ったり、夏は蝶々を捕まえて、冬は雪玉をたくさん作って、鼻の頭を真っ赤にして笑う子が、私は好きだった。
 誰かに照らしてもらわないと輝けない月が私なら、その子は太陽。ルーペンスの天使みたいな、キラキラの笑顔で笑ってくれる子だったの。
 でも」

 お嬢様の顔が、少しずつ歪んでいく。
 こんなにも悲しそうな、お嬢様の表情を見るのは初めてだ。

 私が覚えている――もとい、記憶に残している限りでは。

「悲しい出来事が、その子を変えてしまった。
 太陽は沈み、明けない闇へと落ちていく……それは、私にとって耐えられない。
 だからパパにお願いして、その子を私のそばに引き寄せて、呪いをかけたの。
 誰にも奪われないよう、私のものにして、大切に、大切にしまって……でも」
「おやめください」

 つい声を荒げてしまった。お嬢様の言葉を遮るなど――。
 だが、それ以上の言葉は許容できない。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:52:30.20 ID:1/ZkFkMM0
「私は黒埼家に拾われて幸せでした。
 お察しの通り、私がアイドルを辞める決意をしたのは、お嬢様からアイドルを引き離すためです。
 このまま無茶なレッスンを続けていては、お嬢様のお身体はいずれ壊れてしまいます。
 私に生きがいを与えてくれたお嬢…」
「誰かに与えられる生きがいじゃなくて」

 今度は私が言葉を遮られる番だった。

 私のことで、こんなに必死になられるなんて――。

「私は、もう一度、太陽が昇る時が見たくなったの。
 私からアイドルを取り上げるためにアイドルを辞める? それは違う……逆なんだよ、千夜ちゃん。
 私が私だけの道を歩めば、千夜ちゃんは千夜ちゃんの人生を生きられる。
 そう思ったから、私はアイドルを続けるの。
 千夜ちゃんにアイドルを続けてもらえるように……また、あの素敵な姿で皆を、私を明るく照らしてもらえるように。
 だから」

 ゆっくりと大きく息を吸い、お嬢様は目を潤ませながらニコリと微笑んだ。


「もう一度、友達になりましょう、千夜ちゃん。
 主と従者ではなく、対等の……一緒に遊び回っていたあの頃の私達に、これは帰るための儀式。
 今日、私の誕生日というこの日に、その素敵なプレゼントを私に与えてほしいの」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:54:29.92 ID:1/ZkFkMM0
「……お嬢様」
「お嬢様、も止めよう?」

 フフッ、と肩を震わせて、お嬢様は照れ臭そうに鼻をかいた。


 お嬢様も、非常な覚悟で今日を迎えたのだな。
 かつては自分のものにすることで守ろうとした私を、今日、お嬢様は手放す決意をした。

 私に、自立を促すために――。


 改めて、目の前の不格好なハンバーグを見つめる。
 この施しを受ければ、私はこの家の従者ではなくなる――。

「もう冷めちゃったかな。長々と話し過ぎちゃった、ごめんね」
「いえ」

 私はお辞儀をして、手を組んだ。

「いただきます」


 それまでのやり取りもあり、おじさまも、アーニャさんもアイツも、私が最初に手をつけるのを待っているようだった。

 ひょっとしたら、これが最初で最後になるかも知れない、お嬢様の手料理。
 その味は――。

「どうかな?」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:56:51.78 ID:1/ZkFkMM0
「……まずいです」
「やっぱり?」

 案の定ボソボソしている。玉ねぎどころか、つなぎに小麦粉もパン粉も入っていないのではないか。
 ソースも、醤油を水で伸ばしたかのようなシャバシャバとボンヤリした味わいで、中途半端な塩味が見事に口当たりを邪魔している。
 一応食べてはみるものの、大きさや火の通りが不揃いのニンジンも、何故かベチョベチョに煮つめてしまったクレソンも、無い方がまだマシだ。

 私の第一声を聞いて、他の皆が恐る恐るそれを口に運ぶ。

「これは……」
「ンー……」
「……味見はしたのかい? ちとせ」

 皆一様に顔をしかめているのが何だかおかしくて、思わず私は吹き出してしまった。

「ちょっと! 千夜ちゃん笑わないでよ、これでも一生懸命作ったんだから」
「すみません」

 コホンと咳払いをして、私は顔を上げた。

「今度、美味しい作り方をお教えしますよ、“ちとせさん”」

 私のその一言に、彼女は飛びきりの笑顔をパァッと咲かせて「うんっ」と大きく頷いた。


 結局、その日のハンバーグは、それぞれ半分以上ずつ残したプレートをアイツが全て平らげて事なきを得たのだった。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 17:59:54.17 ID:1/ZkFkMM0
「白雪さんが、そのように思い詰めていたとは気づかず……申し訳ございません」
「いえ……私の方こそ、話をしませんでしたから」

 コイツの慎重な運転で、暗い山道を下っていく。

「それに、私が勝手に考えていたことです。お前が気に病むことではありません」

 泊まっていけばいいとおじさまは仰ってくださったが、お嬢様とああいうやり取りをしてなお、黒埼家の世話になるのは気が引けた。
 コイツも、事務所に残してきた仕事があるという。


「すみません、アーニャさん」
「シトー?」

「今日一日、付き合わせてしまいました。
 アーニャさんだけでも、泊まっていただくようお願いするべきでしたね」

「ニェット、チヨ……とても大事な日に、アーニャも一緒にいることができて、嬉しいです。
 今日はチトセだけでなく、チヨの誕生日、ですね?」
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:01:01.81 ID:1/ZkFkMM0
 ――私の誕生日、か。
 アーニャさんも、時折こうして洒落たことを言う。


 それなら――そうだ。

「お前」
「はい」

「少し、寄りたい所があります。
 この車で連れて行くことは、お願いできないでしょうか?」

「分かりました」

 コイツは二つ返事で平然と答えた。

「お前、私がお願いしておいて何ですが……仕事は大丈夫なのですか?」
「緊急性の高いものは、それほど残しておりません」


 ひょっとしたら――コイツにも、悪いことをしたのかも知れないな。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:05:21.03 ID:1/ZkFkMM0
 道順を示しながら向かった先は、黒埼家から山道を少し下った先にある小高い丘だった。

 車を下の広場に止め、落ち葉が降り積もる小道を上ると、直にその上から緑に覆われた山々と、麓の街並みが遠くに見える。

 だが、それは昼間の話。
 夜にここに来るのは初めてだったが、時々つまずきながらそこに上っても、見晴らせるのは申し訳程度にチラホラ見える街の明かりだけだ。
 おまけに今日は天気も悪く、アーニャさんの好きな星も見ることができない。
 この時期としては観測史上最強の大寒波と言うだけあって、気温も真冬のように寒い。

 だが、それでもここは、私にとって今日来るべき特別な場所だった。


「私が黒埼家に仕える前……よく連れられて、お嬢様と遊んだ丘です」

 降り積もる落ち葉を、何となしに踏みしめる。
 そうそう、ここの落ち葉を投げ合いっこしていたら、小さい虫がその中にくっついていて、お嬢様を泣かした事があったっけ。

「おじさまと……私の両親に、連れられて」

 感慨が無いと言えば、嘘になる。
 まさかこんな気分で、もう一度この地に来ることになるとは思わなかった。 
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:06:56.62 ID:1/ZkFkMM0
 かぶりを振って、足元の落ち葉を一度、軽く蹴っ飛ばしてみる。
 戯れにはしゃいでみるのは――柄にも無くセンチメンタルな気分に浸るのは、今の私にはこの程度で十分だ。

「黒埼家から決別……もとい、自立をするに当たって、過去を一度、清算するべきかなと、思ったもので」


 これ以上、ここにいたら凍えてしまう。
 空気も随分、乾燥してきた。

「寒い中、付き合わせてしまいすみません。行きましょう」

 車に戻ろうと、後ろを振り返る私の足が止まった。


 目の前には、アーニャさんとアイツが、ジッとこちらを見て立っている。

「あ、あの……?」


「チヨ……」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:11:15.86 ID:1/ZkFkMM0
 アーニャさんは、それ以上何も言わない。
 ただ、いつかの時と同じように――何か言いたいことがあるはずなのに、それを必死で我慢するような――。

 しかし、今日のそれは笑顔ではなかった。
 今にも泣き出しそうな、星空ではなく、氷のように寂しそうな瞳。

 彼女の隣に立つアイツも、無言で立ち尽くし、私に何かを促している。


 過去の清算、か――。 
 そうだな。この先、こんな気分に浸る機会はもう無いかも知れない。


「少し、話をしても良いでしょうか。
 ちょっとだけ、昔の話……」


 返事は無い。
 だが、それが肯定を示す沈黙であることは、彼らの表情を見て分かった。

 私は振り返り、遠くに広がる街の灯りを見つめた。
 そして、その遙か北の先にある、私の生まれ故郷を。



「私は孤児です。
 12の時に、天涯孤独の身となりました」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:17:20.83 ID:1/ZkFkMM0
 冷たく澄んだ風が、頬を切り裂く。
 あの日の小樽も、これよりもっと乾いた空気だったのだろう。

「その日、私は外に出ていて、日が暮れて帰った時には、家がありませんでした。
 出かける頃にはまだあったはずの家が、骨組みだけを残して、燃え尽きていたのです。
 警察の話では、放火とのことでした」

 背後でアーニャさんが息を呑むのが聞こえた。
 私との視線が、交わることはない。

「私はともかく、両親は、恨みを買うような人ではありませんでした。
 放火した犯人は、隣の家と、間違えたのだそうです。
 彼が務める会社の役員が、私の家の隣に住んでいました」


 会社の中で冷遇され、虐げられ、解雇された恨みを、顔も知らない上役にぶつける。
 過労死するほど仕事があり、自殺するほど仕事が無いと言われるこの国で、そのような事例はどれほどあるだろう。

「近所の人達による根も葉もない噂話、消防隊や警察から聞かされた出火原因、犯人の供述、新聞やニュース……
 誰の、どの話にも、当時の私が理解できるものは何一つありませんでした。
 不条理で、理不尽で、まともに向き合い納得をしていたら、私の心は狂ってしまう。
 だから……」


「……無視をした、ですか?」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:20:02.58 ID:1/ZkFkMM0
 修復不可能な傷を受けた心は、そのまま放っておくと他の部分まで侵食し、壊死してしまう。
 当時の私は、おそらく無意識的にそう考えたのだろう。

 だから、切り落とした。
 悲しみも、それまでの思い出も、丸ごと投げ捨てると、私の心は文字通り軽くなった。

「実際に、家を燃やす炎を、この目で見たわけではありません。
 ただ、それでも夢を見ます。炎が荒れ狂う夢……大切なものが、燃えていく夢。
 いずれ失われていくものであるなら、何も求めないのだと、心に決めました」


 我ながら、人の生存本能というのは大したものだと思う。
 おかげで私は、負の感情に心を腐らせることなく、今も生きている。
 この目に映るもの、触れて感じるものから主観を排した今では、致命的な痛みや苦しみを感じることなど無い。

 そして、何よりありがたいのは、そのような人形と化した私にさえ、生きる意味を与えてくれる人がいたことだ。

「黒埼のおじさまと私の父は、古くからの友人同士だったようです。
 私の境遇を知ったおじさまは、私を黒埼の屋敷へと招き入れ、そこで二年間過ごしました。その後、ルーマニアへ……。
 私に良くしていただいたお嬢様は、私にとってかけがえのない、恩人と言うべき方です。
 故に、アイドルになることも、アイドルを続けることも、お嬢様に依存した故の成り行きに過ぎません」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:22:43.76 ID:1/ZkFkMM0
 お嬢様、か――自嘲じみた笑みが独りでに零れる。

「そう……私は、ちとせさんに依存しきっていました。
 あの人の従者でいることが私のアイデンティティであり、存在の証明だった」


 後ろに向き直り、黒い定規を見つめた。
 コイツは、私が考えるよりもずっと、私のことを見てくれていたのかも知れない。

「お前の言うとおりだったのかも知れません。
 あの人を想う私の気持ちは、真の意味での献身ではなく、従者としての存在意義を保つための私のエゴだった……それは、否定できないでしょう。
 私には、何も無かったのですから」

 空恐ろしくなり、膝が震えそうになるのを必死で堪える。

「無価値の私は、従者という誰にでもできる役割に自分の分を見出し、これを盾にして逃げていました。
 かつてお前が言った、一歩を踏み出し、広がった世界で可能性に出会うということは、私にとってどれほど恐ろしいことだったか……。
 しかし、私はもう、黒埼家から解き放たれた……自分の足で歩き、自分の価値を作り上げるというのは、気が遠くなるほどに非常なことです。
 何も無い私が、憧れの対象だったちとせさんに対峙できるようになるために、お前の力を貸してください」



「何も無いなんて……言わないでください」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:24:50.82 ID:1/ZkFkMM0
 消え入るような声が、漂う暗闇の中にポツリと落ちた。

「アーニャさん?」


「何も無いわけ、ありません……!」


 彼女の強い否定を受けるのは初めてだった。
 当然に、優しい感情から発露されたものなのは疑い無いが――。

 でも、その背景には何があるのだろうか。
 346プロでの半年と少しの付き合いの中で培った思い出――それ以上の厚みを、彼女の真に迫った言葉から感じる。


「白雪さん」

 アーニャさんに気を取られていた所へ、アイツの低く真っ直ぐな声が私を叩く。

「素朴な疑問なのですが……黒埼家の養子になることは、考えなかったのですか?」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:33:03.07 ID:1/ZkFkMM0
 ――いきなり、何を言い出すかと思えば。

「考えませんでした。それが何か」
「それは、なぜでしょうか」
「なぜって……名字が無くなってしまうからです。それ以上の理由が?」

 アイツは頷いた。

「そう、つまり……あなたは無ではありません。
 あなたには、守りたかったものが既にあったのです。白雪という名を」

「!」


 言い返す言葉が無かった。
 本当に無価値を自称するのなら、名前にこだわる必要も無かったはずだ。

 なぜ私は、白雪の性に未練を覚えたのか。

 唯一の家族だった両親との繋がりを保つため?
 あの人達のことを、悲しい記憶ごと忘れて乗り越えようとしていたのに――?

 それとも、心の底では自分を無価値と認めていなかった?

 自分を守るために捨て去ったはずの思い出に、白雪だけは手元に残した理由――。


「white snow……」
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:37:37.35 ID:1/ZkFkMM0
 アーニャさんが泣きそうなほど上ずった声で、私に叫ぶ。

「チヨは、私にくれました。優しくて、キレイな思い出。
 まだ……まだ思い出して、くれないですか?」


 思い出す?

 私は――アーニャさんに以前、出会っていた?

「チヨの笑顔を、知っているの……チトセだけでは、ありません」



 ――私とアーニャさんは、二つ違い。

 10歳の彼女の前に現れた、優しい女の子。
 名前も顔も知らない、言葉さえ分からない他人と、四六時中遊び倒した、世話好きな――。

 当時の12歳。



 ハッとして、空を見上げた。
 その私の気づきに呼応するかのように――。

 真っ暗な闇の中を、季節外れの白雪がポツポツと舞い降りてくる。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:39:14.97 ID:1/ZkFkMM0
 ――――


「……お申し出をくださり、ありがとうございます」


「ですが、養子になるのは、遠慮します」

「身の程を弁えない言い草で、本当にごめんなさい……
 名字だけは、この身に残しておきたいんです」


「黒埼の性になるのが、嫌なのではありません」

「お父さんやお母さんを忘れたくない、というのもありますが……」


「約束なんです」

「私のことを覚えてほしいと……約束した子がいたから」


 ――――
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:42:01.35 ID:1/ZkFkMM0
 ――それが正しい記憶なのかは、分からない。
 一度は捨てて忘れ去ったものの真贋を見定めるのに、5年という歳月は私には長すぎた。

 だけど――。


「お父さん……お母さん……」

 ひょっとして、ずっと見ていたの?
 私はずっと、無視してきたのに――。

 頬を伝うものが、どこから来るものなのか分からない。
 呆けて見上げるしか無い私をまるで呆れて笑うかのように、空は次から次へ、真っ白な雪を落とし続ける。


「たった一度、遊んだだけの……見知らぬ女の子のために、私が白雪の性を守ったと……?」

 私はかぶりを振った。

「非合理的です……でも、当時の私は、子供でしたから……」


「346プロで出会った時から……アーニャはずっと、待っていました」
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:45:19.94 ID:1/ZkFkMM0
 アーニャさんの瞳から、とうとう涙がこぼれ落ちた。
 豊かな心を持つ彼女から、堪えきれずに地上に落ちる、温かな涙。

 私のそれと、同じものとは思えない。

「スパシーバ……出会ってくれて、ありがとう、チヨ」

「私こそ、今まですみません、アーニャさん……」
「ニェット」

 私の頬に、アーニャさんの細くて温かい手がスゥッと添えられる。

「謝らないで、チヨ。
 それに……アーニャと、呼んでください。5年前も、アーニャと、お願いしましたね?」

 私は苦笑した。
 だから、もう覚えてないのに――。

 でも、私にとってかけがえのない人からの願いを、無碍にはできない。


「はい……ありがとう、アーニャ」

「フフッ♪」


「そして……お前も、ありがとうございます」
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:47:24.05 ID:1/ZkFkMM0
 振り返れば、コイツがスカウトしていなければ、私達が再会することもなかった。
 一歩を踏み出した先の可能性――思わぬ所で、得難き出会いがあったのだ。

「礼にはおよびません。
 それに、まだ終わったわけではないのですから」

 ソイツはニコリと笑い、岩のような体をゆっくりと後ろに向けて私達を招いた。

「これ以上、体が冷えてはいけません。帰りましょう」

「はい」
「ダー」


 失われることの無い、ずっとこの胸に宿る大切なもの。
 支えてくれる人がいて、それを灯し続けていけるのであれば――それをもう一度、ちとせさん以外の誰かに与えることができるなら。

 アイツが注意するのも聞かず、私は足元を恐れることなく歩き出した。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:50:47.73 ID:1/ZkFkMM0
   * * *

「1、2、3、4、1、2、3……!」

 端っこに座り、三人のレッスンの様子をジッと見守る。
 凜さんはもとより、神谷奈緒さんと北条加蓮さんも、ニュージェネレーションズと遜色無いほどに高い水準でこなしている。
 呼吸も合っているようだ。

「うひゃあぁ……」

 隣で、大槻唯さんのため息が聞こえた。
 普段は未央さんのように奔放な彼女でも、こうして面食らうことがあるんだな。

「ゆいもアレやるんだよね? あんなに上手くできるかなぁ」
「大丈夫です」

 唯さんの手を取ると、彼女はドキッと顔を赤らめた。

「上手くいかない所があれば、皆で復習しましょう。そのために今日、私達がいます」
「ダー♪ ユイ、アズマシィ、ですね?」

 アーニャの言うことに、少し首を傾げた後、唯さんはプッと笑った。

「んもー、現役アイドルがこんな所で素人のアタシをマジに励ましてくれなくたっていいっしょー♪」


 その後、私達と一緒に大鏡の前に立った唯さんのダンスは、それまでの心配が杞憂であったことを私達に知らしめた。
 さすがは、常務に選ばれた候補生だ。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:53:45.89 ID:1/ZkFkMM0
 私は、体が空く時があればクローネのレッスンに参加させてもらえるよう、アイツに調整してもらった。

 アーニャと一緒にいたいというのもあるが、単純に興味を持ったのだ。
 理想のアイドル像と、それに至る道のりについて、常務がどのように考えているのかを。

 だが結局は、ステージに立つアイドルがやることに、変わりはあまり無いらしいというのが、ここ数日ほどで得た大方の見通しだ。

 それに、プロジェクトの存続や主導権争いといった駆け引きは、結局のところ上役が勝手に行っているもの。
 現場のプロデューサーやアイドルは、プロジェクトは違えど、ファンのためにより良いものを作り上げようという意識は共有している。
 変に敵対意識を持っていたかつての自分が恥ずかしい。


「ちとせさんの様子は、最近どうですか?」

 ただ、やはり特別メニューを組んでいるあの人の置かれている状況は、なかなか伺い知ることができない。
 休憩時間中、私は皆に聞いてみた。
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 18:59:38.65 ID:1/ZkFkMM0
 最初こそ戸惑われたが、私のあの人に対する呼び方の変化も、今では皆に受け入れられてきている。
 凜さんは、少し考える素振りを見せた後、どこかとぼけるように首を捻った。

「調子は、良いんじゃないかな。
 どの程度の出来にまでなっているかは分からないけど、この前みたいに、倒れたって話は最近聞かないし」
「志希のお薬が効いてるんじゃない? 奈緒も試しにちょっともらってきてみたら?」
「あ、あたしはいいよ! ていうか、ドーピングとかになんないヤツだろうなそれ!?」
「アー……美味しいから大丈夫、ですね?」
「アーニャがボケに回るな!!」

 皆で笑い合う。
 この間は、お泊まり会をした時の奏さんが、寝ぼけて文香さんの歯ブラシを鼻の穴に突っ込んだという話を、周子さんが嬉々として話したのを聞いた。
 顔を真っ赤にして怒る奏さんの普段とのギャップが楽しくて、やはり笑ってしまったものだ。

 愉快な人達が多い所だなと、改めて気づかされる。


「ただ、未だに不思議なんだよね」

 ひとしきり笑った後、加蓮さんが少し空気を変えた。

「何が?」
「いや、美城常務の話。何で常務、ちとせさんを特別扱いしたのかなって」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:02:23.14 ID:1/ZkFkMM0
 そう言った後、慌てて手を振った。

「あ、いや、別に僻みとか羨ましいとか、そういうのじゃないよ?
 私もずっと応援してるし、むしろ今ではちとせさん以外考えられないし。
 とてもじゃないけど、私じゃ務まらないことを、弱音も吐かずにこれまでやり続けているの、すごいよ。でも」

「加蓮の言うこと、分かるよ」

 凜さんがペットボトルの水を一口飲んで、小さく頷いた。

「あんまりそういうの、気にしたくないんだけどさ……
 新人が、すごく偉い人の曲を鳴り物入りで歌うのって、やっぱりファンの人達の反感も買うんでしょ?」
「それでコケたりしようもんなら、ケチョンケチョンに叩かれちゃうもんねぇ。
 常務ちゃん、ひょっとしてその辺分かってないのかなぁ?」
「いや、分からない訳はないんじゃないか? 業界のプロなんだし」
「うーん……」
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:06:40.21 ID:1/ZkFkMM0
 皆の言う通りだと思う。

 ランクという言葉があるように、アイドルには格というものがある。
 常務は、イメージが崩れると言って許さなかったが、オーバーランクの曲を歌うなら、相応の格を有するアイドルが担うのが自然だ。
 346プロで言えば、トップクラスの実力派として名高い高垣楓さんか、LiPPSのエースたるカリスマギャルこと城ヶ崎美嘉さん。
 その方が、話題性だって抜群のはずだ。

 それに、新人が迂闊に手を出して、そのイメージを崩すようなステージを見せた場合、そのバッシングも相当なものになるだろう。
 ともすれば、346プロのゴリ押しであると、ちとせさんが矢面に立たされてこき下ろされるのも、決して非現実的な話ではない。

 常務は明らかに、ちとせさんにこだわっている。
 しかし、それが何なのかは分からない。

 ちとせさん自身は、分かっているのだろうか?


「失礼致します」

 そろそろ休憩が終わろうかという時、アイツがレッスンルームに入ってきた。

「白雪さん。フェスのことで、相談したいことがあるのですが、事務室までよろしいでしょうか?」

 アイツの用件について、私は合点し、立ち上がった。

「分かりました。すぐに向かいます」
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:18:29.77 ID:1/ZkFkMM0
 シャワーを浴びて、着替えて事務室に行くと、アイツは応接スペースのテーブルの上に資料を広げて待っていた。
 脇には、サンプルを流すためと思われるノートパソコンも置いてある。

「白雪さんの新曲の候補を、三曲ほど絞ってまいりました。
 どれが良いのか、白雪さんに決めていただきたいと思ったもので」

 やはり、予想していた通りだった。
 だが、三曲も用意されるとは。

「選べと言われても、私には分かりません。お前のイメージに任せます」
「いえ、白雪さんが決めるべきだと考えます」
「え?」

 コイツにしては随分と踏み切った言い方に、一瞬戸惑う。

「今度のフェスに、白雪さんにも思うところがあろうかと思います。
 その思いの丈を込める曲は、実際にステージに立つあなたの意見を無視して決めることはできません」
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:21:18.12 ID:1/ZkFkMM0
「分かりました。しかし、確認したいことがあります」

 コイツの言うとおり、今度のフェスは、私にとってまず忘れられない大一番になるだろう。
 そして、単なる思い出作りのために臨むものでもない。

「予め断っておきますが、私が歌うのは、シンデレラプロジェクトの存続のためではありません。
 お前は私に、ステージを私物化しろと言っているのですか?」

 過去に自分の担当アイドルを潰したコイツは、エゴを悪徳と捉えている。
 私が思いの丈を込めて、好き勝手に曲を解釈して歌うのは、エゴには当たらないのか?


「それで良いステージができるのなら」

 定規は真っ直ぐに答えた。
「そして、あなたの笑顔が見れるのなら、それは決して無価値にはなり得ないと考えます」

「ではもう一つ」
 私は小さく息を吐いた。

「お前は以前、私をスカウトした理由を、笑顔だと言いました。
 今も笑顔と口にしましたね。
 一体どういう意味なのか、教えてください」
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:24:03.68 ID:1/ZkFkMM0
 少しの間が置かれた後、岩のような顔が少し柔らかくなった気がした。 

「スカウトの際、あなたの笑顔を咲かせてほしいと、とある方にお願いをされました」
「ちとせさんが?」

 あっさり見破られてバツが悪かったのか、首の後ろを掻いたのち、ソイツは続ける。

「私は、アイドルの本質は笑顔にあると考えています。
 そして、私はあなたの笑顔が見たいと思いました」


「……それだけの理由で、私を?」
「それさえあれば、私には十分です」


 ――まったく。

「馬鹿ですね、お前は。アイドル馬鹿です。ばーか」

 薄々勘づいていた事ではあったが、どうやらコイツは本物らしい。
 鼻で笑い、資料とヘッドホンを手に取った。

「曲は、この資料の順ですか? お願いします」
「はい」
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:26:06.96 ID:1/ZkFkMM0
 ――――。


「……“Dear boy”」

 三曲目を聴き終えて、私の目が歌詞カードに記されたとあるフレーズに留まった。

「何か?」
「いえ」

 綺麗な曲だと思った。


「念のため聞きますが、これらの曲は私をイメージして作られたものではない、という理解で良いですね?」
「はい。いずれも既に作られていたものの、歌うものがおらず、残されたままだった曲になります」

 この曲が、どのような趣旨で作られたものかは分からない。
 だが、もし私物化が許されるのなら――勝手な解釈を乗せて歌って良いのなら。

 私はこれを、アーニャのために歌いたいと思った。


「この曲にします」
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:31:37.91 ID:1/ZkFkMM0
 これはバラードだ。
 振付もある程度考案されているにせよ、ダンサブルに仕上がるとは思えない。

 つまり、ちとせさんの『アクセルレーション』に、真っ向から張り合うような曲ではないと言える。
 おそらくキーとなるのは、ほぼ純粋な私のボーカル力だけになるな。

「分かりました」

 でも、これで良かったのだろう。
 まるで私とアーニャのためにあるという第一印象に任せたこの判断は、大事にしたい。


「フェス本番まで、時間がありません。
 白雪さんには、これから当日まで、すべての仕事の依頼を断り、この曲の習得に向けて猛レッスンを積んでいただきます」

「当たり前です」

 今さら隠し球気取りでもあるまいが、ソイツと相談し、本番当日まで一切の宣伝活動も行わないことに決めた。

 大切な人のために、下手なものは見せられない。
 それがお前の仕事だ。私の魔法使い。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 19:33:41.55 ID:1/ZkFkMM0
21時頃まで席を外します。
残りはあと3割弱ほどで、2時頃までに完結できればと考えています。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:05:58.00 ID:1/ZkFkMM0
   * * *

「ンー! カナコちゃんのクッキー、すーっごく美味しいよー。
 アタシの作ったフォンダンショコラもどうぞ召しませしるぶぷれ〜♪」

 シンデレラプロジェクトの事務室で急遽始まったお茶会で、フレデリカさんが皆にケーキを配っている。
 急遽と言ったのは、文字通り彼女の思いつきだったからだ。

「千夜の紅茶、初めて飲んだけれど……これは病みつきになりそうね」
「本当に、普通のお店で売ってるようなお茶っ葉なの?」
「取り立てて、威張れるほどのことはしていません」

 奏さんと智絵里さんにも、私の紅茶を楽しんでもらえているようだ。

 フレデリカさんに聞いたが、志希さんはどこかへ失踪しているとのこと。
 誰も心配していないのは、信頼の裏返しか、それとも――。

「ひょっとして、志希ちゃんを探しに行くのが面倒とかじゃない、よね?」
「あの人にマトモに付き合うだけ無駄ですっ」

 かな子さんの慮ったツッコミに、ありすさんが鼻を鳴らして首肯すると、皆も笑った。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:07:25.46 ID:1/ZkFkMM0
 本番まで、あと一週間と少し。
 最後の追い込みは、とかく事務所内にピリピリとした空気が漂いがちだ。
 まして、シンデレラプロジェクトとプロジェクトクローネは、一応のライバル同士。

 フレデリカさんがこのような場を設けてくれたのは、思いつきであったにせよ、何かしら温かな意図があったのだろう。
 そして、ほとんど全員がこれに参加している辺り、皆もその意志に賛同しているのは疑いようがない。

 来ていないのは、失踪癖のある志希さん。そして――ちとせさん。

「慈悲無き求道は、未だ終わりが見えないのか……?」

 蘭子さんが心配そうに私に声をかけた。
 相変わらず言っている意味はよく分からないが、ちとせさんを指してのことだろう。

「ちとせさんなら、ご心配には及ばないかと思われます」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:10:49.70 ID:1/ZkFkMM0
 誰かと思ったら、文香さんだった。
 ソファーに佇み、紅茶のカップを両手で持って優美に微笑んでいる。

「先日、誤ってレッスンを拝見したことがありましたが……トレーナーの玲音さんと、とても楽しそうに勤しんでおられました。
 私に気がつくと、お二人とも気軽に中にお招きいただくどころか、出来を見て欲しいと、ちとせさんのダンスを見せてもくださり…」
「ちょ、ちょっとちょっと!
 ふーみんサラッと何言ってんの、めっちゃオイシイ思いしてんじゃん一人で!!」

 未央さんのツッコミはもっともだった。皆が一斉に身を寄せる。

「す、すみません……ですが、ダンスはその……私のような若輩者が、軽々しく評して良いものとは思えませんが、その…」
「いーから言って!」
「は、はい!
 えぇと……すごく、素敵でした。私には、玲音さんとの違いが、分からないくらい……それに、気力も充実されていて、とても楽しみかと」


「チヨ、聞きましたか?」
「はい」

 良かった――無事にあの人は、万全の状態でステージに臨むのだ。
 それが何よりも嬉しいし、ありがたい。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:14:29.72 ID:1/ZkFkMM0
「玲音さんねー、ゆいもこないだちょこっとだけ話したけどチョーいい人だったよ!」
「えっ、唯ちゃん話したの!? それアタシも呼んでよ、いいなぁ!」
「お姉ちゃんも話したことないんだ?」
「当たり前でしょ! ずーっと雲の上の人なんだから」
「あ、そういやあたしも「実家の和菓子ですー」って差し入れに行ったけどめっちゃ面白い人だったよ玲音さん」
「周子ちゃん、だから呼んでってそれー!!」

 私は会ったことがなかったが、高い身分にいながら随分と気さくな方らしい。
 ちとせさんと馬が合うのも頷ける。

「今からスタジオ棟に行けば会えるんじゃない?」


 杏さんがしれっと呟いた一言に、部屋の空気が一斉にザワつくのが見てとれた。

「今もやってんでしょ? どこのレッスンルームか知らないけど、あっ」

 言い終わるのを待たず、事務室を飛び出したのは加蓮さんだった。
「あっ、おい!」
 次いで奈緒さんと、他の皆もゾロゾロと出て行ってしまう。


 ――まさか、美波さんや奏さんまで一目散に駆け出していくとは思わなかった。
 自分達もアイドルのくせに、揃いも揃ってミーハーな人達だな。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:23:31.66 ID:1/ZkFkMM0
「千夜は行かないの?」

 杏さんがお決まりのソファーから身じろぎもせず、テーブルの上に残ったお菓子におざなりに手を伸ばす。
 きらりさんがそれを、彼女の方に引き寄せてあげた。

「一番様子を見に行きたいのは、千夜だろうと思ったけど」

「私が一切の露出を控えているのと同様に、あの人のことも、当日の楽しみとして取っておきたいのです」


 今でも、あの人は私の部屋にお茶を飲みに来てくれる。
 ただ、それは取るに足らない世間話に留まり、かつての定期報告のような、アイドルの話をするものではない。

 お互い何となく、そっちの話に触れないように気を遣い合うという、奇妙な友情のようなものが続いている。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:24:44.96 ID:1/ZkFkMM0
「あーそれ杏が一番分かんないヤツだ」
「あなたに理解してもらいたいとは言っていません」
「知ってるよ」

 同じく部屋に残ったアーニャの、クスッと笑う声が隣で聞こえる。

「辞める相談なんて受けなきゃ良かった。杏としては、あの時間を返してほしいよね」
「生憎ですが、それは無理な相談です。その代わり」

 私は踵を返し、部屋の出口へと向かった。

「あなたにも、見れて良かったと納得してもらえるものにしたいと思っています。
 一応、お世話にはなりましたから」


「……あっ、そう」

 彼女が照れ臭そうに鼻を掻いて、追い出すように手を振るのを見届けてから、私はアーニャと事務室を出た。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:27:59.00 ID:1/ZkFkMM0
「李衣菜チャン! 出口の方を抑えといて!」
「えぇっ!? で、でも出口あっちとこっち二つあるけど!?」
「凜ちゃん、あっちの出口をお願い! 卯月ちゃんは私達と手分けして下の階から当たりましょう!」
「はい! 頑張りますっ!」


 夜も遅くなってきているのに、20人以上もの現役アイドル達がドタドタと事務所内を走り回る光景は、実にシュールだ。
 それがトップアイドルを探すためだというのだから、全くもって度し難い。

 彼女達を一瞥し、私は寮へと足を進めた。


「チヨ……チトセに会いに行かなくて、良いのですか?」
 アーニャが心配そうに尋ねる。

「先ほど、杏さんに答えたとおりです。
 特に意味を成さないことなのかも知れませんが……これは、私のけじめです」

「ケジメ……アー……」

 言葉を探すときの彼女の相槌が聞こえた。
 しまったな、これは少し説明するのが面倒な言葉だ。
 そう思っていると――。

「会えない時間が愛を育てる、ですね?」

 予想外の角度から放り込まれた言葉に、ドキッとしてしまった。
 意味を知ってか知らずか、当人は横からヒョイと身を乗り出し、あどけない笑顔を私に振りまいてくる。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:34:22.90 ID:1/ZkFkMM0
「……まぁ、そういう事でもいいです」
「ウラー♪」

 まったく、彼女の相手は楽しいものの、たまの不意打ちが心臓に悪い。
 知れず嘆息しながら、事務所を出ようとした時だった。


「んー? あれ、千夜ちゃんお茶会もう終わっちゃった?」


 横から声を掛けられ、振り向くと志希さんがペタペタとこちらに歩いてくるのが見える。

「残念ですが、終わりました。
 いや……杏さんときらりさんがまだ事務室にいれば、余り物を嗜む余地はあるかも知れません」
「にゃははー、そっかそっか、じゃあ福を摂取しに行こうかなー。この国の諺だとそう言うんでしょ?」

 どこに行っていたのか、志希さんは普段通りにだらしなく着崩した制服姿に、ボロボロに泥や葉っぱが付いたコートを羽織っていた。
 よく見ると、髪もいつもより少しボサボサだ。

「レッスン室の匂い嗅いでからシャワー浴びて帰ろうかなーって思ってたんだー。寮のお風呂って狭いし」
「……レッスン室の匂いを嗅ぐ意味は?」
「え、イイ匂いするでしょ? 行為の最中ならなおベター」
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:39:40.57 ID:1/ZkFkMM0
 いつも相手への配慮を欠かさないアーニャも、怪訝そうに首を傾げている。
 この人に匂いフェチなる嗜好があることは知っていたが、つくづく理解できない領域だ。

 ただ、この人は今、出入口ではなく、1階の廊下から歩いてきて私達に声を掛けてきた。
 彼女の歩いてきた先には、回遊して外に出入りできる扉はあるが、普段は通用されていない。

「もう、お目当ての匂いは摂取できたのですか?」

 私が尋ねると、彼女は猫のような鳴き声をもって肯定した。

「と言っても、もうレッスンは終わってたんだけどね。
 ちとせちゃんと常務が何か話をして帰るところ。邪魔しちゃ悪いと思ったから、隠れて観察してたよー♪」

 ――!
 ちとせさんと常務の話、か――。

「にゃっはっは、千夜ちゃんすっごいキョーミ津々」
「! ……無理にお話いただかなくとも結構です」
「じゃー、あたし的に無理じゃないから話してあげるね♪
 安心してよ、千夜ちゃんが気にするようなデリケートな内容は無いから。どんとまいんど、ていくいっといーじー」

 この人は帰国子女で、ちとせさんやアーニャと同じくらい英語が堪能だ。
 しかし、人をおちょくる時はわざと雑な英語を話すことを、私は知っている。
 どうせこの先に話す内容もくだらないのだから、付き合うだけ無駄なのだが、不和を残すのも面倒だ。

 適当に聞き流して帰ろう。そう思っていた。


「ちとせちゃんと常務がね、抱き合ってたよ♡」
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:41:49.55 ID:1/ZkFkMM0
「!!? だっ!?」
 肺の中の空気が一気に押し出され、地上に打ち上げられた魚のように呼吸の仕方を忘れてむせてしまう。

「チヨ、大丈夫ですか!?」
「にゃははー、反応しすぎー♪ お別れの挨拶代わりにハグくらい、ルーマニアでも普通でしょー?」

 な、何がデリケートな内容は無いだ。
 それに、今のは明らかに思わせぶりな言い方だった。


 で、でも――冷静に考えて、それでも違和感が拭えないことに気づく。

「ちとせさんと美城常務が……ハグ? どうしてですか?」

「あの二人が親しい人同士なら、別にヘンでもないんじゃないかにゃ?
 何で親しいかと聞かれたらあたしにも分かんないけど、ちとせちゃん、常務の胸に顔をギューッて埋めて、すごく幸せそうだったなー」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:44:44.55 ID:1/ZkFkMM0
 あの人が、誰かに甘えるなどと――。
 強いて、おじさまにはそういう態度を取る時も頻繁にあったが、いくら奔放とはいえ、赤の他人にそこまで心を開くとは思わなかった。

「常務も優しそうに腕を回してて、これちょっとイメージ崩れちゃわない?って心配になっちゃったけど、止めるのもヤボだしねー。
 何ていうか、ラブを育むっていうより、うーん、たぶんあたしにはよく分かんない領域だけど……」

 悩ましげに人差し指を口元にあてて唸って見せたのち、それをピンッと天に指してみせる。

「例えるなら、子どもが親に甘えて、親が子どもを慈しんでー、ていう匂い?
 この事務所に来て以来、初めての事例だったから、あとでちとせちゃんには具にヒアリングしてレポっとかないとねー♪
 あ、じゃああたしシャワー浴びてくるけど、もし会いたいなら、ちとせちゃんか常務ならそこを歩いてった先にいると思うよ?」

 そう言い捨てて「じゃあねー」と手を振り、志希さんはペタペタと奥へ歩いて行った。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:47:23.89 ID:1/ZkFkMM0
 志希さんは、度が過ぎた冗談は言うが、嘘はつかない人だと認識している。
 しかし、果たして額面通りに受け取って良いものかどうか――。

「チヨ」
「何でしょう」

 握り拳を顎に当てて思案していると、アーニャがニコリと笑った。

「アーニャは、用事を思い出しました。先に寮、帰っていますね?」
「? ……はぁ」

 私が了解するのも待たず、彼女はそそくさと足早に私の下を離れていってしまった。


 一体何だというのだろう。
 あんな一方的な態度は、アーニャらしくない。

 ひょっとして、私に気を遣ったのか?
 ちとせさんと二人きりで話をする機会を、彼女は演出したつもりなのかも知れない。
 だが、さっきも言ったとおり、私は当日までちとせさんとは――。


 いや――常務と話をしてこい、という意味か。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:49:23.77 ID:1/ZkFkMM0
 とはいえ、私はあの人に良い印象を持っていない。
 医務室で初めて対峙して以来、何も話をする機会が無かった。

 良い印象を持っていないのは、向こうも同じか。
 いや、そもそも私のことなど歯牙にも掛けていないだろうな。
 せいぜい、ちとせさんのオマケだろう。


 そんな人を相手に、何をどう切り出せば良いというのか。
 単刀直入に、「ちとせさんはあなたにとって何なのか」をぶつけるくらいしか――。

「むっ」
「ん?」


 あれこれ思案をしながら、気づくと志希さんの言っていた方へ歩みを進めていたらしい。
 あの時と同じスーツを身に纏い、向こうからカツカツと靴音を鳴らしてこちらに歩いてきた美城常務が、私の前で止まった。


「…………」
「……私に何か用か」
「いえ、特には」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:51:58.98 ID:1/ZkFkMM0
「黒埼ちとせなら、先ほど既に寮に戻った」

 その場をどこうとしない私にため息をつき、彼女は私の脇を通り過ぎようとする。

「アイドルは身体が資本だ。
 無用な夜更かしなどせず、君も真っ直ぐ帰りなさい」
「お嬢様の」

 言いかけて、口をつぐんだ。常務の足がピタリと止まる。

「ちとせさんの仕上がりは、順調ですか?」



「……あの子は、君の話ばかりする」


 しばしの沈黙の後、常務は振り返り、腕時計に目をやりながら私に問いかけた。

「君に用があるのを思い出した。夜分にすまないが、少し時間をくれないか?」
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 21:54:54.04 ID:1/ZkFkMM0
 連れられた場所は、事務所棟の上層にある常務の部屋だった。
 シンデレラプロジェクトの事務室にあるそれとは比べものにならないほど、フカフカの椅子に座らされている。

 ほどなくして、常務が二人分のカップを持ってこちらに戻ってきた。

「コーヒーしかなくてすまない。君は紅茶が好きだと聞いている」
「紅茶の方が、淹れるのが得意というだけの話です。
 飲むものについては、飲めれば何でも。どうぞお構いなく」
「そうか」

 常務が直々に淹れてきたのか。
 彼女のような大企業の上役でも、自分でコーヒーを淹れることがあるのだな、などと勝手に感心している。

「本題に入ろう」

 自分のカップにも、私がカップに口をつけるのも待たずして、彼女は切り出した。
 せっかちな人だな。


「君は黒埼ちとせに、どのような魔法をかけたのだ?」
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:00:41.65 ID:1/ZkFkMM0
「は?」

 目が点になり、間抜けな返事が零れる。
 常務という上席を前に失礼は承知の上だが、彼女の指す意味がまるで分からない。

 私の向かいに座る常務は、瀟洒に組んだ脚の上で腕組みをしている。

「サマーフェスの映像を見させてもらった。
 私の見たところでは、君のステージは取り立てて光るものがあったとは思えない。
 あれが初ステージであった事を鑑みても、細かいミスが目立つし、つまずいたところを渋谷凜に助けられたシーンもあった。
 私がイメージするスター性を持つアイドルとは、乖離した領域にあると言わざるを得ない」

「……それが何か?」

 いきなり呼び出した相手に対して、開口一番にダメ出しか。
 知らずムッとしてしまう。

「ハッキリ言わせてもらうが、今の黒埼ちとせのパフォーマンスは、君のあの時のレベルより遙かに上だ。
 だのに、あの子は今も君のステージを目標として見定め、それに肩を並べる事をモチベーションにしている。
 あの子がそこまで盲目的で分別がない人間とは、私には思えない」
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:06:28.18 ID:1/ZkFkMM0
「あの人に何をしたと言われても、私にお答えできることなどありません」

 コーヒーを一口飲んでみると、思った以上に苦くて軽くむせそうになった。
 しかし、「何でもいい」と言った手前、砂糖とミルクに手を出すのは気が引ける。

 先ほどの言われようと、口の中に粘つく苦みに対するイライラが重なり、つい喧嘩腰になってしまう。

「あなたこそ、なぜちとせさんをあんなにも重用したのでしょう?
 誰もに勝る美貌こそあれ、あの人は並みの体力も持ち合わせておらず、レッスンは難航を極めたはずです。
 この事務所のトップアイドルではなく、フェスの失敗というリスクを背負ってでも、新人であるあの人を抜擢した理由は何ですか?」


 ――途端に、常務は押し黙り、視線を外して虚空を見つめた。

「常務……何か?」

「事務所内でも、反発はあった」

 カップを手に取り、一口啜る。
 その仕草に、私は強烈な既視感を覚えた。

 カップを持つ右手の手首を、軽く握った左手の上に乗せる、特徴的な持ち方――。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:18:04.32 ID:1/ZkFkMM0
「彼らの指摘はもっともだった。
 高垣楓など、実績も話題性もあるアイドルを起用した方が一定のクオリティを担保できるし、宣伝効果も高い。
 反対に、鳴り物入りで起用した新人が大舞台でし損じるようなことがあれば、我が社はボロボロに叩かれるだろう」
 
「それが分かっていながら、なぜ?」

「海外の346グループの支社で仕事をしていた時、玲音と知り合った」


 カップを置いて、常務席の奥にある窓の向こうに広がる街の灯りを見つめる。

「経営者として経験と実績を積んできて、自分なりに要領を掴んできた頃のことだ。
 他社に所属していながら、フィールドを選ばず自由に活動していたオーバーランクを、何としてもイベントに呼びたいと思った私は、出会ったその日に会社に招き入れ、商談を持ちかけた。
 提示した額は、私が考える相場の50倍は下らないものだ。
 どれだけコストがかかろうと、それを補って余りあるリターンを必ず彼女はもたらすはずだと考えた」

 フッ、と常務が笑った。
 この人の口角が上がったのを初めて見た。

「観客と楽しむことができるステージを用意してもらえるならそれでいい……彼女はそう言った。
 つまり、ノーギャラだ」
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:21:37.59 ID:1/ZkFkMM0
「何も、無かったのですか?」
「正確に言えば、彼女に支払うべきだったギャラを、芸能分野の卵を育成する基金に寄付してくれと言われた。
 彼女は、自分がノーギャラだと世間に知られた時の業界に与えるハレーションも、よく理解していたのだろう」

 映画か小説、あるいはジョークにでもあるような話だ。
 本当にそんなことを言う人がいるなんて、とてもじゃないが信じられない。

「彼女は自分の地位や名声に少しも興味を持っていない。
 頭の中にあるのは、観客と楽しむことだけ。
 そんな人間がトップとして君臨する現実は、私にとって自身のアイドル人生を粉々に否定されるに等しかった」


「……アイドル人生?」

 聞き返すと、常務はこちらに目を合わせないまま、小さく舌を打った。
 “アイドル観”の聞き間違いかと思ったが、どうやら間違いではなかったらしい。


「私も、初めから捻くれているわけではなかったさ」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:26:28.07 ID:1/ZkFkMM0
 どこかバツが悪そうにかぶりを振り、常務は言葉を続けていく。

「自慢するものではないが、努力は人一倍だった。
 だが、“好き”だけで戦えるフィールドではないと、ある時思い知らされた。
 反発していた父のもとに降り、経営者の道を選んでからは順風満帆……人にはそれぞれ、相応の役割があるのだと悟ったよ。
 同時に、自分のような誤りを、他の子達にもしてほしくないともな」

「誤りとは、分不相応な努力をして身を滅ぼす、という意味でしょうか?」
「容赦が無いな、君は」

 今度は常務は、声を上げて笑った。
 それはひどく自嘲的で、普段の威圧的な態度からは、まるで別人のようにも思えた。

「だが、そういうことだ。
 政府が働き方改革だなんだと騒ぎ始めた昨今の風潮は、私の掲げる経営計画にとって追い風だった。
 凡人に淡い夢を持たせ、いたずらに金と時間をかけてじっくり育てるのではなく、持つべき者がその才能に見合ったパフォーマンスを無理なく発揮できるように。
 それが社員のためであり、アイドル達のためであると信じる気持ちは、今でも変わらない」
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:33:53.42 ID:1/ZkFkMM0
 深いため息をついたのち、常務の話が途切れた。
 胸に去来する様々な思惑を咀嚼するかのような、形容しがたいほどに複雑な彼女の表情を見て、私は合点した。


「あなたはちとせさんに……お嬢様に、かつてのご自身の夢を託されたのですね?」


 かつて志希さんが揶揄したように、この人は自分から本音を開示するような人ではない。

 だが、その気づきは当初、小さな疑惑に過ぎないものだったが、今では確信に変わりつつある。


 なぜ、お嬢様に対し、過剰とも言える力を入れていたのか。
 志希さんが二人に、親子の匂いを感じ取ったのか。
 カップの持ち方に、既視感を覚えたのか。

 先刻海外から帰ってきた大企業の次期跡取り――聡明で理知的な、おじさまの傍にいた人。


「あなたはお嬢様に、ご自身を超えてほしかった……
 玲音さんが育てるお嬢様が、期待を超えるステージを披露することで、苦い過去ごと、ご自身の価値観をもう一度破壊されることを望んだ」
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:37:56.50 ID:1/ZkFkMM0
 常務は答えない。
 腕を組み、黙って窓の方を向いたままだ。


「お嬢様は、お願いごとを断られたことが無いと、よく仰います。
 人を魅了する天分は、アイドルとして申し分の無い能力と言えるかと思いますが、その反面」

 言葉を切ると、常務が睨むような視線だけを私に差し向けるのが感じ取れた。

「ご自身で勝ち取る術を持たなかった。
 幼少の頃より虚弱なお身体だったあの人は、ご自身の行いがその思い通りにいかないことに慣れていました」


 両手の中にあるカップを見つめた。
 こんなに苦いコーヒーは、ルーマニアにいた頃、お嬢様が間違って淹れた時以来だ。

「ですが今では、私もそうですが、夢中になれるものを見つけることができました。
 それは、諦めることに慣れていたお嬢様にも、ご自身の殻を破る機会を得たということだと思います。
 私を目標とすることが間違いだとするあなたのお話には、私も同感です。
 ただ、その気づきを得るきっかけが、あの人にとっては私だった……
 たとえ盲信であろうと、あの人の情熱の火を絶やすことなく、その日まで導いてくれたこと、感謝しています」
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:42:05.02 ID:1/ZkFkMM0
「近々自身のプロジェクトが潰されてしまうかも知れないというのに、暢気なことだな」

 向き直ると、フンッと鼻を鳴らす常務と視線が重なった。
 対照的に、私は知らず笑みがこぼれてしまう。

「何がおかしい」
「ついでにもう一つ、お聞きしたいのですが」

 大袈裟に咳払いをしてみせ、私は姿勢を正した。

「あくまで仮の話ですが……
 もし、あなたに子どもがいて、その子がアイドルをやりたいと言った時、あなたは親として、その子に夢を見せたいと思うでしょうか?
 それとも、経営者として現実を示すでしょうか」


「仮定の話に答える義理は無い」
 そう言って彼女は席を立ち、こちらに背を向けたまま窓の方に歩を進めて立ち止まった。

「だが、今日付き合ってくれた礼に、特別に答えるとしよう。
 経営者としての仮面を外し、自分の子を贔屓して夢という名のエゴを押しつけるなど、公私混同も甚だしい。
 まったく馬鹿げた話だ」

「そうですね」

 私はクスッと笑い、ゆっくりと立ち上がった。


「ですが、それは一般論です。
 私が聞いているのは、あなたがどうしたいのか……あなたの今の答えは、答えになっていません」
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:43:29.03 ID:1/ZkFkMM0
 客観的な事象を盾にするということは、隠された本音があるということだ。

 私にも、身に覚えが無いわけではない。


「……夜遅くまで拘束してすまなかったな。帰って早く寝るといい」
「そうします」

 私は、それ以上何も言わないであろう彼女の背に頭を下げ、部屋を後にした。

「失礼致します。おやすみなさい」


 あの人も杏さんと同様、ひょっとしたら私と同族かも。

 いや――アイドル界という特殊な環境に身を置く者同士、そう言った考え方自体がナンセンスなのかも知れないな。
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:51:30.46 ID:1/ZkFkMM0
 建物を出ると、先に帰っていたはずのアーニャが、凛さんと一緒に外で待っていた。

「どうだった?」

 凛さんが微笑みながら尋ねる。
 アーニャといい、時折こうして年相応のあどけなさを見せるのは、彼女の魅力だ。

「早く寝ろと言われました」
「じゃあ、帰ろうか」
「玲音さんのことは、待たなくて良いのですか?」

 先ほどチラッと聞こえたやり取りでは、凛さんは出口を見張る役だったと記憶している。

「玲音さんなら、さっき帰っていったよ」
「えっ?」

 素知らぬ顔で、凛さんは歩き出した。

「帰って早く寝なさい、だってさ」
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:54:39.69 ID:1/ZkFkMM0
「……ふふっ」
「アハハハ!」

 三人で並んで、家路につく。

 事務所では、未だに皆が玲音さんを血眼で探しているのだろう。
 そして事務室では、ダラダラとお茶会の延長戦が行われている。

 それらを放って、気心の知れた者同士で内緒のひと時を過ごすというのは、何とも楽しいものだった。

「あっ」
「? 千夜、どうかした?」


「シリウス……」
「ズヴェズダ、すごく明るいですね……キレイです」

 南東の空、冬の大三角を構成する、太陽を除いて最も明るい恒星。
 私の最も好きな星の一つでもある。

「あんなに明るく見えるんだ……」

 誰ともなしに皆、足を止め、澄んだ夜空に輝く星達をジッと見上げた。
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 22:56:47.79 ID:1/ZkFkMM0
「アーニャ」
「何ですか? チヨ」

 外にいると、一段と冬が深まってきたのを感じる。
 だが、この身の震えは、きっと武者震いだ。

 常務さえも舌を巻くあの人のステージに、間もなく対峙できる日がやってくる。


「私のステージを、見ていてください。
 その一夜だけ、すぐそこにある星を、あなたに届けたいと思います」


 少しの間をおいて届いた「ダー」という返事を、大切に胸にしまう。
 乾き切っているはずの寒風に爽やかな滾りを見出すと、目の前で煌めく星々に向けて、私は笑った。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:10:12.83 ID:1/ZkFkMM0
   * * *

「今さらアタシが言うことでもないだろうけれど、お客さん達は皆アタシ達アイドルの味方だ。
 一緒に楽しもうとする意志さえ示せば、必ず答えてくれるし、その感動は何物にも代えがたい。
 僭越ながらアタシが指導した黒埼が、アタシの株を奪うようなことがあれば、それは当然に歓迎すべき、おうふなんだどうした、アタシのうなじが気になるのかな?
 特別な香水なんて付けてないよ、嗅ぎたいなら好きなだけ嗅いだらいい。
 それで、シンデレラプロジェクトの皆も、フェスの映像を見させてもらったけれど、素晴らしい迫力だったよ。
 今日一緒に出場できないのが残念なくらい、あぁこらこら、髪を弄ってどうしようというんだ。
 うん? この髪留めをアタシに? ありがとう、素敵なデザインだね。ありすちゃん、と書いてあるのかな?」

「イェス、イエース☆ 弊社が誇るクールタチバナの関連グッズだよー♪
 お買い求めは今日の物販で!」
「や、やめてくださいフレデリカさん! 私を巻き込んで何て失礼なことを……!」
「それよりさー、誰か志希ちゃん止めなくていいん?」
「志希チャン! オーバーランクさんをまさぐるのやめるにゃー!」
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:12:51.71 ID:1/ZkFkMM0
 ウィンターフェス本番当日。
 楽屋に激励に来てくれた玲音さんに、皆がこぞって群がっている。

 気さくな人だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
 何かと破天荒な志希さんやフレデリカさんにも、ああして自然体で接している辺り、ただ者では無い。
 彼女達の世話役に回りがちな美嘉さんなどは、あまりに常識を外れた光景に立ったまま泡を吹いている。


「そういう訳だから、今日は美城さん達と一緒に見させてもらうよ。
 お客さん達と一緒に、これ以上無いくらい最高に燃え上がってみせてくれ!」

「はいっ!!」
「志希ちゃん一緒に出て行かないでっ!」

 結局、一対一で話をする機会が無いまま、玲音さんは志希さんを引きずりつつ楽屋を後にしていった。
 しかし、さすがトップアイドルだけあって、彼女のオーラにあてられた皆が銘々に気力を漲らせている。
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:18:35.68 ID:1/ZkFkMM0
「でもさー、やっぱいいなぁちとせさん」

 ふと、莉嘉さんが口を尖らせて羨ましげにちとせさんの方を向いた。
「あーんなスゴい人に、特別にレッスン見てもらえてたなんてさ」


 ――マズいな。
 このままでは、「ズルい」や「えこ贔屓だ」等、ちとせさんに要らぬヘイトが向けられてしまう。
 年長組は、何となく空気を読み、暗黙の了解でそれをタブーとしてきたが、幼い莉嘉さんは自分の感情に素直で、悪気が無いだけに気まずい。

「杏は絶対イヤだけどね」

 姉である美嘉さんがそれとなく莉嘉さんを咎めようとした矢先、部屋の隅っこから杏さんの声がした。

「え、杏ちゃん何で?」
「あんな偉い人のレッスンなんて楽なわけないでしょ。
 おまけに勝手に期待されて持ち上げられて、プレッシャーばかり押しつけられるんだよ」
「うっ……」


「フフッ♪ 杏ちゃん、ありがとう」

 部屋の中央にいたちとせさんが、彼女の方へニコリと微笑みかけた。

「今のは、私をフォローしてくれたんでしょう?」
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:20:17.51 ID:1/ZkFkMM0
「いや、杏は感想を言っただけだけど」
「それなら無償の愛……杏ちゃんのアガペーとして受け取っておくね」

 面倒くさそうに手を振った杏さんが寝返りを打つのを見届けると、ちとせさんは莉嘉さんに向き直る。

「ご、ごめんねちとせさん……」
「ううん、気にしなくていいよ。莉嘉ちゃんは何も間違ったことを言ってないもの」
「ちとせさん、玲音さんのレッスン大変だったの?」

 みりあさんの問いかけに、ちとせさんは「うーん」と少しとぼけてみせて、頷いた。

「4、5回くらい吐いたかな?」

「ひぃえぇぇっ!?」
「あと、足の指の爪が、全部潰れて真っ黒になっちゃったし、靴擦れもすごいよ、ほら見る?」
「いいぃいいですいいです!! ごめんなさい!!」

 すっかり脅かしてみせながら、彼女は楽しそうに笑った。
 まったく、相変わらず性格が悪い人だ。

 だが、それだけの努力を、誰にも愚痴や弱音を吐くこと無く、あの人はこなしてきたのだ。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:27:20.20 ID:1/ZkFkMM0
 今日のセットリストは、シンデレラプロジェクトとプロジェクトクローネ、双方のアイドルが交互に登場する運びとなっている。
 注目すべきちとせさんの登場は、最後から4番目。私はその次だ。

 なぜあの人が大トリでないのかというと、今日のセットリストはアイツや常務ではなく、私達アイドル同士で話し合って決めたからだ。
 そして、それをフェスの当日にあみだくじで決めようなどという無茶な提案をしたのは、他でもない美波さんだった。

 夏合宿の時も思ったが、あの人、才色兼備で理知的に見えて、実は頭のネジが少しアレなのではないか?
 そんな疑惑を余所に、彼女は事務室で開かれた会議の場で、胸を張って私達にこう訴えていた。

「この頃、よく思うことがあるの。
 エンターテイメントの真髄って、計算し尽くされたイベントではなくて、アッと驚くようなサプライズにあるんじゃないかって。
 当事者の私達でさえ予想もできない、ジェットコースターみたいなドライブ感があれば、きっと楽しいフェスになるんじゃないかしら」
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:29:39.13 ID:1/ZkFkMM0
 思い返せば、サマーフェスで私にそれを仕掛けたことで、彼女は味を占めた可能性もある。

 この提案に諸手を挙げて賛成し、皆を囃し立てたのはフレデリカさんだ。
 最近になって気づいたが、この二人は大学1年生の19歳同士で、文香さん含め、双方のプロジェクトにおける最年長という共通点がある。
 だが、クローネと交流するようになり、フレデリカさんと仲良くする機会も多かった美波さんは、明らかに彼女からの悪影響を受けたに違いなかった。


 フェスの目玉であり、常務の肝入りであるちとせさんが大トリを務めないと知られたら、常務から何と言われるか分からない。
 実際、凜さんや美嘉さんのように、これにブレーキをかけようとする人もいた。

 しかし、周子さんや未央さんを始め、むしろここぞとばかり常務にジョークを仕掛けようとばかりに悪ノリする、他の皆の妙なボルテージの方が勝った。
 あろうことか、ちとせさんでさえこれに便乗する始末である。
 その結果、大トリはまさかの杏さんと相成ったのだ。

 そんな無茶苦茶な経緯で組まれたセットリストにおいてなお、私があの人の直後というのは、不思議な縁と言うべきだろうか。
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:32:07.60 ID:1/ZkFkMM0
 本番直前、ステージ衣装に着替えて舞台袖に立つ。

 入場口が開放されて間もなく、客席は満杯になった。
 屋内の会場は初めてだったが、観客達の興奮と期待が込められたざわめきが大気に霧散しないまま、余さずこちらに届いてくる。
 湧いてくる緊張感は、こちらの方が上かも知れない。

 だが、この胸の高鳴りは、それだけが要因ではないのは分かっている。

「千夜ちゃん」


 声を掛けられた方に振り返ると、あの人が立っていた。

 真紅を基調とした絢爛かつ妖艶な衣装に、絹糸のように煌めく金色の髪。
 血の色を思わせる優美な瞳が、私を捉えて放さない。

「……ちとせさん」

「ふふっ、似合う?」
「はい。とても、綺麗です」
「ありがとう、千夜ちゃんも可愛くて綺麗だよ。冬の妖精さんみたい」

 私の隣に歩み寄り、開演前のボンヤリと中途半端に照らされる舞台を、ちとせさんは見つめた。
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:36:19.32 ID:1/ZkFkMM0
「そういえば、千夜ちゃん」

「あ、いたいた。ちとせさん千夜ちゃん、ちょっと皆でMCの……」

 李衣菜さんの真っ直ぐな声が聞こえた瞬間、それはテキトーな調子のあの人に遮られた。

「ワァオ☆ 見てみてリーナちゃん、あそこにチョーアバンギャルドなパリジェンヌがいるよー!」
「えっ!? どこどこ……ってあれ鏡じゃん! 宮本フレデリカちゃんじゃん!」
「ンー? あっ、ホントだーどうりでどこの下町育ちかと思ったよー♪ ……あれれ?」
「フレちゃん、スカートのボタンが取れかかってるね」
「あーん、リーナちゃんの気配り大臣☆ それじゃ、一緒に衣装さん探そ探そー! イショーサーン♪」
「ちょ、何で私が……もうしょうがないなぁ、衣装さぁーん?」
「イショーサーン♪」


 賑やかなやり取りが続き、ほどなくして、彼女達の声は聞こえなくなった。


「……ああして、いつも気遣ってくれるの」

 私と目を合わせ、フフッと笑いかけてみせる。

「さっきの杏ちゃんといい、優しい子達だよね……ポッと出で、皆に迷惑しか掛けていない私にさ」
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:40:36.07 ID:1/ZkFkMM0
「……話の続きを」

 これ以上、この人に自嘲じみた心持ちになってほしくなくて、話を促すと、「あぁそうそう」と胸の前で手を合わせた。

「千夜ちゃん、あの人から話、聞いた?」


「……私は、何も聞いていません」
「千夜ちゃん、ダメだなぁ」

 今度は、口元に手を当てて、クックッと忍ぶように笑う。

「誰からの、どんな話なのかをまず私に聞かなきゃ。
 そんな答えじゃあ、聞いたと言ってるのと同じでしょう?」

 得意げに講釈してみせる彼女に、私はかぶりを振る。

「本当に、何も聞いていません。
 私が思うにあの人は、自分からは本音の話をしない人かと」
「そうだね」
「ですが」


 先日の、常務室での最後のやり取りを思い出して、知らず口角が上がる。

「あの人は正直で多弁です」

「……ぷっ。アハハ。千夜ちゃんも言うようになったねー♪」

 ケラケラと楽しそうに笑うのを見ると、やはりこの人は、私が知るお嬢様なのだなと思う。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:44:15.05 ID:1/ZkFkMM0
 結局、リハーサルは見なかった。
 どんな様子だったのかを、他の皆から聞くこともしなかったし、皆も私に配慮をしてくれたのだろう。誰も話をしてこなかった。

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なぁに、畏まっちゃって」


「私が知っているちとせさんは、気まぐれで我が儘でこそあれ、欲の無い方でもありました」

 自分で勝ち取るよりも、他の誰かから得てきた。
 しかし、彼女の無欲な姿勢は、そのような環境によるものではなく、彼女自身の死生観からくるものと言った方が正しい。

「私に私の生きる道を与えるため、あなたもご自身の道を志したと仰いましたが……
 あなたが今日まで非常な努力を続けてこられたのは、あの人の期待に応えたいという思いもあったのでしょうか?」

「ふふ……それは嫉妬?」
「単純な興味です」
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