【艦これ】神風「最初の一人」

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672 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:36:32.58 ID:X/2IuQil0
緋色『え、違うの?洗うんでしょ?』

男『それはそうなんだがな、そうなんだけどな、違くてな』

緋色『…課長さんも一緒に入る?』スルスル

男『何故!?』

緋色『だって、その…汚しちゃったじゃなぃ…』スルリ

男『そこは別に、それに緋色の着替えも取ってこなきゃならないし、それに』

緋色『私とじゃ嫌?』ギュッ

後ろから抱き着かれた。

背中の感触と、目の前に回された肌色の腕ではっきりとわかる。

素っ裸だこれ。

さっきまでと違い胸元に回された腕はとても弱弱しいものだったが、さっきまでとは比べ物にならない引力のようなものを感じる。

そのまま海中に引きずり込まれるんじゃないかと思う程の、渦潮のような。

それは、以前にも一度、いや二度目だ。感じた事のあるものだった。

男『叢雲に殺されると思うからなしで』

緋色『…それは怖いわね』

とりあえずその後風呂に入れて着替えさせて、どうにかなった。
673 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:37:26.02 ID:X/2IuQil0
男「明日いつもと同じように接する自信がない」

天井を見つめながらベットで呟く。

寝れないのは嵐のせいにしておきたい。

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夕張『すんごいの録れちゃった』

明石『どったの』

夕張『エロ同人の導入みたいなの録れちゃった』

明石『何の話?』

夕張『お風呂に仕掛けてたほうの盗聴器でね』

明石『あーそういう話かぁ。既に仕掛けてたのかぁ』

夕張『これ叢雲に渡すのはちょっと気が引けるなぁ』

明石『なになに気になるじゃ〜ん』

夕張『聞く?思いっきり盗聴だけど』

明石『ん〜、聞いてみてどうだった?』

夕張『思わずムラっと来ちゃった』グヘヘ

明石『聞く!』
674 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:38:07.28 ID:X/2IuQil0
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夕張『どうだった?』

明石『これはもう実質SEXでしょ』ツー

夕張『鼻血鼻血』

叢雲『復旧お疲れ〜…何してんの?』

夕張『ちょっとR18同人音声を嗜んでました』

明石『ティッシュ取ってティッシュ』

叢雲『あぁ、そう。じゃそういうことで』

夕張『お疲れ様〜』

明石『……いいの?言わなくて』

夕張『一応叢雲もいつでも聞くことはできるから。めぼしい内容がさっぱり録れないから仕掛けた事忘れてるみたいだけど』

明石『逆に夕張はチェックしてたんだ』

夕張『いつかこんな展開が録れるんじゃないかと期待しててね。匂いがしたのよ匂いが』

明石『お、おぉ…凄いわね?』
675 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:39:05.91 ID:X/2IuQil0
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翌朝、嵐は去った。

穏やかな海と照り付ける太陽という絵に描いたような台風一過。

しかしながら俺の心情は決して穏やかとは言えなかった。

緋色『課長さん?』

男『なんでもない、次行こうか』

緋色『うん』

いつものように緋色の部屋で勉強、なのだが一点決定的に違う箇所がある。

緋色が俺の隣に座っている。それもほとんど密着状態で。

これまでは対面で行っていた。もちろん隣に座る場合もあったが基本は対面だ。

別に何か決めたわけでもないが自然とそうしていた。

はたして今日は今まで通りそうなるのか心配だったのだが、まさか逆とは。

男『なぁ、流石に引っ付きすぎじゃないか?』

緋色『嫌、だったかしら?』

男『そういうわけじゃないが…』

緋色『だったら平気よ!』

男『あーうん、そうだな』

変にギクシャクしてしまう事を考えたら別に問題はないか。

まだ昨日の恐怖が残ってるとかそういうのかもしれないし。

違和感はあるが午前中はそんな感じでいつも通りの勉強会を行った。
676 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:42:33.04 ID:X/2IuQil0
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男「…」

正午前。長屋のトイレから出てふと足を止める。

ここまでくると鎮守府の騒がしさが聞こえてくる。

無事嵐は去り一刻を争う中作戦は行われている。

見てみたい、という気持ちとその逆の気持ちが自分の中で同質量で存在していた。

後で飛龍が昼飯を持って来た時にでも少し聞いてみようか。

『あ、丁度良かった〜』

部屋に戻ろうとしたところ、後ろから声がした。

男『瑞鳳?』

この声は瑞鳳だ。以前にも聞いた特徴的なこの声を間違えるとは思えない。

何故ここに?昼飯係か?

疑問を浮かべながら振り返って、そして、ギョッとした。

瑞鳳『やっほ』

日の光をよく反射する白とそれに負けない明るい赤の服。その左半分がどす黒い赤で染まっていた。

何故と考えるまでもない。明らかな血の色だった。

その衝撃的な見た目で気づかなかったが、よく見ると左肩の部分が破けている。

黒くくすんだ独特の破け方。被弾した、ということなのだろうか。
677 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:44:26.42 ID:X/2IuQil0
瑞鳳『どうしたの?』

男『どうしたって、それは…』

なんてことはない風に、まるでドッキリのためのただのメイクだとでもいうように瑞鳳はこちらに近づいてくる。

だがそんなことはない。人間なら大怪我だ。艦娘なら、どうなんだろうかこれは。

こうして普通にしているあたりそう大したものじゃない、のか?

瑞鳳『すっごく怖い顔してるよ』スッ

瑞鳳が俺の顔に手を伸ばしてくる。

すっかり固まった血の跡が残る左腕を伸ばして。

飛龍『いたぁぁ!!!』ダダダ

男『え?』
瑞鳳『あ』

飛龍が声をあげながらものすごい剣幕でこちらに走ってきた。

飛龍『ちょぉっとこの娘仮てくから!』ヒョイ
瑞鳳『にゃっ』

親猫のように瑞鳳首根っこをつかんで持ち上げる。

飛龍『あとこれお弁当ね!じゃ!』ビュン

男『お、おう、ありが』

最後まで言う前に瑞鳳を引っ張って走り去ってしまった。

何だったんだあれは。

男『昼飯届いたぞ〜』

緋色『何かあったの?飛龍さんの凄い声がしてたけど』

男『あれここまで聞こえていたのか。ん〜何があったのか俺もいまいちわかってないんだよな』

前にも似たような事があったっけ。飛龍のやつ本当に俺がとって食われると思ってるんじゃないだろうな。
678 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:45:14.51 ID:X/2IuQil0
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叢雲『何、あれは』

入居ドック前で艦隊の被害状況を記録してると妙なのがいた。

隅の方で正座させられている瑞鳳と仁王立ちで何かを聞いている飛龍だった。

気になるには気になるけれど、この忙しい時に関わり合いになりたくないというのも本音だった。

長波『あれなら私知ってるぞ』

叢雲『え、なんで』

長波『今加賀さん入渠中だろ?私さっき加賀さんのとこに装備運んでったんだよ。そしたら飛龍に瑞鳳を捕まえるように伝えてちょうだいって言われて、その通りにしたらああなった』

叢雲『えぇ…結局何一つわからない…』

長波『うん、私も分からん』

どうしようかしら。無視しとくか。

加賀『準備できました。いつでも出撃可能です』

長波『お、噂をすればなんとやら』

叢雲『丁度良かったわ。今貴方の話をしていたのよ』

加賀『私の?』

長波『正確にはアレの』チョイチョイ

加賀『アレ、あぁ…やはりでしたか』
679 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:19.15 ID:X/2IuQil0
叢雲『何があったの?』

加賀『瑞鳳は小破だったので入渠待ちで待機ということになった時、その、良くない感じがしたのよ』

長波『良くない』
叢雲『感じ?』

加賀『だから飛龍に伝えてもらったのよ。長屋のほうに探しに行くように』

長波『うん、ちゃんと伝えた』

加賀『先程は助かったわ。ありがとう』

長波『いいっていいって。でもせっかくだしご褒美とかねだってもいいかなって』

加賀『ちゃっかりしてるわね。考えておくわ。作戦後のお楽しみです』

あぁ、なるほど。長波は長屋という単語に重要性を感じなかったわけか。

無理もない。

叢雲『ならあっちの話は私が聞くべきね。あまり気は進まないけど…』

加賀『お願いします。あの娘、本当に何するかわからないもの』

長波『瑞鳳さんが?』

叢雲『大したことじゃないわ。気にしないで』

長波『ふぅん。まそう言うんならいいけどね』

何かを察したらしく素直に引き下がる長波。この立ち振る舞いを姉妹にもう少し分けてあげて欲しい。
680 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:54.94 ID:X/2IuQil0
叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『あ、叢雲』
飛龍『む゛ら゛く゛も゛〜』

正座しながらも普段のテンションで挨拶してくる瑞鳳と仁王立ちしながらも半泣きで助けを乞う目をしてくる飛龍。

普通逆でしょ反応が。

叢雲『はいはい、飛龍は戻っていいわよ』

飛龍『よっしゃ後は任せた!』

元気じゃん。物凄い速さで加賀を追っていく。

叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『何か怒られた』

飛龍の言葉はみじんも伝わっていないようだった。

叢雲『とりあえずドックが開いたから入渠してきてちょうだい。話はそこで』

瑞鳳『はーい』

小破ではあるが瑞鳳は連戦。ここで一度ドックで休憩して編成は千代田と交代になる。
681 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:50:25.08 ID:X/2IuQil0
ドックに着くまでにスケジュールを組み立てる。

うん、十分程度なら余裕がある。

叢雲『彼に会いに行ってたんですって?』

瑞鳳『うん、丁度いいと思って。あ、ありがと』

ドック内で艤装を取り外す瑞鳳に手を貸しながら質問を続ける。

元々瑞鳳はあの男に妙に固執しているところがあった。

それは艦隊の皆が多かれ少なかれ持っている好奇心とは違うという確信がある。

叢雲『一体どうしてそこまで気になるのよ』

私は、ある程度の証拠をもって彼を怪しいと踏んでいる。

でも瑞鳳は違う。

この娘はもっと感覚的で、それでいてもしかしたら、

叢雲『貴方も彼を怪しいと思ってるの?』

瑞鳳『怪しい?なんでなんで?何か悪い事でもしてたの?』

あら?そういうことではない?
682 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:56:01.12 ID:X/2IuQil0
叢雲『違うわよ。ただ貴方がどうにも彼に固執しているように見えるから』

瑞鳳『気になったのよ。あんまり私達の事直視してくれてないみたいだったから、こうしたら見てくれるかなって』

叢雲『ま、普通そんな姿急に見せたら凝視するわよね。でどうだった?』

瑞鳳『微妙な感じだった。方向性が違うのかなぁ』

叢雲『なんにせよあまり勝手にいかないように。次は注意じゃ済まさないわよ』

瑞鳳『はーい』

ちょいちょいと頬をつつかれる。

いつの間にか肩に載っていた妖精達が私に向かって手をバッテンにしていた。

少し意識を深くして耳を済ませる。

妖精:作業します故

妖精:異物混入は許されませぬ

叢雲『ごめんなさい。今出るわ』

修理作業中は立ち入り厳禁。丁度いい時間だし今はこれが限界ね。
683 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:57:22.96 ID:X/2IuQil0
それにしても一体何が原因で瑞鳳の興味を引いているのかしら。

個人的に加賀や瑞鳳の感覚は馬鹿にできないと思っている。

私が気付いていない何かがあるのかしら。

気は進まないけれど、やはり盗聴を続けて

叢雲『あーダメダメ。今は作戦に集中!』

港を見ると修理を終えた艦隊が出撃したところだった。

伊勢『叢雲〜支援艦隊準備出来たよ。もう集まってる』

叢雲『今行くわ』

作戦は順調だ。今は余計なことに現を抜かさず、目の前のことを片付けていこう。

私達のやるべき事は、あの水平線の先にある。
684 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 01:03:51.58 ID:X/2IuQil0
この先これ以上の露出イベントは発生しません、多分

艦これ9周年だそうですね。
自分はアニメから入ったくちなのでかれこれ7年になります。
書き始めたのは5年くらいですかね。
考える程時間って怖いですね。
神風のパンツで忘れましょう。
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/26(火) 23:41:48.59 ID:q97xf0Jdo
おつ
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/28(木) 19:56:15.17 ID:dJQyo8F4o
おむ
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/05(木) 00:30:18.84 ID:BKMIlAIo0
神風……?
乙です
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 17:51:03.50 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
689 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:32:12.52 ID:CLLeU+aS0
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嵐が去ってから一週間が経った。

執務室の窓からは呆れるほど何もない青空が見える。

長いようで短い一週間。

そして今、友軍艦隊からの連絡を受けた司令官が実に嬉しそうな顔で私に内容を報告してくれた。

待ち望んでいた、

その一瞬が訪れた。
690 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:15.37 ID:CLLeU+aS0
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緋色『あら?』

男『なにか騒がしいな』

緋色を膝の上に乗せ二人で作戦記録書を読んでいた所、鎮守府が妙な騒がしさを見せ始めた。

作戦中に何かあったのか?しかしそれにしてはなんというか、緊張感がないような気が。

男『まさか』

緋色『何か心当たりがあるの?』

あるにはあるが、確証がない。そんな事を言うべきじゃないだろう。

そう考えている内に廊下から激しい足音が聞こえてきた。

また飛龍、いや?それにしては足音がやけに軽い。

『ていっ!』バンッ

緋色『キャッ!?』
男『えっ?』

ドアが勢いよく開かれる、のはもう見慣れた光景なのだが、問題はその扉を開けた人物の方だった。

男『叢雲?』

およそこういった行為とは無縁としか思えない彼女が目の前にいた。

叢雲『…フゥ』

そのままの状態で何故か一度深呼吸をする。

そしてベールのような薄い青空の髪を振り払って顔を上げた。

必死に抑えようとして、それでも零れる笑みに揺れながら、誇らしげに。

叢雲『作戦完了よ!!!』
691 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:50.14 ID:CLLeU+aS0
緋色『ホント!?凄いじゃない!!流石!』

叢雲『ま、主力部隊はウチじゃなくて別の鎮守府だけれどね。それでも私達の大勝利に変わりはないわ』

男『鎮守府の騒ぎはそれが原因か。おめでとう』

叢雲『ふふん』

お嬢様はたいへん誇らしげである。

男『ん?て事はその知らせは今来たんだよな』

叢雲『ええそうよ』

男『…こういう言い方はアレだが、なんでいの一番にここに来たんだ?』

緋色『…確かに?』

叢雲『…え?』

今度は驚くほど間の抜けた表情を見せる。

こうも続け様に普段しない表情を見せてくれるのはとても面白いのだが、今は疑問の方が上だった。

叢雲『なんで、って』

固まってしまった叢雲のポケットからバイブ音がした。どうやら連絡が来たらしい。

叢雲『ごめん、もう行くわ』

男『お、おう』

緋色『行ってらっしゃ〜い』

そそくさと扉を閉めて去ってしまった。

緋色『?』

緋色と顔を見合わせる。一体どうしたんだろうか。
692 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:34:27.59 ID:CLLeU+aS0
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鎮守府の廊下を、執務室に向かって歩く。

吹雪『お疲れ〜叢雲!』

敷波『港行こうよ、もうすぐ蒼龍さんたち帰って来るって』

天津風『ちょっと!次私達の番でしょ!』

秋雲『作戦終わったんならもういいっしょ!』

皆がそれぞれの部屋や持ち場から出てきて集まりだしている。

連合艦隊の第一第二、支援艦隊の第三第四。

周辺海域の警戒、奪取した海域の防衛、基地航空隊の整備等々。

艦隊の半数以上が鎮守府を出ているけれど、それでもまだ鎮守府に残る艦娘は多い。

川内『はーい注目〜。一班は帰投航路の警戒行くからね〜』

阿武隈『三班四班も準備しておいてくださ〜い』

決戦ともなると駆逐艦、軽巡は殆ど鎮守府で待機となる。

その役割はむしろ作戦後の海上警備や物資の輸送になるのでここからが本番ともいえる。

予め作戦終了後の段取りは出来ている。

出撃予定のある者や野次馬達は港へ向かっているようだ。
693 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:07.97 ID:CLLeU+aS0
最上『結局出番来なかったな〜』

那智『いい事じゃないか』

最上『でもこの後輸送任務だよ。戦ってた方が楽かなぁ』

重巡は数の少なさに対して出番が多い、が今回は二人余ってしまった。

隼鷹『ヒャッハーお酒だお酒!間宮さんとこにつまみの発注だー!』

伊勢『待って待って!打ち上げ何時やるか確認しないと!』

誰が決めたわけでもないけど、こういう時打ち上げは空母や戦艦クラスがこぞって企画する。

といっても酒とその場所を用意するくらいなのだけれど。

互いが互いに今日までの苦労と努力を知っている。

互いが互いにそれを労う。
694 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:46.56 ID:CLLeU+aS0
明石『お疲れ様叢雲』ガラガラ

大仰な装置を載せたカートを押しながら明石が工廠の方から歩いてくる。

お馴染みのカラオケ機器を食堂に向けて運んでいるようだ。

この後帰投した皆の修理等があるので早いところ持ち場に戻って欲しいけど、今はいいか。

『お疲れ〜』

限界ギリギリまで出撃した者もいれば、特に出番のなかった者もいる。

でも誰も気に留めずお疲れと言う。

私達は個々ではあるが、この勝利は鎮守府全体のものであると皆が理解している。

提督「お疲れ、叢雲」

執務室に着く前に司令官と会った。

叢雲『あら、何処に行くの?』

提督「もうすぐ第四艦隊が帰ってくるから迎えにね」

叢雲『りょ〜かい。私は執務室で待ってるわ。お疲れ様』
695 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:36:30.92 ID:CLLeU+aS0
執務室に入り扉を閉める。

いつも誰かしらが出入りしているここも、今はガランとしている。

叢雲「あぁ、そっか」

静けさに包まれて私はふと理解した。

褒められたかったんだ。

活躍すれば皆褒めてくれる。それは嬉しい。

勿論司令官も褒めてくれる。とても嬉しい。

でもそうじゃない。

私達は本質的に人々を脅威から守るのが役目だ。

鎮守府にいると忘れがちだけれど、そのためにここを、海を守っている。

艦隊の皆も、司令官も、いわば一緒に走る仲間だ。

だから私は、そんな私達を後ろから見ている誰かに褒めて欲しかったんだ。

あの人とあの少女の言葉が、古傷の様にじわりと体の芯に突き刺さってくる。

叢雲「あぁもう」カァァ

身体が急激に熱を帯びていくのを感じる。

肩が上がり、手足が強ばり、顔が火照る。

そんなことを無意識に考え、いの一番に彼らに伝えに行った事がとても恥ずかしかった。

そして同じくらい、その結果に、二人の言葉に、嬉しいと感じた。

ただ戦ってるんじゃない。私達の戦いは、意味があるんだ。

不思議な感覚だった。

これがどういった感情なのか、私はそれを表す言葉を持ち合わせてはいなかった。
696 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:37:29.12 ID:CLLeU+aS0
飛龍『え、なになにその顔。ヤバ、え、ちょ、写メ!写メ撮っていい?撮るよ?』パシャ

叢雲『』

給湯室からひょっこり顔を出した飛龍が流れるような動作でシャッターをきる。

しかも複数。

飛龍『うわーこれヤバいって。激レア。売れるわこれ。トーク画面にしよ』パシャパシャ

叢雲『…なにしてんの』

飛龍『何って、ちょぉっと提督のお酒をあー待って待って待てストップ!待って!?ごめん!消す消す!消すから!!槍はダメ!NO!槍はしまっtあー構えない!構えないでええ!?』

とか言いつつも冷静に司令官秘蔵のお酒を自分の身代わりにしようと前に突き出す。

叢雲『はぁ、まあいいわ。ほらサッサと行きなさい』

飛龍『あり、いいの?』

叢雲『お酒の事は管轄外よ。司令官に何言われても知らないからね』

飛龍『わーいやったー。サンキュッ』

叢雲『写真は消せ』

飛龍『アッハイスイマセン』

叢雲『目の前で消せ』

飛龍『ハイ』
697 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:07.30 ID:CLLeU+aS0
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男『凄まじい騒がしさだな』

緋色『課長さんは行かないの?』

男『俺は何もしていないからな。あの場は、今回頑張った皆の場所だ』

お昼前に叢雲が飛び込んできてから半日。日が沈みかけてきた夕方。

どうやら事後処理が大方終わったらしく鎮守府では宴が始まっていた。

カラオケなんかもあるらしく憚る事なく大音量を垂れ流している。

周りが海と山だけというのはこういう時便利だ。

男『こりゃ一晩中続くかもな。夜どうするか』

緋色『どうして?』

男『こう五月蝿いと夜寝にくいだろ?ま、今日は我慢だな』

緋色『そっか、眠るのも大変なのね』

男『大変ってことも無いさ、多分な』

男『さて。少し早いがおやすみ』

緋色『おやすみなさい』
698 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:50.15 ID:CLLeU+aS0
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秋雲「うわうるさ。誰よゲッダン歌ってるの」

宴が続く中秋雲といつもの報告会を行う。今は九時半。かれこれ四時間近く騒いでいるがよく続くもんだ。

男「そんなタイトルだったかこの曲?」

秋雲「あー気にしないで。で作戦の詳細だけどこんな感じね」

画面に今回の合同作戦の資料が表示される。

正直半分くらいしか理解はできないが。

男「無事完了って事みたいだな」

秋雲「というより予想以上に上手くいった形ね。初動と嵐が去った後の対応が完璧だったのが理由」

男「努力の賜物ってわけだ」

秋雲「世間への発表は明日かしらね」

男「そうか?いつもはもう少し遅いと思ってたが」

秋雲「時期が時期だからねぇ。なるはやで大々的にやるんじゃない?」

時期?なんかあったか?

秋雲「なんにせよこれでようやく緋色ちゃんの訓練再開ね」

男「そうだな。無駄、と言うのはどうかとは思うが時間を食ってしまったからな。少し急がないと」
699 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:39:29.32 ID:CLLeU+aS0
秋雲「そういや今日も緋色ちゃんはべったり?」

男「まぁ、うん」

秋雲「なんなんだろうねぇ。真面目な話漏らしたところ見られてそれって意味不じゃん」

男「そうなんだよなぁ。正直不気味ですらある」

秋雲「大事なところも見られてるし」

男「それはもういいって」

秋雲「よくはないでしょうがぁ!ってそもそも艦娘にその手の羞恥心というか倫理観求める方が変かもだけどさ。よくよく考えたら生殖能力ないんだし大事なところでもないのかな?」

男「艦娘の大事なところねえ。航行能力、いや浮力の方が船としては大切なのか?」

秋雲「さぁてね。今度しーちゃんに聞いてみる?そういう意識調査とかしてそうじゃんあの人」
700 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:06.95 ID:CLLeU+aS0
男「…お前はどうなんだ?」

秋雲「え〜〜〜それ聞いちゃう〜〜??」ニヤリ

うっわ凄いうぜぇ顔。

秋雲「な〜んて、私の場合どっちにしたって過去形だけどさ」

男「そうだな」

秋雲「…」

おっとこれはさらに何か面白い事を思い付いた顔だ。そしてこいつにとっての面白い事というのは往々にして俺にとって面白くない事だ。

秋雲「なんなら今確認してみるぅ?」ニヤニヤ

男「そうか、頼む」

秋雲「…え?」

やられてばかりなのも業腹なので少し反撃してみる。

本当に実行したとして、それはそれでどうするつもりなのかというのも正直気になる。

秋雲「…」

男「…」

秋雲「あ、加賀岬だー」

目を泳がせながら露骨に話題を変える。

その少し赤くなった顔を弄ってやりたいところだが、自分自身が今冷静な表情を保てている自信がなかった。

男「皆歌上手いよなー」

両者痛み分けとなった。
701 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:39.15 ID:CLLeU+aS0
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男「そろそろ寝るか」

秋雲「おっと、ちょっと喋りすぎちったかな」

男「今日はいいだろう。ん?」
秋雲「あり?」

聞き慣れない着信音が部屋に響いた。

男「こっちか」

秋雲「あー鎮守府用の端末か」

男「…」

秋雲「誰から誰から?」

男「提督から」

秋雲「ほほう」

秋雲の顔が真剣なものに変わる。

男「なんで今」

いや、そういえばさっきから例のどんちゃん騒ぎが聞こえない。

宴会は終わったのか?

だとしてもこのタイミングで電話をかけてくる意味はやはり分からない。
702 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:11.53 ID:CLLeU+aS0
男「もしもし」

スピーカーに切りかえ電話に出る。

「あぁよかった。もう寝ているかとも思ったのだけれど、遅くに申し訳ない」

男「それは構わないが、一体どうしたんです」

「もし迷惑じゃなければ少し話せませんか?執務室で。いいお酒もありますし」

男「…わかりました、今から向かいます」ピッ

秋雲「随分と急だね」

男「作戦が終わるまで待っていた、ってことか?だとしてもこんな時間に呼び出す必要はなさそうだが」

秋雲「ん〜見当がつかんね」

男「行ってみるほかないか」

秋雲「気を付けてね」

男「そういうのじゃないことを祈るよ」
703 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:44.51 ID:CLLeU+aS0
長屋を出る。

すっかり沈んだ日の光は満天の星空を照らし、地上はそこから僅かに零れ落ちた明かりで辛うじて形を保っていた。

さっきまでの喧騒の反動かいつもより鎮守府は静まり返っている。

比喩じゃなく本当に。

というか建物真っ暗じゃん。どうやって執務室まで行こう。明かり付けたら怒られるかな?

男「ん?」

唯一明かりがついているところがあった。

その明かりはゆっくりと動き、長屋に通じる扉を開けた。

男『貴方は』

『どうも。初めまして、になりますね』

その明かりはぺこりとお辞儀をした。

男『鳳翔、だよな』

鳳翔『はい。軽空母鳳翔です。提督から貴方の案内をするようにと』

瑞鳳程ではないが軽空母の中でもかなり小柄な彼女が懐中電灯を片手に立っていた。

男『助かった…どうやって向かおうかと悩んでいた所だったんだ』

鳳翔『どうぞこちらに。足元にお気を付けください』
704 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:42:23.29 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鳳翔『失礼します、提督。お客様のご到着です』コンコン

「どうぞ」

鳳翔が丁寧に扉を開ける。

提督「こんばんは」

提督は奥の仕事机ではなく手前のソファに座っていた。

目の前のテーブルにはお酒やつまみなどが並んでいる。

提督「鳳翔さんもありがとう」

鳳翔「私が言い出したことですから」フフ

あれ?さっき提督に言われて迎えに来たと言っていたが。

男「というか話せるのか、鳳翔も」

鳳翔「はい。ひぃちゃんから教わったんです。先程は他の方が近くにいたので控えていました」

ひぃちゃん?

男「…飛龍?」

鳳翔「正解。流石ですね」

男「流石って」

意外とお茶目だなこの人。
705 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:43:01.45 ID:CLLeU+aS0
提督「どうぞ、遠慮せずかけてください」

提督の向かいのソファに座る。

一見するとただの飲み会のような風景だ。

夜の密会でさえなければ、だが。

男「それで、一体どういったご用件で」

提督「いやぁちょっと愚痴を聞いてもらおうかと思いまして」ハハハ

男「…はい?」

既にいくらか酔っているらしい。

冗談、だよな?

鳳翔「あ、課長さんも何か食べますか?卵とイカと、オクラ枝豆なんかがありますけれど。卵焼きくらいであれば作りますよ?」

給湯室から鳳翔が顔を出す。その部屋コンロとかまであるのか。

男「え、えっと、じゃぁ卵焼きで」

鳳翔「少々お待ちください」

何このゆるい感じ。マジで飲み会?

提督「あ、何飲みます?ワインとかはないですけど」

男「じゃぁ、これで」

机にあった適当な酎ハイを手に取る。

提督「それでは、乾杯」

男「か、乾杯」
706 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:44:12.14 ID:CLLeU+aS0
提督が手にしたグラスを一気に飲み干す。随分な飲みっぷりだが。

男「てっきりお酒は宴会でたらふく飲んでいるものと」

提督「飲むには飲みますけどね。ほんの少しですよ。彼女たちに合わせていたら肝臓がいくつあっても足りませんから」

男「確かに…」

艦娘はアルコールで酔わない。強いとか弱いという領域ですらない。

提督「だからこうして宴会の後にささやかに楽しむのが趣味なんですよ。宴会は宴会で、皆の事を見ているだけでお腹いっぱいですから」

男「それはまた、贅沢な話だ」

鳳翔「お待たせしました。卵焼きです」

男「どうも」

鳳翔「それでは私も失礼します」ヨイショ

男「あれ?」

鳳翔「はい?」

男「いや、提督の隣でなくていいのかなと」

ちょこんと俺の横に座る。その落ち着いた雰囲気を除けば本当に子供に思える程小さい。

鳳翔「先約がいますからね。それに貴方の話を聞きたいですし」

男「俺の?」
707 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:02.43 ID:CLLeU+aS0
提督「鳳翔さんの提案なんですよ。貴方を呼ぼうというのは」

鳳翔「提督が課長さんの事を気にしていたようだったので、だったら呼んでしまえばいいと思っただけですよ」

男「それでわざわざ」

提督「ここでは僕は常に提督ですからね。それは別にいいんですけど、どうしてもただの人間と飲む機会が欲しいと思う時があるんですよ」

男「それが俺なんかでいいのか?」

提督「例えば組織の人間としての愚痴なんかを話す相手が欲しくてね」

男「あぁ、それなら色々ある」

提督「でしょう?」

嬉しそうな表情で提督が再びグラスをこちらに傾ける。

俺もゆっくりと缶を差し出しグラスにこつんと押し当てた。
708 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:45.95 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

提督「民間の組織を手下か何かと勘違いしてるんだよねぇ。軋轢によるしわ寄せは殆ど実際に関わる僕らに来るってのに」

男「そうなんだよなぁ。そりゃ有事なんだし協力を拒むことはしないだろうが、それを当然とか思ってやがる」

提督「自分達は命令だけ降ろして報告には何から何まで上に上げろってんだから殿様が過ぎる」

男「そのくせ欲しいもの以外は読まずに責任丸ごとポイ。胃に入れるだけ山羊の方がまだマシだ」

提督「そして山羊役だけが僕らに回ってくる」

鳳翔「山羊?」

男「あぁgoatか」

鳳翔「あ、スケープゴート」

提督「そう」

男「美味い。鳳翔さんの卵焼きくらい」

鳳翔「おかわりをご所望ですか?」フフ

男「それはまたの機会に」

提督「鳳翔さん自分で色々作るのにつまみはいつもスナックですよね」

鳳翔「作れるからこそ、こういう作れない味が好きなのかもしれませんね」

提督「説得力あるなぁ」
709 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:46:44.03 ID:CLLeU+aS0
鳳翔「お酒もなくなってきましたし、私もそろそろ戻りますね」

提督「酒ならまだありますよ。飛龍に隠してたとっておきのが。えっと確か給湯室に」

たらふく飲んだ割にはそこそこな足取りで隣の小部屋に向かう提督。

それを無視して鳳翔さんはお皿を片付け始めた。

男「もういいんですか?」

鳳翔「普段は見れない貴重な提督を見せてもらいましたから。役得というやつですね」フフ

男「悪い人ですね。お皿も持って帰るんですか?」

鳳翔「食堂に置いておけば明日の当番の娘が洗ってくれますから」

結構強かだなこの人。

鳳翔「それに、これ以上独り占めしたら怒られちゃいますし」

男「怒られる?」

鳳翔「それでは、おやすみなさい」

男「えぇ、おやすみなさい」

そそくさと部屋を出て行ってしまった。

怒られるっていったい何の話だろうか。

時計を見るととっくに日付を回っていた。

俺もそろそろ戻るべきか。

提督は、まだ給湯室で何か探しているようだ。

妙に物音がうるさい。一体どこにしまったんだか。
710 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:47:48.78 ID:CLLeU+aS0
叢雲『ちょぉっとぉ。五月蠅いわよ〜』

男「え」

執務室の奥。給湯室の反対側。つまり提督の寝室へつながる扉がゆっくりと開いた。

いかにも起き抜けといった具合の声を発しながら叢雲が真っ暗な部屋から出てくる。

そこまではいい。いいんだが、

男「む、叢雲さん?」

叢雲『ん〜?』

いつもの流水のような髪は今さっきまで寝ていましたと言わんばかりにふわりと癖がついているし、

見慣れた制服ではなく青白いワンピースのような寝間着。しかもその一着だけ、に見える。

少なくともぱっと見は他に何か着用しているように見えないという非常に際どい恰好。

さっき鳳翔さんが言っていたのはこいつの事か!

というかこれ知ってたなら先言えよ!あの人茶目っ気が過ぎないか流石に!?

提督「酒ない…なんで…あ叢雲、おはよう」

叢雲『…?』

本来この部屋には提督一人しかいない、という先入観から俺に話しかけていたらしい叢雲が本物の提督を認識したようだ。

叢雲『?』

寝ぼけた頭がフリーズする。と、同時に眠気が徐々に覚め思考が加速していく。

叢雲『』

目が大きく開く。とりあえず状況は理解したようだ、がさてここからどうするのか。

叢雲『ッ〜!?』

色々と吹き出しそうなのを堪え徐々に赤くなりながらもゆっくりと元の部屋に戻り戸を閉める。
711 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:48:21.41 ID:CLLeU+aS0
男「どうすんだこれ…」

帰ろうか。それはそれで後が怖いけど。

提督「アレ、なんで戻るの」

男「え、あ、おい」

提督「お〜い叢雲〜」ガチャ
男「待っ!」

当然のように扉を開ける。

どう考えても地雷原でタップダンスするレベルの愚行。

あまりによどみない動作に静止は間に合わなかった。

叢雲『バカアァ!!!』
提督「グェッ」

扉の中からすっ飛んできた叢雲の頭部ユニットが提督のみぞおちに深々と突き刺さる。

提督「」

静かに床に転がる阿保を見つつ、とりあえず残っていた缶に口を付けた。
712 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:04.85 ID:CLLeU+aS0
男「表情豊かだな、叢雲は」

提督「ん…?」

腹部をさすりながらどうにかソファに戻った提督に問うてみる。

提督「元々感情豊かな方ではあったけど、ここまで色々な反応を見せるのは君が来てからだよ」

男「俺が?」

提督「良い刺激になってるんだと思う。彼女達にはそういうのが必要なんだ」

男「良い刺激、なのかね」

提督「皆最初から個としての人格を有しているし、ある程度知識や記憶もある。でもそれは船としての部分だ。人としては生まれて数年の子供と同じ。感情というものとの付き合いはとても浅いんだ」

男「子供か。言いえて妙だな」

提督「それが彼女達にとって良い事なのかどうかはわからないけれどね。それでも僕はもっと人と触れ合ってほしいと思ってるんだ」

男「色々考えているんだな。まるで父親だ」

提督「余計なお世話かもしれないけど」

男「結果的にどうなるかはともかく、考えることは大事だよ」

静かに扉の開く音がした。

男「お」
提督「あ」
713 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:36.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「死にたい…」

普段の服装に戻った叢雲が提督の横に座り両手でジュース缶を握りしめながら項垂れている。

提督「さっきまで鳳翔さんもいたんだけど、ついさっき戻ったみたいで。あ、彼を呼んだのも鳳翔さんの提案でね」

叢雲「あの野郎…」

まさかのあの野郎呼ばわりである。多分間違ってないけど。

男「そもそも叢雲はその、寝てたのか?」

提督「流石に作戦中はずっと気が張りっぱなしだからね。いつも宴会後はスイッチが切れたみたいに寝てるんだ」

男「なるほどそれで」

エネルギー残量10%以下といった感じに見える。

叢雲「死にたい…」

提督「さてせっかく揃ったんだしやはりアレが欲しいな」

落ち込む叢雲をガンスル―する提督。

再び席を立ち給湯室に酒を探しに行く。そんなに大事なのだろうか。
714 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:04.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「…なんでいんのよ」

恨みがましそうな目で俺を睨みつけてくる。

男「今あいつが言ってた通りだよ」

叢雲「せっかく二人きりになれるところだったのに」

男「邪魔だったか?」

叢雲「えぇそうよ邪魔よこの上なく邪魔よ」グビッ

開き直ったのかムスッとした顔でブドウジュースを飲み込む。

男「鳳翔さんは普段は見れない提督が見れるとか言ってたが、お前もそのくちか」

叢雲「鳳翔が?ふぅん。知ってる?彼女結構強敵よ」

男「それはなんとなくわかった」

叢雲「…ねぇ、さっきの私の恰好、どうだった」

男「…どう答えたら生きて帰れる」

叢雲「私の事なんだと思ってるのよ」

男「ん〜メンヘラ?」

叢雲「…貴方酔ってる?」

男「そこそこは」
715 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:36.24 ID:CLLeU+aS0
叢雲「お酒って嫌ね。酔うってのは、私にはよくわからないわ」

再びジュースを飲む。今度は一口だけ。

男「艦娘ってのは雰囲気に酔うそうだな」

叢雲「そうね。アルコールの影響は受けないもの。逆に言えばこうしてジュースを飲むだけで私達には十分」

男「酔ってる?」

叢雲「少し」

男「…さっきの格好だが、奇麗だったよ。流石に少し驚いたが」

叢雲「ムラっとした?」

男「例えしててもはいとは言えないだろそれ」

叢雲「あらぁ否定しないの?」

男「断固として否定する」

このダル絡みは秋雲を思い出す。艦娘ってこういうの多いんだろうか。
716 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:51:30.15 ID:CLLeU+aS0
叢雲「人間の男女って不思議よね。司令官に触れながら寝るととても心地良いけれど、それは多分私が艦娘だから感じられるものなのよ」

男「それは人間でも同じ気もするけど、人になりたいのか?」

叢雲「さぁ、わからないわ」

俯いて手元の缶を見つめる小さな少女の表情は、俺には窺い知れなかった。

叢雲「わからないわよ」

男「わからない、か。俺も自分が分からなかったことがあるよ」

叢雲「あら、今はわかってるのかしら?」

男「さてどうだかな」

ガシャンと大きな音がする。また給湯室からだ。

男「あいつまだ探してんのか」

叢雲「何やってるの」

男「なんかいい酒が取ってあるとか」

叢雲「あぁ。司令官〜、それ飛龍が持ってったわよ〜」

提督「え゛」

給湯室から断末魔が聞こえた。

叢雲「そういえば、貴方達随分と仲良くなったわね」

男「ん、そうか?」

叢雲「そうよ」

提督「話してみれば、僕ら結構立場が似通ってるからね」

男「中間管理職か?」

提督「そんなところさ」

叢雲「ふぅん」

眠さからなのか、さっきのことが尾を引いているのか。

随分とおとなしい叢雲はいつもと違いすぎてなんだかやりにくい。
717 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:15.23 ID:CLLeU+aS0
提督「仕方ない。アレを出すしか」

今度は寝室のほうへ向かう。

男「なんでそんなに隠してあるんだ…」

叢雲「勝手に持ってくやつが多いのよ」

男「提督はやめろって言わないのか?」

叢雲「予算で買ってるから強く言えないのよ」

男「注意されるべきはあいつのほうかよ」

叢雲「調査だけじゃなく監査までやる気?」

男「あんな面倒な仕事誰がやるか」

叢雲「同感」スッ

叢雲が席を立つ。そしてそのまま向かい側、俺の隣に座る。

男「さっきまで鳳翔さんが座ってたよ」

叢雲「なんて言ってた?」

男「俺の話を聞きたいとかなんとか」

叢雲「そういうことよ」

男「そういうものなのか」

叢雲「そういうものよ」
718 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:43.82 ID:CLLeU+aS0
男「え」

何の脈絡もなく至極当然のように村雲が静かに俺の右肩に寄りかかってくる。

男「どうした?」

叢雲「対して違わないわね。アンタも司令官も」

男「同じくらいの体格だしな」

叢雲「そうじゃなくて、それもあるけど」

男「じゃあなんだ」

叢雲「…同じ人間なんだなって」

男「そりゃあまぁ」

提督「あったよあった」ガチャ

叢雲「!」バッ

凄まじい速度で俺から離れる叢雲。

そこは見られたくないのか。

提督「あれ、叢雲もそっち側?」

叢雲「今日は私もお客人よ」

提督「なら改めて乾杯といこう」

久々に楽しい時間だった。

最後にこんな時間を過ごしたのは、いつだったろうか。
719 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:53:16.14 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「…ん」

身体が重い。なんだこれは。瞼を開けると、瞼?

部屋が暗い。明かりは消えている。

だが真っ暗ではない。窓の外から、カーテンから指しているのは日差しか?

寝ていた?寝たのか?いつ?

金剛『〇〇〇〇』

男「」

目の前に金剛がいた。しかも流れるように口汚い英語をぶつけられたような気がする。

男「えっと、ここは」

金剛『話すならその喋り方はNGデスよ、酔っ払いさん』

男『…これは失敬』

段々と頭が起きてくる。

どうやら金剛は目の前のソファで座ったまま仲良く眠っている提督と叢雲に毛布を掛けているようだった。

いつの間にかみんな寝て

寝て?
720 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:54:33.73 ID:CLLeU+aS0
男『ひょっとしてとっくに日が昇ってる?』

金剛『残念ながらまだMorningネ。その様子だとかなり遅くまで飲んでたみたいだけど』

男『あぁ、いつ寝たかわからないくらいには…』

金剛『そう』

冷たい対応だった。

いや、金剛は俺に対してかなり警戒的なタイプだ。今すぐに追い出されないだけマシなのかもしれない。

男『手伝おうか?』

机の上に散乱した飲み会の跡をテキパキと片付ける金剛に思わず声をかける。

金剛『No Problem.お客様はじっとしててくだサーイ』

そう言ってまとめたゴミや容器を器用に調理場へもっていく。

…なんか、思ったより対応が柔らかい?

じっとしてろと言われてしまったので目の前の二人を眺める。

提督のほうは口を半開きにして随分とだらしない寝顔をしている。

叢雲のほうはまるで人形のように静かに、微動だにせず提督に寄りかかって寝ている。

提督の左腕の中に潜り込み、左胸に耳を押し当てるような形で。

じっと見れば、鼓動に合わせて叢雲の身体が小刻みに揺れていた。
721 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:01.86 ID:CLLeU+aS0
金剛『素敵な寝顔ネ』

男『俺もこんなだらしない寝顔してたりしたか?』

金剛『さぁてどうでしょうかネ〜』ニヤリ

不安だ。

金剛『…二人のこんな表情見たのは初めてデース』

男『普段はこんなに飲まないのか』

金剛『そうじゃなくて…はぁ、嫉妬しちゃいマース』

男『嫉妬?なんで』

金剛『乙女にあまりあれこれ聞くものじゃないデスよ〜』

あからさまにはぐらかされた。

いつもより話しやすい雰囲気のせいでつい色々聞いてしまいそうになるが、確かに分をわきまえるべきか。

金剛『Heyカチョー。昨日の今日なので鎮守府はお休みmodeデスが、それでもこの時間には出撃や遠征に行く娘もそこそこいマース』

男『は、はい』

いきなり真面目な顔で話が始まるのでつい身が強張る。
722 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:38.48 ID:CLLeU+aS0
金剛『つまりこのまま長屋に戻ろうとすれば誰かとEncountする可能性が大デース』

男『む、そういう話か』

確かにそれはまずいな。

それなりに交流が増えたとはいえ艦隊の俺に対する警戒度はまだ高いだろう。

それをまさか提督の部屋から朝帰りする所を見られでもしたら、瑞鶴なんか即爆撃してきそうだ。

金剛『ということで、私がちょっとした裏道を案内してあげマス』

男『それはありがたいが、いいのか?』

金剛『不満ですカ?』

男『まさか』

提督ではないが、戦艦金剛の頼もしさくらいは知っているつもりだ。
723 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:56:23.31 ID:CLLeU+aS0
男『そうと決まれば早めに』

ソファから立ち上がろうと凝り固まった体を少し伸ばしていると

金剛『ちょっとじっとしててくだサーイ』
男『へ?』ヒョイッ

持ち上げられた。

両脇をがっしりつかまれ幼児でも持ち上げるかのように軽々と。

流石艦娘。

男『え、あの、金剛さん?』

眼下の金剛は俺のことをじっと見つめている。

かと思うとそっと俺を地面に降ろした。

男『???』

金剛『ホラ、行きますヨー』

まるで何もなかったかのように執務室を後にする。

なんだったんだ、とは今度は聞かないことにした。
724 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:57:30.44 ID:CLLeU+aS0
外はすっかり明るくなっていた。まだ少し肌寒い朝の気温が寝ぼけていた体に刺さる。

男『外にも階段があったのか』

執務室を出て、来た方向とは逆に行くと外へ通じる扉があった。

非常階段なのだろうか。確かにここなら多少はエンカウントし難いだろうが、

そこまで案内が必要なルートとも思えない。

金剛『課長は提督より少しHeavyネ』

男『一応脂肪じゃなくて筋肉のはずだ。というかさっきのでそんなことまでわかるのか』

金剛『なんとなくデスヨ。ただなんとなく、提督と同じ人間なんだなぁって』

男『それ、似たようなことを昨晩叢雲も言ってた気がする』

金剛『叢雲も?ふぅん、そう』

前を歩く金剛の表情は俺からは見えなかった。
725 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:58:20.06 ID:CLLeU+aS0
金剛『私達は皆囚われのPrincessデスからネ。外のことはどれも物珍しんですヨ』

茶化すような口調でそんなことを言う。

金剛『貴方はさしずめ王子様ってところデスネ』

男『俺があ?』

心にもないことを、そう思ったがどうやら違うようだった。

金剛『彼女を助けたいんでしょ?』クルッ

金剛が足を止め振り返る。

俺をまっすぐ見つめるその瞳は、確かに軍艦の眼だった。

男『あぁ』

それだけは確かだった。

金剛『なら、私も協力しマース!』

一転、普段のテンションに戻って歩き始めた。

男『そりゃありがたいが、協力って具体的に何をだ』

金剛『私こう見えても鎮守府の中ではかなり影響力のあるほうなんデース』

むしろ金剛の影響力が低い例を知りたいくらいだが。
726 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:02.18 ID:CLLeU+aS0
金剛『だから艦隊の皆と貴方との間にある壁を私がBleakしてあげマス!』

男『…いいのか?』

金剛『貴方を認めると、そう言っているつもりデス。多分叢雲も同じようなことを考えていると思いますヨ』

男『でも、ほかの皆がどう思っているかは別だろう』

金剛『勿論全員がとはいかないでしょうケド、瑞鶴とか』

男『だろうな…』

金剛『でもそうでない娘のほうが多いネ。壁といっても、殆ど薄氷のようなものデース。興味はあるのにギリギリで保っている最後の一線ってやつネ。小突けばすぐヨ』

男『金剛がそう言うなら、多分そうなんだろうな』

金剛『頼みましたよ。あの娘のこと』

男『約束はできないが、やれるだけのことはやるよ』

金剛『ならOKネ。さて、Navigateはここまで』

見れば長屋はすぐ目の前だった。建物の外側を通っできただけにしては幸運な事にエンカウントはしなかった。

男『ありがとう』

金剛『こちらこそ』
727 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:42.06 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「はぁ…」

秋雲「あー帰ってきたぁ、って何その顔」

男「普通に二日酔いだこれ。軽い奴だけど」

秋雲「え、なに、普通に飲んでたの昨日?」

男「うん」

秋雲「なにそれ怖い」

男「詳しくは、また今度な」バタッ

布団に倒れこむ。

二日酔い自体は確かに軽いものだったが、座ったまま寝てたことによる体への負担がすごい。

思い切り体を伸ばせることがこんなにも気持ちいいとは。

秋雲「そろそろ緋色ちゃん起きるけど」

男「…そうだった」

秋雲「どうすんの」

男「…午前は休暇にするか」

秋雲「なんて横暴な…」
728 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:02:43.80 ID:CLLeU+aS0
男「うるせー」ゴロン

仰向けになり少し目を閉じる。

金剛が言っていたことがまだ頭に残っている。

男「囚われの姫か」

自分達を、あるいは緋色の事を指しているのだろう。

しかし、その言葉に俺は昔のしーちゃんの事を思い出していた。

まだしーちゃんと呼ぶ前の彼女を。

秋雲「何耽ってんの緋色ちゃん起きるって言ったじゃん。昔の女でも思い出した?」

男「そういう関係じゃねぇって」

秋雲「え、何々ホントに誰か思い出してたの!?誰々!?」

男「…」

メンドクセェ…緋色起こしに行こうかな。

秋雲「で、飲み会で収穫はあったわけ?」

男「…久々に友達ができたよ」

秋雲「へぇ、良かったじゃん」

男「だな」

それだけは間違いない。
729 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:06:33.70 ID:CLLeU+aS0
絶賛イベント攻略中(E3-3甲)

弊鎮守府では艦娘は人間の構造を模しているだけで生命としての機能は有していない存在となっております。
いくら飲んでも平気っていいですよね。
バカみたいに熱くても平気なのも。
残念ながら我々は人間なので皆さん熱さには気をつけましょう。
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 10:53:57.82 ID:K77F31lg0
乙乙
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 13:23:23.75 ID:2yjzIaZvo
乙です
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 18:12:06.76 ID:dTfNMN+4o
おつ
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/07/18(月) 17:28:03.17 ID:feObpqRG0

雪解けの気配……?
吉と出るか凶と出るか
734 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:13:42.80 ID:GEaWwL4j0
金剛『さぁて折角なので提督の寝顔を〜』ガチャ

叢雲『あら、悪いけどシャッターチャンスはなしよ』

金剛『げっ』

執務室に戻ってきた金剛を出迎える。

司令官はまだソファまで寝こけているけれど、この寝顔をおいそれと渡すつもりは無い。

それに

金剛『起きてましたカ…』

叢雲『アレだけ騒がしかったらねぇ』

トントンと自分の頭を指さす。

金剛『uh…』

叢雲『許可なく鎮守府内で艤装を使った通信を行ってはいけない。わかってるでしょ』

金剛『正直バレないかなぁって』

叢雲『アンタそういうとこ結構適当よね…』

艤装には船の機能が概ね詰まっている。

船として浮く力、進む力は勿論、砲撃雷撃、装甲や電探、それに通信機能。

海上でわざわざ端末を使用してメッセージを打つなんて事はしない。通信は全て艤装の、つまり頭の中で行う。
735 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:02.24 ID:GEaWwL4j0
叢雲『で、一体何話してたの』

金剛『比叡達に、外階段から長屋にかけて人払いをしてってお願いを』

叢雲『何故』

金剛『聞いてたんじゃないんデスか』

叢雲『ここでの会話くらいはね』

金剛『あの人に協力しようと思ったからデス』

叢雲『意外な理由ね』

金剛『そうデスカ〜?個人的には悪くないと思ってますけど。叢雲だってそうでショ?Faseにそう描いてありマース』

叢雲『寝顔に?』

金剛『Cuteでしたヨ』

叢雲『…そりゃどーも』

金剛『…ちなみに最初の方って本当にsleepしてマシタ?』

叢雲『絶ッ対誰にも言わないでよ、お願いだから』

金剛『モチのロンネ!』イェイ

不安な回答だけど金剛ならば大丈夫でしょう。多分。

金剛『私や比叡達が協力したと知れば、皆さんこれまでのようになんとな〜く距離を置くのではなく自分の判断で立ち位置を決めるようになる、と私は踏んでいマース』

叢雲『それでわざわざ連絡を。まぁ悪くはないんじゃない。嫌いじゃないわよそういうの』

金剛『それはよかったデス』

叢雲『それはそれとして無許可で通信の罰として宴会の片付けしてきなさい』

金剛『それはよくないデース…』
736 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:59.43 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

金剛は言っていた。

俺と個々の艦娘との間にある壁を壊してやる、と。

彼女ならきっとできるのだろう。

期待はしていた。していたが、

飛龍『いっぱいいるけどいい?』

蒼龍『ども』
葛城『ども』

男『急すぎるだろ』

元々叢雲と話してはいた。

ここしばらく緋色の状態は安定していたし、記憶の糸口が全くつかめない以上他の艦娘ともっと接触を計った方がいいと。

駆逐艦、軽巡洋艦以外との接触はほぼしてないからな。
737 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:17:26.55 ID:GEaWwL4j0
願ったり叶ったりな状況ではあるんだろうけど。

葛城『わぁかっわいぃ〜!』グリグリ

緋色『ちょっと!くっつきすぎくっつきすぎだからぁ!』

飛龍『やはり緋色ちゃんの魔力には勝てなかったか』

蒼龍『ヘアセット持って来たから後で髪いじらせて〜』

男『あんまり羽交い絞めにしてやるなよ』

緋色『いえ、飛龍さんほどじゃないし大丈夫よ』

葛城『…今どこ見て言った?』

飛龍『緋色ちゃん意外とあるもんねぇ』

蒼龍『葛城よりあるんじゃない?』

葛城『酷い!流石にそんなこと』フニ
緋色『ヒャッ?』

葛城『…意外とある』

男『…』

地獄かここは。

この空気の中で昼飯食わなきゃいけないのか俺。

まさか金剛と話して半日も経たずにこんな状況になるとは。
738 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:22:33.54 ID:GEaWwL4j0
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葛城『ぶっちゃけ警戒する理由って軍関係者って所なのよね』

金剛が言っていた話をするとそんな答えが返ってきた。

飛龍『あ〜ね』

男『やっぱそういうものなのか』

蒼龍『9割はろくでなしってイメージ。で残りの1割がやたらと良い人。そこに0.1%位の変人を少々』

飛龍『料理か!隠し味は?』

蒼龍『え、え?えと、愛情?』

飛龍『くぅ〜見たかねこのピュアリティ』

俺に振るな。

男『俺はどっちだった?』

葛城『どっちでも。なんか一般人って感じ。一般人知らないけど』

男『喜ぶべきなんだろうか』

蒼龍『提督に近いよね雰囲気は』

緋色『そんなに怖い人多いの?』

飛龍『怖くはないけど、嫌な奴〜って感じ』

葛城『大丈夫大丈夫。私達が守ってあげるから〜』ナデナデ

緋色『ん〜…葛城はなんだか頼りないわ』
葛城『ん、え?え、と、えぇ…』
飛龍『ブフッ!」
蒼龍『ッーー!」バンバン
葛城『そんなに笑わないでくださいよぉ!』

男『飯冷めるぞ』
739 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:23:09.68 ID:GEaWwL4j0
蒼龍『じゃそろそろ戻ろっか』

男『緋色は航行訓練だな』

緋色『う、うん…』

男『久々で緊張するか?』

緋色『え、えぇ、そうよ!ちょっとね』

葛城『私達もついてこっか?』

飛龍『空母は他の艦とはわけが違うんだしあんまりアドバイスも出来ないんじゃない?』

蒼龍『はいはい大人しく戻りましょうねぇ』

葛城『ちぇ〜』

緋色『私も、行ってきます』

男『おう、行ってらっしゃい』

記憶の方はまったくだが鎮守府には大分慣れてきているように思える。

こうして皆と接触していればそれだけ早く溶け込めるだろう。

それだけでも十分な成果だ。
740 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:25:13.26 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『お、いたいた』

緋色を見送って小一時間程して、叢雲から連絡があった。港に練習を見に来てほしいと。

久々だし上手くいっていないのかなと、そんな風に思っていた。

男『って、なんだその恰好』

緋色『えへへ』

男『何故その恰好』

体操服。しかもブルマー。

緋色『練習中に濡れちゃって…服は夕張さんに借りたの』

男『なんでこんなもん持ってるんだよ』

夕張『いずれ滅ぶ貴重な装備だと見込んでたくさん確保してあるのよ』

男『滅びるべきはその思考だ』

夕張『感想は?』

男『何かあったのか?』

変態からのインタビューはとりあえずスルー。

緋色『なんだかうまく出来なくて、海にドボンって』

男『それって大丈夫なのか?』

緋色『訓練用の艤装に浮がついてるから。びしょ濡れはどうしようもなかったけれど』

男『そうか…久々だもんな。焦る必要はないさ。ゆっくりやればいい』

緋色『そう、そうよね!うん!』

男『あ、そういや叢雲は?』

夕張『あっちあっち、工廠のほう』

男『一体何の用なんだ?ブルマーみせたいわけじゃあるまいに』

夕張『それは、向こうで叢雲に聞いてきて…』

夕張の表情が妙に暗い。なんなんだ?
741 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:26:16.80 ID:GEaWwL4j0
順調だったとはいえしばらくのブランクがあったんだ。

上手くいかないのは仕方ないだろう。

そういうもんだ。そう思って疑っていなかった。

叢雲「あの娘、大丈夫なの?」

男「え」

工廠の日陰の下で、間髪を入れず叢雲にそう言われた。

男「緋色の件、だよな」

叢雲「私はこういった場合の知識がないから判断はできない。だから貴方に聞くしかない」

男「でも、しばらく間があったからブランクとかで」

叢雲「生まれたばかり、あるいは改装なんかで航行がうまく出来ないって場合はあるわ。だから訓練用の艤装もある。でもそういうのは少し歯車がずれているだけですぐにできるようになるわ」

男「でも緋色は特殊なケースだろ。何も思い出せないんだから」

叢雲「そうね。だから私も判断に困ってるのよ。でも、ねぇ、航行がうまく出来ないってどういうものだと思ってる?」
742 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:27:30.83 ID:GEaWwL4j0
男「どうって、うまく進めないとか、転ぶとか」

叢雲「上手く進めないってことはある。改装でバランスなんかが変わって波を受けたり曲がったりが今まで通りにできなかったりね」

男「お、おう」

叢雲「でも転ぶってことはないわよ」

男「ない?」

叢雲「貴方の想像している転ぶってサーファーがバランスを崩して海に落ちるようなことでしょ?」

男「あぁ、そうだけど」

叢雲「そんなのおかしいじゃない」

男「待て待て、全然意味が分からん」

叢雲「確かにこれは私達ならではの感覚なのかもしれない。けど考えても見てよ。私達は艦よ。名前が分からないとしても船は船。それがただ海に浮かぶことも出来ないなんてありえないのよ」

男「!?」

叢雲「航行訓練ってのは人間でいえば歩行訓練かしらね。でもそれってまずもって自分で立っていることが前提でしょう?」

男「じゃぁ、緋色が転んだってのは…」

叢雲「人なら、例えば骨折とかでまず立つ訓練ってこともあるのかもしれないけど、私達にとって浮くってのは呼吸と同じようなことよ」

脳裏にあの時の光景が蘇る。

叢雲「前提がおかしいのよ」

嫌な記憶程よく覚えているものだ。

叢雲「浮けないって、それだけ異常なことよ。出来るとか出来ないじゃなく、存在としての根本からおかしいのよ」

多分最も恐れていた状態。

叢雲「だからこう尋ねるしかないのよ。大丈夫なのかって」

秋雲の時と同じだ。

叢雲「ちょっと!」

工廠を飛び出し港の緋色に駆け寄る。
743 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:28:48.21 ID:GEaWwL4j0
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課長が急に駆けだした。

港で一応艤装のチェックを行っている夕張と緋色に向かって。

その表所は険しいなんてものじゃなかった。

血相を変えて、それこそ血の気が引いていると言うべきかもしれない。

慌ててそれを追いかける。

男『緋色!』

緋色『わっビックリした。どうしたの?』

男『その脚!脚は、大丈夫なのか?その、感覚とか…』

緋色『脚?えぇ、別に捻ったりはしていないと思うけど…』

夕張『えぇ、特にそういった異常は見られませんけど』

男『そう、か』

少し安心したのか徐々に落ち着いていく。

夕張『?』

夕張と目が合う。

彼女も不思議に思っているようだ。

こんなことは初めてだ。

私も夕張も。

だからこそ妙だ。

脚の感覚とやらを聞いた。

まるでこの現象に心当たりがあるかのように。

叢雲『…』

何を知ってるの?

いえそれよりも、何故それを言わないのか。

緋色の事が心配なのは間違いない、と思う。

なればこそ私達に隠している何かが一体何なのか、何故なのかが分からない。

叢雲『とりあえず今日はこの辺にしときましょう。緋色も、お風呂入ってらっしゃい』

緋色『はぁい』

叢雲『服は後で洗って持ってくわ』

男『あぁ、助かる』
744 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:30:14.28 ID:GEaWwL4j0
叢雲『夕張』

課長が長屋に戻るのを見届けてから夕張に話をする。

夕張『はいはい?』

叢雲『仕掛けたやつ、まだ機能してるわよね』

夕張『え゛、そりゃ勿論、してるけど』

叢雲『今すぐ聞きに行くわよ』

夕張『…了解』

確信がある。きっと課長は彼女に連絡する。


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部屋に戻り電源を入れ画面を開く。

秋雲「んぁ?もー夜ぅ?」

男「昼間だアホ」

秋雲「うっわほんとだ、何々何の用?」

男「緋色の件だ」

秋雲「…何があったの」
745 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:31:41.38 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ふぅん。なるなる」

男「どう思う」

秋雲「課長は私の時と同じだって思ったんでしょ?」

男「あぁ」

秋雲「どうだろうね。モデルケースが私だけだし、今回の件もまだ詳しい原因がわかってないし。ただ感覚っていうか、ただの勘だけど私の時とは少し違う気もするかなって」

男「なんでだ?」

秋雲「勘だよ?でも、艦って沈もうが陸に打ち上げられようが真っ二つになろうが、艦は艦でしょ」

男「叢雲とは逆の見解だな」

秋雲「現役バリバリの叢雲とは感覚が違うのは仕方ないっしょ。本人にとっては沈んだりしたらそれで終わりなんだから」

男「立場の違いか。確かに、俺が叢雲って艦に乗っていたらそうだろうな。でも第三者であるならたとえ水底だろうとそれは叢雲って艦に変わりないと思う、か」

秋雲「そんなわけで秋雲さんとしては、まあ予断を許さない状態ではあると思うけど同じには思えないわけ」

男「参考になったよ。助かる」

秋雲「ほんとにぃ?あんまり抱え込まないでよ」

男「本当だよ。随分楽になった」
746 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:32:52.55 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ならよし、とは思わないのでしーちゃんに連絡しときました」

男「は?」

秋雲「返事もう返ってきてんだよね。はっやーい」

男「はあ?」

秋雲「お、近日こっちに来るってさ」

男「…は?」

秋雲「マジか」

男「マジか」

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叢雲『…マジか』

夕張『なんて?』

叢雲『しーちゃんが近々こっち来るって』

夕張『マジか』

叢雲『いえ、ひとまずそれはいいわ。本来私達は知らないはずの情報だし。聞かなかったことにしましょう』

夕張『あーそっか。知ってたらバレちゃうものね』
747 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:34:26.82 ID:GEaWwL4j0
叢雲『問題は緋色の状態が秋雲と似ているって話よ』

夕張『転んだところが?』

叢雲『そういうニュアンスではなかったけれど、少なくとも確信できる点が一つあるわ』

夕張『えっと…秋雲も元は緋色ちゃんみたいに名無しの艦娘だったって事?』

叢雲『恐らくね。そしてその過程で今回のような事があった』

夕張『で結果として課長さんの部下?しかもどっかから通信って。他の鎮守府にいるとか?』

叢雲『それは少し考えにくいわね。聞く限りいつでも連絡とれるみたいだし、事務所みたいなところにいる風だけど』

夕張『でも基本的に艦娘って鎮守府以外での所持って認められてないわよね』

叢雲『しーちゃんのところみたいな例があるから考えられなくはないわ。それに上層部と繋がりがあるならどうにでもできるって前にも言ったじゃない』

夕張『うわぁ一気にきな臭くなってきたわね』

叢雲『ただ…』

夕張『ただ?』

叢雲『やっぱり緋色を助けたいって姿勢に嘘はなさそうなのよね。根本的にお人よしよ彼』

夕張『それはわかる。ロリコンね』

叢雲『そこには一応同意しないでおくわ』
748 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:35:18.16 ID:GEaWwL4j0
課長の話を信じるならこれまで数度名無しの艦娘に会っていることになる。

そして緋色のようなケースは初めてだとも。

名前の判明した艦娘は当然その艦隊にそのまま所属しているはず。

現に緋色も艦隊に溶け込めるようにしようとしている。

なのに秋雲だけ部下?どうして、何処に?

同じケースってどういうこと?

課長を怪しいとは思わない。ただただ不思議で、謎だ。

叢雲『しばらくは様子見するしかないわね』

夕張『情報が少なすぎるものねぇ。とりあえずは緋色ちゃんなんとかしないと』

叢雲『艤装はどうだった?』

夕張『オールグリーン。なーんにもなし。むしろ出力は上がってたくらい』

叢雲『そう…名前が見つからないと、どうなるのかしらね』

夕張『さぁ。本来なるはずだった誰かになれないのかもしれないわね』

叢雲『そうね』

それだけじゃない。

もしかしたら、艦娘ですらなくなってしまうのかもしれない。

少なくとも私は"叢雲"でなくなったら自分を保てる自身はない。
749 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:39:12.83 ID:GEaWwL4j0
気がつけば夏も終わりそうで

艦娘ってどうやって浮いてるんでしょうみたいな話。
海上では十数メートルの波なんて当たり前ですけれど、
艦娘はどう対処しているんでしょうね。
あまり上手い考えは出てきませんでした。
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 02:03:00.17 ID:ueVK6dbAo
久々乙 多分だけど、鎮守府を出るくらいまでは飛沫で濡れたりしながら航行してるけど、戦術目標の海域自体が現実の『海』じゃなくて
『海』という名の異界であるし、アニメとかでもそうだけど浮いてるんじゃなくて『飛んでる』んじゃないかと
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 10:58:02.10 ID:jBvTsGm+0
乙乙舞ってた
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/09/01(木) 00:42:41.11 ID:sBJ3zub10
スパイクタンパク単体で心臓やその他臓器に悪影響を及ぼすことがわかっています

何故一旦停止しないのですか

何故CDCが接種による若い人の心筋炎を認めているのに情報発信がないのですか
20代はたった1ヶ月で接種後死亡がコロナ死と同等になってます
因果関係の調査は?
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/08(木) 17:01:01.31 ID:pnMFxpla0
クソ待ってた 面白い
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/13(火) 03:12:54.35 ID:RunMN67GO
この軽妙な掛け合いとサスペンス色がたまらん…
755 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:24:34.88 ID:WbElbDnF0
>>750
この考え方好きです
756 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:26:33.45 ID:WbElbDnF0
緋色は誰とでも仲良くなれた。

最初のころの人見知りはどこへやら。

あれから数日、毎日初対面の艦娘に会いながらもすぐに打ち解けた。

緋色『よろしくお願いします。赤城』

赤城『えぇ、よろしくお願いします』

飛龍『相変わらず最初は呼び捨てよね』ヒソヒソ

男『分かっていてもちょっとびっくりするよな』ヒソヒソ

慣れてくるとさん付けだったりちゃん付だったりになるんだが、なぜか最初は呼び捨てになる。

まだ艦娘という意識の薄い彼女からすれば駆逐艦も正規空母も等しく艦娘という括りでしかないということなのだろうか。

まあ実際難しい所ではあるよな。

船という意味では皆俺よりはるかに昔に生きていた年上と言えるし、

艦娘としては少なくともここの鎮守府じゃ俺より年上の艦娘はいないだろうし。

噂じゃ大戦初期から現役のままでいる百歳近い艦娘もいるらしいが。

何にせよ呼び方は相手の容姿や雰囲気次第になるものな。

だけどそんな事は問題じゃない。

緋色は作戦終了からずっと航行がうまくいかないままだった。
757 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:27:56.77 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「どうも浮けないってわけじゃないみたいなのよね」

男「というと?」

二日間、航行不能の原因を探ろうと訓練に付き合ってくれた叢雲が言った。

叢雲「本当に艦娘としての力がないなら、それこそあなたと同じで足を海面につけた途端ドボンでしょ?」

男「そりゃそうか。浮力自体はあると」

叢雲「浮いている以上艦娘としての特性がなくなってるわけじゃないと思うのよ。ただ航行だけがうまくいかない。ただそれが制御できてない。発散している、いえ反転してる?何とも言い難いけど」

男「そんな事ってあるのか?」

叢雲「人間だって怪我や病気で上手く走れない事はあっても勝手に変な方向に走り出しちゃうなんて事にはならないでしょ。わけが分からないわよ」

こと技術の話となると俺には判断のしようがないが、叢雲がそういうのなら本当に分からないのだろう。
758 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:30:10.18 ID:WbElbDnF0
男『海が怖いか?』

訓練終わりの緋色にそう聞いてみた。

緋色『怖くはないわ。そりゃ、夜の海はちょっと怖いけど、それだけよ』

確かに航行訓練自体を嫌がったりはしなかった。だから余計に分からない。

明石に頼んでいた様々な種類の単装砲、連装砲レプリカでの練習も特に変わらなく続けていた。

それでも彼女は一向に変わらなかった。

変わらないだけならまだいいかもしれない。

何時アレが起きるかわからない。

自分では何もできない現状が歯がゆくて仕方なかった。

緋色『ごめんなさい』

男『どうした急に』

緋色『私、その、落ちこぼれでしょう?』

男『うーん、そうだな』

緋色『はっきり言われた!?』

男『事実だしな』

緋色『うぅ…』

男『でも謝る事じゃない。皆が皆優秀ってことはないんだ。やる気があるなら手は貸すよ」

緋色『本当?』

男『本当だよ。緋色は頑張ってるじゃないか』

緋色『えぇ、そうね。頑張ってる。頑張ってるわ』

そうだ。緋色は積極的に訓練をしている。本人の意思の問題とは思えない。

なら一体何が原因なんだろうか。
759 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:31:10.68 ID:WbElbDnF0
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提督「おぉこれが例のレプリカか」

男『気をつけろよ。迂闊に撃つと眼鏡割れるぞ』

提督「そんなに反動強いのかい?」

緋色『すっごいわよ。私何度もおでこ打ったもの』

作戦終了以降、提督もよく緋色と顔を合わせるようになった。

暇なんだそうだ。それもどうかとおもうが。

緋色『司令官はどれか好きなのある?』

提督「砲の違いとかはよく分からないんだよねぇ。強いて言えば大口径が好きだね」

金剛『私の35.6p砲撃ってみますカ?』

提督「全身の骨粉々になりそうだね」

緋色『私も!私も撃ってみたい!』

男『乗せるだけで沈みそうだな』

提督「ははは、重いものね金剛は」

金剛『テートクゥ…』

提督「え」

緋色『今のはデリカシーがないと思います』

提督「あれ」

男『ノーコメントで』

特別なことなど何もないように思えた。

鎮守府にいる普通の艦娘のように皆と過ごしている。

そう思えた。

でもこれは半分、あるいはそれ以下だ。

彼女たちにとって海こそが居場所であり、そこに緋色はまだ一歩も踏み入れていないのだ。
760 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:32:12.49 ID:WbElbDnF0
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そんなある日、唐突に執務室に呼ばれた。

男「え」

いつの間にかすっかり慣れてしまった執務室の扉を開けると、そこには二人の人物がいた。

机を挟んで置かれた二つのソファに向かい合うようにして。

提督「やぁ」

しーちゃん「ども」


男「…え?」
761 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:33:05.10 ID:WbElbDnF0
男「何故いる」

提督「僕もそれを何度も聞いてるんだけど、答えてくれなくてね…」

しーちゃん「まあまあ、とりあえず座っちゃってください」

男「…」

言いたいことは色々あるが確かにこのままでは埒が明かない。

俺は提督の隣に
しーちゃん「え!」
男「え?」
提督「ん?」

しーちゃん「え、そっち座るんですか?」

男「え、ダメなのか?」

しーちゃん「課長さんは私側の人だと思っていたのに!」ガックリ

男「この状況下で相対するべきはどう考えてもお前だよ」

提督「ははは」

反応に困った提督から乾いた笑いが漏れた。
762 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:10.28 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「そうそう、どうですか今日の私」

男「ん?」

言われて改めてしーちゃんを見る。

別に何も、

男「あ、夏服か」

暑い時期に会うのは別段これが初めてという訳では無いが、思い出してみるとこれまで彼女が夏服を身につけていることは無かった。

しーちゃん「一応制服ですからね、いつもの。なのであれ一種類で済ましていたんですけれど、いい機会があったので夏服作っちゃいました」

提督「へぇ、制服だったのか」

しーちゃん「ロゴ入りなんですよ〜。ほら、これも。ちょっと分かりにくいですけど」

男「いいんじゃないか。他の娘も喜ぶだろ」

しーちゃん「いえ、これ着るのは私だけです」

男「は?」

しーちゃん「艦娘は扱いが違いますからね。後皆自由にしてもらってますから」

提督「それ制服の必要性ないのでは」

しーちゃん「一応ですよ一応。それに予算使って好きにデザインできますからね。役得役得」

男「職権乱用もいいとこじゃねぇか…」

別に今回に限ったことじゃないが。
763 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:50.66 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「で!どうですかこれ?」

男「流行とかオシャレはよく分からんが、似合ってると思うぞ。元々短髪でサッパリしたイメージがあるし、髪色も合わせて、上手く言えんが夏らしくていいと思う」

始めてみるのにそんな気がしないのは街中で見かける学生のような格好だからだろう。

こいつが着ていると全く違和感がない。言わないけど。

子ども扱いするなとか文句を言われそうだし。

しーちゃん「…こういうとこ意外としっかりしてますよねこの人」

提督「それ僕に振るのかい?」

しーちゃん「まあいいでしょう。本題は以上です」

男「待て、本題と言ったか?今本題と言ったか?」

しーちゃん「これ課長さんにもお土産です。おまんじゅう」

男「ついで感覚で鎮守府入れるのはお前くらいだよ…」

提督「おいしかったよそれ」

男「もう食べてんのかよ」
764 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:36:01.44 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ご安心を。話したいことが無いわけじゃありません。ほら、もう少しで選挙あるじゃないですか」

提督「あぁ、そういう話かい」

男「つっても別に何処にって程関心はないんだよなぁ。そりゃ投票は行くけどさ」

しーちゃん「いやそんな凡俗の民草みたいな話題がしたい訳ではなくてですね」

男「お前は何処ぞの王様か何かか」

いや、よく考えたら今この場にいる二人って一応どちらも組織の長なんだよな。王様というのは別に間違いということもないか。

しーちゃん「なのでその確認というか、今回は使者みたいなものですね私」

提督「僕の方は変わらずだよ」

しーちゃん「規制派から何か来たりしてます?」

提督「全く。こんな小さな鎮守府に用はないだろうしね」

しーちゃん「今回ばかりはそんなこともないと思いますよ〜」

男「待ってくれ、何の話だ」

しーちゃん「…課長さん一応元政界関係者でしょう。どれだけ艦娘に現を抜かしていたらそんなに鈍くなるんですか」

男「言い方…」
765 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:37:18.54 ID:WbElbDnF0
提督「政界関係者?」

男「えっと、これ言っていいのか?」

しーちゃん「いいんじゃないですか?元ですし」

男「別にそんな大した話じゃない。政治家の下っ端をやってたってだけの話だ」

提督「へぇ。それがまたどうして今の仕事に、なんてのは僕も同じか。艦娘に関わる人は妙な縁が多いからね」

男「そんなところだよ」

しーちゃん「…あれ?なにやら随分と親しい感じになりましたね」

提督「ちょっとした飲み仲間になりまして」

男「似た立場だもんな」

しーちゃん「へぇ、いいですねぇ。そういうのは大事ですよ。そういうのは」

男「それはいいって。で一体何の話なんだ」

しーちゃん「軍といえど国民の理解が必要な時代です。幸運にも近海の戦況は徐々に落ち着いてきており、不幸にも国民は非常事態が続いている状況を忘れつつあります」

提督「船の護衛ですら民間からは大袈裟だなんて声が出始めているくらいなんだ」

しーちゃん「そんな中世論の中心は艦娘に人権は必要か、という点で盛り上がってるんですよ」

男「そういや前にあk、部下からそんな話を聞いたな」
766 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:08.69 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「政治家もここぞとばかりに色々な意見を出していますが、なにせ世論も三つ巴四つ巴と意見が大いに割れてますからねぇ。この観点で何処に票が集まるか誰も読めない状況なんですよ」

提督「軍としても国民の支持は欲しい。けどどういったスタンスが正しいかわからない状況なんだ。それに元々艦娘の扱いをどうするべきかは内部でも意見が割れていた。今回の事でそれが表面化しているんだ」

しーちゃん「ざっくり人権派と兵器派で派閥ができてまして。私は元帥殿から派閥の鎮守府に使者としてお使いに来てるんです」

男「この間の作戦。やけに世間にへの発表が早かったのは政治的アピール込だったってことか」

しーちゃん「そんな感じです」

提督「面倒な話だよねぇ」

男「でも艦娘の扱いについてこうして議論が起きるのはお前としては望むところじゃないのか?」

しーちゃん「さてどうでしょうね。私としては彼女たちの行く先は彼女たち自身に決めて欲しいというのが望みですから」

提督「嬉しくはないんですか?」

しーちゃん「結局のところ外野が好きかって言ってるだけじゃないですか。悪いとまでは言わないですけど」

男「そんな面倒な話になっているのなら、あそこから離れて正解だったかもな」

しーちゃん「課長さんはどこからかお誘いとか来ていないんですか?」

男「幸運なことにこっちの世界じゃ知り合いが少なくてな」

しーちゃん「ぼっち」

男「隙を見ては刺してくるのやめろ」
767 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:48.70 ID:WbElbDnF0
提督「貴方のいる三課はこういう時政治的なアピールに向いているのでは?」

しーちゃん「向いてますよ。ただ私達はあくまで軍の広報です。軍内で意見が割れている以上どちらかに偏った広報はできません。こっちの立場が危うくなるので」

男「何もしないと?」

しーちゃん「まさか。でも色々と工夫しないといけない立場なんですよ」

提督「大変ですね」

しーちゃん「そりゃもう、私も彼女達も戦場が海でないだけで戦いに変わりはないですからね」

提督「なるほど」
768 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:39:19.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろお暇しますかね」

提督「もうですか?」

しーちゃん「ついでに寄っただけですから」

男「だからついでで鎮守府来るなよ…」

しーちゃん「あ、せっかくなので緋色ちゃんに会ってもいいですか?」

提督「僕は構いませんけれど」

男「問題ないよ」

しーちゃん「では。またふらっと来ることもあると思うのでその時はよろしくお願いします」

提督「できれば事前に連絡くださいね」

しーちゃん「失礼しまーす」

社会人として当然の提案を流れるようにスルーして部屋を出ていきやがった。

苦笑する提督を部屋に残し俺もしーちゃんの後を追う。
769 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:41:47.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「今緋色ちゃんは?」

男「部屋にいるよ」

しーちゃん「では一度男さんのお部屋にお邪魔しても?」

男「あぁ」

緋色の部屋の一歩手前。早くも二か月近く滞在していることになる俺の部屋の扉を開ける。

しーちゃん「おぉ相変わらず異様な光景ですねこれ」

男「目立つからなぁ」

部屋の中央に鎮座する黒い物体は異様と言われればそ通りでしかない。

しーちゃん「あ、秋雲さん喋っても大丈夫ですよ」

秋雲「マジ?しっかししーちゃん相変わらず行動が早いねぇ」

しーちゃん「元々ここには来る予定だったのでタイミングが良かったんですよ」

男「それで、なんの話だ」

しーちゃん「緋色ちゃん、あまり状態が良くないとか」

男「かもしれないって話だよ」

秋雲「それは十分に危険な状態ってことでしょ」

しーちゃん「この件について私はあまり言及できる事はありません。お二人の方が詳しいですからね」
770 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:43:41.97 ID:WbElbDnF0
男「でももし、緋色が"緋色"になってしまうとしたら?」

しーちゃん「さて、状況が違うのでなんとも」

秋雲「ん?どゆこと?」

しーちゃん「現状最悪なのは秋雲さんと同じパターンになる事でしょう。でも現状維持も問題です。もし他に名無しの、例えば戦艦クラスなんかが現れたら優先度はそちらの方が高いですからね」

男「その場合緋色は」

しーちゃん「研究対象として何処かに、というのがオチでしょうね」

秋雲「それはそれでサイアクだね」

しーちゃん「そもそもそうならないため、名無しの艦娘を保護するというのが課長さんの役割でもありますから」

秋雲「え!そうなの!?」

男「まぁ、一応な。鎮守府に所属できない名無しは管理するルールがなかった。だから連中好き勝手出来たんだよ。勿論それも決して無駄なことじゃないんだろうが、やっぱり艦娘は艦娘であるべきだ」

しーちゃん「佐世保のおじさまと元帥のバックアップで調査員なるものができたんですよ」

秋雲「えー私初めて聞いたんですけどぉ!」

男「別にいいじゃねぇか」

秋雲「良くなぁい!そういう話全然してくれないじゃんかぁ。佐世保のってあの狸爺でしょ?何時そんな大物と知り合ったのよ」
771 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:44:21.86 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ひょっとして私の話もしてないんですか?」

男「…うん」

秋雲「秘密なんじゃないのそれ?」

しーちゃん「私は別にいいですよ?」

秋雲「うわ課長の一存かよぉ!」

しーちゃん「あ、話すときは男さんが話してくださいね。私からは言いませんから」

秋雲「ほらほら〜白状しちまったほうが楽になるぜぇ」

男「その話は後だ後!しーちゃん、お前のところで緋色を預かるってのはできないのか」

しーちゃん「最終的な手段としては、まあアリではありますね。あまりお勧めはしませんけど」

男「なぜ」

しーちゃん「彼女の場合も上手くいくなんてのは希望的観測が過ぎるからですよ」

男「…そりゃそうか」
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