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【艦これ】神風「最初の一人」
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402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/08/23(日) 11:36:36.99 ID:Lrqaf7xzo
お疲れ様でした…本当に……
二次創作の腕の見せ所ですよね>艦娘同士の呼称問題
公式はあるとはいえ全て網羅している訳ではないですし
個人的には姉妹艦の場合をあれこれ考えるの好き
403 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:46:53.22 ID:PYziUX8s0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
例の映像見た翌日。
私は朝餉の後に長屋に寄ってみた。
叢雲『あら?』
緋色の部屋を扉の覗き穴から見てみるとどうやら一人だけのようだった。
何やら真剣に机の上のプリントと向き合っている。
隣の部屋の前に移動して控えめにノックをする。
『どうぞ〜』
すっかり聞き慣れた声に許可を貰いドアを開ける。
404 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:47:35.72 ID:PYziUX8s0
男「叢雲か。どうした?」
叢雲「緋色、今何やってるの?」
男「問題集、法律のな。記憶力の方は心配ないが状況判断は慣れが必要だからな」
叢雲「なるほどね…」
男は自室のベットでタブレットを操作していた。ベットの隅にはスマホ。
そしてベットの向かいに例の箱が鎮座している。
男「…気になるか?」
叢雲「嫌でも目に入るでしょこれは。異質よ異質。ま、床が抜けてないようで安心したわ」ヤレヤレ
男「それに関しては俺も安心したよ。といってもある日突然って可能性は捨てきれないが」
叢雲「その場合は何処に請求したらいいのかしら」
男「んー、個人で弁償かなぁ」
適当に話題を逸らす。この箱の存在を気にしていると悟られるわけにはいかない。もっとも今どうこうするつもりは無いけれど。
405 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:48:06.98 ID:PYziUX8s0
叢雲「…緋色の部屋に居なくていいの?」
男「あ、あぁ。解いてる途中だからな、邪魔しちゃ悪いだろ」
叢雲「そ」
彼はそう言ってタブレットに視線を戻す。まるで何かから逃げるように。
昨日から、昨日からだ。昨晩の報告会の時から彼は変だった。何処か逃げ腰というか及び腰だった。
まるで初めて深海棲艦(ヤツら)と対峙した新兵のように。
盗撮がバレた?いやそうは見えないわね。もう少し注意深く観察する必要がある。
叢雲「緋色の航行の件だけど、午後からで問題ないそうよ。準備は出来てるって」
男「そうか。良かった」
とてもほっとしたという顔をする。
叢雲「実際やってどうなるかは出たとこ勝負になるけれど」
406 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:48:37.33 ID:PYziUX8s0
男「そこは仕方ないさ。それで教官というか、指導役は誰が?」
叢雲「私よ」
男「叢雲が?」
叢雲「あら、不満なの?」
男「まさか。ただそこまで時間を割いてもらえるとは思わなくてな」
叢雲「今日は秘書艦休みなの。だから業務は午後の緋色指導一つだけってわけ」
男「そういや交代制だって言ってたな。代わりは誰が?」
叢雲「加賀」
男「ほう…」
何か反応が硬いわね。会ったことないのだから当然か。
407 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:49:13.73 ID:PYziUX8s0
叢雲「さてと、緋色の部屋に行ってもいい?」
男「構わないが、何か用なのか?」
叢雲「気になったから顔を見たいだけ」
男「それでも助かるよ。せっかくの休暇に悪いな」
叢雲「忙しい秘書艦を休むってだけで私は休みじゃないわよ。あの娘の様子を見るのも立派な仕事だしね」
男「なら、ほい」チャリ
あっさりと私に鍵を渡してきた。
男「頼んだよ。と言っても試験中だから邪魔はするなよ。後…一時間ちょいで終わるからそしたら俺も行く」
叢雲「ええ、まかせなさい。それと、最後にひとついい?」
男「ん?」
叢雲「なんで寝ながらやってるの」
男「筋肉痛がな…」
罰が悪そうにそっぽを向く。いつかの司令官と同じような反応ね…
408 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:49:46.19 ID:PYziUX8s0
部屋を出て隣の扉に鍵をさす。
しかし妙ね。何かあったのかしら。
最初に何か慌てたように"緋色の邪魔になるから"とか言ってたくせに私が部屋に行くと言ったらあっさりと承諾した。
一体どういうつもりなのやら。
叢雲『お邪魔するわよ』ガチャ
緋色『おはよ〜先生』
完全に先生で定着してしまった。別にいいのだけど。
緋色『今日はなんの用で?』
叢雲『何もないわよ。ちょっと様子を見に来ただけ』
緋色『あら、そうなの…』
叢雲『なんでそこで残念そうな顔するのよ』
緋色『えっと、お勉強サボれるかなぁって思って』
叢雲『ダァメよ。試験中なんでしょ?集中なさい』
緋色『はぁい』
409 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:50:21.61 ID:PYziUX8s0
緋色『ねぇ先生』
叢雲『何?』
緋色のベットに腰掛け端末で文面を考えていると緋色が話しかけてきた。
緋色『課長さんには会った?』
叢雲『えぇ。隣で作業してたわよ。筋肉痛とか言ってたわ』
緋色『他には?』
叢雲『特に何も』
緋色『そぅ…』
不満そうな声を漏らしつつもテストに戻る。
この娘も気づいているのだろう。今日の彼が少しいつもと違う事に。
考えすぎ、なのだろうか。気分が悪いとか、筋肉痛のせいとか、そんなことかもしれない。
何にせよ今日は午後の事に集中すべきだろう。
410 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:50:59.46 ID:PYziUX8s0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
緋色『終わったぁ!』
叢雲『お疲れ様。課長呼んでくるわね』
緋色『いいわよそこまでしなくても。扉の方で声を出せば気づくわ』
叢雲『私もそろそろ戻るもの。ついでよついで』
緋色『ありがとう。ならお言葉に甘えるわ』
叢雲『あら、何リラックスしてるのよ』
緋色『へ?』
叢雲『試験時間はまだ15分あるわよね』
緋色『え゛知ってたの』
叢雲『見直しする事。基本よ』
緋色『はぁぃ…』
不満げに頬を膨らませるピンク玉。
いずれこの娘と並んで海に出る日も来るのだろう。そう思うと生まれたばかりの妹のようで、いっそう愛おしく思えた。
叢雲『頑張って』
ピンク玉の頭を撫でて部屋を出た。
411 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:51:29.63 ID:PYziUX8s0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
時刻はヒトサンマルマル。
昼食を食べた後だった。
緋色『ほら、早く行きましょう』
男『!』パッ
俺の手を掴もうとして伸ばされた緋色の手から思わず腕を引いてしまった。
緋色『…課長さん?』
不満げに、不安そうにこちらを見上げる。無理もない。緋色からすれば全く意味のわからない行動だろう。
だけど、だけれど俺は、これ以上緋色に触れるべきじゃないんだ。
男『なんでもないよ。行こう』
昼食を終えてすぐ、叢雲に指定された場所に向かう。
食べてすぐ運動というのは身体に良くないと言うが今回運動するのは俺でなく緋色だ。艦娘であれば大丈夫だろう。
412 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:52:12.67 ID:PYziUX8s0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲『集合時間五分前。流石ね』
緋色『えっへん』ドヤサ
鎮守府には港と呼ばれる艦娘達が帰投、出撃する為の設備がある。役割としては港だがそこは艦娘、実際の港とは異なる機能を持つ。
そんな港から工廠を挟んだ鎮守府内で海に面した箇所としては一番端にある場所。そこが集合地点だった。
叢雲『さて、おおまかな説明は予め聞いていると思うけれど改めて説明するわよ』
緋色『はい先生』ビシッ
叢雲『今日は教官よ』
緋色『はい教官』ビシッ
カラッと晴れた青空と並ぶ穏やかな海を背にして立つ叢雲とその前に敬礼をして立つ緋色。
身長にさほど差がないのですごく微笑ましく見える、とは口が裂けても言えない。
しかし叢雲の横にあるのはなんだ?布で覆われているがこれが今回使う艤装なのだろうか。
それにしては大きい。
叢雲『まず二人に紹介するわ。今回の協力者』
などと考えていると叢雲の言葉を合図に布がバッと飛んでいく。
413 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:52:52.77 ID:PYziUX8s0
夕張『そう!この夕張よ!!』シュバ
緋色『』ポカーン
叢雲『…』
男『…なんだこれ』
叢雲『どうしてもこれやりたいって』
男『あぁそう』
夕張『あ、あれぇ…なんか反応が芳しくないぞ〜…』
布の下から出てきたのは軽巡夕張だった。オレンジのネクタイに灰色のスカート、見ていて心配になるほど露出したお腹。改二だろうか。
目の前にピンクと水色と緑色の三色が並んだ。
夕張『え〜というわけで兵装実験軽巡夕張。よろしくね』
緋色『あ、はい、よろしくお願いします』
飛龍、江風と来てだんだんと慣れてきたのか意外とあっさり夕張と握手する緋色。いい事なんだろうけどあんまり慣れて欲しくない気もする
。
男『ん?そっちは?』
夕張の後ろに何かがあった。
叢雲『夕張、ここからの説明はアナタに任せるわ』
夕張『ラジャりました』
414 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:53:42.96 ID:PYziUX8s0
夕張『さてさて、事前に説明があったと思うけど今回緋色ちゃんには艦娘としての航行をしてもらいます』
そう言って後ろにあったそれを持ち上げた。
夕張『そしてこれが!今回の訓練の要である艤装です!』
緋色『これが、艤装…』
男『吹雪型の物か。ん、でもなんかちゃっちいな』
夕張『さっすが課長さんよく分かってるぅ。これは訓練用に簡略化された物なんです。最低限の機能だけを有してます。普通の艤装を車とするならこれはゴーカートってとこですかね』
緋色『わざわざ私の為に?』
夕張『いやいや、チューニングはしてあるけどこれ自体は元々ある物なのよ。艦娘にも最初上手く航行出来ないって娘はたまにいるから』
男『そうなのか。知らなかった』
夕張『特に問題になることも無いですからね。一ヶ月もかからずマスターできるんで現場に居なきゃ知らないのも仕方ないですよ』
現場の悩みか。
艦娘はその特殊性からマニュアル化し辛い場面が多く、現場に判断が委ねられる場合が殆どになる。
きっとこういった問題は他にも沢山あるんだろうな。
415 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:54:31.39 ID:PYziUX8s0
夕張『それじゃさっそく装着しちゃいましょう』
緋色『は、はい』
叢雲『大丈夫よ。艤装って言ってもホントに訓練用の簡素な物だから。リュックを背負うようなもんよ』
夕張『じゃあまずはこれを肩に背負ってー、そうそう。サイズもぴったしね。後は腰にこれを』
緋色『付けるもの多いのね』
夕張『装備する訳じゃなくて背負うだけだもの。安全対策として色々あるのよ』
叢雲『どう?キツかったり緩かったりしない?』
緋色『んー多分丁度、かしら』
夕張『あ、叢雲。結局FRCは何色にするの?』
叢雲『青でいいんじゃない。モクは切ってある?』
夕張『バッチリよ。DCと補助だけ』
叢雲『ハタハタ付いたままだけど』
夕張『え、私付ける派』
叢雲『えそうだったの?ん〜まいっか』
緋色『???』
緋色が助けを求めるような目で俺を見つめてくる。
すまん。俺も専門用語はサッパリなんだ。
416 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:55:01.97 ID:PYziUX8s0
叢雲『よしOK。行きましょ』
緋色『うん、じゃない。はい!』
叢雲に手を引かれて階段へ向かう。どうやらそのまま海まで伸びているらしい。
緋色は慣れない背中の艤装で少し歩きづらそうだ。
男『ああして艤装を背負うとちゃんと艦娘なんだと再認識できるな』
夕張『私達の半身みたいなものですからね、艤装は』
半身。その通りだろうな。
だから今の緋色は本来の半分以下の存在でしかないわけだ。
夕張『課長さんって艤装の事どれくらい分かります?』
男『姿形程度なら。さっきみたいな実際の機能や中身になるとサッパリだ』
夕張『あら、調査員というからてっきりお詳しいのかと』
男『詳しい所は部下に任せたりしてるからな。名前を探すだけなら見た目で十分だったし。少なくとも今までは』
417 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:55:38.95 ID:PYziUX8s0
夕張『そっかぁ残念』
男『なんでだ?』
夕張『外の技術者と話す機会って中々ないんで、詳しい人だったらなぁと勝手に期待してまして』
男『その手の知識も覚えようとはしてるんだがな。如何せん実際に触れたりしない立場だと中々難しくてな』
夕張『興味があるなら色々と教えましょうか?マニュアルとかありますし』
男『そんなのあるのか?』
夕張『近年鎮守府はどんどん増えてますからね。古参の鎮守府のデータをまとめてマニュアル化する事で全体の効率や戦力の向上を図ってるんですよ』
男『現場も進化してるんだなあ』
夕張『いつまでも私達相手に分からん分からんじゃこの先もたないですからね。ちなみに発案は件の東京の英雄みたいですよ』
男『あぁ、まあそうだろうな』
夕張『凄いですよねぇあの人。若くてイケメン!しかもスケートもできるとか』
男『それは初めて聞いたな』
夕張『流石に最後のは眉唾ものですけど』
418 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:56:14.07 ID:PYziUX8s0
夕張『ところで緋色ちゃんの近くにいなくてもいいんですか?』
男『それは、ほら、これは艦娘としての訓練だからな。俺じゃなく鎮守府の仲間とやるってのが大事なんだ』
夕張『ふむ、それもそうですね』
嘘じゃない。その通りだ。
緋色に必要なのは鎮守府であり同じ艦娘であり、提督という存在だ。
俺であっちゃダメなんだ。
夕張『あ、そろそろですね』
男『あぁ』
海の方へ近寄る。階段を下りずに緋色達を見下ろす形で。
叢雲は先に階段を降りそのまま海に浮かんだようだ。
緋色はそんな叢雲の両手を握り今まさに階段を一歩下へ、つまり海面に足をつけようとしていた。
緊張で身を強ばらせている緋色に叢雲が優しく何かを話している。
両手を握りリードする叢雲とへっぴり腰で足を踏み出す緋色の二人を見て昔スケートをしたことを思い出す。
あの時もああやって先生に滑り方を教わったなぁ。
419 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:56:44.77 ID:PYziUX8s0
緋色が海へと足を入れた。
チャプンと、そんな水溜りに足を踏み出したような音を想像してしまう程あっさりと彼女は浮いた。
当然のように。そしてやはりそれは当然なのだろう。
夕張『…めっちゃりきんでますよ?』
男『え?』
言われて気づいた。いつの間に手をぎゅっと握り締めていた。全身の力が少しづつ抜けていく。
夕張『心配でした?』ニヤリ
夕張が何か嬉しそうにこちらを見てくる。
男『まあ、そりゃな』
夕張『大丈夫ですよ〜。沈んだりしませんって』
男『分かっていてももし浮く事が出来なかったらと考えちまうんだよ』
緋色は叢雲に引っ張られてゆっくりと階段から離れていく。
僅かとはいえ揺れる海面と背中の艤装でバランスが中々取れないのか始終フラフラしていた。
420 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:57:17.89 ID:PYziUX8s0
夕張『課長さん、叢雲が今何をしているかって分かります?』
男『何って、緋色を引っ張ってる?』
夕張『どうやって?』
男『…後ろ向きで?』
夕張『じゃあその後退がどれくらい凄いことか知ってます?』
男『?』
夕張『ふっふ〜ん分からないですよねそうですよねぇ』
物凄く得意げな顔をされた。
夕張『技術担当として、緋色ちゃんにも関わることですし一度しっかり説明致しましょう』
男『お、おう』
しかし後退?よく分からんな。
421 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:58:10.36 ID:PYziUX8s0
夕張『先程言った通り艦娘にも航行訓練があります。そのレベル0。初歩が前身になります』
男『ん、浮くことじゃないのか?』
夕張『浮くのは艦娘としては技術とかではなく特性に近いですね。艤装なしでも浮く事は出来ますよ』
男『そうなのか!?』
夕張『むしろ意識しないと海に潜れないくらいですからね。そして次に停止。その次は左右に、面舵取り舵って奴です』
男『教習所を思い出すな』
夕張『あー確かに基本的には同じかもですね』
男『あれ、自分で言っておいてなんなんだが教習所分かるのか』
夕張『フォークリフトとか色々乗れるんで私』ドヤァ
男『免許とか取れるのか鎮守府』
夕張『あぁいえ一般道なんかとは別扱いなので正式に免許はないけど乗ってます。一応他所で他の艦娘に習いはしましたけど』
男『そういう事か。ま、制度を待ってる余裕はないわな』
夕張『だから非公式扱いなんですよねぇ。戦争中だっていうのに、周りの目を気にする程度には危機感が薄れてきたようで』
夕張を見て改めて理解する、その意識の差。人と艦娘との間にある壁を。それはきっとこうして積み重なっていったものなのだろう。
男『…そう悪いことばかりじゃないさ』
422 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 00:58:46.56 ID:PYziUX8s0
夕張『おおっと話が逸れましたね。基本的な移動が終わると次は動きながらの攻撃と回避になります』
男『ちなみに潜水艦は?』
夕張『あーーー……』
すげぇ難しい顔をされた。それ聞く?みたいな。
夕張『ここまで出来れば基本的に艦隊の動きには付いてこれるのでチュートリアルクリアって感じですね。後は精度の問題なので鍛錬あるのみです。最終的には急加速急停止が目標ですかね』
男『そうか』
スルーされた。別にいいけど。
夕張『さてここからが艦娘としての本領発揮と言うところです』
男『艦娘の本領?』
夕張『ここからは難易度丙ってとこですね。まずはスケート航行。スケートと同じ要領で両足を交互に動かします。次にステップ。足首だけ動かして細かく右に左に動きます。最後にターン。左右どちらかの足を軸にクルッと回ります』
男『それが本領なのか?』
夕張『はい。船には出来なくて私達には出来る動きですから』
男『そういう事か』
423 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:00:10.41 ID:PYziUX8s0
船はその仕組みと海上という条件ゆえに動きが大仰にならざるを得ない。しかし艦娘は違う。推進力を止まったまま生み出せるという一点を除けばスケートと同じくらい自由に動けるのだ。
夕張『丙では左右で違う動きをする事が目標です。ターンは片足停止、片足前進か後退が必要なので1番難易度が高いですね』
男『しかし丙でそれか。乙は想像つかないな』
夕張『乙は上半身の動きですね。下半身はどうしても動きが制限されるのでその状態で上半身のどう使うかが大切なんです』
男『具体的にはどんな訓練を?』
夕張『ボクシングなんかでやるあの、天井から高吊り下げられたヤツを避けるみたいなのとか、バッティングなんかを海上でとかですかね』
男『地に足を付けずに野球か。一気に難易度が上がった気がするな』
夕張『最後に受け身です。衝撃で体制を崩してもしっかり受身が取れれば戦闘は継続できます。これが出来ないとダメージは少なかったのに倒れた影響で艤装が破損なんて事になりますから、耐久面が大きく変わります』
男『そこに関しては本来の船より難しくなっているわけか』
夕張『そうですね。船なら例え駆逐艦でもまさか転んで大破なんてことにはなりませんから。それも含めて耐久面は私達結構もろいです』
424 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:00:59.09 ID:PYziUX8s0
夕張『最後に甲です。ただ難易度にかなり差があります。一番簡単なのはジャンプ。中くらいで後退。横にスライド移動なんかもヤバめですね。聞いた話だと逆立ちしながら航行できる訳の分からない娘もいるとか。ジャンプ以外はもう才能とかの域になってきますね』
男『ジャンプは分かるが、やはりその中だと後退が難しいってのがよく分からないな。それ自体は船も出来るだろ』
夕張『ただ下がるだけなら練習すれば誰でも出来ます。叢雲がやってるのはそういうレベルじゃないんですよ。アレはもう後ろ向きで前進してるのと変わりません』
叢雲を見る。まるでスーツケースでも引っ張るかのように緋色と手を繋いだまま水上をゆるりと後ろ向きのままに進む。
どうやら少し楽しくなってきたらしい緋色から笑顔が見えた。
夕張『あんな風に誰かを引っ張りながら後退ってのも凄く難しいんですよ。まして戦闘中でも出来るのは、それだけの経験と訓練を重ねた者だけです』
男『…艦娘ってのは、やっぱ凄いもんなんだよなぁ』
夕張『船も艦載機も本来人が許されていない領域を行く為のモノですから。どちらも常に自然から試され続けているようなもんです』
男『その言い方は随分としっくりくる』
425 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:01:40.93 ID:PYziUX8s0
夕張『ちなみに足をぴたっと揃えて直立したままクルクル回れる艦娘は基本練度が頭おかしい人達です、なんて言う話がありますね』
男『叢雲は出来るのか?』
夕張『さすがに無理だそうです。にしても課長さん、意外とこの手の話は知らないんですね』
男『戦闘関係の話はあまりな。その手の話はあまり部外者に知られたくないって鎮守府も多い』
夕張『え、なんでですか?課長さん関係者じゃないですか』
男『軍としてじゃないよ。鎮守府にとって、その鎮守府以外の奴は部外者だ。自分達の戦力を知られたくない事情は、まあ想像できなくもない』
夕張『…うわぁ』
男『そんな顔するなよ』
夕張『こんな大変な時に余計事ばっかだなぁって。でも…叢雲や提督も、そういう事あったりするのかな』
男『どうだろうな』
426 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:02:07.45 ID:PYziUX8s0
夕張『あ、始まった』
男『何が?』
夕張『はい、どうぞ』
男『ワイヤレスイヤホン?』
夕張『緋色ちゃんの艤装に通信機が付いてるんですけど、そのマイクだけONにしてあるんです。これで会話聞けますよ』
男『それは盗聴なんじゃ』
夕張『技術担当として艤装の音を披露必要がありまして〜』
男『モニタリングしろよ』
夕張『じゃあ私作業に戻るので。そこの工廠に居ますから何かあれば呼んでください』
男『おい技術担当』
本当に行っちまった…嘘だろ。
実際この位の訓練なら何も無いのだろうけれど、それにしたってなぁ。
427 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:02:34.72 ID:PYziUX8s0
緋色達を見てみると丁度叢雲が手を離した時だった。
それを眺めながらイヤホンを耳にさした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲『いい?転びそうになっても手をついたりしようとしちゃダメ。ここでは"そういう感覚"を捨てなきゃいけないの』
緋色『は、はい』
揺れているのは身体だけじゃなくて声もだった。叢雲から手を離され一人で海に立っている状況が不安で仕方ないようだ。
叢雲『木になったイメージね。足から根が伸びて結びついているイメージ。例え揺れてもある程度なら足さえ海面に付けていれば倒れはしないわ』
緋色『足に根っこ、足に根っこ…』
叢雲『はい後ろで腕を組んで!』
緋色『はい!』ガシ
叢雲『えいっ』
叢雲が緋色のおでこを軽く突いた。
緋色『ヒッ!?』
グラりと緋色の身体が後ろに倒れかける、が。
緋色『…あれ?』
後ろで腕を組みバランスの取れない状況にも関わらず緋色の身体は後ろに倒れることなくただ押された分だけスーッと後ろに下がっただけだった。
叢雲『ね?倒れないでしょ』
緋色『ホントだ…』
428 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:03:37.66 ID:PYziUX8s0
叢雲『で、今どんな感覚だった?』
緋色『どんなって言われると…うーん、波になった、みたいな、感じ?』
叢雲『へぇ、よしよし。じゃあ次は進み方ね』
緋色『はい!』
叢雲『今の姿勢のまま私に腕を伸ばしてみて』
緋色『こう?』
叢雲『ええ、そのまま』
そう言って叢雲も手を伸ばす。しかし二人の間には人一人分程の距離がある。
叢雲『もうちょいね』
叢雲が少し前に出る。
叢雲『もう少し腕を伸ばして』
緋色『ん〜!んっ!』グッ
叢雲『もう少し、もう少し"前に"』
緋色『ん゜っ!あ、届いた!!』
叢雲『はい合格』
緋色『へ?』
緋色の右手が叢雲の右手をぎゅっと掴んだ。緋色が前に出ることによって。
429 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:04:32.55 ID:PYziUX8s0
叢雲『ほら、こっちよ』
再び叢雲が緋色の手を離して後退する。
緋色『…』
緋色は離れていく叢雲に対して再び手を伸ばして、そして少しづつ進んでいく。
緋色『はっ!進んでる、私進んでる!!』
叢雲『次はちょっと曲がってもらおうかしら。ゆっくりよ。焦らずに』
緋色『はいっ!』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
楽しそうに笑っている。
海の世界で。
艦娘の世界で。
俺はイヤホンをそっと外して暫く二隻の姿を眺めていた。
430 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/09/22(火) 01:10:54.83 ID:PYziUX8s0
生きてます
艦これACは一度やったことがあるのであるのですが、改めて艦娘ってすごい動きしてるなと思いました。
ああいった動きも練度に入るのでしょう。
艦娘ならではの訓練は色々考えられて面白いです。
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/22(火) 01:28:56.24 ID:UWNkFLmDO
おつです
叢雲さん教え方上手…まさに先生
海の上に立ってると言うよりは生えてるイメージなんだねぇ
432 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/09/22(火) 03:02:37.41 ID:xD1Ah5k5o
乙
>東京の英雄
>スケート
これニヤリとした
「浮く」は特性なんですね、ここでも種族としての違いを気付かされる
夕張さん?情報収集してます?
433 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/22(木) 19:11:45.19 ID:P5GaQQ3Ko
そろそろ一ヶ月
434 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:41:13.55 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
緋色が艤装での航行が可能と分かった日から最初の三日間は叢雲が付きっきりで指導をしてくれていた。
叢雲『はいチェック』
緋色『ベルトよし、よし、よし。ランプABよし。えっと、無線チェックよし』
叢雲『はいストップ。煙突のチェックが先ー』
緋色『あ』
叢雲『もう一回最初から』
緋色『は〜い』
夕張『あの艤装、訓練用だから細々してますけど実際の確認項目は半分もないんですよ』
男『出撃時もああしてチェックしてるのか?』
夕張『それは勿論。緊急時以外は入念に。戦闘でなく整備不良や確認不足で戦闘不能とか笑えませんからね』
男『それもそうだ』
夕張『私達の敵は深海棲艦だけじゃないですから。今じゃ当たり前のように行き来してますけど、油断してるとあっという間に飲み込まれちゃいますから。海に』
男『実際あったりするのか?』
夕張『ウチではまだないですね。モノホンの船と違って私達は航行不能になっても船に乗っけてもらったりおぶってもらったりできるので戦闘以外での轟沈は中々聞かないですし』
435 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:41:52.31 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
江風『いよっす』ガチャ
部屋の扉が開けられ江風の顔がひょっこりと現れた。
緋色『江風!どうしたの?』
江風『にっひひぃ。何を隠そう今日の教官は私なのさ!』
緋色『…江風が?』
江風『え、何、そこ疑問に思う所か?』
夕立『私もいるっぽい〜』
緋色『ぽい?』
江風『紹介するぜ!教官その二、夕立だ!』
夕立『よろしくね、新人さん』
緋色『はい、よろしくお願いします』
江風『あ〜そンなに固くなくてもいいって』
緋色『そう?』
夕立『でもこういうのハッキリしとくのが大切だって川内さんも言ってたっぽい』
江風『ん〜〜』
男『昼食はもう食べ終わっているし、緋色がいいならもう行ってもいいぞ』
緋色『ホント!?なら早速行くわよ!』
夕立『おぉ凄い気合い』
江風『ヤル気があるのはいい事だ。よっし行くぜ!』
三人が慌ただしく部屋を出ていく。
436 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:42:22.01 ID:vgJpznfL0
叢雲の指導により最低限の航行が可能と判断された次の日。
訓練に合わせて他の艦娘達と接触させていく事になった。
陸にいる時より海にいる時の方が船の記憶を思い出すきっかけになりやすいかもしれない。それが俺の考えだった。
教官として接触させる案は提督や叢雲も賛成だったため翌日に即決行となった。
緋色の方も海を進むのが楽しいのか訓練には実に積極的だ。まるで新しい遊びを覚えた子供のように。
男「居なくなると静かなもんだな」
まだ提督達には言っていない。だが大切な事だ。
ああして艦娘に囲まれて、同じ艦娘として、同じ鎮守府の仲間として過ごす事が如何に大切か。
437 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:43:57.04 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
吹雪『という事で今日は私が教官を務めます!』
緋色『よろしくお願いします吹雪教官』
吹雪『はぅ…』
男『え?』
吹雪『あ、すいません。なんというかその…』
緋色『?』キョトン
吹雪『…緋色ちゃん』
緋色『はい』
吹雪『一回お姉ちゃんって言ってもらってもいい?』
緋色『…お姉ちゃん?』
吹雪『あ゛あ゛あ゛!』ガバッ
緋色『キャッ!?』
吹雪『こんな妹が欲しかったぁぁ!』スリスリ
男『…』パシャッ
吹雪『え、今撮りました?今撮りましたよね??』
後で叢雲に送っておこう。
438 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:44:54.41 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『どうだった?今日の訓練は』
緋色『雪風はね、とても分かりにくかったわ…』
男『え、そうなのか』
緋色『言っていることはとても正しいのよ。でも、その、言い方が分かりにくいというか、感覚的というか…』
男『あーそういうタイプか』
緋色『一度分かってしまえば直ぐにクルッて回れたの。でもそこに気づくまでが長くって』
男『でもしっかりコツを理解出来たんだから緋色も頑張ってるじゃないか』
緋色『そ、そお?そうね、そうよ!』ドヤ
439 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:45:28.55 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
陽炎『今日は私が教官よ。よろしく』
緋色『よろしくお願いします』
男『そちらは?昨日の話では陽炎だけだって』
不知火『陽炎に任せるとどんなスパルタになるか分からないので補佐として来ました、不知火です』
陽炎『ちょっと!人聞きの悪い事言わないでくれる』
緋色『そちらは?』
黒潮『不知火に任せとるとあらぬ方向に行ってしまいそうやと思うてなぁ、ウチも補佐やで〜』
不知火『不知火に落ち度でも?』
陽炎『え、私へのフォローとかないの黒潮。あらぬ疑いかけられてるんだけど』
黒潮『それは事実やし』
不知火『それは事実なので』
陽炎『ぐはっ』
緋色『この場合はどうすればいいの?』ヒソヒソ
男『俺が知りたい…』ヒソヒソ
440 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:45:59.17 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
長波『今日は私が教官役』
緋色『はい』
長波『のはずだったんだけどなぁ』
男『梅雨入りしたしなぁ』
緋色『雨天中止なの?』
長波『そりゃあウチらは雨ニモマケズ風ニモマケズだけど、まだ訓練中だろ?』
緋色『これくらいの雨なら大丈夫!よ、多分、大丈夫?』
長波『ほほぉヤル気たっぷりで不安も十分か。よっしなら決行だ!雨天時の航行の事も教えとかなきゃだし』
緋色『りょうかい!』
441 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:46:38.86 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
午前は座学。午後は航行訓練という流れで毎日色々な駆逐艦達と触れ合ってもらった。
勿論駆逐艦だけではないし、場所も海だけではない。
川内『はーい休憩。十分間ね』
緋色『は〜い…』
場所は長屋の横にあるグラウンドのような場所。
緋色が背負っていたリュックを外しその場にへたり込む。
登山家なんかが背負っていそうな普通のものより二回りほど大きなそれは緋色の小さな体も相まってもはやリュックとは思えない存在感があった。
しかしあれは決して重い訳では無い。実際に中身も確認した。
あの中にあるのは容器だ。リュックにギリギリ入るほどの大きな容器。そこに水が2L入っている。例え緋色でも背負う分には軽い重さだろう。
男『一ついいか?』
川内『…なんでしょうか』
男『この訓練ってどういう意味があるんだ?』
442 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:47:23.42 ID:vgJpznfL0
川内『…』
川内は俺の方を一切見ず何かを考え込んでいる。
何か。
俺の質問への答えではないだろう。この場合彼女が悩むのは恐らく俺に答えてもいいのかどうか、だろう。
川内『バランスの訓練ですよ』
男『バランス?』
相変わらずこちらを一瞥すらしないがそれでも質問には答えてくれた。
川内『私達の艤装には様々な種類がありますけれど、軽巡や特に駆逐艦は基本的に背中に背負う形のものが多いです』
男『確かにそうだな。背負うか、腰に装着くらいか』
川内『ええ。別に重くはありません、艦娘からすれば。ただ背中にある程度の重量を背負うことによる重心の変化や運動エネルギーの変化は大きいです』
説明は分かるがいまいちピンと来なかった。あの重さをものともしないという前提が人間には想像しにくい。
443 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:48:28.89 ID:vgJpznfL0
川内『バランスは私達にとって死活問題です。なんせ崩れれば転覆ですからね。そのための訓練がこれです』
川内がグラウンドに置かれたリュックを指さす。
川内『大きな容器に水が入ってます。重さは大した事は無いですけど動くと揺れます。この揺れは自身の運動に大きな影響を与えます』
こちらは想像しやすい。水の入ったバケツを持って急ごうとすれば水は揺れそれに身体が引っ張られる。
川内『実際の艤装のバランスはもっと細かくてそれぞれに特徴があるんですけど、今回は大まかな動きになれてもらうためにこういう形にしたんです』
男『なるほど。納得だ』
川内『本当なら海上でやるんですけどね。流石にそれは早そうなので』
緋色は艦娘としての力は殆ど発揮出来ていない様だがそれでも人間より遥かに丈夫だ。
その緋色が今し方リュックを背負い川内とキャッチボールをしただけであれ程疲れている。一体どれだけの負荷がかかっているのだろう。
川内『…やってみます?』
男『…遠慮しておこう』
きっとまた全身筋肉痛になること間違いなしだ。
444 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:49:15.67 ID:vgJpznfL0
パシャリ、と後ろで音がした。
シャッター音だ。それも実際にシャッターが閉まった音ではなく記号としてのシャッター音。つまるところスマホなんかの音だ。
『あやっべ』
川内『ちょっと、何撮ってるのよ』
江風『たははーバレちった』
夕立『江風ドジっぽい』
江風『録画停止ボタンと位置が近すぎるンだよこれ』
長屋の廊下の窓から二人が顔を出す。シャッター音は江風の手にある端末からのものらしい。
川内『別に撮るほどのものはないからねー』
江風『いやいやいや、貴重なものがありますって』
夕立『超激レアよ激レア!』
激レア?なんだろうか、緋色の訓練?
江夕『『敬語の川内さん!!』』
川内『え!そこ!?』
江風『じゃあウチらはこれで〜』
川内『待てぇい!!あ、休憩ちょっと追加ねー』ダッ
445 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:50:28.54 ID:vgJpznfL0
男『追っかけてっちゃったよ…』
改二の服装で全力ダッシュする川内はまさに忍者だ。
緋色『お水飲んできてもいいかしら』
いつの間にか立ち上がっていた緋色が俺の傍に来ていた。
男『あの分じゃ一悶着ありそうだしいいんじゃないか』
緋色『ならそうするわ』
男『あれ、そんなにきついのか?』
緋色『重くはないのよ。でもあやつり人形みたいに背中があっちこっち向いて大変なの』
そう言って腰を振って見せる。
緋色『そうだ!課長さんもやってみたらどうかしら!』
男『それは遠慮させてくれ』
緋色『えー疲れるけど結構楽しいのよ?』
その疲れるの度合いが艦娘とは桁違いなんだよ。
やっぱ緋色もしっかり艦娘だな。
446 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:51:04.18 ID:vgJpznfL0
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男『静かだ』
ベットに寝転んだまま冊子を閉じ自室の天井を見上げる。
緋色が訓練を行う午後はこうして時間が空くことが多くなってきた。
初めこそ興味もあって彼女達の訓練を見学してはいたがあまりいつもお邪魔する訳にも行かない。こうなるのも必然というわけだ。
とはいえ別に暇を持て余している訳ではない。この時間だって仕事なのだ。有意義な事に使わなければならない。
端末を取り出して時間を見る。待ち合わせまで後二十分。少し早いが一応向かうとしよう。
447 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:51:36.11 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
空母寮。
艦娘の中でもとりわけ異色な艦種である空母はその特異性から他と違いこうして専用の施設がある事が殆どだ。
今日はその寮の裏手で約束があった。
飛龍から借りていた艦載機のマニュアルを返さなくてはならないのだ。
勿論実在の艦載機ではなく艦娘達の操る艦載機の方だ。これまでの戦闘記録からその特徴や飛行のコツ、弱点等が事細かに記載された冊子は分からないなりに非常に面白かった。
借りる際飛龍は『別に返さなくてもいいわよ?なんならPDFであるし』と言っていたが流石に俺がこれを持っていても仕方ないのでしっかりと返す事にした。
約束の十分前。五分前行動をするようなやつには見えないという偏見があるがさてどうだろうか。
448 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:52:16.71 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『冗談だろ』
約束の時間から既に三十分が経過した。
流石におかしいだろ。何かあったのか?
男『いや、不思議という程でもないか』
例えば直前に護衛や警戒任務で海に出ていたとして、そこで何かあれば帰投が遅くなるのは当たり前の事だ。
別に戦闘にならなくても近くに深海棲艦がいれば迂回したり安全の為に停止したりすることもある。
海の上なら通学途中の女子大生のようにメッセージで遅れる旨を伝えるなんて事が出来るはずもない。
何にせよ今は無事を祈ってやるくらいしか、
男『ん?』
449 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:53:00.10 ID:vgJpznfL0
二階建てのコテージのような作りの空母寮。裏手に当たるここは各部屋の窓があるだけで特に変わったものはなかった。
そんな寮の壁に背を預け何気なく空を見ると、それは飛んでいた。
二機の艦載機だ。鎮守府のすぐ近くを飛んでいた。
何故こんな所に?しかも二機だけ。
警報などもないし特に危険という訳では無いのだろうが。
縦横無尽に空を掛ける二機を暫く眺め、そしてようやく理解した。
演習だ。
マニュアルにもあったな。艦隊演習ではなく一機だけを操る飛行訓練。
青とオレンジの二機が幾度も空で交差する。
どうやら空中戦、所謂ドッグファイトをしているようだった。
450 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:53:45.25 ID:vgJpznfL0
眺めているとなんとなく二機の違いがわかってきた。
オレンジはともかく暴れている。獲物を前にした猛獣のようにひたすら青に食らいついていく。
一方青は冷静だ。最低限の動きで猛攻を躱している。
だが二機の本質は恐らく逆だ。
青は一度躱し攻めに転じると途端に動きが激しくなる。獰猛と言ってもいいようなそんな何かが感じられる。
オレンジは躱されると途端に動きが鋭くなる。それまでの激しさが嘘のように、自分に食いついてきた相手を冷静に狩るような雰囲気があった。
『わかるの?』
男『オフォア!?』ビクッ
右後ろから急に声がした。空に夢中になっていたので驚いて妙な声が出る。
不思議な声だった。
右耳に入ったそれは確かに声だったがしかし気づかなければそのまま左耳から出ていって何も残る事がなく消えていく、そんなそよ風の様な声だった。
少し心を落ち着けてから振り向く。
451 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:54:42.67 ID:vgJpznfL0
その少女は一階の窓の縁に組んだ両腕を乗せそれを枕に空を見つめていた。
セミロングで太陽の光を内側で反射するような薄く透き通った茶髪。紅白の鉢巻でまとめられた少し長めの前髪がいくらか暖簾のように顔にかかっている。オレンジに近い瞳は俺ではなく空に向けられていた。
純白の弓道着が彼女のその存在の薄さを際立たせているようにも思えた。
男『…』
軽空母瑞鳳、だよな。知識としては合っていると思うのだが空母は実際に目にした事がない艦娘が多い。先程の衝撃もあって確証が持てなかった。
こうして目線の高さが一緒になってはいるが瑞鳳という艦娘の背丈は随分と小さかったはずである。
瑞鳳『アレ、見えるの?』
相変わらず俺の方を見ずに質問を続ける。
だがいつかの川内とは違うように思えた。
川内は、いや川内に限らず俺と一線を引いている者は多い。嫌いという感情だけでなく深入りはしないという意識からそうするのだろう。それは別に珍しくもない。
だが彼女は違う。そう確信できた。きっと瑞鳳にとって俺と目を合わせることと空を見つめることに大差は無いのだ。
もし瑞鳳がこちらを向いていたとしても恐らくその目は今空を見つめるオレンジの瞳と同じ、焦点の合わないぼんやりとした形になっていただろう。
何故だかそう思えた。不思議とそう感じた。
452 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:55:15.64 ID:vgJpznfL0
男『オレンジと青だろう?さっきからあれを見ていたんだ。演習かい?』
瑞鳳『…ふーん、そっかぁ。そうね、演習よ』
男『初めて見るよ。こういうのは』
瑞鳳『青が烈風、オレンジが紫電改二』
男『えっと、艦上戦闘機だよな』
瑞鳳『そ。オススメは零式の三二型』
男『艦載機には疎くてな』
瑞鳳『お好みは?』
男『強いて言うなら水上機かなぁ』
瑞鳳『そっち派かぁ』
…
沈黙が訪れる。
なんだ、何だこの状況?
明日の天気を気にする乙女のように空を見上げる瑞鳳とそれに並んで壁にもたれかかりながら空を見上げる俺。
別に何も問題は無いはずなのにこの沈黙が妙にきまずい。上司に呼び出された上に目の前で無言だった時と同じくら緊張してしまう。
453 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:55:53.38 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『普段はしないのよ、ああいう演習は。艦載機の訓練ならもっと他にあるもの』
男『これに載ってたよ。俺には少し難しかったから流し読みだったが』
瑞鳳『それは?』
ここで初めて瑞鳳が俺の事を見た。相変わらずぶれたままのオレンジの瞳が光るその小さな顔は無表情だった。
男『飛龍から借りたんだ。こういう知識はいつか役に立つかもと思ってな』
瑞鳳『あー指南書。勉強熱心ね』
男『仕事だからな』
瑞鳳『うそ』
男『…本当だよ』
瑞鳳『ふーん』
瑞鳳がまた空を見上げる。
再びの沈黙。
454 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:56:24.34 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『どうしてここに?』
男『飛龍と約束しててな。これを返しに来たんだが一向に現れなくて』
瑞鳳『そうね。まだ飛んでるもの』
男『あぁ、ん?飛んでる、ってまさかあの艦載機…』
瑞鳳『オレンジが蒼龍、青が飛龍よ』
男『色逆なのか…でも演習があるならそう言ってくれれば』
瑞鳳『二人とも熱くなってるだけよ。たまにああしてずっと二人で飛び回ってるの』
男『つまり俺はすっかり忘れられてるだけか』
瑞鳳『そ』
瑞鳳に習って俺も空を見上げる。
青の方から煙が出ていた。決着はもう少しで着きそうだ。
455 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:57:08.91 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『それ、私が預る?』
男『ん?』
瑞鳳『あの分じゃいつ戻ってくるか分からないもの』
男『そうか、そうだな。そうしてくれるならありがたい』
瑞鳳『なら』スッ
組んでいた腕を解き右手をこちらに伸ばしてくる。
飛行機の翼に纏う飛行機雲のような振袖が腕のラインをくっきりと露わにしていた。細くて、そして思ったよりも長い腕だった。
男『頼んだよ、瑞鳳』
マニュアルを手渡す。しかし何故か瑞鳳はそれを掴まなかった。
456 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:57:38.86 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『…』
男『?』
瑞鳳『もう一回』
男『え』
瑞鳳『もう一回言って』
なんで?言う、何を言う?頼み方か?頼み方がダメだった?
男『えっと、お願いします』
瑞鳳『そうじゃなくて』
何がそうじゃないんだ。表情が読み取れない。怒ってはいないようだが。
男『頼みます、瑞鳳、さん?』
瑞鳳『…』
え、怖い。パワハラ上司か?無表情による圧が凄い。
心臓がすげぇバクバク言ってる。
瑞鳳『ありがと』パッ
しかし瑞鳳はそう言うとマニュアルを受け取り素早く顔を引っ込めてしまった。
背中を目で追うことも呼び止める事も出来たがしなかった。勝手に部屋を覗くのも悪いし。
それに
457 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:58:58.43 ID:vgJpznfL0
男『いい匂いだったな』
いや、この言い方は違うな。表現が違う。というかマズい。変態か俺は。
そういうのではなく、なんだろう、空気というか、雰囲気だろうか。
いなくなって初めて気づいた。彼女が漂わせていた空気。
どこか落ち着くような、それでいて心臓の鼓動が高鳴るような。表現に困るが、その懐かしさだけははっきり覚えていた。
俺が艦娘に憧れるようになったきっかけ。かつて同じような体験をして、俺は艦娘に惹かれたんだ。
これに触れたくて、憧れたんだ。提督に。
458 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 04:59:36.89 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
秋雲「なんかあったの?」
画面の向こうから秋雲が問いかけてくる。
俺の画面には資料しか映っていないが秋雲はこのPCのカメラから俺の表情を見ているようだ。
こちらも画面を切り替えれば今秋雲がどんな表情をしているかは見れるが、それをしたら負けな気がした。
男「何も無かったよ。ただ会って少し話しただけだ」
部屋に戻って俺は瑞鳳の資料を漁った。空母に関する知識が足りないと感じたのと、単純に気になって仕方なかったからだ。言わないけど。
秋雲「でもめっちゃ乙女な顔してるよ?」
男「…なんだよ乙女って。馬鹿にしてんのか」
秋雲「おちょくってはいるけどね〜。でも質問はマジよ」
男「だから別に何も」
と言いかけたところで廊下から音がした。
何時もの騒音が。
男「一旦切るぞ」
秋雲「あいは〜い」
459 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:00:08.82 ID:vgJpznfL0
『課長ッ!!』
スリープボタンを押したところで扉のノブに思い切り負荷がかかった音がした。
壊れたろこれはと思ったがどうやら無事だったようだ。
PCのスリープを確認してからドアを開ける。
案の定ヤツがいた。
飛龍『生きてる!?』
男『とりあえず一旦落ち着け?な?』
滅茶苦茶焦っているらしい飛龍を前に逆に冷静になって来た。何やってんだこいつ。
460 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:00:45.88 ID:vgJpznfL0
男『で、何があったんだ』
飛龍『何があったというか、何も無くて良かったというか』
男『意味がわからん。それよりも俺に言う事があるんじやないか?』
飛龍『言う事?えっと、ドア壊しかけてごめん?』
男『それは叢雲に言え。そっちじゃなくて、今日は随分と熱心に演習してたらしいじゃないか』
飛龍『あ゛、あはは〜』
男『別にそれは構わないんだが、せめて事前に言ってくれ』
飛龍『ごめんごめん今度埋め合わせするからぁ。ってそうじゃなくて!』
男『おう?』
飛龍『課長、瑞鳳に会ったってホント!?』
男『ホントだが、瑞鳳からマニュアル受け取ったろ?』
飛龍『それで!何もされなかった!?』
男『はあ?別に何も無かったが』
なんだ?何か危険な事だったのか?瑞鳳という艦娘にそんな危険性があるようなデータはなかったが。
461 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:01:20.91 ID:vgJpznfL0
男『一体なんの話をしてるんだ』
飛龍『んーっと。課長はさ、私達空母が艦娘の中でも特殊だってのは知ってるわよね』
男『あぁ、艦載機だろ?』
艦娘は不思議な力を持っている。不思議な力としか言いようがないくらいの力を。
それは例えば海に浮くだとか推進力、爆発力や耐久力だとか艤装の操作だとか、様々な物理法則を無視する物だ。
しかしその力にも制限がある。そのひとつに自身にしか力を使えないというものがある。
艦娘はどうしたって俺を海に浮かせることは出来ないのだ。
だが艦載機に関しては少しは違う。明確に船とは別の物でありながら操ることが出来る。艤装のようにどこからともなく取り出すことが出来る。視界の共有が出来る。
そして艦載機を搭載できる艦娘自体は数多くいるがその中でもそれに特化した空母という艦種は特殊なのだ。
男『宿舎なんかが離れているのもそうだと聞いてる』
飛龍『流石にそこら辺は知ってるか。話が早いっ』
462 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:01:58.91 ID:vgJpznfL0
飛龍『私達空母はね、なんてゆーかこう、第六感?的な?そういう外向きな力というかさ、そーゆーのが大なり小なりあるわけよ』
男『第六感か。艦娘の中でもそういう認識なんだな』
飛龍『まあね。私達からしたら当たり前なんだけど、他の娘達からしたらこっちが変だって言われるわけよ』
男『それが何か関係してるのか?』
飛龍『このシックスセンスね、個人差があるのよ。と言ってとこれの強さは艦娘としての強さには直接関係なくて。ボクサーが幽霊見えてもしょうがないでしょ?』
男『そりゃ確かにな。後なんでシックスセンスって言い替えた』
飛龍『カッコイイから。で、このシックスセンスなんだけどづほちゃんすっごく強いのよ!』
男『…ほう』
飛龍『なんて言うかなぁ。見えてる世界が違うのかなぁ?普段は別に何も感じないんだけど、ふと目を合わせて話してる時に気付くのよ。
あ、この娘と私は見えてるものが違うって。
目を合わせてるはずなのに目が合ってないというか…ごめん意味わかんないねこれ』
男『いや、分かるよ』
まるで自分の事のように。
飛龍『そう?づほちゃん自身は別に人間を好きでも嫌いでもないって感じなんだけど、そういうわけのわからない所があるからさ。なんか人を取って食ったりしそうというか』
男『おいおいいくら何でもそりゃないだろ』
飛龍『それは分かってるけど!けど、本当に分からないのよ、あの娘』
463 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:02:29.66 ID:vgJpznfL0
男『この通り何も無かったよ』
飛龍『だからまあ私の杞憂に終わったってことね』
男『そんなに心配だったのか』
飛龍『なんでかね。直感が告げて、シックスセンスが告げてたのよ!』
男『第六感でいいと思うんだけどなぁ』
心配か。この場合心配だったのは俺ではなく瑞鳳の方なのだろう。
飛龍『まあいっか。マニュアルありがとね』
男『心配なら瑞鳳に直接聞いてみればいいんじゃないか?』
飛龍『えー聞にくいじゃーん。私が何を心配してるのかとか多分伝わんないし。一応それとなく話はしてみるけど』
男『それもそうか。あ、ドアはそっと閉めろよ』
飛龍『分かってるって』
464 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:04:33.56 ID:vgJpznfL0
男『そういや演習は結局飛龍の負けだったのか?』
飛龍『え!なんで分かったの!?』
男『瑞鳳が教えてくれたよ。青が飛龍だってな』
飛龍『うわめっちゃ恥ずかしい…でも通算なら私勝ち越してるから!強いから!』
男『なら次やる時は観戦させてもらおうかな』
飛龍『よぉうし特訓だ!てわけで私は、ん?青って?』
な
男『艦載機だよ。青が飛龍でオレンジが蒼龍だって。青は最後らへん煙噴いてたからな』
飛龍『あーづほちゃんが言ってたのか、だから色なんて。それじゃまた』
男『おう』
ドアをそっと閉めたあと廊下をダッシュしていく。この後特訓とやらをするのだろう。
465 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:05:15.44 ID:vgJpznfL0
秋雲「やっぱ何かあったんじゃん」
男「うわっ!あれ、スリープにしたはずじゃ」
秋雲「それはそっち側の画面操作を閉じてるだけで私の方は動かせるの」
男「そうだったのかよ」
秋雲「で、づほちゃんと何があったのかしらあ?」
男「話してただけだって。それは嘘じゃない。妙な雰囲気を感じたりはしたけど」
秋雲「それがシックスセンスってやつ?」
男「かもな」
秋雲「艦娘にも色々いるのねぇ」
男「まったくだ」
秋雲「…惚れた?」
男「お前らには惚れっぱなしだよ。昔からな」
秋雲「あはは、ヒューかっこいぃ」
男「そんなんじゃねえって」
466 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:05:53.43 ID:vgJpznfL0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲『はぁ』
間宮がやけに賑わっているので覗いてみるとどつやら賭けが行われていたようだった。
それ自体は別に咎める事では無かったのだけれど、問題はその賭けの対象だった。
演習。しかも蒼龍と飛龍の一騎討ち。
叢雲『まぁたやったわねあの二人』
今日の演習はあくまで艦載機を使った艦隊防空の訓練だった。しかしその後二人は勝手に試合を始めた。
弾薬ボーキ燃料。二人分など微々たるものだが許可なく使用するというのは問題だ。しかも前科…何犯だったかもう覚えてないわね。
皆も上空を飛びまわる予定にない一騎討ちを見てまたあの二人だと賭けを始めたらしい。
谷風『二人ならそのまま寮に戻ったよ。間違いないね。何せ賭けの結果を確かめる為に見に行ったもんだからさ』
嵐『落ち込んだ飛龍さんと満面の笑みの蒼龍さんが並んで歩いてたよ。語るに落ちるってやつだったな』
との証言が得られた。
というわけで空母寮。
叢雲『加賀がいたら巻き込んで説教してもらおうかしら』
常習犯を相手にどう切り込むかを考えながら入口の戸を開ける。
467 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:07:00.38 ID:vgJpznfL0
『本当なの!?』
叢雲『…あら』
『あ、叢雲』
それはあまりにも意外な光景だった。
いつも通りのふわふわとした様子でこちらを向く瑞鳳と、深刻な顔をして声を荒らげる加賀がいた。
加賀『ッ!…ごめんなさい、少し冷静ではありませんでした』
瑞鳳『それはいいけど、どうする?』
加賀『詳しくは後で聞くわ。それで叢雲、何か用かしら』
叢雲『用はあったんだけれどね。悪いけど優先順位が変わったわ。何かあったの?』
加賀はあまり感情を表に出さない、ということは無い。むしろめちゃくちゃ表に出る。顔には出ないけど。
だからこそ意外だった。
MVPを取って涼しい顔でステップを踏んでしまっている時も、ミスをして何食わぬ顔をしながら箸を動かす手が止まっている時も、仲間を傷つけられて澄まし顔で手にした弓をへし折らんばかりに握りしめている時も、
声を荒らげるなんてことは殆どなかった。
468 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:07:32.69 ID:vgJpznfL0
加賀『…』
瑞鳳『いいんじゃない?別に話しても』
あまりにも対称的な二人の反応に事の重大さを測りかねる。瑞鳳はこういう時でも本当にブレない。
加賀『…あの人間の話しよ』
課長。そう呼ばれている、あの男。人間嫌いな加賀が言うのだからよっぽどの事だろう。
叢雲『その話、ここで出来るかしら』
瑞鳳『あ!じゃあ私のお部屋来る?夕方まで私だけだし』
頭の中でスケジュールを漁る。そうだ、同室のメンバーは5:30まで護衛任務の予定だ。
叢雲『そうね』
加賀『お邪魔しましょう』
瑞鳳『じゃぁ先行ってて。私お茶とお菓子持っていくから』
叢雲『あー、うん、お願い』
完全に遊びに誘う感覚のようだけれど、大丈夫よね?これ、シリアスな話なのよね?
469 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/10/25(日) 05:10:48.94 ID:vgJpznfL0
無印瑞鳳の右手の振袖がクシャッとなってる感じが非常にえっち
決して初めて嫁を書くから色々悩んで一ヶ月も経ったとかじゃないんです本当です。
異色度で言えば潜水艦がぶっちぎりだと思いますが以前別のお話で触れたので今回は出てこないと思います。
470 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/25(日) 05:19:12.08 ID:XFsnfJgDO
おつおつ
なんか面白い展開になってきた
浮世離れづほってなんかいいな…
471 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/10/25(日) 13:20:08.95 ID:B9+e88VHo
乙でした
そこまでは見えないのかな本来は
課長さん、なんで提督やってないのだろう
472 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:04:41.07 ID:gL4z5twS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
瑞鳳の部屋は基本的にシンプルだ。生活に必要な最低限のものだけが置いてある。
ガラス張りの棚と艦載機の模型意外は。
加賀『あら、これは…』
加賀が作業机の上にあったものを眺めている。
叢雲『また新しい模型?』
加賀『スピットファイアね。MK.1かしら。こういうのはあまり詳しくはないのだけれど』
瑞鳳『お待たせー。あー!加賀さんそれ作り途中だからね!お触り厳禁です』
加賀『ふむ、これはなかなか。でも貴方にしては珍しいわね』
瑞鳳『脚はあんまり好きじゃないのよ。好きじゃないんだけどぉ、頭の部分が可愛くてぇ、つい』
加賀『あぁ、なるほど』
瑞鳳『オラついてるように見えて可愛い所もある感じがいいのよ!』
叢雲『はいストップー艦載機トーク終わりー』
砲塔や魚雷、電探など艦には様々な装備があるが艦載機程バラエティに富んだものは無い。
そのせいもあってか多くの空母は艦載機に対するこだわりというか並々ならぬ情熱を持っている。
473 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:06:26.30 ID:gL4z5twS0
叢雲『で、何があったわけ』
丸テーブルを三人で囲む。お茶とお菓子でいざ女子トークといった様相だが恐らくそんな話ではない。
加賀『叢雲がここに来た理由ですが、飛龍と蒼龍の件で合ってますよね』
叢雲『えぇ、その通りよ』
教科書に乗せられるくらい綺麗な正座をしてこちらを向く加賀は完全に仕事モードだ。
加賀『あの試合は私も見ていました。瑞鳳も見ていたそうですし、他にも多くの娘達が見ていたでしょう』
瑞鳳『ぅんぅん』モグモグ
一方綺麗に正座こそしているがお菓子を頬張りながら頷く瑞鳳はいつもと変わらない様子だ。まあこの娘はこうじゃない時が珍しいのだけれど。
加賀『それをあの人間も見ていたんです』
叢雲『課長が』
見ていた、という事自体はそれほど不思議なことではないはずだけれど。
474 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:08:20.86 ID:gL4z5twS0
瑞鳳『私はね、最初机で模型作ってたの。そしたら空が暖かかったからなんだろーって思ってそこの窓のとこにいったのよ』
叢雲『それはいつ頃?』
瑞鳳『ん〜時間はわかんない。でも多分二人が飛び始めた辺りよ。それで窓は開けてたから空を見てみようとしたらね、すぐ横に課長さんが居たの』
この部屋は一階の奥にある。もし外に誰か立っていたなら丁度窓の辺りに見えるだろう。
瑞鳳『まあ別にあの人に興味はなかったから無視するつもりだったのだけれど、近寄ってこう並んでみたらね、分かったのよ。あー見えてるんだなって。アンテナある感じだったもん』
叢雲『見えてる?艦載機の事?』
瑞鳳『そう、とも言うかな?青とかオレンジとか』
青にオレンジ?機体の色かしら。
ともかく課長も艦載機を見ていたって事よね。それほど高度は高くないはずだし別にそれも特に不思議な事ではないと思うけれど。
瑞鳳『それで話しかけてみたの。そしたら飛龍に借りた本を返しに来たって。だから私がその本を受け取って飛龍に返したの』
475 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:09:55.42 ID:gL4z5twS0
叢雲『それで、その。何が問題だったの?』
瑞鳳『ん?あの人にも見えてたってとこが』
叢雲『艦載機なら別に誰にでも見えるじゃない』
瑞鳳『ぅうん。見えてたのはそっちじゃなくて。なんて言うかなぁ、本来形の無い力の形を保つ為の構造力、構想力?あるいは指向性の存在しない意志を飛ばすための意志力かなぁ』
叢雲『!?』バッ
いっぱいいっぱいなので助けを求める為慌てて加賀の方を向く。
何もこれだけじゃない。空が暖かいとかアンテナがどうとか色々と理解の限界を超えてるのよさっきから!
加賀『…残念ながら瑞鳳の言っていることは全て本当です』
叢雲『う、嘘でしょ』
瑞鳳『本当だってばぁ!』プンスコ
加賀『ねぇ叢雲。今回の問題、私と瑞鳳の二人がという点でなにか思い当たりませんか?』
叢雲『二人…!』
そうだ。以前に
バタン
飛龍『づほちゃーんちょっと訓練のギャァアアア!!??』ビクッ
叢雲『あ』
問題児と目が合った。
飛龍『アディオス!』ピュー
叢雲『待てコラ!』
476 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:10:50.75 ID:gL4z5twS0
加賀『先に飛龍からでいいわよ』ハァ
瑞鳳『ひりゅーなんかしたの?』
加賀『勝手に試合』
瑞鳳『あ〜あれ無許可だったのかぁ』
叢雲『でも』
加賀『私達の話自体は先程ので全てですから』
叢雲『ま、急を要するのは確かに飛龍達のほうだけれど』
加賀『だから私からは一つだけ。あまりこういうことに私見を述べるのは良くないとは思いますが』
叢雲『構わないわよ』
加賀『あの人間は危険よ。悪意等の有無ではなく存在が、という意味で』
叢雲『…一応聞いておくわ』
瑞鳳『私も賛成』
加叢『『え』』
思わず声が重なってしまった。まさか瑞鳳が今の意見に同意するなんて。
瑞鳳『殆ど事故みたいな話だけど、やっぱり灯台がいくつもあるのは危ないと思うのよ。私は嫌いじゃないけどね』
叢雲『?』
加賀『そう』
あ、これフォローないやつね。
叢雲『じゃあ行ってくるわね。お菓子ありがとね』
瑞鳳『またね〜』ノシ
477 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:11:37.67 ID:gL4z5twS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
瑞鳳と加賀。
一見特に繋がりのない二人だが意外な共通点がある。
元は噂だった。
艦娘にも噂はある。
一応世間的には他の鎮守府の艦娘との交流はせいぜい演習くらいなもので基本的に各々自分の鎮守府からは出られないということになっている。
いるが、実際は違う。
護衛する船のいる港や遠征先、担当海域を超える際に護衛を他の艦隊に引き継ぐ時や海でたまたま遭遇する時。
他の鎮守府の艦娘と出会う時は頻繁ではないがそれほど珍しくもない。
そしてそんな時、本来業務的な連絡しかしない事になっているがまさかそれで終わるわけもなく、私達は貴重な交流をしているのだ。
478 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:12:44.16 ID:gL4z5twS0
噂は文字通り海を流れる。
護衛の際に会うのは比較的近い鎮守府の艦娘だが遠征や出撃時に出会う場合はかなり遠くの鎮守府の艦娘にも出会える。
そんな時私達は可能な限り話をする。
世界情勢や愚痴や趣味、そして色々な噂を。
私達にとってそれは最も刺激の強い娯楽と言える。
夕餉に他の艦娘と話したなんて娘がいようものならまるで尋問でもしているのかと言うほど皆集まり根掘り葉掘りその内容を聞いてくる。
そんな漂う噂にあったのだ。
数年前。"艦娘の、特に空母に特別不思議な感覚を持った者が稀にいる"という噂が。
確か最初に聞いた時は第六艦覚(ships sense)とかいうクソダサい名前があった気がする。ウチでは流行らなかったけど。
元々艦娘は不思議な存在。自分達ですらそう自覚している。だからこの噂は妙な信憑性がありそれがみんなの興味を引いた。
でも噂は一年も経たずにピタリと止んだ。
479 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:13:40.06 ID:gL4z5twS0
実在したからだ。
その広まった噂に、あぁ自分のコレはきっとその噂のモノと同じだと、そう名乗り出るものが次々現れたそうだ。
実在してしまっては噂も何も無い。
そしてそれこそがこの鎮守府では瑞鳳と加賀だった。
叢雲『これね』
廊下を歩きながら端末を操作する。以前加賀から提出された報告書だ。
一時はどうなる事かと思ったけれど日常生活にも戦闘にも寄与しないこの不思議な感覚にお偉方も「あー不思議だね。でも艦娘だしね」程度の反応しか示さず何も分からないまま今まで放置されている。
まあ今更不思議の一つや二つというのは確かにその通りだけれど。
"コレ"というのは大体が普通は感じないものを感じるという内容だった。
見えないものが見える。
感じられないものが感じられる。
それが、課長もそうだというの?
480 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:14:45.87 ID:gL4z5twS0
提督になれる条件のひとつは私達と話せるという事にある。
私達の声が聞こえて、私達に声が聞こえる。
司令官も普通に話していても艦娘にその言葉が伝わる。
でも課長は私達の声こそ聞こえているようだけれど、私達に聞こえる言葉は言うなればカタコトだ。
聞こえると言うよりどうにか聞こえるように話している感じ。そんな事が出来る人間は初めて見たけれど。
だから資質としては司令官の半分というか、中途半端な感じだと思っていた。
それでも普通の人間とは少し違うのだろうから何か見えるとかそういう事があっても不思議ではない、のだろうか。
叢雲『でも加賀の忠告なのよねぇ』
加賀の人間嫌いは相当なものだ。本人も私見と言っていたが実際それは入りまくりだろう。流石に気にし過ぎだとは思うけど。
ま、課長に対しては今まで通りそれなりに警戒って事で。
481 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:16:53.40 ID:gL4z5twS0
叢雲『ただいま〜』
提督「あぁお帰り」
叢雲『あら、珍しく忙しそうね』
提督「これだよ」
叢雲『深海棲艦…出たの?』
提督「お陰で航路変更やらなんやら」
叢雲『って事は予定組み直しかぁ』ガックリ
提督「何時でも出撃出来るようにもしとかなきゃだしね」
叢雲『飛龍にも話とかないと』
提督「そう言えばさっき艦載機が飛んでたけど、また飛龍達かい?」
叢雲『えぇまたよ、また』
提督「元気だねぇ。今回はどっちが勝ったんだい。僕にはどっちも同じような緑色の機体にしか見えないからね」
叢雲『あぁそれなら…司令官も見てたの?』
提督「うん。あ、いや、サボってたわけじゃなくてね」
叢雲『そうじゃなくて、何が見えたの!』
提督「え?だからなんか飛んでるなって。僕はほら、艦載機あんまり詳しくないからさ。違いとかこの距離じゃ分からないよ」
叢雲『そう…』
提督「?とりあえず民間船にはあらかた連絡したから問題は輸送船だね。こっちの方頼むよ」
叢雲『えぇ、任せなさい』
頭の中でスケジュールを整理しながら窓の外を見る。
大分気温が上がってきた暖かな空を見ながら、少しゾッとした。
あの男、一体何が見えたのだろうか。
482 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:19:04.31 ID:gL4z5twS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
緋色『課長さん、何か好きな歌ってあるかしら』
訓練から戻った緋色がふと話しかけてきた。
男『好きな歌?んー流行りの曲とか有名なのは知ってるけど、これといって好きってのはないかなあ』
緋色『そっかぁ』
男『なんでまた』
緋色『今日訓練中にね、江風が歌ってたのよ。航行しながら』
男『ほほう、歌を』
緋色『とっても上手だったからどうして歌を?って聞いたの』
男『そしたら』
緋色『これは挨拶のために練習してるんだって』
男『あいさつ?』
緋色『海上で他の艦隊とすれ違う事があるって言ってて、すれ違うと言っても距離はすごく離れてるらしいんだけど』
何も無い広大な海の上ですれ違うとは具体的にどの距離からなのだろうか。目視できる距離とかか?
緋色『余裕がある時は通信したり直接話をしたりするらしいのだけれど、そうじゃない時。数分で別れてしまう時に歌を贈るらしいの』
483 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:21:30.24 ID:gL4z5twS0
男『歌、か』
そういえば歌は艦娘でも人間でも聞こえるんだったな。しーちゃんが音楽関係のイベントなんかから活動を始めたのもそれが所以だったはずだ。
緋色『サビだけだったり前半だけだったり、ともかく相手に歌を贈るって言ってたわ。中には海外の歌を聞いた娘もいるらしいわよ』
男『艦娘の文化ってわけか。初めて知ったよ』
緋色『それでね!私も歌を練習してみようかなって思ったの』
男『緋色は何か知ってる歌は…あ』
緋色『民謡とかいくつか思い浮かぶものはあるのだけれど、他には、なんでか…あまり…』
しまったと思った時にはもう遅かった。記憶を探るような仕草をしたかと思うと緋色の身体がグラりと揺れる。
緋色『ぁ』
男『うお!』ギュッ
倒れかけた緋色をどうにか支えてベットに寝かす。
男「はぁ…迂闊だった」
しかし歌かぁ。後で秋雲にでも聞いてみるか。
きっといつか緋色も海の上を歌いながら駆けていくのだろう。
でもそれだけじゃない。緋色はまだそれを知らない。俺だってそれがはたしてどんな世界なのか知りはしないのだから。
あの青い世界は戦場なんだ。
横たわる緋色を艦娘だと理解していてもそんな世界を知らずにいて欲しいと願わずにはいられなかった。
緋色の髪をそっと撫でてみる。
男「子守唄の一つでも歌えればなぁ」
484 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2020/11/23(月) 05:26:41.49 ID:gL4z5twS0
月イチとかマジかよ
来月からはもう少しペース上がるはず。
瑞鳳は一時期特攻パワーでとんでもダメージ連発していた印象が強いので何かそっち系の感覚というかがぶっ飛んでるというイメージになりました。
485 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/11/23(月) 13:12:10.84 ID:CSVd8msjo
おつおつ
艦娘同士の掛け合いほんと好き
486 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2020/11/24(火) 02:52:52.68 ID:VSDxUMYDO
おつです
ひとつの鎮守府でダブスタになりかねないという事かな…
487 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/02/17(水) 15:44:44.93 ID:rEJ+boZE0
そろそろ来てくれ...
488 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:46:44.27 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
提督「貴方も見ていたんですか」
男「えぇたまたま」
提督「あれ一応ルール違反なんですよね」
男「え、そうなんですか」
提督「空も警戒対象ですから。事前通達のない飛行は混乱を招くので本来禁止なんですよ。ここは空の脅威が薄いので大目に見てますけど」
コーヒーを飲みながらいつもの夜の報告会。私はミルクだけど。
正直毎日やるほど報告する内容もないのだけれど、こうして課長と交流するのを目的としてやっている部分がある。
普段外の世界と接点のない私や司令官にとって彼は貴重な存在だ。実際司令官も殆ど彼との会話を目的にこの時間を当てている所がある。
まあ私もだけれど。
単に外の情報が欲しいわけじゃない。そんなものは今時ネットでいくらでも手に入る。
この場合貴重なのは外の世界の価値観だ。
叢雲「大目に見るなって私は言ってるのだけれどねぇ」
提督「まあまあ。あの二人だって超えちゃいけないラインは弁えてるよ」
叢雲「いや普通に考えたらそのラインは既に超えてんのよ」
提督「え」
叢雲「え、じゃないわよ」
489 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:47:27.71 ID:3gV1RL+U0
提督「今緋色ちゃんは?」
男「寝てますよ。何か歌を知らなかと聞かれて
思わずこちらから聞き返したらパタリと」
提督「歌?」
男「艦娘は海で歌うという話を聞いたらしく」
提督「あぁあれか。そんな話もしてたとは、随分皆とは仲良くなっているようで安心しますね」
男「えぇ」
あぁそういえば、司令官にとっては貴重な同性の相手でもあるのかしら。私達がはたして異性と見られているのかは知らないけれど。
でも私は彼と穏やかに話せる気はしなかった。
彼の何かが見えているという事実。加賀の忠告通り警戒する他になかった。
叢雲「それと明日の訓練なのだけれど、少し予定を変更してもいいかしら」
男「変更?」
司令官「教官役を変更せざるを得なくなったんですよ」
男「勿論その辺はそちらの都合に合わせてもらって構いませんけれど、何かあったんですか?」
叢雲「深海棲艦が出たのよ」
男「!」
提督「と言ってもあくまでここの担当する海域付近で見かけた、という程度です。危険なレベルではまだない」
叢雲「いくら制海権を取り返した海域と言っても海は奴らのホームだもの。こうして発見された以上警戒レベルは引き上げる他ないのよ」
男「それで予定変更と」
提督「一般人を乗せた交通のための船は欠航。運搬のための船は迂回したり日時をずらす事になるので、こっちの予定も大きく変わるんですよ」
叢雲「もぉ大変だったのよ今日…というか今日からしばらくなんだけれどね…」
男「そういった苦労もあるのか…」
490 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:48:12.42 ID:3gV1RL+U0
提督「ま、ここに危険が及ぶことはないので安心してください」ハハハ
叢雲「やめてよフラグみたいな事言うの」
男「フラグ?」
提督「いえ、気にしないてください」
叢雲「あぁ、それで明日の教官役なのだけれど」
課長を見る。いつもと変わらずリラックスした感じで座っている。
さぁ、どんな反応を見せる。
叢雲「秋雲に代わってもらったわ」
ピタリ、と課長の動きが止まる。
一瞬。こうして意識して観察していなければ気にもとめないほど僅かに。
だがだからこそハッキリとその硬直が私には見えた。
男「ほぉ。秋雲ですか」
そう言って机のカップを手に取る。まだコーヒーの残るそれをしばらく意味もなく揺らしてまた机に置いた。
人は中々意図してリラックス出来ないものだという。落ち着かなくてはならない時じっとしているのではなく何か他のことをしようとしてしまう。
課長は分かりやすく動揺していた。
491 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:48:49.02 ID:3gV1RL+U0
提督「秋雲なら緋色ちゃんともすぐ馴染めるでしょう。と、それは知ってますか」
とはいえ司令官には何も違和感を覚えさせない程度の行動でもある。でなければ私が困る。
男「まあ、他の鎮守府でも会いましたから」
部下である事は依然隠したまま、か。
叢雲「暇が出来たら私も覗きに行ったげるわ」
提督「暇、暇かあ。暇が出来たらいいね…」
叢雲「ホントにね…」
男「…お疲れ様です」
そんな感じで今晩の報告会は終わった。
492 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:49:26.53 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲「どうだった?」
提督「何がだい?」
叢雲「課長の様子」
提督「んー?別に何もないけど、何かあったの?」
叢雲「ないならいいわ」
提督「まあたそうやって警戒して。少しは気を抜きなよ」
叢雲「そんなんじゃないわよ。さて、もう一仕事よ」
提督「その前に、コーヒーお代わりいいかな」
叢雲「はいはい、ミルクは?」
提督「多めで」
叢雲「たまには苦いのも飲むべきよ」
提督「甘さは大切だよ」
493 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:50:02.24 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「ま、そんな感じだな」
秋雲「ん〜進展ないね〜」
いつもの報告会の後、自室でもいつもの報告を行う。
男「そろそろ別の方法を考えないとな」
秋雲「戦闘訓練じゃない?やっぱ」
男「それは…」
秋雲「緋色ちゃんがどうにもその手の話題が苦手そうなのはわかるよ。でもこのままじゃダメなのは確かでしょ」
男「でももしかしたら「私を見てそう言えるの」…」
秋雲「別に責めてるわけじゃないの。でも逃げちゃダメ」
男「手厳しいな」
秋雲「ありがたぁく思いなさい」
男「なら締切から逃げるなよ」
秋雲「あれは戦略的撤退だから」
494 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:50:36.42 ID:3gV1RL+U0
男「それじゃ、また明日」
秋雲「待って」
男「な、なんだよ」
秋雲「明日の教官役、私聞いてないけど」
男「…秋雲」
秋雲「私?」
男「秋雲だ。ただしお前じゃないな」
秋雲「あぁ、そういう事」
男「うん」
秋雲「それで黙ってたんだぁ」ニヤニヤ
男「なんだよその顔は」
秋雲「んーっとね、なんか嬉しいのと、ムカつくのと、イラッとするのが混じった顔」
男「つまり怒ってると」
495 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:51:07.79 ID:3gV1RL+U0
秋雲「大丈夫?」
男「大丈夫さ。分かってるよ、お前とは違う秋雲だ」
秋雲「私が、秋雲とは違ったと言うべきかもだけどね」
男「かもな…」
秋雲「課長は大変だねぇ。逃げちゃえばいいのにさ」
男「そうもいかないさ。もう逃げられないよ俺は」
秋雲「優しいねぇ」
男「そんなんじゃねえよ」
秋雲「ううん、優しい」
断言された。
秋雲「優しいよ」ニヒ
楽しそうな顔で。
496 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:51:45.00 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夕張『ちょぉっと聞きたいこともあるんで今日の午後、工廠来ません?』
次の日の朝、そう連絡が来たので久々に工廠にやって来た。
夕張『じゃん!おニューの訓練用艤装です』
男『これは、夕雲型?でもなんか違うな』
夕張『大正解。陽炎型をベースに夕雲型のを組み込んだ形です』
男『こんなの作れるんだな』
夕張『兵装を積まなきゃ船としての艤装部分は案外どうにでも出来るんですよ。だからあくまで訓練用ですけど』
男『それで、こいつの意味は』
夕張『艤装を変える事で緋色ちゃんに何か変化が起きないかなぁって。だからこれを使用していいか課長さんに確認を』
男『確認は必要ないよ。海の事は専門外だからな。現場に任せるさ』
497 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:52:17.73 ID:3gV1RL+U0
夕張『そう言ってくれると信じてました!では早速訓練中の緋色ちゃんに付けてもらいましょう』
男『いきなり艤装変更しても大丈夫なのか?』
夕張『戦闘するわけじゃないですし平気だと思いますよ。そもそもこれ航行用に組み上げたばっかですし負担になるような要素はありませんから』
男『いや待て待て、組み上げたばっかってそれダメなんじゃ』
確か装備は登録された物でないとダメだったはずだ。
夕張『ふふーん、ルールが適応されるのはあくまで正式に着任した艦娘のみです。緋色ちゃんは書類上浮いた存在なのでセーフ!船だけに!』
男『別に上手くないし笑えない』
夕張『それに今回はちゃんと叢雲も呼んでありますから。課長さんだって何かきっかけが欲しいでしょう?』
男『それはそうなんだが…』
それを言われると弱い。
男『はぁ、仕方ないな』
夕張『よっしでは行きましょう』
498 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:52:50.62 ID:3gV1RL+U0
夕張が艤装の乗ったカートを押す。
男『なあ』
夕張『はいはい?』
男『艤装ってなんで皆そうやって吊るしてあるんだ?』
工廠にあったのもそうだが、この運搬用のカートも艤装を乗せるのではなく四隅の柱にある鎖で吊るして固定する形になっている。
夕張『波風とかの衝撃には当然強く作られてますけど、こうして地上にいる想定はされてませんからね船って』
男『それはそうか』
夕張『卵みたいなもんですよ。縦で割るのは難しいけど横ならあっさり割れます。艤装もこういう地面からの細かな振動で不具合とか出やすいんですから』
男『結構管理大変なんだな。丈夫なものだし、はっきり言って雑に扱ってるものだと』
夕張『色々あるんですよ。調子悪いなーってぶっ叩いて見る事もあれば、地震の揺れで倒れて壊れる事もあります』
男『色々だな』
夕張『色々です』
499 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:53:25.27 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夕張『おーーいあっきぐもー』
いつもの訓練場所である工廠裏の入江のようになっている港。緋色と秋雲はまさに訓練中だった。
さて、俺はもう
夕張『あれ、戻るんですか?』
男『あぁ…』
そうだ、と言いかけてやめた。
きっと声をかけられなかったら戻っていただろう。でもここで肯定してしまったら自分が逃げていると認めることになる。
まあ逃げ出したくて仕方ないんだが、それでも認めるのはなんだか癪だった。我ながら子供じみた理屈だが。
男『いや、見学していくか』
夕張『折角ですからこいつの感想を課長さんにも聞きたいんですよ』
男『見てるだけじゃないも分からないがな』
夕張『何かありません?特に艦橋とマスト辺りはこだわったんですよぉ。艦橋は陽炎!マストは夕雲のハイブリットです!』
男『分かんないって』
目を輝かせて語り出す姿は秋雲を彷彿とさせる。
500 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:54:02.70 ID:3gV1RL+U0
秋雲『なになに?何の話ぃ?』
男『!?』
いつの間にか桟橋までやって来ていた秋雲がこちらにやってくる。
まるで玄関で靴を脱ぐような気軽さで足に装着した艤装を解除し事も無げに陸に上がった。
夕張『ね!秋雲なら分かるわよね!この煙突部分とか!』
秋雲『あーそういう話しね。うんうんワカルワカル』
夕張『他にもねぇ内部もまだ試行錯誤中だけどこだわっててねぇ』
秋雲『こりゃスイッチ入ってますな〜。ごめんね課長さん、オタクは火ぃ付いたらとまんなくってさ』アハハ
男『あ、ぁあ…慣れてるよ』
秋雲『んあ、そうなの?ならいいけどさ』
意外と小さくて、そのくせ妙に細い。姿勢を正すと首がスラリと長く、腰の位置が高い。
歯をのぞかせ笑う口はいつも大きく、楽しそうな瞳に右のホクロが付いてくる。妙に耳につく特徴的な声が不思議と心地よい。
よく知っている、見慣れている。数年ぶりでも鮮明に思い出せる。
501 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/03/08(月) 01:54:33.36 ID:3gV1RL+U0
秋雲『どったの?』
男『秋、雲』
緋色『ちょっと待ってよ〜秋雲先生ぇ』
緋色がようやく陸に上がってきた。彼女はまだ艤装を背負っているだけで扱いきれてはいない。足の艤装を解除するにもしっかりと固定されたスキーブーツを外すように手間がかかる。
秋雲『あ〜ゴメンゴメン。つい』
脱ぎ終えた艤装を桟橋に綺麗に並べてこちらに向かって
男『え』
秋雲『あ』
夕張『お?』
緋色『あれ?』グラッ
ベチャッ、と言う音がしたんじゃないかと言うくらい綺麗に顔面から転んだ。
男『緋色!?』ダッ
一度廊下で見た光景だがここは桟橋。木の板とは違う。この程度で傷つく身体出ないと分かっていても冷静ではいられなかった。
秋雲『あっちゃ〜忘れてたねこれ』
夕張『大丈夫?一応明石に見てもらう?』
緋色『ん゛〜いったぁぁ…』
男『大丈夫、そうだな。流石艦娘』
緋色『うん。痛いけど、痛いだけよ』グス
涙目だが確かにそれだけのようだった。
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