【艦これ】神風「最初の一人」

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172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/21(火) 15:27:33.96 ID:OoD8MqGA0
小半時なんて初めて聞いたわ
有名なのは四半時(四半刻)だけどこっちは調べたら江戸時代だった
173 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:43:28.05 ID:qK3o3GJF0
"夕餉"のように古臭い言い回しをしそうだなというのが私の中の叢雲概念です。つまりババむs
174 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:45:00.42 ID:qK3o3GJF0
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一週間、という感覚。間隔。

この一見世間から隔離された鎮守府という空間。

しかし意外な程に世間と同じ一週間という感覚を共有して動いている。

一週間の天気は入念にチェックするし、当番や護衛艦隊の編成なんかも曜日で交代させている。

休日は人を乗せた船が多く通るし、輸送の船の種類や数は季節や時期にそって大きく変わる。

僕や彼女達にとって一週間という周期はそれなりの意味を持っている。

提督「なんというかまあ、意外と長いですよね。一週間」

叢雲「あっという間よ」

男「あっという間だな」

そう。彼が、そしてあの娘が来てから約一週間になる。
175 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:45:55.59 ID:qK3o3GJF0
夕飯を済ませ鎮守府が少しづつ静かになってゆくこの時間。いつもの会議も七回目になる。

提督「半ば様式美になってきたけど一応これから始めましょうか。どうです、彼女は」

男「残念ながらさっぱりですよ」

そう言って目の前の男は首振る。

いつも通りソファに座り部屋のテーブルを囲んで叢雲のコーヒーを啜るこの会議。気付けば彼が僕の向かいのソファの右側。そして僕の左に叢雲というのが定位置になっていた。

提督「流石にそろそろ違うアプローチを始めるべきなんじゃないですかね」

素人考えだが未知の相手であるのは彼も同じだ。的外れということもないだろう。

叢雲「そうね。流石にそろそろ名前も欲しいわ。"彼女"とか"あの娘"とか言うの面倒だもの」

そう言い放って叢雲が"コーヒーを啜る"。

ふむ。どうにも御立腹のようだ。
176 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:46:38.90 ID:qK3o3GJF0
男「"仮名"か。まあ、そうだな。そうする他にないでしょう」

"名前"。この話について彼はいつも言い淀む。

「本当の名前を探すのが目的なのだからその前に名前をつけるとややこしい問題が起こる」と言いあの娘を名前で呼ぶなとそう続けた。

それはきっと本当だろうし本音なんだと思うけれど、それ以外に何か、それ以上に何かを隠しているように思えて仕方がない。

提督「今あの娘の渾名って何があったっけ」

叢雲「ええっと、眠り姫、赤頭巾、座敷童子、さくら、撫子、赤子、後なんだったかしら」

提督「この中だったら何がいいですかね?専門家としては」

軽いジョークのつもりで聞いてみる。しかし

男「それはあなたの役割ですよ。俺じゃない」

酷く真剣な顔で返される。

こちらに対して何か隠し事があるのはまあ上層部に関わる人間である以上当たり前だろうと思えるけれど、それにしたってもう少し心を開いて欲しいものだ。

叢雲も叢雲で彼には警戒しろと再三言ってくるし。

再び叢雲を見る。

コーヒーがもう殆どない。
177 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:48:08.68 ID:qK3o3GJF0
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叢雲「名前だけじゃないわ。一週間、何の成果もなかったんだもの。何か大きく方法を変えないと埒が明かないわよ」

自分の口から出た言葉に自分で驚いてしまった。

私、思ったよりイライラしてる。

まったく!これじゃ本当に子供じゃない!何をそんなに苛立ってるのよ私。

どうにか気を紛らわせようとコーヒーを…あら、もうない。

男「そうだな。他の艦娘との接触。後は海や艤装に触れさせる事だな」
叢雲「そういう事なら今すぐでもできるじゃない。仮の名だってそうよ」

つい食い気味に言ってしまった。何よ、何を焦ってるのよ。

男「いや、だからそれは、彼女に負担をかけてしまう事になるから慎重に」

この眼。なにかに怯える眼。何度見てきただろう。

あ、やばいな私。
178 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:48:46.34 ID:qK3o3GJF0
叢雲「だからッ!!なんでいつもあの娘を腫れ物扱いするのよ!!一体何に怯えてそんなに縮こまってるのよ"アナタ達"は!!」バンッ

あー、やっちゃった。

机を叩いた痛みが少しずつ掌から伝わってくる。

でもそれと同じように、どうしてこんなにイライラしていたのかがようやく分かってきた。

別に今回に限った話じゃない。人間(コイツら)のこういう態度に、ずっとイライラしてたんだ。私は。

艦娘(私達)に近づいてくるくせに、艦娘(私達)に怯える人間(コイツら)に。

男「」

うわードン引きしてる。当たり前だ。まだ私睨んだままだし。

落ち着けー落ち着け私。深呼吸深呼吸。

提督「はいそこまで」ポン
叢雲「ヒャッ」ビクッ
179 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:49:17.81 ID:qK3o3GJF0
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叢雲「ちょっと!急に頭叩かないでちょうだい!!」

提督「えぇー、手を置いただけじゃん」

二人がまたいつもの痴話喧嘩を始めた。

しかしありがたい。おかげで一旦落ち着ける。

しかし、怯えるときたか。

確かにそうかもしれない。自分じゃ大丈夫だと思っていたが結局俺はまだトラウマを引きずってるようだ。

提督「ま、焦る気持ちは分かるんですけどね。僕らは一週間も彼女をあそこに閉じ込めているわけですから」

叢雲「そーね」プイッ

僕ら、か。

そうだ。彼女の事を案じているのは俺だけじゃない。立場は違えどそこは同じなんだ。

男「もう一度状況を整理しましょう」

一度冷静になるべきだ。
180 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:49:56.82 ID:qK3o3GJF0
男「記憶とは言ってしまえば五感から得た刺激が形作るものの総称です。故に記憶喪失の際はその五感に働きかけるのが効果的だ」

叢雲「御託はいいから結論だけ言ってちょうだい」ムスッ

バツが悪そうにそっぽを向きながら叢雲が一蹴してくる。

後でどう言い訳をしようか…

男「この一週間試せたのは三つ。

計算。これは彼女に知識がある事は分かったが記憶には繋がらなかった。

歴史。文献や写真。やはり第二次世界大戦の部分が抜け落ちていた。これらは新しい知識として教えれば問題はなかったが覚えてないかと尋ねると意識が保てなくなる。

艦名。艦名である事を伏せて名前や関連するキーワードを見せたり聞かせたりした。帝国時代に存在した日本の艦艇。改名されたものを含めれば400以上。その全てのワードで反応がなかった」
181 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:50:53.97 ID:qK3o3GJF0
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400以上か。ウチもそれなりに大所帯になっては来たけど、400っていうのはやはりかなりの数字だ。

提督「ここまで記憶が戻らないのはやはり異例ですか?」

男「計算に関しては前回たまたまそこから記憶の糸口が掴めただけで有効かどうかはなんとも。

ただ歴史や、特に名前。これらは彼女達の根幹とも言える部分。何も反応がない、というのは初めてです」

提督「ならやはり、彼女をあの部屋から出す、という方針でいいですかね」

提督「ええ、そうする他なさそうです」

叢雲「で!あの娘を外に出す場合どんな不都合が起こるわけ」

まだ怒ってはいるけど思考自体は冷静らしい。叢雲は感情が激しいからなあ。
182 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:52:52.92 ID:qK3o3GJF0
男「一つは力の暴走。艦娘の力は凄まじい。彼女がもし艤装を使えたとしても制御できるかは分からない。最悪それを止められるように見張りが必要です」

撃たれた事があると彼は言っていた。何が起こるかは確かに分からない。

男「もう一つ、やはり他の艦娘との接触は可能な限り抑えたい。一度に合わせるのは恐らく相当な負担になる」

これも同意だ。言葉だけでも気を失ったりするんだ。他の娘との接触は良くも悪くも影響が大き過ぎるだろう。

叢雲「…他の娘との接触だけならあの部屋で一人ずつ会ってもらうって事も出来るけど」

男「それはダメだ。やはり部屋を出てこの鎮守府に触れて欲しいと思う。彼女がなんであれ、ここに所属する艦娘であるのは確かなんだ。それを彼女に認識して欲しい」

ん?まあ言わんとする事は分かるけれど、それは別にそこまでこだわる事ではないようにも思える。

ましてこれまで消極的なアプローチしか取らなかった彼が。何か意図があるのだろうか?

叢雲「…」チラッ

叢雲と目が合う。叢雲も疑問を抱いたようだ。

叢雲「そう。なら艤装や海に触れさせる方を優先しましょうか。そうね、見張りに私ともう一人の他の娘を付けるのはどう?それくらいなら負担なく会わせられるんじゃない?」

男「そうだな。よし、そうしよう」
183 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:54:38.62 ID:qK3o3GJF0
提督「決まりだね。なら早速見張りと艤装運用の方法を考えよう」

叢雲「となるとまずは明石や夕張辺りに合わせることになるかしら」

男「いや、その前に一つやらなくてはいけないことがある」

叢雲「まだ何か?」

男「あぁ」

そう言って彼は端末を取り出して何か操作する。

ん?僕の端末が震えた。メール?

提督「これは」
叢雲「なになに?」ヒョコ

見覚えがある書類が添付されていた。

うわあ仕事が増えるなこれは。

男「協力者をこの鎮守府に、呼びたいんだ」

つまりその許可等の手続きをしろというわけだ。
184 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:56:12.65 ID:qK3o3GJF0
Atlantaが可愛くてつい…

次は意外な協力者に来てもらいます。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 06:06:09.58 ID:lyMvRRcGO
おつおつ
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 15:37:57.65 ID:Z9W0euEMo
187 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:17:29.64 ID:I2evzXDx0
鎮守府の正面入口。そこにある門の前で待機する。

男「お、来た来た」

鎮守府は大抵人の大勢いる港か人の寄り付かない沿岸の二種類の場所にある。

ここは後者だ。山に囲まれ外界と通じているのは海路か山の中を走るこの一本道だけだ。

海は勿論だが陸の監視も厳しい。一本道は最初と最後にゲートがあり許可なく入れない。山の方も色々と防犯設備が張り巡らされてるとか。

そんな一本道を鎮守府に向かってやってくる大型トラックが見えてきた。

思えばこうして直接会うのは久々な気がする。
188 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:18:30.32 ID:I2evzXDx0
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男「よ、久しいな」

門の前で停車したトラックの運転席に声を掛ける。

「こちらこそお久しぶりです。かれこれ一年半ぶりですかね」

大きな車体に似つかわしくない小さな顔がひょっこりと顔を出す。以前と変わらない丸っこい顔だ。

男「え、そんなにだったか」

「いつもはメールか電話ですからね。お互い忙しい身ですし」

男「お前に忙しいと言われる程じゃないさ」

日向「取り込み中すまない」

戦艦日向。いや航空戦艦だったか。彼女が今日の門の当番のようだ。

日向「ここにサインと、いや、説明は不要か?」

「ええ、慣れてますから」
189 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:19:50.56 ID:I2evzXDx0
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日向「よし、照合完了だ。通ってくれ。ゆっくりとな」

日向が端末を操作し門を開ける。

「はい」

門には色々とセンサーやら何やらがついてるらしく危険物や事前の申請以外の人間がいるかを見つけられるそうだ。

技術的な部分はよくわからんが、やろうと思えば抜けれるのではないかと思わなくもない。

「あ、トラックってどこに停めます?いつものグラウンドでしょうか?」

男「あー、鎮守府の端にある別棟というか、入って右にある建物の後ろに頼む」

「別棟…あぁ分かりました、はい。思い出したので。そこで準備しちゃっていいですか?」

男「頼む。終わったら執務室に、でいいか?」

「大丈夫です」

男「じゃ」

トラックが三台。静かに動き出した。
190 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:20:47.12 ID:I2evzXDx0
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叢雲「なんだか不思議な感覚ね。夏に桜でも見ているようだわ」

執務室の窓からトラックを眺める。

提督「そんなに違和感があるのかい?」

叢雲「アンタはどうか知らないけど、私達にとってアレは生まれた時からある季節のイベントだもの」

提督「なるほど。言われてみればそうか。で、イベントとしてはどうだい?」

叢雲「…ま、別に悪い気はしないわね。人間相手じゃないからってのもあるけど」

男「それを聞いたら彼女達は喜ぶよ。そのために頑張っているからな」

いつの間にか課長が戻って来ていた。

提督「おかえり。問題なかったですかね」

男「ええ。後は準備して診察するだけです」

提督「こちらも朝礼であそこには近づくなと皆に伝えてあるので恐らく、大丈夫だと思います」

叢雲「大丈夫よ。その位は弁えてるわ」

一部駆逐艦辺りで少し不安なのがいるけど。
191 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:21:47.85 ID:I2evzXDx0
叢雲「しかしまさか健康診断とはね」

健康診断。司令官が年に一度遠くにある軍の施設で受けるものとは違う、艦娘の為の健康診断。

ウチでは毎年秋にああやってトラックで機器が運ばれてきて艦隊全員が例外なく受診する。

男「本来書類上必要な事でもあるんだ。鎮守府の外、つまり海で艦娘を活動させるのに診断を受ける必要がある」

叢雲「ならあの娘の場合は?」

男「今言った事もそうだが、何より本当に俺達の知る艦娘なのかちゃんと調べておきたいからな」

私達の知る艦娘、ね。

逆に

提督「僕達の知らない艦娘、というのはどういった場合を指すんですか?」

男「分かりませんよ。何せ知らないんですから」

叢雲「そりゃそうね」

あの娘がそうでないという保証は、確かにないわね。
192 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:22:32.95 ID:I2evzXDx0
男「ところで叢雲。健康診断の時のスタッフ。君はどう思う?」

叢雲「どうって、また随分あやふやな聞き方ね」

男「別に深い意味は無いんだ。艦娘にとってどういう印象なのかを参考までに聞きたかっただけだ」

叢雲「ふーん。ならそうね、好印象よ。驚く程ね」

男「そりゃよかった」

叢雲「…なんだか妙にこだわるわね、そこら辺。アナタも関わりがあるの?」

男「うむ、まあそうだな。あると言えばある。お」

「失礼します」コンコン

控えめなノックとともに扉の向こうから声がする。

大人しく、落ち着いた、しかしそれでいて中にいる私達にしっかり届く、女性の声だ。

提督「どうぞ」
193 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:23:31.05 ID:I2evzXDx0
叢雲「…」

艦娘だ。

予感なんてものじゃない。確信がある。

私達艦娘は大抵そういうものだ。

人間が私達艦娘を見てなんとなく直感的に"人じゃない"という感覚を覚えるのと似ているけれど、私達の方はもっと確信的だ。

例え初対面でも艦娘は艦娘に会えば自分と同じだとわかる。

声や雰囲気、オーラというか、ともかく何かがそう確信させる。


扉が開きその女性が入ってくる。

茶色っぽい髪は首の後ろで結えられている。長さは肩に触れる程度か。

身長は私よりも少し高いくらい。軽巡クラスといったところかしら。

白い襟の深緑のセーラー服に生成りのパーカーを羽織っている。見たことの無い服装だけれど何型だろうか。海外、ではなさそうなのだけれど。

黒いふちのメガネに黄緑色の瞳。人懐っこそうな、猫のような印象を受ける。

ふむ、
194 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:24:30.76 ID:I2evzXDx0
叢雲「…え、誰?」

提督「え?」

叢雲「いや待って、アレ?」

提督「誰って、初対面で名乗ってもないのに開口一番それはどうなんだい」

叢雲「違、違うのよ…確かにそうなんだけど、んん?」

艦娘だ。間違いなくそう感じる。なのに、それなのに。

誰だ?見た事ない。知らない。

現在世界で確認されている艦娘のデータは全部一通り見ている。でもその中に彼女はいなかった。

それに司令官が申請した書類にあった今回のスタッフの数は三人。その内艦娘は二人で私も知っている顔ぶれだった。

どういう事?だって目の前の彼女は"間違いなく人じゃない"

男「えっと、とりあえず紹介してもいいかな」

提督「あーうん、お願いします」

課長が彼女の横に立ち私達の方を向き直る。そして
195 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:25:10.48 ID:I2evzXDx0
男「こちら、海軍情報部三課課長の」

「しーちゃんです。どうぞよろしくお願いします」ペコリ





叢雲「…」
提督「…」


叢雲「は?」
提督「え?」

男「しーちゃんです」

叢雲「え、なに、馬鹿にしてんの?」

男「気持ちは分かるがそうではない」

提督「しかも情報部三課で、課長?」

しーちゃん「はい。課長を務めております」

叢雲「それでえっと、その、」

しーちゃん「しーちゃんです」

叢雲「」
提督「」

あ、ダメだ。処理能力が追いつかない。
196 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:27:13.91 ID:I2evzXDx0
男「これがあるから面倒なんだよ…」ハァ

しーちゃん「なら過去の自分を恨んでくださいね」ニコニコ

男「お前絶対楽しんでるだろ」

しーちゃん「滅多に無い機会ですから楽しまない手はありません」フンス

男「他人事だと思って」

しーちゃん「何せ人の事ですから」

男「でぇ、えー何から説明するか」

しーちゃん「あーでももうすぐ機器の用意が終わるので手短にお願いします」

男「出来るかっ」

叢雲「一つ!」

しーちゃん「はい?」

叢雲「一つ確認するわよ。そのしーちゃんってのはあだ名よね」

しーちゃん「いいえ」

男「…」

しーちゃん「れっきとした私の名前です」

それまでの穏やかな表情を崩してハッキリと彼女は断言した。
197 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:28:50.56 ID:I2evzXDx0
サンリオには行けなかった…

しーちゃん可愛い。結わえているのも解いているのもいい
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 14:54:09.57 ID:sTJ2K/3ho
C2機関娘かぁ……そら艦娘じゃ分からんわ
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 23:18:21.35 ID:2u6ftI4VO

前にあだ名で読んじゃいけないみたいな事があったけどこれが失敗例なのかね
あだ名が名前で定着しちゃった感じ?
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/19(水) 22:17:04.83 ID:X9V9wLHtO
乙です
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 01:57:35.37 ID:oOMMh9mg0
おっつおっつ
次も楽しみだ

202 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:22:42.26 ID:w9F8Uh920
叢雲「…はいどうぞ」コト

しーちゃん「ありがとうございます?」

全員にお茶を出して私も席に着く。

私の隣に司令官、向かい側に課長と…しーちゃんが座る。

課長の横に座っているためか彼女の小柄という印象に拍車がかかる。

提督「それでえっと、情報部三課のしーちゃん、さんですよね」

しーちゃん「しーちゃんでいいですよ。あ、でもしーさんはやめていただけると幸いです。なんかこそばゆいので」

柔らかく微笑む。見る者に無害であると思わせるその表情が返って私の警戒心を煽る。

提督「では、しーちゃん。その情報部三課というのがそもそも聞き慣れない組織なのですが」

そう、そうよ。海軍にも色々な組織がある。

けどこうして鎮守府に直接関わるような組織はそう多くない。まして私達が聞いた事ない、なんて事はないはずだ。

しーちゃん「それはまあ情報部ですからね。あまり目立つ事はしません。でも例えばこれ」スッ

ポケットから取り出したのは、端末?私のとは少し違うようだけど。

しーちゃん「こういった端末や鎮守府のシステムなんかは情報部一課が深く係わってたりします。二課は、ちょっと詳しくは言えませんね。でもあそこは基本鎮守府には係わってません」
203 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:23:22.26 ID:w9F8Uh920
提督「確かにシステム面は特に気にせず使っていたけれど、そりゃ誰か作った人がいるわけですよね」

しーちゃん「そして私の所属する三課。ここは比較的最近できたものですね」

叢雲「組織の目的は?」

しーちゃん「んー、情報の発信。あるいは誘導、って所でしょうか」

つまり教える気はないということね。

しーちゃん「あ、名刺ならありますよ。名刺の役割を果たしてはいませんけれど」

そう言ってパーカーの下から首に下げた名札ケースを出す。その中にあった名刺を一枚司令官に渡した。

提督「…連絡先と所属、ID。以上」

叢雲「名刺なのに名前が無い…」

しーちゃん「顔写真はあるので一応私のと分かるはずです」

男「名前は諸事情によってなしだそうだ。しーちゃんと書くよりは不明の方が信用されそうだもんな」

しーちゃん「そうなんですよねぇ」

困り顔で微笑まれたが困惑してるのはこっちの方だ。

結局何一つ分からなかった。なんなのよこいつ。
204 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:24:36.12 ID:w9F8Uh920
叢雲「…」

どうしよう。怪しいのが増えた。

むしろ課長よりもこの女の方が私としては怪しい。司令官にはきっと分からない。この"艦娘なのに艦娘ではない"という感覚。

提督「二三質問してもいいですか?」

しーちゃん「質問は構いませんがお答えできるかは分かりません」

提督「簡単な質問です。YESNO程度で簡単に答えてる形で構いません」

しーちゃん「分かりました」

提督「年に一度の艦娘達の健康診断。あれは貴女の組織が関わっているのですか?」

しーちゃん「YES、というより私達が主導で始めたものです」

提督「最近できた組織と言いましたが、貴方が設立を?」

しーちゃん「NO。私は何も出来ませんでしたから」

提督「では最後に、貴方は"提督"ですか?」

しーちゃん「…それは提督というものの定義によりますね。ですが私の基準で言えばNOです」

提督「…分かりました。とりあえずは彼女の診察の方をお願いします」

しーちゃん「はい。お任せ下さい」
205 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:25:23.50 ID:w9F8Uh920
しーちゃん「それで診察の事なんですが、接触する人数は少ない方がいいとの事でしたね」

男「あぁ。負担は出来るだけ減らしたい」

しーちゃん「では私と男さんの二人でよろしいでしょうか?」

提督「それに関してはお二人にお任せします」

しーちゃん「分かりました。それで、今準備をしているウチのスタッフ二人なのですが、この部屋で待機してもらっても構いませんか?」

提督「それは大丈夫ですが、何故ここで?」

しーちゃん「色々と話したい事があるのではないかと思いまして、ね」

そう言って女が私を見て口元を歪ませる。

なんかイラッとくる。微笑む、という表現で間違いはないのだろうけれど、この女の猫のような瞳とそれをキュッと細めた表情はなんだか見透かされているようで落ち着かない。

叢雲「…いいんじゃないかしら。私は構わないわよ」

提督「そうかい?ではそういう事で」

しーちゃん「はい」
206 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:26:21.78 ID:w9F8Uh920
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執務室がいつも通り私と司令官だけになる。

叢雲「…」

提督「…」

叢雲「…」

提督「…なあ叢雲。さっきからどうしたんだい?」

叢雲「不機嫌なのよ」

提督「それは見ればわかるけど…別に警戒するような相手では無いと思うよ?」

叢雲「…そうね」

その判断に間違いはない。

組織としては彼女の情報部三課とやらにウチの鎮守府は敵対する意味は無い。というか基本あっちが優位だし揉め事は勘弁だ。

例の健康診断を見る限りも、彼女の組織はとても友好的だ。私達にとってそれはとても大切な事だ。

でも

叢雲「あの見た目で、しかも女で課長よ?古き悪しきの塊みたいな軍でそれは警戒するには十分過ぎると思わない?」

彼女が艦娘だと感じたという話は黙っておこう。これは私の問題だ。

提督「なら今回の事でそれを判断すればいいさ」

叢雲「少しは疑う事を覚えなさいよ」

提督「もう少し信用する事を覚えてもいいんじゃないかい」
207 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:28:39.09 ID:w9F8Uh920
叢雲「…」

提督「…」

ここで揉めても仕方ないか。こうやって今までも私達はバランスを取ってきたんだし。

「失礼します」コンコン

提督「どうぞ」

この声には聞き覚えがある。事前の書類で見た残りの二人。

時雨「初めまして。情報部三課、時雨です」ペコリ

北上「北上でーす」イェイ

叢雲「あら」

見知った顔だが二人共服が制服ではなかった。

それに何より"人間の言葉を話している"。

提督「宜しく、二人とも」

北上(佐世保mode)「ほほぉ、中々いい部屋ですなあ」

軽巡洋艦、北上。制服とは真逆なロングスカートにシンプルな服。え、これでトラック運転してきたの?嘘でしょ?

時雨(佐世保mode)「こら北上、あんまりうろちょろしないで」

駆逐艦、時雨。こっちは制服をアレンジした感じでオシャレ。オシャレすぎる。オシャレとかよく分からないけれど。しかもメガネだ。

提督「構わないよ。診察には時間がかかると言っていたし、ゆっくりしてていい」

北上「だってさ」

時雨「もぉ…」
208 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:29:36.51 ID:w9F8Uh920
ここはひとつ試しに、

叢雲『はいコーヒー』コト

時雨『どうも。でも"それ"は要らないよ』

叢雲「…みたいね。二人共ミルクと砂糖は?」

北上「なんか甘いのないの?」

時雨「砂糖多めで」

叢雲「牛乳ならあるわよ」

北上「牛乳…牛乳って甘いと言えるかな?」

時雨「知らないよ…」

叢雲「後こっちも、自由に食べていいわよ」

時雨「お構いなく」

北上「おー饅頭あるよ饅頭。こうなると牛乳は合わないかなぁ」

叢雲「次は熱いお茶が一杯怖い、って?」

北上「ん?あぁ、はは、そうだね。ちなみに一番怖いのは羊羹かな」

時雨「怖い?」

北上「気にしなーい気にしなーい」
209 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:32:00.34 ID:w9F8Uh920
提督「二人はいつも健康診断の時にいた北上と時雨、でいいのかい?」

北上「ふぉれえあっえうお」モグモグ

時雨「食べるか喋るかどっちかにしなよ」

北上「」モグモグ

時雨「…うん、基本的に診断の際のスタッフはいつも同じなんだ。僕らの他に金剛、響、瑞鳳、明石が主要メンバー。後はその時々で一人二人つく感じだね」

提督「なるほど。ならお久しぶり、と言うべきなのかな」

北上「まーそうは言ってもウチら直接会った事はないしね。そういうのは金剛さんか瑞鳳さんに任せてたから。ここの時は大体金剛さんじゃない?」

提督「そう言えばそうだね」

叢雲「…」

へぇ。意外と考え無しってこともないのね。

今の時雨と北上の話した内容は間違いなく当事者だからこそ言える内容だ。

カマかけ、という程じゃないけれどしっかりと警戒はしていたようね。

叢雲「それで、さっきしーちゃんと話していたのだけれど途中で終わっちゃったのよ。一つ聞きたいのだけれど」

北上「なになに?年収とかの話?」

時雨「なんでそうなるのさ」

なら私も踏み込んでみようかしら。
210 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:33:04.32 ID:w9F8Uh920
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「情報部三課の活動と目的」

時雨「ん?」

提督「!?」

叢雲?おいおいまさか…

叢雲「艦娘の為、という話は聞いたけれど詳しくはアナタ達から聞いてと言われたの」

北上「うへーめんどくさい事押し付けていきやがったぞあのチェシャ猫」

思いっきり騙しにかかった!悪びれもせず!躊躇なく!

でもそれが知りたいのも事実だ。どうする、このまま上手くいくかな?

時雨「ふーん、そこまで話してたんだ」

北上「随分話が早いもんだ」

時雨「なら、もうしーちゃんの本名は聞いたんだ」

本名!?流石に"しーちゃん"っていう名前は本名じゃないのか。しかしこれはどうする?詰んでないかな?

叢雲「…聞いたわ」

半ば諦め気味に叢雲が答える。

時雨「へぇそうかい。なるほどなるほど」

ニヤリと笑う時雨。

あらら、完全にしてやられたな。というより思ったより用心深かった。
211 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:34:39.48 ID:w9F8Uh920
時雨「あはは、残念。しーちゃんは本当にしーちゃんなんだ。本名なんてないよ」

叢雲「嘘でしょ!それはそれでビックリなんだけど…」

提督「はぁ」

やれやれ。最初に仕掛けたのは僕だけど、まさか叢雲があそこまでグイグイ行くとは思わなかった。

北上「んー?ん、あーそういう事か。わおウチらめっちゃ警戒されてんじゃん」

叢雲「なんていうかその、ごめんなさい…」

提督「僕からも謝罪しよう。叢雲を止めなかったのは僕の意思だ」

時雨「いや、いいよ。むしろそれが普通だしね」

北上「なんせ初対面でいきなりしーちゃんだもんね。これが名前ですって。怪しまない方がおかしいってあんなの」

随分とバッサリ躊躇なく意見を言うな北上。北上らしいと言えばそうだけど。

改めて考えるとバランスの取れた二人と言える。
212 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:36:19.40 ID:w9F8Uh920
時雨「でもね、しーちゃんが名前を名乗るって事はそれだけ相手を信用してるって事なんだ。元々二人には僕らの事を話すつもりだったんだよ」

北上「でもその前にお菓子追加で、後牛乳。罰ゲームね」

時雨「北上」

北上「いやいや、これはちゃんと意味があるんだって。立場あるもの同士が揉め事をチャラにしたいって時は謝罪とそれに対する罰が一番なんだって」

時雨「それは、まあ確かに」

それに二人とも随分と人間に慣れている。色々な面で。

叢雲「りょーかい。牛乳とお菓子ね。何かリクエストは?」

北上「和菓子ー」

叢雲「はいはい」

叢雲が席を立つ。和菓子か、他にあったっけな。
213 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:37:15.43 ID:w9F8Uh920
時雨「さて、話すとは言ったけれど何から話したものかな」

北上「全部説明すんの?めんどくない?」

時雨「勿論話せる範囲でだけど、事細かに説明してもしょうがないし掻い摘んでだね」

提督「さっきしーちゃんは情報の発信、誘導と言っていたよ」

時雨「それは概ね正解だね」

北上「情報部としての仕事は基本それだよね。まーそんな仰々しいもんじゃなくて実際は単なるプロパガンダ。てゆーかパンダだよパンダ。白黒ハッキリしないとこなんかそっくりだね」

時雨「パンダ?」

提督「客は誰だい」

北上「国民」

時雨「あぁそういう意味か」

提督「国民ね。軍人らしい言い回しだ」

北上「そりゃどーも」
214 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:37:55.31 ID:w9F8Uh920
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『よ、よろしくお願いしらす!』

自分を閉じ込めている小さな部屋でさらに縮こまるような形でお辞儀をする。

しーちゃん『そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。軽い健康診断ですし』

しらす…うん相当緊張してるな。

しーちゃん『予め聞いてはいると思いますけど改めて、本日貴方の診察を担当しますしーちゃんです』スッ

『あ、どうも』

しーちゃん『あら暖かい手。それにまだ白い』

『そ、そうかしら』

しーちゃん『えぇ。さ、行きましょう。車はすぐそこに停めてあるから』

『はい!』

触れて、笑顔で話す。彼女の緊張は幾ばか解れたようだ。
215 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:39:10.20 ID:w9F8Uh920
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『わぁー…』

しーちゃん『どうです?これ全部私のなんですよ』エッヘン

『凄い!なんかこう、カッコイイわね!』

しーちゃん『んーカッコイイかはともかく凄いのは確かですよ。三台とも世界に一つしかない特注品なの』

男『いやお前のではないだろ』

何故か建物横に停められた三台のトラックに目を輝かせている。何故…

カモフラージュの為まるで運送トラックの様にしーちゃんの趣味全開なデコレーション?がされているのだ。カッコイイ…のだろうかこれは。

しーちゃん『では早速行きましょう。あー靴は脱がなくていいですよ。そのまま階段でトラックの中に』

『はーい』
216 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:40:16.29 ID:w9F8Uh920
男『じゃあ俺はここで待ってるよ』

『え?』

男『ん?いや、俺は外で待ってるから安心してくれ』

『そう、なの』

しーちゃん『…何言ってるんですか。付き添いが付き添わなくてどうするんです』

男『は?』

しーちゃん『大丈夫ですよーこの人言う事やる事コロコロ変わる人ですから。ほら男さんも早く』

『あら、中は結構広いのね』

男「おい!なんで俺まで中に!」ヒソヒソ

しーちゃん「不安がってる女の子残して外で待つとかありえないでしょ」ヒソヒソ

いつものイタズラ猫の様な顔でそんな事言われてもなあ!

『しーちゃん…さん?私どうしたらいいのかしら』

しーちゃん『そこの椅子に座っててください。すぐ行きますから』

だが彼女が俺に着いてきて欲しいと思ってるのは事実だろう。あまり気は進まないが…

しーちゃん「どうします?」

男「行くよ…」

しーちゃん「そうですね、貴方はそうするべきです」ニヤ

こいつ…
217 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:41:55.80 ID:w9F8Uh920
しーちゃん『ではまず服を脱いでください』

男『おい』

『はーい』

男『おいぃ!?』

しーちゃん『『え?』』

男『二人してそんな不思議そうな顔をするな』

しーちゃん『でも脱がないと測定とか出来ませんし。あ、下着はそのままで。というか下着はちゃんと現代の物なのね』

『こう言ってるわよ?ちなみに下着は叢雲から借りてるわ』

男『それは出来れば知りたくなかった…』

『?どうして?』

男『見ていて複雑な気持ちになる』

この白いブラと下着が叢雲の…いやらしさは無いがなんかこう、複雑だ。

しーちゃん『この娘の下着ならいいって言うんですか』

男『そうは言ってない』

しーちゃん『へー、この着物細かいパーツはないんですね。楽でよかった』

『パーツって?』

しーちゃん『着物って中に着たり巻いたりする物が多かったりするの。貴方のはその点とても簡素で良さそうと思ったんです』

『そういうのもあるのね。一度着てみたいわ』

なんだろう。目を背けておきたいがこういう時それをやると逆に恥ずかしい気もする。どうすればいいの俺。
218 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:43:35.62 ID:w9F8Uh920
しーちゃん『さて、では簡単な測定から行きましょう。寒くはない?』

『ええ。とても暖かいわ』

男『…』

ここまで来て俺ここにいる必要あるか?とは言えない。もういい、割り切ろう。仕事だこれは。

しーちゃん『まず身長体重と、これらの器具は知ってますよね?』

『ええ、知ってるわよ』

しーちゃん『では最初はここに』

目の前の少女を改めて観察する。

撫子、赤子、眠り姫、赤ちゃん、紅、緋色…なんとかさくら。

様々な呼び方があるがその多くが彼女の最も特徴的な部分、つまり紅色のロングストレートを指している。

今の所その最も特徴的な部分は一切彼女の名前に結びついていないが。まあそれ自体はよくある事だ。叢雲だってあの髪色は船と関係はない。

身体的特徴が当てにならないのは既に知っている。
219 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:44:37.93 ID:w9F8Uh920
身長は駆逐艦としては並だ。体重も、見た目より少しずっしりとくるがけして重いわけではない。

しーちゃん『手を上げて、こうバンザーイって』

『これは?』

しーちゃん『バストウエストヒップの計測です』

『…それも必要なの?』

しーちゃん『勿論!』

胸は、人間で言えば発育が進んでいる方だろうが艦娘で言えばこちらも並だろう。これに関しては一部駆逐艦がおかしいのだが。

腰はクビレというより痩せているといった感じだ。なんだか少し心配になる。もっと食え。

下半身は逆に少し肉付きがいい。太っているというのではなく子供特有の柔らかさと言うべきか。

しーちゃん『…』

『?』

男『…ん?どうした』

しーちゃん『何ジロジロ見てるんですか』

男『変な目ではない。お前とやってる事は同じだ。というか他にどうしろと』

しーちゃん『冗談です。後は長座体前屈と握力と』
220 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:45:08.27 ID:w9F8Uh920
男『そんなに色々あったか?』

しーちゃん『ええありましたよ。ありましたと』

つまり、今回の特別仕様か。どういう意図かは後で聞くとしよう。

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しーちゃん『はい。これでここでの測定は終了です。一旦この服を着て隣のトラックに行きましょう。向こうでもすぐ脱ぐので』

取り出したのは病院などで見る患者服だ。

『わーこれも可愛いわね』

しーちゃん『緋色という特徴を男さんから聞いていたのでそれに近い色を持ってきました。帯をつけたらこれも案外着物っぽく見えそうですね』

患者か…嫌な言葉だ。勝手な思い込みだが、そう感じてしまう。

しーちゃん『行きますよ?』

男『あぁ』
221 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:47:36.68 ID:w9F8Uh920
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時雨「僕達の仕事は大きくわけて二つ。さっきも言った通り軍の広告塔。活動比率としてはこっちが大きいね」

北上「組織の建前だからね。表の顔はしっかり務めなきゃ」

叢雲「つまり、裏があるって?」

時雨「裏という表現は少し語弊があるけどね。でも確かに表じゃない活動はある。僕達の組織の根幹的な部分だ」

北上「言っちゃえばしーちゃんの志ってやつかな。願いというか、目指す場所。ウチらはそれに集ってるんだ」

提督「随分と勿体ぶった言い回しだね」

時雨「言うは易し行うは難し。今や多くの人や艦娘が捨ててしまった夢だからね」

提督「それは?」

時雨「艦娘と人とが手を取り合う世界。それを目指してるんだ」
222 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/03/11(水) 04:50:47.99 ID:w9F8Uh920
大体例の感染症のせい

慌ただしくて中々更新出来ませんでしたが生きてます。
しーちゃん達佐世保組の可愛さを糧に生きてます、
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 09:56:35.55 ID:W5AMmh/0o
おつおつ
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/13(金) 13:13:52.16 ID:sAFlshsMO
225 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:39:35.94 ID:reSULU23O
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しーちゃん『手をここに当てて、こう抱え込む感じで。そうそう。そしたら大きく息を吸ってー、はいそのままで!』

『こ、これすっごくお腹が冷たいのだけれど』

しーちゃん『三秒我慢してください。3.2.1、はいオッケーです』

二台目のトラックの中も一台目と同じで人間に使うものと同じ機器が置かれていた。

『これは何をしているの?』

しーちゃん『レントゲンですよ。お腹の中を写真に撮るんです』

『お腹の、中を…』

しーちゃん『心音とかも聞いときます?男さんもほら』

男『なんで俺に聴診器を渡そうとするんだ。やらないから、やらないからお腹をこっちに向けなくていい』

『あら』

あらじゃないだろ。

しーちゃん『冗談はともかくここでの検査は終わりです。三台目に移動するのでまたこれを着て行ってください』

『はーい』

握力、体温、口内検査など普通艦娘には行わない検査も多かったが、どういう理由だろうか。

いや、視力検査は普通にしてるんだっけな。
226 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:40:28.52 ID:reSULU23O
『よいしょ』

下着の上に一枚羽織るだけで見る方はこうも安心できるのだから不思議なものだ。

しーちゃん「あそうだ。男さんこれいります?」

男「…は?なんだこりゃ」

しーちゃん「耳鼻科なんかで口内を見る時に使うヘラみたいなやつですよ。彼女の使用済みです」

男「いるわけねえだろ俺をなんだと思ってるんだ」

しーちゃん「残念。捨てるくらいなら売ってしまおうと思ったんですけど」

男「しかも金取るのか」

しーちゃん「ちなみにこれは舌圧子と言います」

男「それは知らなかった。しかもそれ金属だろ?消毒して再利用とかしないのか」

しーちゃん「しますよ?ちなみにステンレス製です」シレッ

男「なら売るなおい」
227 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:41:26.95 ID:reSULU23O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しーちゃん『ここが最後の検査になります』

『この子だけ他のトラックより大きいわね』

しーちゃん『これはトレーラーベースですからね。北上さんの愛車です』

男『愛車…』

『あら?入口がないわ』

しーちゃん『これだけ後ろ側が入口前が出口という形式じゃないんですよ。運転席のすぐ後ろのここが出口兼入口です』

『入っていいかしら?』

しーちゃん『どうぞどうぞ』

こいつに関しては俺も知らない。こんな大きな車体に何を積んでるんだ?
228 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:42:11.05 ID:reSULU23O
『わあ!なんだかこう、宇宙船の中みたい!』

しーちゃん『分かる。キャトルミューティレーション味がありますよね』

『きゃとり?』

牛の切断って意味だと分かって言ってるんだろうかこいつは。後で意味聞かれたらどうしよう。

それよりも

男『MRI…か、これは』

しーちゃん『概ねその認識で間違いありません。形はそれを元にしてますから』

患者を寝かす診察台とその先にある筒状の機械。俺も健康診断で何度か見た事がある。

車内という閉鎖空間だとより宇宙船っぽさが出る。

しーちゃん『最後はそこの台で横になってもらうだけです。服はそのままで大丈夫ですよ』

『横になるだけでいいの?』ヨイショ

しーちゃん『はい。こっちを頭にして、そうそう。そのまま目を閉じてみて』

『なんだかドキドキするわね』

しーちゃん『そしたらそのまま三十分じっとしていてください』

男『三十分!?』

しーちゃん『その間姿勢をそのままで、目も開けてはいけません。声も何か異常がない限りは出さないで。あ、寝るのは構いませんよ?そのままでしたら』
229 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:42:57.08 ID:reSULU23O
『んー簡単そうで難しいわね』

しーちゃん『少し機械の音はしますけれど何かされることはないので大丈夫です。いけそうですか?』

『分からないわ。でも多分大丈夫』

しーちゃん『了解です。私達は始まったら運転席の方に行きますけど声や姿は確認できるので何かあったら伝えてください』

『う、うん』

ベットに横になる彼女の目はぎゅっと瞑られている。隠しているつもりなのかはわからないが緊張と恐怖が見て取れる。

しーちゃん『…ホラッ』ツンツン

男『え、あぁ…手でも握っていた方がいいか?』

しーちゃんに脇腹をつつかれ慌てて言葉を繋ぐ。

『こ、子供じゃないのよ!これくらい平気よ』

男『なら良かった。寝ててもいいらしいし、ゆっくり待っていれば大丈夫さ』ポンッ

そっと頭に手を当てる。これで少しでも励ます事が出来てるならいいんだが…

しーちゃん『では始めましょうか』
230 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:43:41.52 ID:reSULU23O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しーちゃん「よっと」バタン
男「…」バタン

お互いにトレーラーの運転席に座る。当然しーちゃんが運転席。俺が助手席だ。

しーちゃん「心配ですか?」

男「そりゃな。もっと上手いやり方はあるんだろうが、俺にはどうもああいうのは苦手だ」

しーちゃん「ちゃんと効果はあったと思いますけどね。特にほら、頭ポンはポイント高いですよあれ」

男「そうなのか?」

しーちゃん「まあそれはいいです」ガチャ

しーちゃんが座席をめいっぱい後ろに下げる。

元々随分と前になっていたようだ。ハンドルもかなり下がっている。考えてみればここにあの北上が座っていたんだよな…

しーちゃん「画面を見ててください。あ、そちらもゆっくりしていいですよ。座席下げると結構広いですからここ」

男「ならそうしよう」ガチャ

画面。カーナビと言うには随分と大きな液晶が真ん中に着いている。他にも何やら様々なスイッチやツマミがある。コックピットかここは。

しーちゃんが何やら操作をすると妙な画面が出てきた。認証?

しーちゃん「これですよこれ」ピッ

首から下げていた名札ケースを画面にかざす。するとロックが解除され画面が変わった。

男「そういう機能もあるのかそれ」

しーちゃん「と言うよりこっちがメインですね。昔はカードキーだけで何枚も種類がありましたけど、今じゃこれ一枚で何でもですよ」

男「時代だな」
231 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:44:12.83 ID:reSULU23O
画面に次々と映像が映る、
そこには様々な角度から撮られたトレーラーの内部、つまりあの機械と彼女が映っていた。

しーちゃん「ではスタートです」

ボタンを押すと映像の中の機械が動き出す。動作もMRIと同じ感じだな。

男「音も拾えてるのか?」

しーちゃん「勿論」

男「ならそろそろ説明してもらおうか。色々とな」

しーちゃん「せっかちですねえ。話が早いのは好きですけど、折角の機会なのでゆっくりと会話がしたいんですよ私」

そう妙な事を言いながら後ろで結わえていた髪を解きメガネを取る。

肩にかかる位の茶色いショートヘア。ハッキリとわかる黄緑色の瞳。

あの時と変わらないしーちゃんが隣にいる。
232 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:44:48.30 ID:reSULU23O
男「まだ仕事中だろ?」

しーちゃん「三十分は暇ですから。オフって事で」

男「真面目なんだか適当なんだか」

しーちゃん「メリハリですよ」

男「眼鏡変えたんだな」

しーちゃん「え、気づいてたんですか?あの男さんが?」

男「今の流れで馬鹿にされるとは思わなかった」

しーちゃん「そんなつもりは無いですよ。眼鏡は不幸な事故でお亡くなりになりまして…具体的に言うと寝起きでフラフラ〜グシャッ、と…」

男「うわぁ」

しーちゃん「流石にショックでしたあれは」

男「ちゃんと寝てるんだろうな」

しーちゃん「寝てますよ、ちゃんと。いい夢は、まだ見た事がないけれど」

男「働き過ぎだって部下からも言われてるんだろ?」

しーちゃん「それは、はい…でもそれこそ夢のためですからね」
233 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:45:20.66 ID:reSULU23O
しーちゃん「でも最近は随分と人手も増えてきましたし、昔より遥かに楽になりました」

男「それは何よりだ。お前は人に仕事を押し付けられるタイプだからな。長には向いてる」

しーちゃん「褒め言葉と受け取っておきますからね。でもそれなら男さんこそ人手不足の極みじゃないですか」

男「それは、そうなんだがな」

しーちゃん「求められる人材が特殊なのは分かりますけれど、もう少し何とかした方がいいんじゃないですか?

専門家と言えば聞こえはいいですけれど結局の所調査係って"貴方一人だけ"じゃないですか」

男「それはそうだが、でもアイツも手伝ってくれてるし」

しーちゃん「それでも彼女一人じゃ限界があります。そのために他の誰も寄せ付けられないのなら本末転倒です」

男「…その話題は後回しだ。今はこの検査の事を教えてくれ」

しーちゃん「もぉ。絶対後でまた話しますからね」
234 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:46:52.68 ID:reSULU23O
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時雨「艦娘と人間の関係。その現状を一言で言い表すと?」
叢雲「最悪」

間髪を入れずに叢雲が言い放つ。

提督「…悪化の一途を辿っていた、かな」

北上「へいとくはんがせーかい。客観的にはね」ゴクン

時雨「だから食べながら喋らない」

まるで保護者みたいだな。

時雨「元々僕らは異質なんだ。戦況が安定してきて脅威と恐怖が薄れだした途端人々は僕らを拒絶しだした」

提督「叢雲。しばらくステイ」

今にも腹の中に溜まっていた感情を吐き出そうと口を開きかけた叢雲を先に牽制する。ここで感情論を出す意味は無い。

叢雲「…分かったわよ」

叢雲も自覚はあるのだろう。ばつが悪そうに口を閉ざしてくれた。
235 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:47:33.90 ID:reSULU23O
北上「…秘書艦さん随分と荒ぶってるね」

提督「いつも人間相手に色々と我慢してもらってるからね。つい溜まってた物がでちゃうんだよ」

叢雲「一言余計よ」

時雨「気持ちは分かるけど何処かで毒ぬきしないと体に悪いんじゃないかい?」

叢雲「貴方達もそうなの?」

北上「ま色々とね」

時雨「これでも人間とはかなり関わりのある仕事をしててね」

叢雲「…私はね、人間が嫌いだけど、それをあまり口にしたくはないのよ」

提督「え、そうなのかい?」

北上「なんでなんで?」

叢雲「なんでって、それはぁ…」ジー

提督「ん?僕?」

叢雲「な、なんでもないわよ!」

提督「えぇそんな顔真っ赤にして怒る事なの?」

叢雲「うるさい!!」
236 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:48:36.41 ID:reSULU23O
北上「うわ、なんだろ。今すぐこの部屋飛び出して海ん中入って海水飲みたい」

時雨「甘い物好きなんだろ?」

北上「毛穴から砂糖ぶっ込まれた気分だよ」

時雨「さいで。さて話を戻そう」

叢雲「話って?」ハァハァ
提督「落ち着きなよ…」

北上「人間と艦娘の関係は確かに悪い。そしてこの状況を良しとしない者が二種類いた」

提督「良しとしない者?」

艦娘が人々に受け入れられない状況。それを良しとしない者というと、つまり

叢雲「…軍と艦娘」

時雨「そう。緊急事態とは言え人々の理解なしにこんな得体の知れないモノに予算を回せる程今の世の中は単純じゃない。生きるにも死ぬにも金と権利が関わるご時世だ」

北上「軍としてはウチらがなんであれ国民の理解は得なきゃいけないからね。そして当然私達にとってもこの状況はあまり良くない」

叢雲「人間を守る為に戦ってやってるってのに、その人間に嫌われるなんて笑えないわね」

北上「そ。そこでウチらの組織さ」
237 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:49:26.09 ID:reSULU23O
時雨「僕らの仕事の大部分は宣伝なんだ」

叢雲「宣伝?」

提督「広報活動…って事はあのテレビで見るのはもしかして」

時雨「そう。軍の国民に対する"艦娘とは安全安心な国民を守る兵器である"という宣伝を僕らがしてるんだ」

北上「ウチらがそれやるから組織と金を寄越せって、そうやって三課が出来た」

提督「それじゃあやっぱり彼女、しーちゃんが三課を立ち上げたのかい?」

北上「んーというよりしーちゃんを神輿に担ぎあげた人達がいるって感じ。このままじゃ軍としても、なにより艦娘にとって良くないと考える変わり者な人達が軍の中にもいたのさ」

なるほど。先の質問で彼女が自分は何も出来なかったと言ったのはそういうわけか。
238 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:51:14.60 ID:reSULU23O
北上「そっからは色々やったねえ。演習披露したりなんかお店とかとコラボしたり歌って踊って変な祭りやって」

時雨「パレードとかもやったなあ。基本的に陸でお偉いさんの横とかにいるのは僕らのメンバーだよ」

提督「サーカス、とかも?」

北上「アレは凄かったね…面白かったけどさ」

時雨「しーちゃんがノリノリでね…」

叢雲「あのドラムも貴方が?」

北上「私結構才能あるって言われたよ」

叢雲「アレって全部貴方達がやってたの…」

時雨「だって普通嫌でしょ?人間相手にああいう事するの」

叢雲「…そうね」

提督「…」

嫌か。まあそうだよね。

叢雲だけじゃない。皆だって人が全員そうでは無いと知ってはいるだろう。

でも、戦場で命懸けで戦う彼女達には、百のお礼の言葉よりも、たった一度の、化け物を見るかのような瞳の方が、心に刺さる場合が多い。

提督「でも、なら君達は嫌じゃないのかい?」

時雨「…どうなの?」

北上「えーここで私に振るの?」

時雨「こういう問に対する答えは君の方が適任だからね」

北上「あーはいはい分かったよ。ん〜そうだなあ。別にどうでもいい、かな私は」

時雨「ふーん。僕は、いや僕もどうでもいいか。嫌じゃないよ」
239 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:52:38.39 ID:reSULU23O
叢雲「それじゃあ、貴方達の目的って軍の使いっ走りって事になるけど」

時雨「ま、そうなるね」

北上「表向きはね」

提督「表向きねえ」

時雨「そもそも三課が設立された辺りの戦況はまだ余裕がなくてね。広報とかそんな事に貴重な戦力である艦娘を割けなかった。だから無理のある計画だったんだ」

北上「でもその無理を通したから無事三課が生まれた」

叢雲「そんな事が出来たの?」

北上「頭の回る人がいたんだよ。神輿を作った狸がね」

時雨「あの東京の英雄、若き元帥の後押しもあったしね」

提督「あぁ。彼か」

彼なら確かに、人と艦娘が手を取り合う世界。そんな世界を目指す者を助けてくれるだろう。

北上「まーそうは言っても、結局はしーちゃんの夢が中心なわけだけどさ」

叢雲「人と艦娘が手を取り合うってやつね」
240 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:53:16.01 ID:reSULU23O
時雨「後は単に僕らのような艦娘を助けたかったんだろうね、しーちゃんは」

提督「?」

叢雲「含みのある言い方ね」

北上「…言うのそれ?」

時雨「いいんじゃない?しーちゃんもそういうつもりだったと思うけど」

北上「えーやたら信頼されてんじゃん君」

提督「そう、なのかな?」

物凄く不満そうな目を向けられた。そんな目で見られても対応に困るんだけどなあ。

時雨「というよりあの男が、だろうね」

北上「なんかそれはムカつくな〜。後で嫌味言ってやろ」ニヤ

そう言って実に楽しそうにニヤリと笑う。

叢雲「待って待って話がズレてるわ」

時雨「あーゴメンゴメン」

北上「別に聞いてて面白い話でもないよ」

提督「そういうつもりで聞いてはいないさ」

時雨「分かってるよ。簡単に言うとさ、僕ら戦えないんだ」

叢雲「え?」
241 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/04/08(水) 02:57:06.05 ID:reSULU23O
甲は諦めて乙にした提督

貴重な戦力である艦娘が怪しい音頭を踊ったり奇妙な生物とショーをやるわけないだろという話です。
三越に来てる深海棲艦は、見なかった事にしましょう…
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/08(水) 09:21:04.50 ID:vX/OWHD4O
あれはコスプレ(迫真)
おつおつ
待っててよかった
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/08(水) 12:56:54.45 ID:EnCEF1APO
おつ

きっと子供向けヒーローショー的なことやってて深海役の艦娘がそのまま買い物に行ったんだよ(こじつけ)
244 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 01:59:14.46 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「あの機械。MRIを模した形だと言いましたけど、そもそもMRIってどんなものか知ってます?」

男「お前みたいなちゃんと知識のあるやつに聞かれると知らんとしか言えないんだが」

しーちゃん「適当でいいですよ適当で。イメージで」

男「んーまあようはデカいレントゲンだろ。X線とか使う」

しーちゃん「ブブーハズレ。MRIのMはマグネティック。つまり磁力です」

男「へー。RIは?」

しーちゃん「えっと、まあそれはいいじゃないですか」

男「目ぇ逸らすなや」
245 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 01:59:59.87 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「CTスキャン。MRI。どちらも簡単に言えば何かをぶつけてその減衰具合で透過させたように写す、なんです」

男「そこは何となくわかる」

しーちゃん「それらが艦娘に効かないのも知ってますよね」

男「そりゃな」

人智を超えた艦娘の不思議な部分。恐れと敬意と、あとあまりにも訳分からないからムカつくという理由で妖精パワーなんてこの界隈の奴は呼んでるが。

ともかく今までの人類の様々な技術が艦娘には効かないのだ。

男「待て、その言い方だとまるで」

しーちゃん「ええそうです。そんな理解不能な艦娘の体を解析できるのがこの機械なんです」エッヘン

男「それとんでもない発明じゃないのか!?」

しーちゃん「ええまあ」

男「いや、だとしたらそんな話聞いたことねえぞ。火種としては十分な話題だろ…」

艦娘を制するものが世界を制すと言っても過言じゃないのが今の世界情勢だ。そんな技術があると知れた日にゃ。
246 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:00:29.73 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「対艦娘用観測装置は以前から研究が続けられていました。国内外問わず」

男「それは知ってる」

しーちゃん「でもそれは難航、というより皆つんでました」

男「それも知ってる」

しーちゃん「なのに去年急に装置が完成しました」

男「!おいまさか」

しーちゃん「はい。妖精の気まぐれです」

男「うっわ…」

しーちゃん「匙投げて辞める研究者も出たとか」

男「そりゃ折れるわ」
247 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:01:02.95 ID:zJyYpUOOO
妖精の気まぐれ。

御伽噺のような単語だがこれを国家機密に関わるような大の大人が本気で口にするから面白い。

最も実際は何一つ笑えない話なのだが。

要するに人間の理解を吹っ飛ばして妖精がそのよく分からん力で解決してしまう事を指す。

そもそも妖精は大抵の人間には認識する事も出来ず、例え見えても会話は成立せず、勿論こちらの言うことなんか聞くわけもない。

そんな存在が時折本当に気まぐれに何かをするのだ。

しーちゃん「知り合いの博士曰く"自分の全てをかけて取り組んでいた難問の答えが無関係な人の転がしたサイコロの目で出てしまった位辛い"だとか」

男「心中察するに余りある…」
248 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:01:34.24 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「とにかく出来てしまった以上はしっかり有効活用しなくてはいけません」

男「この機械はこれ一台なのか?」

しーちゃん「今のところ国内に二台。後は国外に、ってこれは話さない方がいいですね」

男「そんな貴重なのよく借りれたな。こんな雑な警備で」

しーちゃん「いえ、知り合いのツテでこっそり借りました」

男「はぁあ!?」

しーちゃん「研究所的にももっとデータが欲しいから是非と」

男「相変わらずそういう事サラッとやるよなお前」

しーちゃん「あ、結果が出ましたよ」

男「!」
249 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:02:22.24 ID:zJyYpUOOO
画面には、なんかよく分からない数字やグラフが並んでいる。

男「レントゲンじゃないのか?」

しーちゃん「それは見た目だけです。これは、そうですねぇ。艦娘のよく分からない部分を数値化する機械ってとこですね」

男「んー…」

分からん。

しーちゃん「詳しい事は長いので割愛します。ともかく結果を見るに、彼女の中身は普通の艦娘と何ら変わらない、一切異常の無い状態です」

男「…そうか」

少しほっとした。何せ艦娘の変化は外からじゃ分からない。

"また取り返しのつかない事になっているかもという不安が拭いきれていなかったから"

しーちゃん「今大丈夫だからって安心しちゃダメですけどね」

男「少しくらい安心してもいいじゃねえか」

油断が禁物なのは分かるがこっちだって色々と、

男「ん?検査結果ってもう出たのか?」

しーちゃん「ええ」

男「じゃあさっきの三十分じっとしてろってなんなんだ?」
250 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:02:58.62 ID:zJyYpUOOO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

艦娘は兵器だ。

この場合兵器というのは戦う力という意味。

つまり

叢雲「戦えないって、どういう事よ」

その力がないというのは艦娘の根底を覆す事になる。

時雨「僕は砲撃音がダメでね。近くで聞くと思考が飛ぶんだ。PTSDに近いらしいよ」
北上「わっ!!!」
提叢「「!?」」ビクッ




時雨「いや別にこれくらいでどうこうなったりはしないよ?」

北上「だってさ」

提督「え、あ、そうかい」

叢雲「ビックリした…」

むしろこの状況で隣からいきなり大声出されてピクリともしないのって逆に凄いんじゃないかしら。
251 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:03:34.26 ID:zJyYpUOOO
北上「私は死ぬのが怖い。戦いたくない。それだけ」

叢雲「沈むのが?」

北上「いんや。死ぬのが。沈むのは、別に」

叢雲「?」

それって同じ事じゃないの?

時雨「ここら辺は僕達と君達じゃ認識にだいぶ齟齬があるからね。かくいう僕も北上の言う事を十全に理解してるわけじゃないんだ」

北上「私そーとー変わり者だかんねぇ。今でこそこんなだけど、昔は自分が変わり者とすら思ってなかったし」

そう言って最後のお菓子を口に放り込む。

うわ、もう全部食べてるし。変わり者というかなんというか。

提督「戦えないから、三課に入ったって事かい?」

時雨「いや、それは少し違くて「戦えない艦娘は破棄される」…北上」

北上「およ?自分で言いたかった?」

時雨「いいや。君に任せるよ」

北上「そうそう。善意は素直に受け取らなくちゃあ」

ため息をつく時雨とニヤと不思議な笑みを浮かべる北上。この二人仲がいいのか悪いのかイマイチ分からないわ。
252 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:04:12.32 ID:zJyYpUOOO
提督「艦娘の所有権は国にある。そしてその管理、運用等のあらゆる権利はこの戦争中、鎮守府という特殊な場所においてその司令官に一時的に譲渡される」

北上「そう。その処分もね。そしてそれはあくまで上が何も言わなければでしかない」

叢雲「それってどういう意味よ」

北上「弾の出ない銃を置く場所はないって事だよ」

北上がロングスカートを思い切り蹴りあげて足を組む。その挑発的なにやけ顔は私を向いていた。

叢雲「…私達はそんな存在じゃないわ」

北上「かもね。でも人間の認識は違う。彼等にとって私達は正しく兵器でなくっちゃあいけない」

叢雲「それは、間違ってはいないでしょうけど」

北上「そう間違ってない。不良品を箱に詰めた時の奴らの目を見れヴェア!?」
時雨「はいストーップ」グイッ

おさげを思いっきり引っ張られている。アレは痛い。
253 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:04:56.97 ID:zJyYpUOOO
提督「なるほどね。君達のような艦娘を助けるために作った、というのはそういう事か」

時雨「そ。初めて僕らは戦う以外の事をしたんだ。それに戦力以外に艦娘をさく余裕がない戦況で三課が出来たのもこれが理由。何せ戦力外の艦娘で構成されたんだから」

提督「それがしーちゃんの目的か。若いのに凄い人がいるもんだなぁ」

時雨「凄い人ねぇ。まあそうかもね」

コイツら、一々思わせぶりな事ばかり言うわね。しかも十中八九楽しんでる。

提督「全ては艦娘の為を思ってというわけだ」

時雨「宣伝活動も人間に僕達の事正しく知ってもらうため。そして僕達が人間の事を知るためでもある。どこまでいっても僕達のためさ、ねえ北上」

北上「…」

北上は、さっき後ろから髪を引っ張られた時の姿勢のまま顔を天井に向けながらソファにどっかりと座っていた。

時雨「…」

北上「…」

時雨「うん、冷静になってさっきの自分の発言を思い返して反省と恥ずかしさで不貞腐れてるみたいだね」
北上「ちょっと!」

時雨「違うのかい?」

北上「あーはいはいなんでもございませんって」

提督「ははは、仲良いねえ」

時北「「何処が」」

提督「ははは」
254 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:05:56.49 ID:zJyYpUOOO
叢雲「はぁ、結局何がしたいのよ貴方達」

時雨「今説明したじゃないか」

叢雲「それは組織の、しーちゃんの目的でしょ?貴方達はどうなのって聞いてるの」

時雨「あぁそういう事かい」

北上「私はしーちゃんの助けになりたい、かな。特に自分の目的とかないし」

時雨「ドラマーはいいの?」

北上「路頭に迷ったらそっち方面もいいかもねえ」

時雨「僕もしーちゃんを手伝いたいっていうのはあるけど、僕自身人と触れ合いたいというのが目的と言えるかな」

北上「艦娘だからね、人と付き合うには色々と壁があるわけよ。あ、時雨眼鏡貸して」

時雨「いいけど。え、なんで?」ハイ

北上「ふむ、これで髪をほどくと。どお?知的に見える?」

叢雲「文学少女って感じね」

提督「図書館とかにいそうな」

叢雲「そうなの?」

提督「あくまでイメージだけどね」
255 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:06:24.85 ID:zJyYpUOOO
北上「そ、イメージ。イメージだよ。偏見、固定観念とも言えるね」

時雨「北上?」

北上「艦娘はどうやっても人に紛れ込めない、なんて言うけど、こうしてちょっと工夫すれば案外溶け込めたりするんだ」

叢雲「…」

提督「変装って事かい?」

北上「違うよ。艦娘と人との間に壁を作ってるのは人だけじゃない。艦娘もそうだって事。朱に交わろうとしてないのさ」

時雨「それは、確かにそうかもね。しーちゃんもそうだ。あの人が変えようとしてるのは人間の意識だけじゃない。僕らの意識もだ」

提督「流石、説得力というか、経験が違うね」

時雨「戦う場所が違うだけだよ。大変なのはお互い様さ」

叢雲「意識、壁か…」

それはきっとその通りなんだろう。
256 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:09:11.42 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「失礼しまーす」ガチャ

北上「あ、終わった?」

しーちゃん「あら可愛い」

北上「でしょ」ドヤサ

時雨「気をつけなよ。アレはイベントで使えるとか考えてる顔だから」

提督「検査の方は?」

しーちゃん「ばっちしです」

提督「お疲れ様です。どうでした?」

男「問題なしです。詳しい報告はまた」

しーちゃん「というわけでさっさと撤収しましょう。この時間なら帰りに温泉とか寄ってお土産買っていけます」

北上「えマジ?よっしゃサクッと撤収だ」ダッ

時雨「ちょ北上!…いいの?」

しーちゃん「こんな機会中々ないですし、後はバレなきゃ」

時雨「はぁ、りょーかい。温泉は入りたいしね」

北上「しぐ〜その前に髪結んで」

時雨「自分でやれ」

北上「えぇ!?」

しーちゃん「というわけでサッと片付けて帰りますので、詳しい話はお、課長さんからどうぞ」

提督「了解。お疲れ様です」

しーちゃん「あ、今のは聞かなかったことでお願いします」

提督「今の?はてさてなんの事やら」

しーちゃん「いえいえちょっとした独り言です」
257 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:09:45.42 ID:zJyYpUOOO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「で、どうたったのよ」

男「どうも何も無いよ。普通の艦娘だった。少なくとも外から観測する分にはこれまでの例と変わらない」

提督「ならいよいよかな」

男「ええ。外に出てもらう事になります」

叢雲「そこについてはまた話し合わなくちゃね」

提督「だね。それに名前もだ」

男「えぇ、そうですね」

叢雲「あー、その前にしーちゃんを見送ってくるわ、一応」

提督「一応って。貴方もお見送りに行きます?」

男「いや、それはいいですよ」

叢雲「そ、なら行ってくるわ」

男「俺は彼女のとこに戻るよ。そろそろ夕飯ですし」

提督「なら話し合いはその後で」
258 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:10:17.95 ID:zJyYpUOOO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鎮守府の門で待機する三台のトラック。その先頭に話しかける。

しーちゃん「あれ?男さんは?」

叢雲「誘ったけど別にいいって言ってたわ」

しーちゃん「むー、薄情な人ですねぇ」

叢雲「貴方達、どういう関係なの」

しーちゃん「…どういう関係に見えます?」

叢雲「別に」

ダメだ。この人にはなんか勝てる気がしないわ。

しーちゃん「何か、聞きたいことがあるんじゃないですか?」

叢雲「貴方、結局どっちなの」
259 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:10:52.68 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「どっちだと思います?」

叢雲「聞いてるのはこっちよ」

しーちゃん「答えるとは言ってませんからね」

例の爽やか無害スマイルでサラッと言われた。相手が運転席の中でなければ頬を抓ってやるところだ。

叢雲「…人、には思えないわ」

最初は艦娘だと思った。そう確信していた。

でもそれは違った。確信したのは"人ではない"という部分だ。

こうして改めて聞かれて思った。"人でない"という事と"艦娘である"という事は、多分イコールじゃない。

しーちゃん「…八十点」

叢雲「え」

しーちゃん「というわけでご褒美です。誰にも内緒ですよ?」

そう言って運転席から少し体を乗り出す。

私も体を出来るだけ伸ばして顔を近づける。

しーちゃん「私も、昔は艦娘になりたいと思っていたんですよ」

叢雲「え、それってどういう」
しーちゃん「それではまたお会いしましょう」
叢雲「あちょっと!」
260 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:11:25.18 ID:zJyYpUOOO
日向「ふむ、行ってしまったな」

叢雲「門閉めたままで話せば良かったわ」

日向「それは次回に生かすといい。で、何を話していたんだ」

叢雲「…ねぇ、艦娘になりたいってどんな気持ちなのかしら」

日向「そう言っていたのか?」

叢雲「あっ、い、言ってない!言ってないから!例えよ例え」

日向「まあ何にせよ、艦娘である以上私には答えられない問だな。"海を走りたい"や"深海棲艦と戦いたい"等であれば分からなくもないが」

叢雲「そういうものなの?」

日向「"鳥になりたい"と"空を飛びたい"は別だろう?そういうことだよ」

叢雲「そういうものなのね」

日向「恐らくな。さて、そろそろ夕食だ。戻ろう」クルッ

私は、私はどうだろう。

私は

叢雲「昔は、人になりたいなんて思わなかったのに…」
261 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:12:07.16 ID:zJyYpUOOO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『見て見て!』

男『…なんだそりゃ』

『診察カードだって!今日の記録が書いてあるの』

男『いつの間にそんなものを。ってそれよりその服は』

『しーちゃんから貰ったの。今日使ってた診察用の服』

男『まあ服が増えるのはいい事か』

『次が楽しみだわ』

男『気に入ったようで何よりだよ』

『でも、ちょっと疲れたわ』

男『もうすぐ夕飯だが、その前に少し横になってもいいんじゃないか』

『そうする』

ベットに飛び込むような形で寝転ぶ。

白いベッドに緋色の髪が綺麗に広がっていく。

男『眠くはないのか?』

『ううん、全然。まだ夜って程じゃないわよ?』

男『…だな。夕飯持ってくるから待っててくれ』

『はーい』
262 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:13:15.80 ID:zJyYpUOOO
廊下を歩きこの建物から食堂のある本館へ向かう。

男「睡眠か。深く考えたことはなかったな」

艦娘は夢を見ない。

脳の構造が人間とは違うのだ。いやそもそも脳があるのかもよく分からない。

故に夢を見るというシステムがないのだ。

ならば艦娘にとってそもそも眠るとはどういう事なのか。

建物を出ると丁度夕日が海に沈むところだった。

先程のしーちゃんの言葉を思い出す。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しーちゃん「艦娘が夢を見ないのは知ってますよね?」

男「そりゃ勿論」

しーちゃん「なら艦娘が眠るってどういう事か分かります?」

男「どういう事って言われると、睡眠は睡眠だろ。極論無くても身体に影響はないだけで、彼女達の生活の上ではやはり必要というか」

しーちゃん「そうじゃなくて、艦娘の睡眠というのがどういう状態なのかって事ですよ」

男「状態?」

しーちゃん「そうですねえ。就寝時間を設定している鎮守府とそうでない鎮守府がありますが、それ以外に等しく艦娘が長時間じっとしていなければいけない時があります。さあなんでしょう」

男「…じっと、入渠か」

しーちゃん「え、正直正解すると思いませんでした。その通り。バケツは無限ではありません。駆逐艦でも長ければ五時間は超えますし、戦艦ともなれば丸一日かかります」

男「確かに睡眠以上だなその時間は」
263 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:14:46.66 ID:zJyYpUOOO
しーちゃん「その間、艦娘って何してると思います?」

男「…暇潰し、ってレベルの時間じゃない時があるな」

しーちゃん「寝てるんですよ」

男「寝る?」

しーちゃん「見えますか?あの建物。ここは四つですね。入渠ドック」

男「あぁ。工廠横の三角屋根だろ」

しーちゃん「あの中に一人で半日ってどうです?誰かと話したり何かしたりとか出来なくは無いですけど、それでも半日とかになればどうしようも無いです」

男「なら寝るしかない、のか」

しーちゃん「そう。寝るんです。でもそれは体を休めるために機能を落とすという生物的な物じゃないんです」

男「夢を見ないって話か?」

しーちゃん「いえ、暇と感じるその意識を落とすんです」

男「…ん?」

しーちゃん「想像しにくいとは思います。でも艦娘はそういう事が出来る。そういう事をするんです。必要でない時、人という部分を落とせる。まるで誰も乗っていない船みたいに」

男「誰も、乗っていない…」

しーちゃん「今回の三十分放置はそのテストです。これまでの経験から体を静止させ目を瞑った状態からなら概ね三十分以内に艦娘は意識を落とします」

男「今は、今はどうなんだ?」

しーちゃん「今は目を瞑っているだけですね。そこら辺はこの機械でバッチリ分かります」

男「…」

しーちゃん「知らなかったでしょ。まあ私も最初は知りませんでしたけど。よくよく知れば、艦娘はあまりに人間と違うんです」

男「お前は、出来るのか?」

しーちゃん「…私には多分もう、出来ないでしょうね」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
264 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:15:26.33 ID:zJyYpUOOO
叢雲「何ボォーっとしてんのよ」

男「ん?あぁ、叢雲か」

いつの間にか夕日を眺めたまま立ち尽くしていた。

叢雲「もうすぐ夕餉でしょ。今日はどうするの?」

男「今考えていたとこだよ」

叢雲「何も無いならこっちで決めてもいいかしら」

男「もちろん構わないが」

叢雲「今日吹雪と、あーウチの姉妹が何人か当番なのよ。だからあの娘に何か作ってもらおうと思って」

男「助かるよ」

叢雲「ならそう伝えとくわ」

男「なあ叢雲」

叢雲「何よ」

男「最後に寝たの何時だ?」

叢雲「はあ?昨日よ昨日。ちゃんと司令官の言う通り寝てるのよ」

男「…寝てる時って、どんな感覚だ?」

叢雲「寝てる時って言われても、寝てるのよ?そんなの分かりっこないじゃない。そこにいないんだもの」

男「あぁ、そうか。そうだな」

叢雲「?ほら、行くわよ」
265 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/19(火) 02:25:21.74 ID:zJyYpUOOO
少し遅めのゴールデンウィーク

生きてました。まだまだ色々と大変な時期ですが頑張って提督やっていきたいです。

入渠ドックの外見はゲーム内に鎮守府のイラストがあるという話を何処かで見てそれを思い出したのですが実際どのイラストなのかは忘れました。記憶違いなのか…?
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/19(火) 02:26:14.51 ID:/MxgXHWUo
おつです
しーちゃんはなんじゃろな
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/19(火) 02:48:05.53 ID:2ASycq3qo
otu
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/27(水) 12:36:42.09 ID:LJFIjVj60
おつ
ゆっくりでもいいから完結頼むぜ
楽しみにしてるんだ
269 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/30(土) 02:58:22.36 ID:UO9Mmx190
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『おはよう』

『おはよっ、課長さん』

扉を開けると既に起きて本を読んでいた彼女がこちらを向いて挨拶をする。

何事も無ければこうして規則正しい生活は出来るようになってきた。

『あら、今日は司令官も?』

提督「おはよう」

『今日は何の用かしら』

提督「大切な話があるんだ。君に関わる大事な事がね」

『私?』

提督「そう。君に自身の名前を決めて欲しいんだ」
270 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/30(土) 03:00:52.64 ID:UO9Mmx190
それは昨日の夜決めた事だった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

提督「名前を、まあ僕が付けるってのはいいんですけど。いざ付けるとなると迷いますね」

男「極端な話記号でも良いんですよ。いえ良くはないんですけど、肝心なのは提督である貴方が仮のあだ名を付けるって点なので」

叢雲「無難に今あるあの娘のあだ名から選べばいいんじゃない?」

提督「えっと、赤子・紅・赤ずきん・緋色・さくら・撫子…」

叢雲「座敷童子・姫ちゃん・官女・お雛様。後はピーちゃんとかワラビーとか訳わかんないのも聞いたことあるわ」

男「だからなんで皆統一しようとしないんだ…」

提督「うーん責任重大だなあ。あそうだ。今の中からあの娘に選んでもらうというのはダメですかね」

男「選ばせる、か。確かにそれは悪くない」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『…ワラビーって?』

男『気にしなくていいよ。よく分からないから…』

『この中だったら、そうね。緋色!緋色がいいわ!』

提督「了解。なら少しの間かもしれないけれど、よろしく。緋色」

緋色『ええ、こちらこそ』

そうしてお互いに握手をする。

そう。これが大事なんだ。
271 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/05/30(土) 03:01:51.81 ID:UO9Mmx190
男『さて。仮とはいえ名前も決まったし、昨日の検査で問題なしとなった。今日からは外に出て色々と学んでもらう』

緋色『本当!?やった!』

男『あぁ、だがそ』
叢雲『その前に!』バタン

緋色の部屋の扉を勢いよく開けて叢雲が入ってくる。

緋色『?』

叢雲『掃除するわよ!』

提督「…と言って聞かなくてね」

叢雲『必要な事よ!』

そこには箒を持った叢雲がいた。

エプロンをして三角巾を被りマスク代わりの布を首から下げるその姿は、うん、正直おばさんくさい。言わないけど。
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