【艦これ】神風「最初の一人」

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102 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/02(月) 04:32:19.65 ID:4Jx7eI/a0
男『俺は鎮守府の人間じゃない。この鎮守府は海軍に属するものだが、俺はその軍とは、まあ少し別の組織から来た者だ』

『…派遣の人?』

なんでそんな知識はあるんだよおい、とは言わない。そんな事で意識を失われては困る。

男『そんなところだよ、多分』

『何をしに?』

男『今回は、そうだな。教師としてだな』

『先生なの?』

男『そういう事もやっているんだ。例えば歴史なんかを教えたりな』

『歴史の先生なのね』

男『主に近代史だがな。でも好きなのは戦国時代だ。君は歴史と聞いてなにか連想するものはあるかい?』

『んーそうね。平安時代とかかしら』

男『大正時代なんかはどうだ?』

『大正時代?』

そう。彼女の唯一の特徴。

現時点で唯一の手掛かり。服装はどういうわけか大正時代のものに通じるものがある。何か覚えていればいいのだが。
103 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/02(月) 04:33:05.37 ID:4Jx7eI/a0
『あまりぱっと思いつくものはないわね』

男『…それもそうか』

なるほどな。大正時代という存在は知っているわけか。

もう少し踏み入ってみるか。

男『昭和時代なんかはどうだ?』

『昭和…えっと、大正の次で、それで…』コテン

男『ダメか…』

意識を失った彼女は俺の体によりかかってきた。

やはり大戦時の記憶が欠損していて、そこを中心に関連する記憶も抜けているようだ。

第二次世界大戦を中心にそれに近い記憶程抜けていて離れる程影響は少ないといったように思えるが、ここら辺はまだ検証次第だな。
104 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/02(月) 04:33:39.53 ID:4Jx7eI/a0
再び彼女をベットに寝かせ布団をかける。

そういえばこの分だと着替えもしていないようだが大丈夫なのだろうか。

パジャマとはいえずっとこのままというわけにもいくまい。風呂も、まあ寝たきりならそんなに要らないか?

いや、俺が心配してもしょうがないか。

明かりを消し牢屋に鍵をかける。

そう、牢屋だ。そう意識すべきだろう。

彼女をここから出すには、やはり相当な時間がかかりそうだ。

普段使われていないせいか明かりも少なくすっかり暗くなった廊下を執務室に向かって歩く。
105 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/02(月) 04:38:47.70 ID:4Jx7eI/a0
しーちゃんペンライトゲットだぜ

色々と忙しい時期ですが大規模作戦が始まってしまいました。
戦力層の薄い鎮守府なのでしっかり様子見です。

今後神風にはしっかりお風呂に入ってもらうし漏らしてもらう予定なのでそこまでは頑張ります。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/02(月) 05:08:22.60 ID:QdK25AIvO

これはお漏らしに期待せざるを得ない
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/02(月) 13:20:54.03 ID:rP+SrCKEO
神風ちゃんと言ったらお漏らしだからね仕方ないね
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/03(火) 12:32:40.38 ID:BXrInFt/0
おつ
次も楽しみに待ってる
109 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:29:37.44 ID:PrUZMYEX0
男「失礼します」

執務室を扉をノックし声をかける。

提督「ああ、どうぞ」
『げっ!』

男「…ん?」

入室の許可に混じって何やら不穏な声がした。

ここで考えもなく扉を開けた自分を詰りたくなる。

瑞鶴『…』ムスッ
金剛『…』

提督「あー、お疲れさま」

男『邪魔でしたかな』

提督「いや構わないですよ。少し座って待っててください」

男『ええ』
110 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:30:37.75 ID:PrUZMYEX0
ソファに座り提督の方を見る。

彼のいる立派な机の前にこちらに背を向け二人の艦娘が並んで立っていた。何かの報告の最中だろうか。

僅かに緑がかったツインテールと迷彩柄の巫女装束のような服という特徴的な姿をしているのは空母の瑞鶴だ。迷彩ということは改装はしているらしい。

チラと振り向き突然やってきた邪魔者に対して隠すこと無く敵意を向けてくる。高めの身長に反して幼さの残る顔はまるで膨れっ面をする子供のような印象を受ける。

もう一人はブラウンのロングヘアに白ベースに赤のラインというまさに巫女服といった容姿。世間での知名度も高い戦艦金剛だ。

しかし金剛は瑞鶴と違った。こちらを横目で一瞥したときのあの冷ややかな視線は思わず鳥肌が立つ程だった。

彼女がどういった意図を持っていたにせよ一般人でしかない俺にとってそれは殺意と何ら変わらない威圧感だった。
111 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:31:34.33 ID:PrUZMYEX0
会話はどうやら船団護衛の編成についてのようだ。流石にこういった話は素人の俺には分からない。

しかしこれ長くなるだろうか…明らかに部屋の空気が重い。俺のせいで話し合いに支障が出てなければいいが…

提督「よし、じゃあ続きは明日の演習で試しながらにしよう。二人ともお疲れ様」

瑞鶴『はーい。提督さんもお疲れ〜』

金剛『お疲れ様デース提督ぅ!明日もよろしくネー』

二人が部屋の入口へ向かう。

機嫌の悪さを隠そうともしない瑞鶴とは対照的に普段と変わらない金剛。二人の性格がよく現れて

金剛『"課長さん"も、お疲れ様ネ』

男『…あぁ、お疲れ様』

そういう事か。怖い怖い。抑揚のない冷めた労いの台詞で察する。

課長呼びということは飛龍からの情報は鎮守府にちゃんと広がっているようだ。

わざわざ言ってきたという事は牽制、線引きという訳だ。流石は戦艦金剛と言ったところか。
112 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:32:47.63 ID:PrUZMYEX0
提督「いやぁタイミングが悪かったみたいで申し訳ない」

男「構いませんよ。遅かれ早かれ彼女達とは接触しなければならないんだ」

提督「今叢雲を呼んだのでそのまま待っててください」

男「OK」

提督「僕も失礼して」ドサッ

机から離れソファに深々と腰を預ける。

男「どうですか、そこの椅子の座り心地は?」

来客に備えてか随分と立派に作られている机を見ながら問いかける。あの椅子では長時間の作業は負担だろう。

提督「それはどっちの意味で?」

男「え?あぁ、いや、ハハッ。貴方の思う方でいい」

思いがけない反応に、しかしつい笑いが零れた。

提督「堅苦しくてしょうがない。でもどうにも居心地がいい」

間違いなく本音だろう。そう確信させる目をしていた。"どちらの意味の回答でも"、それが本心だろう。
113 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:33:26.77 ID:PrUZMYEX0
男「羨ましい」

提督「本気で?」

男「それなりに」

提督「座り心地はもう少し良くなって欲しいのですけれどね」

男「それは無理でしょうね。何せ作っているのがアレだ」

提督「あれ、いいんですかねそんな事言って」

男「椅子職人の話でしょう?」

提督「おっとそうでしたそうでした」

叢雲「あら、いつの間にか随分と打ち解けてるじゃない。それでいいのよ、それで」

提督「おー叢雲」

男「いつの間に…というか早いな」

叢雲「勿論。司令官の要望には即座に答えられるようにしているわ」ドヤァ

提督「もはやストーカーレベルだよね」ハハハ

叢雲「は?」ピキ

男「…」

褒めたつもりなんだろうなーこの男は。朴念仁なのか?
114 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:34:34.19 ID:PrUZMYEX0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「それで、どうだった?一日あの娘(こ)といて」

男「一日と言っても会話ができたのは二回だけだ」

提督「二回?午前中以外にも目を覚ましていたんですか?」

男「ついさっき。それなりに会話はできましたよ。何かを思い出させなければ会話自体はそれほど問題ない」

叢雲「問題は私達の目的がその思い出させる事って点ね」

男「とりあえず先の会話で今後の大まかな方針は決まった」

提督「ほう、それは」

男「まず彼女は鎮守府という組織を一切知らない。ここの事もここにいる3人と他に大勢の艦娘という人がいる、という認識しかない。それを逆に利用しようと思う」

叢雲「利用?」

男「俺が教師として彼女につく。艦娘とはこうやって生まれた時は何も知らないから勉強が必要なんだと言ってな」

提督「あー、あぁ!なるほど。それは良さそうだ」

叢雲「確かに…彼女の負担は少なそうね」
115 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:35:55.00 ID:PrUZMYEX0
男「と言っても現時点での、あくまで大まかな方針です。様子を見つつ彼女の反応を見てその都度調整は必要になるでしょう」

提督「ならこれから暫くはこの時間にこうして集まって報告を聞き話し合うとしましょう。専門家じゃないけれど僕らも手伝いはできるはずです」

男「それはありがたい。ひとまずはそれで行こう」

叢雲「それで、細かい方針は何かあるの?」

男「方針というか、今とりあえず知りたいのは食事が必要かどうかかな」

提督「うん。何せあの調子だから今の今まで何も摂取できていないんだよね。艦娘である以上"栄養摂取"は不必要だけど"食事"は必要だ」

叢雲「とは言えいきなり食堂というわけにもいかないものね。何か簡単に持ち運べる軽い物でも用意させとく?」

提督「そうしてくれると助かる。俺としてもな」
116 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:36:29.13 ID:PrUZMYEX0
叢雲「そういえば夕餉はどうしたの?完全にスルーしてたけど」

提督「あっ」

男「食堂で食べたよ」

叢雲「あら、やるわね」

提督「なんか来客感全然なかったから忘れてたね」

男「飛龍のおかげでな、助かったよ。明日からは気をつける」

叢雲「へぇ飛龍が。ふぅん」

提督「いつもは来客には別室で少し豪華なものを出したりしてるんですけどね。いやほんと申し訳ない」

男「馴染んでると言ってくれるならそれが一番ですよ」

叢雲「明日はどうするの?」

男「別室とまではしてもらわなくても、でも出来れば二人のどちらかとは一緒が望ましいな」
117 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:37:07.08 ID:PrUZMYEX0
提督「ならそうしましょう。食堂に馴染めるように」

叢雲「…明日って報告書あったわよね」

提督「あ゛」

男「報告書?」

叢雲「近海の調査報告書よ。深海棲艦(ヤツら)の動向を週一くらいで報告しなきゃなのよ。どんな小さな動きも見逃さないようにね」

男「ほぉ。それは知らなかったな」

提督「」

叢雲「終わるの?」

提督「」

叢雲「…」

提督「」

男「これは?」

叢雲「日頃からコツコツやらない怠惰な男の哀れな末路よ」

提督「ホント申し訳ない」
118 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:38:02.68 ID:PrUZMYEX0
叢雲「てことでアンタはそこで仕事。私が食堂行くわ」

提督「無慈悲な…」

叢雲「安心なさい。後で私がご飯持ってきてあげるから」

提督「えーじゃあ誰かに夕飯作ってもらおうかなあ」

叢雲「」ピクッ

男「作ってもらう?」

提督「秘書艦は日毎に他の艦に変わってもらったりしてるんですよ。そこでいつからかその日の秘書艦とご飯を食べるのが流れになってて、僕が作ったり向こうが作ったりと色々とね」

男「ほお」

艦隊内でのコミュニケーションのためか。中々いいアイデアだ。

しかし料理までできるのかこの男。

提督「日中はどうしても艦隊の運用に時間を取られるのでご飯を作ってくれたりすると空いた時間を他に回せましてね」
119 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:40:01.36 ID:PrUZMYEX0
叢雲「な、なら一緒に食堂行けばいいじゃない」

提督「報告書書かなきゃだから行けないって話だろ?」

叢雲「」

男「…」

あ、これはあれか。察した。

提督「それに秘書艦の制度も君の負担軽減のためにやってる所もあるんだしそこまではしなくても大丈夫だよ」

叢雲「…そう」

男「よ、よろしく頼むよ」

叢雲「ッ…」キッ

うわ睨まれた。どう考えてもとばっちりだろ俺は。
120 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:40:33.15 ID:PrUZMYEX0
提督「では明日からはそういう事で」

男「あ、ああ…」

いいのかなぁそういう事で。口出すことじゃないんだが。

叢雲「司令官っ!」バンッ

提督「うおっ!」
男「えっ?」

叢雲「徹夜よ」

提督「は?」
男「ん?」

叢雲「徹夜で終わらせるわよ」

提督「…へ?」
男「あー…」

目がマジだ。
121 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:41:01.36 ID:PrUZMYEX0
提督「べ、別にそこまで急を要するものじゃなくないかい?」

叢雲「四の五の言わずにやるわよ。明日の仕事はいくつか私がやっておくからやるわよ」

提督「えぇ…」

男「…徹夜ってのはやったりするので?」

提督「たまに…」

叢雲「昔はしょっちゅうやってたものだけれど」

提督「若さは力だよ」

叢雲「まだ若造じゃない」

提督「二十後半辺りからくるんだよ、急に。呪いみたいなのが全身に」

叢雲「何よそれ」

男「…」

それは分かる。
122 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:41:35.38 ID:PrUZMYEX0
提督「君達は寝なくても平気だけど僕らは寝ないと二三日は引きずられるんだよ…」

叢雲「いつもたっぷり寝てるんだからたまには頑張りなさいよ」

提督「えぇ…」

叢雲「ほら、やるからにはさっさとやるわよ!終われば寝れるんだから」

提督「やるとは言ってなくない?」

叢雲「 や る わ よ 」

提督「ハイ」

男「あーうん。頑張って」

叢雲「じゃまた明日」

提督「こっちの事はお気になさらず…」

男「気にはなるが、まあどうこういうものじゃない」

提督「それもそうだ。では、おやすみ」
123 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/09(月) 02:44:41.62 ID:PrUZMYEX0
E2までしか終わってない!

基本的に艦娘の好意的な態度しか見ないのでそうでない艦娘を書きたいなって。
人選は個人的睨まれてみたい艦娘トップ2からです。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/09(月) 06:04:51.43 ID:yaI3S5dFO
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/09(月) 20:31:11.66 ID:KS3efmdLo
おつ
126 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:34:29.98 ID:2t2tJjtO0
男「…」

扉を乱暴に叩く音で目が覚めた。

ベットに寝たまま手探りでスマホを手繰り寄せ時刻を確認する。

朝の6:18。

一体何の用だ?そもそも誰が扉を叩いているのか。

寝起きの機嫌の悪さを自覚しながらそれでも少し急ぎめで入口まで移動し扉を開ける。

男『はいはい、何の用ですか』ガチャ

叢雲「私よ、おはよ」

妙なアンテナが喋った。いや違う。

目線を少し下げるとそこには叢雲がいた。

男「叢雲?おはよう、どうしたんだ?こんな時間に」

叢雲「マルロクマルマル。艦隊総員起こしの時間よ。だからあなたも一応、ね」

ニヤリと笑う。うーんこの顔、さては嫌がらせの類だなこれ。

男「なるほどね。そりゃご親切にどーも」
127 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:35:11.03 ID:2t2tJjtO0
鎮守府の朝はどこも早い。

なんなら平日は灯りの消えない鎮守府だってある。

男「ここはいつもこの時間なのか?」

叢雲「そうね。6時に声掛けて、暫く猶予を与えた後布団にしがみついてる奴らを叩き起していくのよ」

男「ならこれからその叩き起しってわけかい」

叢雲「これからじゃないわ。今まさによ」

男「あぁなるほど。布団にしがみついてるとさっき叩かれていた扉みたくなってたわけだ」

叢雲「気をつけなさいよ。アナタは私達や扉と違ってそれほど頑丈じゃあないもの」

男「肝に免じておこう」

眠気はすっかり覚めていた。
128 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:36:17.26 ID:2t2tJjtO0
男「君の今後の予定を聞いてもいいか?」

叢雲「全員の起床を確認。今日の各自の予定を改めて通達、各自目を通したか確認。早番の娘達の航路や日程を確認送り出し。夜番の娘達の帰投確認、で報告受けてとりあえずは朝餉ね。司令官は、まあ起きないでしょうけど」

サラッと簡素に答えたがこれだけでもどれほど忙しいかわかる。

今は端末等で事足りるとは言え百を超える部下をまとめあげるのは並の苦労じゃない。

早番というのは恐らく早朝からの遠征や船の護衛だろう。夜番はそれを夜通しやっている艦隊か。

男「改めて聞くとえらい忙しさだ」

叢雲「この身体じゃなきゃ三日持たないわよ。それでも司令官は睡眠を取れって言うけれどね」

男「そうなのか?」

叢雲「ええ。わざわざ秘書艦を交代制にしてまでね。いい夢を見ろって事らしいわ」

男「いい指揮官じゃないか」

叢雲「そう?押し付けがましいと思わないでもないわよ。夢なんか見なくたって、私はあの人の隣いにいる限りは人であり続けられると思うのだけれど」
129 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:36:48.60 ID:2t2tJjtO0
男「あって欲しいという思いだよ。きっと」

叢雲「…ま、だから私から何か言ったりはしないのだけれどね」

提督と叢雲。二人の間にある信頼は少し変わったもののようだ。

最もその印象もお互いが人間だったら、という前提あってのものだが。

叢雲「それで、アナタの方はどうなのよ。今後の予定は」

男「あの娘の様子を見ているよ。起きるようなら一緒に朝食を摂りたいところだが」

叢雲「彼女次第ってわけね。はいコレ」

ポケットから何かを取り出す。ポケットあったのかその服。

男「これは?」

叢雲「アナタ用の連絡用端末」
130 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:37:32.86 ID:2t2tJjtO0
渡されたのは昨日叢雲も使っていたスマホだった。

叢雲「基本的に連絡機能だけが入ってるわ。それも鎮守府内だけの。そこら辺はアナタなら分かってるでしょ?」

男「そりゃな」

情報漏洩には意外な事に国が徹底して対策をとっている。流石にアイツらでも艦娘という存在が如何に重要かは理解しているらしい。

その為基本的に鎮守府と外部の連絡手段はかなり限られている。当然俺の普段使っているようなスマホはここじゃ電波が入らない。

叢雲「その端末の機能レベルは一番最低限のものになってるわ。外部との連絡は私か司令官のみ。後は執務室のコンソールね。観覧用のパソコンの置いてある部屋もあるけど、履歴とか全部外に送られてるからバレるわよ」

男「観覧用ってのはつまり娯楽としてって事か?」

スマホを操作して確認する。うん。今まで使ったことのあるものと同じだ。

叢雲「調べ物のため、って名目だけど実際はアナタの言う通りよ。今時娯楽がテレビだけってのはつまらないでしょ?」
131 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:38:36.20 ID:2t2tJjtO0
男「そりゃそうだろうな。よし確認した。何かあれば連絡する」

叢雲「連絡先は今のところ私と司令官だけ登録しといたわ。緊急なら電話。そうでないならメッセージでお願い」

男「…他の艦娘とも連絡先を交換したりできるのか?」

叢雲「可能よ。機能的にはね。でもその方がアナタはやりやすいかもね」

男「だから買い被りすぎだよ。分かった、ありがとう」

叢雲「それじゃ頑張ってちょうだい」

男「君もな」

右手をヒラヒラと振りながら去ってゆく小さな背中を見送る。

彼女を見て、はたしてその背中がかつて計り知れないほど沢山のものを乗せて海を渡っていたと分かる者がどれだけいるのだろうか。

少なくとも俺には分からなかった。
132 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:39:25.60 ID:2t2tJjtO0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

さて仕事だ。切り替えよう。

顔を洗い歯を磨く。その後ギリギリ社会人らしく見えるラインのラフなシャツとズボンに着替える。

流石にまだ半袖を着る季節ではないが、長居する事を考えると先に仕入れておくべきかもしれないな。

そんな益体も無い事を考えながらお隣さん家の扉を開ける。

男「…変わらずか」

寝ていた。昨日と違い桃色貞子にはなっておらず寝かせたままの姿勢、つまり仰向けのままベットにいた。

寝相とは脳が深く寝ているから起こると聞いた事がある。それでいえば昨日はちゃんと眠れていたという事なのだろうか。

そもそも艦娘の睡眠ってどういう状態なんだ?
133 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:40:35.31 ID:2t2tJjtO0
男『おはようございま〜す』ヒソヒソ

なんとなく小声で呼びかけてみる。別に寝起きドッキリというわけじゃないんだが。

『ん…〜』モゾモゾ

お?意外にも反応があった。つまり気を失っているのではなくあくまで睡眠状態にあるという事か。

男『ヒトナナマルマル。総員起こしから一時間たってるぞ』ユサユサ

身体を優しく揺すりながら普通に起こしてみる。

『んー…ん?』

男『よ、おはよ』

『おは、よう?』

普通に起きた。最初の頃より意識が安定してきているのだろうか?

『えっと、その、私また寝てたの?』

男『ああ、ぐっすりとな。今は朝の七時だ』

『朝…うーいつの間に寝てたのかしら』
134 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:41:12.84 ID:2t2tJjtO0
男『そこら辺は気にしなくても大丈夫だよ。起きられるか?』

『えぇ。問題ないわ』

そう言って上半身を起こし大きく伸びをする。

『久々に朝に起きた気がするわね』

男『ならきっとそうなんだろうな』

『よッ痛っ!』

男『!?どうした!』

『あ!ち、違うの!ちょっと髪を引っ張っちゃって…』

男『髪?あぁそういう事か』

長座体前屈の姿勢からベットに手を付き立ち上がろうとして、その長い髪を手で押えてしまいピンと張ってしまったようだ。

『…』サラサラ

不思議そうに自分の髪を触る。記憶が無いと自身の身体すらままならないか。
135 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:41:51.34 ID:2t2tJjtO0
男『身体に異常はないか?』

『異常?うーん、ないと思うけど、多分』

男『よし。なら朝食にしよう。一日三食が健康の基本だ』

『そういえば私何も食べて無いわね』

男『ちょっと待っててくれ』

スマホを取りだし叢雲にメッセージを送る。

男:彼女が起きた。とりあえず朝食を食べようと思う。

よし、これでしばらくすれば

叢雲:早いわね。了解。そっちに送るわ。

男『返信早いな…』

『ん?何何?』

男『叢雲からの返事がすげえ早くてな。よっぽど忙しいんだろうよ』

色々連絡取りまくってんだろうなあ。わざわざ朝食を持ってきてもらうなんて少し気が引けるな。
136 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:42:24.49 ID:2t2tJjtO0
『そうじゃなくて!そのちっこい板よ。なんなのそれ?』

男『ん?あー、そうか。そうなるわけか』

船の記憶のみならず現代の記憶も欠けているのか。

男『スマホって言ってな。最新の通信機器だ』

『おぉー』

凄いキラキラした目で見てくる。確かに知らなければ随分と不思議なアイテムだろう。

男『ま、それはあとだ。とりあえずは朝食を食べる準備だな』

部屋を見渡す。

家具は下が二段のタンスになっているこのベットのみ。食べるとしたらこの木の床になるのか…まあ掃除はされているようだし別にいいか?
137 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:42:52.83 ID:2t2tJjtO0
男『ん?』
『あら?』

廊下の方から何やら音がする。

男『なんだ?』
『足音かしら?』

随分と慌てた様子の足音がこちらにすごいスピードで近づいて、そして

飛龍『どーーっも宅急便でーーす!!』バァン!!

そいつは勢いよく扉を開けて入ってきた。

男『飛龍…』

相変わらず元気120%の様だ。

というか普通に彼女を他の艦娘に会わせてしまったが大丈夫かこれ!?

『…』ドンビキ

…すっげぇ引いてる。ドン引きしてる。無理もないか。提督、叢雲、俺ときて次がコレだもんな。

飛龍『…あのー、なんか反応が欲しかったり?』

男『廊下を走るな』

飛龍『えぇーそこぉ?よりによってそこぉ?』
138 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:44:53.81 ID:2t2tJjtO0
男『というか何でお前なんだ。叢雲は朝食を、を?』

"送るわ"、とそう言った。なるほどな、送るってそういう意味か。

飛龍『だからその叢雲に朝食持ってってって言われたのよ』

男『OK理解した。ありがとう』

飛龍『どいたま〜』

叢雲はそう判断したわけか。確かに他の艦娘達に慣れさせるなら飛龍はかなり向いていそうだが、それにしたっていきなりすぎるだろ。

飛龍『というわけで私!航空母艦飛龍です!よろしくぅ〜』イェイ

『よ、よろしくオネガイシマス』

声が小さくなっていく。完全にビビって縮こまる小動物状態なんだが。
139 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:45:41.72 ID:2t2tJjtO0
飛龍『ムフッ』

男『あ?』

なんだ?凄い気持ち悪い笑みを浮かべてなんか変な声を出しやがった。

一体何g
飛龍『会いたかったにょぉぉぉおおおお!!!』ガバァッ
『キャァァァアアア!!』ビクッ

それは艦娘の身体能力を遺憾無く発揮した動きだった。

僅かに体を斜めにし重心を前に倒しつつ膝を瞬時にバネにし彼女に飛びかかった。

それは淀みないスムーズさで気づいた時には彼女は飛龍によって再びベットに寝かせられていた。

もっとも今の布団は飛龍だが。すげぇな見事にルパンダイブしたのに衝撃を自分の腕だけで殺してやがる。流石艦娘。
140 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:46:49.40 ID:2t2tJjtO0
飛龍『ムフッ』

男『あ?』

なんだ?凄い気持ち悪い笑みを浮かべてなんか変な声を出しやがった。

一体何g
飛龍『会いたかったにょぉぉぉおおおお!!!』ガバァッ
『キャァァァアアア!!』ビクッ

それは艦娘の身体能力を遺憾無く発揮した動きだった。

僅かに体を斜めにし重心を前に倒しつつ膝を瞬時にバネにし彼女に飛びかかった。

それは淀みないスムーズさで気づいた時には彼女は飛龍によって再びベットに寝かせられていた。

もっとも今の布団は飛龍だが。すげぇな見事にルパンダイブしたのに衝撃を自分の腕だけで殺してやがる。流石艦娘。
141 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:47:44.84 ID:2t2tJjtO0
飛龍『あ゛あ゛あ゛ちっちゃーい!ちんこいちんちくりんー!!うわほっそ腕細!髪スベスベーウリウリ〜』

クリスマスプレゼントに欲しいぬいぐるみを買ってもらった子供でもここまで全力で堪能はしないだろってくらい抱きついて堪能してる…

『んーー!!んんん!!??』バタバタ

よしこれは流石に助けた方がいいなうん。

飛龍『ん?』ピタッ

男『お?』

止まった?

飛龍『…A、じゃないBか!Bはあるな!』
『んん!!??』

男『変態かお前は!』ベシッ

大した効果は見込めないが反射的に頭を叩いてしまった。
142 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:48:39.44 ID:2t2tJjtO0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

飛龍『あはは』

男『あははじゃねえよ変質者』
『』

飛龍『あははー…ごめんつい』

彼女は俺の後ろに隠れて飛龍に対して警戒態勢全開だった。当たり前だ。

飛龍『だって仕方なくなくなくない?』

男『仕方なくねえよ』

どうせろくな理由じゃねえ。まっくこいつは頼りになるんだかならないんだか…

飛龍『いやぁでもようやくちゃんと会えたわね、さk『あ゛あ゛あ゛ストォォプ!!飛龍ストップ!!』…え?』

『?』

男『あ、いや、その…』

やっべ思わず声を荒らげてしまった。

飛龍『えと、何が?ん?』

男『あー悪い。少し急用を思い出したすぐ戻る』

『え、ええ、分かったわ』
143 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:49:24.66 ID:2t2tJjtO0
飛龍『じゃあここで待ってるねー』

違ぇよお前も来るんだよ。今更不審がられることを気にしてもしょうがない気もするが、一応彼女に気づかれないように飛龍にアイコンタクトを送る。

気づけ!お前もちょっと外に来い!

飛龍『…?』

そうだこっちを見ろ!汲み取れ!

飛龍『……!』

お!

飛龍『!』パチンッ

すっごいいい笑顔でウィンクされた。

男『少し飛龍借りるぞ』グイッ
飛龍『えちょっ!』
『ええ!?』
144 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:49:58.81 ID:2t2tJjtO0
飛龍と共に廊下に出て戸を閉める。

飛龍『どうしたのよ急に。ウィンク変だった?』

男『んなわけあるか…』

飛龍『じゃ何よ』

男『…名前だ』

飛龍『名前?』

男『これは、まあ俺が言ってなかったのが悪いっちゃ悪いんだがな。飛龍、さっき彼女の事"さくら"って言いかけたろ』

飛龍『あーうんうん。言いそびれたけど』

男『"彼女を名前で呼んではいけない"』

飛龍『…はい?え、なんで?』

男『あ、いやほら。本当の名前が見つかる前に渾名があるのも変だろ、な?』

飛龍『はぁ、まあそれもそうか。でも呼び名がないのは不便じゃん』

男『そこら辺は、今提督と相談中だ』

飛龍『ふーん、ならしゃーないか』

とっさの事だったから凄い雑な誤魔化し方になったが、まあ納得したようなのでいいか。
145 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:50:42.94 ID:2t2tJjtO0
男『ともかく、彼女には不用意に接触するな』

飛龍『そんなに徹底するものなの?記憶がないってだけで』

男『あぁ、だってお前らは…』

飛龍『お前らは?』

男『悪いなn『何でもないってのはなしね』…』

飛龍『なら、昨日の貸し、ここで返してもらおっかな〜』

男『…お前ら艦娘は危ういからだよ』

飛龍『…それって人にとってって事?』

男『存在が危ういって事だ。彼女は特にな』

沈黙が廊下を埋める。飛龍の真剣な顔はなんというか、叢雲とは別の凄みがあった。
146 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:51:25.00 ID:2t2tJjtO0
飛龍『そっか。じゃ私は退散した方がいいかな。朝食は届けたし』

男『悪いな』

飛龍『悪いかどうかは、私が決めるから』

男『そりゃそうか』

飛龍『それじゃ!』

いつもの調子で変なポーズをとりつつ、部屋の前から立ち去ーらなかった。

男『飛龍?』

飛龍『ねえ、一個だけあの子に質問させてくれない?』

質問してもいいか、という問ではなかった。

質問をさせて欲しいという願いを口にした。

先程の真剣な顔に戻って。

男『…内容による』
147 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:52:00.45 ID:2t2tJjtO0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

飛龍『たっだいまー、朝ごはん食べよー』

『は、はい!』

男『あんまり怖がらせんなよ』

飛龍『怖がらせてない!怖がらせてないから!』

男『あれ、そういや肝心の朝食は?』

飛龍『これこれ』

『それは、お弁当?』

飛龍『そうそう。ホントは遠征とか遠出する娘用に用意されてるんだけどぉ、その予備のやつを丁度いいから食べちゃおって。余ったら勿体ないしさ』

男『そりゃありがたい。見ての通り食べる場所なくてな。弁当なら食べやすい』

飛龍『あー確かになんもないわねここ』

とりあえずは机を用意した方がいいかなこれは。後で考えておこう。
148 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:52:28.43 ID:2t2tJjtO0
『えっと、じゃあどこで食べようかしら』

男『弁当だからな。ベットに腰かけてか、床でピクニックか』

飛龍『床は止めといた方がいいと思うけどね。それじゃ配達員はここでばいなら!』

『ば、ばいなら〜』

古い…

飛龍『あそうだ!配達代代わりに一つ質問してもいい?』

『え、私に?』

飛龍『そう!』

なるほどそう来たか。恩着せがましい気もするが質問の仕方としては悪くない。

『いいけれど、あまり答えられる自信はないわよ?』
149 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:53:55.68 ID:2t2tJjtO0
飛龍『そう大したことじゃないって〜』

ベットに腰かけ緊張からか体を少し強ばらせる彼女の目の前に目線を合わせる形で屈む飛龍。

じっと、真剣に、でもやさしく彼女の薄らと桜色が透ける瞳を見つめる。

飛龍『貴方、何処か行きたいところはない?』

『行きたい、所?』

飛龍『そう。自分はそこに向かいたい。辿り着かなくてもいいから目指したい。そんな場所』

『うーん、えっと…ごめんなさい。ちょっとよく分からなくて』

飛龍『…そっか!ごめんごめんなんか変に重苦しくしちゃって。性格診断テストみたいなもんだからあんま気にしないで?それじゃバイビー!』ピューッ

『行っちゃった…』

男『なんだったんだ?』

『さあ?』

男『とりあえず朝食にするか』
150 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/12/31(火) 23:58:55.29 ID:2t2tJjtO0
どうして年末の方が忙しいんです

週一くらいで更新したい。
でも次はE6を無事突破出来たらですかね…
とりあえず晴れ着艦娘達を拝みます。
151 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/01(水) 00:04:24.85 ID:xm7/y7fL0
明けましておめでとうございます。

今年も少しばかりお付き合いしていただければ幸いです。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/01(水) 01:46:43.63 ID:txX2po6Po
今年もよろしくお願いします!
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/01(水) 02:07:49.12 ID:LwjDEaAeo

ずっと違う名前で呼ばれ続けるとその名前が定着しちゃうみたいな感じかな
神風という艦娘じゃなくてさくらという艦娘になっちゃう的な
もう自分の名前わかんなくてもいっかって感じにもなりかねんし
154 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:24:17.59 ID:zTAKenQX0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『どぉ?そっちは』

男『順調だ。トラブルがないって意味ならな』

叢雲『それは重畳』

端末の向こうからは叢雲の声以外に様々な艦娘の声が聞こえる。何処かで作業中のようだ。

叢雲『なら昼餉も必要って事でいいわね?』

男『ああ頼む。いや待て飛龍はもうなしだぞ』

叢雲『それについては悪かったわね』

男『とても悪気のある声とは思えないが』

叢雲『だから感謝をするわ』

男『感謝?』

叢雲『ええ。ありがと、飛龍を追い返さなくて』

男『…どの道いつかは頼っていただろうからな』
155 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:24:57.77 ID:zTAKenQX0
叢雲『じゃ昼餉が出来たら持っていくから楽しみにしてなさい。そうね、小半時くらいかしら』

男『お、おう。分かった、ありがとう』

通信が切れる。

『叢雲?』

男『あぁ。昼飯を持ってくるとさ』

『もうお昼なのね。時間が過ぎるのって早いわ』

男『だな。それまで休憩しとくか?』

『ううん。キリが悪いからこのまま解いちゃうわ』

男『分かった』

しかし小半時ときたか。一時が二時間で半時が一時間だから、三十分か。

…ババむさいというのもさもありなん。
156 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:25:59.45 ID:zTAKenQX0
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男『お、来たかな』

『ん?何が?』

男『足音だよ』

『足音、あー本当だ』

叢雲『もしもーし。持ってきたわよー』

廊下から声がする。ノックもなしという事は両手が塞がってるのか。

男『はいよー。お?鍋か』ガチャ

叢雲『入れ物はね』

男『うお、カレーの匂いが』

叢雲『ご明察』

男『誰でも分かるだろ』

叢雲『ご飯はこっち』

男『もうよそってあるのか。お代わりは?』

叢雲『ない』

男『マジか』

叢雲『そんなに食べる?』

男『いや別に』

叢雲『なら聞かないで』
157 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:26:28.55 ID:zTAKenQX0
叢雲『あ、しまったこの部屋食べるとこないわね』

男『それなら大丈夫だ。ほら』

叢雲『あら、この机って』

男『俺の部屋から持ってきたんだ。食べるのにはちょうどいいだろう』

部屋には高さ五十センチ程の四角い机が置いてある。小さめだが一応四人用くらいの大きさなので鍋を囲むには最適だ。

叢雲『それじゃお邪魔するわよ』

男『あ、紙どかさないと』

『はいはーい』

彼女が机の上のプリントを退かしていく。

叢雲『紙?』

男『あーその話はまた後で』

叢雲『ふん、まあいいわ。とりあえずカレーよカレー』
158 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:41:10.75 ID:zTAKenQX0
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男『いただきます』
『いただきます』

叢雲『…』ジー

男『…なんだよ』

叢雲『お味は?』

男『味?んー…ん、ん?』

普通に美味しいカレーだったが叢雲のいつも通りなツンとした態度になんとなく微妙な表情で返してみた。のだが


叢雲『え』


零れ落ちるような一声と共にもう戻ってこない飼い主を待ち続ける忠犬のような悲愴な表情で固まってしまった。

男『美味い!美味いぞ普通に!』

あまりに予想外の反応にこっちもテンパってしまう。

叢雲『 あ でしょ!!』

まるで時が止まったかのようなしばらくの間の後、身を大きく乗り出しいつもの得意げな顔に戻る。
159 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:42:02.82 ID:zTAKenQX0
『ん〜美味しいわ!私甘口の方が好きだもの。具も柔らかくて食べやすいし』

叢雲『そうよ〜。しっかり火を通しているもの』

男『お、おう』

ビビった。軽くあしらわれるか文句あるのかみたいな事言われると思ってたがまさかあんな反応をされるとは。

このカレー、叢雲が作ったんだろうな。誰かさんのために。

ったく振る舞われる野郎は幸せだな。

男『なんでそんなに喜ぶんだ?ひょっとして叢雲が作ったのか?』

我ながら大人気ないと思いつつもついからかってしまう。

叢雲『なッ!ち、違うわよ!これはぁその、白雪が作った…のよ』

男『ほほぉう』
叢雲『何よ!』

『お代わり!』

男『え』
叢雲『あら』

『…え?』

おかわりないんだよな。
160 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:43:07.87 ID:zTAKenQX0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『ご馳走様』
『ご馳走様』

男『さて、片付けに行くとするか』

叢雲『あら、いいわよ私一人で』

だろうな。カレーの鍋、ご飯の入った皿3つを乗せたトレイ。これらを一人でまるで軽いお届け物持ってきたくらいの感覚で運んで来ているんだからな。

鍋に至っては素手だ素手。そりゃ戦闘時の火器などによる熱に比べりゃ可愛いものだろうが。

だがしかし、

男『態々持ってきてくれたんだ。少しはお礼もしたい』チラッ

叢雲と話せるいい機会だ。自然と彼女をここに残していけるし。

さて今回はアイコンタクトできるだろうか。

叢雲『…あー、そうね。ならお願いしようかしら』

通じた。流石秘書艦。

『えっと、私はどうしたらいいかしら』

男『食べたばかりだし休憩してていいぞ』

『ならさっきの本の続きが見たいわ!』

男『それでもいいさ。留守番頼むよ』

『はーい』
161 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:44:30.12 ID:zTAKenQX0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

部屋を出て廊下を歩く。

叢雲が空になった鍋を、俺がトレイと重ねた皿を持つ。

叢雲『留守番とはまたうまいこと言うわね』

男『物は言いようだな』

叢雲『それで、何やっていたの?』

男『さっきのプリント。あれは問題集だ』

叢雲『問題集?』

男『大学入試の過去問やらをな。教科は数学と物理』

叢雲『そんなのやらしてどうするのよ?』

男『例えば、叢雲、この問題解けるか?』

端末を操作して保存してある問題の一部を見せる。

叢雲『んー解こうと思えばいけるわね』
162 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:45:31.25 ID:zTAKenQX0
男『その"解こうと思えば"ってのは具体的にどういう意味だ?』

叢雲『どういうって、そりゃあ…あー、なるほどね。そういうこと』

男『流石に理解が早いな』

叢雲『どうも』

船とはただ舵を握っていれば動かせるものではない。

大きなものになればなるほどただ海を進むだけでも様々な計算が必要になってくる。

まして砲撃、雷撃なんかを行うにはさらに複雑な計算を要する。

そして本来それらは船に乗る何人ものエリート達によって行われるものだ。

だが、艦娘はその身一つで一隻の船であり、一隻の船にもかかわらず一人でしかない。本来大勢の人間で行われる様々なものを一人で体現している。
163 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:46:31.11 ID:zTAKenQX0
男『こうして普通に過ごしている時と違って、戦闘中の艦娘の脳は凡そ人間離れした作業をしている』

叢雲『ええ。さっきの"解こうと思えば"ってのも戦闘態勢で脳をフル回転させればって意味だもの』

男『単純計算すれば艦娘の脳は優秀な軍人の脳の十や二十以上が並列化されているようなもんだ。スパコンと比べるには余りにも人間の範疇だが、普通の人間と比較すれば余りに人間離れしている』

叢雲『だからこそのテスト?』

男『計算ってのをきっかけに思い出すものがあるかなってな。結果はこの通り』

叢雲『これは?』

男『さっきのテストの点数』

叢雲『…見てもよくわからないわ』

男『偏差値は70以上。秀才だ。だが人の範囲だな』

叢雲『偏差値って何の統計よ』

男『あぁ、全国の受験生達と比べてって事だよ』

叢雲『受験…あーそういう。そっか、学生って奴か。そっか、そういう世界があるのね』

そう言って叢雲は廊下の窓から外を見る。彼女の持つ薄い空色のカーテンのせいで見えなかったが、その表情は想像に難くなかった。
164 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:49:15.72 ID:zTAKenQX0
男『俺も昔受験生だったな。もう二度とゴメンだし、出来れば忘れたいくらい嫌な思い出だがな』

つい、ついくだらない事を口走ってしまう。ただ誤魔化す為に。

叢雲『アナタの事は聞いてないわ。いいから話を進めてちょうだい』

ヒラヒラと片手でこちらをあしらう叢雲の呆れた表情に安堵しつつ会話を戻す。

男『あー、それでだな。さっきのテスト。普通艦娘にガチで解かせたら軒並み満点か凡ミスが少し出る程度の結果になる』

叢雲『まあそうね。引っ掛け問題なんかは慣れていないから間違えそうだけど、ええ、他は大抵暗算でいけるわ』

端末に映る問題を凝視しながらそう答える。きっと今俺との会話と並行して問題を解いているのだろう。こういう作業は艦娘だからできる事だ。

男『頭の中で計算ってどんな感じなんだ?』

叢雲『んー殆ど感覚的なものなのよねぇ。問題だけ見てあとは他の人に頼んでる感覚。人というか他の脳みそ?何せメタグロス状態だもの』

男『めた?』

叢雲『あ、気にしなくていいわよ』

男『そうか』

メタグロス。なんだろう。専門用語か?それなら俺でも知ってそうだが。
165 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:50:26.19 ID:zTAKenQX0
叢雲『それにしても記憶なくても解けるものなのね。あ、たまたま覚えてただけ?』

男『いや、どうも記憶と言うよりは知識の方らしい』

叢雲『それって違うの?』

男『例えば俺が記憶喪失になったとしよう。俺は誰、ここは何処ってなる』

叢雲『それで?』

男『そんな状態でも俺は二本の足で歩いて日本語での意思疎通ができる。記憶喪失ならそれはおかしくないか?』

叢雲『…確かに。言われてみれば記憶喪失って
なんだがんだ記憶あるわよね』

男『つまり経験の方の記憶は失われて知識の方はあるって事だ。彼女も経験の方はさっぱりだが知識は恐らくある』

叢雲『数学や物理は分かるってわけね』

男『他にもカレーに対する知識もな。甘口が好きってことは辛口の知識はあるみたいだ』

叢雲『となると記憶喪失ってそれほど厳しい状況でもないのかしら』

男『そこはなんとも言えないな。脳をタンスと仮定すれば彼女は恐らくどこに何をしまったか分からなくなってるんだ

そしてどういうわけか特定の引き出しは開けると爆発する』

叢雲『だからどれが爆弾の大元を探るために引き出しを一個ずつ開けていくしかないと』

男『そういう事だ』
166 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:51:08.80 ID:zTAKenQX0
叢雲『手当り次第試すってそういう事だったのね』

男『実際計算能力から記憶が戻った例があってな。だから試してる』

叢雲『あら、実例有りなの』

男『歴史と計算。とりあえずはここら辺が実例有り。さっき彼女が読んでいたのが歴史の教科書だ』

叢雲『それで、試して見たアナタの所感は?』

男『なんとも。一万まである数字の中からランダムで当たりが出るまで引き続けるみたいな作業だ。地道にやってくさ』

叢雲『ま、精々頑張って頂戴。応援してるわ』スッ

男『…なんだその手は』

叢雲『ここまででいいわよ。お皿。ここからは艦娘も多いし』

鎮守府の外れのあの建物はともかく食堂は鎮守府の中心に近い。当然艦娘も集まる場所だ。

男『ならお言葉に甘えよう』

叢雲『あともう一つ』

男『まだ何か』

叢雲『カレーの事言ったらコロス』

あ、からかってたのバレてたのね。

想像以上に怖かった彼女の目を前にして俺は黙って首を縦に振ることしか出来なかった。
167 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/01/19(日) 05:53:10.95 ID:zTAKenQX0
イベント海域逆RTA完遂

艦娘はきっと頭がいい、というより処理能力が高いんだという世界です。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/19(日) 07:19:49.32 ID:sJHeB0agO
叢雲ちゃんかわいい
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/19(日) 22:01:13.12 ID:RBSr/U4mO
おつ
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/19(日) 22:56:59.10 ID:C1XCRMRfo
メタグロスはどっから……いつくか経路が
おつ
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/20(月) 09:46:02.53 ID:nVOx+n2Oo
おつおつ
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/21(火) 15:27:33.96 ID:OoD8MqGA0
小半時なんて初めて聞いたわ
有名なのは四半時(四半刻)だけどこっちは調べたら江戸時代だった
173 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:43:28.05 ID:qK3o3GJF0
"夕餉"のように古臭い言い回しをしそうだなというのが私の中の叢雲概念です。つまりババむs
174 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:45:00.42 ID:qK3o3GJF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

一週間、という感覚。間隔。

この一見世間から隔離された鎮守府という空間。

しかし意外な程に世間と同じ一週間という感覚を共有して動いている。

一週間の天気は入念にチェックするし、当番や護衛艦隊の編成なんかも曜日で交代させている。

休日は人を乗せた船が多く通るし、輸送の船の種類や数は季節や時期にそって大きく変わる。

僕や彼女達にとって一週間という周期はそれなりの意味を持っている。

提督「なんというかまあ、意外と長いですよね。一週間」

叢雲「あっという間よ」

男「あっという間だな」

そう。彼が、そしてあの娘が来てから約一週間になる。
175 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:45:55.59 ID:qK3o3GJF0
夕飯を済ませ鎮守府が少しづつ静かになってゆくこの時間。いつもの会議も七回目になる。

提督「半ば様式美になってきたけど一応これから始めましょうか。どうです、彼女は」

男「残念ながらさっぱりですよ」

そう言って目の前の男は首振る。

いつも通りソファに座り部屋のテーブルを囲んで叢雲のコーヒーを啜るこの会議。気付けば彼が僕の向かいのソファの右側。そして僕の左に叢雲というのが定位置になっていた。

提督「流石にそろそろ違うアプローチを始めるべきなんじゃないですかね」

素人考えだが未知の相手であるのは彼も同じだ。的外れということもないだろう。

叢雲「そうね。流石にそろそろ名前も欲しいわ。"彼女"とか"あの娘"とか言うの面倒だもの」

そう言い放って叢雲が"コーヒーを啜る"。

ふむ。どうにも御立腹のようだ。
176 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:46:38.90 ID:qK3o3GJF0
男「"仮名"か。まあ、そうだな。そうする他にないでしょう」

"名前"。この話について彼はいつも言い淀む。

「本当の名前を探すのが目的なのだからその前に名前をつけるとややこしい問題が起こる」と言いあの娘を名前で呼ぶなとそう続けた。

それはきっと本当だろうし本音なんだと思うけれど、それ以外に何か、それ以上に何かを隠しているように思えて仕方がない。

提督「今あの娘の渾名って何があったっけ」

叢雲「ええっと、眠り姫、赤頭巾、座敷童子、さくら、撫子、赤子、後なんだったかしら」

提督「この中だったら何がいいですかね?専門家としては」

軽いジョークのつもりで聞いてみる。しかし

男「それはあなたの役割ですよ。俺じゃない」

酷く真剣な顔で返される。

こちらに対して何か隠し事があるのはまあ上層部に関わる人間である以上当たり前だろうと思えるけれど、それにしたってもう少し心を開いて欲しいものだ。

叢雲も叢雲で彼には警戒しろと再三言ってくるし。

再び叢雲を見る。

コーヒーがもう殆どない。
177 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:48:08.68 ID:qK3o3GJF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「名前だけじゃないわ。一週間、何の成果もなかったんだもの。何か大きく方法を変えないと埒が明かないわよ」

自分の口から出た言葉に自分で驚いてしまった。

私、思ったよりイライラしてる。

まったく!これじゃ本当に子供じゃない!何をそんなに苛立ってるのよ私。

どうにか気を紛らわせようとコーヒーを…あら、もうない。

男「そうだな。他の艦娘との接触。後は海や艤装に触れさせる事だな」
叢雲「そういう事なら今すぐでもできるじゃない。仮の名だってそうよ」

つい食い気味に言ってしまった。何よ、何を焦ってるのよ。

男「いや、だからそれは、彼女に負担をかけてしまう事になるから慎重に」

この眼。なにかに怯える眼。何度見てきただろう。

あ、やばいな私。
178 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:48:46.34 ID:qK3o3GJF0
叢雲「だからッ!!なんでいつもあの娘を腫れ物扱いするのよ!!一体何に怯えてそんなに縮こまってるのよ"アナタ達"は!!」バンッ

あー、やっちゃった。

机を叩いた痛みが少しずつ掌から伝わってくる。

でもそれと同じように、どうしてこんなにイライラしていたのかがようやく分かってきた。

別に今回に限った話じゃない。人間(コイツら)のこういう態度に、ずっとイライラしてたんだ。私は。

艦娘(私達)に近づいてくるくせに、艦娘(私達)に怯える人間(コイツら)に。

男「」

うわードン引きしてる。当たり前だ。まだ私睨んだままだし。

落ち着けー落ち着け私。深呼吸深呼吸。

提督「はいそこまで」ポン
叢雲「ヒャッ」ビクッ
179 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:49:17.81 ID:qK3o3GJF0
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叢雲「ちょっと!急に頭叩かないでちょうだい!!」

提督「えぇー、手を置いただけじゃん」

二人がまたいつもの痴話喧嘩を始めた。

しかしありがたい。おかげで一旦落ち着ける。

しかし、怯えるときたか。

確かにそうかもしれない。自分じゃ大丈夫だと思っていたが結局俺はまだトラウマを引きずってるようだ。

提督「ま、焦る気持ちは分かるんですけどね。僕らは一週間も彼女をあそこに閉じ込めているわけですから」

叢雲「そーね」プイッ

僕ら、か。

そうだ。彼女の事を案じているのは俺だけじゃない。立場は違えどそこは同じなんだ。

男「もう一度状況を整理しましょう」

一度冷静になるべきだ。
180 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:49:56.82 ID:qK3o3GJF0
男「記憶とは言ってしまえば五感から得た刺激が形作るものの総称です。故に記憶喪失の際はその五感に働きかけるのが効果的だ」

叢雲「御託はいいから結論だけ言ってちょうだい」ムスッ

バツが悪そうにそっぽを向きながら叢雲が一蹴してくる。

後でどう言い訳をしようか…

男「この一週間試せたのは三つ。

計算。これは彼女に知識がある事は分かったが記憶には繋がらなかった。

歴史。文献や写真。やはり第二次世界大戦の部分が抜け落ちていた。これらは新しい知識として教えれば問題はなかったが覚えてないかと尋ねると意識が保てなくなる。

艦名。艦名である事を伏せて名前や関連するキーワードを見せたり聞かせたりした。帝国時代に存在した日本の艦艇。改名されたものを含めれば400以上。その全てのワードで反応がなかった」
181 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:50:53.97 ID:qK3o3GJF0
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400以上か。ウチもそれなりに大所帯になっては来たけど、400っていうのはやはりかなりの数字だ。

提督「ここまで記憶が戻らないのはやはり異例ですか?」

男「計算に関しては前回たまたまそこから記憶の糸口が掴めただけで有効かどうかはなんとも。

ただ歴史や、特に名前。これらは彼女達の根幹とも言える部分。何も反応がない、というのは初めてです」

提督「ならやはり、彼女をあの部屋から出す、という方針でいいですかね」

提督「ええ、そうする他なさそうです」

叢雲「で!あの娘を外に出す場合どんな不都合が起こるわけ」

まだ怒ってはいるけど思考自体は冷静らしい。叢雲は感情が激しいからなあ。
182 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:52:52.92 ID:qK3o3GJF0
男「一つは力の暴走。艦娘の力は凄まじい。彼女がもし艤装を使えたとしても制御できるかは分からない。最悪それを止められるように見張りが必要です」

撃たれた事があると彼は言っていた。何が起こるかは確かに分からない。

男「もう一つ、やはり他の艦娘との接触は可能な限り抑えたい。一度に合わせるのは恐らく相当な負担になる」

これも同意だ。言葉だけでも気を失ったりするんだ。他の娘との接触は良くも悪くも影響が大き過ぎるだろう。

叢雲「…他の娘との接触だけならあの部屋で一人ずつ会ってもらうって事も出来るけど」

男「それはダメだ。やはり部屋を出てこの鎮守府に触れて欲しいと思う。彼女がなんであれ、ここに所属する艦娘であるのは確かなんだ。それを彼女に認識して欲しい」

ん?まあ言わんとする事は分かるけれど、それは別にそこまでこだわる事ではないようにも思える。

ましてこれまで消極的なアプローチしか取らなかった彼が。何か意図があるのだろうか?

叢雲「…」チラッ

叢雲と目が合う。叢雲も疑問を抱いたようだ。

叢雲「そう。なら艤装や海に触れさせる方を優先しましょうか。そうね、見張りに私ともう一人の他の娘を付けるのはどう?それくらいなら負担なく会わせられるんじゃない?」

男「そうだな。よし、そうしよう」
183 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:54:38.62 ID:qK3o3GJF0
提督「決まりだね。なら早速見張りと艤装運用の方法を考えよう」

叢雲「となるとまずは明石や夕張辺りに合わせることになるかしら」

男「いや、その前に一つやらなくてはいけないことがある」

叢雲「まだ何か?」

男「あぁ」

そう言って彼は端末を取り出して何か操作する。

ん?僕の端末が震えた。メール?

提督「これは」
叢雲「なになに?」ヒョコ

見覚えがある書類が添付されていた。

うわあ仕事が増えるなこれは。

男「協力者をこの鎮守府に、呼びたいんだ」

つまりその許可等の手続きをしろというわけだ。
184 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/05(水) 03:56:12.65 ID:qK3o3GJF0
Atlantaが可愛くてつい…

次は意外な協力者に来てもらいます。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 06:06:09.58 ID:lyMvRRcGO
おつおつ
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 15:37:57.65 ID:Z9W0euEMo
187 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:17:29.64 ID:I2evzXDx0
鎮守府の正面入口。そこにある門の前で待機する。

男「お、来た来た」

鎮守府は大抵人の大勢いる港か人の寄り付かない沿岸の二種類の場所にある。

ここは後者だ。山に囲まれ外界と通じているのは海路か山の中を走るこの一本道だけだ。

海は勿論だが陸の監視も厳しい。一本道は最初と最後にゲートがあり許可なく入れない。山の方も色々と防犯設備が張り巡らされてるとか。

そんな一本道を鎮守府に向かってやってくる大型トラックが見えてきた。

思えばこうして直接会うのは久々な気がする。
188 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:18:30.32 ID:I2evzXDx0
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男「よ、久しいな」

門の前で停車したトラックの運転席に声を掛ける。

「こちらこそお久しぶりです。かれこれ一年半ぶりですかね」

大きな車体に似つかわしくない小さな顔がひょっこりと顔を出す。以前と変わらない丸っこい顔だ。

男「え、そんなにだったか」

「いつもはメールか電話ですからね。お互い忙しい身ですし」

男「お前に忙しいと言われる程じゃないさ」

日向「取り込み中すまない」

戦艦日向。いや航空戦艦だったか。彼女が今日の門の当番のようだ。

日向「ここにサインと、いや、説明は不要か?」

「ええ、慣れてますから」
189 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:19:50.56 ID:I2evzXDx0
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日向「よし、照合完了だ。通ってくれ。ゆっくりとな」

日向が端末を操作し門を開ける。

「はい」

門には色々とセンサーやら何やらがついてるらしく危険物や事前の申請以外の人間がいるかを見つけられるそうだ。

技術的な部分はよくわからんが、やろうと思えば抜けれるのではないかと思わなくもない。

「あ、トラックってどこに停めます?いつものグラウンドでしょうか?」

男「あー、鎮守府の端にある別棟というか、入って右にある建物の後ろに頼む」

「別棟…あぁ分かりました、はい。思い出したので。そこで準備しちゃっていいですか?」

男「頼む。終わったら執務室に、でいいか?」

「大丈夫です」

男「じゃ」

トラックが三台。静かに動き出した。
190 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:20:47.12 ID:I2evzXDx0
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叢雲「なんだか不思議な感覚ね。夏に桜でも見ているようだわ」

執務室の窓からトラックを眺める。

提督「そんなに違和感があるのかい?」

叢雲「アンタはどうか知らないけど、私達にとってアレは生まれた時からある季節のイベントだもの」

提督「なるほど。言われてみればそうか。で、イベントとしてはどうだい?」

叢雲「…ま、別に悪い気はしないわね。人間相手じゃないからってのもあるけど」

男「それを聞いたら彼女達は喜ぶよ。そのために頑張っているからな」

いつの間にか課長が戻って来ていた。

提督「おかえり。問題なかったですかね」

男「ええ。後は準備して診察するだけです」

提督「こちらも朝礼であそこには近づくなと皆に伝えてあるので恐らく、大丈夫だと思います」

叢雲「大丈夫よ。その位は弁えてるわ」

一部駆逐艦辺りで少し不安なのがいるけど。
191 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:21:47.85 ID:I2evzXDx0
叢雲「しかしまさか健康診断とはね」

健康診断。司令官が年に一度遠くにある軍の施設で受けるものとは違う、艦娘の為の健康診断。

ウチでは毎年秋にああやってトラックで機器が運ばれてきて艦隊全員が例外なく受診する。

男「本来書類上必要な事でもあるんだ。鎮守府の外、つまり海で艦娘を活動させるのに診断を受ける必要がある」

叢雲「ならあの娘の場合は?」

男「今言った事もそうだが、何より本当に俺達の知る艦娘なのかちゃんと調べておきたいからな」

私達の知る艦娘、ね。

逆に

提督「僕達の知らない艦娘、というのはどういった場合を指すんですか?」

男「分かりませんよ。何せ知らないんですから」

叢雲「そりゃそうね」

あの娘がそうでないという保証は、確かにないわね。
192 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:22:32.95 ID:I2evzXDx0
男「ところで叢雲。健康診断の時のスタッフ。君はどう思う?」

叢雲「どうって、また随分あやふやな聞き方ね」

男「別に深い意味は無いんだ。艦娘にとってどういう印象なのかを参考までに聞きたかっただけだ」

叢雲「ふーん。ならそうね、好印象よ。驚く程ね」

男「そりゃよかった」

叢雲「…なんだか妙にこだわるわね、そこら辺。アナタも関わりがあるの?」

男「うむ、まあそうだな。あると言えばある。お」

「失礼します」コンコン

控えめなノックとともに扉の向こうから声がする。

大人しく、落ち着いた、しかしそれでいて中にいる私達にしっかり届く、女性の声だ。

提督「どうぞ」
193 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:23:31.05 ID:I2evzXDx0
叢雲「…」

艦娘だ。

予感なんてものじゃない。確信がある。

私達艦娘は大抵そういうものだ。

人間が私達艦娘を見てなんとなく直感的に"人じゃない"という感覚を覚えるのと似ているけれど、私達の方はもっと確信的だ。

例え初対面でも艦娘は艦娘に会えば自分と同じだとわかる。

声や雰囲気、オーラというか、ともかく何かがそう確信させる。


扉が開きその女性が入ってくる。

茶色っぽい髪は首の後ろで結えられている。長さは肩に触れる程度か。

身長は私よりも少し高いくらい。軽巡クラスといったところかしら。

白い襟の深緑のセーラー服に生成りのパーカーを羽織っている。見たことの無い服装だけれど何型だろうか。海外、ではなさそうなのだけれど。

黒いふちのメガネに黄緑色の瞳。人懐っこそうな、猫のような印象を受ける。

ふむ、
194 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:24:30.76 ID:I2evzXDx0
叢雲「…え、誰?」

提督「え?」

叢雲「いや待って、アレ?」

提督「誰って、初対面で名乗ってもないのに開口一番それはどうなんだい」

叢雲「違、違うのよ…確かにそうなんだけど、んん?」

艦娘だ。間違いなくそう感じる。なのに、それなのに。

誰だ?見た事ない。知らない。

現在世界で確認されている艦娘のデータは全部一通り見ている。でもその中に彼女はいなかった。

それに司令官が申請した書類にあった今回のスタッフの数は三人。その内艦娘は二人で私も知っている顔ぶれだった。

どういう事?だって目の前の彼女は"間違いなく人じゃない"

男「えっと、とりあえず紹介してもいいかな」

提督「あーうん、お願いします」

課長が彼女の横に立ち私達の方を向き直る。そして
195 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:25:10.48 ID:I2evzXDx0
男「こちら、海軍情報部三課課長の」

「しーちゃんです。どうぞよろしくお願いします」ペコリ





叢雲「…」
提督「…」


叢雲「は?」
提督「え?」

男「しーちゃんです」

叢雲「え、なに、馬鹿にしてんの?」

男「気持ちは分かるがそうではない」

提督「しかも情報部三課で、課長?」

しーちゃん「はい。課長を務めております」

叢雲「それでえっと、その、」

しーちゃん「しーちゃんです」

叢雲「」
提督「」

あ、ダメだ。処理能力が追いつかない。
196 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:27:13.91 ID:I2evzXDx0
男「これがあるから面倒なんだよ…」ハァ

しーちゃん「なら過去の自分を恨んでくださいね」ニコニコ

男「お前絶対楽しんでるだろ」

しーちゃん「滅多に無い機会ですから楽しまない手はありません」フンス

男「他人事だと思って」

しーちゃん「何せ人の事ですから」

男「でぇ、えー何から説明するか」

しーちゃん「あーでももうすぐ機器の用意が終わるので手短にお願いします」

男「出来るかっ」

叢雲「一つ!」

しーちゃん「はい?」

叢雲「一つ確認するわよ。そのしーちゃんってのはあだ名よね」

しーちゃん「いいえ」

男「…」

しーちゃん「れっきとした私の名前です」

それまでの穏やかな表情を崩してハッキリと彼女は断言した。
197 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/02/18(火) 02:28:50.56 ID:I2evzXDx0
サンリオには行けなかった…

しーちゃん可愛い。結わえているのも解いているのもいい
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 14:54:09.57 ID:sTJ2K/3ho
C2機関娘かぁ……そら艦娘じゃ分からんわ
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 23:18:21.35 ID:2u6ftI4VO

前にあだ名で読んじゃいけないみたいな事があったけどこれが失敗例なのかね
あだ名が名前で定着しちゃった感じ?
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/19(水) 22:17:04.83 ID:X9V9wLHtO
乙です
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 01:57:35.37 ID:oOMMh9mg0
おっつおっつ
次も楽しみだ

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