【バンドリ×けいおん】唯「バンドリ?」香澄「けいおん?」

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102 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:11:03.69 ID:2rXBvp8co
【喫茶店 テラス席】

友希那父「そうですか……あのお二人が……」

女性「ええ……父も母も、湊さんの事をよく話してくれまして……」

友希那「あの……少しよろしいですか?」

女性「えっ……は、はい?」

 和やかに談笑する二人の間に突如として割って入る声。

 女性が顔を見上げると、そこには怒気を孕んだ表情で女性を見下ろす友希那の姿があった。

 そんな友希那の姿に友希那の父も驚きを隠さず、言葉を詰まらせる。

 無論、急に知らない人から怒りの形相を向けられた女性もまた、思考が一瞬止まっていた。


友希那父「……友希那? どうしてここに?」

友希那「あの、父に何かご用ですか?」

女性「えっ……? あ、その……」

友希那父「ゆ、友希那……ちょっと落ち着きなさい」

友希那「お父さんは黙ってて……あなたは一体……父とはどういったご関係なんですか?」

友希那父「おい……友希那……」

女性「父って…………ああ……そういう事……」

 友希那の言葉に、女性が何かを納得する。

 その直後、友希那に遅れてリサ達もテラス席に集まってくる。
103 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:11:41.65 ID:2rXBvp8co
リサ「もーー、ちょっと友希那ってば、速いって!」

紗夜「湊さん、周りに人もいる事ですし、少し落ち着きましょう」

あこ「そ、そうですよ友希那さんっ! と、とりあえず座りましょっ! ねっ!」

燐子「ここで騒いでると……その……店員さんも……来てしまうんじゃ……」

 紗夜達の言う通り、急にテラスに集まった人影に、周囲からは何事かと注目が向けられる。

 だが、そんな様子も意に介さず、尚も友希那は女性に詰め寄っていた。


友希那父「今井さん……これは一体……?」

リサ「あぁどうも、おじ様こんにちは……あ〜〜……まぁ、詳しいことは後でお話します」

友希那「答えて、あなたは一体……」

女性「……わ、分かりました、分かりましたから、落ち着いて下さいっ」

 下手なことを言うよりも、自分の身分を明かしたほうが手っ取り早いと思い、女性は懐から名刺を取り出し、友希那に差し出した。


女性「はじめまして、中野梓といいます……湊さんとは、父と母の紹介で、仕事の話のためにお時間を頂いてたんです」

友希那「……? どういう……事?」

 女性の告白に友希那は目を丸くする。そして、梓と名乗った女性に補足するように、父の言葉が被せられる。
104 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:12:38.21 ID:2rXBvp8co
友希那父「彼女の両親は、私が音楽をやってた頃の恩人なんだよ……まったく、一体何を勘違いしているんだ……友希那」

友希那「なっ……!!」

 父から発せられる、意外過ぎる言葉。

 決して嘘を言っているようには見えない梓と父の顔を見て、2人のその言葉が真実だと言うことを確信する。

 そして、自分が今の今まで何をしでかしていたのかを振り返り、友希那は大慌てで梓に頭を下げていた。


友希那「ご、ごめんなさいっ……まさか、お父さんの知り合いの娘さんだなんて……知らなくて……」

梓「ううん……いいんですよ、顔を上げて下さい」

燐子「友希那さんのお父様のお知り合いの娘さん……そう……だったんですね」

リサ「いやぁー、まさか、そういう事だったとはねぇー」

あこ「ご、ごめんなさいっ! あこが変なこと言っちゃったから、友希那さん、本気でそう思っちゃったみたいで……」

リサ「いやいや、あこ、さっきはつい怒っちゃったけど、私的にはグッジョブだよ♪」

紗夜「宇田川さん、これに懲りたら、まずは発言の前に自分の言おうとしてることを一度考え直したほうがいいわ……そうでなくても、あなたは不用意な言葉が多いんですから」

あこ「はーい、反省します……」

リサ「ふふふっ、しっかしさー、中野さんとお父さんが仲良く話してるのを見てそう考えちゃうって事は……友希那ってば、本っっっ当にお父さんのこと、大切に想ってるんだね〜」

友希那「…………っっっっっっ!!」

 茶化すリサの言葉に友希那は涙目になり、耳まで顔を赤くする。

 事もあろうか自分は、父の恩人の娘のことを、まるで父の不倫相手か何かだと勘違いし、詰め寄ってしまうとは……。

 穴があったら奥深くまで入ってそのまま一生を終えてしまいたいと、そう思うぐらい恥ずかしい事をしてしまったと後悔する友希那だった。
105 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:13:56.68 ID:2rXBvp8co
紗夜「こんなに狼狽えている湊さん、初めて見ましたね……」

リサ「そうだねー、でも、これはこれで得だったね、こんなに可愛い友希那の姿、なかなか見られないもの」

友希那「リサ……はぁ、もう、勘弁してくれないかしら……っ」

リサ「うんうん、コーヒーでも飲んで落ち着こう、ね♪」

友希那父(友希那……良い仲間を持ったな)

梓(この人が……湊さんの娘さん……)

 こうして騒動は終息し、気を取り直した面々は席に座り、人数分の注文を済ませてから双方に自己紹介をしていた。


梓「改めまして……みなさんはじめまして、中野梓と申します。……今、両親と共にジャズバンドを組み、各地で音楽活動をしています。どうぞよろしくお願いします」

リサ「今井リサです、中野さん、はじめまして」

紗夜「氷川紗夜です、中野さん、以後お見知りおきを」

あこ「宇田川あこですっ! 中野さん、よろしくお願いしますっ」

燐子「白金燐子です……どうぞよろしくお願いします」

友希那「湊友希那です、先程は、大変失礼しました……」

 自己紹介と共に再度、友希那は深々と頭を下げる。
106 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:17:08.91 ID:2rXBvp8co
梓「ううん、もう大丈夫ですよ」

友希那父「さっきも軽く話したが、彼女は私の恩人の娘さんでね……それで今日は、彼女の方から仕事の話を持ちかけてくれてた所だったんだ」

友希那「……仕事?」

梓「はい、実は湊さんに、今度私達の開催するジャズライブにゲストとして出てもらえないかと思いまして」

友希那「ライブってことは……もしかしてお父さん、もう一度歌を?」

梓「あ、その……まだそこまで具体的なことは決まってないんですけど……」

梓「湊さんのお話は以前より父と母から伺ってまして、その時に、ちょうどゲストのお話が上がったんですよ」

梓「でも、今日は両親も別件で打ち合わせがあったので、それで、私に直接会って来るように言われてたんです」


友希那父「私も今日はたまたま桜が丘に用事があってね……それで、彼女に都合をつけて貰ってたんだ」

友希那「そう……だったのね」

友希那父「ああ、私も久しく人前で演奏してなかったからね、せっかくの機会なので、この話を受けようかと思ってるんだよ」

友希那父「それに、彼女のご両親には私も若い頃、よくお世話になっていたからね……この機会に、少しでも昔の恩返しができればと思っていたんだ」

友希那「そう……そんな事が……」

 ジャズ……昔の父とは別ジャンルの音楽だが、それでも、また父の演奏が見られるのかも知れない……。

 そう思い、自然と友希那の顔には笑顔が戻っていた。
107 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:18:06.15 ID:2rXBvp8co
あこ「十数年来の恩返しかぁ……なんていうか……運命に導かれし大いなる出会い……って感じですねっ!」

リサ「あははっ、そういうのはちょっと分からないけど……でも、ドラマみたいでステキだよね」

紗夜「ええ……本当に、人の縁とは分からないものですね」

燐子「はい……人と人の巡り合わせって……とても素晴らしい事だと思います……」

友希那「中野さん……その……」

梓「あっ……ううん、せっかくだし、皆さん、気軽に名前で呼んでくれてもいいですよ? あまり固いのも落ち着かないと思いますし……」

友希那「……はい、ありがとうございます。では……梓さん、父のこと、どうぞよろしくお願いします」

梓「こちらこそ……友希那さん、ありがとうございます」

 先程とは違い、笑顔で頭を下げる友希那に対し……梓もまた、笑顔で返していた――。
108 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:19:00.13 ID:2rXBvp8co
―――
――


あこ「……う〜ん、このパン本当に美味しい〜〜っ♪ さあやちゃんの所のパンも美味しいけど、ここのはそれとは違っておいしい〜♪ お姉ちゃんにお土産でいくつか買ってこうかな?」

リサ「うんうん、私も、モカへのお土産に何個か買ってってあげよっと」

紗夜「私も後程買って行こうと思います……日菜、喜んでくれるかしら……?」

燐子「私も、お父さんとお母さんに……少し、買っていってあげよっかな」

 焼き立てパンの評判通りの味に感銘を受けるあこ達だった。そしてその隣のテーブルでは、友希那、友希那の父、そして梓の3名による話が展開されていた。

 誤解が解けた今となっては、友希那達の存在は仕事の話の邪魔になるのではないかと懸念もされていたが、既に仕事の話もほとんど纏まっていたので、もし時間があるのなら少しだけお話をしたいと他ならぬ梓からお願いをされ、友希那達は快くその話を受け入れていた。


 ――梓の根底、そこには、両親の知り合いの娘……湊友希那の話を聞きたいと思う純粋な気持ちと……。

 今現在、停滞している梓自身の音楽……その停滞を打破するヒントになるのではという、藁にもすがる思いもあった。


 そしてその提案は、友希那達からしても願っても無い事だった。

 梓と友希那達の音楽は、確かに畑は違うが、それでも梓は、長く音楽を生業にしているプロの演奏者である。

 客前で演奏を披露し、それで生計を立てているプロの言葉は、間違いなく今後のRoseliaの為になると、友希那の中に強い確信があった。
109 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:20:13.63 ID:2rXBvp8co
梓「友希那さんは今……バンドを結成し、音楽活動をされているんですよね」

友希那「はい……リサ、紗夜、あこ、燐子達と共に、Roseliaというバンドを組み、音楽活動を行っています」

梓「友希那さんがバンドを組み、音楽活動を行ってる理由、聞いてもいいですか?」

友希那「私が音楽を……やる理由……ですか」

友希那父「…………」

リサ・紗夜・あこ・燐子「…………」

 一瞬、隣にいる父の顔と、こちらの話に耳を傾けるリサ達の顔が視界に入ったが、友希那は迷うことも無く、強く言葉を発する。


友希那「私達、Roseliaの目的は……いつかステージの上から、最高の音楽を届ける事……」

梓「最高の……音楽……」

 何よりも、誰よりも強い眼差しで、友希那は言葉を続ける。


友希那「それが、どんな物なのか……その『最高』まで、どれ程の距離があるのか……Roseliaが今、どの地点に立っているのか……それはまだ、分かりません」

友希那「だけど、私は……いいえ、“私達”は、確実に私達の目指すべき頂に近付いていると、それだけは確信を持って言えます」

 一切の迷いなく、友希那は言い切る。

 その言葉は仲間への揺るがぬ信頼と、自身の音楽への強い自信に満ちており。情熱の宿るその瞳は、まるで輝いているようにすら梓には感じられた。
110 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:21:07.74 ID:2rXBvp8co
友希那父(友希那……)

リサ「……っ……うんっ……えへへ、友希那……ああもう、急に泣かさないで欲しいなぁ……っ」

紗夜「湊さん……あなたと共にRoseliaで演奏ができて……本当に私、光栄に思います……」

あこ「っ……りんりん……あこね、今すっごく思うんだ……本当に、ほんとぅに……Roseliaに入って良かったっ…て……っ」

燐子「うん……あこちゃん……私も……だよ」


梓「最高の、音楽……」

 友希那の言葉を反芻し、自分自身の中に取り入れていく。

 そして……。


梓「うん、決して楽な道じゃないと思うけど……頑張って……私も応援してます」

 と、彼女達の決意を受け入れるように、梓は返す。
111 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:21:57.63 ID:2rXBvp8co
梓(凄いな……友希那さんの真っ直ぐな眼……こんなにも輝けるなんて……)

 友希那の眼に宿る、強い意志の輝き。

 それは仲間を信じ、目標に向かい、己が道を突き進む至高の輝き。

 自分達の奏でる音楽に対する、絶対的な自信に満ち溢れた、プロにすら匹敵する程の……情熱の輝きだった。


 ――高校生という若さで、Roseliaの様に崇高な決意を掲げているバンドは決して多くはない。

 音楽に対しては梓自身もかつて、友希那達に近い決意を掲げていた。が、その決意とは真逆に等しい音楽性を、梓は高校生の頃、2組のバンドに所属していた時に体験していた。

 その時に感じた、“仲間”という存在の大きさを、誰よりも梓は知っていた。

 一瞬、その崇高な自分の信念に盲信する余り、友希那が一人きりの道を進んではいないかとも心配したが、友希那の後ろで席を交える4人の表情を見て、その心配も杞憂だったと梓は思い直す。

 この子達は同じ志を持つ仲間と共に、自分達の音楽を信じ、今も立ち止まらず、ひたむきに突き進んでいる。

 友希那のその強い意志に梓は、素直に尊敬の念を抱いていた――。


梓(ああ……そっか、そうだったんだ)

 今の自分に抜けていたのは、もしかしたら、こういう意志の強さなのかも知れない。

 今までも、客前で演奏するプロとしての意識は確かにあった、が。

 それでも、長い生活の中で安寧の日々を過ごす内に、自分はどこかで慢心していたのではないかと、そんな事を考えてしまう。

 その慢心が……ここ最近の停滞を呼び、音に迷いが生まれるようになったのではないかと、自分自身を振り返り、分析する。


 もしかしたら、私に湊さんの事を紹介してくれた両親も、今の私の異変に気付いていたのではないだろうか。

 だからこそ、私に湊さんの事を紹介してくれた……彼に会い、自分自身の音楽を見つめ直すきっかけになれればという期待を込めて――。

 決して確信は持てないが、恐らくそうなのではないかと梓は悟っていた。
112 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:22:34.03 ID:2rXBvp8co
梓「友希那さん、話して下さって、ありがとうございます」

友希那「いいえ……そうだ、梓さんは今、プロとして演奏をなされているんですよね?」

梓「ええ、プロっていうと少し照れますけど……でも、聴きに来てくれるお客さん達には、友希那さんと同じく、最高の演奏をお届けしたいっていう気持ちはあります」

梓「とはいっても、私なんかまだまだ全然で……あははっ、さっきの友希那さんの話を聞いてたら、私よりも友希那さんの方がよっぽど凄いって思っちゃいましたし……」

友希那「あ、ありがとうございます……」

リサ「あ、あの! アタシ……梓さんの話、もっと聞きたいなぁ。こんな機会、あまり無いしさ」

紗夜「そうですね……演奏でお金を稼ぐプロのお言葉ですから、日菜達とはまた違った意見があると思いますし、私も是非お聞きしたいですね」

あこ「はいっ! 大変な事とか、楽しい事とか……あこも聞きたいです」

燐子「私も……あこちゃんと同じ気持ち……です」

梓「なんか、照れちゃうな……こういうの」

 そして、Roseliaの5人は梓の話に耳を傾けていた。

 自分が両親と共にジャズをやる事になったきっかけや、演者としてステージに上がることの大切さ、演奏をする時に何を一番に考えているかといった、演者としての梓のこと。

 ……そして、梓もまた友希那達と同じように、高校時代、先輩や後輩達と共に、2組のバンドを組んでいた事を話すのであった。
113 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:23:17.60 ID:2rXBvp8co
友希那「……梓さんも、昔は私達の様に、バンドをやってた事があったんですね」

リサ「じゃあやっぱり、パートはギターをやってたんですか?」

梓「はい、リズムギターをやってました」

あこ「リズムギター? 紗夜さん、それって普通のギターとは違うんですか?」

紗夜「Roseliaのギターは私だけですからイメージは沸かないと思いますが……私達の知り合いでいえば……そうね、Poppin'Partyの戸山さんのパートがリズムギターですね」

あこ「へ〜、そうなんですね」

燐子「梓さんも……きっと……私達よりも厳しい練習を……していらしたんでしょうね……」

梓「あはは……どうでしょう……部活の時はいつもお菓子ばかり食べてたから……ちゃんとした練習をした事なんて、数えるぐらいしかなくて……」

友希那「そうなんですか……意外だわ……てっきり、私達ぐらいストイックに打ち込んでいたものとばかり思ってましたけど……」

 梓の言葉に、驚いた声で友希那は返す。


梓「最初は私も部活じゃなく、友希那さん達の様に外バンでやろうとも思ってたんです……でも、軽音部の先輩達の楽しそうな演奏がすごく魅力的に見えて……それで、軽音部でやるって決めたんですよ」

梓「当時の私が本当の意味でバンドに求めていたのは、バンドとしてのレベルの高さではなく、共に音楽を楽しめる仲間だったんですよね」

梓「ふふっ……あの頃は楽しかったなぁ……」

 過去を思い返す梓の脳裏に、二組のバンドと過ごした青春が蘇る。

 4人と先輩達と、2人の同級生と、2人の後輩に……1人の顧問の先生。

 みんなで奏でた音が、お茶を交わした日々が蘇る。

 それはもう、遠い日の記憶。いくら願っても巻き戻せない、懐かしい日々の思い出――。


リサ「一度でいいから聴いてみたいね……梓さんたちのバンドの演奏……」

友希那「ええ……そうね……」
114 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:24:26.98 ID:2rXBvp8co
―――
――
― 

 そして陽も傾きかけてきた頃。

 梓は次の約束があるという事で、話はそこでお開きになった。


梓「湊さん、Roseliaの皆さん、本日はありがとうございました」

友希那父「こちらこそ、ご両親に宜しくお伝え下さい、ありがとうございました」

友希那「いつか、梓さんのステージも観に行きます。本当に、ありがとうございました」

梓「はい、皆さんもバンド活動、頑張って下さいね」

 皆に向け、梓は一礼し、喫茶店を後にする。

 その梓の背を見送り、友希那はつぶやく。


友希那「中野梓さん……あの人は、一体どんな音楽を奏でるのかしら」

友希那父「ああ、彼女のご両親の音楽は、まさに純粋そのものだったよ。あの人達は私とは違い、決して周りに流されることもなく、本当の意味で自分達の音を楽しんでいた……」

 遠い眼で、友希那の父は続ける。


友希那父「それは、彼等の娘である彼女にも受け継がれているだろう……友希那と話していた時の中野さんの瞳は、若い頃の彼女の両親と同じ輝きをしていたからね」

友希那父「彼女の音楽……友希那も是非聴いてみるといい、たまには畑の違う音楽を聴くのも悪くないだろう」

友希那「……ええ、そうね……近いうちに必ず聴いてみるわ」

 微笑みながら言う父の声に、友希那は梓の存在を強く認識していた。

 そして……。
115 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:25:16.36 ID:2rXBvp8co
友希那父「まぁ、そうでなくとも、友希那と梓さんは気が合うのかも知れないな、彼女も友希那と同じく、猫が凄く好きなようだったから……」

友希那「そう……なのね……ふふっ、次に会える日が、尚の事楽しみになってきたわ」

 猫好きという自分との共通点もまた、友希那と梓の間に一つの繋がりを築いたのであった。


友希那父「じゃあ、私もそろそろ帰るとしよう、友希那も、あまり遅くならないようにな」

友希那「お父さん、今日は本当にごめんなさい……」

友希那父「はははっ、気にするな……あそこまで娘に敬愛されていることが分かったんだ……むしろ、私の方こそお礼を言うべきだよ。ありがとう、友希那」

友希那「もうっ……あまり茶化さないでよ……ふふっ」

友希那父「ははは……じゃあ、私はもう行くよ」

友希那「うん……お父さんもお仕事頑張って……お父さんがライブに出るのなら……必ず、みんなで聴きに行くわ」

友希那父「ああ、娘達の前で恥をかかないよう、私も頑張ってみるさ」

 そして、友希那の父も喫茶店を後にする。


友希那「梓……さん……また、お会いしたいわね」

あこ「友希那さーん、日も暮れてきましたし、あこ達もそろそろ行きませんか?」

リサ「そういえば、結局ミーティングできなかったね」

友希那「いいんじゃないかしら……今日は、今までのミーティング以上に大きなものを得られた気がするわ」

燐子「はい……梓さんのお話……凄く、為になったと……思います」

紗夜「そうですね……それでは皆さん、今日はもう帰りましょう」

 程なくしてから友希那達も店を後にし、歩き出していた。
116 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:26:29.44 ID:2rXBvp8co
―――
――


梓「今日は来てよかった……オファーの話も上手く行ったし、自分の事も見つめ直すことができたし……」

 友希那の言葉、Roseliaの持つ信念に触発されたこともあり、梓の中に再び、音楽に対する熱意が湧いてきていた。

 ……だが、意気込みだけで全てが変わるかと言えば、決してそうではない。さすがにそこまで甘くはできていないのが世の中だ。

 ……そう、今のままではまだ不十分……私が停滞を完全に克服するには、更にもう一つ、何かが必要だ。

 そのもう一つが何なのか、今はまだ分からないけど……それでも、今日の彼女達との出会いは、間違いなく自分の前進に繋がったに違いないと、梓は信じていた。


梓(……でも、みんなの話してたら思い出しちゃったな……また、みんなと演奏したいな……)

 それが叶わぬ事だとは知りつつも、ふと思ってしまう。

 『放課後ティータイム』と『わかばガールズ』、昔梓が組んでいた2組のバンド……そこで奏でた音楽が、梓の頭の中で鳴り響く。


 ――その時、梓の携帯がメッセージの着信を告げる。


梓「んん……? あ、唯先輩からだ」

 梓の携帯に通知される一つのメッセージ。

 そこには、今でもたまに連絡をくれる先輩からの一言が表示されていた。


 『久しぶり、今お仕事終わったんだぁ、私はもう向かってるけど、そっちはどう?』という一言に対し。

 『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』と返信を入れ、梓は向かう。

 自分に、音楽の素晴らしさを教えてくれた仲間と、先輩達の待つ場所へ――。
117 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:27:35.08 ID:2rXBvp8co
#2-5.放課後の邂逅〜平沢唯〜


 ――高校生の頃から、私の毎日には音楽があった。

 それは、今も変わる事なく続いていた……。

 私が今でも私のままでいられるのは、きっと、音楽があったからだと思うんだ。


 あの日、何かをしなきゃって思っていた私に応えてくれた音楽が。

 何をしたらいいのか分からず、迷っていた私を導いてくれた音楽が。

 あの頃の私を、みんなに会わせてくれた音楽が。

 今の私を、あの子達に会わせてくれた音楽が。


 私を、みんなと繋いでくれた音楽が私は……大好き―――!!
118 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:28:11.47 ID:2rXBvp8co
―――
――


 その日、Poppin'Partyのメンバーもとい、花咲川女子学園高校2年の5名は、朝早くから電車に揺られ、花咲川から遠くの桜が丘へとやって来ていた。

 今日の集合は、バンドの練習でもなければ、決して遊びに来た為でもない……学校の授業の一環として……である。


【桜が丘 駅前】

有咲「ふあぁぁ………眠……」

 慌ただしく駅前を往来する人々を見ながら、欠伸混じりに有咲はぼやいていた。


有咲「しっかしなー……せっかくのテスト休みだってのに、なーんで職場体験なんてやんなきゃいけねーんだ?」

たえ「仕方ないよ、日数調整の結果、そうなっちゃったみたいだしさ」

りみ「でも、私は嬉しいなぁ、ポピパのみんなで職場体験、楽しみだったんだっ」

沙綾「しかも、幼稚園の職場体験なんてね……ふふっ、私も楽しみにしてたんだ」

たえ「有咲は、楽しみじゃなかったの?」

有咲「べ、別にそんな事言ってねーだろ……つか……香澄のやつ、遅っせえな……」

 照れ隠しにそっぽを向く有咲だった、その時である。
119 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:28:44.42 ID:2rXBvp8co
声「ごめーーん! みんな、お待たせー!」

 人波を掻き分け、一際元気な声が有咲達の耳に届く。

 確認するまでもなく、それが戸山香澄の声だと言うことを、その場の4人は理解していた。


有咲「遅いぞ香澄……って、なんでお前ギターなんか持って来てんだよっ!?」

 叫ぶ有咲の目線の先……そこには、肩で息を切らす香澄と、そんな香澄に背負われた、香澄愛用のギターが目に留まっていた。


香澄「いやー、持って来るのに時間かかっちゃって……」

有咲「だからって……そんなもん普通は持って来ねえだろ……邪魔になるとか考えなかったのかよ」

沙綾「まぁまぁ……確かに、案内にも、具体的に何を持ってくるかまでは明記されてなかったもんね」

 沙綾が先日配られたプリントを見ながら言う。

 そこには『幼稚園に職場見学に行く生徒は、エプロンを一着と、園児と一緒に遊べるものを一つ持って来て下さい』という一文が添えられていた。


香澄「幼稚園の子たちと一緒に遊べそうなものって言えばこれしか思い浮かばなくて……みんなは何持ってきたの?」

りみ「私は……小さい頃に、よくお姉ちゃんと一緒に遊んだお絵かきセットを持ってきたんだー」

沙綾「私は弟達が小さい頃に遊んでたオモチャをいくつかね、だいぶ古いけど、まだ遊べると思うよ」

たえ「私は、ウサギのお人形さんセットを持ってきたの、『ゴルドニアファミリー』……すっごく可愛いんだよ」

有咲「昔、婆ちゃんによく読んでもらってた絵本があったから、私はそれを持ってきた」

香澄「みんな偉いね……ちゃんと準備してたんだ……」

 各自、きちんと準備をしていたことに感心する香澄だった。
120 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:29:42.95 ID:2rXBvp8co
有咲「へっ、香澄のことだからどうせ、準備のことなんかすっかり忘れて……んで、今朝になって慌てて用意したってトコなんだろうけどな」

香澄「有咲すっごーい! ねえねえ、なんで分かったの?」

有咲「お前のことだからなんとなく分かるんだよっ!」

たえ「ふふっ、有咲は香澄のこと、何でもお見通しだね」

有咲「だーーー! うっせー! いいから早く行くぞ!」

 赤面し、照れ隠しに叫ぶ有咲。

 そんな有咲に続き、歩を進める4人だった。
121 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:30:40.92 ID:2rXBvp8co
【桜が丘幼稚園】

 駅から歩いて数分、プリントに記載された地図を頼りに、香澄達5人は目的地の幼稚園へと到着していた。

 まだ開園の時間には早いのか、園内には教員の姿しかおらず、建物の中はがらんと静まり返っている。

 静かな園内を通り、職員室へと案内された香澄達は、幼稚園の先生達に向け、挨拶をしていた。


香澄「花咲川女子学園高校から来ました、今日は職場体験でお世話になります、よろしくお願いしますっ」

一同「よろしくお願いしまーす!」

園長「はい、お話は伺っておりますよ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 園長と見られる教諭に挨拶を交わし、香澄達は自己紹介をする。

 ――そして。


園長「それでは、今日一日、皆さんの担当をさせていただく先生です、平沢先生、どうぞよろしくお願いします」

声「はーいっ」

 園長の声に合わせ、一人の女性がデスクから立ち上がり――。


唯「平沢唯です、今日一日、よろしくお願いしまーすっ」

 茶髪をボブカットに切り揃えたエプロン姿の女性……平沢唯は香澄達の元へと向かい、自己紹介をする。
122 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:31:08.58 ID:2rXBvp8co
香澄「戸山香澄ですっ、平沢先生、今日はよろしくお願いしますっ」

たえ「花園たえです、今日一日、お世話になります」

りみ「牛込りみです、よろしくお願いしますっ」

沙綾「山吹沙綾です、平沢先生、こちらこそよろしくお願いします」

有咲「市ヶ谷有咲です、こちらこそよろしくお願いします」

園長「では平沢先生、彼女達のことをよろしくね」

唯「はいっ! かしこまりましたっ」

 園長の声に元気な返事をし、唯は準備に取り掛かる。

 そんな唯の様子を見て、香澄達は口々に言葉を投げ合っていた。


香澄「平沢先生、すっごく優しそうな先生だねー」

沙綾「うんうん、子供に好かれそうな感じがするね」

りみ「ほんわかしてて、暖かそうな先生だね……」

たえ「うん……今日一日、すっごく楽しくなりそう」

有咲「あの人、私達より年上だよな……なんか、全然そんな雰囲気しないんだけど」

園長「では平沢先生、園児が来るまでに、このプリントをあの子達に配っておいてね」

唯「あ、はーい……ん?」

 唯がプリントを園長から受け取ろうとした時……ふと、香澄達の視線に気付く。

 その目線がプリントの束から香澄達に向けられた時だった。
123 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:31:58.31 ID:2rXBvp8co
 ――ばさささっ

 余所見をしたせいもあり、手渡されたプリントが床に落ちていた。


唯「ああー、すみませんっ!」

有咲(テンポ悪っ……)

園長「あらあら……大丈夫?」

唯「はい……えっと、あと1枚……」

 デスクの下に滑り込んだプリントを拾い、唯が立ち上がろうとした時。


 ――ごちんっ

唯「あいたっ!」

 小気味の良い音と共に、デスクに頭をぶつけていた。


有咲「しかもドジっ子……あんなんで本当に大丈夫なのか……職場体験」

唯(何か……前にもこんな事あったような気が……)

 頭を擦っては目元に涙を浮かべつつ、ふと昔の事を思い返す唯だった――。
124 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:32:31.05 ID:2rXBvp8co
―――
――


【空教室】

唯「えっと、それじゃあ園児たちが来るまでの間に、色々と説明しとこうと思うんだけど……」

 プリントを手に説明を始めようとしたその時、ふと、唯の目線が香澄のギターに止まる。


唯「その大きな荷物は……もしかして、ギター?」

香澄「はいっ! 子供たちと遊べそうな物を持ってくるようにって言われたので、持ってきたんです」

唯「ふふっ、そうなんだ……」

 ふと、ギターを見つめながら唯は言葉を止める。

 そんな刹那の静寂の中、有咲が香澄に向けて言葉を放っていた。
 

有咲「それ見ろ、あんなでっかい荷物、やっぱり邪魔だったんじゃねーか?」

香澄「ううぅぅ……だ、ダメだったのかなぁ」

唯「あ、ううん! そんなんじゃないよ、戸山さん、ギターやるんだね」

香澄「はい……」

 やや落ち込んだような顔で唯を見る香澄だった。

 そんな香澄に向け、唯は微笑みながら言葉を返す。
125 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:33:22.06 ID:2rXBvp8co
唯「もし良かったら、あとでみんなの前で弾いてみてくれないかな? 楽しみにしてるね♪」

香澄「あ……は、はいっ!」

たえ「なんか、大丈夫みたいだね」

有咲「…………」

 それから唯により、プリントを元に幼稚園の一日の流れや、施設の案内を進められること数分。

 程なくして、通園する園児達の出迎えの時間が迫っていた。


唯「じゃあ、荷物はここに置いて……まずは、幼稚園に来る子供たちのお出迎え、行ってみよっか?」

香澄「はーいっ!」

 唯に連れられ、持参したエプロンを身に着けた香澄達は正面玄関へと向かう。

 広い玄関先には、バスの送迎で来園した園児の他、保護者に手を引かれて来る園児など、既に多くの園児と教諭達とで溢れかえっていた。
126 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:34:18.30 ID:2rXBvp8co
園児A「せんせー、おあよーございます」

唯「はーい、陸くんおはようーっ」

園児B「ひらさわせんせー、おはよー!」

唯「うん、海くんおはよー! 今日も元気だねー♪」

園児C「ゆいせんせー! きょうもおうたのじかん、ある?」

唯「うんっ! 空くんの大好きなお歌、今日もやるよー! 楽しみに待っててねっ♪」

沙綾「……………………」

りみ「……? 沙綾ちゃん、どうかしたの?」

沙綾「えっ……? あ、ううん……別になんでもないよ」

 多くの園児がまず最初に唯に駆け寄り、元気な挨拶をしていた。

 その光景から、唯が多くの園児から慕われているということが香澄達にも伝わって来る。
127 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:35:14.82 ID:2rXBvp8co
香澄「平沢先生、子供たちの人気者なんだねー」

沙綾「うんうん、みんな、先生の事が大好きなんだってのがよく分かるよね」


唯「ほら、よかったらみんなも挨拶してあげて?」

香澄「はいっ! みんなー! おっはよーっ!」

沙綾「おはよー! みんな、今日はよろしくねー!」

りみ「おはよー、みんな元気だねー」

たえ「おはよー、ふふっ……みんな可愛いなぁ」

有咲「なんか……こういうの照れるな……」

園児D「ねえねえ、おねえちゃんたち、だーれー?」

唯「お姉さんたちはねー、今日、みんなと遊びに来てくれたんだー」

園児D「ふーん、そーなんだ、おねえちゃんっ! おはよーっ」

 園児の一人が有咲に向け、元気な挨拶をする。


有咲「お、おはよー」

 無邪気な笑顔の園児に対し、有咲もまた、笑顔を作って挨拶を交わす。

 その時だった……。
128 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:36:36.41 ID:2rXBvp8co
園児D「ていっ」

 ――むにっ

 突如、無防備な有咲の胸目掛け、園児の手が伸ばされる。


有咲「ひゃっ…………! な、ななななななな何を!?」

 反射的に触られた胸を両手で抑え、赤面する有咲。

 そして、その小さな手に残った感触を確かめるようにして、園児は一言呟く。


園児D「ママよりもおっきい……」

唯「こーらー、だめでしょそんな事したらっ」

園児D「へへーん、ゆいにはやってやんないよーだ」

唯「も〜、また先生を呼び捨てにしてー、まちなさーーい、お姉さんにあやまりなさーいっ」

園児D「やーだよーっ」

 そして逃げるように園児は走り出し、教室へと駆けていく。

 後には、まだ硬直して動けない有咲と、やれやれと言った風な顔で園児を見る唯が残されていた。


有咲「ま、まったく……とんでもねーエロガキだな……」

唯「市ヶ谷さんごめんね……あの子、すっごいいたずらっ子で……気を悪くしないであげて?」

有咲「い、いや……別に平沢さんのせいじゃないですし……」

有咲(はぁ、子供……苦手になってきた……)

 そして、有咲の状況を近くで見ていた香澄達が有咲に駆け寄り……。
129 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:37:10.27 ID:2rXBvp8co
りみ「有咲ちゃん、大丈夫?」

沙綾「いやー、有咲、一本取られたね」

たえ「有咲、元気出して」

香澄「あはははっ、やんちゃな子だったね」

有咲「香澄……笑ってるけどお前もいっぺんやられて見ろ、すっげえ恥ずかしいんだぞっ!」

香澄「ふっふっふ……じゃあ、私が触って上書きしてあげよっか? なんてねっ♪」

有咲「マジで殴るぞ香澄いいいいいい!!!」

 香澄達にからかわれた事で緊張も解けたのか、いつも通りの感じに戻る有咲だった。


有咲「大体な、近くにいたんなら助けろってえの!」

りみ「あ、あの、ごめんね有咲ちゃん、すぐに行けなくて……」

沙綾「いや、別にりみりんは悪くないでしょ?」

たえ「有咲……いくら有咲のお願いでも、小さい子相手にそんなひどい事できないよ?」

有咲「おたえは一体何を想像してんだよ!」

香澄「もー、有咲もそんな怒っちゃやだよー」

 ――そんな5人を見て、ふと唯は思う。


唯(ふふふっ……この子達……凄く懐かしい感じがするなぁ)

 お揃いの制服を着てふざけあい、また笑いあう5人の姿に、かつての自分達の姿が映って見える。

 きっと、私もあの子達と同じぐらいの頃、あんな感じで笑い合っていたのだろう……と。

 そんな事を考える唯だった。
130 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:38:26.75 ID:2rXBvp8co
園児「ゆいせんせー、あのおねーちゃんたち、すっごくおもしろいねー♪」

唯「……うん、そうだねぇ」

 香澄達の姿を微笑みながら見つめる唯、そして……。


唯「さあ、みんな、そろそろ教室に行こっか!」

一同「はーいっ!」

 唯の声が玄関内に響く。

 彼女達の職場体験はまだ、始まったばかりであった。
131 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:40:22.01 ID:2rXBvp8co
―――
――


【教室】

唯「はーい、みなさーんちゅうもーく! 今日は、遠くの花咲川から、お姉さんたちが遊びに来てくれましたっ」

 およそ20名ほどの園児達が集まる教室に、唯の元気な声が響き渡る。

 そして、改めて園児に向け、香澄達の紹介がされていた。


香澄「みなさんこんにちわー! 今日一日、よろしくお願いしまーす!」

園児達「よろしくおねがいしますっ!」

 香澄の明るい声に負けないぐらいの元気な声が響き、教室内に活気が宿る。

 そして……。
132 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:41:05.99 ID:2rXBvp8co
たえ「これからの時間は何をすればいいんですか?」

唯「今からの時間は、みんなのお昼ごはんの時間まではお遊戯の時間なんだ」

沙綾「今からだと……だいたい2時間ぐらい……ですか、この予定表だと」

唯「うん、それで、お昼ご飯が終わったらお昼寝の時間があって、そこで職員の休憩の時間になるんだ」

有咲「じゃあ、昼食はその時に取るって感じになるんですか?」

唯「うん、そうだね。もちろん、その間に連絡ノートを書いたり、午後のお遊戯の準備をしたりもするんだけど」

りみ「大変なんですね……休憩っていっても、あんまりのんびりできなさそう……」

唯「まぁねー、でも、慣れちゃえば割と早く終わるんだけどね」

沙綾「次の仕事に備えて空き時間を使って効率的に……か、ウチのお店もよくやるから、やっぱどこも一緒なんですね」

香澄「それを一人でやるって、やっぱり、幼稚園の先生って大変なお仕事なんですね」

 唯の働きっぷりに関心の声を上げる香澄達だった。

 それから程なくし、唯の号令に合わせて園児達と香澄達は動き出す。


唯「じゃあ、牛込さんと花園さんはペアであっちの子たちと遊んであげて……山吹さんと市ヶ谷さんは向こうの子たちをお願いね」

たえ・りみ・沙綾・有咲「はいっ!」

香澄「平沢先生、わ、私はどうすればいいですか?」

唯「うん、戸山さんは、私と一緒にお歌のお手伝い、してもらってもいいかな?」

 歌の手伝いという言葉に香澄の眼が一瞬煌めく。
133 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:41:57.16 ID:2rXBvp8co
香澄「わぁ……じゃ、じゃあ、私、ギター持ってきてもいいですか?」

唯「うん、お願い。……あ、もし良かったら、アンプもあるんだ、私の私物だけど、使ってみる?」

香澄「えっ!? いいんですか??」

有咲「つーか、なんで幼稚園にアンプがあるんですか……?」

唯「いやー、実は、私もたまーに演奏するんだよねぇ」

一同「……え? ええええ???」

 ギターを弾く素振りをしつつ、照れながらも唯は答える。

 その返答に5人の目が点になり、相次いで言葉が投げかけられていた。


香澄「もしかして、平沢先生もギターやるんですか?」

唯「うん、まぁね〜」

沙綾「そういえば……SNSに……あああった、桜が丘幼稚園のアカウント、ほらこれ見て」

沙綾「このギター演奏してる動画……これ、平沢先生じゃない?」

 沙綾がスマートフォンの動画を再生させる。

 そこには、軽快にギターを弾き鳴らす唯に合わせ、元気に歌を歌う園児達の様子が撮影されていた。
134 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:42:52.02 ID:2rXBvp8co
たえ「すごい……上手な演奏……」

りみ「うんうん、園児のみんなも、楽しそうに歌ってるねー」

香澄「そっかぁ、平沢先生、ギターやるんだ……」

唯「うん、だからさっき戸山さんがギター持ってきたの見て、つい嬉しくなっちゃってさ」

香澄「あ、ありがとうございますっ! 平沢先生!」

唯「うふふっ……じゃあみんな、お願いね」

一同「はーい!」

 唯の言葉に従い、それぞれがペアを組み、園児達の元に駆け寄る。

 こうして、香澄達の職場体験実習は始められるのであった。
135 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:44:03.12 ID:2rXBvp8co
―――
――


りみ「みんな、おえかきセット持ってきたんだぁ、私と一緒にあそぼっ」

園児「うんっ! おねーさんとあそぶー♪」

りみ「わぁーっ……この子達、めっちゃ可愛い……」

園児「おえかきよりもにんじゃごっこやろーよ! おねーちゃんもやろー!」

りみ「ええぇぇ、あ、あの、おねーさん、忍者ごっこなんてやったことないよ〜」


たえ「みんな、ウサギさんは好きかなー?」

園児「うんっ! うさぎさん、だーいしゅきっ♪」

たえ「今日は、みんなの好きなウサギさんをいっぱい持ってきたんだぁ」

園児「わぁ〜〜、かーわいいーっ」

たえ「ふふっ……持ってきて良かった」


園児達「…………」

沙綾「あ、ええと……陸くん、海くん、空くん……だっけ? 良かったらおねーちゃんと一緒に遊ばない?」

陸・海・空「うんっ♪」

沙綾(……何だろう、この子達、初めて見るのに他の子達とは違う……凄く、すごく不思議な感じがする……)

陸・海・空「おねーちゃん! なにしてあそぶのー?」

沙綾「うん……そうだね、えっと……」
136 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:44:58.52 ID:2rXBvp8co
有咲「さすが沙綾だな……すげえ手慣れてる……」

園児「ねーねーおねーちゃん、がいこくのひと?」

有咲「えっ……?」

園児「だって、かみのけきんいろだし、おっぱいおおきいし……」

有咲「……っど、どこ見てんだよっ!」

園児「あははっこのおねーちゃん、おもしろーい!」

園児「あったかくていいにおーい! おねえちゃん、いっしょにあそぼー!」

有咲「ひゃっ! ちょ、ちょっと! うぅ、急に引っ張るなって……」

沙綾「あははっ! 良かったねー有咲、大人気じゃん♪」

有咲「さーあーやー! 笑ってないで助けてくれえええ!!」


唯「うん、みんなも大丈夫そうだね……じゃあ、みんなー! お歌を始めるよー!」

園児達「わーーいっ!」

唯「戸山さん、準備はどう?」

 すっかり子供たちと打ち解けている他の4人の姿に安心し、唯は音を確認している香澄に問いかける。

 そしてしばらく、演奏の準備を終えた香澄が唯に向けて告げた。
137 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:45:30.85 ID:2rXBvp8co
香澄「お待たせしました、いつでも行けます!」

唯「じゃあ、戸山さんは私のオルガンに合わせて、演奏お願いね」

香澄「はいっ!」

唯「はーい、じゃあみんなー、カスタネットの人はいつものとおり、『うんたん♪』のリズムで叩いてねー」

園児達「はーいっ!」

園児「……うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」

唯「あははははっ、そうそう、そんな感じでねー」

唯「お歌を歌う人は、大きな声で歌おうねーっ」

園児達「はーいっ!」

 準備が整ったのを確認し、唯は香澄に問いかける。


唯「戸山さん、子供向けの曲で何か弾ける曲……あるかな?」

香澄「えっと……あ、じゃあ、きらきら星……弾いてみてもいいですか?」

唯「うんっ、いいよ♪ じゃあ、行くよ……」

 そして、香澄のギターと唯の奏でるオルガンの音に合わせ、園児達の合唱が始まった。
138 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:46:06.36 ID:2rXBvp8co
唯「……いち、に、さん」 


 ――じゃららんっ♪

香澄「……きーらーきーらー ひーかーるー♪」

唯「おーそーらーの ほーしーよー♪」

香澄「まーばーたーきー しーてーはー……」

唯「みーんなーをー みーてーるー」

園児「うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」

園児「きーらーきーらー ひーかーるー♪」

全員「おーそーらーの ほーしーよー……」

 香澄と唯の歌声に合わせ、カスタネットの音と、園児達の歌声が幼稚園中に響き渡り……。


園児「あー、ゆいせんせーのおうただー、みんな、いこー!」

園児「うんっ♪」

りみ「あれ? みんなー、どこいくのー?」

 りみ、たえ、沙綾、有咲達4人の元を離れ、唯と香澄の側へと園児達が集まっていく。
139 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:47:00.75 ID:2rXBvp8co
りみ「みんな、行っちゃったね」

たえ「あははっ……うん、そうだね」

沙綾「平沢先生も香澄もすごいなぁ、見てよほら、子供たち、みんな楽しそうに歌ってる……」

有咲「香澄のおかげで助かったけど……なんか客を取られたって感じがするな……」

沙綾「こうなったら仕方ないか、私達も行こうよ」

有咲「ああ、そうだな……」

 程なくして、手持ち無沙汰になった4人も唯達の元に集まり、合唱に交じることとなった。


先生「ちょっと、みんな……」

園児「あー、ゆいせんせーだ! ゆいせんせーがオルガンやってるー!」

園児「あのおねーちゃんたち、だーれー?」

園児「わたしたちもうたうー! ゆいせんせーといっしょにおうた、うたうのー!」

 他の教室からも園児が駆けつけ、いつの間にか香澄達の周りには多くの園児が集まり、揃って歌を歌い始める。

 ――さながらそれは、小さなライブ会場の様相を呈していた。

 そして、きらきら星の合唱が終わりを告げ……。
140 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:47:52.01 ID:2rXBvp8co
唯「あははっ、すごい人数になっちゃったね……すみません、他のクラスも巻き込んじゃって……」

先生「まぁ、平沢先生が歌うとこうなるのはよくあることだし……ね」

先生「いいわ、今日の予定は変更して、お歌のお時間にしましょう」

唯「はい……ありがとうございます」

園児「ねーねーゆいせんせー、きょうはぎたー、ひかないのー?」

唯「あ〜、ごめんねえ、今日は先生、ギター持ってきてなくって……」

園児「ちぇー、そーなんだぁ……」

唯「ごめんねぇー」

 唯の声に何人かの園児の残念そうな声が漏れる。

 その声を聞いた香澄が、ある事を思い付き、唯に提案していた。


香澄「……あの平沢先生、もし良ければ、私のギター使って下さい!」

唯「え? で、でも……」

香澄「平沢先生ならきっと優しく扱ってくれると思いますし、何より私、平沢先生の生演奏、聴いてみたいんですっ」

唯「…………いい、の?」

香澄「はいっ♪」

唯「……うん、ありがとう、じゃあ、少しだけ借りるね」

 唯の手に、香澄のランダムスターが手渡される。

 その独特の形状故に唯が普段愛用しているレスポールとは感じが違うが、それでも唯はすぐに対応し、その指からギターの音色が紡がれた。
141 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:48:32.74 ID:2rXBvp8co
 ――じゃらららんっ♪

唯「ふふっ……可愛いギターだね、戸山さんに出会って、すっごく嬉しそうにしてる……」

有咲「分かるんですか? ギターの気持ち」

唯「うん、なんとなく、だけどね」

香澄「えへへ……平沢先生……私のギター、可愛がってあげて下さいっ」

唯「うんっ! よろしくね!」

 ――じゃららんっ

 再び、ランダムスターから音色が溢れる。

 それはまるで、唯の問いかけに対する返事のようだった。
142 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:49:02.98 ID:2rXBvp8co
―――
――


唯「じゃあみんな、何か歌いたい曲、あるかな?」

園児「わたし、プィキュアのうたがいいー!」

園児「えー、ライダーのうたがいいよー!」

唯「あははっ、あまり新しいのは先生わからないんだぁ、ごめーん」

 最近のアニメの歌など、子供らしいリクエストが飛ぶ中、一人の園児の要望に唯の耳が止まる。


園児「うーん、じゃあ、あめふりっ!」

唯「あめふり……うん、じゃあそれにしよっか」

園児「わーいっ♪」

唯「もし良かったら、戸山さん達も一緒に歌ってあげて?」

香澄「はいっ」

唯「じゃあ行くよ……いち、にー、さんっ」


 〜〜♪

唯「あーめあーめ ふーれふーれ かーあさんが……♪」

園児「じゃのめで おむかえ うれしいな♪」

香澄達「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン……♪」

全員「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン――♪」
143 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:49:45.24 ID:2rXBvp8co
 ――その曲は、昔、唯が妹とよく一緒に歌った歌。

 唯にとって、最も思い入れのある歌だった。

 唯の指から溢れるギターの旋律が、その場の全員の耳に、心に響き渡る。

 とても穏やかな、ゆりかごのように優しい音色が、場の空気を一層和やかにしていく。

 その光景を目にした香澄達もまた、唯の演奏に聴き入っていた。


りみ「ふふふっ……本当にみんな、かわいい……」

沙綾「うん、みんな、とっても楽しそうに歌ってるね」

たえ「そうだね、香澄のギターも楽しく歌ってるよ」

有咲「おたえにも、分かるのか?」

たえ「うん、ギターの気持ち、私もなんとなくだけど……ね」

香澄「おたえの言ってること、私も分かるよ、平沢先生と一緒に歌えて……私のギターも嬉しそうにしてる……」

有咲「ま、こればっかは、ギタリストにしか分かんねー感覚なのかも知んねーな……」
144 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:50:17.36 ID:2rXBvp8co
―――
――


 そして、ささやかな演奏会は終わり、園児達は昼食を済ませ、昼寝の時間となる。

 それと時を同じくして、ようやく香澄達も休憩の時間となった。


沙綾「みんな、寝静まったみたいだね」

 すやすやと寝息を立てる園児達を見ながら、沙綾が言う。


有咲「ああ……変なことして起こすなよ? 香澄」

香澄「もー、いくら私でもそんな事しないよぉ」

たえ「でも……んんん……やっとご飯が食べれるね〜」

有咲「ああ、午前中はなんだかんだあっという間だったな……」

沙綾「うん、楽しかったよね」

たえ「ふふふっ、いっぱい動いたから、ご飯がおいしいっ」

りみ「みんな、午後も頑張ろうねっ」

唯「あ、いたいたっ」

 教室の隅で弁当を空ける香澄たちの元に、唯も弁当箱と水筒を片手にやって来ていた。
145 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:51:02.92 ID:2rXBvp8co
香澄「平沢先生、さっきはありがとうございましたっ♪」

唯「ううん、こちらこそ、戸山さん、ギター貸してくれてありがとうね♪」

唯「もし良かったらお昼、私もご一緒していいかな?」

香澄「はいっ、もちろんですっ」

 唯を快く受け入れ、香澄は席を詰める。

 そして、ポピパの5人に唯を合わせた6人により、席が囲まれていた。


沙綾「しかし、さっきの演奏は本当に楽しかったね、平沢先生の演奏、すごく上手で……」

唯「あ、それなんだけど、もし良かったら、私のことは気軽に唯って呼んでくれてもいいよ? なんかずーっと名字で呼ばれるのってくすぐったくてさ」

香澄「はーいっ、じゃあ、唯さんも私達のこと、ぜひ名前で呼んで下さいっ」

 唯の案を、香澄達もまた快く引き受ける。

 それにより、今まで互いに引いていた一線が失われ、一層親しみのある空気が教室内に流れていった。


唯「うん、私もみんなの事は名前で呼ばせてもらうね、よろしく、香澄ちゃんっ♪」

香澄「よろしくお願いします、唯さんっ♪」

沙綾「あははっ、香澄ったら、すっかり唯さんと仲良くなったみたいだね」

有咲「ま、唯さんと香澄、お互いに波長が合うんだろ……雰囲気とか似てるしなぁ」

 二人を見ながら、やや素っ気なさそうに有咲は言う。
146 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:52:23.65 ID:2rXBvp8co
たえ「あれ? 有咲、もしかして焼きもち?」

有咲「……っ! だ、だーれが妬いてるってんだよっ」

りみ「あははっ……有咲ちゃん、顔真っ赤〜」

有咲「り、りーみーっ……」

 そんな感じで昼食会は始まり、話は次々と膨らんでいく。

 今日の職場体験の感想、触れ合った子供たちの話……。

 そして、香澄達の今と、唯の過去についても……話は広がっていった。


唯「香澄ちゃんがギターを持ってきたのを見た時は本当にびっくりしたんだぁ、もしかして、香澄ちゃん達もバンドをやってたりするの?」

りみ「はいっ、私達、Poppin'Partyっていうバンドを組んでるんですっ」

香澄「私がギターとボーカルで、おたえもギターで、さーやがドラムで、りみりんがベースで、有咲がキーボードなんです」

 唯が自分達に興味を抱いてくれたことに対し、嬉しそうに全員を紹介する香澄だった。


有咲「香澄ちゃん達“も”って事は、ひょっとして、唯さんもバンドをやってるんですか?」

唯「うん、今はもうやってないけど、私も高校生の頃、軽音部でバンドやってたんだぁ」

沙綾「軽音部……部活でバンドを組んでたんですね」

唯「うん、放課後部室に集まって……みんなでお茶飲んだり、ライブで演奏したり……楽しかったなぁ」

 上を見上げ、唯は過去を思い返す。かつての日々が記憶の中に蘇り、自然と唯の顔に笑みがこぼれていく。
147 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:53:31.68 ID:2rXBvp8co
たえ「じゃあ、唯さんはその頃からずっと、ギターを続けていたんですね」

唯「うん、大人になってからはなかなかみんなには会えないんだけど、それでもギターだけはずっと続けてるんだ」

唯「……今の私がこうして昔と変わらず私でい続けられるのは、きっと、軽音部のみんなと、ギー太のおかげだと思うから……さ」

有咲(……ギー太?)

唯「ふふふっ……バンドって、音楽って、楽しいよね♪」

香澄「はいっ! 有咲の蔵でこのギターに出会って……それで私、音楽をやるようになって……有咲やりみりん、さーや、おたえ……色んな人に出会えたから……」

香澄「――私、バンドも音楽も大好きですっ!」

唯「香澄ちゃん……」

 まるで咲き誇るように輝いた笑顔で香澄は言う。

 純粋に音楽を愛し、仲間と共に音を紡ぐ喜びを、感動を、楽しさを……香澄達は知っている。

 だからこそ、あんなにも輝いた笑顔で言えるのだろう。

 その笑顔に、かつての自分の姿を重ねながら、唯は優しく頷いていた。


有咲「香澄のやつ……へっ……照れるじゃねーか」

たえ「私もだよ、香澄……香澄に、みんなに会えて、バンドが組めて、本当に良かったって思ってる」

りみ「私も……香澄ちゃんに出会えなかったら、きっとこんなに楽しい生活、送れてなかったと思うな……」

沙綾「香澄がいなかったら、私、きっと今もあの時のこと、後悔してばかりいただろうからね……」

沙綾「香澄には……ううん、香澄だけじゃない、みんなにはいくらお礼を言っても言い足りないぐらい、感謝してるよ」

香澄「みんな……!」

唯「……ふふっ、みんな、いい子達だね……」

唯(私も、みんなに会いたくなっちゃったな……)

 楽しく笑いあう香澄達の姿を見ながら、この後開かれる同窓会の事を心待ちにする唯だった。
148 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:54:02.96 ID:2rXBvp8co
唯「そうだ、みんなは一体、どんな演奏をするの?」

香澄「あ、そうだ! その事なんですけど、実は今度……」

声「せんせー……」

 香澄が言い始めるのを遮るように、突如として園児の声が唯達に投げかけられる。。

 その声の先には、陸と呼ばれていた一人の園児が、泣きそうな顔で唯達を見つめていた。


唯「あれ、陸くん、どうかしたの?」

陸「ぅぅ……先生……っおしっこ〜」

唯「え……? あ、時間っ!! 今何時!?」

 驚いた様子で唯が時計を見る。

 既に休憩の時間はとっくに終わり、園児を起こしてトイレに連れて行かなければならない時間となっていた。


陸「ふぇ〜ん、もれちゃうよぉーー」

唯「ちょ、ちょっと待って……! い、いま行くから! みんなごめん! 話に夢中ですっかり忘れちゃってた!」

 慌てて弁当箱を片付ける唯達、そして……。


園児「うぇ〜んっ! せんせーはやくー!」

園児「えぐっ……えぐっ……せんせぇ、おトイレ、もれちゃうよぉー!」

園児「えぐっ……ぐずっ………うわぁぁぁぁぁん!!!」

 先程まで寝息を立てていた園児達は気付けばいつの間にか目覚めており……。

 そして、一人が泣き出せば、あとはもう止まらない。

 一斉に、教室中で泣き声の大合唱が始まっていた。
149 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:54:30.43 ID:2rXBvp8co
唯「あ、あわわわわわ……え、えっと……!」

沙綾「唯さん、とりあえず行きましょう! 私もトイレのお手伝いしますから!」

唯「へ? あ、うん、沙綾ちゃんごめんねっ!」

りみ「あ、あの、私達は……?」

唯「ごめーん! みんなは泣いてる子をおねがいっ」

有咲「ちょっ! んな無茶苦茶なっ」

園長「ちょっと、平沢さん! 一体何事なの?」

唯「す、すみませーーーーーんっっっ!!」

 教室内の騒動に他の先生達も巻き込まれながらの、慌ただしい午後が始まる。

 園児の対応にあくせく目を回してる唯を見ながら、香澄達は仕事の大変さと、それに見合う楽しさを垣間見ていた――。
150 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:55:05.37 ID:2rXBvp8co
―――
――


 そして、騒動は一段落つき、午後のお遊戯会も問題なく進み、気付けば、園児の帰宅の時間となり……。


園児「せんせー! さよーならー!」

唯「はーい! また来週ねー、ばいば〜い!」

 最後の園児を見送り、仕事にも一区切りがついた頃。


香澄「終わっちゃったねー」

りみ「うん……少し寂しい気もするけど、楽しかったね」

有咲「ああ、後半ドタバタしてたけど、結構楽しかったよなぁ」

沙綾「有咲、すっかり子供たちの人気者だったもんね」

たえ「うんうん、有咲、すっごく楽しそうだった」

有咲「……いいから行こうぜ、職員室で今日のレポート書くんだろ?」

 照れくささを隠しながら、足早に向かう有咲に続き、香澄達も職員室へ向かっていた。
151 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:56:32.37 ID:2rXBvp8co
【職員室】

先生「園長先生、今度の保護者会の資料です」

園長「はい……ええ、こちらで確認します、どうもね」

先生「平沢さーん、今度の遠足のプリントなんですけど、用意できてますかー?」

唯「はーい、今転送しますっ!」

りみ「わわ、子供たちが帰ってからも、お仕事って続くんだね……」

香澄「なんか、こっちの方がずっと大変そうだね……」

有咲「ああ、あんまし邪魔にならないようにしとこうぜ」

沙綾「私達が幼稚園だった頃も、きっとこんな感じで先生達、頑張ってたんだろうね……」

たえ「うん、大人って……すごいんだね」

 園児が帰ってからの事務仕事に追われている先生達の邪魔にならぬよう、香澄達は今日のレポートを作成していた。


園長「みなさん、今日はどうもご苦労様でした……どうでしたか? 職場体験は」

 仕事が一区切り着いたのか、園長が香澄たちに声をかける。

 香澄達も既にレポートの作成を終えていた所だったので、園長に向け、笑顔で返していた。


香澄「はいっ! 先生のお仕事って……大変かもって思ってましたけど、唯さ……ううん、平沢先生を見てたら、すっごく楽しそうだと思いました!」

園長「うふふっ……それは良かったわ……また、いつでも遊びにいらして下さい……」

香澄「はいっ、今日は、本当にありがとうございました!」

園長「平沢先生、平沢先生も、よろしければどうかしら?」

 園長が唯に向けて声をかける。

 唯もまた、仕事を一区切りつけていたようだった。
152 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:57:00.17 ID:2rXBvp8co
唯「はい、みんな今日はお疲れ様、ありがとう、おかげですっごく助かったよ」

香澄「そんな、私達も楽しかったです、ありがとうございました!」

一同「ありがとうございましたっ」

唯「みんな、もし良かったらまた遊びに来てね、園児たちも待ってるからさ」

一同「――はいっ」

 唯の言葉に、元気に返す香澄達。

 そしてレポートをまとめた香澄達は、唯から今日の証明の判子を貰い、それぞれが帰宅の準備を始める。


香澄「先生方、今日はありがとうございました! お先に失礼します!」

唯「うん、みんな、今日は本当にありがとう!」

 時刻は既に陽も傾く頃合いになり、帰りの挨拶を済ませた5人は幼稚園を後にする。

 ――その帰り道。
153 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:57:33.79 ID:2rXBvp8co
【帰り道】

香澄「あ〜〜〜!!」

 突然、弾けたように香澄は大声を上げる。


有咲「わっ、香澄……いきなりでっかい声出すなよっ! びっくりしただろ?」

香澄「私、忘れ物しちゃった……! ごめんみんな、先行ってて!」

沙綾「香澄? うん、気をつけてねー!」

りみ「香澄ちゃん……忘れ物って一体……なんだろう……?」

 香澄は慌てて幼稚園に駆けていく。

 そして程なく、幼稚園の門が見えた時、偶然にも門前でホウキを手に掃き掃除をしていた唯と鉢合わせする。

 息を切らせ、唯の元に駆け寄っていく香澄に、唯は声をかけていた。


香澄「はぁ……はぁ……ゆ、唯さーーんっ!」

唯「か、香澄ちゃん? どうかしたの? ……あ、何か忘れ物?」

香澄「はい……はぁっ……ゆ、唯さん……お昼の時、私達がどんな演奏してるかって……聞いてくれましたよね……?」

 息も絶え絶えに、香澄は言葉を続ける。
154 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:58:23.66 ID:2rXBvp8co
唯「えっ? ああ、うん……実は興味あったんだ」

香澄「あの、もし良かったら……来週、ここに来てくれませんか?」

唯「……これは?」

 香澄から1枚の紙を手渡され、唯はその文面をまじまじと見つめる。

 香澄から手渡されたそれは、来週に開かれるライブのフライヤー……ガールズバンドパーティーの告知フライヤーだった。


唯「……ガールズバンド……パーティー?」 

香澄「はい、今度……花咲川のライブハウスで大きなライブがあるんです……それで、そのライブ、私達も、ポピパも参加するんですっ」

香澄「なので……もし、もし良かったら……ぜひ、唯さんも……来て下さい、私達の歌、聴きに来て下さいっ」

唯「……いい、の? 私なんかが行っても……」

香澄「はいっ! ぜひ唯さんに、私達の歌……聴いてもらいたいんですっ」

唯「……そっか……うん、ありがとう」

唯「日程は……うん、この日はお仕事もお休みだから、行ってみるよ……ありがとう、香澄ちゃんっ」

香澄「唯さん……あ、ありがとうございますっ!」

唯「このために精一杯走ってきてくれたんだね……香澄ちゃん、本当にありがとう……」

香澄「こちらこそ、フライヤー……受け取ってくれて、ありがとうございます」

 そして、唯と香澄は硬い握手を交わし、来週の再会を誓い合うのだった。


唯「香澄ちゃん……ライブ、がんばってねっ♪」

香澄「はいっ! 唯さんもお仕事、頑張ってくださいっ! 失礼しました!」

唯「うん、またねー!」

 再び駆け出す香澄の背を、唯は満面の笑顔で見送る。

 何事にも全力で向き合う少女を後姿を、唯は静かに見つめていた――。
155 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 22:59:49.03 ID:2rXBvp8co
―――
――
― 

唯「すみません、お先に失礼しまーす」

園長「はい、平沢先生、今日はご苦労様でした」

唯「はい、園長先生、今日はあの子達の担当、任せていただいてありがとうございました!」

園長「あの子達、平沢先生に担当になって貰えてとても喜んでいたわ……園児達もみんな平沢さんの事を慕っているし、これからもよろしくお願いしますね」

唯「はいっ! それでは、失礼します!」

 そして職員室を抜け、差し掛かる夕日を背に、唯は駆け出す。

 その途中、スマートフォンからメッセージアプリを立ち上げ、メッセージを送る。

 相手は、かつて青春時代を共に歩んだ一人の後輩……。


 彼女に一通のメッセージを送った直後、すぐさま返信が届く。


 ――『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』


唯「うん、私も楽しみ……早くみんなに会いたいな……」

 画面を優しく見つめ、唯は駆け出す。

 その足取りは更に軽く、唯は向かう。

 放課後の集う時は、刻一刻と近付いていた――。



 ――こうして、5つの放課後は、それぞれが異なる輝きを持つ少女達との、運命的な出会いを果たしていた。

 この出会いが後に、放課後の復活……そして再来へと繋がる奇跡になっていたという事を、この時の彼女達はまだ、知らない――。
156 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:01:21.73 ID:2rXBvp8co
#3.放課後の再会

 ――最初は、離れ離れになったみんなと再会できる、それだけだと思っていた。

 でも、それはほんの小さなきっかけに過ぎず、そのきっかけがあったからこそ、あの奇跡は生まれたんじゃないのかな。


 今でも思う、これは本当に偶然なのかって。

 私があの日、あの時、高校でみんなに出会えたのは偶然じゃなく、もしかしたら、運命だったんじゃないかって。

 年甲斐もなく、そんな事を思ってしまう。


 それ程に、そのきっかけが生んだ奇跡は、私にとっても、皆にとっても、衝撃的だったんだ――。
157 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:01:58.43 ID:2rXBvp8co
―――
――


 そこは、桜が丘からすぐ近くにあるホテルのホール。

 宴会用に設けられたそのホールの入り口には【桜が丘女子高等学校 同窓会会場】という案内板が立てかけられ、その看板のすぐ側には、凛々しくスーツを着込んだ一人の女性が立っていた。

 彼女こそが今日の同窓会の企画であり、また幹事でもある、桜が丘高校の元生徒会長、真鍋和であった――。


【同窓会 会場ホール入口】

和「もうすぐ時間ね……みんな、大丈夫かしら?」

声「よー、和、久しぶりー!」

 和の姿を見かけるなり、元気な声がホール内に聞こえてくる。


和「あ……来たわね……律、こっちよ!」

 最初に会場に到着したのは、律だった。

 仕事を終えたばかりということもあり、その顔からはやや疲れの色が伺えるが、それでも今日を楽しみにしていたのだろう、その顔には笑みが溢れていた。
158 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:03:01.24 ID:2rXBvp8co
律「せっかくの同窓会だし、早めに仕事切り上げてきたんだけど……間に合ってよかったぁ」

和「ふふっ、澪から聞いてるわよ、凄いじゃない、有名アイドルのマネージャーだなんて」

律「いやー、まぁ、実際すげーのはあの子達であって私じゃないよ……ってか、他のみんなはまだなの?」

和「えっと、みんなもそろそろ来ると思うけど……」

声「のどかー! ひさしぶり!」

声「和先輩! お久しぶりです! お元気でしたか?」

 次いで聞こえる声が2つ……律と和が見る先には、澪と梓の姿が見えていた。

 駆け寄ってくる2人に向かい、大きく手を降りながら律が声を返す。


律「よーっ、澪〜!」

澪「ああ、律、もう来てたんだ」

律「まぁねー、澪とは一ヶ月ぶりぐらいか?」

澪「そうだな、前に一緒に飲んだ時以来だな」

律「んで……こっちのロングの髪は……えっと、誰だっけ?」

 梓を見つつ、にやりとした顔で律は問いかける。


梓「それ……本気で言ってますか?」

律「いやー、似た声の後輩なら心当たりあるんだけどなぁー」

梓「梓ですよ! あーずーさ! これでもまだ思い出しませんかっ?」

 言いながら梓は己の髪を両手で握り、即席のツインテールを作りながら叫んでいた。
159 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:03:43.63 ID:2rXBvp8co
律「おーおー! そのツインテール、覚えてる覚えてる! あははっ! なっつかしいなー!」

澪「律、そのぐらいにしときなって」

律「へへっ、悪い悪い」

梓「まったく、律先輩も全然変わってませんよね」

澪「でも、これでも有名アイドルのマネージャーやってるんだから、ほんと、信じられないよな」

梓「え……? 律先輩、アイドルのマネージャーなんてやってるんですか?」

律「『なんて』とはなんだ中野〜、こう見えてもあたしゃ今をときめく天下のPastel*Palettesのマネージャーだぞ?」

梓「ええええ??? Pastel*Palettesって……あのパスパレの??」

律「これが証拠だ! へへん、どーだ、まいったか」

 律は大きく胸を張りながら自分のスマートフォンの画面を差し出す。

 そこには、ライブの打ち上げでパスパレのメンバーと共に撮った律の写真が映されていた。


梓「こ、これ、本物ですか……? し、信じられないです……」

和「まさか律がアイドルのマネージャーをやるだなんて、高校の頃は想像もできなかったわね」

澪「ああ、私も最初聞いた時はびっくりしたよ」

和「澪はどう? 生活は順調かしら?」

澪「そうだなぁ、忙しいけど、毎日充実してるよ」

和「そう、それなら良かったわ」

澪「うん、和は?」

和「私も、少し前までは忙しかったけど、最近になってようやく落ち着いてきたって感じかな」

澪「そっか……和も梓も、元気そうで何よりだよ」

 昔のままじゃれ合う律と梓を見つつ、久々の再会を喜び合う和と澪だった。

 ――そして、会場には続々とかつての仲間が集い始めていく。
160 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:05:26.42 ID:2rXBvp8co
声「みんな久しぶりー! 元気にしてたかしら?」

声「梓せんぱーい! 皆さん、お久しぶりでーす!」

律「おーー! ムギだ! おーい!」

梓「ムギ先輩っ! それに菫も、久しぶりーっ!」

 澪と梓に続き、紬が菫を伴い、会場に合流する。


澪「ムギー! 久しぶり、会いたかったよ」

紬「澪ちゃん、りっちゃん……懐かしいわ……元気にしてた?」

律「まーな、見ての通り、元気でやってるよ」

和「ムギ、ありがとう、忙しいところを来てくれて本当に嬉しいわよ」

紬「ううん、私も、もうずっと前から楽しみにしてたんだもの……こうしてみんなにまた会うことができて、本当に良かったわ」


梓「菫も元気そうだね」

菫「はいっ、梓先輩、その説はどうも……」

紬「梓ちゃん、あの時は来てくれて本当にありがとうね」

梓「いえ、ムギ先輩、菫……私の方こそご招待していただき、ありがとうございました」

律「ん? 梓、ムギ達と何かあったの?」

梓「ええ、実は、今年の初めに琴吹家主催のジャズライブに出演しまして……」

律「琴吹家主催のジャズライブか……なんかもう、聞いただけですげえライブって感じがするな……」

梓「もう緊張どころじゃなかったですよ……海外でも有名な超一流のジャズ演奏者の中に混ざれるだなんて思っても見ませんでしたし……」

紬「あの時の梓ちゃん、凄く格好良かったわぁ♪」

菫「ええ、梓先輩、一際輝いてたと思いますよ」

梓「みんなやめて下さいよ〜……恥ずかしいなぁ」

 紬と菫の賛美に頭を掻きながら照れる梓。

 それからも、相次いで見知った顔が会場に集って行くのを、嬉々とした表情で和達は見つめていた……。
161 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:06:26.75 ID:2rXBvp8co
声「梓ちゃん! 澪さんに律さん、紬さん! スミーレちゃん! 皆さんお久しぶりです!」

声「やっほー、梓、先輩方、お久しぶりでーすっ」

声「先輩方、菫も、お久しぶりです」

梓「わぁ……憂! 純に直も! 久しぶりー、みんな元気だった?」

純「うんうん、へへっ、どうにか元気でやってるよー」


直「梓先輩、お久しぶりです」

憂「梓ちゃん、活躍聞いてるよ、本当にプロになったんだね」

梓「あははっ、うん、お陰様でね。憂も元気そうで良かったよ」

菫「直ちゃんも久しぶりだね、元気にしてた?」

直「菫……うん、菫も元気そうだね」

梓「えへへ……わかばガールズ、これで全員集合だね」

憂「うん、スミーレちゃんも直ちゃんも、みんな元気そうで良かったぁ」

純「私もだよ、梓と憂にも全然会えなかったから……凄く嬉しいよ」

梓「うん、私もだよ……」

 互いに微笑みつつ、数年ぶりの再会を喜び合う5人だった。
162 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:09:07.24 ID:2rXBvp8co
和「憂、ご無沙汰ね、今日は来てくれてありがとう」

憂「和ちゃんも久しぶりー、私の方こそ、今日は招待してくれてありがとうっ」

澪「ふふっ……みんな変わってなさそうだなぁ」

紬「ええ、本当に……みんな、元気そうね……」

律「ああ、エリにいちごに姫子達も来てたみたいだし、あとは…………あいつか」

和「そうね……ねえ憂、唯は?」

憂「うん、今確認するね」

 和の声に合わせ、携帯を手にする憂だったが、それを遮るように梓がスマートフォンの画面を見ながら答える。


梓「あ、それなんですけど今唯先輩から連絡来ました、もう間もなく到着するそうですよ」

和「そう、なら良かったわ」

澪「それにしても、梓や憂ちゃんはともかく、まさか菫ちゃんに直ちゃん達まで来てくれるとは思わなかったな」

律「ああ……っかし、改めて見るとすげえ顔ぶれだな……同窓会って聞いてたから、てっきり私達の学年だけでやるもんだと思ってたけど」

和「それは……さわ子先生の希望でね……学年毎に何度も分けてやるぐらいなら、一度に纏めてやって欲しいって事でね」

和「そもそも、同窓会って、何も同じ学年だけで開かなきゃいけないってわけでも無いからね」

律「へー、そうなんだ……そういう所もさわちゃんらしいな、あははっ」

澪「そういえば、さわ子先生は?」

和「先にホールで待ってるって」

紬「それじゃあ、あとは唯ちゃんが来るのを待つだけね」

 などと言った会話が広げられることしばらく……。
163 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:10:15.99 ID:2rXBvp8co
声「――ごめーーん! みんな、お待たせーーーっっ!!!」

和「この声は……」
 
 着実に揃いつつある懐かしの顔ぶれで賑わう会場内に、一際明るい声が響き渡る。

 声のする方に皆が振り向くと、そこには、息も絶え絶えに会場へと駆けつける唯の姿が見えた。


律「へへっ、やっと来たな……」

澪「おーい唯! こっちこっち!」

紬「唯ちゃん、お元気そうね」

梓「唯先輩、お久しぶりです!」

唯「みんなごめんね、来る途中で園児のお母さんとばったり会っちゃってさ……」

和「そっか、唯、今幼稚園の先生をやってるのよね」

唯「うん、私も急いでたんだけど、でも無視するわけにも行かなくって……それで少しお話してたんだ、本当にごめんねぇ」

和「ううん、そんなに遅れたわけじゃないんだから、そこまで謝らなくてもいいわよ」

 申し訳無さそうな顔で謝る唯を優しくフォローする和だった。

 そんな唯を囲む様にして、次々と旧友達から声が投げかけられる。
164 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:10:59.44 ID:2rXBvp8co
律「へへ、これで放課後ティータイムも全員集合だな」

澪「ああ、唯、相変わらず元気そうだな」

紬「唯ちゃん、お久しぶりっ」

唯「うんっ! ありがと。へへ、りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも元気そうだね」

梓「……唯先輩、どうもお久しぶりです」

唯「あずにゃ……ううん、梓ちゃんも久しぶりだね」

梓「……いいですよ、そんなにかしこまらなくても、また昔みたいにあだ名で呼んで下さい」

唯「……うん、ありがと……あずにゃん……へへっ」

梓「ふふっ……少し恥ずかしいですけど……でも、凄く懐かしいです……」

 懐かしい呼び名に多少恥じらいつつ、それでも照れ笑いを隠さずにいる唯と梓だった。
165 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:11:29.13 ID:2rXBvp8co
紬「ふふっ、やっぱり、いつ見てもいいわねぇ〜」

菫「お姉ちゃん、見すぎです」

律「変わってないな……ムギのやつ」

澪「みたいだな……」

和「さてと……全員集まったわね、じゃあみんな、ホールに入って、それぞれ名札のあるテーブルに着いてくれるかしら」

 出欠表を見つつ、今日招待した全員が集まったことを確認した和が声を上げる。

 そして、数多の元生徒達は移動を開始する。

 その中に――。


女性A「あはははっ、ちょっとやだ、みんな変わってなさすぎでしょ!」

女性B「そういうあんただって、昔のまんまだよね」

女性C「ふふっ、そうだ、まりなちゃんは今何してるの?」

まりな「私? うん、今は花咲川のライブハウスで働いてるんだー」

女性A「あー、私知ってる! 花咲川って、最近ガールズバンドで盛り上がってるよね?」

まりな「うん! 実は来週大きなライブやるんだ、もし良かったら遊びに来てよ」

女性A「うんうん! 絶対行くよ〜」

まりな「ふふっ、ありがとうね」

まりな(あははっ、みんな懐かしい……今日は来てよかったなぁ)

 ――唯達と同じように、かつての仲間との再会を喜び合う月島まりなの姿もあった。
166 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:12:03.38 ID:2rXBvp8co
―――
――


【同窓会 会場】

 会場ホールに入るや否や、全員の目が一つのテーブルに釘付けになる。

 彼女達の目線の先には茶髪に染められた髪を腰まで降ろした女性が一人、テーブルに着いて暇を持て余していた。

 彼女の名は山中さわ子、唯や梓達の所属していた部の顧問であり、唯達の学年の担任教師でもあった。


さわ子「やっと来たわね……ふふっ、みんな、待ってたわよ〜♪」

唯「さわちゃんっ! 久しぶりーーー!」

澪「さわ子先生、随分ご機嫌みたいだな」

紬「あははは……そうね……なんだか顔も赤くなってるみたい」

律「さわちゃんのやつ、まさか……」

梓「ええ、どうやら先に一人で始めてたみたいですね」

純「あははは……先生らしい」

さわ子「も〜、待ちくたびれたから先に飲んじゃったじゃないのよ〜」

律「あんたはアル中か! みんなが来るまで我慢してろっての!」

さわ子「いいじゃない、カタいこと言いっこなしよ〜♪」

 彼女自身もこの日を待ち切れなかったのだろう。最年長の威厳は何処へやら、なんとも締まりのない顔で笑い続けている。

 そして、各々が着席を済ませ、和の司会の元、同窓会が開かれようとしていた。
167 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:13:12.11 ID:2rXBvp8co
―――
――


和「では最後に……皆さん、今日はくれぐれも飲みすぎないように気をつけて、楽しい同窓会にしましょう。……先生、乾杯の音頭をお願いします」

 ステージにいる和の手からさわ子にマイクが手渡され、僅かに顔を赤くした担任により、宴の幕が開かれる。


さわ子「はーい、えー……皆さん、今日はよく集まってくれたわね、私も久々にみんなの顔が見れて凄く嬉しいわ」

さわ子「……とまぁ、長ったらしい挨拶はこの辺にして、今日はたっくさん飲んで、大いに盛り上がっちゃいましょう!! じゃあみんなグラスを持って――――乾杯っっ!!」


 ――カンパーイ!!


 会場中の人々がその手に持ったグラスを交わし、乾杯をする。


 注がれる酒を美味そうに呷る者や、並べられた高級料理に舌鼓を打つ者、早くも再会の記念撮影をするグループがいたりと、同窓会特有の賑わいが会場中に立ち込める。

 旧友との再会に歓喜する者がいる一方で、中には感極まって泣き出してしまう者もいた。

 こうして、かつて少女だった彼女達の、およそ10年ぶりの再会を祝う宴が開かれたのだった――。
168 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:13:59.45 ID:2rXBvp8co
律「んっ……んっっ……くはぁぁぁ…………一仕事終わった後の一杯……うんめぇ〜〜っ!! よし、おっちゃんもう一杯!」

澪「ここは居酒屋か……ったく、律、あまり飲みすぎるなよ?」

紬「うふふっ……私、またこうしてみんなで集まってお酒を飲むの、夢だったの♪」

律「あははっ、ムギのそのフレーズも久々に聞いたなぁー」


唯「ん〜、お酒もごはんもおいしい〜……ほんと、来て良かったぁ〜」

和「ふふっ、そう言ってもらえると、私も企画した甲斐があったわ、みんな、来てくれて本当にありがとうね」

梓「はいっ、こちらこそ、和先輩、今日はありがとうございますっ♪」

さわ子「みんな変わってなさそうで安心したわぁ、せっかくだし、後で記念に写真でも撮りましょうか」

憂「はい、そう思って、私カメラ持ってきたんですよ♪」

純「憂、梓、あとでスミーレと直も一緒に撮ろうよ、わかばガールズ再集結って事でさ」

梓「うんっ」

 ――会場にいる誰もが昔を懐かしみつつ、再会を喜び合っていた。

 凛々しいスーツ姿に化粧を施した彼女達のその外見は、立派な女性と呼ぶに相応しい、大人の様相を呈していたが……。

 その内面は10年前と変わらない、学生服を身に纏っていた頃の少女と何一つ変わっていなかった。
169 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:16:10.44 ID:2rXBvp8co
唯「えへへっ、あのねー。私、今日は卒アル持ってきたんだぁ〜♪」

 大きめの紙袋の中から卒業アルバムを取り出し、テーブルの上に広げる唯。

 その光景に、次第に周囲から人が集まりだしていく。


律「うはっ! なっつかしー! なあみんな、見てみようぜ!」

紬「わぁぁぁ……みんな若いわねぇ」

澪「10年前の写真……今見るとその……は……恥ずかしいな……」

律「ぷっ! 唯、この髪型……っっ!」

唯「あはははっ、そういえばこの時、前髪切りすぎちゃって変な感じになっちゃってたんだよねー」

梓「憂も純も……みんな若いね……って……唯先輩、なんですかこの写真!」

唯「えへへへ、ネコ耳姿のあずにゃんの写真、記念に貼っておいたんだ〜♪」

梓「は、恥ずかしいから取って下さい!!」

憂「うふふ……お姉ちゃん、全然変わってないね」

和「幼稚園の先生って、歳を取らないのかしらね……」


純「やだなぁ、私もこの頃は全然イケてたのに、もうすっかりオバサンになっちゃってさ」

さわ子「あーら? それは私に対するあてつけかしら……?」

純「べ、べべべ別にそんな意味で言ったんじゃ……!」

さわ子「問答無用〜〜! 純ちゃん! 罰としてこのジョッキを飲み干しなさ〜い!」

純「先生ぇー! それ、アルハラですよぉー!」
170 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:17:27.96 ID:2rXBvp8co
菫「あ〜あ、私達も、1年早く生まれていたらなぁ、そしたらお姉ちゃんや先輩達と同じ高校生活送れたのなぁ」

直「ふふ、でもこればっかりは仕方ないよ」

直「確かに、唯先輩や紬先輩達と一緒の高校生活もきっと楽しかったと思うけど……でも、梓先輩達と過ごした生活の方が、私は楽しかったと思うよ」

菫「……うん、それもそっか……ごめん、そうだよね」


律「しっかし、澪も昔と大して変わってないよな、まぁ澪の場合、元々大人っぽい雰囲気があったってのもあるんだろうけどさ」

澪「そういう律だって、落ち着きのないところは10年前どころか、子供の頃と本っ当に変わってないよな……むしろ加速してるんじゃないか?」

律「おーおー言ってくれるじゃん。澪だって昔に比べりゃ随分オトナの色気出しちゃってさ〜……さては彼氏でも出来たか?」

澪「……っ、そ、そういうところを言ってるんだっ!」

紬「……いいわねぇ」

菫「ですからお姉ちゃん、見すぎですって」

 ――皆が皆、卒業アルバムを開いては高校時代の思い出話に花を咲かせていた。

 それらの他にも彼女達の話題は尽きる事はなく、現在の近況報告に仕事の話……既に何人かは済ませている結婚生活のことなど多岐に及び、少女へと戻りつつある彼女達の話は、更に膨らんでいくのであった。
171 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:18:26.36 ID:2rXBvp8co
純「スミーレに直も昔と変わらず元気そうだね、今は何してるの?」

菫「はい、私、現在は紬お嬢様の使用人と、秘書をやってます」

直「私は……今フリーで作曲の仕事を……最近になって、ようやく仕事の依頼も来るようになって来たんですよ」

純「へ〜、みんな凄いなぁ……私なんて小さな会社の営業だよ……」

 そうした純の話を皮切りに、話題はそれぞれの仕事の話へと移っていく。

 それぞれが今どんな仕事に就いているのかを知り、ある者は驚愕し、またある者は他業種の話を興味津々に聞いていた。


さわ子「……えっと、澪ちゃんがファンシー雑貨の制作、りっちゃんがアイドルのマネージャー、ムギちゃんは一流企業の役員に……唯ちゃんは幼稚園の先生、梓ちゃんはプロのジャズメンか、ほんと、10年前じゃ信じられない話よねぇ」

律「まー、10年前は10年後のことなんて想像もできなかったもんなぁ」

唯「あ、そうだりっちゃん……実はりっちゃんに折り入ってお願いがあるんだけど……」

 もじもじとした素振りで唯が律に問いかける。

 唯のその仕草に僅かながら違和感を感じつつも、律は言葉を返していた。


律「ん? 唯、改まってどーしたん?」

唯「あの、今度パスパレの丸山彩ちゃんのサインってもらえないかなぁ、私、ずっと前から彩ちゃんのファンなんだー」

律「ほ〜、唯は彩ちゃん推しか〜」

唯「うんっ! 研修生の頃から応援してるんだ、すっごくがんばり屋さんだよね」

律「……ありがとな、唯にそう言ってもらえて、あの子もきっと喜ぶと思うよ」

 身近な所に自身の監督するアイドルのファンがいると知り、嬉しさが込み上げる律。

 だが……。
172 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:19:17.35 ID:2rXBvp8co
律「でもだーめ、サインが欲しかったらちゃんとCD買ってサイン会に来てくれなきゃな、いくら友達だからって贔屓はしないぞー」

 ばっさりと、律は唯の願いを断った。


唯「ちぇー、やっぱりダメかぁ」

律「そこはちゃんと公平にしなきゃな」

 プロを監督する者として、先輩として。決して彼女達の安売りだけはしない。

 それが律のマネージャーとしての矜持だった。


さわ子「ふふっ、唯ちゃん、残念だったわね〜」

唯「う〜……あそうだ、ねえさわちゃん」

さわ子「ん?」

唯「さわちゃんは、今も先生やってるの?」

さわ子「ええ、変わらずね……っても、最近はあなた達ほど手のかかる生徒も減っちゃったけどね」

 グラスの中身を飲み干しつつ、何処か寂しそうな眼でさわ子は答える。


律「え〜、あたしらってそんな手のかかる生徒だったっけ?」

さわ子「そりゃーもう、凄くかかったわよ〜、りっちゃんと唯ちゃんは特にね」

唯「あはははっ、そういえば、私よくりっちゃんと二人で職員室でお説教されてたもんね」

律「そういえばそんな事もあったっけな……あー、懐かしいなぁ」

 過去を振り返りながら、グラスに注がれる琥珀色の液体を飲み干す律。

 その声に反応し、その場の各々が過去を振り返っていた。
173 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:19:45.06 ID:2rXBvp8co

紬「ええ……本当に……懐かしいわ……」

律「ああ、毎日飽きもせず、律儀に学校行って……勉強して、みんなで喋って……」

澪「そして放課後は決まって部室に集まって部活して……」

梓「でも結局、練習やらない日のほうが多かったですよね……」

唯「えへへ、ムギちゃんの淹れてくれるお茶とお菓子、美味かったよね〜」


梓「はいっ……でもまさか、唯先輩達が卒業してからもそれが続くとは思わなかったけどね」

純「うんうん、スミーレのお茶と憂のお菓子、本当に美味しかったよね」

菫「結局、私達が卒業するまでティーセットは部室に残ったままでしたね」

憂「放課後にみんなでお茶した後に練習するの、私、一番の楽しみだったんだぁ」

直「……ええ、どれも良い思い出です」

 いつしか話題は高校時代の話で持ちきりになり……その場にいる全員が、ある一つの想いを胸中に抱き始めていた。
174 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:20:37.82 ID:2rXBvp8co
律(……あ〜あ、昔の話してたら思い出しちまったよ、この感じ)

澪(もし、出来ることなら……)

紬(またもう一度……)

唯(……みんなで演奏)

梓(できたら……な)


 ――あの頃に戻って、このメンバーで演奏がしたい。

 それはその場の9人が共通して抱く、淡い希望だった。

 言うのは簡単だが、実際問題、日々の生活に追われる中でその時間を作り出すのがどれほど大変か……その現実の無情さが、彼女達の希望に影を宿す。

 大人になってしまい、時間を自由には使えなくなってしまったからこそ分かる、“時間”というものの儚さ。

 若かりし頃、湯水の如く消費した時間の有り難みを、今この時になって彼女達は実感していたのだった――。


さわ子「ふふふ、みんな、今になってやっと時間の有難みに気付いたってところかしらね」

 そんな彼女達の憂鬱を察してか、優しい顔でさわ子は声を投げかける。


律「まぁ、こればっかは後悔してもしょうがないって思うけど……なぁ」

唯「うん、大人になった時、こんな気持ちになるって知ってたら、もっとみんなと色んな事、したかったって思っちゃうよね」

さわ子「それが大人になるってことよ……実際私も、今のあなた達ぐらいの歳の頃、あなた達と同じ気持ちだったからね」

律「さわちゃん……」

さわ子「……でも、人生ってほんと、何があるか分からないからね〜」

 片手で別のグラスを呷りつつ、さわ子は続ける。
175 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:22:00.70 ID:2rXBvp8co
さわ子「みんな覚えてる? 私のお友達の結婚式の打ち上げのこと」

梓「そういえば、ありましたね……」

澪「ああ、あったあった」

律「みんなでやたらとトゲトゲしたメイクして……今思えば、ホント似合ってなかったよなぁ〜」


さわ子「あの時唯ちゃん達、紀美にそそのかされて、慣れない衣装着て、慣れない曲でライブやったでしょ」

唯「うん、確か……それを見かねた先生がステージに上がって……私達の先輩の、デスデビルのライブが始まったんだよね」

紬「私達、あの時、初めて先生の生歌を聴いたんですよね」

澪「あの時のさわ子先生、少し怖かったけど、でも……とても格好良かったです」

 皆の中にかつての記憶が蘇る。

 それは、高校3年生の夏の日のこと。

 さわ子の旧友に誘われ、サプライズとして出演した結婚式の打ち上げライブ。

 そこで行われた唯達の演奏の拙さにさわ子……否、キャサリンは再びマイクを握り……。


 ――『今、ホンモノってのを見せてやる!!!』


 キャサリンの咆哮を皮切りに、彼女がかつて所属していたヘヴィメタバンド、“DEATH DEVIL”によるライブは盛大な盛り上がりを見せた。

 DEATH DEVILのライブの影響は、当時の唯達にも確かな影響を与え……それは彼女達の中に『いつかは自分達も大人になる』という意識を強く芽生えさせたのだった――。
176 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:22:54.18 ID:2rXBvp8co
さわ子「あの時はまさか、昔のメンバーと歌うことになるなんて思いもしなかったわ……ほんと、人生、何がきっかけになるか分からないものよね」

紬「さわ子先生……」

さわ子「ふふふっ、だからまぁ……無理だなんて思わなくても良いんじゃないの? きっかけなんて、案外すぐ近くにあると思うし……ね」

紬「はい……きっとそうだと……思います」

 優しく諭すさわ子の声にそれぞれが頷いていた。


さわ子「さ、堅苦しい話はこのぐらいにして、今日はまだまだ飲むわよ〜〜♪ 唯ちゃん、りっちゃん! ほら澪ちゃんも、お酒が進んでないんじゃない?」

唯「え〜〜、それ、アルハラですよぉ先生〜」

さわ子「甘えたこと言わないの〜」

律「へへっ……おうよ! 厳しい芸能界の縦社会で鍛えた肝臓、見せてやんぜっ」

澪「ぅぅ……わ、私、頭痛くなってきた……」

梓「ふふっ、先生、本当に楽しそうですね……」

紬「ええ……さわ子先生も、私達とこうしてお酒を飲み合うの、凄く楽しみにしてくれてたのよね……」

 真面目な顔から一変し、飲みの空気に気持ちを切り替える先輩。

 そんな先輩の意を汲むように、顔をしかめつつも相次いで酒を呷る後輩達だった。


 また、昔のように皆で演奏が出来る日が来るかも知れない。

 それがいつになるのかは分からないが、そう遠くないといいなと。

 そんな想いが、彼女達の心に宿る。


 ……そして、その想いは、意外な形で実現することを、この時の彼女達はまだ、知る由もなかった――。
177 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:24:13.66 ID:2rXBvp8co
―――
――


 宴の開始から既に長い時間が経過し、残り時間も短くなってきた頃だった。

 既にホール内には二次会に向け、次の飲み場の手配をする者や、明日も予定があると、早めに会場を後にする者が現れたりと、若干の慌ただしさが見えて来た時。

 唯達の姿を見かけ、“彼女”は声をかけていた。


まりな「やっほー、お久しぶり、みんな元気にしてた?」

 様々な話で花を咲かせる唯達の元に突如、声が投げかけられる。

 声の主……月島まりなの姿を見て、唯達は懐かしさのあまり、歓喜の声を上げていた。
178 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:24:51.89 ID:2rXBvp8co
唯「わぁ〜、まりなちゃん! まりなちゃんも来てたんだねっ」

澪「どうも月島さん、久しぶり」

梓「えっと、すみません、こちらの方は……?」

紬「月島まりなちゃん、私達の隣のクラスで、よく移動教室とかで一緒だったのよ」

梓「あぁ、先輩たちの同級生の方なんですね」

まりな「みんな懐かしいねー、お変わりなさそうで良かったよ」

澪「うんっ、月島さんも変わりなさそうだね」

まりな「えへへ、まぁね〜」


律「よー、まりな、久しぶり〜」

まりな「やぁ、りっちゃんも、先月ぶりだねぇ」

律「ああ、まりなんとこ、いつもあの子達が世話になってるな、本当にありがと」

まりな「ううん、とんでもない、パスパレのみんなにはいつも助けてもらってるよ、こちらこそありがとうね」

唯「……え、まりなちゃん、パスパレのみんなと知り合いなの?」

澪「っていうか、先月ぶりって、律、月島さんとよく会ってるんだ?」

律「あ〜、いや、あの子達のホーム、まりなんトコの、花咲川のライブハウスなんだよ」

 意外と言った表情でまりなを見る唯達だった。

 それもその筈、まりなが務めるライブハウス、CiRCLEには、今や花咲川や羽丘を中心に多くのガールズバンドが集ってライブを行っている。

 それは律の監督しているPastel*Palettesも例外ではなく、アイドル活動も含め、バンドとしてのパスパレのライブもCiRCLEでは頻繁に行われていた。
 
 その伝手もあった事で律も何度かCiRCLEに顔を出し、まりなとは仕事の上でも交流を深めていたのだ。
179 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:26:01.16 ID:2rXBvp8co
律「いやぁ、最初CiRCLEに行った時はびっくりしたよ、まさかまりなが仕事してるとは思わなくってさ」

まりな「うんうん、私もだよ。りっちゃんがパスパレのマネージャーさんだって聞いた時はびっくりしちゃってさ」

律「ほんと、世間って狭いもんだよなぁ」

まりな「あははは、うん、そうだねぇ〜」

 互いに思うところは同じなのか、不思議な縁に笑い合う律とまりなだった。


唯「知らなかったなぁ……パスパレのみんな、花咲川でライブやってたんだね」

唯「……ん? あれ、でも花咲川って……」

澪「花咲川か……私も今日仕事で行ってたんだ、道に迷って困ってた私を、助けてくれた女の子達がいて……」

澪「そういえば……その子達、バンドやってるって言ってたっけ」

唯「私も、今日、花咲川の高校の子たちが職場見学に来てくれてさ」

唯「その子達も、バンドやってるんだって言ってたよ」

紬(そういえば……こころちゃん、花咲川の高校に通ってるのよね)

梓(湊さん、確かお住まいは花咲川の近くだって言ってたっけ……)

 それぞれが今日あったことを振り返る。

 それと同時に皆、この宴の前に偶然巡り合えた、眩いばかりの輝きを持つ少女達のことを思い出していた――。
180 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:26:36.94 ID:2rXBvp8co
律「まりなも高校の頃、バンドやってたんだよな」

梓「え、そうだったんですか?」

まりな「うん、1年生の頃に一度、軽音部に見学に行ったこともあったんだけどね」

澪「月島さんが入ってくれたら、きっと軽音部ももっと盛り上がったんだけどなぁ……結局、入部が叶わなかったのは残念だったよ」

まりな「まぁ……ほら、あの頃はりっちゃん達4人、凄く息ぴったりでバンドやってたからさ」

純「そういえば、先輩達の中に入れる自信がないって理由で入部を断ってた子、何人かいたっけ……」

憂「あ、私も聞いたことあるよ、その話」

まりな「うん、それに丁度その頃、私も外バンでバンド組むようになったからね」

まりな「きっと、軽音部に入ってみんなとバンドやるのも楽しかったと思うけど……でも私は、外バンでバンド組めたのも良かったって思うんだ」

唯「まりなちゃん……」

まりな「その時の経験がきっかけで、今のお仕事にする事もできた訳だしさ」

まりな「優秀なスタッフにも囲まれてお仕事ができて、私、今すごく幸せだよ♪」

 はにかみつつ、真っ直ぐな瞳で言い切るまりなだった。


澪「月島さん……」

律「ははは、さわちゃんの言う通り、人生何がきっかけになるか分からないもんだなぁ」

まりな「ウチでライブをやってくれるみんなのおかげで、花咲川も今すごく盛り上がっててね……」

 昔組んでいたバンドのことを振り返りつつ、まりなは今を見つめ直す。

 ――その時。
181 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:27:53.82 ID:2rXBvp8co
まりな(……あれ、そういえば)

 皆と楽しく談笑をするまりなの頭の片隅に、今日あったことが思い起こされる。

 来週開かれる大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』の事や、怪我で出場を辞退せざるを得なくなったスペシャルゲストの事と……。


 ――ガールズバンドパーティーに参加できる、スペシャルゲストに見合うバンド探しの事……。

 
 Poppin'PartyやRoselia達と同等……いや、彼女達以上の実力を持ち、高校時代、既に幾つものライブを成功させてきたガールズバンド。

 それはまさに、眼前にいるこの5人がそうだった。


まりな(もしかして……ううん、きっと、りっちゃん達以上に条件に当てはめられるバンドなんて、いないよね……)

まりな「あのさ、放課後ティータイムのみんなに、その……」

一同「ん?」

 突然、こんなことを言い出して迷惑じゃないだろうか、そんな心配がまりなの頭を過る……が、藁にもすがらなければならないこの状況だ。四の五のなんて言っていられる余裕なんて無い。

 刹那の間の後、意を決し……真顔でまりなは5人に話しかける。


まりな「―――折り入って、お願いしたいことがあるんだけど……、聞いてくれないかな」


 まりなの言葉をきっかけに、運命は大きく動き出す。

 それはまさに、放課後の復活……その兆しとも呼べる内容だった―――。
182 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:32:54.10 ID:2rXBvp8co
#4.放課後の復活

 ――みんなが私達に期待をして、私達の復活を祝福してくれていた。


 確かに、照れくささはあったけど、不思議と悪い気は全然しなかった。

 多くの人が、私達の歌を楽しみにしてくれる事が誇らしかった。

 もう一度、みんなと音楽を奏でられるという事が、凄く嬉しかった。


 10年前、卒業してからもう二度と過ごすことは出来ないと思っていた、私達の放課後。

 もう一度、その放課後を過ごすことができる……それが、私達が今ここに集まっている理由だった――。
183 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:33:28.25 ID:2rXBvp8co
【翌日 桜が丘ライブスタジオ】

 街に夜の帳が落ちようとしていた頃、桜が丘のライブスタジオ内に、彼女達の姿はあった。


唯「おいっす、みんな、昨日ぶりだね」

 愛用のレスポールを携え、唯がスタジオの扉を開ける。

 中には、既に楽器の調律を終え、唯を待つ律達4人の姿も見られていた。


紬「ええ、唯ちゃん、こんばんわ」

律「よー唯、やっと来たかぁ」

唯「えへへ、まさか、またみんなで演奏できるなんてね〜」

紬「うんっ、私、昨日から凄く楽しみだったわ♪」

 和やかに話す唯と律、紬の3人だった。

 和気藹々とした彼女達に対し、澪と梓は急かすように声を投げかける。


澪「みんな、ライブまで時間がないんだ、唯も来たことだし……」

梓「ええ、そうですね。早速ですけど、練習……」

律「ああ、お茶だな、ムギっ! お茶の準備だ!」

紬「は〜い、ちょっと待っててね〜♪」

唯「ムギちゃん、私も手伝うねっ♪」

 『練習しましょう』と言いかけた梓の言葉を遮り、律は紬にお茶の用意を提案する。

 その言葉に合わせ、揚々とティーセットの準備をする3人に向け、澪と梓は呆れと怒りの声を上げていた。
184 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:35:39.38 ID:2rXBvp8co
澪「って!! おい律!!」

梓「皆さん、ライブまで時間がないって分かってますよね? もう今週なんですよ??」

律「言われなくてもわーかってるよ、でもさ、これが私達のいつもだったろ?」

唯「昔はいつもこうしてお茶飲んで……それから練習してたもんね〜」

紬「ふふっ、うん、これでこそ放課後ティータイム……よね」

澪「ったく……3人とも……事の重大さが分かってるのか……」

梓「仕方ありませんね……唯先輩達、ああなったら止まりそうにないですし……ここは気持ちを切り替えるために、私達も一度お茶にした方が良いかも知れません……」

澪「ああもう……ただし、15分だけだからな! スタジオの時間もあるんだし、一息入れたらすぐに練習するからなっ!」

唯・律・紬「は〜〜い」

 焦る澪の声に向け、3人は生返事で返す。

 そして、紬の手により次々とティーセットが並べられ、かつて幾度となく過ごした放課後のお茶会が開かれるのであった。
185 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:36:16.03 ID:2rXBvp8co
律「あ〜〜〜〜……この感じ……すっっっっげえ久々……またこうしてムギのお茶を飲めるなんてなぁ……」

唯「うんうん、私もだよ……ほんと、懐かしいなぁ……」

唯「……あれ? ねえムギちゃん、もしかしてこの黒いのって……」

紬「ええ、最近流行りのタピオカを入れてみたのよ♪ なかなか美味しいでしょ」

律「へー、彩ちゃん達もよく飲んでるけど、意外と悪くない味だな……」

唯「うんうん、このマカロンもすっごく美味しいよ〜〜♪ ね、あずにゃんもそう思うでしょ?」

梓「はい……でもこの味、凄く懐かしい感じが……」

紬「あ、分かった? それ、憂ちゃんからの差し入れなのよ」

梓「やっぱり……」

唯「そだ、憂と純ちゃんからメール来てたよ、皆さん、頑張って下さいって」

 のんびりとした空気で唯達は談笑をする……。その中でただ一人、澪の表情だけが他の皆とは対象的に暗く、陰鬱に満ちていた。


紬「澪ちゃん、お茶のお代わりはいる?」

澪「ああ……ムギ、ありがとう……」

 その表情は僅かに焦りの色が伺えており、紬に返す声も、何処か余裕がない様に感じられる。


澪(ほんと、とんでもない事になっちゃったな……)

 差し出されたカップを口に運びつつ、澪は昨日の事を思い返していた……。
186 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:37:55.53 ID:2rXBvp8co
―――
――


【回想】

 ――昨日、まりなが皆に告げた頼み事は、ほろ酔い状態にあった唯達の酒を飛ばすには十分過ぎる程の衝撃があった。

 来週開かれるCiRCLE主催の大型ライブイベント、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストの枠に穴が空いてしまったこと。

 そして、まりなが今まさにそのゲストを探していたということ。

 困惑の表情を浮かべながら現状を話すまりなの言葉を、その場の全員が親身になって聞いていた。


まりな「……っていう事なんだけど……みんな、お願いできないかな」 

梓「ガールズバンドパーティー……そんな大きなライブに私達が……ですか……」

律「……………………」

 まりなの言葉に、唯、澪、紬の3名は何かを思い出し、また梓と律の両名は戸惑いの表情で俯いていた。

 そして、僅かな沈黙の後、唯が声を上げ……。
187 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:38:33.74 ID:2rXBvp8co
唯「ねえもしかして、それって……これの事?」

紬「私、その話、知り合いの子達から聞いたんだけど……」

澪「私も、今日花咲川に立ち寄った時に偶然そのライブに参加する子たちと知り合って……お客さんとして招待されたんだけど……」

 相次いでカバンの中から1枚の紙を取り出す3人。

 その手には、それぞれが今日知り合った少女達から手渡された、ガールズバンドパーティーの告知フライヤーが添えられていた。


まりな「え? みんな知ってたんだ?」

唯「すごい偶然だね……もちろんりっちゃんもこのライブの事、知ってたんでしょ?」

律「ああ……まぁ、な」

梓「すみません、そのフライヤー、少し見せてもらってもいいですか?」

唯「うん、いいよ」

 唯からフライヤーを手渡され、告知内容を見る梓。

 そこには、数時間ほど前に梓が知り合った少女達……Roseliaの名前も確かに記されていた。


梓「Roselia……友希那さん達も出るんだ……このライブ」

 梓の中に、昼間会った少女達の顔が思い出される。

 自分の音楽を、仲間を極限まで信じ、その仲間と共に最高の音楽を追求する少女達……そんな彼女達と同じ舞台で共演ができる……それは、この上なく喜ばしい事だ。

 だけど……。


 ――自分はこのライブに参加することができない。


 強い悔恨の念が、梓の心を支配していた。
188 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:39:42.10 ID:2rXBvp8co
まりな「お願い、みんなにしか頼めないの。もし良かったら、ガールズバンドパーティーに……ゲストとして、出演してくれないかな……」

 頭を下げ、再度懇願するまりな。

 そんなまりなの声に対し、唯と紬だけが嬉々として参加に乗り気でいた。


唯「うんっ! ねえやろうよ、みんなっ!」

紬「そうねっ、ねえりっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃんも……もう一度、みんなでライブをやりましょうっ! 私、またみんなで演奏がしたいわっ」

律「あ〜〜〜〜……いや、実はさ……」

 言い出し辛そうに、歯切れ悪く律は返す。


律「その日、私……仕事の関係で出張入っててさ……」

唯「えええええ…………そ、そうなの?」

紬「そんな……残念だわ……」

まりな「あちゃーー……そっかぁ……」

律「ああ……だから、本当に悪いんだけど、私は参加できな……ん?」

 参加できない旨を伝えようとしたその時、律の携帯が着信を告げる。

 画面に表示されたのは、昼間に律の報告を酷評した社長からだった……。


律「悪い、ちょっと仕事先から電話……」

 言いながら席を立ち、会場を離れつつ律は電話を取る。


律「はい、もしもし、お疲れさまです」

律「はい……はい……え? 本当ですか??」

律「はい、あ、ありがとうございます……はい、じゃあ引き継ぎは明日メールで……はい、どうも、失礼します」

 電話を切り、驚きの表情で席に戻る律に向け、唯が声をかける。
189 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:40:17.33 ID:2rXBvp8co
唯「りっちゃん、大丈夫だった?」

律「ああ…………なんつーか、はははっ……運命ってこういうのを言うのかな……はははっ」

澪「律……何かあったの?」

 澪の問いかけに対し、手が震える感覚を覚えつつ、律は言葉を返す。


律「……ああ、さっき言ってた話だけど、出張……別の奴が行くことになった」

紬「えっ!? じゃあ……」

 律の声に、紬と唯が喜びの声を上げる。


律「うん、少なくとも私は出られるよ」

まりな「りっちゃん……! あ、ありがとう!」

律「ああ、私はいいんだけど……あとは……梓次第だな」

 梓の方を見つつ、律は言う。
190 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:40:47.19 ID:2rXBvp8co
梓「…………」

唯「あずにゃん……」

憂「梓ちゃん……」

菫「梓先輩……」

 全員の眼が梓に向けられる。

 プロのジャズマンとして音楽で生計を立てている梓の演奏……それは、根本的に唯達とは違う質を持つ演奏だった。

 プロとしてのその演奏は本来、相応の演奏料を支払ってこそ鑑賞できる価値があり、いくら知人に頼まれたからと言って、おいそれと気軽に聴ける程安いものではない。

 ソロでの活動をしているのならともかく、両親と共に音楽活動をしているのなら尚更だ。こればかりは梓だけの一存で答えが出るものではなかった。

 ならば当然、同じメンバーでもある両親への確認と了承が必要になるだろう。と、同じプロの道に関わる者として、律は梓の沈黙の意味を察していた。


梓「…………」

 また、全員でステージに立てるかも知れない……こんな機会、おそらく二度と訪れはしないだろう。

 出来ることなら、私も皆で……先輩達と、もう一度演奏がしたい……。

 あの人達に、私達の音楽を……聴かせたい。

 しばしの間、梓は思い悩み……そして決意する。


梓「すみません、少し待っててもらえますか、今から両親に……話してみます」

 立ち上がり、梓は携帯を手にテーブルを離れる。

 そんな梓の背を、その場の全員が心配の様子で見つめていた。
191 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:42:08.22 ID:2rXBvp8co
唯「あずにゃん……大丈夫かなぁ」

律「プロの世界のルールってのは唯が思う以上に小難しいんだよ、妙なしがらみばかりで、自分のやりたいことだって全部やれるってわけじゃないからなぁ」

直「はい……特に音楽の世界は尚更……ですよね」

澪(梓……)



梓「ああ、お父さん? うん、楽しんでるよ……それで、折り入ってお願いがあるんだけど……うん、実はね……」

梓「……って事なんだ……その……」

梓「うん、わかってます…………はい……もちろん、みんなに迷惑はかけないようにします、ジャズにも支障が出ないように気をつけます」

梓「お願いします、やらせてください……」

梓「………………はい……ありがとう……お父さん……ありがとう!」

 数分の電話の後、明るい顔で梓が戻ってくる。

 その顔を見た唯達の間に、安堵の溜息がこぼれていた。
192 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:43:24.07 ID:2rXBvp8co

律「あの感じだと、上手く行ったみたいだな」

紬「ええ、そうみたいね……」

梓「皆さんお待たせしました…………ふふっ、両親の許可、取れましたよっ♪」

唯「あずにゃん……っ!」

梓「父も言ってました、『若い連中に、お前の本気の演奏を見せつけてやれ』って……」

梓「ですからまりなさん……私も、ガールズバンドパーティーに参加させて下さい!」

まりな「梓……ちゃん、うんっ! ありがとうっっ!!」

 右手を差し出し、梓はまりなに向けて微笑む。

 差し出された梓の手を両手で掴み、歓喜の声を上げるまりなだった。

 ……そんな様子を、やや遠目に見つめる瞳が一つ……。


澪「………………」

 澪は、戸惑いの眼でその光景を見つめていた。


律「みーお、澪ももちろんやるよな?」

唯「澪ちゃんっ! 澪ちゃんもやろうよ! またみんなでライブしようよ!」

澪「……唯……律……私は……その……」

 確かに澪自身も、皆とまた演奏したいとも思っていた……でも、こんな大舞台に出るだなんて思ってもみなかった。

 まりなの口から直接参加して欲しいと頼まれた事自体は嫌ではなく、むしろ嬉しいとすら思えたのだが……。

 それと同時に、酷く巨大なプレッシャーが澪に襲い掛かっていた。
193 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:44:16.21 ID:2rXBvp8co

澪(……もうベースだって何年も弾いていないのに……こんな大きな舞台で演奏だなんて……)

澪(……それだけでも緊張するのに……それに、あの子達の前で失敗なんかしたら……)

 今日会った子達……Afterglowの5人の顔が澪の頭をよぎる。

 あんなにライブを楽しみにしていた子達の前で演奏だなんて……。

 昔の5人で演奏できるという楽しさ以上に、絶対に失敗できないという重圧が、人一倍責任感が強く、繊細な澪の心を埋め尽くしていた。


まりな「秋山さん……」

澪「あの……さ、みんな、ちょっと冷静に考えてみないか?」

 戸惑いながら、澪は言葉を続ける。


澪「律はさ、パスパレのみんなの前で演奏するの……怖くないのか? もし失敗したらって考えたり……」

 言いながら、酷く滑稽な事を自分は言っているということに澪は気付く。

 私の幼馴染は、その程度のことで怖気付くような奴じゃなく……むしろ、全力でその重圧に立ち向かおうとする強さを持っている……それが澪の知る、田井中律という人間だ。


律「あのな……私がそんな事でビビるとでも本気で思ってるのか?」

澪「わ、私は違うんだ……仕事や生活が忙しくて……ベースだってもう何年も弾いてないし……」

澪「そりゃあ、仕事で演奏してる梓や律はいいさ……勘だって鈍ってないだろうし、むしろ昔以上に腕も上がってるだろうしさ……」

澪「唯やムギだって……プライベートでよく演奏してるって言ってた……し……」

 言いながら、まるで子供の言い訳のようだと、澪は自身の言葉の薄さを感じていた。

 ……出来ない理由を正当化して、必死で逃げようとしている子供のような言い訳をする自分に、心底嫌気が差す。

 無言で澪の主張を聞く律達だったが、澪の軽薄なその言葉に……特に律は納得していなかった……。
194 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:45:02.84 ID:2rXBvp8co
澪「でも私は……違うんだ……きっと……いや、絶対にみんなの足を引っ張るに決まってる……」

律「あのなぁ……お前……いいかげんに」

 澪の言い訳に痺れを切らし、一喝しようと律が息を吸い込んだその時――。


女性A「え? なになに? 軽音部のみんな、ライブやるの?」

女性B「え〜〜、マジで?? いつ? 私絶対に行くよ!」

女性C「ああ……また澪ちゃんの演奏が見れるのね……私、絶対に行くからね!!」

女性D「ねえねえ、わかばガールズは? 憂ちゃん達はやらないの〜?」

 どこからその話を聞きつけたのか、澪の周囲には人だかりができていた。

 殆どの声が放課後ティータイムの復活を望む声であり、中でも澪に対する期待の高さが一際目立っている。

 集まった人の数に先程までの怒りも吹き飛び、律は水を一口飲みつつ、座り直していた。


憂「凄いね、澪さんの周り、一気に人が……」

純「澪さんの演奏、凄く格好良かったもんね……私も憧れてたし、また演奏見たいなぁ」

和「澪、軽音部で唯一、ファンクラブもあったぐらいだからね……」

さわ子「ふふっ……ねーえ澪ちゃん、これだけ多くの人が澪ちゃんの演奏を聴きたいって言ってるのよ? ベーシストとして、これ程嬉しいことってないんじゃないの?」

澪「みんな……」

 唯やまりな達だけじゃなく、こんなにも多くの人達が、私の演奏を楽しみにしてくれる……。

 その気持ちは凄く誇らしく……嬉しい事だと思う。

 だが、いや、だからこそ尚更に怖くなる……みんなの期待に……重圧に、押し潰されそうになる……。

 勇気が出ない……あと一歩、前へ踏み出す勇気が出ない……っ!
195 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 23:57:49.25 ID:2rXBvp8co
律「ったく……澪のやつ……」

唯「待って、りっちゃん」

まりな「あのさ……秋山さ……ううん、澪ちゃん」

 尚も怖気付く澪に喝を入れようと律が立ち上がろうとしたその時、まりなが再び澪に声をかけていた。


まりな「この曲、聴いてみてくれないかな……今度のライブに出る子達の歌なんだ」

 言いながらまりなは自身のスマートフォンから音楽アプリを起動させ、澪に手渡す。

 『Scarlet Sky』と書かれた曲名の隣には、偶然にも澪が昼間に知り合った、Afterglowの名前が表示されていた。


澪「…………この歌は、あの子達の……」

 無言でイヤホンを耳に入れ、澪は再生ボタンを押す……。


 〜〜♪ 〜〜〜♪


 軽やかに奏でられるギターとベースから始まるイントロに合わせ、凛とした歌声が澪の耳に流れ込んでくる。

 その歌声を、ただ静かに澪は聴いていた。
196 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:00:41.48 ID:10IwYkZZo
歌声『――当たり前のようにこんなにも近くでつながってて 欠けるなんて思わないよ』

歌声『――決めつけられた狭い箱 ジタバタぶつかっても どうにもなんないことは わかり始めたし……』

https://www.youtube.com/watch?v=kXL1MF-49V0


澪(この歌声は……蘭ちゃんかな……凄く前向きで、明るい声……)

 イヤホンから聞こえる蘭の歌声が……Afterglowの演奏が……重圧に押し潰されそうな澪の心に響き渡る。


『――戦うための制服を着て 勇み足で教室へ進む 開け放つドアを信じ、進め!』

『――あの日見た黄昏の空 照らす光は燃えるスカーレット 繋がるからこの空で 離れてもいつでも……』


唯「澪ちゃん……」

澪「…………」

 唯達が心配そうに澪を見つめる中……澪は眼を閉じ、無心で曲に聴き入っていた。
197 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:01:08.33 ID:10IwYkZZo
 …………。


 ……その歌は、あの子達の、純粋な想いを誓う歌だった。


 時の流れに負けず、仲間と共に今という日々を生きようとする誓いの歌。

 精一杯、彼女達の『今』を生きる輝き。


 それは、遠い昔、自分自身にもあった輝きで……。


 私が、みんなが持っていた、音楽に、仲間に対する純粋な想い。


 いいのだろうか……こんな私が、あの子達と同じ舞台に上がっても……。

 いや……きっとあの子達なら、私を受け入れてくれる……。

 こんなにも優しく……力強く、勇気づけてくれる歌が歌えるあの子達なら……きっと……。


 イヤホンから流れる歌声が、澪の心を支配していた恐怖心を振り払っていく。

 振り払われた恐怖心は次第に前へ歩む勇気へと変わり、彼女達の歌声に呼応するように、とくんと心臓が高鳴る。


 ――そして。 


『――あたしたちだけの居場所で どんなときも共に集まろう 叫ぶ想いは 赤い夕焼けに……』


 最後のフレーズが終わった時、余韻に浸る澪の眼が静かに開かれる。


 既にその眼は、恐怖に怯える者の眼ではなく……恐怖とは真逆の、ライブに対する強い決意と期待が込められた眼だった――。
198 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:01:58.36 ID:10IwYkZZo
まりな「澪ちゃん……」

澪「…………月島さん、ありがとう……良い歌だったよ」

 一言礼を言い、澪はまりなにスマートフォンを返す。


澪「すごいな、あの子達……こんなに素晴らしい歌を歌ってるんだ……」

唯「澪ちゃん……」

梓「澪先輩……」

 心配の声を上げる皆に向け、澪は一言、口を開く。


澪「なあ律、この後時間あるか? セットリストを考えようと思うんだけど」

律「……澪……っ!」

 澪のその言葉は、参加表明と同義の意を示していた。


まりな「澪ちゃん……ありがとう……本当にありがとう……っ!」

澪「……正直、まだ不安はあるよ……できるかどうかは分からない……ブランクもあるから、みんなの足を引っ張るかも知れない」

澪「でも……それでも、やってみたいんだ……みんなで…………あの子達に見せたいんだ……私達の音楽を……私達の輝きを……!!」

律「へへへっ、ああ……ライブに来る人全員に見せつけてやろうぜ……私達の青春を……放課後をさ!」

唯「うん……私も頑張るよ!」

紬「ええ……決まりね……!」

梓「はいっ! 放課後ティータイム、再始動ですね!」

さわ子「放課後の復活かぁ……いい響きじゃない、頑張りなさいよ、みんな」


 ――『放課後の復活』……さわ子のその言葉に、周囲からも次々と期待と歓喜の声が上がる。
199 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:02:25.47 ID:10IwYkZZo
女性A「やったーー! 私、最前列で応援するからねっ!」

女性B「で、どこでやるの? 唯ちゃん達のライブ」

女性C「花咲川だって! 私も有給使って行くから! みんな、頑張ってね!」

女性D「あ〜もう、来週が待ちきれないよ〜♪」

まりな「うん……うんっ、みんなっ……本当に……本当に、ありがとう……っ」

 ライブの開催が決定し、先程とは違った賑わいが唯達の周りで繰り広げられる。

 ある者は酔いの勢いで再びジョッキを開け、またある者は唯達にあらん限りのエールを送る。

 そんな周囲の反応に、目頭が熱くなる感覚を抱きながら、まりなは感謝の言葉を言い続けていた。

 ここだけでどれほどの人がライブに来てくれるのか……即座に数えるのが難しい程多くの人がライブに来てくれるのは、既に明白だった。


まりな「えへへっ……嬉しいよ……私、すごく嬉しい……」

律「まーりな、やったじゃん、集客効果バッチリだな」

まりな「あはははっ、ううん……それもだけど、私自身も……来週が楽しみになってきたよ」

まりな「高3の時の学園祭のライブ……みんなの演奏、私、今も覚えてるよ…………」

律「あははっ、懐かしい事覚えてるなぁ」

まりな「うん、だから……私も期待してるから……みんな、ライブの件、どうぞよろしくお願いします」

律「ああ、ま、私達に任せときなって」

律「出演するどの演者よりも、最高にカッコいいライブにしてやっからさ!」

 喜びと感謝、期待と興奮……様々な感情に涙ぐむまりなに向け、親指を立てて律は宣言する。
200 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:02:58.36 ID:10IwYkZZo
憂「えへへへっ……お姉ちゃん……良かったね……ん……っ ああもうっ……何だろ、この感じ……」

和「ふふっ……憂ったら……泣くのはまだ早いわよ?」

さわ子「さてさて……来週か……私も、久々に頑張るとしましょうかね……♪」

純「その日なら仕事休みだし、私も行くよ。もちろん直とスミーレも行くっしょ?」

菫「はいっ! もちろんです!」

直「ええ、私も……必ず行きますね……!」

 そして……。


律「よーーし!! みんな! グラス持ったなー! 放課後ティータイム……やっるぞーーー!!!」

一同「おーーーっっっ!!」

 律の掛け声に合わせ、彼女達は、掲げられたグラスを一気に呷る。

 その味わいは、今まで飲んだどの酒よりも美味く、深い味……。

 放課後の復活を祝う、奇跡の祝杯だった。
201 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/03(木) 00:03:48.28 ID:10IwYkZZo
―――
――


 それから程なく、幹事の和の一声により同窓会は幕を閉じ……律と澪を除いたそれぞれの放課後が家路についた翌日。

 ライブの打ち合わせと音合わせの為にと急遽予約を取ったライブスタジオに5人は集結し、今に至るのだった。


澪「いきなりこんな感じで、本当に大丈夫かな……」

律「みーお、そんな顔すんなって、大丈夫だよ、私らならできるって」

澪「律……」

唯「……りっちゃんの言うとおりだよ澪ちゃん。私達、今までどんなに大変なことがあっても乗り越えて来たんだもん……だから、今度もきっと大丈夫だよっ!」

 一切の迷いなく放たれる唯の声に、澪は頭を振り、再度芽生えつつあった戸惑いを振り切る。


澪「唯……ああ、いつまでもウジウジしていられないよな……うん、私もやってみるよ」

紬「ふふふっ、じゃあ早速だけど、音合わせ、やってみよっか?」

梓「そうですね、まずはふわふわ時間からやってみましょう、先輩方、スタンバイお願いします」

律「よし、じゃあやるか!」

 律の声に合わせ、それぞれが所定の位置に立ち、楽器を構える。

 ……彼女達の、実に数年ぶりの演奏が始まるのであった。
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