【バンドリ×けいおん】唯「バンドリ?」香澄「けいおん?」

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1 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 19:54:33.62 ID:2rXBvp8co
・バンドリとけいおんのクロスオーバーSSになります。

・ゲーム内に登場する5バンド25名とけいおんキャラ5名+αのお話となり、かなり長いものとなってます

・章立てで展開していきます(合計9章+α

・書き溜めは既に完了してますが、こちらの状況如何では投下スピードが変動することもあります。

・誤字、脱字はお見逃し下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570013673
2 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 19:57:38.11 ID:2rXBvp8co
#1.放課後の予兆

 ――『出会いは一瞬、繋がりは一生』

 昔、誰かがそんなことを言っていたような気がする。

 人と人の出会いは一瞬で始まり、そこから生まれた縁は一生続くのだと、その人は言っていたっけ。


 私が彼女達と過ごした時間は、数時間にも及ばない程僅かなものだったけど……。

 それでも、確かに私は彼女達と出会うことが出来た。

 その縁があったからこそ、この奇跡は起きたんだ。

 あの日、あの時、みんなに出会えていなかったら……きっと奇跡は起こらなかったよね―――。
3 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 19:59:12.98 ID:2rXBvp8co
【ライブハウス CiRCLE】

 その日、CiRCLEには5人の少女達が集まっていた。

 開催を来週に控えた大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』その最終打ち合わせである。

 今回のライブの企画立案であり、総責任者である月島まりなの元、代表バンドのメンバー5名が集まり、当日のスケジュールや手伝いの配置など、細かい部分の最終チェックが行われていた。



まりな「それじゃあ、お客さんの誘導はポピパのみんなと、受付はパスパレのみんなにお願いするよ、当日はよろしくねっ」

香澄・彩「はーい! まりなさん、任せてください!」

 まりなの声に2人は元気良く返す。彼女達と同じく、CiRCLEに集まった全員が来週のライブに向け、その期待を高めていた。


彩「いよいよこの日が来たんだね……みんなに負けないように、私も頑張るよっ」

香澄「今回のライブ……私達の他にも数多くのバンドも参加するって話ですから……すっごく楽しみですね!」

友希那「ええ……朝から夜まで続けられる程の、未だかつてない規模のライブね……私も楽しみになってきたわ」

蘭「はい……みんなの力で、最高のライブにしましょう」

こころ「そうね、来週が待ちきれないわっ♪」

 順調に打ち合わせは進み、CiRCLEの中はいつの間にか、和気藹々とした女子会にも似た空気で満たされていた。

 そんな彼女達の顔を安心の眼差しで見つめるまりなの元に、1本の電話がかかる。
4 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 19:59:45.10 ID:2rXBvp8co
まりな「……はい、あ、どうもー………うん、うん…………え?…… えええぇぇーーーっっっ!!!???」

一同「……?」

 突如としてまりなの絶叫がライブハウス中に響き渡り、辺りが水を打ったように静まり返る。


まりな「うん……そっか……うん、いやいやいや、でもそれはしょうがないよ……うん、こっちの事はなんとかするから、お大事にして……ね?」

 気落ちしながらも優しい声で電話の主に告げ、まりなは電話を切る。

 ……その顔は、期待と安心に満ちた先程とは一変し、戸惑いの色で溢れていた。

 そんなまりなの様子を心配し、香澄達が声をかける。


香澄「まりな……さん? どうかしたんですか?」

蘭「すっごい声してたけど……」

友希那「何か、トラブルでもあったのかしら?」

 不安気に問う香澄達に向け、俯きながらまりなは告げる。
5 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:00:25.13 ID:2rXBvp8co
まりな「実はね……ライブの当日にスペシャルゲストで呼んでたバンドのメンバーが怪我で入院して……それでその、ライブの参加をキャンセルしたいって話で……」

彩「え、えええーーー??」

香澄「だ、大丈夫なんですか? その人たち?」

まりな「幸い、大事にはならなかったそうだけど、ドラムの子が腕を骨折しちゃったらしいんだよね……」

蘭「よりによって、腕……ですか……」

まりな「うん……そのバンド、ドラムの子が凄く評判良くってさ……。ドラムがいないとバンドが成り立たないし、せっかくのライブが台無しになっちゃうって事でね……」

 申し訳なさそうに言うまりなの言葉に香澄達は息を呑み、困惑の表情を浮かべていた……。


まりな「事情が事情だし、私も無理に出てくれとはさすがに言えなくってね……」

友希那「そんな事があったのね……」

香澄「残念……だね、ライブ直前になったのに、怪我で参加できないなんて……」

 憂鬱さ露わにしながら香澄は呟く。その感情は次第に他のメンバーにも伝播して行き、ライブハウス内に先程とは真逆の空気が広がり始める。

 しかし……そんな陰鬱になりつつあった空気を、弦巻こころの一声が変えた。
6 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:01:18.01 ID:2rXBvp8co
こころ「みんな、落ち込む事なんてないわっ♪ ケガでライブに出られなくなってしまったのは確かに残念だけど、ケガなら治してまた参加したらいいのよ!」

香澄「こころん……」

彩「……うん、確かに、こころちゃんの言うとおりだね」

蘭「別に、もう二度と演奏ができなくなったってわけでもないんでしょ。その人達には気の毒だけど、今ここであたし達が落ち込むのは違うと思う……」

友希那「美竹さんの言う通りね、今私達がするべき事は、抜けたゲストの穴をどう埋めるのかを考える事だと思うわ」

 常に前だけを見つめるこころの声が、気落ちしかけていた香澄達の心を持ち直させていた。


まりな「こころちゃん、ありがとうね……」

こころ「どういたしまして♪ それよりも、これからどうするの?」

香澄「もう、ポスターもフライヤーも刷っちゃったんですよね?」

まりな「うん、予備も含めて大量に刷って告知もしちゃったから、今更ライブの内容を変更することは難しいね……」

 まりなが今回のライブの告知フライヤーを見ながら言う。

 そこには、各出演バンド名の他『○時より、スペシャルゲスト登場!』という、見る側の興味を強く引きつける一文が大きく書かれていた。
7 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:02:35.56 ID:2rXBvp8co
彩「う〜ん……スペシャルゲスト登場って、バッチリ書かれてるね……」

まりな「そうなんだよ、だから……どうにかしてライブ当日までに他のバンドを見つけて、参加して貰えるようにしなくっちゃ……」

蘭「じゃあ、各バンドでセトリ変えて時間調整してみるって事もできないか……難しいね、来週までに参加してくれるバンドを探すってことでしょ?」

友希那「ええ、それも……『スペシャルゲスト』として、ね……」

香澄「うぅ……それって、すっごくハードル上がりそう……」

蘭「うん……小規模なライブならともかく、今回みたいな大型ライブだと特にね……」

 蘭の言う通り、これが通常のライブならさほど問題視する程の事ではなかっただろう。

 ……だが、招待された側は、“ガールズバンドパーティー”という、既に幾度もの成功実績があり、もはやガールズバンドのライブとしては一大イベントと言っても過言ではない程昇華されたライブに“スペシャルゲスト”として参加するのだ。

 であれば、無条件に観客は期待する。その名が伏せられていれば尚更だろう。

 「ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストって、どんなバンドが来るんだろう」「どんな盛り上がりを見せるのだろう」と、多くの観客がゲストに期待をする……。

 当然、出演するゲストはその期待を一身に背負い、観客の最大限満足の行く演奏をすることが義務付けられる。

 ……尋常ではない程のプレッシャーがゲストにかかる事は、既に明白であった。
8 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:03:29.92 ID:2rXBvp8co
友希那「半端な実力では却ってお客さんの期待を裏切ることになるわね……当然、その日来てくれた人達全員の期待に応えられるだけの実力が求められるわ」

蘭「このタイムテーブルを見ると、ゲストの演奏も比較的長めに設けられてますね……」

彩「これだと、MC入れて少なくとも5曲は歌う計算になるね……」

まりな「あははは……問題山積みだねー……」

 生半可な腕前では却って期待して来てくれた人達を失望させかねない……同様に、せっかくのゲストの演奏を短時間で終わらせてしまう事もまた、観客からすれば拍子抜けしてしまう事になるだろう。

 それは即ち、ライブ全体の失敗を意味する……出演者としても、また主催者としても、それだけは何としても避けたいことであった。


まりな「つまり、スペシャルゲストの条件は、こうなるって事だよね」

 今現在ここにいるバンドに匹敵するか、もしくはそれ以上の実力を持ち、MC込みで最低5曲もの演奏をこなし、かつ観客の期待とかかる重圧に十分応えられる“女性”で構成されたバンド。

 それが、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストとして参加する為の、最低条件だった。


まりな「みんなに聞きたいんけど、そんなバンドに心当たり……ある?」

香澄「あははは……、ど、どうかな〜……一応、私もポピパのみんなに相談してみますね」

友希那「仮にいたとしても、来週までにライブができる状態に仕上げるのが大変ね……」

彩「セットリストもそうだし、当日の衣装の用意とか、練習の時間も組まなきゃいけないもんね……」

蘭「うん、正直……すごく難しいと思う……」

まりな「やっぱり、そうだよね……」
9 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:04:02.33 ID:2rXBvp8co
 …………。


 …………………。


 ……再び、彼女達の間に沈黙が漂い始める……それは先程以上に深刻な上、重く冷たい空気だった。

 これまで真面目にバンドで音楽活動をしている彼女達だからこそ、『そんな都合の良いバンド、そうそういる筈がない』と思ってしまう。

 そんな不穏な空気を察してか、またもこころの声が周囲の雰囲気を一変させた。


こころ「大丈夫よ♪ みんなで力を合わせれば、きっと何とかなるわ♪」

蘭「こころ、何か良い考えあるの?」

こころ「ん〜〜……そうね♪」

 目を瞑りながら腕を組み、頭を2〜3回ほど揺らし、こころは考える仕草をする……そして、何かを閃いたのか、声を上げた。
10 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:04:56.15 ID:2rXBvp8co
こころ「そうだわ! ゲストにはミッシェルに来てもらいましょう! ミッシェルと私達でサーカスをやれば、きっとお客さん達も笑顔になるわよ♪」

蘭「それ、もう演奏とかゲストとか関係ないじゃん……」

彩「あはははははっ、……こころちゃんらしい提案だね」

友希那「なんだか、弦巻さんを見ていると、真剣に悩む気持ちも薄れていくわね……」

香澄「こころん〜、私、サーカスなんてできないよ〜〜」

蘭「って香澄、まさかやる気なの……?」

 こころの破茶滅茶な提案に二度、場の空気が好転する。

 一気に雰囲気が和んだその時、まりなが真剣な面持ちで皆に告げた。


まりな「あはははっ、みんなありがとうね……うん、ゲストのことは私に任せてくれないかな? 必ず条件に合うバンドを連れてくるからさ」

 優しい笑顔を浮かべながら、まりなは続ける。


まりな「いざとなったら出演料たくさん積んで、プロの人に来て貰えるようにするよ、こういう時に何とかするのが私の役目だもん」

 具体的にどうするのかは分からない、確実な名案が浮かぶ訳でもない……。

 だがそれでも、眼前のトラブルに立ち向かい、打開策を見出すのが主催者の務めであり、大人として果たす義務でもある。

 実際今日に至るまで、彼女達は十分過ぎる程頑張ってくれていた。学生として忙しい時間の中で予定を作り、このライブの為に多くの時間を費やしてくれた。

 全てはライブ成功の為。だからこそ、今は彼女達の頑張りに報いるために、大人である私が頑張る時なんだと、まりなはそう思っていた。
11 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:06:17.79 ID:2rXBvp8co
まりな「だからみんなは心配しないで、目の前のライブのことに集中してて……ね?」

香澄「まりなさん……」

彩「……分かりました、まりなさん、よろしくお願いします」

友希那「私達にできることは確かに限られてるわ……それなら、今は私達が出来る事に向け、全力を費やすだけね」

蘭「でも、何かあったらいつでも言ってください、私達も全力でサポートしますから」

こころ「まりな、応援してるわね!」

まりな「うん、みんな、ありがとうね!」

 彼女達の期待に応えるべく、まりなは強く返す。

 そして話は纏まり、その日の打ち合わせは終了となった。


 ――その翌日。
12 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:07:03.79 ID:2rXBvp8co
まりな「さてと……みんなにもああ言ったんだし、頑張ろう!」

 早朝からまりなは各方面に電話をかけ続けていた。

 思いつく限りの知り合い、以前CiRCLEでライブを行った女性バンドを中心にガールズバンドパーティーへのゲスト参加の交渉を始めるが……突然、しかも大規模なライブのゲスト出演のオファーを受けるバンドなどそういるはずもなく、話を聞いた関係者のことごとくから出演を断られていた。

 電話による呼び込みの他にも、駅前で路上ライブを行っているバンドへの聞き込み、近隣のライブハウスやスタジオに直接出向いての交渉、SNSを駆使してライブ参加の依頼をしたりと、可能な限りの手を尽くす。

 ……しかし、それでも、ガールズバンドパーティーに出演してくれるバンドを見つけることは叶わなかった。
13 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:07:33.77 ID:2rXBvp8co
【CiRCLE 事務所】

まりな「だーーめだぁぁぁ……どこも引き受けてくれないよ〜〜……」

スタッフ「まりなさんお疲れ様です、出演依頼の話、難航してるみたいですね……」

まりな「お疲れ様……うーん……やっぱり、難しいよね……」

 疲労困憊の様相で事務所のデスクに突っ伏すまりなにスタッフが声をかける。

 数件のライブハウスに直接出向き、ゲスト出演を依頼するも断られ、そして何の収穫も得られぬまま、時は既に夕刻を迎えようとしていた。


スタッフ「やっぱり、いきなりゲストで来てくれって言われても難しいですよね……」

まりな「覚悟はしてたよ、私も同じこと言われたらやっぱり考えちゃうもん……」

 スタッフの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、今日の事を振り返る。

 今日だけで何件ものライブハウスに足を運び、口が渇くまで担当者に現状の説明を繰り返したが、それでもその苦労が報われる事はなかったのだ。

 半ば予想していた事だとは言え、今の状況を焦るまりなにとってこの事実は、肉体と精神の両面を疲弊させるには十分過ぎていた……。
14 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:08:28.05 ID:2rXBvp8co
まりな「あ〜〜〜……どーしよう……」 

スタッフ「……また明日、考えてみましょう……あれ、そういえば今日じゃありませんでしたっけ? まりなさんの高校の同窓会……」

まりな「え? あ……そっか……今日だったんだ、すっかり忘れてた……」

 スタッフの声にまりなははっと顔を上げ、スマートフォンを取り出し、カレンダーを表示させる。

 そこには『〇〇時、同窓会』という予定が確かに書き加えられていた。


まりな「もうじき時間だし、準備しないとね……」

スタッフ「大丈夫ですか? 今日はもう帰って休まれたほうが……」

まりな「ううん、それはできないよ。仕事は仕事で大事だけど、これは前から約束してた事だもの」

スタッフ「すみません、それもそうですよね……」

 確かに現状を考えれば今は仕事が何より大事ではある……明日からのことを考えるなら、ここは少しでも多く休息を取っておくべきだろう。

 だが、数ヶ月以上前から決まっていた約束をここで破るわけには行かず、まりなは重い腰を上げる。


まりな「だからごめん、今日はもう上がるね……後のことはお願いできるかな」

スタッフ「はい、気をつけて行ってきて下さい、お疲れ様でした」

まりな「お疲れ様、また明日ね」


 軽く身支度を済ませ、スマートフォンを操作し、メールアプリを立ち上げる。

 開かれた画面には、『桜が丘高校同窓会のお知らせ』と言う、まりながかつて青春を謳歌した母校の、同窓会の招待状が表示されていた――。
15 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:09:05.16 ID:2rXBvp8co
#2-1.放課後の邂逅〜田井中律〜

 ――特に目的があるわけではなかった。その会社を希望した理由も、「アイドルをプロデュースしたい」とか、そんな小さな理由からだった。

 それから程なく、私は大学を卒業して、とある芸能事務所のマネジメント部に就職した。

 最初は大変だったけど、仕事をこなしてく内にだんだんと楽しさを覚えて来るようになった私は、それなりに充実した日々を過ごしていた。


 そして、『バンド経験者』という経歴を持つ私は、ある一組のアイドルユニットのマネージャーに抜擢された。


 それが、私と“彼女達”の出会いであり……全ての始まりだった――。
16 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:10:06.93 ID:2rXBvp8co
 ――そこは、とある芸能事務所の会議室。

 長机が等間隔で配置され、均等に並べられたパイプ椅子には口髭を生やした男性にメガネを掛けたスーツ姿の女性など、十数人に及ぶ人が相次いで座り込み、予め配布されていた書類に目を通していた。

 様々な人で長机が埋まり、それから程なくして社長の号令の元、定例会議が開かれる。

 その内容は、現在所属しているタレントの今後の活動内容や、テレビ出演の確認……関係各所への営業の成果等々。

 およそ十数点の項目について社長をはじめ、各部署の役職にマネージャー、担当などが一同に集い、次々と報告を済ませていく。

 会議に集まった人の中には、今や人気絶頂中のアイドルバンド、『Pastel*Palettes』のマネージャーである、田井中律の姿もあった――。


【アイドル事務所 会議室】

社長「では次に、パスパレの活動について報告を」

律「はい」

 社長に振られ、書類を手に律は現状報告を行う。

 愛用のカチューシャを頭に付け、凛々しく着こなされたスーツ姿の律に会議室中から注目が集まり、その視線を全身で受けつつ、律は報告を行う。


律「丸山については現在バラエティ番組の出演が5件、クイズ番組の収録が4件と……レコード会社で演出の打ち合わせが3件。白鷺は音楽番組の収録が6件と……氷川、若宮と共にラジオ番組へのゲスト出演が決まってます」

律「氷川は今月末にテレビ局で打ち合わせがあり、若宮は再来週にファッション誌の撮影と……大和は本日午後3時より、出版社にて打ち合わせがあります」

律「あと、パスパレ5人でやる飲料水のCM撮影も再来月より控えています。その他、空いた時間を使ってバンド活動の練習入れてます、報告は以上です」

 スケジュール帳と書類を見やりつつ、律は報告を済ませる。
17 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:11:07.34 ID:2rXBvp8co
社長「そうか……」

 律の報告を聞いた社長は両隣の重役に耳打ちし、若干不服そうな声で問いかける。


社長「う〜ん……スケジュールを見たところ、バンドの練習時間、少し多すぎじゃないの? ちゃんと営業かけてる?」

律「……最近は色んな所でコンサートの出演依頼も増えてきてますし、彼女達には今まで以上にバンド活動にも力を入れてほしいと思ってまして」

律「あまり仕事を入れすぎてたら却って彼女達の負担になるんじゃないかと……そうでなくてもみんな学校もありますし」

社長「そこはホラ、田井中くんが上手く調整してやってよ、パスパレは今、ウチの事務所の看板アイドルなんだからさ」

社長「バンドの練習だ何だであまり遊ばせてないでさ、これからはガンガン営業かけてもっとメディア露出させないと、ね?」

律「はぁ……」

 正直、今現在でも十分過ぎる程に彼女達は仕事をこなしていると律は思っていた。

 昨今のアイドルブームの影響もあり、今や日本中で多くのアイドルが活動の場を広げている……それは律達の務める事務所も例外ではなく、そこには多くのアイドルとその研修生が所属しており、そして彼女達は日夜を問わず自身の活動に励み、今も夢を追い続けている。

 当然中には陽の目を浴びられず、未だにチャンスに恵まれていない子達も大勢いるのだ。

 そんな中、こうして関係各所からの出演依頼が多く来ていているのは、間違いなくパスパレの皆の頑張りの賜物である。……今の結果は確かに完璧とは言えないまでも、十分に評価してくれても良いだろうと律は思っていた。

 ……そうした彼女達の頑張りと苦労を知ってか知らずか、社長は更に彼女達に仕事をさせようとする……。そんな上層部の考えに律は、彼女達のマネージャーとして疑問を抱かずにはいられなかった。
18 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:15:49.08 ID:2rXBvp8co
律(結成当初に比べりゃ十分すぎるほど仕事のオファー来てんだろ……なのにまだ仕事増やす気かよ……)

社長「田井中くん、聞いてる?」

律「……はい、分かりました、私からも関係各所にもっと売り込んでくようにして行きます」 

社長「うん、よろしく頼むよ。じゃあ次は……」

律「…………」

 仕事があるのは有り難いことだが、かと言って仕事のしすぎではストレスが発散されず、いずれ爆発してしまう。

 厳しい芸能界で仕事をこなす社会人の先輩としてはもちろん、マネージャーとして常日頃から彼女達を見ている律だからこそ、その心身のケアには常に細心の注意を払い、彼女達のサポートを行っていた。

 そんな彼女達の心の癒やしとなる数少ない楽しみの一つが、パスパレ全員で集まって行うバンドの練習だったのだ。

 どんなに忙しい日が続いたとしても、5人全員でバンドの練習をしている彼女達の姿は、傍から見てもとても楽しそうにしているのがよく伝わってくる。

 ……これ以上仕事が増えれば、自然と彼女達の揃った練習時間は削られてしまう。

 ……それは確実に彼女達の消耗にも繋がる……律としても、それは到底気の進む話ではなかった。
19 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:16:40.72 ID:2rXBvp8co
―――
――


社長「ではこれで会議を終了とする、みんなよろしくね」

 そして、3時間ほどに及ぶ会議が終わり、次々と会議室から人が出ていく。

 その人混みに混じり、律は会議室を後にした。


【アイドル事務所】

律「あ〜〜〜〜〜〜……あんの社長……言いたい放題言いやがって……一体だーれが遊ばせてるってんだよ……」

 誰にも聞こえない程度の声量で苦言を漏らしながら事務所のデスクに項垂れ、今日の会議のことを思い返す。

 特別称賛されるような期待はしていなかったが、かといってああもダメ出しをされるとも思っていなかっただけに、その不平不満は強烈に律の脳内を埋め尽くしていた。

 そしてしばらく、日頃の鬱憤を呪詛のように呟き、軽い憂さ晴らしをする。

 数分後、少し気が収まった所でスマートフォンを操作し、今日のスケジュールを確認する……次の予定まで、残り僅かな時間となっていた。


律「愚痴っててもしょうがないし、みんなのところ行ってくるか……」

 重い腰を上げ、事務所を後にする。

今日は彼女達の通う学校が創立記念と試験休みで両校共に休日となっており、久々に5人全員が集まっている。

 途中のコンビニで差し入れにと人数分のジュースを買い込み、歩いて少しのスタジオへと律は足を急がせていた――。
20 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:17:37.51 ID:2rXBvp8co
【レッスンスタジオ】

 レッスンスタジオの一室には、コーチの指導の元、演技の練習に励む彼女達の姿があった。

 今後の活動を見越してだろう、いつドラマや映画の仕事が来ても対応できるようにと、役者経験のある千聖を中心とした演技指導のレッスンが今日から追加されていたのだ。


コーチ「ではもう一度! みなさん、さっきの感じでやってみて!」

全員「はいっっ!!」

律(おーおー、みんな頑張ってんじゃん)

 彼女達に気付かれぬよう、遠目から練習を眺めていたが、程なくして終了の時間が来たのか、コーチの号令の元、レッスンの終了が告げられる。

 スタジオから出ていくコーチに一礼し、律はスタジオへと入っていった。


律「やー、みんなぁやっとるかね〜」

彩「あ、律さん! お疲れ様です!」

一同「お疲れ様です!」

 彩の声に合わせ、Pastel*Palettesの全員が律に向け、挨拶をする。

 厳しいレッスンの後でも元気に挨拶をこなす姿に感服しながら、律は笑顔で彼女達に返していた。
21 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:18:05.88 ID:2rXBvp8co
律「はい、差し入れ持ってきたよ、いつもお疲れ様」

彩「わぁ……ありがとうございます!」

千聖「わざわざすみません律さん……いただきます」

麻弥「律さんいただきます! 今日のレッスン、結構ハードでしたからね、ジブン……もう喉カラカラで……」

日菜「うんうん、今日のは特にキツかったよねぇ……あ、あたしコーラいただくね、律さんいただきま〜す♪」

イヴ「リツさん、いつもありがとうございますっ!」

 各々が律に一礼し、ジュースを手に椅子に座り込む。

 相当に厳しいレッスンだったのだろう、彼女達の首にかけられたタオルには、かなりの量の汗が染み込んでいるのが伺える。

 にも関わらず彼女達は微塵も疲れた様子を感じさせず、むしろ活き活きとした顔をしていた。


律(みんな凄いな、あんなにキツそうなレッスンしてたってのに全然疲れた様子がない……やっぱ、5人全員で一緒にレッスンさせて正解だったかもな)

千聖「あ、あの律さん、今日は、事務所で会議だったんですよね?」

律「……ん? あ……うん、まぁねー……社長褒めてたよ、みんなよく頑張ってるって」

 あえてダメ出しされていた事は伏せ、律は言う。
22 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:19:11.49 ID:2rXBvp8co
彩「えへへへ……私もちょっとはアイドルらしくなれた……のかな?」

麻弥「ちょっとどころじゃなく、彩さんはもう立派なアイドルだとジブンは思いますよ?」

イヴ「私も、マヤさんと同じ気持ちです! 以心伝心ですっ!」

千聖「イヴちゃん……それはちょっと意味が違ってるんじゃないかしら……?」

日菜「あはははっ、でも、彩ちゃん浮かれるとすぐ失敗するから、あんま油断しないようにねしなきゃねー」

彩「ひ、日菜ちゃ〜ん……!」

律「はははっ、まぁ、日菜ちゃんの言う通りかもなぁ〜」

彩「もー、律さんまで勘弁してくださいよ〜」

一同「――あははははっ!」

 和やかな時間は気付けばあっという間に過ぎていく。

 時刻は既に11時をまわり、そろそろお腹の空く時間になっていた。
23 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:22:06.36 ID:2rXBvp8co
千聖「それで律さん、今日の予定はどうしますか?」

律「んー、今日は3時から麻弥ちゃんと一緒に出版社で打ち合わせに行くつもりだけど……」

麻弥「はい、把握してます……しかし3時ですか、少し時間空いてますよね?」

律「そうなんだよ、今からお昼食べに行っても中途半端な時間になっちゃうだろうし、どうしよっかなって思ってた所でさ」

千聖「……だったら、お昼ご飯の後、麻弥ちゃんの時間が来るまでみんなで音合せしておかない?」

日菜「あっ、いいね、それ!」

千聖「パスパレも次のコンサートが近いし、ガールズバンドパーティーも来週に迫ってきているし……少しでもみんなが揃っている時に演奏しておきたいと思ってるんだけど、イヴちゃんと彩ちゃんはどうかしら?」

彩「うん、私もMCの練習してしておきたかったから、千聖ちゃんに賛成するよ」

イヴ「私も、今日は夕方からアルバイトなので、それまでで良ければご一緒しますっ♪」

 千聖達の話を聞きながら、律は唸る。


律「ん〜、ガールズバンドパーティー……かぁ」

麻弥「律さん、やっぱり難しいですか? ジブン達のライブ……その……」

 歯切れ悪く、麻弥は問いかける。

 ガールズバンドパーティーは普段の仕事でやるライブとは違い、アイドルとしてのパスパレではなく、バンドとしてのパスパレの演奏が見れる数少ないライブでもある。

 律自身、前々からその話は聞いていたが、生憎とガールズバンドパーティーの当日は、芸能関係の打ち合わせで関西へ出張となっていたのだった。
24 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:23:01.64 ID:2rXBvp8co
律「そりゃー私だって行きたいのは山々なんだけど、その日は別件で仕事があるからな……」

麻弥「そう……ですよね、すみません」

律「別に、麻弥ちゃんが謝ることじゃないよ……行けないのは残念だけど、みんなならきっと上手くやれるって信じてるからさ」

麻弥「律さん……ありがとうございます」

律「いえいえ、んじゃ、着替えたらご飯食べてみんなで音合せしよっか、ライブに行けない分、今日は私も付き合うよ」

千聖「律さん、いいんですか?」

律「うん、私も3時まで予定ないし、せっかくだからみんなの演奏も見ておきたいと思ってたしさ」

彩「やった〜! 律さんに練習見てもらえるなんて嬉しいなぁーっ」

千聖「ええ、折角の機会なんだし、良い練習にしましょうねっ」

 自分達の練習を律に見てもらえることを素直に喜ぶ彩達だった。


 ――それもその筈、バンド経験者である律のアドバイスは、今日のパスパレの成長に大きく貢献していた。

 MCの回し方のコツや“魅せる”演奏のポイントなど、律自身が過去にバンド活動をしていた時に身に付けたスキルやノウハウは今も律の中に生き続けており、バンド活動を控えた今でもそれは忘れられてはいなかった。

 事実、律のアドバイスを受けて成功したライブはこれまでにも数多くあり、その成功の一つ一つが更にパスパレを成長させている。

 パスパレの皆が律を慕っているのは単にマネージャーとしてだけではなく、一人のバンドマンとしての実力があればこそでもあった――。


律「よーし、それじゃ、はやいとこお昼食べに行こっか♪」

一同「はいっ!」

 律の号令に合わせ、5人は一際元気な返事をし、移動を開始する。
25 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:24:39.45 ID:2rXBvp8co
―――
――


【ファミレス】

彩「ここのパスタ、美味しいねーっ」

麻弥「そうですね……あっさり系で結構好きな味ですっ、あー、彩さん、このショコラ、期間限定みたいですよ?」

彩「わ〜、すっごく美味しそう……あーでも、これ以上食べたらまた体重が……」

千聖「うふふふっ、彩ちゃん、残念だったわねー」

日菜「ん〜〜、このハンバーガーも美味しい〜♪……あ、そうだ律さん、今度また、あのお店連れてってよ♪」

律「ん? あー、あそこか」

イヴ「ヒナさん、どんなお店なんですか?」

日菜「うん、前に律さんと一緒に行ったところなんだけど、桜が丘に美味しいパンの喫茶店があったんだぁ」

イヴ「桜が丘……ですか?」

千聖「確か、律さんの住んでる所も桜が丘だったわね?」

日菜「うん、お仕事の打ち合わせで寄ったときにそこで食べたんだけど、なんていうか……るるるんっ♪ って感じの味だったんだぁ」

千聖「一体、どんな味なのかしら……」

律「あはははっ、日菜ちゃんに食レポの仕事が来たら大変そうだなぁ」

麻弥「なんと言いますか、日菜さんの場合、出された全部の料理の味を擬音で表現しそうですね……」

日菜「ねーねー律さん、また連れてってー」

律「はははっ、うん、今度近くに寄ったら、今度は日菜ちゃんだけじゃなく、みんなにも紹介するよ」

彩「はい、楽しみにしてますっ」

麻弥「フヘヘ、日菜さんが絶賛するぐらいですから、興味ありますねっ」

 このように、穏やかな時間は過ぎていく。
26 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:25:29.92 ID:2rXBvp8co
 そして、昼食を終えた6人は店を後にし、麻弥の仕事の時間が来るまでの間、懸命にバンドの練習へと打ち込むのであった。

―――
――


【営業車内】

麻弥「いやぁ〜、今日の練習は本当に楽しかったですよー」

 バンドの練習を終えてからしばらく。

 律の運転する車の中で、麻弥は今日の練習を振り返っていた。


律「ふふっ、みんな腕上がったよなぁ、麻弥ちゃんも千聖ちゃんも、リズム隊としてはもう一人前かもな」

麻弥「いえいえいえそんな! ジブンなんてまだまだですよっ」

律「うんうん、そうだそうだ、慢心するのはまだ早いっ! なーんてね」

麻弥「あはははっ、律さん今日はご機嫌ですねー」

律「……でも、本当に嬉しいよ、みんなが頑張ってくれたおかげで、パスパレがどんどん有名になっていってる」

 反対車線に、パスパレの新曲告知が大きくプリントされたトラックが通り過ぎていくのを片目で追いつつ、律は微笑みながら言った。
27 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:26:08.24 ID:2rXBvp8co
麻弥「フヘヘ……でも、それも全部、律さん達事務所の方々のおかげですよ」

 一瞬の照れ笑いの後、真剣な眼差しで麻弥は続けた。


麻弥「パスパレの皆さん、ジブンもですけど、特に律さんには凄く感謝してます」

律「麻弥ちゃん……」

麻弥「マネージャーとしてお仕事を取ってきてくれるのはもちろん、練習に付き合ってくれたり、こうして車で現場まで送ってくれたり、凄く助けて頂いてます」

 部活でも裏方を専門とする一方、彩や日菜程目立つことはないが、それでもドラマーとしてパスパレを支える麻弥にとって、自分と同じように裏方仕事を担当とする律には、強い憧れがあった。

 律自身もまた、かつての自分と同じくバンドでドラムを担当する麻弥に対しては、他のメンバーよりも親近感に似た感覚があった。


麻弥「律さんが練習曲に用意してくれた歌、あれのおかげで皆さん、アイドルとしても、バンドとしても大きく成長できたと思ってますよ」

律「まー、練習曲としちゃあれが一番だと思ったからねぇ」

 アクセルを踏み込みながら、律は少し昔の事を思い出していた。
28 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:27:26.54 ID:2rXBvp8co
―――
――


 ――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。

 専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。

 既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。

 今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。


【回想】

律「…………うーーん……」

 パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。


律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)

 アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。

 バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。

 プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。

 今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。

 今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。

 また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。

 焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。

 そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
29 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:28:08.39 ID:2rXBvp8co
―――
――


 ――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。

 専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。

 既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。

 今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。


【回想】

律「…………うーーん……」

 パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。


律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)

 アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。

 バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。

 プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。

 今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。

 今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。

 また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。

 焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。

 そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
30 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:28:50.28 ID:2rXBvp8co
―――
――


【会議室】

彩「急にミーティングだなんて、田井中さんどうしたんだろうね?」

日菜「あ、もしかして、次のライブの話だったりして」

イヴ「前回のライブも好評だったみたいですし、そうかも知れませんねっ」

千聖「……どうかしら、田井中マネージャーのメールの感じからして、そんなに甘い話ではなさそうだけど……」

麻弥「あ、皆さん、田井中さんが来ましたよ」

 会議室へと入って来た律に向け、5人は起立し、一礼と共に元気良く挨拶をする。
31 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:29:23.91 ID:2rXBvp8co
一同「田井中さん、お疲れ様ですっ!」

律「うん、お疲れ様ー……みんな揃ってるよね?」

千聖「はい、時間通り、全員揃ってます」

日菜「それでそれで、マネージャーさん、今日は何の話なの?」

彩「もしかして、次のライブのお話ですか?」

律「まぁまぁみんな落ち着きなって。えー、まずはみんな、先日のライブイベントお疲れ様でした、お客さんの受けも良かったし、十分パスパレのアピールにもなったと思います」

彩「よかったぁ……」

イヴ「はい、皆さん、ライブのためにすごく頑張ってました!」

日菜「うんうん、お客さん、結構盛り上がってたもんねー」

千聖「………………」

麻弥「………………」

 律の言葉に千聖と麻弥以外の3名は安堵の表情を浮かべている。が、続く律の言葉が、その安堵の空気を打ち消していた。


律「けど……みんな自身は前回のライブ、正直どう思った?」

 メンバー一人ひとりの顔を真顔で見ながら、律は問いかける。
32 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:30:38.69 ID:2rXBvp8co
日菜「確かに、完璧とは言えなかったかも知れないねー、彩ちゃんまた音外してたし」

彩「うぅっ……確かに、そうだったね……」

日菜「まぁ、それも彩ちゃんの持ち味みたいなところでもあるし、お客さんも笑ってくれてたから大丈夫だったと思うけど」

イヴ「皆さん、とてもよく頑張っていたと思います! 私は、皆さんの練習の成果がよく出てたライブだったと思います!」

彩「イヴちゃん……」

千聖「ごめんなさい、イヴちゃんには悪いんだけど……私としては正直、『何とかなった』という印象の方が強かったですね……」

麻弥「ジブンも千聖さんに同意です……実際、ジブンが走りすぎたせいで、音の乱れた所がいくつかありましたし……」

日菜「あれ、そうだったっけ? あたし全然気付かなかったよ?」

千聖「ああ、あの時ね……日菜ちゃんは瞬時に対応できていたけど、私は少し危なかったわ……」

律「みんなの言う通り、前回のライブは確かに問題はなかった……でも、満点だったかと言われれば、決してそうじゃなかったと思うんだ」

 律の言葉に全員が息を呑む。皆……少なからず思い当たる節があるようだった。


千聖「いつまでも及第点のままでは、来てくれたお客さんに申し訳ないわね……」

彩「そうだね……私も次のライブまでに、もっと練習しておかなきゃ……」

イヴ「日々精進!……ですね」

律「確かにみんな……日菜ちゃんなんかは特にそうだけど、難しいコードもどんどん覚えていってるし、リハではやらなかったアレンジを入れられるだけの余裕を持って演奏してる」

律「麻弥ちゃんも元々スタジオミュージシャンをやってただけあって、演奏の技術は安心できるし、彩ちゃんもよく声が通ってるから難しい高音だってしっかり歌えてるし、正直歌唱力は前に比べたら桁違いに向上してると思う」

律「千聖ちゃんのベースはブレる事なく終始安定してるし、イヴちゃんのキーボードも外れずにこなせていて、二人ともソロパートだって問題なくこなしてる」

律「正直、みんな技術に関しては問題ないと思う……でもそれだけで、“バンド”としてはまだまだじゃないかと私は思うんだ」

 個々の演奏を分析し、良い点についてはきちんと評価した上で、それでもバンドとしてはまだ足りないと、律は結論づける。

 その分析に異論は無いのか、特に5人から不満の声が上がることはなかった。
33 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:32:01.58 ID:2rXBvp8co
イヴ「タイナカさん、私達のこと、ちゃんと見てくれてたんですね……私、すごく嬉しいですっ♪」

千聖「そうね……そんな人にマネージャーになって貰えて、私達はとても幸せだと思うわ」

日菜「んんん……でもさー、それじゃ私達がバンドとして成長するためには、一体どうすればいいんだろうね?」

彩「やっぱり、もっと自主練をやるしかないのかな……?」

律「もちろんそれは大事……だけど、それは今まで十分やってきたでしょ」

麻弥「個々の演奏技術に問題がないのなら、あとはどんどん音合わせを重ねていくしかないと思いますが……」

律「なーのーでー、今日はそんなみんなに、練習にうってつけの曲を持ってきましたっ!」

 ふふふと含み笑いを浮かべつつ律は、1枚のカセットテープを高々に取り出した。
34 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:32:30.68 ID:2rXBvp8co
日菜「えっと……何それ?」

彩「何かで見たことはあるけど……何だったっけ?」

律「なっ……まさか……みんなコレを知らない世代か??」

 初めて見るカセットテープの存在に疑問符を浮かべるメンバーに対し、麻弥だけが違うリアクションを取っていた。


麻弥「それ、カセットテープじゃないですか! ジブン久々に見ましたよ!」

律「お、さすが麻弥ちゃん、詳しいねー」

麻弥「フヘヘ……昔はよく、ジブンの声とか録音して遊んでましたよ、懐かしいなぁ」

日菜「ってことは、それには何か曲が入ってるの?」

律「うん、まぁみんな、一度聴いてみてよ」

 言いながら律はカセットデッキをカバンから取り出し、セットし、再生ボタンを押す。

 程なく、サーっとした僅かなノイズの後に聴こえてくる、懐かしい前奏……。

 律自身、この曲を聴くのは何年ぶりだろうかと思い返していると、聴き馴染みのある歌声がスピーカーから流れて来た。
35 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:34:08.30 ID:2rXBvp8co
 〜〜♪ 〜〜♪

歌声「――キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」

律(懐かしいな……)

 真剣に曲を聴く皆に気付かれぬよう、小刻みにリズムを取りつつ、律は学生時代を共に過ごした仲間達の事を思い出していた。
 
―――
――


 そして曲が終わりを告げ、停止ボタンを押してカセットを取り出し、皆の反応を見る。


律「とまぁ、こんな感じなんだけど、どうだった?」

彩「可愛い曲だね……歌ってる人の声もすごく綺麗で、ふふふっ……私は好きです! この曲!」

日菜「へぇ〜〜………あ、うんうん! なんていうか……ルンッ♪って来たっ!」

千聖「凄く可愛らしい歌詞だけど、それとは逆に曲調は……ロック風っていうのかしら? 聴いてるだけで気分が上がってくる曲ですね」

イヴ「はい、聴けば聴くほど、元気になれる曲だと思います!」

 皆が皆、曲に対する好評を口にする……その中でも、麻弥の眼は他のメンバーの誰よりも輝いており、流れていた曲への関心を露わにしていた。
36 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:35:01.66 ID:2rXBvp8co
麻弥「それだけじゃないですよ皆さん……この曲、凄く作り込まれてますよ!」

麻弥「まず、ギター、ドラム、ベース、キーボード……各パートがそこまで複雑な作りでなく、シンプルに仕上がってます! それに音がきっちり別れてますから耳コピもしやすい作りになってますし……」

麻弥「それでいてマイナーコードもありませんので演奏しやすく……というかこの曲、完全にバンド演奏の基本テクニックだけで構成されてますっ!」

彩「凄い、麻弥ちゃんが燃えてる……」

律「初めて見たな……麻弥ちゃん、テンション上がるとこんなに喋るのか……」

 麻弥の熱意に呆気にとられる5人だった。が、それからも麻弥の解説は止まることなく続けられた。


麻弥「曲調はシンプルですけど、でも、いやだからこそと言いますか、シンプルだからこそテクニックのある人なら遊びやすい、つまり、アレンジがしやすくなってるんですよね」

麻弥「曲の出だしも各パートが順々に入る構成になってますからリズムが狂うことなく入れますし、演奏してる人達の腕が良い事もあり、曲そのものの安定感が違います!」

千聖「ええと……麻弥ちゃん、つまり、どういう事なの?」

麻弥「はっ……! フヘヘ……すみません、つい熱くなっちゃいました……」

麻弥「こほんっ……ええと、一言で言えばこの曲、プロアマ問わずバンドの練習曲に相応しい一曲って事ですね!」

日菜「うんうん、麻弥ちゃんの言うこと、なんとなく分かるなー。ギターもそんなに難しくないし、演奏しやすそうだなって思ってたんだ〜」

麻弥「でもこの曲、一体どこのバンドの曲なんですか? ジブン、こんなバンド演奏のお手本みたいな曲、今まで聴いたことありませんでしたけど」

律「あー……まぁ、それは今はいいじゃん!」

 なまじ音楽に対する知識がある麻弥に自分の曲が絶賛されたということもあり、照れ隠しに徹する律だった。
37 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:35:46.78 ID:2rXBvp8co
律「とにかく、今日から2週間、みんなはこの曲だけを演奏して自主練してみて」

千聖「この曲だけを……ですか?」

律「うん、みんな演奏技術は問題ないし……ならあとは、バンドとしての一体感が強まればいいんじゃないかって思ったんだよ」

彩「譜面や歌詞カードはあるんですか?」

律「無い。っても、今のみんなの腕なら譜面は無くても問題ないと思うよ」

麻弥「そうですね……何度か聴けば、自然と感覚で覚えてしまうと思います。耳コピもしやすいので、譜面に起こすとしてもそんなに時間はかからないと思いますよ」

律「この曲を、今日からパスパレのみんなで、パスパレの曲にしてみてちょうだい、私も可能な限り付き合うからさ」

一同「はいっ!」

 この曲を彼女達なりのやり方で演奏出来れば、恐らくは今までの及第点を満点にすることが出来るだろうと律は考えていた。

 そして、翌日より行われたパスパレの自主練には律も可能な限り参加し、バンド経験者として各メンバーに的確なアドバイスを行っていた。


律「日菜ちゃんはもう少し周りを置いてかないように合わせてみて……彩ちゃんはどうかな?」

彩「ん〜、この歌詞、書いた人はどういう気持ちで書いたんでしょう……それが分かれば、もっと上手に歌えると思うんですけど……」

律「あーーー、それは考えなくていいよ、アイツの感性はきっと誰にもわからないし」

彩「…………?」

律「まぁ、彩ちゃんなりに歌ってみればいいよ、作った奴の事は深く考えずにさ」

彩「はい……??」

彩(この曲作った人、田井中さんの知り合いなのかな?)
38 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:36:26.38 ID:2rXBvp8co
麻弥「田井中さんの指導、凄く的確で理にかなってますね……さすが元バンドマンの人って感じがします」

千聖「ええ……丁寧だけど決して固くないように教えて下さって……何ていうか、歳の近い先輩に教えてもらってるって感じがするわね」

イヴ「はい! リツさんのおかげで私、バンドの何たるかがより分かったような気がしますっ♪」

 観客として、また元演奏者としての律の助言を彼女達は聞き入れ、自分達の演奏に活かしていった。

 そしてメンバー全員が律の親身な指導を受け、バンドとしての成長を徐々に実感していき、律の存在を認めていく。

 それから数日、気付いた時にはもう誰も律のことを苗字や役職で呼ぶことはせず、親しみを込め、名前で呼んでいた――。


彩「あーあーかーみさーまおねーがい……うーん、もっと柔らかい感じで行った方がいいのかな?」

日菜「う〜ん、私的に今のはムムっ? て感じだったなぁ」

麻弥「彩さん! ジブンは今の感じでいいと思います!」

彩「う〜ん、どっちで行こう……」

千聖「イヴちゃん、ラス前のパート部分だけど少しだけ音が浮いてたわ、もっと入ってきても良いと思うわよ」

イヴ「はい! チサトさん、ありがとうございますっ」

律(あー……すっげー懐かしいな……この感じ)
39 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:38:27.52 ID:2rXBvp8co
 ――音楽に、バンドにひたむきに、真剣に向き合うボーカルの彩。

 ――独特な雰囲気でバンド内の空気を和ませるギターの日菜に、キーボードのイヴ。

 ――彼女達を後ろで見守り、絶えず支え続けるドラムの麻弥。

 ――そんな彼女達を優しく、しっかりと取りまとめるベースの千聖。


 それぞれがそれぞれの夢を目指し、輝いていた。

 そんな彼女達の姿が、かつてと自分達の姿と重なって映る。

 夢に向かい、ひたすらに練習に打ち込む5人の姿に、今はもう戻れない遠い日の情景を瞼の裏に描きながら、律は彼女達と向き合う。

 最初は仕事だけの関係だと思っていたが、今は違う……。

 一人の元バンド経験者として、かつての自分達に似た輝きを持つ彼女達を応援したいと……心の底から律は思っていた。


 ――そして2週間後、律の前で彼女達は見事やりきった。

 その結果、バンドとしての一体感は律の想像以上に向上し、それは他の曲でも確実に発揮され、律が抱えていた危機感は、既に期待感へと移り変わっていた。

 ……それは決して公の場で歌われることのない、パスパレの練習でのみ歌われる曲。

 律とPastel*Palettesを繋ぐ、世界で一つだけの歌――。
40 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:39:38.26 ID:2rXBvp8co
―――
――


【営業車内】

 律の顔を見つつ、麻弥は口を開く。

麻弥「あの曲を律さんが教えてくれなかったら、きっと、今のパスパレは全然違うパスパレになってたんじゃないかって思うんです」

律「褒め過ぎだって……あれは私の思い付きみたいなもんだから、そんなに大それた事じゃないよ」

麻弥「……もしかしてあの曲、実は律さんが昔組んでたバンドの曲だったり……」

律「ははは、そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないなぁ」

 照れくささを堪えつつ、律は麻弥の問いかけを受け流す。


麻弥「フヘヘ……そうだ、律さん……律さんは今、バンドはやられてないんですか?」

律「ああ……昔のメンバーもみんな仕事が忙しいみたいだし、みんなで集まるってコト自体があんまり無いからねぇ」

律「……でも、今日は夕方から同窓会でさ、久々にみんなと会うことになってるんだ」

麻弥「わぁ、それは良かったじゃないですか!」

律「だからこの後、凄く楽しみなんだ、あははっ」

麻弥「……ジブン、いつか律さんの演奏も聴いてみたいです」

律「うん、まぁ……いつか機会があれば……ね」

 麻弥の言う通り、いつかそんな日が来ればいいなと思いながら、律は車を飛ばす。

 そして出版社での打ち合わせを終えた後、事務所に戻り、麻弥と解散してから、今日の報告を済ませる。
41 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 20:49:56.16 ID:2rXBvp8co
律「じゃあ、私はこれで……」

スタッフ「あれ、田井中さん今日は上がり早いんですね?」

律「うん、今日はこれから予定があってね」

スタッフ「そうだったんですね、お疲れ様です」

律「うん、お疲れ様〜」

 事務所を後にし、夕暮れに染まる街を歩く。

 その時、律の携帯が着信を告げる。電話の主は、律のよく知る幼馴染からだった。


律「ああ……うん、わかってる、もう向かってるよ……はーい、それじゃまた後でな〜」

律(……あいつも、待ちきれないのかな?)

 携帯を仕舞い、微笑みながら軽い足取りで律は向かう。

 かつて高校時代を共に過ごした、仲間達の集う場所へ――。
42 : ◆64sUtuLf3A [sage saga]:2019/10/02(水) 21:01:19.78 ID:2rXBvp8co
#2-2.放課後の邂逅〜秋山澪〜

 ――思えば、もう何年も昔を振り返ることなんかしていなかったと思う。

 それ程に、今の私の日常は忙しく、とても充実していた。


 それでも、私は決して忘れてなんかいなかった。

 みんなで過ごしたあの日々、みんなで奏でたあの音……みんなで食べたお菓子の味……。

 それは、今も確かに私の中にある。

 
 だからかな、あの子達の輝きが……凄く、懐かしいと思えたのは。

 あの輝きはきっと、遠い昔、私にだってあったものだろうから。

 あの子達の輝きは、すっかり歳を積んでしまった私を、もう子供じゃなくなってしまった私を、あの頃に戻してくれた……そんな気がしたから―――。
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