【ミリマス】1日プロデューサー体験〜密着50×24時!壮絶なる戦いの日々〜

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22 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:03:19.01 ID:TeqHcU600
3.かき乱されるその香り



 「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
 脳を直接殴られたような衝撃で目を覚ました。知らない天井だとか、そんなことはどうでもいい。
 空気の匂い。ベッドの匂い。服の匂い。天井の、壁の、床の、家具の匂い。それらすべてが俺の鼻を刺激する。いや、刺激なんてレベルじゃない。これは暴力だ。匂いという不可避の暴力。不可視の凶器。
 別に臭いわけじゃない。むしろ甘くていい匂いだと思う。匂いそれ自体ではなく、受け取る側に問題があるのだ。
 「どうした可憐!? 大丈夫か!?」
 「可憐ちゃん! 無事!? 無事なの!?」
 ドアの向こうに匂いの塊が2つ。大声を聞いた両親が心配して来てくれたらしい。
 もうおわかりだろう。今日の俺は可憐だ。もちろん形容動詞ではなく固有名詞、人名である。
 
23 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:04:09.62 ID:TeqHcU600



 両親は寝室に戻っていった。無事を伝えたとはいえかなり心配していた。そういう匂いがした。可憐の両親はかなりの心配性だが、それとこれとは話が別だ。深夜に奇声を上げた自分の娘を心配しないようならもはや親とは呼べないだろう。
 時刻は午前0時22分。両親を納得させるのにかかった時間がそのまま22分だ。入れ替わりは0時ぴったりに起こることが今日でわかった。何の役にも立ちそうにない事実だ。
 「ふう……」
 ため息をつき、ベッドに腰かける。眠気は吹き飛んだが気分は落ち着いてきた。
 今の俺は鼻の穴にティッシュをぎゅうぎゅうに詰め、さらに何枚も重ねたマスクで鼻と口を覆っている。可憐は嗅覚が鋭敏なあまり、脳が人よりも多くの情報を処理する必要があるのではないか。だから凡人の俺は可憐の脳の働きに耐え切れず、心がパンクしそうになった。今俺が平気でいられるのは、匂いのほとんどがティッシュとマスクで占められているからだろう。脳が処理する情報量が減ったおかげだ。
 「あれが、可憐が生きてきた『世界』なのか……」
 常日頃から可憐の鼻には驚かされているが、間違いなく今日が過去最高だ。嗅覚はほどほどでいいな。
24 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:05:07.71 ID:TeqHcU600

 しかし、息苦しい。鼻を完全に封鎖したせいで口呼吸せざるを得ないのだが、マスクに阻まれてわずかな空気が入ってくるばかり。もっと多くの空気を求めて呼吸を増やすと、口元の二酸化炭素濃度が危険域に達してしまう。可憐の体で酸欠になるのはまずい。とはいえティッシュとマスクを外してあの感覚を味わうのもまっぴらごめんだ。さてどうしようか。
 うだうだ考えていると、インターフォンが鳴った。2人分の匂いが玄関に向かったかと思えば、3人分の匂いが部屋に近付いてきた。そのうち2人は両親だとわかるが、もう1人がよくわからない。どこかで嗅いだことがあるのは間違いないんだが……。
 「可憐、プロデューサーさんが来てくれたぞ」
 そりゃ匂いを知ってるわけだ。
 「ど、どうして……?」
 「やっぱり心配で……。『救急車は呼ばなくていい』って言ったから、代わりにプロデューサーさんに電話したんだ。そしたらすっ飛んできてくれたんだぞ」
 「そ、そうなんだ……。あ、あの、ぷ、プロデューサーさん……あ、ありがとうございます……。よ、夜も遅いのに……」
 「き、気にしなくていいんです……じゃなかった。いいんだよ、プロ……か、可憐……」
 お前はもうちょっと俺の口調再現を頑張れよ。
25 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:05:53.83 ID:TeqHcU600

 「あの……可憐さんとお話させてもらってもいいですか? で、できれば、ふ、ふふふ、2人きりで……」
 俺が親だったら部屋どころか家にも入れないほど挙動不審(声だけでわかる)だったが、あっさり入室許可が出た。娘(俺)を安心させたい一心だろうか。……いや挙動が不審じゃなかったとしても娘を密室で男と2人きりにさせるなよ。
 両親が部屋から離れたのを確認し、可憐が話を切り出す。どうやら俺の可憐モノマネに納得がいかないらしい。
26 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:06:34.86 ID:TeqHcU600

 「私、そんなにどもってますか……?」
 「いや、案外あんなもんだって。自分じゃわからないかもしれないけどさ」
 「で、でも……」
 「お前がやった俺のモノマネよりはマシな自信があるぞ。ってかそもそもモノマネできてなかったし。声が俺なだけの可憐だったし」
 「そ、それは……ごめんなさい」
 「ドア越しだから確信は持てないけどさ、お前絶対モジモジしてたよな。俺の体で。ホント、通報されなくてよかった」
 「つ、通報って……いくら何でも大げさじゃないですか……?」
 「いやいや、わからないぞ。『男だったら人生ヤバかった765プロアイドル』といえばお前と亜利沙のことだからな」
 「私、亜利沙ちゃんと同レベルなんですか!? あ、亜利沙ちゃんですよ!?」
 「そんなに驚いたら亜利沙がかわいそうだろ!」
 ちなみに『男だったら人生ヤバかった765プロアイドル』には真が含まれることもある。こっちは2人の「ヤバい」とはベクトルが違うが。
27 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:07:33.97 ID:TeqHcU600

 「そういえば、なんで来てくれたんだ? 家がまあまあ近いとはいえ大変だっただろ。夜も遅いし」
 「ず、ずっと思ってたんです。私と入れ替わったら、プロデューサーさんはびっくりするだろうなって……。こ、こんな鼻ですから……。そしたらお父さんから電話が来て、『やっぱり!』って思って……」
 「それで来てくれたのか、ありがとな。俺は見ての通りだよ。あのままだったら発狂してたな」
 さっきからずっとティッシュとマスクは外していない。外すつもりもない。絶対に。
 可憐は立ち上がり、机の引き出しの中から箱を取り出した。ずいぶん厳重に梱包されてんな。
 「このアロマを焚きましょう」
 「それは?」
 「せ、先々月のお給料とお小遣いを全部つぎ込んで手に入れた……とっておきです」
 「おおう……。ちなみに、今そのアロマを使う意味は?」
 「…………」
 「可憐?」
 「このアロマには、心を落ち着かせる効果があります。き、きっと今のプロデューサーさんにはぴったりですから……」
 「とっておき、効果しょぼくない?」
 もったいぶって言うことでもないだろうに。まあせっかくの可憐の厚意だし、ありがたく受け取らせてもらうことにする。
28 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:08:36.19 ID:TeqHcU600

 可憐がテキパキと作業を終えると、部屋はすぐに良い香りで満たされた。
 「プロデューサーさん……はぁ、はぁ……マスクを、は、外してください」
 「ほ、本当に大丈夫? だいぶ怖いんだけど……」
 「だ、大丈夫です。はぁ、はぁ……」
 「じゃあ……」
 「ぶふっ」
 「なんだいきなり吹き出して」
 「だ、だって、鼻にティッシュが……」
 「仕方ないだろこうでもしないと匂いを防げないんだから! ……よし、取ったぞ」
 「それでは、ゆっくりと深呼吸をしてください。ゆっくりですよ、ゆっくり……。はぁ、はぁ……」
 まだ怖いが、言われた通り慎重に呼吸をしてみる。(ていうか可憐、息荒くね?)するとどうだろう。ありえないほどの匂いが鼻に流れ込んできたものの、さっきのような暴力的な勢いはなかった。アロマの匂いがクッションになってくれているような、そんな感じだ。
 「すごいな、これ……。本当に気持ちが落ち着いてきた」
 「ほ、他には、どうですか……?」
 「え? 他にはって言われても……」
29 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:09:20.09 ID:TeqHcU600

 ドクン。
 「……!?」
 突然、心臓が跳ねた。
 体が、熱を帯びる。
 呼吸が、荒くなる。
 俺は、今──ムラムラしている。
 「はぁ、はぁ……。こ、このアロマ、本当は催淫作用があるんです……」
 押し倒される。俺の手首を押さえている可憐の手には激しい熱が宿っている。
 「可憐、まさか、最初からこのつもりで……!?」
 「て、抵抗してもダメです……。私の体ですから、こうすれば……」
 押し付けられた胸板。濃厚な俺の体臭が俺の脳を支配した。全身から、力が、抜けていく。
 「私の体ですから……ぷ、プロデューサーさんの匂いには、逆らえません。……てへへ♪」
 くそ、俺の分際で……いい匂いじゃねえか。
30 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:11:00.59 ID:TeqHcU600
4.崇められるほどに自由を失った



 劇場には地下倉庫がある。過去に使われた大掛かりなセットを保管するためのものだ。
 規模が大きい公演の前後を除いて開かれない扉へ、1歩、また1歩と近付いていく。
 むき出しのコンクリート。冷えきった空気。ぼんやりとした蛍光灯の灯り。いつも通りの不気味な廊下だ。この先に、とても恐ろしいものが待っているような予感がする。
 だが、胸を張って歩く。恐れるものなんて今の俺にはない。
 この先には罠がある。俺が仕掛けた罠だ。だから大丈夫。何かいるとしても、それは捕らえられた獲物にすぎない。だから、大丈夫。
31 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:12:00.17 ID:TeqHcU600

 灯りを点けると中の様子が明らかになる。塔のように積まれた段ボール。数え切れないほど多くの棚。ブルーシートで覆われた、巨大な何か。
 そして、中心。パイプ椅子に縛り付けられた男がこちらを睨んでいる。
 「プロデューサーさん? いったい、どういうつもりですか〜?」
 男とは、俺の体のこと。だが心は違う。『1日プロデューサー体験』は45日目。今日の俺は天空橋朋花と入れ替わっている。
 「どういうつもりも何も、わかるだろ? 今日1日、お前にはそのまま過ごしてもらう。飯は8時、12時、19時の3回。トイレは──」
 「そんなことが知りたいのではありません〜。聖母にこんなことをして、ただで済むとでも〜?」
 「今のお前は聖母じゃない。俺の体だぞ。俺の自由にして何が悪い」
 最初から。最初から、こうしておけばよかった。気付くのがあまりにも遅すぎた。悪いとは思っている。だが、せめて今日を含めた6日間だけでも俺は平穏を手に入れる。拘束はそのために必要不可欠だ。
32 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:13:01.48 ID:TeqHcU600

 「今すぐほどくなら、許してあげますよ〜?」
 「黙れ! もうこうするしかないんだよ!」
 ぷつん、と頭の中で何かが切れる音がした。緒だ、堪忍袋の。
 「昨日までの44日間、『俺』は何回女と手を繋いだ? 何回腕を組んだ? 何回キスを迫った? 何回家に連れ込んだ? 何回押し倒した? 何回求婚した? 何回実家へ挨拶しに行った? 何回婚姻届けに実印を押した? お前にわかるのか! ……もう限界だ! 俺は『俺』を縛ることにした。そうすれば好き勝手されることもない」
 「自分で、自分を?」
 「まさか。協力者は3人。亜利沙、まつり、そして千鶴さんだ。昨日俺と入れ替わっていた亜利沙を椅子に座らせて3人で縛った。『これまでの撮影でボツになったすべての写真』で亜利沙は買収されてくれたよ。あとの2人は『アイドルのプライバシーを守るため』という俺の崇高な理念に賛同してくれた。『1日プロデューサー体験』に参加してなかったし、そもそも反対派だったんだろう」
 「……考えを改めるつもりは」
 「ない」
 「なら、仕方ありませんね〜」
 朋花はそう言って目を閉じた。勝った。勝ったのだ。俺の計画は成った。これで今日を含めた6日間、俺の体で変なことをされる心配はない。残りのメンツは朋花、琴葉、恵美、風花、歌織さんとあずささん。『俺』はもう『彼女たち』と過ちを犯すこともないのだ。そう思うと涙さえ出てくる。
33 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:13:54.05 ID:TeqHcU600

 「それじゃ、レッスンに行ってくるよ。大丈夫、怪我だけはしないようにするからな」
 俺は扉に向かって歩き出し──

 「『ワカレイ ワカレイ ルルルルル』」

 「は?」
 珍妙な、呪文のような言葉を呟いた朋花。その瞬間、視界が変わった。視線は、ちょうど椅子に座っているくらいの高さになり、体はまるで縛られているかのように動かない。
 「黒魔術で入れ替わっている、という話は聞きましたか〜?」
 状況を理解するには十分すぎる言葉だった。
 「まさか、また黒魔術で意識を入れ替えたのか!?」
 「正確には魔術を解除したのですが……結果は同じですね〜」
 「そうか、俺は戻ったのか……」
 縛られている体に目をやる。間違いない、俺の体だ。1ヶ月とプラスアルファ。寂しい思いをさせたな、『俺』……。
34 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:14:55.58 ID:TeqHcU600

 「じゃあ朋花、このロープをほどいてくれよ」
 「は?」
 「え?」
 「プロデューサーさん、何か勘違いしていませんか〜?」
 「勘違いって?」
 「私がどうして魔術を解除したのか、わかっていませんね〜」
 「え? 俺の想いに胸を打たれたからじゃないのか?」
 「お仕置き」
 「え」
 「聖母を縛る不届き者に、お仕置きをするためですよ〜」
 一歩、また一歩と朋花が近付いてくる。言い知れぬ迫力を感じた俺は椅子から立ち上が……れない! 体が縛られている! 誰だこんなことしたの! 俺か。
35 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:15:36.67 ID:TeqHcU600

 「報いはその体で受けてもらいますね〜」
 むき出しのコンクリート。冷えきった空気。ぼんやりとした蛍光灯の灯り。聖母が、近付いてくる。
 俺は叫んだ。
 「やめて!」
 「惑わせて」
 「来ないで!」
 「抱きしめて」
 「『Maria Trap』じゃねーよ!」
 ほどかれ、引き抜かれるネクタイ。眼前に立つ朋花がいつもより大きく見える。彼女は俺のワイシャツのボタンを1つ1つ外していった。
36 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:16:36.29 ID:TeqHcU600



 この日、暗い倉庫の中で、6日間に及ぶ俺の壮絶な戦いの日々が幕を開けた。大人しく入れ替わりを受け入れるのと、はたして楽なのはどちらだったのか。それはもう、誰にもわからない。


(完)
37 : ◆ncieeeEKk6 [sage saga]:2019/09/20(金) 23:18:22.17 ID:TeqHcU600

終わり。渋にも全く同じ内容のものがあります。
ライブ楽しんできてね。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/21(土) 02:23:14.61 ID:ZLxQSUT3o
おつ
39 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2019/09/21(土) 09:48:40.11 ID:D5ircT1x0
可憐で感じる世界は確かにヤバそう..
乙です

>>2
伊吹翼(14) Vi/An
http://i.imgur.com/MuALV1L.png
http://i.imgur.com/UN75zhk.png

>>12
佐竹美奈子(18) Da/Pr
http://i.imgur.com/3jWPs9K.jpg
http://i.imgur.com/x1X7Rsp.jpg

>>22
篠宮可憐(16) Vi/An
http://i.imgur.com/iQ7g8bQ.jpg
http://i.imgur.com/GuI8xL7.png

>>30
天空橋朋花(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/1zppsaB.png
http://i.imgur.com/98kB0yS.png

>>35
『Maria Trap』
http://www.youtube.com/watch?v=xpY-pfAuSPQ
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