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女「夢桜、どうか散らないでいて」
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83 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:23:14.22 ID:PcmdgL7g0
男「ですが……ここまでです、女さん」
男「これ以上はもう、私の存在はあなたが歩むべき道の障害となる」
女(──っ)
女「………分かって……おります……」
女(障害……)
女(…その通りなのかもしれない)
女(あなたは私の人生に突然現れた闖入者。私が思い描いていた"予定調和の幸せ"をことごとく崩していった)
女(そして……あなたの言う通り……本当は理解してる)
女(この想いは叶えることが出来ない──叶えてはいけない)
女(……そんなこと、分かりたくなかった……!)
女「……」グッ...
男「……女さん、手、少し痛いです」
女「知りません……」
女「痛いのなら、振りほどけばいいじゃないですか…!」
女(一思いにこの手を払ってくれれば、私の絡まったこの気持ちも、切り捨てることが出来るのに)
男「……」
女(──あなたは決して自分から振り払うことはしない。そういうお人…どこまでも優しい)
女(……でもその優しさが、今の私には苦しいよ……)
84 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:24:37.18 ID:PcmdgL7g0
女「………」
男「………」
男「……私、意外に抜けているところが多いのです」
女「え…」
男「一高に入学した初日、教室の場所が分からなくて学校内で迷ってしまっていました」
男「それだけではありません。一度間違えて、卒業したはずの中等学校へ登校しかけたこともありました。そこの恩師と挨拶を交わすまで気付けなかったものですから、狐にでも化かされていたのかと思いましたよ」
男「結局、その恩師と笑い合ってから、その日はめでたく遅刻をしてしまったのですけどね」
女「……クスッ、なんですか、それは」
女「どこか緩いところのある方だとは思っていましたが、そこまでといくと反対に大物のような気がしてきます…ふふ…」
男「……よかった、笑ってくれた」
女「…?」
男「女さんには、そんな難しい顔は似合いませんから。普段見せてくれる笑顔の方が、好きです」
女「──」
85 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:28:48.45 ID:PcmdgL7g0
女(……)
女「…些か、強引ではないですか?」
男「不器用なもので……これで勘弁してくれませんか」
ーーーーー
男「──実は恥ずかしながら、女性と触れ合う機会が少なかったもので色恋には疎いのです」
ーーーーー
女(……そういえば)
女「…では、私からの質問に答えてくれたら、勘弁してあげます」
男「はい。それくらいで、いつものあなたが戻ってきてくれるのなら」
女「……ちゃんと答えると、約束して頂けますか?」
男「勿論」
女「……フフッ」
女「では……男さん」
女「誰をお選びになったのですか?」
86 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:30:03.64 ID:PcmdgL7g0
男「………ん?」
女「聞こえませんでした?」
女「今日のお昼の時、訊かれていましたよね。私たちの組の方から誰かを選ぶとしたら、どなたがよろしいか…と」
女「是非その答えを聞かせて頂きたく思います」ニッコリ
男「………あの時は、誰とも答えてはいませんよ?彼女たちに優劣を付けるような所業ですし、女友さんが皆さんを止めに入ってくれてましたから」
女「……でしたら、今お決めください」
女「まだ日も跨いでいませんし、どなたが居たかくらい、覚えていますよね?」
男「待ってくれ待ってくれ……女さん自分が何を言っているか──」
女「約束」
女「…致しましたよね??」ニコッ
男「えー、と………」
男(今そんなことを訊くなんて、ほとんど脅迫のようなものじゃないのか…!?)
87 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:31:12.26 ID:PcmdgL7g0
女「……」ニコニコ
男「…分かりました」
女「!」
男「ですが、それは今日の去り際にお話します。……楽しみはとっておいた方がよくありませんか?」
女「んー……では、その口車に乗せられてあげます。もう今から待ち遠しいですね」チラッ
男「……はは」
女(……)
女(嗚呼、夢桜、どうか散らないでいて)
女(彼とのこの時間はきっと、短い夢の中に消えていってしまうのでしょう……)
女(けれど今だけは……今だけは──)
女(──想っていたい)
88 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:32:41.97 ID:PcmdgL7g0
ーーー翌日 女家ーーー
女「……」スタスタ
女(男さん、なんだかんだあの問いに答えてくれなかった……上手いことお茶を濁されてしまった気がする)
女(また次回、問い詰めてあげないとっ)
女「……」スタスタ
女「……」スタ...
コンコン
女「お父様、私です」
「入りなさい」
ガチャ パタン
女「ご用とは何でしょうか?」
女父「うむ……」
女父「………」
女「……?」
89 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:33:35.28 ID:PcmdgL7g0
女父「……女、昨晩どこに行っていた?」
女「っ!」
女父「召使から報告があった。夜な夜な部屋を抜け出し、外に出ていたようだな」
女「……」
女父「何をしていたんだ?」
女「……夜桜を見ておりました」
女「先日歌の習い事からの帰りがけ、ふと見かけたその桜があまりに綺麗でしたので……つい」
女「無断で夜間の外出をしていたことについては、申し訳ありません……」
女父「……」
女父「…それは、男女で仲睦まじく見なければならないものなのか?」
女(──っ)
女「……」
女父「女、私が何を言いたいか、分かるな?」
女父「婚儀そのものは翌週に控えているとはいえ、お前の身は既にお前のものではないのだ」
女(……)
90 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:34:34.59 ID:PcmdgL7g0
女父「賢いお前のことだ。それくらい自覚していると思っておったのだがな……」
女「……あの方とは、昨日偶然お会いしただけです」
女父「……」
女父「男、というそうだな。青年殿と同じ第一高等学校に通っているとか」
女父「…彼にはもう、お前に近づかないよう言い聞かせておいた。況んや、この家そのものにもな」
女「なっ…!」
女「そんな!勝手過ぎます!あの人は関係のない単なる知人です!」
女父「勝手なのはどっちだ!お前はまだ自分の価値が分かっていないのか!?今このことが青年殿の家に知られたらどのような措置が取られるか分からんのだぞ!」
女父「男という人間など知らなかった……今ならそれで済むのだ」
女「青年様以外の異性とただお話することさえいけないのですかっ!」
女父「そうだ!」
女父「それが世の常。この時代の女子(おなご)としての有り様だ」
女「っ……」
91 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:35:50.29 ID:PcmdgL7g0
女「……私は、装飾品ですか」
女「意思のない飾り。側に置いておくだけの木偶」
女「それが女性の常識というのなら、私は女になど生まれて──」
バンッ!
女「」ビクッ
女父「……いい加減にしなさい」
女「……」
女父「お前は混乱しているだけだ」
女父「…どうするのが自分の幸せなのか、見失ったわけではあるまい」
女「………」
女父「………」
女父「……もう行ってよい。自分の部屋で頭を冷やしてきなさい」
女「………」
サッ..サッ..サッ..
...ガチャ
女父「…召使を、側につけておく。お前の自由を奪うつもりはない、念の為だ」
女「……」
女父「……聞き分けのよい女が戻ってくるのを、待っているぞ」
女「……失礼します」
パタン
女父「………」
女父「………」
女父「女……」
92 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:31:55.44 ID:Hkr4TjkY0
ーーー男家ーーー
男「………」
トッ、トッ、トッ
男父「使いの者は帰ったよ、男」
男父「しつこいくらい関わらないよう念を押してきたから、最後は締め出してやったがね」
男「……そう」
男父「……ずっとそこで座ってたのか?」
男「……」
男父「……」
男父「女さん、だったかな」
男父「私も名前くらいは知っているよ。この町で知らない人はいない程だ」
男「……」
男父「そうか。この頃、暗くなってから出かけることが多いとは思っていたが、その子のもとへ行っていたんだな」
男父「……近いうちに婚儀を執り行う娘と逢瀬を重ねる。確かにそれは世間から見れば褒められたことではないだろう。だがな、私は嬉しく思っているんだ」
男父「これまでずっと母さんの跡を追い求めていたお前が、初めて外に目を向けてくれたんだからな」
93 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:33:06.17 ID:Hkr4TjkY0
男「……女さんとは、そんなんじゃないよ」
男「それに、これで良かったんだ」
男「父さんの言った通り、身を固める女性と人目を盗んで会うなんて、不徳にも程がある。こんなこと、続ければ続けるほど彼女を傷付けるだけなんだ」
男父「……」
男父「すまないな。頼りない父親で…。私がもっと由緒ある家の出だったら、お前にこんな思いをさせずに済んだろうに……」
男「頼りない…?そんなこと一度だって思ったことはないよ」
男「父さん一人で俺をここまで育て上げてくれた。いつでも俺から目を逸らさず向き合ってくれた……こんなに誇れる父親は他にいないさ」
男父「……ありがとうな……」
男父(……)
男父「少し、昔話をしようか」
男「……」
男父「…母さんとの馴れ初めの話だ」
男「っ!」
男父「気になるか?お前にそこまで聞かせたことはなかったからなぁ」
94 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:36:26.82 ID:Hkr4TjkY0
男父「…お前も知っての通り、母さんは元々何でもない村の娘だったんだ。私はこれでも一応貴族の端くれではあったからね、普通なら接点なんてないんだが……」
男父「その頃の貴族の間では度胸試しなるものが流行っていてね。今では立ち入りが禁止されている町はずれの森があるだろう?あの中心には、戦争で出来た大きな穴があってな。そこから突き出ている不発弾を触って来る……というものだった」
男「!?…そんなの危険過ぎるじゃないか!何考えてたんだよ!」
男父「はは、本当にな。けどな、あの頃は必死だったんだ。そうでもしないと、周りの立派な家の子達からは認めてもらえなかったからね」
男「ともかく、私はその場所に行って、不気味に飛び出た不発弾のごく端っこの方をちょっとだけ触ろうと手を伸ばしたんだが……あろうことか足を滑らせてしまってな。あわや穴に落ちてしまいそうになったんだ」
男父「そんなに深くはないがそれでも落ちればそれなりの怪我は免れない。自力で這い上がるのは難しくて、徐々に腕に力が入らなくなってきてから、無駄と分かってはいながら大声で助けを呼んだ」
男父「あんなに必死に叫んだのは人生であの時くらいなものだ。そしたら、驚いたことに一人の女性が来てくれたんだよ」
男「それが……」
男父「そう、母さんだ」
95 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:40:02.41 ID:Hkr4TjkY0
男「……とんでもないけど、忘れられない出会い方だったんだな」クスッ
男父「はっはっは。まあ、助けてもらったから好きになったとかじゃあなくって……」
男父「単なる一目惚れだったんだがな」
男父「そんな経緯で母さんとはよく会うようになって、少しずつ親密になっていったんだが……母さんに対して及び腰になってしまった時期があったんだ」
男父「なにせ自分は貴族、相手は平民。この身分の差が、母さんを苦しめてしまうことになるのではないか……とね」
男父「鋭い母さんは、私の態度の変化をすぐに見抜いて、詰問してきた。誤魔化すのも嫌だったから、全て伝えたよ。私が何を不安に思っているのか、このまま母さんの近くに居ていいのか……」
男父「そしたら、それを聞いた母さんは笑ってこう言ったんだ」
男「……」
96 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:41:06.25 ID:Hkr4TjkY0
男・男父「「好きに生きればいいじゃない」」
男「……母さんの口癖、だろう?」
男父「そういうことだ」
男「散々父さんから聞かされていたけど……初めて聞いたのはその時だったんだな」
男父「あぁ。不思議とスッと入ってきたよ。私の一番好きな言葉だ」
男父「母さんは言うだけあって、最後まで自分の思うように生きていたよ」
男父「……お前という、かけがえのないものを残してな」
男「……」
男父「結局私は、母さんの言うような生き方が出来ているのか…今でも分からないが……」
男父「……男、お前はこのままで良いのか?」
男「………」
男父「………」
97 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:41:47.21 ID:Hkr4TjkY0
男「…良いも何も、俺は彼女の辿る道の異物でしかない」
男「異物は退けられ、彼女はこれまで通りの道を進んで行く……それが自然な成り行きさ」
男父「……」
男父「…私は、お前がどんな選択をしようと、否定しない」
男「……」
男父「それはきっと母さんも同じだろう。親というのは、いつでも子供の幸せを願っているものだ」
男「………」
ーーーーー
女「──私は、嫌です……」
ーーーーー
男(………)
98 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:46:37.67 ID:Hkr4TjkY0
ーーー女家 女の部屋ーーー
女「………」
女(………)
ーーーーー
男「──男、と申します。しがないただの学生です」
ーーーーー
女(……あの日、夜桜を見ようと思わなければ……)
女(手近な桜の木で満足していれば……)
女(……私たちは出会うことはなかった)
女「……」
女(出会うべきじゃ……なかったのかな……)
女「……」グッ...
99 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:48:13.85 ID:Hkr4TjkY0
コンコン
召使「お嬢様、夕食のご用意が出来ました」
女「…食欲がないのです。今は要りません」
召使「……では、失礼して机上に置かせて頂きます。お嬢様の気分が良くなりましたら、お召し上がりください」
ガチャ スタスタ
女「……」
召使「…こちらに並べていきますよ」
カタン コトッ カチャ
召使(……)チラッ
女「………」
召使(…私のしたことは間違っていないはずだ)
召使(お嬢様に仕える身として、正しいことをした)
コト、コトン...
召使(何より、あんな男がお嬢様の心を奪うなど……)
召使(……その相手が、私だったなら……)
召使「これで全てです。私は部屋の外におりますから、何かございましたらお呼びください」
女「………」
召使「…失礼致します」
スタスタ ガチャ
...パタリ
女「……」
女「………男、さん」
女(忘れるしかないのですか……?)
100 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:49:46.72 ID:Hkr4TjkY0
ーーー数日後 学び舎ーーー
女「………」
女「………」
テクテク
女友「……女、いつまで座ってるの?もう帰る時間よ」
女「…えぇ。そうね、ごめんなさい」
スッ
女「行きましょうか」
女友「……」
テクテク...
女「……」テクテク
女友「……」テクテク
女友(交流会の日以来、女は笑わなくなった)
女友(誰の目から見てもおかしいのは明らかなのに、周りには何でもないの一点張り……)
女友(何も言いたくなさそうだったから、私も少し見守ってきたけど)
女友(もう見過ごせない……女はずっと苦しんでる)
101 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:50:55.71 ID:Hkr4TjkY0
女友「……女」
女「なに?」
女友「交流会のとき…なんだよね?」
女「…!」
女「……なにが?」
女友「はぐらかさないで」
女友「何かあったんでしょ。青年さんと」
女「……」
女友「お昼の休憩のとき、青年さんが女を追いかけていったの知ってるんだから」
女「………」
女友「ねぇお願い。女が苦しむ姿をこれ以上見たくないの」
女友「自分の中に抱え込まないで。私にも背負わせて…!」
女「……ありがとね」
女「でも、これは私たちの問題だから、女友は巻き込みたくない」
女友「私は関係ないから引っ込んでなさいって?」
女「そんな言い方してないでしょう……」
女友「否定はしないんだ?」
女「……」
102 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:51:53.88 ID:Hkr4TjkY0
女友「……あぁもう!」
女友「ならいいわよ!今から私青年さんの家に行ってくる!それで直接問い質してやるわ!女に何があったのか答えなさいって!」
女「何を言ってるの…!」
女友「私は本気だからね。女の暗い顔を見る毎日が続くなら、殴りこみくらいやってやるわよ!」
女「わ、分かった!言うから、落ち着いてよ!」
女「……あの日、接吻をされそうになったの」
女友「……へ?」
女「ひとりで少し考え事をしていたら、青年様がやってきて……初めは軽くお話していただけだったのだけど、不意に青年様の雰囲気が変わって、それで……」
女「……私は、拒んでしまったの」
女友「いきなり襲われかけた…ってこと?」
女「いいえ。そんな浅ましい様相ではなかったし、脈絡が全くなかったわけでもないのだけどね……」
女友「そう、青年さんが……」
女友「大胆なことをするのね、あの方は」
女友「……けど、さ」
女友「女と青年さん、翌週の婚儀を以って夫婦になるのよね?」
女「……」
女友「青年さんのしたことを肯定するわけじゃないけど……なんで女は拒絶しちゃったの…?」
103 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:54:03.22 ID:Hkr4TjkY0
女(………)
女「……ちょっとね、怖くなってしまって」
女「心の準備も何も出来ていなかったものだから、つい、そのまま逃げてしまったのよ」
女友「……それから青年さんとは話をしたの?」
女「………」
女友「女……」
女「大丈夫、平気よ。もうしっかり向き合う心積もりは出来たから」
女(──嘘)
女友「本当に?今の今、そう思い込んでるだけとかじゃなくて?」
女友「あのね、一度芽生えた不安ってそう簡単には──」
女「心配し過ぎよ。今までどんなことでも私が乗り越えられなかったことなんてあった?」
女(──私の心はぐちゃぐちゃなまま)
女友「それは、今まではそうかもしれないけど……」
女「青年様とも婚儀のときに話し合うつもり」
女「そしたらちゃんといつもの私に戻るから」
女「……安心して、女友」
女(──もう何を頼りに歩いて行けばいいのかも分からない)
女友「……信じるわよ、その言葉」
女「……」ニコッ
テクテク...
104 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:55:16.07 ID:Hkr4TjkY0
ーーー第一高等学校 多目的室ーーー
──ガラガラ ピシャリ
男「……それで、話したいことって何だ?」
青年「………」
男「………」
青年「……交流会があった日」
男(……)
青年「僕は愚行を犯したんだ」
男「……え……?」
青年「あの日の女さんは、これまでにないくらい落ち着きがないように見えた」
青年「時折表情に影が差すことさえあった」
青年「だから、僕はひとり悩んでいる彼女を追いかけて、心の重しを取り除いてあげるつもりだったのに……」
青年「……今にも消えてしまいそうなほど儚げな彼女を見ていたらね、僕の胸がこう…張り裂けそうになって……」
青年「──僕は彼女に、口付けをしようとした」
男「──っ!」
105 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:56:04.73 ID:Hkr4TjkY0
青年「……結果を知りたい?」
男「……」
青年「ふっ…拒絶されてしまったよ」
青年「怯えた目をしていた……当然だよね、あんな浅ましい行為に出てしまったんだから」
青年「……なぁ、僕は彼女を幸せにしてやれないのかもしれない」
青年「愛する人一人、慰めてあげることすら出来ず、それどころか傷付けてしまう始末」
青年「男……僕はこのまま、彼女の夫となっていいんだろうか……?」
男「………」
男「…俺に訊いてどうするんだよ」
青年「分かってる。これは僕と女さんの問題だ」
青年「でもさ、怖いんだよ」
男「……」
青年「僕は男だ。これから妻に迎える女性を力強く引っ張っていくことだけを考えてればいいんだろう。それが夫の役目」
青年「だが、彼女と次に会う翌週の婚儀……」
青年「次に顔を合わせるその時、もしも一瞬でもあの怯えた目を向けられたら、僕は……」
男「………」
青年「はは……自分勝手だな僕は。そうなる原因を作ったのは他ならぬ僕なのにな」
青年「それに、酷く情けない……」
男(………)
106 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:57:58.04 ID:Hkr4TjkY0
男「好きに生きればいいだろう」
青年「!」
男「お前がここでどんなに思案に暮れたところで、それが彼女に届くわけじゃない」
男「結局彼女が分かるのは、お前の言葉と行動」
男「だったら伝えればいいだけだ。お前が彼女のことをどう思っているのか、自分はどうありたいか」
男「……なぜ口付けをしようとしたのか」
青年「……」
男「男性が女性に弱音を見せることが情けないって?」
男「そんな下らない常識に囚われて仮初めで塗り固めた生活を送る方が、よっぽど情けないと思うけどな」
青年「………」
青年「──」
青年「」バッ!
ガシッ(肩を掴む)
107 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:58:53.26 ID:Hkr4TjkY0
男「うぉ!な、なんだ…!?」
青年「男っ!」
男「あぁ…?」
青年「やっぱり君に相談して正解だった!」
青年「君はいつもそうだった。僕に変な同情や気遣いをしないで意見をくれる。その度に僕は」
青年「──こうやって新しい道を見つけ進むことが出来た」
青年「ありがとう。君は最高の友だよ」ニカッ
男「……おう」
男「ま、お前が普段飄々としてるくせして臆病なのは今に始まったことでもないしな」
青年「そんな風に僕のこと思ってたのかい!?……事実だけどさ」
男「心配するなって。多分俺以外の奴は誰も気付いちゃいない」
青年「気付かれてたまるか……こんな弱い僕を」
青年「僕は旧家の青年だ。そこだけは絶対に譲ってはいけないんだ」
青年「僕の弱さを知ってるのは、君と……彼女だけでいい」
男(……随分信頼されたもんだ)
男(………)
男(仮初めで塗り固めた、か……)
108 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:40:35.08 ID:m2vUvBpH0
ーーー夜ーーー
女「……」テクテク
女「……」テクテク
女(……あぁ、やってしまった……)
女(歌の習い事だというのに、今日はもう、声もまともに出せなかった)
女(先生からは帰るように言われてしまうし……)
女「……」テクテク
女(だって、歌おうとすると、思い出してしまうんだもの)
女(あの日同じ音色を奏でたこと)
女(思い出してしまって……胸が苦しくなる)
女「……」テク...
女「……」
女(あなたと出会った日の夜もこんな帰り道だった)
女(あの綺麗に咲き乱れる桜の下で、あなたの音色を見つけた……)
女「………」
タッタッタッ...
109 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:42:03.61 ID:m2vUvBpH0
ーーー一本桜ーーー
タッタッ...
女「はぁ…はぁ…」
女(疲れた……)
女(……無理に、走り過ぎちゃったかしら……)
女「はぁ……ふぅ……」
女「」キョロキョロ
女(………いない)
女「……そうよね」
女(これでいいの)
女(これが"普通"なの)
女「……」
女「……」ミアゲル
(大きな一本桜)
女(……あんなにたくさんの花をつけていたのに)
女(もうまばらに残すだけ……)
110 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:43:32.21 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女「…ありがとう。立派な桜さん」
女「あなたのおかげで素敵な夢を見れた」
女(うん、夢)
女(あれは暖かい春の陽気が見せてくれた気まぐれな夢)
女(頭の奥にしまわれて、いつかふと思い出すこともなくなるような……)
女(そんな、夢)
女「……」
女「」スー...ハー...
女「しっかりしなさい、私」
女(一時の夢に心かき乱されて、何もかも見失うような人間になるの?)
女(違うでしょ)
女(私は──女という人間は、いつだって強く、可憐であるべき)
女(それが、皆の思い描く"私")
女「……帰りましょう」
女(ここからなら裏口の方が近いわね)
女(今日は歌の習い事も早退してしまったし……)
女(一回見つからないように自分の部屋に戻りましょう)
コソコソ...
111 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:45:02.45 ID:m2vUvBpH0
ーーー女家ーーー
...コッソリ
女「……」キョロキョロ
女(……よし)
ススス
女「……」
女(ふぅ……なんとか部屋の前まで着けたわね)
女(ドアも、音を立てないように……)
女「」ソー...
キィ...
女「……」スッ
...ハタリ
女(……入れた)
112 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:46:22.96 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女(真っ暗ね)
女(天井の照明を点けたらバレてしまうから、弱い照明だけ……)
女「……」サッ、サッ
女(確かこの辺りに……)
チョン
女(!あった)
カチッ
女「……これくらいなら、辛うじて見えるし、外に漏れることもないわよね」
女(さてと)
女(あとはいい時間になるまでここで待って──!?)ギョッ
召使「………」
113 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:47:14.43 ID:m2vUvBpH0
女「……め、召使……?」
召使「……」
女「驚かさないでくださいよ……幽霊でもないのですし……」
女(…いえ、待って。おかしい)
女(彼は、私が部屋に入る前から居たってことよね…?)
召使「……」
女「……ねぇ、あなたここで何をしていたの?」
召使「っ…」
召使「……私は、お嬢様のお部屋の整理をと思い……」
女「決められた時間ではないですよね?お父様の許可はとっているのですか?」
女「第一に……明かりも点けていなかったではないですか」
召使「………」
女「…召使。返答によっては私はあなたをお父様に突き出さなければなりませんが、黙っているということは、問答など必要ないと、そう捉えてよろしいのですね?」
召使「……」
女「……」
114 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:48:10.38 ID:m2vUvBpH0
召使「……好き、なのです」
女「?…なんの話です?」
召使「お嬢様のことが、好きなのですっ」
女「……はい?」
召使「私がお嬢様に仕えるようになったのはほんの数年前でした。私は初めてお会いしたその時」
召使「──貴女に一目惚れしてしまいました」
召使「ですが当然、そんな気持ちを抱くなど従者として禁忌」
召使「しかしお嬢様から離れたくもなかった……」
女「…それで?」
召使「……ですから、時折こうしてお嬢様の留守の間だけ、部屋にお邪魔させて頂いてたのです」
女「……」
女「ここに居た、だけではないですよね」
召使「っ」
召使「………」
女「正直に言いなさい。何をしていたのです?」
115 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:49:44.38 ID:m2vUvBpH0
召使「……………」
召使「……お嬢様の、お召し物を拝借して……」
召使「………慰め、を………」
女「………」
女「……下劣な男ですね」
召使「──っ」
女「自分の中で留めておくこともせず、利己的な欲求を発散させ」
女「…見損ないました」
召使「………」
召使「……仕方ないではないですか!」
女(!)
召使「この想いを告げることが出来たなら、すぐにでもそうしていました!ですが、私は召使。貴女にお仕えする身。そんなことは許されない」
召使「だったらせめて、貴女のことを少しでも身近に感じていたいと、そう思うことはいけませんか!?」
女「そんな言い分が通るとでも──」
召使「貴女も同じはずです!」
召使「もうじき青年様とご結婚なさいますよね。この御家を出て行くのもそう遠くはないのでしょう」
召使「…だというのに、あの男なる者と蜜月な関係を築いていたではありませんか!」
女「──……」
116 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:50:53.70 ID:m2vUvBpH0
召使「……とどのつまり、そういうことです」
召使「誰かを好きになるという気持ちは、自分で抑え切れるものではないのです……」
女「……好きに……」
女(………)
男さん……
女(…………あ)
女(ダメ……!)
女(せっかく、この想いに見切りをつけたのに……!)
女「………召使」
召使「……はい」
女「このことがお父様に露見すれば、あなたはきっと解雇どころでは済まないでしょうね」
女(待って、私は何を言おうとしてるの…?)
召使「……」
女「あなただけじゃない。あなたのことを保証したご家族にまで、迷惑がかかるのではないかしら?」
女(やめて…)
召使「………」
女「…けど、内密にしておいてあげます」
召使「えっ…!」
女「私の提示する条件を一つ呑んでくれれば、ですが」
女(その先は言わないで…!言ってしまえばもう──)
117 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:51:45.00 ID:m2vUvBpH0
女「──今夜だけ、私を見逃してください」
召使「見逃す、ですか…?」
女「そうです。私は今夜、大切な用事があるのです。けれど勿論お父様に言えば禁止されてしまいますから…」
女「あなたに証人となってもらいます。私が今夜ずっとここに居たことの」
女「大丈夫です。早朝には帰りますから。誰にも見つからずここまで戻ってきます」
女「…分かりましたか?」
召使「お嬢様……それは……」
女「……」ジッ...
召使「それ、は………」
女「……」
118 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:52:53.33 ID:m2vUvBpH0
ーーーーーーー
タッタッタッ
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
タッタッタッ
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(もう、止まれない)
女(この足も)
女(溢れてくるこの想いも)
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(私はなんてバカなことをしようとしているのかしら)
女(こんな、何もかも裏切るような……)
女(……でも関係ない)
女(これは、桜が散ってなくなってしまうまでの夢なんだもの)
女(聞き分けのいいお飾りに戻るのは、この夢が覚めてから)
女(それまでは、私はただのひとりの女の子)
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(会えなくなってしまう前に、住まいの場所を聞いておいてよかった)
女(……息が苦しい……)
女(だけど……もう少し……)
タッタッタッ...
119 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:54:01.56 ID:m2vUvBpH0
ーーー男家ーーー
男「………」
ーーーーー
男父「──お前はこのままで良いのか?」
ーーーーー
男(……いいんだよ)
男(これがあるべき姿)
男(無遠慮な余所者の手で、綺麗に咲く高峰の花を摘み取っていいわけがないんだ)
男「………」
男「……」チラリ
トッ、トッ、トッ...
カチッ グイ
サーー...
男「……風が、暖かいな」
男「………」
男(……花びらは落ちているのに、ここからじゃ桜そのものは見えもしない、か)
男(教室の窓からでも、密やかな花見くらいは出来るのにな)
120 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:54:58.01 ID:m2vUvBpH0
男「………」
男(…あの桜は、もう散ってしまっただろうか)
男(最後に見たのは4日前……もっと昔のような気がしてしまう)
男(…4日程度じゃ、意固地な花弁がまだ枝にしがみ付いてるだろう)
ーーーーー
男「──あまり頻繁に抜け出していては怪しまれてしまいますから」
女「……」
男(不服そうな顔だ…)
ーーーーー
男(……少し意地っ張りなところは、あなたに似ているかもしれないな)フッ
男「………」
男「………」
男(素敵な時間を、ありがとう)
男「……寝るか」
──ザッ..ザッ..
男「!!」
男「誰だ!?」
121 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:56:09.47 ID:m2vUvBpH0
女「はぁ…はぁ……男、さん……」
男「なっ……」
男「女さん……!?」
女「やっと……はぁ……見つけました……はぁ……」
女「ケホッ、ケホッ!」
男「…!無理に喋らないで。まずは息を整えて…!」
女「はぁ……はぁ……はい…」
女「ふぅ……はぁ……」
男(こんなに息を切らして…)
男(ただ事じゃないんだろう。こんな時間に、彼女ひとりで……)
男(……ひとりで?)
122 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:57:09.42 ID:m2vUvBpH0
女「はー………」
男「落ち着きましたか?」
女「……はい」
男「……女さん、何があったのです?わざわざこんなところにまで走って来られるなんて」
男「お付きの者は側にいないのです…か……?」
女「……」ウツムキ
(肩を震わせる女)
男「……女さん…?」
男「やはりどこか具合でも──」
女「」ダッ!
──ヒシッ...
男(…!!)
女「」ギュー
男「………」
女「……」ギュー
男「……」
女「……」ギュー
123 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:58:41.05 ID:m2vUvBpH0
女「──好きです」
男「──」
女「大好きです!男さんっ!」
女「初めてお会いした時からずっと…!」
女「あなたの優しい心が」
女「私と二人、お話をするその声が」
女「時折見せるいたずらな笑顔が」
女「バイオリンの弓を踊らすその手が」
女「──あなたの奏でるあの音色が」
女「全部好きなんです…!」
男「………」
女「……」ギュー...
男(………)
男「…あなたは、それを言うために……?」
女「……」
男「……」
男「……こっちを向いてください」
女「………」
ソッ...
124 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:00:05.14 ID:m2vUvBpH0
男「………」
女「………」
男「…その顔」
男「ふふ…また泣いてしまうのですか?」
女「……」
男「まったく……」
男「ここまで悪い人だったなんて思いませんでした」
男「第一高等女学校の大和撫子……そう呼ばれるあなたはどこに行ったのでしょう?」
女「……いません。そんな方」
女「ここにいるのは、何でもないただの女です」
男「……」
女「…一度はあなたを忘れようとしました」
女「でもダメなんです…!」
女「どんなに自分を誤魔化しても、隠しきれない気持ちが溢れてくるんです…!」
女「だって!」
女「恋が、こんなにも焼けつくような想いだなんて知らなかったのに!」
女「あなたがそれを教えるものだから……!」
125 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:01:00.65 ID:m2vUvBpH0
男「………」
男「…私のせいなのですか?」
女「そうです…あなたが、全部いけないのです……」
男「それは、困りましたね」
女「もっと困ってください……私の為に……」
男「………」
女「………」
男(本当に困った方だ)
男(こんなことまでして……)
男(……揺らがせないでくれ……)
男「……では、悪者の私はあなたから遠く離れ──」
女「」キッ!
男「…!」
女「…違い、ます」
女「悪者の男さんは、罰として私の言うことを一つ聞かないといけません」
男「罰…」
女「はい」
女「………私に」
女「一夜だけの思い出をください」
126 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:02:54.00 ID:m2vUvBpH0
男「女…さん……?」
男「それは……例えあなたの為の罰だとしても、それは…!」
女「いいのです…!」
女「これは夢なんですから…!」
男「夢……?」
女「そう……あの桜が見せてくれる、短い夢」
女「だから、関係などないのです。"男"という方も、"女"という方も」
女「今ここで何が起ころうと、それは目が覚めればきっと忘れてしまいますから」
女「……あなたが最後の思い出をくれれば、ちゃんと忘れられますから」
女「……お願いです、男さん……」
男「………」
男(俺は……)
男(……この女性の……)
ーーーーー
女「──今こうしてあなたの前にいる私は、どういった存在なのでしょう?」
ーーーーー
男(………)
女「………」
男「……夜風に当たり過ぎると風邪を引く」
女「……」
男「こっちにおいで」
127 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/08/06(火) 02:03:56.62 ID:m2vUvBpH0
次回の投稿で、一区切り出来ると思います。
128 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:26:22.70 ID:m2vUvBpH0
ーーーーーーー
女「……」スースー
女(………ん)
女「………」
ノソッ...
女「………」
女(……まだ暗い)
女(けど、少し白んでる。もうすぐ日の出なのね)
女「……」フリカエリ
男「……」スースー...
女「………」
スッ
──チュ
男「……」
女「……ふふ、可愛い寝顔」
129 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:27:15.37 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女「ありがとうございます」
女「とても素敵な、思い出になりました」
女「これで私は歩いて行けます」
女「……この想いも、昨夜のことも、全部心の奥底にしまって、ずっとずっと……」
女「……鍵をかけておく」
女「それで私は元通りですから。心配しないでください」
男「………」
女「……もう行きますね」
ススッ トッ...
テク..テク..
女「……」テク...
男「……」
女「………」
男「……?」
女「」クルッ
テクテクッ
女「……男さん、起きてますか?」
男「………」
女「………」
130 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:28:14.33 ID:m2vUvBpH0
ポスッ(頭を男の背に預ける)
男「………」
男「………」
男(………?)
──ポタ
男(……!)
女「……」ポロ..ポロ..
男「……」
女「……」ポロポロ
男「………」
女「……やだよぉ……」ポロポロ
男(っ……)
女「離れたくないよぉ……」ポロポロ
女「こんなに愛してるのに……近くにいて、手が届くのに……」ポロポロ
女「こんなのってないよ……!」ポロポロ
男(………)
女「グスッ……うぅ……」ポロポロ
男「………」
131 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:29:03.10 ID:m2vUvBpH0
男(……女さん……)
男(今、その名を口にすれば)
男(……あなたは泣き止んでくれるのだろうか?)
男(ここであなたを、もう一度この腕に抱き寄せられたら)
男(幸せと言ってくれるだろうか…?)
男(仮初めではなく、本当の………)
女「………」
女「……早くしなきゃ……日が出てくる……」
スクッ(立ち上がる)
男(………)
男(……………俺は)
1 黙って行かせる
2 女の腕を掴む
※注 安価ではありません
132 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:01:51.01 ID:TGmOvz000
1 ーーーーーーー
男「………」
女「………」
男「………」
女「……」テクテク
...ガチャ
女「──さようなら、私の恋した人」
133 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:03:16.71 ID:TGmOvz000
ーーー数週間後ーーー
青年「──すっかり暖かくなったよね。ほら、こっちも緑が付き始めてるよ!」タッタッ
女「もう、子供みたいにはしゃいで…」テクテク
女「…でも本当にそうですね。過ごしやすい時分になりました」
青年「だろう?んー、ずっとこの季節が続いてくれれば暑いとか寒いとかの繰り言もなくなるんだろうね」
女「それは困ります。四季の花々が見れなくなるじゃありませんか」
青年「はは、そうだね」
青年「…なら僕は、花を眺めてる君をじっくり鑑賞していようかな」
女「何を言って……」
青年「……」ジー
女「……あなた?」
青年「……」ジーー
女「………そんな真剣に見つめないでください」フイッ
青年「かわいい反応、ありがとう」ニコッ
女「うー……」
134 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:04:36.57 ID:TGmOvz000
青年「それとっ!」
青年「その呼び方」
女「え?」
青年「あなた…というのも奥ゆかしくて好きだけど」
青年「二人のときは名前で呼んでくれてもいいんじゃないかい?」
女「……青年様?」
青年「君って人は……分かってるくせに」
青年「ね?」
女「………青年」
青年「なんだい、女」ニコニコ
女「……な、なんですかこれは……」
青年「何って、おかしなことはしてないだろう?」
青年「夫婦同士、名前で呼び合うなんて」
女「………」
女「…二人きりのときだけですからね?」
青年「十分さ」
青年「………」
青年「……女、こんな弱い僕を受け入れてくれてありがとう」
女「……」
青年「婚儀の日、僕の中で淀んでいた何もかもを全部ぶつけたのに、君は微笑んで抱き締めてくれた」
青年「今だから言えるけど、正直君に見限られる覚悟もしていたんだ」
青年「でも君は全て包んでくれた」
青年「そこで実感したよ。やっぱり妻にする女性は君以外考えられないって」
135 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:08:02.35 ID:TGmOvz000
女「………」
女「幸せにしてくださいね?」
青年「勿論っ!」
青年「あぁ…!ずっと待ち焦がれていたよ!君とこうやって過ごせること…!」
青年「ただ共に歩いてるだけなのに、世界がこんなにも違って見える…!」
女「大袈裟ですって」クスッ
青年「……ところで、僕らはどこに向かっているんだい?」
青年「見たところ、ここは君の家の近くだろうけど……」
女「はい。せっかくなので、見ておきたいものがありまして」
青年「見たいもの……珍しいね、普段おとなしい君が」
女「私にだってしたいことの一つや二つはありますよ?」
女「…きっと、青年が困っちゃうくらいには」フフッ
青年「…!」
青年「……望むところさ。それで女のことをもっと知れるのなら!」
女「ふふ…」
女「………あ」ピタ
(若葉の茂る大きな木)
136 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:09:04.74 ID:TGmOvz000
女「………」
青年「ん…?」
青年「この木……なのかい?」
女「…はい」
青年「随分と大きな……」
女「これは桜の木なのです」
青年「!そうか、もうすっかり葉桜になってしまったんだね…」
女「えぇ…ですが」
女「──この桜、とても綺麗でした」
青年「……想像できるよ。これだけ立派な木なんだ。さぞ荘厳な眺めだったろう」
女「咲く姿も、散る姿も、全てが幻想的で不思議な世界に誘われたような、そんな気持ちになるのです」
女「……思わずずっと見ていたくなるほどに」
青年「………」
女「………」
青年「…来年、共に見に来よう」
女「………」
女(………)
女「……是非」ニコッ
137 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:10:17.57 ID:TGmOvz000
ーーー高等学校卒業日ーーー
男「………」テクテク
男「………」テクテク
男(終わったんだな)
男(長いようで短かった)
男(この帰り道も、もう歩くことはないんだろう)
男「………」テクテク
ーーーーー
青年「──や、久しぶり」
男「青年……わざわざこの教室に寄ったのか?」
青年「だって今日が学生最後の日だろう?君に会っていかないと僕の学生生活は締められないからね」
男「俺のことなんて忘れてると思ってたよ」
青年「忘れるわけないさ!君の方こそ最終学年になって教室が変わったらめっきり顔を合わせてくれなくなったじゃないか」
男「……別に会う理由もないからな」
青年「薄情だなぁ。理由なんかなくても会いに来てくれよ。親友っていうんだぞ、僕ら」
男「お前……なんか変わったな。もっと落ち着いた奴じゃなかったか?」
青年「変に取り繕うのをやめただけさ。疲れるしね。それにこっちの方が皆の受けがいい」
青年「勿論、大人の前では猫を被るさ」
男「……ふっ。あぁ確かにその方が似合ってるな」
青年「だろ?」ククッ
138 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:11:18.17 ID:TGmOvz000
青年「………」
青年「…君にはね、心の底から感謝しているんだ」
男「……」
青年「あのとき君の言った言葉」
青年「──好きに生きればいい」
青年「それがあったからこそ、僕はありのままをぶつけて……」
青年「……彼女を迎えることが出来た」
青年「今こうしていられるのだってそうさ。僕がしたいように生きているんだ」
男「一人の人生を変えてしまったわけだ」
青年「そうそうその通り!誇張でも何でもないよ!」ニッ
青年「それはそうと、今日は一旦の別れを言いに来たんだよ」
男「別れ?」
青年「あぁ。父上の経営する会社の一つがここより遠い北にあってね。そこの補佐として働きながらノウハウを学ぶことになったんだ」
男「社長補佐……だよな?いきなり重役とは、さすが旧家の青年は違うなぁ」
青年「今更そんなからかい方はやめてくれよ」フッ
139 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:12:18.80 ID:TGmOvz000
青年「……向こうに越すのは明日なんだ」
男「おいおい、また急だな」
青年「急じゃないんだよ?結構前から決まってたことなんだけど、君に伝える機会がなかったから」
男「あー……そいつは悪かったな」
青年「いいさ。こうして今日君と話せただけで満足だ」
青年「金輪際会えなくなるわけでもないんだしさ」
男「……次会うときは、俺はお前を顎で使う身分になってるだろうな」
青年「ほう…そいつは楽しみだね」
男「………」
男「お前ひとりで行くのか?」
青年「……いや」
青年「女も一緒だよ。ご両親の許しももらっている」
男「そうか」
男(………)
男「……幸せにしてやれよ」
青年「!」
青年「…言われずとも!」ニカッ
ーーーーー
140 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:13:09.72 ID:TGmOvz000
男(……ふ、本当変わったな、あいつは)
男(あんなに楽しそうな顔して毎日過ごしてるのか)
男(……少し安心した)
男「……」テクテク
ガラガラ
男「ただいま」
男父「おぉ、おかえり、男」
男父「卒業おめでとう。一高を首席で卒業したんだろう?私は鼻が高いよ」
男「特別枠で入れてもらったんだから、それくらいしないとな」
男父「はっはっは。そんな簡単に出来るようなら、誰も苦労はしないだろうなぁ」
男父「それと、お前宛てに手紙が届いたぞ」
男「手紙?」
男父「しかも二通もだ」
男父「……いつの間に側室まで作っていたんだ?」ニヤリ
男「全く身に覚えがないんだけど」
男父「ほら、早く返事を書いてやりなさい。お前の部屋に置いておいたから」
男「いや多分知らない人からだと……」
男父「お前に一目惚れした子からの熱いメッセージかもしれないだろう?」
男「あー分かった分かった……読んでくればいいんだろ」
トッ、トッ、トッ
141 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:13:53.05 ID:TGmOvz000
ーーー男の部屋ーーー
男「……これか」
男(封筒が違う……)
男(こっちは新品のようだけど、こっちはちょっと古ぼけてる……?)
男(新品の方は名前が書いてないな……もう一つの方は……)
男「…!?」
男「男母……!」
男(母さんの名前…!)
男(父さんが悪ふざけでもしたのか…?)
男(いやこんな悪趣味なことはしないか)
男「………」
ガサガサ ペラ...
142 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:14:56.69 ID:TGmOvz000
『私の最愛の子 男へ
まだ顔も知らないあなたに、万が一を考えてこの手紙を残します。
いかがお過ごしですか?あなたは幾つになって、どこで何をしていますか?こうして筆を走らせてる今、あなたはまだ私のお腹の中なのにどんな風に成長していくのか楽しみで、想像が止まりません。
この手紙をあなたが読むということは、私はもういないのでしょうね。
ですが、絶対に自分を責めないで下さい。あなたを産めたことは私にとってかけがえのない幸せなのです。ですから、そのことでうじうじしているようならむしろ怒ります。
あなたに言っておきたいこと、教えたいことはたくさんあるのですが、その全部をここに書くのは控えます。生まれてきたあなたと直接話したいので!なので一個だけ、伝えておきます。
好きに生きなさい。
自分がしたいように生きるの。
楽しければ笑って。
悲しければ泣いて。
欲しければ手に入れて。
要らなければ手離して。
そうやって悔いのないように選択していくのが、人生のコツ。おかげで私の辞書に後悔なんていう言葉はないもの。勿論、人様に迷惑をかけてはダメよ?
私はいつまでも、男の幸せを願っています。
ちゃんと見てますからね。
……早く産まれてくるあなたの顔が見たいわ!
あなたの母より』
143 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:16:00.18 ID:TGmOvz000
男「……母さん……」
男(これ……本当に母さんが書いたのかな……)
男「………」
男「……こっちは誰からなんだろう」
ガサゴソ...
『拝啓 男様
女です。とても久しぶりですね』
男(っ……)
『この度この手紙をしたためたのは、あなたのお母様が生前残したあなたへの便りを送るためです。
もう読まれましたでしょうか?あなたが以前、大丈夫と話してくれていた通り、お母様はちゃんとあなたのことを想ってくれていたのですよ。
この手紙を見つけ出すのに1年程かかってしまいましたが、あなたに届けることが出来て良かった。
もう、あの悲しい目をしないで下さい。あなたはこんなにも望まれて生まれてきたのですから。
そういえば、第一高等学校を首席で出られたそうですね。本当に素晴らしいことだと思います。それを聞いたとき、私は交流会で見せてくれたあの間の抜けた音を思い出して一人笑ってしまいそうになりましたけど。
私は今、素敵な人たちに囲まれて暮らしています。きっとこれが幸せというのでしょう。あなたにも是非知ってほしい。
私とあなたの道はもう交わることはないでしょうけれど……末筆ながら私もあなたのお母様同様、願っています。
どうかお幸せに。
敬具
女』
144 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:16:55.73 ID:TGmOvz000
男「………」
男「………」
男「……………」
男(……………)
男「………ん?」
男(この手紙……よく見ると、小さな皺がそこら中に……?)
男「……」ジッ...
男(違う、皺というよりこれは……)
男(………筆跡)
男「──っ!」
ーーーーー
女「……」カキカキ
女「………」
グシャ
女「……」カキカキ
女「……」カキカキ
女「…………」
グシャ...
ーーーーー
145 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:19:20.78 ID:TGmOvz000
男(……どれだけ……)
男(どれだけ……書き直しをしたのだろう)
男(たった一枚の手紙を書くのに、どれだけの時間を費やしたのだろう)
男(………)
男「……女さん……」
男(……母さん……)
男父「──熱いメッセージだったろう?」
男「……」
男父「昼頃にな、若い女性が訪ねてきたんだ」
男父「その人は二通の手紙をお前に渡すよう言うと、名前も言わずに去っていったよ」
男父「そうだな……例えるなら……」
男父「──大和撫子という表現が似合う、そんな女性だった」
男(─!)
男「………」
146 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:20:32.79 ID:TGmOvz000
男「…父さん、この手紙は……?」
男父「あぁ、その女性から聞いた時は驚いた」
男父「まさか私も知らない間に母さんがお前に宛てた手紙を書き残していたなんてな」
男父「その筆跡は間違いなく母さんのものだ。よく見てきたから分かる」
男「………」
男「……母さんもさ、俺と同じで抜けてるんだな……」
男父「ん?」
男「だって……もしものときのために残した手紙なのに……俺と直接話すとか、俺の顔を見たいとか書いてるんだ……」
男「そんなの……無理じゃないか……!」
男父「……いいや」
男父「男、お前は知らないだけだ」
男父「そこに書いてある母さんの願望はな、実は叶っているんだよ。一つだけだがな」
男「え…?」
147 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:21:20.76 ID:TGmOvz000
男父「母さんはお前を産んだすぐ後に亡くなったと話したな?」
男父「……なにも産んだと同時に召したわけじゃない。お前の顔を見る時間くらいはあった」
男父「大声で泣き叫ぶ小さなお前を見て──満足そうに、眠っていったんだ」
男「──」
男「………」
男父「………」
男(………)
『あなたを産めたことは私にとってかけがえのない幸せなのです』
ーーーーー
女「──きっと伝わっていますよ、あなたのその想いは」
ーーーーー
男(そうか)
男(分かっていたんだ)
男(気付かないフリをしていた)
男(俺にとっての、君は………)
男「……」
男「………」グッ...
148 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:22:04.89 ID:TGmOvz000
コンコン!
男「!」
男父「む?」フリムキ
男父「誰か来たみたいだな…?」
男(……まさか……)
男「」ダッ
男父「おい!男!」
タッタッタッ
男(ありえない)
タッタッ
男(……けど、その戸の向こうに居るのは……!)
──ガラッ!
「あ……!」
149 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:23:16.24 ID:TGmOvz000
男「……君は」
男「女友さん、だよね?」
女友「はい…!覚えててくれたんですね!」
男「……まあ、ね」
男「印象深いお見合いの場だったから」フフッ
女友「う……その節はお父様が、すみません……」
男「はは、無遠慮かもしれないけど、あのとき少し女友さんの素が見れて楽しかったよ」
女友「男さん、その口調……」
男「え?……あ」
男「失礼…不快にさせてしまったかな」
女友「そんなことありません!」
女友「……その方が、男性らしくて素敵です……」ボソッ
男「…ところで、どうしたの?ここまで来るなんて」
女友「そうでした」
女友「その………」モジモジ
男「?」
女友「………男さんの、第二ボタンを頂けませんかっ!」
男「…!」
女友「……」ソワソワ
男「……」
女友「……//」
男「……」
男(……フッ)
150 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:25:23.11 ID:TGmOvz000
男「──喜んで」
ー叶うもの叶わないもの 終わりー
151 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/08/08(木) 02:31:58.51 ID:TGmOvz000
以上で正規編は終了となります。
参考にしたのは「夢桜」という歌です。
なんでしたらスレタイは歌詞の一部です。
ですが完結ではありません。
そこはハッピーエンド至上主義。
別の結末を、後日投下致します。
152 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:17:25.25 ID:JDMl+INM0
2 ーーーーーーー
──ガシッ
女「…!!」
男「………」
女「男、さん……」
男「」グイッ
女「きゃ…!」
──ギュ
男「……」
女「……お、起きてらし──」
男「俺も、あなたが好きだ」
女「──!」
男「知人なんかじゃない」
男「今俺が抱き締めている女性は、失くしたくない、大切な存在だ」
女「ぁ………」
153 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:19:08.12 ID:JDMl+INM0
女「……」ツー...
男「……また泣いてる」
女「だって、あなたが……」ポロ..ポロ..
男「……」
男「……女さん」
女「はい…」
男「俺のために、全てを捨て去ってくれと言ったら、どうする?」
女「そのようなこと……」
女「出来ます……出来るに決まっています……!」
男(……)
男(その返事が聞ければ)
男(──俺はもう迷わない)
女「…ですが」
女「許されないのですよね……それは」
女「大丈夫です……分かっておりますから……」
男「………」
女「……ですから……」
...ギュー
女「もう少しだけ……このままで……」
男「……」ギュー...
.........
154 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:21:18.98 ID:JDMl+INM0
ーーー朝 男家ーーー
男「少し眠いな……」
男(………)
ーーーーー
女「──離れたくないよぉ……」
ーーーーー
男(……あの時俺の腕に落ちた涙は、熱かった)
男「……」
トントントン
男「父さん、起きてる?」
「……んー?なんだ?男、今日はやけに早く起きたな」
男「入るよ」
「あぁ」
ガチャ
男父「…少し寝不足か?疲れた顔してるように見えるぞ」
男「父さん」
男父「なんだ?」
男「……」
男「頼みがあるんだ」
155 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:23:32.56 ID:JDMl+INM0
ーーー翌週 女家ーーー
女父「……」カキカキ
女父「……」インカンペタッ
女父(………)
女父(…いよいよ明日か)
女父(女のあの精神状態で無事婚儀を迎えられるか不安だったが……)
ーー数日前ーー
女「──お父様、心配をおかけしました」
女「ようやく私のすべきことを思い出しました」
女「……次の週が、とても楽しみです」ニコッ
ーーーーー
女父(……うむ、これで良かったのだ)
女父(これが、お前の幸せだ)
コンコンッ!
「旦那様、急ぎの用件につき、失礼致します…!」
女父「召使か?構わん、入れ」
ガチャッ
召使「お仕事中申し訳ございません…」
女父「急ぎとは何事だ?」
召使「それが……」
召使「──例の、男という者とその父君が訪ねてきまして、お話がしたい…と」
156 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:24:58.97 ID:JDMl+INM0
女父「なんだと…!?」
女父「おい、私達に関わるなときつく言ってきたのだろうな!」
召使「は、はい!」
女父「すぐに帰ってもらいなさい!もう二度と顔を見せるなと念を押してな!」
召使「ですが旦那様、彼らは直接謝罪がしたいとおっしゃっておりまして…」
女父「謝罪だと?」
召使「はい。お嬢様と旦那様の両名にと」
女父「ふざけたことを…」
女父「そんなもの不要だ。とにかく早く去って──」
女父(……いや、待て。なぜ父親が出てくる?)
女父(単に謝罪に来たというだけなら男とやらの独断で来てもおかしくはないが……)
女父(彼らも第一高等学校に通う貴族の端くれ)
女父(このタイミングで、父親を連れ直にここへ来るなど……ただの謝罪ではない……か?)
女父(まさか私達を揺する気か……?)
女父(……無下にするわけにもいかないか)
女父「……分かった、通せ」
召使「!…承知しました」
女父「それと」
女父「……女を呼んできなさい」
157 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:27:57.06 ID:JDMl+INM0
忘れてました。
>>152
は
>>131
の続きからです。
158 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:28:46.55 ID:JDMl+INM0
ーーー客間ーーー
男「………」
男父「………」
女「………」
女父「………」
女(これは、一体何なのでしょう…?)
女(謝罪……男さんが……?何に対して謝るというのですか…?)
女(それに男さんのお父様まで……)
女父「……ようこそいらっしゃいました、と言いたいところなのですが」
女父「以前、忠告したはずですね?我々に近づかぬよう……」
男父「はい。心得ております。今のあなた方にとって私達がどれほど忌むべき存在なのか」
男父「ですが承知の上で尚、こうして伝えたいことがあったのです。この愚息の言葉を聞いて頂きたい」
男父「私も、これの父としてお詫び申し上げます。今回の件、誠に申し訳ございません」ペコリ
女「……」
女父「ふむ……」
女父(他意はないように見えるが…)
女父(本当に謝罪しに来ただけだというのか?)
女父(……だが)
男「……」
女父(こやつが男か……不思議な目をしている)
女父(強い意志を宿した目……穏やかな雰囲気と相反する)
男父「男」
男「あぁ」
男「……」ジッ...
女父「………」
女「……っ」
159 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:30:38.30 ID:JDMl+INM0
ーーー女家 門前ーーー
女友「──あ」バッタリ
青年「──お」バッタリ
女友「……………」
青年「……………」
コクリ(二人頷き合う)
女友「……」ミアゲル
青年「……」オナジクミアゲル
(静かな女家の屋敷)
160 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:32:14.69 ID:JDMl+INM0
ーーー客間ーーー
男「──まずは、この度の非礼、申し訳ありませんでした」
男「お相手が既にいると知ってからも度々秘密裏に会っていたこと、一貴族として非常に愚劣な行為でありました」
女父「度々、な…」
女「!そ、それは──」
女父「口を閉じなさい、女。言われずとも分かっていたことだ」
女「………」
男「そして、事前の申し出もなく突然来訪してしまったこと……」
男「……これから重ねるさらなる非礼についても、謝罪致します」
女父「…なんだと?」
男「女父様は、そちらに座っている女さんがどれだけ優しく、強い心を持っているかご存知ですか?」
女父「……んん?」
男「他人を慮り過ぎる故、相手の気持ちを考えただけで涙を流してしまうような……そんな優しさ」
女(男さん、なにを……?)
男「常に利他を優先し、ブレることのない心の強さ」
女父「…男君、君が何を見て来たのかは分からないが、それしきのことを父である私が知らないとでも思っているのね?」
女父「所詮は赤の他人の付け焼き刃。よく私の前でそのような口がきけたものだ」
女父「まさかそれも謝罪の一貫と言うのではあるまいな?」
161 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:34:10.15 ID:JDMl+INM0
男「……」
男「……では」
男「女さんの本心についてはどうでしょう」
女父「……」
男「父親のあなたは、彼女を生まれてから今日まで絶えず見守ってきたはずです」
男「おっしゃる通り、私などより遥かに彼女のことを分かっていますよね」
女父「………」
男「……女さんは、わがままを言ったことがありましたか?」
女父「っ」
男「拗ねて、あなたを困らせたことがありましたか?」
女父「……」
ーーーーー
女「──私は、装飾品ですか」
ーーーーー
女父(……っ)
男「誰しもあれをしたいこれがしたいという願望は持っているものです。女さんとて例外ではないでしょう」
男「──なぜ見て見ぬフリをしてしまうのですか」
男「抑圧され折れそうになっている彼女の心を、誰が救おうとしていたのですか」
男「そうして何もかもをお膳立てした道を一人で歩かせるのが、彼女が望んだことだったのでしょうか?」
女「──」
女父「……………」
162 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:35:22.92 ID:JDMl+INM0
女父「……黙って聞いておれば知ったようなことをつらつらと……」
女父「よいか男君、この子の幸せは、この家の幸せだ」
女父「女は我が家の大切な娘。その価値を高めるためにどれだけの心血を注いでこの子を育ててきたか、君に分かるか?」
女父「元々素直なところもあり、この子は本当に素晴らしい娘に成長してくれた。もうどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ」
女父「……この子は青年殿と結婚し、この家に安寧をもたらす。青年殿もこれ以上なく出来た方だ。必ずこの子を幸せにしてくれるだろう」
男「お言葉ですが、彼女の意思はどこにございますか?」
女父「それが愚問なのだよ」
女父「女性とはかくあるべきなのだ」
女父「これは世の常。我々貴族の間では当然のこと。女性はな、一人では何も出来ないほどに弱い存在だ。だからこそ私達が幸せへの道を敷いてやらねばならぬ。世間に認められるよう、その値打ちを高めてやらねばならないのだ」
女父「君のような者には分からぬかもしれないがな」
男「……女性と男性、同じ人間であるのに、どうしてここまで差があるのでしょう」
女父「哲学か?…すまないが、私はもう君達の問答に付き合うつもりはない」
女父「謝罪はしかと聞き届けた。男君が私に向けた言葉の数々も、不問にする」
女父「……二度と私達の邪魔をせぬと誓ってから──」
男「──直接、訊いてみては如何でしょうか」
女父「む?」
163 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:36:57.88 ID:JDMl+INM0
男「女さんが今、本当に幸せと感じているか、問うてみればよいのです。あなたのおっしゃる通りなら、彼女は淀みなく肯定できるはず」
男「…違いますか?」
女父「………」
女父(………)
女父「……女」
女「………はい」
女父「お前は、幸せか?」
女(……っ)
男「……」
女(………)
女「……………はい、勿論です」ウツムキ
男(……)
女父「………」
女父「……そういうことだ」
女父「お引き取り願おう」
男「………」
男父「………」
スッ(二人立ち上がる)
サッ、サッ、サッ
ガチャ
男父「失礼致しました」
パタン
164 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:38:46.78 ID:JDMl+INM0
女「……男さん?」
女父「…おい、なぜ君は出ていかぬ」
男「……」
女(どうして私の前に立って……)
男「……私は女性ではありません」
男「ですから、自分の幸せは自分で決めても構わないのですよね」
女父「何を言っているんだ……?」
男「……」
男「……走れるかい?」ボソッ
女「え…?」
...クイ
女(腕、掴まれて…!?)
女(──あの朝と同じ)
女父「さすがに悪ふざけが過ぎるぞ!それ以上娘に手出しすればこちらとて──」ガタッ
男「──誓います!!」
女父「!?」
男「俺がこの人を幸せにする!例え全てを捨てることになろうとも!」
女(ぁ──)
女父「な……にを……?」
男「女、走って!」ダッ!
女「え、えっ!?」ダッ
女父「な…」
女父「待たぬか!」ダッ
タッタッタッ...
.........
165 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:40:25.48 ID:JDMl+INM0
タッタッタッ
女(不思議)
女(全く疲れる気がしない)
男「」タッタッタッ!
女(あなたに引かれてる腕が、こんなにも熱いから…?)
タッタッタッ
女父「止まれ!止まらんか!!」タッタッ
女「!」フリムキ
女父「こんなことをしてどうなるか分からぬか!?」
女父「女!お前の人生が壊れていくんだぞ!!」
女「……」
女(……ごめんなさいお父様)
女(それでも私はこの方と)
女「」タッタッタッ!
女父「!」
女父「…この分からず屋が!」
166 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:44:34.72 ID:JDMl+INM0
召使「旦那様、何の騒ぎで……お、お嬢様!?」
召使(こっちに走って来る!?)
女父「召使!その二人を止めろ!絶対に行かせるな!!」
召使「は……え…?」
男「」タッタッタッ!
女「……っ」タッタッタッ!
召使(…!)
召使(お嬢様………)
タッタッタッ!
──スッ(召使を通り過ぎる)
タッタッタッ...
女父「何をしておる!棒立ちなぞ案山子の方がまだましではないか!!」
召使「……」
召使(……無理だ)
召使(あんな瞳を見せられたら……)
.........
167 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:47:24.22 ID:JDMl+INM0
タッタッタッ
女父「く……」タッタッ
女父(追いつけぬ…)
男「」タッタッタッ!
女「」タッタッタッ!
女父(だがよい。この先には門がある)
女父(いくら走ったところで逃げ場などない)
女父「……」タッタッ
女父(……ん!?)
女父「バカな…」
女父「──なぜ門が開いている!?」
168 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:51:23.06 ID:JDMl+INM0
ーーー門の開閉室ーーー
女友「……おーおー、愛の逃避行しちゃってるわねぇ」
女友「まったく、感謝しなさいよー?」
女友「たまにここへ遊びに来てる私だから、こんな手助けが出来るんだってことに」
女友「……」
ーー数日前ーー
女友「はーぁ…」テクテク
女友(女、最近元の調子が戻ってきたみたいだけど)
女友(…どうも、笑みに生気がないように見えるのよね…)
女友(……気のせいかしら)
女友「……」テクテク
女友(私もまた、お父様の選んできた相手とお見合いだし)
女友「……世の中パッとしないわね」
「女友さん」
女友「ひゃいっ!?」バッ
女友「……男、さん?」
男「……」
女友「ごめんなさい!人がいると思ってなかったものですから、驚いてしまって……」
女友(あれ、男さん顔に傷がある…?)
169 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:53:07.34 ID:JDMl+INM0
女友「…えーと、どうしたのですか、男さん?」
男「あなたを捜していました」
女友「え…!」
女友(それって……!)
男「女さんの無二の友人と見込んで、是非とも協力して頂きたいことがあるのです」
女友「協力、ですか?」
男「えぇ」
男「実は──」
.........
女友「──なるほど」
女友「そうしたら私が女の家の門を開けて、外へ出られるようにしておけばいいってことですよね?」
男「はい。お願いできますか…?」
女友「確かにあのお屋敷の門をどこで操作しているのかは知っています」
女友「……お返事の前に、尋ねたいことがあります」
男「…いくらでも」
170 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:54:00.57 ID:JDMl+INM0
女友「男さん、そのようなことを行えば、あなたもあの子もただでは済みません。それは百も承知ですよね」
女友「それでも、あの子を幸せにするために何もかもを失う覚悟があるのですね?」
男「当然です」
女友「生涯、女を愛し続けると誓えますか」
男「はい」
女友「絶対に泣かせたりしないと言えますか?」
男「……それは難しいかもしれません」
男「何せ、彼女は泣き虫なものですから…」クスッ
女友「………」
女友「幸せ者ね、女は」フッ
女友「こんなに強く想ってくれる人がいるなんて」
女友「男さん」
女友「実は私、あなたのこととても好きだったんですよ」
男「……」
女友「お父様はあんなに反対していたけれど、いつかあなたの元を訪ねてこの想いを打ち明けてしまおうかと思うほどには、惚れていました」
男「女友さん…」
女友「でも決めました!」
女友「私、男さんのように生涯愛し合える方と出会うまで絶対結婚は致しません!」
女友「お相手は私の意志で決めさせてもらうのです。お父様の言いなりはもうごめんですから!」
男「…!」
女友「──そういうことで」
女友「いいですよ。私で良ければ全力で力を貸します」ニコッ
男「……ありがとう」
171 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:55:16.92 ID:JDMl+INM0
女友(……女)
ーーーーー
女「──そしたらちゃんといつもの私に戻るから……安心して、女友」
ーーーーー
女友(嘘を吐いた代償は大きいわよ)
女友(あなたの未来が変わっちゃうくらい、ね)
女友「……けれど男さん」
女友「その……青年さんのことは、どうするおつもりなんです?」
男「あぁ、それは」
男「……彼にも話はつけてあります」ホオサスリ
女友「……!」
女友(その頬の傷は……)
女友(そういうこと)フッ...
ーーーーー
女友「……いいなぁ」ボソッ
女友(恋、か)
女友(それに捕まれたら、私もあんな風に変わるのかな)
バタン!
女友「!」フリムキ
従者「はぁ、はぁ……勝手に門を開けた不届きものめ、観念し──」
従者「あなたは……女友様…?」
女友「あー……」
女友「どうも、お邪魔しておりますわ」テフリフリ
172 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:56:55.95 ID:JDMl+INM0
ーーー玄関先ーーー
男「」タッタッタッ!
女「」タッタッタッ!
女父「ぐぅ……はぁ……」タッタッ...
女父(無理だ……私の身では……)ゼーゼー
女父「……誰か!誰かおらぬか!」
女父「誰でもよい!娘を奪おうとするあの輩を捕まえてくれ!」
「行かせてあげましょうよ、女父さん」
女父「!!」
女父「せ、青年殿…!」
青年「……」テクテク
女父「青年殿…これは、違うのです…っ。あの二人はその……」
青年「はは、落ち着いてくださいよ」
青年「僕は彼らの門出を見に来ただけですから」
173 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 05:59:22.79 ID:JDMl+INM0
ーー数日前ーー
青年「は…?」
青年「…なぁおい、君にしてはよく出来た物語じゃないか」
男「……」
青年「ここ数週間で女さんと密会を重ね?彼女をずっと愛していくために駆け落ちして?その協力を婚約者である僕に頼み込んで?」
青年「何とも皮肉のきいた冗談だね」
男「…冗談で言ってるわけないだろう。これは俺なりのけじめなんだ」
男「青年、お前の愛した女性に、俺は恋をした」
男「頼む。彼女のこと、俺に任せてくれないか」
青年「……………」
青年「………ふっ」
青年「はっはっはっは!」
青年「そうかそうか!ようやく合点がいったよ!」
青年「あの日交流会で見た彼女の陰り」
青年「彼女は葛藤していたんだな……君という存在のせいで」
174 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:00:05.82 ID:JDMl+INM0
男「……」
青年「……」
男「………」
青年「………」
青年「……いいよ」
青年「分かりたくないけど、分かった」
青年「女さんは君と居る方が望ましいだろうからね」
男「青年…!」
青年「……その代わりなんだけど、さ……」
男「…?」
青年「──少し、歯食い縛れ」
ゴスッ!
男「がっ…」ドサッ
青年「」ハァ..ハァ..
青年「おい男!」
青年「お前の命に誓え!」
青年「絶対に彼女を幸せにすると!!」
男「…!」
青年「……」グッ...
男「…あぁ」
男「誓ってやるさ!」
ーーーーー
175 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:01:30.28 ID:JDMl+INM0
青年(その言葉、嘘にしたら地獄の果てまで追い詰めてやる)
女父「門出…?青年殿、あなたは一体何をおっしゃって……」
青年「女父さん、あなたも見ましたでしょう?」
青年「──男に手を引かれる、女さんの表情」
女父「!」
青年「どんな顔に見えましたか?」
青年「少なくとも僕には……」
青年「これまで見てきた中でも、最も輝いていたように思えました」
青年「幸せな表情というのは、きっとああいうのを指すのでしょうね」
女父「………」
女父「……女……」
176 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:03:29.28 ID:JDMl+INM0
ーーーーーーー
タッタッタッ
タッタッ...
男「」ハァ..ハァ..
女「」ゼェ..ゼェ..
男「ここまで……来れば……ひとまず大丈夫だろう……」ハァ..ハァ..
女「ここは……どこなのです……?」ゼェ..ゼェ..
男「いや、適当に走ってきただけだから、なんとも……」
女「えぇ…?」
女(………)
女「……男さん、あなたは大馬鹿者です」
女「何をなさっているのですか…!これでもう、あなたもあなたの家も無事では済まされなくなってしまったのですよ!」
男「はは、そうだな……父さんにはもっと謝っておけばよかったかもしれない」
男「けど、言ったろう?」
男「俺は全てを捨てることになっても、あなたを幸せにするって」
男「……同じことを、あなたも言ってくれた」
女「──!」
177 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:05:16.64 ID:JDMl+INM0
男「……それに、この一件、女友さんと青年にも手を貸してもらっているんだ」
女「え…二人が……?」
男「その時に散々言われてしまったよ」
男「女さんを幸せにするようにとね」
女「あ……」
男「当然、そんなこと念を押されるまでもないんだけど」
男「──愛する人を幸せにすることなんて、当たり前だ」
女「………」
女「……私は……」
女「私は…あなたを好きでいていいのですか…?」
女「あなたの傍にいていいのですか?」
男「勿論」
男「そのためにあなたを攫ったんだから」
女「……」
女「──っ」
ダキッ!
女「」ギュー!
男「…ちょっと力入り過ぎてないかな?」
女「」ギュー!
女「……好きです……」
女「愛してます…!」
女「もうずっとずっと、一緒ですからね…!」
男「…俺も好きだ。ずっと、一緒にいよう」
女「……」
178 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:06:27.60 ID:JDMl+INM0
ポロ..ポロ..
女「……」ポロポロ
男「……よく泣くお姫様だね」
女「うるさいです……」ポロポロ
女「これは初めての涙なんです…!」ポロポロ
男「?」
女「だって生まれて初めて……」
女「──嬉しくて泣いてるんですもの」
男「!」
女「……ねぇ男さん」
女「幸せになりましょうね」ニコッ
179 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:07:49.62 ID:JDMl+INM0
ーーー二年後 のどかな農村ーーー
ガチャ
男「ふぅ、ただいま帰ったよ」
女「おかえりなさい、あなた」
女「また青年さんと女友から手紙が来てますよ」
男「今回はやけに早いな」
男「すごい嬉しいんだが、青年がなぁ……毎度毎度愚痴のような一文を挟んでくるから少し身構えてしまうんだよな。この間は、女のことを思ってまた酒の席で泣く女父さんを宥めてた…とか書いてあったし」
女「ふふっ、いつまで経っても子離れが出来ないんですよね」
男「それだけ女がかわいいんだよ」
女「かわいい……//」
男「」クスッ
女「今笑いましたね…?」
男「気のせいだろう」
女「むー……好きな人に褒められて喜ぶのは可笑しいですかっ」
男「そんなこと思ってはいないって」
男(それに今のは褒めたのとは少し違ったような)
男「……お望みなら好きなだけ言ってあげるから、手紙読ませてくれないかな?」
女「………どうぞ」スッ
180 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:09:32.24 ID:JDMl+INM0
ガサガサ ペラ...
男「………」
男「……………」
男「………そうか、向こうは卒業式だったのか」
女「はい。青年さん、首席で卒業されたみたいですよ。すごい方です」
男「あいつ、いつも俺がいなければ頂点を取れるとか言ってたけど……本当だったんだな」
男「……ん、女友さん、やっといい人に巡り合えたそうだよ」
女「あの女友のお眼鏡に適う方……やっぱり気になります」
男「また俺に似た人なのかな。それとも、ここへ来る気だったりしてな」フフッ
女「……男さんは私のものです。誰にもあげません」
男「分かってるよ。俺もあなた以外のものになる気はさらさらない」
男「しかし、青年たちが卒業したとなると……ここに来てもう二年になるのか」
女「そんなに経つのですね」
男「ここの人たちが皆優しい人で良かったよ」
女「本当に。何も持たず現れた私たちのことを深く詮索せずに受け入れてくれて……感謝しかありません」
181 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:10:31.93 ID:JDMl+INM0
女「……あなた」
男「ん?」
女「実は今日の手紙、それだけじゃないのです。私からもあなたに……」スッ
男「ほぉ……これは、恋文というやつかな」スッ
女「恋文ではありません。私の気持ちはいつも言葉で伝えてるじゃないですか」
男「ならどんなことを書いて……!」ガサゴソ
男「……こ、れは……」
女「……そうです」
女「正真正銘、あなたのお母様が残したあなたへの手紙です」
女「この村へ来る前から男さんのお母様について調べていて……やっと見つけることが出来ました」
男「………」
ペラ...
男「………」
男「………」
男「母さん……」
女「お母様は、やはりずっとあなたのことを大切に想ってくれていたのですね」
男「うん……」
男「……母さん、俺……」
男「俺のしてきたことって、間違ってなかったかな…?」
女「……」
女「男さん男さん」チョイチョイ
男「…?」
182 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/11(日) 06:11:17.07 ID:JDMl+INM0
女「──好きに生きればいいんですよ」
ー夢じゃない幸せ 終わりー
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