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女「夢桜、どうか散らないでいて」
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34 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 02:24:36.47 ID:qdyQ46ka0
男「本当に好きなんだな、その子のこと」
青年「当たり前さ!親が取り決めた相手だったけど、会って少しずつ彼女のことを知っていく度にどんどん惹かれていって、そのうち…」
青年「彼女を絶対に幸せにしてやると心に誓っているんだ」
男「……お前なら出来るさ」
青年「君のお墨付きなら安心かな」
男「よく言う」
青年「……それに!」
青年「なにも、彼女と会えるのは昨日だけじゃないからね!」
男「また早退するつもりか?あんな無茶苦茶な特例をよく認めさせられるよな」
青年「いやいや、さすがにそこまで節操なしと思わないでおくれ」
青年「ほら、今度交流会があるだろう?僕たちのところから代表生を数人選んで、第一高等女学校の授業に参加する素晴らしい会が!」
男「その日一日、一緒に授業を受けるってやつか」
35 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 02:25:25.59 ID:qdyQ46ka0
男「……って、まさか代表生に選ばれる気でいるのか?」
青年「というより、既に父上から誰が代表生になるのか聞かされたんだ」
男「え?もう決まっているのか」
青年「それはそうだ。土壇場で決めるような代物じゃない」
男「父上から聞いたって……何かきな臭い香りがぷんぷんするんだが……」
青年「誤解しないでくれ。僕の家から学校側に圧力をかけるなんてしないさ。あくまで、厳正な審査による結果とのことだよ」
男「厳正な審査ね……」
男(ま、こいつなら何もしなくても選ばれるのは当然か)
青年「…君、さっきから他人事みたいな顔してるね」
男「それは、俺みたいな一般人には無縁の話だからな」
青年「………」
青年「本当は教えてはダメなんだけど……君にだけ」
男「?」
青年「何も聞いてないフリをしてくれよ?」
青年「──君も、その代表生の一人なんだ」
男「はっ!?」
青年「良い反応だねぇ」
36 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 02:26:25.87 ID:qdyQ46ka0
男「さすがにそれは冗談だろう…?」
青年「本当だとも」
青年「…代表生に選抜される条件を知っているかい?」
男「いや…」
青年「家柄、容姿、素行とか、まぁ細かい基準もあるようだけど、もう一つ大項目があるんだ」
青年「それはね──成績だよ」
青年「君、勉強は然ることながら、運動も音楽も並外れて優秀だろう?」
男(…そのおかげで、俺みたいな何でもないやつが特別枠として入学させてもらえたわけだしな…)
青年「それが学長達の目に留まったんだろうね」
男「……あんまり注目されたくはないんだけどな」
青年「もっと喜びなよ。僕としては、親友が正当な評価を受けていることが分かって満足な結果さ」
青年「…ま!そういうわけだ!」
青年「僕はまた彼女に会えるし、君と向こうの授業を受けることも出来る!」
青年「近頃は嬉しいことが多くてね、この後に何か不穏なことでも待ってるんじゃないかと勘繰ってしまうくらいだよ」ハハハ
男「…今のお前には、不穏な影の方から避けていきそうだな」
男(………)
37 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 17:24:01.56 ID:12g591prO
ーーー夜 女家 裏口ーーー
ガチャ...
女「」ヒョコ
女「……」キョロキョロ
(物静かな裏庭)
女「」コッソリ
タッタッタッ...
38 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 17:25:08.16 ID:12g591prO
ーーー一本桜ーーー
〜〜♪
男「」〜〜♪
男(………)
男(……母さん……)
男(………)
男「」〜〜♪
男「……」〜♪...
男「……」
スッ(腕を下ろす)
──パチパチパチ
男「!」
女「……」パチパチ...
男「来ていらしたのですか」
女「はい。熱心に弾いておられる様でしたので、少しばかり静観を」
女「昨夜と違わず、見事な演奏でした」
39 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 17:26:16.28 ID:12g591prO
男「素敵なお客さんが聴いてくれていたからですよ」
女「…この花びら一つ一つが、ですよね?」フフッ
男「…それもあるかもしれません」クスッ
女「今日も綺麗に咲いていますね。……まるで夢の世界の桜のよう……」ジー...
男「……そういえば気になっていたのですが」
女「なんでしょう?」
男「今日も、なにか習い事の帰りなのですか?」
女「………いえ、実は……」
女「今日は、家を密かに抜け出してきました」
男「…!」
男「そんな…いくら家が近いからとはいえ、そのような……」
女「えぇ、分かっておりますよ。お父様に見つかれば、大目玉間違いなしでしょうね」フフッ
女「…ですが、この素晴らしい夜桜と、あなたの演奏を聴けるのなら、そのくらいは些事として許されてもいいと思っているのです」
女「……ですよね?」ニコッ
40 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 17:27:08.51 ID:12g591prO
男(……)
男「……いえ、私は許しません」
女「え…」
男「まさか女さんがそのようなおてんばな方だとは思いませんでした」
男「…ふふ、罰として、歌を聴かせてもらいましょうか」
女「歌…ですか?」
男「はい。簡単なもので構いませんよ」
男「あなたの歌声を聴くことが出来れば、今日の行為を不問にしたくなるかもしません」ニッコリ
女「なんですかそれ……は、恥ずかしいです……」
男「……」ニコニコ
女「……うぅ、分かりました」
女「それでは、短いものですが、一つだけ」
女「」スー...ハー...
女(……よし)
女「〜〜♪」
.........
41 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 22:54:05.89 ID:12g591prO
〜〜♪
女「♪〜〜…」
女「……以上、です」
男「」パチパチパチ
男「素晴らしい以外の言葉が見つかりません。透き通るような歌声……思わずバイオリンに手が伸びかけましたよ」
女「一緒に弾いて頂いてもよかったのに…」
男「今の私はただの聴衆ですから」
男「…機会があれば、また聴かせて頂けますか?」
女「……機会なんて言わずに、男さんが望むのであれば、よいですよ」
男「ほほぅ…なら早速もう一曲──」
女「き、今日はもうおしまいですっ!一日一つまでです!」
男「ククッ、望むのならという割に、厳しい制限だね?」
女「!」
女(今の喋り方……これが男さんの素…?)
女(…もっと知りたい、この人のことを)
女「男さん」
男「ん?」
女「その……あなたの……」
42 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 22:56:05.55 ID:12g591prO
女(ダメ…あなたのことが知りたいなんて、直接的過ぎて言えない…)
女「…バイオリンを始められたきっかけは何だったのですか?」
男「っ」
男「……」
女「…?」
女(!この目、昨日と同じ…)
ーーーーー
男「──私の奏でるこのバイオリンの音が、彼らの傷を少しでも癒すことが出来ないかと……」
ーーーーー
女「……すみません、私──」
男「──父が昔、嗜んでおりまして」
女「…お父様の進言で始められた、と?」
男「父に言われたわけではないのですけどね」
男「……母が、父の弾くバイオリンをとても気に入っていたみたいなのです」
女「まあ…!それではお母様にお聞かせするためにやられているのですね!すごく素敵な理由だと思います」
男「そう、ですね……」
女(まだあの悲しい目をしている…)
43 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 22:57:29.28 ID:12g591prO
男「………」チラリ
男「…母は、亡くなっているんです。私を産んだと同時に」
女「─!」
男「元々体の強い方ではなかったようなのですが、以前の戦争の最中に大きな怪我を負ってしまい……それが原因で出産に耐えられるかどうかギリギリの体になってしまったみたいなのです」
男「しかし私を身籠った時、周囲がどれだけ反対しても絶対に産むと譲らなかったようで……」
男「…その結果、母と引き換えに私という人間がこの世に生を受けることになった、というわけです」
女「──」
女(そんな……それでは昨日の独白は……心震わせるあの独奏の意味は……)
ツー...
女「……」ポロ..ポロ..
男「!?」
男「女さん…!どうかされましたか!?何か不躾なことを言ってしまったのなら申し訳ありません…!」
女「いいえ、違うのです…」ポロポロ
44 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 22:58:39.01 ID:12g591prO
女「ただ…男さんがバイオリンを演奏する意味を考えていたら……どうしても……」ポロポロ
女「ごめんなさい…!不躾な質問をしたのは私の方です…!」ポロポロ
男(この人は……)
男(なんて感受性の高い人なんだろう)
ーーーーー
青年「──彼女を絶対に幸せにしてやると心に誓っているんだ」
ーーーーー
男(確かに……守ってあげたくなる人だ)
男「……すみません、軽々しく聞かせるお話ではありませんでしたね」
男「ですが最後まで続けさせてください」
男「父から聞いた話では、母は私を産んだ直後、それは満足気に息を引き取ったとのことです。また、父も母が残してくれた最後の贈り物だからと、私に目いっぱい愛を注いでくれました」
男「一時期、私が母を殺したという自責の念に駆られることもありましたが、周りの方々の支えもあって私は今こうして幸せな生活を送れています」
男「…このバイオリンを弾くのも、勿論天国の母に届いて欲しいという思いもありますが、純粋に、弾くことが楽しいからしているのです」
男「ですので、どうか涙を止めてください」
45 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 23:01:34.92 ID:12g591prO
女「そう……ですか……」ポロ..ポロ..
女(……嘘)
女(だって、ずっとあの目をしているんだもの)
女「……」ポロ...
女「…お見苦しいものを見せてしまいました」
男「いいえ。むしろ、感謝したいくらいです。私なんかのために涙を流してくださるなど」ニコッ
女「……」
女(支えになりたい)
女(この人の心に空いた隙間を、埋めてあげたい…)
男「それはそうと、女さん」
女「はい…?」
男「まさかとは思いますが、明日もここに来られるつもりでしたか?」
女「えぇと、その通りですけれど……もしや男さんの都合が付かないのでしょうか…?」
男(!…俺が居ること前提なのか)
男(………)
46 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 23:02:34.66 ID:12g591prO
男「そうではないのですが……」
男「日にちを決めておきましょう」
女「あ…それもそうですね」
男「私は休日以外であればこの時間にここに来れますよ」
女「私もです」
男「……家を抜け出せば、ですよね?」
女「……意地悪です」
女「そういう男さんはどうなのですか?」
男「私は特段咎められることはありませんよ。日頃の行いが良いからでしょうね…なんて」
女「それは私への当て付けなのでしょうかっ」プクー
男「んふふ……責めるつもりはないんです」クックッ
女「むー……」
男「機嫌を直してください」
男「……話が逸れてしまいましたね」
男「取り敢えず、毎日顔を合わせるのはさすがに控えた方が良いでしょう。あまり頻繁に抜け出していては怪しまれてしまいますから」
女「……」
男(不服そうな顔だ…)
47 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/26(金) 23:04:08.11 ID:12g591prO
男「……隔日程度に…そうですね、週に三日くらいなら程よいかもしれませんね」
女「……まぁ、それなら……」
男(ふふ、分かりやすい人だな)
男「では、決まりですね。今日を含め、一日跨いだ前後二日の、計三日。これが私たちの約束の日にしましょう」
女「…はい」
男「さて!では心苦しいお話をしてしまったお詫びです。女さんのお聞きしたいことがあれば、何でもお答え致します」
女「!いいのですか…!」
男「えぇ」
女「でしたら、んー…まずは──」
男(……いや、分かっているんだ)
男(本当はこんなことやめさせるべきだと)
男(なぜなら、この人は彼の……)
男(……)
男(…だから、せめてこの桜が散るまでの夢としよう)
48 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:22:54.96 ID:6dC0qF8P0
ーーー翌週末 学び舎ーーー
女「……」ボー
女(……はぁ、男さん……)
ーー四日前 一本桜ーー
女「──私の学校のお話ですか…?」
男「えぇ。是非お聞かせ頂ければな、と」
女「いいですけど……男さんのお話も同じようにしてくださいね?」
男「分かっていますよ」
男「……多分します」ボソッ
女「多分とは何ですか!多分とは!」
男「ははは、聞こえてしまいましたか──」
ーーーーー
49 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:24:31.46 ID:6dC0qF8P0
女(ちょっぴり意地悪だけど、本当はとても優しくて)
ーー二日前 一本桜ーー
男「──と、私はそのお話を読んでそう感じたわけです」
女「まあ。その物語でしたら、私も少し前に授業で扱いましたよ」
男「そうなのですね……通う所は違えど、案外同じような進度で──」
ヒラッ
男「──あ……ふふ」
女「?どうしました?」
男「いえ…あなたのここに」トントン(自分の鼻を指さす)
女「え?」スッ
ヒラヒラ...
女(桜の花びら…)
女「やだもう……可笑しかったですよね……」
男「いや、絵になっていました。まるで絵画のようでしたよ」
女「男さん…!」パアァ
男「……本当は桜和菓子みたいだなって、ちょっと思ったけど」ククッ
女(…!)
女「どういう意味ですかそれは──」
ーーーーー
50 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:25:41.07 ID:6dC0qF8P0
女(時折見せる素の彼が、たまらなく愛おしい……)
女「……」フッ...
女友「……」ジー
女友(女、また考え事してる)
女友(あんな恋する乙女みたいな顔して……)
ガララ
教師「さて、皆さんお揃いですか?本日はお帰りの前に、お知らせしておくことがございます」
教師「翌週の初め、第一高等学校の生徒との交流会があるのはご存知ですね?」
教師「彼等の中から代表生が数名、本校の授業を共に受けることになるのですが──」
教師「──あなた方の組に混ざって、受けてもらうことになりました」
「まあ…!」
「私たちが殿方と一緒に授業を…?」
「あの一高の方々と!」
ザワザワ
教師「静粛に!皆さんは本校を代表する組として選ばれたということです。くれぐれも粗相のないように振る舞うのですよ」
教師「それでは、本日も良い一日を」
生徒たち「「「良い一日を」」」
ガタッ ザワザワ...
女友(交流会ね…どんな人が来るんだろう)
女「……」ボー
女友「……まずはお姫様の意識を呼び戻しますか」ガタッ
51 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:26:57.77 ID:6dC0qF8P0
ーーー交流会当日 学び舎 玄関口前ーーー
ヒソヒソ...
(綺麗に整列する生徒たち)
教師「──間もなく到着するお時間です。失礼のないようにお出迎えするのですよ!」
生徒たち「「「はい!」」」
女「……皆さん、いつもより意気込みを感じる」
女友「格式高い名門、一高の男性と過ごせるからでしょうね」
女友「一高といえば……ねぇ女、聞いてくれるっ?」
女「女友、あんまり声出すと注意されちゃうよ…?」
女友「う…それは気を付けるけど」
女友「でも言わせてちょうだい」
女友「昨日ね、お見合いをしたの」
女「え、また?ついこの間したばかりって言ってなかった?」
女友「そうなのよ。今まで月に一回程度だったから何事かとは思ったの。でもね──」
女友「──相手の人、これまでで一番素敵な方だった!」ズイッ
女「そ、そう」ヒキ...
52 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:27:55.42 ID:6dC0qF8P0
女友「とっても謙虚で、真摯に私を見てくれる方でさ!私に下卑た視線を向けてきたり、金づるとしか見てなかったりした今までの男たちとは違う……」
女友「初めてお話してて楽しいと思える男性だったの。お見合いがあんなに短く感じられるなんて…」キラキラ
女「わぁ、良いことじゃない。じゃあその方と結婚を?」
女友「……それがねー、そのお見合い、お母様が勝手に取り付けたものだったみたいなの。あれこれうるさいお父様に内緒で」
女友「けど結局お父様にバレちゃって、一高に通ってるとはいえどことも知れない家の出の男にお前を任せられるかって、一刀両断されたわ」
女友「酷いと思わない?私はともかく、お母様の意向まで完全に無視して…」
女友「あーあ、せっかく素敵な方と出会えたと思ったのに」
女「女友が気に入る男の人…ちょっと気になるかも。なんていう方なの?」
女友「その人の名前?確か──」
「あ、見えましたわ!彼等ではなくてっ?」
53 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:29:01.18 ID:6dC0qF8P0
女・女友「「!!」」
女友「来たみたいね」
女「えぇ」
女(……あ)
青年「……」スタスタ
女友「さすが青年さん。代表生の先導を任されるなんて。ね、お相手の女さん?」
女「…そうね」
女(……青年様……)
スタスタ スタスタ
女友「…あ、あの方よ、女!私がさっき言ってた方!」
女「この場に来れるなんて素晴らしいお人なのね──!?」
54 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:29:58.80 ID:6dC0qF8P0
男「……」スタスタ
女(えっ…!男さん、どうして…!?)
女友「男さんって言うのよ。交流会に選ばれるくらいなんだから、お父様も認めてくれたっていいのに」
女(そっか…男さんの通われてた学校って第一高等学校だったんだ…そういえば訊いていなかった)
スタスタ...
(横一列に並ぶ代表生)
教師「……第一高等学校代表生の皆様、ようこそいらっしゃいました」ペコリ
生徒たち「「「ようこそいらっしゃいました」」」ペコリ
青年「」スッ(一歩前に出る)
青年「……第一高等女学校の皆様、本日はこのような素晴らしい会を開いて頂き、誠にありがとうございます」
青年「我々、第一高等学校の代表7名、貴女方と共に真剣に勉学に取り組み、良き交流が出来ることを約束致します」チラリ
女友「…今、女の方見たわよね」ボソッ
女「え、そうだった?」ボソッ
女友「気付かなかったの?」ボソッ
女「そうみたい…」ボソッ
女(だって、気になってしょうがないんだもの)チラッ
男「………」
55 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:30:56.22 ID:6dC0qF8P0
ーーー学び舎 教室ーーー
青年「──青年と申します。本日はこのような素敵な方々と共に過ごせること、非常に嬉しく思っております。どうぞよろしくお願い致します」ペコリ
ワアァ...!
女友(前来ていた時も思ったけど、すごい人気ね……許嫁がいるっていうのに)
男「……」
男(青年のやつ…よくこの場であんな歯の浮くような台詞を言えるな…)
男「…男、と申す者です。本日はよろしくお願い致します」ペコリ
女(男さん、緊張してる…?ちょっとかわいいかも)フッ
青年「」ククッ
男「っ」
男(青年め…)
56 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/30(火) 02:32:09.66 ID:6dC0qF8P0
教師「ご紹介ありがとうございます。私共一同も、素晴らしい会となることを期待しています」
教師「では席の方ですが、最後列の6席と一列手前の1席…」
女(私の隣の席だ)
教師「…少々不便かもしれませんが、青年さん、そちらの席にお願いします」
青年「全く問題ありません」ニコッ
教師「青年さん以外の方々は後ろの6席をお使いください」
スタスタ
カタッ スッ...
女(男さん、一番遠い席に……隣、青年様ではなくて男さんだったら…)
女「」ハッ!
女(私は何を考えているの…これではまるで青年様をないがしろ、に……)
女「………」
青年「…?」
青年(どうしたんだろう。女さん、顔色が良くないような…?)
女友(男さんが後ろに…男さんが後ろに…!)ドキドキ
男(女の人ばかり……慣れない……)
教師「さて、授業の方を始めていきましょうか。一限目は国語です。教科書を出して、ページは──」
.........
57 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:06:09.89 ID:BoJ/42q40
ーーー休み時間ーーー
ガヤガヤ
「ね、あなたのそのお名前…あの大財閥の御曹司様ですよね?」
代表生A「……あぁ。よく分かったね。……覚えてくれているのかい?…ありがとう」ニッ
「なんてクールなお方…!」
「お声を聞いているだけで幸せだわ…」
「男様って、とても大人びて見えるのですけど、もしかして私達よりも上級生なのですか?」
男「…ふふ、同じことをよく訊かれます。皆様と同じ学年ですよ」
「まあ!そうなのですね!てっきり代表生様の中でも特別な方なのかと」
「出身はどちらなのです?」「きっと素晴らしい御家に違いありませんわ!」「私聞いたことあるかもしれません!確か遠い地の大名が祖先だとか…?」「通りでこの辺りでは聞かないはずです!」
男「え、えーと…皆様どうか落ち着いて…」
ワイワイ
58 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:07:42.25 ID:BoJ/42q40
男(活気があり過ぎる…!女三人寄れば姦しいとはこの事か)
男(…しょうがない)
男「……女友さん、お助け願えますか…?」
女友「えっ!?わ、私ですか!?」
「女友さん…?」
「なぜ貴女が呼び掛けられるのですか…?」
女友「いや、えー、その……実は先日この方とお見合いを致しまして」
「なんと!」
「抜け駆けでございますか…っ」
女友「ぬ、抜け駆けとは何ですかっ。お母様の正式な取り決めのもと行ったのです!やましいことなどありませんよ!」
ワーワー!
59 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:08:42.53 ID:BoJ/42q40
女「……」ジー
女(……皆さん、あんなに浮かれて……本校生徒としての振る舞いはどうしたのかしら…)
女(この惨状を先生がご覧になったら、反省会でも開きそう)
青年「彼らが気になるかい?」
女「…はい。とても、お淑やかと無縁な騒ぎだな、と」
青年「はは、そう言ってあげないでおくれ。彼女らもなかなか、こうして間近に異性を見ることが少ないだろうからね、どうしても浮き足立ってしまうのだろう」
女「その言い方ですと、ご自分は異性に慣れているように感じられますね?」
青年「手厳しいなぁ…」
スッ(女の頬に手を添える)
女「」ピクッ
青年「…僕は君一筋なだけだよ」
女「……せ、青年様、場所を弁えてくださいな…」
青年「ごめんごめん。つい、ね。君が妬いているみたいだったから」
女(……)
女「そんなこと……」ハッ!
(クラス中の視線)
60 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:09:21.37 ID:BoJ/42q40
女「……ゴホン。なんでしょう?」
生徒たち「「「………」」」
女「皆さん、少々浮かれ過ぎなのではないかと思うのですが、気付いておられますか?」
「……女さんがそれを言えまして?」
女友「私も女さんが一番青年さんと仲睦まじくしてたと思います」ニヤニヤ
女「今のは、別に…!」カアァ
男「……」ジッ...
女「…!」
女(男さん…?)
カランカラン!
「あら、次の授業ですわね」
青年「次の?先生の姿が見えないようだけど…」
「次は音楽なのです」
女友「演奏室で行うんですよ、青年さん」
61 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:11:50.49 ID:BoJ/42q40
ーーー学び舎 演奏室ーーー
音楽教師「皆様、本日の授業も歌唱を行ってもらいます。ですが、本日は第一高等学校の方も見えているので、少し特別な編成を考えています」
ザワッ
音楽教師「お静かに。……まずは発声練習からです。私に続いて発声してください。代表生の方々は、ご自分の楽器を準備してお待ちください」
代表生たち「「「はい」」」
音楽教師「では……ー♪ーー♪ーーー♪」
.........
音楽教師「……よいでしょう。歌唱に入っていきたいと思いますが」
音楽教師「本日は代表生の方々に伴奏をして頂きながら、皆様に歌って頂きます。また、それにあたり、お手本となる方を一名ずつ決めていきます」
音楽教師「伴奏係一名、歌唱係一名の計二名ですね」
「先生!それはつまり、選ばれる二人は代表生のお一人と、私たちの内から一人…ということですよね?」
音楽教師「その通りです」
ワァッ..!
音楽教師「……皆様」ジロ
生徒たち「「「」」」ビクッ
音楽教師「これはれっきとした授業であることをお忘れなきよう」
62 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:14:05.83 ID:BoJ/42q40
音楽教師「…歌唱係は私の方で決めさせて頂きます」
生徒たち「「「……」」」
音楽教師「そうですね……」
音楽教師「──女さん」
女「!…はい!」
音楽教師「お願いできますか?」ニッコリ
女「分かりましたっ」
女友(相手が女じゃ、誰も文句は言えないわよねぇ)
音楽教師「伴奏係については、代表生の皆様の中で是非にという方がいらっしゃれば、どうぞ申し出てください」
代表生たち「「「……」」」
青年「──はい」スッ
音楽教師「おや、貴方は、青年さんでしたか」
音楽教師「では貴方が伴奏係を行うということで──」
青年「いえ、違います」
音楽教師「む?」
青年「私は、この男という者を推薦させて頂きたく、こうして手を挙げたのです」
男「っ!?」
女(…!)
63 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:16:53.25 ID:BoJ/42q40
青年「この者、我が校でも随一のバイオリンの名手……この交流会にて、その腕前を存分に活かしてもらいたいと願っておりました」
音楽教師「なるほど…」
男「おい…!どういうことだよ…!」ボソッ
青年「事実を言っているまでさ。それに…彼女の歌は君の演奏にも引けを取らない程華麗なんだ。是非君に聴いて欲しくてね」ボソッ
男(……)
音楽教師「男さん、伴奏係引き受けて頂けますか?」
男「…はい。勿論です」
音楽教師「ありがとうございます。…良い友人をお持ちですね」
音楽教師「さ、お二人とも、前へ」
サッ、サッ、サッ...
女「……」
男「……」
音楽教師「こちらが楽譜になります」コトッ
男「ありがとうございます」
男(…これは)
ーーーーー
女「〜〜♪」
ーーーーー
男(あの時歌っていた曲か)
64 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:18:24.48 ID:BoJ/42q40
女「……」
女(…こんなところで男さんと一緒に歌唱出来るなんて…)
女(今日だけは決して間違えないようにしないと…!)
音楽教師「いかがでしょう。無理なく弾ける曲を選んだつもりですが」
男「はい。このくらいであれば、問題なく演奏出来ます」
ワー...!
女(皆さんそんなに驚いて……男さんなら当然です)
音楽教師「そうですか。それでは慣らしの意味も込めて、冒頭の部分を演奏して頂きましょう」
男「え…私一人で、ですか?」
音楽教師「はい」
男「……」チラッ
女「!」フイッ
男(………)
男「…では、恐れながら」スッ
(構える)
男「……」
...ピーー
男「──」
男(…第一音から、外した…)
生徒たち「「「………」」」
女「ク、フフッ……」カタフルワセ
男「……」
男「…申し訳ありません。少々緊張しておりまして。ですが今ので調子は分かりました。今一度…」スッ
〜〜〜♪
.........
65 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:19:44.71 ID:BoJ/42q40
ーーー昼ーーー
「非常に美しかったです、男様の演奏!」
「青年様が推される理由が分かりますわ…!」
男「大袈裟ですよ、皆さん。私以外の彼等も十分──」
ガヤガヤ
女「……」
女(相も変わらず、取り囲まれてる…)
女(私も少しくらい男さんとお話したいのに)
女(でも…)
ーーーーー
男「」〜〜♪
女「〜〜♪」
ーーーーー
女(……とても楽しかった。男さんとの協奏)
女(今夜またしてもらおうかしら♪)
66 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:21:39.22 ID:BoJ/42q40
女友「女、今日やけに機嫌よくない?」
女「そう?」
女友「えぇ…傍から見て分かるくらいよ。珍しい。…いくら青年様が居るからって、うかうかしてると水を差されちゃうかもよ?ほら」ユビサシ
青年「──、───」ニコッ
女友「あんなに楽しそうに他の方と話をしてる」
女「あら……」
女友「ね?行ってこなくていいの?」
女「……大丈夫。あれしきでかどわかされる方ではないから」
女友「おー、さすが本妻の余裕ってやつだねぇ」
女「…女友も、今日はずっとおおっぴらな態度ね」
女友「やっぱりそう思う?だってあの男さんとこんなに早く再会出来たんだもの。…なんかね、こう運命のようなものを感じちゃうのよね…!」キラキラ
女「すっかりお熱になっちゃって……」
女(……いえ、お熱なのは女友だけじゃない)
女(だって男さんのことを考えるだけでこんなにも……)
──トクン..トクン..
女(この気持ち、捨てたくない)
女(でも私は……)
女「……」
(朗らかに談笑する青年)
女「………」グッ...
女友「……女?」
67 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:23:39.34 ID:BoJ/42q40
「──男様は、心に決めた方はおられるのですか?」
女(!!)
女友「!?」バッ
「ちょっとあなた、そこまで訊くのは失礼に値するわよ!」
「そうは言っても、知りたいものは知りたいのです。あなたこそ気になりませんの?」
「……気になりますけど」
「ほらっ」
男「……実は恥ずかしながら、女性と触れ合う機会が少なかったもので色恋には疎いのです」
女「……」
女友「」キキミミ
「そうなんですの?お見合いはされたとおっしゃっておりましたけど…」
男「そうですね…見合いの場でお会いしてきた方々は皆、良い人ばかりでしたよ」
「…男様、そのような無難な模範解答では、ここにいる皆さんは満足されませんよ?」
女友「」ウンウン
男「えっと…参りましたね、はは……嘘ではないのですが」
「では、その……私たちのうちから決めるとしたら、どなたがよろしいでしょうか…?」
男「えっ…」
ザワッ!
68 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:26:08.20 ID:BoJ/42q40
「いくらなんでもその質問は……」
「いいえ、よく言いました!恋の前には淑女の振る舞いなど些細なこと…!」
男「あ、はは……」
男「あの、この話はここで終わりに致しませんか?貴女方に優劣をつけるなどとてもとても──」
生徒たち「「「終わりません!」」」
女「………」
女(……)
女友「もう…あの人たちなんて態度をとっているの…あんな醜態を晒すための交流会ではないのに…!」ソワソワ
女友(誰を選ぶのかとーっても気になるけど!)
女「女友、私少し出てくるわね」
女友「え?うん、分かった。鐘が鳴らされる前に帰って来るのよ?」ソワソワ
女「分かってる」
スクッ スタスタ...
青年「……」
69 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:27:34.67 ID:BoJ/42q40
ーーー学び舎 演奏室ーーー
...ガチャ
サッ、サッ...
女「……」
女「……」
女(先程まで、ここで歌っていたのね)
女(…男さんと一緒に)
女「すー……ふぅ……」
女(あの人のことを考えるだけで、こんなに心が温かくなる)
女(あの人の隣に居るだけであんなに顔が熱くなる)
女(あの人のちょっとした一面を知れただけでとても嬉しくなる)
女「……男さん」
女(──名前を口にするだけで、こんなに胸が締め付けられる)
女(あの方を誰にも取られたくない。毎日でもお話したい)
ギュ...(胸に手を当てる)
女(これが、恋というものなのね……)
女「……」
70 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:29:39.02 ID:BoJ/42q40
ーーーーー
女父「──青年殿ほどお前のことを想ってくれている男は他におるまい」
ーーーーー
女(……けれど、この身はもう青年様のもの)
女(物心ついたときからそう決められている……)
女(それが当然だと思ってた。お父様方が決めてくださった素敵な方のもとに嫁いで、世の女性たちと同じように幸せな日々を享受していくのだと)
女(なのに)
ーーーーー
男「」〜〜♪
ーーーーー
女(…あなたの音色に包まれたその時から、私にとっての幸せは変わってしまったの)
女(私の世界に音が──躍動が、満ちた瞬間。あの場に舞う、桜吹雪のように…)
女「……っ」
女(あぁ……いっそ何もかも捨て去って、あなただけを想って生きていきたい……)
女(婚儀まであと半月……それで私の人生は固定される)
女(この想いも、桜が散るまでの夢となってしまうのかしら……)
71 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:31:56.21 ID:BoJ/42q40
青年「……随分お悩みのようだね、お嬢さん」
女「!」フリムキ
女「……青年様、どうしてここへ……?」
青年「思い詰めた顔で君が出て行くのが見えたからさ」
女「………」
青年「…なんだか、今日の君は少し忙しない。そう感じるのはきっと気のせいではないよね?」
女「……」
青年「打ち明けてくれないかい?辛そうな君を見るのは、僕も心が苦しいよ」
女「……それはどのような意味でおっしゃっているのですか?」
女「単なる同情心?青年様の優しさ故?それとも──」
女(番になると決められた相手だから──?)
72 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:32:54.73 ID:BoJ/42q40
青年「誰かが苦しんでいるのなら、救い出してあげるのが人情……それが人の本来あるべき姿だ」
青年「……なんて受け売りの言葉さ。そんな格好のいいことを言えるほど、僕は出来た人間ではないからね」
青年「僕はちっぽけな一人の人間なんだ。だから、僕が守れるのは一人だけでいいのさ」
青年「……自分の愛する人だけでいい」
女「青年様…」
女(この方はこんなに、私のことを真っ直ぐ想ってくれている)
女(……私は……)
女「………」
青年「………」
女「……桜が、ですね」
青年「……桜?」
女「はい。ここからも少し見えます」
(窓の外に咲く桜)
73 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:34:50.83 ID:BoJ/42q40
女「……これだけ幻想的に咲いたのに、散ってしまうのが心細くて」
女「つい感傷的になってしまったのです」
青年「…桜は居なくならないよ。一年経てば同じ景色が帰ってくる」
青年「その時は、またあの桜並木を見に行こう」
女「……ふふ、そうですね」
青年「………」
サッ、サッ
青年「……女」
女「はい…─!」
女(近い…いつの間に…)
青年「……」ジッ
女「あ、の……青年様…?」
74 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/07/31(水) 21:35:35.82 ID:BoJ/42q40
スッ...
女「…!」
女(顔……近付いて……)
女(これって………)
ーーーーー
男「──」ニコッ
ーーーーー
女(……い、いやっ)
トンッ!
青年「!」ヨロ...
女「…あ、ごめんなさい。私、その……」
青年「……」
女「……戻りますっ…!」
タッタッタッ…
青年「………」
75 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:09:27.83 ID:PcmdgL7g0
ーーー学び舎 教室ーーー
教師「皆さん、本日はお疲れ様でした。代表生の方々のお見送りも済み、ひとまず交流会を無事に終えることが出来たと言ってよいでしょう」
女「………」
女友(女、お昼に戻ってきてから一言も喋ってないけど…)
ーーーーー
ガヤガヤ!
女友(男さん、誰の名前を口にするんだろう)ソワソワ
女友(もしそれが私なら……)
女友「」ニヘヘ
青年「──女友さん」
女友「!?っはい!」
青年「そろそろ男のやつを助けてあげてくれないかな?彼、ああ見えて押されると弱いんだ。僕はちょっと行かなくてはならない所があって」
女友「あ…分かりました」
女友「……女さん、ですか?」
青年「……」ニコッ
スタスタ...
ーーーーー
76 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:12:40.16 ID:PcmdgL7g0
女友(……なにかあったのよね)
女「………」
教師「私共にとっても、彼らにとっても、素晴らしい経験となったと……」
教師「……そう言いたかったのですがね」
女友(え…?)
教師「──別の組の方からお聞きしました。授業の合間時間、正午の休憩……貴女方が彼らの前でどのような振る舞いをしていたのか……」
教師「皆さん、本日は特別補習です。全員、こちらに反省文を書いて頂きます」ニッコリ
「そ、そんな……!」
教師「当然です!あれだけ第一高等女学校の生徒としての自覚を持つように言い含めておりましたのに…!」
女友(あちゃー……)
女「………」
女(………)
77 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:13:54.86 ID:PcmdgL7g0
ーーー夜 女家 女の部屋ーーー
女「………」
(ベッドに横たわる女)
女「………」
ーーーーー
青年「──女」
ーーーーー
女(……あの時)
女(青年様は、多分……)
女(口付けをしようと)
女「……」
女(それを拒んだのは、私…)
女(いえ、それより、あの瞬間思い浮かんだのは……)
78 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:14:49.86 ID:PcmdgL7g0
女「………」ゴロン...
女(……私はどうしたらいいの……?)
女(教えてよ…彼と私を引き合わせた意地悪な神様…)
女「……」ギュ...
女(……)
女(今夜も男さんとの約束の日)
女(会えば、なにか分かるかな)
女(ぐちゃぐちゃになった私のこの胸の中……ほどいてくれるかな)
...ムクリ
女「………」
スタスタ ガチャ...
召使「あれは……お嬢様?」
79 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:16:18.38 ID:PcmdgL7g0
ーーー一本桜ーーー
女「……」テクテク
女「……」テクテク
男「………」ジッ...(地面を見つめる)
女「……今日は弾かれていないのですね」
男「…昼間、十分に演奏しましたから」
女「あなたと共演出来て良かったです。珍しいものも見ることが出来ましたし」クスッ
男「私も失敗することくらいあります。……あんなに笑っていたのは女さんくらいでしたよ?」
女「だって普段澄ましてる男さんが……ふふっ」
男「……」
男「…あの授業がとても楽しかったのは同じです。あなたとの協奏、よもや交流会で実現するとは思ってませんでしたが」
女「そうです、そこです!」
女「男さん、どうして言ってくださらなかったのですか?第一高等学校に通われていること、今日代表生として参加されること…!」
男(……)
男「訊かれませんでしたからね」チラリ
女「む……それくらい教えてくださってもいいではないですか……」
80 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:17:32.49 ID:PcmdgL7g0
男「……なんだか」
女「?」
男「初めにお会いした時より少し…欲張りさんになりましたね?」フフッ
女「!?」
女「ご、ごめんなさい!幻滅させてしまいました、よね……」
男「いいえ、とんでもない。むしろ、飾らない女さんが見られて嬉しいですよ」
男「あなたの知らなかった部分を知るのが、最近の楽しみの一つなのです」
女(!…私と同じ…)
女「……でしたら、男さんも私の前では余所行きの仮面をはずしてくれませんか?」
男「仮面?」
女「はい。手始めにその堅苦しい話し方をやめて頂く、というのはどうです?」
男「……堅苦しくないというのは、こんな感じかな?」
女「!…はいっ」
男「砕けた口調で喋るのなんて、家族か友人くらいなものだけど……」
男「……やはり違和感がすごいです。女さんに対してとても失礼なことをしている気分になります」
女「……」ムッ
81 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:19:32.33 ID:PcmdgL7g0
女「…では、男さんにとっての私とは何なのですか?」
女「家族ではありませんし、ご友人でもない……だとしたら、今こうしてあなたの前にいる私は、どういった存在なのでしょう?」
男「………」
女「………」
男「……知人、というのはいかがですか?」
女「っ……」
女「…そのような言葉遊びが聞きたいのではありません」ボソッ
男「………」
女「………」
女「お見合いを、したそうですね」
男「……えぇ。私もよい年齢ですから」
女「……………」
82 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:21:04.84 ID:PcmdgL7g0
テク..テク..
──ギュ(手を握る)
男「─!」
女「……」ウツムキ
女「……私は、嫌です……」
男(何が──など、訊かなくても分かってしまった)
女「………」
男(伏したその表情が、雄弁に物語っていたから)
男「………」
ギュ(手を握り返す)
女「……!」
男「……ありがとう」
男「あなたの気持ち、痛いほど伝わってきます」
男「私は幸せ者ですね。あなたのような素晴らしい方から……」
女「……」
83 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:23:14.22 ID:PcmdgL7g0
男「ですが……ここまでです、女さん」
男「これ以上はもう、私の存在はあなたが歩むべき道の障害となる」
女(──っ)
女「………分かって……おります……」
女(障害……)
女(…その通りなのかもしれない)
女(あなたは私の人生に突然現れた闖入者。私が思い描いていた"予定調和の幸せ"をことごとく崩していった)
女(そして……あなたの言う通り……本当は理解してる)
女(この想いは叶えることが出来ない──叶えてはいけない)
女(……そんなこと、分かりたくなかった……!)
女「……」グッ...
男「……女さん、手、少し痛いです」
女「知りません……」
女「痛いのなら、振りほどけばいいじゃないですか…!」
女(一思いにこの手を払ってくれれば、私の絡まったこの気持ちも、切り捨てることが出来るのに)
男「……」
女(──あなたは決して自分から振り払うことはしない。そういうお人…どこまでも優しい)
女(……でもその優しさが、今の私には苦しいよ……)
84 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:24:37.18 ID:PcmdgL7g0
女「………」
男「………」
男「……私、意外に抜けているところが多いのです」
女「え…」
男「一高に入学した初日、教室の場所が分からなくて学校内で迷ってしまっていました」
男「それだけではありません。一度間違えて、卒業したはずの中等学校へ登校しかけたこともありました。そこの恩師と挨拶を交わすまで気付けなかったものですから、狐にでも化かされていたのかと思いましたよ」
男「結局、その恩師と笑い合ってから、その日はめでたく遅刻をしてしまったのですけどね」
女「……クスッ、なんですか、それは」
女「どこか緩いところのある方だとは思っていましたが、そこまでといくと反対に大物のような気がしてきます…ふふ…」
男「……よかった、笑ってくれた」
女「…?」
男「女さんには、そんな難しい顔は似合いませんから。普段見せてくれる笑顔の方が、好きです」
女「──」
85 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:28:48.45 ID:PcmdgL7g0
女(……)
女「…些か、強引ではないですか?」
男「不器用なもので……これで勘弁してくれませんか」
ーーーーー
男「──実は恥ずかしながら、女性と触れ合う機会が少なかったもので色恋には疎いのです」
ーーーーー
女(……そういえば)
女「…では、私からの質問に答えてくれたら、勘弁してあげます」
男「はい。それくらいで、いつものあなたが戻ってきてくれるのなら」
女「……ちゃんと答えると、約束して頂けますか?」
男「勿論」
女「……フフッ」
女「では……男さん」
女「誰をお選びになったのですか?」
86 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:30:03.64 ID:PcmdgL7g0
男「………ん?」
女「聞こえませんでした?」
女「今日のお昼の時、訊かれていましたよね。私たちの組の方から誰かを選ぶとしたら、どなたがよろしいか…と」
女「是非その答えを聞かせて頂きたく思います」ニッコリ
男「………あの時は、誰とも答えてはいませんよ?彼女たちに優劣を付けるような所業ですし、女友さんが皆さんを止めに入ってくれてましたから」
女「……でしたら、今お決めください」
女「まだ日も跨いでいませんし、どなたが居たかくらい、覚えていますよね?」
男「待ってくれ待ってくれ……女さん自分が何を言っているか──」
女「約束」
女「…致しましたよね??」ニコッ
男「えー、と………」
男(今そんなことを訊くなんて、ほとんど脅迫のようなものじゃないのか…!?)
87 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:31:12.26 ID:PcmdgL7g0
女「……」ニコニコ
男「…分かりました」
女「!」
男「ですが、それは今日の去り際にお話します。……楽しみはとっておいた方がよくありませんか?」
女「んー……では、その口車に乗せられてあげます。もう今から待ち遠しいですね」チラッ
男「……はは」
女(……)
女(嗚呼、夢桜、どうか散らないでいて)
女(彼とのこの時間はきっと、短い夢の中に消えていってしまうのでしょう……)
女(けれど今だけは……今だけは──)
女(──想っていたい)
88 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:32:41.97 ID:PcmdgL7g0
ーーー翌日 女家ーーー
女「……」スタスタ
女(男さん、なんだかんだあの問いに答えてくれなかった……上手いことお茶を濁されてしまった気がする)
女(また次回、問い詰めてあげないとっ)
女「……」スタスタ
女「……」スタ...
コンコン
女「お父様、私です」
「入りなさい」
ガチャ パタン
女「ご用とは何でしょうか?」
女父「うむ……」
女父「………」
女「……?」
89 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:33:35.28 ID:PcmdgL7g0
女父「……女、昨晩どこに行っていた?」
女「っ!」
女父「召使から報告があった。夜な夜な部屋を抜け出し、外に出ていたようだな」
女「……」
女父「何をしていたんだ?」
女「……夜桜を見ておりました」
女「先日歌の習い事からの帰りがけ、ふと見かけたその桜があまりに綺麗でしたので……つい」
女「無断で夜間の外出をしていたことについては、申し訳ありません……」
女父「……」
女父「…それは、男女で仲睦まじく見なければならないものなのか?」
女(──っ)
女「……」
女父「女、私が何を言いたいか、分かるな?」
女父「婚儀そのものは翌週に控えているとはいえ、お前の身は既にお前のものではないのだ」
女(……)
90 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:34:34.59 ID:PcmdgL7g0
女父「賢いお前のことだ。それくらい自覚していると思っておったのだがな……」
女「……あの方とは、昨日偶然お会いしただけです」
女父「……」
女父「男、というそうだな。青年殿と同じ第一高等学校に通っているとか」
女父「…彼にはもう、お前に近づかないよう言い聞かせておいた。況んや、この家そのものにもな」
女「なっ…!」
女「そんな!勝手過ぎます!あの人は関係のない単なる知人です!」
女父「勝手なのはどっちだ!お前はまだ自分の価値が分かっていないのか!?今このことが青年殿の家に知られたらどのような措置が取られるか分からんのだぞ!」
女父「男という人間など知らなかった……今ならそれで済むのだ」
女「青年様以外の異性とただお話することさえいけないのですかっ!」
女父「そうだ!」
女父「それが世の常。この時代の女子(おなご)としての有り様だ」
女「っ……」
91 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/02(金) 23:35:50.29 ID:PcmdgL7g0
女「……私は、装飾品ですか」
女「意思のない飾り。側に置いておくだけの木偶」
女「それが女性の常識というのなら、私は女になど生まれて──」
バンッ!
女「」ビクッ
女父「……いい加減にしなさい」
女「……」
女父「お前は混乱しているだけだ」
女父「…どうするのが自分の幸せなのか、見失ったわけではあるまい」
女「………」
女父「………」
女父「……もう行ってよい。自分の部屋で頭を冷やしてきなさい」
女「………」
サッ..サッ..サッ..
...ガチャ
女父「…召使を、側につけておく。お前の自由を奪うつもりはない、念の為だ」
女「……」
女父「……聞き分けのよい女が戻ってくるのを、待っているぞ」
女「……失礼します」
パタン
女父「………」
女父「………」
女父「女……」
92 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:31:55.44 ID:Hkr4TjkY0
ーーー男家ーーー
男「………」
トッ、トッ、トッ
男父「使いの者は帰ったよ、男」
男父「しつこいくらい関わらないよう念を押してきたから、最後は締め出してやったがね」
男「……そう」
男父「……ずっとそこで座ってたのか?」
男「……」
男父「……」
男父「女さん、だったかな」
男父「私も名前くらいは知っているよ。この町で知らない人はいない程だ」
男「……」
男父「そうか。この頃、暗くなってから出かけることが多いとは思っていたが、その子のもとへ行っていたんだな」
男父「……近いうちに婚儀を執り行う娘と逢瀬を重ねる。確かにそれは世間から見れば褒められたことではないだろう。だがな、私は嬉しく思っているんだ」
男父「これまでずっと母さんの跡を追い求めていたお前が、初めて外に目を向けてくれたんだからな」
93 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:33:06.17 ID:Hkr4TjkY0
男「……女さんとは、そんなんじゃないよ」
男「それに、これで良かったんだ」
男「父さんの言った通り、身を固める女性と人目を盗んで会うなんて、不徳にも程がある。こんなこと、続ければ続けるほど彼女を傷付けるだけなんだ」
男父「……」
男父「すまないな。頼りない父親で…。私がもっと由緒ある家の出だったら、お前にこんな思いをさせずに済んだろうに……」
男「頼りない…?そんなこと一度だって思ったことはないよ」
男「父さん一人で俺をここまで育て上げてくれた。いつでも俺から目を逸らさず向き合ってくれた……こんなに誇れる父親は他にいないさ」
男父「……ありがとうな……」
男父(……)
男父「少し、昔話をしようか」
男「……」
男父「…母さんとの馴れ初めの話だ」
男「っ!」
男父「気になるか?お前にそこまで聞かせたことはなかったからなぁ」
94 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:36:26.82 ID:Hkr4TjkY0
男父「…お前も知っての通り、母さんは元々何でもない村の娘だったんだ。私はこれでも一応貴族の端くれではあったからね、普通なら接点なんてないんだが……」
男父「その頃の貴族の間では度胸試しなるものが流行っていてね。今では立ち入りが禁止されている町はずれの森があるだろう?あの中心には、戦争で出来た大きな穴があってな。そこから突き出ている不発弾を触って来る……というものだった」
男「!?…そんなの危険過ぎるじゃないか!何考えてたんだよ!」
男父「はは、本当にな。けどな、あの頃は必死だったんだ。そうでもしないと、周りの立派な家の子達からは認めてもらえなかったからね」
男「ともかく、私はその場所に行って、不気味に飛び出た不発弾のごく端っこの方をちょっとだけ触ろうと手を伸ばしたんだが……あろうことか足を滑らせてしまってな。あわや穴に落ちてしまいそうになったんだ」
男父「そんなに深くはないがそれでも落ちればそれなりの怪我は免れない。自力で這い上がるのは難しくて、徐々に腕に力が入らなくなってきてから、無駄と分かってはいながら大声で助けを呼んだ」
男父「あんなに必死に叫んだのは人生であの時くらいなものだ。そしたら、驚いたことに一人の女性が来てくれたんだよ」
男「それが……」
男父「そう、母さんだ」
95 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:40:02.41 ID:Hkr4TjkY0
男「……とんでもないけど、忘れられない出会い方だったんだな」クスッ
男父「はっはっは。まあ、助けてもらったから好きになったとかじゃあなくって……」
男父「単なる一目惚れだったんだがな」
男父「そんな経緯で母さんとはよく会うようになって、少しずつ親密になっていったんだが……母さんに対して及び腰になってしまった時期があったんだ」
男父「なにせ自分は貴族、相手は平民。この身分の差が、母さんを苦しめてしまうことになるのではないか……とね」
男父「鋭い母さんは、私の態度の変化をすぐに見抜いて、詰問してきた。誤魔化すのも嫌だったから、全て伝えたよ。私が何を不安に思っているのか、このまま母さんの近くに居ていいのか……」
男父「そしたら、それを聞いた母さんは笑ってこう言ったんだ」
男「……」
96 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:41:06.25 ID:Hkr4TjkY0
男・男父「「好きに生きればいいじゃない」」
男「……母さんの口癖、だろう?」
男父「そういうことだ」
男「散々父さんから聞かされていたけど……初めて聞いたのはその時だったんだな」
男父「あぁ。不思議とスッと入ってきたよ。私の一番好きな言葉だ」
男父「母さんは言うだけあって、最後まで自分の思うように生きていたよ」
男父「……お前という、かけがえのないものを残してな」
男「……」
男父「結局私は、母さんの言うような生き方が出来ているのか…今でも分からないが……」
男父「……男、お前はこのままで良いのか?」
男「………」
男父「………」
97 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:41:47.21 ID:Hkr4TjkY0
男「…良いも何も、俺は彼女の辿る道の異物でしかない」
男「異物は退けられ、彼女はこれまで通りの道を進んで行く……それが自然な成り行きさ」
男父「……」
男父「…私は、お前がどんな選択をしようと、否定しない」
男「……」
男父「それはきっと母さんも同じだろう。親というのは、いつでも子供の幸せを願っているものだ」
男「………」
ーーーーー
女「──私は、嫌です……」
ーーーーー
男(………)
98 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:46:37.67 ID:Hkr4TjkY0
ーーー女家 女の部屋ーーー
女「………」
女(………)
ーーーーー
男「──男、と申します。しがないただの学生です」
ーーーーー
女(……あの日、夜桜を見ようと思わなければ……)
女(手近な桜の木で満足していれば……)
女(……私たちは出会うことはなかった)
女「……」
女(出会うべきじゃ……なかったのかな……)
女「……」グッ...
99 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:48:13.85 ID:Hkr4TjkY0
コンコン
召使「お嬢様、夕食のご用意が出来ました」
女「…食欲がないのです。今は要りません」
召使「……では、失礼して机上に置かせて頂きます。お嬢様の気分が良くなりましたら、お召し上がりください」
ガチャ スタスタ
女「……」
召使「…こちらに並べていきますよ」
カタン コトッ カチャ
召使(……)チラッ
女「………」
召使(…私のしたことは間違っていないはずだ)
召使(お嬢様に仕える身として、正しいことをした)
コト、コトン...
召使(何より、あんな男がお嬢様の心を奪うなど……)
召使(……その相手が、私だったなら……)
召使「これで全てです。私は部屋の外におりますから、何かございましたらお呼びください」
女「………」
召使「…失礼致します」
スタスタ ガチャ
...パタリ
女「……」
女「………男、さん」
女(忘れるしかないのですか……?)
100 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:49:46.72 ID:Hkr4TjkY0
ーーー数日後 学び舎ーーー
女「………」
女「………」
テクテク
女友「……女、いつまで座ってるの?もう帰る時間よ」
女「…えぇ。そうね、ごめんなさい」
スッ
女「行きましょうか」
女友「……」
テクテク...
女「……」テクテク
女友「……」テクテク
女友(交流会の日以来、女は笑わなくなった)
女友(誰の目から見てもおかしいのは明らかなのに、周りには何でもないの一点張り……)
女友(何も言いたくなさそうだったから、私も少し見守ってきたけど)
女友(もう見過ごせない……女はずっと苦しんでる)
101 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:50:55.71 ID:Hkr4TjkY0
女友「……女」
女「なに?」
女友「交流会のとき…なんだよね?」
女「…!」
女「……なにが?」
女友「はぐらかさないで」
女友「何かあったんでしょ。青年さんと」
女「……」
女友「お昼の休憩のとき、青年さんが女を追いかけていったの知ってるんだから」
女「………」
女友「ねぇお願い。女が苦しむ姿をこれ以上見たくないの」
女友「自分の中に抱え込まないで。私にも背負わせて…!」
女「……ありがとね」
女「でも、これは私たちの問題だから、女友は巻き込みたくない」
女友「私は関係ないから引っ込んでなさいって?」
女「そんな言い方してないでしょう……」
女友「否定はしないんだ?」
女「……」
102 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:51:53.88 ID:Hkr4TjkY0
女友「……あぁもう!」
女友「ならいいわよ!今から私青年さんの家に行ってくる!それで直接問い質してやるわ!女に何があったのか答えなさいって!」
女「何を言ってるの…!」
女友「私は本気だからね。女の暗い顔を見る毎日が続くなら、殴りこみくらいやってやるわよ!」
女「わ、分かった!言うから、落ち着いてよ!」
女「……あの日、接吻をされそうになったの」
女友「……へ?」
女「ひとりで少し考え事をしていたら、青年様がやってきて……初めは軽くお話していただけだったのだけど、不意に青年様の雰囲気が変わって、それで……」
女「……私は、拒んでしまったの」
女友「いきなり襲われかけた…ってこと?」
女「いいえ。そんな浅ましい様相ではなかったし、脈絡が全くなかったわけでもないのだけどね……」
女友「そう、青年さんが……」
女友「大胆なことをするのね、あの方は」
女友「……けど、さ」
女友「女と青年さん、翌週の婚儀を以って夫婦になるのよね?」
女「……」
女友「青年さんのしたことを肯定するわけじゃないけど……なんで女は拒絶しちゃったの…?」
103 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:54:03.22 ID:Hkr4TjkY0
女(………)
女「……ちょっとね、怖くなってしまって」
女「心の準備も何も出来ていなかったものだから、つい、そのまま逃げてしまったのよ」
女友「……それから青年さんとは話をしたの?」
女「………」
女友「女……」
女「大丈夫、平気よ。もうしっかり向き合う心積もりは出来たから」
女(──嘘)
女友「本当に?今の今、そう思い込んでるだけとかじゃなくて?」
女友「あのね、一度芽生えた不安ってそう簡単には──」
女「心配し過ぎよ。今までどんなことでも私が乗り越えられなかったことなんてあった?」
女(──私の心はぐちゃぐちゃなまま)
女友「それは、今まではそうかもしれないけど……」
女「青年様とも婚儀のときに話し合うつもり」
女「そしたらちゃんといつもの私に戻るから」
女「……安心して、女友」
女(──もう何を頼りに歩いて行けばいいのかも分からない)
女友「……信じるわよ、その言葉」
女「……」ニコッ
テクテク...
104 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:55:16.07 ID:Hkr4TjkY0
ーーー第一高等学校 多目的室ーーー
──ガラガラ ピシャリ
男「……それで、話したいことって何だ?」
青年「………」
男「………」
青年「……交流会があった日」
男(……)
青年「僕は愚行を犯したんだ」
男「……え……?」
青年「あの日の女さんは、これまでにないくらい落ち着きがないように見えた」
青年「時折表情に影が差すことさえあった」
青年「だから、僕はひとり悩んでいる彼女を追いかけて、心の重しを取り除いてあげるつもりだったのに……」
青年「……今にも消えてしまいそうなほど儚げな彼女を見ていたらね、僕の胸がこう…張り裂けそうになって……」
青年「──僕は彼女に、口付けをしようとした」
男「──っ!」
105 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:56:04.73 ID:Hkr4TjkY0
青年「……結果を知りたい?」
男「……」
青年「ふっ…拒絶されてしまったよ」
青年「怯えた目をしていた……当然だよね、あんな浅ましい行為に出てしまったんだから」
青年「……なぁ、僕は彼女を幸せにしてやれないのかもしれない」
青年「愛する人一人、慰めてあげることすら出来ず、それどころか傷付けてしまう始末」
青年「男……僕はこのまま、彼女の夫となっていいんだろうか……?」
男「………」
男「…俺に訊いてどうするんだよ」
青年「分かってる。これは僕と女さんの問題だ」
青年「でもさ、怖いんだよ」
男「……」
青年「僕は男だ。これから妻に迎える女性を力強く引っ張っていくことだけを考えてればいいんだろう。それが夫の役目」
青年「だが、彼女と次に会う翌週の婚儀……」
青年「次に顔を合わせるその時、もしも一瞬でもあの怯えた目を向けられたら、僕は……」
男「………」
青年「はは……自分勝手だな僕は。そうなる原因を作ったのは他ならぬ僕なのにな」
青年「それに、酷く情けない……」
男(………)
106 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:57:58.04 ID:Hkr4TjkY0
男「好きに生きればいいだろう」
青年「!」
男「お前がここでどんなに思案に暮れたところで、それが彼女に届くわけじゃない」
男「結局彼女が分かるのは、お前の言葉と行動」
男「だったら伝えればいいだけだ。お前が彼女のことをどう思っているのか、自分はどうありたいか」
男「……なぜ口付けをしようとしたのか」
青年「……」
男「男性が女性に弱音を見せることが情けないって?」
男「そんな下らない常識に囚われて仮初めで塗り固めた生活を送る方が、よっぽど情けないと思うけどな」
青年「………」
青年「──」
青年「」バッ!
ガシッ(肩を掴む)
107 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/04(日) 22:58:53.26 ID:Hkr4TjkY0
男「うぉ!な、なんだ…!?」
青年「男っ!」
男「あぁ…?」
青年「やっぱり君に相談して正解だった!」
青年「君はいつもそうだった。僕に変な同情や気遣いをしないで意見をくれる。その度に僕は」
青年「──こうやって新しい道を見つけ進むことが出来た」
青年「ありがとう。君は最高の友だよ」ニカッ
男「……おう」
男「ま、お前が普段飄々としてるくせして臆病なのは今に始まったことでもないしな」
青年「そんな風に僕のこと思ってたのかい!?……事実だけどさ」
男「心配するなって。多分俺以外の奴は誰も気付いちゃいない」
青年「気付かれてたまるか……こんな弱い僕を」
青年「僕は旧家の青年だ。そこだけは絶対に譲ってはいけないんだ」
青年「僕の弱さを知ってるのは、君と……彼女だけでいい」
男(……随分信頼されたもんだ)
男(………)
男(仮初めで塗り固めた、か……)
108 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:40:35.08 ID:m2vUvBpH0
ーーー夜ーーー
女「……」テクテク
女「……」テクテク
女(……あぁ、やってしまった……)
女(歌の習い事だというのに、今日はもう、声もまともに出せなかった)
女(先生からは帰るように言われてしまうし……)
女「……」テクテク
女(だって、歌おうとすると、思い出してしまうんだもの)
女(あの日同じ音色を奏でたこと)
女(思い出してしまって……胸が苦しくなる)
女「……」テク...
女「……」
女(あなたと出会った日の夜もこんな帰り道だった)
女(あの綺麗に咲き乱れる桜の下で、あなたの音色を見つけた……)
女「………」
タッタッタッ...
109 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:42:03.61 ID:m2vUvBpH0
ーーー一本桜ーーー
タッタッ...
女「はぁ…はぁ…」
女(疲れた……)
女(……無理に、走り過ぎちゃったかしら……)
女「はぁ……ふぅ……」
女「」キョロキョロ
女(………いない)
女「……そうよね」
女(これでいいの)
女(これが"普通"なの)
女「……」
女「……」ミアゲル
(大きな一本桜)
女(……あんなにたくさんの花をつけていたのに)
女(もうまばらに残すだけ……)
110 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:43:32.21 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女「…ありがとう。立派な桜さん」
女「あなたのおかげで素敵な夢を見れた」
女(うん、夢)
女(あれは暖かい春の陽気が見せてくれた気まぐれな夢)
女(頭の奥にしまわれて、いつかふと思い出すこともなくなるような……)
女(そんな、夢)
女「……」
女「」スー...ハー...
女「しっかりしなさい、私」
女(一時の夢に心かき乱されて、何もかも見失うような人間になるの?)
女(違うでしょ)
女(私は──女という人間は、いつだって強く、可憐であるべき)
女(それが、皆の思い描く"私")
女「……帰りましょう」
女(ここからなら裏口の方が近いわね)
女(今日は歌の習い事も早退してしまったし……)
女(一回見つからないように自分の部屋に戻りましょう)
コソコソ...
111 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:45:02.45 ID:m2vUvBpH0
ーーー女家ーーー
...コッソリ
女「……」キョロキョロ
女(……よし)
ススス
女「……」
女(ふぅ……なんとか部屋の前まで着けたわね)
女(ドアも、音を立てないように……)
女「」ソー...
キィ...
女「……」スッ
...ハタリ
女(……入れた)
112 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:46:22.96 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女(真っ暗ね)
女(天井の照明を点けたらバレてしまうから、弱い照明だけ……)
女「……」サッ、サッ
女(確かこの辺りに……)
チョン
女(!あった)
カチッ
女「……これくらいなら、辛うじて見えるし、外に漏れることもないわよね」
女(さてと)
女(あとはいい時間になるまでここで待って──!?)ギョッ
召使「………」
113 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:47:14.43 ID:m2vUvBpH0
女「……め、召使……?」
召使「……」
女「驚かさないでくださいよ……幽霊でもないのですし……」
女(…いえ、待って。おかしい)
女(彼は、私が部屋に入る前から居たってことよね…?)
召使「……」
女「……ねぇ、あなたここで何をしていたの?」
召使「っ…」
召使「……私は、お嬢様のお部屋の整理をと思い……」
女「決められた時間ではないですよね?お父様の許可はとっているのですか?」
女「第一に……明かりも点けていなかったではないですか」
召使「………」
女「…召使。返答によっては私はあなたをお父様に突き出さなければなりませんが、黙っているということは、問答など必要ないと、そう捉えてよろしいのですね?」
召使「……」
女「……」
114 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:48:10.38 ID:m2vUvBpH0
召使「……好き、なのです」
女「?…なんの話です?」
召使「お嬢様のことが、好きなのですっ」
女「……はい?」
召使「私がお嬢様に仕えるようになったのはほんの数年前でした。私は初めてお会いしたその時」
召使「──貴女に一目惚れしてしまいました」
召使「ですが当然、そんな気持ちを抱くなど従者として禁忌」
召使「しかしお嬢様から離れたくもなかった……」
女「…それで?」
召使「……ですから、時折こうしてお嬢様の留守の間だけ、部屋にお邪魔させて頂いてたのです」
女「……」
女「ここに居た、だけではないですよね」
召使「っ」
召使「………」
女「正直に言いなさい。何をしていたのです?」
115 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:49:44.38 ID:m2vUvBpH0
召使「……………」
召使「……お嬢様の、お召し物を拝借して……」
召使「………慰め、を………」
女「………」
女「……下劣な男ですね」
召使「──っ」
女「自分の中で留めておくこともせず、利己的な欲求を発散させ」
女「…見損ないました」
召使「………」
召使「……仕方ないではないですか!」
女(!)
召使「この想いを告げることが出来たなら、すぐにでもそうしていました!ですが、私は召使。貴女にお仕えする身。そんなことは許されない」
召使「だったらせめて、貴女のことを少しでも身近に感じていたいと、そう思うことはいけませんか!?」
女「そんな言い分が通るとでも──」
召使「貴女も同じはずです!」
召使「もうじき青年様とご結婚なさいますよね。この御家を出て行くのもそう遠くはないのでしょう」
召使「…だというのに、あの男なる者と蜜月な関係を築いていたではありませんか!」
女「──……」
116 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:50:53.70 ID:m2vUvBpH0
召使「……とどのつまり、そういうことです」
召使「誰かを好きになるという気持ちは、自分で抑え切れるものではないのです……」
女「……好きに……」
女(………)
男さん……
女(…………あ)
女(ダメ……!)
女(せっかく、この想いに見切りをつけたのに……!)
女「………召使」
召使「……はい」
女「このことがお父様に露見すれば、あなたはきっと解雇どころでは済まないでしょうね」
女(待って、私は何を言おうとしてるの…?)
召使「……」
女「あなただけじゃない。あなたのことを保証したご家族にまで、迷惑がかかるのではないかしら?」
女(やめて…)
召使「………」
女「…けど、内密にしておいてあげます」
召使「えっ…!」
女「私の提示する条件を一つ呑んでくれれば、ですが」
女(その先は言わないで…!言ってしまえばもう──)
117 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:51:45.00 ID:m2vUvBpH0
女「──今夜だけ、私を見逃してください」
召使「見逃す、ですか…?」
女「そうです。私は今夜、大切な用事があるのです。けれど勿論お父様に言えば禁止されてしまいますから…」
女「あなたに証人となってもらいます。私が今夜ずっとここに居たことの」
女「大丈夫です。早朝には帰りますから。誰にも見つからずここまで戻ってきます」
女「…分かりましたか?」
召使「お嬢様……それは……」
女「……」ジッ...
召使「それ、は………」
女「……」
118 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:52:53.33 ID:m2vUvBpH0
ーーーーーーー
タッタッタッ
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
タッタッタッ
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(もう、止まれない)
女(この足も)
女(溢れてくるこの想いも)
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(私はなんてバカなことをしようとしているのかしら)
女(こんな、何もかも裏切るような……)
女(……でも関係ない)
女(これは、桜が散ってなくなってしまうまでの夢なんだもの)
女(聞き分けのいいお飾りに戻るのは、この夢が覚めてから)
女(それまでは、私はただのひとりの女の子)
女「はぁ……はぁ……」タッタッ
女(会えなくなってしまう前に、住まいの場所を聞いておいてよかった)
女(……息が苦しい……)
女(だけど……もう少し……)
タッタッタッ...
119 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:54:01.56 ID:m2vUvBpH0
ーーー男家ーーー
男「………」
ーーーーー
男父「──お前はこのままで良いのか?」
ーーーーー
男(……いいんだよ)
男(これがあるべき姿)
男(無遠慮な余所者の手で、綺麗に咲く高峰の花を摘み取っていいわけがないんだ)
男「………」
男「……」チラリ
トッ、トッ、トッ...
カチッ グイ
サーー...
男「……風が、暖かいな」
男「………」
男(……花びらは落ちているのに、ここからじゃ桜そのものは見えもしない、か)
男(教室の窓からでも、密やかな花見くらいは出来るのにな)
120 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:54:58.01 ID:m2vUvBpH0
男「………」
男(…あの桜は、もう散ってしまっただろうか)
男(最後に見たのは4日前……もっと昔のような気がしてしまう)
男(…4日程度じゃ、意固地な花弁がまだ枝にしがみ付いてるだろう)
ーーーーー
男「──あまり頻繁に抜け出していては怪しまれてしまいますから」
女「……」
男(不服そうな顔だ…)
ーーーーー
男(……少し意地っ張りなところは、あなたに似ているかもしれないな)フッ
男「………」
男「………」
男(素敵な時間を、ありがとう)
男「……寝るか」
──ザッ..ザッ..
男「!!」
男「誰だ!?」
121 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:56:09.47 ID:m2vUvBpH0
女「はぁ…はぁ……男、さん……」
男「なっ……」
男「女さん……!?」
女「やっと……はぁ……見つけました……はぁ……」
女「ケホッ、ケホッ!」
男「…!無理に喋らないで。まずは息を整えて…!」
女「はぁ……はぁ……はい…」
女「ふぅ……はぁ……」
男(こんなに息を切らして…)
男(ただ事じゃないんだろう。こんな時間に、彼女ひとりで……)
男(……ひとりで?)
122 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:57:09.42 ID:m2vUvBpH0
女「はー………」
男「落ち着きましたか?」
女「……はい」
男「……女さん、何があったのです?わざわざこんなところにまで走って来られるなんて」
男「お付きの者は側にいないのです…か……?」
女「……」ウツムキ
(肩を震わせる女)
男「……女さん…?」
男「やはりどこか具合でも──」
女「」ダッ!
──ヒシッ...
男(…!!)
女「」ギュー
男「………」
女「……」ギュー
男「……」
女「……」ギュー
123 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 01:58:41.05 ID:m2vUvBpH0
女「──好きです」
男「──」
女「大好きです!男さんっ!」
女「初めてお会いした時からずっと…!」
女「あなたの優しい心が」
女「私と二人、お話をするその声が」
女「時折見せるいたずらな笑顔が」
女「バイオリンの弓を踊らすその手が」
女「──あなたの奏でるあの音色が」
女「全部好きなんです…!」
男「………」
女「……」ギュー...
男(………)
男「…あなたは、それを言うために……?」
女「……」
男「……」
男「……こっちを向いてください」
女「………」
ソッ...
124 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:00:05.14 ID:m2vUvBpH0
男「………」
女「………」
男「…その顔」
男「ふふ…また泣いてしまうのですか?」
女「……」
男「まったく……」
男「ここまで悪い人だったなんて思いませんでした」
男「第一高等女学校の大和撫子……そう呼ばれるあなたはどこに行ったのでしょう?」
女「……いません。そんな方」
女「ここにいるのは、何でもないただの女です」
男「……」
女「…一度はあなたを忘れようとしました」
女「でもダメなんです…!」
女「どんなに自分を誤魔化しても、隠しきれない気持ちが溢れてくるんです…!」
女「だって!」
女「恋が、こんなにも焼けつくような想いだなんて知らなかったのに!」
女「あなたがそれを教えるものだから……!」
125 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:01:00.65 ID:m2vUvBpH0
男「………」
男「…私のせいなのですか?」
女「そうです…あなたが、全部いけないのです……」
男「それは、困りましたね」
女「もっと困ってください……私の為に……」
男「………」
女「………」
男(本当に困った方だ)
男(こんなことまでして……)
男(……揺らがせないでくれ……)
男「……では、悪者の私はあなたから遠く離れ──」
女「」キッ!
男「…!」
女「…違い、ます」
女「悪者の男さんは、罰として私の言うことを一つ聞かないといけません」
男「罰…」
女「はい」
女「………私に」
女「一夜だけの思い出をください」
126 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 02:02:54.00 ID:m2vUvBpH0
男「女…さん……?」
男「それは……例えあなたの為の罰だとしても、それは…!」
女「いいのです…!」
女「これは夢なんですから…!」
男「夢……?」
女「そう……あの桜が見せてくれる、短い夢」
女「だから、関係などないのです。"男"という方も、"女"という方も」
女「今ここで何が起ころうと、それは目が覚めればきっと忘れてしまいますから」
女「……あなたが最後の思い出をくれれば、ちゃんと忘れられますから」
女「……お願いです、男さん……」
男「………」
男(俺は……)
男(……この女性の……)
ーーーーー
女「──今こうしてあなたの前にいる私は、どういった存在なのでしょう?」
ーーーーー
男(………)
女「………」
男「……夜風に当たり過ぎると風邪を引く」
女「……」
男「こっちにおいで」
127 :
◆YBa9bwlj/c
[sage saga]:2019/08/06(火) 02:03:56.62 ID:m2vUvBpH0
次回の投稿で、一区切り出来ると思います。
128 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:26:22.70 ID:m2vUvBpH0
ーーーーーーー
女「……」スースー
女(………ん)
女「………」
ノソッ...
女「………」
女(……まだ暗い)
女(けど、少し白んでる。もうすぐ日の出なのね)
女「……」フリカエリ
男「……」スースー...
女「………」
スッ
──チュ
男「……」
女「……ふふ、可愛い寝顔」
129 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:27:15.37 ID:m2vUvBpH0
女「………」
女「ありがとうございます」
女「とても素敵な、思い出になりました」
女「これで私は歩いて行けます」
女「……この想いも、昨夜のことも、全部心の奥底にしまって、ずっとずっと……」
女「……鍵をかけておく」
女「それで私は元通りですから。心配しないでください」
男「………」
女「……もう行きますね」
ススッ トッ...
テク..テク..
女「……」テク...
男「……」
女「………」
男「……?」
女「」クルッ
テクテクッ
女「……男さん、起きてますか?」
男「………」
女「………」
130 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:28:14.33 ID:m2vUvBpH0
ポスッ(頭を男の背に預ける)
男「………」
男「………」
男(………?)
──ポタ
男(……!)
女「……」ポロ..ポロ..
男「……」
女「……」ポロポロ
男「………」
女「……やだよぉ……」ポロポロ
男(っ……)
女「離れたくないよぉ……」ポロポロ
女「こんなに愛してるのに……近くにいて、手が届くのに……」ポロポロ
女「こんなのってないよ……!」ポロポロ
男(………)
女「グスッ……うぅ……」ポロポロ
男「………」
131 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/06(火) 07:29:03.10 ID:m2vUvBpH0
男(……女さん……)
男(今、その名を口にすれば)
男(……あなたは泣き止んでくれるのだろうか?)
男(ここであなたを、もう一度この腕に抱き寄せられたら)
男(幸せと言ってくれるだろうか…?)
男(仮初めではなく、本当の………)
女「………」
女「……早くしなきゃ……日が出てくる……」
スクッ(立ち上がる)
男(………)
男(……………俺は)
1 黙って行かせる
2 女の腕を掴む
※注 安価ではありません
132 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:01:51.01 ID:TGmOvz000
1 ーーーーーーー
男「………」
女「………」
男「………」
女「……」テクテク
...ガチャ
女「──さようなら、私の恋した人」
133 :
◆YBa9bwlj/c
[saga]:2019/08/08(木) 02:03:16.71 ID:TGmOvz000
ーーー数週間後ーーー
青年「──すっかり暖かくなったよね。ほら、こっちも緑が付き始めてるよ!」タッタッ
女「もう、子供みたいにはしゃいで…」テクテク
女「…でも本当にそうですね。過ごしやすい時分になりました」
青年「だろう?んー、ずっとこの季節が続いてくれれば暑いとか寒いとかの繰り言もなくなるんだろうね」
女「それは困ります。四季の花々が見れなくなるじゃありませんか」
青年「はは、そうだね」
青年「…なら僕は、花を眺めてる君をじっくり鑑賞していようかな」
女「何を言って……」
青年「……」ジー
女「……あなた?」
青年「……」ジーー
女「………そんな真剣に見つめないでください」フイッ
青年「かわいい反応、ありがとう」ニコッ
女「うー……」
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