女「夢桜、どうか散らないでいて」

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1 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:48:02.95 ID:lYLqPDaj0
SS3作目です。

例によって例のごとく、とある歌を参考にさせてもらっています。

少し書き溜めてから投下するという手法なので、投稿頻度は早くないですがご容赦ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1563929282
2 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:50:42.27 ID:lYLqPDaj0

ーーー学び舎 教室ーーー

教師「……」テク..テク..

生徒たち「「「……」」」ヌイヌイ

教師「……」テク..テク..

女友「……」ヌイヌイ

チクッ

女友「いっ……」

教師「……慌てて自分の指を縫うようでは、淑女とは言えませんよ」

女友「は、はい…すみません……」

教師「……」テク..テク..

教師「……」テク...



女「……」ヌイヌイ



教師「……」

教師(ふむ……)

女「……」ヌイヌイ

教師「女さん」

女「はい…?」カオアゲル

教師「少し見せて頂けますか?」

女「あ、分かりました。どうぞ」スッ

教師「……」スッ

教師「……」ジッ...

女「……あの、何か至らない箇所が……?」

教師「…いいえ、その反対です」

教師「とても素晴らしい出来ですよ」


3 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:51:28.52 ID:lYLqPDaj0

ーーー学び舎 教室ーーー

教師「……」テク..テク..

生徒たち「「「……」」」ヌイヌイ

教師「……」テク..テク..

女友「……」ヌイヌイ

チクッ

女友「いっ……」

教師「……慌てて自分の指を縫うようでは、淑女とは言えませんよ」

女友「は、はい…すみません……」

教師「……」テク..テク..

教師「……」テク...



女「……」ヌイヌイ



教師「……」

教師(ふむ……)

女「……」ヌイヌイ

教師「女さん」

女「はい…?」カオアゲル

教師「少し見せて頂けますか?」

女「あ、分かりました。どうぞ」スッ

教師「……」スッ

教師「……」ジッ...

女「……あの、何か至らない箇所が……?」

教師「…いいえ、その反対です」

教師「とても素晴らしい出来ですよ」


4 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:52:44.80 ID:lYLqPDaj0

教師「皆さんも、よく御覧なさい。この縫い目の正確さ、均等さ。これだけ早く手を進めることが出来て尚、乱雑さが全くありません。時間のある者は、女さんの手元を見て学ぶと良いでしょう」



「さすが女さんですね」

「あれだけ美しいだけでなく、お裁縫も完璧だなんて……」

「名家のご令嬢……気立ても良くて……」

「まさに私たちの憧れですわ……」



女友(女、やっぱりすごいなぁ)

女「皆さんおやめください…恥ずかしいですわ……私なんてまだまだ……」

教師「ご謙遜なさらないでいいのですよ。あなたの優秀さは皆、分かっておりますから」

教師「あなたは、この第一高等女学校の誇りとも言える生徒です。もっと胸を張って頂かないと」

女「…ありがとうございます」ニコッ



カランカラン!



教師「おや、鐘の音……」

教師「お時間です。今日のお裁縫の授業はここまで」

教師「…女さんだけではありません。ここにいる皆さんも第一高等女学校の生徒なのですから、そのことを意識した行動を普段から心掛けるように。いいですね?」

生徒たち「「「はい」」」


5 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:55:09.65 ID:lYLqPDaj0

ーーーーーーー

教師「──それでは、皆さん本日も良い一日を」

生徒たち「「「良い一日を」」」



ガヤガヤ



女「……」カエリジタク



スッ...



女友「──では、参りましょうか。女お嬢様」

女「…もう、女友、悪ふざけはよしてちょうだい」

女友「いやー、だってさ、すごかったじゃない」

女友「お裁縫の時間にさ、あんなにべた褒めされて。やっぱ女って何でも出来ちゃうのねぇ」

女「皆買い被り過ぎなのよ。少し家で齧ったことがあったからちょっと感覚が分かるだけなのに」

女友「……おまけに、その鼻にかけない手弱女っぷり」

女友「昔馴染みとしてずっと見てきたけど、私が男性だったら絶対惚れていたわ」

女「大袈裟よ……私だって、女友をお嫁にもらいたいって思ったことあるのよ?」

女友「」キュン

女友「女……一緒に幸せになりましょう!」

女「ふふっ」


6 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:56:16.23 ID:lYLqPDaj0

女友「…あ、いけないいけない。危うく落とされるところだったわ」

女友「それに、こんなことももう少しで言えなくなるものね」

女友「確か来月なのよね、女が正式に結婚するの」

女「…そうね」

女友「いいなー。お相手はあの有名な旧家の青年さん、だったわよね」

女「えぇ」

女友「幼い頃からの許婿って言ってたけど、私と女が出会う前からよね?」

女「私がまだ5つになる少し前…くらいかしら。ご両親同士の話し合いで決まったと聞いたけれど…」

女友「会ったことはあるの?」

女「何回かね。催事でも顔を合わせることがあるから」

女友「…どんな方なのか訊いても?」

女「私の知る限りの印象なら」

女「……素敵な方よ。優しくて、それでいてしっかりとした男性らしさも兼ね備えてらっしゃって。女性を立てるのがとってもお上手なの」

女友「とっても格好いいって噂よねぇ」

女「…ちゃんと聞いてた?」

女友「聞いてますー」


7 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 09:57:35.75 ID:lYLqPDaj0

女友「でもそっかぁ。女のこと、絶対幸せにしてくれそうな方ね。羨ましいなー」

女「女友だって、最近お見合いをしてるって言っていたじゃない」

女友「そうなんだけど……お父様が選り好みした男性としか顔を合わせる事も許されなくて……おまけに肝心のお父様の見る目がないから……はぁ」

女「……きっといい人と巡り合えるわよ」

女友「ありがとー」

女友「…そうだ!」

女友「女、この後少し時間ある?」

女「え、うん。歌の習い事までなら時間はあるけど」

女友「じゃあさ、この学校の近くの、桜並木見に行きましょう!」

女友「玄関口のすぐ近くの桜あるじゃない?あれがすごく綺麗に咲いていたから、きっと桜並木も咲き揃ってるに違いないわ!」

女「ふふ、いいわね。行きましょう」


8 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:00:28.47 ID:lYLqPDaj0

ーーー学び舎 玄関口ーーー

ザワザワ



「ねぇ、あの方って……」

「えぇ、間違いないわ。私以前お見かけしたことがあるもの……」



ザワザワ



女友「……なんかやけに騒がしいわね。何かあったのかな」

女「そうね…どうして皆さん集まっているのかしら」

女友「とにかく、この人垣を押し退けないと、外にも出れないわね…」

テクテク...

女友「──皆様、ごめんなさい。私達、外へ出たいのです。少しばかり道を開けて頂けますでしょうか?」



「あらこれは……」

「失礼しましたわ」



ササッ



女友「感謝いたします」

女友「…さ、行きましょ、女」ボソッ

女「敬語、とっても似合ってるわよ」ボソッ

女友「う、うるさい……」カアァ



スタスタ



女友「……ふぅ、ひとまず外には出られたけど……皆何をそんなに見ていたのか……えっ」

女「なに?女友、どうしたの…──!」


9 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:01:25.44 ID:lYLqPDaj0

青年「……」サクラミアゲ





「やっぱり、あのお姿は青年さん……」

「ああ…桜を物憂げに見上げるそのお顔も、とても素敵ですわ……」



ザワザワ



女友「あの方が……」

女(……どうしてここにいらっしゃるのかしら……?)



青年「…!」チラリ



テクテク



青年「……」

女「……」

青年「…待っていたよ、女さん」スッ



(そっと手の甲に口付け)


10 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:02:27.07 ID:lYLqPDaj0

女友「わぁ…!」



「まぁ!なんという…!」

「あの方は…女さんですか」

「青年さんには許嫁がいらっしゃると聞いておりましたが…女さんだったのですね」

「適いませんわ…とってもお似合いですもの、お二人」



女「お久しゅうございます、青年様」

青年「青年様だなんて、そんな堅苦しい呼び方はよしてくれ。青年でいいと、いつも言っているのに」

女「いえ、そんな畏れ多い……」

青年「……はは、そんなところも素敵だけれどね」

青年「でも、僕たちはもうすぐ夫婦になるんだから、少しずつ慣れていってくれると嬉しいかな」ニコッ

女「…これでも努力はしておりますのよ、青年さん」ニコッ

青年「!」

青年「これは……はは、なぜだろうね、様と呼ばれるよりも距離を感じてしまうよ」

女「ふふ、ごめんなさい。少し意地悪をしてみたくなったもので」


11 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:03:03.08 ID:lYLqPDaj0

女「…ところで青年様。本日はなぜこちらへ?青年様も学校があると伺っておりますが……」

青年「いやなに、君との婚儀がちょうど来月に控えているだろう?そう考えていたら、その時まで待ちきれなくてね……どうしても君に会いたくなってしまったのさ。学校には少しわがままを言って早退させてもらったよ」

女「まあ、悪いお人」

青年「会って早々、意地悪を言う女の子といい勝負じゃないかな」ニッコリ

女「さて、何のことでしょう」

青年「……」

女「……」

青年「…はは」

女「…ふふ」



「なんて尊い空間なのかしら……」

「私、今日のこの光景決して忘れないわ…!」


12 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:04:22.85 ID:lYLqPDaj0

女「……けれど」

青年「ん?」

女「来られるのなら、もう少し場所を考えて頂けるとより嬉しかったかもしれません」

女「なにせここでは、目立ってしまいます」

青年「おっと…それは失礼した。配慮が足りていなかったかな」

青年「それに……」

女友「……」ボー

青年「……すまなかったね、君たちの邪魔をしてしまったようだ」

女友「……ハッ」

女友「い、いえ!とんでもないです…!」

女友「あの、青年さんのお姿を見て、お声を聞けただけでも私とても幸せですから…!」

青年「……これは参ったね。妻の前で口説かれてしまったよ」

女友「えぇ!?いや決してそういうわけではなく…!」アタフタ

女「…あまり私の友人をいじめないで頂けますか?」

青年「はっはっは。悪いね。美しい方だったもので、つい」

女友「ほへ…?」

女「この人は女友さん。私の小学時代からの友人です」

青年「青年と言います。貴女は僕のことをご存知だったようですが…初めまして」スッ

女友「あ…こ、こちらこそ」スッ



(軽い握手)


13 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:05:06.54 ID:lYLqPDaj0

女友(わ、すごい……しっかりした手)

女友(立ち居振る舞いも上品だし、あの蠱惑的な言動……)

女友(皆の憧れになるのも頷けるわ)

青年「…そういえば君たちは、これから帰るところだったんだよね?」

女友「えっと……」チラッ

女「桜並木を見に行くところだったのです。女友さんと一緒に」

青年「おお、それはいいね。丁度優雅に咲いている頃だろうからね」

女友「……あの、もしよろしければ、ご一緒しませんか?その方が女さんも……」

女「……」

女友「……女?」

女「!あ、えぇ。青年様も一緒の方が、きっと桜も喜ぶでしょう」

青年「嬉しいことを言ってくれるね」

青年「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えてお供させてもらうとしようかな」

女友「…!はい!」

女友「では、早速参りましょう…!」テッテッ

女「女友、そんなに急ぐと転ぶわよ」テクテク

青年「面白い人だね」クックッ



テクテク...




14 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:06:26.79 ID:lYLqPDaj0

ーーー女家 お屋敷ーーー

召使「──おかえりなさいませ、お嬢様」

女「ただいま帰りました」

召使「お嬢様、本日は少々お帰りが遅かったようですが、何かございまして?」

女「ん?ちょっと女友とね、寄り道をしていたんです」

召使「寄り道、でいらっしゃいますか……?」





女父「──よい、召使よ。話は聞いておるからな」





召使「これは旦那様」

女「ただいま帰りました、お父様」

女父「うむ。聞いたぞ、女よ。青年殿と会われたようではないか」

女「はい。ですがお父様?彼、私に会うために学校を早くあがってきたとおっしゃっていましたの。……もしかして、少々やんちゃなところがあるのかしらと」

女父「ははは、茶目っ気もあっていいことではないか」

女「茶目っ気で済ませられるものでしょうか…?」

女父「それになにより、それだけお前のことを想ってくれているということだ。嬉しいことだ」

女「まぁ…そうですわね」

女父「まだお前が幼い頃、家の安泰のためとはいえ早計な婚約をした時には少し不安であったが……」

女父「お前たち、既におしどり夫婦のようだと評判だぞ」

女「……私には勿体ないくらいのお方です」

女父「何を言うか。青年殿ほどお前のことを想ってくれている男は他におるまい。婚儀を待ちきれずお前に会いに来るほどの──」

女「──お父様、そろそろ夕食をとりませんか」

女父「む?おお、そうだな。お前は今日この後、歌の稽古があるのだったな」

召使「既に用意は出来ております。こちらへ」

女父「うむ」テクテク

女(………)




15 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:07:46.94 ID:lYLqPDaj0

ーーー夜ーーー

女「……」テクテク

女「……」テクテク

女(ふぅ……どうしてかな、今日はあんまり歌に身が入らなかった……)

女(そのせいで先生からお叱りを受けてしまったし)

女「……」テクテク

女(……まだ夜も更けていない時間なのに、この季節ではこんなに暗くなってしまうのね)

女(いつもより暗く感じるこの帰り道……まるで今の私の気持ちのよう……)

女「……」テクテク

女(青年様……悪いお人ではないのだけど)

女(どうしても分からないわ。結婚というものが)

女(これが大人になるということなのかしら…?)

女(今日まで、ずっと子供のままでいられていたと思っていたけれど……結婚というものを行えば、それも変わってしまうのかな)

女(……ちょっと、怖い……)

女(それでも私は、きっとあの方と幸せな家庭を築いていくのでしょうね…)



──ヒラ



女「……桜の、花びら」

女(あの桜並木も美しかったけれど……夜桜……風流ね)

女「…!」

女(そういえば、家の裏手にも大きな一本桜があったわね)

女「………」



スタスタ...



.........




16 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:08:58.96 ID:lYLqPDaj0

女「えーと……」

女(確かこの辺りだと思ったのだけど)

女「……」キョロキョロ

女「……!」

女(あ…きっとあれね)

女(こんなに離れていても分かるくらい、満開みたい)

女(近くで見たらどれだけ綺麗に見えるのかしら…!)

女「……」テクテク



〜〜♪



女「…?」

女(この音は……?)

女「……」...テクテク



〜〜♪


17 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:10:10.28 ID:lYLqPDaj0

女「……」テクテク

女(バイオリン…?)

女(どんどん近くなっている気がする……)



〜〜♪



女「……」テクテク

女(…綺麗な音色)

女(一体誰が弾いているのかしら…?)

女「…!」

女(居た…桜の下の人影……きっとあの人が……)

女「……」スタスタ

スタスタ

スタ...

女(──あ)





男「」〜〜♪




18 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:11:27.54 ID:lYLqPDaj0

女「──」



男「」〜〜〜♪



女(──なんて、綺麗な、お人……)

女(お姿が、だけではなく……丁寧に弓を弾くその右手……弓が震わす糸の音……)

女(こんな誰もいない夜桜の下で、あまりにも華麗な独奏)

女(その音色一つ一つが、意思を持っているみたいに、世界が色付いていくよう……)

女「──」

男「」〜〜♪

女(ずっと、包まれていたい……この音に……)

男「」〜〜♪



.........




19 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:12:27.28 ID:lYLqPDaj0

女「………」

男「」〜〜♪...

男「……ふぅ」

男「…夜分に騒がしくしてしまい、申し訳ありません」クルリ

女「…あっ、いえ、その…とても素敵な音だったので、思わず聞き入ってしまいました」

男「ありがとう。あなたのような綺麗な方にそう言って頂けるなら、無駄ではありませんでしたね」ニコッ

女「」ドキッ

女(お声を聞いているだけなのに…こんなにも胸が……)

女「……あの、どうしてこちらで演奏を…?」

男「バイオリン教室からの帰りだったのですが──」ミアゲル

男「──ふと、この桜を見かけまして、自然と足が動いていたのです」

女「そうだったのですね」

男「…あなたはなぜここへ?」

女「ふふ、実は私も似たような理由でして」

女「歌の習い事から帰っている途中に、この一本桜が思い浮かんできて、居ても立っても居られなくなってしまったので、見に来たのです」

男「こんな夜分に……危険ではないのですか?」

女「大丈夫です。私の家はここのすぐ近くにございますから」


20 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:13:16.39 ID:lYLqPDaj0

女「……とても、素晴らしい音色でした。あれはただ弾いているだけでは出せない、優しい音……何を想って演奏されていたのでしょう?」

男「そこまで褒めて頂けるのは、少々恥ずかしい気もしますね…」

男「……この桜の木……今でこそ、このように見事な花を咲かせていますが、きっと、咲くことが許されなかった時があったのだろうな、と」

女「…と、おっしゃいますと…?」

男「数十年前、私たちがまだ生まれもしていない時代……とても大きな戦争があったと言います。この辺りも戦地となることが珍しくなかったようで……」

男「そこには、花開くことなく散っていった数々の命があるのでしょう」

男「今でこそ、この国は繁栄の礎を築いているように見えますが、その陰には多大な犠牲があったこと……生きたくても生きられない、そんな絶望の悲鳴が響いていたこと……どうしても考えてしまうのです」

女「……」

男「せめて、私の奏でるこのバイオリンの音が、彼らの傷を少しでも癒すことが出来ないかと……」

男「…自分でも、徒労に終わることは分かっているのですが……」ウツムキ

女「……」テク..テク..



スッ(手を重ねる)


21 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:14:04.64 ID:lYLqPDaj0

男「…!」

女「……とても、お優しいのですね」

女「きっと伝わっていますよ、あなたのその想いは」

女「あんなにも響き渡る音色なのですから」

女「…あなたがお一人で苦しむ必要はないのです。どうか顔を上げてください、心優しいお方……」

男「……」

男「…情けないところを見せてしまいましたね、申し訳ない」

男「あなたのおかげで少し、心が軽くなった気がします」フッ...

女「それでしたら、よかっ──」ハッ!



パッ



女「ご、ごめんなさい…!私ったらはしたない真似を…!」

男「ふふ、とんでもない。暖かい手でしたよ。ご本人の心を反映しているのでしょうね」

女「もう…お上手ですね」


22 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:15:12.12 ID:lYLqPDaj0

男「……しかし、あなたは不思議な方です」

男「私のこの想い、心苦しくて今まで誰にも打ち明けたことはなかったのですが…」

男「なぜでしょう、あなたの前では自然と口をついて出ていました」

男「それでいて、その想いを笑うことなく受け止めてくれる……もしかしたらあなたは、私にとっての女神様なのかもしれません」ニコッ

女「…っ」

女「そ、そんな女神様だなんて、持ち上げ過ぎですよ…」

男「…そうですね、女神様はそのように可愛らしい照れ方をされないでしょうからね」フフッ

女「〜〜!」

女「……もぅ……」

女(………ふふ)

女「……その、よろしければお名前を教えて頂けませんか?」

男「はい、構いませんよ」

男「男、と申します。しがないただの学生です」

女「まあ、そうでしたの!私てっきりもう少しお歳を召しているものだと……ごめんなさい」

男「よく言われます。これでもまだ高等部なのですけどね」

女「私もです」

女「……私は、女と申します」

男「!」

女「しがない……とは言えませんが、一学生をしています」


23 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/24(水) 10:16:52.13 ID:lYLqPDaj0

男(この方が……彼の……)

男「…あなたが女さんでしたか。お噂は兼ね兼ね伺っております」

女「噂、ですか?」

男「はい。第一高等女学校の顔、とても眉目秀麗でお淑やかな、非の打ち所のない大和撫子である…というような」

女「うぅ…私の知らないところで、どうしてそんな……」

男「火のない所に煙は立たないと言います」

男「…少なくとも私は、その噂は本当だと実感致しましたよ」ニッコリ

女「困ります……そんな出来た人間ではありませんのに……」

女「……あっ」

女「すみません、私そろそろ行かなければ…家の者が心配してしまいます」

男「こちらこそ、申し訳ない。長々と引き留めるようなことになってしまい…」

女「男さんのせいではありません。私が勝手にここへ来ただけなのですから」

女「……あの、明日もここにいらっしゃいますか…?」

男「………」

男「…はい。奏でていますよ、この桜を見ながら」

女「…!」パァァ

女「では、おやすみなさい、男さん…!良い夜を!」



パタパタパタ...



男「……おやすみなさい、女さん」




24 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2019/07/24(水) 10:26:05.17 ID:lYLqPDaj0
一旦ここまでです。

最初の投稿で同じものを連投してしまってますね、すみません。
25 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:15:21.92 ID:qdyQ46ka0

ーーー翌日 学び舎 教室ーーー

教師「──であるからして、この語の成り立ちというのが──」

生徒たち「「「……」」」カキカキ

女「……」ボー

教師「──それでは、この語の意味を、女さんにお答えしてもらいましょうか」

女「……」ボー

教師「女さん?」

女「…!は、はい!」

教師「大丈夫ですか?気分が優れないでしたら衛生室で休憩をとってきても構いませんが…」

女「いいえ、平気です。すみません。120ページの語の意味ですよね?これは──」

女友(女……?)




26 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:16:25.38 ID:qdyQ46ka0

ーーー昼ーーー

女友「女さ、何かあったの?」

女「え?何かって?」

女友「だって今日ずーっと上の空だったじゃない」

女「そんなこと……」

女「……あったかも」

女友「ま、どうせ女のことだから、また夢中になるものでも出来たんでしょ?いつも没頭し過ぎてそうなっちゃうもんね」

女「む…分かったようなこと言っちゃって…」

女友「えー?事実でしょう?」

女友「で、今度は何に心奪われちゃったんですかー?」

女「心奪われるって何よその表現…」

女友「あ、分かった!」

女「」ドキッ

女友「青年さんでしょ」

女友「昨日、あんな情熱的なお迎えをされたんだもんねぇ……結婚が待ち遠しくてわざわざ会いに来るなんて、やっぱりあれくらいの方になるとやることが違うわよねぇ」

女(……ほっ)


27 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:17:23.96 ID:qdyQ46ka0

女友「それで、改めて意識しちゃった乙女な女ちゃんは、頭の中が愛しの青年さんのことでいっぱいになってしまった……と」

女友「どう?」

女「……うん、そんなところかな」

女友「やっぱりっ!」

女友「女、昔から色恋に疎いところがあったけど、しっかり女の子になってるのね〜」

女「…それ、女友には言われたくないんですけど」

女友「え、ちょっと…それどういう意味!?」

女「さあ?自分でよく考えてみることね」

女友「女ー!私に良い縁がないのって、まさか私が恋心を知らないからだって言いたいの!?」

女「私は別にそんなこと言ってませんけどー?」

女友「もー!自分が素敵な人と結婚できるからって──」

女「そんな風に考えたことは一度も──」

ガヤガヤ...

女(男さん……)

女(……夜が待ち遠しい)




28 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:18:10.68 ID:qdyQ46ka0

ーーー夕方ーーー

男「……」テクテク

男「……」テクテク



ーーーーー

女「──あなたがお一人で苦しむ必要はないのです。どうか顔を上げてください、心優しいお方……」

ーーーーー



男(……穏やかな表情だった)

男(女神…なんて、我ながら的を得た形容じゃないかな)フッ





「おーい!」タッタッタッ




29 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:18:49.61 ID:qdyQ46ka0

男「……」フリカエリ

タッタッ...

青年「ふぅ……追いついた追いついた」

青年「薄情じゃないか。僕を置いてさっさと帰ってしまうなんて」

男「…わざわざ俺を追いかけてきたんだ?」

青年「勿論。君がいないと帰り道も退屈だからさ」

男「青年と一緒に帰りたいなんて人は山のようにいるじゃないか」

青年「おいおい、今更そんな野暮なこと言わないでくれよ」

青年「彼等も皆良い奴ばかりだけど…僕のことを"旧家の青年"としてしか見てくれないからね。色眼鏡を外してくれない人と付き合うのは、なかなか骨が折れるものなんだよ」

青年「…その点君は何の遠慮もなくぶつかってきてくれるから、気楽なものさ」

男「……悪かったと言っているだろう。あの時は周りの人間の家柄も碌に知らなかったんだって」

青年「別に責めてはいないよ」

青年「ただ…はは、思い出すね、君との出会い」


30 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:20:01.87 ID:qdyQ46ka0

ーーーーー

青年「……」スタスタ



ザワザワ



「あの人が噂の……」

「あぁ、あの旧家の青年その人らしいな」

「すごいな…もう歩き方から何から世界が違って見える……」



ザワザワ



青年「……」スタスタ

青年(……ふぅ)

青年(高等部に上がったらもしかしたら…とか思っていたけど、結局は同じような視線に晒されるだけか)

青年(……苦手なんだよな、どうにも)

青年(僕を見ているようでその実、旧家という名札とセットでしか見ていないあの視線が)

青年(まぁいいか。とりあえず学長に挨拶ついで、父上の言伝を伝えればいいんだよな)

青年(手っ取り早く済ませてしまおう)

青年「……」スタスタ


31 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:21:05.49 ID:qdyQ46ka0



ドンッ



青年「おっと…!」ヨロ...

男「いてっ」ドサ

青年(なんだ…?いきなり曲がり角から…?)

男「つー……あ、すみません。ちょっと焦っていたもので」

青年「いや、こっちこそすまない。立てるかい?」スッ

男「ありがとうございます」ギュ



スクッ



男「しまったな…怪我などはないですか?」

青年「僕は大丈夫だけど……どうしたんだい?慌てていると言っていたね」

男「えっと、それが恥ずかしい話なのですが……道に迷ってしまって」

青年「ん…?」

男「いえ、何分ここまで見事な学舎は初めてなものですから、自分の教室を見つけようとしたら、この様なわけです…」

男「あぁ、すみません、自己紹介がまだでした。私、男と申します。名もない平家出身の者ですが、本日よりこの第一高等学校で多くの仲間と共に学ばせて頂く身です」


32 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:22:02.49 ID:qdyQ46ka0

青年「……なぁ君、そんな畏まった口調はやめておくれよ」

青年「僕だって君と同じ新入生なんだからさ」

青年「青年と言うんだ。よろしく」

男「青年君……なるほど覚えておこう」

青年(…!)

男「…ということは、もしかして青年君も迷子に…?見たところこの辺りに教室はなさそうだし……」

青年(……)

青年「…実はそうなんだ」

青年「僕も、今までこんな広い学校に通っていなかったからね、どうにも慣れなくて」

男「!やっぱり…!」

男「いやぁ、まさか俺と同じ人間がいるとは思わなかったけど…君とは仲良くなれそうな気がするよ、青年君」

青年「はは、青年でいいよ」

青年「…ところで、もしよかったらさ、まだ授業まで幾分か時間もあることだし……」

青年「──少しこの学校を探検してみないかい?」ニィ

ーーーーー


33 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:23:23.98 ID:qdyQ46ka0

青年「あのときの探検は楽しかったよねぇ」

男「…俺にとっては束の間の安息だったよ。あの後すぐに青年が大層な家の出身だって分かって……教室に入った時の、隣に並んでた俺への奇異な視線を思い出す…」

青年「ただでさえ君、上級生に見えなくもないしね」

男「あれはそんな生易しいものじゃなかった……何だこいつはっていう無遠慮な思念さえ感じたよ」

青年「考え過ぎだよ。君の出身がどうだろうと、今はしっかり周囲と馴染めているじゃないか」

男「おかげさまでな。青年の立ち回りと振る舞いには学ばせてもらっているよ」

青年「それはどうも」ニコッ

男「……今日は、愛する姫君の元へ行かなくていいのか?」

青年「あぁ。十分さ」

青年「昨日は桜を見に行ったよ。彼女の友人も一緒にね」

男「……」

青年「桜並木もすっかり咲き誇っていてね…綺麗だったよ」

青年「もっとも、僕はどちらかと言うと彼女のことばかり見ていたけれどね」


34 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:24:36.47 ID:qdyQ46ka0

男「本当に好きなんだな、その子のこと」

青年「当たり前さ!親が取り決めた相手だったけど、会って少しずつ彼女のことを知っていく度にどんどん惹かれていって、そのうち…」

青年「彼女を絶対に幸せにしてやると心に誓っているんだ」

男「……お前なら出来るさ」

青年「君のお墨付きなら安心かな」

男「よく言う」

青年「……それに!」

青年「なにも、彼女と会えるのは昨日だけじゃないからね!」

男「また早退するつもりか?あんな無茶苦茶な特例をよく認めさせられるよな」

青年「いやいや、さすがにそこまで節操なしと思わないでおくれ」

青年「ほら、今度交流会があるだろう?僕たちのところから代表生を数人選んで、第一高等女学校の授業に参加する素晴らしい会が!」

男「その日一日、一緒に授業を受けるってやつか」


35 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:25:25.59 ID:qdyQ46ka0

男「……って、まさか代表生に選ばれる気でいるのか?」

青年「というより、既に父上から誰が代表生になるのか聞かされたんだ」

男「え?もう決まっているのか」

青年「それはそうだ。土壇場で決めるような代物じゃない」

男「父上から聞いたって……何かきな臭い香りがぷんぷんするんだが……」

青年「誤解しないでくれ。僕の家から学校側に圧力をかけるなんてしないさ。あくまで、厳正な審査による結果とのことだよ」

男「厳正な審査ね……」

男(ま、こいつなら何もしなくても選ばれるのは当然か)

青年「…君、さっきから他人事みたいな顔してるね」

男「それは、俺みたいな一般人には無縁の話だからな」

青年「………」

青年「本当は教えてはダメなんだけど……君にだけ」

男「?」

青年「何も聞いてないフリをしてくれよ?」

青年「──君も、その代表生の一人なんだ」

男「はっ!?」

青年「良い反応だねぇ」


36 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 02:26:25.87 ID:qdyQ46ka0

男「さすがにそれは冗談だろう…?」

青年「本当だとも」

青年「…代表生に選抜される条件を知っているかい?」

男「いや…」

青年「家柄、容姿、素行とか、まぁ細かい基準もあるようだけど、もう一つ大項目があるんだ」

青年「それはね──成績だよ」

青年「君、勉強は然ることながら、運動も音楽も並外れて優秀だろう?」

男(…そのおかげで、俺みたいな何でもないやつが特別枠として入学させてもらえたわけだしな…)

青年「それが学長達の目に留まったんだろうね」

男「……あんまり注目されたくはないんだけどな」

青年「もっと喜びなよ。僕としては、親友が正当な評価を受けていることが分かって満足な結果さ」

青年「…ま!そういうわけだ!」

青年「僕はまた彼女に会えるし、君と向こうの授業を受けることも出来る!」

青年「近頃は嬉しいことが多くてね、この後に何か不穏なことでも待ってるんじゃないかと勘繰ってしまうくらいだよ」ハハハ

男「…今のお前には、不穏な影の方から避けていきそうだな」

男(………)




37 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 17:24:01.56 ID:12g591prO

ーーー夜 女家 裏口ーーー

ガチャ...



女「」ヒョコ

女「……」キョロキョロ



(物静かな裏庭)



女「」コッソリ



タッタッタッ...




38 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 17:25:08.16 ID:12g591prO

ーーー一本桜ーーー

〜〜♪



男「」〜〜♪



男(………)

男(……母さん……)

男(………)



男「」〜〜♪



男「……」〜♪...

男「……」



スッ(腕を下ろす)



──パチパチパチ



男「!」

女「……」パチパチ...

男「来ていらしたのですか」

女「はい。熱心に弾いておられる様でしたので、少しばかり静観を」

女「昨夜と違わず、見事な演奏でした」


39 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 17:26:16.28 ID:12g591prO

男「素敵なお客さんが聴いてくれていたからですよ」

女「…この花びら一つ一つが、ですよね?」フフッ

男「…それもあるかもしれません」クスッ

女「今日も綺麗に咲いていますね。……まるで夢の世界の桜のよう……」ジー...

男「……そういえば気になっていたのですが」

女「なんでしょう?」

男「今日も、なにか習い事の帰りなのですか?」

女「………いえ、実は……」

女「今日は、家を密かに抜け出してきました」

男「…!」

男「そんな…いくら家が近いからとはいえ、そのような……」

女「えぇ、分かっておりますよ。お父様に見つかれば、大目玉間違いなしでしょうね」フフッ

女「…ですが、この素晴らしい夜桜と、あなたの演奏を聴けるのなら、そのくらいは些事として許されてもいいと思っているのです」

女「……ですよね?」ニコッ


40 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 17:27:08.51 ID:12g591prO

男(……)

男「……いえ、私は許しません」

女「え…」

男「まさか女さんがそのようなおてんばな方だとは思いませんでした」

男「…ふふ、罰として、歌を聴かせてもらいましょうか」

女「歌…ですか?」

男「はい。簡単なもので構いませんよ」

男「あなたの歌声を聴くことが出来れば、今日の行為を不問にしたくなるかもしません」ニッコリ

女「なんですかそれ……は、恥ずかしいです……」

男「……」ニコニコ

女「……うぅ、分かりました」

女「それでは、短いものですが、一つだけ」

女「」スー...ハー...

女(……よし)



女「〜〜♪」



.........




41 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 22:54:05.89 ID:12g591prO



〜〜♪



女「♪〜〜…」



女「……以上、です」

男「」パチパチパチ

男「素晴らしい以外の言葉が見つかりません。透き通るような歌声……思わずバイオリンに手が伸びかけましたよ」

女「一緒に弾いて頂いてもよかったのに…」

男「今の私はただの聴衆ですから」

男「…機会があれば、また聴かせて頂けますか?」

女「……機会なんて言わずに、男さんが望むのであれば、よいですよ」

男「ほほぅ…なら早速もう一曲──」

女「き、今日はもうおしまいですっ!一日一つまでです!」

男「ククッ、望むのならという割に、厳しい制限だね?」

女「!」

女(今の喋り方……これが男さんの素…?)

女(…もっと知りたい、この人のことを)

女「男さん」

男「ん?」

女「その……あなたの……」


42 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 22:56:05.55 ID:12g591prO

女(ダメ…あなたのことが知りたいなんて、直接的過ぎて言えない…)

女「…バイオリンを始められたきっかけは何だったのですか?」

男「っ」

男「……」

女「…?」

女(!この目、昨日と同じ…)



ーーーーー

男「──私の奏でるこのバイオリンの音が、彼らの傷を少しでも癒すことが出来ないかと……」

ーーーーー



女「……すみません、私──」

男「──父が昔、嗜んでおりまして」

女「…お父様の進言で始められた、と?」

男「父に言われたわけではないのですけどね」

男「……母が、父の弾くバイオリンをとても気に入っていたみたいなのです」

女「まあ…!それではお母様にお聞かせするためにやられているのですね!すごく素敵な理由だと思います」

男「そう、ですね……」

女(まだあの悲しい目をしている…)

43 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 22:57:29.28 ID:12g591prO

男「………」チラリ

男「…母は、亡くなっているんです。私を産んだと同時に」

女「─!」

男「元々体の強い方ではなかったようなのですが、以前の戦争の最中に大きな怪我を負ってしまい……それが原因で出産に耐えられるかどうかギリギリの体になってしまったみたいなのです」

男「しかし私を身籠った時、周囲がどれだけ反対しても絶対に産むと譲らなかったようで……」

男「…その結果、母と引き換えに私という人間がこの世に生を受けることになった、というわけです」

女「──」

女(そんな……それでは昨日の独白は……心震わせるあの独奏の意味は……)



ツー...



女「……」ポロ..ポロ..

男「!?」

男「女さん…!どうかされましたか!?何か不躾なことを言ってしまったのなら申し訳ありません…!」

女「いいえ、違うのです…」ポロポロ


44 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 22:58:39.01 ID:12g591prO

女「ただ…男さんがバイオリンを演奏する意味を考えていたら……どうしても……」ポロポロ

女「ごめんなさい…!不躾な質問をしたのは私の方です…!」ポロポロ

男(この人は……)

男(なんて感受性の高い人なんだろう)



ーーーーー

青年「──彼女を絶対に幸せにしてやると心に誓っているんだ」

ーーーーー



男(確かに……守ってあげたくなる人だ)

男「……すみません、軽々しく聞かせるお話ではありませんでしたね」

男「ですが最後まで続けさせてください」

男「父から聞いた話では、母は私を産んだ直後、それは満足気に息を引き取ったとのことです。また、父も母が残してくれた最後の贈り物だからと、私に目いっぱい愛を注いでくれました」

男「一時期、私が母を殺したという自責の念に駆られることもありましたが、周りの方々の支えもあって私は今こうして幸せな生活を送れています」

男「…このバイオリンを弾くのも、勿論天国の母に届いて欲しいという思いもありますが、純粋に、弾くことが楽しいからしているのです」

男「ですので、どうか涙を止めてください」


45 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 23:01:34.92 ID:12g591prO

女「そう……ですか……」ポロ..ポロ..

女(……嘘)

女(だって、ずっとあの目をしているんだもの)

女「……」ポロ...

女「…お見苦しいものを見せてしまいました」

男「いいえ。むしろ、感謝したいくらいです。私なんかのために涙を流してくださるなど」ニコッ

女「……」

女(支えになりたい)

女(この人の心に空いた隙間を、埋めてあげたい…)

男「それはそうと、女さん」

女「はい…?」

男「まさかとは思いますが、明日もここに来られるつもりでしたか?」

女「えぇと、その通りですけれど……もしや男さんの都合が付かないのでしょうか…?」

男(!…俺が居ること前提なのか)

男(………)


46 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 23:02:34.66 ID:12g591prO

男「そうではないのですが……」

男「日にちを決めておきましょう」

女「あ…それもそうですね」

男「私は休日以外であればこの時間にここに来れますよ」

女「私もです」

男「……家を抜け出せば、ですよね?」

女「……意地悪です」

女「そういう男さんはどうなのですか?」

男「私は特段咎められることはありませんよ。日頃の行いが良いからでしょうね…なんて」

女「それは私への当て付けなのでしょうかっ」プクー

男「んふふ……責めるつもりはないんです」クックッ

女「むー……」

男「機嫌を直してください」

男「……話が逸れてしまいましたね」

男「取り敢えず、毎日顔を合わせるのはさすがに控えた方が良いでしょう。あまり頻繁に抜け出していては怪しまれてしまいますから」

女「……」

男(不服そうな顔だ…)


47 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/26(金) 23:04:08.11 ID:12g591prO

男「……隔日程度に…そうですね、週に三日くらいなら程よいかもしれませんね」

女「……まぁ、それなら……」

男(ふふ、分かりやすい人だな)

男「では、決まりですね。今日を含め、一日跨いだ前後二日の、計三日。これが私たちの約束の日にしましょう」

女「…はい」

男「さて!では心苦しいお話をしてしまったお詫びです。女さんのお聞きしたいことがあれば、何でもお答え致します」

女「!いいのですか…!」

男「えぇ」

女「でしたら、んー…まずは──」

男(……いや、分かっているんだ)

男(本当はこんなことやめさせるべきだと)

男(なぜなら、この人は彼の……)

男(……)

男(…だから、せめてこの桜が散るまでの夢としよう)




48 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/30(火) 02:22:54.96 ID:6dC0qF8P0

ーーー翌週末 学び舎ーーー

女「……」ボー

女(……はぁ、男さん……)



ーー四日前 一本桜ーー

女「──私の学校のお話ですか…?」

男「えぇ。是非お聞かせ頂ければな、と」

女「いいですけど……男さんのお話も同じようにしてくださいね?」

男「分かっていますよ」

男「……多分します」ボソッ

女「多分とは何ですか!多分とは!」

男「ははは、聞こえてしまいましたか──」

ーーーーー


49 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/30(火) 02:24:31.46 ID:6dC0qF8P0

女(ちょっぴり意地悪だけど、本当はとても優しくて)



ーー二日前 一本桜ーー

男「──と、私はそのお話を読んでそう感じたわけです」

女「まあ。その物語でしたら、私も少し前に授業で扱いましたよ」

男「そうなのですね……通う所は違えど、案外同じような進度で──」



ヒラッ



男「──あ……ふふ」

女「?どうしました?」

男「いえ…あなたのここに」トントン(自分の鼻を指さす)

女「え?」スッ



ヒラヒラ...



女(桜の花びら…)

女「やだもう……可笑しかったですよね……」

男「いや、絵になっていました。まるで絵画のようでしたよ」

女「男さん…!」パアァ

男「……本当は桜和菓子みたいだなって、ちょっと思ったけど」ククッ

女(…!)

女「どういう意味ですかそれは──」

ーーーーー


50 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/30(火) 02:25:41.07 ID:6dC0qF8P0

女(時折見せる素の彼が、たまらなく愛おしい……)

女「……」フッ...



女友「……」ジー

女友(女、また考え事してる)

女友(あんな恋する乙女みたいな顔して……)



ガララ



教師「さて、皆さんお揃いですか?本日はお帰りの前に、お知らせしておくことがございます」

教師「翌週の初め、第一高等学校の生徒との交流会があるのはご存知ですね?」

教師「彼等の中から代表生が数名、本校の授業を共に受けることになるのですが──」

教師「──あなた方の組に混ざって、受けてもらうことになりました」



「まあ…!」

「私たちが殿方と一緒に授業を…?」

「あの一高の方々と!」



ザワザワ



教師「静粛に!皆さんは本校を代表する組として選ばれたということです。くれぐれも粗相のないように振る舞うのですよ」

教師「それでは、本日も良い一日を」

生徒たち「「「良い一日を」」」



ガタッ ザワザワ...



女友(交流会ね…どんな人が来るんだろう)

女「……」ボー

女友「……まずはお姫様の意識を呼び戻しますか」ガタッ


51 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/30(火) 02:26:57.77 ID:6dC0qF8P0

ーーー交流会当日 学び舎 玄関口前ーーー

ヒソヒソ...



(綺麗に整列する生徒たち)



教師「──間もなく到着するお時間です。失礼のないようにお出迎えするのですよ!」

生徒たち「「「はい!」」」



女「……皆さん、いつもより意気込みを感じる」

女友「格式高い名門、一高の男性と過ごせるからでしょうね」

女友「一高といえば……ねぇ女、聞いてくれるっ?」

女「女友、あんまり声出すと注意されちゃうよ…?」

女友「う…それは気を付けるけど」

女友「でも言わせてちょうだい」

女友「昨日ね、お見合いをしたの」

女「え、また?ついこの間したばかりって言ってなかった?」

女友「そうなのよ。今まで月に一回程度だったから何事かとは思ったの。でもね──」

女友「──相手の人、これまでで一番素敵な方だった!」ズイッ

女「そ、そう」ヒキ...


52 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/30(火) 02:27:55.42 ID:6dC0qF8P0

女友「とっても謙虚で、真摯に私を見てくれる方でさ!私に下卑た視線を向けてきたり、金づるとしか見てなかったりした今までの男たちとは違う……」

女友「初めてお話してて楽しいと思える男性だったの。お見合いがあんなに短く感じられるなんて…」キラキラ

女「わぁ、良いことじゃない。じゃあその方と結婚を?」

女友「……それがねー、そのお見合い、お母様が勝手に取り付けたものだったみたいなの。あれこれうるさいお父様に内緒で」

女友「けど結局お父様にバレちゃって、一高に通ってるとはいえどことも知れない家の出の男にお前を任せられるかって、一刀両断されたわ」

女友「酷いと思わない?私はともかく、お母様の意向まで完全に無視して…」

女友「あーあ、せっかく素敵な方と出会えたと思ったのに」

女「女友が気に入る男の人…ちょっと気になるかも。なんていう方なの?」

女友「その人の名前?確か──」



「あ、見えましたわ!彼等ではなくてっ?」


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