真美「ベランダ一歩、お隣さん」

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355 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:34:18.27 ID:5i4lUinv0

ステージが終わって。

舞台袖へ引っ込むと、みんながいた。

モチロン、PA席から戻ってきた兄ちゃんも。


「真美……」

「兄ちゃん……」


見つめ合う。


「兄ちゃん……!」


駆け出す。


「兄ちゃぁぁぁあん!!」


そして……!

356 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:34:55.44 ID:5i4lUinv0

「何してくれとんねん!!!」

「おぐふぅっ!?」


駆け寄って兄ちゃんの腹部に渾身の右ストレート!

まこちん直伝の一撃を喰らえい!!


「誰がドアホじゃーーーっ!」

「だ、だってお前がステージ上で呆けてるかぐぅっ!?」


二発目!


「お陰で恥かいたよ!」

「だ、誰か助けてくれ!」

「助けが必要ですか?」

「手伝うわ」

「お姫ちん! 千早お姉ちゃん!」

「待ってくれ、何で俺二人に羽交い絞めにされて」

「ラストブリットぉ!!」

「やめぐえっ!」


三発目ェ!!

357 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:35:41.63 ID:5i4lUinv0

一分後。


「いいか、真美。人のお腹は殴っちゃいけません。学校で習わなかったか?」

「習わなかった」

「だろうな、俺もこんなこと言ったのは初めてだ。もうやるなよ」

「善処します」


お姫ちんと千早お姉ちゃんがはるるんとやよいっちに連行されると、真美はたちまち兄ちゃんに捕まった。

首根っこ掴まれて子猫摘まみ上げるみたいな……。

可愛くにゃーって鳴いてみたけど、残念ながら許してもらえませんでした。


「お前ね、感極まるのは仕方ないけど、ステージ上で長々と呆けるんじゃないよ。新人でもないんだから」

「だってー……」


このステージは、さ。

それだけ色々なモノが詰まってて。

それだけ色々なモノに気付いて。
358 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:36:37.33 ID:5i4lUinv0


「真美にとっては、それだけ、とっても特別なステージだったから」


兄ちゃんの掴む力が、少し弱まった。


「真美がアイドルをやってきた理由が、やっと分かったんだよ」


兄ちゃんの手が、真美から離れた。


「真美が追いかけてたものが、やっと見えたんだよ」


兄ちゃんの手が、宙ぶらりん。

その手にそっと、真美の手を添える。


「夢や憧れの一歩先の景色が、さ」


ぎゅーっと兄ちゃんの手を握る。

握り返してくれる。

あったかい。

手も、心も。

359 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:37:26.85 ID:5i4lUinv0


真美の大切なソロライブは、静かに幕を下ろした。


帰る間、真美も兄ちゃんも何も話さなかった。

ただ二人で並んで、何も言わずに家へ帰った。

ちゃんと、決めたから。


来年の五月二十二日。


もう真美たち、分かってるもん。

真美たちが出会ったこと。

今日まで頑張ってきたこと。

あの日二人でした約束。


それは全部、その日に繋がってる。

お互いに、お互いが待ってることを分かってる。


兄ちゃんと二人で作り上げてきた、大事な大事なタカラモノ。

二人でずっと待ち続けてきた、大切な大切なタカラモノ。

360 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:37:55.22 ID:5i4lUinv0


もう慌てなくてもいいから。

怖がらなくてもいいから。


ただただいつもみたいに怒って、泣いて、笑って。

みんなで手を繋いでさ、毎日を過ごせばいいんだ。


兄ちゃん。

真美、しっかり春を待ってるかんね。

安心していいよん。

んっふっふー。

361 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:38:44.30 ID:5i4lUinv0

そんな夏も、セミがぼとぼと落ちたら終わりを告げて。

それでもいつも通り、変わんない毎日が、一日一日過ぎてく。


秋は、みんな全力で食欲の秋。

ひびきんとはるるんの差し入れを、いつかみたいにお姫ちんが食べつくしたり。

やよいっちと珍しくノリノリないおりんの主導で、みんなで焼き芋したり。

ピヨちゃんとあずさお姉ちゃんが、こっそり事務所で呑み会してるのが見つかったり。


冬は、犬は喜び庭駆けまわり、猫はこたつで丸くなる。

まこちんと亜美の雪合戦の流れ弾が、りっちゃんの顔面に直撃したり。

いつもと逆でミキミキの膝枕でぐっすりな千早お姉ちゃんを、みんなでじーっと観察したり。

ゆきぴょんとの雪かき勝負で、社長さんがぎっくり腰になったり。
362 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:39:29.38 ID:5i4lUinv0

そんなみんなと一緒に、真美と兄ちゃんも笑ってた。

モチロン、そんなてんやわんやをぼーっと眺めてたわけじゃないよ?

言ってないだけで、どちらかとゆーとトラブルの原因は大体亜美と真美……あ、やっぱなんでもない。

りっちゃんに一発貰っちゃうし。


学校にアイドルに、忙しい日々。

少しずつ移り変わってく季節。


あっ、そういやはるるんが年末のアイドルフェスタで大賞取ったよ!

事務所に入った頃、「今年こそトップアイドルになる」とか言ってたっけ。

ちょっとチコクだけど、ゆーげんじっこーは素晴らしいですなあ。
363 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:40:14.39 ID:5i4lUinv0

そんなわけで、年末は事務所ではるるんのお祝い。

さすがに同じ時間には全員揃えないけど、色んな人が入れ代わり立ち代わり!


「ぷへー、見てるだけで疲れるぜい。ピヨちゃん、それお酒?」

「ぶどうジュース。ふふ、こんなところでお酒なんて呑まないわよ」

「秋にりっちゃんにチョー怒られたもんね」

「うっ」


事務所内のあっちこっちでわいわいがやがや。

ほんと、色んな人いるなー。

りっちゃんの親戚に、研修生の人たちに、よく番組で一緒になる人も……。

チャオって何語だっけ?
364 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:40:41.46 ID:5i4lUinv0

「はるるんってば人気者ですなー」


なぁんて眺めてたら、少しそわそわしながらはるるんがこっちに来た。


「どしたのさーはるるん。もにょもにょしちゃって」

「いやあ、あはは……その……」


なんか少し、恥ずかしそうというか、言いにくそうというか、そんな顔してる。


「ねえ、真美。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「なになにー?」


お願いってなんだろ?
365 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:41:11.23 ID:5i4lUinv0

「えっと……」


ごにょごにょごにょ。

ふんふん、ナルホドナルホド。


「……はるるんってば律儀ですなあ」

「だ、だって、真美が嫌な気分になるかもしれないし……」

「はるるんに対して嫌な気分になんてなるわけないじゃん! むしろ、真美のせいで……」

「言いっ子はなし、だよ」


しっ、と指を口に添えられた。

笑ってそう言えるはるるんは、真美なんかよりずっとずっと強い。

はるるんに何をお願いされたかって?

女の子のヒミツは、暴かないもんですぜ。
366 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:41:39.58 ID:5i4lUinv0

そーこーしてるうちに、はるるんが兄ちゃんに声をかけて、二人でこっそり給湯室へ行った。

気付いてるのは、りっちゃんに千早お姉ちゃん、あずさお姉ちゃんにいおりんくらいかな?

お姫ちんは表情読めなさすぎる……。


「春香とプロデューサー、どこ行ったんだ?」

「ひびきん……つっこむのは野暮ってもんだぜ……」

「えっ、自分デリカシー欠けてたか!?」


あわあわするひびきん。

うん、ひびきんはそんなひびきんのままでいてね。
367 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:42:19.65 ID:5i4lUinv0

数分して戻ってきたはるるんは、とってもにこにこしてた。


「はー、すっきりした」

「兄ちゃんに言ったの?」

「うん」


はるるんがコップを片手に、真美の隣にちょこんと座る。


「私もそのうち、いい人見つかるといいなぁ」

「はるるんは、だいじょーぶだよ」

「あはは。それ、私が言ったことの真似っ子だ」

「バレちった? んっふっふー」

「勝者の余裕だねぇ」


はるるんは真美の顔を見て、もっかいおっきく笑った。

真美も一緒に、おっきく笑った。
368 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:43:05.49 ID:5i4lUinv0

はるるんから遅れること数十秒。

兄ちゃんが給湯室から戻ってきた。

全く、兄ちゃんもスミに置けな……い……?


「あれ、プロデューサー殿。ほっぺたに絆創膏なんて貼ってどうしたんですか?」

「ち、チキンのアルミホイルで切っちゃってね」


……。

……ん?

んんん!?


「あ……あ……! まさかはるるん!」

「……てへっ、最後だし、ちょっとくらい、ね?」


や、やってくれましたなああああああはるるんめえええええ!!!
369 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:44:26.37 ID:5i4lUinv0

そんな慌ただしいお祝いパーティーの帰り道。


「ぐぬぬぬ……はるるんめぇ……!」

「今回はカンゼンハイボクですなあ。約束してもらったからって油断し過ぎっしょ」

「ぐぬぬぬ……」


今日は久しぶりに、亜美と二人で帰るとこ!

兄ちゃんはオトナの時間とか言いながら飲みに行っちゃったからねー。


「はるるんがあそこまでやるとは……ウカツだった」

「でも真美、あんま怒ってないよね」


不思議そうに、亜美が聞いてきた。

ん? うん? うーん……。


「まぁはるるんだし?」

「あー、ちょっと分かる。なんか怒る気にならないよね」

「あとひびきんとか、やよいっちとか」


あそこらへんはもう、なんか許されちゃう感じですからなー。
370 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:45:26.38 ID:5i4lUinv0

「まぁ、それは半分冗談で」

「半分は本当にそんな感じなんだね」

「あのソロライブやってからさ、気持ちがボーっとしちゃってるんだ」


兄ちゃんと約束をしてから。

ぷつっと何かの糸が切れたみたいになっちゃって。

毎日が楽しいし、暖かいし、幸せなんだけど。


「燃え尽き症候群?みたいな感じ」


毎日が夢見心地で。

なんだか、現実じゃないみたいで。

あの約束で、欲しいものを貰い切っちゃったような気もして。


「このまま、幸せを独り占めしちゃっていいのかなーって、続くのかなーって、ふっと思う時があるんだ」


そう言って隣を見ると、亜美は少ししてから、にっこり笑った。
371 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:45:52.91 ID:5i4lUinv0

「いいじゃん」


そー言って、亜美が抱き着いてきた。

あ……亜美に正面から抱き着かれるのって、けっこー久しぶりかも。


「真美、ずっとずっと頑張ってきたじゃん」

「うん」

「我慢してきたじゃん」

「うん」

「それがやっと、報われたんじゃん」

「……うん」


亜美から、いつもと違うシャンプーの匂いがする。

いい匂いだなー。

なんて言ったら、ゆきぴょんとかピヨちゃんがなんか反応しそうだね。
372 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:46:38.51 ID:5i4lUinv0


……とか思ってた、次の瞬間!


ぺちーん!


「のあーっ!? ななななにすんのさー!」


いっきなし亜美にぺちーんされた!

ま、真美が何したって言うのさ!?


「こんのばか真美! むしろばみ!」

「な、なんだとう!? そのリロンだと亜美もばみじゃん!」


こんにゃろめー!

って、亜美の顔見てみたらさ。


「そんなオトナっぽいのさ、真美の柄じゃないじゃん」

「っ……」


ジョーダンぽく笑いながら、ちょっと寂しそうだった。
373 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:47:17.67 ID:5i4lUinv0

「真美ってば、ずーっとオトナっぽすぎだよ」

「そ、そりゃあ真美たちだっておっきくなってきたし」

「なんかいつも人に気を遣ってるしさ、知らないとこで一人で悩んでるしさ」

「う……」


ぐさり。

ばれてたんだ。

やっぱ双子の間じゃ、隠し事は無理かぁ……。


「なんか別の人になっちゃったみたいで、亜美が知ってる真美はどっかに行っちゃいそうで」

「……」

「……亜美さ、ちょっと怖かったんだよ?」


ぴとん。

亜美が脱力してもたれかかってきた。


「……ごめんね、亜美。真美は真美だよ」

「ばーか。ばか真美。ばみ」


亜美は安心したように、ちっちゃく笑った。
374 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:48:41.48 ID:5i4lUinv0

「もっと素直になろ?」

「素直に?」

「だって亜美たち、まだコドモじゃん」

「それもそっかぁ。兄ちゃんもぎむきょーいくまではコモドって言ってたし」

「オオトカゲ?」


真美たちも、もうすぐ高校生。

そしたらイヤでもオトナの入り口に立つんだ。

だったら、今の内に素直にコドモでいたほうがいいのかな。
375 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:49:09.62 ID:5i4lUinv0

「コドモの今しかできないこと、あると思うよ」


亜美が珍しく、真面目な声で言った。

それを聞く真美が思い浮かべたのは、ベランダに座ってる兄ちゃんだった。


「真美たちも、イヤでもオトナになってっちゃうもんね」

「わがままもあまり言えなくなるし」

「うん、遊んでばかりもいられなくなるし」

「時間は待ってくれないよ」


柄にもなく何言ってんのさ、亜美。

亜美のがよっぽどお姉ちゃんみたいだよ。
376 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:49:35.93 ID:5i4lUinv0

「亜美は先に帰るね」

「え? どして?」

「真美、したいことあるでしょ?」

「……うーん。うん。ある」

「いいじゃん、わがまま言っちゃおうよ」

「そだね」


短く笑って答えると、亜美は今度こそ、安心したように笑った。

そんで走り出して、真美を見てブンブン手を振りながら、


「でもフジュンイセーコーユーは」

「しないよばみ!」


叫ぶともっかい笑って、亜美の姿は見えなくなった。
377 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:50:10.47 ID:5i4lUinv0

携帯の番号を押す。

電話帳に登録もされてるけどさ、番号覚えて押すの、なんか好きなんだ。

大切な人に、話しかけるみたいで。


ワンコール。

ツーコール。

スリーコール。

…………。

出ない。


「くっそぅ、出るまでかけ続けてやる!」
378 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:50:44.86 ID:5i4lUinv0

そのあと、三、四回かけると。


『あ!? 真美か! どうかしたのか?!』

「えっ、兄ちゃんやけに焦ってるけどどうしたの?」

『小鳥さんが酔っぱらって……いやそれ水じゃないですから!!』


ぷっ。

慌ててる兄ちゃんの姿が目に浮かんで、吹き出しちゃった。


「ねえ、兄ちゃん、わがまま聞いて欲しいんだけど」

『なんだ!? 手短に頼む!!』

「今から一緒に帰りたい」


電話の奥ではわーわーきゃーきゃー。

でも、兄ちゃんの声は止まった。


「一緒に、帰りたいの」
379 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:51:23.32 ID:5i4lUinv0

しばらく、沈黙が続いた。

もう一回言おうとしたら、兄ちゃんから返事があった。


『分かった。今、どこにいる?』

「たるき亭出てまっすぐ行ったとこの大きなパーキング前」

『十分くらいで行くから、待っててくれ』


待ってるね、って言って、電話を切った。

こーゆーわがままって、もしかしたら初めてかな。

駄々っ子みたいな、メーワクかけちゃうかもしれないわがまま。
380 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:53:39.43 ID:5i4lUinv0

しばらく待ってたら、兄ちゃんが来た。


「よっ」

「ごめんね、わがまま言って」

「いいよいいよ、むしろヤバそうな飲み会からうまい具合に逃げられて感謝してる」


言って兄ちゃんは優しく笑い、真美の頭を撫でる。

そう何度も撫でられてると、さすがの真美だって飽きちまうぜ。

……なんてことはなくて。

むふー。
381 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:54:54.82 ID:5i4lUinv0

なんてことない世間話をしながら電車に乗って。

駅から出て、しばらく歩いてたら兄ちゃんに聞かれた。


「でも、今日は急にどうしたんだ?」

「わがまま、言いたくなったの」

「いつもわがまま言ってるじゃないか」

「そうじゃなくてね」


兄ちゃんの手をぎゅっと握る。

握り返してくれる兄ちゃんの手に、戸惑いはなかった。


「真美の兄ちゃんに、わがままが言いたくなったの」

「おませさんめ」


誰が言わせてんのさ。


でも、真美の兄ちゃんだってことが。

否定されなかったのが、本当に本当に。

うれしかった。
382 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:55:24.65 ID:5i4lUinv0

「真美、もうすぐこーこーせいなんだよ」

「そうだなぁ。初めて会ったときから、ずいぶん大きくなったな」

「そしたらさ、これまでみたいにはわがまま、言えないから」

「ん……」

「兄ちゃんを困らせるかもだけど、駄々っ子みたいなわがまま言いたかったんだ」


亜美は、自分の知ってる真美じゃないみたいで、って言ってたけど。

でも真美たち、少しずつ、そうなっていくんだよ。
383 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:56:07.79 ID:5i4lUinv0

真美は、いつまでも真美のままではいられない。

そう思っていたのを、兄ちゃんは察してくれたみたいだった。


「お前なりに考えてるんだなあ」

「なにおー、失敬な」


兄ちゃんと幸せになれるとしても、今のままじゃないんだ。

これまでの楽しかった日々は、徐々に変わってく。

兄ちゃんにひっついて遊んでじゃれついて。

そんなコドモっぽい甘えな日々も、少しずつオトナの日々になってくんだ。


「兄ちゃんとの幸せ、いつまで続くのかなって悩んでて」


でも、それは亜美が肯定してくれて。


「でも、それだけじゃなくてさ」


ほんとはね。


「これまでの真美と兄ちゃんの日々が無くなっちゃうみたいで、寂しかったんだ」

384 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:57:11.93 ID:5i4lUinv0

「ねえ兄ちゃん知ってる? 今度で真美さ、事務所入ったときのはるるんと同い年になるんだよ」

「ほんと、大きくなったよな」


思い出すように、二人ともしばらく黙り込んだ。


「真美、お姉ちゃんになっちゃうね」

「そうだな、年下の後輩もそろそろ入ってくるし、最年少ではなくなるな」

「そしたらもう、今までみたいには甘えられないね」


真美、そう言って笑ったつもりだったんだけど。

兄ちゃんは少し、寂しそうな顔してた。

真美がそんな顔に、なっちゃってたのかな。
385 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:57:57.49 ID:5i4lUinv0


「人は、変わるよ」


兄ちゃんが真美の手を強く握る。


「誰だって変わっていく。子どものままじゃないし、大人だって変わってしまうことはある」


真美も強く握り返した。


「でもな」


ふと、兄ちゃんが歩く足を止めた。

どったの?と思って見上げると。

兄ちゃんもこっちを見て、笑ってた。


「どんなに形が変わっても、想いの本質は変わらないよ」


少なくとも、俺はね。

そう付け加えて、兄ちゃんは反対の手でぽりぽりとほっぺたを掻いた。

386 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:58:37.66 ID:5i4lUinv0

「兄ちゃんキザすぎ」

「我ながら柄にもないこと言ったなあと思ってる」

「でもそんなとこもひっくるめてさ」


最後、部屋のドアの前で別れるときに。


「大好きだよ、兄ちゃん」


そう言うと、兄ちゃんは顔を真っ赤にして。

おやすみ、と一言言い残して部屋に飛び込んでった。


んっふっふー、一本取ってやったよ、兄ちゃん。

でも、嘘ではないからね。


おやすみなさい。

大好きだよ。

387 : ◆on5CJtpVEE [sage]:2019/06/23(日) 01:15:48.28 ID:5i4lUinvo
お読みくださってる方、ありがとうございます。
今日の投下分後半から前回落ちたときの続きとなります。
このペースならあと数日で最後まで投稿できそうですので、もうしばらくお付き合いください。
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/23(日) 01:22:11.80 ID:4jB0ZODlo
おつおつ
お待ちしてます
389 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:12:50.09 ID:QHO8M2d60
>>388
ありがとうございます。
今しばらくおつきあいください。
390 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:15:28.32 ID:QHO8M2d60

冬が過ぎれば春が来て。

春が来たら、真美たちも高校生。

やっぱり入学してしばらくはもみくちゃな日々。


男子はみーんな、目を血走らせちゃってさあ。

中学のときはまだ可愛いモンだったんだね。

ミキミキの苦労がやっと分かったよ……。
391 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:15:56.18 ID:QHO8M2d60

みんなはいつも通りぜっこーちょー。

ほんとに時々、暇すぎて閑古鳥が鳴いてるときもあるけど。


「うちの事務所も旬が過ぎたかなー」


なんて誰かがぼやくと。

ドっと仕事が入ってきててんてこ舞いになんだよね。

やっぱ神様は見てるみたい。

しかも、ちょっといじわるさん。
392 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:16:26.58 ID:QHO8M2d60

兄ちゃんとの約束の日は、そんな新生活も始まって、すぐのことだった。

五月二十二日。


じゃなくて……。


「ねえ兄ちゃん、真美にあんだけ言っといてさ、二十二日に仕事ってどゆこと?」


じとーっと運転席の兄ちゃんを見る。


「すまん……お前の誕生日祝い生中継特番がな……」

「まー、真美がそれだけみんなから愛されてるショーコだし、イヤな気分ではないですケド?」


そういうと、兄ちゃんが二重の意味で顔をしかめた。

仕事を阻止できなかったことと……。

……そして。


「みんなから愛されてそんなに嬉しいかい」


口をへの字に曲げた兄ちゃん。

んっふっふー、これで隠してるつもりなんだから笑えちゃうよね。

そんなとこも可愛いんだけど。
393 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:17:17.71 ID:QHO8M2d60

「そんなわけで、一日早いけど前夜祭の誕生日ディナーで許してくれ」

「ちかたないなぁ……真美だけだかんね? こんなに心広いの」


日中の収録を終えて、兄ちゃんが予約してたお店に向かってるとこなのだ!

お店の名前はかたくなに教えてくれなかったけど……。


「この服、キュークツだよー」

「ドレスコードがあるとは書いてなかったが、念のため、な」

「なら普通の服でも良かったじゃーん」

「真美も、もう大人として見られ始める年だからな」


ドキッとした。

真美が大人に見られるから、じゃなくて。

そのときの兄ちゃんの口振りが――。


――まるで、大人の女性に囁くみたいな、甘い色に感じたから。
394 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:18:08.07 ID:QHO8M2d60

駐車場に車を止めて、お店の前に行ってみると……。


「あ,ここって……」

「おっ! 覚えてたか」


そりゃそうだよ!

だって、ここ教えたのって……。


「いつだったか、お前が教えてくれたお店だよ。デザートが絶品なんだろ?」

「あ、うぅぅぅぅ……」


しゅぼん!

あのときのこと思い出したら一気に恥ずかしくなってきた!

真美が勘違いして兄ちゃんにあれこれサポートしてたときに教えた店じゃん!

いや、兄ちゃんも悪いんだけどさ!


「真美に教えてもらったときから、今日の日には、ここに来ようと決めてたんだ」

「え……?」

「あとから勘違いの話を聞いて、お互いの空回り加減に笑っちゃったよ」


いや、俺が悪かったのかな。

たぶんそう言い掛けた兄ちゃんの口を、真美の手で塞いだ。


「お互い様っしょ、兄ちゃん」

「……ああ、そうだな」


そんなやりとりをしてる内に身体も足取りも軽くなって。

二人で、お店に入っていった。
395 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:18:42.39 ID:QHO8M2d60

「やっば! これちょーうまいよ兄ちゃん! ほらほら早く食べて早く!」

「ああ……真美にはやっぱりまだ早かったか……」


ぱくぱくむしゃむしゃ!

シェフを呼びたまえ!

とっても美味しいよ!


「テーブルマナーってほどの店でもないが……もう少し落ち着いて食え」

「だって美味しいんだもん」


きょろきょろしながら周りの目を気にする兄ちゃん。

でもだいじょーぶだよ。

ウェイターさんも、こっち見ながらにこにこしてるもん。


前に何かの番組でシェフの人が言ってたんだ。

美味しく食べてもらえるのが一番嬉しい、って。

だからこれが真美なりの、一番の美味しいのひょーげんなのだよ!
396 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:19:24.29 ID:QHO8M2d60

「そしてこれが……これが噂の絶品デザートか……!」

「ふぉぉぉぉぉぉぉお……!!」


そしてコースの最後には、雑誌でも絶賛の絶品デザート!

ケーキにアイスにチョコにクレームブリュレにティラミスに……。

国籍無視していろんなデザート勢ぞろい!

山盛りてんこ盛りで真美たちの前においでなすった!


「ねぇねぇ兄ちゃん」

「……なんだ」

「これを前にしても、マナーとか何とか言うつもり?」


……沈黙。
397 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:19:51.31 ID:QHO8M2d60

「無理だああああああああ!」


兄ちゃんが、周りを気にして微妙に小さく上げた雄叫びとともに食べ始めた!

真美も負けてらんないぜ!

まずはこのプリンを……。


あむっ。


「ふぁっ…………」

「おっ、おぉぉっ……なんだ、このわき上がる幸福感は……!」


二人して一口目で昇天。

ごめんなさい、パパ、ママ……。

真美は悪い子です……甘味には勝てなかったよ……。
398 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:20:18.31 ID:QHO8M2d60

甘味も食べ終えて、食後のドリンク。


「あー、食った食った……」

「途中から兄ちゃんもマナーもなんもなかったじゃん」

「だって旨いんだから仕方ないだろ」

「ウェイターさん、時々くすくす笑ってたよ」

「野郎、ブン殴ってやる」

「ケーサツ沙汰はさすがの真美もカンベンだかんね」


そんな他愛もない話もして。

もう家に帰るのかなーなんて、少し寂しさもあって。


そんなとき、兄ちゃんが少し真面目な目で微笑んでるのが見えた。

何かを手元に持ってる。
399 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:20:47.25 ID:QHO8M2d60

「真美」


そう優しく名前を呼んで、兄ちゃんはそれを差し出した。


「一日早いけど、お誕生日、おめでとう」


言葉とともに差し出されたのは、ラッピングされた黄色い箱。

さすがの真美も、こーゆーときの雰囲気が分からないほどアレじゃないよ。


「わぁ……」

「たぶん、気に入ってもらえると思うんだけど」

「開けていい?」

「ああ、どうぞ」


綺麗に包まれてると、勢いよく開けるのが勿体ない気がしてくる。

真美は丁寧にラッピングをはずして、箱を開けた。
400 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:21:31.32 ID:QHO8M2d60

中に入っていたのは、綺麗なイヤリング。

これも、前に真美が教えてあげた奴に似てるけど……。


「あのとき、『真美は結構好き』とか言ってただろ? あれよりももう少し、大人っぽいけど」


オトナ向けのフレンチのお店。

オトナっぽいイヤリング。


「真美……もう、コドモじゃないんだね」

「というよりは、オトナと思ってもらえる、かな」


そう言って兄ちゃんがまた、大人っぽい表情で優しく微笑んだ。
401 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:22:19.42 ID:QHO8M2d60

手に取ったイヤリングを、さっそく耳に付ける。


「どう? 似合ってるかな」

「勿論。真美のために作ったみたいだよ」


珍しくもない誉め言葉だけど。

なんてことない、ありふれた言葉だけど。

つい、緩んだ笑みがこぼれちゃう。


真美には、兄ちゃんに言ってもらえるコトバは。

ぜんぶぜんぶ、とっても嬉しいんだよ。
402 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:22:46.09 ID:QHO8M2d60

「なあ、真美――」


とそこで、兄ちゃんは途中まで何かを言い掛けた。

でも、そこで口は止まった。


「なに?」

「いや……やっぱり、なんでもない」

「えーーー!? なにそれずっこいずっこい!」


兄ちゃん、何を言おうとしたんだろう?

そのあと、何度躍起になって聞こうとしても。

結局最後まで教えてくれなかった。
403 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:23:12.08 ID:QHO8M2d60



とってもおいしい料理。


とってもうれしいプレゼント。


でも、ちょびっとだけ残ったモヤモヤ感。


それらを抱えながら、真美たちは家へ帰った。


404 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:23:39.00 ID:QHO8M2d60

「兄ちゃん、今日はあんがとね!」


部屋の玄関の前で、一緒に帰ってきたときのいつものご挨拶。


「いえいえ、どういたしまして。姫のためであれば何とでも」

「そうじゃそうじゃ、我こそは姫ぞ! くるしゅうない!」

「どっちかというと王とか妃とかそっち系に聞こえるな……いや、高飛車な姫ならアリか……?」


そんな小さな漫才をして。

時間は二十一時三十分。


「それじゃ兄ちゃん、また明日ね!」

「ああ、おやすみ、真美」


そう言って、お互いに自分の部屋へ入っていった。
405 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:05.65 ID:QHO8M2d60

シャワー浴びて、明日の準備をして。

でも真美は、それからベッドに潜ってもモヤモヤが消えなかった。


え、さっき最後、何言おうとしてたの?

明日の仕事?

こないだのいたずら?

それともまさか、別れ――


ばちぃん!


両手で自分のほっぺたをひっぱたく。

兄ちゃんがそんなこと言う訳ないじゃん!

プレゼントもくれたのに!

このばみ!
406 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:33.37 ID:QHO8M2d60

でも、今の一発で目が冴えちゃった。

たまには……。


「ベランダで涼もっかな」


亜美はもう、とっくにすぅすぅと寝息を立ててる。

起こさないように静かに、ベランダに出た。
407 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:59.82 ID:QHO8M2d60

ふわぁー、夜風が気持ちいい……。

だんだん暑い日も増えてきて、風が心地良い季節になってきた。

今日も、とってもとっても蒸し暑かった。

ついこないだまで寒かったのになあ。

こういう感性も、昔より大人になってきた気がする。


そっか。

真美、人生の三分の一くらい、あの事務所にいるんだ。

そう考えると、兄ちゃんとの日々も、もう随分長くなるんだなって。

なんか変な感傷に浸っちゃって。

これも、オトナになるってことなのかもしれないね、亜美。
408 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:25:26.03 ID:QHO8M2d60

そんなことをしばらくしてると。

隣の部屋の窓が、カラカラと開く音がして。

中から見覚えのある姿が見えた。


「ありゃ、お前もベランダに来てたのか」

「兄ちゃんも眠れなかったの?」

「ちょっとな」


さっきまで悩んでたせいか、いつもみたいに言葉が出てこない。

ぽけーっと兄ちゃんを見てると、珍しい提案があった。
409 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:25:52.68 ID:QHO8M2d60

「真美、こっちのベランダ来ないか?」

「え、でもいつも危ないって……」

「言っといて自分でもどうかと思うが、たまには悪いこともするもんだ。支えててやるから」


そう言われると、断れないよ。

真美はいつものようにひょいっと飛び乗ると、兄ちゃんのベランダへ歩いて移った。

いつもと少し違うのは、兄ちゃんが落ちないように支えてくれていること。


「あらよっと!」


ぴょんっと兄ちゃんの隣に飛び降りる。

すると兄ちゃんはベランダに座り、ちょいちょいと手招きをした。

真美も、兄ちゃんの隣に座り込む。


「兄ちゃんから誘ってくるなんて珍しいね」

「今日はそんな気分でさ」


良くも悪くもない天気。

所々に雲があって。

その隙間から、片手の指程度の星が見えた。
410 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:26:26.95 ID:QHO8M2d60

「もう二十三時五十分か」


腕時計を見ながら、兄ちゃんが言う。

寝付けなくて、だいぶ遅くなっちゃった。

明日、起きれるかなあ……。


「安心しろ、起こしに行ってやるから」


心読まれてた。

それに兄ちゃんは、ベランダから、と付け加えた。

じょしこーせーの部屋の窓にへばりついてる不審者の姿が浮かんだ。

やめときなよ、それはさすがに事案だよ。
411 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:26:59.42 ID:QHO8M2d60

「俺たち、大事な話するときって、いつもここにくるよな」


どきん。

胸が飛び跳ねた。

さっき最後に考えた、嫌な想像のせいかな。

そんなことないはずだって、頭は分かってるのに。


「もうすぐお祭りが始まる時期だな」


ズコーーーーッ!


「ねえ兄ちゃん、大事な話ってそんなこと?」

「あ、いや、こういう時って世間話から入るもんだと思って」

「……ってか兄ちゃん、なんかぎくしゃくしてない?」

「そんなこことない」


こが一個多い。
412 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:28:37.76 ID:QHO8M2d60

「今だから素直に言う」

「うん」

「前にお祭り行ったとき、お前浴衣着てたろ?」

「うん」

「あれ、ちょっとヤバかった」

「え、変だった……?」

「いや、そういう意味じゃなくてさ、その……」

「そういう意味じゃなくてなんなのさ」

「いや、その……分かれよ、そこは」

「え、何を!?」


ちょっとまって、脈絡なさ過ぎてわかんないんだけど!

お祭りの話されてるのもよく分かんないけどさ!


ええと、そもそもあのとき、なんで浴衣で行ったんだっけ?

確か、ひびきんに着せてもらって……。

そんで、ミキミキがうなじ見せれば男なんて――。
413 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:29:04.14 ID:QHO8M2d60


ぼんっ。


レストランの時に続いてもっかい、頭が爆発する音がした。


「え、あ、へ、あの、ヤバかったって、そういう……」

「……うん、まあ」


あああああああああああああああ!!!!

恥ずかしいよおおおおおおおおお!!!!


何で真美こんな時間差攻撃食らってんの!?

確かにゲームとかの時間差攻撃って威力高いけどさあ!!

ちょっと……ちょっとはずいってば、ねえ!!
414 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:30:13.14 ID:QHO8M2d60

「あのとき、意識したんだ」


兄ちゃんがぽつりと言った。


「――何を?」

「真美も、大人になっていくんだ、って」


いつかの日のような風が吹いて。

下ろしてた真美の長髪が、兄ちゃんの顔を撫でる。


「真美のシャンプーの香りだって、今すごいドキドキしてる」


そう言われて兄ちゃんの胸に手を当てると、本当にそうだった。


「そんなことも意識しちまうんだよ」

「真美が、オトナになってきたから?」

「そうだな」


そう言われて兄ちゃんを見たら。

その瞳が。

いつもの真美を見る目とは少し違っていて。


真美も、兄ちゃんから目を放せなかった。
415 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:30:39.39 ID:QHO8M2d60

「時計、しっかり合わせてきたんだ」

「え?」

「今、十五秒前」


かち、こち、と。

兄ちゃんの腕時計の秒針が鳴る。


「あと、ちょっとだな」

「うん、コドモの時間」

「それが過ぎたら――」

「それを過ぎてもね」


言葉を遮る。


「真美は、兄ちゃんのことが大好きな、真美だよ」


かちん。

416 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:31:08.40 ID:QHO8M2d60

零時。

真美の、本当の誕生日。


「真美」


兄ちゃんが真美を静かに抱き寄せる。


「誕生日、おめでとう」

「……うん、ありがとう」


風がびゅうと吹いて。

雲が、どこかへ飛んでいった。

その陰からは、まん丸お月様。

綺麗な綺麗な、夜空のお月様。
417 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:31:36.60 ID:QHO8M2d60

「真美」


真美を抱き寄せる兄ちゃんの力が、少し強くなる。


「さっき、レストランで言えなかった言葉」


顔は見えない、けど、表情は分かる。


「……ちょっと違うな。言おうとしたけど、やめた言葉」


真美も、兄ちゃんの服をつかむ手に力が入る。


五月二十二日。

その日まで、待っていてほしい。

二人で互いに交わした、約束。
418 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:35:04.99 ID:QHO8M2d60

そして兄ちゃんの口から。

真美が、ずっとずっと。

人生の何分の一もかけて待っていた言葉。


「真美、結婚してくれないか」


ではなく、あまりにも衝撃的な一言が飛び出した。


「ゔぁびぇっ!?」


たぶん地球上で誰も聞いたことのない叫び声をあげちゃった。


「ににに兄ちゃんたたた確かに結婚できる年齢だけどあのその」

「あ、ごめん、今の間違えた」

「ちょっと待って間違えたって何!?」

「いやあのその」

「こんなシチュエーションであんな叫び声上げたの、たぶん世界で真美が初めてだよ!?」

「わわわ悪い! 色んな言葉を考えてたんだけど緊張して、最初の方に消した候補が咄嗟に――」

「消すなーーーっ!」


ふぉがばしぃっ!

真美のサマーソルト気分のキックが兄ちゃんに炸裂!

いっくらなんでも仏の真美でもいまのは足が出るよ!


「すまん、ごめん、先走りました……」

「そうじゃなくてさあ!」


なんで真美が怒ってるのか、まだ分からないかなあ?!
419 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:35:38.40 ID:QHO8M2d60

「真美なんて最初から、ずぅぅぅぅぅぅっと一生一緒にいたいと思ってんだかんね!?」

「っ」

「それを間違えただの先走っただの……! 失礼ってレベルじゃないっしょ!?」


兄ちゃんの胸をポカポカポカポカ!


「ごめん、すまん!」


ポカポカポカポカ!

と、真美が叩いている内に、お互いだんだん冷静になってきて。

ポカポカが止まる頃には、二人でくすくす笑ってた。


「あーあ、俺たちこんなのばっかだな」

「そだね、たぶん、これからもだよね」

「そうだな」

「知ってる? 真美、今日で結婚できる歳になったんだよ?」

「ああ、そうだな。だからさっきの言葉も候補に入ってた」


また、兄ちゃんが静かに私を抱き寄せる。

今度はしっかりと、離さないように。
420 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:36:15.32 ID:QHO8M2d60


「なぁ、真美」


「うん」


「約束を、守りにきたよ」


「うん」


「なぁ、真美」


「うん」



次に言われる言葉が分かってるから。

今度こそ、ずっとずっと、待ってた言葉だから。

今度は勘違いでも、間違いでも、おちゃらけた話でもなくて。

ただただ、ずっと、ほしかった言葉。

421 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:37:44.43 ID:QHO8M2d60





「恋人として、隣にいてくれないか」




422 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:38:10.26 ID:QHO8M2d60


真美は、返事、出来なかった。


涙ぼろぼろで、声が出なくて。


代わりにね。


兄ちゃんの胸の中で、何度も何度も、大きくうなずいた。

423 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:38:50.59 ID:QHO8M2d60

目から溢れる大粒の涙を。

兄ちゃんがそっとぬぐってくれて。

潤んだ目で、兄ちゃんを見上げた。


「兄ちゃ――」

424 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:39:42.46 ID:QHO8M2d60


「――っ」


言おうとした言葉は、最後まで発することは出来なかった。

優しく、兄ちゃんが真美の顎に手を添えて。


いつか花火の裏で、真美がしたような、いきなりなのではなくて。

真美の頭を、優しく、包み込むようにしてから、ゆっくりと。

――。


「んっ……」


頭が、真っ白になって。

嬉しさと恥ずかしさと、大好きって気持ちがない交ぜになって。


「んぅ……」


この時間がこのまま、永遠に続けばいいと思って。

しばらくの間、そのまま重ねて。


「……ぷぁ……」



――デザートよりも、とってもとっても、甘い味がした。


425 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:40:10.27 ID:QHO8M2d60


兄ちゃん。

真美、ずっと忘れないよ。


二人で見上げたあのお月様。

まん丸の綺麗なお月様。


そよそよ吹いた風。

そんな風で揺れる兄ちゃんの襟元。


その瞬間の、兄ちゃんの、瞳の色。

兄ちゃんの、鼓動。


抱きしめてくれたときの、胸の暖かさ。


それに、そのときの、とってもとっても幸せな――。

426 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:30:57.81 ID:wZZZEODD0


――――――――

―――――

――




ひょいっと。

真夏の日差しで日焼けが心配な中、お隣のベランダへ飛び移る。


「しっかし、段ボール何箱分になるのやら……」


あの日、初めて飛び移ってから。

あの日、兄ちゃんに呼ばれて、支えられながら移ってから。


あの日から、時間は流れ続けてる。


「でも、このベランダともお別れだね」


名残惜しみながら手摺りを撫でる。

これ、お隣の部屋の手摺りだけど。
427 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:31:58.30 ID:wZZZEODD0

あれから私は、世間には秘密裏に、兄ちゃんと恋人になって。

事務所のみんなは知ってるけど。

まこちんがびっくりして他の以外は。


色んなモノが変わった。

誕生日を過ぎてからは、少しずつ自分を「私」って言うようにした。

私はやっぱり、あの日思った通り、どんどんオトナになっていった。


でも、変わらないモノも確かにある。

時々いたずらしたりとか。

ついつい自分のこと、真美って言っちゃう時があったりとか。


ステージ上で歌うときの。

煌びやかなライトの下で、みんなに向ける笑顔とか。
428 :>>427誤字修正 [saga]:2019/06/25(火) 00:32:53.20 ID:wZZZEODD0

あれから私は、世間には秘密裏に、兄ちゃんと恋人になって。

事務所のみんなは知ってるけど。

まこちんがびっくりしてたの以外は。


色んなモノが変わった。

誕生日を過ぎてからは、少しずつ自分を「私」って言うようにした。

私はやっぱり、あの日思った通り、どんどんオトナになっていった。


でも、変わらないモノも確かにある。

時々いたずらしたりとか。

ついつい自分のこと、真美って言っちゃう時があったりとか。


ステージ上で歌うときの。

煌びやかなライトの下で、みんなに向ける笑顔とか。
429 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:33:27.36 ID:wZZZEODD0

「真美、作業は進んでるのか?」

「うん、今は小休止」


からからと網戸が開く音がして、汗を拭きながら兄ちゃんが出てきた。

兄ちゃんの部屋にも、真美の部屋と同じように段ボールの山。

というか、真美より多い。


「俺も休憩しよっと。昼飯は?」

「亜美が今持ってきてくれてる」

「なら俺も一緒に食べようかな」


そんな話をしていると、亜美がクリームパン片手にやってきた。

そして、私たちを見るや否や……。


「ふぉっふぉっふぉ、お二人でごゆっくりー」

「茶化すなー!」


パンを私に手渡すと、ニタニタ笑いながら部屋へと戻っていった。
430 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:34:07.86 ID:wZZZEODD0

「このベランダにもお世話になったなあ」

「ね。思い出の中にはいっつも、どこかにこのベランダがいるんだよ」

「名残惜しいか?」

「……ちょっぴり」


実は私、しばらく前にアイドル引退したんだ。

芸能界には残ってて、バラエティに出たり、時々歌ったりはするけど。

フツーの女の子に戻りまーす!って言うの、ちょっと夢だったんだよね。
431 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:34:45.98 ID:wZZZEODD0

生まれ育った部屋ともお別れ。

そういえば、兄ちゃんはいつからこの部屋に住んでたんだろ?


「俺? 高校の時からだから……」


ひー、ふー、みー……と数える兄ちゃん。

そっか、お部屋歴は私の方がちょっと長いんだ。

少し勝った気分。

ふふん。
432 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:37:03.06 ID:wZZZEODD0

「でもアイドル、本当に辞めてよかったのか?」

「こーゆーことになったし、ケジメつけんことにはおさまりつかんですよ」

「お前、また仁義ない戦いのDVD観てたな?」

「アレ何度観ても千早お姉ちゃんが格好良すぎんだもん」


真美も結構活躍するし。


じりじりと照る日に当てられて、汗が滲む。

話の途中でよっこいしょ、とじじむさい言葉とともに兄ちゃんが部屋に入った。

そして戻ってきたとき、手に持ってたのは……。
433 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:38:28.20 ID:wZZZEODD0

「ぬぉあーー! シャリシャリくんだーーー!!!」

「そういうとこはまだちょっとお子さまだな」

「うるへー、甘味は正義っしょ!?」

「それには全く同意です」


二人でしゃりしゃり。

アイスをしゃりしゃり。


「本当に、部屋にもアイドルにも、心残りはないか?」

「ない……って言ったら、嘘になるよ」


でもね。


「でも、変わっていくモノもある、でしょ?」

「変わらないモノもある、けどな」


うるさかったはずの蝉の声も心地よくなってきて。

アイスも食べ終わって。

ちょっと汗がにじんでる、兄ちゃんの肩にこてん。


「眠くなったのか?」

「うん……」

「疲れてお昼寝とは……いつから変わってないというか」

「違うよ、兄ちゃんの肩が悪いんだもん……」


いつの季節も、ここは私の特等席。

暖かくて、涼しくて。

そして、とっても安心できる場所。

だからつい、うとうととして――。
434 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:38:55.93 ID:wZZZEODD0

「こらああああ亜美にばっか働かせていちゃいちゃすんなあああああああ!!!!」

「ひゃいっ!!!」

「すんませんっ!」


亜美の怒声で、二人そろってビクッと飛び跳ねる。


「亜美隊長、すぐに作業に戻るであります!」

「引っ越し屋さんもうすぐ来ちゃうんだかんね! 兄ちゃんもすぐ甘やかさない!」

「かしこまりました!!」


すっかり鬼軍曹がうつってきた亜美に怒られちゃった。

でもこれは確かに申し訳ない。

亜美は引っ越す訳じゃないのにね。

手伝ってもらってる立場でごめんなさい……。
435 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:43:05.06 ID:wZZZEODD0

そんなこんなで、ギリギリで荷造りを終えた途端、ちょうどやってきた引っ越し屋さん。

荷物を運び出してもらってる間、白い原液を薄めて飲むアレを飲みながら三人でだべってた。


「新居はどんなとこなの?」

「ここと似てるかも。でも割と築浅」

「ずっこいなー、亜美もそろそろ新しいとこ住みたいー」


亜美がぶーたれた。

底に残った濃いめの部分をじゅるじゅるとストローですすりながら。
436 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:45:33.03 ID:wZZZEODD0

「そろそろ一人暮らししてみてもいいんじゃないか?」

「兄ちゃんがそれ言うのズルくない!? 亜美だって二人がいいよー!」

「おや、こりゃ失礼」

「そりゃさ、一人暮らしもいいよ。でも亜美だってイイ人と一緒に同棲とかしたいー!」


今度はクッションを抱えてじたばたじたばた。


「亜美さんや、アイドルはファンのためにだねえ」

「くそぅ、これまでの数年を週刊誌にバラしてやる……」

「亜美、それはやめてくれ」

「私にはもうあんまダメージないけど」

「俺の仕事に支障が出かねないんだよ!」


確かに、小学生アイドルに唾付けて源氏物語しちゃうプロデューサーだとねえ……。

研修生の子の親とか心配しちゃうよね。
437 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:46:59.38 ID:wZZZEODD0

まぁここまででバレバレだと思うけどさ。


私と兄ちゃん、同棲することにしたんだ。


三年ばかりの交際期間を経て、ようやく兄ちゃんも重い腰を上げたようで。

パパとママにご挨拶したんだよ。


『結婚を前提に、同棲することをお許しいただけませんでしょうか』


って、ビクビクしながら。

もっとビシっとカッコよく決めてほしかったんだけど。


そしたらパパとママ、ぽかんとしちゃってさ。

二人揃って、え、今更?って返事で。

あんときは一緒にいた亜美も含めて家族で、大爆笑だったよ。

兄ちゃん一人だけ、顔真っ赤で恥ずかしそうにしてたなー。

可愛かったなー、あのときの兄ちゃん。
438 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:47:55.60 ID:wZZZEODD0

そもそも恋人になった時点でさ、勿論、パパとママにも報告したよ。

二人とも私の気持ちは気付いてたからさ、ようやくか!って泣いちゃってさ。

あのときも兄ちゃん、オロオロしてたっけ。


そんな相手に今更、同棲だの結婚だの言って断られるかもとか思ってたのかな。

そーゆーとこ、兄ちゃんってちょっと杓子定規というか。

心配性というか。
439 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:48:43.41 ID:wZZZEODD0

引っ越し先は、ささやかなマンション。

お金は割と余裕あったけどさ、いきなしすんごい部屋に住むのもなんか違うかなって。


二人で色んな物件見て。

結局選んだのは、今住んでる部屋に似てる、ちょーどいい大きさの部屋。

でも一個だけ、絶対譲れない条件があってね。


綺麗で、二人で座れるベランダ!


これだけは、私と兄ちゃん二人とも、最初から絶対って決めてたんだ。

これから何回引っ越しするとしても、私たちの大切な場所は、必ず最優先にしようって。


同じ想いを持ってくれてるのは、やっぱり嬉しかったな。

440 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:49:38.98 ID:wZZZEODD0

そんなこと思い出してる間に、トラックへの積み込みも終わって。

いよいよ新居へ旅立つときがきた。


「それじゃー亜美、グッドラック!」

「亜美、手伝ってくれてありがとう。また事務所でな」

「お礼は期待してますぜー!」

「勿論、それなりのお礼はさせてもらうさ、これまでの分もな」


トラックの荷台に乗りながら、そんなやりとりをして。

引っ越し屋さんが、荷台のドアを閉じた。
441 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:50:56.97 ID:wZZZEODD0

中で、兄ちゃんと二人きり。


「私たちの同棲生活、どうなると思う?」

「これまでと対して変わらんだろ。わーきゃーして、時々喧嘩して、仲直りして、またわーきゃーして……」

「言っとくけど私、同棲で終わらせる気ないかんね。一生モノのカクゴしといてよ!」

「そんなんこっちだって同じだよ。一生放してたまるか」


……。

ぼぼんっ!

自分たちで言っておいて、直後に二人とも真っ赤になって爆発する。

いい加減初々しい時期、ってわけでもないのに。

こんなとこは変わらないんだね、ってのも、ちょっと幸せだよ。
442 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:51:29.02 ID:wZZZEODD0

新しい部屋での新生活。

そこで私は、何と出会って、どう変わっていくんだろう。


でもその隣にはいつも兄ちゃんがいて。

ベランダ一歩ではなくて、本当に一歩隣に兄ちゃんがいて。


同棲も始めるのに、兄ちゃん、って言うのも変なのかな。

これからは、名前で呼ぼうかな。

そんなところから、変わってみようかな。
443 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:52:49.14 ID:wZZZEODD0

「ねね」

「どうした?」


トラックのエンジン音がして、荷台もがたがたと揺れ始める。

私たちの新生活に向けて動きだそうとしている。

だから、新しい私の、第一歩として。


「ねぇ――」


兄ちゃんを、名前で呼んでみた。

したら兄ちゃん、みるみる顔が真っ赤になっていって。


「……ふぁいっ?!」


テンパった裏声で、驚きまくりながら返事をした。


んっふっふ、今回も一本取ってやった!

444 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:53:19.98 ID:wZZZEODD0

口をぱくぱくさせてから、何も言えずに、真っ赤な顔でうつむく。

そんなあなたも、私のモノだからね。


揺れが大きくなり、しばらくして静かになった。


「お、走り出した」

「新生活に向かって出発だね」

「ああ、家事とかの役割分担も決めないとな」

「うん」


一つ一つ、新生活のことを考えるだけで頬が緩んでくる。
445 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:53:57.26 ID:wZZZEODD0

目的地に着くまで、数十分。

時々揺れて、会話は途切れて。

二人きりの車内で身を寄せ合った。


暖かい体温。

好きな香り。

抱きしめてくれる温もり。

言葉がなくても伝わり合う、互いのココロ。


それだけの空間が、何よりも幸せ。

これが二人で、一緒にいるということ。


この人が、私のお隣さん。

446 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:54:28.60 ID:wZZZEODD0



「なぁ、真美」


「ん?」


「今年、お祭りいこうか。俺も浴衣着て」


「うん、行こ行こ!」


447 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:55:08.86 ID:wZZZEODD0



私は、幸せだよ。


だから同じように。


あなたのことも、絶対に幸せにしてあげるからね。


448 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:55:37.45 ID:wZZZEODD0



これから、ずっとずっと。


お隣さんだからね。


449 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:56:09.74 ID:wZZZEODD0



ずっと一緒だよ。


私の最愛の、お隣さん。


450 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:56:53.42 ID:wZZZEODD0



おしまい


451 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 00:59:24.68 ID:wZZZEODD0
以上で、ベランダ一歩、お隣さん、完結となります。

当投稿で初めて読んでいただいた方、ここまでお読みいただきありがとうございました。

数年前立てた当時、お読みいただいていた方、本当にお待たせしました。
すみませんでしたと同時に、また見つけて、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

なんとか完結させることができ、本当に良かったです。
452 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/25(火) 01:01:27.34 ID:wZZZEODD0
html化依頼を出して来ますが、もし感想とかあれば、書き込んでいって下さると本当にうれしいです。
まだ二つほどお待たせしてしまっているものもあるので、そちらもなんとかやっていきたいと思います。
改めて長い間、本当にありがとうございました。
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/25(火) 02:22:44.22 ID:aINdg2C+0
完走乙!
とても素晴らしいものを読めて心が浄化された
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/25(火) 04:38:05.42 ID:pl3wdoIl0
まとめられてたのを読んできた。めっちゃ良かったよ。にわかの俺でも真美という女の子が可愛くて仕方なくなった。是非また書いてくれ。
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