【たぬき】高垣楓「迷子のクロと歌わないカナリヤのビート」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2019/06/14(金) 00:33:52.57 ID:DTY4fa360
 モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所と高垣楓さんのSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。

 シリーズの一作ですが、時系列的に最初のお話なので、これから読むorこれだけ読むのでもお楽しみいただけます。


 前作です↓
【たぬき】鷺沢文香「ばくばくふみか」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1556725990/

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1560440032
2 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:36:07.69 ID:DTY4fa360


 歌を忘れたカナリヤは 後ろの山に棄てましょか

 いえいえ それはかわいそう

 歌を忘れたカナリヤは 背戸の小薮に埋めましょか

 いえいえ それはなりませぬ

 歌を忘れたカナリヤは 柳の鞭でぶちましょか

 いえいえ それはかわいそう

 歌を忘れたカナリヤは 象牙の舟に銀のかい

 月夜の海に浮かべれば


 忘れた歌を思い出す

3 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:37:14.34 ID:DTY4fa360

   ◆◆◆◆


 高垣楓さんには、一つ奇妙な癖があった。

 いきなり泣くのだ。それも左目「だけ」で。

 声はあげずに脈絡も無い。すんともしゃくり上げず、ただ涙がすぅっと流れるだけ。
 きっと自覚すら無かったんだと思う。
 本人は少し遅れて「あら私ったら泣いてるわ」って顔で、肩の埃でも払うように頬を拭うだけだから。


 どうして泣くのだろうと、その時はいつも考えていた。


 軽い昔話になる。
 これはある人と出会って、アイドルのプロデューサーになることを決めた、ちょっとした阿呆の顛末だ。

4 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:39:35.13 ID:DTY4fa360


【 春 : 陽だまりを避ける影 】


 芸能プロダクション「346プロ」は、新年度からますます回転率を上げていた。
 歌手、モデル、俳優……数多くのタレントやアーティストを輩出するこの事務所は、業界最大手との呼び声が高い。
 その実績は輝かしく、346の芸能人といえば知らぬ者はおらず、業界にこの者ありと言わしめる敏腕プロデューサーも数多い。

 まさに芸能界に君臨する、美しき城というわけだった。

 俺はさしずめ、そんなお城の片隅で働く、名もなき使用人の一人といったところか。


 雑務また雑務の毎日だった。
 山ほどの書類を抱えて走り回り、雪崩れ込む事務仕事をやっつけて、次から次へ企画をアシストする。

「おーい何モタモタやってんだ! 早くしろー!!」
「はい、ただいまぁ!」

 この会社はでかいだけあって自前で映像スタジオまで持っている。
 まさかADの真似事まですることになるとは思わなかった。
 人手不足では決してないのだが、「事務員」「アシスタント」って肩書きはこの業界ではほとんど何でも屋みたいな意味合いらしく、
 伝統的に多種多様な仕事をやらされるものらしい。どういう伝統だ。

5 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:41:07.41 ID:DTY4fa360

 スタジオ隅のベンチで一息つく頃には、外はすっかり夕方になっていた。

「じゃんっ♪」

 と、目の前にエナドリが差し出された。

「ああ。お疲れ様です、千川さん」
「あんまり根を詰めたらいけませんよ? これ、どうぞ」
「いいんですか? それじゃありがたくいただ」
「お給料から引いておきますね♪」
「アッハイ」

 千川ちひろさんは、俺のアシスタント仲間だ。

 なんでも17の頃からあちこちのテレビ局や芸能事務所でバイトを重ねて、大学卒業とともに念願の業界入りを果たしたとか。
 だからだろう、俺よりよほど仕事に慣れている。
 有能で気配り上手なだけでなく、どことなくちゃっかりしたお茶目さも併せ持ち、スタッフの間では結構人気が高かったりする。
 噂によると狙っている男性社員も少なくないとか――まあ、そこらへんは詳しくないのだが。

 彼女とは同期入社ということもあり、何かと話すことがあった。
 こうしてドリンクを渡したり渡されたりすることも一度や二度ではなく、このやり取りは一部で「ログボ」などと囁かれている。 

6 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:43:50.53 ID:DTY4fa360

「――ところでPさん、聞きましたか? あの話」


 千川さんの言う「あの」が「どの」なのかは、社員なら誰でもわかる。

「……聞いてますよ。やめときゃいいと思うんですけどねぇ」
「え、意外。嫌なんですか?」
「嫌っていうか……まあ、大丈夫なのかなぁっていうか」
「心配ないと思いますよ。なんていったって天下の346プロですし、まさか無策じゃないでしょ」
「だといいですね。大手が参戦して爆死なんて話、腐るほどあるんだから」
「うーん……なんか含みがありますねぇ?」

 千川さんが横から顔を覗き込んでくる。
 別に、隠してるわけではなかった。
 言う機会が無かっただけだ。

 かといって大声で言うようなことでもなく、聞こえるか聞こえないかのボリュームでぼそりと、
 

「俺、アイドル嫌いなんですよ」


 今年度から、346プロは新たに「アイドル部門」を立ち上げるという。

7 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:45:32.12 ID:DTY4fa360

  ◆◆◆◆


 そう、アイドルは嫌いだ。

 アイドルをやるような子たちが、じゃない。そういうビジネスモデルそのものが嫌いなのだ。

 程度の差こそあれ、芸能事業なんてのはみんな水ものだ。
 いくら努力を重ねようが、時勢の流行り廃りであっさり潮目を変えてしまう。
 歌手だろうと俳優だろうとそれは変わらないが、アイドル事業は特に顕著だろう。

 しかもその性質上、アイドルの中心層はティーンの女の子となる。
 まだ物事の善し悪しもわからない少女たちをその気にさせ、生き馬の目を抜く業界に飛び込ませる――
 なんてやり方が、俺はどうにも好きになれない。


 だったら芸能事務所の事務員になんてなるなよという話ではある。矛盾だ。ごもっともだ。
 だから俺はそういう話を口にしたことがなく、この間の千川さんが初めてだった。

 ……入社当初は、アイドル部門なんて影も形も無かったから。
 
 とはいえ社の方針に異を唱えるのも筋が違う話ではある。
 使用人はお銭のために働くまで。ただ……できればそちらは、見たくはない。

8 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:47:12.16 ID:DTY4fa360

  ◆◆◆◆


 下っ端が何をどう思おうが、企画はトントン拍子で進行していく。
 とうとうオフィスビルに専用のフロアができ、人事異動もどんどん進む。


「――でも、どれくらいの規模でやるつもりなんだろう。想像つかないなぁ」
「そりゃ相当リキ入ってんだろうよ。ほらあの、アメリカ帰りの専務。あのヒトの肝煎りって話だぜ?」

 金曜夜。
 会社近くの居酒屋で、ああでもないこうでもないと雑談を交わす同僚二人。
 彼らとはたまにこうして酒を酌み交わす仲だ。近ごろは忙しくて頻繁には会えないのだが。

「んでお前はどうなんだよ、ヨネ。自分とこの部署持ちたいって言ってたじゃねーか」
「あ〜……企画が通ればいいんだけどさ。オレまだペーペーだからどうだろうなぁ」
「……ヨネさん、プロデューサーになりたいんですか?」

 二人組の背の低い方が「うん」と快活に頷いた。
 一見すると中学生のような(失礼)小柄さだが、彼も立派な社会人。
 先輩である俳優部門のプロデューサーに付き、あれこれ経験を重ねている彼は、新規部門にも積極的な若手のホープだ。

9 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2019/06/14(金) 00:48:51.23 ID:DTY4fa360

「やっぱりアイドルって花形だろ? この業界に入った以上はさ、憧れだよなぁ」

 俺は「そうか」と頷くばかりだった。

 もう一人はどうなのだろう。 
 こちらは金髪グラサン、ピアスにヒョウ柄のシャツといういかにも「そっち」な見た目だが、彼なりのやり方で自分の仕事を進めている。
 ちなみに直属の上司とは折り合いが悪いようで、ハゲとかなんとか陰口を聞くのはこちらの役目だった。

「俺はそういうのダリィけどなぁ……。まあでも、担当すんならチチのでけェ女がいいわ」
「うっわ身も蓋も無いな! それ単にタクさんの好みじゃないか!」
「バッカわぁかってねーなぁヨネ、ファンってのはそういうとこから付くモンなの。ほれ、チチを笑う者はチチに泣くって言うだろ?」
「聞いたことないぞそんなことわざ!?」

 ぎゃいぎゃい飛ばし合うのもいつもの光景だ。
 ただ一つ「いつも」らしくないのは、俺の口数が少ないということ。
 話題が話題だから当然なのだが、そうなると――

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