速水奏「とびきりの、キスをあげる」

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1 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:14:07.95 ID:pcs6abfO0

――レッスンルーム

タン タン タンッ

速水奏「……ふぅ」

ルキトレ「わぁ……」

モバP(以下P)「おー……」

奏「歌、ダンス、ビジュアルの演技、一通り見てもらったけど……どうだった? ご感想は?」

P「どれも筋がいい」

奏「あら、ありがとう。全部見よう見まねでやっただけだけど、私、割と器用な方なのかしら」

ルキトレ「ですね、簡単な振り付けならすぐ覚えてしまいそうです」

奏「ありがとう。教え方がいいからじゃない?」

ルキトレ「そう言ってもらえると、えへへ……」

P「こうなると、いろいろ試したくなってくるな」

ルキトレ「ですね。奏さん、こんなのはできますか?」

キュッ

ルキトレ「えいっ」

クルッ

奏「バレエのターンかしら」

ルキトレ「はい、アイドルのダンスに多用されるわけじゃないですが、ダンスの一つの基礎なので」

奏「ええと……」

キュッ グルッ

奏「……ちょっと軸がぶれるわ」

ルキトレ「首を残してターンするのがコツなんですが……」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1555420447
2 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:15:47.25 ID:pcs6abfO0

キュッ クルッ

奏「どう?」

ルキトレ「おぉー、すごいです。覚えるの早いです」

P「いろいろできるな。正直助かるよ」

奏「助かる?」

P「歌に踊り、場合によっては演技、トークはラジオでもバラエティでも必要だし」

奏「多才な方がいいってことね。才があるかは分からないけど」

ルキトレ「でもこの器用さは十分に才能ですよ」

P「だな。一通りこなしてくれると、どんな仕事を持ってきてもいいのはこっちとしても助かる、ってこと」

奏「どんな仕事も、ね」

P「じゃあルキトレさん。あとは宣材写真なんで、今日はここまでで大丈夫です」

ルキトレ「そうですか? わかりました。奏さん、最初の間はわたしが基礎を担当しますので、よろしくお願いしますね」

奏「わかったわ。よろしくね」

ルキトレ「では、わたしはこれで。お姉ちゃんの手伝いに入ります」

P「分かりました。お付き合いありがとうございました」

ルキトレ「失礼しまーす!」タタタ

ガチャ  バタン

P「さて、それじゃあ宣材撮りにいこう」

奏「ええ。ねえPさん、レッスンルームって空いていたら使ってもいいの?」

3 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:16:36.67 ID:pcs6abfO0

P「ん? ああ、ちひろさんに話をしてくれれば大丈夫」

奏「あの事務員さんね。了解」

P「自主練でもするのか?」

奏「そうね。やるからには、ってやつよ」

P「努力家だな」

奏「そんな大層なことじゃないの」

P「そうか? まあ、速水はレッスン受ければなんでもこなせそうだけど」

奏「そう、なんでもできる……。それは、裏を返せば……なんにもできないということ」

奏「ううん。できないんじゃなくて、なにを目指せばいいか、わからなかったの。ずっとそうだった……」

P「ふん?」

奏「何にでもなれる存在って、つまり何者でもないってことでしょ。私ってカタチを、なんとなく保っているだけ」

P「言わんとすることは分かる、気がするけど」

奏「ふふっ、それで十分。最初から何もかもを知られているなんて、気味が悪いじゃない?」

P「それは確かに」

奏「とにかく、言えることがあるとしたら、あなたの導きで新しい世界を見つけたってことかな」

P「……それはどうも?」

奏「ここなら、心の空白を埋められそうな気がする」

P(ふーん? ……思ったより、変なところあるんだな)

4 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:17:30.81 ID:pcs6abfO0

――スタジオ

カメラマン「視線はカメラのレンズの上、ココらへんね」カシャ カシャッ

カメラマン「視線外して〜顔ちょっとそらして、物憂げに……そう、良い表情よぉ」

カメラマン「顔戻して、カメラに真正面ちょうだい。肩ふーって落として、微笑んで」カシャッ カシャッ

カメラマン「あん、固い〜。もっとこう……ちょっとPちゃん、声なんか写らないんだから、面白いこと言ってあげなさいよ」

P「えっ、俺がやるんすか!?」

奏「ふふっ」

カメラマン「はいいただき」

カシャッ

−−−

カメラマン「お疲れさま。今日のところはこれで大丈夫よ、メイク落として休憩してて」

奏「はい」

P「どうですか」

カメラマン「うん、とにかく顔がいいわね〜。本当に女子高生なの?」

P「そこは今でも思います」

カメラマン「眼が魅力的。アンニュイさならお手の物、はじけるような笑顔は中々見せてくれそうにないけど、そこがまたタマラナイ系でしょ」

P「ですよね。お……いい表情撮れてますね」

カメラマン「目線外しててもいいけど、こっちを見ると射抜かれそうなくらいの眼ね」

5 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:18:31.02 ID:pcs6abfO0

カメラマン「この笑顔はかなりいいと思うわぁ」

P「これ、さっきのですか。毎度俺を弄るの勘弁してほしいなあ」

カメラマン「アイドルの笑顔のためなら安いもんでしょ。さて、次の撮影はいってるから、こんなところね」

P「はい、お疲れさまでした」

カメラマン「ローデータはデザイナーさんに渡す?」

P「いえ、あの人ら時間かけすぎるんで、こっちでウェブ用に軽めの補正にします」

カメラマン「そうね。素材がいいから、それでも十分に使えるでしょ」

P「カメラマンの腕もいいですしね」

カメラマン「やだもぉ、本当のこと言ってくれて嬉しいわぁ、わははは」バシバシバシ

P「ははは、は、は」ビシビシビシ

――廊下

P「いたた……あの人力強いから叩くと痛んだ」

奏「……カメラマンさん、男性よね。変わった方ね」

P「最初は面食らうアイドルもいるけど、腕は確かだよ」

奏「すごいわよね、緊張のほぐれた瞬間にシャッターきられたもの」

P「おかげでいい写真が撮ってもらえる」

6 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:19:28.43 ID:pcs6abfO0

奏「さっきのトレーナーさんといい、カメラマンさんといい、なんていうか……朗らかな方が多いのね」

P「んー……まあ、いろいろ正直な人が多いかもな」

奏「芸能界って、どろどろしているものって相場が決まっているけど」

P「しているさ。皆その中で正直に生きて、エネルギッシュに振る舞うからそう見えるんだろう」

奏「Pさんも?」

P「そうかも」

奏「どうしてそんな世界で生きるの?」

P「憧れと、その世界に挑戦したいという意思と……あとはお金かなぁ」

奏「正直ね」

P「だろ。正直なだけで生き残れる世界じゃないけど、速水は大丈夫だろう。優等生なだけじゃなく、目端も十分に利きそうだ」

奏「それって評価してくれているのかしら?」

P「割とね。正直さも、嘘のつき方も、覚えていくといい」

奏「嘘のつき方……ね」

7 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:20:06.98 ID:pcs6abfO0

奏「いざとなったら、守ってもらえるんでしょ」

P「そりゃ、事務所はアイドルの味方にならなきゃな」

奏「事務所じゃなくて」

奏「Pさんは、どうなのかしら?」

P「もちろん、速水の意に反することはさせないつもりだよ」

奏「そう。それじゃあ一つお願いしようかな」

P「ん?」

奏「名前で呼んでくれる? プロデューサーさん」

P「あ、あー。それで構わないなら」

奏「ええ」ニコッ

P「……」

奏「なあに?」

P「さっきの宣材写真、もっといい笑顔できたんじゃないのか」

奏「ふふ……さあ、どうかしら」

P「……」

8 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:21:27.42 ID:pcs6abfO0

――一週間後 レッスンルーム

ルキトレ「はい、じゃあ今日はここまで」

候補生たち「「「お疲れさまでしたー」」」

ガヤガヤ ワイワイ

ガチャ

P「失礼」

ルキトレ「あ、プロデューサーさん、お疲れさまです」

P「お疲れさま。候補生たち、調子はどうですか」

ルキトレ「そうですね。前から入っている子のこと、この子。あと奏さんもお姉ちゃんに任せていいです」

P「奏はまだレッスン3回目くらいでしたよね。早くないですか?」

ルキトレ「早いですよ。少しコツを教えるとすぐできちゃうんです」

P「ふぅん。まあ、ルキトレさんが言うならいいか」

ルキトレ「あはは、信頼されてるってことでいいんですか?」

P「ん? そうですね。この調子だと、ルキトレさんが教える子がいなくなっちゃいますかね」

ルキトレ「えーっ、お払い箱ですか!?」

P「はは、すぐに新しい子が入りますって」

ルキトレ「ならいいですけどー」

9 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:22:02.43 ID:pcs6abfO0

奏「からかうなんて、悪い人ね」

P「おう、奏。おつかれ」

奏「お疲れさま。迎えにきてくれたの?」

P「ん?」

奏「わざわざルーキーさんをからかいに来たわけじゃないでしょ」

P「まあ、そのためだけに来たわけじゃないけど。ルキトレさんはなんかこう、からかい甲斐があってなあ」

ルキトレ「まったく、ひどいと思いません?」

奏「ええ、ひどい人だわ。そんな人、私がからかっちゃおうかな」ズイ

ルキトレ「わわっ」

P「それは遠慮しておく」

奏「しれっと流しちゃって。ね、ひどい人でしょ」

ルキトレ「ソウデスネ……」

P「奏も大概、悪い子だと思うよ」

奏「ふふふ、そうね。……この後打合せだったかしら」

P「そうだな。着替えたら事務所で」

奏「わかったわ」

ルキトレ「……」プシュゥ

10 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:22:55.72 ID:pcs6abfO0

――事務所

奏「それで、打合せって?」

P「一口にアイドルになるといっても、いろんな方向性がある。今日はそこの提案と聞きとり」

奏「私のプロデュース方針ってことね」

P「いい話があればすぐにでも仕事を持ってきたいが、本人の意向は大事だからな」

奏「それはありがたいけど、選べる立場でもないんじゃない?」

P「仕事を持ってきた以上はやってほしい。だから仕事を選ぶ俺が聞いておきたいんだ」

P「そこらへんで互いに嫌な思いをしないようにするための、すり合わせだよ」

奏「そう。……そうね、露出が多い仕事ばかりもってこられたらどうしようかと思っていたわ」

P「そんな仕事ばかりってことはないけど……夏になったら多少はあるかもな」

奏「仕方ないわね。Pさんが見たいんだったら着てあげる」

P「んー……うん、素直に喜んでおこう」

奏「ふふふっ。それで、どんな仕事があるの」

P「まずは歌と踊り。これはどうやっても最低限必要になる」

奏「やっぱりアイドルの華だものね」

P「すぐに曲が出せるわけじゃないが……まあ、トレーナーさんにしっかり基礎を調えてもらってからだな」

11 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:23:31.86 ID:pcs6abfO0

P「それから、モデルの仕事を勧めたい」

奏「あら、素敵」

P「お、やっぱり憧れか? 本格的なモデルには身長がもう一声だけど、プロポーションは十分だしな」

奏「170cm以上の世界なんでしょ?」

P「いや、そんなこともない。日本でなら奏くらいは割と普通にいる」

奏「そうなの」

P「もちろん世界で通用するモデルとなると175cmとかになってくるけど」

奏「やっぱりそういうものなのね」

P「あー、失礼ながら体型の話をするけど」

奏「どうぞ」

P「奏だとむしろ肉付きがいいくらいなんだ。出てるところが出ているから。グラビア系がいけるな。顔立ちがいいから化粧品にもうってつけ」

奏「……なんか、聞いていると、恥ずかしくなってくるわね」

P「だから前置きした。こっちは真面目だ」

奏「もちろんわかってるけど。それとも……フマジメにお話してみる?」

P「さすがにそんな度胸はない」

奏「ふふ、残念」

P「映画が好きってなら、女優業も視野に入れてみようか」

奏「映画に出られるの?」

P「先輩アイドルのバーターとかでな。もちろんレッスンはきちんと受けた上で」

奏「それは楽しみね」

12 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:24:08.03 ID:pcs6abfO0

P「いまさらだけど、部活とかってやっているか?」

奏「いいえ? 部活と勉強と、さらにアイドルまでやるほど器用じゃないもの」

P「器用かはともかく。どうしても休日が潰れることが出てくるからな」

奏「お仕事じゃあ、仕方ないわよね」

P「けど、まだ遊びたい盛りだろ。場合によっては学校終わってからの仕事もあるかもしれない」

奏「それで部活の有無ね。安心して、いまのところ予定はないわ」

P「そりゃ助かる」

奏「学校からお仕事ってことは……Pさんが迎えに来てくれるのかしら?」

P「え?」

奏「校門に車が止まってて、年上の男性が迎えに上がっているなんて、ちょっとした憧れじゃない?」

P「んー……なかなか乙女な発想だ」

奏「乙女のつもりよ」

P「いやすまん、乙女じゃないって意味で言ったんじゃないんだ。なんにせよ……時間がやばいとかじゃなければ俺が行くことは無いと思う」

奏「そう、残念」

P「現場直行か、事務所から送迎、急ぎならタクシーの使用もOK」

奏「わかったわ」

13 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:24:35.80 ID:pcs6abfO0

P「CMやバラエティのテレビ系もいいよな。ラジオはどうだ?」

奏「たぶん大丈夫?」

P「多少人気が出てからだけど、握手会やサイン会もやってほしい」

奏「NGを出すほどのことじゃないけど……ねえ、際どいラインだとどんなのになるの?」

P「あー……やらせる気はないが、イメージビデオとかだな」

奏「イメージ?」

P「グラビアアイドルなんかがやるんだが、ほぼ下着姿だったり、まあその……手で隠すレベルだったり」

奏「……ふぅん」ジト

P「そっち系の予定はないから、安心してくれ」

奏「そう。……Pさんの個人レッスンでやるなら、考えたのに」

P「げほっ! ……んんっ、あのな、あまりそう言うのは」

奏「分かってる、相手は選んでいるわ」

P「……そう言うことでもないんだが」

奏「ふふっ」

14 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:25:20.06 ID:pcs6abfO0

P「それぐらい言えるなら、大方の仕事は大丈夫そうだな」

奏「水着モデルくらいまで?」

P「下着の仕事も持ってこようか?」

奏「……」

P「OK、NGにしとく。そのラインでとってくるよ」

奏「まだ何も言ってないわ」

P「顔に出てる」

奏「あら……表情を変えたつもりはなかったのだけど」

P「今のは見てればわかる範囲だと思うぞ」

奏「ちゃんと見ててくれるのね」

P「ん? ……そこはまあ、仕事だよ」

奏「私に見とれていた、とかならもっと嬉しかったのに」

P「……そういうのは、事務所じゃない場所で言うよ」

奏「!?」

15 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:25:52.37 ID:pcs6abfO0

P「やり返されて驚くくらいなら、最初からからかうな」

奏「むぅ……」

P「さて。大体のボーダーは分かった。営業資料も揃ってきた。あとはこっちの仕事だな」

奏「よろしくね、プロデューサーさん」

P「おう。そっちもきちんとレッスンで地力を付けてくれよ」

奏「わかった。そういえば、なんだけど」

P「ん?」

奏「下着の仕事も、受けていいわ」

P「なんだ、気が変わったのか?」

奏「いいえ。抵抗はあるけど……あなたが見たいなら、見せてあげる」

P「……あー……頭の片隅に置いておくよ」

奏「そうして」

P「はー……」

奏「ふふふっ」

16 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:26:33.45 ID:pcs6abfO0

――数週間後

P「ファンが付いたぞ」

奏「えっ?」

P「この前の雑誌モデル。カット2枚載ってたろ」

奏「載ってた、けど……ファンってそんな、すぐ付くものなの?」

P「出版社に電話が問い合わせがあったんだよ。この子は誰かって」

奏「写真2枚で、電話くるものなのね」

P「といってもその1件だけだし、同業者の調査の可能性もある」

奏「……それって、ファンって言うのかしら?」

P「どこからファンになるかなんて定義はないけど、雑誌に載った奏が、人ひとり電話かけさせる原動力になった。これは、何人もの人があの写真を見て『このモデル、いいな』ってなった証拠だ」

P「何人が『いい』と思ったか正確な数は分からないし、ファンだって公言する人もまだいないだろう。それでも確実にファンはついた。いまは実感はないだろうけど」

奏「ええ…… でも、そうなのね」

P「ああ、ここからだ。アイドルがファンを作り、ファンがアイドルを作る」

奏「ファン無くしてアイドルはあり得ないって?」

P「そういうこと」

17 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:27:07.00 ID:pcs6abfO0

奏「アイドル、偶像か……あまりいい意味でとらえたことは無かったけど」

奏「それでも、なんていうか……悪い気分じゃないわ」

P「そうとも、誇っていいぞ」

奏「電話の人が同業者だったとしても?」

P「同業だとしたら見る目がある。まあ、少し遅かったけどな」

奏「そうね。私はあなたのアイドルだもの」

P「ん、まぁそう言うと語弊があるけど……うちのアイドルだよ」

奏「そう? Pさんが担当してくれないんだったらやめようかな」

P「……個人的には喜んでいいんだと思うけど、なかなか攻めた発言だな」

奏「いけなかった?」

P「悪い気はしないよ。……俺の方が口説かれる気分になる以外は」

奏「あら、口説きたい方なの?」

P「職業上、そっちの方が慣れているかな」

奏「それで何人ものアイドルを口説いてきたのね。だったら一人くらい、こんなのがいてもいいでしょ」

P「んー……そういう方向性もありか」

18 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:27:49.57 ID:pcs6abfO0

奏「方向性って、私の?」

P「ん? ああ、別にノープランってことじゃないんだけど、速水奏のイメージをどこに着地させるかって言うのはこれからだな」

奏「ふぅん」

P「そのまま自然体でも魅力はある。ただ、ファンに見せやすい方向を持たせると、いろんな考えの主軸になる」

奏「キャラ付けってことね」

P「分かりやすく言うと。でもキャラである、キャラじゃないなんて単純なイメージでファンがついてくるかって言うと」

奏「ファンも人だもね。いろんな面を見せていくことで、役に深みを持たせる様な感じかしら」

P「役? ああ、映画的な意味でか。なるほどな」

奏「方向性……キスなんてどう?」

P「キス? あー、初めて会った時も、そういや宣材写真の時もちらちら言っていたな」

奏「そうだったわね」

P「なんか……思い入れでも?」

奏「たいしたことじゃないわ。素敵でしょう? キスって」

P「素敵、ね」

奏「だから、してみたいのよ」

19 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:28:20.12 ID:pcs6abfO0

P「ん……え?」

奏「え、って?」

P「えーと……」

奏「なあに?」

P「……その、ちょっとプライベートなことを聞くかもしれないんだけど」

奏「ええ」

P「奏、いま付き合っている人はいるか?」

奏「いたらアイドルやる前に話してるわ」

P「あ、そう……しっかりしてる」

奏「どうも」

P「あー……」

奏「当ててみましょうか?」

P「……当たりそうで嫌だな」

奏「キスの経験はあるか、でしょ?」

P「嫌だって言ったんだけど」

奏「あら、ごめんなさい。気づかなかったから、Pさんも気づかないフリ、してもいいよ」

P「ずるい言い方するなぁ」

20 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:28:48.57 ID:pcs6abfO0

奏「答えだけど……ないの」

P「……へぇ」

奏「滑稽でしょ。普段キスだの言っている小娘が、経験の一つもないなんて」

P「そこまでは思っていない」

奏「背伸びをしているとは?」

P「思った」

奏「背伸びも悪いものじゃないわよね」

P「まあ、奏はそこも含めて魅力かなとは思うけど」

奏「そうじゃなくて。背伸びをすると」

スッ

奏「ほら、とても近くなった」

P「……そうですね」グイッ

奏「なにも、肩抑えなくても。いまは本気じゃないわ」

P「こっちが本気になったらできるだろ」

奏「ああ。自制のための腕なのね」

21 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:29:27.86 ID:pcs6abfO0

奏「んー……」グイグイ

奏「首に手を回すには、もっと密着しないとダメかな」

P「そろそろ離れてくれないか」

奏「残念。もったいないって思わない?」スッ

P「……思うけど、それとこれとは別」

奏「仕事と恋愛は別、ね。アイドルに恋愛はご法度だって言うけど、実際どうなのかしら」

P「そうだな。……極論、ファンにばれない自信があるなら」

奏「あら意外」

P「どう言ったって惚れた腫れたはあることだろ。そういう年頃なんだし」

奏「まあ、そうね」

P「極論なんて言ったが、一流芸能人だってスキャンダルになったりするからな。正直なところ控えてほしい。といっておくよ」

奏「なるほどね。……じゃあ、その点はクリアなのかな」

P「その点?」

奏「ファンにばれるようなことはしないわよね。Pさんは」

P「……例えば最初は気を付けていたとしても、慣れたりしたらボロが出るもんだ」

奏「慣れてくれるんだ」

P「そういう意味じゃなくて」

奏「ふふっ、わかってる」

P「行動でもわかってくれるといいんだが」

22 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:29:58.23 ID:pcs6abfO0

奏「今日はこんなところ?」

P「そうだな。さすがにこの時間じゃ送っていけないぞ」

奏「まだ夕方でしょ。大丈夫」

P「それじゃあ……次は明後日のレッスンか?」

奏「そうね。その時にまた」

P「ああ、お疲れ」

奏「お疲れさま」

パタン

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

P(速水奏のアイドルの道は順調だった)

P(俺が取ってきた仕事を問題なくこなしてくれる)

P(それだけで十分すぎるほどありがたい、優秀なアイドル)

23 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:30:33.67 ID:pcs6abfO0

P(ファンも着実に増え始めた。その勢いに乗って曲の発注をし、次のステップに足をかけていく)

P(そんなある日。仕事終わりに事務所に寄った彼女に、声を掛けた)

P「お疲れさま」

奏「……お疲れさま」

P「どうかしたか?」

奏「なんでも……いや、ちょっとはあったかな」

P「ふん?」

奏「今日の仕事でね」

P「ドラマのちょい役だったな」

奏「ええ……そこで見かけたの」

P「誰を」

奏「高垣楓さん」

P「ああ、あの人か」

奏「……彼女、凄いのね」

P「そうだな。同じ事務所だけど、会う機会はいままでなかったか」

24 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:31:03.49 ID:pcs6abfO0

P「それで、一緒に仕事をして、どうだった」

奏「話はしなかったわ。忙しくてできなかったの」

P「高垣さん、確かメインキャストだったな。仕方ないか」

奏「一応、アイドルなのよね?」

P「そうだな。元モデルと言いつつも、いまでもモデルの仕事は入ってるみたいだけど」

奏「そう。……アイドルの枠に収まらない人だった」

奏「トップアイドルって、ああいう人のことを言うのね」

P「ああ。確かにトップの一人だよ」

奏「驚くほど綺麗で……歌や踊りだけじゃなくて、演技もできて」

P「勉強になったろ」

奏「勉強?」

奏「……そうね。憧れてしまうわ」

25 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:31:33.32 ID:pcs6abfO0

P「機会があったら話もしてみるといい。学ぶいいチャンスだ」

奏「……学べるかな」

P「いま奏がしている仕事は、全部経験として積んでいってほしいんだ」

奏「そうね、わかってる……いろんな経験ができているって、わかってる」

P「高垣さんの凄さが分かっただけ、収穫だよ」

奏「……」

P「……満足できてないって顔だな」

奏「ごめんなさい。今日は帰るわ」

P(まぁ、見透かされるのは好きじゃないか)

P「気休めに聞こえるかもしれないけど」

奏「……」

P「俺は、奏が負けているとは思ってない」

奏「そう。嘘でもうれしい」

P「嘘のつもりはないよ」

P「そりゃあ確かに、キャリアも実力も高垣さんの方が上だろうけど」

26 : ◆WO7BVrJPw2 [saga]:2019/04/16(火) 22:32:09.07 ID:pcs6abfO0

P「奏なら、いつか彼女の隣に並ぶこともあるかもしれない」

奏「そうかしら」

P「ああ」

奏「ありがとう。お疲れさま」

P「お疲れさま」

パタン

P「……」

P(奏が帰る前に見せたあの表情は、前にも見たことがあった)

P(初めて俺が声を掛ける直前の、つまらなそうに海を見ていた、あの時の顔)

P(レッスンに楽しそうに打ち込む顔も、仕事の時の真面目な顔も、俺をからかう時の笑顔も)

P(どれも彼女の本当なのだろうけど、嘘でもあるように感じられる)

P(いつもどこか本心を隠しているのは、彼女のスタイルなんだろう)

P(だけど俺は、その下の素顔を見てみたい)

P(ただ単に仕事を与えれば、何もしなくても彼女は及第点を取り続ける)

P(それで俺は満足か? 奏は満足しているのだろうか?)

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