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男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」
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323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:45:19.16 ID:jJ6/ECAP0
奴「んゅ! おかー」
真昼の太陽の下、その小さな幼子の手は少女の腕を引いた。
刃踏「ふふ……そうね。おててつなぎましょーね」
乱怒攻流「……まさか、こうも簡単にいくなんてね」
紺之介「本当にな」
彼らの目に映るは手を繋いだ母娘の姿なり。
その微笑ましくもある二人の姿は茶居戸にて企てた作戦の成功を意味していたが、それはあまりにも呆気ないものであった。
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:46:14.96 ID:jJ6/ECAP0
茶居戸の雑木林にて刃踏が一度二度奴を呼び上げるとその幼女は飼主を待っていた仔犬が如き勢いで木陰から飛び出したのだ。その後の二人は語るまでもなく今の景色とほぼ同等。
こうして愛栗子の作戦通り無事戦わずして奴を傘下へと引き入れた紺之介一行が次に向かうは事件の発端、幼刀 俎板-まないた-があったとされる村、木結芽-こむすめ-である。
いよいよ間近に迫る彼らにとっての最後の幼刀収集……幼刀 児子炉-ごすろり-の収集へ向け、新たな策を企てるためできるだけ本刀が振るわれた地にて情報を集めるというのが今回の目的の主旨であった。
これを提案したのもまた愛栗子である。
だが
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:47:05.86 ID:jJ6/ECAP0
奴「こーん! たかいたかい!」
紺之介「は……? なぜ俺のとこにくる」
刃踏「きっと歩くの疲れちゃったんですよ。それで、紺之介さんが一番背高いので……」
紺之介「俺は知らん。疲れたのなら納刀してやる」
奴「う゛ー!」
紺之介「……少しの間だけだからな」
乱怒攻流「あんたそういうところ何だかんだで甘いわよね」
刃踏「ふふ、ありがとうございます」
愛栗子「〜……」
提案した当の本人の機嫌は、いささか雲がかって見られた。
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:47:36.68 ID:jJ6/ECAP0
木結芽。
茶居戸の雑木林を抜け更に約三里先歩いた場所にその里は存在している。
一行は到着のち宿にて常駐。
一泊挟みて俎板の元所有者を当たる所であったがそれにはしばし問題点があった。
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:48:23.69 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「俎板は既に破壊されている幼刀だからな……本人を見つければいいという訳ではないのが問題だな。あまり大きな里ではない故幼刀幼刀と聞いて回るのもできるだけ避けたいところだ」
乱怒攻流「まあお偉いさんがちょっと聞いて回っただけならまだしも一度その源氏ってのが暴れてるんでしょ? 幼刀絡みの話は警戒されるかもね」
愛栗子「なんじゃ背嚢にしてはよく理解しておるではないか」
乱怒攻流「は?」
紺之介「おいお前ら……」
眠たげな愛栗子が扇子を内にあおぎながら同時に乱怒攻流をも煽る。
二人以外からすればその光景はもはや日常の一部にもなりつつあったが、長らく二人のやり取りを見ていた紺之介の目には近頃愛栗子の煽り方が雑になっているようにも見えた。
紺之介(まるで別でためた鬱憤を八つ当たりに晴らしているような……)
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:49:05.98 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子を睨み今にも掴みかかろうとする乱怒攻流を制止させるかのように奴を撫ぜていた刃踏が口で割って入る。
刃踏「あ、あの……では炉ちゃんの姿を聞いて回るのはどうですか? 幼刀という言葉や名前を出すのではなく『黒服の少女』として探してまわる……というのは」
乱怒攻流「なるほどね」
紺之介「妙案だな。それならば源氏たちの仲間とも思われずらく自ずと児子炉の目撃者……いずれ俎板の所有者に近づけるやもしれんな。まったく中々頭のきれるやつだ」
刃踏「ふふ、またぺとちゃんの相手……してあげてくださいね」
紺之介「っ……」
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:49:49.55 ID:jJ6/ECAP0
刃踏に関心を寄せる紺之介ら傍ら愛栗子は片付いた話を手早くたたみにかかるとそのまま横になり顔を背けた。
愛栗子「……もうよいか? ならはよう消灯してしまえ。わらわは疲れたのじゃ」
紺之介「そう急かすな。所有者に聞くべきことを今一度整理する必要が」
「お客様」
不意に宿屋の女将の声が彼らの会話を絶った。襖が二度叩かれた後紺之介の了承を得てその女将敷居滑らせる。
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:50:41.46 ID:jJ6/ECAP0
「入り口の方でお客様に会いたいと仰る方が……」
紺之介「なんだと? ここまで連れてこい」
「かしこまりました」
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:51:07.43 ID:jJ6/ECAP0
彼女が廊下へと去って行く中、愛栗子は不思議そうにぼやきをこぼした。
愛栗子「誰だか知らぬが非常識な奴もおったものじゃ。今をどこの刻だと思っておるのじゃ」
乱怒攻流「も、もしかして源氏だったりして」
紺之介(今存在する幼刀は奴の児子炉と導路港に置いてきた透水を除けば残りは全てここにある……児子炉の幼刀探知で追われていたら確かにその可能性もなくはない)
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:52:01.00 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流の不穏な予想を考慮し紺之介閉ざされた襖の方を向いたまま背後に立てかけた愛刀を掴む。だが愛栗子に並び刃踏もいたって冷静であった。
刃踏「しかし一度この村で暴れた方を簡単にお通しするでしょうか」
紺之介「それも、そうか」
乱怒攻流「被り物をしてる可能性だってあるじゃない!」
焦りと疑惑どよめく中再び襖は叩かれた。
紺之介「……開けてくれ」
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:52:40.94 ID:jJ6/ECAP0
蝋燭の灯された部屋に廊下から二人の人影が差していく。それが徐々に、徐々に大きくなっていく中で紺之介は手を鞘から柄に移し、乱怒攻流は背嚢を開けた。
そして遂に、襖は完全に開かれる。
「こちらの方です」
「わ、悪い。こんな時間に」
暗い廊下の中、灯にその顔を浮かべたのは一行が名も顔も知らぬ無精髭を生やした男だった。
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:53:29.29 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「……? 誰だ」
「俺はこの村に住んでる次堂 須小丸 - じどう すこまる - ってもんだ。その……アレだ。鮮やかな鞘と妙な格好した少女をぞろぞろと連れてるもんだからまさかと思ってな。この言葉に心当たりがねぇってんならそのときはもう帰るさ。気にせず寝てくれ」
男はおもむろにそう告げると紺之介らの反応を伺った。
彼は遠慮混じりで本当に直ぐにでも退散するといった様子だったがそこまで言われて一行に心当たり……ないわけがなし。
紺之介は少しばかり目配せしそしてため息を漏らした。彼は己が異様に浸かりきってしまっていたことに気がついたのである。
紺之介(確かに冷静に考えてみればこのような旅の集団……違和感だらけだな)
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:54:31.45 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「と、言うことは……須小丸と名乗ったか、あんたはもしや幼刀 俎板-まないた- の……」
須小丸「ああそうさ。やっぱりそこの女共は俎板の言っていた他の幼刀だったんだな」
須小丸と名乗った男は拳を握りこみ一度瞼を閉じると息を吸い込んでから目を見開き叫んだ。
須小丸「なああんた幼刀に詳しいんだろう!? 教えてくれ!! なんで俎板は殺されなきゃならなかったんだ!」
彼は後ろで女将が短く矯正をあげたことも愛栗子が蔑んだ目で耳を塞いだことにも気にせず一歩二歩敷居を跨ぎて紺之介の両肩を取った。
紺之介は冷静に立ち上がりて彼の手を払いのける。
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:55:22.56 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「なるほどな。あんたが知りたいのはその話か……実は俺たちも俎板の元所有者に聞きたいことがいくつかあってな。丁度話したいと思っていたところだ」
紺之介「……だが」
紺之介が何かを気にするかのように刃踏と彼女が抱えた奴へと視線を流したとき、奴が寝ぞろをかきて嗚咽を漏らしたことからさすがの須小丸も場の空気に察しを得た。
須小丸「す、すまん」
刃踏「あ、ああ〜……気にしないでください。ねぇ〜? ぺとちゃんごめんね寝てたもんね〜……」
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:56:09.06 ID:jJ6/ECAP0
刃踏が奴をあやしこむ中、紺之介は須小丸に名乗りを入れて約を結んだ。
紺之介「俺は都の剣豪、紺之介と申す。というわけだ。明日の昼にでもまた訪ねてくれるか? さすれば須小丸、あんたの家にて俺が知っていることをできるだけ話そう」
須小丸「分かった。いきなり押しかけてすまなかった……ではまた昼の刻にて」
須小丸はそう言い残すと一礼のちに女将と共に引き上げて行った。
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:56:40.80 ID:jJ6/ECAP0
閉まる襖が合図のごとく奴を再び眠らせ、刃踏が紺之介に礼を申した。
刃踏「すみません紺之介さん……気を使わせてしまって」
紺之介「別に、餓鬼に騒がれた中では正確な情報は聞き取れんと思っただけだ」
乱怒攻流「素直じゃないのね〜」
紺之介「お前にだけは言われたくない」
乱怒攻流「な、なによっ!」
刃踏「ふふっ」
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:57:14.66 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「ぬしら煩いぞ。用が済んだならさっさと寝てしまえ! わらわはもう寝かせてもらうぞ」
乱怒攻流「あーこわ……まったく最近お人形さんの機嫌が悪くて困るわ。紺之介! あたしは納刀して。こんな狭い座敷じゃ眠れないわ」
紺之介「はぁ……納刀」
愛栗子の機嫌の悪さはけして乱怒攻流だけが感じ取っているものではなし。
紺之介としては彼女の捨て台詞に加担することはただでさえ理解し難き愛栗子の機嫌を更に悪くするようで控えておきたかったが部屋狭きは事実なので仕方なく彼女の要望を受け入れんとする。
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:57:54.67 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「フミ、そこの餓鬼はどうする」
刃踏「私たちは大丈夫です。ぁ……えっと、本当はぺとちゃんと一緒にいたいだけ、なんですけど……あはは」
紺之介「分かった。それじゃあ寝るか」
紺之介が蝋燭の火を消した部屋には闇夜と月明かりだけが残った。
頑なに皆に背を向け横になる愛栗子の姿も殆ど他の目に晒されぬ身となったが刃踏だけには見えていた。
刃踏「……」
月さえ照らせぬ、彼女の横顔が。
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:58:42.63 ID:jJ6/ECAP0
翌、一行と須小丸は白昼にて落ち合う。
して須小丸の宅上がりこむ紺之介らの視界に真っ先に入ったのは妙に大事そうに飾られた薄刃包丁であった。
紺之介(なんだあれは)
薄刃包丁……菜切り包丁とも言われるそれはその名の通り一般的包丁である。
故にそのありかも台所であるはずのそれがあたかも伝家の宝刀のように修飾されているとなるとやはりその光景は異様を模したものなり。
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 18:59:10.16 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「? まさかあれが魂の抜かれた……」
乱怒攻流「違うわ。あれはただの包丁」
紺之介「そうなのか?」
紺之介の言わんとしたことをいち早く否定した乱怒攻流の言葉を聞いて須小丸は彼らが何のこと言っているのか気がつき補足を入れた。
須小丸「ああ、確かに幼刀俎板-まないた-の刀身はこんな形をしていたがこれはただの菜切り包丁さ」
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:00:08.58 ID:jJ6/ECAP0
須小丸「魂が殺されたとき、一緒に砕けちまったよ。ただそれでも、ここに置いておくとまだあいつがそこにいるみたいでな……何となく飾っちまってるのさ」
紺之介「……そうか」
愛栗子「なるほどの」
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:02:05.01 ID:jJ6/ECAP0
>>343
すみませんミスです台詞一つ抜かしています
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:02:40.01 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「となると破壊された俎板は……」
須小丸「魂が殺されたとき、一緒に砕けちまったよ。ただそれでも、ここに置いておくとまだあいつがそこにいるみたいでな……何となく飾っちまってるのさ」
紺之介「……そうか」
愛栗子「なるほどの」
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:03:24.00 ID:jJ6/ECAP0
よく晴れた室外とは裏腹に須小丸の遺憾に濡れた重苦しい室内。
一行がそれに当てられ切り出しずらくなっているのを感じとりて須小丸自らが口を開けた。
須小丸「そろそろ本題に入っていいか。なあ教えてくれ。なんで俎板は殺されたんだ? やっぱ幼刀が異端な存在だから消されなきゃならなかったのか!?」
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:03:51.52 ID:jJ6/ECAP0
須小丸「俺は……見ての通り金も地位も、妻子すら持てねぇ落ちこぼれの農民だが……あいつがうちに来てからは毎日がそれなりに幸せだったんだ。あいつが包丁をまな板に当てる音で目を覚まして、うめぇ味噌汁飲んで……それで、それで……」
須小丸堪らず男泣きを見せる。
普段は無頓着な紺之介も流石に心中重く察したのか彼の話にじっと耳を傾けた。
刃踏が崩れ落ちる彼の肩を抱き背をさすり、それについて行くように奴が彼の頭を撫でた。
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:04:44.76 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「すまん。実のところ幼刀 児子炉 -ごすろり- については俺自身詳しくなくてな。あの幼刀は『どういうわけか他の幼刀を憎く思っている』ということしか知らない。ここに来た理由もあんたから児子炉が俎板を襲った際、どのようなことを口にしていたか詳しく聞こうと思ったからだ」
須小丸「児子炉……? もしかして俎板を殺した幼刀の名前か」
紺之介「ああ。だが児子炉の所有者である源氏がどのような理由で幼刀を探しているのかは知っている」
須小丸「それでいい! それを教えてくれ」
紺之介(これで一応交渉成立としておくか)
垂らした情報の種に須小丸が食いついたのを見て紺之介は源氏について話し始めた。
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:05:28.89 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「源氏という男は……ひたすら強者を求める狂人たる剣客だ。故に人知を超えた力を秘めたる幼刀と戦うことでその欲望を満たそうとしている」
須小丸「そんな身勝手な理由で俎板を……! あいつは戦を望むようなやつじゃなかったのに」
紺之介の口から聞いた源氏の人格があまりにも悪鬼羅刹をなぞっており須小丸は深く落胆喪心した。
砕かれた俎板の刀身には何か意味があったのではないかと信じ悲壮感奮い立たせ今日まで生きてきた彼にとってそれは身を討ち滅ぼされるほどの衝撃だったのである。
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:06:25.99 ID:jJ6/ECAP0
再び額を畳に落とし涙でそこを湿らせる須小丸。
一方でもはや情報収集どころではなくなった紺之介は若干困惑気味ではあったものの、とりあえずの同情を重ね最後は刃踏に彼を一任した。
紺之介「フミ、須小丸を少し頼んでいいか」
刃踏「……はい」
紺之介「奴、しばらく外に出るぞ。俺が相手をしてやる」
奴「こんたかいたかい」
紺之介「仕方ないやつだな」
紺之介は奴を抱き上げると愛栗子乱怒攻流引き連れて刃踏を残し須小丸の家を出た。
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:07:45.85 ID:jJ6/ECAP0
紺之介(さてどうしたものか……)
二度目の茶居戸抜けて以降彼らは急ぎ足前へ前への旅路であった。というのも当然といえばそれで何しろここへ訪れたところで新たな幼刀を収集できるというわけではないからである。
欲しいのはあくまで有力な情報、児子炉の明確な強さ、詳細な幼刀破壊の動機等……それが集まればいざ最後の収集へ。
紺之介の脳内にあった予定だと次なる猶予の安息は全てを終えた帰路の旅路の中にあり。
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:08:56.87 ID:jJ6/ECAP0
しかしながら貴重な情報源の男があれでは手詰まりというもの。
余裕のなかった筈の彼らにはからずも時間が生まれた。
となれば紺之介彼の人求めるはただ一つ。
紺之介「……奴、刀を見て回るか」
奴「うー?」
乱怒攻流「あ、昨日からそこら見てきたけどこの里刀鍛冶なんていないわよ」
紺之介「……」
紺之介、落胆。
危うく肩車をしていた奴を落としそうになる。
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:09:43.74 ID:jJ6/ECAP0
奴「う゛ー!」
紺之介「お、っと。はぁこれだから山里は」
乱怒攻流「いやその都では流行みたいな言い方やめなさいよっ」
木結芽の里に対して一言毒を吐いた後に紺之介は愛栗子の方を見た。
不貞腐れた猫のように岩に座し何処か遠くを見ながら扇子を揺らす彼女を視界に留めるとまた乱怒攻流の方を向いて彼女に問いかけた。
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:10:31.50 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「……何処か休めそうな場所はあったか」
乱怒攻流「あ〜……まあ、茶屋くらいなら?」
紺之介「何故刀鍛冶がいなくて茶屋がある! っ〜……まあいい、行くぞ」
乱怒攻流(あんたが時代遅れなのよ)
乱怒攻流が先導する形で歩き始めた紺之介は二歩ほど歩いてから後方に目線を流す。
彼の視線に気がついた愛栗子は扇子を閉じて臀部をはたくと目を閉じ静かに歩き始めた。
その様子を確認した紺之介は奴に急かされる形で再び前へ歩き出す。
奴「こん?」
紺之介「お前餅、食えるか?」
奴「おもち!」
紺之介「その様子なら大丈夫そうだな」
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:11:19.56 ID:jJ6/ECAP0
………………………
「くず餅です。ではごゆっくり」
乱怒攻流「黒蜜とかないわけ?」
紺之介「文句を言うな」
看板娘に出されたくず餅を紺之介は竹串でさらに小分けにするとそれを奴の口元に運んだ。
紺之介「よく噛めよ」
奴「あむぅ、うゅ……うま!」
紺之介「そりゃよかったな」
そうして彼は自らもひとかけら口にすると奥歯でそれを噛みしめながら頬づえをつき、須小丸の家へと目を向けた。
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:11:50.85 ID:jJ6/ECAP0
紺之介(フミは上手くやっているか? そのまま児子炉のことについても聞いてくれれば楽なんだが)
紺之介は刃踏に対して絶大な信頼を置いていた。理由は言わずもがなの唯一無二の完敗にあり。
彼はあの慈愛に呑まれ安らがぬ相手は獣くらいではないかとすら考えていた。
紺之介(まあ、問題ないだろう)
茶を含みてもう一口くず餅を放り込もうとしたときだった。
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:12:35.36 ID:jJ6/ECAP0
奴「う゛〜」
袖口が下に引かれたので顔合わせてみればそこにあったのは眉を下げしべそかきの奴。彼女の手は内股にあり。
紺之介「あぁ」
紺之介察して定員を招き席を外す。
紺之介「はあ、厠も一人で向かえんのか」
その様子を見届けた乱怒攻流が頃合いかと愛栗子の頬を竹串で軽くつついた。
愛栗子「っ、なんじゃ行儀の悪い!」
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:13:10.69 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流「……何があったか知んないけどさ、いつまでぶすっとしてんのよ」
愛栗子「知らぬな」
愛栗子は乱怒攻流の竹串を持つ手を払いのけると扇子を開いてそっぽを向いた。開かれた扇子は彼女の頬をすら覆いて蓋のようにそこにあり。
乱怒攻流は諦めた様子で串先を彼女の頬から紺之介が残したくず餅へと変えた。
乱怒攻流「あいつがちょっと刃踏贔屓にしてるのは分かってるけどさ、あれは多分負け意地でしょ」
愛栗子「……なんじゃ、分かっておるではないか」
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:14:07.54 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流「そこまで露骨に拗ねられると流石に分かるわよ。なんであんたがあんな刀馬鹿のこと気に入ってるのかは未だによくわかんないんだけどだけどさ〜?」
愛栗子そっと扇子を下に傾ける。
紙一枚先にあった乱怒攻流の横顔はくず餅を貪る他愛ないものであったがそこに何となく彼女の美を感じた愛栗子は己なりの賞賛を送ることとした。
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:14:44.21 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「まあ、ぬしにも大人の恋路というやつが分かってきたようじゃし少しくらい聞かせてやるとするかの」
乱怒攻流「なによそれ。まあいいわ……で、何」
「聞かせる」と言ったもののまだ若干の勿体ぶりをにおわせる愛栗子。
しかしどっちでも良さそうな顔つきでくず餅を食み続ける乱怒攻流につまらなさを募らせるととうとう口を割り始めた。
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:15:29.27 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「無論、あやつの強さや芯の太さに惹かれておるところはある。しかしの……」
愛栗子「『運命の糸』と言われたらぬしは信じるかの? 瞳にその者の姿をとめた瞬間から、己はそれを愛するさだめと想うことじゃ」
乱怒攻流「何よそれ、結局一目惚れってこと?」
愛栗子「全くもって違う」
半目でから皿をつつく乱怒攻流に対して愛栗子力強くそれを否定する。
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:16:20.55 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「この衝撃は、あのおのこを見たとき以来じゃった。今やどうなったかも分からぬ……あの愛しきれなかったおのこと同じ。『これを愛す故に我魂此処に在り』と」
その愛栗子の真剣な呟きを耳に入れ乱怒攻流やっと目を見開かせる。
乱怒攻流「! ねぇ、それってもしかして……あいつってさ……」
彼女が愛栗子の方を向いたときだった。
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:17:11.68 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「世話になった。代はここに置いておく」
紺之介が奴の手を引いて暖簾に腕押しながら二人に呼びかけた。
紺之介「お前ら、食ったなら行くぞ」
奴「ありしゅ! らん!」
その様子を見た愛栗子は諦めるようにして話を打ち切ると机に手をついて席を立った。
乱怒攻流「ねぇちょっと……」
愛栗子「続きはまたの機会に、の?」
乱怒攻流「……はぁ、わかったわよ」
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:17:47.95 ID:jJ6/ECAP0
……………………
茶屋を出た紺之介たちが須小丸宅へ蜻蛉返りしてみれば丁度玄関を出る刃踏の姿があった。
刃踏「あ」
奴「おか!」
刃踏「ふふ、何してたんですか?」
奴「あのね! おもち! たべた!」
刃踏「ふふふ、よかったですね〜」
365 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:18:43.51 ID:jJ6/ECAP0
奴の駆け出した後から他三人も刃踏と落ち合う。
紺之介「須小丸は」
刃踏「はい。須小丸さんならもう落ち着いてますよ」
紺之介「児子炉について何か言っていたか」
刃踏「……いえ〜それについては何とも」
紺之介「あの中年め、こちらに喋らせるだけ喋らせておいてっ……」
苦い顔のまま舌打ち混じえて戸に手をかける紺之介を刃踏が止めた。
刃踏「ま、待ってください。須小丸さんも、その……今日まで色々と辛い思いをしてきたんだと思います。俎ちゃんがここにいるわけでもありませんし、もういいじゃないですか……とにかく今はやめてあげてくれませんか?」
366 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:22:26.17 ID:jJ6/ECAP0
刃踏が腕持つ彼は頭を抱えていた。それもそのはずでここにて情報収集を諦めることは即ち『無駄足』以外の何物でもないからである。
児子炉による源氏の魔の手はすぐそこにある。しかし衝突を避け続けるのもまた透水の命に関わる。
此処に止まれるは今夜一杯と考えている紺之介にとってこの決断は差し出された苦渋を嬉々と呑むに等しいものであった。
紺之介「……仕方あるまい。宿に引くぞ。夜にもう一度出向くという手もなくはないが……次は万全の対面を迎えるというのが奴との条約だ。俺は寝る」
紺之介、無駄足を受け入れる。
彼が宿へと足を運ぶ後ろ姿で刃踏は一人胸を撫で下ろした。
が、彼のこの決断を受け入れきれぬ者が一人いた。そう、ここへ向かうよう彼らを動かした愛栗子である。
367 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:23:35.95 ID:jJ6/ECAP0
彼女が刃踏を睨むような目つきで見つめるとその視線に気がついた刃踏が愛栗子に近づき耳元で囁いた。
刃踏「今夜、お話しませんか。みんなが寝た後宿裏で待っています」
奴「おかー!」
刃踏「はいはい。お宿に帰りましょうね」
刃踏は奴の手を引きながら念を押すようにもう一度愛栗子に告げた。
刃踏「ちゃんと来てくださいね?」
愛栗子「っ〜……まったく、何を考えておるのやら」
368 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/08/02(金) 19:24:04.93 ID:jJ6/ECAP0
続く
369 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2019/10/01(火) 17:05:38.49 ID:htj7Q5Kz0
ただ一人宿屋の壁に背もたれた愛栗子はじっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
灯りなしの空下は夜目慣れなければただ闇だけが広がり続ける場所。それが幾らかの星々を目立たせ、月にいたってはまるで千両役者のようである。
千両役者となれば愛栗子であろうと誰であろうと目を引かれるのは当然のこと……そこに別物の光割り込むことなき限りは。
こがね色の千両役者から愛栗子の目を逸らさせたのは足音でも人影でもなくまずは大きな橙の灯りだった。
370 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:06:38.99 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「お月様、綺麗ですか?」
愛栗子「まあの。じゃが月周りが少し雲がかって見えておる。明日は一雨くるかもしれぬの」
愛栗子は横顔に差し出された提灯の灯りに少し目を細めながらぼやを入れた。
371 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:07:16.80 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「そちらから誘ったにしては随分と遅かったではないか。まったく、わらわの柔肌が羽虫にでもかまれたらどうしてくれるのじゃ」
刃踏「す、すみません。なかなかぺとちゃんを寝かしつけることができなくて……」
愛栗子ため息一つこぼし仕切り直す。
愛栗子「で? 話たいこととはなんじゃ? 先ほど話した通りじゃ、手短に頼むぞ」
刃踏「はい」
刃踏も改めて愛栗子に歩み寄りて隣に立つと彼女と同じ向きになりて本題に突入した。
372 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:08:11.41 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「炉ちゃんと俎ちゃんが対峙したとき、炉ちゃんは『将軍さまの愛を受けるのはわたしだけ』と言っていたそうです。確かかどうかは曖昧だそうですが須木丸さんから聞きました」
小ぶり提灯に照らされた二人の影が土の上で揺れる。それを眺めたまま愛栗子は表情一つ変えることなく返答した。
愛栗子「なぜそれをわらわに言う。その話を報告すべきは紺じゃろう?」
刃踏「愛栗子ちゃんこそ、知っていたならここに来る前に紺之介さんにそれを伝えたらよかったじゃないですか」
隣の影が若干動いたのを見た愛栗子は影の持ち主へと横目を運ばせた。
373 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:08:38.46 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「なぜわらわがそのことを知っておると思うたのじゃ」
愛栗子がそう振ってから刃踏が次に口を開くまでの間五秒間……二人の間には独特の緊張感が走っていた。
刃踏は一瞬迷ったような表情を挟んだが決心したのか一呼吸置くと自信に満ち満ちた声量でその言葉を口にした。
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:09:19.40 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「言ってしまえばずばり、勘です」
そうしてまた五秒の間。
しかしそれは先ほどのように緊張感から来たものではなく呆気にとられた愛栗子の倦怠感が作り出したものであった。
愛栗子思わずあくびをも漏らす。
愛栗子「話にならんの。終わったならもう寝てもよいか? なんならわらわの口から明日そのことを紺に告げてやろう」
提灯の光を背に白蝶晒して去らんとする彼女の手を刃踏が強く握った。
375 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:10:21.85 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「……なんじゃ」
刃踏「……勘、でしたよ。さっきまでは……でもやっぱり確信に変わりました。だって炉ちゃんの所感は愛栗子ちゃんたちの旅が始まった理由に繋がることなんですよ? どんなに興味がなくなって、『ふーん』とか『へぇ』とか少しくらい言いそうなものじゃないですか」
愛栗子「それらを口や顔に出さなかったから一体なんじゃと? 別にわらわが奴の心中に興味がなかっただけの話じゃろ。ここに行くよう提案し情報から動機を確かめようとしたのは紺のためじゃ。分かったならはようその手をはなさんか」
ぐっと内に引かれる愛栗子の腕。しかしそれを負けじと刃踏が引きかえす。
376 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:11:16.37 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「くどいぞぬし! 痛めてしまうではないか」
身体が駄目なら声。愛栗子が若干声を張り上げた後に刃踏はそれよりもさらに荒い声を張る。
刃踏「人が人を想う気持ちを愛栗子ちゃんが興味ないわけないじゃないですか!!!」
愛栗子「っ……」
響いた声に怯んだかのように月が雲隠れし湿り風が彼女らをなだめるかのように通り過ぎた。里に根を下ろすまだ青い木々たちが野次馬のように騒めき始める。
枝葉の音が妙に大きく木霊したとき少女たちは今が夜深き刻だということを思い出し腕引きをやめた。
愛栗子「……あほぅ。いつの刻じゃと思うておる」
刃踏「ご、ごめんなさい。つい取り乱してしまって」
377 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:12:08.06 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子が刃踏の方へと向き直るとまた互いの顔が提灯の灯火に照らされる。
二人は互いの瞳の奥を覗いた。
今目の前にいる者は百の年月を経て互いに全てを悟りし者……そしてそれぞれの目指す結末に異を唱える者。
そのことを二人互いに確かめるとまず愛栗子が推測を語り始めた。
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:12:47.57 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「将軍様がわらわらをこの身に変えた順を存じておるか?」
刃踏「ええ、確か……」
愛栗子「わらわ、乱、透、奴、まな、ふみ、そして奴……炉の順番じゃ。どういうわけか幼刀を保護し続けた連中はこの順番を将軍様が大切にした女の順としておるようじゃがそれは全くの真逆じゃ……と言ってもぬしは人の身の頃からそのようなこと分かりきっておるか」
そう言って刃踏の顔色を伺うような顔をした愛栗子だったが、照らされた刃踏の表情が眉ひとつ動かなかったのを見て一度短くため息をはくと話を続けた。
379 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:14:17.42 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「つまり将軍様にとって一番の女だったのは奴……というわけじゃな。しかし将軍様が一度の唾つけ以降わらわを美術品のように扱ったことから幕府の連中が勘違いをし刀化の順をもソレと勘違いした。その噂を耳に入れてしもうたあやつは不安になったんじゃろうな……己が最も将軍様を想っておった故に」
愛栗子は呆れながらも哀しみの浮いた顔で呟いた。
愛栗子「少し考えればわかるじゃろ……将軍様にも人並みの心があったならば、情を吹き込んだ者ほど人の理から離れて欲しくはないじゃろて……なぜじゃ、なぜあやつもそれに早く気づかぬ」
愛栗子「故にわらわは一番奴の闇を増幅させてしまっておる。そしてその次が恐らく、順は遅けれど目に見えて贔屓されておったぬしじゃろうな。そう考えればまなが早々に壊されてしもうたのにもなんとなしに合点がつく」
380 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/10/01(火) 17:15:04.02 ID:htj7Q5Kz0
一通り愛栗子が胸の内を開くと確かめるように、刃踏が閉ざしていた口を重く開けた。
刃踏「……だから、炉ちゃんを壊そうとしてたんですね。将軍様の元へ炉ちゃんを返すために……炉ちゃんがまた大好きな将軍様に会えるように」
下げられた刃踏の顔には影が落ちる。
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/10/01(火) 17:16:48.92 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「はぁ……まあの。しかし紺に直接そう伝えたところで奴がそれを簡単に許すとは思えぬじゃろう? 故にそれが最善と紺に思わせる手立てとしてここに話を聞きに来たというわけじゃ……結果としてぬしに邪魔されてしもうたがの」
愛栗子の放った最後の一言は一見意地悪くも見えるものであったがその内に隠されていたのは彼女なりの場を和らげる冗句であった。
これにより下を向いたままの刃踏が面をあげ一つ反応を見せたならば彼女の狙い通りであったのだがそうはならず。
やはり 『彼女は異を唱える者』であったことを愛栗子は苦い顔つきで再確認した。
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:17:49.87 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「誰が一番愛されていたとか……大切にされていたとか……そんなのやっぱり関係ないと思います。だって結局私たちはみんなこの身体になって生かされた」
刃踏「その時点で!! 将軍様はまだ私たちに生きていて欲しいって願ってくれたってことじゃないですか!!! 私は将軍様のその優しさを……想いを……無下にすることなんてやっぱりできません。守れるなら守り続けたいです!」
刃踏「だって私も将軍様をお慕いしていたから……この想いが炉ちゃんより劣っていたとも思いませんし、優っていたとも思いません。優劣なんてつけられるはずがないじゃないですか」
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:18:47.93 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「それに私はあそこにいたみんなが大好きだったんです。将軍様も、ぺとちゃんも、乱ちゃんもスグちゃんも俎ちゃんも炉ちゃんも、愛栗子ちゃんも……そして、あの子も」
愛栗子「……そうかの」
互い想い巡らせ目を閉じる。
二人には自然と同じ景色が瞼の裏に映り込んだ。もっともどれくらい昔か……それはもう彼女らにははかりしれないものであったが。
愛栗子「で、ぬしはどうしたいのじゃ」
刃踏「炉ちゃんに伝えます。将軍様はみんなのことが大好きだったんですよって……そして私も炉ちゃんが大好きなんですって……だからもう、怖がることなんてないからみんなで精一杯生きましょうって……そう伝えます」
384 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:21:06.39 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子は止められぬ慈愛の魂を見た。今彼女の目に映る優しく暖かくも微かに熱い光はまさしくそれを可視化したものであった。
それは仏の依代か、それともそれもまた刃踏自身の私欲に過ぎぬのか……愛栗子には解せぬ。だが愛栗子の中にはその魂に賭けてみてもいいかもしれないという希望が芽生えつつあった。
385 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:21:48.00 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「それにこれは愛栗子ちゃんが今お慕いしている彼のためにもなるじゃないですか。叶うことなら少しでも好きな人の力になりたいって……そう思いませんか」
そして愛栗子は彼女の次の言い分を耳に入れるとこの上ない脱力感を肩から覚えた。
もはや呆れすら通り越しそれが己の前に立ちはだかった時点で一度立ち止まることを強いられていると悟ったからである。
386 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:22:15.07 ID:htj7Q5Kz0
今度はそれが愛栗子の闘争の炎だったかのように、提灯の蝋燭が消えた。
刃踏「はわっ!?」
愛栗子「夜目が慣れておる。このままでも部屋に帰れるじゃろて」
曇天の湿風はまだ彼女らに吹いていたが宿へと歩む愛栗子の足は不思議と軽快であった。
愛栗子「ふみ」
刃踏「はい……?」
愛栗子「……まったく、ぬしにはかなわぬな」
刃踏「え、えへへ……そうですかね」
387 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:23:29.78 ID:htj7Q5Kz0
…………………………
翌、空は生憎の灰色。
黒とも白とも言いきれぬ雲たちがまだ太陽を隠していたが紺之介一行は予定通り木結芽をたった。一応の目標地点は源氏との邂逅を兼ね透水のいる導路港への逆戻りとなる。
山林にて時刻はおおよそ卯の刻半ば……乱怒攻流と奴は並んで大あくびを披露した。
刃踏「ふふっ、かわいい。姉妹みたいですね」
奴「うにゅ〜……おか?」
愛栗子「くく、言い得て妙じゃな。お子様の乱にぴったりではないか」
ここぞとばかりににぎやかしを投下する愛栗子に乱怒攻流が噛みつく。
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:24:03.37 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「ちょっとやめてよ。あんなせまっ苦しいとこだったから満足に眠れなかっただけ! 紺之介ったらあたしを納刀せずに寝ちゃったのよ。酷いと思わない? ねぇあんたも! 言うことあるでしょ」
最初こそしらを切る紺之介であったが次第に強めに袖を引く乱怒攻流に根負けし、ため息混じりに謝罪を吐き捨てた。
紺之介「俺が悪かったからそれをやめろ……で」
刃踏「ああすみません。お話の続きでしたね」
乱怒攻流「ああ、さっき言ってた児子炉も刃踏の力で戦わずに回収するって話?」
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:24:36.76 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「あはは、そんな大層な作戦ではないんですけどね……紺之介さんどうです? 私に一任させていただけないでしょうか」
紺之介「ああ……」
締まりこそないが否定的でもない相槌を返した紺之介だったがその後は言葉を詰まらせてしまい、落ち葉を踏む音のみが段々と大きくなっていった。
愛栗子「……無理もないの」
愛栗子がそんな彼を擁護するように小さく呟いた。
奴という例外あれどこれまで出来るだけ自らが前線に立ち幼刀を収集してきた紺之介。今回の策はその姿勢を大々的に崩したやり口であった。
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:25:30.24 ID:htj7Q5Kz0
紺之介(刃踏の力は確かに凄まじいものではあるが)
源氏曰く幼刀 児子炉-ごすろり-とは彼と志を同じくした破壊の刀である。故に奴のときとは大いに違い刃踏の身を全面的に賭けることとなる。
『戦わずして』とは甘美な響きであったが紺之介の中で既に戦いは始まっていると言えた。
391 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:26:20.13 ID:htj7Q5Kz0
紺之介が黙り込んでから落葉踏む音既に五十。途中座りこんだ奴を背負い込むと刃踏は彼の顔を少し覗き込みながら言った。
刃踏「まさか、源氏さんと炉ちゃんを同時にお相手するつもりではないでしょう?」
紺之介咄嗟に目をそらす。
刃踏の言っていることは確かに最もであった。ここで己が全てを背負うこともまた大博打
彼は決して弱気になっているわけではないが一度は源氏と鎬を削った仲故にそれも茨の道と心得たり。
392 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:26:59.89 ID:htj7Q5Kz0
紺之介は一つ大きめの深呼吸をすると深くうなづいて重く決心した。
紺之介「分かった。確かに考えてみれば源氏は手練で児子炉もまた幼刀……誰の傷も増やさずして楽になる方法が少しでも存在しうるのなら使わぬ手はないな」
乱怒攻流「ま、それもそうよね」
乱怒攻流が一言挟んだ後紺之介は申し訳なさそうに呟いた。
紺之介「……フミ」
刃踏「はい?」
紺之介「任せたぞ。信頼してるからな」
刃踏「はい」
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:27:33.60 ID:htj7Q5Kz0
刃踏が彼に微笑みを向ける一方で愛栗子は後ろで目を閉じて扇子を広げた。そこに何かを察した乱怒攻流は少し歩を緩めて愛栗子に近づくと小声で囁いた。
乱怒攻流「昨日も言ったけど、あれもきっと負け惜しみよ」
愛栗子「……わかっておる。一々いうでない鬱陶しい」
乱怒攻流「んなっ……! なによ! 折角人が心配してあげてるのに!」
愛栗子「急に声を荒げるでない」
後方で騒ぐ二人の声に頭を痒くしながら紺之介は振り向いて告げ口した。
紺之介「うるさいぞお前ら……もしあいつらが近くにいたら……っと!」
後ろを見ながら歩いていた紺之介は思わず前を行っていた刃踏と背負われた奴に軽くぶつかる。
394 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:28:14.32 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「どうしたフミ……は……?」
一瞬こそ手前二人の方を見た紺之介であったが、その奥から感じる禍々しい殺気をすぐさま読み取り顔を上げた。
源氏「よぉ」
紺之介「源、氏……やはりこちらに近づいてきていたか」
源氏「そりゃあ一本より何本もある方優先するってもんだろ。その方が一度に長く楽しめるしな」
395 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:28:40.75 ID:htj7Q5Kz0
源氏に続いてその下で渦巻く黒煙もまた口を開く。
児子炉「あ、り゛……す! フゥゥミィ゛……!」
刃踏「……炉ちゃん」
愛栗子「……」
刃踏が背の娘を降ろすとそれは黒煙の邪気に当てられてうたた寝の夢から目を覚ました。
奴「あぁう」
奴は寝くじをかく間もなく刃踏の背後に身を隠す。
幼児も黙り込む程の緊迫した空気がそこにはあった。
396 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:29:26.64 ID:htj7Q5Kz0
原氏「さて、誰からでもいいぜ? かかってきなァ……あ、でも紺之介は後の方がいいな。てめぇにさっさとくたばられちゃ折角の幼刀が全部ただの刀になっちまうし」
源氏、刀を担ぎ清々しい程の喧嘩腰。獰猛な獣が化けて出たかのような彼に紺之介も腰の柄に手をつけたがそれはあくまで反射的なものであった。
紺之介の顔にははや玉汗浮かび上がるも今はまだそのときじゃないとしてその姿勢を保ちつつも口を割る。
紺之介「源氏、そんな喧嘩好きのお前にいい提案がある」
源氏「ほう」
源氏の広角が上がる。
釣られて紺之介の口元も引きつられる。
397 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:30:33.86 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「幼刀 児子炉 -ごすろり-を渡せ」
源氏「ンァ?」
紺之介は児子炉からの強烈な睨みをその身に受けつつ若干首を傾げる源氏に続ける。
紺之介「そこの今にも喧嘩しそうな狂犬とお前を喧嘩させてやろうと言っているんだ」
源氏の闘争の炎にわずかだが薪がくべられる。
源氏「おぉ〜……ってえっとなんだ? 紺之介、お前がコイツとやりあうのか?」
紺之介「いや、違う」
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:32:24.48 ID:htj7Q5Kz0
固唾を呑むと紺之介は柄から手を離し、その手のまま母に張り付く奴の腕を取りてもう片方で刃踏の背を押した。
紺之介「こいつだ」
源氏が彼女に目線を移したことによって紺之介の呑んだ固唾ごと刃踏にその場の指揮が託される。
紺之介「いい余興だとは思わないか? この幼刀は七振りの中でも間違いなく三本指の強さはあると自負している。そのことを確認してからの方が熱くなれそうだろ」
399 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:32:56.19 ID:htj7Q5Kz0
源氏「ほ〜……」
源氏が峰で肩をならしながら児子炉の方を見るとそこには正に紺之介の言う狂犬が君臨していた。
児子炉「フ、フ、フゥゥミィ……!!!」
児子炉の握る熊の人形には布を裂いてしまいそうなほどに力んだ爪が立てられていた。
その様子を目の当たりにした源氏は彼女の興奮度は自らを楽しませるのに十分と評価したようで
源氏「なんだ。確かに面白そうじゃねェか……行ってもきてもいいぜ」
一言そう告げると一先ず太刀を肩から下げた。
紺之介(何とか乗せたな)
400 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:33:32.70 ID:htj7Q5Kz0
整った土俵に一歩ずつ前へ出る刃踏は一瞬だけ横顔を見せまた前へと歩き出した。
そのときの横目は紺之介らには後方の誰かを見ていたようにも全員を見ていたようにも見てとれた。
奴「おか……?」
漂う不安をぬぐい切れず奴だけがとうとう短く声をあげてしまったがそんな彼女の小さな肩を紺之介はさっと片手で抱いた。
紺之介「大丈夫だ。今はただお前の母親を信じてやれ」
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:34:31.73 ID:htj7Q5Kz0
前方から児子炉も草音を立てながら内へ歩み寄る。
児子炉「フゥミィ……」
刃踏「炉ちゃん……」
乱怒攻流(本当に大丈夫なのよ、ね……って……!)
乱怒攻流は真横の愛栗子が密かに自身の金時計に触れていることに気がついた。
それにより乱怒攻流は事の重さを改めて思い知ると同時に、己の隣で上がった重腰による微かな安心感が抱いてしまった。
結果返って落ち着かない乱怒攻流はひとまず自らも背嚢から柄を摘まみ出すことで平静を保たんとする。
誰もが何かに心情煽られる中、ついに二人は間近にまで対面した。
402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/10/01(火) 17:35:11.73 ID:htj7Q5Kz0
児子炉「……」
刃踏「炉ちゃん……私、考えたんですけど……やっぱり将軍様に生かされた私たちが互いにその身を砕き合うなんて間違っていると思います」
刃踏「そこにいる紺之介さんから今までの話もうかがってきたのですが、炉ちゃんを止めるために愛栗子ちゃんを振るうなんて、いくら偉い人でも酷いと思いました! それでいて『将軍様の意思を守ろうとしている』だなんて……とても信じられません!」
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:35:59.70 ID:htj7Q5Kz0
刃踏は一息吸うと胸元で包んだ拳を開きながら前へ差し出した。
刃踏「私たちと生きてください! 将軍様の愛を、そして将軍様への愛を共に守りましょう。共に応えてくださるなら、この手を……」
紺之介「っ……」
紺之介、やはり刃踏を信ずると決めつつも完全には秤傾けられず。して心はまだ駄目で元々。
決裂の火花ひとつ立とうものならばすぐさま抜刀し駆けつける心持ち。後方にて二人もまた同じ。
が、そんな彼らの警戒反して意外にも児子炉は落ち着いた様子で差し出された手をじっと見つめていた。
それ故か一方で退屈そうに耳をほじる男一人。欠伸混じりに落胆漂わせてはそわそわと太刀で近辺の幹に傷をつけている。
語るまでもないが彼が刃踏に求めていたのは情愛ではなく戦。源氏は紺之介に乗せられたことを若干後悔し始めていたがそれを振り払うように児子炉との戦いに期待を込めて片手素振りを始めた。
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:36:46.26 ID:htj7Q5Kz0
児子炉「将、軍さまの、愛を……」
そして中央の緊張感は次第にほつれていく。
児子炉は右手を熊人形から離すとおもむろに前へと持って行き始めたのだ。
刃踏「はい……! 守りましょう」
正に鈍い熊のようなその様子微笑ましく、釣られて刃踏の顔にも柔らかな笑みが浮かぶ。
状況が状況なだけにさすがに焦れたのか刃踏は少々強引に児子炉の浮いた手を引くとそのまま彼女を抱き寄せた。
児子炉「フ、ミ」
刃踏「ずっと……ずっとこうしたかった! 私は……!」
刃踏の募る想いは遂に頂点に達し児子炉を抱きしめる両腕に大きく力が入る。
その目には涙が浮かび全身から『喜び』を溢れさせていた。
405 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:37:26.06 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「私はあなたのことも、大好ぎ、でッ…………え?」
だが彼女が見た幸福は幻想だった。
一瞬うつけた刃踏はハッとして己の懐に目線を落とすとそこには赤黒い景色が広がっていた。
刃踏「……」
刃踏、幾度となく瞬きを繰り返せど見える光景に変わりはなし。
熊の形をした嫉妬の操り人形……その腕は確かに、重く、深く彼女のみぞおちを貫いていた。
406 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:37:53.45 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「ぁ゛……」
児子炉の肩越しに落ちた赤い血だまりを虚しく涙が追いかける。
彼女は思わず短いため息をもらした。
刃踏(結局、私もまた……炉ちゃんに認めてもらいたかっただけなのかもしれませんね)
刃踏「……ごめんなさぃ」
彼女が最期に溢したのはそのたった一言だったが、それは刃踏にとっての全てに、それぞれに向けられた辞世の一言だった。
407 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:38:20.94 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「なっ……」
源氏「ハハッ」
乱怒攻流「そんな……やだ……ウソでしょ……?」
愛栗子「っ……」
それぞれ動揺と感嘆がひしめく中刃踏が発した命の輝きは徐々に集約されひび割れた刀身となりて辺り一面にもう一度ばら撒かれた。
血、光、破片。三度にも渡り彼女を散らした黒煙は陰りうねりて改めて低く唸る。
児子炉「将軍様の愛を受けるのは、わたしだけ」
沈黙の中で発せられた彼女の声は小さきものであったがそれは彼らの中心で不気味に大きなとぐろを巻いた。
408 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:39:32.82 ID:htj7Q5Kz0
やがて沈黙は幼子の劈く悲鳴で断ち切られる。
奴「お、か……おか……おかぁぁ……あ、ぁ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
紺之介「奴!?」
悲鳴は瞬く間に怒りの化身となり紺之介の足元を逸れた。
紺之介がそれを感じ下に目を向けたころには落ち葉だけが遅れて舞い踊るだけとなっていた。
409 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:40:10.95 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「紺之介!! 納刀!!!」
機転を利かせた乱怒攻流の叫びに紺之介慌てて対応する。奴の鞘を握りてその声を山林にて響かせようとした。
紺之介「納と……
が
児子炉「消えろ、忌み子」
奴「がッ……!」
その声、あとわずかすんで届かず。
向かってきた奴の小さな体躯を熊の腕は正確にとらえていた。弾き飛ばされた奴は激しく大樹に叩きつけられ力なく落ち葉に埋もれる。
410 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:40:48.93 ID:htj7Q5Kz0
奴「おっ……かぁ……」
虚空に伸ばされた短い腕は何かに導かれるようにして光となり短刀の鍔柄だけがそこに残された。
411 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:41:22.40 ID:htj7Q5Kz0
源氏「アッハッハッ! アッハッ! ヒヒッ……!こりゃひでェ……! 」
腹を抱える仕草で笑い声を上げた源氏だったがすぐさま直るときまり悪そうに大きく舌打ちを鳴らす。
源氏「……あーつまんねェ。楽しみを一つ増やして貰えると聞いて乗ってやったのに、見せられたのはくだらねェ三文芝居……加えて幼刀を二本も折られちまった」
源氏は苛立ちをつま先に乗せて数回地にぶつけると厳つい睨みをきかせて紺之介へと放った。
源氏「なァ紺之介……この落とし前、どうつけてくれるンだ?」
412 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:41:53.92 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「う、うるさいわねっ! だったら相手してあげるわよ! アンタなんてこのあたしが……!」
源氏「うるせェのはてめェだメスガキ!」
乱怒攻流「ひぅ……!」
乱怒攻流勇んで刀構えてみるものの源氏の咆哮に一蹴され怯む。
腰の引けた彼女に紺之介は「もういい」と言って前へ出た。その顔には深く前髪の影が落ちている。
紺之介「俺が全部終わらせるッ!」
413 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:42:22.14 ID:htj7Q5Kz0
駆け出した紺之介の一閃。
勢いは手前もろとも源氏を貫きそうな一撃である。
だが児子炉の前に滑り込むようにして源氏立ちはだかりてその一撃を余裕綽々と受け止める。
紺之介「ぐゥッ……!」
源氏「あんまガッカリさせんなよ紺之介ェ……なんだその突っ張った太刀筋は」
源氏はそのままかちあげるとよろめいた紺之介の腹めがけて賊がごとき荒い蹴りを決めた。
紺之介「がは……」
乱怒攻流「紺之介!」
414 :
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[saga]:2019/10/01(火) 17:44:01.16 ID:htj7Q5Kz0
堪らず仰向けで地に伏した紺之介を見下ろす源氏。あいも変わらず肩に峰を当てるその仕草は何とも緊張感の感じられない退屈そうな様子であった。
源氏「護衛剣術とやらはどこへやったんだ? お前のさっきの一撃……俺には怒りに任せて突っ込んでるように見えたぜ」
上から源氏にそう投げかけられ紺之介ハッとして目を開く。
源氏「ったくよ……話がちげェじゃねーか」
源氏はそう言いながら自身の刀をおさめるとあろうことか彼らに背を向けて歩き始めた。
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:45:25.54 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「ま、待て!」
源氏「うるせーな……興が冷めちまったんだよ。頭冷やしたら葉助流武飛威剣術道場に来い……まだやってるかしらねーけど。オイ行くぞ児子炉」
呼びかけられてもなお愛栗子を睨み続ける児子炉に対し舌を鳴らしながら納刀すると源氏は一度も振り返ることなく立ち去っていった。
痛みに伏す紺之介、足のすくんだ乱怒攻流……そして澱んだ瞳で児子炉を見送った愛栗子。誰一人として彼らを追うことは出来ず。
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:47:21.29 ID:htj7Q5Kz0
源氏の後ろ姿が誰の目にも映らなくなったとき、まるで気が抜けたかのように山林の雲が大粒の雨を流し始めた。
身体を起こした紺之介は無念漂う柄二つを拾い上げ、空に遠吠えを上げた。
「チクショォォォ!!!!」
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/10/01(火) 17:48:08.19 ID:htj7Q5Kz0
続く
418 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2020/02/09(日) 23:30:17.55 ID:0qU1zNu20
幼刀 児子炉 -ごすろり-
419 :
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:2020/02/09(日) 23:33:11.53 ID:0qU1zNu20
時遡ることおおよそ百年。
愛栗子「ねーんねーん……ころぉりーや……」
場所はかつて露離魂幕府が拠点とした場所、露離魂城の一室。
十畳にもなるその一室は露離大好木の妾が一人、愛栗子の座敷なり。
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/02/09(日) 23:34:06.53 ID:0qU1zNu20
奥にて座椅子に佇む者、妾というよりは花魁で、花魁というよりは姫君に近し。
そこに咲く一輪の華、愛栗子は赤子へと子守唄吹き込みて一息ついた。
愛栗子「ふぅ、ようやっと眠ってくれたの」
その小声、言葉こそ一仕事の疲れ表すもその顔に影はなし。むしろ微笑み一色でそれは彼女の可憐さを人知れずより一層際立たせていた。
421 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/02/09(日) 23:34:48.26 ID:0qU1zNu20
そんな芸術の華を崩したのは襖を叩く音。
穏やかに漂う微睡みに割り込んだそれに愛栗子は不機嫌こもった声で応答した。
愛栗子「……なんじゃ」
正座で頭を下げつつ襖をずらしたのは愛栗子の世話役の者だった。本来ならば妾という立場に付かぬそれだが将軍の物となればまた別物である。
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/02/09(日) 23:35:30.82 ID:0qU1zNu20
女中「失礼します。至高翌様のお守りを……」
愛栗子「ばかもの。坊ならもう寝付いたわ……それに何度も言っておるようにわらわは愛しき我が子にお守りなぞ必要とせぬ。必要となったならばこちらから頼むまでじゃ。散れ」
女中「ですが……」
女中を片手であおる愛栗子。が、女中からすればそれは業の放棄にあたる。
困り果てて一言挟みかけた女中だったが丁度そこに連なるようにしてもう一人遣いが現れた。
「将軍様のお客人がお見えだ。持て成して差し上げろ」
愛栗子「ほれ、どうやらお呼びのようじゃぞ。さっさとそこを閉めてしまえ」
一瞬迷いを見せた女中の者だったが、もう一度愛栗子に頭を下げると襖を閉じて隣に対応した。
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