男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:04:42.54 ID:/2q0Qaon0
源氏「何故ってそりゃあよォ……」


源氏が次に口を開いた時、刀狩りの噂が呼び寄せた運命がついに交差した。


源氏「その最高が……俺に幼刀児子炉-ごすろり-を託したんだからなァ!」


207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:05:25.15 ID:/2q0Qaon0
続く
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 23:26:32.07 ID:3hlCp8agO
おつおつ。やっていることはドシリアスなのに……w
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/09(火) 05:39:19.55 ID:bqlKXca/O
乙!
210 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/04/21(日) 09:32:53.69 ID:f3jC59Mz0
………………

それは遡ること十年の時。

『強者』を求め、そして己もまた『強者』であることを極めんとした男、光源氏。


彼が葉助流武飛威剣術-ようじょりゅうぶひいけんじゅつ-道場の鬼の師範として下宿していたのはこれよりさらに前の話である。


211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:33:40.47 ID:f3jC59Mz0
道場とは本来力なき故に教えを請う者を歓迎する場所であるべきところだが、源氏は師範という立場でありながら尚も己を過剰に磨くための立会いを繰り返し門下生に深手を負わせ続けてきたのだ。
そのことを師に指摘された源氏は逆上。遂に己の師すらその切っ先の錆としてしまう。

そして肉塊と化した師に目を落としたとき源氏は一人悟った。

源氏(もうここに俺の求めてる『強さ』はねェ)

こうして彼のいつ終わるともしれぬ無謀な旅が幕を開けた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:34:19.79 ID:f3jC59Mz0
しかし当然のことながら彼は途方に暮れていた。
師をも超えた彼の狂刃と渡り合う相手など武士が消えゆくこの幕末の世にはそうそう現れなかったのである。

そうして見つけた退屈しのぎの熊殺しにも飽きてきた頃、彼は獣道を歩く一人の男と遭遇した。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:34:57.51 ID:f3jC59Mz0

梅雨離 最高 -つゆりもりたか- 紺之介の父である。
最高は熊の血滴る源氏の刀を見て戯けた様子で軽く両腕を挙げた。

最高「ははっ、まいったねぇ。この辺は獣の通りが少ないって聞いたモンだから身を隠すのに丁度いいと思ってたんだが……まさか熊殺しの方に会っちまうたあな」

源氏「なんだァ……? てめェ」

熊の骸に腰掛けた源氏はそこで最高に新たな暇つぶしを授かりて途方もない旅路に一つ道標を立てることとした。

そう。それこそが……

214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:35:40.85 ID:f3jC59Mz0
…………………

紺之介「幼刀と戦うこと……だと?」

源氏「そうだ。最高は俺のぼやきを聞き入れそれを成すための方針を与えてくれたってわけだ」

彼は脳裏に浮かび上がる懐かしき過去を探るように額に左中指を当てて滑らせた。

原氏「幼刀の戦闘力や性能は人知を超えたものなのだと聞いたモンでな……そいつを聞いたときは血湧き肉躍ったぜ……だが奴はこうも言っていた」


215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:36:40.92 ID:f3jC59Mz0
…………………

最高「だかな……俺の息子はもっとつえーぞ」

彼が先ほどまで語っていた幼刀の伝説を感嘆としながら聞いていた源氏は一時眉を顰めた。

人有らざる者が人知超えしとは誰もが理解にたることであるが、その語りを予め源氏の耳に入れた上で己の子がその上を征くなど子煩悩もいいところである。

しかし意外なことながら源氏は最高の言うことをすんなりと信用した。

最高の倅……即ち『人』が『幼刀』に勝らぬと疑うことは己もまたそれに劣ると認めることと同義である。

その信頼は彼が自らを強者と信ずるが故の志に近いものであった。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:37:20.70 ID:f3jC59Mz0
最高「俺は美刀を愛し、先祖にまみえるため故に幼刀を手に入れようとしたが露離魂を持たぬ俺がそれらを手中に収めたとてそれはただの美刀と成り下がってしまうことに気がついた」

最高「だから俺は、同じく美刀を慈しむ志を持った息子の紺之介に全てを託すこととした」

最高「だが息子まで盗人とするわけにはいかんだろう? だから他の連中にこの児子炉以外の刀を一時隠してもらうこととしたのだ」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:38:07.75 ID:f3jC59Mz0
最高「源氏と申したか……幼刀を追うならそのときは覚悟しろ。お前さんはいつか必ず紺之介と衝突する。息子は先十五年と経たぬうちに元幕府の連中に頼られる剣豪となる。この俺のようにな」

忍ぶ為に山道へと入ったというのが嘘かのような高笑いを上げて最高は息子を褒め称え続けた。
彼の倅と嗜好の話は流し耳に聞いていた源氏であったが彼の発言の一部に触発された。

源氏「……なんだ。おめェも強ェのか」

最高「ん?」

源氏の獣のような視線に先ほどまで子煩悩に満ちていた最高の顔も真面目な面持ちとなる。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:39:25.07 ID:f3jC59Mz0

源氏「最高おめェ……その幼刀児子炉を持ってこれからも逃走し続ける気か? ってことはなんだ……そんだけ溺愛してる小僧にも、もう今後一切顔合わせする気はねぇんだな」

最高「……何が言いたい」

最高自身それは城から幼刀を持ち出した時既に受け入れていた運命であったが改めて源氏に事実を突きつけられ顔を引きつった。

最高「それはもはや要らぬ言及だ」

源氏がもう一言二言口出ししていたなら彼は抜刀し大樹に八つ当たりしていたかもしれぬことを通りすがりの雌鹿すら勘付いた。

219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:39:51.34 ID:f3jC59Mz0
逃げるような獣脚に紛れて源氏は再び口を開いた。

源氏「その小僧に合わせてやるって言ってんだ。あの世でな」

最高「ほう?」

源氏「俺とここで決闘しろ梅雨離最高。そして俺が勝利した暁にはその幼刀児子炉をこちらに渡せ。そうすれば約束してやる。その刀に迫る連中の手を全てはね飛ばし、いずれ来たる自慢の息子もおめェと同じ場所に送ってやるってよ」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:40:28.73 ID:f3jC59Mz0
……………………

源氏の語りにて紺之介は悟った。

紺之介「つまり、父は……」

源氏「ああ、この強者たる俺の刃の錆となったってわけだ」

紺之介「っーー!!」

瞬間、紺之介は感情任せに源氏へと斬りかかった。そのブレた一太刀は虚しく源氏に受けきられてしまい隙だらけの懐には彼の右足が叩き込まれる。

紺之介「ぉ゛ふっ……! かハッ!」

源氏「まあ待てよ。もう少し俺の愚痴を聞いてくれてもいいじゃねェか」
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:41:39.09 ID:f3jC59Mz0
心身ともに余裕なく肩で呼吸する紺之介。
その前髪から覗かせる睨みに対して凄まれることもなく源氏は峰で肩を叩いた。

源氏「でもな? 最高の奴俺に重要なことを何一つ喋らずに逝きやがった。他の幼刀の在り方もそうだがな、一番頭に来たのは持ってる幼刀とは殺りあえねぇってこった」

源氏「最初に児子炉を抜いたときそれは只の刀でな……それだけでも騙された気分になっちまったがまぁ仕方なく当てもなしに幼刀ってやつを八年くらい探してたんだよ」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:42:22.08 ID:f3jC59Mz0
源氏「そうしたら金がいるだろ? まぁ文無しだったからよ……村一つ二つ焼いて金目の物漁ってたんだがある時それすら馬鹿馬鹿しくなっちまってな。いろいろ溜まってたんだよ」

源氏「だからある日焼いたついでに村のメスガキを犯してな……これが思いのほかイイもんだったんだよ。うるせェ悲鳴やら嬌声やらも全部快感に変わんだ。ありゃ今思い出してもたまんねェぜ」

源氏は歯と歯の隙間から舌をちらつかせて下衆そのものといった様子の嘲り笑いを浮かべた。
その邪悪な笑みは紺之介を内側から恐怖の狂気で包み込む。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:43:22.05 ID:f3jC59Mz0

源氏「そんなことしている内によ……抜刀したヤツの姿が見えるようになっちまったぜ。しかし自分の所有物とは戦えねェたぁがっかりだよなァ〜……」

源氏は目の前の男が己の狂気に足を固められているとも知らずに何年も蓄積させた愚痴をここぞとばかりにこぼし続ける。
彼を前にして紺之介の戦慄収まることを知らずただただ太刀の刃先にか細い戦意を乗せて構えるばかり。その最中に源氏たる男の『異常』を噛み締める。

紺之介(村を一つ二つ焼いただと……? こんな男がなぜ今日の今日まで生きていられる……!? そんなことをすれば噂が広がり一年と経たずして首をはねられる身となるはず。となればこの男)

紺之介(殺し続けてきたのか……煙が立たぬよう追っ手を、もしくは村の民を全員……!? )
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:44:07.67 ID:f3jC59Mz0
紺之介の脳内に見たわけでもない景色が広がる。広がるゆく業火の中……彼に縛られ、犯され、汚されゆく少女たちの表情が。
その少女の顔は次第に近しい存在へと変化してゆく、乱怒攻流、そして愛栗子の顔へと……

紺之介「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

気がつけば彼は彼女たちを抜刀していた。そして瞬時に二人を庇うように愛刀と共に源氏に突進をしかける。

紺之介「愛栗子! 乱! 走れ! 逃げろ! 後で必ず納刀する!」

源氏「ハッ……! やっぱり幼刀かよ」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:44:43.85 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「へ、ちょ……どういう状況なのよこれ!」

愛栗子「……乱、はよう走れ」

紺之介を残し迷わず駆け抜けた愛栗子に乱怒攻流は戸惑いを覚えながらも後に続く。
紺之介が本来向かう予定だった雑木林の方向へと二人はただただ走り続ける。

駆けながらにして乱怒攻流は紺之介の言葉に困惑したままであったが、それよりも愛栗子の行動に強い不可思議を抱いていた。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:45:26.56 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「なんかあいつの目の前にいた奴が相当強いヤツだったってことは何となく分かったんだけど……にしてもあんたがあいつの強さを信じずにすんなり逃げ出すだなんて、そっちの方が驚いたわ」

愛栗子「何を言っておる。信じておるわ」

依然として彼女は疾走を心がけてはいたがその言葉には一寸たりとも迷いも不安も隠されてはいなかった。
今乱怒攻流の視界に映る彼女の姿は顔すら見えぬ背中の蝶帯一つだがそれでも乱怒攻流にはその心情を読み取ることができた。
それは普段から愛栗子に憎まれ口を叩かれている彼女ならではのことであろう。
先ほどの愛栗子の物言いはいつもの高慢ちきの口から出たそれであった。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:47:27.80 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「じゃがの、わらわよりもあやつの方がさらに己の強さに信を通しておる。そのあやつがわらわらを抜刀するやいなああも叫んだのじゃ……そういうことじゃろう」

愛栗子「それに、あやつはこうも言うておった。『後で必ず納刀する』との。何も死に場所を見つけたわけでもなさそうじゃし、今は無理にわらわらが出る幕でもないというわけじゃの」

乱怒攻流「まぁ、あいつに馬鹿みたいに心酔してるあんたがそこまで言うならそういうことにしておくわ」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:48:09.05 ID:f3jC59Mz0

乱怒攻流「にしても『刀狩り』とやらがそこまでのやり手だったとはねぇ……これからどうするのよ」

愛栗子「一先ずあちらの木々に身を潜ませるとするかの。わらわはもう疲れてしもうたわ」

乱怒攻流「……いやあんた絶対本気で走ってないでしょ……というか奴はあの場所には居なかったみたいだけど、一体何処にいるの?」

愛栗子「さぁの。わらわにはまったく見当が……」

愛栗子がそう呟いた瞬間であった。


229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:48:55.54 ID:f3jC59Mz0

「へぐぅ……!」

愛栗子「! 乱、止まるのじゃ」

愛栗子らより二周りほど小さな幼女が彼女たちの視界を横切り土煙を上げながら土壌に叩きつけられた。

乱怒攻流「へ……? さっきのって」

奴「いたぁ……あぁ゛ー! い゛だぁぁぁい!」

乱怒攻流「奴!?」

半べその表情で立ち上がった幼女は母親を呼びつけるかのような叫び声を夜空に響かせた。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:49:32.21 ID:f3jC59Mz0
「ひっ……! な、なんなんだよアイツはよぉ……!」

後に続いて引き腰の男が奴の飛んできた方向を見ながら尻餅をついた。
それでも尚男は手をついて後ずさり、その場に奴と同じ幼刀である少女が二人も現れたというのにまるでそのことに全く気がついていない様子で正面に釘付けにされていた。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:50:23.81 ID:f3jC59Mz0

彼の見る方向にあったのは闇に潜む殺意。
その闇が放つ殺意が男の脳に『一瞬でも目を逸らせば殺されかねない』という情報を焼き付け、視線を正面に固定させているのだ。

男の目の前に迫る『何か』は木々の隙間から割って入る月明かりに照らされ闇から浮かび上がるようにして姿を現した。
その者が纏った黒い洋服は夜の闇に病的なほど異様に馴染み、その者が抱きかかえた熊を模した人形は愛らしき表情ながらその全く変わらぬ表情が薄ら寒い気味悪さを感じさせた。

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:51:07.61 ID:f3jC59Mz0
さらに熊の人形は片腕のみを肥大化させると

「オイ泣いてんなよペド! ま、待ってくれ……」

「……じゃま」

「ごはっ!」

それは男の横腹を見事に振りかぶり、突き飛ばされた男は木の幹に叩きつけられ気を失った。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:51:59.97 ID:f3jC59Mz0
この一連の光景を目の当たりにした愛栗子は一人確信に至る。

愛栗子「……紺が手こずっておった相手はどうやらとんでもない輩だったみたいじゃの」

乱怒攻流「愛栗子、あれって……」

愛栗子「黒の塊のような西洋着、赤子程の熊の人形……間違いないの」



愛栗子「児子炉じゃ」



234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:52:54.17 ID:f3jC59Mz0
……………………………


茶居戸の通りにて金属の弾き合う音が交差する。

源氏「ウラァ!」

紺之介「ぐぅ゛……!」

強さを求め続ける源氏の荒々しい野獣の如き剣さばきと護衛剣術を操る自称剣豪たる紺之介との攻防は両者ひたすら互角に見えたが紺之介自身は己の体力の限界を感づいていた。
今ここで源氏を打倒するのは不可能と悟ったのである。

235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:53:44.28 ID:f3jC59Mz0
であればここで息を絶やすか逃げ延びるかの二つに一つであるがかの紺之介戦場だけに生ける剣豪ではなし。
美しき鋼見たさに生に執着するもまた剣豪と捉える彼にここで絶える道は無かった。

改めて距離を取り刀を構え、源氏の隙を伺う。

紺之介「はぁ、はぁっ……少し気になっていたのだが、お前の相棒の児子炉とやらはどこにいるんだ。まぁ、幼刀とはいえ所詮は童女……この時間なら宿屋でお眠なのか?」

236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:54:27.34 ID:f3jC59Mz0
源氏「さァな。ただヤツは他の幼刀が憎いだとかでそれらに対する鼻利きが良くてな……俺が情報も無しに幼刀に辿りつけるようになったのはアイツ様々よ」

源氏「児子炉とは利害も一致してるしな。俺も幼刀と戦いたがっているがヤツもヤツで幼刀の破壊を目論んでやがる。利害が一致しすぎてヤツが暴れ過ぎてねェかは心配になるがな……楽しみが減っちまうのは色々と堪える」

紺之介のこめかみに大粒の汗が走る。
源氏の言っていることをまことと受け止めるならば彼女たちをそのままにしているのは尚更のこと危険が伴うと判断したからである。

そうと決まれば彼は足早に背を向け走り去るべきなのだろう。しかしそれは背を守りきれるほど走れることを示唆している。
当然の事ながらそれを試みれる体力はもはや今の紺之介には無し。

237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:54:55.88 ID:f3jC59Mz0


絶体絶命の境遇。


しかしながらここまでの戦いを経て彼らは互いの真髄を露わにしながらぶつけ合って見せた。その結果紺之介には源氏たる男の思想が手に取るように分かりかけていたのである。
それを上手く利用できるか否か、この勝負の分かれ目はそこにあった。

心の蔵を叩く音、唾を飲み込むぐぐもった濁音。それら全てが重なったとき


紺之介は、最終手段に出た。





238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:56:12.49 ID:f3jC59Mz0
…………………………

奴「ぅ、ぐひゅ……ぅ゛〜」

べそをかく奴の前に漆黒の足音が迫る。それは一歩また一歩とかさねるごとに重みを増し、枯葉や枝木を強く軋ませた。

熊人形に隠れた児子炉の口元からは小さくも強い怨念が込められたどす黒い言葉が途切れ途切れに放たれ、その呪いにも似た言霊に只ならぬ想いがはせられていることを夜風に揺れる木々たちが伝えていた。

児子炉「……本当に、忌々しい。忌み子、め……! けす、けす、けす、けしてやる!」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:56:50.08 ID:f3jC59Mz0

着々と葉を割る足音は立ちはだかる彼女らを前にしてとどめられた。

児子炉「っ……!」

乱怒攻流「ちょっと、待ちなさいよ」

愛栗子「そうじゃ黒いの。そこで伸びておる男のことなぞはどうでもよいが、あっちのはおぬしに壊されては困るのじゃ」

児子炉「乱……と、あ、あ、ぁ、」

児子炉「あ゛り゛すぅ゛ぅ゛ぅ゛!」

愛栗子の姿を見るやいな児子炉の表情は更に少女とは思えぬものへと豹変した。
彼女の殺意の対象が露骨に変動されたことを機に奴は雑木林の奥の方へと走り出す。

240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:57:19.08 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「あ、ちょ……あんたも待ちなさい!」

その小さな背中にもう乱怒攻流の言葉が届くことはなし。虚しく高木々に吸われた彼女の声を愛栗子が供養するかのようにいさめた。

愛栗子「よいよい走らせておけ……それよりも今はこっちの黒づくめの方じゃ」

乱怒攻流「そ、そうね」

愛栗子の言葉に振り返りつつ二本の刃を背嚢から取り出した乱怒攻流であったが、その刀を握る彼女の手の上から愛栗子の後ろ手が乗せられた。

乱怒攻流「……へ」

その手は乱怒攻流から見て静止を促しているものと映り、彼女が困惑の表情で愛栗子の横顔に目を向けるとあの高飛車愛栗子がいつになく真剣な表情になっていたことに気がつく。
乱怒攻流の表情に追加して『驚き』が加わった。

241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:58:57.88 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「乱、導路港で笛をうさしたとき……ぬしはわらわも戦っておればああはならなかったと申したの」

愛栗子が真剣な面持ちのまま依然として困惑気味であった乱怒攻流に話を振った。

流れに乗せられそのまま首を縦に振りそうになった乱怒攻流であったが寸手でいつもの強情な我に返りて虚勢を張る事とする。

乱怒攻流「そ、そうよ! あんたのせいであたしの大切な『刀』が……」

その虚勢には勿論その件についての怒りも込められてはいたが、何よりも愛栗子の凛とした研ぎ澄まされし気迫に呑まれぬように気つけをしたというのが何よりであった。

それほどまでに今から只ならぬことが起こりうるのだと乱怒攻流は全身の肌で感じ取っていた。


242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:59:46.96 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「その借、ここで返させてはくれぬかの」

愛栗子が己の左胸を手のひらで包み込んだ。瞬間乱怒攻流は目を見開く。彼女は愛栗子のそこに何があるのかを知っていた。

乱怒攻流「面倒臭がりのあんたがその金時計の『刀』を使うだなんて」

愛栗子「まぁどうやらあやつはわらわの客のようじゃしの。じゃが何度も言うようにわらわは紺に戦を禁じられておる」

そこまで言うと愛栗子は月光の映える微笑を向け、駆け出した。

愛栗子「なるべく汚れぬよう終わらせるのでの……紺のやつには内緒じゃぞ?」

彼女が居た¥齒鰍ノ砂利風が立ちそれが乱怒攻流の前髪を浮かせた。

243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:00:15.26 ID:f3jC59Mz0
児子炉「あ゛り゛す ! あ゛り゛す! あ゛ぁ゛ぁ゛り゛ぃ゛!」

世に存在する怨恨やら憎しみやらを可視化させたかのような邪気が児子炉と熊人形を包み込み黒い稲妻となって電光石火の愛栗子を迎え撃つ。
白き光の如き愛栗子と黒の怨みを纏う児子炉がぶつかり合うとき、それがこの旅の果てと乱怒攻流が直感で悟ったときだった。



児子炉は黒煙となりて闇に溶けその光景を残された二人が認識した瞬間、彼女らも光となりてその場から姿を消したのであった。


244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:02:41.58 ID:f3jC59Mz0

……………………………

薄暗い裏路地に一人、源氏は億劫な表情を浮かべつつ児子炉の鞘を抜いた。

源氏「どれくらい殺りやがった? 勝手に一人で暴れ過ぎンなよ。俺の楽しみが無くなっちまうだろうが」

児子炉「……じゃまされなければ、ぜんぶこわしてた」

源氏の問いに今度は児子炉が沈めた表情で口元を熊の頭で隠してみせたが、その様子に源氏の生き生きとした狂気は口角に取り戻された。

源氏「まあそう拗ねるこたァねェだろ。奴はともかく今奴らを壊すのはもったいねェ」

クククと堪えた笑いには紺之介に対する期待が大いに含まれていた。というのも彼が紺之介の要求を呑み、彼らの間である契約がなされたからである。

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:03:34.36 ID:f3jC59Mz0
………………

紺之介「源氏、率直に言うとだ……今の俺はお前に本気になれない」

源氏「あ゛? そう水臭ェこと言うなよ。本気で殺し合おうぜ? なにせ俺はてめェの親父の仇なんだからよ」

刀を前に突き出し今にも紺之介に牙を剥かんとする源氏の闘志を断ち切るかのように紺之介は口を挟んだ。

紺之介「だからこそだ」

源氏「……そいつァどういうこった」

246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:01.56 ID:f3jC59Mz0
紺之介「今の俺はその件やお前のここに至るまでの行いに対して強い憎悪や怒りを覚えている。それに任せて剣を振りかねんということだ」

紺之介「それ即ち護るための剣にあらず。それはもはやただただお前を斬り伏せるためのみ存在する太刀筋だ。護衛剣術を得意に扱う身としてこれ以上に不利なことはない」

源氏「ほう?」

紺之介の発言は眼差しも含め至って真剣なものであったがそれでも尚命乞いをする者を見るような目でそれを聞く源氏に彼は念を押した。

紺之介「これは言い訳ではなく敬意でもある。強者を求めるお前に対しての敬意だ。ここに宣言しよう。次にお前と邂逅したとき、俺は今よりも確実に強い本気でお前の相手をする。再び出くわすことは互いに幼刀を求め続ける限り、容易い事だろう?」

247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:42.69 ID:f3jC59Mz0
紺之介が源氏という男に理解を示したように源氏もまた紺之介という男を剣を交える過程で理解しかけていた。

源氏(確かにコイツが幼刀の一件から完全に手を引くとは思えねェ)

それは紺之介の熱意が源氏を瀬戸際で引き離した悪魔の契約であった。

源氏は刀を納めると背を向け紺之介から遠ざかって行く。
後ろ手を振ってそのまま茶居戸の夜道へと姿をくらませたのであった。

源氏「次に会った時は、本気で殺し会おうぜ。紺之介よ」

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:07:18.70 ID:f3jC59Mz0
……………………

源氏(初対面で俺の事をあそこまで知り尽くしたのはやはり最高の血を引く所か……親子揃って俺をひりつかせやがる)

源氏「次は殺す」


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:11:34.48 ID:f3jC59Mz0
………………………

紺之介「その様子なら無事そうだな」

次に愛栗子と乱怒攻流の二人が目を開けたとき、そこは紺之介の目の前であった。

愛栗子「……まあの」

乱怒攻流は愛栗子が少しばかり締まらない顔つきをしていたのを見逃さなかったが、夜闇と疲労に包まれていた紺之介の目には映ることはなかった。

250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:13:55.55 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流(あのまま二人が戦ってたら一体どうなってたのかしら)

心中乱怒攻流によぎったのは愛栗子敗北の後に狙われていたのは全力を出しきれないことが分かっている己だったという危うさ。
愛栗子の締まらぬ表情の中に隠されていたのは『あの場所でこの一件を終わらせておきたかった』という心情。そのことを彼女は見抜いていた。


乱怒攻流(あの楽観的な愛栗子が)

それ程までに彼女を危険視されている児子炉を取り巻く『憎しみの力』
その力の源の正体をこの場で愛栗子だけが理解しているように乱怒攻流は思えた。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:14:33.96 ID:f3jC59Mz0
一方愛栗子はというと隠した心中を露わにしないよう早々に事後報告に移った。

愛栗子「すぐそこで噂の男かもしれぬ者が何者かに襲われたのか伸びておったわ。刀を奪おうとして返り討ちにあったのかもしれぬの。奴の鞘を持っておったしの……間違いなさそうじゃ」

愛栗子「肝心の奴のやつはどこに行ったか分からぬがの……幼刀とはいえ小さいやつじゃからのぉ〜……べそをかいてどこかへ消えてしもうたのかもしれぬの」

紺之介「! それは本当か。案内してくれ」

愛栗子「こっちじゃ」

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:15:21.46 ID:f3jC59Mz0

…………………………

紺之介「おい」

完全に気を失っていた男の頬を紺之介は軽く数回はたいた。刺激を受けて『噂の男』は目を覚ます。

刀狩り「っ……うぉわぁ!? だ、誰だよお前!」

紺之介「お前、噂の刀狩りか?」

刀狩り「ってめ……! もしかしてさっきの黒ずくめの……」

間違った方向に警戒する男の口に愛栗子が軽く下駄を押し付けた。

刀狩り「ぶベッ」

愛栗子「何があったのかは知らぬが妙なことを喋るでない」

不自然に口数の多い愛栗子にさすがの紺之介も懸念の顔つきで彼女を見たが一先ず男に刃先を突きつけ脅しまがいに奴を要求していく。

紺之介「……お前が噂の刀狩りであると言うのなら状況は分かっているな? 今ずく奴を納刀しろ。そうすれば命は助けてやる」

乱怒攻流(うわぁ……児子炉がここにいるって分かってるから焦ってるとはいえ随分と荒いやり方ねぇ)

253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:16:12.38 ID:f3jC59Mz0
不本意ながら乱怒攻流も引く強引な要求の中刀狩りの男は泣いてそれを呑む……と思いきや彼は紺之介らが幼刀関係者と見るや否逆に反抗的な態度で紺之介の刃先に唾を吐きつけた。

刀狩り「簡単に渡すわけねーだろ。噂によると幼刀はどいつもこいつも人知を超えた力を持ってるって話じゃねーか。でも俺様はペドを見て確信した……あいつら全てを手にした者は武力がモノをいわねぇこの国でも……いや西洋すら丸ごと統べる力を手にできるってなぁ!」

刀狩り「殺したきゃ殺せ。アンタが掴んだ世界なんざ興味ねぇんだよ」

254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:17:38.36 ID:f3jC59Mz0
的外れな野望を抱いていた彼に対して愛栗子は虫を見るかのような視線を向けた。

愛栗子「あほうめ。確かに幼刀は人あらざる者じゃが……わらわらにそこまでの力なぞ備わっておるわけがなかろうが」

愛栗子に罵られてもなお『納刀』を口にしない男に対して疲労困憊の紺之介も流石にしびれをきらしあろうことか突きつけた愛刀を自ら先に納刀してしまった。

刀狩り「うわ、おい何しやがるッ!」

刃先に付着した唾液を男の袖着になすりつけながら。

255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:10.00 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……となれば俺たちで奴を探し出すしかないか」

乱怒攻流「うーん……でもあたしたちじゃ何処に行ったのか検討もつかないわ」

紺之介「それはまずいぞ。先ほど刀を交えた源氏という男が幼刀児子炉を所持者だったんだ。児子炉は他の幼刀の在処を探知する力があるらしい。一刻も早く見つけなければ収集の前に破壊されてしまう」

256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:43.16 ID:f3jC59Mz0
体力の限界が近く足元をフラつかせる紺之介とお手上げと言わんばかりに両手を上げる乱怒攻流を見た愛栗子は二人が予想だにしない方針を切り出した。

愛栗子「もはや茶居戸にてわらわらにできることなぞ何一つとしてない。早急にここを離れ次を目指すべきじゃ」

乱怒攻流「次ってことは……もう刃踏しかいないわよね」

257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:22:34.18 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……は?」

彼女の出した結論に納得いかずの紺之介が声を荒げて反発する。

紺之介「何を言っている愛栗子! そんなことをすれば……」

当然のことであった。彼にとって今ここを離れるということは奴の収集を諦めるということである。それは客人の依頼を裏切るばかりか己の野望すらも危うくする決断であったからだ。

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:23:03.71 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「心配せずともよい。炉が奴の位置を知りとて小柄俊敏かつ逃走に命がけのあやつを捕まえるのは至難の業じゃ。それにのぉ紺」

愛栗子が下駄先で紺之介のむこうずねを軽く小突くと紺之介は刀を杖にしてその場に膝を着いた。

紺之介「ぃ゛つ゛……!?」

愛栗子「例え奴らより先に奴を見つけたとて、そのような状態で仮にも幼刀相手にまだ太刀を握る気かの? そのような気力があるとほざくならその気力はこの場を離れるのに使うべきじゃ」

愛栗子「……まぁもっとも、この件を全てわらわに一任すると申すのなら話は別じゃがの」

紺之介「それは論外だ」

その間僅か一秒と足らないものであった。

乱怒攻流「……はぁ」

259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:24:45.68 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「ならば今はわらわの言うことに従ってもらうぞ。さて、そこの哀れな男も使えぬし戦わぬともなると奴の方からこちらの傘下へ入ってもらうしかなさそうじゃし、後のことはふみに頼み込むとするかの」

愛栗子「となると最後の問題じゃが」

刀狩り「がぁ……!?」

愛栗子は刀狩りの男の額を跡が残るほどの力で踏みつけ彼から奴の鞘を取り上げると静かに、声低く怒鳴りつけた。

愛栗子「……ぬし、わらわと紺が戻ってくるまで死ぬことは許さぬぞ? 醜いなら醜いなりに這いずり回って生き延びて見せよ。ぬしに死なれると人知れず刀化して動けぬようになった奴を割られてしまうのでの」

刀狩り「わ゛……わ゛がっだがらやめ゛ろ゛! ペドよりも先に俺様の頭がッ……割れるッ!!」

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:25:25.42 ID:f3jC59Mz0
紺之介「そこまでにしておいてやれ。で、幼刀刃踏を手にすると奴の方から傘下へ入るとはどういう意味だ? 刃踏はそんなに強いのか? だがな愛栗子……いくら刃踏が強くとも俺が幼刀に直接的な斬り合いをさせることは……」

愛栗子「分かっておる。じゃから『戦わぬ』と言うたではないか。奴ならば戦わずして奴をこちらに引き寄せることが出来るかも知れぬと言うておるのじゃ」

彼女の発言に乱怒攻流は何かを察したかのように呟いた。

乱怒攻流「あ〜……そういうこと?」

紺之介「どういうことだ」


261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:05.44 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「奴はの……ふみが十二のときに生んだ将軍さまとの赤子なのじゃ」

源氏、そして児子炉……それぞれの邂逅と過去の記憶を経て彼らは新たな旅路へと進む。
幼刀収集の旅は今、折り返しに向かおうとしていた。


262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:39.59 ID:f3jC59Mz0
続く
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/21(日) 12:09:20.74 ID:9vQgivPDO
固有名詞の読み方以外はほんとかっこいいのになあ…
264 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/07/10(水) 17:45:58.76 ID:QarN0Zl90




幼刀 刃踏 -ばぶみ-



265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:46:51.51 ID:QarN0Zl90
茂る山道に石擦る音。
それに合わせるよう蝉も音を奏でる。


乱怒攻流「ねぇ〜……ちょっとぉ、まだ付かないのぉ?」

連なる石段の頂点を仰ぐ。
嘆く少女の目指すは遥か。
広き聖域の寺院なり。

助寺 -じょじ-

その場所こそ控えに記されたる幼刀刃踏-ばぶみ-の在り方なり。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:19.12 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「もう疲れたんだけど……」

愛栗子「なんじゃもうへばったのか。その背嚢がおぬしの負担になっておるのではないかえ?」

げんなりとした様子で前屈み両膝に手をついた乱怒攻流を愛栗子が煽る。
そんな愛栗子を彼女は負けじと睨み返した。彼女にとって今さら愛栗子に減らず口を叩かれる筋合いなど毛頭なかったからである。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:59.24 ID:QarN0Zl90
その理由の蓋開けてみるとまず愛栗子は上がり始めて数十歩のところではや歩を止めてしまったのだ。
その場の石段に座り込む愛栗子に紺之介気を利かせて刀に戻るよう促してみるも、彼女は聞く耳を持たずしてあろうことか彼に自らを背負わせることとしたのだ。
さもなくばここから一歩も動かんとした愛栗子に紺之介は頭を抱えつつも仕方なしと従うこととした。

紺之介が強引な納刀に出なかったのはここまでの旅路で深めた彼らの仲が生んだ優しさとも妥協とも取れる。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:48:49.61 ID:QarN0Zl90
そのようなことあって今の今まで楽をしてきた彼女に煽られた乱怒攻流が眉間のシワを増やすのは至極当然のことであった。

紺之介「お前はどうする。刀になっておくか」

乱怒攻流「ならない!」

その意地は愛栗子のわがままとは違った。否、言ってしまえばそれもまたわがままなのだった。そう紺之介の目には映り込んでしまったのだ。

ため息一つで彼女らの意思の違いを混ぜ込んでしまうほどに彼の足もまたそこそこの軋みを上げていたのである。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:28.40 ID:QarN0Zl90
と、なれば紺之介の対応もまた同じものとなる。

紺之介「……愛栗子降りろ。もういいだろ。まだ歩くつもりがないなら納刀しておいてやるから」

吐いた言葉は命令形で愛栗子の降背を促すものであったが、実際の彼の動きは強引で腰を下ろすとそのまま愛栗子の腿にかけていた腕も離してしまった。

愛栗子「なっ……!?」

愛栗子なす術なく彼の背を滑り落ちるしかなし。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:55.74 ID:QarN0Zl90
紺之介「乱、乗れ」

乱怒攻流「ぇ……いや、あたしはそんなつもりじゃ……」

紺之介「あー早くしろ」

乱怒攻流の声は蝉のざわつきに呑まれ、後ろすら見ぬ彼の耳には届かぬものとなっていた。
乱怒攻流は唖然としながらも彼の背に吸われるように一歩一歩と石段を踏んでそれにすがる。

紺之介が再び立ち上がる中『これでいいのだろうか』とまだ少し恥の熱を持つ彼女の顔は横側の愛栗子の顔に気づくことはなかった。
そのときの愛栗子の顔こそ彼女が本当に見たかったものであったとも知らずに。

愛栗子「……不愉快じゃ。納めよ」

紺之介「結局か……納刀」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:50:35.62 ID:QarN0Zl90
…………………………


重ねること千の段。その先で彼らと最初に目を合わせたのは桃の着風にたなびかせ竹箒で石を撫ぜる少女だった。
乱怒攻流よりか一つ二つ大人びて見える彼女は背負われた背嚢を見て目を見開かせた。

「あれ……? 乱ちゃん!?」

一方乱怒攻流も彼女に気づくやいな焦るように紺之介の肩を三度ほど叩く。
まるで見られてはならないものを見られたかのように。

乱怒攻流「あ……もういいから降ろしなさい!」

紺之介「暴れるな!」

彼の背から再び石に着地した彼女に寺の少女が駆け寄ってくる。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:51:08.46 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「久しぶりね。刃踏」

刃踏「もぅ、乱ちゃんも『ふみ』でいいのに」

その名で呼ばれたことに少し不満気な表情を浮かべたのは伝説の一振りが一本、幼刀 刃踏-ばぶみ-である。

刃踏「へぇ、乱ちゃんは今この人と一緒にいるんだね〜」

乱怒攻流「まぁ、いろいろあってね」
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/07/10(水) 17:51:51.19 ID:QarN0Zl90
彼女の正体を知りえた所で紺之介は早速と本題に入る。己を見上げた刃踏に紺之介は要件を述べた。

紺之介「どうやらお前に敵意はなさそうだな。勿論お前にも用があってここに来たわけだが、一先ず今の持ち主に会わせてもらおうか」

刃踏「茢楠先生に、ですか? 少し待っててくださいね」

刃踏「せんせぇ〜! お客様です〜!」
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:01:53.31 ID:QarN0Zl90
刃踏は紺之介の話を快く引き受けると寺に駆け足で寄りて声を張り上げた。その声に応えるようにしてこれまた優男を漂わせる声色一つ。
寺の障子が一つ開くと眼鏡をかけたその声の持ち主は姿を現した。後ろからは数人の童の姿もちらついて見える。

茢楠「いやはやこのような何もない寺にお客様とは……申し遅れました。私、田布 茢楠-でんぷ れつなん- と申します。この助寺の管理を一任されているしがなき坊主にございます」

紺之介(なんだ……この男)

縁側を降り頭を低く保ったその男は常人視点にして如何にも聖人たる気を纏っていたが紺之介の勘は瞬時にその男の只ならぬ歪みを感じ取っていた。

故に既に下手のその茢楠に紺之介容赦のない揺さぶりをかける。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:02:41.19 ID:QarN0Zl90
紺之介「何もない……なんてことはないだろう。現にそこにいるのは幼刀刃踏-ばぶみ-……既に奴の言質は取ってある。俺がここを訪れた理由などそれだけで十分だ」

紺之介の真に迫る声色に一度刃踏と茢楠が和らげた空気が緊張感で上書きされる。緊張感に当てられた何人かの童はそそくさと障子に身を隠した。
姿を現したときは緩かった茢楠の表情もどこか真剣な面持ちとなっておりその中で刃踏だけが困惑した表情で二人を交互に見つめていた。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:03:15.56 ID:QarN0Zl90
紺之介の事情を直感で拾った茢楠は一つ咳払いをして彼を案内した。

茢楠「成る程。では、話はあちらで……」

刃踏「先生……?」

茢楠「フミ、この方とのお話の間……みんなを頼みましたよ」

刃踏「は、はぃ」

縁側に上がり茢楠の後ろについた紺之介らを見送る刃踏の表情は曇ったままであった。

277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:03.70 ID:QarN0Zl90
……………………

茢楠「先ほどから気になってはいましたがもしやそのお二方は……」

乱怒攻流「ええ、あたしは乱怒攻流。まぁ刃踏の知り合いってとこね」

愛栗子「わらわは愛栗子、並びに幼刀じゃ」

抜刀された愛栗子に続いて紺之介も口を開く。

紺之介「まだ名乗ってなかったな。俺は都一の剣豪、紺之介だ」

乱怒攻流(そもそもその『剣豪』って名乗ってるのはあんた一人でしょ)
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:56.78 ID:QarN0Zl90
連られた別室の床で胡座をかきながら紺之介らは淡々と名を、そしてここまでの経緯を語った。
その一方で茢楠と名乗った男も紺之介の名を聞き覚えのあるものだったと告白した。
都から持ち出された伝説が一刀幼刀 刃踏-ばぶみ-は持ち出した梅雨離最高本人の手からこの茢楠に渡されていたのである。

茢楠は紺之介の話を耳に入れながらその時≠ェ来てしまったのかと若干の感嘆に浸りながらも表情は僧なりにその運命を無情に受け入れていた。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:05:33.36 ID:QarN0Zl90
茢楠「話は大体理解できました。幼刀奴を引き入れ都にまた刀を集めるにはフミの協力が不可欠と……いうわけですね。分かりました。彼女にも話してみましょう」

茢楠が何かを諦めたかのように目を閉じ、床を遅緩な動作で立ち上がる様子から愛栗子は目を離せずにいた。

愛栗子(まぁ、そうなるのも無理はなさそうじゃの)

言葉にはし難き蟠りも呑み込みて一つ貫かんとする男、茢楠。その抑えても抑えきれぬ無念の情はこの場でただ一人愛栗子の目にだけ映りそのまま彼女の無言の激励によってなんとか無事霧散しかかる。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:08.32 ID:QarN0Zl90
紺之介「待て」

だがその男を引き止めてしまったのは意外にも紺之介だった。

茢楠「……はい?」

紺之介「お前にはまだ聞きたいことがある。俺の父と出会った経緯、そして刃踏を預かった経緯も聞きたい」

茢楠「あ〜……」

愛栗子「これ紺! ちと無粋が過ぎるぞぬし!」

紺之介「? 何故お前が取り乱す」

愛栗子に肩を扇子で叩かれてもなお己の私利私欲の為に口を滑らせる紺之介に愛栗子は露骨な疲れため息を吐いた。

愛栗子(まったくこやつというやつは……!)
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:39.27 ID:QarN0Zl90
彼の言葉にしばらく間を抜かした茢楠であったが再び座り直すと己への戒めのつもりだったのか、はたまた僧故の温厚さか、快く紺之介の要望に応えることとした。

茢楠「ええいいでしょう。やはり、気になってしまいますよね」

乱怒攻流「まぁいいんじゃない? 本人もああ言ってるんだし」

愛栗子「〜……」

愛栗子だけがなんともいえぬ表情で下唇を歯をあてがう中、茢楠は語り始めた。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:08.97 ID:QarN0Zl90
茢楠「はは……自分で言うのもなんなんですけどね。私、今でこそ坊主の面を被らせて頂いておりますが、昔はどうしようもない荒くれ者だったのです」

紺之介「荒くれ者……?」

紺之介思わず床に視線を落としそのまま上へ上へと茢楠を見直して行く。
初見でちらついた歪みの正体はどうやらそこにあったようだと紺之介理解しつつも最終的に彼の仏のごとき微笑を見直したるときには『荒くれ者』という言葉の意味を忘れてしまっていた。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:43.30 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「あんたが荒くれ者ね〜……想像もつかないわ」

茢楠「お褒めに預かり光栄にございます。そう言ってくださると、この自責に費やした十の年月に意味があったのだと……奢ってしまいそうになります」

紺之介(荒くれ者……十年の自責……もしや最初に感じたこいつの歪みはそれか)
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:08:25.79 ID:QarN0Zl90
茢楠「この世に絶望し、ただ暴力を振るうのだけが取り柄だった私はある日流浪の剣士と出会いました。それが」

紺之介「梅雨離 最高、だな」

紺之介、展開を急かす様にして口を割る。

茢楠「はい。私は彼に暴力を蔑まれたことに腹を立てそのまま決闘を申し込みました」

紺之介「父と闘ったのか!」

また一段と食い気味に前へ乗り出した紺之介に対して茢楠はしばし申し訳なさげに眉を下げた。

茢楠「いや〜……少し話を盛ってしまったかもしれません。今思えばあれは決闘だったのかも疑問ですね。やられちゃったんです私。それはもう、一方的に」

紺之介「……そうか」

紺之介が興奮に前へ着いた腕を再び膝へ持っていったのを確認し茢楠は続ける。
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:09:03.77 ID:QarN0Zl90
茢楠「私は最高さんの護衛剣術に宿る『守るための強さ』に惹かれましてね。彼に弟子入りを頼んだのですがそれもまた断られてしまいまして……ああ、私の過去は思い出せば恥ずべきことばかりですね」

紺之介「続けてくれ」

茢楠「ん、失礼。ですがその代わりに最高さんは『守るための強さならこいつが教えてくれる』と言ってフミを私に預けてくださいました」

紺之介からすればもうはや耳の傾け所は無いに等しかったがその一方で語り手である茢楠からすればここからが募る言葉の吐露であった。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:10:44.27 ID:QarN0Zl90
茢楠「フミは私に優しさを教えてくれました。時には誰かを助け、そうして時には誰かに無理せず寄りかかること……自らがその依り代たる器になること。私は誓いました。その『誰か』を必要としたフミがすがる先は、私自身になることを」

茢楠「それほどまでに、愛しているんです。彼女を」

乱怒攻流「ふーん……ぁいたっ、何すんのよ!」

欠伸混じりの相槌を打つ乱怒攻流の背嚢を愛栗子が叩く音が客間に響いた。

茢楠「あはは、すみませんこんな退屈な話をしてしまって……」

愛栗子「案ずるな。全くもってそのようなことは感じておらぬ。ぬしの心は尊きものじゃ」
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:14.72 ID:QarN0Zl90
茢楠「ありがとうございます。ですが、どうもそうはいかないこともあるようで……稀に彼女が何処か遠くに切ない眼差しを送ることがあるんです。まるでその先に、私も知らない大切な何かがあるかのように」

愛栗子「茢楠、それは恐らくの……」

詳細を口に出そうとした愛栗子に茢楠は語らせまいと目を閉じて右手を挙げた。

茢楠「ええなんとなく分かってます。それが訪れたこの日の運命に関係していると。ですから私のことは気にしないでください」
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:47.37 ID:QarN0Zl90
愛栗子「そうか。よかったの紺……こやつはよく出来た男じゃ」

愛栗子が清すぎるとも言える彼に賞賛の言葉を送りその言葉をもって彼らの対話は一度畳まれた。

座っていた幼刀二人と茢楠はその場を立ち上がった。これにて話は一件落着……と誰もが納得したかと思いきやその中で紺之介だけがまだ腕を組み胡座をかいていた。

愛栗子「どうしたのじゃ紺。足でも痺れたか」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:12:48.76 ID:QarN0Zl90
紺之介「……いや、やはりいきなり押し掛けて長きを共にした刀を寄越せというのはムシのいい話だと思ってな」

乱怒攻流「は!?」

愛栗子「ほう? して、どう決着をつけると?」

紺之介はおもむろに立ち上がると差した黒鞘を握り茢楠を見た。

紺之介「この男の話を聞いて確信した。この男が折れたところで、刃踏自身がすんなりここを離れるとも思えんとな」

紺之介「故に俺は刃踏に決闘を申し込む。やはり幼刀との衝突は避けられんのだ。それはこの旅が始まったときから覚悟していたことだ」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:19.64 ID:QarN0Zl90
紺之介の発言と面持ちに茢楠は一瞬呆気に取られたかのような表情になったが直ぐに彼の言い分理解し確認に移った。

茢楠「つまり、フミと貴方が模擬試合を行い貴方が勝てばなんの蟠りもなくフミをここから連れ出すと」

紺之介「ああそういうことだ」
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:53.54 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「ね、ねぇあんたやっぱり馬鹿なの? なんでそんなことする必要があるよの!」

茢楠「私としてもあまりそれは……」

茢楠の内心を察した紺之介が補足を付ける。

紺之介「俺は傷ついても構わん。だが安心しろ。刃踏には一切傷をつけずに勝つ」

だが意外にも茢楠の思惑は彼の予測を大きく外していた。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:17.75 ID:QarN0Zl90

茢楠「いえ、そうではありません。大変失礼ながら……紺之介殿ではフミに勝つことはできないかと」

紺之介「なんだと?」

眉をひそめる紺之介の後ろから更に愛栗子が告げ口を送り込む。

愛栗子「……全くもってその男の言う通りじゃ。もう良いじゃろう? 馬鹿なことを言うのはよして今回ばかりは素直にその男に甘えておけ」

乱怒攻流「え……愛栗子が紺之介に負けるなんて言うのはちょっと意外だったけど……兎に角やっぱりそうでしょ。戦わずに幼刀が手に入るならそれに越したことはないわ」
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:48.36 ID:QarN0Zl90
この場において多数決でも取ろうものならば一瞬で片がつきそうなほど紺之介の発言は多方からの否定を受け愚言とされたがその一方で紺之介自身はそれを物ともしない闘志を燃やしていた。

否、完全に焚きつけられてしまったのである。

ここまでの戦いで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼は元々自信過剰の実力者。
その揺らぐことのない信条を戦わずして真正面から否定されて黙っていられる筈もない。

紺之介「どいつもこいつも、中々面白いことを宣ってくれる」

冷めた口調で腰の柄に手をつけた紺之介は顔色こそまだ普通であったがその内心には確かな血色が沸きに沸いていた。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:16:29.21 ID:QarN0Zl90
紺之介「俺はやるぞ。誰がなんと言おうと刃踏を負かし、必ずや実力にて収集してみせる」

茢楠「……」

乱怒攻流「あらら」

愛栗子「……はぁ」

そうして誰もが呆れ返ったその場所に刃踏が呼び出され、紺之介の誇りと尊厳を掛けた戦いの火蓋が切って落とされた。

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:00.84 ID:QarN0Zl90
……………………

愛栗子と乱怒攻流、そして茢楠が見守る中紺之介と刃踏が向かい合う。
方や鞘付き刀を異様な形相で握る剣客の男、方や手ぶらに着物の少女……その光景はとても試合の前触れとは思えぬような光景であった。

刃踏「あ、あのぅ……先生、これ本当に……」

茢楠「ええ、フミの力を紺之介さんに教えておやりなさい」
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:31.98 ID:QarN0Zl90
紺之介「おい」

刃踏「は、ひゃいっ!」

紺之介「早く『刀』を構えろ。お前にもあるのだろう?」

刃踏「『刀』なんて……そんなもの、私には」

紺之介(確かに服装も他の幼刀と比べて普通だが……側から見てる茢楠の崩れぬ余裕っぷりで『刀』を持たぬなどハッタリとすぐに分かる。まだ獲物を見せる気は無しか……)
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:17.66 ID:QarN0Zl90
茢楠「では御二方、よろしいですね」

紺之介の疑いの目配せを他所に茢楠は行司として対する二人の間に立つと片腕を真上に挙げる。
紺之介は握り手に、刃踏は震える足腰にそれぞれ緊張を走らせど一部の観客の目からは未だ憂いの目線がある中茢楠の腕が空を割いた。

茢楠「始めっ!」
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:45.83 ID:QarN0Zl90

声と共に紺之介のすり足が床を離れ、飛び込む形へと移り変わる。
姿勢を低くした急速な接近はかつて彼が乱怒攻流と対峙した瞬間を彷彿させる。

紺之介(先ずは獲物の正体を出させてやる)

決闘において真正面の衝突の先には大抵決着か鎬の削り合うような激しい攻防が待つ。
即ち剣術であれ体術であれ相手の手の内を初手にて知るには一番手っ取り早い方法であった。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:19:14.12 ID:QarN0Zl90

実際、向かってくる紺之介に対して刃踏も棒立ちをやめ、まだ締まらぬ表情を浮かべながらも両腕を広げていた。

紺之介(来るッ)

向かう紺之介の柄にもう一度力が入る。
二人の衝突まであと一丈とない距離だったが対人において常人を逸脱した才覚を発揮する紺之介の頭脳はあらゆる状況を想定していた。常に相手の一手を視界に入れる準備をしながらも己の手が彼女の足首に届く機会をも見極め思考し続ける。

受けに特化した合気のような武術か、はたまた隠された刃針の奇襲か……一寸一寸と詰められるその一瞬の中片時も警戒を怠らない。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:05.00 ID:QarN0Zl90
そうして遂に衝突の時は来たる。
激しい攻防の幕開けか、どちらかの決着か、見届ける三人の瞳にその景色は映り込んだ。

乱怒攻流「へ」


301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:56.58 ID:QarN0Zl90
突き立てられた鞘付きの刀は刃踏の脇腹をかすめており紺之介の上体は刃踏に抱かれていた。
彼の膝は床を着き、彼の頭は刃踏の胸元にあった。


刃踏「幼刀なんて……そんな大きな力、やっぱり私にはありませんよ」

紺之介の手元からは力なく愛刀の柄が滑り落ち、鍔が大きく床を叩き金音を響かせる。

紺之介(……何が起こった。いったい、なに、が)

先ほどまであらゆることを思考していた彼の脳が糸のように無にほつれていく。紺之介は感じていた。豊満に埋められた頭が意識を手放していくのを。
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:21:40.82 ID:QarN0Zl90
薄れゆく意識な中、近づいてくる愛栗子の声だけが置き土産のように彼の頭蓋に木霊した。

愛栗子「少しは頭が冷えたか。全てを呑み込むその慈愛こそがそやつの『刀』なのじゃ……ぬし、もう斬られておるよ」

紺之介(ああ、これか。これが幼刀刃踏-ばぶみ-の『刀』だったのか……この、やわらかいこれが……)

愛栗子の答え合わせと共に自分なりの理解を得た紺之介は薄い笑みを浮かべ、その心地良さに殺されるようにして意識を絶った。


303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:22:55.82 ID:QarN0Zl90



「ぬしの負けじゃ、紺」




304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:24:51.95 ID:QarN0Zl90
……………………

紺之介「ン……」

紺之介滲む視界を開けばそこは床布の上。障子からは橙色が漏れ出していた。
上体を起こし顔の片方へと手を添えれば意識を失う前の温かな感触がひっそりと蘇り始める。
やがて徐々に鮮明になっていくそれは己が敗北したのだという事実を彼の爪先をもって思い知らせた。

紺之介(っ……本当に敗れたのだな。俺は)


305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:25:57.12 ID:QarN0Zl90
剣豪剣客の前に彼とて一人の男子である。
か弱き少女に屈したという事実は靄となりて彼の肺あたりを蠢いてはいたがそれでもそれは一人の侍の傷にしては小さきところであった。

というのも彼は……否も彼もまた、刃踏の確かな母性から来たる『寛大な慈愛』に呑まれたに過ぎなかったからである。

紺之介(故に『刃踏』か……くそ)

紺之介片目つぶりて頭上に手を置く。

あの敗北する瞬間、あの慈愛に顔を埋めた瞬間だけはきっちりと己が癒されてしまっていたことを認めなければならない。

紺之介は一人ため息を吐いた。

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