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だいたいなんでも解決してくれる杏ちゃん小品集
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74 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:22:05.27 ID:p8Id/7Jt0
そんなある日、同僚アイドルの宮本フレデリカが、「杏ちゃんに課題手伝ってもらっちゃった〜」と言いふらしている姿を目にした。
双葉杏。ニート系アイドルという奇妙な触れ込みで人気を博している一方で、近頃は同僚アイドルたちから持ち掛けられる悩み事を片っ端から解決してるという噂もある。
自他ともに認める怠け者と名高く、巴自身も彼女が事務所で昼寝に励んでいる姿は度々目撃していたが、杏とて常に眠っているわけではない。聞くところによると、ゲームをしたり漫画を読んだりアニメを観たりと、娯楽にはむしろ積極的な方であるらしい。ならば、将棋の心得もあるかもしれないと巴は思った。
若い女性で将棋を嗜む者なんて、そうはいない。しかし、もし指せるのであれば、おそらく相当に強いだろうという印象が彼女にはある。
75 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:23:31.96 ID:p8Id/7Jt0
*
「んー……まあ、指せるよ」
若干迷ったような口ぶりで、杏が答える。
「なら、一手御指南いただきたい」
「堅苦しいね」
杏がけらけらと笑う。
「将棋かー。いいよ、一局だけね」
「ありがたい。あと、生意気言うようで恐縮じゃが」
「なに?」
「本気で、頼むわ」
杏から見れば巴は年下だ、花を持たせようとするかもしれない。考え方は人それぞれだが、巴は手加減をするのもされるのも好きではなかった。手加減されて、それでも負けるというのならまだいい。だが、勝たせてもらうのは御免だ。それよりは惨敗のほうが遥かにいいと思えた。
杏は一瞬ちらりと巴に視線を向け、「はいよ」と答えた。
76 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:26:02.25 ID:p8Id/7Jt0
木製の二つ折り将棋盤をテーブルに開き、駒箱を逆さにする。巴は大橋流の手順で、杏は順番は関係なしに目についたところから無造作に駒を並べていった。
「先後はどうしようかの?」と巴が云う。
一般的には強い方が後手を持つものだが、杏が将棋を指している姿を見たことはなく、その実力は未知数だ。また、将棋指しの自称強い、弱いほど当てにならないものはない。
「振り駒でいいんじゃない?」
杏がこともなげに答える。巴は、「うむ」と声を出し、自軍の歩を五枚取って盤に中央に放った。歩が一枚、と金が四枚表、という結果になった。
「そっちの先手じゃ」
「うん。じゃ、お願いします」
杏が小さく礼をし、ぼんやりと盤面を眺める。三十秒ほどそうしたあと、おもむろに腕を伸ばし、角道を開けた。十人中六人か七人はそうする、ごく普通の初手だ。
杏ならば、いきなり意表を突くような手を指してもおかしくはない、と身構えていた巴は、ほっとしたような落胆したような、不思議な気分だった。
77 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:26:32.53 ID:p8Id/7Jt0
「端歩でも突くかと思ったわ」
「それでもよかったけどね」
後手の巴は飛車先の歩を突いた。続く杏も己の飛車先を突き、巴は更に8五に歩を進めた。
杏、7七角。巴、3四歩。杏、8八銀と手が進む。声にこそ出さないものの、これは巴が「角換わりでどうじゃ?」と問いかけ、杏が「好きにすれば」と答えた形である。
双方の金上がりを挟んで、角を交換し、自陣を整える。自然と先後同型に近い形となっていたが、巴がそれを外した。6二に玉が上がる。
「へえ、そっちなんだ」と杏がつぶやいた。
78 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:29:59.30 ID:p8Id/7Jt0
https://i.imgur.com/JPgZQAu.jpg
79 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:31:13.74 ID:p8Id/7Jt0
角換わり右玉、これはおよそ一年前、巴が初めて父を破った際に取った陣形だった。
未だ十三年の人生しか歩んでいない巴にとって、何十年と将棋を指してきた大人たちとは埋められない経験の差がある。強い弱いというよりは、知っているか知らないかという部分で序盤に不利を負ってしまう。角換わりから、順当に相矢倉、相腰かけ銀ともなれば、散々研究し尽されている定跡手順だ。
ならば、見たこともない戦型にすればええ、と巴は考えた。
無論、これとて例がないわけではない。しかし珍しい形ではある。巴の父はこの一手に大いに唸り、そして娘に平手では初の白星を贈ることとなった。
80 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:32:43.67 ID:p8Id/7Jt0
杏は落ち着いた様子で左端の歩を突き、巴が応じると今度は右端の歩を突いた。
杏の指し手は早い。時間制限を設けているわけでもないのに、一手あたり一分かそこらで手を繰り出す。巴はつい自分も早く指さなければならないと焦るのを堪えて、一手一手、熟考しながら指し手を選んだ。
やがて駒がぶつかり、小競り合いが繰り返される。主に巴が仕掛け、杏が受ける形だったが、決定的な隙はなく、なかなか攻め込むことができない。やはり杏は強い、と胸が熱くなるのを自覚しつつ、巴は集中力が研ぎ澄まされていくのを感じた。
幾度かの駒の交換があり、杏が銀二枚を、巴が金と桂を一枚ずつ多く持つ形となった。損得で云えば、ほとんど差はないだろう。
杏が持ち駒の銀を打ち、巴の角にぶつける。
81 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:35:25.80 ID:p8Id/7Jt0
https://i.imgur.com/aZwbXZ0.jpg
82 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:37:23.61 ID:p8Id/7Jt0
――ここが勝負どころじゃい。
巴は6六に角を切った。
「おっ」と声を発して、杏が銀で角を取る。その頭に、持ち駒の歩を叩きつけた。
杏はこれを取るか、避けるか、放置するか。いずれの場合も、そう簡単に攻めは途切れない。巴はここで一気に攻勢をかけるつもりだった。
相手の手番ながら、巴は盤面を睨み、それぞれの変化に思考を巡らせた。そして、異変に気付いた。これまで安定したペースで指し続けていた、杏がなかなか指さない。
流石の杏も考え込む局面か、それともまさか眠ってしまったんじゃあるまいな、と巴は顔を上げた。
杏は、当然眠ってはいなかった。その両眼はしっかりと開かれ、射竦めるように盤上に向けられていた。しかし、ぴくりとも動かない。
――読みを入れとるんか?
83 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:38:30.74 ID:p8Id/7Jt0
それから三分が過ぎ、五分が過ぎた。杏はやはり微動だにしない。
なにか話しかけてみようかとも思ったが、巴はそれをしなかった。邪魔になるかもしれないから、というのもあったが、声をかけても耳に届かないだろうと思ったからだ。
十分が経過する。
呼吸はしているのだろうか、と巴が不安になったころ、杏が動く。
その手が持ち駒の歩をつかみ、盤上に伸ばされる。ぱちりと軽い音を立てて7四のマスに置かれた駒から指が離れる瞬間、巴の目には、杏の手がぶるぶると震えたように見えた。
「大丈夫かの? 中断しても構わんのじゃが」と巴は云った。
「ん、へーき。もう疲れるとこは終わったから」
「……ほうか」
84 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:39:44.24 ID:p8Id/7Jt0
どういう意味か、と問いたくもあったが、ともあれ杏は指した。本人が平気と云うのなら今は勝負の続きだ。巴は盤上に目を向けた。
――7四歩。
なるほど妙手だ、と巴は心の中で唸った。次に桂馬を取った手が王手になる。
6六の銀を取り、桂馬を取られ、玉で歩を払う。杏は金で6六の歩を払う。互いに攻め手は止まり、角桂と銀二枚の交換となる。相手の陣形は乱せるものの、駒の勘定では到底得とは云えまい。
しかし、この歩を取ってしまうのは、玉が突っ込み過ぎて危険であるように見えた。仕切り直すつもりで、巴は6六の銀を取る。だが局面は、巴の想像したようには進まなかった。
杏、7三歩成。巴、同玉。そこまでは読み通り、しかし杏はそこで、空いた6五の地点に、取ったばかりの桂馬を打った。
85 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:40:46.23 ID:p8Id/7Jt0
意表を突かれた王手だったが、歩は金取りに残っている。うまくすれば後で拾えるかもしれない、などと思いながら、巴が8三に玉を逃がす。
杏は続けて7二に銀を打った。王手飛車取り、とはいえ、この地点には何も利いてはいない。タダ捨てだ。
巴、同玉。杏、7九飛、再三の王手がかかる。
「ぬぅっ……」
思わず声が漏れた。先の桂馬のせいで、合駒が利かない。
巴は6一へ玉を逃がした。杏、7二角、再びの王手飛車取り。巴、5二玉。杏、8一角成。
86 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:41:49.18 ID:p8Id/7Jt0
巴がほっと息をつく。飛車を奪われてしまったが、連続王手は途切れた。巴、6七歩成。金を取り、敵玉に王手がかかる。杏、同玉。
持ち駒を確認する。金三枚、銀二枚、桂。方や杏は持ち駒を惜しげもなくばらまいたせいで、飛車しかない。駒の損得では負けていないだろう。
しかし自玉はかなり危険な状態にあるように見えた。左が広いが、6五の桂馬がうるさい。まずはこいつを黙らせなければならない。
巴は6四に銀を打った。杏は8二飛、王手だ。
87 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:42:49.27 ID:p8Id/7Jt0
https://i.imgur.com/8cBhszS.jpg
88 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:45:02.51 ID:p8Id/7Jt0
飛成でも同じように王手がかかるのに、わざわざ持ち駒を使うんか?
巴は首を捻りつつ、4三に玉を逃がす。杏、3二飛成。
寒気がした。打ったばかりの飛車を、ためらいもなく捨てる一手。
まさか、と思った。
巴、同玉。杏、5四馬。
なんじゃこれは。
巴、4三金。杏、7二飛成。
なんじゃこれは。
巴、4二金打。杏、4三馬。
“終わったから”という杏の言葉が、巴の脳裏に蘇る。
まさか――詰んどるんか?
89 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:45:39.79 ID:p8Id/7Jt0
巴、同玉。杏、5三金。巴、同銀。杏、同桂成。巴、同玉。杏、4五桂。巴、同歩。杏、4四銀。巴、同玉。杏、4二龍。
「どうする?」と杏が囁く。
「……もう何手か、指そうかの」
「そう」
巴、4三桂。杏、5五金。巴、3四玉。杏、3五金。巴、同桂。杏、4四龍。
90 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:47:21.53 ID:p8Id/7Jt0
「ありません」会釈しながら、巴がつぶやく。
「おつかれー」
杏がソファに深く体を沈め、はあっと大きく息をつく。
「……そっちのほうが、疲れてるように見えるのう」
「一キロは痩せたね。間違いない」杏が笑いながら云う。
『何をされたのかわからん』というのが、巴の正直な感想だった。
ここまで見事に寄せ切られると、悔しさよりも感心してしまう。相手がいないなんて自惚れていた数時間前の自分を笑ってやりたくなった。
ふと巴は考える。今日まで、杏が将棋を指せるなんて知らなかった。おそらく誰も聞いたことがないだろう。
巴が趣味は将棋だと公言し、常日頃から相手を探しているのは誰もが知るところだ。しかし杏から勝負を持ち掛けてくることはなかった。これだけ指せるというのに。
91 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:48:39.28 ID:p8Id/7Jt0
いや、これだけ指せるから、だろうか。巴が将棋好きだといっても、所詮十三歳の小娘のこと、自分の相手にはならないだろうと考えたのかもしれない。事実、その通りだったわけだが。
どんな経緯で杏が将棋を覚えたのかはわからない。しかし、杏こそ、勝負になるような相手がいないのではないか。勝って当然の退屈を味わっているのではないか、と思った。
「……また、相手してくれるかの?」
「うーん……いや、もう当分やんない」
――それは、いつかは相手をしてくれる、と思ってええんじゃな?
「ほいじゃあ、そのときまでに、せいぜい強うなっとくわ。首を洗って待っとき」
まるで負け惜しみの見本のようなセリフだ、と自分で笑ってしまう。
「期待しないで待ってるよ」
杏がへらっと気の抜けた笑みを返した。
92 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:50:08.35 ID:p8Id/7Jt0
いい目標ができたが負けは負け、やはり悔しいものだ。あとで誰か相手に気晴らしでもしちゃろうか、と考えつつ部屋を出て行こうとした巴だったが、
「あ、待って」
杏の声に振り返る。
「疲れすぎて動けない。ちょっと肩貸して、きらりかプロデューサーのところまで連れてって」
「……嘘じゃろ?」
「いや、本当に」
巴は疑わしく思いながらも杏の腕を自分の首の後ろに回し、立ち上がらせた。杏は本当に地に足がついていないように全体重をかけてきた。小柄な杏とはいえ、重いものは重い。荷物は部屋に置いて、後で取りにくることにした。
「悪いねー、楽ちん楽ちん」
「まあ、うちのせい、かもしれんし……」
対局で疲れたというのなら、それは勝負を持ち掛けた自分が原因ということになるだろう。しかし、なにか釈然としないものを感じる。いくら頭を使ったとはいえ、自力で歩けなくなるなんてことがあるだろうか?
93 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:51:15.24 ID:p8Id/7Jt0
ゆっくりと足を進めながら、ちらりと真横に並んだ顔に目を向ける。
いつ見ても十七歳とは思えない、自分より年下の子供のような容姿だ。
「うん? どうかした?」と杏が云う。
「なんでもない」と巴は答えた。
この幼気な少女が、将棋で鬼のような強さを見せたかと思えば、今度は疲れ果てて動けないと云う。
どこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからない。あるいは全て本当なのかもしれないが――まあとにかく、
双葉杏っちゅうんは、変なヤツじゃ。
94 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:52:36.79 ID:p8Id/7Jt0
先手▲双葉杏、後手△村上巴
▲7六歩、△8四歩、▲2六歩、△8五歩、▲7七角、△3四歩、▲8八銀、△3二金、▲7八金、△7七角成、▲同銀、△2二銀、▲3八銀、△3三銀、▲3六歩、△6二銀、▲4六歩、△6四歩、▲6八玉、△6三銀、▲5八金、△5二金、▲4七銀、△7四歩、▲3七桂、△7三桂、▲2五歩、△8一飛、▲6六歩、△6二玉、▲9六歩、△9四歩、▲1六歩、△1四歩、▲2九飛、△7二玉、▲6七金左、△5四歩、▲5六歩、△4四銀、▲7八玉、△3五歩、▲同歩、△同銀、▲3六歩、△4四銀、▲9八香、△5三銀、▲8八銀、△8四角、▲7七桂、△7五歩、▲同歩、△同角、▲7六歩、△8四角、▲5七金直、△7四銀、▲5八銀、△3八歩、▲4七角、△6三金、▲3八角、△4四歩、▲6八玉、△6五歩、▲同桂、△同桂、▲同歩、△7三桂、▲7五桂、△6五桂、▲6三桂成、△同玉、▲6六歩、△5七桂成、▲同銀、△6五歩、▲7五桂、△5二玉、▲6五歩、△7三桂、▲6四金、△同銀、▲同歩、△7五銀、▲同歩、△同角、▲6三歩成、△同玉、▲6六銀打、△同角、▲同銀、△6五歩、▲7四歩、△6六歩、▲7三歩成、△同玉、▲6五桂、△8三玉、▲7二銀、△同玉、▲7九飛、△6一玉、▲7二角、△5二玉、▲8一角成、△6七歩成、▲同玉、△6四銀、▲8二飛、△4三玉、▲3二飛成、△同玉、▲5四馬、△4三金、▲7二飛成、△4二金打、▲4三馬、△同玉、▲5三金、△同銀、▲同桂成、△同玉、▲4五桂、△同歩、▲4四銀、△同玉、▲4二龍、△4三桂、▲5五金、△3四玉、▲3五金、△同桂、▲4四龍
まで、135手で双葉杏の勝ち。
95 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:53:38.02 ID:p8Id/7Jt0
https://i.imgur.com/Gks5Egw.jpg
96 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:54:51.68 ID:p8Id/7Jt0
<村上巴編、終わり>
97 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:57:28.39 ID:p8Id/7Jt0
※元棋譜は、先手福崎文吾先生、後手石田和雄先生の対局です。
98 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:58:38.22 ID:p8Id/7Jt0
〜森久保乃々編〜
99 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 20:59:26.94 ID:p8Id/7Jt0
――事務所内の一室
杏「ふー、疲れた」ボフッ
杏「…………」
杏「…………」
杏(あ、これ誰かくるやつだ)
杏(せめて面倒な人じゃありませんように――)
『ガチャ』
乃々「あんずさぁーん……」プルプル
杏「乃々かー、なんか生まれたての小鹿みたいになってるけど、だいじょうぶ?」
100 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:00:26.08 ID:p8Id/7Jt0
乃々「あ、はいなんとか……あの、それより……杏さんがどんな願いでも叶えてくれるというのは、本当でしょうか……?」
杏「なにひとつとして本当じゃないよ。杏はシェンロンでもランプの魔人でもないんだよ」
乃々「そ、そんな……」ヨロッ
杏「あー……もうあきらめてるから、いちおう聞くだけ聞いとくよ。願いってなに?」
乃々「その……もりくぼは今からお腹を切って果てるので……介錯をお願いできたらと」
杏「嫌だよ!?」
乃々「あう……では、セルフでなんとかしますので、せめて見届けてくれれば……」
杏「それも嫌だよ、一生モノのトラウマになるよ」
101 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:01:01.56 ID:p8Id/7Jt0
乃々「誰にも看取られないのは寂しいんですけど……」
杏「まず、なんで果てようとしてんの? なにがあった?」
乃々「……もりくぼの、ポエム帳を落としてしまったんですけど」
杏「うん」
乃々「…………」
杏「…………」
乃々「…………?」
杏「だけ!? そんなことで!?」
乃々「そんなことじゃないんですけど! あれを誰かに見られたら、もりくぼは地獄に帰るしかないんですけど!」
杏「地獄出身みたいになってるけどそれでいいの?」
102 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:02:26.18 ID:p8Id/7Jt0
乃々「とりあえず巴さんからドスを借りてきますので……」
杏「万が一持ってたら困るからやめて」
乃々「では、紗枝さんから……」
杏「乃々はなにを言ってるんだよ」
103 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:03:22.24 ID:p8Id/7Jt0
杏「ええと、そのポエム帳? は見つかってないの?」
乃々「はい……」
杏「いつどこで落としたかは?」
乃々「わかりません……」
杏「んー、だったら、まだ誰も拾ってないって可能性もあるんじゃない?」
乃々「でも……今日通ったところは、くまなく探したんですけど……階段を何往復もして……」
杏「ああ、それで脚プルプルしてたんだ。でもそれ、拾われてたとしても乃々のだとはわかんないよね?」
乃々「名前書いてありますので……」
杏「えらいな。じゃあ、最後にそれ確認したのいつかってのと、それからどう動いたか教えてもらえる?」
104 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:03:57.38 ID:p8Id/7Jt0
乃々「……今日は朝からレッスンがあったので、プロデューサーさんの机の下に隠れていました。そのとき新しいポエムを書いていたので、それまであったのは間違いないんですけど」
杏「うん、それから?」
乃々「たしか……レッスン開始時間になってもプロデューサーさんが探しにこないので、不思議に思って通路の様子を確かめようと思いました」
杏「うん」
乃々「そうしたら……部屋を出たところでプロデューサーさんと鉢合わせて、抱えられて更衣室まで連れていかれました」
杏「うん」
乃々「それで、第二レッスン室でレッスンを受けて……更衣室に戻ってから、ポエム帳がないことに気付いて……」
杏「…………ふーん」
乃々「ああ! 今頃拾った誰かにSNSにアップされて笑いものにされてるに違いないんですけど! 死ぬしかないんですけど!」
105 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:04:51.44 ID:p8Id/7Jt0
杏「落ち着いて。まだ拾われてるかどうかもわかんないし、見つけてからでも遅くないからね?」
乃々「さんざん探したんですけど……」
杏「たしか落とし物はビル管理室に届けられるんじゃなかったかな? 行ってみた?」
乃々「!! い、いえ……」
杏「いちおう行ってみたら? 拾ったひと、中身見ないでそのまま届けてるかも知れないし」
乃々「は、はい! 行ってみますけど!」
『ガチャ』『バタン』
杏「…………」
杏「しょうがないなあ、もう……」トコトコ
106 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:05:26.09 ID:p8Id/7Jt0
――エレベーターホール
杏(……階段を何往復も、ね)
ちひろ「――あら、杏ちゃん。どうしました?」
杏「あ、ちひろさん。このエレベーターって、もう使っていいの?」
ちひろ「はい、点検工事は午前中で終わってますよ」
杏「……そっか、ありがと」
107 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:05:56.83 ID:p8Id/7Jt0
『チーン、ジュウキュウカイデス』
杏「…………」トコトコ
杏(ここ、かな?)ガチャ
杏(で、机はこれで……。あ、やっぱりあった、ポエム帳)
杏「…………」
杏(……ちらっとね、ちらっとだけ)
杏「ごめんね……」ピラッ
108 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:06:44.13 ID:p8Id/7Jt0
『女の屍体』
目の前で女が死んでいる。
胸から銀のナイフを生やし、ゆっくり血だまりを広げている。
はて曲者はいずこに消えたものか。
とうに逃げ出してしまったろうか。
目の前で女が死んでいる。
よく見ればその顔に覚えがある。
屍体はわたしの知人だろうか。
よく見ればナイフにも覚えがある。
凶器はわたしのナイフだろうか。
よく見ればわたしも血にまみれている。
しかしわたしの血ではないようだ。
109 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:07:11.52 ID:p8Id/7Jt0
杏「…………」パタン
杏(なんか想像してたのと違った)
杏(……私が持ってっちゃうと、どうしても『見られたかもしれない』という疑惑が残るから、これは乃々が見つけた方がいい。戻ろう)
110 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:07:51.57 ID:p8Id/7Jt0
――元いた部屋
杏「よし、乃々はまだだね」ボフッ
『ガチャ』
乃々「杏さん……」
杏(あぶね)
乃々「ビル管理室にも……届いてませんでした……」
杏「じゃあ、今日乃々が通ったところいっしょに探してみよう。ほら、ひとりだと見落としがあるかもしれないし」
乃々「無駄だと思いますけど……」
111 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:08:46.44 ID:p8Id/7Jt0
『チーン、ジュウキュウカイデス』
杏(乃々が階段を重点的に探したのは、そこで落とした可能性が高いと思ったから。なんでわざわざ階段を使うかというと、午前中このエレベーターが点検中だったから。――だけど、乃々が階段で19階まで昇ろうとするとは思えない。階段を通ったのは、プロデューサーに抱えられて更衣室に向かってるときだ)
『ガチャ』
乃々「隠れていたのは、ここですけど……」
杏「うん、なにもないね」
乃々「何度も見ましたから……」
杏「朝ここに来たときの道のりは、今通ったのと同じ?」
乃々「え? あ、いえ。さっきのエレベーターは工事中だったので、通路の奥のほうの別のエレベーターで……」
杏「ふうん、エレベーターを降りてからは、間違いなくこの部屋に入った?」
乃々「??」
112 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:09:26.06 ID:p8Id/7Jt0
杏(乃々の使ったエレベーターはちょうど通路の反対側になるから、出てから見える景色がほとんど変わらない。ついいつものクセで、いつもと同じように部屋に入ったら)
乃々「……!! ちょ、ちょっと待っててほしいんですけど!」ダッ!
杏(ここの、向かいの部屋なんだよね)
<アッタンデスケドー!
杏「はい、めでたしめでたしっと」
113 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:10:26.32 ID:p8Id/7Jt0
*
――翌日
きらり「あ・ん・ず・ちゃぁーん!!!」
杏「きらりは今日も元気だねえ」
きらり「ねえねえ、杏ちゃん。最近みんなのお悩み解決してくれてるって、ホントぉ?」
杏「あー、まあ、結果的にね」
きらり「きらりもお悩み相談していいかなあ?」
杏「うん? いいけど、なに?」
きらり「えっとねえ、杏ちゃんがみんなから頼りにされてて、きらりもとーってもハピハピ☆」
杏「杏としては不本意なんだけどね」
きらり「でもでもぉ、杏ちゃんをみんなに取られちゃったみたいで、きらり、ちょっぴりさみしい☆」
杏「…………」
きらり「…………」
杏「……じゃあ、今日は1日きらりに付き合うよ。どこでも連れてっていいよ」
きらり「にゃっほーい! 杏ちゃんひとり占め〜☆ きらりーんこーすたー!」
杏「こわいこわい、せめて肩車にして」
114 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:11:43.63 ID:p8Id/7Jt0
ベテトレ「双葉ァ!!」バァン!
杏「あ、まずい」
きらり「にょわ?」
ベテトレ「なにをしている! とっくにレッスンの時間だぞ!」
杏「逃げろきらり、このまま杏を乗せて」
きらり「え、杏ちゃん、これからレッスンだったのぉ!?」
ベテトレ「諸星! 双葉をよこせ!」
きらり「え……えっと……」
杏「ほらほら、今日はひとり占めするんでしょ?」
115 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:12:27.52 ID:p8Id/7Jt0
きらり「…………ご、ごめんなさーい!!!」ダッ!
ベテトレ「諸星!?」
杏「おー、さすがきらり、速い速い」
きらり「もお! 杏ちゃんあとで怒られちゃうよぉ!」
杏「今回はきらりも共犯だよー」
きらり「むー……杏ちゃんは困った子だにぃ」
杏「そりゃそうだよ。だって杏は、杏だからね」
<森久保乃々編、終わり>
116 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2019/01/03(木) 21:13:22.66 ID:p8Id/7Jt0
以上ですべて終わりです。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/03(木) 21:22:39.85 ID:OBTwQ0+Uo
乙でした
杏はなんかT◯Heartとかのギャルゲの主人公みたいなキャラだな
やれやれ系の
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/03(木) 22:11:49.06 ID:/soYibZDO
乙
そうとう頭を使うSSだなぁ……と思ったら、なるほどという話です
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/03(木) 23:57:23.70 ID:BcJbs2CVo
おつおつー
杏の本気出したら大抵の事できう感は異常
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/04(金) 02:47:57.35 ID:r6VvrtWOo
杏は天才だぜ!
おつおつ
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/04(金) 03:18:57.33 ID:HH2BsIPB0
乙。
もりくぼのポエムがなんか病んでる感がある気がするが、中学生がちょっと拗らせてると考えればそこまででもないのか?
この作風で絵本作家は無理だと思うが。
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/04(金) 03:39:52.87 ID:WtbRI0DWo
とりあえず杏は女性初の棋士目指そうか
休みは多いぞ
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/09(水) 12:03:15.07 ID:sIlJlLFUo
>>121
世の中にはいろんな絵本がありますので
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