隊長「魔王討伐?」 Part2

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33 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:24:02.34 ID:czzKzwQ80

魔剣士『──チッ! 魔王子ィッ!』


魔王子『わかっている...後ろに下がっていろ...』


呼吸を整えることで身体の光を集中させる。

女勇者が与えてくれた属性付与、そして一体化しているユニコーンの魔剣。

すでに魔王子は光属性の扱い方を熟知していた。


魔王子『...女勇者、技を借りるぞ』


──□□□□□...

まるで盾、前方に光を展開させる。

魔王の闇にも引けを取らない質を誇っている。

これなら防御面に限っては心配など生まれない。


魔王「────"転移魔法"...」シュンッ


そのはずだった、彼らは闇だけを恐れすぎていたのであった。

背筋が凍る、突如背後に現れた気配はとてつもないモノ。

誰しもが思っていたはずだった、魔王という男が感情だけに任せて闇をばら撒くだろうか。


魔王子『────しまった』


魔剣士『──そのまま前方の闇を受けてくれェッッ! 魔王は俺様が相手をするッッ!!』


魔王「...ゲホッ」


転移魔法がどれだけ身体に負担をかけたのか。

血反吐を吐きながら手のひらに闇を集中させる。

腹部の痛みを堪え、そしてソレを地面へと叩きつける。


魔王子『──地面だ、翔べッッッ!!』


魔剣士『んなことはわかってるッッッ!!』ブンッ


────バコンッ!

地面に向かって放たれた剣気。

爆発の勢いを利用して、宙へと身体を持ち上げた。


魔剣士『ウッ...!?』


──■■■■■...

まるで底なしの沼のようだった。

すでに闇は展開していた、あと少しでも遅ければ足元から滅びていた。

だがまだ危機は去っていない、当の本人が黙っているわけがない。
34 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:25:28.28 ID:czzKzwQ80

魔王「...逃げ場はないぞ」


魔剣士『...あァん? 竜を相手に空中戦かァ?』


魔王子『────ッッ! 闇が光に衝突するッ! 衝撃に備えろッッッ!!』


魔王子が創り出した光の盾に、津波のような闇が接触する。

そのときに生まれる衝撃は計り知れなかった、彼程の男が声を上げてしまうほどに。


魔王子『──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?!?』


──□□□□□□□□□□□□□□□ッッッ!

少しでも気を抜けば、光の質が弱まる。

弱まってしまえば、あっという間に闇が身体を飲み込むだろう。

とてつもない負担が魔王子を襲った。


魔王子『────ッッ...!』フラッ


──■...

結果的に魔王子は闇を払うことに成功する。

だが彼の本質は闇である、光を使いこなせている様に見えるが違っていた。

頭の中に激しく巡る、知恵熱にも似た痛みが。


魔王「...あの闇を抑えたか、だが終わりだな」


魔剣士『...ッ! てめェッッ!!』


魔剣士程の男が気づかないわけがなかった。

先程までギラギラと殺意を向けていたというのに。

魔王の目線は既に変わっていた。


魔剣士『──この俺様を無視するつもりかァッ!?』


魔王「...そのとおりだ、戦力は1つずつ潰させてもらう」


大きな翼を広げ、得意の急降下を始める。

先程まで宙に浮いていた魔剣士へと攻撃をしようとしていたというのに。

場面の切り替わりが激しい、この適応力こそが魔の王たる所以。


魔王「...死ね」スッ


────■■■■ッッッ!!

両手を思い切り、空振りさせる。

そうして生まれた闇が魔王子へと向かう。

彼は今気絶に近い状況、とてもじゃないが質の高い光を操れてはいない。
35 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:28:18.69 ID:czzKzwQ80

魔剣士『────させるかよォォォオオオオッッッ!!』バサッ


一瞬の出来事であった。

右腕と一体化していた魔剣が即座と背中へと移動する。

その姿は竜とも呼べず、また人とも言えない。


魔剣士『──オラァッッッッ!!』ビュンッ


その飛行速度はまるで燕。

人と同等の大きさだというのに、それを考慮するととてつもなく素早い。

魔王の闇など取るに足らない、すぐさまに魔王子を拉致することができた。


魔剣士『起きろッッ! 寝てる場合じゃねェぞッッ!?』ガシッ


魔王子『グッ...』


魔剣士(駄目だ、意識が朦朧としていやがるゥ...一体化が解除されていないだけマシかァ...)


魔王「...その形態で、翼を得るとはな」


魔剣士『...チッ!』


────バサァッッ!!

異形の翼から音がなる。

魔王子が起きないとなると、戦況はどう考えても不利。

ならば今は起きるまでの時間を稼がなければならない。


魔王「...逃がすと思うか?」


魔剣士『思わねェな...魔王が最も得意とするのは空中戦だと聞くしなァ』


魔王「ならば、なぜ翼を生やした?」


魔剣士『こうでもしねェと、終わっちまうからだよォッッ!!』


────ヒュンッ...!

まるで風が鳴く音、それを再現したのは魔剣士の翼。

彼はとてつもない速度で逃げに徹する。

魔王が放った闇の影響で、あちらこちらに窓ができた魔王城から飛び出した。


魔剣士『──頼むッ! 速く起きてくれェッ! 本当に時間なんて稼げねェぞッッ!!』


魔王子『────...』


魔剣士『クソッ! しかも魔王子の光で全力の速度も出せ────』ピクッ


────■■■■■■...

闇の気配がする、現状だせる最高速度を出しているというのに。

竜の翼にこうもあっさりと追いつかれてしまうとは。

それでも最善手を得ようとする魔剣士、頭の中ががんじがらめになったような感覚が襲う。
36 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:29:40.64 ID:czzKzwQ80

魔王「────そこだ■■■」


──■■■ッッッ!!

背後から迫るのは、魔王の闇爪。

魔王の基本的戦術は宙でも健在であった。


魔剣士『──あっぶねェなァッッッ!!』スッ


魔王「...逃げてばかりじゃどうにもならんぞ」


魔剣士(まずいなァ...やっぱり宙に逃げるのは悪手だったかァ...?)


魔剣士(いや...こうでもしねェととてもじゃないが時間なんて稼げねェ...)


魔剣士『...ケッ! 逃げるだけだと思うなよォ?』


魔剣士の身体が変異する。

いつぞやのウルフのようなとても不安定な見た目に。

身体は人のままだが、頭の形が徐々に竜へと変貌する。


魔剣士『────喰らいなァッッッ!!』


────ゴォォォォォオオオオッッッ!!

竜が吐いたのは、炎の吐息。

凄まじい密度を誇るそれは魔王へと向かう。


魔王「...無駄だ」


────■■■■...

当然の結果であった、この炎は炎帝のモノよりも劣る。

そのようなお粗末な火が魔王に抗えるだろうか。


魔剣士『──...ッ!』


魔王「まるで灯火だな...剣も持たないでどうするつもりだ?」


魔剣士『...まずいなァ、もう無理かもしれねェ』


魔王子「────...」


魔王「お遊びはここまでだ...諦めてもらうか」


────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

魔剣士はこの光景を一度見たことがあった。

あの時は属性付与で行っていたが、今も似たようなモノ。

魔王が両手を掲げ、闇を集め始めている。
37 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:31:01.54 ID:czzKzwQ80

魔剣士『──これはッ...!?』


魔王「...かつて空を滅ぼした技だ、見たことがあるだろう?」


かつて、魔王城はある危機に会っていた。

それは反乱でもなく、人間界からの侵攻でもなく、自然的な現象。

魔王子たちも苦しめられたあの自然現象。


魔剣士(あれは...前の日食の時に使った奴じゃねェか...ッ!)


魔剣士(魔界の空全体に蔓延った死神共を、一撃ですべてを滅ぼした大技...ッ!?)


魔王「安心しろ...空には誰もない...ここにいる者だけだ」


魔王「だから...」


──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■...

滅びの魔法とも言えるソレは、既に備わっている。

光魔法を唱えるのに2秒かかる女勇者など比較にならない。

わずか数秒、それだけで魔界全体の空を殺せる闇を創り出していた。


魔剣士『────ッッ...!!!』


魔剣士(やりたくはねェがァ...覚悟を決めるかァ...)


なにかをしようとするために魔剣士は翼を構える。

まるでこれから、闇に向かって突撃しようとするような。

とても無謀な挑戦のようにも見えた。


魔王「────死ね」


魔王子の口癖は父親譲りであった。

その残酷な言葉とともに放たれるのはこの世の終わりとも言える黒。

そして行なわれるのは無謀とも言える特攻。


魔剣士『──オラァッッッ!!』


────バサァッ...!

翼をなびかせながら彼は漆黒へと向かう。

あまりにも衝撃的な出来事、刹那的な時間が流れる。


魔王「──愚かな...」


両手の闇が開放される、その余波で突撃してきた魔剣士は滅びる。

そう思い込んでいた、だが肝心なことを忘れている。

彼ほどの男がこの大量の闇の気配を無視して眠り込むだろうか。
38 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:32:10.38 ID:czzKzwQ80

魔王子『────死ね』スッ


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

光が迫る、両手を掲げたままだと我が身を貫かれる。

この闇を開放するのは後、今やらねばいけないことは1つ。

創り出した膨大な闇で息子の光を止めなければならない。


魔王「──今頃お目覚めか、それとも狸寝入りか?」


魔王子『...あれ程の闇を出されて、気づけない訳がないだろう』


──□□□□□□□□□□□□□□□□ッッッ!!

──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

上位の属性同士が正面から衝突する。

鍔迫り合いのようなその光景、それほど間近で光と闇が抗う。

そしてその余波をただ1人が被る。


魔剣士『────とっとと決着つけてくれェッッ! 死んじまうぞォッッ!!』


魔王子『──それができれば苦労しない...頼む、耐えてくれ...ッ!』グググッ


魔王「グッ...ウッ...■■■■■■■」グググッ


魔王子には翼はない、だから魔剣士に抱えてもらい宙に存在している。

つまりは魔剣士もこの光と闇の鍔迫り合いに参加しているということになる。

下位属性しか所持していない彼がこのような激戦に長く参入することができない。


魔剣士『死ぬゥッッッ!! 本気でくたばりそうだぜェッッッ!!』


魔王子『──耐えろッッ!! 竜の底力を見せてみろッッ!!』


魔剣士の身体に走るのは滅びの感覚。

あまりの衝撃に目を開くことすらままならない。

何が起きているのか全くわからないというのに、身体には強烈な違和感が生まれる。
39 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:32:45.11 ID:czzKzwQ80










『────とっととくたばれッッッ! クソ親父ィィィイイイッッッ!!!』









40 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:33:19.57 ID:czzKzwQ80










「────まだ妻の野望が残っているッッッ!! くたばるのは貴様だァァァアアアアッッッ!!!」









41 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:34:59.43 ID:czzKzwQ80

普通の言語じゃ表現できない轟音が鳴り響く。

魔王城の上空、ここにて決着がついてしまった。

だらりという音が聞こえる、凄まじい一撃を受けて意識を保てる者などいない。


魔王「...さらばだ、愛しい息子よ」


魔王子『────ッ...」


魔剣士『──クソッ...タ...レ...」


勝利をもぎ取ったのは魔の王。

当然だった、魔界すべての空を滅ぼすことのできる闇を彼らにぶつけたのだった。

たとえ同等の質の光を持っていたとしても、圧倒的な質量に叶うはずがなかった。


魔王「...できれば、妻の野望を...共に果たしたかった」


魔王「あの世があるなら、先に待っていてくれ...」


ポツリと呟く、手向けの言葉であった。

力を失った魔王子たちは魔王城へと落下する。

それを他人事のような面持ちで、眺めるだけであった。


魔王「...来たるべき時に備えなければならない」


激しい戦闘の疲れからか、独り言。

気だるそうに翼を扱い自らも下降を始める。

魔王の闇が作り出してしまった天窓から、魔王城へと帰還する。


魔王「...おや?」


魔闘士「...」


女勇者「...」


そこに待ちわびていたのは、勇気ある者。

そして武を極めた、魔の闘士がそこにいた。

その2人はとても遥か上空から落下したとは思えないほどに綺麗な2人を見つめていた。


魔王「そうか、魔闘士が受け止めたのか」


魔闘士「...だったらどうした」


魔王「...いや、遺体は綺麗な方が弔い甲斐がある...感謝する」


女勇者「...っ!!」


その一言、決して煽りの意味ではなかったはず。

だがこの場にいる2人にはそう聞こえてしまった。

感情を揺さぶられ、彼女は落ちている彼の魔剣を拾う。
42 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:36:22.70 ID:czzKzwQ80

魔王「...やめておけ、勝てると思うか?」


女勇者「うるさいっっ!! よくも魔王子くんをっっ!!」


魔闘士「...冥土の土産には丁度いい、魔王相手に殴り合いといこうか」


敵意を向けられてしまった。

だが魔王子という最大の障害がなくなった今。

もはやまともに戦う気などありはしなかった。


魔王「...そうか、死ね」


──■■■■■...

未だに不安定な同化、腹部に刺さった折れた魔剣が阻害する。

だがこのような状況でもこの2人を屠るのには申し分なかった。

最大戦力である魔王子と魔剣士も、既にこの状態で倒したのだから。


魔王「────なっ」


女勇者だからといっても彼女の光は先程の魔王子よりも質が悪い。

魔闘士も下位属性しか扱えないはず、もう驚異などない、そのはずだった。


魔王「──なぜだ...ッ!?」


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

その光はとても暖かくとても雄大であった。

まるで太陽と遜色のない代物、それがなぜここにあるのか。

答えはすぐにわかった、わかっていた。


女勇者「────□□□□□...』


彼女の右手にある、ユニコーンの魔剣。

それが身体を同化し始める、なぜ彼女が、人間である彼女が。

この剣を持って僅かな時しか過ごしてきてないの彼女が。


魔王「──なぜ一体化を...魔王子の魔力に馴染んでいたその魔剣と...ッ!?」


いつぞや魔剣士が言っていた、魔剣との一体化。

己の魔力を魔剣に慣れさせることができれば、可能だと言った。

だがそれは数十年単位もの時間が必要と言われる、しかし問題はそこではなかった。


魔王「ふざけるな...1つの魔剣が別の人物と一体化するなど聞いたことがないぞ...ッ!?」


魔王「それも...我が息子の光よりも、桁違いに眩いだと...ッ!?」


女勇者『...□□□□』


不可解な現象に気を取られてしまう。

誰でもそうだ、自分の中にある常識が覆されるとどうなることか。

だがそれが命取りへと繋がる。
43 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:37:47.21 ID:czzKzwQ80

女勇者『────□□□□□□□□ッッッ!!』スッ


光の言語が可能にするのは彼女が苦手とするあの攻撃。

魔剣と一体化した右腕を宙へ向かって突き刺す。

すると生まれるのは、アレしかなかった。


魔王「────剣気ッ!?」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッ!!

それは、あまりにも輝かしかった。

己の色彩では捉えることのできない限りなく無に近い白。

もう少し反応が遅れていたら、この一撃が顔を貫いていた。


魔王「──危ないな」


どのような出来事が起きたとしても、身に迫る危険が魔王を即座に冷静にさせる。

それが故に彼は魔の頂点に立てている、そうでなければ魔王という座をとうに奪われているだろう。


魔王(...そういうことか、あの時の魔王子には...あの勇者の属性付与が備わっていた)


魔王(つまりあの魔剣と馴染んだ魔力は息子のモノではなく、あの女のモノだったか...通りで一体化できるわけだ)


魔闘士「...今のが見えるのかッ!?」


女勇者『ぐっ...□□□...身体が、言うことを聞かない...□□□□』


女勇者『ごめん...□□□□光は生み出せても、もう一歩も動けない...っ!?』


魔王「これは...暴走に近いみたいだな?」


──からんからん□□□...ッ!

左手に予め持っていた盾を落としていまう。

皆を護るために、この旅を共に過ごしてきたというこの装備を。

魔剣との一体化で得た代償が彼女を締め付ける。


魔闘士「...落ち着け、己の魔力を魔剣に委ねろ」


魔闘士「いつも通りだ、魔法を制御する感覚を思い出せ...ッ!」


女勇者『いつも...□□...どおり...?』


魔剣を所持していないというのになぜこのような助言ができるのか。

それは単純な理由であった、彼は武道家だからこその訳がある。
44 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:39:31.08 ID:czzKzwQ80

魔王「────助言はやめてもらおうか...■■■■」


魔闘士「──ッ! 盾を借りるぞッッ!!」スッ


魔剣に破れたことのある武道家が、次の対戦に備えてソレを調べ尽くさない訳がなかった。

だからこそ助言ができた、魔力の操作を乱すことができれば魔剣への対抗策を得ることができる。

逆をいえば、魔力を安定させることができれば一体化など造作もないとも言える。

その助言がこの戦況を逆転させてしまう、それを察知した魔王は狙いを魔闘士に絞った。


女勇者『魔闘士くんっ...□□□□っ!』


魔闘士「俺に構うなッ! 魔王が今お前を狙わないということは、女勇者の光に抗えないということだッ!」


魔闘士「ならばソレが勝利の鍵だッ! 時間は稼いでやるッ! とっとと制御しろッッ!!」


魔王「──時間など与えんぞ...ッッッ!!」


魔王子と瓜二つの顔、それは冷静な面持ち。

だがその表情からは想像もできない焦燥感が溢れ出る。

この決戦の鍵は間違いなく女勇者なのは間違いない、だが鍵はもう1つある。


魔王(──女勇者とて人間だ...眼の前で味方である魔闘士を殺せば...心が乱れるはずだ...ッ!)


魔王(ならば、こちらの勝利の鍵は魔闘士...貴様だ...ッ!!)


魔王「────死ね■■■■■」


──■■■■■■■...ッッ!!

とてつもない闇の気配、直ぐ側にまで迫っている。

まるで一瞬凍えたかのような錯覚にとらわれる。

死の予感が招く寒気、それをこらえながら彼は盾を構えた。


魔闘士「────死にたくなるほど気だるいな...」


力が失せる、それは闇も魔闘士も。

この盾に秘められた光は尋常な代物ではない。

先程落としてしまったとはいえ、一体化した女勇者が握っていたモノだ。


魔王「──クソッ...!!!!」


魔闘士「グぅぅぅぅぅぅぅうううううッッッ...!!!」


──□□□□□□□□□ッッッ!!

闇が盾へと衝突した音、それは白かったと表現できる。

それが何を意味するのか、魔王の焦りを見ればわかってしまう。

魔闘士の持つ光が優位に立っている、魔王程度の闇では破壊することができない。
45 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:40:31.50 ID:czzKzwQ80

魔王「この盾を貫けぬとも、盾の所有者がこの衝撃に耐えられるかッッッ!?」


魔闘士「...ぐぅうううッ、...ッ!!」


早くも息が切れ始める、魔の武道家だというのに。

己の身体がどれだけ魔力に依存していたのかが痛感してしまう。

この光の盾を持っているだけだというのに。


魔闘士「ま...まだだ...時間を...ッ! 稼がねばならん...ッ!!」


光がかき消す闇、その実害がないとはいえ盾越しに感じる衝撃は計り知れない。

光によって己の身体は普通の人間程度、もしくはそれ以下になっているというのに。

限界は既に来ている、だが彼はまだ立っている。


魔王「...なぜだッ!? なぜ立てているッ!?」


闇の猛攻が続く今、不可解でしかなかった。

彼が今立てている理由など存在しない。

全くもって理にかなったモノではない要素がソレを可能にしていた。


魔闘士「────知るか...ッ!」


当の本人でさえ立てている理由がわかっていない。

無意識の欲求、武道家だからこそ彼はしぶとかった。

貪欲なまでに勝利に拘る、だがこの窮地にそのような自覚を芽生えさせている暇などない。


魔王「──ならばこれを受けてみろ■■■■...」


────■■■■■■■■■■...

新たな闇の気配、見なくともわかる。

圧倒的な量を誇る黒が生み出されていた。

光の盾を滅ぼす為のモノではない、盾を持つ彼を疲弊させ盾を弾き落とす為の闇だ。


魔闘士「────これは」


例えるなら人が盾で大きめの波から身を守ることができるだろうか。

不可能だ、正面からの波は防げても圧倒的な質量が盾を持つ腕に多大な負荷をかけるだろう。

そうなったのならば、腕は疲弊し盾の構え方が曖昧になるだろう。


魔闘士「──クソッ...」


後方を確認しなくともわかる。

光の根源、主である魔力が微動だにしていない。

女勇者はまだ一体化の制御を可能としていない。


魔闘士「...あとは任せたぞ、女勇者」


結局は間に合わなかったが、十分時間を稼ぐことができた。

次の魔王の攻撃によりこの身が滅びたその瞬間に、彼女が動けるようになることを祈って。

そのわずかな可能性を信じて、彼は最後まで時間を稼ごうとする。
46 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:43:10.76 ID:czzKzwQ80

魔王「────死ね■■■■■■■■■」


────■■■■...

黒の音が遠く聞こえる、なぜなのか。

意識が消えかけているからなのか、それとも別の理由があるのか。

死の直面だというのにも関わらず、どうしても聞きたい声がそこにあったからだ。

盾を構える魔闘士の懐にある人物が潜り込んだ、それが聞きたかった声であった。


魔闘士「──動けるのか?」


女騎士「──あぁ、片腕をなくした程度では騎士を辞職することはできんからな」


魔闘士「そうじゃない...この光を持っても、動けるのか?」


女騎士「あぁ、お前と違って私は人間だからな...かなり気だるいが二日酔いよりはマシだ」グッ


彼女は人間、その魔力は後天的に得た存在。

彼女は騎士、その筋力は魔力により強化されたモノではない。

身体は重いのは事実だ、だが上記の理由が盾を強く支えていた。


魔闘士「...これだから人間は」


────■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

──□□□□□□□□□□□□ッッッ!!!

強い闇が、強い光によってかき消されていく。

ここまでは想定通りだというのに、その様子は不沈艦の如く。

それを見てしまっては、絶句するしかなかった。


魔王「────な...ッ!?」


女騎士「ぐっ...なかなかの衝撃だったな...」


魔闘士「なんとかなったか...それよりもあの賢者はどうした?」


女賢者「呼びましたか?」


────ずるずるっ...!

小声のようで、はっきりとした音が聞こえる。

この激戦の轟音でかき消されているはずだというのに。

超越した集中状態が会話を可能にしていた。


女賢者「その盾で守っててくださいね...私は2人を引きずっているのに精一杯なので...」ズルズル


女賢者「..."治癒魔法"」


──ぽわっ...!

光魔法とは違う、とても優しさのある明かりが2人を包み込んだ。

闇による攻撃を受けたというのに、その治癒速度は比較的平常通りであった。

女騎士の時とは違う要素が彼らの傷を癒やしていた。
47 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:45:59.77 ID:czzKzwQ80

魔王子「────ッ! ゲホッッ!!」


魔剣士「──あァ...今度ばかりはくたばるかと思ったぜェ...」


女賢者「...女勇者さんの光に感謝です、2人を侵していた闇が簡単に払われてましたよ?」


女賢者「もっとも...そのおかげで私の魔法もかなり制限されていますが」


魔王ほどの男がトドメを刺さなかったのだろうか。

違う、これはトドメを刺せなかったのであった。

彼らのくどいほどの生命力を彼は予期することができなかった。


魔闘士「──生きていたかッッ!!」


魔剣士「あァ...なんとかなァ...」


女賢者「まだ喋らないでください、制限された治癒魔法じゃ健康な状態まで癒せません」


魔剣士「通りでなァ...まァ闇に喘がされ続けるよりかは遥かにマシだァ...」


魔王子「──ゲホッ...吐血が止まらん...」


女賢者「...2人ともお腹に穴が空いてたというのに...さすが魔物ですね」


魔剣士「その穴もまだ塞がってねェしなァ...」


女賢者を含む3人が前方の女騎士らから距離を十分取れた。

これで盾を越してこない限り、魔王の闇が襲いかかることはないだろう。

尤も、それを許してくれない彼女がそこにいる。


女勇者『...□□□□□□□□□』


魔王「...これは」


一体どこで間違えてしまったというのか。

どれほど己の運が悪いのか、野望を叶える代償だというのか。

彼は冷静な顔つきをやめてしまう。


魔王「...」


この表情は一体なにを表しているのか。

喜怒哀楽、これら4つに属さない謎の感情。

彼の瞳の奥には一体なにが見えているのか。


魔王「...フッ」


────□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...ッッッ!!

そして聞こえたのは光の音。

腹部に刺さっている歴代最強の魔王が震えているような感覚。

そこには終わりが待っている、全ての終わりが待ちわびている。


〜〜〜〜
48 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/26(水) 21:46:49.47 ID:czzKzwQ80
今日はここまでにします、近日また投稿します。
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。

@fqorsbym
49 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 21:59:17.27 ID:GmvGoknR0

〜〜〜〜


隊員「...やったか」


世界が切り替わる、ここは現実世界。

そして目の前に広がるのは、血痕。

射殺された魔王妃が横たわる道路に皆が集まる。


魔王妃「────」


ウルフ「...まだ生きてる」


隊員「冗談だろ...?」


ヘリコプターが着陸できる場所などそう簡単に見つからない。

それを察した隊員AとBは縄ハシゴを降ろし、ウルフと隊員を先に合流させていた。


魔女「...生きてるわね」


脈を計っているわけでもないというのになぜ断定できるのか。

それはある魔法が結論を表していた、遠くに見えるのは生きる屍。


魔女「使い魔召喚魔法がまだ発動しているわ、あれは術者が死亡すると自動的に消滅するはずよ」


隊員「...あの攻撃を受けても、まだ息があるのか」


魔女「...生きてはいるけど、気絶はしているみたい」


────□□...

その時だった、どこからか違和感が生まれる。

思わず彼女は後ろの人物を確認してしまう。


魔女「...え?」


隊長「...どうした?」


魔女「あれ...? ごめん、気の所為だった」


隊長の方から強い光を感じた、だがそれは刹那の出来事であった。

もしかしたら先程の光の銃撃による残り香的なモノなのかもしれない。

少なくとも、今の隊長から光など一切感じなかった。
50 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:01:23.20 ID:GmvGoknR0

隊長「さて...どうするか」


隊長「このまま寝首をかくか...それとも鹵獲か...」


隊員「...私としては、鹵獲が優先だと思われます」


隊員「このような超常現象...その実物を見せない限り納得はされないでしょう」


魔女「...そうね、その通りだと思うわ」


当然だった、彼女には山程聞きたいことがある。

今はまだ殺すべきではない、隊員と魔女はそう意見を述べた。

おおよそ隊長も同じ意見だと思われた。


隊長「...いや、危険すぎる...このままトドメを刺すべきだ」


魔女(...え?)


隊長「確かに、この身柄を確保したい事実もある...だが今必要なのは人命救助だ」


隊長「今もまだあの屍共に襲われている人々がいるかもしれん...」


隊員「確かに、この女を殺害すればZombie共は消滅するらしいですが...」


隊長「...それに、鹵獲に失敗してまた被害が拡大したら目も当てられん」


隊員「それもそうですね...このまま寝首をかく他ないですかね...」


ウルフ「...?」


ウルフの顔つきが変わる。

それはとても困惑したようなモノであった。

なぜそのような表情をしているのか、魔女にはわかった。


魔女(...なに? なんなのこの違和感は...?)


魔女(どこもおかしい所なんてないのに...でもどうして心が落ち着かないの...?)


隊長の発言、このまま魔王妃の寝首をかくとのこと。

確かに彼の言葉にしては少しばかり野蛮かもしれない。

だがそれでいて理にかなっている、隊長らしい思慮でもある。


魔女「...ね、ねぇ────」


どうしても、この違和感を追求したい。

その欲求に耐えきれずに彼女は彼に質問をしようとする。

その時であった。
51 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:02:28.69 ID:GmvGoknR0

魔女「────っ...」ピクッ


隊長「どうかしたか?」


魔女「いえ、なんでもないわ...ちょっと疲れたから座らせてもらうわね」


隊員「...全身にやけど痕が...大丈夫か?」


魔女「大丈夫よ、あとで魔法でさっぱり治せるから...ウルフ、一緒に座りましょ?」


ウルフ「うん? いいよっ!」


隊長と隊員が打ち合わせをする中、彼女たちは摩天楼の足元で座り込む。

冬のコンクリート、とても冷たいがそんなことを言っていられる場合ではない。

多大な疲労感をいち早く癒やしたい、魔女とウルフは座り込んでしまった。


魔女「...ねぇ、ウルフ...なんか、変じゃない?」


ウルフ「...ご主人のこと?」


魔女「やっぱり...気がついたのね」


ウルフ「うん...でも、どこもおかしいところがないよ」


ウルフ「においも間違いなく、ご主人だよ」


魔女「でも...なんなんだろう、この違和感...」


ウルフ「...つかれてるんじゃない?」


魔女「そうかなぁ...そうかも...」


ともかく、これにて闘いは終了した。

隊長と出会ってからずっと戦闘続きであった。

いまようやく、この長い旅の終止符が打たれた。


魔女「これで、終わったのね」


ウルフ「...そうだね」


ウルフが魔女に身を寄せる。

闘いは終わったのだ、この世界でやれることはすべてやった。

あとは魔王子たちがあの世界を掴んでくれていることを願って。


魔女「スライム...帽子と会えてればいいね」


ウルフ「...そうだね、きっとあえてるよ」


声が徐々にか細くなっていく。

もう闘う必要はない、今初めて心を落ち着かせることができた。

スライムが戦死したという事実をようやく受け止めようとする。
52 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:03:55.34 ID:GmvGoknR0

ウルフ「...少し、ねむたいよ」


魔女「そう...ね...ちょっとだけ寝よう?」


魔女「きっと...あとはキャプテンが後始末してくれる...わ...」


過去の激戦、過度の疲労感、そして過酷な出来事が彼女たちを眠気にさそう。

ウルフはもうすでに眠りについた、可愛らしい小さな寝息を立てている。

そんな彼女の頭を肩で受け止めつつも魔女のまぶたも下がり始めていた。


魔女「...これからどうしよう」


魔女「もう、あっちの世界に戻れることなんて...ないだろうし...」


魔女「どうしたらいいと思う? キャプテン...」


うつらうつらと船を漕ぎながら、独り言を済ませていく。

もう限界が近い、眠気に負けそうになりながらも彼女は視線を送る。

最愛の人物、眠気を惜しんでまでも彼を見つめていたかった。


魔女「...あれ?」


その乙女のような仕草がある要素に気づくことができた。

先程まで彼女を悩ましていた違和感、それがついに判明する。

それは意外にも単純なモノであった。


魔女「...ドッペルゲンガーがいない」


あの憎たらしいまでに、隊長と瓜二つのあの魔物。

魔王妃を仕留めたならば、その様子を伺いに現れてもいいはずだった。

だが現時点で闇の魔力を感知することができない。


魔女(キャプテンの中にいるのかしら...)


表舞台にいないのならばあの魔物は隊長の精神に潜んでいる。

ドッペルゲンガーとはそういうモノだ、だがそれだと1つ疑問点が生まれる。


魔女(あれ、そういえばさっきは...)


魔女(闇じゃなくて...久しぶりに光を纏っていたような...)


ふと思い返せば、魔王子と対峙した時以来だろうか。

久々にみた彼の光によって魔王妃を破ることができた。

だがなぜ今になって光なのか、あの場面なら闇でも勝てたはずだ。
53 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:05:35.93 ID:GmvGoknR0

魔女(...そもそも、あの光ってなんなの...?)


魔女(キャプテンが言うには、神からあの力をもらったって言っていたけど...)


魔女(...だめ、わからない...けど気になって仕方ない)


今まで一度も深く考えている暇などなかった。

光を扱えるという戦力がとても重要だったがために追求などせずにいた。

だが今はもう戦う必要などなく十分に時間は作れてしまう、無意識の知識欲が彼女をドンドンと刺激する。


魔女(...私じゃわからない...でもここにいる皆に聞いたところでわかりっこない)


魔女(当の本人ですら、理にかなった説明ができないんだから...)


魔女(...もう1人しかいないじゃない)


隊長に聞いてもわからない、ウルフに聞いてもわからない。

だが一度刺激されてしまったこの欲求は止めることができない。

ならば尋ねるしかない、彼女に。


魔女「...ごめんウルフ、動くわね」


ウルフ「うぅ...?」


肩に寄り添ったウルフを優しく動かした。

冷たいながらもどこか心地いいこの道路の上で横にした。

そして、ふらふらと隊長たちの方に歩み寄った。


魔女「...ねぇ、待って」


隊長「どうかしたか?」


魔女「ごめん...魔王妃にどうしても聞きたいことがあるの...まだ殺さないで」


隊長「...しかしだな」


隊員「危険じゃないか? また魔法でも放ってきたらどうする」


魔女「それは...そうだけど...」


──■■...

その時だった、わずか一瞬にも満たない。

ほんの少しだけ、まるで蚊の羽音のような黒い音が聞こえた。

当然誰も気づかなかった、魔力を持たない者は。
54 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:06:39.85 ID:GmvGoknR0

魔女(──今、闇が...っ!?)


魔女「...えっ...と」


隊長「...どうかしたのか?」


気づけたのは魔女だけであった、その闇が現れた場所に。

思わず顔を強張らせながらも彼女は彼の顔を見つめる。

どうして、なぜこの場所から闇が生まれたのか。


魔女「...ごめんなさい、ちょっと疲れすぎたみたい」


魔女「もう...魔王妃のことは任せるわ...」


隊長「...そうか」


隊員「では...実行しますか...」


魔女「...私も、付き添うわ」


こうして3人が倒れている魔王妃へと近寄る。

話し合いの結果、どうやら隊員が引導を渡すことになったようだった。

彼のみが武器を構えいつでも射殺する準備を整えていた。


魔王妃「────」


隊員「...本当に生きてるのか、不思議なぐらいだ」


隊長「...」


魔女「...」


隊員「では...やりますよ」スチャ


アサルトライフルの照準が横たわっている彼女の頭へと向けられる。

このままなにも起こらなければ確実に仕留めることができる。

そしてもう、激しい戦闘など起きることはないだろう。


魔女「...」


本当にこれでいいのだろうか。

このまま一生、隊長は謎の光に付き纏われることになる。

あの不可解な光がどうしても魔女を不安にさせる、それが魔女の猜疑心を煽る、彼女は裏切りを決意する。


魔女「..."治癒────」


気狂いとも表現できてしまう、その戦犯的な行動。

それを実行してしまう、もう後戻りはできない、そのはずだった。
55 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:08:01.32 ID:GmvGoknR0

隊長「────ウッ...!?」


彼の嗚咽とも取れる声がそれを阻害した。

まるで、身体の中でなにかが暴れまわっている。

彼ほどの男が身を丸くしてしゃがみ込んでしまってた。


隊員「──Captain...?」


魔女「え...だ、大丈夫?」


隊長「...手こずらせやがって■■■■■■」


その闇の言語とともに現れたのはどう考えてもあの魔物。

ドッペルゲンガーがようやく登場した。

なにか苦しそうな顔つきで、隊長の身体を乗っ取っている。


魔女(────嘘...っ!?)


過去に魔闘士と共にこの現象を見たことがある。

ドッペルゲンガーという魔物は宿主の身体を乗っ取る。

油断した、油断してしまった、だが彼らしき者が叫んだ言葉は意外の一言であった。


隊長「────俺を気絶させろッッッ!!」


隊員「──は...?」


隊長「早くしろッッ!! もう抑えられんッッ...■■■!!!」


魔女「──っ..."雷魔法"っっっ!!」


──バチバチバチバチバチッッ!!

隊長がドッペルゲンガーに乗っ取られた、そのことを理解していた彼女はすでに臨戦状態であった。

言動に多少困惑しつつも、人が死なない程度に調整された魔法が直ぐ様に隊長を襲う。


隊長「──グ...ッッ!! 手加減をするなッッ!!」


魔女「ど、どういうこと...っ!?」


雷に悶ながらも、彼は叫び続ける。

なぜ気絶をさせようとしているのかは一向にわからない。

だが切羽が詰まっていることは確実であった。

56 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:09:48.24 ID:GmvGoknR0

隊長「まずい...っ! 早く■■□────」


────ガコンッッ!!

後頭部に激しい痛みが走る。

その一撃は、あの獣からの重いモノであった。


隊長「────ッ」ドサッ


ウルフ「────フーッ...フーッ...」


魔女「...気絶、したみたいね」


隊員「何が起こったんだ...?」


その問いかけに答えられる者などここにはいない。

わかることは1つだけ、それも仮説に過ぎない。

ふらつくウルフを抱き寄せ、彼女は答えた。


魔女「...わからない、だけど今のキャプテンは本当のキャプテンじゃないわね」


隊員「...どういうことだ」


魔女「あのね、まず大前提の話なんだけど...」


彼女は語る、向こうの世界で隊長がどのような魔物を引き連れてきたのかを。

ドッペルゲンガーに取り憑かれる、その呪いのような出来事を説明した。

隊員はとても険しい顔つきでその言葉を受け止めた。


魔女「...さっきの様子を見ると、キャプテンとしての人格がなかったように思えるの」


隊員「確かにそうだな...つまりドッペルゲンガーに乗っ取られたってことか」


魔女「そうなんだけど...でも、おかしいと思わない?」


隊員「あぁ...奴は気絶をさせろと懇願していたな」


魔女「そうなのよ...それが...この話を難しくしているの」


あの時、研究所で一度だけ見せられた。

ドッペルゲンガーによる宿主の乗っ取りというのは今回みたいなモノではない。

いままで経験したことのない事態に隊員は愚か魔女ですら頭を抱えてしまう。


隊員「...Captainは気絶したが...目を覚ましたらどうなるのかが分からない」


隊員「こちらも全力を持って対応するつもりだが...魔法の話には全くついて行けない」


隊員「その魔法のExpert...魔法に長けている君ですら理解の追いつかない現象にどう対応すればいいか」


魔女「...そうね」


正直に言って手詰まり、また目を覚ましてはこのような暴走に巻き込まれてしまえば。

1日2日だけなら話は別だがそのような確証などない、このまま隔離病棟にブチこむしか手はないのかもしれない。
57 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:11:12.06 ID:GmvGoknR0

魔女「...1つだけ、手段があるわ」


そして魔女は頭の中で線路をつなぐ。

どうしても聞きたかったことをこの現象に繋げる。

これはもう尋ねるしかなった、自分よりも遥かに魔法を長けている者に。


魔女「......魔王妃に聞くしかないわ」


隊員「...正気か? それでこそ危険だ」


隊員「また先程のように暴れ回られたらどうする...Captainが動けない分、より苛烈な戦闘になるぞ」


魔女「でも...そうするしかないじゃない...」


魔女「もしキャプテンが目を覚まして、何事もなかったような素振りをみせても...」


魔女「また発作的にさっきの出来事が起きたらどうするの? あの人の人生滅茶苦茶になるわよ」


魔女「だったら...多少危険を背負ってまで...解決方法を知っているかもしれない魔王妃に聞くべきよ...」


実に女性的な発言だった。

愛する人のためなら世界を敵に回してもいい。

彼女が言っているのは、それと同義であった。


隊員「...しかしだな」


ウルフ「...魔女ちゃんがそう思うんなら...だいじょうぶだよ」


魔女「ウルフ...」


ウルフ「もう...誰も失いたくないよぅ...」


ウルフも直感していた、それは単純すぎる結論。

もしこのままを維持するのであれば、隊長はこの病魔じみたなにかに侵される。

原因不明の病を患ったまま長生きなどできるはずがない。


隊員「...わかった、鹵獲の方向に話を進めよう」


隊員「だがまず先に...どうやって抑えつけるかを決めよう」


魔女「...そうね、どうしようかしら」


ウルフ「力で抑えつけるのは...むりそうかな?」


魔女「...いえ、それしかないわ」


隊員「それで大丈夫なのか...? もし魔法を唱えられたらどうする」
58 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:12:59.38 ID:GmvGoknR0

魔女「平気よ...魔法って意外な話、物理的に抑えることができるの」


隊員「...それはどうすればいい? 本当に文字通り拘束させるだけか?」


魔女「そうね、あとは口を塞げば問題ないわね」


隊員「そんな単純でいいのか...?」


魔女「そうよ、魔法は魔力の込められた言葉...詠唱をしなければ扱えないわ」


魔女「だから...口を塞げば魔法自体はなんにも怖くないわ」


隊員「それを先に言ってくれ...知っていればあの時がもっと楽に...」


単純でいて簡単な方法。

口を塞ぎさえすれば魔法なんてものは恐るるに足らず。

だがそれがどれだけ難しいことなのか、すぐに分かってしまう。


隊員「...いや、今のように気絶している状態じゃなければそもそも接近すらできなかったな」


魔女「まぁ...そういうことね」


隊員「とにかくわかった...魔法への対策がわかっただけでも上等だ」


隊員「...この布で口を塞ぐぞ」


そうして取り出したのはただのハンカチ。

男性用の少し大きめな物、これなら口を覆うことができる。

そして少しばかり締めれば簡易的なギャグになりえる。


魔女「...なんか絵面が厳しいわね」


隊員「あ、あぁ...一応人妻だからな」


魔王妃「────」


髪の乱れた人妻がなおのこと淫靡な雰囲気を醸し出す。

傍から見れば間違いなく暴漢と間違われるであろう。

しかし、これにて魔法への防御策が完了する。


隊員「...できたぞ」


魔女「これだけ締めてあれば...唸り声しかあげれなさそうね」


魔女「それじゃ、ウルフ...ってどうしたの?」


ウルフ「うーん...ちょっと服が邪魔になってきた...」


隊長から借りた洋服は既に原型を留めていなかった。

こうなってしまえばもう邪魔でしかない、この状態だと全力で走るときに支障がでる。

せっかくの隊長の服をダメにした罪悪感と、不快感に負け彼女は脱ぎ始める。
59 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:14:48.80 ID:GmvGoknR0

ウルフ「よいしょっと」ヌギ


隊員「それで全裸か...完全に犬だな...」


魔女「ちょ...呼吸が荒いわよ...?」


隊員「いや...すまない...犬が...好きなんだ...犬が...」


かなりオブラートに包んだ発言。

ウルフの全裸というものは、人間のようにすべてが包み隠されていない状態ではない。

身体の数箇所に濃い体毛が生え揃っている、つまりは公共の場でも問題ない見た目である。


ウルフ「動きやすくなったのはいいけど、これをしまえなくなっちゃった」


隊員「...これを貸してやろう」


そう言うと彼は右太もも付近に装備していたモノをウルフに与える。

手付きに迷いはない、この行為に他意はなく単純な施しの為の行動だった。

ウルフの右太ももになにかが装備された。


ウルフ「...いいの?」


隊員「あぁ、ウルフがつけていたほうがいい...私は今ハンドガンを持っていないからな」


魔女「...いいわねそれ、邪魔にならなそうだし」


隊員「そうだろ? Holsterっていう装備品だ、これで1丁は仕舞えるな」


ウルフ「ありがとうっ! もう1個はずっと手に持っとくよっ!」


隊員「...」


犬のように尻尾を振るい、女児のような明るい表情。

この光景をみて隊長は父性を芽生えさせていた。

だが隊員は別の感情に身を焦がす。


隊員「...Mother fucking pretty」ボソッ


魔女「だ、大丈夫?」


隊員「あ...あぁ...ここしばらくCaptainを探すので精神的に参っていたが...どうやら特効薬が見つかったみたいだ」


魔女「そ、そう...よかったわね」


隊員「...ちょっと夜風に当たってくる、このままの興奮状態じゃまともに動けない」


魔女「あ、はい...魔王妃はたぶん何もしない限り起きないと思うから...ゆっくりね?」


そういうと彼は鼻を抑えながら暗闇の摩天楼に向かう。

そこから聞こえるのは、謎の奇声と銃声、そしてそれの被害を被るゾンビの断末魔。

時が流れていく、不測の事態に備えてウルフはひたすらに魔王妃の真横で待機していた。
60 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:16:46.43 ID:GmvGoknR0

隊員「...今戻った」


魔女「早かったわね...その荷物は?」


ウルフ「────っ!」ピクッ


わずか10分も経っていない、鼻にティッシュを詰めた彼の興奮は収まったのだろうか。

そのようなことはどうでもよかった、肝心なのは彼の新たな手荷物。

透明な袋に入っている何かとぶら下げているなにか。


隊員「...こっちはWestpouchという腰につける鞄だ、ハンドガンは入らないがMagazineは入るはず」


隊員「そしてこっちは、食料だ...代金は店にそのまま置いてきた」


魔女「あー助かるわ...ちょうどお腹が減ってたのよ」


魔女「とりあえずその鞄をウルフに着けて...ってウルフ?」


ウルフ「へっへっへっへ...ちょこの匂い...」


隊員「あ、あぁ...Chocobarはあるけど...犬にこれはまずいと思うんだが」ゴソゴソ


わざとらしく、本人にそのつもりはないがそう見えてしまった。

それが運の尽きであった、獣相手にエサを見せつけるほうが悪い。

ましてはウルフは極度の疲労状態、すぐさまにも口に何かを入れたいはず。


ウルフ「────いただきまぁす」


──ドサッ...!

その俊足は、戦闘以外でも発揮される。

とてもじゃないが人間には見えない、手も足も出せないどころか押し倒された。

そして貪られる、チョコバーを持っている彼の腕。


魔女「...あ、さっきの飲み物あるじゃない」


そしてそれを止める元気もない魔女。

黒いシュワシュワする飲み物と、ウルフが暴れて飛び散った棒状の芋を拾い食いする。

どこか不気味な声を上げている隊員を余所目に、魔女は体力を癒やしていた。


隊員A「...What's happened?」


隊員B「...Nightmare」


〜〜〜〜
61 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:18:42.02 ID:GmvGoknR0

〜〜〜〜


??1「...終わったんだな」


抉れた大地にいるのは、男が1と女が2人。

男がぽつりとその言葉を漏らす、そして1人の女が返事をする。


??2「終わりました...これで...やっと...」


??1「...魔王と共に死神が大量に沸いた時はもう駄目かと思ったぞ」


??2「そうですね、あの子に感謝するしかありません」


??1「...まさか勇者が、太陽に属性付与をかけるとは」


勇者「...」


いままでの会話に参加せずにいた者、それは勇者と呼ばれていた。

女勇者が可憐というなら、この勇者にふさわしいのは美人という言葉であった。

だがその表情は、この世の修羅を乗り越えた非常に険しい顔つきであった。


勇者「...勝った、勝ったんだ」


勇者「賢者...魔術師...よく生き残った...っ!」


そして残りの男女の名前、賢者と魔術師。

賢者と呼ばれる男は激戦の果の疲労感に負けそのまま座り込んだ。

魔術師と呼ばれる女は落ちていた剣を拾っていた。


魔術師「まさか、トドメを刺されたくないがために...己を魔剣化させるだなんて」


賢者「魔剣には詳しくないが...魔剣から肉体を取り戻した事例など聞いたことがない」


賢者「...結界魔法で封印する手間が省けた、実質的に魔王はこの世を去ったと言える」


魔術師「そうですね...」


激戦地に雨が降る、それでいてギラつく光が眩い。

俗に言うお天気雨が彼らの身体を冷やし、癒やしていた。

大地の恵みが全身を巡る。


賢者「...心なしか、いつもより日差しが強いな」


魔術師「これも、勇者の属性付与による影響でしょうか」


賢者「死神はわずかな光属性でも嫌う...もう二度と地上に現れないだろう」


賢者「...いや、日食時はどうなるのか...まぁ奴らは人間界には現れないからもう気にしなくてもいいか」


些細なことが気になるところを見ると、賢き者であるのは間違いない。

そして現れるのは沈黙、3人は余韻に浸りこのまま眠りについてしまいそうになる程に。
62 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:19:54.39 ID:GmvGoknR0

魔術師「...これから、どうしましょうか」


賢者「魔王は倒したんだ、もうやるべきことなどないはず」


魔術師「...そうですね、このまま人間界へと帰還しましょうか」


賢者「さっさと帰ろう、魔界の空気は人間には合わない」


勇者「...帰ろう、故郷が待っている」


座り込んでいた賢者が立ち上がり、魔術師は魔剣を手荷物にする。

そして勇者も、この激戦により更地と化したこの場所から離れようとした瞬間。

妙な感覚が襲いかかる。


勇者「────っ...」


──どくんっ...!

心が燃やされるような感覚が彼女を襲う。

まるで、内部から身体を引き裂かれているような痛みが伴う。


魔術師「...勇者?」


賢者「どうし...これは────」


いち早く気づけたのは賢者であった。

なぜ気がついたのか、それは彼が魔力の扱いに長けているからであった。

だが既に遅かった、勇者は変貌し始める。


賢者「まさか...ッ!?」


魔術師「────勇者っ!!!」


握りしめられた魔剣がやけに馴染む。

どうしてだろうか、彼女は人間だというのに。

だが彼女は将来魔に染まる、その因果だというのだろうか。


???「────"治癒魔法"」


そして聞こえたのは全く馴染みのない女の声。

彼女は目を覚ます、これは魔術師の過去の出来事。

気絶していたがために夢に見せられた、記憶の断片。


〜〜〜〜
63 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:21:43.75 ID:GmvGoknR0

〜〜〜〜


魔女「────"治癒魔法"」


心地いい明かりが彼女を癒やした。

その傷はまだ残るが、意識を蘇らせることは可能だった。

魔物という生き物はそう簡単にくたばるような生き物ではない。


魔王妃(...随分と、嫌な夢を見てましたね)


魔王妃「...もが」


視界は開けていていく。

そして突きつけられているのは、様々な武器。

そして口には布が、背中には狼が彼女を羽交い締めにしている。


魔王妃(...これでは物理的に逃げることも、魔法も唱えられないですね)


魔王妃(この狼の子...ものすごく力が強い...いくら魔力で強化した私でも脱出は不可能ですね)


魔王妃(...ですが、なぜあのまま殺さずに治癒魔法を...?)


魔王妃(いえ...これは私にとっても好都合です)


魔女「...おはよう、悪いけど聞きたいことがあるの」


魔女の周りには3人の男が武器を構えていた。

もう魔王妃に拒否権などない、そう悟った彼女は首を頷かせた。


魔女「...あんた、"あの光"についてなにかわからない?」


魔王妃「...」


こくりと音が鳴る、きれいな意思表示であった。

それを見た魔女は目を見開いた、やはりこの行動は間違いでなはかった。


魔女「...当人はあの光を、神から貰ったって言ってたけど...それは本当なの?」


魔王妃「...」


彼女は首を振った。

その返答に彼女はどこか安心したような表情を浮かべた。

やはり、理にかなっていない説は抹消したかったのであった。


魔女「...あれは、なんなの?」


魔王妃「...」


なにも音はしなかった。

彼女はなにも反応をせずにいた、それが意味するのは1つしかない。

先程の意思表示だけでは答えられないからだ。
64 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:25:29.43 ID:GmvGoknR0

魔女「...いい、わかってるわね?」


その一言で周りの者たちの緊張感が増していく、3人の男が向ける銃口はより正確に。

後ろで拘束しているウルフも新たにハンドガンを彼女に突きつける、魔王妃の口元が開放される。


魔王妃「...随分と乱暴ですね」


魔女「黙って、少しでも詠唱の素振りを見せたら殺すわよ」


魔王妃「...」


その魔女の顔つきに既視感があった。

過去に自身もこのような顔をしていたのだろうか。

大切な者ために、己を修羅に染めるこの表情を。


魔王妃「...あの光は────」


その言葉に、魔王及び魔王妃の野望が詰まっていた。

これをするがために、この夫妻は人間界を侵略しようとしていた。

これをするがために、妻は単身で異世界に旅立ったのであった。


魔王妃「────"勇者による光"です」


勇者の光とは、何を意味するのか。

魔王妃のその苦悶の表情は、何を意味するのか。

理解が追いつかない回答に魔女は追求を行おうとしたその時、ある人物が納得をした。


ドッペル「...そういうことか」


魔女「──っ! ドッペルゲンガー...なんでここにっ!?」


ドッペル「あの宿主の身体から追い出されたのでな...だが気絶させてなければ滅びるところだった」


ドッペル「この身も...あの宿主もな」


隊員「...どういうことだ?」


ドッペル「...それはあの女が説明してくれる」


魔王妃「...話かけるな、腐れた種族が」


怒りを顕にする、どれだけドッペルゲンガーのことが憎いのか。

その理由がついに明らかとなる、魔王妃は回答を続ける。

重すぎる言葉、それをただ飲むことしかできない魔女。
65 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:27:21.92 ID:GmvGoknR0

魔王妃「私は...遥か過去に、人間の魔術師として生きていました」


魔王妃「そして私は勇者...そして賢者と出会い、魔王討伐の旅に加わりました」


魔王妃「...簡潔に言いますが犠牲はありましたが、なんとか魔王を討ちました」


魔王妃「問題は...討った後です」


あの世界の真実が紡がれる。

なぜこのような出来事が歴史書に綴られていないのか。

真相を知るものは、わずか2人しかいないからなのか。


魔王妃「────勇者は、ドッペルゲンガーに取り憑かれていたのです」


魔女「...え?」


魔王妃「そして...彼女は...あの忌々しい魔物に......」


そして訪れる沈黙、その答えは明白であった。

あの時魔闘士が強引に気絶させていなければ、隊長もそうなってしまったかもしれない。


魔王妃「あの時、私は殺されました...ドッペルゲンガーによって操られた勇者自らの手によって」


魔王妃「そして彼女は、私を殺した絶望感に負け...死にかけた私の眼の前で...」


魔王妃「...あの光景を忘れることはありません」


魔女「...そんなことが、過去に起きてたなんて」


魔王妃「...この事実を知ってる者は私と今の魔王、そして...賢者だけでしょうね」


やけに引っかかる賢者という名前。

それに先程、大賢者の魔力薬を飲んだときの魔王妃の反応。

彼女はあの魔力を懐かしいと言っていた。


魔女「まさか、あんたが言ってる賢者って...大賢者様のこと?」


魔王妃「...真相はわかりませんが、彼の子孫だと思われます」


魔王妃「彼も殺されたかと思っていましたが...なんとか生き残っていたようですね、それはよかったです」


魔王妃「...脱線しましたね、話を戻しましょう」


脱線した話を戻す、つまりは隊長の身に何が起きているかという話だ。

今の魔王妃の発言から推理すればもう答えは明白であった。

彼の中にもう1人、誰かがいる。
66 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:29:07.11 ID:GmvGoknR0

魔女「...まさか、キャプテンは2つのドッペルゲンガーに憑かれていたってわけ?」


魔王妃「そういうことになります...あの光の魔力は間違いありません」


魔女「そんな...いつ...どこで憑かれたのよ...?」


ドッペル「...俺が取り憑いた時にはすでに、奴はいたぞ」


今の発言がどれだけ重要なモノなのか。

逆に言えば、なぜ今までそのことを黙っていたのか。

それはこの魔物は味方ではないからであった、魔女はその事実を頭の中で無理やり理解させる。


魔王妃「...私は長年、あの偽物の勇者を探していました」


魔王妃「ようやく掴めた手がかりは、わずか10年くらい前でした」


魔王妃「...人間界に、勇者の魔力を感じたのです」


魔女「...続けて」


彼女は語る、己の野望を。

10年前、魔物の彼女からすればわずかな時だ、その過去になにが起きたのか。


魔王妃「...その魔力は、とある人間に付着していました」


魔王妃「それを逃すべきではない、すぐさまに私はその者を拉致しました」


魔王妃「...それが、研究者のことです」


隊員「────ッ!?」


研究者というのは、あちらの世界での名前であると隊長は言っていた。

そのことを忘れずにいた隊員はその言葉に動揺する。

まさか、あの男が重要人物だとは思いもよらなかった。


魔王妃「...ですが残念ながら彼を拉致したところで、目的は果たせませんでした」


魔王妃「だけれども、少なくともまだ人間界に奴がいる...そう踏んだ私たちは人間界への干渉を試みました」


魔王妃「侵略を行い、魔界として統治すれば...人探しが簡単になりますからね」


魔女「...それが、魔王軍が動いていた訳ね」


魔王妃「えぇ...そうです」

67 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:31:40.04 ID:GmvGoknR0

魔王妃「...しかしですね、ある程度時が経った時に...もう1つの可能性が生まれたのです」


魔女「...転世魔法ね?」


魔王妃「そうです...私の感知能力でも、なかなか見つけることができずにいた訳ですから」


魔王妃「...新たな可能性として、異世界へと着目したのです」


これまでの魔界の動きがようやく明らかとなった。

彼女はついに尻尾をつかめたのであった、あそこで横になっている人間の彼が鍵だ。


魔王妃「...私の目的は、勇者を装う無礼者にトドメを刺すこと」


魔王妃「そして今...ようやく...ようやく、奴を捉えることができました」


魔王妃「身勝手な話にしか聞こえないでしょうが、これを逃すわけにはいきません...」


魔王妃「...離してください、あの憎たらしい魔物を殺させてください」


隊員「...随分都合がいいな、お前が呼び出したZombie共がどれだけ人を殺したと思っている」


魔王妃「...ですが、話したところで納得してくれましたか?」


魔王妃「この世界で私ができるのは...侵略、そしてドッペルゲンガーを炙り出すことです」


魔王妃「...私の野望の邪魔をするな」


あのまま侵略を進めてこの世界を統べることができたのなら。

確かに人探しなど容易だろう、彼女の選択は間違いではない。

醸し出されるの雰囲気は渇望、そして執念。


魔王妃「──私の大切な"あの子"の無念を...晴らさせてくださぃ...」


そして、涙であった。

彼女は女性だ、その考え方は男性と異なる。

愛する者のためなら、全てを敵に回してもいい。


隊員「...」


魔女「...」


主要人物が2人、このチームのトップは間違いなく魔女と隊員。

その他の者は指示を待つことしかできずにいた。

長い沈黙が訪れた後、ようやく答えをだせた。
68 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:32:59.16 ID:GmvGoknR0

隊員「──Put the gun down...」


隊員B「Are you mental...?」


隊員A「...」


その命令、真っ先に従ったのは隊員A。

少しばかりの悶着がありつつも、隊員Bも続く。

そして当の隊員の顔つきはとても険しいモノであった。


魔王妃「...ありがとうございます」


隊員「...全てを許したわけじゃないからな」


隊員「別の形で罪を償ってもらう...だがそれはCaptainをどうにかしてからだ」


魔女「...ウルフ、離していいよ」


ウルフ「...わかったよ」


羽交い締めにしていた魔王妃をゆっくりと開放する。

しかし彼女は自力では立てないまで負傷をしている。

それを哀れに思ったのか、優しいウルフは肩を貸してあげた。


魔王妃「...ありがとう」


ウルフ「...どういたしまして」


魔王妃「ではまず...アレを解除します」


そう言うと彼女は、魔力の籠もった言葉を口にする。

それはあの惨劇を引き起こした魔法に関するモノ、すぐに効果は現れた。


魔女「...今の、使い魔召喚魔法?」


魔王妻「それを解除しました」


ウルフ「...っ! 見てっ!」


ウルフが指さした方向、かなり遠くにゾンビが居た。

だがソレは徐々に魂を失っていく、生ける屍がただの屍へと変貌する。


隊員「...これでもう、Civilianに被害はでないな」


魔王妃「...ご迷惑をお掛けしました」


魔女「それで、これからどうすればいいの?」


魔王妃「...え?」


なぜ彼女は困惑をしているのか。

魔王妃は1人で全うしようとしていた。

だからこそ、魔女の発言に言葉をつまらせていた。
69 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:34:46.81 ID:GmvGoknR0

魔女「悪いんだけど私が手伝うんじゃないわよ、あんたが手伝うのよ」


魔女「私たちの目的は勇者のドッペルゲンガーじゃないわ、キャプテンよ」


隊員「...Exactly」


ウルフ「そうだねっ!」


魔女「私たちだけじゃどうすることもできない...手の届かないところはまかせるわよ」


魔王妃「...そうですか...そうですね」


魔王妃「わかりました...この身が滅んでも、彼を助けることを誓います」


魔王妃「そのついでに、憎たらしいドッペルゲンガーを祓ってもよろしいですか?」


魔女「...いいわよ、あんただけじゃなにするかわからないしね」


先程まで殺し合っていたというのに。

魔王妃に至ってはこの世界の住民を殺害したというのに。

だが彼女がいなければ、隊長はどうなってしまうのかが明白。


隊員「で、なにをしたらいい」


魔王妃「...まず私がありったけの魔法を彼にぶつけます」


魔王妃「それで彼に憑いているドッペルゲンガーを引き剥がします」


魔女「...引き剥がせなかったら?」


魔王妃「...それしか方法がないのです」


魔王妃「ドッペルゲンガーが自らの意思で離脱しなければ、宿主から離れることはありません」


そう言うと彼女はあの憎たらしい魔物を睨みつけた。

まるで証明をしろと言わんばかりの眼光。

圧倒的な威圧感を持つ彼女に、上位属性を持つはずである彼は思わず返答する。


ドッペル「...たしかにそうだ、第三者がドッペルゲンガーを宿主から引き剥がす方法などない」


ドッペル「ならばできるのは、その宿主から離れたくさせる行為だけだ」


ドッペル「つまり...先程この女が言ったとおり、あの宿主の身体を痛めつけて離脱を促すしかない」


魔女「...本当にそれしかないの?」


隊員「話の内容は理解した...だが、これじゃCaptainへの負担が大きすぎるぞ」


先程の激戦、ある程度の威力は把握している。

だからこそ2人は別の方法を促していた。

あの天災じみた威力を誇る魔法を隊長に当てたとしたら、どのようになってしまうのか。
70 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:36:27.30 ID:GmvGoknR0

ドッペル「...ない、こればかりは本当だ」


魔王妃「彼が大事なのはわかります...だけどこれをしなければ彼は二度と自我を取り戻せないですよ」


隊員「...Fuck」


魔女「...わかった、その方向で行きましょう」


ウルフ「...いいの?」


魔女「うん...これしか...手はないみたいだから」


ウルフ「...きっと、ご主人ならたえてくれる...そうだよね」


魔女「そう...ね、いつもの頑丈さを見せてくるわ」


とても不安げな表情をする魔女に、ウルフは身を寄せた。

まるで悲しんでいる飼い主に寄り添ってくれる飼い犬のように。

ウルフの柔らかな毛並みが魔女の頬をうめた。


魔王妃「...あのドッペルゲンガーは宿主を乗っ取ることに成功し、完全に勇者の魔力を得ています」


魔王妃「だから光魔法を扱えています...なので、魔物である私たちは一瞬の油断が命取りです」


魔王妃「...もしもの時は、あなた方が頼りです」


隊員「...わかった、善処しよう...ちなみに光魔法とはどんな魔法なんだ?」


魔王妃「そうですね...魔物には人間とは違う動力源があるんですが」


魔王妃「光魔法はその動力源を抑制する効果があります...つまり、呼吸がしづらくなるのと原理は同じです」


隊員「なるほどな...人間相手にはあまり効果はなさそうだな」


魔王妃「その通りです...ですが、ドッペルゲンガーとは闇の魔物...おそらく闇魔法も放ってくるでしょう」


隊員「...その闇魔法とは?」


魔王妃「単純な話です、闇はすべてを破壊してきます」


魔王妃「黒い魔法が見えたら、絶対に当たるべきではないです」


隊員「...わかった」


ドッペル「安心しろ、光はともかく闇に関しては俺がなんとかしてやる」


魔女「...やけに協力的ね、なにか企んでいるの?」


ドッペル「お前は自分の住処に見ず知らずの誰かが居て、不快だと思わないのか?」


魔女「...あんたも似たようなもんでしょ」
71 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:37:32.09 ID:GmvGoknR0

ドッペル「...ともかく、俺もあの宿主の元へと戻りたい」


ドッペル「一時協力させてもらうぞ...こんな見ず知らずの土地で住処を追い出されるのは溜まったものじゃない」


魔女「そう...ありがとうね」


魔女の愛しの人物と瓜二つのこの男。

純粋な味方ではないが、利害の一致とのことで協力体制に。

彼の黒の魔法がどれだけ優位な手札になるだろうか。


隊員「...Listen to me」


隊員A「Okay」


隊員B「...Understand」


日本語についていけない2人の為に隊員は通訳をする。

それを尻目に彼女は単純に気になったことを魔王妃に投げかける。

先程、殺されたという発言が引っかかっていた。


魔女「...ねぇ、さっき殺されたとか言ってたけど」


魔王妃「気になりますか?」


魔女「気になるわね、少なくとも蘇生が可能な魔法なんて知らないしね」


魔王妃「...そうですね、まずは私と夫との馴れ初めから話しましょうか」


魔女「あー...恋愛話なんて久方ぶりに聞くわね...」


魔王妃「まず、私が死亡した場所は魔界でして...化石のような亡骸がどこかに残っていたらしいんです」


魔女「へぇ...」


魔王妃「それを夫が、使い魔召喚魔法の媒体にしたのです」


魔女「...へ?」


魔王妃「......」


彼女は淡々と語りすぎていた。

そして訪れたのは静寂、つまりは話は終わったということ。

それがどれほど凄まじい状況なのか、魔女は高い声で反応した。
72 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:39:41.87 ID:GmvGoknR0

魔女「えっと...つまり魔王は常に魔法を継続させてるってことっ!?」


魔王妃「そうなりますね、本人はあと200年はいけると仰ってました」


魔女「えぇ...どんな魔力量しているのよ...」


魔王妃「はじめは私の魔力を目当てに蘇らせて、召使いにしていたのですが...」


魔王妃「いつの日か、魔王城の清掃を終えた私の寝床に────」


魔女「──それ以上はいいわ...魔王子の誕生秘話なんて聞きたくないわよ...」


魔王妃「...そうですか」


魔女「というか...死体のままでも魔力は残るのね...そっちの方がびっくりよ」


魔王妃「...亡骸の保存状態が非常によかったらしいです、あとは私の元々の魔力量が桁違いだったので」


隊員「...ちょっといいか?」


他愛のない会話が終わると、隊員たちが合流してきた。

そして彼らの話し合いの結果を伝える、それはとても戦略的な提案であった。


隊員「隊員AとBはひとまず帰還させることにした」


魔女「そう、わかったわ...」


隊員「それで彼らにはある武器を取りに行かせる...この世界でかなり強力なヤツだ」


魔女「...まだ優秀な武器があるの? 正直ウルフの持っている小さなアレだけでも凄いんだけど」


隊員「...強力な武器があることはあまり良いことではないが...今は褒め言葉として受け取っておこう」


隊員「それでだ、そうなるとここにいる人間は1人になるわけだが...」


隊員が懸念しているのは時間だった。

それを述べようとした瞬間に2つの声が答えを導く。

1つ目は時間について、もう2つ目は戦略について。


ドッペル「...あまり時間はないぞ、もうじき目覚める」


魔王妃「...ですが、逆に好都合かもしれません、向こうがどのようにして動くのかがわかりませんから」


魔王妃「決して貶しているわけではありませんが...奴の魔法に人間が耐えれるとは思えません」


魔王妃「初めは武器を取りに行ってもううのを兼ねた退避をしてくれたほうがこちらとしては楽です」


相手がどのような戦術をするのかがわからない中、人間の味方を護るのは至難。

だからといってただの人間がいなければ魔物は光に抗えない。

ならせめて行動パターンが読めた頃にいてくれればコチラとしても楽、魔王妃はそう伝えた。
73 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:40:57.96 ID:GmvGoknR0

隊員「...なるほど、言いたいことは理解した」


隊員「まぁ...先程見せられたあの嵐のような魔法を見せられた後じゃ、食い下がれないな」


隊員「あの魔法以上のモノがくるかもしれないというなら、はっきり言って我々は邪魔にしかならない」


魔王妃「...聡明ですね、そのような判断をしてくれて助かります」


隊員「だが、要所では活躍させてもらう」


隊員「...こちらの世界の武器は、かなり遠くからでも攻撃できるからな」


魔王妃「それは身をもって実感しています、とてもじゃないがアレを予測することは不可能です」


そういうと彼女は腹部の傷を見せつけた。

そこにはエゲツないほどに跡が残った銃痕が。

先程のアンチマテリアルライフル、その威力が伺える。


魔王妃「...魔法も介さずにこの威力は若干引きますね」


隊員「それはコチラのセリフだ...普通コレで撃たれたら跡形もないぞ...」


魔女「それで、結局どうする? 隊員さんも一度退避しておく?」


隊員「...いや、初っ端にその光魔法とやらが来たら一溜りもないんじゃないか?」


魔王妃「そうですね...かなり危ない橋を渡ることになりますが...1人は残っててもらいたいです」


隊員「それなら先程の話通りだ、私がここに残る...すこし離れた場所でな」


魔王妃「...お願いします」


隊員「......あぁ」


とても複雑な表情をしていた。

やはり協力体制とはいえ、この女はテロリスト。

微かに沸き立つ殺意を抑えながらも、彼は返事を全うした。


隊員A「...Be careful...Please」


隊員「I Know...I Know...」


まるで母親のような口ぶりに思わずほくそ笑む。

だが当人は至って真剣、その様子は彼の目を見れば伝わった。

わかってるよ、隊員はそう言葉を投げ返した。
74 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:42:33.94 ID:GmvGoknR0

隊員B「Use this...」スッ


隊員「...Thank you!」


隊員B「...Find somewhere to hide」


彼が渡したのは先程の魔王妃を仕留めた一品。

いい場所を見つけて、隠れながらこれを使えと隊員Bは皮肉交じりに言う。

強烈な武器、アンチマテリアルライフルが隊員の手に。


ドッペル「...そろそろ、来るぞ」


隊員「...Go move...Let's meet again AMIGO!」


彼は彼らしい優しい顔で、上司としての指示をだした。

そしてそれを受け取った部下たちは親指を立てただけであった。

これで最後の会話かもしれないというのになんと素っ気ないモノなのか。


魔女「いいの...? 最後の会話かもしれないのよ?」


隊員「...素っ気なさすぎて、これが最後の会話だと思えんだろ?」


魔女「...そういう意味ね、じゃあ大丈夫ね」


一種のジンクスかもしれない。

こんなしょうもない最後があってたまるか。

彼は何が何でも生き残るつもりだった、この逆説的な意味合いがそれを物語る。


魔女「なんだか...隊員さん、キャプテンみたいね」


隊員「それはそうさ、Captain以外と話をするときは彼を真似ているからな」


魔女「あー、確かに...結構似てるわね」


隊長の口調を真似る男がここに。

だがこの微笑ましい空気感は一瞬にして凍りつく。

それは、隊長の姿形を真似る男がそうさせたのであった。


ドッペル「────奴が目覚めるぞ」


なにか、とてつもなく重苦しい空気感。

それに反応してなのか、激しいビル風が彼らを通過した。

そして目覚めるのは真似られた男。
75 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:43:08.70 ID:GmvGoknR0










「...偽るのはやめたほうがいいか」









76 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/27(木) 22:43:37.66 ID:GmvGoknR0
今日はここまでにします、近日また投稿します。
下記はTwitterIDです、投稿をお知らせする手動BOTです。

@fqorsbym
77 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:50:13.26 ID:ooAlurkw0

────□□□□□...!!

不気味なほどに神聖な雰囲気が醸し出す。

見た目はただの人間だというのに。


隊長「久しいな、魔術師...いや、今は魔王妃か...」


魔王妃「...黙れ、偽りの勇者が...どうせその記憶も、奪い去った勇者のモノだろう?」


隊長「まぁ...そうなるな」


見た目は隊長だというのにその声は違っていた。

男にしてはやや女々しく、女にしては少しサバサバしすぎている。

この中性的な声色の持ち主こそ勇者であった。


ドッペル「...とっとと出てってもらおうか、俺の住処だぞ」


隊長「そういうな...先に寝床にしていたのは私のほうだ」


ドッペル「チッ...いつから居座っているんだ?」


隊長「答えるつもりはない...」


どこか無気力で掴みどころのないその口調。

その底知れぬ存在感に、野生動物は警戒心を高めていた。

それをみた彼のような者は声を投げかけた。


隊長「そう警戒するなウルフ...今まで一緒に過ごしてきただろう?」


ウルフ「...っ!」


魔王妃「耳を傾けないでください、あれはこちらを混乱させようとするだけの話術です」


隊長「...ひどいな、ご主人とその女のどちらを信用するつもりだ?」


魔女「ちょっと、ウルフを惑わさせないでちょうだい」


そう言うと彼女はウルフの前に立った。

その眼差しはとても鋭く、愛するものに向けるものではない。

魔女にはあのような小賢しい話術など効かない。


隊長「...随分と嫌われたものだ」


魔女「そりゃそうよ、あんたはあなたじゃないんだから」


隊長「要所々々で手を貸したじゃないか...光の属性付与で」


魔女「それはどうも、でも出てってもらうから」


魔王妃「...それにその光魔法は元々勇者のモノです、我が物顔をするな」
78 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:51:59.12 ID:ooAlurkw0

隊長「...ならば、これならどうだ■■■■■■」


──■■■■■■■■■■■■...

突如現れたのは闇。

これが過去の勇者を侵しつくした邪悪な代物。

魔王のモノとは比較にならない、それはどのような意味を持つのか。


魔王妃「──こんな粗末な闇に勇者は飲まれたのですか...」


比較にならないというのは格下という意味であった。

しかし闇を侮ってはいない、それ故に勇者は乗っ取られた。

ここには光魔法を放つことのできる者はいない、なおさらだった。


隊長「...その粗末な闇に抵抗策がないのは辛いだろうな」


ドッペル「──そうはいかないぞ?」


──■■■■■...ッッ!!

隊長が放った闇にどこからか生まれた闇がぶつかり合う。

上位属性同士の相殺、これだけでは決して決着などつくことができない。

だがここには黒以外の色が多々ある。


魔女「──でかしたわよっ! 初めて褒めてあげるわっ!!」


ウルフ「────っっ!!」ダッ


ウルフが隊長に向けて走り出す。

そして魔女がそれを援護する体制に。

隊長の姿を借りし者は、その光景を不思議に思っていた。


隊長「...闇に突入するつもりか?」


魔王妃「────"風魔法"...」


──ヒュンッ!

1つの風切り音が摩天楼に響く。

彼女は見逃さなかった、わずか一瞬だが闇がウルフらに気を取られたのを。


隊長「──やはり揺動だな、"光魔法"」


────□□□□□□□...

闇は消え失せ、圧倒的な質を誇る光が即座に生まれる。

過去の魔王を追い詰めたこの白い魔法、それがどれだけ恐ろしいモノか。

魔王妃の作り出した疾風はまるでそよ風のような威力に。
79 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:53:58.75 ID:ooAlurkw0

ウルフ「──うっ...!?」フラッ


魔女「まずい...光の威力が高すぎる...っ」


威力とは殺傷性のことではない。

あの偽物の勇者が作り出したわずかな閃光は辺りを一瞬で通過した。

それだけだというのに、魔物の身体は悲鳴を上げる。


魔王妃「──速すぎる、見えない...っ!」


ドッペル「避ける以前の問題だぞ...今のはッ!?」


己の意思に反して、身体が脱力する。

あのお粗末な闇の質とは反比例する光の質。

わずか一瞬でその光は地平線まで届き、そして魔物だけを封殺する。


ウルフ「────ッッ!!!」


──ガリィッ...!!

魔女、魔王妃、ドッペルが膝をつく中、彼女だけは違った。

舌を噛むことで己の精神を鼓舞させ、無理やりでも動こうとする。

そして可能にしたのは指先の動きだった。


隊長「────なに、動けるのか」


──ダンッ...!!

4人の魔物の中で一番立場が弱い者と認識していた。

実際にそうだった、ウルフは魔女ほどに魔法も使えずドッペルゲンガーのように闇を扱えない。

そして魔王妃のような圧倒的な魔力も持っていない、だがそれが故に偽の勇者はまともに喰らってしまっていた。


隊長「──グッ...ここまでの威力なのか...この武器は...ッ!!」スチャ


腹部に感じる激痛、初めて身に受ける異世界の武器。

今まで隊長越しに見ていたこの銃というモノを初めて身に受ける。

だからこそ同じく彼女もコレをウルフに向けていた。


魔女「──ウルフっ! 避けれるっ!?」


ウルフ「ごめん...無理...」


ドッペル「──チッ! あの狼を失うのは痛いぞ、なんとかできないかッ!?」


魔王妃「それができてればもうやってます..."転移魔法"」


しかし彼女の魔法は不発に終わる。

今現在は光が出ていないというのにまだ魔王妃の魔力は回復していない。

圧倒的な白き閃光が、ここまで身体に残るとは計算外であった。
80 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:55:41.52 ID:ooAlurkw0

隊長「...くたばれ」


ウルフ「──ッ...」


今までご主人と呼ばれ慕われた者が発していいモノではなかった。

冷たすぎるその言葉、そして続くのは銃撃音。

ウルフに向けられたアサルトライフルが牙を向く。


魔女「────ウルフっっっ!!」


────ドシュンッ...!

その音は、どこから聞こえた。

明らかにこの激戦の場に居いない、遥か遠くからこだました。

鈍すぎるその重低音は隊長の持っているモノだけを完全に狙撃する。


隊長「──な...どこからだッ!?」


この光景は人格を奪う前の隊長の内部精神から見ていたというのに。

この魔物には銃の知識はない、アンチマテリアルが可能とする射撃距離を知らない。

だからこそこの攻撃を予測できずにいた、いつの間にか身を隠していた隊員による一撃を。


魔女「...最高ね、隊員さん」


魔王妃「──"転移魔法"」


そしてこの女の魔力は、わずかに復活をする。

そのわずかで、難しいと言われているはずのこの魔法を簡単に熟していた。

光の影響が未だに抜けないウルフを自らの懐に呼ぶ。


隊長「──"光魔法"」


ドッペル「──身を隠せ、闇で時間を作る■■■■■■」


──□□□□□ッッ!!

────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!

粗悪な闇が光に飲み込まれる。

わずか一瞬で黒の防壁は崩れ去ってしまう。

だがこの局面で、一瞬でも時間を稼げるのなら十分であった。


魔王妃「──"転移魔法"」


────シュンッ!

身体がどこかへ消える音が響く、それも4つも重なっている。

彼女が可能としたのは4人同時の瞬間移動、そして魔物たちは後方にあるモノに身を隠す。
81 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:57:05.70 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...この世界は障害物が沢山あっていいですね」


魔女「これ...車ね...それもとても大きな」


ドッペル「驚いた...まさか数カ所に別れている複数人を同時に瞬間移動させるとは...」


ウルフ「────見てっ! 光がっ!」


彼らが身を隠したのは乗り捨てられた大型のトラック。

光魔法自体には殺傷性はない、つまり魔力が介さないモノの前では無力。

偽の勇者が放った光はトラックを貫通させることができず、ただ地平線へと向かうだけだった。


魔王妃「...恐らく次は闇魔法が来ます、この障害物を破壊するために」


ドッペル「そうだろうな、俺ならそうする」


魔女「...闇はドッペルゲンガーが相殺できたとしても、さっきのアレみたでしょ?」


アレとは一体なんのことなのか。

それは魔法を唱えられるモノだけにしかわからない。

先程の光魔法、圧倒的だったのは質と範囲だけではない。


ドッペル「...1秒にも満たずに、唱えていたな」


魔王妃「...あの子が得意だったのは、超高速詠唱とその圧倒的な質を誇る光魔法です」


魔王妃「それが故に...過去の魔王...歴代最強の魔王を相手に意表をつけたのです」


魔女「...まずいわね、わずか一瞬でも隙を与えたら魔物の私たちは完封されるわ」


魔女「だからといって光に抗える人間の隊員さんを前線に立たせる訳にもいかないわ」


ドッペル「...同感だ、どこからでも狙撃が出来るという強みが俺たちにもない、この手札を明かすのは愚策だ」


ドッペル「それはこの狼も同じだ、遊撃じみたあの動きは絶対に要となる」


ウルフ「...」


託されているのは現代兵器。

桁違いの魔法に抗えるのはこれしかない。

隊員の持つアンチマテリアル、そしてウルフの持つハンドガンが鍵。


魔王妃「そうですね...あの武器たちで意表を突くしかありません」


魔王妃「この武器には詠唱が必要ありません、偽勇者の超高速詠唱なんて目ではないですから」
82 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 08:58:48.40 ID:ooAlurkw0

魔女「意表...ねぇ...」


ドッペル「...どうかしたか?」


魔女「...ねぇ、1つ提案なんだけ────」ピクッ


ドッペル「...は?」


彼女がドッペルゲンガーに何かを伝えた。

だがそれと同時に察知したのは、黒の気配。

大型のトラック越しに聞こえたのは、闇の詠唱。


隊長「────"闇魔法"■■■」


──■■■■■■■■■■■■...ッッッ!!

お粗末とは言っても、歴とした闇。

ただの物質であるトラックなど簡単に破壊できる。

隠れ蓑を失った者たちは一度逃げるしかない。


魔王妃「"転移──」


隊長「────"光魔法"」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□ッッッッ!!

果たして歴代最強の魔王を討った者が、逃してくれるだろうか。

膨大な光が隊長の身体に纏わりつく、それが意味するのはなにか。

こちらがなにか対策をする時間すら与えてくれはしない。


魔王妃「────うっ...またですかっ!?」


ドッペル「──しま...ッッ!!」


魔力を持つものが次々と倒れ込む。

そもそもが無理な話であった、光に抗えるのは人間か魔王級の闇を持つ者。

だが前者は光以外の魔法の前では無力、後者はこの世界に居やしない。


魔女「──ぐっ...」


ウルフ「──うごけ...な...い...ッッッ!!」


今度ばかりは歯を食いしばっても動けない。

一撃を与えられただけ善戦できたと言える。

そして一番初めに目をつけられたのはウルフであった。


隊長「...さっきは良くもやってくれたな...できれば同じ武器でトドメをさしたかったが」


ウルフ「うぅ...」


本物の隊長がいつも持っていた武器はない。

正確に言うとその武器は元の形状を保っていなかった。

対物ライフルが狙ったのは隊長のアサルトライフルであった。
83 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:00:02.47 ID:ooAlurkw0

隊長「残念ながら粉々だ...これが私の身に向けられていたと考えると恐ろしい...」


隊長「その小さな武器でさえ、激しい激痛が走ったというのに...」


隊長「...この世界は素晴らしい」


その顔つきはまるで侵略者。

この魔物もなにか野望があるに違いない。

そのような口ぶりであった、だが今はそれを考察している暇などない。


魔女「────ドッペルゲンガーっっっ!!」


彼女は力を振り絞る。

そしてようやくできたのは声を荒げること。

魔女は伝える、それがなにを意味をしているのかは彼にはわかっていた。


ドッペル「──正気かッ!? この局面でヤレというのかッ!?」


魔女「もうそれしかないわよっっ!! 早くっっ!!」


ドッペル「動けたらやっているッッ! クソッタレッッ!!」


魔王妃「ぐっ..."転移魔法"」


なにをするかはわからない、だが魔女はドッペルゲンガーを呼ぼうとしている。

ならばできるのはそれの援助、しかしそれは不発に終わる。

その様子を見ているはずだというのに偽の勇者は眺めているだけだった。


隊長「...無駄だ、何をしようともこの勇者の光の前では無力」


隊長「そうおもわないか? ウルフ」


ウルフ「...っっ!!」


憎たらしくてたまらない、同じ人物に名前を呼ばれているというのに。

いつもの逞しくて、頼れて、とても優しい男の声ではない。

同じ見た目だというのに、その事実にウルフは口から血を垂れ流してしまうほどに。


隊長「...さよなら、"闇魔法"■■■■」


そして唱えられたのは、極めて小さい闇。

だがそれでも、ただの野良魔物を仕留めるには十分であった。

これが闇魔法の恐ろしさ。


ドッペル「────まずいッ! 殺られるぞッ!!」


魔女「────ウルフ」


──からんからんっ...!

闇がウルフに向かおうとしたその瞬間、なにかが落ちた。

重そうなアンチマテリアルを背負いながらも、彼は果敢に走り込む。
84 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:00:32.95 ID:ooAlurkw0










「────You missed me...Right?」









85 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:02:36.22 ID:ooAlurkw0

────カッッッッ!!

そこから生まれるのは、光魔法とは違う光。

激しい閃光があたりを貫く、これが最後の1個。

そして隊員は思い切り振りかぶる。


隊員「────AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」


────バキィッッッ!!

隊長のモノに比べれば弱いかもしれない、ウルフのモノとは比較にならない。

だが特殊部隊の彼が繰り出すストレートは通常の人間には致命的だ。


隊長「──ぐ...ふ...っっっ!?」ドサッ


その威力故に身体が勢いに負けて倒れ込む。

パンチで人は吹っ飛ばせるのか、彼自身は半信半疑であった。

だがそれは確信となる、自らがそれを証明してしまった。


隊員「──掴まれッッ!!」グイッ


ウルフ「────うんっ!!」ガシッ


ウルフの肩を強引に抱き寄せる。

俗に言うお姫様抱っこ、だがそのような甘酸っぱい言葉に浸る場面ではない。

そして彼はもう1人の女の元へと急ぐ。


隊員「運べばいいんだなッ!?」


魔女「お願いっ! 急いでっっ!!」ガシッ


両腕にウルフを、背中にはアンチマテリアルとアサルトライフルを。

力を入れることのできない魔女を運べる方法はもう1つしかなかった。

両腕に負担をかける、2人の女性を彼はお姫様のように運ぶ。


隊員「グッ...も、もうちょい...鍛えておくべきだった...ッ」


魔女「...ふふ、頑張ってっ! 私が重いって言いたいのっ!?」


その些細な一言が、意外にも魔女に刺さる。

女性に向かって重さの話は禁忌、だがそういうことではない。

この局面だというのに、思わず笑ってしまうような彼の言葉が魔女の精神を安らげていた。
86 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:04:03.69 ID:ooAlurkw0

ドッペル「──でかしたぞッ!」


隊員「あとは何をすればいいッ!?」


ドッペル「魔女を俺の近くに置けッ! そして時間を稼いでくれッ!」


魔王妃「──わかりました...」


そして彼女は立ち上がった。

他の者たちはまだ光に悩まされいるというのに。

やはり彼女は頭ひとつ抜けている、それは魔法の質や魔力量の話だけではない。


魔女「もう立てるの...?」


魔王妃「伊達に魔王の妻を担っているわけではありません」


その強さを誇示する発言とは裏腹。

身体がまだフラつき、足は少しばかり震えている。

まだ完全に魔力が回復したわけではない、だがヤラなければならない。


隊員「...大丈夫か?」


魔王妃「...いいえ、まだこの身は光に侵されています」


魔王妃「この光が味方のモノだった頃は頼もしかったですね、でも逆では恐ろしい限りです」


勇者の光魔法、その真の恐ろしさ持続性であった。

彼ら魔物が受けたあの光はただの魔法であって属性付与ではない。

魔法で一番難しいと言われるのは持続させることだろうに。


魔王妃「...これから私と貴方で前線に出ます、そして時間を稼ぎます」


魔王妃「光魔法は任せました、闇魔法は私が対処します...いいですね?」


隊員「あぁ...わかった、そして任せろ」


ウルフ「...まって、わたしも...いく」


身体中を麻酔する倦怠感。

それだというのに、彼女はまだ闘志を漲らせる。

だがその見え透いた虚勢など誰が飲んでくれるか。


隊員「...無理をするな、Captainもそう言うと思う」


ウルフ「...っ!」


魔王妃「今はゆっくりと休んでいてください、あなたをここで犬死させるわけにはいきません」


冷たい言い方、だけどそれは事実。

まともに動けないままの武闘派をどう戦闘に活かせるのか。

不可能であった、野良生まれの魔物が光を前にして抗える訳がない。
87 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:05:19.29 ID:ooAlurkw0

ウルフ「ごめんなさい、もっと...もっとあたしが強かったら...」


隊員「...」


──ぽん...

とてもキレイな音だった。

それは彼の右腕がウルフの頭を撫でた音。

そして隊員は何も語らず、髪を撫で続けた。


魔王妃「...もし私が完全に光に飲まれ、魔力の自己回復が不可能な状況になったならば」


魔王妃「この小瓶の中身を無理やり飲ませてください、お願いします」


隊員「...これは?」


魔王妃「...私がこの世界を侵略するにあたり、不測な事態に備えて持ってきた薬品です」


魔王妃「これを飲めば魔力を補充することができます...言いたいことはわかりますね?」


隊員「そういうことか...わかった、いくつか預かっておこう」


魔王妃「...お願いしますね」サッ


彼女はソレを手渡した。

そして手袋越しにだが隊員は魔王妃の手に触れた。

それは人間のモノと変わらない、柔らかな掌を感じることができた。


隊員「...魔物も人間も変わらないな」ボソッ


魔王妃「なにか言いました?」


隊員「いや? それよりもお目覚めのようだ...ウルフ、下がっていてくれ」


ウルフ「...うん」


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...

膨大な量の光が創造される。

それが意味するのは怒りという感情。

当然であった、まさか人間相手に遅れを取るとは偽勇者も思っていない。


隊長「...やってくれたな、人間の分際で」


隊員「その見た目で凄まれると怖いな...訓練指導中のCaptainを思い出す」


魔王妃「...嫌になりますね、あの光を見ているだけで身体がフラつきます」


隊員「...」


その言葉を聞くと彼は前に出た。

まるで日よけのように、魔王妃の真正面に立ち尽くす。

特殊部隊である隊員がテロリストを庇う。
88 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:06:43.83 ID:ooAlurkw0

隊長「...さて、光魔法を唱えようか...それとも闇か」


隊員「そんな余裕はあるのか? Captainならそんな舌なめずりはしないぞ?」スチャ


──バッ!

そして放たれた精確な音。

彼が最も得意とするセミオートでのアサルトライフル。

早くも隊員は射撃を行う、それが隊長が相手でも。


隊長「────グッ...なっ!?」


魔王妃「いいのですか? 貴方の大切な人なのでしょう?」


隊員「...今は、そうでもない...そう思い込むしかない」


隊長「──正気か...っ!?」


隊長の右太ももから血が垂れ流しになる。

なぜこの様な容赦のないことができるのか。

それは師が教えてくれたあの価値観が影響している。


魔王妃「...私は赤の他人なので容赦なく魔法を放てますが...あなたは身内なのでしょう?」


隊員「...ここでCaptain殺さなければ、誰が死ぬと思う」


ソレは彼にも備わっていたのであった。

かつてドッペルゲンガーが隊長に向けて放った単語。

強すぎる正義が引き金をとても軽くしている、それがたとえ己の師が相手であっても


隊長「──チッ! ならば狙いは...■■■■」


危険すぎる、まさかこの宿主の身内がここまでの覚悟を終えていることを。

魔物だけなら光魔法で完封できるというのに、この世界ではただの人間が恐ろしい武器を持っている。

ならば先に潰さなければいけないのは、あの人間の男。


隊長「────"闇魔法"」


──■■■■■■■■...ッッ!!

闇が生まれる、すべてを破壊する漆黒。

まともに喰らえば人間など一撃で葬ることができるはずだった。


魔王妃「...そんな見すぼらしい闇を対処できないとお思いですか?」


魔王妃「──"風魔法"」


──ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!

とてつもない突風が辺りを切り裂く。

絶妙に調節された追い風が魔王妃たちだけを通過していく。

そして被害を受けるのは、敵のみ。
89 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:08:24.89 ID:ooAlurkw0

隊長「──無駄だ、どのような規模でも闇の前では...」


そのはずだった、質が悪いとはいえ闇魔法だ。

下位属性では上位属性には敵わない、それが魔法の相性。

だが彼女の狙いは抵抗ではなく対処、彼女の今の目的は勝利ではない。


隊長「...これは」


──■■■...

闇を放とうとしても、それを許してくれない。

ハリケーンと同等の風速を誇る彼女の魔法が、闇の接近を拒否している。

これは魔王妃の魔法規模があまりに巨大だからこそできている。


隊長「...だからどうした? 時間をかければ闇で風など────」


──バッ!

向かい風に空き缶を投げても前に進ませることはできない、だがこれは空き缶ではなく闇。

時間をかければ闇が直線状の風だけを破壊し、攻撃を仕掛けることができる。

だがそのような時間など、果たして確保できるだろうか。


隊長「────グッ...!?」


隊員「...どうした? もっと時間をかけていいぞ?」


隊長「──"光魔法"」


──□□□□...

左腕を負傷しながらも、即時に魔法を切り替える。

一瞬にして湧いたその光は、魔王妃のハリケーンを消し去ってしまう。

だがそれがまた隊員の術中にハマる。


隊員「────ッッッ!!」ダッ


全力のスプリントは凄まじい速さであった。

当然だった、足の速さが人質確保の確率を高めてくれる。

鍛えていないわけがない、だから故の速度。


隊長「──"闇魔法"...」


──■■■■■■■■■■ッッッ!!

溢れ出る闇が、隊長の身体を絶妙に包み込んだ。

これに気安く触れてしまえば、どのような事態を招くのか。


隊員「────うおッ!? 危ない...ッ!」ピタッ


事前に知らされていたこの黒い魔法。

すべてを破壊してしまうと言われているこの闇。

光魔法とは違う、これは人間が相手でも猛威を奮う。
90 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:09:57.64 ID:ooAlurkw0

魔王妃「────もらいました」


闇を感知する、この漆黒が相手なら全力を出せる。

可能な限りの魔力を絞り出す、そして唱える魔法にすべてを注ぎ込む。

そして生まれたのは、獄炎。


魔王妃「──"属性同化"、"炎"」


────ゴオオォォォォォォォォオオオオッッッ!!

彼女の身体が炎と同化する。

それと伴いある要素が変化を始める、それは炎帝が可能にした光への特攻策。


魔王妃「──"転移魔法"」


隊員「────おわッ!?」シュンッ


初めてこの身で実感する瞬間移動という体験。

身体が強制的に移動させられる感覚はどこかスリルのあるモノだった。

気づけば彼は、炎と化した彼女の後方に立たされていた。


魔王妃「──"風魔法"」


──ヒュゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

そして間髪入れずに放ったのは、先程消されてしまった風。

それと同等の風速を誇るそれが隊長に向けられていた。


隊長「...無駄だ、"光魔────」


光で魔王妃の魔法をすべて抑えようとしたその時。

いつも通りならこれで魔物を封殺できるはずだった。

だが身体の異変がソレを許してくれなかった。


隊長「うッ...グッ...!?」フラッ


これが本来である魔物の身体ならば、多少熱い程度で済んでいたかもしれない。

だが今は隊長の身体を間借りしているに過ぎない、つまりはただの人間。

果たして人は、自分に熱風を向けられたらどうなってしまうのか。


隊長「────ッッッッ!!!」


──じゅうううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ...ッッ!!

待っていたのは、肌が焼ける音と軽度の一酸化炭素中毒。

魔王妃により極限にまで高められた温度を誇る熱風を喰らえばそうなるのは当然。

声すら上げることができない、そのあまりの苦痛さに耐えれる人間はいない。


魔王妃「...もう魔法を唱えることができませんね」


隊長に襲いかかっているのは熱風だけではない。

真冬の寒空だというのにもかかわらず身体は高熱に喘がされている。

極度の気温差が引き起こす強烈な吐き気と頭痛、身に迫る症状が隊長を苦しめている。
91 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:12:51.67 ID:ooAlurkw0

隊長「────あああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」


隊員「これは...酷すぎる...」


身体を奪われているとはいえ目の前にいるのは正真正銘の隊長。

尊敬する彼がここまでやられている様を黙ってみているしかない。

隊長を射撃する覚悟は決まって入る、だがその地獄のような風景が隊員の精神を蝕む。


隊員「おい、大丈夫なのか...?」


魔王妃「...駄目です、一向に出てくる気配がありません」


隊員「...それは、つまりどうするつもりだ?」


魔王妃「...」


答えはもう導き出されている。

だけど隊員はそのフレーズを魔王妃に絞り出させるつもりだった。

そうでもしなければ、認識することを拒絶してしまうからであった。


魔王妃「...このまま、彼ごと殺すしかありません」


隊員「そうなってしまうか...やはり、そうなってしまうんだな...」


魔王妃「今、私が放っているこの熱風は...人が生命活動をできるギリギリの威力に調節しています」


魔王妃「ですが...これ以上続くのであれば...それも厳しくなりますね」


魔王妃「...これ以上は、粘れません」


今しかない、この機会を逃せばあの偽勇者を倒すことができない。

ようやく抑えることのできたこの魔法を途切れさせればどうなってしまうのか。

それは例えるなら、せっかく苦労して拘束したテロリストの手錠をわざわざ外してしまうような愚行。


隊員「...言いたいことはわかる...だが、許容できないぞ」


魔王妃「ですが...では、どうすればいいのですか?」


隊員「それは...」ピクッ


言葉に詰まってしまう、そして彼は見てしまう。

熱風に打ち負け、四つん這いになり嘔吐をしている隊長の姿を。

これ以上は本当に危険だった、あと僅かでも続くようなら待っているのは死しかない。


隊員「────ッッッ...!」


──ぐにゃぁ...

己の中の正義がグラつく、隊長ですら背負うことが難しいというのに。

このような精神汚染に、彼より若い隊員が保てるわけがなかった。

射撃はできても射殺はできない彼は、ただこの光景を眺めることしかできずにいた。

92 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:15:07.06 ID:ooAlurkw0

隊長「ああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」


魔王妃「...これで、終わりですね」


人の身体は高熱には耐えられない。

もう数十秒も炙ってやれば、確実に彼は死亡する。

そうすれば宿主ごと因縁の魔物を殺すことができる。


魔王妃(...申し訳ありません、恨みならこの身で甘んじて受け入れます)


魔王妃(ですが...今は私を信じていてください...)


あの時魔女と交わした言葉。

魔王妃にはある策があった、それは偽の勇者に悟られないように誰にも口答していない。

己の内に秘めたある計画、絶妙な調整技術が可能とする。


魔王妃「...そのまま死んでください、偽の勇者」


隊長「────ッッッッ!!」


苦しみながらも見せたその眼。

見た目は隊長だが顔つきはどこか見覚えのあるモノだった。

あの顔は、あの子が何かを思いついたときの顔。


魔王妃(──やはり、宿主を捨てる気ですね)


魔女と交わした言葉は、彼を助けることという誓い。

同じ魔物という同胞の約束を破るわけがなかった。

そして魔王妃は機会を伺い始めていた、このまま宿主ごと殺そうとするブラフを仕込みながら。


魔王妃(...あと僅か数秒もしないうちに、あの人間は焼け死んでしまいます)


魔王妃(そうならないように、いつでも即座にこの魔法を止めれるようにしなければなりません)


魔王妃(問題は...偽の勇者がいつ出てくるかですね...)


あと10秒、残された時間はこれしかない。

この僅かな時間のどこかで、どのタイミングで偽勇者が隊長から離脱をするのか。

博打じみたその現状、ついにその時が訪れる。


魔王妃(────来たっ...)


彼女にはわかる、新たな魔力の気配が。

過去にずっと旅してきた仲間のソレを忘れるわけがなかった。

隊長から魔力が漏れ出しているような感覚が魔王妃に伝わった。
93 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:16:27.68 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...っ!」


──......

静寂が訪れると同時に炎は鎮まり、風は止む。

それはわずか一瞬の出来事であった、それがどれほどの技巧なものか。

そして前方を確認する、そこには見慣れた姿が。


魔王妃「────いない...っ!?」


隊長「...そんなに意外か?」スッ


────からんからんっ!

そして彼女の足元から聞こえたのは何かが跳ねた音。

見たことのないモノ、未曾有の代物に気を取られていた。

そしていままで見ることしかできずにいた彼が叫ぶ。


隊員「──蹴飛ばせッ! それは爆弾だッ!」


魔王妃「────なっ!?」


だがその警告は遅かった。

彼女が見えたのは内部から何かが破裂する瞬間。

そして聞こえたのは炸裂音であった。


隊長「...あの時、1人旅で孤独を味わっていた私を導いてくれたのは君だ」


隊長「赤の他人だというのに、君は優しく...暖かくしてくれた」


隊長「だから...信じていた、死の直前で...この宿主を哀れんで魔法を止めてくれることを」


────ドォンッッッッ!!

小規模の爆発が彼女の足を奪う。

蹴飛ばせと言われたからか、不幸なのか幸いなのかはわからない。

手榴弾を飛ばした右足が爆風に巻き込まれ、失ってしまう。


魔王妃「────ぐっ...!」ガクンッ


片足を失えば当然立つことは不可能に。

急いで治癒を行わなければならない、今すぐ魔法を唱えれば患部の修復が可能。

だがそれを許してくれるほど状況は甘くなかった。


隊長「"属性付与"、"光"」


──□□□□□□...

その光は身体を包み込む。

誰の身体なのかは明白であった。

なぜなら、己の視界がそれを証明していたからであった。
94 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:17:54.43 ID:ooAlurkw0

隊長「...もう手遅れだ」


魔王妃「────っっっ!!」


全身から魔力を抑制されている感覚が巡る。

だが今はそれどころではない、魔物としての身体は抑えられてしまったのである。

片足を奪われたのならば普通の人間はどうなってしまうのか。


魔王妃「──うわあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」


それはとても、魔王の妻には相応しくない声であった。

痛みに耐えきれないが故の叫びがあたりに響いてしまう。

それを耳にしてようやく彼がハッとする。


隊員「──SHITッ!!」ダッ


彼女の足からは大量の紅が流れ出ていた。

たとえ魔物という未知の生物であっても、これだけは変わらない。

血を失えば確実に死ぬ、そのために隊員は駆け寄ろうとした。


魔王妃「──こないでぇっっ!! 貴方に死なれたら終わりですっっっ!!」


隊員「──ッ...!」ピタッ


その悲痛の叫びが、隊員の足を止める。

形勢が逆転したこの状況に人間がヘタに近寄れば目も当てられない。

そしてじわりじわりとあの憎たらしい魔物が詰め寄る、それに対し魔王妃は質問を投げかけた。


魔王妃「どういう...ふっー...ことですか...?」


隊長「痛々しいな...右足が千切れているんだ、無理に喋ることはない」


魔王妃「...くっ、質問にぃ...答えろ...」


隊長「...この身体のことか?」


あちこちにできたやけど、それが物語るのは熱風の威力。

たしかに隊長の身体にダメージを与えたのは間違いない。

だというのに偽の勇者の口ぶりからは、その様子が伺えない。


隊長「...もう一度、ドッペルゲンガーという魔物の特性を思い返してくれ」


魔王妃「...?」


正直考え事などしている余裕はない。

足を失って、血を失って、魔力も失って。

だが彼女は冷静に考慮を深める、そして導き出した。
95 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:19:13.78 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...まさか」


脂汗が止まらない、それは痛みが影響しているのか。

それとも自分が行っていた行為の罪深さに気がついてしまったのか。

それはあまりにも醜悪な戦術であった。


隊長「...宿主には悪いが、あの熱風の身代わりになってもらった」


隊長「つまり君がずっと燻っていたのは...わかるだろ?」


隊員「──な...ッ!?」


魔王妃「────このクソ野郎...っ!」


脳みそに直接触られたような感覚が2人を襲う。

とてつもない不快感が、徒労感が、そして罪悪感がソレを再現する。

あまりの衝撃に隊員は腰を抜かしてしまう程に。


隊員「じゃあ...俺は...本物のCaptainが苦しんでいるのを見てただけになるのか...ッ!?」


隊長「そういうことになる、声もしっかりと入れ替わっていたというのに...」


隊長「あの風の音は凄まじかったからな...それとも集中し過ぎて気づかなかったのか?」


魔王妃「あの...あの魔力はっ!? 先程、宿主の身体から感じたあの子の魔力はっ!?」


隊長「そんなのは簡単だ、私は宿主の精神世界に居たんだ、余裕で魔法を唱えられる」


隊長「...これ以上聞きたいか? 気の毒だな」


高熱に喘がされているのは隊長本人であって、偽勇者ではなかった。

精神世界に逃げ込むことでこの状況をまるで傍観者のように振る舞っている。

あとはそこから魔力を少しでも垂れ流せば、感知能力持ちは誰もが勘違いをするだろう。


隊員「────ッッ!!」


そして彼を襲ったのは猛烈な吐き気。

あの酷すぎる悲鳴は、隊長の実の声であった。

聞きたくなかった、脳裏に残ってしまったあの悲鳴が脳内をこだまする。


魔王妃「そ...そんな...」


魔王妃「じゃ、じゃあ...なんで...はじめから光魔法を使わなかった...?」


魔王妃「精神世界にいたというのなら...そのようなこともできたはずです...」


たしかにそうだった、そうすれば時間をかけずにこのような状況に持ち込めたはずだ。

しかし奴はドッペルゲンガーである、感情を弄ぶことに関してはピカイチ。

その下劣な理由が明らかになる。
96 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:20:44.66 ID:ooAlurkw0

隊長「...こうすれば、君たちの精神を蝕むことができるからさ」


隊長「闘いとは肉体だけに痛みを与えるだけではだめ...心も痛めつけなければならない」


隊長「その結果が...彼さ」


偽の勇者は指をさした。

その先には、四つん這いで吐瀉物を地面にぶちまける男が1人。

彼はもう立てない、たとえ治癒魔法で身体を癒やしてもだ。


隊員「ゲホッ...Mother fucker...」


魔王妃「...チッ」


魔王妃(ヤラれた...っ! まさか向こうから宿主を表舞台に出すとは思わなかった...っ!)


魔王妃(ここまで自由に人格を入れ替えれるのか...ドッペルゲンガーという魔物は...っ!?)


隊長「さて...このまま放置していれば、そのうち血が足りなくなり勝手に死ぬか」


隊長「それにその男ももう動けなさそうだ...脆いな、人間という者は」


彼らの本来の目的、それは隊長に取り憑く偽勇者を祓うこと。

だが愚かにもそのチャンスを逃してしまっていた。

それどころではない、全く無意味の痛めつけを当人にぶつけてしまっていたのであった。


魔王妃「うっ────」


そして訪れるのは、意識が離れる感覚。

止まることのない血液が右足から開放されている。

どのような生物もソレを大量に失えば、待つのは死あるのみ。


隊長「さよなら、魔術師...」


魔王妃「ふざ...ける...な...」


出血多量で動けず、片足だけでは立つことすら不可能。

そして強烈な吐き気と罪悪感でうずくまっている隊員。

この状況で仕掛けてくる行動は1つしかない、偽勇者は魔王妃の側に寄る。


隊長「...まさか、君ほどの子がただの刃物でトドメを刺されるとは思わないだろうね」


魔王妃「...っ!」ビクッ


そして取り出したのは、唯一残されたミリタリーナイフ。

アサルトライフルは隊員の射撃で破壊されハンドガンは事前にウルフに預けられていた。

超強力な魔法を放てる魔術師の最後が、まさかこれほど物理的なモノになるとは。
97 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:22:21.18 ID:ooAlurkw0

隊員「────まて...ッッ!!」


隊長「...空元気だな、威勢はいいが立ち上がることすらできないじゃないか」


隊員「俺は本気だぞ...ッッ!」スチャ


彼が片手で取り出したのはサイドアームのショットガン。

未だに四つん這いで吐き気に抗っている、両手で扱うはずのアサルトライフルなど構えることができない。

背負っているアンチマテリアルライフルなどもってのほか。


隊員「......ッ!」ピクッ


隊長「...どうした? 撃たないのか?」


先程は偽の勇者にダメージを与えることができずにいた。

だが宿主である隊長の身体自体には負傷させることができていた。

この引き金を引けば、間違いなく攻撃が通用するはずだった。


隊長「...?」


しかし一向に撃つ気配はなかった。

それは偽勇者も若干不思議そうな表情をさせていた。

なぜ撃たない、撃てば攻撃できるのに。


隊長「...なぜ撃たない、流石にそこまで素早く人格を入れ替えることはできないぞ」


自白のようなその問いかけ、偽勇者は不可解で仕方なかったから故。

隊員が発砲した銃撃が先程のような身代わりを隊長にさせることを懸念しているのか。

だが本当の答えは隊員にしかわからなかった。


隊員(...だめだ、今片手で撃てるのはこのショットガンしかない)


隊員(だがこれは...ドラゴンブレスだぞ...ッ!)


隊員(発砲自体は平気かもしれないが、着火したら間違いなくCaptainが身代わりにさせられる...)


そこまで早く人格を入れ替えることは不可能という言葉、それは銃弾には対応できないという意味。

だが今はドラゴンブレスという弾丸を込めている、これは着弾後に発火する特殊弾薬。

炎上という攻撃はあまりにも鈍すぎる、間違いなく身代わりにさせられる。
98 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:23:46.79 ID:ooAlurkw0

隊員(...いや、そもそももう限界だ...これ以上の銃撃はCaptainの生死に関わる)


隊員「...」


隊長「...答える気はなしか、そこで味方が殺されるのを見ていなよ」


隊員「────ッ!」


隊員(──撃つしかないのかッ!? 今ここであの女が殺されるのはまずいッ!)


強すぎる正義が引き金を引こうとする指を動かそうとしたその時。

究極の選択に1つあらたな候補が生まれていた。

それは目の前に現れた1人の女が創り出した。


魔女「...随分とボロボロね」


隊長「...これはこれは、宿主の想い人か」


魔女「なによその声、全然似てないわね...もう1人のドッペルゲンガーを見習ったら?」


隊長「悪いね、私のお気に入りは...過去にいた勇者の身体だからね」


隊長「すべての有事が終われば、この身体は破棄して勇者の身体で生きる予定だ」


魔女「...そう、固執がないならとっととキャプテンを開放してくれないかしら?」


隊長「それはできない、目の前に広げられた料理を前に帰るわけにはいかない」


魔女「あー...そうだった、ドッペルゲンガーってのは悪食だったのね」


偽勇者のこの行動理由は単純であった、それはドッペルゲンガーの習性。

宿主に取り憑き人格を奪い、宿主の身内を殺害し生まれた絶望という感情を喰らう者。

つまりは別に隊長の身体が特別欲しいというわけではなかった。


魔女「...むかつくわね」


隊長「そう言うな、すぐに終わる..."光魔法"」


──□□□□□□□□□□...

光があっという間に、魔女を通過していった。

そして彼女は倒れこんでしまう、ならばなぜ彼女はわざわざ偽勇者の前に現れてたのか。


隊長「...なにも策も考えていなかったのか」


魔女「うっ...ぐぅ...っっ!!」ドサッ


隊長「愚かだな...だが優先順位は変わった」


この場にいる敵は3人、1人は光で拘束をして足を奪った魔物。

1人は自己嫌悪感と不可解だが攻撃をしてこない人間。

そしてもう1人、一時的に光で魔力を封じた五体満足の魔物。
99 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:25:25.14 ID:ooAlurkw0

隊長「...宿主の想い人だ、とても美味だろうな」


魔女「...っ!」


優先順位は明らかだった。

狙いは魔王妃から魔女へと切り替わった。

そしてついに、光に喘がされている彼女の側へと接近し終えた。


隊長「さて...頂くとするか」


ミリタリーナイフが輝く、それは電灯が反射する光。

横たわる魔女は抵抗すら許されない、彼女の魔力は光魔法によって抑えられている。

だがそれは彼女の魔力の話、まだ闘志みなぎる者が残っている。


ウルフ「────ッッッ!!」スチャ


いったいはどのタイミングで現れたのか。

いつの間にかウルフは前線に立っていた。

両手に構えるのは、2人の人間から借りた武器。


隊長「──なっ...!?」


ウルフ「──ガウッッッ!!」


──ダンダンダンダンッッ!!

野性味溢れるその唸り声とともに放たれたのは重なる銃声。

アキンボスタイルで射撃されたそれは、隊長の身体を射止めていた。

それを傍観する彼、その光景がとても不可思議で仕方なかった。


隊員「...」


隊員(もうCaptain自体の身体は限界だ、これ以上の負傷は死に直結する...)


隊員(なのにどうして、ウルフは撃てるんだ...?)


魔王妃「...うぅ」


頭の中ががんじがらめになる。

だがソレは、介抱していた女の苦しそうな声で一時的にほどける。

先程彼女の口を封じていた大きめのハンカチで患部を思い切り締め上げた。


魔王妃「い、痛い...っ!」


隊員「我慢しろ...これでも血が完全に止まっていないんだぞ...」


隊員は魔王妃の側に寄り処置をしていた。

だが状況は悪くなるばかり、血は止まらないうえに魔女は抑えられている。

ウルフも果敢に行動しているが、結果は目に見えてわかってしまう。
100 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:26:46.30 ID:ooAlurkw0

隊長「────"光魔法"」


────□□□□□□□□□□□□□□...

あたりを再三照らすのは、この邪悪な光。

それに前にして魔物はすべての行動が許されなくなる。

ウルフの戦術はあっという間に潰されてしまった。


ウルフ「──う...」ドサッ


隊長「...これでもう全滅か?」


この場にいる魔物はすべて光に屈服した。

動くことができるのはもう隊員という男しか残っていない。

だが彼はもう撃てない、これ以上撃つと隊長が死んでしまうことをわかってしまっているからだ。


隊員「...」


隊員(どうする...動けるのは俺しかいない...状況を打破するには攻撃するしかない...)


隊員(だが...それが許されるのはこの銃のみだ...接近して体術をキメようなら闇魔法とやらが俺を確実に殺す)


隊員(しかしそれではまずい...これ以上発砲してみろ...)


これ以上発砲すればどうなるのか、それはこの世界の住民だからこそ理解できてしまう。

無数の銃痕とやけど、普通の人間ならとうに意識を失い危篤な状態なのは間違いない。

今は魔物という強靭な精神がその身体を無理やり動かしている。


隊員(...本末転倒だ、Captainを救うためにはCaptainを殺すことが前提になる)


隊員(一体どうやって...あの身体から、あの憎たらしい偽物を追い出せるのか...)


ドッペルゲンガーを祓うには自らの意思での離脱を促さなければならない。

先程の魔王妃による熱風がいい線をいっていたのは間違いない。

だがそれだと駄目、卑劣なことに偽勇者は人格を巧妙に入れ替え隊長を身代わりをする。


隊員(...もう無理だ、答えはでない...矛盾がどうしても貫けない)


隊員(...諦めるしか、ないのか)


その時だった、彼が視界に捉えた。

それは先程果敢に行動をしていたあの女の子。

倒れ込んだウルフは、落としてしまったハンドガンを握りしめていた。
101 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:28:01.27 ID:ooAlurkw0

ウルフ「......ッ」


隊員「...ッ!」


隊員(なぜ...ウルフは撃てるんだ...?)


隊員(Captainを殺してしまうかもしれないんだぞ...?)


隊員(一体、私と何が違うんだ────)ピクッ


何が違うのか、そのフレーズが彼の頭を貫いた。

そして隊員は見えてしまう、その決定的な差を。

彼女の純粋な瞳が答えを導きだしていた。


隊員「...」


隊員(あぁ、そうか...そういうことか...)


隊員(そんな単純なことだったのか...私とウルフとの差は...)


それは先程まで自分が持っていたもの。

先程の精神攻撃でいつの間にか道に捨てていた。

彼に足りなかったのかただ1つ。


隊員「──Stay true to your toughness...Captain?」スチャッ


──ダァァァァンッッッ!!

足りなかったのは隊長への信頼。

ウルフは信じていた、隊長という男がこの程度で死なないという根拠のないことを。

小さめのショットガンから唸る射撃音、偶然にも彼自身の身体への負担を減らす箇所に着弾する。


隊長「ぐっ...今更になって攻撃してきたか────」


身体に走る違和感、それは熱源の感知。

一体どこからこの高熱は発生しているのだろうか。

答えは明白、それは着弾箇所。


隊長「──なっ...なんだこれはっ!?」


身体が小規模に燃え始める。

まるでそれは竜の息吹、特殊な弾薬が可能にする科学兵器。

この炎は魔法によって造られたものではない、よって光は無意味である。
102 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:29:22.78 ID:ooAlurkw0

隊長「──がああああああああああああああああああああああああっっっ!?」


隊員「...Get out of my face...Bitchッ!」


そして彼は耳を澄ませる。

この後の行動などもう確定している。

先程見せてくれた、卑しいあの身代わり。


隊長「──ああああああああああああああああああああッッッッ!!」


隊員「────ッッ!」ピクッ


さっきとは違う、風魔法による轟音などない。

自分の意識はすべて聴覚に集中させている。

そしてようやく聞こえたその声を、聞き間違えるわけがなかった。


隊員「──飲めッ! そして水をぶちまけろッッ!!」グイッ


彼が取り出したのは小瓶。

これはどこで誰によって渡されたものなのか。

それがどのような効力を持っているのか、明白であった。


魔王妃「────"水魔法"」


魔力を含む薬品、それが可能にするのは水の大砲のような魔法。

だが身体にまとった光がその規模を小さくさせ、まるで水鉄砲みたいな威力にまで抑えられる。

しかしこの状況で、どのような量でも水を自在に出せるということがどれほど素晴らしいことか。


隊長「────ッッ!!」


──ばしゃぁっっっ...!

まるで大きめの水風船をぶつけられたかのような水量。

だがそれでいい、それによって起こるのは消火。

人格入れ替えにより身代わりになった彼は熱にうなされずに済む。


魔女「...今よっ!」


────■■■...

どこからか闇の気配を感じる。

この質は偽勇者のモノではない、ならば答えは1つ。

だがなぜなのか、ソレは魔女の近くから発せられた。
103 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:30:09.12 ID:ooAlurkw0










「...精神世界に逃げ込めるのは、あんただけじゃないのよ」









104 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:31:41.17 ID:ooAlurkw0

その見た目は、とても華麗で可愛らしい女の子。

その色合いは黒く影のような、それらが意味するのはとある事実。


隊長「...憎たらしいほど似ているな」


ドッペル「そう? 感謝しなさいね...愛しの見た目なんだから」


このドッペルゲンガーは魔女の見た目をしている。

つまりは、宿主を隊長から彼女へと移り変えたのであった。

だからこそ可能だった、精神世界へ身を隠せば魔法の影響など受けないのだから。


ドッペル「...さっさと出て行って、この泥棒ネコ..."闇魔法"■■■■」


──■■■■■■■■■■■■...

魔女の見た目、魔女の声色をしたドッペルゲンガーが隊長の胸元へと手を添え姿を暗ます。

そして聞こえたのは闇の擬音、だが確認できたのはその音だけだった、この魔法はどこで発動しているのか。


隊員「...消えたぞッ!?」


魔王妃「違います...彼...いや、今は彼女ですか...彼女はあの男の精神世界へと入り込んだみたいです」


隊員「...つまり、どういうことだ?」


魔王妃「...敵本拠地に強行突破しました」


その様子は他者からは伺うことができない。

唯一状況を把握できるのは、当の本人であった。

彼のその調子を見れば答えは明白である。


隊長「──うッ...あの馬鹿...闇を出しすぎ...だッ!!」フラッ


魔女「予め私の中でずっと詠唱してたもの...とてつもない量を瞬時に出していると思うわ...」


この2人に襲いかかっているのは猛烈な嫌悪感と吐き気。

特に魔女、ドッペルゲンガーの宿主になったのはついさっきである。

治癒魔法や魔法薬ではどうすることもできない痛みが彼らの動きを鈍くさせていた。


隊長「────来るぞッッッ!!!」


──□□□□□□□□□□□□ッッッ!!

彼の身体には3人の人格がある、今の主人格は間違いなく隊長である。

その彼から叫ぶこの言葉、なにが出てくるのは音で認識できる。

ついに宿主を失った彼女が生まれる。
105 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:32:09.98 ID:ooAlurkw0










「────"結界魔法"」









106 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:33:55.86 ID:ooAlurkw0

だがその姿は誰にも目視することはできなかった。

眩い逆光が、その早すぎる詠唱が、魔法による影響が。

様々な要素が偽勇者の身を隠した。


隊員「──何が起きた...?」


魔王妃「...結界魔法です、自分だけの空間を作り込み他者の介入を拒む魔法ですよ」


魔王妃「どうやら突然湧いて出た闇を打ち消すより、離脱のほうが有効だと判断したのでしょうね」


隊員「つまり...奴は戦線を一時離脱したということか」


魔王妃「そういうことになります...わざわざ結界を作り出したのなら、すぐには復帰するとは思えません」


隊員「なら、今のうちに戦況の確認を...それとお前の処置も完全に終わっていない」


そう言うと彼は足早にこの場を去っていった。

未だに身体には光の属性付与が、未だに右足からは出血が止まらない。

それなのに微かとはいえ意識があるこの状況、奇跡としか言いようがなかった。


ウルフ「...だいじょうぶ?」


それを心配したのか1人の狼が寄り添ってくれた。

その毛並みは魔王妃の身体に触れ、とても触り心地のよい感覚が彼女を癒やす。

横になりながらも彼女は質問を投げかけた。


魔王妃「...どうしてここに? あなたのご主人は身体を取り戻したというのに」


ウルフ「えっとね、今は魔女ちゃんに譲ってあげてるの」


魔王妃「そうなんですね...」


ウルフ「それにね...ううん、なんでもない」


ウルフにはわかっていた、野生の感なのだろうか。

死が近い者に寄り添う、それは数多の動物が行ってきた行動。

今この魔王の妻が必要なモノがここに存在していた。


魔王妃「...ごめんなさい、お言葉に甘えます」


ウルフ「うん」


──ぽふっ...

彼女が必要だったのは気を許せる相手であった。

たとえ人型だとしても、ウルフは狼であり犬でもある。

犬相手にわざわざ気を使うことはない、これはアニマルセラピーと形容できる。
107 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:35:24.74 ID:ooAlurkw0

魔王妃「────もうすぐだからね..."勇者"...そして"あなた"...」


ウルフ「...」


ウルフは無言で尻尾を魔王妃の顔面に乗せていた。

そこから感じるのは少しの湿り気、だが彼女は追求せずにただ乗せるだけ。

そしてウルフは、遠目でご主人たちの再会を眺める。


魔女「...おかえり」


隊長「...ただいま」


その言葉にどれだけの意味が込められているのか。

たった4文字のソレをどれほど待ちわびていたのか。

だが彼らは目頭に涙も貯めずに、淡々と会話を続けていく。


魔女「...手、握ってくれない?」


隊長「あぁ...」


──ぎゅっ...

どこか力強い不器用な男の握手、それが魔女の感情を落ち着かせる。

ようやく実感ができた、これは間違いなく、彼の手だ。


魔女「あなたも大変ね、異世界に飛ばされて変なのに取り憑かれて、さらに変なのに身体を乗っ取られて...」


隊長「我ながらそう思う...我が身の出来事の多さに...それに自分の身体がこれほど頑丈だと思わなかった」


魔女「...傷だらけね、ごめんね...まだ光魔法の影響で治癒魔法が唱えられないの」


隊長「...大丈夫だ、まだ魔法がなくても生きていける...死なないさ」


魔女「ふん、どうだか...心配する人の気持ちも考えてね」


それ以降の会話は続かなかった。

お互いはお互いの瞳を見つめるだけの、濃い時間が流れていく。

その様子を見た部下はどのようなコメントを残すのか。


隊員「...Captainにもついに春がきたみたいだ」


ウルフ「あ、おかえりっ!」


隊員「あぁ、ただいま...ところでコレはどうした?」


コレというのは、尻尾で魔王妃の顔を包んでいるこの状況。

だがウルフはそれをどかそうともせず、ひたすらに彼女の顔を隠し続ける。

そして毛むくじゃらの中から声が聞こえた。
108 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:36:55.00 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...おかえりなさい、すみません...ただいま夫以外に見せらない顔をしているので」


隊員「まぁ...俺も同じことされたらそうなると思うが...ずいぶんと余裕だな、足が千切れているんだぞ?」


魔王妃「そうでしたね...もう痛みなんて感じていないので...」


隊員「...脳内物質が痛覚を遮断しているのか、どちらにしろその状態が続くと死ぬぞ」


隊員「ひとまず、近場の店に備えてあった救急箱を勝手に持ってきた...まずは消毒して包帯を巻くぞ」


魔王妃「ありがとうございます...助かります」


その言葉を受け入れると隊員はテキパキと処置し始めた。

テロリストとはいえ女性の、それも人妻の脚に触れる。

だが彼に働いている感情はそのような邪なモノではなかった。


隊員「...生きているのが不思議でしかたない」


魔王妃「できれば治癒魔法を唱えたいんですがね...光が強すぎて効力が出る前に抑えられそうです」


隊員「ん...? でもさっきは水魔法とやらを出していたじゃないか」


魔王妃「水魔法はあの男の人に向けて放ちましたが...治癒魔法はそうとはいきません」


隊員「...あぁ、そういうことか」


魔王妃「治癒魔法の対象は私自身の身体です...が、現在光が恒久的にまとわりついているので...」


対象が自分以外ならば、光がすべてを抑えきる前に自身から距離を取ればなんとか発動させられる。

だが治癒魔法は違う、傷が治るまで魔力で自身を治さなければならない。

仮に唱えても1秒程度しか効力を発揮できない、足を切断しているのにその秒数はあまりにも足りない。


隊員「...染みるぞ」


会話を続けながらも彼は処置を続ける。

消毒液を患部に浸透させる、いまさらかもしれないがやらないよりかはマシ。

それを終えると次は丁寧に包帯で包み込む。


魔王妃「...膝から下の感覚がありませんね、とても不思議な気持ちです」


隊員「随分と他人事だな...」


魔王妃「私の世界では四肢欠損はよくあることですから...まぁ"素早く"処置すれば欠損なんて治る怪我ですからね」


隊員「..."素早く"、か」


素早く処置をすれば、その言葉に詰まってしまう。

過去に魔女が魔剣士の腕を治したように、彼女の言葉通り治る怪我である。

だが今は違う、どう考えても手遅れだった。
109 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:39:04.47 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...残念ながら、もう遅いですね」


魔王妃「そもそも、爆破によって右足がどこかに行ってしまいましたからね...」


隊員「治しようがないか...」


魔王妃「...闘うということは、こういうことですから」


魔王妃「気の毒だと思わないでくださいね、あなたも戦士ならおわかりでしょう?」


隊員「...」


図星で言葉がでなかった。

彼がしている仕事、そこでは欠損は愚か死者すら出てしまう。

だからこそ理解してしまった、むしろ先程の激戦で死者がでなかっただけ良しと思えていた。


隊員「...」


魔王妃「...どうかしましたか?」


隊員「...いや、なんでもない」


あの時、正常な判断をしていればこのようなことにはならなかったかもしれない。

あの時、引き金が鋼のように重くなければこんなことにはならなかったかもしれない。

そしてようやく、彼が思いを告げる。


隊員「...私と一緒に戦線を離脱してくれ」


その言葉にどれほどの感情が詰まっているのか。

彼は背負いすぎていた、その性格故に。

彼女の脚が奪われたのは自分自身の責任であると勝手に思っている。


魔王妃「...自責ですか?」


そう思われても仕方なかった、どう見てもこの男は負い目を感じている。

それは赤の他人である彼女ですら察してしまう程。

だがそれは真実ではなかった、この言葉の真意はとてもキツいものであった。


隊員「...まともに立てない奴は邪魔にしかならない」


ウルフ「...っ!」


その言葉にウルフは思わず反応してしまう。

微かに体毛が逆立つ、隊員の放った一言に怒りを覚えてしまっていた。

その憤りには意味はない、ただどうしてそんな冷たい言い方ができるのかということに毛を荒立てる。


魔王妃「...」


彼女が闘う理由、旧知の友である勇者を謳う偽物を抹殺するためにわざわざ世界を跨いだ。

だというのになぜこんな若造にそのようなことを言われなければならないのか。

だが彼女が感じた感情は怒りではなく、もっと別の静かなモノであった。
110 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:41:02.25 ID:ooAlurkw0

魔王妃「...今の私は立つことは愚か、魔法すら唱えることができません」


魔王妃「いえ...たとえ魔法が唱えられたとしても、きっと足を引っ張ってしまいます」


片足を失うということはそれだけで劣勢を招いてしまう。

だが彼女は冷静であった、薄々と見えていた諦観がスラスラと言葉を綴る。

しかしどうしても1つ疑問が残っていた。


魔王妃「ですが、なぜ貴方も共に離脱するのですか?」


隊員「...消去法だ」


隊長「...」


なにを根拠に彼はそう選択したのか。

そして気づけば隊長と魔女は近くに寄り話を聞いていた。

彼はそれに臆さずにプレゼンテーションを続けていく。


隊員「先程の闘いで要だったのは、間違いなくお前と...魔女だ」


隊員「だが、お前は残念だが離脱を余儀なくされた...つまり魔女は何があっても最前線に立つしかない」


隊員「...残りは私とウルフと、ドッペルゲンガーだが...後者は言うまでもない、必要だ」


隊員「つまり、私とウルフのどちらかがお前を救護しなければならない...戦線離脱者を1人にすることはできない」


隊員「...しかし、先程は私もウルフもいなければこの集まりは壊滅していた...そのはずだ」


消去法が絞れてきた、だが隊員の言う通り全員がいなければどうなっていたのか。

ここまでの話を否定するものは誰もいなかった、だがここからなぜ隊員が離脱することになるのか。

それは先程とは違う決定的な差異が答えを導き出していた。


隊員「...人間という強みは私じゃなくても作り出せる、今はCaptainが復帰したからな」


隊員「少なくとも彼は、私なんかよりも魔法に詳しいはずだ...それに」


隊員「...どう考えても、私より強い」


魔女「...っ」


一番に反応してしまったのは、魔女であった。

隊員の放ったその言葉、どうしても鵜呑みにできてしまっていた。

隊員よりも隊長のほうが強い、だから隊員は離脱する。


隊員「...ですので、あとはお願いします」


隊長「...」


本来ならば彼も戦線を離脱せざる得ない傷をうけている。

やはり隊員の感情の奥底には、自責も込められていたに違いない。

だからこそ、隊員という男は自らを退けたのであった。
111 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:43:06.50 ID:ooAlurkw0

隊長「...」


沈黙が意味するのは葛藤であった。

冷静に考えを改め、逆に自分自身を離脱させ隊員に続投させるべきなのか。

それとも彼の眼差しを無碍にすることなく、それを受け取るべきなのか。


ドッペル「...悪いけど、あんたがいなければ私はなにもしないわよ」


だがその選択を決めたのはこの魔物であった。

頭の中で響く最愛の人物の声、だがこれは偽物。

その声色の主がようやく彼の身体から姿を現した。


魔女「...どういうつもり?」


ドッペル「言葉通りよ、私の目的はあの光を宿主から追い出すこと」


ドッペル「目的はもう果たされたわ、あいつはこの身体から離脱しているわよね」


魔王妃「...これだからドッペルゲンガーという種族は」


この土壇場の時に、闇魔法というカードが失せようとしていた。

魔王妃のため息に反応して隊長は頭を軽く抱え、ウルフは警戒心をむき出しにする。

だが隊員と魔女だけはドッペルゲンガーの真意に気がついていた。


隊員「...見事なまでにアレだな」


魔女「あら気がついたの? さては経験豊富?」


隊員「いや、人並みにしか経験していないが...このようなのは何度も見てきた」


ドッペル「...なによ」


なぜこの魔物の姿が今も魔女のままなのか。

隊長という宿主を取り戻したのならば、見た目を元通りにしてもいいはずなのに。

その理由は簡単であった、ドッペルゲンガーというのは宿主に偽装する者。

魔女という女に姿を変えたのが運の尽き、もしくは幸いなのか。


魔女「さっきの話の通りなら...キャプテンがいるなら闘ってくれるってことよね?」


ドッペル「まぁ仕方なくね...苦労して取り戻したこの身体を失うわけにはいかないもの、だから手を貸すのよ」


隊長が闘うというのならそれに伴うのは死の危険性。

だが闇という魔法があれば、その危険性は格段に減少させることができる。

せっかく苦労して取り戻したこの宿主を見殺しにするのは惜しい、だから手を貸すと言っている。
112 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:46:19.73 ID:ooAlurkw0

魔女「...本当にそれだけ?」


ドッペル「...?」


しかし、そのような利己的な思考の裏には別の感情が無意識に存在していた。

今現在の見た目は魔女、つまりはドッペルゲンガーは魔女になりきっている。

幾度となく日本のコミックスを読破した隊員にはこう見えていた。


隊員「...見事な"ツンデレ"だな」


ドッペル「ツン...デレ...?」


魔女「あんた、キャプテンのことをどう思っているか口にしなさいよ」


ドッペル「えっと...冷静に見えていて内に秘めた感情が豊かで...良質な餌になり得そうで...」


まず始めに口走ったのは、己が隊長に固執する理由。

至高の絶品という訳ではないが、良質な食事になることは間違いない。

だが彼女は彼女である、だからこそソレ以上の言葉が無自覚に続いてしまった。


ドッペル「...頼りがいがあって...逞しくて...それに格────っ!?」ピクッ


なぜそのような言葉が続くのか。

それは単純、この魔物は魔女に一度取り憑いてしまったからである。

宿主に偽装するということは宿主になりきってしまうということ、それをようやく自覚できた。


ドッペル「──まさかこれが狙いっ!? 謀ったわねっ!?」


魔女「あんな状況でそこまで考えてられないわよ...」


ドッペル「ゆ、許さない...これじゃ...これじゃっ!!」


隊長「...これじゃ?」


その言葉に感情が揺さぶられている。

なぜここまで鼓動が激しくなっているのか。

感情を喰らうものが、感情に振り回されている。


ドッペル(この女...まさか想い人の言葉1つ1つにここまで喜んでいたのね...)


ドッペル(2人同時に...それも恋人同士に取り憑いたのは初めてで考えもしなかった...っ!)


ドッペル(身体が熱い...愛という感情はこれまでだったのね...これじゃ...もう...)


ドッペルゲンガーに植え付けられたのは愛しの人物を思う感情。

それを前に抗える乙女など存在しない、影の彼女は帽子を深くかぶり目元を隠してしまった。
113 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:48:03.04 ID:ooAlurkw0

ドッペル「...ともかく、きゃ...きゃぷてんが闘うのなら、私も手伝うわ」


隊長「お、おう...そうか、それは助かるが...」


隊員「...決まりだな、私たちは一度離脱をする」


魔王妃「わかりました...ですが、渡したいものがあります」


隊員「それは私もだ...まずウルフ、こっちにおいで」


ウルフ「うん?」


そう言うと彼女は軽く尻尾を揺らしながら近寄ってきてくれた。

すると彼はあるものを取り出すとともに、言葉を告げる。

それは隊長の手持ちを見れば当然の判断であった。


隊員「そのハンドガン、Captainのモノだろ?」


ウルフ「そうだよ」


隊員「...今、Captainはほぼ丸腰だ、その手に持っている方を返した方がいい」


ウルフ「あ、そっか...そうだねっ!」


隊長「あぁ、そうか...朧げだが、アンチマテリアルで俺のアサルトライフルが破壊されたんだったな」


今彼が持っているものはナイフと手榴弾だけ。

これでは闘うにも闘えない、ならば2丁の銃を持っているウルフがソレを差し出すのは当然とも言える。

だがハンドガン1つじゃ心もとない、そんな2人に隊員は更に装備を明け渡す。


隊員「...それで、これを使うといい...使い方はわかるな?」


ウルフ「これって...」


隊長「ソードオフのショットガンか...それに弾薬はドラゴンブレスだったな」


隊員「その通りです、これなら心強いでしょう...Captainにはこれを」スッ


彼が隊長に渡したもの、それは見覚えしかない武器。

これは部隊に支給された指定の代物、その見た目の違いは1つもない。

隊長が持っていたアサルトライフルと同じモノが譲られた。


隊長「...手に馴染むな、支給品なだけはある」


隊員「メンテナンスはバッチリです、どうかご活用ください」


隊長「あぁ...わかった」


その銃には隊員の念が込められている。

できることなら彼も続投したかった、そして隊長を蝕んでいたクソ野郎に一発ぶちこみたかった。

しかしそういう訳にはいかない、負傷者を介抱するのも大事な役割である。

強い責任感と淡い自責の感情を背負い、彼は隊長に全てを託す。
114 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:49:11.79 ID:ooAlurkw0

隊長「...迷惑かけたな」


隊員「いえ、無事にこうして...戻ってこられただけでも十分です」


隊員「それに...Captainが年下の女性にゾッコンな様子を見れましたしね」


隊長「...お前、覚えておけよ」


思わず鼻で笑い合ってしまう。

先程まで地獄のような光景を目の当たりにしていたのに。

隊員は苦しむ隊長を、隊長は仲間たちに手をかける光景を見ていたのに。


魔王妃「...これをどうぞ」スッ


魔女「...これって」


そんな彼らを尻目に彼女が渡してくれたのは小瓶。

先程隊員に渡したものと同じ、魔法に関する薬品である。

しかし魔女にはわかった、これがただの代物ではないことに。


魔女「...魔力薬ね、てっきり魔法薬だと思っていたわ」


魔王妃「その通りです、市販の魔法薬では魔力回復量などたかが知れています」


魔王妃「ですけど自作の魔力薬なら瞬時にして、私の魔力量の限界値まで得ることができますからね」


魔力薬の応用的な使用方法であった。

本来魔力薬というモノは、他者に自分の魔力を一時的に分け与えるモノである。

だがソレを自分自身に使えば、自分に自分の魔力を分け与えるという意味のない行動にも思える。


魔女「光への対策用に作ったのね、光魔法で魔力を失ってもこれを飲めば...」


魔王妃「平常時に作った魔力薬ですから、0になった私の魔力から一気に平常時までの魔力量を底上げしてくれます」


以前女賢者が説明してくれた数字の話。

彼女の魔力、その数値が100だとすれば、魔力薬に含まれるその量も100になる。

だがその100という数値はあまりにも大きい、魔王妻の魔力量とはとても凄まじいモノである。

市販で売っている魔法薬では、わずか10ぐらいしか回復できないであろう。

だが魔力薬なら話は別、光によって0にされた魔力を一気に100まで回復できる。


魔女「そうか、そういう使い方もできるのね...私も魔力薬の作り方を覚えたほうがいいかしら」


魔王妃「そのほうが懸命だと思いますが...今教えられるほどの余裕はありません」


魔王妃「ともかく、もし窮地に陥ったらこれを飲んでください...必ず力になるはずです」
115 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:50:32.37 ID:ooAlurkw0

魔女「わかったわ、大事に持っておくわね...でもいいの?」


魔王妃「光魔法により奪われた魔力は回復できますが、今は属性付与により恒久的に魔力を抑えつけられています」


魔王妃「今の私には使いようがありません、どうかご活用くださいね」


その小瓶に秘められた魔力はとても膨大なモノ。

魔女はそれを彼女から受け取った、そしてそれを衣服の収納にしまう。

すると聞こえたのは、少し耳障りな甲高い音。


魔女「...あれ、これって」


隊長「──グッ...!?」


その時だった、彼女は意識を別の方へと飛ばす。

声の主は愛しの人物、それは苦悶のうめき声に近いモノであった。

当然であった、彼は幾度となく炎を受け銃弾に襲われたのであった。


隊員「...大丈夫ですか?」


隊長「あ、あぁ...大丈夫だ...」


ドッペル「...あまり無茶しないほうがいいわよ、現実では様々な攻撃を受けたのよ」


ドッペル「それに光を追い出すために精神世界で大量の闇を放出したのよ、いつ倒れても不思議じゃないわ」


心身ともに、多大な負傷を受けている。

正直なところ彼もすでに立つことが限界にきている。

それは隊長自身も自覚している、ならなぜ先程の隊員の言葉を飲み込んだのか。


魔女「..."治癒魔法"」


──ぽわぁっ...

理由はこの暖かい魔法、その優しい光が隊長の闘志をみなぎらせる。

光によって一時的に奪われていた魔力が時間を経て少しばかり回復していた。

そしてその光は彼だけではなくこの場にいる皆も包み込む。


隊長「...相変わらず、心地いいな」


魔女「ここまで効き目があるのは、あなただけよ」


その光は隊長の身体をみるみる癒やしていく。

身体に残ったやけど痕、銃傷による痛々しい傷跡。

そしてわずかにも垂れ流れていた血液が止まる。
116 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:51:30.07 ID:ooAlurkw0

隊員「──ッ! 凄まじいな...部隊に欲しいぐらいだ」


ウルフ「ありがとうっ! 魔女ちゃんっ!」


魔女「どういてしまして...だけど...」


周りにいた皆も癒やしていたはずだった。

しかしどうしても1人だけはそうともいかない。

時間経過ではどうすることもできない、嫌がらせのような属性付与が治癒を拒ませていた。


魔王妃「構いませんよ、最低限の処置はしてもらいましたから...気に病む必要はありません」


隊員「...厄介だな、この光というモノは」


魔王妃「そうなんですよね、この光自体に殺傷能力はありませんが...鎮圧力が凄まじすぎるんですよね」


魔王妃「...っと、光属性に関する愚痴など山程ありますから、ここまでにしておきましょう」


それを言い終わると彼女は指を向けた。

そこにあるのは、魔法で作られた空間の壁。

この光景、隊長たちは一度みたことがあった。


魔王妃「...魔王子に会ったということは、この結界魔法のこじ開け方をご存知ですね?」


隊長「あぁ...あの時はユニコーンの魔剣を使って、一時的かつ局地的に結界を破り侵入したが...」


魔女「...今はその魔剣を持っていないわ、魔王子に託したからね」


魔王妃「なるほど、そういう訳でしたか...夫の結界が破れていないのに魔王子が抜け出した理由がわかりました」


魔王妃「ですが、大丈夫です...あれは魔王が作り出した闇の結界ですから」


魔王妃「今回のこれは...見た目でわかりますでしょうか?」


記憶を辿る、過去にみた結界は2種類。

1つは魔王の創り出した黒い結界、もう1つは大賢者が創った無色の結界。


魔女「...え、もしかして補助魔法なのに属性が関与しているってこと?」


隊長「俺が読んだ本では補助魔法は無属性の扱いになってたはずだが...」


彼が言っている本というのは、向こうの世界で初めて手にした書物。

基礎魔法学の教本、そこには隊長の言葉通りの記載が載っていたはずであった。

だが現在目の前に広がっている結界魔法の色がソレを否定する。
117 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:52:28.46 ID:ooAlurkw0

魔王妃「簡単な話です、属性付与ですよ」


魔王妃「夫は実の息子を抑え込むために、圧倒的な質を誇る闇を結界魔法に纏わせていました」


魔王妃「だから魔王子が闇を持って暴れても、破壊することができなかったわけです」


同時刻程に別世界では魔王が歴代最強の魔王に刺されていた。

つまりはそういうことである、圧倒的な質の差の前には上位属性の相性など無意味。

だからこそ可能な方法が導き出されていた。


魔王妃「...魔王の結界を抜けた時の逆のことをすれば通れます」


あの時は光で闇の結界を抜けた。

ならば逆となると、闇で光をこじ開けることになる。

それができるのは1人しかいない、どうしても彼女の手を借りなければならない。


ドッペル「...」


彼女が見つめる先には白き魔法が展開している。

その圧倒的な質の差に、並大抵の闇など歯が立たない。

だがそれでいい、光が闇を抑えようとした時に生まれる隙を作り出せれば。


隊長「...頼めるか、ドッペルゲンガー」


ドッペル「...」


なぜこの魔物が手を貸さなければならないのか。

その答えは実に単純であり、それでいて業の深いモノ。

捕食の対象が、どうしてここまで愛おしく思えてしまうのか。


ドッペル「...仕方ないわね■■■■」


快諾、そうとしか表現できない返答速度であった。

その様子を確認すると3人は急いで移動を始める。

質の差により闇が作り出してくれる入り口はごく僅か、それでいて刹那。


隊員「────GET THE VICTORY」


そして隊員は勝利の言葉を彼らに向けた。

それを受けた隊長は静かに親指を立てた。

ただそれだけだった、僅かな出来事ではあったがソレを確認できただけ十分であった。


〜〜〜〜
118 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:53:47.50 ID:ooAlurkw0

〜〜〜〜


??1「...何だこれは?」


ある男性がそうつぶやく。

そこには倒れている女の人が存在していた。

しかし、発している言語は全く理解できない。


??1「...知らない言語だな」


この男、独り言が激しいタイプであった。

なにか作業をしながらも、倒れている女性を相手に話しかけている。

だが返答も虚しく、聞いたことのない言葉を耳にすることしかできずにいた。


??1「...格好もまるで、どこかのおとぎ話に出てきそうなモノだね」


??1「まぁいい...これもなにかの縁かもしれない、奇縁というべきか」


??1「私の生まれた国では縁を大切にするものだ...これから仲良くしようじゃないか」


??1「とにかく、その言語を教えてくれないか? それと血液を採取させてもらおうか」


白衣の男が倒れている女性に迫りよる。

他者を拒みがちな彼が、このような奇縁で琴線に触れてしまった。

注射器片手に迫りくるその姿はなかなか恐ろしいモノであった。


??2「...□□、□□□□□□□□?」


彼女が放った言語はとても白かった。

そしてその表情はどこか柔らかく妖艶。

まるで獲物を見つけた獣のように、はたまた孤独から開放された乙女のような顔つき。


〜〜〜〜
119 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:55:43.16 ID:ooAlurkw0

〜〜〜〜


隊長「...ここは」


──□□□□□□□□□□□□□□...

あたりからは光の言語が響く。

日本語は愚か、英語ですら当てはめることのできない音。

不思議な感覚が彼を包んだ、しかし彼女らはそうではなかった。


魔女「...なんか、どこか懐かしいような」


ウルフ「うん...どっかで聞いたことある...かも」


ドッペル「...」


ここは偽勇者が創り出した結界の内部。

光の属性付与が関与しているはずだが、身体の調子は平常通り。

どうやら付与されていたのは結界の境界線のみだった様子であった。


ドッペル「...気をつけて、もうすぐよ」


魔女「そうみたいね...だいぶ近づいてるわ」


隊長「...わかった」


内部に侵入して数十分が経とうとしていた。

歩み続けることで、ようやく視認することができる。

だがその直前に影の魔女が動きを見せる。


ドッペル「...身を隠してもいいかしら、あんたの身体に」


隊長「...あ、あぁ...いいぞ?」


今までなら一々確認など取らずにいただろう。

すこし不自然な印象があるが、隊長はそれを受け入れた。

それがどれだけ残酷なことなのだろうか。


ドッペル「...」


そして彼女が隊長に触れると姿を消した。

その表情は魔女のモノであり、わかりやすくもわかりづらい。

矛盾めいたその感覚、男である隊長には永遠に理解ができないであろう。


隊長「...もうじきか」


ウルフ「すごい...気配がするよ...」


魔女「これが奴の本気ってことかしら...とてつもない魔力を感じるわ」


隊長「...」スチャ
120 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:56:17.70 ID:ooAlurkw0










「...結界を抜けてきたところを見ると...あのドッペルゲンガーが手を貸したというところか」









121 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:57:21.84 ID:ooAlurkw0

声が聞こえる、その言語は馴染みのある日本語。

中性的な声色の彼女が投げかけてきたのは考察であった。

ソレは見事に的中するが、だからといってどうもすることはない。


隊長「...これが敵の本体ってわけか」


魔女「これが過去にいた勇者ねぇ...そしてその魔力か...」


ウルフ「...」


ウルフはすでに感じていた。

その圧倒的な実力差に、とてもじゃないが敵う相手ではないことに。

だが今は勇気が彼女の足を支えている、手に持つこの銃器が力を湧かせる。


勇者「...愚かな、勝てると思っているのか...」


勇者「私は歴代最強と謳われている魔王を滅ぼした勇者だぞ...?」


────□□□□□□□□□□...

あふれるばかりの光が産まれる。

それが意味するのは始まりであった。

これが最後の決戦、第一声はもちろん彼が。


隊長「──来るぞッ!」


魔女「──わかってるわよっ!」スッ


彼女が取り出したのは、小瓶。

切り札を早速出すのには訳があった。

最強の光を持つ者の前に、出し惜しみなど破滅に向かうことになるからだ。


勇者「──"光魔法"」


魔女「────っ!」クピッ


──□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□...!

身体に感じる異物の魔力。

本日2度目の魔力薬が身体を蝕む。

まるで蟒蛇に締め付けられたかのような痛みをこらえながらも彼女は言葉を綴る。


魔女「────"転移魔法"」


──シュンッ...!

見よう見まねで彼女が唱えたのは今までの強敵が散々使ってきた魔法。

魔王妃という卓越した魔力が可能にするのは、瞬間移動であった。

視界が変わる、隊長が見えた光景は勇者の背中。
122 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:58:18.96 ID:ooAlurkw0

隊長「──Eat that you」スチャ


──ババババババババッッッ!!

その弾幕はなにも帯びずに放たれた。

ただの銃弾がこの場面において有効的である。

このような代物は光魔法ではどうすることもできないからだ。


勇者「チッ..."闇魔法"」


──■■■■■■■■■■ッッ!!

光に比べ、非常に貧弱な闇が銃弾を飲み込んだ。

だがそれはあまりにも危険な行為であった。

ここに魔王妃が居れば、この闇魔法の合間を狙い撃つだろう。


魔女「──"雷魔法"っ!」


────バチンッッッ...!!

その威力は彼女が今まで放ってきた魔法の中で最強。

もともと得意だった雷の魔法、それが魔王妃の魔力で強化されている。

光魔法は真反対の方へと、闇魔法はその貧弱さ故に死角だらけ、そして新たに魔法を唱える暇などない。


勇者「────うっ...!?」


闇の隙間を稲光る強烈な一撃が彼女の身体へと直撃する。

たとえ魔物の身体だとしても、たとえ勇者という上質な肉体だとしても。

魔を統べる王の妻が介するその雷はとてつもないモノ。


ドッペル「──"属性付与"、"闇"」


その魔法は彼を強化する。

隊長のアサルトライフルが黒く染め上がる。

それが意味するのは1つしかない、追撃だ。


隊長「──OPEN FIREッッ!!」


────ババババババ■■■■■■ッッッ!!

すべてを破壊すると言われる黒の魔法が付与されたソレはあまりにもインチキであった。

それを恐れた勇者がとる行動など1つしかない。


勇者「..."属性付与"、"光"」


────□□□□□□□□□□□□...

この時、勇者は初めてお披露目をする。

自らに付与させた光の威力というモノを。

その輝きは闇を喰らうだけではない、あたり全体に影響を与える。
123 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 09:59:39.26 ID:ooAlurkw0

魔女「──"転移魔法"っっ!!」シュンッ


ウルフ「...ッ!?」シュンッ


その場に残ったのは隊長だけであった。

魔女はウルフを連れどこか目視すらできない離れた場所へと離脱をする。

幸いにもこの光は、あの時見せられた地平線まで追いかけてくるようなモノではなくこの場に留まるモノ。


勇者「──ぐっ...う...っ!!」


光によって魔力に関わるモノ全てを制することができた。

だがそれだけでは駄目、現代兵器であるこの銃撃を防ぐことはできない。

とてもじゃないが目視でコレを避けることは不可能、武の達人ではない彼女では。


ドッペル「気をつけて、属性付与によってここ周辺じゃ魔法なんて一切使えないわよ」


ドッペル「魔女とウルフの援護は期待しないほうがいいわ、私もあんたの身体の中で状況を見てるわね」


隊長「...あぁ、わかった」


──......

身体にまとわり付いていたはずの闇が消え失せ黒の音が消滅する。

勇者により光の拠点が作られてしまった以上、この場を崩せるのは隊長の持っている武器だけになる。

隊長は改めて、力強くアサルトライフルのグリップを握りしめた。


勇者「まさか、本当に渡り合えると思っているのか?」


隊長「...どういう意味だ?」


その時だった、唐突に偽勇者は語りかけてきた。

まるで己にはまだ秘めたる力がある、そのような言い回しであった。

だが彼女は感情を喰らう魔物、これは動揺を誘うはったりかもしれない。


勇者「言葉通りだ...その武器だけで、私に勝てるとでも?」


隊長「...Bluffか? 悪いがその手には乗らない」


このまま勝利を掴める、そのような意味に聞こえるが真意は違っていた、隊長にはコレしかないのである。

銃という武器しかない、例え偽勇者が新たな力を見せてきたとしてもコレで抵抗するしかない。

ならばやるべきことは1つ、余計な感情で平常心を崩さずにいつもどおり冷静で振る舞うこと。


勇者「私は勇者だ、絶対的な力を持つ勇者だ」


隊長「...随分と溺れているな」


ドッペル「...待って」


どこか理性を崩し始めた偽勇者。

だが隊長越しに見ていた彼女はなにか予感を察知する。

それはすぐに目視することができた、彼女の両腕に光が、魔力が収縮する。
124 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:01:26.88 ID:ooAlurkw0

勇者「...もっと力を」


──□□□□□□□□□□□□□□□...

膨大な量の光が、魔力が偽勇者に集まりだす。

その規格外の魔力量にドッペルゲンガーは思わず声を上げる。


ドッペル「な、なにが起きようとしているの...?」


隊長「...光魔法か? だが人間の俺を相手に────」ピクッ


人間である隊長を前に光など無意味。

隊長はすぐに悟った、これこそがブラフであると。

しかしこの場においてわかりきった事実を行おうとする者などいるだろうか。


隊長「...油断はしないほうがいいな」


ドッペル「...正直、精神世界に逃げ込んでいる今でさえ足がすくんでいるわ」


隊長「...」


心の中にいる偽物の魔女が震えている。

その感覚は隊長にも伝わっていた、あれほどの魔物がここまで竦み上がっているとは。

彼には魔力を感じることはできない、だが目の前に展開している魔力量の規模が伺えていた。


勇者「...君は知っているか?」


隊長「...」


勇者「私がどのようにして、君に取り憑いたかを...」


沈黙を続ける隊長をよそに彼女は語り続ける。

なにかどうしても伝えたいことがある、そのような嬉々とした口調。

だがこの様子、隊長にはどこかで見覚えがあった。


勇者「..."研究者"」


その名はあちらの世界での奴の名前。

それを聞いただけで己の血液が沸騰するような衝動に駆られる。

だが彼はもう果てた、その事実を脳に納得させ冷静を保つ。


隊長「...」


ドッペル「そうよ、落ち着いて...衝動に駆られたら勝てる相手でも負けてしまうわ」


勇者「研究者ぁ...そう研究者だ...ふふ...」

125 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:02:59.10 ID:ooAlurkw0

隊長「...正気じゃないな」


ドッペル「...どうやら、知能はそこまで高いわけじゃなさそうね」


銃撃を何度も受けている、それは決定打に限りなく近い負傷である。

身体に走る痛みが彼女の理性を崩し始めていた、それにより露呈するのは。

勇者に取り憑いたドッペルゲンガー自体の知能の低さであった。


隊長「...力に見合った理性を持ち合わせていない、だから力に溺れているのか」


ドッペル「いくら勇者が賢かったとしても、取り憑いた本人が馬鹿なら意味ないわね...」


ここに偽勇者の行動理念の底が見えたような気がした。

この魔物は勇者という強力な人格を奪うことができてしまっていた。

一度味をしめてしまったら最後、その欲求は貪りへと変貌する。


ドッペル「だからこそ、ここで止めないとまずいわね...この世の全てを乗っ取るかもしれないわよ」


隊長「...」


たとえ知能が低くても魔法という超常現象を扱えてしまう。

特に危険なのが闇魔法である、黒い魔法の性能をなにも知らない軍隊が敵う相手ではない。

偽の魔女の言葉に、嫌になる程に説得力を感じてしまう。


勇者「ふふ、ふふふふふふふふふふふ...」


勇者「君と出会ったのは、どこだと思う?」


隊長「...さぁな、夢の世界で会ったか?」


勇者「懐かしい、もう何年も前になるのか────」


懐かしい、その言葉が答えを浮かび上がらせた。

研究者という単語、そして何年も前という単語。

過去にあのマッドサイエンティストと対面したのは、あの時しかない。


勇者「──君は殺したね、自らの仲間を」


隊長「────IN YOUR FACEッ! BITCHッッッ!!!」スチャ


──バババババッッ!!

己の感情が弾けてしまう。

彼は赦せなかった、彼女たちのことを軽々しく口にすることを。

気づけば指がトリガーを引いていた、まるであの時の部隊にいてくれた彼女のように。
126 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:04:37.33 ID:ooAlurkw0

隊長「──ッ!?」


ドッペル「...なっ!?」


勇者「どうだ、驚いただろう...私からすればこのような事は造作もないんだ」


偽勇者を包む光が弾丸に付与された闇を滅ぼした。

それだけなら話はわかる、だが隊長らが確認したのはそれだけではなかった。

まるで銃弾が外れたかのような手応えの無さ、それが意味するのは1つ。


ドッペル「あ、あれは...属性同化とかいう魔法...っ!?」


隊長「な...んだと...ッ!?」


それとしか形容することはできなかった。

これは付与どころの話ではない、偽勇者の身体は光そのものへと移り変わっていた。

それは魔王妃が沢山みせてくれた属性と同化する魔法に酷似した現象。


勇者「散々見せてもらったよ...お蔭でこんなにも簡単に真似することができた」


──□□□□□□□□□□□□...

先ほどとは比較にならない膨大な量の光が生まれ続ける。

属性同化というモノの真骨頂、それは己の実態を無くすということ。

対抗策など1つしかない、だがこれは圧倒的な質を誇る光である。


隊長「まずい...実態のない相手に銃は無意味だ...ッ!!」


ドッペル「それだけじゃないわ...今まで属性同化の相手には闇か光魔法で抵抗できたけど...」


ドッペル「...無理だわ、私の闇じゃ一矢報いるどころか...瞬殺されるわね」


これでは偽勇者相手になにもすることができない。

ただその様子を眺めることしかできない、ここに来てこのような切り札が来るとは。

だがそれはまだ序章に過ぎなかった、これからは眺めることすら不可能になってしまった。


勇者「...散々見せてもらったのは魔法だけじゃない...そうだろ?」


──□□□□□...

光が、魔力が形を成していく。

そして偽勇者の腕にはある武器が創られていた。

これは魔法の域を超えた創造、彼女の魔力は1つの段階を越える。


勇者「重たいな...女の私では少々厳しいか」スチャ


────バババババッッッ!!

正しく構えて撃つことはできなかった。

彼女は腰にソレを構えて、容赦なく引き金を引いた。

なぜ偽勇者は、風貌に似合わないその現代兵器を所持しているのか。
127 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:05:46.36 ID:ooAlurkw0

隊長「────ウッ...!?」


慣れていない射撃、極めて精度の低いモノだった。

しかしそれでいて人に当てるのには苦労しない、それがこの武器の強み。

輝かしい見た目をしているアサルトライフルが、隊長の左足を中心に被弾しまくる。


ドッペル「──なにもないところから武器を創りあげたですって...っ!?」


隊長「あの女ぁ...やってくれるな...グッ...!」


足から感じるこの激痛は間違いない、銃痕だ。

そして眩しいながらも、彼女の次の行動が見えてしまった。

銃口がこちらを向いている、確実に追撃の準備を終えていた。


ドッペル「──走ってっ!」


隊長「────ッッ!」ダッ


──ズキィッ...!

我が身を蝕むのは鋭い痛覚。

当然であった、立っていることすら凄まじいというのに。

足を撃たれた人間に走ることなど無謀とも言える。


勇者「...さよなら」スチャ


────ババババッッ!!

たとえ初めて射撃したとしても、走ることのできない人などただの的当てにしかならない。

彼女の持つ輝かしいアサルトライフルの照準は確実に隊長の頭部を狙っていた。

そしてこの重厚な射撃音、もう終わりだ。


勇者「────っ!?」


しかし偽勇者の視界が捉えたのは隊長の死骸ではなかった

尤も視界に捉えたという表現は間違えていた、彼女は見えていない。

その迅速なる獣の速度に追いつける者などそうそういない。


隊長「────ウルフッ...」


ウルフ「──しっかりっ! ご主人っ!」グイッ


隊長「すまない...助かる...」


彼の肩を支え果敢にも遁走するウルフ。

だがその勢いは初めだけ、徐々に身体を蝕み始める。

属性付与、それ以上のなにかを発動している偽勇者の光によって。
128 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:06:58.09 ID:ooAlurkw0

ウルフ「──フゥーッ...! フゥーッ...!」


たとえ強靭な身体能力の持ち主だとしても、彼女は魔物。

魔物に必要不可欠な魔力が制限されている今、徐々にウルフの身体が衰えていく。

不変な少女並の体力へと変貌した彼女は息を切らし始め、走る速度が急激に遅くなる。


勇者「哀れな、この武器の射程を知っているだろう?」


ウルフ「...ッ!」スチャ


それはこちらも同じであった。

だるい身体にムチを撃ち、無理矢理にも片腕を動かす。

そして偽勇者に向けられたのは、ソードオフのショットガン。


勇者「...無駄」


──ダァァァァンッッ!!

その炸裂音は無情にも、響くだけであった。

着弾箇所を発火させるその非人道武器は虚しくも効果を得られず。

実体のない光に向かって射撃してもなにも起きない、当然の結果であった。


ウルフ「そ、そんな...」


隊長「クソッ...」


もう打つ手はない、この光を前に魔物など太刀打ちできない。

たとえドッペルゲンガーが隊長の精神世界から姿を現したところでなにもすることができない。

光に唯一抗える隊長も、あの神業じみた創造能力を前に負傷を余儀なくされている。


勇者「残念...だけど、神の如くに力を得た私に敵うはずがない」


勇者「この勇者の光や膨大な魔力と...この未曾有の武器があれば、敵はいない」


勇者「これから先は神を名乗ることも烏滸がましくない...フフ...」


神、そのような名称に相応しい。

なにもないところから物質を作り出す、これは神の所業と言わざる得ない。

隊長とウルフはもう神を名乗る女の前にひれ伏すしかない。


ドッペル「...随分と傲慢な神様もいたものね」


────■■■...

淡い闇の音と共に姿を見せたのは、最愛の偽物。

魔物である彼女がこの光に耐えられるわけがない、だというのになぜ。

ドッペルゲンガーは背中を隊長たちに向ける。
129 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:07:58.37 ID:ooAlurkw0

ドッペル「行って、時間を稼ぐわ」


隊長「...どういうつもりだ」


ドッペル「いいから早く、今ならまだウルフはあんたを担いで移動できるわ」


ウルフ「...ッ!」グイッ


偽物とはいえ、とても聞き慣れた声に反応する。

命令に対し忠実に全うする、それが狼という生き物。

彼女は歩行を進める、安息を作ることのできる本物の元へと。


隊長「...」


ドッペル「...」


そしてお互いは無言を貫く。

かつて見せた、隊長と魔女の愛の沈黙。

それとは遥かに違う、今の2人の面持ちはとても険しいものであった。


勇者「まずは君からか、まさか同胞から殺すことになるとは」


ドッペル「...一体、どうしちゃったのかしらねぇ■■■」


膨大な光に歯向かうのは儚すぎる黒の魔法。

そして彼女は自虐めいた言葉を漏らす。

心変わりにも程がある、だが乙女の感情を抑えることなど不可能。


ドッペル「失敗したなぁ...あの女に取り憑かなければ────」


よかった、などとは言わなかった、このドッペルゲンガーは味を知ってしまった。

絶望とは程遠い希望という美食を、それはとても愚かなことであった。

これから死にに行くというのに彼女の表情はとても微笑ましかった。


ドッペル「...あんたの為に尽くすことができることが、こんなにもいい食事になるなんてね」


〜〜〜〜
130 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:08:59.06 ID:ooAlurkw0

〜〜〜〜


魔女「────キャプテンっ!」


しばらくして、ウルフは退避に成功する。

結界内のどこかで気を伺っていた魔女の元へと帰還する。

脂汗にまみれた隊長の様子を見て、彼女はすぐさまに処置を行う。


魔女「..."治癒魔法"」


──ぽわっ...

今までの比にならない、とても心地の良い明かりが隊長を癒やす。

銃痕からタレ流れ続けていた血は止まり足の調子を万全にさせる。

そして魔女は状況の確認をする。


魔女「...ごめん、助けに行けなくて」


隊長「いや...むしろそのほうがいい、魔王妃の魔力を簡単に失うわけにはいかない」


ウルフ「げほっ...げほっ...」


魔女「ウルフ、ありがとう...ゆっくり休んでて」


ウルフ「...うん」


魔女は光によって魔力薬の効果を失うことを恐れていた。

だが初っ端の転移魔法がなければ、全滅は免れなかった。

決して飲むタイミングを間違えたとは言えない、だからこその苦悩。


魔女「...桁違いの魔力を感知したから、ウルフにお願いしたのは正解だったわね」


隊長「いい判断だ、ウルフが来なければ俺は殺されていた」


魔女「...なにがあったの? 光魔法だけならあなたを殺せることはできないはずよね」


隊長「...奴は神の所業をした...恐らく魔力を使って何もない所から物質を作り上げていた」


隊長「そして作り上げたのは...この武器だ」スチャ


そうしてちらりと見せたのは彼の武器。

アサルトライフルという最強の装備を勇者が所持している。

隊長ほどの男が不意を突かれるわけだ、足の怪我も納得できる。


魔女「...ドッペルゲンガーは?」


隊長「...」


口を開くことを躊躇う。

なぜ、この前まで殺してやりたいほどに憎んでいた相手を。

相手も当然そのように思っていたはずだというのに、困惑して当然であった。
131 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:10:15.56 ID:ooAlurkw0

隊長「...俺とウルフを庇い、1人残った」


魔女「...そう」


だが魔女にはその行動理念がわかっていた。

私という人物になりきっているということは、そういうことである。

謀らずともにドッペルゲンガーを更生させたとも言える、それがどれだけ罪深いことなのか。


魔女「...本当にわからないの?」


隊長「...」


その魔女の言葉が胸に刺さる。

隊長ほどの男が気が付かないわけがなかった。

だがソレを受けれ入れてしまうという事実がたまらなく不安であった。


隊長「...わかっている、だが答えることはできない」


隊長「俺には...お前がいるからな」


その時、肩の荷が下りた、いままで抱えていた邪念が消え失せる。

己の身体に住み着き、感情を弄び、あまつさえは魔女を危険な目にあわせた。

そんなドッペルゲンガーという魔物が嫌いでしかたなかった。


隊長「...奴も丁重に弔うことにする」


魔女「そう、賛成ね...もう他人の気がしないしね」


あの魔物の見た目は魔女、他人の気がしないわけがなかった。

この前までどちらかといえば敵であったはず、彼女との奇縁が隊長を生かしている。

彼女がいなければ今頃隊長は死んでいるだろう。


魔女「────っ」ピクッ


その時だった、魔女がなにかに感づく。

これの膨大な量の魔力は間違いない、憎たらしい方のドッペルゲンガー。

奴がここに向かっている、それがどういうことか。


魔女「...十分時間稼ぎしてくれたわね」


隊長「...あぁ、勇敢だった」


魔女「あの子のおかげで、あなたの傷を癒やすことができたもの」


ウルフ「...くるっ!」


────□□□□□□□□□□□□□□□...

まるで山のような大きさ、巨大な光がこちらを照らす。

そしてその中心には人物が1人、そしてもう1人。

髪の毛を無残にも掴まれ、無理やり運ばれてきた彼女がそこにいた。

132 : ◆O.FqorSBYM [saga]:2018/12/29(土) 10:11:24.08 ID:ooAlurkw0

ドッペル「────」


隊長「──...ッ!」


魔女「...あの子の魔力、全て抑えられているわ」


勇者「果敢にも抵抗したきたんだ、弔ってやるといい」ポイッ


────ドサッ...

力なく横たわる偽の魔女。

彼女からは魔力も、生気も感じ取ることができない。

ぼろ布のように扱われる様が隊長たちの怒りを誘う。


隊長「...大事な仲間だ、よくもやってくれたな?」


勇者「その大事な仲間をおいて逃げたのは、どこのどいつか?」


魔女「...腹が立つわね、女勇者のほうが100倍可愛げがあるわ」


ウルフ「ガルルルルルルルルル...」


勇者「そう言うな、直にそのような減らず口もたたけなくなるぞ」


その高圧的な態度、まさにそのとおりであった。

この偽勇者が連れてきた光が、徐々に魔女とウルフの魔力を削る。

せっかく魔王妃から借りることができた魔力が徐々に失い始めていた。


隊長「...ッ!」スチャ


────ババババババッッ!!

再度射撃を試みるが、効果は得られず。

実態のない彼女の身体に物理的な有効打など存在しない。

もう打つ手は魔法しかない、だがこの光を相手に魔法など歯が立たない。


勇者「...詰みだ、もう諦めてくれ」


隊長「クソッタレ...」


ウルフ「うぅ...」フラッ


魔女「くっ...」グラッ


なにもすることができないうちにウルフは倒れ込む。

圧倒的な魔力量を誇る魔女ですら立つことが困難になる。

もうなにもすることはできない、勝敗は目に見えている。
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