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【シャニマスSS】甜花「シンデレラと」夏葉「サンドリヨン」
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1 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:05:47.17 ID:I+Xf9OEw0
注意
・地の文有り
・Pの経歴に設定追加
・ユニット越境につき、公式の設定が無い呼称が出てきます
また、モブ(演出家・王子役など)が数人出てきますが、しっかりと甜花・夏葉の話として進行しますので、その点ご容赦頂けると幸いです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1543932346
2 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:07:44.36 ID:I+Xf9OEw0
黎明の夢を見る。
祭囃子を思い出す。
まだ小さかった頃の、姉妹で行った縁日の思い出。
射的屋の奥にポツンと置かれた宝物。
二人とも同じように、心惹かれたヌイグルミ。
お小遣いを出し合って、重い銃に四苦八苦して、何度も挑戦して
結局、手に入らずに泣き出した。
取れないことが悲しくて
それ以上に、取ってあげられないことが悔しくて
帰るその時になるまで泣いていた。
それが1つの原風景。
心の奥底にしまい込んだ古い傷。
大崎甜花の、幼き日の挫折の記憶。
3 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:09:31.43 ID:I+Xf9OEw0
「……なさい」
甜花(あれ……? ゆめ……?)
「……きなさい、もう朝よ」
甜花(うーん……まだ、眠い……)
「甜花、起きなさい。甜花」
甜花「ん……待って、なーちゃん……後30分……」
「……」
「私は、妹さんでは無いのだけど」
甜花(……?)
甜花(じゃあママ……でも無いよね。声違うし……)
甜花(えっと……? 夏休みだからお昼まで寝ててもいいはずで……だけど、夏休みだからお仕事もあって……)
甜花(……あ)
昨日までの事に思考が達すると同時に、羽織っていた毛布が宙を舞う。
引っ剥がされたのだ。
そこで完全に眼が覚めた。
甜花「な、な、な、夏葉さん……!」
夏葉「さあ準備しなさい! ランニングに行くわよ、甜花!」
そこにはジャージ姿で、やる気に満ち溢れた御方が立っている。
ここは、夏葉さんの家だった。
時間にして朝の五時半。
太陽は昇り始めたばかりで、空気はまだ涼しさを残している。
土手の傍らでは朝露が光り、見るものを爽快な気分にさせてくれる。
ランニングをするのには、まさにうってつけ。
そんな時間だった。
甜花「あ、あの……! 夏葉、さん……!」
夏葉「何かしら?」
甜花「な、なんで……! ラ、ランニング……? それも、朝から……!」
とはいえ、条件が良い事と、楽しめるかどうかはまた別の話。
早朝からの運動なんて、普段の自分には縁遠い話で、はっきり言ってかなり辛い。
甜花「夏葉さんの家には……その、仕事の……舞台の練習のためで……」
夏葉「だからこそよ。練習の前に、まずはしっかりと体を起こさないと」
こちらは息が切れ始めているが、夏葉さんは平然としている。
つまりそれは、ペースを合わせてくれていると言う事で。
夏葉さんが良い人なのは、よく分かっているんだけど……
夏葉「それとトレーニングよ。体力は必要だわ。演劇にも、それ以外のことにもね」
夏葉「体力、知力、精神力。そして、筋力があれば何だって出来るのよ!」
やっぱり甜花とは正反対の人だな、って思ってしまう。
甜花(……付いていけるように……甜花、頑張らなきゃ……)
4 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:12:03.60 ID:I+Xf9OEw0
千雪「甜花ちゃんに、舞台のお仕事ですか?」
それは、夏休みも終わりに近づいた、ある日の午前の事だった。
P「ちょっと急な話だが、そうだ」
P「二人は、夏葉……放クラの有栖川夏葉は知っているか?」
甜花「夏葉、さん……?」
アルストロメリア以外の、同じ事務所のアイドル。
一通り名前は知っているが、今の所はそれだけだ。
甜花「うん……事務所で見たことは、何度かあるよ……」
千雪「私も同じくです。お話してみたいとは、常々思っているんですけど」
P「その夏葉なんだがな。ある劇団の舞台で、主役の仕事をもらえたんだ」
千雪「まぁ、それは凄いことじゃないですか」
P「本人も大喜びしてたよ。それで、近頃は劇団で稽古に励んでるんだが……」
プロデューサーさんが、顔をしかめる。
P「困ったことが起こってな。何でも共演者の方が、大怪我をしてしまったらしい」
千雪「お、大怪我……」
P「あ、いや、命に別状は無いそうだぞ。交通事故に巻き込まれて、全治半年程との事だが」
甜花「でも、怪我したその人は……」
P「そうだな。気の毒な話だが、舞台には上がる事は出来なくなった」
つまり、自分の仕事は。
千雪「それでは……甜花ちゃんの仕事は、その人の代役という事ですか?」
P「ああ、そういうことになる。劇団としては、舞台の公演を取り止めにする気は無いみたいでな」
P「良ければ283プロから代役を立ててくれないか、と打診されたわけだ」
そこまで話して、プロデューサーさんが二冊の本を机に置いた。
P「それで肝心の舞台の内容だが……これは、見てもらった方が早いか」
P「これが、その台本になる」
置かれた台本を見る。
その表紙の絵から、なんの話なのかを想像するのは簡単だった。
千雪「カボチャの馬車? あ、このお話って……」
タイトルを読み上げる。
甜花「『シンデレラとサンドリヨン』?」
5 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:15:38.97 ID:I+Xf9OEw0
P「題名、『シンデレラとサンドリヨン』。童話の『シンデレラ』をベースにした創作劇だ」
千雪「シンデレラ。それで、サンドリヨンというと……」
千雪「サンドリヨンってアレですよね。あのペローさんの……」
P「お、詳しいな。さすが千雪」
千雪「ぐ、偶然ですよ。童話とか御伽噺とかが好きで。それで、たまたまです」
甜花(ぺろーさん……?)
人名、だろうか。
しかし重要な話ではないようで、解説される事なく話は進む。
P「この創作劇だが、『サンドリヨン』という登場人物が出てきている」
P「本来の『シンデレラ』には登場しない人物だな」
P「この追加の登場人物である彼女が、話のキーパーソンになるわけだが……」
プロデューサーさんが、台本を持ち上げる。
思ったより重量がありそうだ。
P「長々と口で説明してもアレだしな。ともかく、目を通してみて欲しい」
P「二冊あるし、千雪もどうだ? 急ぎの用事があるなら、無理にとは言わないけど」
自分のお仕事の話なので、本来は千雪さんがいる必要はない。
たまたま、居合わせただけだ。
しかし自分としては、居てくれると安心できるので、とても有り難い。
千雪「それじゃあ、折角ですので」
千雪「はい、甜花ちゃん。意外と重いので、気をつけて下さいね」
千雪さんが軽く立ち上がって、二冊とも台本を受け取る。
それから、その片方を自分に渡してくれた。
甜花「ありがとう、千雪さん……」
台本の表紙に手をかける。
ページの1枚1枚は薄くて、まるで辞書みたいだと思った。
甜花(あ……)
薄いページが塊になって、左から右に流れていってしまう。
甜花(……ページ、余計にめくれちゃった……)
甜花(……分厚い本は、これだから……)
開けたのは、最後の方のページだった。
甜花(え……)
その端っこの文章が目に入る。
『たとえ灰被りでも良いのです』
『大切な人の隣で、笑っていられる自分で在りたいのです』
『だから、私は』
甜花「……」
P「どうした、甜花。そんな風に固まって」
甜花「え……?」
甜花「あ、うん……な、なんでも……ないよ……?」
P「……」
P「そうか」
6 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:17:40.54 ID:I+Xf9OEw0
気を取り直して、最初の方から読む。
話の大筋は、よく知る『シンデレラ』とあまり変わらない。
特に基本的な流れは、本の話そのものだった。
継母や義理の姉たちに苛められている少女が、妖女の老婆と出会って助けてもらう話。
大きく異なる点は、やはりサンドリヨンだ。
主人公・シンデレラの、双子の姉であるサンドリヨン。
彼女は、シンデレラと対照的な人物として描かれている。
歌と踊りが得意なサンドリヨンと、それらに自信が持てないシンデレラ。
活動的なサンドリヨンと、引っ込み思案なシンデレラ。
そしてその極め付けに、継母達との関係性。
社交性が豊かで、馴染まず疎まれずの関係を築けるサンドリヨンと、虐められるだけのシンデレラ。
サンドリヨンは、なーちゃんみたいだな、と思った。
甜花「……プロデューサーさん……今更、なんだけど……」
P「なんだ?」
甜花「甜花、何の役をすればいいの……?」
P「ああ……そういえば伝えてなかったな。確かに今更だ、申し訳ない」
甜花「うん……」
甜花(急な代役を立てるくらいだし、そんなに重要な役じゃ無いとは思うけど……)
甜花(一番目立ったとしても、義理の姉くらいの……)
P「サンドリヨンだ」
甜花「え……」
P「主役・有栖川夏葉と、キーパーソン・大崎甜花。そういう風になるな」
甜花「え……それって、本当に……? なーちゃんの、お仕事じゃなくて……?」
P「こんな所で嘘ついてもしょうがないだろ。そもそも、甘奈には日程的に頼めないよ」
そう。
なーちゃんは地方に遠征中で、今は近くに居ない。
P「ま、キーパーソンどうのというのも、甜花が受けてくれればの話だが……」
P「どうだ、やってみないか? 必ずいい経験になると思うぞ」
7 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:20:59.82 ID:I+Xf9OEw0
お芝居と聞いて、以前にやったお仕事の一つを思い出した。
甜花「学園ドラマのエキストラ……覚えてる……?」
甜花「前に、甜花がやった……」
あれは確か、甜花がソロの仕事を始めたばっかりの頃。
全然思うように出来なくて、プロデューサーさんに弱音を吐いた事を、よく覚えている。
P「もちろん忘れてないよ。あの事が、どうかしたのか?」
甜花「その、甜花……エキストラの役すら、ちゃんと出来なかったよね……」
甜花「それなのに……もっと大事な役なんて、出来るのかな……?」
あれ以来、お芝居の仕事はあまりやっていない。
しかしプロデューサーさんは、当然だと言わんばかりに断言した。
P「できるさ。あの時も言ったが、甜花は磨けば光る子だ」
P「あれから、色んな仕事をしただろ? だから、きっと大丈夫だよ」
甜花「でも、お芝居の仕事は……」
P「していなくても、他の経験はちゃんと積めている」
P「問題は、甜花がやりたいかどうかだ」
やりたいかどうか。
そういう話なら、勿論やってみたい。
やってみたいと思うけど……
甜花「……自信ない、です」
正直な気持ちだ。
素直に言葉にして、落胆されると思った。
そう思ってプロデューサーさんの方を見たが、その様子はない。
腕を組んで、考え込む仕草をしている。
その状態のまま、数十秒ほど経った。
P「そう、だな……」
P「やりたくないわけじゃ、無いんだよな」
甜花「うん……」
P「それならこうしよう。今日明日と舞台稽古に参加して、無理そうなら断る」
P「つまり、お試し期間だな。最終的にどうするかは明日の夜に決める」
甜花「そんなこと……できるの……?」
P「普通は絶対に無理だ。提案しただけで、間違いなく先方に怒られる」
P「だが、今回ばかりは何とかするよ。それでどうだ?」
8 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:23:04.69 ID:I+Xf9OEw0
甜花「それなら……やってみたい、です」
甜花「あ、あと……その、ごめんなさい……」
P「……? 何で謝ってるんだ?」
甜花「プロデューサーさんに、また迷惑かけちゃったから……」
P「ああ、なるほど。気にしなくていいぞ。迷惑かけられるのも仕事だからな」
P「それでも何か言ってくれるなら……そうだな、こういう時は感謝の言葉の方が嬉しい」
甜花「あ、ありがとう……プロデューサーさん……」
P「どういたしまして、だ」
P「よし、それなら善は急げだ。十五分後には出るぞ」
甜花「う、うん……」
そう言って、プロデューサーさんはそそくさと準備に取り掛かる。
その背中を見ていると、申し訳なさが込み上げて来た。
ああは言ってくれたが、そう思ってしまうのは止められない。
なんというか、性分なのだろう。
それに加えて、これから知らない場所に行くと思うと、段々と緊張もしてきて……
千雪「甜花ちゃん、えい♪」
甜花「……わ……!」
千雪さんに、急に手を掴まれた。
掴まれたというより、包まれたと言った方が正確かもしれない。
手の平から千雪さんの暖かさが、ゆっくりと伝わってくる。
千雪「甜花ちゃん、少しでも『やりたい』って思えたなら……」
千雪「楽しむこと、忘れちゃダメですよ? 千雪さんとのお約束です」
千雪さんが、優しく微笑んだ。
P「千雪ー、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
千雪「あ、はい! 今行きます!」
千雪「それじゃあ甜花ちゃん、頑張って来てくださいね」
手が離される。
それでも両手はまだ、ほんのりと暖かい。
あまりに短い間の事だったのに、気分は不思議と落ち着いていた。
甜花(あ……)
甜花(……お礼、言い忘れちゃった……)
9 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:24:58.48 ID:I+Xf9OEw0
P『俺は、お偉いさん達に挨拶してくるよ。演出家さんには話を通してあるから、稽古に参加していてくれ』
P『代役だから、あんまり気負わずにな。伸び伸びとやってくれていい』
P『あちらさんも、最初から無茶は言ってこないだろうさ』
甜花(……って、言ってたのに)
演出家「大崎ィ! 全然声出てねーぞ! 代役だからって甘えてんじゃねぇッ!」
甜花「ひんっ!」
甜花(プ、プロデューサーさんの、嘘つき……)
演出家「大崎、もう一回やってみろ」
甜花「わ、わかっ……分かり、ました……」
甜花「こ、これで、顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら……」
演出家「やり直し。声に張りがない」
甜花「これで顔を拭きなさい……シンデレラ。そしたら、礼拝に……」
演出家「視線を泳がせるな。やり直し」
甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら、礼拝に」
演出家「棒立ちで演じるつもりか。やり直し」
甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ……! そしたら、礼拝に……!」
演出家「ここは叫ぶシーンじゃねぇだろ」
甜花「……あぅ……」
プロデューサーさんと別れた後、実力の程を確認する事になった。
台本を読み込む時間として30分を貰って、その後に演出家さん直々の演技指導。
時間内で台本を何度も読み返して、ちゃんと暗記して、自分としては頑張った方……だと思う。
それなのに、セリフの一つも満足に言えなかった。
演出家「……なるほど、な」
演出家「隅っこの方で、もう一回読み込んでこい」
演出家「それと見学だ。個人練をやっている奴らをよく見ておけ」
甜花「……はい……」
10 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:26:52.00 ID:I+Xf9OEw0
言われた通り、他の人の演技を見ている。
王子役『君! そこの麗しの君よ! 名はなんと言うのだ!』
確かに違う。
王子役『明日だ! 明日こそ、私に名前を聞かせて欲しい!』
他の人の演技と自分の演技は、何もかもが違う。
違う所が多すぎて、何処から手をつければいいのか分からない。
甜花「シンデレラ、これで……」
もう一度、演じてみる。
やっぱりダメダメだ。
声も通ってないし、動きもぎこちない。
だけど、どうすればいいんだろう。
夏葉「ちょっといいかしら」
甜花「え……?」
遠くを見ていたせいか、近づいて来る人に気がつかなかった。
舞台の主役、有栖川夏葉さん。
夏葉「失礼するわ」
甜花「な、何……? え……」
夏葉さんは一切の躊躇いなく手を伸ばして、自分のお腹にしっかりと触れた。
というか、強く押した。
甜花「ひんっ……!」
夏葉「さっきのセリフ、もう一回読みなさい」
甜花「あの、でも……! な、なんで……お腹を……」
夏葉「いいから早く。動きの方はいいわ。声だけに集中して」
甜花「は、はい……!」
甜花「え、えっと……シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう……」
夏葉「やっぱり、そうね。お腹に力が入ってないわ」
甜花「え……?」
夏葉「いい? 基本は腹式呼吸よ。日常の会話とは違う声の出し方をしなくてはいけないわ」
11 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:28:10.39 ID:I+Xf9OEw0
甜花「腹式呼吸、って……」
夏葉「ボーカルレッスンで叩き込まれているはずよね。それを思い出して」
夏葉「ステージ上で歌う時みたいに。それでいて、叫ぶようにしない事を意識するのよ」
夏葉「さぁ、やるわよ。さん、はい……!」
甜花「シ……! 『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』」
甜花「……あ、いい感じ……」
夏葉「悪くなかったわね。それじゃあ次は動きの方ね。こっちはダンスレッスンを思い出しなさい」
甜花「ダンス……?」
甜花「でも……このシーンの動きって、手を差し伸べるだけだよ……?」
甜花「だから、こう……」
特別な動きをせずに、夏葉さんに向かって手を差し伸べる。
夏葉「それだとダメよ。それは普段の動きの模倣であって、演技にはなっていないの」
夏葉「他人の目にどう映っているかを意識しなさい」
夏葉「どういう動きをしているのかを、観る人に伝えなくてはいけないのだから」
甜花「観る人……伝わる、様に……」
他人から見た自分、それは鏡に映った自分とも言えるわけで。
甜花(あ、だから……ダンスレッスンなんだね……)
頭の中での動きと、実際の身体の動きの擦り合わせ。
それを鏡を介して行う作業は、自分にとって慣れ親しんだものになっている。
甜花「こう……かな?」
背筋を伸ばして、腕を少し過剰なくらいピンと張る。
それでいて、指先を開いて柔らかく。
脳内鏡の中の自分が、しっかりとポーズを取って立っている。
夏葉「ええ、いい感じだったわ。少しぎこちない気もするけれど」
夏葉さんが満足げに頷いた。
夏葉「さて、これで発声と動作についての取っ掛かりは掴めたかしら?」
甜花「う、うん……分かりやすかった……です……」
夏葉「それなら良かった。まずは、この二つからしっかりと練習しなさい」
夏葉「なにごとも最初は一つずつ。どんなに複雑に見える問題も、そうすれば必ず解決できるものよ」
そこでようやく、夏葉さんが自分を見てくれていた事に気が付いた。
見兼ねて、助けてくれたのだ。
12 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:29:47.81 ID:I+Xf9OEw0
自分が演じようとしていた場面について、つい考えてしまう。
サンドリヨンが、妹のシンデレラを教会に行こうと誘うシーン。
行きたくないと駄々をこねるシンデレラを、姉のサンドリヨンが励ますシーン。
『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』
『いや。いやよ、サンドリヨン。行きたくないわ』
『どうして? そのために二人掛かりで、すす掃除も終わらせたんじゃない』
『賛美歌を歌いたくないの。だって、サンドリヨンみたいに、上手には出来ないんだもの』
『歌うのは好きなんでしょう?』」
『それは、そうだけど……』
『それなら、行かなくちゃ』
……
それが今の状況と、少しだけ似ていると思った。
手を引こうとするサンドリヨンと、踏み出せないシンデレラ。
教え導いてくれる夏葉さんと、勝手が分からない自分。
ただし、配役は逆さま。
自分に近しいのは、シンデレラの方だ。
なーちゃんがサンドリヨンなら、自分は、この弱いシンデレラだ。
それも、姉妹が逆さまなのだけど。
つくづく思ってしまう。
こんな自分に、サンドリヨンが演じられるのだろうかと。
プロデューサーさんは、代役に立てるべき人を間違えたのではないのかと。
甜花(……あ、プロデューサーさん……)
頭で考えただけであるが、噂をすれば、という奴だろうか。
まさに、というタイミングで、プロデューサーさんが部屋に入ってきた。
P「あ……おーい、甜花!」
プロデューサーさんが近づいてくる。
13 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:31:40.98 ID:I+Xf9OEw0
undefined
14 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:33:24.22 ID:I+Xf9OEw0
甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」
P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」
P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」
甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」
甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)
P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」
甜花「演出家、さんの……」
P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」
P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」
甜花「ううん……」
甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」
P「真っ先に名前が出てきたか」
コクリと頷く。
P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」
P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」
プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。
自分の、単なる気のせいかもしれないけど。
P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」
甜花「あ、えっと……」
甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」
P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」
P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」
甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」
P「よし、もう大丈夫そうだな」
甜花「え……? あ……」
P「それじゃあ、行こうか」
甜花「う、うん……!」
プロデューサーさんが、扉をノックする。
P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」
15 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:34:17.45 ID:I+Xf9OEw0
undefined
16 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:36:30.39 ID:I+Xf9OEw0
undefined
17 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:37:36.64 ID:I+Xf9OEw0
継母役「か・わ・い・い〜!!」
義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」
甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」
義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」
義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」
甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」
王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」
P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」
P「というか止めろ。命が失われかねない」
王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」
P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」
王子役「?」
P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」
継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」
甜花「あの、て、甜花……その前に……」
義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」
義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」
P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」
甜花「……あぅ……」
継母役「あら」
P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」
P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」
甜花「よろしく、お願いします……!」
甜花(やっと……言えた……)
義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」
P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」
義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」
P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」
義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」
義姉1役「……え、いないよね?」
P(いるんだなこれが)
18 :
◆/rHuADhITI
[sage saga]:2018/12/04(火) 23:44:14.36 ID:I+Xf9OEw0
行数制限に引っかかったみたいで、所々飛んでますね。
申し訳ありません
>>13
の続きから再開します
19 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:47:21.50 ID:I+Xf9OEw0
P「ここで練習していたのか、甜花」
甜花「うん……演出家さんに、言われて……」
P「そうか。頑張ってるみたいだな」
プロデューサーさんが、夏葉さんの方に目を向ける。
P「夏葉もいたんだな。早速仲良くやってくれているようで、何よりだ」
夏葉「ええ、楽しくやらせて貰っているわ」
夏葉「アナタも来ていたのなら、声の一つでも掛けてくれれば良かったのに」
P「すまん。別の仕事があってな」
P「それに夏葉、練習の時にはあまり声を掛けられたくないかと思って」
夏葉「そういう心配は不要よ。そう易々と乱されるような集中はしていないもの」
夏葉「すぐ隣に雷が落ちたとしても、無反応で練習を続けていられる自信があるわ!」
P(それだと俺が声をかけても、無反応って事にならないか……?)
ドヤ顔の夏葉さんと、苦い顔のプロデューサーさん。
20 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:48:23.90 ID:I+Xf9OEw0
P「……まぁ、それはそれとしてだ」
P「甜花、もう少しで昼の休みになるから、その時間は空けといてくれ」
甜花「うん……了解、だけど……」
P「共演者の方とか裏方の方達への、挨拶回りをしようと思っていてな」
P「直接お世話になる人達だから、甜花にも居て欲しいんだ」
甜花「挨拶回りって……甜花、何をすればいいの……?」
P「心配するような事はないよ。話は俺がするから、頭を下げる時だけ合わせてくれれば良い」
甜花「うん……それなら、安心……」
いつものように、大きい声と笑顔の心掛けさえ忘れなければ、大丈夫。
P「あ、そうだ。夏葉は昼休み……」
夏葉「……そう、ね。この場面はもっと縮こまる感じで……そうすると……」
夏葉「『いや。いやよ、サンドリヨン』……ううん、少し違う気がするわね」
二人で話している間に、夏葉さんは練習に戻っていた。
P「さすがは夏葉、と言うべきかな」
甜花「うん……」
そこで、ふと気付く。
甜花(あ……夏葉さんに、さっきのお礼……言ってない……)
演技の事を教えてもらったお礼を、まだ一言も言えていない。
それを言おうと夏葉さんの方を見て、今伝える事を諦めた。
夏葉「『行きたく、ないわ』……いえ、『行きたくないわ』……」
夏葉さんが、とても集中していたから。
甜花(今は、話しかけない方が良いよね……)
甜花(……また、言いそびれちゃったな……)
21 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:50:24.88 ID:I+Xf9OEw0
甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」
P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」
P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」
甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」
甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)
P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」
甜花「演出家、さんの……」
P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」
P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」
甜花「ううん……」
甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」
P「真っ先に名前が出てきたか」
コクリと頷く。
P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」
P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」
プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。
自分の、単なる気のせいかもしれないけど。
P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」
甜花「あ、えっと……」
甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」
P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」
P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」
甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」
P「よし、もう大丈夫そうだな」
甜花「え……? あ……」
P「それじゃあ、行こうか」
甜花「う、うん……!」
プロデューサーさんが、扉をノックする。
P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」
22 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:51:29.39 ID:I+Xf9OEw0
P「……それでは、よろしくお願いします」
甜花「よろしく、お願いします……」
演出家「ああ、こちらからもよろしく頼む」
演出家「急な話を聞いてくれた点については、感謝している」
P「いえ、こちらとしても有難い話です。舞台での経験は、今後に必ず生きてくるものですから」
演出家「そうかい。まぁ、何でもいいがな。引き受ける以上は、きちんと為すべきことは為してもらうぞ」
演出家「代役だから、途中参加だから……そういう甘えは一切認めない。いいな?」
P「はい。正式にお引き受けする際には、よく言い含めておきます」
演出家「正式に……ね。無駄な期間なんぞ設けやがって」
演出家「もう決まった事だし、今更文句は言わないけどよ」
その言っている事がすぐには理解できず、考え込んでしまう。
演出家さんがギョロリと自分を見たところで、ようやく思い当たった。
甜花(あ……プロデューサーさん、本当に作ってくれたんだ……『お試し期間』……)
甜花(でも……)
しかし、思い当たった事実かどうでもなるくらい、演出家さんの目付きが鋭くて怖い。
演出家「そうだな……じゃあ、最後に一つだけ質問をしようか。大崎」
甜花(き、きた……!)
演出家「大崎、お前は双子だそうだな」
甜花「は、はい……双子の妹が、います……」
演出家「今回の演劇は、童話『シンデレラ』の皮を被った全く別の話だ」
演出家「とある夢見る少女の話では無く、とある双子の姉妹の話になっている」
演出家「脚本を書いた者として、その姉妹を演じる人間に聞いておきたい」
演出家「大崎甜花、お前にとって姉妹とは何だ?」
23 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:52:13.98 ID:I+Xf9OEw0
甜花(姉妹のこと……なーちゃんの、こと……?)
姉妹とは何か。
甜花にとって、なーちゃんとは何者であるのか。
正直、考えたことがない。
それは、考えるまでもないことだから。
甜花「家族で、大切な人……です」
演出家「……」
甜花「あ……! えっと、安心できるから、一緒に居たい人です……!」
演出家「……なるほど」
失敗した、と思った。
自分の言葉は、あまりにも普通すぎる。
家族に対する意見としては、一般論に近い。
つまるところ面白みに欠ける。
こういう凄い人達は、もっと深い意見を求めてるのではないだろうか。
演出家「質問は終わりだ。もう出て行ってくれ」
甜花(……や、やっぱり……)
P「それでは失礼致します……甜花、行こう」
甜花「し、失礼……します……」
24 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:53:40.11 ID:I+Xf9OEw0
甜花「……もっと考えてから、言えばよかった……」
甜花「また、失敗……」
P「そんな事はない。俺は、良い受け答えだったと思うよ」
甜花「プロデューサーさん、優しいね……」
P「いやいや、慰めてるわけじゃ無いぞ。本当にそう思ってる」
P「あの人さ、気分が良くなると何故か、そっけない言い回しになるんだよ。だからアレで大正解だ」
甜花「そうなの……? 演出家さんのこと、よく知ってるんだね……」
P「え? あ、ああ……まあな」
P「それより次だ、次。裏方のスタッフさん達と、共演者さんの方達に挨拶に行くぞ、甜花」
甜花(……? 焦ってる……?)
25 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:54:41.08 ID:I+Xf9OEw0
undefined
26 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:56:56.40 ID:I+Xf9OEw0
大道具「大道具だ」
小道具「小道具です。よろしくね」
P「よろしくお願いします。こちらが、うちの大崎甜花です」
甜花「よろしく、お願いします……!」
大道具「……挨拶はこれでいいな? 俺は仕事に戻る。小道具、あとは頼む」
小道具「はいはーい! あ、もう行っちゃいましたね」
小道具「あーあ……相変わらず、ぶっきらぼうな人」
P「急に来てすみません。打ち合わせの途中でしたか?」
小道具「あ、いいのいいの。気にしないで。確かにそうだったけど、ちょうど終わったところだから」
小道具「甜花ちゃん、改めてよろしくね。はい、飴ちゃんあげるわ」
甜花「あ、ありがとう……ございます……」
小道具「うん、よろしい。劇団とか舞台のことでなら、いつでも私を頼ってくれていいからね」
小道具「これでも古参で、小道具班のリーダーをやらせて貰ってるから」
小道具「分からない事とかがあったら、気軽に聞いてちょうだい」
P「甜花、折角だし何か聞いてみたらどうだ?」
甜花「それなら……さっき言ってた『打ち合わせ』って……?」
小道具「打ち合わせね。うーんと、それだと……」
小道具「甜花ちゃん、小道具と大道具の違いってわかるかな?」
甜花「小道具が、アクセサリーとか手に持つ道具とかで……大道具が、セットとかの大きなもの……だよね?」
小道具「うん、大体その通り。とはいえ、小道具も大道具も同じ舞台上のものだからね。チグハグだとまずいのよ」
小道具「そこで、主に大道具と小道具のリーダー同士で、方向性とかの擦り合わせをするの。それが打ち合わせ」
小道具「……まぁ、さっきのはそう言うのじゃ無くて、これの打ち合わせだったんだけど」
27 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/04(火) 23:57:46.10 ID:I+Xf9OEw0
甜花「……機械の、箱?」
P「スモークマシンだな。その名の通り、人工的に煙を発生させる装置だ」
小道具「ラストシーンの演出で使おうと思っててね。それで、その相談をしてたのよ」
小道具「台数の調整だったり、天井への取り付け方だったり、話すことが多くて多くて」
小道具「ああ、あと風船選びとか、それを割るための仕掛け作りとか……」
甜花「風船……? 割って、どうするの……?」
小道具「あ……あー、余計なことまで言っちゃった」
P「不都合がなるなら、もちろん口外しないようにしますが」
小道具「あ、いいのいいの。話されて困るものじゃないし」
小道具「本決まりじゃない部分は、まだ秘密にしておきたいってだけよ」
小道具「結構いい演出になると思うから。楽しみにしててね、甜花ちゃん」
28 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:00:20.99 ID:eg1fP+qa0
継母役「か・わ・い・い〜!!」
義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」
甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」
義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」
義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」
甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」
王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」
P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」
P「というか止めろ。命が失われかねない」
王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」
P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」
王子役「?」
P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」
継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」
甜花「あの、て、甜花……その前に……」
義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」
義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」
P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」
甜花「……あぅ……」
継母役「あら」
P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」
P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」
甜花「よろしく、お願いします……!」
甜花(やっと……言えた……)
義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」
P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」
義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」
P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」
義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」
義姉1役「……え、いないよね?」
P(いるんだなこれが)
29 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:02:07.27 ID:eg1fP+qa0
P「さて、挨拶回りはこんなもんかな。お疲れ、甜花」
甜花「結構、疲れた……」
P「甜花は、これからどうする? 俺は他のみんなの現場に顔出す予定なんだが……」
P「まだ昼休みの時間も残っているし、何か食べに行くか?」
甜花「お腹、まだあんまり空いてない。だから、その……夏葉さん……」
P「夏葉?」
甜花「お話したいんだけど、見当たらないから……どうしようかなって……」
義姉1役「ん、なになに? 夏葉ちゃんのこと、探してんの?」
甜花「知ってる、の……?」
義姉1役「もっちろん! 夏葉ちゃん、すごい努力家だもんねー」
義姉1役「この時間は間違いなく、一人で練習してるっしょ!」
30 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:03:42.66 ID:eg1fP+qa0
夏葉さんに会いに、劇場の裏まで足を運ぶ。
一番の目的はもちろん、言いそびれた感謝の言葉を伝える事だ。
甜花(それに……夏葉さん、優しかったから……)
その目的以外に、期待してしまう事がある。
ひょっとしたら、夏葉さんとも仲良くなれるかもしれない。
なんていう期待だ。
お礼をして、ちょっとした会話をして、そういう事になれればいいと思う。
甜花(それで、甜花も……友達が増えるよね……)
自分は元々、友達が多い方ではない。
だけど最近は、自分の周りの人の輪が、少しずつ広がっていると感じてる。
アイドルを始めてからの変化だ。
そういう広がりを、楽しめるようになった事も含めて、いい方向に変わって来ている。
ふと、さっきのプロデューサーさんを思い出す。
共演者の人達相手に、少し言葉が砕けていた。
和やか空気を感じた。
あの人達とプロデューサーさんは、以前からの知り合いなのかな、と思った。
仕事を通じて、誰かと仲良くなれるといい。
あんな風になれれば嬉しい。
あんな風に、仲良くなって──
夏葉『ああ!』
甜花「……あ……」
夏葉さんの練習風景が、目に飛び込んでくる。
それは予想以上の何かで。
心がひしゃげる音が、聞こえた気がした。
31 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:06:14.93 ID:eg1fP+qa0
誰かの目が怖かった。
失敗する事が恐ろしかった。
だから自分は、何にも真剣になる事が出来ない。
挑戦する前から、諦めの気持ちが混じる。
そうやって熱くなれない自分は、つまるところ冷たいのだ。
そんな冷たいものに、寄り添おうとする人間はいない。
家族でも、ないのならば決して。
夏葉『なんて素晴らしいのかしら! こんなこと、生まれてから一度も無かった!』
対して、夏葉さんは熱量の塊だった。
全力で練習をしている。
声を張り上げて、力強く体を動かしている。
誰が見てるとも知れないこの場所で。
誰に評価されるとも分からない、この場所で。
きっと、そういった事を気にせずに。
ただ真っ直ぐに。
夏葉『歌って踊れば、誰かが拍手をしてくれる! 微笑めば、誰かが笑みを返してくれる! 何て心地が良いの!』
演技の良し悪しは分からない。
分かるほど、自分は詳しくない。
夏葉『それなのに! 12時が来れば、終わってしまうわ! 魔法が解けてしまう……!』
それでも魅入ってしまう物が、そこにあった。
夏葉『でも明日になればいいの……! 明日になれば! 明日になれば、また……!』
それはきっと灼熱の太陽のようで。
今までの自分にとって、縁の無かった世界のものだ。
32 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:07:23.51 ID:eg1fP+qa0
甜花(……違う……)
胸がチクリと痛む。
甜花(……本当は、そうじゃなくて……)
縁が無いなんて大嘘だ。
学校で、部活や委員会に精を出す人達。
休日の街中で、自分を磨こうといる人達。
そんな熱量を持った人達を、何度も見てきた。
その度に、羨ましく思っていた。
それでも踏み出せない。
自分には出来ないと決めつけて、交わろうとはしなかった。
それだけの話。
甜花(甜花が……避けてきた、だけだよね……)
自分は変われていない。
今までと変わらない。
結局、目の前の女性と自分は別の存在であると、そう結論づけてしまうのだ。
33 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:08:46.08 ID:eg1fP+qa0
夏葉「……あら?」
置いてあった水筒を取ろうとして、夏葉さんは初めてこちらに気がついた。
夏葉「私に、何か用かしら?」
甜花「あ……その……えっと、甜花は……」
言いたかった事があったはずなのに、上手く言葉が出てこない。
甜花「……な、なんでもない……です……」
夏葉「わざわざ、こんな場所まで来たのに?」
夏葉「……まあ、いいわ。私としてはちょうど良かった訳だし」
夏葉「さっき、言いそびれてしまった事があるの」
甜花「夏葉さんが、甜花に……?」
甜花「あ……演技で駄目な所、まだあったとか……?」
夏葉「いえ、そういうのでは無くて……」
夏葉「はい」
夏葉さんが、右手をこちらに差し出した。
夏葉「直接一緒に仕事をするのは初めてだから、こういう事は必要だと思ってね」
夏葉「有栖川夏葉よ。名も知らぬ仲では無いけれど、改めてよろしくお願いするわ」
そこでようやく、握手を求められている事を理解した。
甜花「大崎甜花……です。よろしく、お願いします……」
かろうじて挨拶だけは返せたが、夏葉さんの手を取る事は出来ない。
あの練習風景を見る前なら、躊躇う事なく手を取ることが出来たはずなのに。
夏葉「同じ仕事自体は、海の家の一件以来ね。あの時は、顔を合わせる事は無かったけど……」
夏葉「……どうしたの?」
夏葉さんが、自分の様子がおかしい事に気が付いた。
心配そうな顔を浮かべて、こちらを見ている。
そこで頭をよぎったのは、事務所を出る前の会話だった。
甜花「あ、あの……劇に出るかは、その……まだ分からないから……」
夏葉「どういうこと?」
プロデューサーさんと話した『お試し期間』の話。
自信の無さのせいで生み出された、都合の良い話。
夏葉「……詳しく説明してちょうだい」
夏葉さんが、手を下ろす。
34 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:10:08.45 ID:eg1fP+qa0
夏葉「……そう。お試し期間、ね」
甜花「うん……」
夏葉「この事、他の誰かには話した?」
甜花「それは……ううん。プロデューサーさんと、だけ……」
甜花「演出家さんとかは……知ってると思う、けど……」
夏葉「それがいいわ。人の耳に入らない方が良い話よ。他の役者のかスタッフさんには、特にね」
甜花「……はい」
それは、よく分かっていた。
真剣にやってる人達からすれば、『お試し』という気分の人が混ざるのは嫌な事だ。
この事を聞かされた夏葉さんが、愉快な気持ちにならない事も分かってる。
甜花(……分かってる。そういうことは、甜花も分かってる……だけど……)
確かに『お試し期間』の話で、舞台に上がる事を決めた。
でもそれは、逃げ道が確保できたからという訳じゃない。
そんな無理を通してでも、プロデューサーさんが自分にやらせようとしてくれたからだ。
だから、今日を『お試し期間』にするつもりなんて無かった。
そのはずだったのに。
それを、言葉に出してしまった。
夏葉「甜花、アナタは何になりたいの?」
何気ない会話のように、夏葉さんはそう聞いてきた。
甜花「え……」
今日2度目の抽象的な質問で、考えたことのない質問。
しかし今度は、全く答えが見つからない。
考える糸口すら見えてこない。
夏葉「私は、トップアイドルになりたい」
だというのに、夏葉さんはハッキリと口にした。
夏葉「主役という大役を頂いた以上、余すことなく自分の糧にしたい」
夏葉「そう思って、この舞台に参加しているわ」
夏葉「他の人達だって変わらない。それぞれが、それぞれの強い目的を持って参加しているはずよ」
夏葉「だから……」
その淀みない物言いに、夏葉さんの言いたい事が分かってしまう。
これは通告だ。
夏葉「自分だけの目的が持てないのなら、やめておきなさい。アナタの為にもならないわ」
35 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:11:13.59 ID:eg1fP+qa0
その後、どうやって家に帰ったのかは覚えていない。
午後の練習を終えてから、プロデューサーさんに事務所まで送ってもらった。
そういった事実は思い出せるけど、その繋がりがおぼろげで希薄になっている。
たった今ベッドに転がって、ようやく現実感と胸の痛みが戻ってきたところだった。
甜花「……やめといた方が、良いのかな……」
演技における技術と経験の差は、もちろん感じている。
でもそれ以上に、心の面での隔たりが深く横たわっていた。
夏葉さんの言うことは正しい。
それだけに、よく突き刺さる。
何のために舞台に立って、その先の何を目指すのか。
分からない。
甜花(そもそもアイドルだって、何のためにやってるんだろう……)
始めた理由は、なーちゃんに言われたから。
続いている理由は、楽しいから。
その先は、やっぱり分からない。
トップアイドルになりたい気持ちはあるけど、それだって憧れの域を出ない。
オリンピック選手だとか、ゲームの中のヒーローヒロインと同列のもの。
もっと大仰に言えば、空に浮かぶ星とか月みたいなもの。
自分と地続きの物だと思えないから、目指す姿をそもそも想像できない。
甜花「……分からないづくし、だね……」
気が滅入る。
こういう時、普段はどうやって気を紛らわしていたのだろう。
ゲームとかネットサーフィン……という気分にもなれない。
甜花「……あれ、着信……?」
ディスプレイに、『なーちゃん』と表示されていた。
そこで、一人で思い悩む経験など、まるで無かった事に思い至る。
思い返してみれば、辛い時はいつでも、励ましてくれる人が居てくれたのだ。
だから今のこの辛さは、アイドルになった事での初めてなのだろう。
36 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:12:20.86 ID:eg1fP+qa0
甜花「もしもし、なーちゃん……?」
甘奈『あ、甜花ちゃん! 甜花ちゃんだよね!?』
甜花「そうだけど……」
甘奈『やっと繋がった! 甜花ちゃん大丈夫!? 怪我したりとか、誘拐されたりとかしてないよね!?』
甜花「……ちょっと、待ってね……」
通話状態を維持したまま履歴を確認する。
着信が三回。
SNSでのメッセージがパッと見で数えきれないほど。
甜花「……ごめんね、なーちゃん。連絡が来てるの、気が付かなかった」
甘奈『それならいいんだけど……本当に、何とも無いんだよね?』
甜花「……うん。怪我も病気もしてないよ」
嘘はついてない、はずだ。
甜花「それで、なーちゃん……何か緊急の用事?」
甘奈『ううん、そういうわけじゃないんだけど……』
甘奈『甜花ちゃんのこと考えてたら、声が聞きたくなっちゃって』
甜花「そう……なんだ。それじゃあ、その……お仕事の方は順調?」
甘奈『もっちろん☆ 歌うのは楽しいし、灯織ちゃんとも仲良くなれたし、良いことづくしだよ!』
甘奈『あ、あと食べ物が美味しい! 地産地消、って奴なのかな?』
甜花「そっか……なーちゃんが楽しめてるみたいで、甜花も嬉しい……」
甜花「にへへ……」
なーちゃんと話していると、自然と笑えた。
甘奈『て……甜花ちゃん……!』
甘奈『甜花ちゃん! 甜花ちゃんの方は? 何か変わったことあった?』
甜花「甜花は……うん、舞台のオファーが来たよ」
甘奈『舞台!?』
甜花「一応……準主役みたいな役」
甘奈『おー! さっすが甜花ちゃん☆』
甜花「でも甜花……代役で選ばれただけだよ……?」
甘奈『それでもだよ。それは誰かが、甜花ちゃんを評価してるってことだもん』
甘奈『うん。甜花ちゃん、劇の事もっと聞かせてよ。せっかくだし』
甜花「……」
甘奈『あれ、甜花ちゃん?』
甜花「あ、何でもないよ……劇のこと、だよね……」
甜花「えっとね……『シンデレラとサンドリヨン』って題名なんだけど……」
37 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:13:58.03 ID:eg1fP+qa0
甜花「……みたいな感じ」
台本の筋書きだとか、劇場の雰囲気だとか、聞かれるままに答えた。
夏葉さんの事は話していない。
話したくなかった。
その意地っ張りが無意味なのは知っている。
こういう時のなーちゃんは、あっさりと見透かしてしまうのだ。
甘奈『……そっか。甜花ちゃん、悩んでるんだね』
甜花「やっぱり……分かっちゃうんだ」
甘奈『まぁ、ね。甜花ちゃんの事だもん。ある程度の事は分かるつもりだよ』
甜花「なーちゃんは、凄いよね……」
甘奈『甜花ちゃんも同じだよ。甘奈が落ち込んでたら、絶対に気づいてくれるでしょ?』
甜花「それは、そうかも……」
声色を聞けば、どんな気分なのかぐらいは分かる。
大切な家族だから。
甜花「その、聞かないんだね……」
甘奈『うん。甜花ちゃんが話したくないなら、聞かないよ』
甘奈『でも、悩んでることを誰かが知っていれば、心強いかなって。だから気が付いた事だけ伝えちゃった』
甜花「ありがとう、なーちゃん……」
甘奈『ううん、甜花ちゃんの為だもん。お礼なんて言わなくても……あ、待って待って!』
甜花「なーちゃん……?」
甘奈『その……ね、甜花ちゃん。ある人からの受け売りなんだけど……』
甘奈『感謝は言葉じゃなくて行動で示せ、って。この前聞いたんだ』
甘奈『それで甘奈ね、今とーっても見てみたい物があるの』
甜花「……? 甜花で用意できるものなら、頑張ってみるよ……」
甜花「その……今月は、ちょっとだけピンチだけど……」
甘奈『あ、お金がかかるものじゃなくて。甜花ちゃんが見せたいって思えば、見せられる物だよ」
甜花「……?」
甘奈『甘奈が見てみたいのは、舞台の上の綺麗な甜花ちゃん』
甘奈『同じステージの上からは何度も見てるけど、客席から見たことって無かったから』
甘奈『だから……ダメ、かな?』
甜花「なーちゃん、それって……」
甘奈『……なーんて、ちょっと露骨すぎかな』
甘奈『やっぱり、プロデューサーさんとか千雪さんみたいには、うまく出来ないね』
甘奈『こういうのって……とっても難しいよ』
38 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:16:05.33 ID:eg1fP+qa0
甜花「でも……伝わった、から……」
甘奈『甜花ちゃん……』
なーちゃんが背中を押そうとしてくれたこと、しっかりと伝わった。
そう、伝わっている。
それ以前の事だって、ちゃんと伝わっている。
プロデューサーさんが、無理を通してでも『お試し期間』を作ろうとした理由も。
千雪さんが、事務所を出る前に手を握ってくれた理由も。
そして、夏葉さんが手取り足取り教えてくれた理由も。
こんな自分に、色んな人が期待してくれていることは、ちゃんと伝わっているのだ。
その事実が、色んな物に覆い隠されて、見えなくなっていた。
甜花「……なーちゃんと話せて、良かった」
甘奈『甘奈もだよ! 甜花ちゃん成分大補給、って感じ!』
甜花「その……舞台、見に来てね」
甘奈『……! うん、勿論だよ☆』
甜花「もう、切るよ……やらなきゃいけないこと、出来たから」
甘奈『頑張ってね、甜花ちゃん』
甜花「うん……頑張って、みるよ……」
39 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:17:17.88 ID:eg1fP+qa0
電話を切る。
気分はすっかり回復していた。
よく考えてみると、なーちゃんとの電話で、何が解決したわけでもない。
夏葉さんに言われた事の、その半分も解決できていない。
だけど、今はそれで良い。
それ以前に、やらなくちゃいけない事があるのを思い出した。
伝えられていない、この感謝を伝える。
もう随分と遅くなってしまったから、その分を言葉でなく行動で。
きっと自分は、そういう所から始めなくちゃいけないのだ。
甜花「あった……台本……!」
するべき行動は自然と決まっていた。
台本のページをめくって、その為に必要な、物語の一節を呼び出す。
甜花「きっと……大丈夫。このシーンなら、甜花にだって……」
甜花「あとは……」
もう一度端末を拾い上げて、電話をかける。
それは、二つ目のコール音を待たずに繋がった。
普段の自分なら、相手の反応を待つだろう。
でも今はそうしない。
何より先に、自分の要件を切り出していく。
甜花「プロデューサーさん。お願いが、あります……!」
その言葉は、いつになくハッキリと言えた。
40 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:20:59.92 ID:eg1fP+qa0
夏葉「おはよう、プロデューサー」
P「ああ、おはよう。急な連絡だったのに、よく来てくれた」
夏葉「そうね。『いいランニングコースを見つけた。明日の朝から走ろう』……」
夏葉「こんな急なメール、無視されても仕方ないわよ?」
P「そうだな。今後は無いように気をつけるよ。急に悪かったな、夏葉」
夏葉「別に責めているわけじゃ無いのだけど……」
夏葉「その辺りのことは、走りながら聞かせてちょうだい」
P「了解した。じゃあ、行こうか」
P「……ふっ、ふっ、はっ……ふっ、ふっ、はっ……」
夏葉「ランニング、すっかり板についてきたわね」
P「最初に、夏葉と走った時に、比べればな。あれから、たまには、走るようにしてるし……」
夏葉「素晴らしいこと事だと思うわ」
P「おかげさま、でな」
夏葉「……それで、今朝は何のためのランニングなのかしら」
夏葉「何かあるんでしょう? アナタ、急な連絡なんて滅多にしないもの」
P「そう、だな。ええと、昨日の、事なんだが……」
夏葉「ペース、落とすわよ」
P「……助かる」
夏葉「昨日と言うと、甜花のことよね」
P「それも関係ある。あるんだが……まずは、俺の口から夏葉に謝罪がしたい」
夏葉「私に、謝罪?」
P「そうだ。『お試し期間』の事を提案したのは、俺だからな」
P「あの話を聞いて気分を害したなら、俺は夏葉に謝らないといけない」
夏葉「……」
P「甜花に何としても仕事を受けてもらいたくて、俺が言った事だ。その全責任は俺にある」
P「あの発言で、夏葉が怒るのも当たり前だ。だけど、その対象は甜花じゃなくて俺に……」
夏葉「ちょっと待って。私が怒ったって、なんの話かしら?」
P「あれ、違うのか。甜花から、『お試し期間』の話を聞いて、それで………」
夏葉「確かにいい気分がしなかったけど、それで怒ったりはしないわ」
P「……というと?」
夏葉「私は、全ての事情が分かっているわけでは無いもの」
夏葉「物事の一面だけを見て感情的になる事はしないわ。少なくとも、そう心掛けているつもりよ」
P「そう……だよな。夏葉なら、確かにそうか」
P「とすると、甜花は……」
41 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:22:33.39 ID:eg1fP+qa0
朝の公園は閑散としていた。
時間のせいか、人通りは少ない。
発声練習をしている自分を、気に留める者はいなかった。
そんな静けさの中、女性が一人だけ近づいてくる。
服装は、自分と揃いの空色ジャージ。
甜花(夏葉さん……)
腹部に意識を集中させる。
頭の中に鏡をイメージする。
夏葉さんが、目の前に立つ。
気持ちを伝える為に、会話をする為に、色々な事を考えた。
でも、その収穫は全く無い。
もともと口下手なのだ。
気の利いた会話など、急に出来るようになるわけがない。
それなら、やれる事は一つ。
甜花「すぅ……」
息を深く吸い込んで、意識を切り替える。
立っているこの場所が、ステージの上であるかのように、自分を錯覚させる。
今の自分にできる事は、これだけなのだ。
当たって、砕ける事だけ。
甜花「『シンデレラ、これで顔を拭きなさい』」
手先を柔らかく、ピンと伸ばす。
無いはずの布切れを、そこに幻視させる。
一歩だけ距離を詰める。
甜花「『そしたら、礼拝に行きましょう』」
そして今度は、自分から手を差し出した。
42 :
◆/rHuADhITI
[sage saga]:2018/12/05(水) 00:24:48.61 ID:eg1fP+qa0
すみません、一つ飛びました。
>>40
の続きからです
43 :
◆/rHuADhITI
[saga]:2018/12/05(水) 00:25:22.95 ID:eg1fP+qa0
夏葉「私は怒ってはいなかった。だけど、厳しい言葉をかけたのは事実よ」
夏葉「あの子……落ち込んでいた?」
P「ああ。帰りの車の中でも、茫然自失という感じだった」
夏葉「悪いことを、してしまったかもしれないわね」
夏葉「間違った事を言ったとは思っていないわ。でも、もう少し言葉を選ぶべきだった」
夏葉「傷つけるつもりは、無かったのだから」
P「ちなみに、どういう事を言ったんだ?」
夏葉「最初に目標を聞いて、答えが帰って来なかったから、まずは自分の事を話したの」
夏葉「それから、『目的意識に欠けるのは為にならない』という趣旨のことを言ったわ」
P(ここまでは、車の中で甜花から聞いたな)
夏葉「その上で『目標設定から始めなさい』とか『明日からもよろしく』……みたいな事を言ったはずよ」
P「……! それで、か」
夏葉「自信を失っているように見えたから、私なりに助言をしたつもりなのだけど……」
夏葉「裏目に出てしまったみたいね。事務所で会ったら、誠心誠意謝らせてもらうわ」
P「……勘違いだ」
夏葉「勘違い……?」
P「甜花から聞いた話と食い違っている。どちらかが嘘を吐いている訳でもない」
P「だから勘違いだ。おそらく途中までしか、甜花の耳に入ってない」
P「ショックのあまり、『為にならない』以降の言葉が聞こえてなかったんだろう」
P「ちなみに、その時の正確な発言は……」
夏葉「『やめておきなさい。アナタの為にもならないわ』」
夏葉「……」
P「……」
夏葉「……辞退を促している事に、ならないかしら?」
P「……なってるな」
夏葉「プロデューサー、彼女に連絡を……!」
P「それは、必要ない」
P「目的地に着いたからな」
夏葉「え……?」
P「ランニングの目的地だよ。事務所近くの公園だ」
P「ここに夏葉を呼び出すように、甜花に頼まれていたんだよ。ほら、あそこを」
夏葉「……あの子」
P「そういうことだ。行ってこい、夏葉」
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