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彼女は窓フェチの変態だった
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25 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:01:52.67 ID:c+BVrGz60
よく見ると、棚の半分は俺が知らない作品で埋め尽くされていた。
部屋を見渡してみるが、ここは確かに俺がいつも暮らしている部屋だった。
昨晩うっかり隣の部屋に入ってしまったという可能性はなさそうだ。
俺は無性に誰かと話したくなり、妹に電話をかけた。
「なあ、『絵夢の冒険記』って知ってるか?」
『知ってるよーよく読んでる。&%$#&#ちゃんも好きだから、お兄ちゃんなら知らないはずないと思ってたけど』
「え?」
名前の部分が聞き取れなかった。
「今、誰ちゃんっつった?」
『だから、&%$#&#ちゃん』
名前だけ、音がごちゃごちゃしてやっぱり聞こえなかった。
変な加工を施されているみたいな感じだ。
26 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:02:34.18 ID:c+BVrGz60
「……なあ、お前って俺の部屋に勝手に漫画置いてったりしてないよな?」
『えー? &%$#&#ちゃんと貸し借りすることはあるけど、今は何もそっちに行ってないよ』
「……そうか。ありがとう」
俺は気が違ってしまったのだろうか。
とりあえず気を紛らわそうと思い、棚から適当にDVDを選んで再生した。
これも俺の知らないアニメだ。
主役のキャラが2人いて、片方はヴァルクにそっくりだった。
流石にこれはパクリだろうと思ったが、スタッフをよく見たら原作者が同じだった。
ネットでも調べてみた。キャラ同士の関連性は全くないが、容姿設定を流用したらしい。
そのアニメは1話目で見るのをやめた。
残酷な去勢シーンがあり、息子がすっかり縮こまってしまったのである。
こんな話の一体何処が面白いというんだ。
27 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:03:04.68 ID:c+BVrGz60
「――!」
突然、頭の中に映像が流れ始めた。
『うわあああん! 失恋したあ!』
この部屋で女性が何やら喚いている。
深夜アニメの放送が終わった直後のようだった。
『俺は君を振ってないはずだけど』
こっちは俺の声だ。
『好きなキャラが女だったのー! あーん!!』
女性はパソコンを立ち上げ、某巨大掲示板専用ブラウザを開くと、男装キャラのアンチスレに愚痴を書き込んだ。
思い出した。
彼女はそれから1週間落ち込みっぱなしだったが、なんだかんだで落ち込む原因となった深夜アニメをその後も視聴し続けていた。
最終回の放送後には大泣きしていたな。
彼女は余程そのアニメを気に入ったらしく、わざわざ円盤まで買ったのだ。
俺はそのアニメに興味をもてなかったから、放送中はいつも自分のパソコンの画面を見てばかりいた。
28 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:04:28.53 ID:c+BVrGz60
俺は確かに、この部屋で女性と同棲していた。
どうして忘れていたのだろう。
まだ、彼女に関する記憶のほとんどは思い出せない。
だが、こんなことを他人に話しても正気を疑われるだけだろう。
俺は怖くなった。一体誰に相談すればいい?
思い当たったのは、「ヴァルク」とそっくりな、夢の住民だけだった。
こうなったら寝るしかない。まだ朝だが、俺は酒の力を借りて眠りについた。
29 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:05:02.78 ID:c+BVrGz60
「何か問いたそうな顔だね」
クォ・ヴァディスは今日も微笑んでいる。
18歳くらいの姿だが、少しだけいつもと雰囲気が違っていた。体のラインが曲線的で、胸がある。
「……やっぱり、そっくりだな」
「言っただろう? 僕は、宿主の記憶にある誰かの姿を借りているって」
だが、俺は『ヴァルク』の姿なんて覚えていなかったし、多分記憶がおかしくなる前から大して印象には残っていなかったはずだ。
「ふふ。『ヴァルク』はシリーズ中さまざまな年齢で登場する上に、性別が『未確定』なんだ。僕という存在によく馴染むんだよ。まあ、細かいところは僕好みにアレンジしているけどね」
未確定? よくわからない。
「性別が固定されていないから、ヴァルクは自在に性別を変えることができるんだよ。男にも、女にも、中性や両性にだってなれる」
「その情報は、元々知っていたのか? それとも、宿主の記憶から拾い上げたのか」
「ふふふ。後者だよ。――さて、本題はこれじゃないだろう?」
30 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:05:35.23 ID:c+BVrGz60
「俺はどうやら大切な人のことを忘れているらしい」
「もう気づいたのかい? 意外と早かったね」
クォ・ヴァディスは、全てを見通していそうな目で俺を見た。
その銀河を映し出しているような見た目の虹彩に、吸い込まれそうになる錯覚に駆られた。
底知れない、無限の闇。人ならざる者が棲まう場所。生も死もない空間。
きっと、彼の目の先にはそんな世界が広がっている。
「君は、ここは心象世界だと言った。てっきり俺は自分の心象世界だと思っていたが、どうにも違和感がある。別の誰かのなんだろう?」
「そう、その通り。ここは、君の大切な人の心象世界だ」
名前さえ思い出せない、でも、確かに大切だった恋人。
31 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:06:17.66 ID:c+BVrGz60
「俺は一体何をしなきゃいけないんだ?」
「それは、君自身が知っているよ。この状況は、君が望んだものなのだから」
しかし、俺はそのことを覚えていない。
「1つだけアドバイスをあげよう。ここはあくまで他人の心象世界だ。だから――」
ピンポーン
インターホンの音で目が覚めた。
「おい森岡ー! いるんだろー!」
玄関から聞こえるのは坂田の声だ。
32 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:06:44.90 ID:c+BVrGz60
「なんだよ」
「お見舞い行くぞ」
「お見舞いって、誰のだよ」
坂田は眉を八の字に潜めた。
「やっぱお前も診察受けた方が良さそうだな。うっわ酒臭いぞ。歯磨きして着替えてこい」
言われるまま身支度をする。
洗面所に2つ並んだコップ。「やわらかい」硬さの歯ブラシが入っている方のコップは、俺のものではない。
一緒に住んでいた彼女の物だ。どうして気がつかなかったのだろう。
部屋をよく見渡せば、女物の服や雑貨が存在している。
俺は、これらを視界の中に入れていたにもかかわらず、その存在を正しく認識できないでいた。
33 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:07:18.81 ID:c+BVrGz60
玄関に出る。そこには、女物の靴も置いてあった。
「大丈夫か? 財布はちゃんと鞄に入れたか?」
「大丈夫……じゃないかもしれないけど、財布は忘れてない」
坂田に連れられて電車に乗った。
窓からの景色には見覚えがある。俺は、毎日のようにこの街並みを眺めていた。
坂田は時々神妙そうな顔をしたが、たまに雑談を振ってくれた。
「&%$#&#さんのことなんだけどさ」
「うん」
「入院する前、彼女も今のお前みたいになってたんだ。だから、すごく心配だ」
「そっか」
34 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:07:46.66 ID:c+BVrGz60
あれがただの夢ではないと、確信があった。
しかし、深く考えようにも、今俺がいるのは現実世界だ。
夢の印象が薄れて、細かいところまでは思い出せない。
電車の窓。建物の窓。高層ビルに張り巡らされた、無数の窓。
ガタンゴトン ガタンゴトン
ガタンゴトン ガタンゴトン
あの窓には、それぞれ別の世界が広がっているのだろうか。
それとも、ただ物理的な空間が続いているだけなのだろうか。
建物の更に向こうには、青い空が広がっていて、白い雲が流れている。
『窓に切り取られた空っていうのも、なかなか乙なものだと思うのよ』
誰かがそう言った。俺の頭の中で。
「おい、大丈夫か。ぼうっとしてるにもほどがあるぞ」
「あ……ごめん」
35 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:08:14.12 ID:c+BVrGz60
病院のにおいは全国共通だと思うのだが、海外の病院はどうなんだろう。
聞いたところによると、消毒液のにおいが充満しているのは日本の病院独特のものらしいが、それが事実かどうか確認する機会が訪れる予定は俺にはない。
俺は誰かと海外旅行に行く約束をしていたような気がする。
「えっと……確か、こっちの病室だ」
坂田が俺の様子をチラチラ伺いながら案内してくれた。
エレベーターで2階に上がる。降りると眩暈を感じた。体重が重く感じる。
36 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:08:40.70 ID:c+BVrGz60
白い病棟。四角い窓。延々と続いていそうな廊下。
「ほら、ここだ」
病室の前のネームプレートを見る。
【 ¥&‘{$@@’“#! &%$#&# 】
目を擦っても、やっぱり文字化けしていて読めなかった。
ここは本当に現実なのだろうか。
静かにスライドドアが引かれる。
病室に入ろうとした瞬間、視界がバグった。
37 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/13(火) 21:09:11.04 ID:c+BVrGz60
続
38 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:13:07.39 ID:oG3MxUaR0
【3】
「大丈夫かい?」
15歳ほどの見た目年齢のクォ・ヴァディスが、しゃがんで俺の顔を覗き込んでいる。
おかしい。俺は病院にいたはずなのに、いつのまにこっちの世界で倒れていたんだろう。
「今のも、夢だったのか?」
「いいや、正真正銘の現実だよ」
「視界がバグってぶっ壊れた」
「バグっているのは、君の方」
じゃあ、何故俺はバグってしまったのか。
39 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:14:07.52 ID:oG3MxUaR0
「君は『彼女』を認識することができないからね。彼女の心の欠片を拾い上げたことで少しずつ認識することができるようになっているけれど、まだ現実の彼女と対面できる段階じゃないんだ」
「まだよくわからないが、あの光の玉を集めれば、全て理解できるようになるんだな」
「そう。君の記憶も蘇る」
窓を選ぼうとする俺に、クォ・ヴァディスは声をかけた。
「さっき言いそびれたことなのだけどね。ここは君の恋人の心象世界であり、君は異物だ。心象世界にあるモノが、悪夢となって君を排除しようとする。免疫機能のようなものだね」
この前黄色い石が襲い掛かってきたのは、それだったのか。
「排除されたら、どうなるんだ」
「ゲームオーバー。もうこの世界へは来られなくなる。ちなみに僕は助けてあげられないよ。ルール説明や助言程度ならできるけどね」
40 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:14:53.75 ID:oG3MxUaR0
「君は、排除されないのか?」
「ふふ。僕はステルススキル持ちだから」
俺は素朴な木の窓に手をかけた。古い民家についていそうな窓だ。
「1つ、確認したいことがある」
「なんだい」
「君は、俺の味方なのか?」
クォ・ヴァディスは顎に手を当てて笑った。
「僕は君と契約したからね。契約の範囲内では味方をするよ」
契約とはなんなのか。きっと光の玉を見つけたら、答えがわかるのだろう。
41 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:16:01.77 ID:oG3MxUaR0
森。何処までも続く、森。霧が立ち込めていて、視界は少々不明瞭だ。
時々、ゴォォ、ゴォォと低い風の音がしている。
なんだか物悲しい雰囲気のする空間だ。寂しい。
道は入り組んでいる上に、曇っていて太陽の位置を把握することは困難である。
方角も、時間も、何もわからない。
何か、音楽でも流れていたらいいのに。オカリナでも吹きたいな。
湿った地面を踏みしめる。
どうすれば光の玉を見つけられるのだろう。
試しに進んでみたが、気がつけば元の位置に戻ってきていた。
ここは、俺が好きなゲームの森に少し似ている。多分、彼女も好きだった。
なら、進むためのヒントも共通しているかもしれない。
音が大きく聞こえる方へ行けばいいんだ。
42 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:16:35.76 ID:oG3MxUaR0
ゴォォォォォォ
ゴォォォォォォ
最深部へと進むと、一瞬視界が真っ白になり、灰色の町へと出た。
雨が降っている。
俺の地元そのものだった。否、今地元に帰ってもこの景色は見られない。
これは、子供の頃に見ていた景色だ。
フードを被った男が佇んでいる。手に持っているのは、包丁だ。
あれは、やばい。殺意の塊だ。
俺はじりじりと距離を開け、ある程度離れたところで背を向けて走り出した。
男が追いかけてくる。
鋭利な刃。死の恐怖。今にも破裂してしまいそうな心臓。
43 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:20:20.10 ID:oG3MxUaR0
悪夢なら早く覚めてくれとも思うが、俺は探さなければならないものがある。
走る。走る。走る。
泥濘に足を取られそうになっても、必死に走る。
逃げている内に、いつの間にか俺の実家付近に出ていた。
玄関を開けて鍵を掛ける。
ドンドンドンドンドン
しばらく経つと、玄関の前から男の気配が来た。
俺はそろりとその場を離れ、靴を履いたまま階段へ向かう。
ガシャーン
窓が割れる音がした。玄関近くの部屋の窓を、男が割って侵入してきている。
俺は慌てて階段を駆け上った。男は大きく足音を立てながら追いかけてくる。
44 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:22:30.69 ID:oG3MxUaR0
まだ上っている途中の男に椅子を投げ落とした。大したダメージを受けている様子はない。
ごついハンガーラックで殴ってみる。
男は階段の下に転がったものの、少し経ったらすぐに起き上がってきそうだ。
俺の部屋の窓の向こう側から、何か強い気配を感じた。あっちに行かなければならない気がする。
俺の部屋の向かい。――そうだ、彼女の部屋があるんだ。
俺とあの子は隣に住む幼馴染同士で、よく窓を開けて会話をしていた。
俺は窓を開けた。
彼女の部屋の窓は開いている。カーテンがヒラヒラと揺れていて、まるで誘っているようにも思われた。
飛べない距離じゃない。ジャンプすれば、届く。
45 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:23:57.23 ID:oG3MxUaR0
懐かしい部屋。彼女のにおい。
しかし感慨に浸っている余裕はない。
彼女の勉強机の引き出しから光が漏れている。そうか、そこにあるのか。
開いた瞬間、窓からドンっと音がした。
ちくしょう、もう来たのか。
「ひいっ!」
俺はそこら辺にあった物を投げたり蹴とばしたりしたが、男にダメージを与えることはできなかった。
引き出しの中にあった光の玉を掴んで逃げようとするも、足が竦んで動かない。
男が俺に迫り、包丁を振り上げる。
俺は死を覚悟した。
46 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:24:55.45 ID:oG3MxUaR0
――あれ、痛くない?
おそるおそる目を開ける。
紺色の髪をした青年が、腕で包丁を受け止めていた。
「さあ、逃げようか」
クォ・ヴァディスはこちらを向いて微笑んだ。
助けないんじゃ、なかったのか?
47 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:27:41.95 ID:oG3MxUaR0
手に握った光の玉の輝きが増し、景色を包み込んだ。
『ねえ、このキュロットスカート、前に布がついていて本当のスカートみたいに見えるの』
4年1組。9歳と10歳が混在する教室。
彼女は自分で布をぺらぺらめくってみせた。現れるのはパンツではなく、同じ素材の布だけだ。
『従姉のお姉ちゃんにもらったの!』
『えー、よく穿いてるスカートのが似合ってるよ』
声変わり前の俺の声が答えた。
悪いデザインではなかったが、お下がりというだけあって古臭く感じられた。
何より、スカートと見せかけて中身がズボンだなんて、騙されている気分になってしまう。
彼女は不貞腐れて、その日はもう口を利いてくれなかった。
48 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:28:43.67 ID:oG3MxUaR0
翌日、彼女はスカートを穿いて登校した。
チラチラと俺の様子を窺っていた。
可愛い、似合ってると褒めてほしいんだろうなと察しはついたが、当時クソガキだった俺には素直に褒めることなんてできなくて、知らんぷりを決め込んだ。
休み時間、突然彼女の悲鳴が聞こえた。
隣のクラスの男子がこっちの教室に来て、彼女のスカートをめくったのだ。
「なんだ、スパッツ穿いてるのかよ」
見えてもいい中身だからといって、スカートめくりをしていい理由にはならない。
彼女は激怒して涙目になっていた。
俺は無性に腹が立って、その男子を殴り飛ばした。
49 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:29:10.68 ID:oG3MxUaR0
「はっ」
青い空、白い壁、白い床。勝手に動いている天井。
いつものスタート地点だ。
「いやあ、危ないところだったね」
「どうして助けてくれたんだ」
俺はクォ・ヴァディスの腕を見た。怪我はしていなかった。
「彼は心象世界の免疫じゃない。君と同じ、現実世界の人間の精神だ」
「え……」
俺以外にも、この世界に来ている人間がいるだと?
なんだか、彼女を穢されている気分になった。不快だ。
「君との契約時点では、他の人間が介入するなんて予想外だったからね。だから助けたんだよ」
50 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:29:38.00 ID:oG3MxUaR0
「あいつも、彼女の心の結晶を集めようとしているのか?」
「いいや、違うようだね。彼の心は君への殺意で満たされていた。きっと、こちらの世界で彼に刺されると、君の心は現実でも死んでしまう」
フードで隠れていたから、あの男の顔は見えなかった。
でもきっと、あいつも俺の知っている人物なのだろう。
彼女のスカートをめくった、あの男子のことが思い浮かんだ。
「彼からは、正の感情を一切感じることができなかった。悪魔と契約し、喜びや愛情を対価として君を葬る術を与えられたのだろうね」
悪魔?
「君も、悪魔なのか?」
「ふふふ」
クォ・ヴァディスは笑みを深めた。
「君はもう思い出せるはずだよ。僕との契約のことを」
思い出そうとした瞬間、他の誰かの気配を感じた。
「はぁい、こんにちは」
51 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:30:14.05 ID:oG3MxUaR0
白い床の上に、彼女が立っていた。正確には、彼女の姿をした、何かが。
「やあ、まさか君だったとはね」
「気づいていた癖に。今はそんな姿をしているの? 前よりは趣味が良いわね」
彼女の姿をした何かは、確かに彼女と同じ顔をしているのに、まるで表情の作り方が違う。
「こんにちは、森岡さん。私は歓楽を食らう悪魔。今日は挨拶に来たのよ」
カツコツと音を立てて、悪魔はこっちに歩み寄ってくる。
モデルのような歩き方も、彼女とは全く違っていた。
「こちらも生きるためにやっていることなの。ごめんなさいね」
クォ・ヴァディスとよく似た笑い方。でも、まるで人間を見下しているような、嫌な感じがした。
52 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:30:55.43 ID:oG3MxUaR0
「おい、いい加減起きろ」
坂田が俺の頬をぺちぺちした。
そうだった、俺は病院で倒れたんだ。
すぐに目を覚ますべきだったのに、すっかり現実のことなんて忘れていた。
「とりあえず、今日は診察してもらえることになったからな」
坂田はわざわざ付き添ってくれた。折角の休日をこんなことで潰させてしまって、申し訳ない。
CTスキャンをしたり、長々と精神科医の質問に答えたりした。
CTスキャンの結果は異状なし。
精神科医には、記憶が欠けていることは話したが、夢の内容については伏せておいた。
「恋人が廃人状態となったショックで、健忘を起こしているようですね。しばらく様子を見ましょう」
53 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:31:29.45 ID:oG3MxUaR0
帰りの電車では、坂田に彼女のことを教えてもらった。
俺と彼女は中学の頃から付き合っていて、高校や大学も同じだったこと。
職場は別だが、就職とほぼ同時期に同棲を始めたこと。
坂田が詳しく知っているのは、大学の頃よくグループで一緒に遊んでいたのが理由だということ。
「何か困ったら、すぐ言えよ。できるだけ助けてやるから」
「ありがと」
「地球科学科のよしみだからな」
54 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:32:02.18 ID:oG3MxUaR0
家に帰り、俺は「絵夢の冒険記」のアニメのDVDを再生した。
単に、何か音がないと寂しかったからだ。
ヴァルク『戦死者を選ぶのは――この僕だ!』
絵夢『そっちの思い通りにはさせない! 緑風の刃《グリーンウィンドカッター》!』
ヴァルク『効かないよ。――ハートブレイク!』
アニメの音声をBGMに、俺はクォ・ヴァディスとの契約のことを思い出していた。
『彼女を救いたいかい?』
俺の夢に現れた悪魔が言う。
『俺の何を対価にしたっていい! 君が悪魔だというのなら、俺と契約して彼女の心を救ってくれ!』
彼女は、ある時突然心を壊して植物人間に近い状態になってしまったのだ。
俺は彼女を救いたい一心で、悪魔にすがった。
『彼女の心の命の灯は、今にも消えてしまいそうだ。それを救うには、君の心の命か、体の命を代償にしなくてはいけない』
『どっちだっていい!』
『しかしね……彼女が心を失ったのは、君を助けるためだったんだよ』
55 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:34:19.86 ID:oG3MxUaR0
俺は絶句した。
『体の命を失いかけた君を救うため、彼女は僕と契約した。その結果があれなんだよ』
『え……じゃあ……』
『再び君が死にかけたなら、彼女の行いは無駄になる』
『ずっと同じことの繰り返しになるじゃないか』
彼女を救うことはできないのだろうか。俺は絶望しかけた。
『同じ人物から対価を得ても、味に飽きてしまうからね。僕はもう彼女とは契約しないよ。運よく別の悪魔と出会えたなら、君と言う通り同じことの繰り返しになるだろうけれど、可能性は低いだろうね。悪魔が人と出会うことは滅多にないから』
腹に残る傷跡を服の上からなぞる。
俺は、本当は死ぬはずだった。
助けてくれた彼女に、なんの恩返しもできないっていうのか。
『そうだね……じゃあ、君には『彼女を救う手段』を与えよう』
『手段……?』
56 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:34:54.90 ID:oG3MxUaR0
『彼女の心はバラバラに砕けて、彼女の心象世界に散らばっている。それを集めるゲームをするんだ』
『ゲーム……』
『僕は君にチャンスを与えるだけ。直接彼女を救うのはあくまで君だから、対価は軽くて済むんだよ』
俺は迷わず契約することにした。
『とはいえ、完全に元に戻るわけじゃない。彼女がこれまでに溜め込んでいた悲哀の感情は僕のエネルギーにさせてもらっているからね』
それでも、再び彼女の笑顔を見ることができるのならば、契約しない手段はない。
『彼女という人格を構成するのに必要最低限の要素は不足していないから、そこは安心してほしいのだけどね』
『それで、対価はなんだ』
『君に渦巻く『彼女を失いかけたことによって発生した負の感情』だよ。僕の主食は人間の悲哀だからね』
悪魔は笑う。笑う。笑う。
『それに伴い、君には一時的に記憶障害や認知障害が起きるけれど、時間経過、もしくはゲームのクリアでいずれ元通りになる』
57 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:35:37.66 ID:oG3MxUaR0
そして俺は悲哀の感情を悪魔に売り渡し、彼女に関する何もかもを忘れてゲームを始めた。
俺が死にかけた理由は――なんだったかな。
絵夢『どうして庇ったんだよ!』
ヴァルク『ふふ……僕はいつでも君の味方だったよ』
流しているアニメの内容は半分も頭に入ってこない。
でも、このシリーズは彼女が好きだったんだ。
彼女の足跡を辿るような気持ちで、寝るまでずっと再生し続けた。
彼女に、何か伝えたいことがあったような気がする。でも、思い出せない。
58 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:36:31.01 ID:oG3MxUaR0
「やあ、気分はどうだい」
ヴァルクとそっくりな顔が笑う。
見た目は25歳くらいだ。
「ハートブレイク! ……なんてね。ふふ」
クォ・ヴァディスは、ヴァルクが魔法を放つ時のポーズを真似てみせた。
本当に攻撃魔法が出てくるんじゃないかと、一瞬俺は身構えてしまった。
「さて、1つ相談なんだけど……」
「ああ」
「フードを被った彼は、あまりにも危険だ。さっきは初回だったから僕が助けたけれど、次からはできない。もし対抗策が欲しいなら、新たな契約が必要になるけど……どうする?」
何の対抗策もないまま再びあの男に追われたら、その時こそ勝てる気がしない。
あの男に刺されて心を殺されるか、何かを対価として助かる可能性を掴み取るか。
59 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:37:43.02 ID:oG3MxUaR0
「……あの男を見つけたらワープする能力が欲しい」
「良いだろう。対価は……そうだね、君の過去の悲哀の感情を頂こうか」
「構わない」
「鮮度が落ちるし、君という人格が壊れない程度にしか吸えないから、無制限の能力にはできない。精々、1回の睡眠につき3回までだ」
クォ・ヴァディスは右手の指を3本立てた。
「……とりあえず、それでいい。頼む」
「前回の契約と違って、思い出のイメージと感情を思い出すことはもうできなくなるけれど、いいのかい?」
俺は頷いた。
悲哀を食らう悪魔は、少しだけ寂しそうに微笑んで、人差し指の先を俺の額に立てた。
悲しかった思い出の光景が、俺の中から消えていく。
その時、どれほど悲しかったか、辛かったのか、その悲しみがあったからこそ味わえた幸福でさえも、吸い取られた。
100m走で負けた時の悔恨。
ペットが亡くなった時の慟哭。
じいちゃんの葬式で流した涙。
手を握って慰めてくれた彼女の、温もり。
60 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:38:09.09 ID:oG3MxUaR0
少し画質の悪いポリゴンで作られているような見た目の窓に手を触れた。
そういえば、彼女は窓が好きで好きで仕方がなくて、いちいちアニメやゲームの窓のキャプチャを撮って保存していたっけな。
満天の星空。歪で細長い、白い建物。
街灯なんてないのに、何故だか地上は明るい。
左の方を見ると、巨大な大地が宇宙に浮かんでいた。一見地球のようだが、大地は途中で切れている。丸みを帯びた板のような形だ。
前方には大きな城のようなものが見えた。
真っ白で、無機質な町。
俺は、ついさっきこの風景を画面越しに見ていた。
ここは、「絵夢の冒険記」の黒幕が住まう土地だ。
61 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:38:44.46 ID:oG3MxUaR0
「絵夢の冒険記」の主な舞台は、いかにも異世界らしい異世界だ。
だが、終盤はこの白い星に移動し、ラスボスと戦う展開となっている。
何かが近づいてくる音がした。それも、大量だ。
主人公達を襲うロボットやバイオロイドが、こっちに向かってきている。
心象世界における、免疫だろう。
悪夢を見ている時の恐怖を感じる。
あいつら相手にワープは使えない。自分の足で逃げないと。
62 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:39:12.41 ID:oG3MxUaR0
逃げても、逃げても、逃げても、うじゃうじゃ沸いて追いかけてくる。
建物の中に逃げ込んで、扉を閉めた。だが、俺の足元からもうにゅっと幽霊みたいに生えてきた。
アニメじゃこんな物理法則を無視した現れ方はしてなかったってのに!
窓から飛び出して逃げ続ける。
ああちくしょう、助っ人キャラでもいてくれたらいいのに。
「こっち!」
誰かが俺の手を握った。
黒髪で、身長は155cmほど。
男の子なのか女の子なのかいまいちよくわからない顔立ちの小学生。
「絵夢の冒険記」の主人公、檜原 絵夢(ひのはら えむ)そのものだった。
63 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/14(水) 19:39:46.85 ID:oG3MxUaR0
続
64 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/15(木) 23:58:35.13 ID:5y9FZK0b0
【4】
「ここなら安全です」
絵夢に連れてこられた先には、免疫である敵が現れなかった。
ここは、確か……絵夢達がこの星での拠点としている隠れ家だ。
「どうして助けてくれたんだ」
「あなたを異物として排除しようとする機能もあれば、この世界の主を治そうとする機能もあるんです」
設定上、絵夢はヴァルクと顔がそっくり――というよりヴァルクが絵夢にそっくりなのだが、作画上は大して似ていない。
左右の髪が一房ずつ内側に巻いているのが共通している程度である。
笑い方も、健全な小学生のそれだ。
65 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/15(木) 23:59:01.77 ID:5y9FZK0b0
「あなたはこの世界の主を救おうとしている。だから、手助けをしたいんです」
11歳の綺麗な瞳は、いくらか俺の精神を癒してくれた。
「あなたの探し物は、あの城にあります」
ラスボスの居城。バイオロイドの研究施設。悪意が渦巻く場所。
「あそこまで案内します。ついてきてください」
絵夢が敵をばったばったと薙ぎ倒してくれるおかげで、すいすい進むことができた。
この小学生は剣やら魔法やらを自由に使うことができるのである。とても心強い。
城はもう目の前だ。
だが、背筋に悪寒が走った。嫌な気配を感じる。
奴だ。
66 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/15(木) 23:59:29.46 ID:5y9FZK0b0
絵夢が風の魔法を放った。
しかし、フードの男は大してダメージを受ける様子もなく突進してくる。
ガキィン!
フードの男の包丁を、絵夢が剣で受け止めた。
金属同士が擦れ合う音が鼓膜を震わせる。
「そいつ、なんとかぶっ倒せないのか!?」
「無理ですっ! この人の意思の強さがあまりにも強烈で……っ!」
背後からは免疫の軍団が迫ってきていた。このままでは、俺は排除されてしまう。
「でも、しばらくの間食い止めることはできます! 先に進んでください!」
「君だけを置いていくことはできない! 一緒にワープで」
「ワープで飛べるのはあなただけです! 早く!」
「……すまない!」
67 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:00:02.66 ID:6W5BK61q0
大きな扉を抜け、城の内部へと駆け抜けた。
絵夢達の宿敵――この城の主、クラシストの玉座に光の玉があると夢覚が告げている。
階段をひたすら上った。
エレベーターもあるが、使わなかった。
扉が開いた瞬間敵と遭遇したらと思うと、怖かったのだ。
不思議と迷わず進むことができた。
この世界には、『迷い』という概念さえ存在しないのではと思えるほどだ。
『あなたを助けることに、迷いなんてなかったもの』
彼女の声が聞こえる。
68 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:00:33.35 ID:6W5BK61q0
絵夢達がクラシストと戦った広い部屋に出た。天井も壁も床も白い。
やはり、玉座の上には星のように光るものが浮いている。
ダッダッダッダッ
重く力強い足音。振り向くと、血まみれのフードの男がそこに立っていた。
「おい……絵夢はどうしたんだ」
フードの男に大きな外傷は見られない。なら、この血はなんだ。誰のものだ。
フードから覗く口元は、口角を歪めた。
殺された
ころされた
コロサレタ
69 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:01:29.17 ID:6W5BK61q0
「てめえええ!!!!」
俺は強く剣をイメージした。
そのまま斬りかかるふりをして、ワープで男の背後に回る。
刃は男の背を斬ることに成功した。赤い血飛沫が飛び散る。
フードの男は痛みを感じていないのか、すぐに振り向いて俺に包丁を突き刺そうとした。
俺は咄嗟にワープをし、再び男の背後に回った。
「うおおお!」
俺の剣と、奴の包丁が交わる。
『怒っちゃだめ! 憎まないで! あなたの心に憎悪の感情が生まれたら、この世界は穢れてしまう!』
頭の中に、絵夢の声が響いた。
70 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:01:56.84 ID:6W5BK61q0
『安心して。自分は、この世界の免疫とあなたの想いが合わさって『形をもつ』ことができた存在。『形』が壊れても、存在そのものは消えないんです』
でも、でも、こいつは……!
『この世界の主にとって、あなたは他の誰よりも大切な人。だから、この世界はあなたの感情の影響を非常に受けやすいんです。どうか怒りを鎮めて、心の結晶を拾って!』
いつの間にか、部屋中が赤く染まっていた。
男の血飛沫が飛んでいないところまで、べったりと。
これ以上、この世界を穢してはいけない。
男が至近距離にいるということは、俺はここでワープを使うことができる。残り回数は、1回。
俺は、玉座のすぐ傍にワープした。
71 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:02:43.15 ID:6W5BK61q0
フードの男は凄まじい勢いでこっちに向かってくる。
男の顔を隠していたフードが、走る勢いで外れた。
「お前は――!」
思い出した。
あいつは、俺が絶対に許すことのできない男。
そして、奴は決して俺の存在を許しはしない。
彼女の欠片を掴みながら、俺は蘇った記憶に息を呑んだ。
72 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:03:09.40 ID:6W5BK61q0
『何でお前なんかが……!』
かつて彼女のスカートをめくったあの男子は、ひどく彼女に執着していた。
高校の合否の発表を見に行った日のことだ。
俺と彼女は同じ進学校に受かったが、奴は落ちた。そもそも、受かる見込み自体がなかった。
あの時の憎悪の眼差しには、一生分の負の感情が込められているようにさえ見えた。
『行こうよ、たっくん』
彼女が俺の手を引く。
その後は、俺の家族と彼女の家族とで合格祝いをした。
『たっくんとまた同じ学校に通えるの、嬉しいなあ』
『……俺も』
親の目前でそんなことを言われて、俺は照れてしまった。
73 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:03:36.26 ID:6W5BK61q0
『ねえねえ、たっくんは理系に進む? それとも文系?』
『文理が分かれるの、2年からだろ。気が早いな。でもまあ、多分理系を選ぶと思うよ。お前もだろ』
『うん! 大学も理系の学部に行って、窓を作る素材について研究しまくるの!』
彼女の将来の夢は、窓を作ることだった。
『なんでそんなに窓が好きなんだよ』
『ないしょ!』
彼女は頬を赤らめ、人差し指を自分の口の前で立てた。
大学に行く前から、彼女は自分で研究を進めていた。
窓枠のデザインの歴史を追ったり、身近な素材からガラスを作り出したりと、普通の高校生ならやらないであろうことに夢中になっていたのだ。
74 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:04:14.97 ID:6W5BK61q0
『これ見て! 綺麗でしょ』
放課後のことだ。
教室で課題を解いていたら、ブレザー姿の彼女が生き生きとした様子で実験の成果を見せに来た。
小さな黄色っぽいガラス片だった。
『お前が作ったのか?』
『そう。植物から作ったのよ』
『ええ……植物からなんて、よくそんな発想できたな』
『たっくんのおかげなんだよ』
俺のおかげ? 俺は意味がよくわからず、首をかしげた。
『たっくん、昔細い草の葉っぱで怪我をしたことがあったでしょ? それを思い出してね、触っても怪我をしない柔らかい葉っぱと、切り傷ができる硬い葉っぱって何が違うんだろうって、調べてみたの』
彼女はレポートを俺に差し出した。
75 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:04:43.30 ID:6W5BK61q0
『イネ科はね、土壌からケイ素を取り込むことで自分の体を丈夫にしてることがわかったのよ』
『ああ……なるほど』
ガラスの主成分は二酸化ケイ素だ。
植物にも同じ成分が含まれているのなら、砂や石からガラスを生成するのと同様に植物からガラスを作ることができてもおかしくはない。俺は納得した。
『たっくんに1粒あげるね!』
掌に乗せられたガラスは、窓から差し込む夕日に照らされて、本来の色よりも赤く輝いた。
俺は彼女の役に立てたことが嬉しくて、その日からずっと自分の自宅の机にそのガラスを飾っていた。
76 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:05:27.12 ID:6W5BK61q0
時折嫌な視線を感じながらも、平和な高校生活を送ったように思う。
クォ・ヴァディスに悲哀の感情を売り渡したから、単に思い出せないだけかもしれないけれど。
俺達は隣県の大学を受験し、俺は理学部の地球科学科、彼女は化学科に進学した。
『就職のこと考えるとさあ、学部間違えたなって思うよな』
俺のぼやきに、坂田は「だよなあ」と同意した。
同じ理系の学部でも、理学部より工学部の方が就職に恵まれているのだ。
俺が地球科学科を選んだ理由は単純だ。地学が好き。それだけだ。
目標も夢も特に持ち合わせてはおらす、将来のことも考えていなかった。
『なあ&%$#&#、お前もさ、建築系のとことか、工学部のそれっぽいところを選ぶことはできただろ。ここでよかったのか?』
『いいの!』
彼女の答えに迷いはなかった。
『ケイ酸♪ ホウ酸♪ ア〜ル〜ミナ〜♪ ぐぇへへへへへ』
俺や坂田、その他理学部連中が愚痴を言っている傍ら、彼女は心底楽しそうに研究に没頭していた。
俺はそんな彼女が羨ましくて、そしてやっぱり好きだった。
77 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:06:25.59 ID:6W5BK61q0
俺や坂田は理系の就職を諦め、営業をやることになった。
院に進むほどの情熱はなかったし、同じ研究室の院生の「院進したら余計就職先無くなるよ。専門分野と一致する仕事なんてほとんどないし、年食っちゃうからね」という言葉を聞いて、さっさと適当に就職することを選んだのだ。
就職活動が長引いて、卒論が進まなくなるのも嫌だった。
それに対して、彼女は見事窓のメーカーに就職が決まった。
夢を叶えたのだ。
しかし、その生活は長くは続かなかった。
仕事が終わった後、俺は彼女の職場へと向かっていた。
彼女とは同棲を始めていたが、ストーカーの嫌がらせに悩まされていたため、いつも一緒に帰宅していたのだ。
78 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:07:04.08 ID:6W5BK61q0
前方に、彼女とフードを被った男が口論になっているのが見えた。
2人はこちらに気づかず、男が彼女を無理矢理路地裏に引き込んだ。
『何してるんだ!!』
社会人になって初めて全速力で走った。
彼女の悲鳴が聞こえる。
男は彼女の両手を布で縛り、服を包丁で引き裂いていた。
振り向いた男の顔は、小中の同級生のものだった。
成長していても一瞬でわかった。
『……遠峰ええええ!!』
相手が刃物を持っていることを気にする余裕もなく、俺は遠峯源哉に殴りかかった。
拳が奴の頬に命中する。
かなり力を込めたはずだったが、遠峯は殴り返してきた。
『俺はずっと&%$#&#のことが好きだったのに! どうしてまだお前なんかと!』
『いい加減にしろ!!』
79 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:08:37.86 ID:6W5BK61q0
殴って、防いで、切られて、でも不思議と痛みはあまり感じなくて再び殴って、蹴って。
しばらく揉み合った後、刃物を握っている遠峯の右の手首を掴んで壁に押し付けることに、俺は成功した。
『警察呼んでくるね!』
自力でどうにか拘束を解いた彼女は、鞄から携帯を取り出して路地裏から出ようとした。
しかし、遠峯は俺の手を振りほどき、彼女を追いかけながら包丁を振り上げた。
俺は後ろから遠峯に抱き着いて転ばせた。
そして奴の右手を何度も殴り、包丁を奪った。
包丁を奪ったことで少し油断した俺は、腰を浮かせてしまった。
その瞬間遠峯は激しく暴れ、回転して俺の体から逃れると彼女を追いかけた。
『ちくしょう!!』
俺も起き上がって後を追う。
80 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:09:04.65 ID:6W5BK61q0
足の速さでは、俺はあいつより上だ。
けれど、彼女はあまり足が速くない。
遠峯が先に彼女に追いついてしまいそうだった。
間に合わなければ、彼女は確実に怪我をする。最悪の場合、殺される。
はやく、はやく、はやく追いつかなければ。
自分のリミッターが外れるのを感じた。
これまでにないほど、おそらく高校の時よりも俺は速く走っている。
大丈夫、遠峯はもう刃物を持っていない。包丁があるこっちが有利だ。
その油断がいけなかった。
81 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:09:33.08 ID:6W5BK61q0
奴は服のポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
折り畳み式のナイフだった。
奴をギリギリで追い越し、俺は彼女の前に立った。
そして、こちらが包丁を振るより先に、遠峯はナイフを振りかざした。
彼女が文字には表せない悲鳴を上げる。
俺は地面に倒れ伏した。
駄目だ、まだ死んでは駄目だ。奴をまだ倒せていない。彼女が危険だ。
どうにか見上げると、奴は通行人に羽交い絞めにされていた。
警察に電話をかけてくれている人もいる。
ああ、これで大丈夫だ。俺は安堵し、目を閉じた。
82 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 00:10:30.52 ID:6W5BK61q0
続
83 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:32:47.13 ID:6W5BK61q0
【5】
その後俺は病院に搬送され、奇跡的に命を取り留めた。
医者は驚いていた。普通なら死んでいるはずの傷だったそうだ。
遠峯は無事堀の中に行ったと聞かされた。
彼女は泣きながら俺の手を握っていた。
「たっくん、たっくん」
「ごめんな、心配させて」
その次の日から、彼女の様子がおかしくなった。
84 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:33:19.97 ID:6W5BK61q0
常にぼうっとしていて、話をしてもどこか上の空だった。
昔の思い出に関する記憶も、ほとんど失っていた。
一週間経たずして彼女は廃人に近い状態となり、入院した。
俺の命を救うために、あまりにも大きな対価をクォ・ヴァディスに払ったためだ。
俺なんかのために、彼女は折角叶えた自分の夢を捨てたのだ。
やりきれない。
こんなこと、あってたまるものか。
俺は彼女に生きてほしくて、庇ったのに。
85 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:34:01.85 ID:6W5BK61q0
目を覚まして視界に入ったのは、見慣れた天井だ。
アパートと呼んでも違和感のない、ボロいマンションの木造の天井。
今日は日曜日だ。俺は、彼女とデートをした場所をふらふらすることにした。
最初に出向いたのは、買い出しに使っていたショッピングモールだ。
このショッピングモールに来た時、彼女は必ずアジアン雑貨の店に寄っていた。
この店は、パワーストーンとしてではあるが鉱物も取り扱っている。
彼女は、この店に置かれた全長50cmほどはありそうなアメジストドームを眺めるのが好きだった。
黄色い石――カルサイトと共生している、深い紫色の石の塊。
86 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:34:35.65 ID:6W5BK61q0
まだ大学生の頃のことだ。
『アメジストドームって、外側はメノウっぽい見た目してるよな』
『実際メノウだよ』
組成がどうの、光沢の種類がどうの、屈折率や比重がうんたらかんたらと、理系らしい会話をした。
『紫と黄色って補色同士でしょ? でも、紫水晶とカルサイトのどちらも鉄イオンによって呈色してるの。ロマンを感じるわよね』
3価の鉄イオンであれば黄色になり、4価なら紫色になる。
ロマンを感じるかどうかはともかく、色が変わるというのは面白い。
価数が1つ変わるだけで、吸収する光の波長が大きく変化し、正反対に近い色を呈すのだ。
『いつか一緒に家を建てて、アメジストドームを飾りたいな!』
『いいんじゃないの。なんなら今の内に買っておけば?』
『値段見てみなよ』
『あっ……。こりゃ、その内収入が増えたらだな』
幸せな未来が訪れることを疑わず、俺達はしばしば将来について語り合った。
87 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:35:05.55 ID:6W5BK61q0
『ケイ素♪ ケイ素♪ 二酸化ケイ素♪』
彼女はケイ素を多く含む物質が大好きで、鉱物やガラス製品等を収集していた。
好きなものを見て笑う彼女の表情を眺める度、俺は幸福感を覚えたものだった。
次に足を運んだのは、ショッピングモール近くにあるガラス細工専門店だ。
台に並べられた大量のガラス細工が、キラキラと照明の光を反射している。
柔らかな白緑の皿に目が留まった。
思い出されたのは、大学2年の夏休みの出来事だ。
88 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:35:55.08 ID:6W5BK61q0
『このガラス、ヒスイを練り込んであるんだって!』
彼女はこの緑色のガラスで作られた皿やら花瓶やらを見て、思いっきりテンションを上げていた。
『ほら、パンフレット見てよ! 富山県でしか作られてないんだって! ……普通、膨張係数が違ってたら割れちゃうのに、一体どうやってヒスイとガラスを……』
ちょっと嫌な予感がした。彼女が、富山に行くと言い出すのではないかと。
『……私、富山に行く! 折角の夏休みだもの!』
ああ、やっぱり。
インドア派の俺とは違い、彼女は行動力があるのだ。
富山って何処だっけ。とりあえず北陸だ。
受験が終わってから、すっかり地理の知識が頭から抜け落ちてしまっていた。
『あ、こっちのガラスも綺麗ね!』
白緑色のガラス皿の隣に、同じデザインの色違いの皿が並べられていた。
鮮やかな海緑色だ。こっちも富山でしか作られていないらしい。
『たっくんに似合うね! 1枚ずつ買おうよ!』
『うん、いいよ』
嫌いな色ではなかった。むしろ、好きな色だ。
――その皿は、今でもお気に入りだ。
89 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:36:31.48 ID:6W5BK61q0
彼女だけで旅行に行かせるのは心配だったから、俺も遥か北陸の地についていった。
ガラスの研究をしている施設だとか、大学の研究室だとかに彼女は顔を出した。
学んだ知識を窓ガラスに活かすのだと、楽しそうに話していた。
俺はぼけっとしながら観光していたのだが、海産物の美味さには驚かされた。
回転寿司が、回転寿司の味をしていなかったのだ。
『私の旅行に付き合わせちゃってごめんね』
『いいや、充分来た甲斐があった』
回る寿司でこれなら、回らない寿司に行ったら俺はどうなってしまうのだろう。
舌どころが全身が融けてしまうんじゃないかと思った。
その翌日には、海にヒスイを拾いに行った。
『拾ったヒスイでヒスイ入りのガラスを作ろうって思ってるんだろ』
『できたらしたいな! でも設備の問題もあるし、難しいだろうね』
結局、本物のヒスイを拾うことはできたものの、実験に使えるほど質の良い物は拾えなかった。
ついでに彼女はメノウもゲットしていた。
俺もいくつか石を拾ったが、コランダムを拾えてちょっと達成感を覚えた。
90 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:41:40.51 ID:6W5BK61q0
「今日、彼女さんは一緒じゃないんですか? 珍しいですね」
ガラス細工屋の店員が俺に声をかけた。
「ええ、彼女はちょっと入院……してまして……」
俺は人目も憚らず、涙を流した。
まだ全ての記憶を取り戻したわけではないが、彼女が俺にとってどれだけ大切な存在だったか、どれほど愛しているのかは、はっきりと思い出せる。強烈なまでに。
彼女がいない生活は、ひどく空虚だ。
店員が慌てて店の奥からタオルを持ってきてくれた。
「すみません、事情を知らなくて」
「いえ、こちらこそすみません。大の大人が泣き出してしまうなんて」
ああ、なんてみっともないのだろう。
91 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:42:58.48 ID:6W5BK61q0
「あれ、これ……」
とても綺麗な指輪が台に置かれている。
ガラス細工の装飾が細やかに散りばめられていて、目を見張った。
しかし、主役はガラスではない。
トリカラーのトルマリンだ。紫みがかったピンク、シアン、深い青緑が美しいグラデーションを呈している。
「ああ、それ、新しく入荷したんですよ。彼女さんが好きそうですよね」
ケイ酸塩鉱物も彼女の守備範囲だ。
指輪の傍には、商品の説明と、トルマリンの豆知識が書かれている。
――トルマリンは、生命力を高め、心身を健康に導く力があります。
俺も彼女も非科学的なことはあまり好きではないのだが、俺はこんなものにさえすがりたいと思ってしまった。余程弱っているらしい。
まあ最近は、悪魔と契約するという極めてファンタジーなことをしたりもしているから、以前よりは非科学的なものへの抵抗感が薄れているのかもしれない。
92 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:43:41.20 ID:6W5BK61q0
「これ、ください」
レジへ持っていくと、タグに書かれた値段よりもだいぶ安い額を請求された。
普段、この店はセールでもしない限りは値下げをすることはない。
「悪いですよ」
「いいえ、私も彼女さんの回復を願っていますからね。ご体調が良くなられたら、またここに来てたくさん買ってください」
人の優しさに、俺は再び涙しそうになった。
93 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:44:48.77 ID:6W5BK61q0
その後もフラフラして、スーパーで安い弁当を買って帰宅した。
「ただいま」と言ったところで、「おかえり」と言ってくれる人はいない。
「おかえり〜」
そう、いないのだ。
……え?
部屋を間違えただろうか。いや、そんなはずはない。
おそるおそる奥へと進む。
キッチンの奥が、奇妙な空色の光を放っていた。
間接照明を設置した覚えはないぞ。
「やあ」
今までは夢の中でしか会っていなかった人物……否、悪魔が蹲っている。
「なんで、こっちに」
クォ・ヴァディスのいる周辺だけが、空の景色を映していた。
壁も、床も、棚も、淡い青と雲の白で彩られている。
まるで、そこだけが夢に浸食されているようだった。
94 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:45:20.67 ID:6W5BK61q0
「少々事情があってね、物質世界に逃げてきたんだよ」
「事情って」
「普段、僕等は厳密なきまりを守って人間と契約している。だから罰せられることなんて滅多にないのだけれどね」
悪魔の体は傷だらけになっていた。
景色から青と白が引いていき、いつも通りの景色になっていく。
「人間にも過激派というものはいるだろう? 悪魔が人間と関わること自体を良しとしない天使がいてね」
「攻撃されたのか」
クォ・ヴァディスは苦笑した。
「しかし、こちらの世界に身を隠そうにも、体を実体化させるには大きなエネルギーが必要なんだ。ここままでは僕は霧散して消えてしまうだろう」
今、ここでこの悪魔が消えたら……きっと、俺は彼女を助けることができなくなる。
95 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:46:11.36 ID:6W5BK61q0
「どうすれば君を助けられるんだ」
「契約しなきゃいけないな。そうだね……これ以上君から感情を吸い取ったら、君の精神も崩壊してしまうだろうし……となると、僕自身の感情エネルギーを活性化させるしかないかな」
「えっと……一発芸でもすればいいか?」
悪魔は軽く吹き出した。
「何か、感動できる作品でもないかな。漫画でも、アニメでも、映画でもいい。幸せな結末のものがいいな」
「それならたくさんあるぞ!」
俺が飲み会で磨いた芸に需要はないらしかった。
クォ・ヴァディスをテレビの前まで引きずり、DVDのパッケージを何枚か見せる。
「どれがいい?」
「じゃあ、この吸血鬼物を見せてもらおうか」
選ばれたのは、「よろしいならば戦争だ」の台詞が有名な某漫画のOVA版だ。
このアニメのクオリティの高さには俺も圧倒されたものだ。
96 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:46:55.59 ID:6W5BK61q0
「ふふ、嬉しいよ。今までたくさんの人の記憶を渡り歩いてきたけれど、直接作品に触れる機会は滅多にないからね。何百年ぶりだろう」
悪魔は穏やかな笑みを浮かべて映像に見入っている。
いつの間にか傷は治りつつあった。
「さて、助けてもらった対価に、僕は君に何を渡そうかな」
「いらないよ、そんなの。人助けには見返りを求めない主義なんだ。人じゃなくて悪魔だけどさ」
「……ふふふ。人間のそういうところ、羨ましいよ」
悪魔の笑みが寂しげなものに変わった。
ついでに酒とつまみも出し、スピーカーの用意もしてやった。
97 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:48:41.74 ID:6W5BK61q0
どうせ観るなら、音響にも少しは拘りたい。
ちなみにこのマンション、見た目はボロいが何故か防音だけはわりとしっかりしている。
流石に夜なのでウーハーまでは使えないが、大音量を出さない限りはスピーカーをつけるくらいでは問題にならないのだ。
「地の果てに堕ちた悪魔をもてなすなんて、君はなかなか不思議な人だね」
「君はなんというか、嫌な感じしないから」
日付が変わる頃まで、彼はずっとアニメを観ていた。
俺も観ていたのだが、終盤に差し掛かると流石に眠くなってきた。
うとうとしながら毛布を出す。
「君のも必要?」
「いいや、もう過激派の天使は中立派の天使に捕縛されたようだ。精神世界に帰るよ」
98 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:49:08.75 ID:6W5BK61q0
誰かと一緒にこの部屋で過ごすなんて、随分久しぶりに感じられた。
楽しかったな。
「また来てくれよな。俺の漫画だったらいくら読んでくれてもいいし、アニメも好きに再生してくれていいから。ゲームはセーブデータの都合があるから遊ぶ前に声かけてほしいけど」
俺は毛布にくるまり、眠りの世界に引きずり込まれていく感覚に身を任せた。
「やあ、さっきぶり」
「もう大丈夫なのか?」
「一応はね。ご心配ありがとう」
壁に並ぶ窓に視線を移す。
1つだけ、黒いオーラを放つ窓があった。
「あれは……」
「禍々しいだろう? ……強い憎悪の持ち主があそこにいるんだよ」
99 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:49:35.59 ID:6W5BK61q0
「……遠峯が先に来ているのか」
「あれほど強烈だと、あまり彼が長居すると彼女の精神にも悪影響を及ぼすだろうね。他の窓を選ぶこともできるけど、どうする?」
「……どの窓を選んでも、あいつには追跡されるだろう」
俺は黒いオーラを放つ窓に手を伸ばした。
少しでも早く、遠峯を彼女の心象世界から追い出したい。
西洋の屋敷にでもありそうな、禍々しい窓。
その先に広がる景色は、墓場だ。
100 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/16(金) 22:50:03.34 ID:6W5BK61q0
続
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/17(土) 08:44:15.07 ID:45OCPMHKo
乙
102 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:21:58.38 ID:nT+bOUGp0
【6】
西洋風の墓や、日本風の墓……様々な形の墓が混在している。
空は曇っているのに何故か馬鹿でかい満月だけははっきり姿を現していて、極めて不気味だ。
墓石。枯葉。湿った土。木は全て枯れている。何かが腐ったような臭いもする。
彼女の心象世界の1つに墓場があるなんてあまり信じたくないのだが、そんなこともないと俺は思い直した。
今まで冒険した世界は、彼女が気に入っている漫画アニメゲームの影響を多大に受けている。
彼女がプレイしたゲームの中には、墓場が登場するものも少なくない。
主人公の精神世界が墓場だったゲームもあったな。不気味だがそれが癖になる作品だった。
ある時期に精神世界に行くと、現実ではまだ生きているヒロインの名が刻まれた墓があるのだが、あれは心臓に悪かった。
続編がヒロイン生存ルートじゃなく、死亡ルートの続きだと知った時は驚いたな……と、思い出に浸っている場合ではない。
この世界はPS2よりは64の3Dゲームに近い見た目だ。
N64のポリゴン独特の不気味さがある。
103 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:22:50.75 ID:nT+bOUGp0
空気がやけに重い。
ここまでおどろおどろしいのは遠峯の精神の影響だろうと夢覚が感じ取った。
静かだ。時々、正体のわからない生き物の鳴き声が響いた。
彼女の心の欠片は何処だろう。
一瞬、頭にイメージが浮かんだ。
何処か真っ暗で狭い場所の中で、それは光っている。
まるで、墓の中――納骨室のような場所だ。
俺に墓荒らしをしろっていうのか。
まあ、墓を荒らすなんてゲームで慣れてるじゃないか。
やれるやれる。俺はそう自分に言い聞かせた。
試しに墓石をずらすなり、納骨室の扉を開けるなりしようと思って、近くにあった墓を見てみた。
……心臓が止まるかと思った。
墓石には、小学校の同級生の名が刻まれていたのだ。
辺りを見渡した。近くにある墓はどれも見知った人間の名前ばかりだ。
104 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:34:51.74 ID:nT+bOUGp0
恐怖で手が震えた。
その中でも、俺と彼女の仲を祝福してくれた友人の名が刻まれた墓はボロボロになっていた。
ガッガッガッガッ
石を金属で叩きつけるような音が聞こえる。
音の鳴る方へ、できるだけ気配を消して進んだ。
フードの男が、スコップ――東日本と西日本とでスコップとシャベルの呼び方は逆らしいが、とりあえずあれは大型の方である――で、墓石を殴っていた。
墓石に刻まれている名は、森岡竜俊……俺のものだ。
狼狽えて少し後ろへ下がると、落ち葉を踏んでしまった。カシャ、と音が鳴る。
俺が冷汗を流すと同時に、奴はこちらに振り向いた。
105 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:35:39.49 ID:nT+bOUGp0
奴はものすごい勢いでこちらに向かってくる。
周囲からはゾンビやミイラがわき出して奇声を上げた。
どうにか、あのゾンビ達に遠峯だけを捕まえてはもらえないだろうか。
足場が悪く、気を抜くと転んでしまいそうだ。
だが、走ることに集中すればゾンビに攻撃されそうだ。
「キェアアアアアアアアアア!!」
枯れ木の陰に隠れていたゾンビに睨まれた。
真っ黒な眼窩から感じる眼力に縛られ、体が動かなくなる。
後ろからは遠峯が迫ってくる。
しかし、ゾンビに抱き着かれてしまって、俺は全く身動きが取れない。
106 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:42:36.54 ID:nT+bOUGp0
ゾンビに血を吸われていく。
このままでは、俺は心象世界から弾き出されてもう二度とここには来られない。
どうすればいい。どうすればいい!?
……このゾンビには、とても見覚えがある。
このことに気がつくと、いくらか恐怖が和らいだ。
そうだ、遠峯が近くにいるからワープが使えるじゃないか。
俺は数メートル離れた所に飛び、あるアイテムをイメージした。
俺が知っていて、遠峯が知らないものだ。
――小学生の頃のことだ。俺は男子数人とゲームの話をしていた。
『お面を被るとそいつ襲ってこなくなるんだぜ! お面ゲットする前にもトラウマイベントあるんだけどさ』
俺が得意げに言った。すると、男子の1人が遠峯に話を振った。
『お前もプレイしないか?』
『……俺、64持ってない。そんな古いゲームに興味ねえから』
このゾンビとミイラは、ミイラの形のお面を被れば襲ってこなくなる。
ゾンビは踊るし、ミイラとは会話ができるようになるのだ。
107 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:43:33.89 ID:nT+bOUGp0
お面をイメージして被ると、予想通り免疫は俺を襲うのをやめた。
「この世界の主にとっての敵はそいつだ! そいつを襲ってくれ!」
ミイラがわらわらと遠峯に向かっていく。
遠峯はスコップでミイラを薙ぎ払うが、だいぶ苦戦しているようだ。
こいつら無駄に体力あるからな。
俺は走り続け、遠峯と距離を取った。
高さの低い柵が見えた。その向こうにあるのは、崖だ。
崖を覗き込んでみた。
これまでの景色とは違い、ポリゴンのレベルがPS2並だ。
底知れない闇が広がっており、無数の死霊が蠢いている。
俺はこれを見たことがある。
あるホラーゲームに登場する、決して見てはいけないものだ。
俺自身はプレイしたことはないが、彼女の従姉が彼女の家でプレイしているのを後ろから見ていたのだ。
108 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:44:34.30 ID:nT+bOUGp0
ここに遠峯を落とせば、確実に奴は免疫によってこの世界から排除される。
奴はミイラを振り払ってこちらに向かってきた。
俺は柵の一部を蹴ってぶっ壊し、遠峯の突撃に備えた。
……そういえば、あの大きな穴を覗き込んだ後、あのゲームの主人公はどうなっていたっけ?
エンディングでは、確か目に包帯を巻いていた。……失明したのだ。
それを思い出した瞬間、俺の視界は真っ暗になった。
ゲームの知識がマイナスに働いてしまったらしい。参ったな。
焦りは禁物だ。
大丈夫、目が見えずとも風やら気配やらで相手の動きを察知するシーンは二次元によく出てくるじゃないか。
遠峯の足音が近づいてくる。
奴がスコップを振り上げたような気がした。風を切る音が聞こえたのだ。
俺は敢えて奴に突進した。
109 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:45:17.44 ID:nT+bOUGp0
遠峯は後方に倒れた。
カラカラとスコップが転がる音が聞こえる。
俺は素早くスコップを拾い上げ、構えた。
「森岡……てめええええ!」
「そんなに俺が憎いなら殺してみろ! 遠峯ええええ!」
奴は恐れずこっちに突っ込んできた。
ここで横に避けて奴の背をスコップで叩き、崖の底に落とす――というのをやりたかったのだが、目が見えないので相手の正確な位置まではわからなし、あまり素早く動ける自信もない。
とりあえず、左手で壊した柵の位置は確認できた。
大体の位置を予測し、スコップを振り上げる。
ガッ
手応えはあったものの、脇腹から激しい熱を感じた。
まるで、包丁で刺されたような痛みだ。
奴はスコップを奪われた後、いつもの得物を装備したのだろう。
110 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:46:18.87 ID:nT+bOUGp0
だが遠峯にもダメージがあるは確かだ。
俺は左にずれ、思いっきり奴の背中をスコップの刃で殴りつけた。
遠峯はバランスを崩し、崖へと落ちていった。
しかし、それでは終わらなかった。
俺は服を遠峯に引っ張られ、崖に引きずり込まれた。
柵の柱をなんとか掴むことはできたが、ぐらついている。
俺が壊したためだ。
「森岡……お前だけは……お前だけは……!」
「そんなに俺のことが気に入らないか!」
「俺はずっとあいつのことが好きだった! 好きになった女はあいつだけだ! それなのに……お前は幼馴染というだけで圧倒的に有利だった!!」
嫉み、妬み。嫉妬の念。
111 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:47:03.76 ID:nT+bOUGp0
「ああそうだな! でももしお前が俺より魅力的な男だったら、彼女はお前を選んだだろうさ! 幼馴染であることなんか関係なく、俺が良い男だから彼女は俺を選んでくれたんだよ!」
俺の言葉を聞いて、奴は叫びを上げた。
逆上し、俺の服を使ってよじ登ろうとしている。
幼馴染だからって、なんの苦労もなく付き合い始めたわけじゃない。
関係を壊すのが怖くて、互いの気持ちを長い間伝えられない時期だってあった。
周囲にからかわれて、距離が離れてしまったこともあった。
他人に入り込まれる余地もけっこうあったが、俺もあいつも散々悩んで、泣いて、辛い思いをした結果、漸く付き合えたんだ。
その時見た光景やどれほど辛かったかは、クォ・ヴァディスとの契約でもう思い出すことはできなくなった。けれど、事象としては確かに覚えている。
112 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:48:05.23 ID:nT+bOUGp0
敢えて大人しく奴によじ登らせ、ある程度の高さまで来たところで、俺は思いっきり頭を後ろに動かした。後頭部による頭突きである。
ワープで崖の上に移動してもよかったのだが、奴に直接攻撃してやりたかった。
遠峯の手が緩んだ。その隙に暴れて奴を振り落とした。
しかし、ここで掴んでいた柵が地面から抜けてしまった。
「やべっ」
慌ててワープした。
崖の上に出ることはできたものの、目が見えないせいで正確にイメージすることはできなかったらしい。
右膝から下が、地面に埋まっている。
「*いしのなかにいる*をこの身を以て体験することになるとはな……」
石じゃなくて土であるだけマシなのだが、硬くて抜けそうにない。
113 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:48:35.10 ID:nT+bOUGp0
崖からガリガリガリと音がしている。遠峯がまだよじ登ろうとしているようだ。
俺は手探りで何か武器になるものがないかどうか探した。確か、石があったはずなのだ。
丁度いいサイズのものを掴むことができたので、振り落としてやった。
命中したらしい音と、奴の声が聞こえた。
風を切るような音がしている。今度こそ、奴は下に落ちたらしい。
ふと、空気が軽くなったような気がした。
のそり、のそりとした足音が聞こえてくる。
「元気が出る 青いモノ オイテ〜ク〜」
オイテ〜ケ〜と言われるのかと思ってちょっと焦った。
どうやら、ミイラが青いクスリを俺にくれたようだ。
ライフも魔力も回復する優れものである。
瓶詰めのそれを掴み、俺はお面をずらして飲んだ。
視界が明るくなっていく。
視力が回復し、脇腹の切り傷も癒えた。
曇っていた空は晴れ、リラ色のメルヘンな星空になっていた。
この世界の免疫である魔物達は、地面や墓石に座って穏やかに夜空を眺めている。
114 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:49:18.49 ID:nT+bOUGp0
スコップで右足の周りの地面を掘り、立ち上がって辺りを探索した。
墓石から俺や知人の名前は消えていたが、1つだけ名前が刻まれたままの墓があった。
深城 璃奈――彼女の、名前だ。
愛する人の墓なんて、見たくなかったな。まだ彼女は生きているんだ。
納骨室の扉を開く。
眩く輝くそれは今まで拾ったものよりも大きくて、縦に長い正八面体の形をしてくるくる回っていた。
「迎えに来たぞ」
微笑みながら手を伸ばした。
115 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:50:06.45 ID:nT+bOUGp0
『ねえ、森岡』
『なんだよ、深城』
小学校に通い始めた頃から、俺達は名字で呼び合っていた。
名前で呼び合わなくなった原因は、同級生にからかわれたことだった。
それでも小5の頃まではよく遊んでいたが、男女差が顕著になるにつれ、距離は離れていった。
仲が険悪になったわけではないから、周りの目のない放課後は多少話をすることもあったな。
『……デュエルしよ』
中二の頃のことだ。彼女は何か言いたげだったが、本当に言いたいことは言わなかった。
『いいよ』
116 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:50:42.69 ID:nT+bOUGp0
彼女が俺の家に来るのは久しぶりのことだった。
TCGで遊ぶなんて、いつぶりだっただろう。
『サイバーエンドドラゴンでブラパラを攻撃! あ、リミッター解除発動しとく!』
『サイバーツインのが強いだろ』
『いいじゃん別にぃ!』
『はい、マジックシリンダー』
『えーーー』
デュエルは俺が勝利して終わった。
彼女は頬をぷっくりと膨らませていじけている。
『まあ、菓子食って機嫌直せよ』
『……か、カロリー確認していい?』
太りやすい時期に突入していたあいつは、食べ物のカロリーをしきりに気にしていたのだ。
たまたま冷蔵庫に入っていた低カロリーのゼリーを出してやると、彼女はちょっと嬉しそうにしたので、俺はほっとした。
117 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:52:06.20 ID:nT+bOUGp0
『……なあ』
俺は、彼女と距離が離れてしまったことを寂しく思っていた。
幼稚園の頃みたいに名前で呼び合って、周りの目を気にせず遊べたらどんなにいいだろう。
物心ついた時には既に好きだったのだ。
でも、「幼馴染は兄弟同然だから恋愛感情を感じない」というのはよくある現象だと聞いていたし、友達として会うことさえできなくなったらと思うと怖かった。
だから、俺は告白することなんてできなくて、本来思っていたこととは別のことを彼女に訊いた。
『俺と遊ぶの楽しいか?』
彼女は一瞬だけ俺の目を見ると、顔を赤くして俯いた。
『たっ……楽しい、けどっ……一緒に遊んだのは、他に相手が見つからないからでっ……と、特別何かあるわけじゃないんだからっ!』
彼女はすごい勢いでゼリーを掻っ込むと、ごちそうさまと叫んで家に帰ってしまった。
俺はもう1回くらいカードで遊ぶなり、テレビゲームをするなりして遊びたかったので、自分の発言を後悔した。
118 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:52:38.45 ID:nT+bOUGp0
「なんだあいつ、ツンデレかよ」という考えと、「周りがからかってくるし、俺に期待させたくないからあんな風な発言が出るんだろうなあ」という考えが同時にわいた。
その日の夜、俺が自分の部屋に行って宿題をしていると、彼女の声が聞こえた。
『森岡ー!』
俺は窓を開けて答えた。
『なんだよ』
『あのね、あのね』
彼女は何かを言いおうとしている。でも、やっぱり本心は言わなかった。
『サイバーエンドはかっこいいんだからー!』
『ああうん俺もそう思うよ』
『あと、宿題の範囲確認させて!』
女友達にメールで訊けばいいだろうにと思いつつ、俺はあいつの質問に答えてやった。
こんなことを繰り返していた俺達の背中を押してくれたのは、仲の良い友人達だった。
友人達が祝福してくれる中、遠峯は、少し離れた所から俺達を睨み続けていた。
119 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:53:18.88 ID:nT+bOUGp0
「おめでとう」
クォ・ヴァディスが拍手をくれた。
「なあ、俺は……今なら、彼女の見舞いに行くことはできるだろうか」
「できるよ。多少、視界は歪むかもしれないけれど」
それを聞いて安心した。
仕事が終わったら、彼女に……璃奈に会いに行こう。
120 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/17(土) 20:56:09.95 ID:nT+bOUGp0
続
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/18(日) 11:35:58.14 ID:mOsLttUho
乙
122 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/18(日) 23:51:54.21 ID:BvLf2b/j0
【7】
結論から言うと、俺は彼女の見舞いには行けなかった。
残業が長引き、病院の面会時間を過ぎてしまったのだ。
なかなか支払いをしてくれない客との交渉さえさっさと終わっていれば……ああ、ちくしょう。これ以上期限は延ばせないって言ってんのに。
とぼとぼとマンションに向かう。
アパートと呼んでも違和感のないボロマンションは、今日も寂れた雰囲気を醸し出していた。
鍵穴を回して扉を開けると、スナック菓子を噛む音が聞こえた。
15歳くらいの姿のクォ・ヴァディスが、割り箸でポテチを挟みながら漫画を読んでいたのだ。
「また襲われたのか?」
「先日の過激派の天使が脱獄したそうだからね。できるだけこっちに留まることにしたんだよ」
悪魔というのも大変そうだ。
123 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/18(日) 23:52:33.41 ID:BvLf2b/j0
「面白いね、この漫画。たくさんの人々の記憶の中に存在していたから有名なのは知っていたけれど、自分の目で直接読むのはまた格別だ」
「くくく、そうだろうそうだろう」
「等価交換の原則という設定には親近感を覚えるよ。僕達の契約も、原則等価交換だからね」
悪魔は某錬金術漫画に夢中だ。
その漫画は俺が特にハマった作品の1つであり、面白くないわけがないのである。
小学生の頃は、キャラクターの真似をして指パッチンで炎を出そうと試みたり、土を変形させるイメージをしながら手をパンッと合わせて地面に当てたりしたものだった。
「アニメ化されていただろう? DVDはないのかな」
「持ってないけど、今ならAmazonisPremiereで全話無料で観れるぞ。俺プレミア会員だから」
「素晴らしいね」
124 :
◆O3m5I24fJo
[saga]:2018/11/18(日) 23:52:59.51 ID:BvLf2b/j0
大学生の頃、友達とアニメ鑑賞会をした時のことを思い出した。
あの頃に戻ったみたいで、少し気が晴れる。
「創作物に触れるのは、やはり良いものだね。異世界を覗き込むことに近しい行為だから非日常を味わえる」
「そりゃ、架空の世界を楽しむわけだからな」
「それがね、架空とも限らないんだよ」
二次元は二次元だろう。ありえない。
しかし、悪魔が言うと妙な説得力があった。
「この世に存在する作品の半数以上は、実在する異世界の情報を作者が受信して生み出されたものなんだ」
「夢のある話だな」
「受信した人間の経験や知識、思考が大きく影響するから、作品は100%元の情報通りにはならない。けれど、確かに“元になった世界”は存在するんだよ」
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