彼女は窓フェチの変態だった

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1 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:46:37.21 ID:/ibNvBIF0

 【1】

 白い空間に、俺は立っていた。
 壁も床も純白で、天井はなく、青空が広がっている。かと思えば、音もなく白い天井がゆっくりとスライドしたりしていた。

 空中にも白い立方体やら球体やらが浮かんでいて、現実味がない。
 しかし、俺はそれらを不自然に思うことなく、歩き始めた。

 カツン、カツンと、俺の踵の音だけが響く。
 何処までも白い壁が続くのかと思ったが、奥へ進むと今までとは違う景色が見えた。

 壁が白いことは変わりないが、その壁にはいくつもの窓があった。
 それぞれデザインが異なっており、先に広がる景色もバラバラだった。

 西洋風のゴテゴテしたものもあれば、一般的な民家にありそうな窓もある。
 そして、壁の前には黒いコートを身に纏う1人の青年が立っていた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1542023196
2 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:48:32.98 ID:/ibNvBIF0

「やあ」

 青年は微笑んで口を開いた。
 まるで昔馴染みの友人に話しかけるかのような、明るい声色だ。

 黒い髪は微妙に青みがかっていて、この世のものとは思えないほど顔立ちが整っている。
 瞳も似たような色をしていて、とても日本人の姿には見えなかった。

 かといって、外国人の顔というわけでもない。地球人でさえないのかもしれない。

「ようこそ。ここは心象世界。眠っている間だけ訪れることができる場所」

 心象世界――心象風景が描かれた世界ということだろうか。
 眠っている間だけ来ることができるというのなら、夢の世界と同義ではないだろうか。

 それとも、単なる夢とは異なるのだろうか。
 疑問に思いつつも、俺は何故だかそれを口にすることはなかった。

 既に答えを知っているような気がした。知ってなどいないのに。
 それより、俺は青年のことが気になった。
3 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:49:03.24 ID:/ibNvBIF0

「君の名前は」
「好きに呼んでいいよ。僕は特定の名前をもっていない。かつてはあったような気がしたが、忘れてしまったよ」

 青年は肩を竦めて笑った。胡散臭い雰囲気の持ち主だが、不思議と悪い印象はない。

「じゃあ、俺が君に変なあだ名を付けても構わないのかい?」
「あまりおかしいと、ちょっと困るね。じゃあ――」

 青年は手に顎を当て、考えるような仕草をした。

「クォ・ヴァディスとでも名乗っておこうか」
4 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:49:47.44 ID:/ibNvBIF0

 それは、何処かで聞いたことのある響きだった。
 思い出されたのは、気まぐれに受けた教養科目の授業の風景だ。
 教養科目の単位は既に足りていたが、仲の良かった誰かがラテン語の授業を受けたいと言っていて、自分も興味を惹かれたので受講していた。

『何で受けようと思ったんだよ』
『生物の学名にはラテン語が使われてるでしょ? そこから興味もったんだよ』

 覚えていることは、教員がホワイトボードに聖書の一節を書いたことと、俺の隣に座っていた“誰か”が教員に当てられ、その訳を答えたことだ。

 クォ・ヴァディス。何処へ行くのか。

「僕の行方は誰にもわからないし、何処から来たのかさえ曖昧だ。だけれど、そんなことはどうだっていい」

 クォ・ヴァディスの微笑みは天使のように美しいが、秘める妖しさはまるで悪魔だ。
5 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:50:44.76 ID:/ibNvBIF0

「僕は君の行く末を見届けることを楽しみにしているんだ。さあ、選びなよ。君は、まずどの窓へと進むのかな」

 窓、いくつもの、窓。そのほとんどに見覚えがあるような気がしたけれど、全く見たことがないものもある。
 ここが俺の心象世界だというのなら、何故俺の心には到底存在していなさそうなものがあるのだろう。

 違和感を覚えながらも、俺はとりあえず心地良さを感じる窓枠へと手を伸ばした。
 白く塗装された木の枠の、綺麗な窓。

「君の忘れ物を探しに行くんだ」

 青年の声が耳に届くと同時に、窓から放たれた眩い光に包み込まれた。
6 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:51:21.51 ID:/ibNvBIF0

 青い空、白い雲、緑の草原。小さな丘陵。Windows XPのデスクトップ背景を彷彿とさせる風景だ。

 XPを使っていた期間が長かったからだろうか。
 使うOSがVista、7、8、10と代替わりしていっても、Windowsと聞くと、俺は草原を連想する。

 確か、あの写真はBlissと名付けられていた。その意味は、無上の喜び、至福。

 この空間には喜びと生命力が溢れていた。
 草からは、光合成によって生み出された酸素が光の玉となって空気中に放出されている。
 そよぐ風は爽やかで、肺が新鮮な空気で満たされていくのを感じた。

 振り向くと、白い枠の窓が宙に浮かんでいた。
 硬く閉ざされていて、窓の中へ入ることを拒絶されているように感じられた。
 再び前を向き、歩を進める。
7 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:51:56.69 ID:/ibNvBIF0

 Windows XPを起動する度、この丘の向こうにはどんな風景が広がっているのだろうと、見えない先に思いを馳せたものだった。
 ここはBlissそのものではないが、よく似ている。

 丘の向こう側を見たい一心で、俺は進んだ。


 きっと、この先もずっと美しい草原が広がっているんだ。そんな期待を秘めて。


 しかし、丘の向こうにあるのは、底知れぬ崖だった。
 崖にはたくさんの洞窟があり、その奥は真っ暗で見えない。

 突然、空が黒く曇った。ワインの雨が降る。
 見る見るうちに白いシャツは血のような赤で染められていった。

 振り向くと、草原があったはずの場所は、朽ち果てたブドウ畑になっていた。

 崖の更に向こうには、こちらよりも標高の低い陸地がある。
 これが俺の好きなゲームだったら、ニワトリのような生き物を捕まえるなり、滑空用の布を広げるなりして向こう岸まで行けたのだろうが、生憎そんな都合の良い物はここにはなかった。
8 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:53:30.31 ID:/ibNvBIF0

『探しているファイルがあるの。何処に保存したのかわからなくなっちゃって』

 女の子の声が、頭の中に響いた。
 同時に、ぼやけた映像が流れ始める。

『どんなファイルを探してるの?』

 声変わり前の男の子の声……幼い頃の俺の声だ。

『あのね、料理のレシピなんだけど……』

 女の子の返答を聞き、少年の頃の俺は、ファイル名や拡張子を覚えていないか女の子に尋ねた。
 女の子は答えをぼかしたが、ファイル名を覚えてはいるようだった。

『検索機能を使えばいいよ。スタートボタン押して』

 俺がそう教えると、女の子は『あっち向いてて』と言った。
 俺は不満に思いながらも、女の子の言うとおりにした。
9 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:54:11.88 ID:/ibNvBIF0

 遠い過去の記憶だ。まだ、XPを使っていた頃の。
 そうだ。俺は、この崖に潜って探さなければならないものがある。

 階層を降り、全ての道を探索し、どれだけ時間がかかったとしても。


 決意を固めた瞬間、クォ・ヴァディスの声が聞こえた。姿は見えない。

「ところがね、あまり時間はないんだよ。朝になって目が覚める前に、君は探し物を見つけなければならない。最低1つくらいはね」

 最低1つくらいは。どうやら、俺は少なくとも2つ以上は何かを探さなければならないらしい。

 さて、どうやって降りようか。
 下へ降りたいと強く願うと、足元にツタが現れた。

「ここは心象世界であると同時に、君の夢でもあるからね。想いが強ければ、願いが叶う場合もある。限界はあるけれどね。MPを消費する、と言えばわかりやすいかな」
10 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:54:44.39 ID:/ibNvBIF0

 ツタは充分な太さと硬さがある。。
 これは決して千切れない。何故か、確信があった。

「『夢覚』だよ。夢を見ている時、その後の展開が何故かわかったり、現実とは違う常識がいつの間にか思考に定着していたりすることがあるだろう?」

 覚えはあった。

「触覚や視覚の一種みたいなものさ。君は、夢の中のことを感覚的に掴むことができる」

 俺は納得し、ツタを掴んで崖を降りる。

 探し物を見つけたい。この想いが強ければ、案外探し物はすぐにでも見つけられるのではないかと感じた。

 暗い洞窟を進む。
 明かりが欲しいと念じると、シャボン玉のような光が宙に浮かんだ。
11 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:55:20.97 ID:/ibNvBIF0
 洞窟の構造がなんとなくわかった。これも「夢覚」とかいうやつだろうか。

 左手の道を進めば、写真がたくさん飾られた場所へ出る。
 中央の道は動画の保管庫で、その次は文章を記したノート置き場。
 一番右は気に入った音楽をいつでも聞ける空間だ。

 行ってもいないのに、俺は既に知っていた。

 目当てのものは、こちらにはない。
 後方へ目をやると、来た道とは別の道があった。そうだ、こっちだ。

 本当はノート置き場にあったはずのデータ。
 保存場所を間違えたか、気づかない内にドラッグしてしまったかで、意図しない場所に置き去られてしまったもの。

 道の明るさが少しずつ増していく。

 見覚えのある扉が見えた。一体何処の家の扉なのかは思い出せない。
 でも、俺はこの扉を開ける度、心が暖かくなっていたような記憶がある。

「お誕生日おめでとう!」
12 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:56:00.09 ID:/ibNvBIF0

 女の子がクラッカーを鳴らした。顔の部分はぼやけていて見えない。
 だが、さっきの女の子の声と同じ声色だった。

 テーブルの上には、誕生ケーキや、何品もの料理が並べられている。
 リビングは派手に飾られていた。

「君の誕生日を祝うためにね、たくさんレシピ調べてたの」

 女の子が探していた料理のレシピのファイルは、俺の誕生日パーティのために用意していたものだったのだ。
13 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:56:31.99 ID:/ibNvBIF0

 女の子が消えた。同時に、その場に存在していたはずの部屋も消え去った。
 代わりに視界に広がったのは、灰色の洞窟。地面には、キラリと光る何かが落ちていた。

 触れてみると暖かくて、でも何故だか切ない。
 それは小さな光の玉だった。
 拾い上げた瞬間、笑顔の女の子の姿がはっきりと見えた。

 夢覚が俺に告げる。これは生命の欠片であり、誰かの心の結晶だと。

「最初のステージはクリアできたようだね。おめでとう。今夜はここまでだよ」
14 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:57:14.87 ID:/ibNvBIF0

――
――――――――
 窓から朝日が差し込んでいる。
 奇妙な夢を見たなと思いながら、俺は体を起こした。現実感が精神に馴染んでいく。

 顔を洗い、昨日買っておいたコンビニのサンドイッチを冷蔵庫から取り出して食べた。
 そそくさとスーツに着替えて玄関へと向かう

 1人で住むには少し広い部屋から出ると、見慣れた街並みが視界に広がった。
 マンションの6階からの景色。
 いつも見ている風景なのに、何かが足りないような、何も変わっていないような、変な感覚だ。

 玄関のドアのすぐ横には、小さなつる植物の鉢を置いている。
 葉っぱは全てハート型だ。確か、ホヤ・カーリーという名前だった。
 植木屋や雑貨店に行くと、この葉っぱを1枚に千切って植木鉢に植えたものが、ラブラブハートという名前で売られているのをよく見かける。

 なんでこんな可愛らしい植物育ててるんだっけと思いながら、俺は会社へ向かった。
15 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/12(月) 20:57:50.25 ID:/ibNvBIF0
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/12(月) 22:21:40.49 ID:7d7Eot6ZO
期待
17 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:52:48.53 ID:c+BVrGz60

 【2】


「お前も大変だよなあ」

 昼休憩中、同僚の坂田に声をかけられた。

「何がだ?」
「何が、って……お前、この前まですっかり憔悴してたってのに、今日は顔色いいんだな」

 何を心配されているのかよくわからなかった。

「怪我の方も、もういいのか?」
「え、俺、怪我なんてしてたっけ? ……いって」

 少しだけ腹が痛んだ。

「おい……大丈夫かよ」

 坂田は心配そうな顔をしていたが、その後は適当に雑談をして仕事に戻った。

 そして家に帰り、適当に夕飯を作る。
 お気に入りの深い青緑色のガラス皿に食事を盛ると、少しだけ気分が明るくなった。

 それからシャワーをした。
 いつも通りの日常。同じことの繰り返し。だが、腹には見覚えのない傷跡があった。

 洗面所にはコップが2つ並んでいて、それぞれに歯ブラシが入っている。
 片方には硬さが「やわらかい」の歯ブラシで、もう片方は「ふつう」だ。
 俺は「ふつう」の方の歯ブラシを手に取り、歯磨きをしてから布団に入った。
18 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:53:20.66 ID:c+BVrGz60

「やあ、また会ったね」

 俺は再び心象世界を訪れていた。景色は昨晩と一緒だ。
 唯一違っているのは、クォ・ヴァディスの姿だった。
 昨晩の青年の姿ではなく、11歳ほどの少年の姿をしていた。

「僕は精神体だからね。物質世界の理から外れているんだ。だから時には子供であるし、若者の姿でいることもあれば、老人になることもある」

 現実に生きている者であれば、成長・老化は一方通行だ。だが彼は違うらしい。

「そもそも、年齢だけでなく容姿そのものが不定なんだ。だから、心象世界の持ち主の記憶を探り、気に入った姿を借りて、話し相手にとって『認識しやすい』姿になる」

 そういえば、彼の姿には見覚えがあるような、ないような。よくわからない。
 夢の中のぽやぽやした意識では、現実の自分をいまいち思い出せないこともある。
19 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:56:43.21 ID:c+BVrGz60

「さあ、今宵はどの窓を旅するんだい?」

 声変わり前の少年の声が問いかける。

 俺は、なんとなく西洋風の窓に手をかけ、中に入った。
 ヨーロッパの古い城にありそうな、細やかな装飾が施されている金属製の窓だ。

 灰色の天井、壁、廊下。重い空気感のある城へと出た。
 廊下には、等間隔で台が設置されており、その上には水晶がある。
 透明、青、緑、黄、赤、紫、黒……色も形も、バリエーションは様々だ。


 しばらく廊下を歩くと、いつの間にか紫色の水晶で埋め尽くされた洞窟に出ていた。

https://i.imgur.com/mECnvd1.jpg

 まるで、巨大なアメジストドームの中にいるみたいだ。
 所々に薄黄色の石もある。
20 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:57:52.80 ID:c+BVrGz60

 進めば進むほど闇は深くなっていく。
 だが、宝石が燐光のような光を放っていて綺麗だ。

 突然嫌な予感がして、俺はしゃがみこんだ。

 ガシャン

 さっきまで俺の頭があった場所を、薄黄色の石が銃弾の様に通過していった。
 薄黄色の石は俺の敵らしい。
 異物を消し去ろうとする意思が感じられる。

 ……俺は、この薄黄色の石の弱点を知っている。
 夢覚だろうか? 否、現実の知識だ。

 アメジストと共生することがある黄色い石。カルサイト。別名、方解石。
 主成分は炭酸カルシウム。水に弱い。
21 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:58:34.61 ID:c+BVrGz60

 ここは洞窟の中だが、雨でも降らないかとイメージしてみた。
 すると、雨雲が現れてザーザーと雨が降り始めた。

 カルサイトは輝きを失っていき、動かなくなる。


 洞窟の闇が晴れていった。
 雨は紫水晶に染み渡り、紫水晶は葉を生やしながら穂状の花――アメジストセージへと姿を変えていく。

 ここは最早洞窟ではなく、花畑と化した。ハーブの香りが風に乗る。

 雲は凄まじいスピードで流れていき、赤い夕陽が世界を照らしている。

 サーモンピンクの雲。赤から青へと変化するグラデーションの空。
 夕陽に女性のシルエットが浮かび上がった。
22 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:59:11.23 ID:c+BVrGz60

「これね、私の誕生花」

 彼女は1房のアメジストセージの花を摘み取り、穂の先端にキスをした。

「花言葉は“家族愛”。……私ね、あなたと家族になれる日がとても楽しみ」

 こちらに振り向いて微笑む彼女は、俺のために料理を用意してくれた少女の成長した姿だとはっきりわかった。

「そろそろ帰ろっか」

 彼女は花を左手に持ったまま、右手で俺の手を掴んだが、その瞬間彼女の姿は光の粒となって弾けた。

 宙に放られた花は光の玉となり、俺の掌に入ってきた。

 思い出した。
 毎年秋になると、彼女の自宅の玄関には、彼女が摘んだアメジストセージが飾られていた。
 時々俺の家の玄関にも飾らせてほしいと言って、花瓶と一緒に持ってきていたっけな。
23 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 20:59:45.28 ID:c+BVrGz60

「無事、欠片を集めることができたようでよかったよ。おめでとう」

 少年のクォ・ヴァディスの声が頭に響いた。



 「彼女」って誰だよ、というのが、目が覚めた俺の感想だった。
 たまに以前見た夢の続きを見ることはあるが、こんな変な夢を二晩連続で見るなんて、そう滅多にあるもんじゃない。

 支度をして会社に行かなきゃ……と思ったが、そういえば今日は休みだった。
 のんびり朝食だとかを済ませ、暇つぶしのネタを探す。

 漫画でも読もうかなと思い、本棚を見た。

「……なんだ? この漫画。俺のじゃないな」

 背表紙には「絵夢の冒険記」と書かれている。
24 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:00:14.91 ID:c+BVrGz60

 この間妹が遊びに来た時に忘れていったのかもしれない。
 妹は今大学生で、近くに下宿しているから時々遊びに来るのだ。

 気になって取ってみると、その表紙には、夢の中で出会った人物……クォ・ヴァディスとそっくりな少年が描かれていた。
 紺色の髪に、藍色の虹彩。目には星空のような銀色が散っていて、妖しげに微笑んでいる。

 漫画を流し読みしてみると、それは「ヴァルク」という名前のキャラクターだった。

 棚には、同じシリーズの漫画や小説が何冊も並んでいた。アニメのDVDやゲームもある。
 その中には、ヴァルクの青年の姿のイラストが印刷されたものもあった。

 妹が忘れていっただけなら、こんなにたくさん置いてあるわけがない。
 ここは、本当に俺の部屋なのだろうか?

 嫌な汗が流れる。怖い。怖い。怖い。
25 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:01:52.67 ID:c+BVrGz60

 よく見ると、棚の半分は俺が知らない作品で埋め尽くされていた。
 部屋を見渡してみるが、ここは確かに俺がいつも暮らしている部屋だった。
 昨晩うっかり隣の部屋に入ってしまったという可能性はなさそうだ。

 俺は無性に誰かと話したくなり、妹に電話をかけた。

「なあ、『絵夢の冒険記』って知ってるか?」
『知ってるよーよく読んでる。&%$#&#ちゃんも好きだから、お兄ちゃんなら知らないはずないと思ってたけど』
「え?」

 名前の部分が聞き取れなかった。

「今、誰ちゃんっつった?」
『だから、&%$#&#ちゃん』

 名前だけ、音がごちゃごちゃしてやっぱり聞こえなかった。
 変な加工を施されているみたいな感じだ。
26 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:02:34.18 ID:c+BVrGz60

「……なあ、お前って俺の部屋に勝手に漫画置いてったりしてないよな?」
『えー? &%$#&#ちゃんと貸し借りすることはあるけど、今は何もそっちに行ってないよ』
「……そうか。ありがとう」

 俺は気が違ってしまったのだろうか。
 とりあえず気を紛らわそうと思い、棚から適当にDVDを選んで再生した。

 これも俺の知らないアニメだ。

 主役のキャラが2人いて、片方はヴァルクにそっくりだった。
 流石にこれはパクリだろうと思ったが、スタッフをよく見たら原作者が同じだった。
 ネットでも調べてみた。キャラ同士の関連性は全くないが、容姿設定を流用したらしい。

 そのアニメは1話目で見るのをやめた。
 残酷な去勢シーンがあり、息子がすっかり縮こまってしまったのである。
 こんな話の一体何処が面白いというんだ。
27 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:03:04.68 ID:c+BVrGz60

「――!」

 突然、頭の中に映像が流れ始めた。

『うわあああん! 失恋したあ!』

 この部屋で女性が何やら喚いている。
 深夜アニメの放送が終わった直後のようだった。

『俺は君を振ってないはずだけど』

 こっちは俺の声だ。

『好きなキャラが女だったのー! あーん!!』

 女性はパソコンを立ち上げ、某巨大掲示板専用ブラウザを開くと、男装キャラのアンチスレに愚痴を書き込んだ。


 思い出した。
 彼女はそれから1週間落ち込みっぱなしだったが、なんだかんだで落ち込む原因となった深夜アニメをその後も視聴し続けていた。

 最終回の放送後には大泣きしていたな。
 彼女は余程そのアニメを気に入ったらしく、わざわざ円盤まで買ったのだ。

 俺はそのアニメに興味をもてなかったから、放送中はいつも自分のパソコンの画面を見てばかりいた。
28 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:04:28.53 ID:c+BVrGz60

 俺は確かに、この部屋で女性と同棲していた。
 どうして忘れていたのだろう。

 まだ、彼女に関する記憶のほとんどは思い出せない。
 だが、こんなことを他人に話しても正気を疑われるだけだろう。
 俺は怖くなった。一体誰に相談すればいい?

 思い当たったのは、「ヴァルク」とそっくりな、夢の住民だけだった。
 こうなったら寝るしかない。まだ朝だが、俺は酒の力を借りて眠りについた。
29 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:05:02.78 ID:c+BVrGz60

「何か問いたそうな顔だね」

 クォ・ヴァディスは今日も微笑んでいる。
 18歳くらいの姿だが、少しだけいつもと雰囲気が違っていた。体のラインが曲線的で、胸がある。

「……やっぱり、そっくりだな」
「言っただろう? 僕は、宿主の記憶にある誰かの姿を借りているって」

 だが、俺は『ヴァルク』の姿なんて覚えていなかったし、多分記憶がおかしくなる前から大して印象には残っていなかったはずだ。

「ふふ。『ヴァルク』はシリーズ中さまざまな年齢で登場する上に、性別が『未確定』なんだ。僕という存在によく馴染むんだよ。まあ、細かいところは僕好みにアレンジしているけどね」

 未確定? よくわからない。

「性別が固定されていないから、ヴァルクは自在に性別を変えることができるんだよ。男にも、女にも、中性や両性にだってなれる」
「その情報は、元々知っていたのか? それとも、宿主の記憶から拾い上げたのか」
「ふふふ。後者だよ。――さて、本題はこれじゃないだろう?」
30 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:05:35.23 ID:c+BVrGz60

「俺はどうやら大切な人のことを忘れているらしい」
「もう気づいたのかい? 意外と早かったね」

 クォ・ヴァディスは、全てを見通していそうな目で俺を見た。
 その銀河を映し出しているような見た目の虹彩に、吸い込まれそうになる錯覚に駆られた。

 底知れない、無限の闇。人ならざる者が棲まう場所。生も死もない空間。
 きっと、彼の目の先にはそんな世界が広がっている。

「君は、ここは心象世界だと言った。てっきり俺は自分の心象世界だと思っていたが、どうにも違和感がある。別の誰かのなんだろう?」
「そう、その通り。ここは、君の大切な人の心象世界だ」

 名前さえ思い出せない、でも、確かに大切だった恋人。
31 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:06:17.66 ID:c+BVrGz60

「俺は一体何をしなきゃいけないんだ?」
「それは、君自身が知っているよ。この状況は、君が望んだものなのだから」

 しかし、俺はそのことを覚えていない。

「1つだけアドバイスをあげよう。ここはあくまで他人の心象世界だ。だから――」


ピンポーン


 インターホンの音で目が覚めた。

「おい森岡ー! いるんだろー!」

 玄関から聞こえるのは坂田の声だ。
32 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:06:44.90 ID:c+BVrGz60

「なんだよ」
「お見舞い行くぞ」
「お見舞いって、誰のだよ」

 坂田は眉を八の字に潜めた。

「やっぱお前も診察受けた方が良さそうだな。うっわ酒臭いぞ。歯磨きして着替えてこい」

 言われるまま身支度をする。
 洗面所に2つ並んだコップ。「やわらかい」硬さの歯ブラシが入っている方のコップは、俺のものではない。
 一緒に住んでいた彼女の物だ。どうして気がつかなかったのだろう。

 部屋をよく見渡せば、女物の服や雑貨が存在している。
 俺は、これらを視界の中に入れていたにもかかわらず、その存在を正しく認識できないでいた。
33 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:07:18.81 ID:c+BVrGz60

 玄関に出る。そこには、女物の靴も置いてあった。

「大丈夫か? 財布はちゃんと鞄に入れたか?」
「大丈夫……じゃないかもしれないけど、財布は忘れてない」

 坂田に連れられて電車に乗った。
 窓からの景色には見覚えがある。俺は、毎日のようにこの街並みを眺めていた。

 坂田は時々神妙そうな顔をしたが、たまに雑談を振ってくれた。

「&%$#&#さんのことなんだけどさ」
「うん」
「入院する前、彼女も今のお前みたいになってたんだ。だから、すごく心配だ」
「そっか」
34 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:07:46.66 ID:c+BVrGz60

 あれがただの夢ではないと、確信があった。
 しかし、深く考えようにも、今俺がいるのは現実世界だ。
 夢の印象が薄れて、細かいところまでは思い出せない。

 電車の窓。建物の窓。高層ビルに張り巡らされた、無数の窓。

 ガタンゴトン ガタンゴトン
 ガタンゴトン ガタンゴトン

 あの窓には、それぞれ別の世界が広がっているのだろうか。
 それとも、ただ物理的な空間が続いているだけなのだろうか。

 建物の更に向こうには、青い空が広がっていて、白い雲が流れている。

『窓に切り取られた空っていうのも、なかなか乙なものだと思うのよ』

 誰かがそう言った。俺の頭の中で。

「おい、大丈夫か。ぼうっとしてるにもほどがあるぞ」
「あ……ごめん」
35 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:08:14.12 ID:c+BVrGz60

 病院のにおいは全国共通だと思うのだが、海外の病院はどうなんだろう。
 聞いたところによると、消毒液のにおいが充満しているのは日本の病院独特のものらしいが、それが事実かどうか確認する機会が訪れる予定は俺にはない。

 俺は誰かと海外旅行に行く約束をしていたような気がする。

「えっと……確か、こっちの病室だ」

 坂田が俺の様子をチラチラ伺いながら案内してくれた。
 エレベーターで2階に上がる。降りると眩暈を感じた。体重が重く感じる。
36 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:08:40.70 ID:c+BVrGz60

 白い病棟。四角い窓。延々と続いていそうな廊下。

「ほら、ここだ」

 病室の前のネームプレートを見る。

【 ¥&‘{$@@’“#! &%$#&# 】

 目を擦っても、やっぱり文字化けしていて読めなかった。
 ここは本当に現実なのだろうか。

 静かにスライドドアが引かれる。

 病室に入ろうとした瞬間、視界がバグった。
37 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/13(火) 21:09:11.04 ID:c+BVrGz60
38 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:13:07.39 ID:oG3MxUaR0
 【3】


「大丈夫かい?」

 15歳ほどの見た目年齢のクォ・ヴァディスが、しゃがんで俺の顔を覗き込んでいる。
 おかしい。俺は病院にいたはずなのに、いつのまにこっちの世界で倒れていたんだろう。

「今のも、夢だったのか?」
「いいや、正真正銘の現実だよ」
「視界がバグってぶっ壊れた」
「バグっているのは、君の方」

 じゃあ、何故俺はバグってしまったのか。
39 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:14:07.52 ID:oG3MxUaR0

「君は『彼女』を認識することができないからね。彼女の心の欠片を拾い上げたことで少しずつ認識することができるようになっているけれど、まだ現実の彼女と対面できる段階じゃないんだ」
「まだよくわからないが、あの光の玉を集めれば、全て理解できるようになるんだな」
「そう。君の記憶も蘇る」

 窓を選ぼうとする俺に、クォ・ヴァディスは声をかけた。

「さっき言いそびれたことなのだけどね。ここは君の恋人の心象世界であり、君は異物だ。心象世界にあるモノが、悪夢となって君を排除しようとする。免疫機能のようなものだね」

 この前黄色い石が襲い掛かってきたのは、それだったのか。

「排除されたら、どうなるんだ」
「ゲームオーバー。もうこの世界へは来られなくなる。ちなみに僕は助けてあげられないよ。ルール説明や助言程度ならできるけどね」
40 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:14:53.75 ID:oG3MxUaR0

「君は、排除されないのか?」
「ふふ。僕はステルススキル持ちだから」

 俺は素朴な木の窓に手をかけた。古い民家についていそうな窓だ。

「1つ、確認したいことがある」
「なんだい」
「君は、俺の味方なのか?」

 クォ・ヴァディスは顎に手を当てて笑った。

「僕は君と契約したからね。契約の範囲内では味方をするよ」

 契約とはなんなのか。きっと光の玉を見つけたら、答えがわかるのだろう。
41 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:16:01.77 ID:oG3MxUaR0

 森。何処までも続く、森。霧が立ち込めていて、視界は少々不明瞭だ。
 時々、ゴォォ、ゴォォと低い風の音がしている。

 なんだか物悲しい雰囲気のする空間だ。寂しい。
 道は入り組んでいる上に、曇っていて太陽の位置を把握することは困難である。

 方角も、時間も、何もわからない。
 何か、音楽でも流れていたらいいのに。オカリナでも吹きたいな。

 湿った地面を踏みしめる。

 どうすれば光の玉を見つけられるのだろう。

 試しに進んでみたが、気がつけば元の位置に戻ってきていた。
 ここは、俺が好きなゲームの森に少し似ている。多分、彼女も好きだった。

 なら、進むためのヒントも共通しているかもしれない。
 音が大きく聞こえる方へ行けばいいんだ。
42 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:16:35.76 ID:oG3MxUaR0

ゴォォォォォォ
ゴォォォォォォ

 最深部へと進むと、一瞬視界が真っ白になり、灰色の町へと出た。
 雨が降っている。

 俺の地元そのものだった。否、今地元に帰ってもこの景色は見られない。
 これは、子供の頃に見ていた景色だ。

 フードを被った男が佇んでいる。手に持っているのは、包丁だ。
 あれは、やばい。殺意の塊だ。

 俺はじりじりと距離を開け、ある程度離れたところで背を向けて走り出した。

 男が追いかけてくる。

 鋭利な刃。死の恐怖。今にも破裂してしまいそうな心臓。
43 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:20:20.10 ID:oG3MxUaR0

 悪夢なら早く覚めてくれとも思うが、俺は探さなければならないものがある。

 走る。走る。走る。
 泥濘に足を取られそうになっても、必死に走る。

 逃げている内に、いつの間にか俺の実家付近に出ていた。

 玄関を開けて鍵を掛ける。

ドンドンドンドンドン

 しばらく経つと、玄関の前から男の気配が来た。
 俺はそろりとその場を離れ、靴を履いたまま階段へ向かう。

ガシャーン

 窓が割れる音がした。玄関近くの部屋の窓を、男が割って侵入してきている。
 俺は慌てて階段を駆け上った。男は大きく足音を立てながら追いかけてくる。
44 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:22:30.69 ID:oG3MxUaR0

 まだ上っている途中の男に椅子を投げ落とした。大したダメージを受けている様子はない。
 ごついハンガーラックで殴ってみる。
 男は階段の下に転がったものの、少し経ったらすぐに起き上がってきそうだ。

 俺の部屋の窓の向こう側から、何か強い気配を感じた。あっちに行かなければならない気がする。
 俺の部屋の向かい。――そうだ、彼女の部屋があるんだ。

 俺とあの子は隣に住む幼馴染同士で、よく窓を開けて会話をしていた。
 俺は窓を開けた。
 彼女の部屋の窓は開いている。カーテンがヒラヒラと揺れていて、まるで誘っているようにも思われた。

 飛べない距離じゃない。ジャンプすれば、届く。
45 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:23:57.23 ID:oG3MxUaR0

 懐かしい部屋。彼女のにおい。
 しかし感慨に浸っている余裕はない。

 彼女の勉強机の引き出しから光が漏れている。そうか、そこにあるのか。
 開いた瞬間、窓からドンっと音がした。

 ちくしょう、もう来たのか。

「ひいっ!」

 俺はそこら辺にあった物を投げたり蹴とばしたりしたが、男にダメージを与えることはできなかった。
 引き出しの中にあった光の玉を掴んで逃げようとするも、足が竦んで動かない。

 男が俺に迫り、包丁を振り上げる。
 俺は死を覚悟した。
46 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:24:55.45 ID:oG3MxUaR0


 ――あれ、痛くない?
 おそるおそる目を開ける。

 紺色の髪をした青年が、腕で包丁を受け止めていた。

「さあ、逃げようか」

 クォ・ヴァディスはこちらを向いて微笑んだ。
 助けないんじゃ、なかったのか?
47 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:27:41.95 ID:oG3MxUaR0

 手に握った光の玉の輝きが増し、景色を包み込んだ。

『ねえ、このキュロットスカート、前に布がついていて本当のスカートみたいに見えるの』

 4年1組。9歳と10歳が混在する教室。
 彼女は自分で布をぺらぺらめくってみせた。現れるのはパンツではなく、同じ素材の布だけだ。

『従姉のお姉ちゃんにもらったの!』
『えー、よく穿いてるスカートのが似合ってるよ』

 声変わり前の俺の声が答えた。
 悪いデザインではなかったが、お下がりというだけあって古臭く感じられた。
 何より、スカートと見せかけて中身がズボンだなんて、騙されている気分になってしまう。

 彼女は不貞腐れて、その日はもう口を利いてくれなかった。
48 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:28:43.67 ID:oG3MxUaR0

 翌日、彼女はスカートを穿いて登校した。
 チラチラと俺の様子を窺っていた。
 可愛い、似合ってると褒めてほしいんだろうなと察しはついたが、当時クソガキだった俺には素直に褒めることなんてできなくて、知らんぷりを決め込んだ。

 休み時間、突然彼女の悲鳴が聞こえた。
 隣のクラスの男子がこっちの教室に来て、彼女のスカートをめくったのだ。

「なんだ、スパッツ穿いてるのかよ」

 見えてもいい中身だからといって、スカートめくりをしていい理由にはならない。
 彼女は激怒して涙目になっていた。

 俺は無性に腹が立って、その男子を殴り飛ばした。
49 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:29:10.68 ID:oG3MxUaR0

「はっ」

 青い空、白い壁、白い床。勝手に動いている天井。
 いつものスタート地点だ。

「いやあ、危ないところだったね」
「どうして助けてくれたんだ」

 俺はクォ・ヴァディスの腕を見た。怪我はしていなかった。

「彼は心象世界の免疫じゃない。君と同じ、現実世界の人間の精神だ」
「え……」

 俺以外にも、この世界に来ている人間がいるだと?
 なんだか、彼女を穢されている気分になった。不快だ。

「君との契約時点では、他の人間が介入するなんて予想外だったからね。だから助けたんだよ」
50 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:29:38.00 ID:oG3MxUaR0

「あいつも、彼女の心の結晶を集めようとしているのか?」
「いいや、違うようだね。彼の心は君への殺意で満たされていた。きっと、こちらの世界で彼に刺されると、君の心は現実でも死んでしまう」

 フードで隠れていたから、あの男の顔は見えなかった。
 でもきっと、あいつも俺の知っている人物なのだろう。
 彼女のスカートをめくった、あの男子のことが思い浮かんだ。

「彼からは、正の感情を一切感じることができなかった。悪魔と契約し、喜びや愛情を対価として君を葬る術を与えられたのだろうね」

 悪魔?

「君も、悪魔なのか?」
「ふふふ」

 クォ・ヴァディスは笑みを深めた。

「君はもう思い出せるはずだよ。僕との契約のことを」

 思い出そうとした瞬間、他の誰かの気配を感じた。

「はぁい、こんにちは」
51 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:30:14.05 ID:oG3MxUaR0

 白い床の上に、彼女が立っていた。正確には、彼女の姿をした、何かが。

「やあ、まさか君だったとはね」
「気づいていた癖に。今はそんな姿をしているの? 前よりは趣味が良いわね」

 彼女の姿をした何かは、確かに彼女と同じ顔をしているのに、まるで表情の作り方が違う。

「こんにちは、森岡さん。私は歓楽を食らう悪魔。今日は挨拶に来たのよ」

 カツコツと音を立てて、悪魔はこっちに歩み寄ってくる。
 モデルのような歩き方も、彼女とは全く違っていた。

「こちらも生きるためにやっていることなの。ごめんなさいね」

 クォ・ヴァディスとよく似た笑い方。でも、まるで人間を見下しているような、嫌な感じがした。
52 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:30:55.43 ID:oG3MxUaR0

「おい、いい加減起きろ」

 坂田が俺の頬をぺちぺちした。
 そうだった、俺は病院で倒れたんだ。
 すぐに目を覚ますべきだったのに、すっかり現実のことなんて忘れていた。

「とりあえず、今日は診察してもらえることになったからな」

 坂田はわざわざ付き添ってくれた。折角の休日をこんなことで潰させてしまって、申し訳ない。

 CTスキャンをしたり、長々と精神科医の質問に答えたりした。
 CTスキャンの結果は異状なし。
 精神科医には、記憶が欠けていることは話したが、夢の内容については伏せておいた。

「恋人が廃人状態となったショックで、健忘を起こしているようですね。しばらく様子を見ましょう」
53 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:31:29.45 ID:oG3MxUaR0

 帰りの電車では、坂田に彼女のことを教えてもらった。
 俺と彼女は中学の頃から付き合っていて、高校や大学も同じだったこと。

 職場は別だが、就職とほぼ同時期に同棲を始めたこと。
 坂田が詳しく知っているのは、大学の頃よくグループで一緒に遊んでいたのが理由だということ。

「何か困ったら、すぐ言えよ。できるだけ助けてやるから」
「ありがと」
「地球科学科のよしみだからな」
54 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:32:02.18 ID:oG3MxUaR0

 家に帰り、俺は「絵夢の冒険記」のアニメのDVDを再生した。
 単に、何か音がないと寂しかったからだ。


ヴァルク『戦死者を選ぶのは――この僕だ!』

絵夢『そっちの思い通りにはさせない! 緑風の刃《グリーンウィンドカッター》!』

ヴァルク『効かないよ。――ハートブレイク!』


 アニメの音声をBGMに、俺はクォ・ヴァディスとの契約のことを思い出していた。

『彼女を救いたいかい?』

 俺の夢に現れた悪魔が言う。

『俺の何を対価にしたっていい! 君が悪魔だというのなら、俺と契約して彼女の心を救ってくれ!』

 彼女は、ある時突然心を壊して植物人間に近い状態になってしまったのだ。
 俺は彼女を救いたい一心で、悪魔にすがった。

『彼女の心の命の灯は、今にも消えてしまいそうだ。それを救うには、君の心の命か、体の命を代償にしなくてはいけない』
『どっちだっていい!』
『しかしね……彼女が心を失ったのは、君を助けるためだったんだよ』
55 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:34:19.86 ID:oG3MxUaR0

 俺は絶句した。

『体の命を失いかけた君を救うため、彼女は僕と契約した。その結果があれなんだよ』
『え……じゃあ……』
『再び君が死にかけたなら、彼女の行いは無駄になる』
『ずっと同じことの繰り返しになるじゃないか』

 彼女を救うことはできないのだろうか。俺は絶望しかけた。

『同じ人物から対価を得ても、味に飽きてしまうからね。僕はもう彼女とは契約しないよ。運よく別の悪魔と出会えたなら、君と言う通り同じことの繰り返しになるだろうけれど、可能性は低いだろうね。悪魔が人と出会うことは滅多にないから』

 腹に残る傷跡を服の上からなぞる。
 俺は、本当は死ぬはずだった。
 助けてくれた彼女に、なんの恩返しもできないっていうのか。

『そうだね……じゃあ、君には『彼女を救う手段』を与えよう』
『手段……?』
56 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:34:54.90 ID:oG3MxUaR0

『彼女の心はバラバラに砕けて、彼女の心象世界に散らばっている。それを集めるゲームをするんだ』
『ゲーム……』
『僕は君にチャンスを与えるだけ。直接彼女を救うのはあくまで君だから、対価は軽くて済むんだよ』

 俺は迷わず契約することにした。

『とはいえ、完全に元に戻るわけじゃない。彼女がこれまでに溜め込んでいた悲哀の感情は僕のエネルギーにさせてもらっているからね』

 それでも、再び彼女の笑顔を見ることができるのならば、契約しない手段はない。

『彼女という人格を構成するのに必要最低限の要素は不足していないから、そこは安心してほしいのだけどね』
『それで、対価はなんだ』
『君に渦巻く『彼女を失いかけたことによって発生した負の感情』だよ。僕の主食は人間の悲哀だからね』

 悪魔は笑う。笑う。笑う。

『それに伴い、君には一時的に記憶障害や認知障害が起きるけれど、時間経過、もしくはゲームのクリアでいずれ元通りになる』
57 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:35:37.66 ID:oG3MxUaR0

 そして俺は悲哀の感情を悪魔に売り渡し、彼女に関する何もかもを忘れてゲームを始めた。
 俺が死にかけた理由は――なんだったかな。


絵夢『どうして庇ったんだよ!』

ヴァルク『ふふ……僕はいつでも君の味方だったよ』


 流しているアニメの内容は半分も頭に入ってこない。
 でも、このシリーズは彼女が好きだったんだ。
 彼女の足跡を辿るような気持ちで、寝るまでずっと再生し続けた。

 彼女に、何か伝えたいことがあったような気がする。でも、思い出せない。
58 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:36:31.01 ID:oG3MxUaR0

「やあ、気分はどうだい」

 ヴァルクとそっくりな顔が笑う。
 見た目は25歳くらいだ。

「ハートブレイク! ……なんてね。ふふ」

 クォ・ヴァディスは、ヴァルクが魔法を放つ時のポーズを真似てみせた。
 本当に攻撃魔法が出てくるんじゃないかと、一瞬俺は身構えてしまった。

「さて、1つ相談なんだけど……」
「ああ」
「フードを被った彼は、あまりにも危険だ。さっきは初回だったから僕が助けたけれど、次からはできない。もし対抗策が欲しいなら、新たな契約が必要になるけど……どうする?」

 何の対抗策もないまま再びあの男に追われたら、その時こそ勝てる気がしない。

 あの男に刺されて心を殺されるか、何かを対価として助かる可能性を掴み取るか。
59 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:37:43.02 ID:oG3MxUaR0

「……あの男を見つけたらワープする能力が欲しい」
「良いだろう。対価は……そうだね、君の過去の悲哀の感情を頂こうか」
「構わない」
「鮮度が落ちるし、君という人格が壊れない程度にしか吸えないから、無制限の能力にはできない。精々、1回の睡眠につき3回までだ」

 クォ・ヴァディスは右手の指を3本立てた。

「……とりあえず、それでいい。頼む」
「前回の契約と違って、思い出のイメージと感情を思い出すことはもうできなくなるけれど、いいのかい?」

 俺は頷いた。
 悲哀を食らう悪魔は、少しだけ寂しそうに微笑んで、人差し指の先を俺の額に立てた。

 悲しかった思い出の光景が、俺の中から消えていく。
 その時、どれほど悲しかったか、辛かったのか、その悲しみがあったからこそ味わえた幸福でさえも、吸い取られた。

 100m走で負けた時の悔恨。
 ペットが亡くなった時の慟哭。
 じいちゃんの葬式で流した涙。

 手を握って慰めてくれた彼女の、温もり。
60 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:38:09.09 ID:oG3MxUaR0

 少し画質の悪いポリゴンで作られているような見た目の窓に手を触れた。
 そういえば、彼女は窓が好きで好きで仕方がなくて、いちいちアニメやゲームの窓のキャプチャを撮って保存していたっけな。


 満天の星空。歪で細長い、白い建物。
 街灯なんてないのに、何故だか地上は明るい。

 左の方を見ると、巨大な大地が宇宙に浮かんでいた。一見地球のようだが、大地は途中で切れている。丸みを帯びた板のような形だ。

 前方には大きな城のようなものが見えた。
 真っ白で、無機質な町。

 俺は、ついさっきこの風景を画面越しに見ていた。
 ここは、「絵夢の冒険記」の黒幕が住まう土地だ。
61 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:38:44.46 ID:oG3MxUaR0

 「絵夢の冒険記」の主な舞台は、いかにも異世界らしい異世界だ。
 だが、終盤はこの白い星に移動し、ラスボスと戦う展開となっている。

 何かが近づいてくる音がした。それも、大量だ。

 主人公達を襲うロボットやバイオロイドが、こっちに向かってきている。
 心象世界における、免疫だろう。

 悪夢を見ている時の恐怖を感じる。

 あいつら相手にワープは使えない。自分の足で逃げないと。
62 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:39:12.41 ID:oG3MxUaR0

 逃げても、逃げても、逃げても、うじゃうじゃ沸いて追いかけてくる。
 建物の中に逃げ込んで、扉を閉めた。だが、俺の足元からもうにゅっと幽霊みたいに生えてきた。
 アニメじゃこんな物理法則を無視した現れ方はしてなかったってのに!

 窓から飛び出して逃げ続ける。
 ああちくしょう、助っ人キャラでもいてくれたらいいのに。

「こっち!」

 誰かが俺の手を握った。
 黒髪で、身長は155cmほど。
 男の子なのか女の子なのかいまいちよくわからない顔立ちの小学生。

 「絵夢の冒険記」の主人公、檜原 絵夢(ひのはら えむ)そのものだった。
63 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/14(水) 19:39:46.85 ID:oG3MxUaR0
64 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/15(木) 23:58:35.13 ID:5y9FZK0b0

 【4】

「ここなら安全です」

 絵夢に連れてこられた先には、免疫である敵が現れなかった。
 ここは、確か……絵夢達がこの星での拠点としている隠れ家だ。

「どうして助けてくれたんだ」
「あなたを異物として排除しようとする機能もあれば、この世界の主を治そうとする機能もあるんです」

 設定上、絵夢はヴァルクと顔がそっくり――というよりヴァルクが絵夢にそっくりなのだが、作画上は大して似ていない。
 左右の髪が一房ずつ内側に巻いているのが共通している程度である。
 笑い方も、健全な小学生のそれだ。
65 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/15(木) 23:59:01.77 ID:5y9FZK0b0

「あなたはこの世界の主を救おうとしている。だから、手助けをしたいんです」

 11歳の綺麗な瞳は、いくらか俺の精神を癒してくれた。

「あなたの探し物は、あの城にあります」

 ラスボスの居城。バイオロイドの研究施設。悪意が渦巻く場所。

「あそこまで案内します。ついてきてください」

 絵夢が敵をばったばったと薙ぎ倒してくれるおかげで、すいすい進むことができた。
 この小学生は剣やら魔法やらを自由に使うことができるのである。とても心強い。

 城はもう目の前だ。
 だが、背筋に悪寒が走った。嫌な気配を感じる。

 奴だ。
66 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/15(木) 23:59:29.46 ID:5y9FZK0b0

 絵夢が風の魔法を放った。
 しかし、フードの男は大してダメージを受ける様子もなく突進してくる。

 ガキィン!

 フードの男の包丁を、絵夢が剣で受け止めた。
 金属同士が擦れ合う音が鼓膜を震わせる。

「そいつ、なんとかぶっ倒せないのか!?」
「無理ですっ! この人の意思の強さがあまりにも強烈で……っ!」

 背後からは免疫の軍団が迫ってきていた。このままでは、俺は排除されてしまう。

「でも、しばらくの間食い止めることはできます! 先に進んでください!」
「君だけを置いていくことはできない! 一緒にワープで」
「ワープで飛べるのはあなただけです! 早く!」
「……すまない!」
67 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:00:02.66 ID:6W5BK61q0

 大きな扉を抜け、城の内部へと駆け抜けた。
 絵夢達の宿敵――この城の主、クラシストの玉座に光の玉があると夢覚が告げている。
 階段をひたすら上った。
 エレベーターもあるが、使わなかった。
 扉が開いた瞬間敵と遭遇したらと思うと、怖かったのだ。

 不思議と迷わず進むことができた。
 この世界には、『迷い』という概念さえ存在しないのではと思えるほどだ。

『あなたを助けることに、迷いなんてなかったもの』

 彼女の声が聞こえる。
68 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:00:33.35 ID:6W5BK61q0

 絵夢達がクラシストと戦った広い部屋に出た。天井も壁も床も白い。
 やはり、玉座の上には星のように光るものが浮いている。

ダッダッダッダッ

 重く力強い足音。振り向くと、血まみれのフードの男がそこに立っていた。

「おい……絵夢はどうしたんだ」

 フードの男に大きな外傷は見られない。なら、この血はなんだ。誰のものだ。
 フードから覗く口元は、口角を歪めた。

 殺された

 ころされた

 コロサレタ
69 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:01:29.17 ID:6W5BK61q0

「てめえええ!!!!」

 俺は強く剣をイメージした。
 そのまま斬りかかるふりをして、ワープで男の背後に回る。

 刃は男の背を斬ることに成功した。赤い血飛沫が飛び散る。

 フードの男は痛みを感じていないのか、すぐに振り向いて俺に包丁を突き刺そうとした。
 俺は咄嗟にワープをし、再び男の背後に回った。

「うおおお!」

 俺の剣と、奴の包丁が交わる。

『怒っちゃだめ! 憎まないで! あなたの心に憎悪の感情が生まれたら、この世界は穢れてしまう!』

 頭の中に、絵夢の声が響いた。
70 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:01:56.84 ID:6W5BK61q0

『安心して。自分は、この世界の免疫とあなたの想いが合わさって『形をもつ』ことができた存在。『形』が壊れても、存在そのものは消えないんです』

 でも、でも、こいつは……!

『この世界の主にとって、あなたは他の誰よりも大切な人。だから、この世界はあなたの感情の影響を非常に受けやすいんです。どうか怒りを鎮めて、心の結晶を拾って!』

 いつの間にか、部屋中が赤く染まっていた。
 男の血飛沫が飛んでいないところまで、べったりと。

 これ以上、この世界を穢してはいけない。
 男が至近距離にいるということは、俺はここでワープを使うことができる。残り回数は、1回。
 俺は、玉座のすぐ傍にワープした。
71 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:02:43.15 ID:6W5BK61q0

 フードの男は凄まじい勢いでこっちに向かってくる。
 男の顔を隠していたフードが、走る勢いで外れた。

「お前は――!」

 思い出した。


 あいつは、俺が絶対に許すことのできない男。
 そして、奴は決して俺の存在を許しはしない。


 彼女の欠片を掴みながら、俺は蘇った記憶に息を呑んだ。
72 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:03:09.40 ID:6W5BK61q0

『何でお前なんかが……!』

 かつて彼女のスカートをめくったあの男子は、ひどく彼女に執着していた。
 高校の合否の発表を見に行った日のことだ。
 俺と彼女は同じ進学校に受かったが、奴は落ちた。そもそも、受かる見込み自体がなかった。

 あの時の憎悪の眼差しには、一生分の負の感情が込められているようにさえ見えた。

『行こうよ、たっくん』

 彼女が俺の手を引く。
 その後は、俺の家族と彼女の家族とで合格祝いをした。

『たっくんとまた同じ学校に通えるの、嬉しいなあ』
『……俺も』

 親の目前でそんなことを言われて、俺は照れてしまった。
73 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:03:36.26 ID:6W5BK61q0

『ねえねえ、たっくんは理系に進む? それとも文系?』

『文理が分かれるの、2年からだろ。気が早いな。でもまあ、多分理系を選ぶと思うよ。お前もだろ』

『うん! 大学も理系の学部に行って、窓を作る素材について研究しまくるの!』

 彼女の将来の夢は、窓を作ることだった。

『なんでそんなに窓が好きなんだよ』

『ないしょ!』

 彼女は頬を赤らめ、人差し指を自分の口の前で立てた。

 大学に行く前から、彼女は自分で研究を進めていた。
 窓枠のデザインの歴史を追ったり、身近な素材からガラスを作り出したりと、普通の高校生ならやらないであろうことに夢中になっていたのだ。
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