傘を忘れた金曜日には.

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:34:53.89 ID:MvBC7eGdo
傘を忘れた金曜日には
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524148895/
のつづき

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1541601293
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:40:37.22 ID:MvBC7eGdo


「……後輩くん、あのね。何を言ってるのかわからないけど」

「……はい」

「きみとはぐれたあと、わたしがきみを探さなかったと思う?」

「……え?」

「わたしは、ふたりを無事に家に送ってから、もう一度あの森に向かった。
 そこできみを探したんだよ。見つけるまで、時間はかかったけど」

「……」

「二週間かかった。でもちゃんと見つけ出したよ。
 きみに帰るときの記憶がないのは、当たり前。きみは、眠っていたからね」

「……」

「後輩くん、わたしはね、眠るきみを背負って、森を出たんだよ」

「……」

「だから、あんまり、変なことを考えないほうがいいよ。
 きみは少し、疲れてるんだと思う」

 でも、そんな単純な問題じゃないんです、と、俺は言えなかった。

 
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:41:09.01 ID:MvBC7eGdo



 電話を切って、俺はまた夜の散歩に出かけた。
 
 行き先は、公園。木立の奥の、噴水。

 今日もまだ、水が溜まったままになっている。
 月が、静かに水面に浮かんでいる。

 考えてみれば、嘘と偽物とまがいものにまみれていた。

 俺が書いた作文は、俺が書いたわけじゃない。偽物だ。
 俺と真中は、付き合ってなんかいない。嘘だ。
 俺の書いた小説は、瀬尾の書いた小説のまがいものだ。

 俺が、三枝隼ではなく、三枝隼の偽物だったとしたら?
 
 だとしたら、説明がつく。

 ……もちろん、違う可能性もあるのかもしれない。
 事実は逆で、森の中で夜を眺めているあちらこそが、スワンプマンなのかもしれない。

 だから、説明がつく、というのとは、違うかもしれない。
 納得がいくのだ。

 俺のものではない。
 俺のための場所ではない。
 俺のための景色ではない。

 そう思うと、心がすっと楽になるのだ。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:42:08.16 ID:MvBC7eGdo


 誰のことも求められない自分自身。
 なにひとつ目指せない、自分自身。
 
 何も得ようと思えない、俺自身のことが、すとんと胸に落ちるように、納得がいく。
 
 偽物だから。
 この場にいるはずのない存在だから。

 俺は三枝隼ではなく、
 両親や純佳の優しさも、ちどりや怜の親愛も、真中の好意も、
 大野や市川との関係も、ちせの信頼も、瀬尾の視線も、
 クラスメイトと交わすバカな会話も、けだるい朝に部屋にさしこむ日差しも、
 あの、雨に濡れた金曜日の記憶も、ちどりを好きだったことでさえ、
 全部、俺のものではない。俺のためのものではない。
 
 ましろ先輩は間違えて連れて帰って来てしまったのだ。

 本物の三枝隼と、偽物の三枝隼を、取り違えてしまったのだ。

 俺は本来、この場にいるべき人間じゃない。
 
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:42:35.94 ID:MvBC7eGdo

 誰のことも好きになるべきじゃない。
 誰のことも愛せない。
 誰からも何も受け取るべきじゃない。

 俺は不当な簒奪者だ。

 だからこんなに、こんなにも……忘れるなと言うみたいに、葉擦れの音が耳元で騒ぐ。
 
 でも、じゃあ俺はどうすればいい?

 空席の王座を掠め取った俺は、どうすればいい?

 ……不意に、

 簡単なことですよ、とカレハが言った。

 明け渡せばいいんです。

 彼女は笑う。
 景色に彼女が映っている。
 雑音のなか、いま、俺は涸れた噴水の水面を眺めている。

 その景色が、徐々に薄らいでいく。
 暗い森の景色のほうが、本当になっていく。

 覗き込んでください、と、カレハは笑う。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:43:31.94 ID:MvBC7eGdo


 俺は、涸れた噴水の水面を眺めている。
 そこには、俺が、俺自身が映っている。

『鏡を覗くものは、まず自分自身と出会う』

 明け渡せ、と声が聞こえた。

 水面に映る、俺の口が動いている。
 明け渡せ、と、動いている。

 水面に映る俺の姿が、誰か別の人間のように感じられる。

「おまえが過ごすのを、ずっと見ていた」

 と、彼は言う。

「俺が求めて得られないものを、おまえが拒んでいるさまを、俺はまざまざと見せつけられていた」

 その声は地底深くから轟くように俺の足元から響いてくる。

 存在の足場が崩れる。

「おまえは不当な簒奪者だ。奪い取ったものを、不要なもののように粗雑に扱っている」

 俺は不当な簒奪者だ。

「おまえは俺の偽物だ」と声は言った。

 カレハが嗤っている。いよいよですね、と彼女は言う。

 頭を、顔がよぎる。
 純佳の、ちどりの、瀬尾の、市川の、さくらの、ましろ先輩の、ちせの、怜の、大野の、
 たくさんの、顔。

 顔。顔。顔。顔。顔。顔がよぎる。

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/07(水) 23:44:01.88 ID:MvBC7eGdo

「──さあ、"返せ"」

 光が。
 光が。
 引きずりこんでいく。

 俺の意識は森の中に飲まれていき、
 二重の風景が逆さになる。

 森のなかが俺にとっての現実になり、
 水鏡を覗く景色は"俺"のものではなくなる。

 いま、二重の視界に、涸れ噴水の水面には、俺が映っている。
 それはもう、ほかの誰かではない。俺という、意識が、水面のなかに映っている。

 怯えきった、俺の顔が映っている。

 そして、それまで俺だった身体は俺のものではなくなった。
"俺"は、噴水を見つめるのをやめ、静かにひとつ伸びをして、身体の感覚をたしかめるように、自分自身の腕を撫でた。
 その光景を俺は、"二重の風景"として、眺めている。

「ああ……」と、"俺"は声をあげる。

「帰ってきた」と"俺"は言う。

「俺だ」と、"彼"は言う。

「俺が、三枝隼だ」

 その声を聞いた瞬間、既に俺は葉擦れの森にいる。

 眼の前に、カレハがいる。
 彼女が嗤っている。

 楽しげに嗤っている。

 その様子を、俺は、もうなにひとつ考えられなくなったまま、眺めている。


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