男「恋愛アンチなのに異世界でチートな魅了スキルを授かった件」

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257 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:39:05.37 ID:KSI/sfAT0

女「すごいね……男君は」

男(何故か女が意気消沈している)



男「どうした?」

女「だって……その目論見通りに行ったとしたら、私がすることなんて無いでしょ?」

女「みんなに対して頑張ろうって言ったのに……私だけこんなおんぶにだっこでいいのかな……って」

男「つまり自分が役立たずだと……言いたいわけだな?」

女「うん」



男「はぁ……そんなわけあるか」

女「いてっ」

男(女に右手でチョップを軽く下ろす)

258 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:39:41.36 ID:KSI/sfAT0

男「適材適所ってだけだ。俺が魅了スキルで交渉に適しているから今回の宝玉獲得に向いてるだけだ」

男「今後女の力じゃないと駄目なパターンもあるだろうし……それにどうして俺が女とパーティーを組みたいって言ったのか忘れたのか?」

女「えっと……何かあったときに守って欲しいから?」

男「そういうことだ。というわけで……早速頼むぞ」

女友「そうですね、女。顔を上げてください」



男(うつむいていたため、女は気づいていないようだが、女友は既に臨戦態勢に入っている)

男(というのも、目の前に魔物が現れたからだ)

男(形態は不定形。俗に言うスライムというやつだろうか。とはいえ人間の腰ぐらいの大きさがあり、自身の意志を持って蠢いている姿は中々に恐怖だ)



女友「比較的魔物が現れにくい道だという話でしたが……」

男「まあ低いというだけで出てもおかしくはないだろ。安全な道って事だからおそらく弱い魔物なんだろうが……」

女「それでも戦う力を持っていない男君にとっては十分な脅威……ってことか。うん、分かった、私がやっつけるからね!!」

女友「たち、です。一人で突っ走らないでくださいね、サポートはします」



男(スライムに意気揚々と向かう女に、女友はため息をついて魔法杖を掲げる)

男(予想通り弱い魔物だったため、この世界でもトップクラスの力を持つ二人に一瞬で狩られるのだった)

259 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:40:22.24 ID:KSI/sfAT0

男(それからしばらく歩いたが、魔物とはその一回しか遭遇していない順調な旅路)

男(ただ、徐々に問題が現れ始めた)



男「はぁ……はぁ……疲れた……」

男(インドア派の俺にとって、数時間ぶっ続けで歩く機会はほとんどない)

男(足が棒になるとは、比喩でもなく本当にあることなのだと実感していた)



女「大丈夫、男君?」

女友「結構歩きましたものね」

男(息絶え絶えな俺に対して涼しい様子の二人)



男(最初こそ女二人が音を上げないのに俺だけ泣き言言ってられるかと頑張っていたが、そもそも異世界に来て力を授かった二人とは体力が違うことを忘れていた)

男(魔導士の女友でもある程度は体力にブーストはかかっているようで俺以上の体力である)

男(女に至ってはそれ以上のブーストで、俺を振り返りながら後ろ向きに歩いたり、時にはスキップをしていたのに息も切れていない)

260 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:40:51.54 ID:KSI/sfAT0

女友「ちょっと確認します。『世界全図(ワールドビジョン)』発動」

男(女友が魔法を発動するとその前方に地図が表示される。見慣れない地形はおそらくこの異世界の地図だからだろうか)

男(となると一カ所だけ光る点があるのは現在地ということだろう)

男「ずいぶんと便利な魔法だな……」

男(ようはGPSってことか。旅で迷う恐れが無くなるのはとてもありがたい)



女友「どうやらこのペースですと商業都市までは……あと一時間といったところでしょうか」

男(女友が今までに歩いてきた距離とかかった時間から、残りの道のりを踏破する時間を算出する)



男「一時間……か」

男(既に数時間歩いたのだ。あと一時間だけと考えるべきか、まだ一時間もあると考えるべきか)

男(……ああ、駄目だ。まだ一時間もあるとしか考えられねえ)



男「はぁ……」

男(あとどれだけ歩かないといけないかをはっきりと自覚したことで、どっぷりと疲れが沸いてきてしまった)

261 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:41:35.99 ID:KSI/sfAT0

女友「男さん、少し休みますか?」

男「……いや、今のペースでも目的地にたどり着くのが夕方になる」

男「そこから宿も探さないといけないんだ。これ以上遅れるわけにはいかないだろ」

男(理屈では分かっているんだ。ここで弱音を吐いている場合ではない。頑張れ、俺!!)

男(どうにか奮起して歩く覚悟を決めたところで)





女「あ、そうだ。それくらいの距離なら行けるかも」

男「行けるって、どういうことだ?」

女「それは……うん、説明するよりやってみた方が早いかも。ちょっと失礼するね、男君」



男(説明を求める俺の言葉を無視して、女は行動する。具体的に言うと、少しかがんで俺の腰と膝裏に両腕を伸ばして)



女「やっぱりこの世界に来て力強くなってるなあ……軽いね、男君」



男(いわゆるお姫様だっこで俺を抱えたのだ)

262 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:42:38.41 ID:KSI/sfAT0

男「………………」

男(いや、男がお姫様だっこされるって普通逆だろ!?)

男(ってか、何する気だよ!?)

男(とりあえず嫌な予感しかしないぞ!?)



男(渦巻く思考から出てきた言葉は)



男「ちょっと待――――!!」

男(とりあえず魅了スキルによる制止の命令を出そうとする)

男(だが、それよりも一瞬早く)



女「じゃあ行くね。……『竜の翼(ドラゴンウィング)』!!」

男(女の背中から可視化されたエネルギー体、竜の翼が生える)

男(俺の身体を抱えたまま宙に浮くと、そのまま猛スピードで進み始めた)



女「あははっ、速い速ーいっ!!」

男「ひぃぃぃぃっ……!!」



男(生身で空を飛ぶ初の体験に楽しんでいる女とビビっている俺)

男(あとで聞いたのだが『竜闘士』職の副次効果として、スキルを熟練した技術として扱えるようだ。そのためで飛ぶことに対して恐怖を覚えなかったらしい)



男(対して俺は初体験でただでさえ恐怖だというのに、お姫様だっこは存外不安定な態勢だということがそれに拍車をかけている)

男(ちゃんと落ちないように掴んでくれているが……不安は拭いきれない)

263 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:43:20.78 ID:KSI/sfAT0

置いて行かれた女友はというと。

女友「気軽にお姫様だっこなんてしていますが……」

女友「まあ、疲れている男さんを助けたい一心で一時的に羞恥心を忘れているということでしょうか」

女友「後で思い返して顔を真っ赤にしそうですね」

女友(はぁ、と一息吐いて)



女友「さて、私も追いつきましょうか。発動『妖精の羽根(フェアリーフェザー)』!! 『一陣の風(ストレートウィンド)』!!」



女友(身体を極限まで軽くする魔法と風を起こす魔法で疑似的ではあるが私も空を飛ぶ)

女友(魔法をかけ続けないといけない分消費が大きいのだが、自分の豊富な魔力なら歩いて一時間の距離なら十分に保てると感覚で理解していた)

女友(女の方は『竜闘士』の歴とした飛翔スキル。複合魔法の私よりも消費は少ないはずですので、男さん分の重量を抱えていても保つでしょうね)



女「危ないっ!」

男「ひぃっ!!」

女友(木を避けるために旋回する女と、その挙動に悲鳴を上げる男)



女友「まあ魔力が保っても、男さんの精神が持つかは少々不安ですが…………」







 結局歩いて一時間合った距離を、ショートカットで十分で突破できたようだ。空から進入しては騒ぎになるということで、目的地の商業都市周辺に降り立った三人だが、そのときにはすでに男も騒ぐ元気がなくなっていたという。

264 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/16(金) 21:44:09.93 ID:KSI/sfAT0
続く。

導入部分がしばらく続くと思います。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/17(土) 01:35:36.88 ID:1Jy1yvscO
乙ー
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 07:58:56.18 ID:t+6gA7Ud0
乙!
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 09:02:17.23 ID:ISxccwTVO

女、そんな相手の行動していると好感度下がるぞ〜
まあ、男が多少達観しているか大丈夫か
268 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:20:51.91 ID:ys877Mgc0
乙、ありがとうございます。

>>267 本編でもその内触れますが、女は現在好きだった男と一緒に旅に出たことで舞い上がっていますので、暖かく見守ってやってください。

投下します。
269 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:21:36.74 ID:ys877Mgc0

女友「すごいですね……」



女友(商業都市は魔物対策か高い壁に囲まれています)

女友(そのため都市への出入りは東西南北の四つの門からしか行えないようです)

女友(私たち三人は東の門の前にいましたが、そこではこの異世界に来てからみた人間の数を軽く数倍は越える量が行き来していました)



女友「門が四つあるので、単純に考えるとこれでも人の量は四分の一なんですよね……。ずいぶん活気がある都市ですね」



男「………………」

女「………………」



女友「男さんに女。いつまで静かにしているんですか?」



男「つっても……くっ、まだぐらぐらする……」

女「お、男君を……お、お姫様だっこ? わ、私はなんてはしたないことを…………」

女友(ここまで空を飛んできた影響でまだ身体がふらつく男さんに)

女友(冷静になって自分の行動が恥ずかしくなってきた女)



女友「はぁ……。さっさと行きますよ。今日の宿も見つけないといけないんですからね」

女友(理由は違えどテンションの低い二人を連れて私たちは商業都市、東門に歩を進めた)

270 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:22:29.08 ID:ys877Mgc0

男「ふう……。ようやく落ち着いてきたが……今度は人の多さで酔いそうだな」



男(門では身分や持ち物の軽いチェックが行われていた)

男(大勢の人の流れに身を任せて、俺たちは村長が用意してくれた村民だという証明を見せて通過する)

男(そうして町の中に入ると、さらなる人の渦に巻き込まれることとなった)



客引きA「長旅ご苦労さまっ!! お腹が空いたなら、これ!! 古参商会印のパンはいかが!!」

客引きB「今日お見せするのは新商品!! 今朝入ったばかり旬のフルーツを使ったジュースだよっ!!」

客引きC「さあさあ、パンならこっちだ!! 新参商会のパンはどこよりも安いぞ!!」



男(人の流れに流されるまま、道の左右に構える店から聞こえてくる商品の宣伝)

男(門の前は一番人が行き来する場所なのだろう)

男(現代世界で駅前は商業施設がよく賑わっているのと同じで、交通量が多い場所はもっとも客の見込める場所だ)

男(そのためほとんど叫ぶような客引きの声が行き交っている)



男「商業が盛んな都市の中でもさらに熾烈な場所なんだろうな……」

女友「色々と気になる商品もありますが……とりあえずこの一帯を抜けましょう」

女「あっちのパンおいしそう……あ、そ、そうだね」

男(買い物好きの女子の本性が垣間見えるが、それでも我慢したようで門前の区画をどうにか抜けた)

271 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:23:16.26 ID:ys877Mgc0

男「流石にどこもかしこもあの人の数では無いんだな」

男(メインストリートを外れた枝道に入ると、人の流れはかなり減った)

男(とはいえここに構えている店もあり、その客や通行人がそこそこいる)



女「これからどうしようか?」

男(俺たちは人の邪魔にならない道の脇に立ち止まって行動方針を話し合うことにした)



男「とりあえず今日やるべきことは二つだろうな」

女友「一つは先から言っていたように今日泊まる宿を探すことでしょうか?」

女「そうだろうね。もう一つは何なの、男君?」



男「情報収集だ。俺たちはこの商業都市について村長の話でしか知らないだろ」

男「もうずいぶん前に訪れたってことだったから、情報変わっている可能性もあるし、最近の情勢についても不明だ」

男「だから情報を集めることで、宝玉をゲットするための道筋を考える」



女友「言われてみると基本中の基本ですね。分かりました」

女「宿屋探しと情報収集ね。了解!!」

272 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:24:07.19 ID:ys877Mgc0

女友「それで一つ目の宿屋探しですが……この商業都市には多くの宿屋があるみたいですね」

女友「外から訪れる人が多いからでしょうか?」

男「この並びにも二、三軒あるみたいだしな」

女「数が多いとどこを選ぶべきか悩むね。やっぱり安さ重視かな。旅の資金も多くあるわけじゃないし……」



男(現在手元にあるのは女神教に寄付金として集まったものをの厚意により授かった分のみである)

男(しばらく生活する分はあるが、先立つものは多い方がいいし、金さえあれば宝玉を買い取るという選択も出来る)



男(俺が魅了スキルで強奪まがいのことをすれば簡単に金を増やせるだろうが)

男(女が賛成するわけがないし、それに目立つ行動をして魅了スキルのことが広く知れ渡ることは避けないといけない)

男(となると今後金を稼がないといけなくなったら、女と女友を頼ることになるだろう)

男(村の青年に聞いたところ、竜闘士と魔導士の力をもってすれば、魔物退治などで荒稼ぎも楽勝らしい)

男(……二人が稼いだ金で養ってもらう俺は完全にヒモだな、これ)



女友「男さんはどう思いますか?」

男「え、俺?」

女「今晩泊まる宿についてだよ。どこがいいのかな」



男「……ああそれか」

男「そうだな、活気のある酒場が近くにある宿屋を探すぞ」

273 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:24:35.31 ID:ys877Mgc0

男(それからしばらく歩いて)



女「こことかいいんじゃない?」

女友「そうですね、ここまで騒ぎ声が聞こえるくらいですし」

男「酒場に併設された宿屋か。まさにぴったりじゃねえか」

男(地図が無いためさまよっていた俺たちは、日が落ちた頃に目当ての物を見つけることが出来た)



男(俺が酒場が近くにある宿を望んだのは、もう一つの目的、情報収集のためだ)

男(古来より情報収集といえば酒場と決まっている。この世界では俺たちも飲酒してもいいようだし、活かさない手はない)

男(女と女友の二人も反対意見はなかった)



女友「まずは宿屋の方からですね。部屋が空いていればいいですが」

女「そうだね、これだけ人が多いと埋まっているかもしれないし……」

男「こればかりは祈るしかないな」



男(俺たちは宿屋に入って、受付に話を聞く)

男(結果からして、良い知らせと悪い知らせがあった)

274 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:25:17.93 ID:ys877Mgc0

女友「部屋は空いてますが残り一部屋だけ、と。そういうことですね?」

受付「そうさね、昼間に引き払った人がいてね。ちょうど三人部屋だし……ははっ、お客さんたち運が良かったよ」

女友「良かったです。それではその部屋でお願い――」



女「ちょ、ちょっと待ってよ!?」



女友「……どうしましたか女? 何か駄目なところがあったでしょうか?」

女「大ありだって!! 三人で一部屋って……それって男君も一緒の部屋で寝泊まりするって事でしょ!?」

女「そ、そんな男女が一緒の部屋で寝るなんて駄目だよ!!」



男「……まああまり良いことではないよな」

男(俺も女寄りの立場である)

275 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:26:04.75 ID:ys877Mgc0

女友「えっと……それの何が良くないのでしょうか?」

女「分からないフリしてない、女友?」

女友「あらバレましたか」



女友「ですが、半分は本気ですよ。三人で旅するって決まった時点でこんな事態になるのはあり得る思ってましたから」

女友「まさかこれくらいの想定外も無い順風満帆の旅が続くとは女も思ってませんよね?」

女「それは……」



女友「お金も余裕あるわけではないですから、二部屋より一部屋の方が節約できますしちょうどいいじゃないですか」

女友「それに……もし男さんに何かするつもりがあるなら、魅了スキルで命令に逆らえない私たちはとっくに襲われてます」

男「まあ、そうだが……」



女友「というわけで何も問題は無いということです」

男(反論しにくい……。少々釈然としないが、女友の言い分を認めるしかない)

276 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:26:39.15 ID:ys877Mgc0

受付「どうだい? ここに決めなって。この時間だし他の宿に行っても旅人が押し寄せて埋まっていると思うよ」

受付「今なら特別に割り引きするから……ほらね」

男(受付のお姉さんの援護射撃が飛ぶ。厚意が半分、せっかくの客を逃がしたくない気持ちが半分だろう)



女「ううっ…………でも……」

男(渋々ではあるが俺が認めたため、残る反対派は女だけである)

男(理屈としては納得しているようだが、心の方の整理が付かないようだ。

男(魅了スキルでは心を操れないためどうすることも出来ない。そもそも俺が無理強い出来る立場でもないし)

男(どうしても譲れない場合は他の宿を探すことも考えながら待っていると)



女友「はぁ……ちょっと耳を貸してください、女」

女「え、何?」

男(埒があかないと判断した女友が女に何やら耳打ちする)

277 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:27:09.51 ID:ys877Mgc0

男(それから少しして)



女「分かったわ!! 三人一緒の部屋でいいわよ!!」



男「……どんな心変わりがあったんだ?」

女「まあ、そのよく考えてみれば……チャンスだもんね……!!」

男「チャンス?」

女「な、何でも無いって!!」



受付「話がまとまったみたいさね。毎度あり!! はい、これ鍵。二階の207号室だよ」



男「よし、じゃあ一回部屋に行くか」

女友「分かりました」

女「荷物を置いたら早速酒場に行って情報収集だね」



男(俺たちは指定された部屋に向かう)

男(宿屋の部屋は特に俺たちの想像を超えるところはなかった)

男(三つのベッド、窓際のテーブル、トイレやシャワーも完備されている)

男(異世界ならではのトンデモは無かったが、これはこれでいつもと同じで落ち着けるためありがたかった)

278 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/17(土) 21:28:25.46 ID:ys877Mgc0
続く。

ちょいと短め。
一日の分量は区切りのいいところまでで決めているので、日によって長さが変わります。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/18(日) 02:10:08.45 ID:Im2ow4CfO
乙ー
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 03:05:47.96 ID:/0Z7gsR60
乙!
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 04:44:50.31 ID:P6nO09rRO
シャワーとかは魔法とかでなんとかしてんのかな
282 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 22:50:45.14 ID:p3k1G/RO0
乙、ありがとうございます。

>>281 魔法とかでなんとかしてる感じです。

投下します。
283 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 22:51:54.18 ID:p3k1G/RO0

男(部屋に荷物を置いた俺たちは早速宿屋に併設されている酒場に向かった)



客「おーい、こっちにビール五杯もらえるかー!!」

店員「はーい、ビール五ね!! こっちはおつまみセットはいお待ち!!」

客「ようやく来たか! サンキューな!!」



男(入り口から一望できる小じんまりとした店内にはところせましと丸テーブルとイスが置かれている)

男(それを囲む客と間を縫って進む店員の声が溢れている)



女「すごい活気だね」

女友「ざっと数えて四、五十人くらいはいるでしょうか?」

男「少し尻込みするな……」



男(正直騒々しいところはあまり好きではないが、そのようなことを言っている場合ではない)

男(ここでどうにか宝玉の手がかりや、この商業都市の最新の情勢を仕入れなければ)

284 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 22:53:46.42 ID:p3k1G/RO0

男(俺たちは隅の方に空いてたテーブルを見つけてそこに三人囲んで座ると目聡い店員が寄ってきた)



店員「注文は何にしますかー!」

男(店内では叫び声がデフォルトだ。そうでも無いとかき消されるのでしょうがないが)



男「えっと……」

女友「そうですね……」

女「まずは……」

男(酒場に入るのが初めてな俺たちは戸惑う。何から頼めばいいんだ?)



おっさん「兄ちゃん嬢ちゃんたち酒場は初めてか?」

おっさん「こういうときはとりあえず生三つとあつまみセット言っとけばいいぞ!」



男(見かねたのか隣のテーブルの赤ら顔したおっさんが割り込んできた)

男(仕切りがないため、テーブルを越えた交流はそこかしこで行われている)

285 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 22:55:51.49 ID:p3k1G/RO0

店員「それでいいでしょうか?」

男「それでお願いします」

店員「了解しました。生三つとおつまみセット入りまーす!!」



男(こういうときは経験者に従うのが吉であろう)

男(厨房に注文を伝えに戻った店員を見送ると、おっさんはさらに絡んできた)



おっさん「ふむ、若いな。注文にもたついていたことといい、酒場は初めてかね?」

男「そんなところです」

おっさん「若い男女……宿屋の方から来たという事はここに宿泊……ということは……もしかして駆け落ちかね!?」

女「か、駆け落ちって……そ、それは……!?」



男「違います、俺たちは目的があって旅している最中で……」

おっさん「がははっ、兄ちゃんすごいな。両手に花で駆け落ちたあ滅多にないぞ!!」



男「……聞いてねえ」

男(既にかなり飲んでいるのか、すっかり出来上がっているようだ。酔いの回ったおっさんは俺の話が耳に入っていない)

286 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 22:57:58.51 ID:p3k1G/RO0

おっさん「良いねえ、両手に花! 男のロマンだ! おっさんももう少し若ければ……」

女性「自分の立場を考えてください」

おっさん「痛てっ!?」

男(耳を引っ張っておっさんの暴走を止めたのは、同じテーブルに座っている女性)



女性「すいません、迷惑をかけまして。この人、酔うと歯止めが効かないもので」

おっさん「何おう!? おっさんはまだ酔ってないぞ!」

女性「その言葉は耳にタコが出来るくらい聞きました」



男(女性の言動の節々からは怜悧な印象が受け取れる)

男(歳が50は行ってそうなおっさんに対して、女性は30前半と見える。このコンビは……一体どんな関係性なのだろうか?

男(気にはなるが突っ込んだことを聞く度胸も無い)

287 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:01:07.88 ID:p3k1G/RO0

男(その内注文の品である生三つとあつまみセットがやってきたため乾杯することになった)



おっさん「それではこの出会いに祝福して! 乾杯!!」

男「乾杯」

女「乾杯ー!」

女友「乾杯です」



男(おっさんの音頭で俺たちは杯を掲げ)

男(新たな酒を片手にテンションが高いおっさん)

男(それに釣られて俺たちもテンションが上がりこの場に何とか付いて行けているため正直助かっている)



男「って、苦っ……!?」

女「ビールってこんな味なんだ……」

女友「私は好きな味ですね」

おっさん「最初はそんなもんだ! しかし、嬢ちゃんは見込みがあるな!!」

男(顔をしかめている俺と女に対し、ゴクゴクと一息で飲み干さんばかりの勢いで杯を傾ける女友。凄えな)

288 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:03:16.21 ID:p3k1G/RO0

おっさん「これはおっさんの奢りだ! 生もう一つ追加!!」

女友「ありがとうございます」

女性「……はあ、全くこの人は」



男「女友のやつノリノリだな」

女「あんな姿初めて見たよ。お酒強いんだね」

男「あ、そういえばだが、早速一緒にお酒飲むって約束達成したな」

女「そうだね。……男君とお酒。うん、いいね! よーし、じゃあ盛り上がっていくよー!!」

男「いや情報収集も忘れないように……っていうかもう酔ってないか?」



男(まだ一口飲んだだけだというのに、女の頬がほんのり赤い)

男(スキル状態異常耐性で酔いにくいって話だったのに……)

男(いや、それを差し引いてこれだとすると、元はかなりお酒に弱いってことか?)



女「ごくごく……ぷはーっ!!」

おっさん「お、そっちの嬢ちゃんの飲みっぷりもすごいな!!」

女友「流石ですね、女。……ですけど、負けませんよ」

男(何故かライバル視する女友)

男(これは……俺が一人で情報収集頑張るしかないか)

289 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:07:20.61 ID:p3k1G/RO0

男「すいません、ちょっといいですか?」

女性「何でしょうか?」

男(俺は会話が成り立ちそうな女性の方に話しかける)

男(彼女も片手に酒を持っているが、この落ち着いた様子は酔いにくい体質ということか)



男「俺たち今日この商業都市に着いたばかりで……」

男「この都市の成り立ちだったり、商業が盛んだってことは知っているんですが最近の情勢には疎くて」

男「特に大商人会について知っていることがあったら教えてもらえませんか?」

女性「……なるほど、いいでしょう」



女性「基本的なことは知っていると言いましたね?」

女性「なら大商人会が、大きな商会によって成り立っていることはご存じですね?」

男「ああ」



女性「大商人会は現在10の商会で運営されています」

女性「共に統治するという目的のため、その10人に地位の優劣は無いのですが……」

女性「それでもそれぞれの商会の規模により発言力の大小はどうしても生まれます」



男「それは……何とも面倒そうだな」

男(建前として立場は同格だが、力には差がある)

男(大商人会では神経すり減らすやりとりが為されているだろうことは容易に想像が付く)

290 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:12:32.45 ID:p3k1G/RO0

女性「その中でも一番大きいのが古参商会といいます」

女性「この宿屋と酒場もそこの経営ですね。商業都市発足時から存在するという、最古参の商会です」

男「古くからいるやつが一番発言力があるってわけか。上手く行っている内はいいだろうな」



女性「ええ、その危惧の通り最近その古参商会の地位を脅かす存在が現れたのです」

女性「10年ほど前に出来た新参商会、大商人会の中でも一番若い商会です」

男「やっぱりか」

男(古参とくれば対抗するのは新参だろう)



女性「新参商会の勢いは凄まじく、その地位にあぐらをかいていたところがあった古参商会は改革を迫られました」

女性「そういう意味では良い刺激だったと言えるでしょう」

男「だが、その改革がことごとく的外れで、古参商会はますます力を落としていく……そんなところか?」

男(話の流れを読み切ったと俺は先に言い当てようとしてみせるが女性は否定する)



女性「いえ、それが古参商会の商会長はどうやら才があったようで、改革は上手く行きました」

女性「ですが……それでも新参商会に遅れを取っているのが現状です」

男「ふーん、珍しいな。……しかし、遅れを取っているとはどういうことだ」

女性「それは……私の口から言えるところではありません」



男(女性は口をつぐむ)

男(気になるな……どういうことなんだろうか……?)

291 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:14:38.12 ID:p3k1G/RO0

男(まあいい、色々な情報を得られた。最後に駄目元で聞いてみるか)



男「えっと、すいません。ちょっと変なことを聞きますが……女神教ってご存じですか?」

女性「古くに廃れた宗教だと理解していますが……それが何か?」

男「この都市にも昔女神教の教会があったと聞きます。その教会の取り壊しを主導したのがどこなのかを調べていて」

女性「教会の取り壊し……」

男「ああ、いや、その、昔のことらしいので知らなくても……」



女性「――それなら30年前に古参商会が主導して行っていますね。その跡地を利用できる契約で引き受けたと記憶しています」

男「ほ、本当ですか!?」

女性「ええ。資料も残っていると思いますが、実際に立ち会った人に話を聞くとすれば……」

女性「30年前となると当事者は商会長くらいしか残っていないでしょうね」

男「商会長……ですか。分かりました。情報ありがとうございます!!」

男(望外の情報を手に入れたことにガッツポーズを取る)

292 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:19:45.68 ID:p3k1G/RO0

男(これで道筋は立った)

男(この都市のトップ、古参商会が教会を取り壊した)

男(その際に女神像に埋め込まれた宝玉を……商人だしその価値を理解して壊す前に取っているだろう)

男(問題はその後売り飛ばしたりしていないかだが……こればかりは直接聞くしかないか)

男(とりあえず足がかりは古参商会の商会長だ。どうにか会えないか、明日から探ってみよう)



男(と、興奮冷めやらない頭で考えていたが、ふと疑問が沸いた)

男(その情報を知っているこの女性は……何者なんだ?)

男(そうだ、俺は駄目元で聞いたんだ。普通に考えて、昔に教会の取り壊しをどこが行ったのかを知っているなんて思わない)

男(なのにこの女性は知っていた)

男(これは、もしかして……)

293 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:20:38.05 ID:p3k1G/RO0

女性「さて、そろそろ時間ですよ。会長」

男(女性がおっさんの耳を引っ張る)



おっさん「痛っ!? ……もうそんな時間か?」

女性「はい。もう十分に視察できたでしょう」

おっさん「えーもうちょっと飲んでたかったのに……あ、いえ何でも無いです」

男(女性に凄まれると慌てて取り繕うおっさん)



男(古参商会に詳しかったこと、その経営であるこの酒場に視察に来る立場、さらに会長という言葉……)



男「二人は古参商会の商会長とその補佐といったところですか?」



女性→秘書「補佐ではなく秘書です」

秘書「……しかし、流石にしゃべりすぎましたか。私も少し酔っていましたね」



おっさん「やーいやーい、失敗してやんの。いつも儂に注意してるのに」

秘書「何か言いましたか、会長?」

おっさん「いえ、何でもありません」

294 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:23:48.80 ID:p3k1G/RO0

秘書「周囲にバレると騒ぎになるので、黙っていてもらえると助かります」

秘書「さっきの情報が対価ということでよろしいでしょうか?」



男「それは構わないですが……」

男(少しちぐはぐさを感じる。商会のトップのような人なら、その顔も有名じゃないのか?)

男(騒がれるのが嫌なら変装でもして対策するばいいのに、それもしておらず、なのに誰にも気づかれていない)



男(これは……ああそうか、元の世界の常識で考えちゃいけないのか)

男(他者からの認識を阻害するようなスキルを使っているのだろう。しかし、俺には女性が話しすぎたため気づかれてしまったと)



男(まさかこんな大衆酒場に、行政トップの人間がいるとは……いや、このおっさんの馴染みっぷりが異常だし気づく方が無理だ)

男(というか正直今も疑っている。このどこにでもいそうなおっさんが古参商会のトップなのか)

男(改革も上手く行った才ある人だと言っていたが……)



おっさん「世界が揺れてる……あれをもらえるか、秘書よ」

秘書「はい、酔いさましです」

オッサン「おう、サンキュー」

男(女性が差し出した錠剤を受け取り口に含むおっさん。すると――)

295 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:29:09.03 ID:p3k1G/RO0



おっさん→商会長「……相変わらずこの感覚は慣れないな」



秘書「でしたらそこまで酔わないでください。その酔いさましは上級の魔法を合成しているので高いんですよ」

商会長「そう言うな、客として最大限に楽しんだ方が問題点が見えやすいからな」

秘書「それは分かっていますが……それでここの評価はどうですか」



商会長「いいだろう。店員の教育も行き届いているようだしな」

商会長「少々騒々しいが、それがこの場所の特色だ。奪ってはならんだろう」

商会長「後は細かいところは……後にするか。ちょっとそこの少年がしていた話に興味があるのでな」

秘書「次もあるので短めにお願いしますよ」

296 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:29:41.03 ID:p3k1G/RO0

男「……はっ!?」

男(そこの少年……おそらく俺のことが話題に出てようやく頭のフリーズが解けた)

男(しかし、混乱は収まっていない)

男(……誰だ、この人!?)

男(酔いが醒めた瞬間、貫禄のあるおっさん……いやおじさんになった。同一人物とは全く思えない豹変ぶり)



秘書「商会長は酒癖が悪いところだけが玉に傷です」

商会長「そう言うな、これでも一線は弁えている。それに完璧な上司は部下から引かれるものだ」

商会長「これくらいの欠点があった方が上に立つものとしてちょうどいい」

男(やけに計算高いセリフを吐くおじさん……いや、商会長と呼ぶべきだろうか)



男(どうやら宝玉の行方を知っている人物と早々に邂逅したようだった)



297 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/18(日) 23:31:05.99 ID:p3k1G/RO0
続く。

章ボスと早めに一度会っておくのってよくある展開ですよね。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/19(月) 00:42:47.48 ID:rIApKFCMo
乙ー
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 03:19:38.29 ID:QOb9NvPj0
乙!
300 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:18:56.55 ID:akT/PIun0
乙、ありがとうございます。

投下します。
301 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:19:45.38 ID:akT/PIun0

男(相変わらず酒場は騒がしいが、俺はそれを遠い出来事のように感じていた)

男(目の前の二人と向き合うことに集中していたからだ)



商会長「秘書よ。少年は君に女神教の教会の取り壊しについて聞いていたな」

秘書「そのようです。取り壊したのは30年前で間違っていませんでしたよね?」

商会長「ああ、そうだ。しかし君が商会に入る前の出来事ではなかったか?」

秘書「資料整理の際に一度見かけたのを覚えていただけです」

商会長「だけ、というのは謙遜だと思うがな。一度見ただけで記憶出来るなど普通ではない」

秘書「恐縮です」



男(どうやら女神教の教会を取り壊したのは古参商会で確定のようだ)

男(その際に女神像のアクセサリーとして付けられていた宝玉の行方について聞きたいところだが……)

302 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:21:08.69 ID:akT/PIun0

商会長「さて、少年。君の目的は……宝玉だろうか」

男「っ……!? それをどうして……!?」

男(まるで心を読まれたようなセリフに俺は動揺を隠せない)



商会長「何、簡単な推理だ。君の年齢からして30年前は生まれていなかっただろうから、取り壊し自体に用があるとは思えない」

商会長「なら跡地を使える契約についてだろうかとも思ったが、商会の関係者ならば私の顔を知らないはずがない」

商会長「残る要素を考えて……取り壊しで得た宝玉について鎌をかけたところ当たったというわけだ」



男「………………」

男(相手は商会の長。長年商売の場で人と関わって生きてきた者だ)

男(俺のような若輩者の狙いを読むことなど訳ないのだろう)

303 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:22:01.89 ID:akT/PIun0

男「宝玉をどうしたんですか? やはり売り払ったんですか?」



商会長「あのサイズの宝石となるとかなりの価値があるのでな」

商会長「掘り出し物だと思って売り払おうと思っていたが、鑑定の結果を見て気が変わった」

商会長「『世界を渡る力を持つ』なんて文言、それに女神像のアクセサリーに使われていたことに何らかの意味を感じて今も手元に置いてある」

商会長「もっとも30年の月日は長く、埃を被っているだろうな」



男「……そうですか」

商会長「何故宝玉を求める? 私はその理由について興味がある」



男(商会長の質問に俺には危惧していることがあった)

男(俺たちが女神の遣いで災いを防ぐために宝玉を集めているなんて言葉を信じてもらえるのかというものだ)

男(女神教が廃れた現代では、おそらく世迷い言だと思われてしまうだろう)



男(だったら嘘を吐いて誤魔化すか……しかし、この人を前に嘘を吐いて見破られない自信がない)

男(なら仕方ない。どっちにしろ信じられないのなら俺にとっての真実を話すだけだ)

304 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:22:37.77 ID:akT/PIun0

男(俺は腹を括って女神の遣いであることなど全てを話す)



男「――それで世界を救うため、俺たちが元の世界に戻るため宝玉を譲ってもらえないかとお願いしたいわけです」

男「虫の良いことを言っていることは自覚しています」



商会長「なるほどな。一般的な意見を言ってもいいだろうか?」

男「はい」



商会長「今の君は壮大な作り話で騙して宝石を奪おうとする詐欺師だとしか見られないだろう」



男「……でしょうね」

男(覚悟していたので詐欺師呼ばわりも受け入れる)

305 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:23:20.28 ID:akT/PIun0

商会長「そこで反発しないだけの分別はあるか」

商会長「しかし信じられないだろうことを分かっていて、そのまま話す辺りは未熟であるな」

商会長「世の中正しいことだけでは動かない」

商会長「もし今の話が本当で、世界平和のために宝玉を欲するならば、嘘を吐いてでも私を納得させるべきだった」



男「……そうしたら嘘を見抜いて、俺を詐欺師扱いするんじゃないですか?」

商会長「もちろんだ。嘘は見破られる方が悪い」



男(そもそも八方塞がりだったか)

306 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:23:57.57 ID:akT/PIun0

商会長「まあ良い。荒唐無稽な話ではあるが、少年が嘘を吐いていないことは分かる」

男「それだけ俺が分かりやすいってことですか」

商会長「そう不貞腐れるな。何にしろ人に信じてもらえるのは才能だぞ」

男(相手に励まされる始末だ。ボッチは人と話さないため対人での駆け引きに疎い。それが浮き彫りになった形である)





商会長「だが、それでも今の君には宝玉を渡せない」

男「俺に何が足りないんですか?」

商会長「まずは『対価』だ。言ったとおり、宝玉は宝石として価値ある物だ」

商会長「私も商人でな、金を払えない者に商品を渡すことは出来ないのだが……そうだな、大体これくらいだが君は支払えるのか?」

男「……」

男(提示された金額は現在の俺たちの全財産より大きい)

307 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:24:40.78 ID:akT/PIun0

商会長「そして金があったとしても、もう一つ『価値』が無ければ売ることは出来ない。というのも――」

秘書「時間です、会長。そろそろ次の商談に向かわないと」

男(そのときずっと黙って見守っていた秘書が声をかけた)



商会長「分かっている。では行くぞ、秘書」

秘書「了解しました」



男(秘書を付き従えてその場を去ろうとする商会長)

男(いきなりのことに俺は慌てて引き留めようとした)



男「ちょ、ちょっと待っ……」

商会長「残念だが待てない」



男(が、その歩みを止めないまま商会長は返事する)

308 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:25:33.01 ID:akT/PIun0

秘書「会長は多忙なお方、今回のように普通に話せる機会の方が珍しいです」

秘書「これ以上の用があるなら……時間を割いてでも相手しないといけないという『価値』を見せてください」



商会長「あまり厳しいことを言ってやるな、秘書」

秘書「言っていることは間違っていないと思いますが」

商会長「……そういうことだ、少年。個人的にはその両手の花どちらが本命なのかも気になる……また話す機会があったら教えてくれ」

男(結局俺は二人の姿を見送ることしか出来なかった)



男「……だから両手に花じゃないって」

男(不満をぽつりとこぼす)

男(せっかくの宝玉を手に入れるチャンスを失ってしまった)

309 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:26:17.31 ID:akT/PIun0

男「まあいきなりすぎて準備も整ってなかったから、しょうがないか」

男(落ち込んでいてもしょうがないので気を取り直す)



男「それに収穫が無いわけでも無いしな」



男(宝玉の場所が分かりやるべきことが明確になったことは大きい)

男(商会長にもう一度宝玉を渡してもらうように交渉する)

男(そのためには……やつが言っていたように『対価』の用意と『価値』の証明が必要だ)



男「さて、具体的にはどうするか。二人と話し合って考えないとな……」

男「……って、そういえば二人は?」



男(商会長と秘書を相手に俺一人で立ち回っていたが……そうだ、俺には二人の仲間がいるはずなのだ)

男(なのに一切の援護も無かったが……二人はどうしているんだ?)

男(きょろきょろと辺りを見回すと二人はすぐに見つかった)

310 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:27:04.22 ID:akT/PIun0



女「zzz……」

男(顔を真っ赤にしてテーブルに頭を埋めている女と)



MC「おおっと、王者陥落!! 何と、まさか誰がこの結末を予想できただろうか!? この少女、見た目と裏腹に酒豪だぞーーっ!!」

女友「ふふっ、なんか勝っちゃいました」

男(飲み比べに参加して人だかりの中心にいる女友の姿があった)





男「二人とも……何してるんだ?」



311 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/19(月) 17:27:55.93 ID:akT/PIun0
続く。

導入も終わったので話を転がしていこうと思います。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/19(月) 18:13:06.01 ID:+7U5Css40

男は冷静に装っているけど実際はそうじゃないのがネックだな
合理的なキャラなら「秘書を魅力スキルにかからせて協力的にしたり情報を得たりする」ことができるけど…
目的のために非情になりなさそうだよね。根はいいやつぽいし
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/19(月) 19:59:22.31 ID:dzJxKQ23O
乙ー
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/20(火) 06:31:46.20 ID:0ZHd0hb9O
乙!
315 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:52:17.42 ID:QAPqYL8a0
>>312
そうですね、男は未熟な部分がある主人公としてデザインしてます

あと一応今回魅了スキルを使わなかった理由として
光の柱が立つから人が多いところで使うと目立つ、横の商会長に気付かれるなどの要因があります
どこかで描写しとけばよかったですね

投下します。
316 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:53:53.83 ID:QAPqYL8a0

女友「酔い潰れた元王者を運び終わるまで休憩ですか。さて、新王者として防衛戦も気を抜くことなくやっていきましょうか」

男「おいこら、何に気合いを入れてるんだ」

女友「あ、男さん。商会長と秘書さんとの話は終わったんですか?」

男(どうやら一休止に戻ってきたらしい女友を捕まえる)



男「ああ、どうにか宝玉の話を聞けて…………って、どうしてあの二人が商会長とその秘書だって知ってるんだ?」

男(話の途中で判明した事実のはずだ。そのとき女友は近くにいなかったはず)



女友「お二人ともどうやら『認識阻害(ジャミング)』のスキルを使っているのは『真実の眼(トゥルーアイ)』で分かっていたので」

女友「何やら訳ありなのだろうとでスキル『ステータス看破』を使ったんです」

女友「そしたらその名前が情報にあった商会長と秘書と一致していたので」



男(聞き慣れない単語はスキルや魔法なのだろう。使いこなしているようだ)

317 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:54:26.93 ID:QAPqYL8a0

男「分かっていたなら最初から教えて欲しかったんだが……」

女友「ふふっ、すいません。ですが正体を隠している二人の前で告げるのも難しかったので」

男「まあ、それもそうか」

女友「二人から何か情報を得られましたか?」



男「ああ。30年前に女神教の教会を取り壊したのは二人も属する古参商会らしい」

男「当事者である商会長が宝玉をそのまま持ち続けている。だから譲ってもらえないか頼んだが当然のように拒否された」

男「交渉してもいいがそれには足りない物があると言われて、この場を去られたってところだ」



女友「なるほど。ではまた話を出来る機会を設けることが当分の目標というところでしょうか」

女友「今回の邂逅は偶然で、想定通り行政のトップである商会長ともなると話を付けるのも一苦労でしょうし」

女友「あと宝玉の対価も用意しないといけないですね」



男「そうだな」

男(打てば響くとはこのことで、特に説明することなく女友は状況や俺の危惧していることを理解してくれた)

318 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:55:03.54 ID:QAPqYL8a0

男「それで俺が情報を聞き出している間に、おまえは飲み比べをしていたというわけか」

男「にしては酔っているようには見えないな、ちゃんと思考できているようだし。あれか、酔いさましの魔法使ったのか」

女友「そんな無粋なことはしてませんよ、私の実力です」

女友「初めて飲んでみて分かりましたが、どうやらアルコールに相当強いみたいです」

女友「先ほどの飲み比べも10杯飲んで競り勝ちましたし」



男「10杯って……無駄使いしすぎじゃねえか?」

女友「大丈夫ですよ。飲み比べの敗者が勝者の分まで料金を支払うシステムですので」

男「それはそれで容赦ねえな」



男(運び出された元王者とやらの姿は俺からも見えたがおっさんだった)

男(女友みたいな少女に負けてはプライドがズタズタで料金の支払いまでとなると踏んだり蹴ったりだろう)

319 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:55:44.70 ID:QAPqYL8a0

男「飲み比べか……遊んでるわけじゃないんだよな? おまえのことだ、理由あっての行動なんだよな」

女友「はい。どうしても私たちは余所者ですから。こうして輪の中に入ることで得られる情報もあると判断してのことです」



客「おーい!! 可憐な王者さんよう、次の挑戦者が現れたぜー!!」

男(人だかりから女友を呼ぶ声がする。確かに女友の存在は酒場の客たちに受け入れられているようだ)

男(コミュ力の塊のような女友だからこそ為せたことだろう)



女友「はーい、今行きまーす!」

女友「……ということで後の情報収集は私に任せて、男さんは女を連れて先に部屋に戻っていてください」

女友「会計は私がまとめてしておきますので」

男(女友はテーブルに顔を埋めている親友の介抱を俺に頼む)



男「そういや女はどうしてこうなったんだ?」

女友「最初こそ威勢良く飲んでいましたが、二杯目早々に潰れたようです」

女友「状態異常耐性も加味してこれですから、元々とてもお酒に弱いんでしょうね」

320 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:56:22.50 ID:QAPqYL8a0

男「そうだろうとは思っていたが……しかし、もう一回飲み比べに行く前に女を部屋に運ぶくらいは手伝ってくれないか?」

女友「私が手伝うまでもないでしょう。女は竜闘士という力を得ても一人の女の子です、男さんだけで部屋まで運べるはずです」

男「いや、だが……」



男(女がここまで酔っていて一人で歩けるとは思えず、おそらく肩を貸すなどの身体的接触を伴う介助が必要になるであろう)

男(その役割を務めるのはどうにか避けたかったので女友に押しつけようとしたのだが拒まれた)

男(俺の思考を分かった上で拒否しているのは口の端が上がっていることから読みとれる)



女友「ちなみに私はあと二時間は部屋に戻らないでしょうから、その間二人きりの部屋で何が起こっても気づきませんよ」



男(その上、このような煽る発言までしてきた)



男「何の心配しているんだよっ!?」

女友「送り狼になってもいいんですよ」

男「変な提案するなっ!!」

321 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:57:52.28 ID:QAPqYL8a0

女友「ふふっ……念のために言っておきますが」

女友「この酒場に酔いつぶれた少女一人放って置いて、自分だけ部屋に戻るなんて真似したらどうなるかは分かってますよね?」

男「さすがにそんな不義理なことはしないが……」

男「あれ、おかしいな、魅了スキルで命令出せる立場にあるのは俺のはずだよな……?」

男(何か完全に主従が逆転している気がする)



MC「おーっと、王者の到着が遅れているぞー! 挑戦者に恐れをなして逃げ出したかー!?」

女友「どうやらタイムリミットですね」

女友「古参商会についての情報は集めておきますから、そちらはよろしくお願いしますよ、男さん」

男(MCの声が聞こえてくると、女友は後を俺に任せて人だかりに向かう)



男「……ったく、あんまり飲み過ぎるなよー!!」

女友「分かってます、ほどほどにしますね」

男(こちらを振り返らずに告げられた女友の言葉に全然そのつもりが無いことは俺でも分かった)

322 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:58:37.24 ID:QAPqYL8a0

男(女友が去ったことでテーブルに残されたのは俺と)

女「zzz……」

男(先ほどから変わることなく寝息を立てている女だ)

男(この騒がしい酒場においてここまで寝ていられることは尊敬に値する)



男「どうするか……」

男(考えても出てくる選択肢は女を介抱して部屋に戻るというものしか思いつかなかった)

男(女友が飲み比べを終えて戻ってくるまで俺も情報収集しながらこの酒場で待つことも考えたが)

男(正直俺は飲めや騒げやの雰囲気に居心地の悪さを覚えていて部屋に戻りたかった)

男(後の情報収集は言ってたように女友に任せれば大丈夫だろうという算段もある)

男(となれば女を置いていくわけにもいかない)

323 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:59:12.03 ID:QAPqYL8a0

男「はぁ……おーい。女ー。起きろー」

男(テーブルを軽く叩きながら声をかける。寝ている女子の身体に触れる勇気がないが故の行動だったが)



女「zzz……」

男(それでは足りないようで女はピクリとも動かない)



男(呑気に寝ているその姿に、このままテーブルを思いっきり引いて女の支えを無くしてやろうかとも考えたが、そんな邪険に扱っては女友に怒られる)



男「部屋に戻るぞー、女ー」

男(仕方なく女の肩を掴んで身体を揺すりながら声をかける)



女「…………ん、男君?」



男(すると今度はどうにか女の意識が戻った)

男(とはいえ腕は未だテーブルに乗せたまま顔だけを上げている状況だ)

男(そのまま顔をまた伏せればすぐに寝てしまうだろうことは想像に難くない)

324 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 17:59:56.56 ID:QAPqYL8a0

男「ああ、俺だ。状況は分かるか?」

女「分かんない」

男(酔っているのか少々呂律が回っておらず、端的になる女の言葉)



男「おまえは酒を飲んで潰れてたんだ。こんなところで寝るわけにもいかないし、部屋に戻るぞ」

女「うーん……」

男「すぐにも寝そうだな……ほら、歩けるか?」

女「歩けない」

男「しょうがない……じゃあ立つだけでいい。俺が支えて移動してやるから」

女「やだ、動きたくない」

男「やだじゃなくてだな……それだと部屋に戻れないだろ?」

男(俺はどうにか女を説得しようとするが)





女「じゃあ男君、おぶってー」

男「…………は?」





男(次の女の言葉で思考停止に陥るのだった)

325 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/20(火) 18:04:36.97 ID:QAPqYL8a0
続く。

この作品なろうでも投稿していますが、あっちでは未だに感想0です。
こちらの反応はとても励みになっております。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/20(火) 18:16:32.05 ID:t12QU520O
乙!
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/20(火) 20:53:03.11 ID:lrhQPBPbO
乙ー
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/20(火) 22:51:40.53 ID:i0YYnP13O
乙乙
完全に女友は女とくっつけようとしてるけど魅了って命令できるだけなのかな?
男を女と女友との取り合いの末に3P的なのは無いのかね??
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/21(水) 00:57:33.13 ID:OkgcyEdE0

個人的には魅力にかかったガチレズ女はどうなるか気になるけど、この男はそういうの興味なさそうだからなー
「実験」や「興味」とかで常識の枠を超えないタイプぽいし
330 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:15:43.32 ID:yzZR/yra0
>>328 女友は魅了スキルにより男に好意持ってますが、それをコントロールして女の応援に徹している感じです
今後どうなるかは不明

>>329 考えてみれば現時点で魅了スキルにかかってるの女友だけですからねー
今後魅了スキル使っていきますが、特殊パターンは何個か思いついてます

投下します。
331 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:17:12.82 ID:yzZR/yra0

男『俺は気づいたんだ。女、君の気持ちに』

女『男君……わ、私の気持ちって……』



男『そしてそれは俺も同じだ』

女『えっ……!』



男『愛しているよ、女』

女『男君……!』



女(男君の胸の内に私は飛び込むと、両腕を回されて抱きしめられる)



男『ありがとう、女』

女『いいよ、お礼なんて。私だって男君のこと……あ、愛しているんだから』

332 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:18:08.03 ID:yzZR/yra0

女(抱き合いながら顔を上げると、至近距離に男君の顔があった)

女(目があってその奥の心もつながる)

女(お互いに思い合っていることが、私の理想が叶ったことが実感できた)



女(ようやく男君と恋人同士になれたんだ)

女(その事実を思うだけでとても温かい気持ちになる)

女(長い片思いの時期を振り返ると、今の状況がまるで『夢』みたいに思えて…………………………)



女「だ、駄目……っ!」



女(気づきから世界が崩落を始める)



女「私は男君と恋人になれたんだ……恋人になれたんだ……!」

女(言葉で補強しても崩壊は止まらない)



女(ならばせめて後少しだけでも男君の温もりをと伸ばした手には)

女(さっきまでの暖かさは消え失せてむなしさだけしか感じられない)



女(世界は無へと戻って行き――――そこで私は目が覚めた)

333 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:18:53.54 ID:yzZR/yra0



女「………………」



女(そうだよね、夢だよね)

女(まぶたこそ未だに重く開けられないが、意識はすっかり覚醒していた)



女(思い返してみると何とも不自然な夢だった。まあ夢とはそういうものだけど)

女(男君とは一緒に冒険するようになって話す機会が増えたが、私に心を開ききっていない)

女(どこか壁を作って接している)

女(見ていれば分かることであったし、それ以外にスキンシップの取り方でも分かった)

女(男君の方から私に触れたのは、あのカイ君に襲われた夜にパーティーを組もうと手を差し出した一回だけだ)

女(今日の道中のチョップはちょっと違うし)



女(もちろん男君の性格的にスキンシップが苦手ってのは分かっている)

女(現代的価値観から恥ずかしいという気持ちも分かる)

女(でも……もうちょっと積極的になってくれてもいいのにと思う)



女(とにかくそういう状況なのに、いきなり告白されるわけがない)

女(夢とは自分の頭の中にない物を見ることが出来ないわけで、あの男君は私が都合良く生み出した妄想というわけだった)

334 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:19:30.31 ID:yzZR/yra0

女(それにしてもどうして寝ていたんだっけ)

女(思い返してみると、最後の記憶は気分良くお酒を飲んでいたものだった)



女(そうだ、男君と一緒の席でお酒という事実に舞い上がって、早々に潰れたんだった)

女(頭がズキズキする。世界がグラグラと揺れているように錯覚する)

女(落ち着くまでもうちょっと安静にしていよう)



女(私はもう一度寝ようとするが……それなのに世界が揺れている感覚が収まらない)

女(そんなに飲み過ぎたのか、と今後お酒には気を付けるように自戒して……気づいた)





女(違う、これ本当に揺れているんだ)

女(どうして? ずっと地震が起きているわけないし)

女(気になって目を開けて状況を確認すると)

335 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:20:11.52 ID:yzZR/yra0



男「はぁ……やっと酒場を出て、宿屋の方に戻ってこれたな」



女(とても近くから男君の愚痴る言葉が聞こえてきた)



女「……?」

女(なのに男君の顔が見当たらない。目の前に広がるのは私を支える大きな背中で…………)



女「え……」



女(ここで驚きのあまり大声を上げなかった自分を誉めたかった)

女(それだけ今の状況は衝撃的だった)

女(世界が揺れているように感じたのも当然だ)



女(だって今、私は――男君におんぶされて移動しているのだから)

336 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:22:19.39 ID:yzZR/yra0

男「っと……ああもう、呑気に寝やがって。明日絶対文句言ってやる」

女(ぶつくさ言いながら男君はずり落ちそうになった私を背負い直すと階段を登っていく)

女(二階にある私たちの部屋が目的地なのだろう)



女(男君と密着状態である事実に私は酔いもすっかり収まって目も覚めていたが、どうやら男君は気づいてないようだ)



女(そ、それにしてもおんぶって……こんなに全身が密着するのも初めてだし)

女(それを男君からやってくれたことが嬉しい)

女(私を部屋に運ぶためであろう目的を考えるとスキンシップと言えるかどうかは微妙だが)

女(男君の方から私の身体に触れる行動をしたということが重要なのだ)

女(もしかしたら――)



男『お嬢さん、こんなところで寝ていたら風邪引くぞ』



女(みたいなこと言って、ひょいと私を背負ってくれたのかも知れない)

女(きゃーーっ!!)

337 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:22:56.28 ID:yzZR/yra0



 ――現時点で女が知る由も無いのだが、もちろんそのような積極的な男は存在しない。

 色んな要因が重なった結果やむをえずという行動である。



 まずは女友に部屋まで連れて行くように脅されていたこと。



 次に女が動くそぶりを見せず「おぶってー」と言ったこと。

 このとき女は寝ぼけていて直後に再び眠ったため、発言した記憶は失われている。



 そして男が途方に暮れたタイミングで、酔っぱらった客が「その子、兄ちゃんの彼女か?」とウザ絡みをしてきたことで、逃げるために仕方なく女をおぶって酒場を抜け出したという経緯があった。



 しかしそんなことを知らない女は、男が自分に少しでも心を開いた結果だと勘違いしているわけだった。



男「重くはないが……階段は面倒だな」

 単純に普段よりも重量が増えた状態で登る階段は負担が増え、物を背負うことで重心がブレて後ろに引っ張られそうになる。



 それでも男は半分意地で頑張っていた。最初こそ女を部屋まで介抱するのをしぶっていたが、いざやると途中で放り出すのも嫌でヤケクソになり踏ん張っている。

338 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:23:29.47 ID:yzZR/yra0

女(重くはない……って、嬉しい)

女(男君が何気なくつぶやいた言葉に胸をときめかせる私だけど、すぐに思考を切り替えた)



女(私を背負って運ぶの辛そう。もうすっかり目が覚めたし降りて自分の足で歩くべきだ)

女(男君に自分が起きていることを伝えようと口を開いて)




 ――あともう少しくらい大丈夫だよね。



女「………………」



女(悪魔のささやきが言葉を止めさせた)

339 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:23:58.02 ID:yzZR/yra0

女(せっかくこうして男君と密着できている状態を手放すのは惜しかったのだ)



女(男君が大変そうで罪悪感も沸くけど……あっ、そうだ!)

女(階段で背負っていたものを下ろすのも足場の関係上難しいもんね!)

女(だからもうちょっとだけ……ごめん!)



女(ちょうどいい建前も思いついた私は寝たフリを続けたまま、男君に回す腕の力をほんのちょっとだけ強める)

女(バクバクと早鳴る心臓の鼓動が男君に気づかれませんようにと祈りながら、私は恋する人の温もりを堪能するのであった)

340 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/21(水) 22:24:35.75 ID:yzZR/yra0
続く。

女、暴走中。
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/22(木) 01:02:56.72 ID:K0GQFrVe0
乙!(カイ君って誰だ…?)
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/11/22(木) 01:04:18.87 ID:jm4DuNSRo
乙ー
343 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 01:09:18.08 ID:yWpaGhzGo
>>341
ぎゃあああ変換ミスです
カイ=イケメンです

なろうからss化するにあたって一般名詞に変換してるんですが、抜けてました
申し訳ありません
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/22(木) 07:47:25.79 ID:dtcVyng8O
乙!
345 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:41:09.57 ID:yWpaGhzG0
乙、ありがとうございます。

投下します。
346 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:41:52.08 ID:yWpaGhzG0



男「やっと着いたか……」



女(寝たフリを続ける私を背負ったまま部屋の扉を開ける男君)

女(階段中に降りるのも難しいということで寝たフリを続け男君の背中の温もりを堪能していた私だが)

女(登り切ってから部屋に移動するまでの間も結局起きていると言い出せなかった)

女(建前を失ってもなお自分の欲望に従ってしまったことに罪悪感を覚える)



男「よし、っと」

女(私をベッドに下ろして、一仕事終了したと晴れ晴れしている男君)

女(私は男君から離れるのが名残惜しかったが、寝たフリを続けているため表情に出さないように努めた)

347 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:43:05.09 ID:yWpaGhzG0

女(これからどうすればいいのか、私は目をつぶったまま全神経を集中して情報を収集する)

女(まず気配からして男君が私をベッドに下ろした後移動していないことが掴めた)

女(視線も感じるため私を見下ろしていると思う)

女(寝たままの私を見つめる男君……女友がいれば嬉々としていじりそうな局面だ)

女(なのに女友が口を開く様子はない)



女(……ん、いや、そもそも女友が部屋にいないような)

女(そういえば私の介抱を男君がしていることから疑問に思うべきだった)

女(男君の性格からして、女友に押しつけそうである)



女(なのに私を運んだのは女友が先に帰ってしまったか、女友より先に帰ることにしたからだろう)

女(そして部屋に女友の気配がないということは後者であるということで…………)

女(え、じゃあ今、私男君と部屋に二人きりなの?)

348 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:44:08.05 ID:yWpaGhzG0

女「………………」

女(顔に出ないよう必死に自分の気持ちを落ち着けた)

女(寝たフリをしているのに顔を赤くしては、私を見ている男君にバレるからである)



女(と、というか、二人きりなのに寝ている私を見つめるって男君どういうつもりなの!?)

女(も、もしかしてあれなのかな!? 私の身体を品定めしているとか!?)

女(だとしたら今にも――)



男『すまん、女。もう我慢できないんだ!』



女(とか言って襲ってくるかもしれない……!)

女(そ、そんなことになったら……私は寝たフリをしているわけだし、抵抗できないよね!)

女(べ、別に襲われたいとか他意があるわけじゃないけど!!)



女(自分で自分が何を考えてるのか分からなくなってくる)

女(そのタイミングで男君が口を開いて)

349 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:44:43.56 ID:yWpaGhzG0



男「ったく、幸せそうに寝やがって」

男「俺がここまで運ぶのにどれだけ苦労したのかも知らずに……やっぱり明日文句言ってやる」



女(二人きりの状況などまるで意識していない、いつも通りの口調で吐かれた悪態で私は冷静になれた)



女「………………」

女(それでこそ男君だ。こんなときでも誠実な彼に私は魅かれたのだから)

350 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:45:26.50 ID:yWpaGhzG0



男「さて、明日から宝玉を手に入れるために動かないと行けないし、さっさと寝るか」



女(男君の視線が私から外れたことが感じられた)

女(つぶやいた言葉は私たちの使命に関すること)

女(今の口振りはどうも具体的な行動を思いついているようだ)



女(私が酔い潰れている間に状況が進展したのだろう)

女(というかそもそも情報収集のために酒場に行ったことを今の今まで私は忘れていた)



女「………………」

女(浮かれていた自分が嫌になる)

女(クラスメイトみんなの前で『元の世界に戻るために頑張ろう』と言ったのは誰だったか)

女(それなのにこうして自分のことでいっぱいいっぱいになって)

女(恥ずかしい。穴があったら入りたい)

351 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:46:02.47 ID:yWpaGhzG0

女(……でも、仕方ないじゃん)

女(一年ほど前、男君に助けられたあのときから、ずっと片思いしていた)

女(けど男君は壁を作って誰も寄せ付けずに人間関係の全てを拒絶していた)

女(私はそれを割って入るほどの度胸を持てず、このまま高校を卒業したら男君に忘れ去られるんだろうなと悲観していた)



女(そんな状況がこの異世界に来てぶち壊された)

女(男君の魅了スキルが暴発したおかげで、私は近づく口実を得た)

女(戦う力を持たない男君を守れる力を授かることが出来た)

女(そしてパーティーを組んで目的のために一緒に行動している)



女(舞い上がるな、と言われても土台無理な話だ)

女(今日一日中ふわふわとした感覚が抜けなかった)

女(そんな状況がこれからも続くのだ)

女(何と幸せなことだろうか)

352 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:46:36.93 ID:yWpaGhzG0

女(でも……それは私だけなんだよね)



女(二人きりの状況になっても変わらない男君の様子)

女(緊張しているのは私だけ)

女(いや、アプローチもしていないのに、私のことを意識している方がおかしいんだけど)



女(それでも私にドキドキして欲しかった)

女(理不尽なことを言っているのは分かっている)



女(だから私は自分の気持ちを抑えきれず)

女(寝たフリをしている今だからこそ取れる……卑怯な手をつい打ってしまった)

353 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:47:03.65 ID:yWpaGhzG0





女「……男君…………好きだよ……」





男「っ……!?」

女(男君が息を呑む気配が感じられる)



女(寝言を装った告白)

女(好意を打ち明けながらも、失敗した場合は寝ていたからと言い訳できる卑怯な手)

354 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:48:30.24 ID:yWpaGhzG0

男「……ね、寝言だよな?」



女(男君が私の顔をのぞき込んで確認する。その声は上擦っていた)

女(寝たフリを続けながら、私はとても嬉しかった)



女(男君が動揺している。男君が緊張している。男君が私を意識している)

女(再び私の気持ちが浮つくのが分かった)



女(どうしよう、ここは勝負に出るべきか)

女(目を開けて「寝言じゃないよ」と言って。そうしてお互いの気持ちを確かめて――)





男「そうか……でも、その気持ちは分かっているさ」





女(えっ……!?)

女(男君、今、何て言ったの!? 私の気持ちは分かっている……っていうことは……!)





女(私の感情はどこまでも高ぶっていき――)

女(――だから、男君の言葉がとても平坦に発せられていたことに気づけず)

355 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:49:13.13 ID:yWpaGhzG0





男「だって魅了スキルがかかっているんだからな」



女(次の言葉で今度こそ私の気持ちは地の底まで叩き付けられた)





男「ったく、寝ているときまで効果があるのか、このスキルは」

女(私は現状について全く理解できていなかった)



男「まあ暴発させた俺が言えた立場じゃないが」

女(吐いた嘘のメリットばかりを見ていて、デメリットを全く見ていなかった)



男「俺なんかを好きになってしまってすまんな。しばらく辛抱してくれ」

女(男君が私に向ける一番の感情は罪悪感で)

356 : ◆YySYGxxFkU [saga]:2018/11/22(木) 19:49:58.24 ID:yWpaGhzG0





男「いくら魅了スキルが解除不能でも、元の世界に戻れば効力は切れるだろうしな」



女(私は少しも男君の心に入り込めていなかった)





女「………………」

女(何がお互いがお互いを思い合うのが理想、なのか)



女(私は自分の気持ちを押しつけるばかりで、男君の気持ちをちっとも考えていなかったのに)

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