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【たぬき】小早川紗枝「古都狐屋敷奇譚」
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161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/24(水) 12:32:57.68 ID:K+kjfhSWO
>>160
たぶん有頂天家族のキャラ
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/24(水) 15:42:41.10 ID:CFMIp1XHO
最ドM?
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/24(水) 16:25:05.11 ID:n4CiVS7/0
狸一家の四男坊が出てくるとか、こひなたぬきシリーズは森見先生作品の世界観と同じだったのか
そりゃたぬきやきつねや天狗がわんさかいますわな
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/25(木) 11:07:33.64 ID:C1jk4EtDO
つまり、某モバマス系SS作家の作品が仮面ライダーを知ってた方が楽しめるように、有頂天家族を知っていた方が楽しめますかね?
165 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:42:27.10 ID:WgrrN/W70
>>164
知っていればニヤッとできますが、知らなくても問題なく楽しめると思います。
ここまで強くクロス要素があるのは本作だけです。(舞台が同じ京都なので)
166 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:44:33.49 ID:WgrrN/W70
【 後編 : 彩を穿つ 】
◇紗枝◇
「お父はん! それ、本気で言うてはりますの!?」
聞くなり声を荒げてしもて、あかん、と思いました。
ここでは平静やないと、目の前の狐はうちの心の根までも入り込んで暴き出してまう。
それでも、せめて異を唱えておかへんことには……。
「何か問題でも?」
「……いくらなんでも、悪食が過ぎひんどすやろか?」
「狐とて霞を食んで生きてきたわけではない。時には山の獣を噛み殺して血肉を啜った時分もあろう。先祖に倣うのさ」
「そないなこと言うたかて、人を二人も喰うてまうなんて。正気の沙汰やありまへんえ!」
「ほう」
お父はんが呟き、扇いではった扇子を「ぱちん」と閉じます。
その扇子の先で狐面を軽く上げ、白い細面に光る眼で、ひたと娘を見据え。
167 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:46:42.98 ID:WgrrN/W70
「ひとつ聞くが、その『正気』というのはどちらの基準だね。狐か? 人か?」
うちは、すぐには答えることができずにおりました。
暫しの沈黙を置いて、お父はんは静かに語り始めます。
まだ幼いうちに狐の掟を語って聞かす、あの時と同じ口調で。
「紗枝。おまえはいつしか、俗人の世にかぶれてしまうようになってしまった」
街に出て遊ぶこと。
こっそり覚えた芸のこと。
いつからか人間に入れ込み、あまつさえその為に仙気を使うてもうたこと。
お父はんはそれを責めるでもなく、ただ淡々と、
「日舞などと、一体いつどこで拾ったものか知れぬが、狐の修行には無用だ。
未練がましい想いなど絶ってしまえ。おまえは何も隠せていない」
168 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:47:57.57 ID:WgrrN/W70
小娘の仮面などはお見通しと。
それが為の、この仕打ちと。
面と向かってそう言われたも同然やった。
うちは腹を括りました。
二度とは会えへんでもええと思うとった。今生の別れでも、それで丸く収まるならと。
せやかて、いくらなんでもこれは別や。
あの二人を煮え油に落とすくらいなら。
うちが牙を剥くより早く、お父はんが「鏡」を傾けました。
169 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:48:44.16 ID:WgrrN/W70
がたたたたたたたたっ。
座敷の景色がゆらりと揺れたと思えば、四方八方の虚空から格子木が飛び出してうちを囲いました。
これは檻や。お父はんの手にかかれば、屋敷に忽然と檻を組むなんて朝飯前。
「こうなったのも彼らの選択だよ。自ら檻に舞い戻った獲物は、釜に落ちるより他なかろう」
うちを捉えた四角い檻は、そのままあぶくのように座敷をぷかぷか。
その前に立ち、お父はんは娘の顔をまじまじと見ます。
「そして物事には因果がある。全てはおまえが俗世に染まった結果だ」
170 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:50:26.58 ID:WgrrN/W70
◆◆◆◆
◇周子◇
満月の夜が近い。
……らしい。窓も時計も無いんじゃ時間なんてさっぱりだけど、感覚でわかる。
座敷牢の外では狐たちが慌ただしく動き回っているみたいだった。
宴の準備だろう。満月の夜、彼らは大座敷に集まって儀式と宴会を行うというから。
そして、その宴のメインディッシュになるのが、あたしとプロデューサーさん。
だけど他には何の変化も無く。
二人は座敷牢に放り込まれたまま、屋敷の慌ただしい気配を探るのが関の山だった。
「しっかし、人間の天ぷらなんて考えるかね普通」
「食ってもうまくないと思うんだがなぁ」
現状を一言で表すなら、二人して煮えたぎる釜の縁でタップダンスしてるようなもんだ。
油の底に沈むのは時間の問題。仮にこれで狐のお腹に納まったとして、表じゃどういう扱いになるんだろ。行方不明?
171 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:51:15.43 ID:WgrrN/W70
「まさかプロデューサーさんと心中寸前なんてことになろうとはねー」
「なんだ、俺と死ぬのは嫌か?」
「悪かないけど、あと100年は早いんとちゃうかな」
こうなると軽口を叩き合うしかすることがない。
「……てか落ち着いてるじゃん。観念しちゃった感じ?」
まさかと彼は首を振る。こんなんだけど命懸けの状況だ。今まででもトップクラスにヤバいことは間違いない、けど。
「事が動くとすれば満月の夜だろう。それまではじたばたしたってどうにもならん」
「まあ確かに」
「それに、屋敷の仕組みは美穂達だって聞いてる。あっちはあっちで動いてくれてると考えるしかない」
今や声は分断されたけど、必要な情報と条件は紗枝ちゃんの母狐からもたらされている。
その点に関して言えば彼女は公平だった。決してこちらの味方ではないにしてもだ。
プロデューサーさんは漆喰の壁に背を預け、薄暗い天井を仰いだ。
「みんなを信じよう。神頼みならぬ、狸頼みだ」
172 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:53:05.67 ID:WgrrN/W70
◆◆◆◆
◇美穂◇
事前準備に日が暮れて、夜が明けて当日の朝。
ダムに隣接する夷川発電所の前には、なにやらうごうごと人が集まっていました。
先頭にはメガホンを手に取る二人組。
緊張の面持ちで、閉ざされた施設内に声をかけます。
「無駄な抵抗はやめろー!」
「君達は包囲されているー!」
私達は今、テロをしているのです。
173 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:54:55.26 ID:WgrrN/W70
立てこもりです。人質も取ってます。
表向きは水力発電所、裏の顔は偽電気ブランの製造工場というこの施設を占拠してはや数時間。
朝早くから表は大騒ぎ。集まる黒山の人だかりは、実はみんな京都の化け狸なのです。
「た、たすけてー」
そして人質ならぬ狸質は、先日出会った男の子たぬきなのでした。
「それ以上近付かないで! こ、この子がどうなってもいいんですかっ!」
「たすけてー。ははうえー、にいちゃーん」
窓から顔を出して叫びます。演技はちょっと上手じゃないかも。
男の子は事情を先刻承知でした。あれから私の相談を受けて、協力を申し出てくれたのです。
「母上や兄ちゃん達には話しておいたよ」
「それで、なんて……?」
「いてもうたれって言ってた」
ひそひそ声で心強いことを言ってくれます。
174 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 00:59:44.75 ID:WgrrN/W70
そうこうしている内に人だかりは増えていきました。
工場に従事するたぬき、このままでは偽電気ブランが飲めんと憤るたぬき、なんやなんやと寄り付いた野次馬もとい野次狸(これが大半)。
騒ぎが大きくなっていくのを受けて、メガホンたぬきコンビは声を張り上げます。
「役立たずの尻尾丸出し君なんてどうなってもいいけどね、そこはうちの工場なんだ」「その通りだよ兄さん!」
「ただでさえ父上がいなくなって大変なのに、外様の狸に好き勝手やられちゃたまらないよ」「迷惑千万! 迷惑千万!」
「第一こんなことされて、妹に怒られるのはこっちなんだぞ! 絶体絶命だ!」「軽くやばいよ兄さん!」
「ていうかその海星はどこにいるんだろう。工場がこんなになってるのに」「まさかツチノコ探しに行ってるんじゃ」
夷川発電所の責任者(?)は兄弟らしいです。二人とも顔そっくりだから双子なのかも。
申し訳ないとは思うけど、こっちだって緊急事態。
プロデューサーさんと周子ちゃん、紗枝ちゃんを助ける為にはこれしかない。
それに時間だって無いんですから。
窓から離れて中に戻ります。形だけ狸質の立場でいた男の子に導かれ、施設の奥へ。
175 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:01:06.69 ID:WgrrN/W70
私達が用があるのは偽電気ブラン工場じゃなくて、それに電気を供給する発電設備でした。
「志希ちゃん、そっちはどう?」
「んー」
ケミカル白衣から黄色い絶縁衣に変身した志希ちゃんは、大きな設備の周りをうろうろ歩き回っていました。
「まあ仕組みは普通の水力発電機ってゆー。その半分を街に流して、もう半分で工場を回してるのかにゃ?
見た目はレトロだけど案外パワーがあるよねー。シキちゃんびっくりしちゃった」
志希ちゃんはあらためて私を見て、にぱ! と微笑みます。
「それにしても悪いこと考えるようになったねー。プロデューサーの影響? それとも周子ちゃん?」
「うぅ、こ、これしか手が思いつかなくて……」
「お姉さんも、電気に詳しいんですか?」
男の子の問いに志希ちゃんは「んにゃ〜」と首を傾げて。
「あたしじゃなくて、専門はそっち」
指差す方から、新たに二人が出てきました。
176 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:02:21.88 ID:WgrrN/W70
「しかし奇っ怪な物置もあったものだな。家財道具から何から手当たり次第に放り込まなきゃああはならんぞ」
「まあ、おかげで掘り出し物もあったわ」
ウサ、ウサ、ウサ、ウサ、ウサ。
たくさんのウサちゃん型ロボを引き連れて現れたのは、奏ちゃん。
そしてツインテールの眼鏡の女の子……池袋晶葉ちゃん。
私は直接面識は無かったけれど、機械工学やら何やらの天才で、志希ちゃんや奏ちゃんとも知り合いだそう。
プロデューサーさんそっくりのメカを造ったり、社食を丸ごとハイテク回転寿司に改造したり……と聞くだに凄い活躍ぶりです。
彼女と志希ちゃんが今回の作戦の起点。来てくれて本当に良かったです。
「なんかおもしろそーなの見つかったのー?」
「うむ。物置の奥からいいものが掘り出せたぞ。やはり歴史のある発電所だな」
177 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:04:12.86 ID:WgrrN/W70
どすんっ!!
とたくさんのウサちゃんによって運び出されたのは、埃を被った巨大な円柱状の装置でした。
「旧式の大型テスラコイルだ。おそらく模造品だが、これだけ立派なら必要十分というものだな!」
「いけそうかしら、美穂ちゃん? これならお望み通りの現象は引き起こせると思うけど」
「う……うん! これならきっと、狐を化かせる!」
ふむ、と顎に手を当て、晶葉ちゃんは目を細めてこっちを見ました。
「呼ばれて来てはみたが、なかなか興味深い状況だな。たぬきだらけの発電所に密造酒……か。
ふっふっふ、古い同僚の声掛けにも応じてみるものだな……!」
178 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:05:23.01 ID:WgrrN/W70
〇
一方その頃、芳乃ちゃんは発電所の屋上にちょこんと座っていました。
よく晴れた空をじーっと見上げて、来たる夜に向けて集中を練っているようでした。
雪美ちゃんは付近の猫に声をかけて回っています。
志希ちゃんと晶葉ちゃんと奏ちゃんは施設の中。
私と男の子は再び立てこもり犯と狸質になりきって窓から顔を出します。
「大体そっちの要求はなんだって言うんだい」「うちの工場を丸ごと奪おうってんじゃないだろうね」
「そしたら困るぞ。とても困る!」「偽電気ブランはそこじゃなきゃ作れないからね」
「作り方も僕らはなんとなくしか知らないし」「なんとなくで再現したら偽偽電気ブランになってしまうよ」
「そのまま夜まで入ってきちゃ駄目ですっ!」
メガホンたぬきはうろたえました。まさか丸一日占拠されるとは思っていなかったようです。
そのまま近くのたぬき達と集まって、うごうごもぞもぞ相談し始めました。
「夷川親衛隊の奴らだ」
男の子は小さく呻きました。
「あいつら、タダで偽電気ブランが飲めるからって従ってるけど、飲めないとなると大変だよ。暴れちゃうかも」
179 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:06:33.38 ID:WgrrN/W70
「ええい、付き合ってられない!」
と、メガホンたぬき(兄の方)が大声をあげます。
「大体どうしてそっちの要求に従わなきゃいけないんだ。責任者は誰だ!」
「僕らだよ兄さん!」
「あ、そうだった。つまり僕らが一番偉いってことになるじゃないか。だったら決定権も僕らにあるぞ!」
そうだそうだ! と唱和する夷川親衛隊。
野次狸達も同調し始めたようです。そうだそうだ、酒飲ませろ、騒げればなんでもいい。
「だから交渉には乗ってやらないぞ。狸質なんてどうでもいいさ!」
「君達、こういうのは四面楚歌っていうんだよ。袋のネズミ、いやたぬきだ! そして僕らはライオンさ!」
ポンポンッ!
同時に、なんと二人ともライオンさんに化けたのです。
後ろのたぬき達もやる気十分。どうも強行突破する方向で話が固まったようです!
「お尻を噛んで鴨川に放り込んでやる!」
「捲土重来ーッ!」
180 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:07:48.73 ID:WgrrN/W70
ま、まずいかも!
そう思った矢先に――――
「ん待てぇぇえいっ!!」
ざざんっ!!
突然の大声と、たぬき達に立ちはだかる黒い影!
「ここから先を通りたくば、この魔王を斃してみせよっ!!」
ら……蘭子ちゃん!
181 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:08:59.13 ID:WgrrN/W70
たぬき達はポカンとしていました。
なんだこいつ。
全員の顔にそう書いてあるような気がします。
ら、蘭子ちゃん、どうするの……!?
固唾を呑んで見守る私達をよそに、蘭子ちゃんは低く笑い……。
「あのう、どちらさまでしょう」
「人間だよ兄さん! なんかへんてこりんな人間だ!」
「ふっふっふ……人間? 汝らには、我が身がただの人間に見えるか……!」
バッ!!
「よかろう! ならば聞くがいい、我が魔性に魅入られし哀れなる霊獣達よ!!」
「「!?」」
182 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:10:59.30 ID:WgrrN/W70
「創世の時! 天より堕ちし白銀の星が、大いなる地に焔を産んだ!!」
シュバッ!
「それは滅亡の鎮魂歌(レクイエム)にして、誕生の聖譚曲(オラトリオ)……。天魔の交わる火の国に、我が魂は形を得たり!!」
シュババッ!!
「そして14の鐘が高らかに鳴り響き、祝福と呪詛を等しく秘める翼は即ち、無垢なる黒と魔道の白……!!」
ササッ、ドンッ!!
「今こそ聞け! 闇に染まり空を翔け、運命(さだめ)を切り裂く聖なる歌声(しらべ)!!
而して刮目せよ!! 耀きの剣を手に、千年の都に降誕せしこの威容(かたち)!!」
「――その魂に刻め!! 魔王神崎蘭子とは、我のことなりぃっ!!!」
ババァァーーーンッ!!
183 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:12:23.06 ID:WgrrN/W70
――――ざざざざざっ!
ポーズをキメる蘭子ちゃんを前に、たぬき達は一斉に尻込みしました。
本気で気圧されていました。
その威風堂々たる名乗り、なにやら物凄いオーラ、根拠はともかく偉大な感じに京都のたぬきは原初の畏怖(?)を呼び起こされたようです。
「どどどどうしよう」「いや人間だろう、天狗じゃあるまいし」「でも人間が一番タチが悪いって言うじゃないか」
「変な幻術師って線もあるし」「ひょっとしたら弁天と同類かもわからん」「キャラデザ的に銀髪っぽいしなぁ」
「滅多なこと言うな、あんなおっかないのが二人もいてたまるか」「ぶるぶるしてきた」「いじめられる」「酒が飲みたいのう」
「ふんむ……どうしたのだ、獣達よ? 先程までとは態度が違うではないか……」
ついっ。
ざざっ。
蘭子ちゃんが一歩近付くごとに、たぬき達が一歩退いて。
もう一歩近付いたら、更に二歩遠ざかって……。
184 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:13:36.57 ID:WgrrN/W70
「…………がおーーーーーっ!!」
わーーーーーーーっ!!
走り出す魔王にたぬき達は逃げる逃げる逃げる、蘭子ちゃんは追う追う追う。
日傘を振り振り全力ダッシュの蘭子ちゃんが、ふとこっちを振り返りました。
――今のうちに!
「蘭子ちゃん……!」
強い視線に頷き返し、工場の中に戻ります。
時刻はまだ朝。ここからが勝負です……!
185 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:18:13.89 ID:WgrrN/W70
〇
「ぼんじゅ〜。食べ物たくさん買ってきたよー」
裏口から入ってくるのはフレデリカちゃん。
それと……。
「――美穂っ!」
「わぁ! み、美嘉ちゃん!?」
目が合うなり駆け寄ってきて、がばっ! と抱き着いてくる美嘉ちゃん。
勢いに転びそうになりながらなんとか受け止めました。
美嘉ちゃんは私を強く抱き締めた後、正面から私の顔を見ました。
「大丈夫だった? 三人は!?」
「うん、私達は大丈夫。周子ちゃん達は中だけど……きっと無事だよ。信じてる」
ぎゅっ……と、美嘉ちゃんはほんの一瞬、痛みを堪えるような表情を見せます。
だけどすぐ気丈に笑ってみせるのでした。
「わかった。それじゃ早く引っぱり戻して帰ろ。みんなで……!」
「……うんっ!」
186 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:19:30.51 ID:WgrrN/W70
〇
「ふむふむ……なるほど。要はハッタリか。しかし成功すればなかなかの見物だな」
「手順はともかく納期がキビしいねぇ。大丈夫かにゃ、池袋博士?」
「誰に言ってる。お前こそ専門でないからといってまごつくなよ、一ノ瀬教授!」
「にゃはは〜。電磁気学はバケガクのおやつにちょっとつまんだ〜♪」
晶葉ちゃんと志希ちゃんを中心に、たくさんのウサちゃんロボを動員して作業が始まります。
どうやら発電機に手を加えているようでした。
私も手伝います。大事な作業はできないけど細かい雑用や、手元にない工具に即席で化けたりして。
たぬきの男の子は、そんな私達をじっと見ていました。
187 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:20:57.96 ID:WgrrN/W70
「お姉さん達は、友達を助けようとしているんだよね」
「うん、大事な友達なの。早く出してあげなきゃ」
「そっか。……」
男の子も工具を手に取りました。
そしてゴーグルをすちゃっと装着し、志希ちゃんと晶葉ちゃんを手伝い始めたのです。
「え!? だ、駄目だよ! 君は手伝わなくていいから!」
「ううん、僕もやる。少しは勉強してるから」
「で、でも、狸質役で協力して貰ってるのに……!」
これ以上手を貸したら完全にグルだって思われちゃう。
そうなると事が済んだ後で彼の立場が危うくなるに決まってます。
けれど男の子は気にしない様子で、尻尾を出したまま笑いました。
「これも阿呆の血のしからしむるところだって、兄ちゃんが言ってたよ」
188 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:22:57.83 ID:WgrrN/W70
〇
それから、長い一日が過ぎていきました。
日が暮れるまで工場にいて、東の果てからまるい月が顔を出して、作業は続いて……。
「では、これをこうして〜……はいっ! 種も仕掛けも、あったりなかったり?」
ぱーんっ!
おおー、やんややんやぱちぱち。
篝火の炊かれた外では相変わらずたぬき達が集まっていて、フレデリカちゃんの手品に沸いていました。
蘭子ちゃんも一緒になって楽しく鑑賞しているようです。
スーパーコミュ力の持ち主であるフレデリカちゃんが混ざって、気が付けば仲良しになってたみたい。
「え、最近カレが冷たい? ダルマ集めにうつつを抜かしてる? あー、それだめだめ! ガツンと言っちゃいなよ!」
美嘉ちゃんは雌狸の恋愛相談に乗っているみたいです。行列ができていました。
たぬきには生来のんきなところがあるので、ほとんどはもう立てこもりのことはどうでもよくなっているみたいです。
どうしてここに集まっているのかわからない子達も寄ってきて、思い思いの場所で酒盛りをしたり将棋を指したりしています。
もう少し……タイムリミットは午前0時……。
189 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:24:33.52 ID:WgrrN/W70
〇
「はいこれ」
「わひゃっ」
ぴとっ、とほっぺたに冷たいものが。
見ると知らない女の子がスポーツドリンクを差し出してくれているのでした。
「ありが……え! 誰? ど、どこから入ってきたの?」
「勝手口なんて幾らでもあるわ。外の奴ら阿呆だから気付かないだけ」
ポンッ!
と戻ると、一匹のかわいらしい雌狸なのでした。
敵意は感じません。ここは素直に厚意に甘えることにします。
190 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:26:38.06 ID:WgrrN/W70
「んくっ、んくっ……はぁぁ、おいしい……生き返るぅ」
「そっか。じゃ、頑張って。周子によろしく言っといて」
え?
「ちょ、ちょっと待って! 周子ちゃんの知り合いなの?」
雌狸はこちらに尻尾を向けたまま、少し照れくさそうに答えます。
「昔一緒に遊んだことがあるの。何年か前のことだったかな」
「それって――」
――中学ん時の友達にね、化け狸がいたんだ。
191 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:30:27.88 ID:WgrrN/W70
いつか周子ちゃんが言ったことが思い出されます。
それじゃあ、彼女の友達ってつまり……。
声をかけようとしたのに、雌狸はもうどこにもいませんでした。
素早いというかなんというか……工場の中を熟知していないとできないスムーズな動きです。
ちゃんとお礼を言いたかったのになぁ。
「……誰? 誰か来たの?」
男の子の集中がほつれ、ふとゴーグルを上げて周りを見渡しました。
くん、くんと鼻を鳴らし――
「海星姉ちゃんの匂いがする」
192 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:31:24.24 ID:WgrrN/W70
〇
ぎらぎらと満月の照る、ひどく明るい夜。
金色の真円が中天に頂く直前――午後11時。
みんなの見守る中で、「それ」は完成しました。
193 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:48:22.54 ID:WgrrN/W70
◆◆◆◆
◇周子◇
宴が始まる。
今や大座敷には屋敷中の狐が集まり、様々な料理に舌鼓を打ち、酒を酌み交わしていた。
あたしらはその中心に並んで座らされている。
ご丁寧に手足まで縛られている。狐達はいい気なもんだ。お面付けたまんまでどうやって飲み食いしてんのやら。
「……プロデューサーさーん。生きてるー?」
「一応……」
まあ、このままだと風前の灯火なわけだけど。
座敷は障子紙越しでも明るかった。満月の光に照らされた座敷は白い。
きっとあの障子を開けば、満点の空が広がっているんだろう。
と、奥の襖がすたんと開き、例の父狐が入ってきた。
それから……。
「紗枝ちゃん……」
194 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:49:41.03 ID:WgrrN/W70
紗枝ちゃんは何も言わなかった。
言えなかった、の方が正しいのかもしれない。
ぷかぷか浮かぶ立方体の檻に閉じ込められ、宙で正座のまま黙りこくっていた。
眉ひとつ動かさない。こっちを見ようともしない。
だけどその顔は蒼白で、よく見れば両手は血が滲みそうなほど強く握り込まれている。
「いい月だ、諸君」
父狐が口火を切り、なにやら仰々しいご挨拶を終えて拍手喝采を浴びる。
さて――と視線がこちらに注がれた。
「今日の善き日に、珍しき獣を諸君に饗そう。鼠よりも希少なもの、人の天麩羅だ」
195 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:52:20.73 ID:WgrrN/W70
続いて、ドラム缶の倍はありそうな大釜が二つ座敷に運び込まれた。
中では油が並々と注がれ、高温にぐわらぐわら煮えたぎっている。
……てか、よりによって丸揚げかーい! あたしゃ石川五右衛門か!
調理担当の狐がわらわら入ってくる。人間天麩羅の出来上がる過程までがお楽しみってことか。
引き結んだ紗枝ちゃんの唇から血が垂れた。
檻と無数の狐に隔たれて、目を合わすこともできなかった。
196 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:53:57.51 ID:WgrrN/W70
囁き合う狐達の笑い声。近付く宴の最高潮。
障子の向こうで、月はゆっくりゆっくり上昇している。
子の正刻……午前0時が、繋がる時か。
「最期に」
プロデューサーさんが唐突に口を開いた。
狐の視線が一気にこちらに集中した。
「我々を腹に納めるお狐様の為、余興をさせて頂きたく思います」
197 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/27(土) 01:57:35.67 ID:WgrrN/W70
一瞬目配せをする。打ち合わせ通りだ。
「……ほう?」
父狐が小首を傾げた。紗枝ちゃんがわけがわからないという顔をしている。
これは策とは言えない策。外を信じなければやろうとも思わないヤケクソ的な唯一の手段だ。
「うちの塩見が、舞をひとさし奉じたいと言っておりまして」
リミットまであとわずか。
ただの人に神通力はなく、力こぶも心許なく、あるのは口八丁手八丁。
上等だった。狐を前に稼げるものならなんだって稼いでやる。
一か八か、いざ尋常に。
198 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/27(土) 02:02:33.85 ID:WgrrN/W70
一旦切ります。あと3〜4回くらいで完結すると思います。
リアル満月は過ぎましたが、もう少しお付き合い頂けると幸いです。
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/27(土) 02:04:09.24 ID:to3rTAZZ0
おつ
次も楽しみにしておりますー
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/27(土) 06:17:00.67 ID:f2q2G/1DO
乙
これは長丁場ですな
……うちのみりあ話もこれぐらいできればなぁ
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/28(日) 08:32:08.61 ID:kX4CtPzio
おっつおっつ
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/28(日) 08:44:01.06 ID:kX4CtPzio
おっつおっつ
203 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:48:20.95 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇美穂◇
巨大な装置を屋上にセットし終えても、休憩する暇はありませんでした。
旧式の大型テスラコイルを中心としたそれは、あたかも巨大な天狗の鼻。
私達の身長の倍はあり、まさに天を衝くかのごとく傲然と聳え立っています。
根本からは長くてぶっといケーブルが何本も伸びて、窓から中の発電装置に直結されていました。
「さて問題は射程距離だが」
晶葉ちゃんは鋼鉄の天狗鼻を見上げながら説明します。
「これほど大型の装置なのだから、相当のものにはなるだろう。しかしここは地上だ。
高所に設置しようにも、疏水のど真ん中だから周りに高い建物が無い。どこまで高空に届くかは未知数だな」
204 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:49:59.81 ID:1Nn5wWQ60
「高空!?」
フレデリカちゃんの剣刺し箱に入っていたメガホンたぬき兄弟がにわかに大声を上げました。
「それは問題だ! 大問題だよ! だって京都の制空権は天狗のものだからね。
何を考えてるか知らないけど、そんなことをして癇癪玉を喰らっても文句は言えないぞ!」
「はーい種も仕掛けもあるかも無いかも〜♪」
箱に剣を突き刺されて、彼らは黒ひげ危機一髪の要領で「うはーい」と吹き飛んでいきました。
「美嘉ちゃんデビルはさー、これ抱えて飛んでくとかできないのかにゃ?」
「こんな重いの持ってけるわけないでしょ!」
「流石に重量が嵩みすぎたな。作動に関しては問題ないが、空中に運ぶのは楽じゃなさそうだ。一度試しに発射してみるか?」
ああでもないこうでもないと議論を交わしていると、屋上に座ってずっと月を見上げていた芳乃ちゃんがぽそりと口を挟みます。
「心配はご無用かとー」
205 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:51:06.81 ID:1Nn5wWQ60
明るい月光にさっと影が差した、かと思えば、
美人のお姉さんが一人、上空の冷たい風を連れてくるように、当たり前に屋上に降り立つのです。
「京都の制空権は、誰のものだって?」
――ざざざざざざざざっ!!
たぬき達は一斉に元の姿に戻り、毛玉となってその場にひれ伏しました。
私はぽかんとするばかり。飛んできたその人が誰なのかもわからないのですから。
京都のたぬきは天狗に師事し、時にこき使われ、時にいじめられる。
そうした完全な上限関係にあるということを、私は遅れて知るのでした。
「初めまして、可愛いたぬきさん。相馬夏美よ」
206 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:53:09.96 ID:1Nn5wWQ60
と、雪美ちゃんがひょっこり顔を出して「にゃおう」と鳴きます。
それに相馬夏美さんが「はいほー」と応えます。
雪美ちゃんはペロちゃんと大福ちゃんを筆頭に、たくさんの猫ちゃんをぞろぞろ連れていました。
「…………夏美」
「雪美ちゃんも来てたの? 今夜はずいぶん賑やかなのね」
「楓さんはいずこにー?」
「挨拶回り中。もうすぐ済むから、私だけ先に様子見に来たの。それより話は聞いたわよ。空に行きたいんでしょ?」
言って、装置の隅っこにゴトンと置かれたものに見覚えがありました。
古びた年代物の茶釜です。
「これって……!」
「そ、茶釜エンジン。浮かすだけならこれで十分だと思うわ」
「でもあの、えと、いいんですか? 京都の空は天狗様が支配してるって……」
茶釜エンジンとは、天狗秘蔵の浮遊からくり。お酒を燃料とし、稼働し続ける限り触れたものを重力から解き放つ不思議の魔道具です。
タイプは違うけれど、熊本で似たようなものを見たことがあります。
目を白黒させる私達に、夏美さんは茶目っ気たっぷりにウインク。
「うるさい奴らはほっとけばいいのよ。飛行機の高さから見れば、天狗も狸も変わらないわ」
207 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:55:30.57 ID:1Nn5wWQ60
そして赤ワインを開栓し、ルビー色の中身をどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼどぼ。
燃料をたらふく呑み込んだ茶釜エンジンは「ぐぐぐっ」と力を漲らせて……。
「む……飛んだ! 反重力システムか!? 興味深い!!」
「お〜、流石にこれはあたしにも未知のメカニズム〜」
装置がぐんぐん上昇していきます。
発電機と接続したスイッチは太い上にとにかく長いので、このままいくと京都市街を一瞥できる高さまで浮き上がることでしょう。
「……よし、いけるぞ! 電力を供給する! 打ち合わせ通り、日付変更のタイミングでやるぞ!」
晶葉ちゃんがうきうきで施設内に取って返します。
時刻は午前零時直前。
誰もが浮かび上がるヘンテコ装置と、眩しいくらいの満月を見上げていました。
ケーブルに繋がれた作動スイッチは、私の手の内にありました。
208 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:57:00.35 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇周子◇
「無論、却下だ」
けんもほろろとはこのこと。
舞を見せましょうかという提案に、父狐はめんどくさそうに首を振るだけだった。
プロデューサーさんは平静。煮え立つ油の釜を前に、企画のプレゼンでもするような顔でいる。
「……無理もないか。見る価値も無いと、そう仰るわけだ」
「当然だ。人ごときのくだらぬ踊りを見せられるなど時間の無駄でしかない。残念だが、貴君の延命には付き合えんよ」
「でしょうねぇ。もし手下の一匹でもその『くだらぬ踊り』とやらを気に入っちまえば、あんたの面目丸潰れだもんな」
口調から遠慮会釈が無くなっていく。計算ずくのことだと思う。
あからさまな無礼に狐が色めき立つ。父狐は無言。釜に落ちる前の取るに足らぬ雑言と切って捨てるか、それとも。
「……ああそういえば、どなたかの娘さんはそうなってましたっけ?」
うわエッッグ。
刺し殺すみたいな煽りを受けて、父狐はしばらく黙っていた。
狐全員、紗枝ちゃんもあたしも固唾を飲んで見守っている。
209 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 01:59:02.91 ID:1Nn5wWQ60
ややあって、狐面に隠された口元から低い笑いが漏れた。
「貴君もよくよく性根が据わっておられる。お座敷芸を高く見積るのにも限度があろう」
「まあそれが仕事ですからなぁ。でも無理ならいいんだ。どうぞこのまま釜茹でになさってください」
縛られたまま鼻を鳴らし、狐の高慢をせせら笑う。
「怖いんでしょう、また娘さんの心を奪われるのが。そりゃそうだ。うちのアイドル達はみんな凄い子でね、見る者みんなを笑顔にしてくれるんです。
だけどまあ……見たくもないってんならそれもまた良し。人の芸から狐が逃げたと、いい冥途の土産が出来ますわ」
一つだけ確かなのは、古い狐は高飛車で高慢ちきのコンコンチキだということ。
結界に引きこもって表世界の奴らを全員見下し、人も狸も天狗もみんな阿呆だと決めてかかっている。
人間に舐められるなどとは言語道断。どんな小さな傷でも、付けられたからには黙っちゃおかない。
210 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/29(月) 02:01:00.26 ID:R9TQUzWDO
【決講】留美「発売日?…どの道動けなかったわね」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1540596928/
211 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:01:38.57 ID:1Nn5wWQ60
「よろしい」
ぱしんっ、と扇子で座敷を叩き、場の空気を改める。
面の下の見えない顔からは、ふつふつと静かな怒りが滲んでいた。
「見せてみたまえ。諸君の寿命が数分伸びることを許そう」
――周子。
プロデューサーさんの目配せに頷く。狐の妖術か、あたしを縛る縄が音もなくほどけて落ちた。
はっきり言って何を踊るかについてはこっち次第だった。
これは完全な時間稼ぎ。そして……視線をあたし一人に集中させる、一種の陽動だ。
すたすたと歩み出て、月光の滲む障子戸を背にする。
音楽無し、小道具なし、相方なし……問題なし。
『美に入り彩を穿つ』、アカペラ4分30秒。じゃ、いきましょうか。
212 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:06:18.14 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇美穂◇
ぐぐぅぅうん、と途方もない電力がケーブルを通っていくのがわかりました。
空中のテスラコイルはもう点のよう。なんだか凧揚げを思い出す光景です。
みんなそれを見上げていました。屋上に立つ私達も、篝火に照らされるたぬきも、無数の猫も。
「それにしても、たぬきは面白いことをするのねぇ」
満月の夜空を仰いで、夏美さんは愉快そうでした。
「たまには帰ってみるもんだわ。京都は相変わらずだけど、こういうお客さんも来るんだから大したものよね」
「あ、あははは。お騒がせしてすいません……」
「いいのいいの。たぬきの阿呆なんて今に始まったことじゃないもの」
私を見返して、夏美さんはいたずらっぽく微笑みます。
「凄いのよ。山一つに丸ごと化けて、鞍馬天狗を総崩れにしたのだっていたんだから」
「山!? ほ、ほんとですか!?」
「そ。洛中洛外の化け狸を統べる大狸、先代偽右衛門下鴨総一郎。天狗も一目置く傑物だったんだから」
彼女の語りを聞いて、例のたぬきの男の子が誇らしげに胸を張るのが見えました。
「それで、今回は狐を化かしてやろうってわけでしょ。私そういうチャレンジブルなのって大好き!」
213 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:07:35.71 ID:1Nn5wWQ60
「――電力充填、OKだ! いつでもいけるぞ!」
晶葉ちゃんが窓から叫びます。コイルはケーブルの長さいっぱいのところでぷかぷか。
芳乃ちゃんはじーっと月を見上げながら、途方もない集中に身を置いていました。
夏美さんはいつの間にやらワイングラスを持っていて、赤く甘い液体を転がしながら、
「その狸が言ってた言葉があってね」
ぽそり、呟く夏美さん。
京の風に乗り、誰にともなく語り継がれてゆく、耳に心地のいい言葉でした。
214 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:09:18.63 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇周子◇
土壇場に立てば人はなんでもできるもので。
本来、この舞は不完全だ。そもそもが二人で歌い踊る前提だし、音楽から何から無い無い尽くしも程がある。
だけどあたしは完璧に歌った。
二人分のパートを引き受け、最後の残心まで、一心不乱に踊り切った。
――さて、どうよ。仮面の下のその顔は。
呆れか、感嘆か。油に落ちる寸前の食材に哀れみでも覚えたか。
なんでもいい。拍手も歓声も要らない。無数の目がこっちに向いている、その感触だけでいい。
頬を伝う汗をそのままに、視線をふと檻へと向ける。
紗枝ちゃんはこっちをじっと見ていた。
まばたき一つしていなかった。両拳を握りしめたまま、あたしの舞の一挙手一投足を注視していた。
辛うじて保たれた無表情の奥には、たくさんの表出しきれない感情が渦巻いているようだった。
……そんな顔しないでよ。これ、あんたにも踊って貰うんだからね?
215 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:13:19.86 ID:1Nn5wWQ60
父狐が呟く。
「……やはり、児戯よな」
あたしは歯を剥いて笑った。
今の今まで、たった一人の人間から一秒も視線を外さなかったのはどこのどいつだ。
「なめんじゃねーっつーの」
すたーんっ!
叩き付ける勢いで、真後ろの障子を開けた。
背後には墨に浸かったような夜空と、闇を穿つ大きな大きな満月がある。確かに街の匂いがした。
あれは京都の空だった。
必然、あたし一人に注がれていた狐達の視線は、外へ。そして月へと向かう。
216 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:15:08.21 ID:1Nn5wWQ60
こちとら時間感覚なんて無くて、ただ外を信じて稼いだ時間だったけれど……。
今が、ちょうど午前零時になる瞬間だったらしい。
ざわりと胸に沸き立つものがあって、あたしはほぼ無意識にある言葉を諳んじる。
誰が言ったか、どこで聞いたか。京の風に乗った阿呆の格言――――
217 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:16:14.41 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇美穂◇
ちかり。
中天の月が一瞬、妖しげな光をまたたかせます。
狐色の光だと直感でわかりました。今この瞬間、表と裏の世界で、みんながあれを見てるんだ。
「今でしてー」
ぴしゃりと言い放つ芳乃ちゃん。
手元のスイッチを握り込み、私はついさっき夏美さんが教えてくれた言葉を叫んでいました。
「お、面白きことはぁっ!!」
ぽちっ!
218 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:17:42.63 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇周子◇
「――――良きことなりっ!!」
突如、巨大な雷霆が夜空を引き裂いた。
閃光、轟音、震動。真っ白な驚愕が座敷全体を打ち据えた。
誰も何も、言葉も無かった。固まっていた。竦んでいた。
白状するとあたしもビビった。一体何をしでかしたのかもわからない。
テスラコイルに夷川発電所の電力を横流しして起こした、大規模な放電現象――
という種を知らない身からすれば、確かに本物の雷だったのだ。
誰もが息を呑む一瞬の中で、あたしはどうして狐が龍を怖がるのか、直感でわかった。
219 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:19:27.01 ID:1Nn5wWQ60
龍は水神。雨と雷の化身。叢雲で夜空を覆い、激しい雷光を降らせる「月の天敵」だ。
だけど狐も狐で進化して、自然の雷に慣れ、結界を作って付き合い方も弁えていく。
今や雷雲が垂れ込めた程度では誰もビビらず、嵐が来たなら来たで引きこもって晴れを待つのみとなったわけだ。
そして千年の中で、「龍」という寓話……いわば漠然とした畏怖の概念だけが独り歩きして語り継がれてきたんだろう。
この放電は忘れ去った恐怖を思い出させる一撃だとあたしは思う。
狐を化かすにはその発想の上を行かなければならない。
自然をも欺く怪異でなくば届かない。
天気雨を超える珍事、文字通りの「青天の霹靂」。
地から天へ奔る雷は、墨の空を昇る龍そのものに思えた。
220 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:21:04.62 ID:1Nn5wWQ60
ぐわんっ!!
座敷が大きく波打った。結界を維持する狐達が、予想外の出来事にみんな肝を潰していた。
こじつけ結構、ハッタリは十分、種がどうでも化かし合戦はビビったもん負け。
美穂ちゃん達は、狐を見事化かしてみせたんだ。
紗枝ちゃんが何かを叫ぶ。父狐が威嚇めいた唸り声を上げる。
その時、空に変化があった。
まるで水面に石を落としたように、夜空全体が波紋を生じさせたのだ。
221 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:25:20.24 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇美穂◇
放電は成功。派手な閃光が空を染め上げて、近隣が束の間の停電に追い込まれます。
テスラコイルはゆっくり降下していって……。
続いてなんと……空の月が、石ころみたいにぽろりと落ちたんです。
「……!!」
芳乃ちゃんが動きました。
落ちゆく偽月を見上げ、ばっと開いた両手をそちらに向けます。
翼のように広がる髪は、その端々にまでもチリチリと力を漲らせていました。
月はくるくる回転しながら、夷川ダムにぼちゃんと着水!
「鏡に花、水面に月、正しく合わせ鏡の秘儀……ようやく見つけましてー」
222 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:26:47.60 ID:1Nn5wWQ60
ダムから眩い光が溢れ出ました。空には無い丸くて大きな月が、水面でびかびか輝いています。
咄嗟に理解しました。
入口は空じゃなくて、水に映る月にこそあったんだ。
そして水月はもはや芳乃ちゃんの手の内にありました。
狐の秘儀を完全に理解した彼女の手に合わせ、光はぐねんぐねん波打ってこねこねされて形を変えます。
そして、むすんでひらいて、ぱんっ!!
「わたくしが保ちます! みなみな、中へ!」
渦が生まれ、水をのけて巨大な穴となります。
見えるのはダムの底ではなく、無数の狐面が居座る大きな大きな座敷でした。
――――開いたっ!!
223 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:39:15.79 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇プロデューサー◇
空に大穴が開いて、京都の空間と繋がった。
やってくれたのか!
居並ぶ狐達はみな尻尾を出し、逃げ惑う下っ端もいれば、気丈に残るベテランもいるようだった。
穴から吹き込むのは京都の風。そこに懐かしい匂いを嗅いだ気がする。
入ってくるのは――――――
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ
「…………って猫じゃねーか!!」
なだれ込む猫洪水に呑み込まれてたちまち前後不覚になる。どういうことだよ!
224 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:41:00.18 ID:1Nn5wWQ60
「……………………狐………………きらい」
むぎゅ、と俺の上に降り立つ美少女。誰この子。逸材では?
無数の猫が座敷で暴れる暴れる暴れる、遊ぶ遊ぶ遊ぶ。好き勝手にも程がある。
しかし狐も気丈なもので、逃げるでもなく応戦する者もいたりして座敷はいきおいカオスの様相を呈した。
と、猫に埋もれた周子がやってきて俺の縄をほどいてくれた。
「大丈夫プロデューサーさん!? 生きてる!?」
「ああ、なんとかな。それより……!」
紗枝は!?
もう座敷は戦争のような大騒ぎだった。見れば猫の他にも、巻き添えを喰らったらしいたぬき達がどかどか入り込んではうろたえている。
っていうか、たぬきもいるのかよ。なんか青々としたカエルも見えた気がするし。どうやって迷い込んだ?
それはともかく。
225 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:43:50.00 ID:1Nn5wWQ60
がばっと上体を起こして座敷の奥を見る。俺の上に乗った女の子はひょーいと狐狩りに向かった。
向こうの襖が開いて、父狐が逃げようとしているところだった。
その隣には当然、檻に閉じ込められた紗枝が浮いていた。
「紗枝!!」
なにはなくとも、きっちり確認しておきたいことがある。
「俺はまだ聞き間違いだと思ってる。だからもう一回だけ確認したい。あの時飽きたと言ったのは、本当のことか!?」
わずかな沈黙。
閉まりゆく襖。
紗枝はよじれた表情で、絞り出すようにこう答えた。
「……そんなわけ、ないやないの……!」
たたたたたたたたんっ、と無数の襖がほぼ同時に閉じる音。
結界の奥に逃げたのだ。
大座敷は今や大惨事。入口は暴かれたが、まだ底は知れない。頭の上に猫が乗る。俺一人が出来ることは多くない。
だけど、本音は聞き届けた。
226 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:52:40.26 ID:1Nn5wWQ60
「楓さん!!」
声を限りに叫ぶ。
影も形も見えないが、聞こえているに決まっていた。
「やっちまいましょう!!」
瞬間、辺り一帯から一切の音が消えた。
無風・無音の時が止まったような一瞬が確かにあり、しかし直後ひとたまりもなく打ち砕かれる。
空の穴から、突然横殴りの竜巻がぶち込まれたのだ。
227 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 02:54:14.10 ID:1Nn5wWQ60
それはもうとんでもない威力だった。座敷大にぎゅっと圧縮した台風としか言いようがない。
しかも、不思議なことに竜巻には意思があった。
吹き飛ばすべきと吹き飛ばさざるべきを的確に識別し、人や狸や猫や蛙を綺麗さっぱり避けて狐どもだけミキサーにかけたのだ。
酒も料理も釜も狐も、何もかも天地逆転にしてのける暴風の中で、悠然と歩いてくる人がいる。
彼女は手ぶらだった。
ちょっとコンビニに行ってきます、みたいなノリで、碧と紺の双眼を巡らせる。
「あら、ひどい格好をしてますね」
「少なくとも今ひっくり返ってんのはあなたの仕業です」
「そうですか? プロデューサーはいつも大変なことに首を突っ込むから、お好きなんだと思ってました」
楓さんはくすくす笑った。
いつもと全く変わらぬノリでしゃがみ込み、指先で俺の頬を撫でて、慈しむように笑む。
「本当に……損ばかりして。仕方のないひと」
228 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 03:09:44.91 ID:1Nn5wWQ60
◆◆◆◆
◇周子◇
物凄い風で、座敷の混沌は更にえらいことになった。
竜巻はまだ止まらなかった。
奥の襖に食らい付き、ぴっちり閉じたそれを無理やりすぎる風圧で開け放ってしまった。
更に向こうの座敷の、向こうの向こうの座敷の襖まで、風が続くまで。
多分それは、楓さんが作ってくれた風の道筋だった。
そうこうしてるうちに狐が殺到してくる。お家を守る為に、この座敷で外敵を迎え撃とうというんだろう。
だけどこんなとこで触れ合い動物ランドをしてる場合じゃないのだ。
奥に行かなきゃ、どうにもならない。
と、聞き慣れた声とエンジン音が耳朶を叩いた。
229 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 03:11:30.26 ID:1Nn5wWQ60
「周子!」
「周子ちゃんっ!!」
空の穴から飛び込んできた、奏ちゃんと蘭子ちゃんだった。
奏ちゃんはなんとバイクに乗っていた。といっても原付、年季の入ったスーパーカブ――
「……あれ!? それ、うちのカブじゃない!?」
「借りたの。必要になるかと思って」
実家の塩見屋は、お得意さんに和菓子の配達をしていた時期がある。
その為のカブだったけど、あたしが乗らなくなっちゃったから車庫の奥で埃を被っていたんだ。
「いやでも、ナイスタイミング奏ちゃん! よっ、白馬の王子様!」
「白馬じゃないし王子様でもないわ。悪かったわね」
早くしなさいと促すので、荷台に乗っかる。
…………50CCは二ケツ禁止? 細かいことは気にしぃな、ここは狐の異空間じゃい!
230 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 03:16:16.75 ID:1Nn5wWQ60
シートに奏ちゃん、後ろにあたしで座敷の奥を目指す寸前、蘭子ちゃんが駆け寄ってきた。
「周子ちゃん、これ……っ!」
と標準語で投げ渡してくれるものを受け取り。
まじまじと見て、にんまり笑ってしまう。
「……あんがと蘭子ちゃん。ちゃーんとキメてくるからね!」
「う、うん……! ……幽玄なる仙狐のまやかし、しかと暴いてみせよっ!」
頷き、奏ちゃんがハンドルを捻った。
ぐんっっと加速する車体。遠ざかる座敷。猫と狐と狸の大騒ぎ。
目の前に広がる極彩色の結界を睨み、蘭子ちゃんが渡してくれた赤牡丹の簪を挿す。
うん、気合が入った。
ものの本によると「推参」とは、呼ばれてもいないのに自分から、敢えて自分から押しかけることを差すそうな。
今のあたしらにはお誂え向きじゃないか。
これで最後だ。推して参りましょうか!
231 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/29(月) 03:20:42.13 ID:1Nn5wWQ60
一旦切ります。
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/29(月) 07:05:17.86 ID:fRsrpFwDO
うぉぉぉ、たまらないぜ8282
……ではなく乙。このまんま突っ切りませふ
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/30(火) 13:12:28.61 ID:CvIP9E1i0
乙!最高に盛り上がってて続きが気になる!
美に入り彩を穿つの歌詞があちこちに散りばめられてて完成度たけーなオイ
以前楓さんが自分の正体をうわばみと言ってたけど、もしかして文字通り大蛇の方だったのかな
にっぽん昔ばなしのOPに出てくる方
234 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/10/30(火) 22:00:39.18 ID:Ot3H6Rrq0
閉じゆく襖の隙間を抜けて、猛スピードで座敷を突っ切っていく。
楓さんがこじ開けた進路の向こう、滑るように後退していく父狐が点のように見えた。
他の狐も黙っちゃいない。あちこちの物陰から奇襲を仕掛けてカブをすっ転ばそうとしてくる。
けど奏ちゃんの華麗なテクはそれら全てを避けてのけ、速度をまったく緩めぬまま結界の奥を目指した。
「凄いじゃん! こんなに運転できたん!?」
「あいさんに教わったのよ」
戦争状態の大座敷が遠くなり、狐を全て振り切って、エンジン音だけが高らかに鳴り響く中を走る。
ゴムタイヤが畳を切り付ける中、あたしは薄闇の向こうに結界の果てを見た。
祠がある。
235 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:04:16.32 ID:Ot3H6Rrq0
歳月と風雨をこれでもかと刻み付けた小さな祠だ。
左右にはこれまた古びた狐像があり、それらに守られるようにして小さな鏡が妖しく光っていた。
間違いない。あれが結界の中心だ。
ゴールが見えたところで俄然やる気が出て、奏ちゃんに更なる加速を要求しようとしたところで。
「……なにあれ」
「は?」
いきなり、祠が遠くなった。
文字通りの意味で。いきなり座敷そのものがうにょーーーんと伸びて、祠のある位置を遥か彼方へ吹っ飛ばしたのだ。
「ちょおおおお!? そんなんアリかーい!!」
「まずいわね。このままじゃいつまで経っても追いつけない……」
「どうすんの!?」
奏ちゃんには策があるようだった。涼しい顔でなにやら操作し始める。
あれ? と思った。カブのハンドルにそんなパネルは無い。えっ何その赤いボタン。どゆこと?
236 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:06:25.02 ID:Ot3H6Rrq0
「捕まってなさい周子。振り落とされたらおしまいよ」
「…………ああ、な〜〜〜んか後ろの方に見たことないパーツあんなぁと思ってたんだけど、もしかしてこれ」
「こんなこともあろうかと、晶葉ちゃんに付けてもらったロケットエンジンよ」
やっぱりかぁー。
ぼぼぼ、ぼっ――とロケットエンジンにパワーが漲っていく。
誰がどう見ても50ccの原チャリに搭載していいものではなかった。
奏ちゃんはしなやかな指先を、赤くて大きなボタンに乗せて――
「ねぇ……奏ちゃん」
「何かしら」
「くれぐれも、安全運転でね?」
前方を見つめながら、奏ちゃんは笑った。
くすり、と。いやむしろ、にやり、と。
「――――保障はしかねるわね」
ぽちっ。
237 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:08:39.47 ID:Ot3H6Rrq0
その時どういうわけだか、彼女と出会って間もない頃のことが思い出された。
あたしが事務所に入所したばかりの頃、親睦を深めるという名目で都合が付く子達で遊園地に行ったことがある。
少し先輩の奏ちゃんもその中にいた。
みんな大いに楽しみ、童心に帰ってあちこち遊び回り、ついにそのゴーカートを選んだ。
あたしがハンドル、奏ちゃんが助手席。
テンション上がってたあたしはノリノリで車をぶっ飛ばし、奏ちゃんの静止も聞かずゴキゲン絶頂の暴走運転を繰り返した。
降りる頃には奏ちゃんすっかりグロッキー。
この事件は「塩見のデス・ロード」として記録に残り、しばらく事務所に「安全運転」という標語が掲げられるきっかけともなったのだ。
あははっ、どうしてそんなこと思い出したんやろね。あれも今となっちゃ美しい思い出――――
238 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:11:19.09 ID:Ot3H6Rrq0
「絶対あれ根に持っとるやろぉおぉぉぉおぉおぉぉぉおおおぉぉぉぉお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!?」
爆発。轟音。高熱、暴風、加速加速また加速!!
馬鹿げた熱量が背後で炸裂し、スーパーカブは文字通り流星となる。
周囲の景色が線になる。
全身が真後ろにうす〜〜く伸びていくような錯覚。
髪バサバサ。振動バリバリ。地獄。
簪が落ちてしまわないよう、頭を押さえるので精一杯だった。死ぬかもしれん。
通常の何倍にもなろうかという超加速にカブが軋む。でも壊れない。流石ホンダの最高傑作。
239 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:15:42.49 ID:Ot3H6Rrq0
祠が近付き、ついに鏡の形もはっきりわかるようになった時、ぼすんっとロケットノズルが煙を吹いた。
「何? ロケットの燃料切れ!?」
「そうみたいね」
失速の予感。止まるわけにはいかないのに。
奏ちゃんは何かを決意して、振り返らずに短く叫ぶ。
「……行けるわ、周子。飛びなさい!」
「え? なに? 飛ッッッ!!?」
急ブレーキ。
カブが前のめりにジャックナイフし、蹂躙された畳表が散り散りに舞う。
奏ちゃんの言う通り、あたしは慣性のまま、飛んだ。
ロケットスピードを体全体に乗せ、毬のようにくるくる回転。
逆さまになった視界の向こうで奏ちゃんが何か叫んでいる。襖が閉じて、彼女は見えなくなる。
240 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:17:54.29 ID:Ot3H6Rrq0
着地してからもごろんごろんずざざざと転がった。
ようやく止まる頃には、お尻を突き出したうつぶせのまましばらくピクピクしているあたしだった。
「――っぷは! あー死ぬかと思った……!!」
けど、着いた。
今いるのは一回り小さな座敷。前後左右の襖が閉じ切って、仲間の姿はどこにも無い。
中心には例の祠がぽつんと鎮座していて……。
馬鹿みたいに大きな銀色の狐が、怒気を漲らせながら睨んでいる。
……訂正。やっぱ死ぬかも。
241 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:22:17.15 ID:Ot3H6Rrq0
◆◆◆◆
◇プロデューサー◇
ぼへぼへぼへぼへ、とカブのエンジン音を響かせながら奏が帰ってきた。
「周子は!?」
「結界の中心に着いたわ。……どうなってるかは私にもわからない」
あんなに遠くまで走っていった筈なのに、奏はどういうわけだかすぐ隣から来たようだった。
大座敷には束の間の静寂が戻っていた。
残った狐達はみんなキュゥと伸び、猫が散らかった料理をがつがつ片付けて、楓さんがぶちまけた酒を勿体なさそうに眺めている。
あとは周子が紗枝を連れ帰りさえすれば……。
ごとんっ!
242 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:25:33.58 ID:Ot3H6Rrq0
だしぬけに座敷全体が大きく揺れた。
続いて地鳴りのような音と振動が伝わる。
……なんだ?
「みなみなさまー」
芳乃の声が座敷全体に朗々と通る。
結界の入り口を守る芳乃はいち早く異変を察知しているようだった。
「出られる者から、お早く座敷を出られませー。いささか危ういことになっておりますゆえー」
「芳乃、何があった? この音は何だ!?」
「結界が縮小しているのでしてー」
この巨大な幻惑屋敷は、複数の狐によって維持されているものだ。
だが月を打つ雷で宴席が総崩れとなり、ねこぱんちを喰らったり竜巻でぐるぐる掻き混ぜられた今、狐の大部分が失神してしまっている。
結界を保つ重要な構成員は、もうそのほとんどが力を行使できない。
そうなると必然的に起こるのは――
243 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:26:34.00 ID:Ot3H6Rrq0
「結界の決壊、ですね。ふふっ」
くっ、先回りして言われた……!!
「紗枝さんの父君が結界の中心に立ち、自身のみで維持できる規模に組み直すのでしょうー」
「それじゃ、この座敷は?」
「ぎゅっと圧縮されて、結界の一部に組み込まれるでしょうー。そこから先はわかりませぬー」
また座敷が大きく揺れた。今度はより強い、ヤバい感じの揺れだった。
遠くから何かの砕ける音がした。それは近付いて、波のようにこちらに押し寄せている。
ばきん、ばきん、ばきんばきん。絶え間なく割れ続けるガラスのような音だ。
「まずい……! みんな出るぞ! 撤退、撤退ーっ!」
言うが早いか、猫の群れがにゃあにゃあにゃあにゃあ逃げ去っていく。
猫の波に乗っていくのは例の美少女。続いて迷い込んだ狸達も逃げていき、俺達も後に続いた。
244 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:27:55.57 ID:Ot3H6Rrq0
「芳乃ちゃんが苦しそうです。私は先に行ってあの子を手伝いますね」
「お願いします!」
ひょい、と飛んで穴から出ていく楓さん。
ぼすんぼすんと揺れるカブに乗って、奏も無事脱出。続いて蘭子の背中を押して脱出させる。
よし、もう誰も残ってないな。ぴっちり閉ざされた襖を振り返る。
「周子……」
「周子さん達は必ずや戻りましょう。そなたは、お早くー!」
「……ああ!」
とうとう再構成の波はこの座敷にも及んだ。
吹き飛んだ襖の向こうに異様な光景が広がっていた。
光の乱反射、乱れ舞う色。剥き出しになったミラーハウスが押し寄せてくるようで、しかもそれらは絶えず砕けては混ざり続けている。
慌てて走り出す。空の穴から外へ飛び出そうとして……。
245 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:29:53.16 ID:Ot3H6Rrq0
「グワーッ!」
何かに足を取られ、顔からすっ転んだ。
愕然として足元を見たら、伸びていた狐が何匹も集まって俺を捕まえているではないか。
「逃がすまいぞ!」
「貴様とあの女だけは、天麩羅にして喰らってやる!」
まだ諦めてなかったのかよ!
鏡の群体が迫る。狐はなんとかなるんだろうが、常人の俺が巻き込まれたらどうなるか。
「プロデューサーっ!?」
穴からこちらを覗いた蘭子が目を見張った。
まずい、間に合わない……!?
246 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:31:17.20 ID:Ot3H6Rrq0
バサッ!!
穴から人影が飛び込み、猛スピードで狐の群れに突撃をかけた。
ほとんど力の残っていない狐達はひとたまりもなく毛玉となってぽんぽん転がる。
解放された俺の手を掴み、美嘉が叫んだ。
「早く!!」
黒い翼を翻し、力強く羽ばたく美嘉。足先に迫る波。
狐達は「こーんっ!」と鳴いて光の中に消えていく。生きろ。
247 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:33:34.51 ID:Ot3H6Rrq0
ギリギリのところだった。
美嘉に連れられ、すんでのところで穴から飛び出すことができた。
ダムの水が渦巻いて戻る。
とぷんと波打つ水面にはもう、巨大な偽月は映ってなどいない。
「おわーっ!」
勢いあまって飛び過ぎて、放物線軌道を描いた俺と美嘉は夷川発電所の屋上に転がる。
仰向けにぶっ倒れて見上げる月は、本物の満月。
外にはどこまでも普通な、深夜の京都が広がっているばかりだった。
248 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:35:02.27 ID:Ot3H6Rrq0
と、美嘉がのろのろ立ち上がり、こっちに近付いてすとんとしゃがみ込んだ。
どうしたのかと思えば、倒れる俺の頭を抱え、膝の上に乗せて暫く黙っている。
「……美嘉?」
美嘉は何も言わない。月の逆光で表情がよく見えなかった。
「えーと、ありがとう。助かったよ。流石にあれはヤバかっ」
「バカっ!!」
えぇえ……!?
「何考えてんの!? アンタも周子も危ないことしてっ! 人間なんだよ!? 何かあってからじゃ遅いでしょ!?」
ド正論だった。一分一厘反論のしようがない。
甘んじて受けるつもりだったが、聞いているうちに美嘉の声が震えてきたことに気付く。
「あんな目に遭って……っ。紗枝ちゃんの為だけど、でも、しっ、死んじゃうかもしれなかったんだよ……!?」
249 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:37:48.80 ID:Ot3H6Rrq0
相変わらず表情はよく見えない。
けれど、頬に熱い雫が落ちるのを感じた。
「美嘉……お前、泣いて」
「泣゙い゙でな゙い゙っ!!」
雫がまた一滴、二滴。
美嘉は背中を丸めて俺の頭を抱え込む。形のいい指が頬を包む。
実在を確かめるように俺の輪郭を撫で上げ、美嘉は小さく嗚咽を漏らし始めた。
「……ほんとに……心配するじゃん。ばか……ばかなんだから……っ」
なんやなんやと野次狸が集まってくる。誰もが二人を見守っている。
顔で涙をぽたぽた受け、フレデリカが水を持ってくるまで、俺達はしばらくそうしていた。
250 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:40:17.43 ID:Ot3H6Rrq0
〇
もちろん事件はまだ終わっていない。
周子と紗枝が帰ってくるのを待たなくては。
ダムの面々で集合し、知ってる顔と知らない顔を確かめ合って、俺は美穂がいないことに気付いた。
気付いてすぐに察した。蘭子を見ると、彼女は力強く頷いた。
「……そうか」
あとは信じて待つだけ。その時間が、途方もなく長く思われる。
251 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:42:17.30 ID:Ot3H6Rrq0
◆◆◆◆
◇周子◇
「紗枝ちゃんはどこ?」
「君には手の届かぬ場所だ」
目の前の巨大な狐こそ、小早川家当主の真の姿なのだろう。
長い時を生きた威厳が尾っぽの先まで満ち満ちて、怒りにざわめく銀毛はまるで白い焔だった。
……爪なっが。牙でかっ。
狐にそんな獰猛なイメージは無いけど、ここまでデカいと虎もメじゃない。
あっちが殺る気を出したらひとたまりもないと思った。
狐がふいと祠を示す。その中で光る鏡に、見覚えのある姿を認めた。
「紗枝ちゃん……!」
鏡の表面がちかりと瞬き、映っていた筈の紗枝ちゃんの姿が無くなる。
この空間に物理法則は通用しない。わかるのは、紗枝ちゃんはあの鏡の中におり、鏡はどうやら結界の中枢らしいということだけ。
252 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:45:12.26 ID:Ot3H6Rrq0
「諸君は何故、我が娘に固執する? 諸君と娘は住む世界が違う。こうまでして連れ戻そうとする理由は何だ?」
理由ねぇ。
損得を勘定に入れてるんだとしたらお門違いもいいとこだ。
一から十まで筋道立てて説明できる気もしない。だって理屈なんて無いんだから。
「……あたしにもわからない、ってんじゃダメ?」
「戯けたことを」
狐が前脚を払った。
ばしっと衝撃が走ってのけぞる。赤牡丹の簪が吹っ飛ばされて転がった。
娘がずっと付けているものと色違いのそれが、狐は気に入らないらしかった。
「……っ!」
巨大な前脚で押さえつけられる。
床に押し倒される形になり、あたしは肺の中の空気を「かはっ」と吐いた。
253 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:46:27.79 ID:Ot3H6Rrq0
「これだからな。人間はこれだから。愚にもつかぬ感情で動く。だから低俗だというのだ」
「そりゃあ……阿呆だからねぇ」
やばい、流石にちょっと苦しいかも。
狐が鼻先を近づけ、冗談みたいにでかい牙をくわっと剥いた。頭からバリバリ食われるかもしんない。
「どうせなら、踊らなきゃ。みんな同じ阿呆だもん。面白いことやって、新しいこと初めて……」
「もうよい、黙りたまえ。我々は諸君とは違う」
圧迫感に顔を歪め、あたしはそれでも不敵に笑って強がる。
254 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:50:24.66 ID:Ot3H6Rrq0
「……確かに。でもそんなにお偉いお狐さんなのに、人を化かすのは得意でも化かされるのには慣れてないの?」
「なに?」
「気付かない? あたしはすぐ気付いたけどなぁ。それとも、あんまり腹が立って目が曇ってたとか?」
何を言っているのかわからないという顔。
獣にも表情があるのだ。なんかちょっと可愛いかも。
ポケットに手を突っ込み、中身を狐に見せてやる。
「ちなみに、本物の簪はこっちね」
255 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:55:41.66 ID:Ot3H6Rrq0
ポンッ!!
256 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 22:57:00.05 ID:Ot3H6Rrq0
畳に転がった偽簪が、ソーダの栓を抜くような音で元に戻る。
美穂ちゃんは脇目も振らずに走り出した。
狐が唸る。行かせるもんか。両手両足で前脚を掴んで引き留める。
「やったれ美穂ちゃん!!」
「紗枝ちゃんを返してもらいますっ!!」
美穂ちゃんは祠に飛びつき、鏡を取り出して――
石造りの狐像に、思いっきり叩きつけた。
257 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 23:00:11.90 ID:Ot3H6Rrq0
鏡が割れる。
同時に、今いる座敷も砕け散った。
あたしも狐も美穂ちゃんも重力の無い虚空に投げ出される。
狐の屋敷は跡形もなく消え、360度全天に広がるのはただ形の無い光達。
金や銀や紅や墨や蒼や碧や黄や紫や――絢爛の蒔絵を鍋に放ってぐりぐり書き混ぜたような、極彩の「色」の洪水だ。
「ぽこーっ!?」
「鏡を砕くなどと……この、ど阿呆め!!」
座敷が色に満たされる。どちらが上か下かもわからなくなって、美穂ちゃんも狐もどこかに飛んでいっちゃった。
258 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 23:02:50.28 ID:Ot3H6Rrq0
〇
落ちてるのか、上昇してるのかもわからない。
さんざめく色彩は美しくて、まるで万華鏡の中を泳いでいるみたいだった。
どれほど視線を巡らせても、紗枝ちゃんの姿を見つけることはできない。
ひっくり返って混沌になった結界の只中を流れ、遥か彼方に光が見えた。
外の光だと直感した。
結界は壊れ、中にいた者は一人残らず放り出されるってことだろう。自動的に外に出られて、一件落着?
紗枝ちゃんを見つけてないのに?
色んな助けを得たとしても、結局はそれが人間の限界ってわけ?
「冗っ談じゃない、ここまで来て……っ!」
人事を尽くして天命を得て、走って走ってまだ足りなくて。
だからって諦めてたまるか。
259 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 23:05:39.52 ID:Ot3H6Rrq0
続く行動は、本能に近い閃きによるものだった。
右手で頭を掴む。指の間を流れる髪は、秋空に冴える月のような銀。
これはもともとあたしの色じゃない。
元はあの子の髪の色。
あの子がくれた、仙気の色だ。
「ここに少しでも残ってんなら、今すぐ応えて!!」
念じる。こういう力の使い方なんて欠片も知らない。
だからただ、念じる。願う。ありったけの心で志す。
「あたしは! 友達を!! 連れ戻しに来たんだ!!!」
260 :
◆DAC.3Z2hLk
[sage saga]:2018/10/30(火) 23:09:56.85 ID:Ot3H6Rrq0
指先に光が絡んだ。その色は銀。
体から抜けた仙気の残滓が煌めき、纏う右手をいっぱいに伸ばす。
その指先が束の間、仙狐の理に触れた。
絢爛たる色に干渉する。触れて選び、動かせる。ほんの僅かな間だった。
一つ一つが目も眩みそうなほどに美しかった。
そんな中で、あたしは青を見つけた。迷わず選び、掴み取った。
自分で選んだ簪の色なら、よく知っているから。
青牡丹の彩から眩い光が広がって、全身を包み込んだ。
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