【たぬき】小早川紗枝「古都狐屋敷奇譚」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/18(木) 00:07:58.24 ID:2B21n8lm0

 モバマスより小早川紗枝(きつね)、小日向美穂(たぬき)、塩見周子らの事務所のSSです。
 がっつりめの独自設定、ファンタジー要素、「有頂天家族」とのクロス要素などありますためご注意ください。


 この辺りの作品の続編です↓

小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/

塩見周子「小早川のお狐さん」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510159749/

小日向美穂「空と風と恋と山と街と狸と人と」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1513350021/

塩見周子「お狐さんって怖いものとかあんの?」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524576677/


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1539788877
2 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:09:45.27 ID:2B21n8lm0

  【 序章 : 狐隠し 】


 ◇周子◇


「プレゼントだって?」


 あたしの相談に、プロデューサーさんは目をまんまるに見開いた。

「誰が?」
「あたしが」
「誰に?」
「紗枝ちゃんに」

「え……あ……あぁ、おぉ〜」
「何その顔。言いたいことあんなら言わんかい」

 あんまリアクションでかいとあたしも恥ずいやんけ。
3 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:10:50.81 ID:2B21n8lm0

 とはいえ、そうなのだ。
 プロデューサーさんだって先刻承知のはずで、意外そうな顔の後にはすんなり話を呑み込んだ。

「……そっか、もうすぐだもんな」
「そゆこと。シューコちゃんにもそれくらいの甲斐性はあんのよ」
「いやでも、俺に相談するのかよ。女の子の方がよっぽどセンスあるだろそういうの」
「そんな頼りないこと言わんといてよー。紗枝ちゃんをプロデュースしてるのは誰よ? コーデとか考えんのも得意なんじゃない?」
「まあ、それはそうかもしれんが……」

「……あと寮に隠し事できそうな子いないし」

「そうだな……!!」

 大いに合点がいったようで結構。
4 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:12:48.20 ID:2B21n8lm0

 そう。10月18日は紗枝ちゃんの誕生日だ。


 うちの部署では誕生日を迎えたアイドルをみんなで祝うことにしている。
 寮の食堂に集まってケーキを食べたり、プレゼントをあげたり。何かしらイベントが挟まるとかでない限りはずっとそうだ。
 直近では加蓮ちゃん、奈緒ちゃん、アーニャちゃんの誕生会があったり、まゆちゃんの誕生日でぐるぐる巻きのプロデューサーさんがプレゼントにされかけたりと色々あった。

 でまあ、あたしとしても紗枝ちゃんとは浅からぬ縁があるわけで。

 これを機に、日頃の感謝を込めて……と言うんじゃないけど、まあ大体そんな感じ。
5 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:14:47.42 ID:2B21n8lm0

   〇


「漫画とかでさぁ、よくあるじゃん」
「何が?」
「ほら。男女二人が連れ立って歩いてて、すわデートか!? と思ったら実は別の子のプレゼント探してましたみたいなオチ」
「あー、ラブコメとかでよくある……」

 完全に他人事だったプロデューサーさんがはたと気付いて、

「……今それ言う?」
「漫画みたいやなって思って。まゆちゃんとかに見られへんといーねぇ♪」

 いっちょ腕でも組んだろかな……ってのは冗談として。


 百貨店あれこれ見て回っているうち、気になるコーナーに行き当たった。
 簪売り場だ。

 紗枝ちゃんは色んな簪をコレクションしていて、その日の気分や着物の柄に合わせて使い分けてる。
 髪を梳かしながら、今日はどの簪を使うのか選ぶのが毎朝の楽しみって聞いたことがある。

 ……うん、いいかも。

 二人してああでもないこうでもないと話し合って一本を決める。
 ギフト用にラッピングしてもらって……と。
6 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:17:57.51 ID:2B21n8lm0


「――いやー決まった決まった! 一仕事終えた後の甘味が染みるね〜」
「ナチュラルに奢らせるよね君。まあいいけど」

 前から目を付けてたあんみつパフェのお店で一息。
 あとはこれで本番を待つばかりとなったわけだ。

「あ」

 と、お茶飲んでたプロデューサーさんが声を上げる。

「ん、どしたん」
「なんか、思い出した。大したことじゃないんだが」
「なに?」

「俺、紗枝に名刺渡したことないんだよな」

7 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:18:48.90 ID:2B21n8lm0


 そういえば。
 紗枝ちゃんはあたしについて上京し、そのままアイドルになったわけで。

 だから名前も連絡先も普通に知ってるし、名刺を渡す必要が無いまま今に至るんだ。

「いんじゃない名刺。誕生日に一枚あげとけば?」
「いやプレゼントが名刺っておかしいだろ。ちゃんと別に用意してるっつの」

 言いつつ、プロデューサーさんも自分が渡す用の包みを持ってる。
 考えてみれば、改めて何か贈り物をするっていうのが初めてなような気がする。

 そう思うとにわかに緊張してきた。

 ……喜んでくれるかねぇ?

 あーいかんいかん、あたしっぽくない。あとはなるようになれだ。


 そんなこんなで、当日が来る。
8 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:22:49.37 ID:2B21n8lm0

  ◆◆◆◆


  ―― 10月18日 女子寮


みく「せーのっ」


一同『紗枝ちゃん、お誕生日おめでとう!』


紗枝「まぁ〜。皆はん、おおきにな〜」

美穂「紗枝ちゃん、おめでとうっ! これ良かったら使ってっ」

芳乃「今日の良き日に立ち会えしことー、心より嬉しく思いまするー」

蘭子「遍く闇夜の獣達が、汝の産声に祝福を捧げているわ!」

菜帆「あ、これとっておきの羊羹です〜。これからもよろしくお願いしますね〜♪」

  ワイワイ ガヤガヤ


紗枝「あやや、こないぎょうさん……。もぉ持っとるだけでも一苦労やわぁ♪」

周子「やっほ紗枝ちゃん、おめっとさーん」

紗枝「あら、周子はん」

9 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:24:46.74 ID:2B21n8lm0

周子「てことで、はいこれシューコちゃんから。良ければ使ったって」

紗枝「これは……青牡丹の簪どすか?」

周子「そうそう。紗枝ちゃんっていつもはピンクとか赤系のをよく使ってるからさ」

周子「たまにはこういう色をコレクションに加えてみるのも、一興か……みたいな?」

紗枝「おぉ〜……せやったら、こうして、こうやって」ヒョイヒョイ

紗枝「うふふっ。似合いますやろか?」

周子「おお、似合う似合う!」

未央「かわいい!」ニュッ

茜「いいですねぇ!!」ニュッ

藍子「一枚撮ってみましょうかっ♪」ニュッ

  ワイワイ…
10 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:27:30.32 ID:2B21n8lm0


P「おめでとう紗枝。これは俺から」

紗枝「まあ、松栄堂の掛け香! 京を思い出すわぁ、おおきになぁ♪」

楓「プロデューサー、もう一つの方はよろしいんですか?」

P「もちろん言いますとも。この為に資料もまとめてきたし」

周子「もう一つ……?」

P「うん、実はな――」ゴソゴソ


P「周子と紗枝の、新しいデュエット曲が出来ているんだ!」


周子「へぇえ……?」

紗枝「ほぉお……?」


周子「――って新曲ぅ!?」

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 00:31:43.59 ID:VM4XL3ex0
新曲だあ!!
12 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:33:45.83 ID:2B21n8lm0


P「曲自体はちょっと前にほぼほぼ出来上がってたんだけどな」

P「せっかく紗枝の誕生日なんだから、これもサプライズプレゼントってことで」

周子「あたしなんも聞いてないんだけど!?」

P「相方が知ってたらサプライズ半減だろ」

紗枝「あらあらあら、まぁまぁまぁ〜」

周子「あは、あははっ、粋な真似しちゃってこのぉ!」グリグリグリグリグリ

P「はっはっはそうだろ周子ギブギブ痛い痛い」


奈緒「やったじゃんか二人ともっ! あたしも楽しみにしてるよ!」

まゆ「まゆ達にお手伝いできることがあったら、なんでも言ってくださいねぇ」

P「もちろんステージも用意してある。悪いがこれから大変だぞ」

周子「はぁ〜もう、悪い大人なんやから……寿命縮むわまったく」

美玲「よく言うよ。楽しみでしょうがないって顔してるぞッ♪」

紗枝「せやったらうちまた、周子はんと一緒に歌えるんやなぁ〜」

周子「そっか。こないだの春フェス以来だし、デュエットとなると、ひのふの……」ユビオリ

周子「……さてはナマっちゃいないだろうねぇ、お紗枝はん?」ニンマリ

紗枝「んふふ、それはこっちの台詞どす〜♪」コンコン

13 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:36:19.30 ID:2B21n8lm0

  ◆◆◆◆

 ◇周子◇


 それから数日はみっちりレッスン詰めだった。
 ……道理でここんところのスケジュールが空き気味だったわけだ。うまいこと調整してくれたもんやね。

 羽衣小町の『美に入り彩を穿つ』は、和風テイストの入ったロックナンバーだ。

 疾走感のある曲調には相応の振り付けもついてくる。更には、いわゆる舞の要素も入るわけで。
 ただ激しいだけでなく時にたおやかに、緩急をつけた優雅な動きを実現しなきゃならない。


 ここらへんであたしは手こずった。しかもソロならともかく今回はデュエットだ。
 扇子の使い方は自分の曲で多少心得があるけど、今回はまた細部が違う。まさに「細を穿つ」集中力が必要ってわけ。
14 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:39:07.69 ID:2B21n8lm0


「周子はんは、まだちぃと動きが急いではるようやなぁ」
「マジかぁ」

 汗を拭きながら作戦会議。
 舞ではやっぱり紗枝ちゃんに一日の長があるようで、レッスン場でトレーナーさんに絞られながら休憩室で彼女のアドバイスも聞く。
 一方で紗枝ちゃんはテンポの速い動きが苦手で、そこはあたしがサポートしながら二人三脚でやってる。

 この舞は一人と一人じゃできない。二人がシンメトリーになってようやく成立するものだ。

 と、そこに美穂ちゃん達がジュースの差し入れを持ってきてくれた。


「それにしても、やっぱり紗枝ちゃんって舞が上手なんだね。なんていうか、ひらひら〜って感じで!」
「うふふ、おおきに♪」
「まさに天上の舞踊ぞ!」
「京にお師様がおられたのでしてー?」

 芳乃ちゃんの質問に、紗枝ちゃんは照れくさそうに小首をかしげた。

「ちゃんとした先生は持ったことあらしまへん。ほとんど独学みたいなものなんよ」

15 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:40:14.61 ID:2B21n8lm0

「独学?」
「芸妓のお姉はん達の稽古を盗み見たり……街で、たわむれに触りだけ教えてもろたり。まぁそんなようなものやなぁ」
「ほー……そうとは思えぬほど、習熟しておりまするがー」

「時間だけはたんとありましたさかい。けど、どこかの稽古場に入るのだけはあかんかったんよ」

 言って紗枝ちゃんは手で狐を作り、茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。

「なんとなればうち、『これ』やさかい。こん♪」


 さらっと言いはしたけど、ただの酔狂でここまで続くものでもないだろう。
 あたしはいつか鴨川沿いで見た狐の舞を思い出していた。

「うちがまだちっちゃな仔狐やった頃、舞を教えてくれたお姉はんがおってなぁ」

 もうすぐ休憩時間が終わる。
 紗枝ちゃんはスポドリで喉を潤して、束の間の回顧をこう締めくくった。

「それがあんまり楽しかったから、今でもやめられへんのよ。あのお人は今、どこで何してはるんやろ」

16 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:44:22.90 ID:2B21n8lm0

  ◆◆◆◆

 ◇紗枝◇


「この、恋の一途を、胸の痛みを……」

 歌に合わせて、ちん、とん、しゃん……。
 寮のおつかいの帰りに、公園でちぃとばかしお稽古。

 遠回りしてもうたけど、目当ての品も買えたことやし……あとは帰って渡すだけや。


「んー、墨絵の……こればっかりは、なんや不吉やなぁ」

 龍は好かへん。恐ろしいもんやとお父はんから教えられて、見るのも嫌になってもうた。
 ……けど今回ばっかりは、そうも言ってられへんわ。
 言の葉をきっちり呑み込んで、うちも一歩前に進まへんとあかんのやと思います。

17 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:46:37.58 ID:2B21n8lm0


 そういえば――お父はん達はどうして、龍を畏れるようになってもうたんやろ。

 小早川の父祖に龍にまつわる因縁があったんやろか?
 具体的な曰くいうんは、とんと聞いたことがあらしまへん。
 一度も言うてくれへんかったし、うちも自分からは聞けへんかったけど……。

 けれど気にしたかてしょうのないことやね。
 うちは今、家から勘当されてもうた身やさかい。


「逢いたい、涙が、冷めぬ間に――」


 と。

 秋にしても冷える風が吹いて、それはなんや、懐かしい香りがしよる。

18 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:50:23.42 ID:2B21n8lm0


 背格好も服装も何もかもばらばらな老若男女が、いつの間にか周りに、ずらっと。
 みんな、和紙で編まれた狐面を被ってはります。

 誰もなぁんも言わんと、覗き穴の向こうから金の目を光らせるばかり。


「――ああ、そうなんや」

 それだけで、全部を察してしもうた。


「もう、潮時なんやねぇ」


19 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:51:33.31 ID:2B21n8lm0


  ◆◆◆◆



 小早川紗枝が行方不明になった。



  ◆◆◆◆

20 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:55:40.86 ID:2B21n8lm0


  ―― 翌朝 事務所


  ザワザワ バタバタ


ちひろ「いましたか!?」

美穂「い、いえ、どこにも……!」

卯月「ひょ、ひょっとして何か、大変なことに巻き込まれちゃったとか!?」アワワ

小梅「あの子も、飛んで探してみたけど……近くにはいないって……」

加蓮「電話しようにも、スマホはここだもんね」

美玲「近くの公園に買い物袋ごと落ちてた。アイツ、お遣いに行ってたんだ」

響子「そんな、私が頼んだから……!」

由愛「きょ、響子さんの責任じゃないです……! 私が一緒に行ってれば……」

周子「…………」

凛「ねえプロデューサー、やっぱり警察に通報しよう。こんなの普通じゃないよ」

P「いや、もう少し待ってくれ」

P「……芳乃、わかったか?」


芳乃「…………むー…………」

21 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 00:57:58.73 ID:2B21n8lm0


芳乃「いささか距離がありますゆえ、細かな位置まではまだー……」

美穂「大雑把にならわかるの!? ど、どこっ!?」

芳乃「はいー。これだけは、間違いなきことですがー……」


芳乃「紗枝さんは、京都に戻っておられますー」


美穂「きょ」

一同『京都!?』


P「京都か。ちひろさん、すみませんが後は頼みます」

ちひろ「行くんですか?」

P「スマホも買い物もほっぽっていきなり帰省なんてありえませんからね。志希でもそこまでしない」

P「すぐ探さないと。……芳乃、一緒にいいか?」

芳乃「是非もなくー。行くなと申されましても、ついてゆく所存でしてー」

22 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 01:00:52.33 ID:2B21n8lm0


P「みんなはいつも通りにしててくれ。事務所の運営に穴を開けるわけにもいかない」

P「新幹線の時間は……最悪向こうに宿を取って……それじゃあ行ってき」


美穂・蘭子「待ってぇーっ!!」ガシィーッ


P「グワーッ!?」ビターン

凛「顔からコケた……!」

美穂「わ、私も行きますっ! 紗枝ちゃんを放ってなんておけません!」ガシィーッ

蘭子「魔道を分かつなかれ! 我もあの者の盟友なりーっ!」ヒシィーッ

P「ふぉ、ふぉまえふぁふぃ……」

周子「あたしも行く」

周子「プロデューサーさんの言う通り、こりゃ只事じゃないよ。また何かおかしなことが起こってるかも」

P「……」

周子「まさか芳乃ちゃんだけ連れてって、ユニットメンバーを置いてくなんて言わんよね?」

美穂「そうです! 私と蘭子ちゃんだって同じなんですからっ!」

蘭子「……!」コクコクコクコク

芳乃「ふふ……そなたー、三人もこう仰っておりますがー」

P「来るなって言っても……か。わかった、一緒に行こう」

23 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 01:04:29.13 ID:2B21n8lm0


響子「本当に気を付けてくださいね……っ」

まゆ「プロデューサーさん達に何かあったら、まゆ……」ズモモ

P「大丈夫だよ。ちょっと行って探してくるだけだから」

智絵里「そ、そうだっ。茄子さんや楓さんに連絡すれば!」

P「いや、あの二人はちょうど遠方でロケだ。邪魔するわけにもいかない」

菜帆「京都はたぬきがたくさんいるって言いますから〜。どうか化かされませんように〜」

周子「大丈夫だいじょーぶ、そういうの慣れてるから」

周子「なんならついでにウチの和菓子土産にするよ。ほんじゃねー」ヒラヒラ


菜帆「周子ちゃん、あんまり気にしてないみたいですね〜。ちょっと心配してたから良かったです〜」

P「この時点じゃまだ何もわからないからな。今から気負ってちゃ身が持たないさ」


周子(…………)

24 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 01:07:56.69 ID:2B21n8lm0

  ◆◆◆◆

 ◇周子◇


 かくして、急遽生まれ故郷へと向かうことになったわけである。
 最速で取った京都行きの新幹線に乗りながら、あたしは昔とは逆戻りの車窓を眺めている。
 あの時は隣に紗枝ちゃんがいて、外に見える浜名湖や富士山にはしゃいでたっけ。

 持っていく荷物はハンドバッグに納まる程度だった。何日もいるなんて思ってないし。

 手近なものを詰め込んだ程度の中身をチラ見して……。

「周子ちゃん、食べる?」

 と、隣から美穂ちゃんが駅で買ったおにぎりを差し出してくる。
 ありがと、と受け取る。おかかだ。アタリ(何入っててもアタリだけど)。

25 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 01:10:23.72 ID:2B21n8lm0


「……ほんとに大丈夫?」
「ん? んー、だいじょぶだいじょぶ。急に帰省しちゃって、どんな文句言ったろかなーて思ってたとこ」
「そう? ならいいんだけど……」

 言いつつ、美穂ちゃんはバッグの中を見ている。
 シンプルなハンドバッグには不似合いな感じがする、一輪の花を。


 紗枝ちゃんは寮近くの公園で消えた。
 買い物袋がそっくりそのまま落ちてたんだ。

 中には頼まれてた食材や日用品の他に、一つだけ別のお店でわざわざ探してきたらしいものが入っていた。


 赤牡丹の簪。


 どこかの誰かさんとお揃いを意識した、色違いの花飾りだ。


  【 序章 ― 終 】

26 : ◆DAC.3Z2hLk [sage saga]:2018/10/18(木) 01:12:59.64 ID:2B21n8lm0
 一旦切ります。
 長くなるため、以降の更新は随時ゆっくりめになると思います。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 01:13:38.75 ID:VM4XL3ex0
おつです、楽しみにしております
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 02:00:43.25 ID:5KHbwISho
また神隠しされちゃったか〜
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 06:16:49.87 ID:zQ6DFIUko
一旦おつ
狐はヤバイ
30 :sage :2018/10/18(木) 09:51:56.17 ID:XVnkyyQL0
っシャァ新作キタァ!
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 12:10:48.67 ID:qIQthCpDO


強制送還か。今度こそ楓さんの力が開放されるかな
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 12:31:28.53 ID:ZbZlzNWd0
ちっひの社食回のアレはこれへの前振りだったか
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 12:45:42.01 ID:dNtPchAto
>>29
天狗もヤバい
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 18:26:46.54 ID:nEpbBoRjo
>>33
たぬきはどうでもいいや
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/18(木) 18:47:05.08 ID:Ki+twjAx0
乙乙、楽しみ
36 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/18(木) 23:59:24.09 ID:2B21n8lm0

  【 前編 : 京都まやかし迷路 】


 ◇周子◇


 京都駅はあの日発った時から変わらず、秋風が大階段を吹き抜けていた。


「……まさかホントに帰郷することになるとはねぇ」
「こ、ここが、京都……」
「この魔王の第六感(センス)にも、悠久の歴史に根差す確かな妖気が響いているわ……」

「そこで饅頭売ってたけど超うめぇわ」
「そなたっそなたっ」
「お、芳乃も食うか。はいあーん」

 何食っとんねん。
 いや、うまいけどさ。宝泉堂の賀茂黒。

「まあ今からそう気を張るなよ。ほらみんなもお食べ」
「わぁ……! ほんとにおいしいです!」
「漆黒の宝珠!」
37 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:06:32.25 ID:Vl8YGF260

 さて故郷の和菓子も頂いたところで。
 せっかく帰ってきたのに悪いんだけど、あたしらが目指すのは最短距離だ。

 とにかく紗枝ちゃんを見つける。
 そんで、一緒に東京に帰る。できれば今日中に。

 それ以外に道は無い。あるもんかい。こちとら新曲控えとるんやから。

「芳乃ちゃん、どう?」

 連絡手段が皆無な以上、頼みの綱は芳乃ちゃんの「失せ物探し」の力だけだった。

 京都タワーを見上げながら、芳乃ちゃんは一歩踏み出す。
 駅前広場の雑多な空気を肺いっぱいに吸い込み、目を閉じることしばし――

「――感じまするー」
「マジ!? どこ!?」
「それはわかりませぬー」

 ズルッとなった。
 芳乃ちゃんは虚空に視線を巡らせて、たぶん彼女にしか見えない無数の「糸」を辿っているようだった。
38 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:09:52.55 ID:Vl8YGF260


「やはりー……以前にも感じました通り、ここの気はたいそう複雑怪奇に絡み合っておりますー」
「そうなの、芳乃ちゃん?」
「はいー。地には人、森に狸、空は天狗……あらゆるものの気脈が混ざり合い、大きな流れとなって都と共にありー……。
 各所に構えられし神域の数々が、それらの要所となっているのでしてー」
「ふおおお……!?」

 蘭子ちゃんのテンションが上がっとる。無理もないか。
 普通に暮らす分にはなんてことのない地元だったけど、見る子が見りゃそうなんのか……。

「それじゃあ、紗枝ちゃんの……」

 言いかけて、訂正する。
 きっとあの子個人のと言うより、もっとわかりやすい指標というものがある筈だ。

「狐の気配は?」

39 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:11:22.98 ID:Vl8YGF260

 芳乃ちゃんはしばらく黙っていた。
 まるで彼女自身が一つの小さな器となって、京都の風や光、匂いや気配を全身に透徹させようとしているみたいだった。

 やがて、ぱち、と目を開ける。

「まずはひとつ、やらねばならぬことがー……」
「やらなきゃいけないこと?」

 芳乃ちゃんは浮き上がるように歩を進め、あたしを振り返って微笑んだ。


「周子さん。紗枝さんと一緒に遊んだ場所などを、ご紹介していただきたくー」

40 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:12:40.32 ID:Vl8YGF260

   〇


 人間ながら京のバケモノにはそこそこ事情通のつもりなあたしだけど、狐たちのことは生憎ほとんど知らない。
 どうやら彼らは自分の住処や能力、生態など全てにおいて徹底的に秘匿主義を貫いているらしい。
 仮に詳しい者がいるとすれば狸界でも相当の大物か、はたまた本物の天狗様くらいだろうけど、そっちへのパイプは持たなかった。
 知っているのはせいぜい話半分の噂くらいだ。

 曰く、陰険。
 曰く、タチが悪い。
 曰く、冗談が通じない。
 曰く、祟るし隠すし呪うし化かす。


「最悪じゃねーか」

 茶団子を食べながら、プロデューサーさんがひどくげんなりした。

41 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:14:51.48 ID:Vl8YGF260

「やーまあ、実際どうかは蓋開けてみなきゃわからんことだけどね」
「私、お狐さまって紗枝ちゃんしか知らないけど、ほんとにみんな怖いのかなぁ」
「ほー。なるほど、ここにもたぬきさんが数多く行き交っておりましてー」
「我おうどん好き」

 忠僕茶屋でああでもないこうでもないと会議しながら、あたしはいつかここに紗枝ちゃんと来た時のことを思い出していた。
 道行く人々の正体当てゲームをしたんだ。
 きつねうどんをはふはふ頂く蘭子ちゃんを見ながら、ふと対面の芳乃ちゃんに身を乗り出す。

「でもさ、昔あたしらが行ったとこを辿ってどうなんの?」

 芳乃ちゃんは湯飲みを両手に持って、ずずずと啜りながら鷹揚に答える。

「辿るべきは、縁なればー。この入り乱れたる流れにて、そなたと紗枝さんの『色』を知らねばなりませぬゆえー」

42 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:17:24.23 ID:Vl8YGF260


 たとえば、大黒町のダーツバー。

 たとえば、道端の献血車。

 たとえば、鴨川沿いの並木道……。


 それは、あたし自身の記憶を辿る旅のようでもあった。
 いつか来た場所を次々に巡り、そこかしこに染み付いた過去の匂いを嗅ぎ取るような。

 ぴた、と芳乃ちゃんが足を止めた。

「芳乃? どうした?」
「ふむー……なにやらかぐわしき、香の薫りがー……」
「お香? どこからするの、芳乃ちゃん?」

 ピンと来た。
 人でも狸でも天狗でもない、それはきっと何か京の「表」とは異なるものの気配のはずだ。

「芳乃ちゃん、それ辿れる?」
「おまかせあれー。わずかばかりながらー、こちらからー……」

 下駄をからころ鳴らしながら歩きだす芳乃ちゃん。
 道行を導くのはこっちからあっちに交代となった、鴨川を下る形で川沿いの道をぽてぽて南下していく。
43 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:19:48.29 ID:Vl8YGF260


「これが、京都なんだね……」

 美穂ちゃんは今と古代の色が混ざった街並みを見て、感慨深げに溜め息をついた。

「いつか行きたいと思ってたけど、こんな形でなんて思わなかったなぁ」
「どーせなら凱旋といきたかったとこやけどね。ま、しゃーないしゃーない」
「我らが使命を果たせしあかつきには、いずれ必ず完全体となりてこの地を支配せん!」


 やがて五人は河合橋の中腹に差し掛かる。
 高野川と合流する鴨川デルタにはちらほらと人がいる。ほんのりと赤や黄色を纏い始めた木々が風に揺れ、秋の冷えた川面がその色を写し取っている。
 季節の変わりゆく音を聞いた気がして、あたしはいつかの春を思い出す。
 
 あれは桜の花弁が五分咲きに広がる、少し肌寒い宵だった。
 ここは紗枝ちゃんを見つけた最初の場所だ。
 あの時まだあたしの髪は黒く、あの子の髪は銀で、お互いに退屈を飼い殺す一人と一匹の阿呆だった。

 見上げる秋空に雲はなくて、夏より薄くなった青が絵の具のように広がっているのが見えた。
 寒くなるにつれて空も太陽も遠くなる。でもこのくらいの距離感が、あたしには心地がいい。

44 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:21:57.56 ID:Vl8YGF260


 ふいに頬で雫が弾けた。


「つめたっ。……え、水?」
「なんだ、雨か? こんなに天気がいいのに……」

 プロデューサーさんもいぶかしげに空を見上げた。突如現れた雨滴は冷たかった。
 さあっ――と降り注ぐにわかな細雨。きらきらと青空に映える様が光のカーテンのようだ。

「雨? 雨なんて降ってます?」
「水精(ウンディーネ)の恵みはもたらされておらぬが……?」 

 美穂ちゃんと蘭子ちゃんは、雨なんて何のこっちゃという顔をしていて。

 しまった。

45 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:24:04.84 ID:Vl8YGF260


「!」

 芳乃ちゃんが身を翻し、こちらに両手を伸ばす。

「そなた、周子さん、わたくしに手を――――!」


 遅かった。

 いつかと同じだ。誘い込まれたんだと咄嗟に察した。
 寸前、芳乃ちゃんが自分の髪を引きむしるようにほどいた。
 頭のリボンと、首の髪紐。しゅるりと宙を泳ぐそれらがギリギリであたしとプロデューサーさんの手に渡り。


 ぴしりと世界の層がズレる感じがして、二人だけがいなくなる。


46 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:26:11.24 ID:Vl8YGF260


   ◆◆◆◆


 すーっ、ぱたん……。


 ひとりでに襖の開いていく音が、無限の座敷に延々と響いていた。

「な、なんだ? さっきまで外にいなかったか!?」
「……プロデューサーさん。あたしらどうやら、二人だけ呼ばれたっぽい」

 この場所は知ってる。一度だけ招かれたことがある。
 もっとも紗枝ちゃんがいなければ危なかった、相当ろくでもないご招待だったようだけど。


「ここ、狐の屋敷だよ」

47 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:27:30.30 ID:Vl8YGF260


 プロデューサーさんがぐっと緊張する気配。
 あたしも似たようなもんだ。前回と違うのは、こっちから来る意志があったってこと。

「ここに紗枝がいるってことか?」
「……多分。でもどうだろね。あんまり穏やかなことじゃないかもしれへん」

 縦長の座敷は無限に連なってどこまでも続いている。果てがどうなっているのかは知る由もない。
 行燈の光が闇をほんのり照らして、壁にかけられた無数の狐面がじっとこちらを見ていた。

「紗枝ちゃん!! ここにいんの!?」

 ……し〜ん、ってなもんか。
 まあ簡単に返事されるなんて思っちゃいないけど。

48 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:28:28.31 ID:Vl8YGF260

「先に進んでみよう」
「ちょい待ち。この先行ってもなんもないよ。ずーっと座敷が続いてるだけ」
「しかし、ここにいるだけじゃどうにもならんぞ」
「うん……一回、試してみたいことがあんのよ」

 あたしは真後ろを向いた。そこにはやっぱり襖があって、ぴっちり閉ざされている。
 あの時は前にだけ進んでドツボにはまった。きっと今回もそうだろう。なら、その逆は?
 最初から逆行してみればどうなる?

「周子……!」
「大丈夫。あたしに任せ……てっ!」


 たんっ!

49 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:30:46.70 ID:Vl8YGF260

 開いた先の空間に息を呑んだ。
 当たりと言えば大当たり、けれどそれが吉と出るかはわからず、相手はきっと先刻ご承知で。

 向こうの壁も見えない大広間に、狐面を被った老若男女が何人、何十人、何百人と立ち、こっちをじいっと見つめていた。

「……!」
「周子、俺の後ろに!」

 プロデューサーさんが咄嗟にあたしを下げさせる。
 狐面は誰も何も言わず、無感情な朱塗りの顔をこくりと傾げる。水を打ったような静寂。息をしているかさえ怪しい。

「ようこそ、おいでくださいました」

 狐面が口を開いた。水瓶の中をぐわんぐわん反響するような声は、誰が喋ってるものか知れたもんじゃなかった。

50 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:32:03.51 ID:Vl8YGF260

「貴方様がたのお話は、お姫(ひい)様よりようく聞き及んでおります」
「ご足労いただき、まことにご苦労様でございました」
「しかしながら、当家はただいま大事な儀式の準備中でございまして」
「満足なおもてなしも出来ぬこと、まずはお許しくださいませ」

 そんな話を聞きたかったんじゃない。
 お姫様ってのは、間違いなく紗枝ちゃんのことだ。
 プロデューサーさんは一応の礼を返し、懐の名刺入れを取り出そうとしてやっぱりやめた。

「ご丁寧にどうも。そこまでご承知でしたら、我々がお宅を訪ねた理由もおわかりでしょうが……」
「無論のこと、承知しておりますれば」
「なれど当家の問題ゆえ」

「それは、東京から一日で彼女を引き戻してまでしなきゃいけないことですか?」

 沈黙。
 人の都合など知らんと全身全霊で言われてる気がする。
 やがて、狐面はぽつりと、


「これは、お姫様ご自身のたってのご希望でもあります」
51 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/10/19(金) 00:33:28.18 ID:Vl8YGF260

 は?

 呆気に取られた時、狐面の集団がざざっと左右に割れた。
 続いて座敷の薄闇の奥から、見慣れた女の子がしゃなりしゃなりと歩み出てくる。


「――あら、周子はん、プロデューサーはん。こっちに来てはったん?」


 紗枝ちゃんは黒髪に大きな耳と尻尾を揺らして、当然のように指呼の間にあった。
 見れば狐面はみな彼女に頭を垂れている。まさに「お姫様」の待遇を受ける彼女は、けれど、こうして見る分にはいつも通りだった。
 狐面の一人にぽしょぽしょ耳打ちされて、紗枝ちゃんはうんうんと頷く。

「まぁ、今日すぐに東京から……。それはまぁ、遠路はるばるおくたぶれさんどしたなぁ〜」

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