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照「わたしに妹はいない」久「……そう」
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44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:47:46.14 ID:YwSoJMOz0
「……ごめんなさい弘世さん。いま私に電話を変わったとして、状況が状況だけに宮永さんが切りかねないわね」
「まあ、な」
言葉少なめに弘世さんが柔らかい笑顔を浮かべる。
「電話、まだ繋がってるわよね? 伝えてくれないかしら。 『咲はこの場を離れた。少し面と向かって話がしたい』って」
「わかった。言ってみよう」
弘世さんが、かくかくしかじかと説明を始める。
それにしても不甲斐ない。咲は姉がなんと言っているかが聞こえていたわけではないだろうけど、結果として咲の行動でやりようが出てきてしまった。あの子のための行動であの子に心労をかけては本末転倒だ。
「亦野とだな。ああ、さっきの場所だ。わかった、待ってる」
話がついたんだろう。スマホを鞄に戻し、弘世さんがこちらに目を向ける。
「後輩の案内で、三分ほどで来られるそうだ」
「三分……、案内?」
「ん。いや流石に今来た道でそうそう迷わないと思う、いや思いたいんだが出来るだけ一人はつけるようにしてるんだ」
気にかかったのはそこじゃないんだけれど、まあいいや。たぶん訊いても仕方のないことだ。
「なるほど。白糸台部長はいろいろ大変なのね」
「ここで否定できないのが悲しいよ。ああ、でもさっき照のほうから先に電話してきてな」
「先に、というと」
「会見のあとすぐ自分から電話してきたんだよ。『迎えに来て』って、いつもは迷子になってから電話してくるからなぁ」
「へぇ」
弘世さんが嬉々として喋る。それで喜ぶって、保護者かなにかなのかしら……とはもちろん言えない。
そうだ。宮永照が戻る前にこれは聞いておこう。もしかしたら手助けが期待できるかもしれない。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:49:14.15 ID:YwSoJMOz0
「ねえ弘世さん、あなたは宮永姉妹のことどう思ってるの?」
「宮永姉妹のこと?」
「二人の仲違い、今の状態よ。あなたは宮永さんと三年近く一緒なんだもの流石に知らないってことはないでしょ」
むしろ、弘世さんのほうが詳しくてもおかしくない。私は仲違いの原因までは聞いていない。
咲が会いたがっていて姉が会わないということは、非があるのは咲のほうかもしれないとは思ってはいる。だが仮にそうでも弁明の機会くらいは設けられるべきだ。「妹がいない」はあまりに酷い。
「そうだな、ここで隠すことでもないか。ああ知っている」
「やっぱり、よかった」
「私としては、照と妹が会えば……いや違うか。妹に、照と会ってやってほしいとは思ってる」
うん? 今のは言い直すほどの違いだったんだろうか。無言でいることで続きを促す。
「なんだか含みがある言い方ね」
「実際あるからな。二年前、照と会って間もないころアイツに『麻雀は好きじゃない』って言われたんだ」
なんだろう、聞き覚えのある台詞だ。
「嫌いとかトラウマとか言うわりには、当時から驚異的に強かったよ。勝てないから嫌いになったとかじゃないんだとわかって、それならばチーム、仲間が出来れば次第に好きになるんじゃないかと思って部に誘った。誰も自分の相手にならないというのが原因だとしたらどうしようかと思ったが、幸い高一のころの全国では照を打ち負かす相手がいてくれた」
徐々に、弘世さんの口調に圧が表れる。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:50:25.38 ID:YwSoJMOz0
「でも違った。アイツは二年のインハイを終えてもなお麻雀を心の底からは楽しめていない、打ってるだけだったよ。そこで気づいたんだ。問題はもっと根幹にあるんだって」
「……それで、『妹に、照に会ってほしい』なのね」
「ああ、そんなところだ。その頃には宮永家の家庭事情は知っていたからな、トラウマの元がそこにあるということもなんとなく察しはついた。インハイ出場選手の中で、宮永咲の顔と名前を見たときは照を救ってくれるかもしれないと期待せずにはいられなかったよ。私には出来なかったことだ」
ふぅ、と弘世さんが少し長めに息をつく。言いたいことはだいたい吐き出せたみたいだ。こちらの思惑を明かすとしよう。
「それじゃあ私に、宮永姉妹の仲裁に協力してくれるって受け取っていい?」
「ん? そうか、これはそういう話だったのか。正直……迷ってる」
驚いた。今のは満場一致でそう聞こえる流れだと思ったんだけどな。
「どうして? 会わせたいとは思うんじゃないの」
「もちろん。でもそれは、あくまで照のペースを尊重した形でだ。荒療治のようなことは……はたしてやっていいのかどうか」
「ただ会って話すのが荒療治?」
「大会中に、妹と道ですれ違ったことがあったらしくな。たったそれだけでかなりの狼狽えようだったんだ。そんな状態ではなにが荒療治かなんて、わかるとしたら照だけだ」
「……そう」
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:51:47.74 ID:YwSoJMOz0
姉妹に会ってほしいという気持ちは確かに重く積もっているんだろう。それと釣り合うほど後者の想いも強いなら、私が天秤に触れてどちらに傾くかわかったものではない。ここはせめて、後のために言質を取っておこう。
「あなたの立ち位置はわかった。残念、だけど話せてよかったわ。そうも明け透けに想いを語られち是が非でもとは頼めない」
目を逸らされた。心なしか頬が染まっている。
「それじゃあこの件に関してあなたの行動原理は保留。宮永さんの決定があなたの決定って感じ?」
「まあ……そんなところだと思ってくれ」
「そ、わかったわ」
なら問題はない。宮永照サイドとはいえ、それなら実質は宮永照一人を相手取ればいいことになる。
ちょうど話が一段落ついたところで会場の自動ドアが開く。あるいは会場から彼女達が出てきたから話が一段落ついたのかもしれない。宮永照、それと白糸台の副将の亦野誠子だ。
ケータイの時計を見ると、さっきの電話を終えたときの数字から3分進んでいた。秒数は表示されないので正確にはわからないが、
「ありがとう亦野。だいたい時間通りだな」
「はい。なにか急ぎの用事だったんですか、」
亦野さんと目が合い、ぺこりとお辞儀をされる。
「って聞こうと思ったんですけど清澄の部長さんが来てたんですね。どういうご用件で、練習試合とかですか?」
「まあそんなところね」
「本当ですか! こんなにすぐ話がくるとは。いつやるんですか、明日とかですか? 」
「う、うん……そうかな、どうだろう」
おおう、意外と食いついてきた。亦野さんが二歩ほどぐいと踏み込んでくる。彼女も速度のあるタイプだし、もしかしたら和に対抗心があるのかもしれない。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:53:46.28 ID:YwSoJMOz0
そして困った、答えようがない。恐らく彼女はここにいないほうがいいのだが、しかしどちらも私の手にる。後ろの二人にヘルプを目で送ると、弘世さんが顎を軽く下げて上げた。
「亦野。話は私達でするから尭深と淡を連れて先戻ってていいぞ」
「え、でも虎姫全員で一回戻るんじゃ?」
「いいから、後で追い付く。そうだ宇野沢先輩も待ってくれてるだろう。今大会お前は芳しくなかったし、久々に稽古つけてもらうといい」
「うっ……わかりました」
不承不承といった様子の亦野さんだったが、その先輩とやらに電話をかけたとおもうと、打って変わって緩んだ笑顔を浮かべながらこの場を離れていった。
さてこれでようやく気兼ねなく話せるというわけだ。が、宮永照のほうから切り出す気配は無さそうだ。互いに互いの言わんとすることがおよそわかっているだけに、初動が重たい。
「話さないのか?」
弘世さんが発破をかけてくる。仕方ない、アイスブレイクがてら訊いてみよう。
「そういえば宮永さん、さっきの電話ってどこからかけてたの?」
「あのときは、二階と三階の間の踊り場にいた」
インハイの会場にある階段は三ヵ所。入り口の目の前にあるエスカレーターが併設されている大きな階段が一つと、会場中ほどと奥に一ヶ所ずつだ。しかしどこの踊り場にも窓は備えられていない。
「そうなんだ。私と咲が来てるのを知ってたみたいだから、てっきり近場にいるものだと思ってたわ」
「それは、たぶん来るだろうなと思ってたから」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:55:25.17 ID:YwSoJMOz0
来るのが読めてたとは、さては未来予知。 一度見た能力を使えてしまうラスボス的なあれなのか!
「それってどういう、」
「この話はもういいでしょ。腹の探り合いをしに来たんじゃない」
この話題はお気に召さなかったのかしら。そんなつもりはなかったんだけど、突っぱねられた。
「私はそちらの大将と会う気はない」
「……そう。でもあなたに会う気がなくても、こちらは会いに来れるのよ。今回は間が悪かったけどね」
「別にいい、会っても応対しない」
「二度でも三度でも、話せるまで行くわよ」
「同じこと」
「頑固ね。そんなに妹が苦手?」
「……」
言葉を詰まらせ、宮永照が弘世さんのほうをちらりと見る。意識的か否かはともかく、たぶんさっきの私と同じで助太刀を求める意図だろう。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:56:23.40 ID:YwSoJMOz0
なにか言われるかと思ったけれど、弘世さんはだんまり。私に言ったとおり傍観者に徹するようだ。埒が明かなさそうなのでこちらから続ける。なにも最初から、我慢比べの開催宣言をしにきたわけじゃない。
「ならこうしましょう。お互いジリ貧は嫌でしょうし、賭けをしない?」
「賭け?」
「そう、昔よくやったって聞いたわよ。賭け麻雀」
「……」
「そんな恐い顔しないで。内容は至ってシンプル。半荘やって、私が勝ったらあなたは咲と会う。そっちが勝ったら私は咲と会わせようとするのはもうやめるわ」
「いいよ、やろう。聞いておくけど終わったあとに他の人になにか吹き込んで『私じゃなくその人がやったこと』とか言わないよね」
「言わない言わない」
随分と用心深い。読書家の性なんだろうか。
「細かい決め事は?」
「ルールは基本インハイと同じにしましょう。あ、でも赤ドラは無しね。清澄と白糸台から二人ずつの四人麻雀、最終的に一位だった人のいるほうの勝ち。場所は……弘世さん、白糸台の部室を借りれない?」
「ちょうど明日は練習オフだ。顧問に聞いてみよう」
「オッケー。じゃあそんな感じで、お近づきの印に晩御飯でも一緒にどう?」
「菫、帰ろう」
微塵の逡巡も見せずスルーされる。流石に洒落が過ぎたかな……。
足早に去る宮永照を、弘世さんが慌てて追う。時間は午前中でお願いね、とだけ最後に伝えてその場は閉廷となった。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 18:58:52.30 ID:YwSoJMOz0
-白糸台高校・職員室-
「それで弘世、お願いって? 」
「はい。明日部室の雀卓を使わしていただけないでしょうか」
「部室を? 何時から」
「午前の10時くらいからお借りしたいと思っているんですが」
「うーん。使う予定はないからいいけど、何するんよ? 大会明けだし一日、練習は無しにしようって話だったわよね」
「それは……」
竹井に頼まれて首を縦に振ってしまったが、参った。監督に訊ねられ自分が抜けていたことに気付く。建前の上で練習試合ということにすればと思っていたけれど、そもそも練習が休みの日にそんな言い分普通は通らない。近場の雀荘は今から予約できるだろうか。
「実は、練習試合をしたいなと」
「練習試合? どこかと話が出てるってこと?」
「はい。清澄高校です」
「ふーん、いいんじゃない。明日10時ね」
「えっ」
ダメ元で言ってみたが、机に体を向けたまま軽く承諾されてしまった。この学校のセキュリティは大丈夫だろうか。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:00:18.21 ID:YwSoJMOz0
「こんな急な話を、いいんですか」
「うん。臨海女子とかだったら止めようかと思ったけど」
それは先鋒と副将のガラが悪いから、
「東京じゃない、遠くの学校とはあまり練習試合は出来ないからね。相手が優勝校なら力も申し分ないし、逃すのは惜しいわ」
「なるほど」
違ったらしい。
「じゃあ部員全員集める? 向こうとしても色んな相手と打ちたいでしょう」
「今回は虎姫だけでやろうかと思っています。つい先日、うちの連覇を阻止した相手ですから、その、空気が……」
「そう? うちの子たちがそういうの気にするとは思わないけど。……まあそれでも向こうは形見が狭く感じちゃうかもしれないわね。わかった、みんなには内緒にしとく」
「ありがとうございます」
上半身を浅く傾けながら謝意を示す。実際は勝負の目的上、公衆の面前でやりたくないからだけれど、この際なんでもいい。
「そうなると練習試合というより交流試合みたいだな。あ、でもあんまり人目につかないように。一応学校には無許可だし、バレたら私が教頭に怒られちゃうから」
「わかりました。すみません、痛み入ります」
承諾は得られた。再度一礼をして職員室を離れ、それを伝えに部室に向かう。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:01:47.12 ID:YwSoJMOz0
部室の扉を開けると、タンッ、タンッ、と牌を置く音が軽快に響いていた。部屋の中央あたりで四人打ちが行われているようだ。
それを眺めていた照が、こちらに気付く。
「菫、お帰り」
「ああ、ただいま。明日だが」
っと、これはこの場で話していいのだろうか。竹井には2人対2人と言われたが、卓につかないものについての取り決めはしなかった。
もし参加しないことになっても淡あたりは絶対についてきたいと言う。一応伏せておこう。
「後で話そう」
「……だね。今はこの卓を見てたい」
照は対局中だから静かにしようという意味で捉えたのかもしれない。
目の前では、「稽古をつけてもらうといい」という言葉通り亦野が宇野沢先輩と卓を囲んでいる。宇野沢先輩は、謂わば亦野に鳴き麻雀を教えた人だ。この人の師事なくして亦野の虎姫入りはおそらくあり得なかった。
起家が亦野だったようで、その対面に宇野沢先輩が座っているのだが……特打ちなら他の二人はもう少しノーマルな打ち手を誘うべきだったろう。亦野の下家に尭深、上家には淡が座っている。
場を見ると南二局、終盤。点数は亦野が12400、尭深が15700、先輩が34800、淡はトップの37100、正確にはリーチ棒を除いて36100。
流石は宇野沢先輩というべきだろうか。初の勝負で淡の絶対安全圏相手に、点数だけ見たらここまで互角の立ち回りだ。
だが尭深の親番、この局の軍配は先輩には上がらなかったようだ。淡がにやりと笑みを浮かべ宣言する。
「ツモ!ダブリードラ4!3000・6000!やったー!!」
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:03:23.77 ID:YwSoJMOz0
「うう……和了られた。大星さん、強いねやっぱり」
これで点数は亦野9400、尭深9700、先輩31800、淡49100。南二局を終えてこれなら淡がだいぶ優勢か。いや、待て。
「ダブリー……だと?」
「うん。凄いよね、宇野沢先輩」
ダブルリーチは絶対安全圏以上に強力な淡の奥の手。本気を出している証拠だ。
「何局目からだ?」
「東三局。先輩が親番で二連荘して、淡もスイッチが入った」
これを直接目にした者は淡の入部から3ヶ月以上経ってなお、10人に届くかどうかだろう。
その淡の本気を前にして、しかも一度は淡の親番を迎えていてなおこの点差とは。
「なるほど確かに、凄いな」
「もう! テルーもすみれセンパイも、今和了ったのは私だよ! OGびいき反対!!」
淡の抗議と共に、次局の牌山が上がってくる。南三局だ。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:04:28.09 ID:YwSoJMOz0
南三局・親:宇野沢栞・ドラ:中
栞配牌:三六2578@CDFFG白
菫(配牌で五向聴。当然だが、先輩にも淡の絶対安全圏はちゃんと機能しているようだな)
栞(ハネ満を和了れれば一回で逆転だけど、この手じゃ難しいかな……。この親でなんとか8000点差以内にしてオーラスを迎えたい。安くても連荘狙いだよ)
ツモ:@
打:2
淡配牌:二二二八345ABCH西西
ツモ:六
淡(亦野センパイも菫センパイも……揃いも揃ってあのOG牛ちち女に目尻下げちゃって。 やっすい鳴き速攻を何度かやっただけじゃん。 ここハネ満和了って突き放す!!)
淡「淡ちゃん、怒りのジューシーリーチ!」
打:H
栞(ジューシー?)
尭深(ジェラシーかな……)
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:05:24.17 ID:YwSoJMOz0
誠子配牌:八26789@DG西西白中
ツモ:F
誠子(チャンタ、上の三色、索子のイッツウ……。付け加えるならその辺っぽいけど、まずは手っ取り早く役牌鳴くところからだな。あんまり宇野沢先輩にカッコ悪いとこばかり見せてられない!)
打:D
尭深配牌:三五七九九126DH東南發
ツモ:一
尭深「……」
打:發
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:06:40.47 ID:YwSoJMOz0
五巡目
栞:六5678@@CDEFG白
ツモ:中
栞(無駄ヅモ……あ、でもドラだ)
打:六
菫(六萬切り? 白は一巡前に尭深の河に出ている。私なら生牌の六萬、中より白を優先して切るところだが)
誠子「それポンです」
淡(私の番)ムゥ…
誠子:八678FG西西白中中 / 六六六
誠子(先に六萬鳴いちゃったけど、西が全然でないな。誰か止めてるの使ってるのか。とりあえず白切り……いや待った。宇野沢先輩の生牌切り、これ仕掛けてきてるのかな)
亦野「……これで」
打:八
尭深:三四五七九九1236D東東
ツモ:四
尭深(二向聴、チートイツなら三向聴。下手に振り込みたくないしこの局は引き気味……)
打:三
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:08:06.72 ID:YwSoJMOz0
六巡目
栞:5678@@CDEFG白中
ツモ:A
栞(……うん、考え直してみたけどやっぱりそうみたい。大星さんのダブリーからのカンは局の後半、平均して十三か十四巡目ってところでその次の巡で和了ってくる。それはインハイを観てても何となくわかってたけど、それが確信出来た)
打:5
菫(また、白を切らずに生牌切り。白が重なるのを待ってる……? でも白を切ったほうが待ちの広さは当然、ピンフイッツーの目もあるし鳴きの仕掛けも出来るよな)
栞(だったら丁寧に行こう、私。今避けるべきは下手に早いだけの鳴き……それをすると大星さんはカンの前に和了ってきちゃいそうだしね)
淡:二二二六八345ABC西西
ツモ:四
淡「……」
打:四
誠子ツモ:七
亦野(うわ裏目った、八萬切るんじゃなかったな……。でもまあ結果論か、悔やんでも仕方ない。それよりも今どうするかだ。淡は……四萬切り、早いリーチにスジ追いは良くないなんて言うけどそれは別に当たりやすいって意味じゃない。スジはあくまでスジ、当たる確率が低いのは事実!)
打:七
淡(あ、七萬出た。どーしよっかなー………………いやいやダメでしょ! 次はオーラス。ここまでの局で尭深の第一打は發白發中@東中發、あともう一個……白? 西だっけ? とにかく、尭深がおっきいの和了りに来るんだ! ここで一位を磐石にして、次の局はちゃっちゃと流せるようにするべき! それに、この局は……)
誠子(よし……通った)
尭深ツモ:3
尭深(合わせ打ち……)
打:七
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:09:38.19 ID:YwSoJMOz0
七巡目
栞:678@@ACDEFG白中
ツモ:中
打:@
菫(ここでも、白を切らないのか)
栞(うぅ……さっきから弘世さんの視線が刺さるよ。白切らないの変だと思われてるのかな。たぶん今からドラの中は出ないだろうし、もちろん白が重なってくれたら嬉しい……けど、これは保険のようなものだしね)
淡ツモ:B
淡「……」
打:B
誠子ツモ:白
誠子(西全然出る気配ない……たぶんこれ、宇野沢先輩に止められてるか淡に頭にされてるな。っていうか、そろそろ淡のアレだし)
打:西
栞(自風の西……)
尭深ツモ:2
尭深(二索二枚目、あと一巡目と五巡目に切られてるから……壁になる)
打:1
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:11:12.80 ID:YwSoJMOz0
八巡目
栞:678@ACDEFG白中中
ツモ:三
栞(これは、現物だよね)
打:三
淡ツモ:五
淡(……次の次だ)
打:五
誠子ツモ:G
誠子(あーあ、また淡を止めれなさそう。私この半荘いいとこなしだ……)
誠子「はぁ……」
打:西
尭深ツモ:H
尭深「……」
打:H
栞(そろそろ、仕掛けた方がいいかな)
栞「チー」
栞:678@ACDE白中中 / FGH
淡(ん、鳴き……仕掛けてきた? でも、それたぶん遅いんだよねー)
栞(誠子ちゃん……なんかゲンナリしてる? 西の連打だし、一個目を切ったら二個目が来たとかかな。……いや、でも二個目の西も手出しだったよね)
栞「……あれ?」
菫「どうしたんですか先輩」
栞「あ、ううん。ちょっと考え事」
栞(西は誠子ちゃんの自風、それを……トイツで手出し? この局はオリ気味ってことかな。でもどうして? 私はまだ一副露、渋谷さんの河もそんなに危険そうには見えない、大星さんのカンもまだ時間があるはず。過去に大星さんがダブリーをした局でも……)
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:14:12.74 ID:YwSoJMOz0
栞「………………あっ、角」
淡「……!」
栞(そっか!なんで気付かなかったんだろう! 大星さんのカンは局の終盤にランダムで来るんじゃない。牌山の最後にある角、そこに差しかかったときにくるんだ。そしてそれはこの局……)
淡(気づかれたっぽい? でも今さら関係ないけどね。だってこの局の角は)
淡・栞(一巡先、十巡目で来る!)
栞(まずい……まずいよ。あと四巡くらいは大丈夫だと思って行動しちゃってた )
打:白
誠子「ポン」
淡「あー! 亦野センパイ、また私のツモ番とばした!!」
誠子「お前はダブリーしてるんだからあんまり関係ないだろ」
淡「うん。まあそうなんだけどね!」テヘペロ
誠子「ったく……」
誠子打:G
栞(この角を大星さん以外のツモで消費するとか、難しいかな。効果あるのかわからないけど……)
尭深ツモ:東
尭深(空切りでもしてみようかな。いや、特に攪乱にもならなさそう……)
打:東
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:15:28.55 ID:YwSoJMOz0
栞(生牌の東ツモ切り、オリなら……残り二、三枚も持ってるのかも)
栞:678@ACDE中中 / FGH
ツモ:東
栞(わ、いらない……。これじゃもう大星さんに追い付けないなぁ……)
栞「……」
打:中
誠子「ポン」
淡「もー……」
誠子打:G
尭深ツモ:9
尭深「……」
打:東
栞(東の連打、やっぱりトイツだったんだ。でもこれじゃ、東で鳴いてもらえなくなっちゃった……)
栞:678@ACDE東中 / FGH
ツモ:3
栞(三索、また無駄ヅモ。いや、鳴いてもらうには……まだ出てない牌かな)
打:3
尭深(三索、宇野沢先輩……)
尭深「……ポン」
尭深打:東
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:16:54.37 ID:YwSoJMOz0
栞:678@ACDE東中 / FGH
ツモ:四
栞(まだ出てない牌……まだ出てない牌は……これ!)
打:E
誠子「……」
尭深「……」
淡「……」
栞(無反応。ダメかぁ……)
淡:二二二六八345ABC西西
ツモ:二
淡「ふっふっふ! 何やら小細工しようとしてたみたいだけど結局のところ戦いを制すのは王道なんだよ」
菫「淡やかましい、とっとと進めろ」
淡「勝ったッ!南三局!カン!!」
淡:六八345ABC西西 / 二二二二
嶺上ツモ:F
打:F
誠子「あ、大星。それロン」
淡「えっ」
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:18:52.01 ID:YwSoJMOz0
誠子:678F / 中中中 / 白白白 / 六六六
誠子「白中ドラ3、満貫な」
淡「えっ、えっ」
誠子:18400
尭深:9700
栞:31800
淡:40100
菫(なるほど……先輩が白を切らなかったのはそういうことか)
照「菫、宇野沢先輩のこと睨みすぎ。やりづらそうにしてたよ」
菫「……えっ!? ああ、すまん。いや、すいません先輩。そうでしたか」
栞「まあ……ちょっとね。あ、でもほんの少しだよ、対局には何にも問題ない程度だったよ。 それで……えっと、何か気になった?」
菫「はい。白がちょっと、でも亦野の和了でわかりました」
栞「そっか」
菫(打ち方の関係上、相手のツモった牌の順番や捨て牌をどこから出したかはなんとなく覚えているが……五巡目以降の亦野の手牌の流れはこうだった)
八678FG西西白中中 / 六六六
打:八
678FG西西白中中 / 六六六
ツモ:七 打:七
678FG西西白中中 / 六六六
ツモ:白 打:西
678FG西白白中中 / 六六六
ツモ:G 打:西
678FGG中中 / 白白白 / 六六六
打:G
678FG/ 中中中 / 白白白 / 六六六
打:G
678F/ 中中中 / 白白白 / 六六六
ロン:F
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:20:29.87 ID:YwSoJMOz0
菫(五巡目で宇野沢先輩が白を切らなかったのは引っ掛かったが、終わってみればあれは保険だったわけだ。淡のカンが来たときや亦野、尭深が張ったときへの安牌と……もうひとつ)
淡「なんで……なんでなんでなんで! 今完全に私が和了る流れだったじゃん!なんで和了っちゃうの!?」
誠子「いや知らないよ」
誠子(よかった……一応安くない手で和了れたし、ちょっとは良いとこ見せれたかな)
菫(先輩は亦野を和了らせたんだ。自分が淡を止めれないと思ったとき、亦野へのアシストをするためだった)
菫(あのとき『白は一巡前に尭深の河に出ている。私なら生牌の六萬、中より白を優先して切るところだ……』などと考えていたが、白をすぐに切らなかったのは亦野がまだ白をトイツにしていないと考えたからか)
菫「先輩は淡の能力を知ってたんですか?」
栞「ダブルリーチとカン裏のことはね。でもカンのタイミングに気づいたのはついさっきだったよ」
菫「やっぱり。ちなみに亦野のは」
栞「それはもちろん。去年の虎姫の皆と打った回数に並ぶくらい一緒に打ってたもん。ね、誠子ちゃん」
誠子「は、はい……」
菫(亦野が三副露した後の和了率に託した、ってことか。そういう意味では亦野も面目躍如かもな)
尭深「あの、次始めていいですか?」
菫「ああ、邪魔して悪かった。続けてくれ」
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:21:25.55 ID:YwSoJMOz0
南四局・親:大星淡・ドラ:4
淡「私の親! さっきの局はちょっと失敗しちゃったけど今度は容赦しないよ。私が一位なことに変わりはないんだし、のみ手でもなんでも和了っちゃうから!」
淡配牌:三四五七八九33788AB
ツモ:3
淡「リーチ!!」
打:7
八巡目
淡:三四五七八九33388AB
ツモ:白
打:白
尭深「ロン」
淡「」
尭深:@@@西西白白發發發 / 中中中
ロン:白
尭深「32000」
淡「うぁぁぁあアああアアアアア!!!!」
かくして白糸台の次世代を担う三人とOGとの交流試合は、宇野沢先輩から中を鳴いた尭深が新エースをあっさりとラスに叩き落とすという形で幕を降ろした。
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:22:29.49 ID:YwSoJMOz0
最終スコア
誠子:18400
尭深:42700
栞:31800
淡:7100
「うぅー、パンケーキセンパイに負けた! しかもこの私がラスとか!ありえない!!」
「あはは、でもラストが大星さんの和了や渋谷さんのツモだったら私の負けだったしギリギリの勝負だよ?」
淡が座ったまま地団駄を踏む。宇野沢先輩が言っているのは淡がリーチをしなければ、の話だろう。後ろから見ていたかぎり、最後の局はダブリーじゃなくピンフ系に変化させるべきだった。
こいつには今一度、リスキーなトップ狙いより堅実な二位狙いってものを教え込まなければならないようだが……、その前にまず礼儀だ。
「こら淡。なんだパンケーキ先輩って、失礼だろ」
「えー。それでいいって言われたもん」
「はあ? お前は社交辞令ってものを」
「いいよ弘世さん。私パンケーキ好きだし」
「しかし、先輩……」
「私もパンケーキ好きです」
「照、言わなくていい。お前は食べるの専門だが先輩のは作るほうだ」
「まあまあ、いいじゃないですか。せっかく宇野沢先輩が来てくれてるんですし今日はお説教は無しで」
「亦野、お前は淡に甘いんだ。あとさっきのは棚ぼたでラスじゃなかっただけだからな。せっかく宇野沢先輩が来てくれてるんだ、次は先輩に後ろから見てもらいながら打つぞ」
「はい……」
「終わったので、お茶いれますね」
「尭深、お前は……頼む」
そう言って、尭深が部室の隅にある急須に向かう。まったく皆してマイペース過ぎるんだ。おかげでどうにも淡に何も言えずにいる。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:23:34.34 ID:YwSoJMOz0
「はぁ、まあいい。それにしても先輩、また一段と手強そうに。大学でも麻雀続けてるんですよね?」
「うん、続けてるよ」
「やっぱり大学の一部リーグに出てくるような人って高校より強いんですか?」
「うーん、どうだろう。みんなみたいな派手で強い打ち手は大学行かずプロにスカウトされていくことが多いからね。でも……その分、大学でも変わらず麻雀続けるような人ばかりになるし強いというより上手い人は多いかも」
「なるほど、じゃあ先輩もそこの色に染まっていると」
「い、いやそういう意味で言ったわけじゃないよ」
先輩が顔を隠すように両手をわたわたと振る。その横でなにやら神妙な面構えをしていた淡が、その表情を崩して口を開いた。
「ねえもう一回、もう一回やろ! パンケーキセンパイの打ち方もわかった今、私に負けはないよ!」
「えっと、どうしようか弘世さん」
「私が代わります。先輩は亦野の後ろにいてやってください」
「えー、つまんないの」
「また今度来るから。そのときね大星さん」
「尭深がお茶いれてくれたら再開しようか」
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 19:24:12.97 ID:YwSoJMOz0
照が入りたさそうにウズウズしているが、今回は諦めてもらおう。亦野と淡だけでも場が荒れるのに、照まで加わると正直練習にならないのだ。
まだ暫くかかりそうな尭深を見て、そういえば……と亦野が切り出す。
「清澄との練習試合の件はどうなったんですか」
「えっ、清澄?」
急な話に、淡がきょとんとする。尭深も、こちらを向いてこそいないが手が止まっている。
「うん、明日かどこかで話がかかってるみたいで」
「ああ……そうだったな。その話もしなければならなかった」
遅かれ早かれ、この話をすることになるのはわかっていた。明日、照と卓につくもう一人には包み隠さず話すことになるからだ。が、残りのメンバーにも話すかは別問題、それは照のプライバシーだ。だからこそ今までなんと言うか思案していたが、亦野のほうから振られては仕方ない。
「照、お前から話しを頼む」
この件を、諸々どう話すかは、照に委ねよう。
「わかった、じゃあ私から。清澄との話は……」
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 20:43:15.63 ID:Gc/bQJnI0
出来のいい咲ssとかめっちゃ久しぶりに見た
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 20:56:26.14 ID:zlKbJeyho
今日は終わりかな?
期待
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/27(金) 21:30:45.53 ID:b2Wd+kiH0
咲SSで京太郎主人公じゃないと来たらもうエタるとしか思えないけどな
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/28(土) 05:33:14.58 ID:QH/p1wNIO
悲報
まとめサイトあやめ速報、あやめ2nd
盗作に関与したことへの謝罪文をこっそりと削除
またまたもみ消し
反省の色なし
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/28(土) 18:39:01.60 ID:rGlm1ewao
なかなか出来の良い小説ですね。
面白いです
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/03(金) 01:03:22.35 ID:uC+MDGI60
>>7
雑誌やコラムに小説の載っている紹介文→雑誌やコラムに載っている小説の紹介文
>>59
一巡目と五巡目に→一巡目と四巡目に
>>60
(そろそろ、仕掛けたほうがいいかな)→(三筒は二枚切れてるし、そろそろ仕掛けたほうがいいかな)
>>66
ドラ:4→ドラ:四
でした。すいません。
ドラが四索だと表示牌が三索になるので淡の能力と矛盾が生じていました。
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:06:10.35 ID:uC+MDGI60
-東京・門前仲町-
岡目八目。囲碁を打っている当事者より、それを横から見ている者のほうが八目程先まで見通せることから出来た故事らしい。
時刻は午後の五時を回ったあたり、私がこの公園にいる目的を簡単に説明するならそれが理由だろう。ベンチ以外だとブランコと滑り台、それと鉄棒くらいしかない質素な公園に、今は私と、先に訪れていたもう一人分の人影があるだけだ。
「ゴメンね、ゆみ。わざわざ外に呼び出しちゃって」
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:07:51.35 ID:uC+MDGI60
鶴賀学園三年、加治木ゆみ。新設麻雀部の参謀として長野県代表目前まで詰め寄った彼女に知恵を借りようと、私は近場の公園で待ち合わせを持ちかけたのだ。
「かまわないが、なんなら蒲原に頼んでこちらまで送ってもらうことも出来たぞ?」
「私をグロッキー状態にしてどうしようってのよ」
「それは……確かに、逆に時間がかかることになりそうだな。それで電話で言っていた頼みというのは?」
「うん。実は明日、」
宮永照と賭け麻雀をするから手伝ってほしいの、なんて言うわけにもいかない。
「最後に白糸台と練習試合をやろうってことになってね。向こうの三年も出てくるらしくて、その中にはチャンピオンも含まれるんだけど……せっかくの練習試合でしょ? 皆にとって意義のあるものにしたい」
「ふむ、つまり?」
「一度くらい、私が打ってなんとかチャンピオンを打ち負かしてあげられないかなーって。そのためにゆみにも力を貸してもらえないかしら」
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:09:29.44 ID:uC+MDGI60
「なるほど……打倒チャンピオンか。面白そうだ、わかった。一枚噛もう」
ゆみが童心に帰ったように頬を緩めるが、すぐに引き締める。
「代わりといっては何だが、その練習試合に鶴賀も参加させてもらえないか」
「え"っ」
「こんなことを久に言うのもなんだが……うちも来年は全国に出たい。だが練習相手には正直困ってるんだ」
「あー……。うん、わかるわよ。でもそんな急に」
「急、そうだな。でも練習試合の話そのものが急なんじゃないか」
「そうなんだけどね、話ついちゃってて急に鶴賀が出向いてあちらさんがなんて言うかわからないし」
「なら訊いてみてくれないか。清澄の部員は六人、対して白糸台が総出ではバランスが悪い。向こうの意義のある練習という面でも悪い話ではないと思う」
「いや、白糸台の普段の練習にうちが混ざるだけって感じだから。あんまり多いと逆にね」
「そうなのか……。うむ、じゃあ邪魔はしない。私だけでも見学させてもらえないだろうか。牌譜も欲しいしな」
「それは……」
「久?」
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:12:48.37 ID:uC+MDGI60
気兼ねしたのか、取り繕ったような笑顔をゆみが見せる。
「いやすまない、なにも無理にってわけではないんだ。来年は一応また敵になるわけだしな」
「うん、ごめんね」
「……なあ久。変なことを聞くかもしれないが」
「ん、なに?」
「この練習試合について、話は本当に今ので全部なのか?」
ドキリとして、片足が下がってしまう。まさか今のやり取りで偽りがあることを看破してきたというのか。
いや、ゆみが言ったのは『全部なのか』だ。練習試合というのは信じていてくれたんだろう。
が、気付くのが一瞬遅かったようだ。ゆみが浅く腕を組む。
「その反応、やはりなにかあるのか」
「……どうしてそう思ったの」
「鶴賀も練習にという話、私の中の竹井久像だとあんなに躊躇わない。もっと早い段階でイエスならイエス、ノーならノーをつきつけてくる。君はもっとあっけらかんとした性格だ」
「あら誉め言葉? 買い被りよ」
「良くも悪くも、だ」
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:14:43.98 ID:uC+MDGI60
「そう。それで、まさかその心証だけで?」
「いや、それより先に気になっていたのは力を貸してと頼まれたあたりだな」
「なにか……変なこと言ったっけ」
「『私が打ってチャンピオンを打ち負かす』だな。清澄の強さは久自身がよくわかっているだろう。なんであそこで『私が』とついたのかは少し気になった」
あれでか……。冷や汗が出る。ゆみに助言を求めるのに必要な前提条件として言ったんだけど、裏目った。
「あと、たしか清澄は明日の三時頃に新幹線の予約をしていたはずだ。それで練習試合というのもちょっと性急な気もしてたが……まあ決定打はさっきの久の反応だよ」
「なるほどねぇ。あれ初めから鎌かけだったとは、さすがゆみ」
「そのつもりはなかったよ。結果としてそうなったんだ、いや本当に」
「あはっ、言ってみただけよ。……でも、うん。ごめんなさい、お察しのとおり練習試合なんてないわ」
「今度は何を企ててるのか知らないが、作り話にしてはお粗末だな。久らしくもない」
「そうかもねー……ちょっと焦っちゃったかしら。でもゆみも、本当は私のしようとしてること知ってるでしょ」
みゃーあ……
後ろ側から、静寂を嫌うように猫の鳴き声がする。
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:20:12.29 ID:uC+MDGI60
ゆみの舌は回転を止めている。
答えは沈黙。というか、沈黙もある種の答えだろう。なんとなく私の目から、ゆみの態度は知らないというより知らないほうが都合がいいと言いたげに映った。
猫でも捕まえようかとも思ったけれど、ゆみが少し顔をしかめたように見え、意識を目の前に戻す。彼女を見ると、少し深く呼吸をして今まさに次の一言を準備していた。
「それを私の口から語られて、久は問題ないのか」
「問題大アリよ。でも私が言わなくても同じみたいだし、それにゆみが事情をわかってたほうが話が早いのは確かだしね」
ゆみが、ひとつ深呼吸をする。
「……ふう。そうか、なら遠慮なく。そうは言っても、知ってるというより心当たりがある程度だから。違っても笑わないでほしいが……まず一日使うほどの練習試合はない。だが、宮永照との対局があるのは間違いないだろう。白糸台ではなく宮永照と名指しにしたあたり、この対局の目的は練習などの、対局そのものが目的となるものではなく結果が影響するなにかだろう。この試合が大会ならともかく、草試合ということは」
長い。
「え、待って待ってゆみ。思考の過程全部話すつもり?」
「ん? そのほうがいいかと」
「それ、まだ長くなる?」
「どうだろう。自分でもあまり上手く述べられるかどうか」
「めんどうだから10秒でお願い」
「……。了解した。要は、これはおそらく久とチャンピオンの賭け麻雀で、その内容は私に作り話を持ってきてまで勝ちたいほど重要でかつ話せないもの。私が思い当たるのは一つ、宮永姉妹に関する何らかじゃないのかってことだ」
いつの日か温泉で咲と宮永照の話をしたとき、その場にはゆみもいたはずだ。言われてみれば察しはついてしまうのも頷けるかもしれない。
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:22:48.31 ID:uC+MDGI60
「うん、そんなとこね。何らかってのはチャンピオンに妹、咲に会って話してもらうこと」
先ほどまでの、目を合わせたら心まで読まれそうな推断ぶりは風解し、ゆみが不思議そうな顔を浮かべる。
「会って話す? それだけなら直接行けばいいんじゃないか」
「いやー、もちろん途中までは何回か試みたんだけどね。紆余曲折あってこうなっちゃったのよ」
「紆余曲折というと」
この件はもう本題とは無関係だ。わざわざ話すこともあるのだろうかと、考えて口が止まってしまう。
「久、もう乗りかかった舟だ。いっそ最後まで同行したい」
「別にまた隠し事とかじゃないわよ。ただゆみに会いに来た目的とは繋がらないからね、まあ話すけど」
聞きたいと言うなら隠すこともあるまい。宮永照と自販機前で会ってから、賭けの約束までの出来事をかいつまんで話す。
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83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:23:54.23 ID:uC+MDGI60
「・・・って感じのことが日中にあってね。毎度どーうも間が悪くて、あげく最後は『会っても話さないから』なんて言われちゃってこうなったってわけ」
「なるほど、奇なこともあるものだな」
「でも終わったことだしね。今は関係なかったでしょ?」
「そのようだ。……うん、だいたい事情はわかった。話してもらったからには改めて、微力ながら協力しよう。さっそくだが、蒲原の家に行って宮永照の牌譜を」
みゃーあ。私のすぐ後ろからふたたび声がする。今度こそ聞き間違えようがなく猫の鳴き声だったが、後ろを見てもそれらしい生き物はいない。今の一瞬で走ってどこかへ消えたのだろうか。まあいいや、ゆみの話の続きを聞こう。
と、思って向きを戻すと肝要のゆみは、なぜか呆れたような目でこちらを見てくる。
「えっと、加治木さん?」
「はぁ……」
ため息までつかれてしまった。なんだがわからないけどショックだ。
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:25:30.38 ID:uC+MDGI60
「モモ、いるんだろう?」
少し声量を上げてゆみが問い掛けてくる。なぜ急に桃が必要かどうかを訊かれたんだろう。
「……出てこないなら明日から宿題見てやらないぞ」
「わぁぁああ、いるっす! ここっすよ!!」
突如として背後から大声がし、思わず跳び退く。
「うわっ! モモちゃんいたの。全然気付かなかった」
「ふ、ふふふ……癖になってるっすよ。音殺して動くの」
鶴賀学園の消える一年生、東横桃子。自称、じゃなく通称ステルス。どうやらゆみに気付かれにくいよう、私の後ろに隠れていたようだ。手には一匹の猫が特に抵抗する様子もなく抱えられている。
「モモ、なんでここにいる」
いつもは口から砂糖を吐き出したくなるような行動を披露している二人だが、珍しくゆみが厳しげな口調で当たり、モモちゃんが塩らしくなっている。
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:26:41.54 ID:uC+MDGI60
「散歩してたらこの猫ちゃんを見つけて……何となくついていってみたら先輩を見かけたっす」
「いつからいたんだ」
「先輩が『練習試合の話が妙じゃないか』的なこと言ったあたりっす。その、ちょっと話しかけづらい空気で……ズルズルと…」
「ほぼ最初からじゃないか。なんというか……久、本当にすまない」
「清澄の部長さん、立ち聞きなんて真似して申し訳ないっす……」
ゆみと、つられてモモちゃんもこちらに向け深々と頭を下げてくる。本来なら文句の一つでも言うところなのだろうけど、生憎私の頭の中は別のことに意識が向いていた。
「いいわ。終わったことだし、初めから悪気があって近付いたなら猫なんて連れてないでしょうしね。それより東横さん、一つ訊いていい?」
「えっ……なにっすか」
一難去ってまた一難。安堵する余裕もなく、この状況でいったい何を質問されるのかと、戦々恐々といった様で顔だけを上げる。ちょっとかわいい。
「今日の昼ごろ、インハイ会場でも私の後ろにいたりしなかった?」
「インハイ会場っすか? いえ、無いっすよ」
「私とチャンピオンが一緒にいるところを見たとかは?」
「どっちも見てないっすね。チャンピオンは画面で観たくらいで」
「そっか。うーん」
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 15:27:38.98 ID:uC+MDGI60
ステルスモモなんて言うわりには竹を割ったような性格で、思ってることも意外と表に出やすい子だと思う。そして今の返答から曲がったものは感じなかった。けれどまあ、つい先ほど前科がついているので一応確認を取る。
「ゆみ、今日って東横さんと一緒にいた?」
「ああ。というか、今日は鶴賀は会場に行っていないよ」
「そうなの」
そうなると宮永照との別れ際に感じた気配、やっぱりあれは私の気のせいだったんだろうか。
「あの、部長さん。よく話が見えてないかもっすけど、今日のお昼ごろチャンピオンと会ってて後ろに変な気配を感じて、でも誰もいなかったからそれが私じゃないかってことっすよね?」
話が見えてないなんて前置きとは裏腹に確たるものがあると言う口調だった。特に訂正もないので首肯する。
「それって、照魔鏡ってやつじゃないっすか?」
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/03(金) 17:02:27.14 ID:1/rLhX8l0
面白い
おつ
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 18:16:24.69 ID:uC+MDGI60
-白糸台高校・麻雀部部室-
「私ね、竹井さんを鏡で観たんだ」
先ほど使用した雀卓の片付けをしていると、照がポツリと呟く。そろそろ日も欠けはじめたからと四人には帰路についてもらい、今は部室にいるのは照と私の二人だけだ。
「……そうか」
薄々、そんな気はしていた。迷子になる前に電話で迎えを頼んだり急に先輩を呼んだりというのは、普段の照ならとらない行動だ。
「どうにもタイミングが良すぎると思っていたが、じゃああの広間を離れて淡の付き添いに出たのも竹井達が来るのがわかってたからか」
「わかってた……というよりは可能性が大きかったって言ったほうが近い」
「お前から見て竹井は、いったいどう映ったんだ?」
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 18:17:37.68 ID:uC+MDGI60
照と初めて会った頃、照の私への呼称は『親切な人』だった。もっとも、この呼び方は鏡を使われる前からのものだ。おそらく私のことを氏名で呼びたくなかった照がつけたあだ名のようなものだろうし、自分の本質を言い表すとはあまり思えないが。
「性格の良い、いい性格してる人かな。ひねくれ者だと思う」
「なんだそりゃ、捻ったつもりか」
「別に。一言でいうならこれだと思うだけ」
「ふうん」
二言じゃないかとも思うが、端的にというニュアンスだったろうしわざわざツッコむこともあるまい。それよりも、照の話で一つ、細かく言えば二つの疑問が浮かぶ。
「なあ、その竹井との賭けだが、そもそもなんで受けたんだ?」
いきなり何を言い出すんだろうとでも言いたげに、照が首をかしげる。
「竹井は、受けなければ長野から何度でも来ると言っていたが、あんなのはブラフだろう。普通は高校生の財力で出来ることじゃない」
「あぁ、そうだね。実際には手詰まりだと思う」
そうだろうとも。私が言うのもいささか難があるかもしれないが。
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 18:19:10.09 ID:uC+MDGI60
「でも、そういう風に強引に手詰まりにさせると逆に面倒になりかねない」
「どういうことだ?」
「人間、切羽詰まると本来とらない行動をとることがあるからね。そうなると鏡で観たものからだけでは到底読めない」
「ガス抜き目的に向こうの賭けを受けた、ってことか」
「そう、納得行くかたちで敗けを認めさせれば大人しく引いてくれるだろうし」
「しかし、いやそれは向こうにルールを守る気があればだろう。照、お前は竹井のことを『いい性格』と言ったな。今回の勝負、本当に勝って意味はあるのか」
「約束を反故にされないかってことだよね? そこは大丈夫だと思う。いい性格って言ってもルールや相手の裏をかくのを好むタイプってだけで、開き直ってルールを破るようなことはしないはず」
「……なるほど」
照が見て言うのならそうなんだろう。
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 18:20:10.24 ID:uC+MDGI60
そんなこんなの会話をしながら部の備品一式を片付け終え、帰り支度を始める。帰路の連れに目を向けると同様に荷物を纏めるも、どう持って歩くか試行錯誤している様子だった。
「鞄持とうか?」
「じゃあ、お願い」
二人分の鞄を左手に持ち、反対の手で扉を開けて留める。
照には鞄の他にも持ち帰る物がある。高さ40pほどで到底鞄には入らず、かといって片手で持ち帰るのも憚られる金ぴかの代物だ。照が部室から出たのを見計らい扉から手を離し、部室を後にする。
「ちょっとトイレ寄っていい?」
「ああ。一階のでも?」
「うん、大丈夫」
出口へ向かう階段とは逆方向に行けばトイレは近いけれど、下駄箱前にもあるので後にしてもらう。
「この勝負をやる意義はわかった。でも、それなら皆を先に帰したのは本当によかったのか?」
今現在宮永照が負ける心配のある高校生など片手で数えられる。そういう私の主観を、照に抱えられているトロフィーは後押ししてくれる。しかし、ネックなことに今やその一人が清澄にいるのだ。
「なにかマズかった?」
「結局、亦野にも尭深にも淡にも明日のこと話さなかったろ? 明日の対局、竹井の相方はおそらく片岡が出てくる。こちらが私でいささか不安が残ると思うんだよ」
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 18:28:37.93 ID:uC+MDGI60
清澄の先鋒こと片岡優希は、準決勝から打点の高さを捨てて早さに拘る打ち方を実践してきた。照の連続和了を止めるためだったであろうその打ち方は、局が進むにつれて本人とその能力に馴染み、決勝ではこちらの想定を超える暴れっぷりを見せつけてくれた。
「東場の、特にトンパツの片岡の速度は驚異だ。ここは淡の絶対安全圏で東一局を凌いでだな……」
「片岡さんが出てくるってのは私も同意。トンパツのことも。でも、片岡さんに淡をぶつけるのはリスキーかな」
思わぬ言葉が返ってくる。片岡の厄介なところはトンパツの好配牌。それを五向聴にしてしまうというのは至ってシンプルな対策法のはずだが。
「例えばオーラスの尭深が和了のを止めたいってときに、配牌五向聴だったら苦しいでしょ?」
「そりゃあ……な」
配牌で役満二向聴くらいの相手に五向聴なんて、目の前にちゃぶ台があればひっくり返したくなるところだ。
93 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:14:16.08 ID:uC+MDGI60
「たしかにこちら側、淡や尭深が好配牌で向こうが五向聴なんてなったときは相手に同情を覚えることもあるが、今回の相手にそんな情は必要ないだろ」
「違うよ菫。今尭深に例えたのは淡じゃなく片岡さん、五向聴は私」
「……?」
思わず首を傾げる。
「だってそうでしょ。淡の絶対安全圏は私にも発揮される。でも、片岡さんはわからない」
照にも五向聴は発揮されて……片岡優希は尭深。ああ、そういうことか。
「東場の片岡の力が尭深に匹敵する可能性があるってわけか。もしそうなったらいよいよ手がつけられない、だからリスキーだと」
「うん。淡のダブリーも、片岡さんと違って終盤まではツモりにくいしね。『この試合に東二局は来ない』、片岡さんの口癖みたいだけど、それが現実になりかねない。それに東一局を乗り越えても淡の力はたぶんコンビ打ちには向かないよ」
最後のところだけは私も思っていたことだ。淡の力は特徴的すぎる。私みたいな普通の打ち手ならば淡に全面的にアシストすればまだいいが、照がそれをやるのは宝の持ち腐れだ。かといって照も淡も全力でやっては歯車は噛み合わない。その隙はまず間違いなく竹井に突かれてしまうだろう。
「あと」
なにか続けようとした照だが、そこで口ごもる。
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:15:32.72 ID:uC+MDGI60
「なんだ?」
「いいや、なんでもない」
「そう言われると逆に気になるってのが人情だと思うが」
「それもそっか。でもこれは……どうかな。ただの私の思い過ごしで、菫が正しいかもしれない」
私のほうが正しい? なんのことだろう。
今の会話を思い返してみても、特に照との間で食い違いは無いように思える。そもそも、殆ど照の言を聞いていて私は相槌を打っていただけの気さえしてしまう。ただ……私も確かに何か引っ掛かってはいた。
「菫はさっき、竹」
「待ってくれ照、少し考える」
「……そう、じゃあ私が戻るまでね」
ぐるぐると頭を巡らせているうちに、気付けば下駄箱前だった。照がトイレに駆けていく。
「わかった。私は鍵返してくるよ」
それだけ言い残して、職員室に向かった。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:17:17.88 ID:uC+MDGI60
「失礼しました」
浅く一礼をして、用事の済んだ職員室の扉を閉めにかかる。
「おー、また明……いや今度な」
監督が慌てた様子で言葉を訂正する。清澄のことは秘密裏とはいえ、明日私はまた鍵を借りに来るのだから訂正することはないと思う。
「明日も私は来ますよ?」
「ん、そうか……そうだな。じゃあまた明日、気を付けて帰れよ」
「はい、失礼しました」
再度挨拶をして、扉を締め切り下駄箱へと戻る。
照の言っていたことはまだわからずにいた。それでも照との会話の中で、何か欠けているような、あるいは矛盾しているような、そんな違和感を感じていたのは確かだ。喉元までは来ているのに出てこない、モヤモヤする。
「はぁ、もういいか。大人しく戻って照に訊こう」
思考による脳への負荷はいいが、何でもやりすぎは毒というものだ。そもそも私の気になっていることが、本当に照の言わんとすることかどうかも定かではない。
96 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:18:38.64 ID:uC+MDGI60
「ひ、弘世さん待って!」
足早に進んでいると、後方から聞き覚えのある、少し叫びに近いような声でお呼びがかかる。振り返ると、ブラウンのショートヘアをなびかせた女性が、小走りで近づいてきていた。
「宇野沢先輩、まだ学校に残ってたんですね」
「う、うん…せっか……く来たから……先…生たちに、挨拶をと…」
「そんなに急かなくてもいいですよ」
やけに息があがっている様子だ。言葉が途切れ途切れで分かりにくいので、少し間を取るように促す。
「うん…ハァ……。ふぅ、もう大丈夫。ありがとね」
「いえ。どうかしたんですかそんな息を荒らげて」
「あ、これ。弘世さんを見かけて追いかけたんだけど結構速くって……」
そんなに速かっただろうか。いや確かに早足気味だったかもしれないが、歩きは歩きだ。今の先輩のように軽く走れば直ぐにでも、
「久々に全力で走ったんだよね」
久々に全力で走ったらしい。それは盲点。あまり速い走りには見えなかったが、もしや胸元の不要な脂肪があるからなのだろうか。いつかどこかで耳にした、『貧乳はステータス』という言葉はきっとこういう面について表したものなのかもしれない。
「先輩、大変なんですね」
「うん。大学入るとなかなか運動する時間が無くてね、どんどん脂肪もついてきちゃうし。あはは……」
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:19:38.05 ID:uC+MDGI60
なんと、大学に入ってからさらに大きくなったというのかこの先輩。
「って、違うよ! そんな悩みを聞いてもらいに来たんじゃなかった」
そうだった、わざわざ走ってきたんだから何か理由があってのことだ。
的外れな自覚はある思考を振り払って、セルフツッコミに赤面している先輩に、なんでしょうかと傾聴の姿を示す。
「えっと、明日って麻雀部の誰かの誕生日だったりする?」
「誕生日? いえ、私の近くには特にはいないですね」
「じゃあ秘密のお菓子パーティがあるとか」
「ないですよ……。なんで急にそんな照みたいなことを?」
まさか、二年の歳月で照に毒されて宇野沢先輩までお菓子狂になってしまったというのか。そういえばついさっき太ったと言っていたな。
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:20:43.07 ID:uC+MDGI60
「さっき職員室でね……いや、あの、なんで私のおなかを見るの?」
「何でもないです。続けてください」
「そう? ならいっか。さっき職員室で明日も来るって貝瀬監督と話してたじゃない?」
「聞いてたんですか」
「うん。それでもしかして宮永さん主催で、部のメンバーには内緒にしてサプライズとかかなー、と。全然違ったみたいだけどね」
「照のやつ最近糖分取りすぎですから、そうそうやれませんね。宇野沢先輩がいてくれた頃のほうが制御出来てましたよ」
「ふふっ、弘世さんも大変なんだね」
これは意趣返しなのだろうか。先輩がころころと笑顔を浮かべる。職員室でのことを聞かれていたのは不注意だったが、この人で助かった。部員や教師だと消化が少しばかり手間だ。
「あっ、でも甘いもの路線はハズレたけど宮永さんが言い出しっぺはそうなんじゃない?」
「……? ええ。どうしてですか」
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:22:11.50 ID:uC+MDGI60
「さっき部室で話してたとき、練習試合がどうとかって話したでしょ。 『明日直ぐにはなくて、保留になってる』って。 弘世さんがああいう事務的な話を宮永さんに振るのは珍しいなぁと思ったから」
どうだろう。部長だからといって高校の部活程度でそれほど事務仕事があるわけではない。なので珍しいと言われても……いやしかし、言われてみればあそこで照に振ることもなかったか。
「今の虎姫の子達にも秘密にしておいたほうがいいことなの?」
「しておいたほうがいい、というより照がそうしたいって感じですね」
「そうなんだ、宮永さんが。残念、それじゃあ私も聞けないね」
「私からはそうですね。でも先輩なら、照に」
「そこまではいいかな。代わりってわけではないんだけど、ひとつ聞かせて」
照に直接聞けばあるいは、と言おうとしたのだが先読みしたように被せて返事をされ、少しだけ面食らってしまう。
「えっと、なんでしょうか」
「それってちゃんと宮永さんが望んでやることだよね」
「はい。そうだと思います」
「ホントに?」
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/03(金) 20:23:34.74 ID:uC+MDGI60
先輩から二の矢が継げられ、少し思考する。照が受け、その動機も聞いた。間違いなく照自らの行動のはずだ。
「本当……だと思いますが、先輩は何が言いたいんですか」
意図が読めず曖昧な聞き方になったが、これはよくない。聞き手によっては不満げに聞こえてしまう。案の定、先輩がしりごみしたような喋りになる。
「ごめんなさい、あんまり深入りしないほうがいいよね。やっぱり忘れて。ただちょっと……弘世さんって親切だから」
偶然なのだろうが、いつしかの照に言われた言葉が重なる。
「言い方がきつくなりました、すいません」
「ううん、気にしないで。弘世さんは声低いから印象変わっちゃうもんね」
「そう言ってもらえると気が楽です」
自分の声がどう聞こえているか自身ではわからないと言うが、私の声はきつく聞こえるということだろうか。地味にショッキングだ。
そんな私の想いとは裏腹に、柔和な笑顔を浮かべるが切り出す。
「そろそろ私、職員室に戻ろうかな。あんまり長くいるわけにもいかないし」
「そうですね。私も照を待たせてるので。さっきの問いはもういいんですか」
「うん。弘世さんが『何が言いたいんですか』って言うなら、たぶん大丈夫みたいだしね。それじゃあ、またね弘世さん」
「そうなんですか……? ならいいですが。 またいつでも来て下さい」
「ありがとう。宮永さんの催し、誠子ちゃん達にもいつか話せるといいね」
「はい。…………あれ?」
それだけを言い残すようにして宇野沢先輩は、廊下の角を曲がり消えていった。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/04(土) 21:56:39.84 ID:oKJhsobio
まだかな?
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/04(土) 23:13:37.97 ID:8v3LTwTN0
スーパーバイザーによって、で、あるが愉悦デュオの矢が継げられ、フロントエンドシンキング世界に通用する(圧倒的成長に感謝)。照が需要を示し、この案件におけるストラテジックなモチベーションもヒアリングした(圧倒的感謝)。間違いなく照自発的にのアクションの見込みアリだ(日々の成長に感謝)。
『サブスタンス#格言(応答なし)だと経営理念。ってこの前読んだビジネス書に書いてあったが、人脈は如何がプレゼンして御社の成長に貢献したいんで御座いますか10割増し、要するに2倍
意図が読めずファジーな聞き方にイノベーター理論に基づいたが、この案件は時々ない、というのは嘘つきの言葉なんです。、本当にその通りだと思った。聞き手によっては不満げにエスカされてコミットメントする(苦笑)。案の定、メンターがしりごみしたようなプレゼンしに携わる。貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。
『チャレンジ精神が裏目に出ました、それほど深入りしない、というのは嘘吐きの言葉なんです。ほうがいいよねジョブズならそう言うよ。データが示す通り失念して、参考にしてね。ただごく少量#ビジネス#拡散希望弘世社長なる高EQだ、つまりロールモデルからタイムス
コンティンジェンシーなのよねうが、ハンダルクしかの照に言われたスピリチュアルメッセージがダブルブッキングする日々成長。日々成長。日々成長。日々成長。日々成長。
『言い方がきつくなり、社会に貢献しました、問題が発生しましたタイムス
『ううん、ポテンシャルにし乗るしかない、このビッグウェーブにで、間違いないよ。弘世マターはお客様の声アンダーな及びグローバル的な観点からエクスプレッション圧倒的に成長しちゃうビジネスモデルねって、この前読んだビジネス書に書いてあったよ。」
『そうでもある展開してもらえるとインセンティブが最適化でしょう。一般的には10割増し、要するに2倍
MBA取得予定の自分のお客様の声がいかがエスカされているのかな、ってか自身ではわからないとサジェストするが、私のお客様の声はきつくインプットできるとプレゼンすることだろ。って、この前読んだビジネス書に書いてあったうかジョブズならそう言うよ。地味にショッキングだ──。
そのような35歳で年収年収600万円超えの商事会社の係長である私の潜在的ニーズとは裏腹に、柔和なソリューションを浮かべるが切り出す──。
『近々に今、世間で最も注目されている私、職員ルームに戻ろう分かる人しか分からないかな、実例もたくさんある。それほどロングテールでいるのかな、ってファクターにもエンペラーない、『デキる人』はみんなそうしてるし』
『そうとも考えらえると考えていただいていいと思いますね。(学生団体/コンサル/国際交流/読書)私も照を待たせtelので───。私が欧米にいた頃の問いはもうモアベターなんでしょう。一般的にはかはい、今の発言シェアしといてね。」
『受理しました(笑)。弘世学生団体代表が『如何がプレゼンして、人生を変えたいんで御座いますか』(村上春樹)、読了。ってた。って読んだビジネス書に書いてあったん声を大にして言う…俺だけが気づいていた真実を、今ここで語るなら、その仮定ならば『嵐の後には凪が来る』的だしね──。──それじゃあ、貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます弘世さん(西海岸出身)ここまではいいよね?」
『そうでもあるなんです。まぁ、薄々感じてはいましたがか#企業#格言?では、質疑応答に移りたいと思います。 …俺だけが気づいていた真実を、今ここで語るなら革命的です。って、この前読んだビジネス書に書いてあったよが。(国際交流/ベンチャー/自己研鑽/成長) 重ねてハンダルク逆にアポイントメントて頂けますでしょうか』
『生きていることに感謝───。宮永さん(西海岸出身)のコンベンション、誠子取締役社長共にも本日中には話せるとアグリーね10割増し、要するに2倍
『イイじゃん。#相互フォロー#拡散希望#自己啓発#相互フォローいつものでは、質疑応答に移りたいと思いますタイムス
それだけを言い残すようにして宇野沢主任は、廊下のアンテナを曲がり”見えない化”していった───。
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 08:39:14.59 ID:I8H5SeUjo
こういうの久しぶりに見た
いいねぇやっぱり
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 14:06:07.64 ID:xYguyNQm0
-門前仲町・蒲原祖父母宅-
「再生するっすよ?」
「うん、お願い」
私がテレビ画面のほうを向いているのを確認して、モモちゃんが動画の一時停止を解除する。
ゆみのPCに色々とデータがあるということで鶴賀の拠点にお邪魔させてもらうことになった。そのPCを待つ間、部屋で待たせてもらっているのだがこれが思っていたより現代的で、40インチのテレビに三人がけのソファ、その間に膝より少し高さくらいの長方形の白い机、横にもうひとつ二人がけのソファとなかなかの環境だ。
映っているのは今年のインハイ団体戦決勝、その開幕となる局がちょうど終わったところだった。
「チャンピオン以外の人の後ろを見ててください。来るっすよ」
「……」
「今っす!」
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 14:07:11.29 ID:xYguyNQm0
画面を凝視しながらモモちゃんが鋭く言う。
『今』、映ったようだ。モモちゃんの言うところの照魔鏡、タイミングを見計らうような発声から察するにそれが映るのはコンマ数秒のことなんだろう。
「やっぱりダメみたい、なーんにも見えないわ」
「そうっすかぁ……なんとなく、見える側の人なのかと思ってたっすけど」
「ゴメンね。せっかく映像まで用意してもらったのに」
「いえ。恐ろしく早い能力、私でなきゃ見逃しちゃうっす!」
早さの問題なのかしら。どちらかと言うと、ある種の霊感みたいなものの問題だと思う。
「確認だけど、モモちゃんにははっきりとその鏡みたいなものが見えるのよね?」
なぜかちょっと満足げな顔を浮かべつつ、モモちゃんが身振り手振りを加えつつ補足する。
「はい。結構大きくて、こう、禍々しい煙が出てるような円形の鏡っすね」
「わ、そんなに? 人ひとり分くらいあるのね」
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 14:08:15.97 ID:xYguyNQm0
煙のほうのジェスチャーは正直あまり伝わってこないけれど、そこまで把握する必要はない。大事なのは、宮永照が他家を観察するとき相手の背後に鏡が現れる、それを知れたことだ。これで今までの説明がつく。
宮永照と話していたときに感じた気配はこの鏡だった。
彼女の監察能力は私と同様に麻雀以外でも使用が出来るらしい。
咲を彼女に会わせる算段が、ことごとく不発に終わったのは私の内面が見られていたからだろう。
「この先も、一筋縄の策や行動は読まれるってわけか……」
あれだけ先読みされるなら、見られた内面はかなり深そうだ。
宮永照に賭けを申し出たのは、もちろん勝つ算段を用意していたからだ。が、それも少々心許ないのかもしれない。もっと読まれない策を用意するべきか。目の前の画面に、松実さんが映り、辻垣内さんが映り、優希が映る……ふむ。
一人で粛々と思案していると、いつの間にかドアの前に移動していたモモちゃんがのっぺりと告げる。
「先輩達が来たっすよー」
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 15:56:05.07 ID:xYguyNQm0
気づけなかった、足音でもしたんだろうか。こちら側から開けられたドアの向こうには確かにゆみともう一人、この家の主の孫にして使用を承諾してくれた人物、蒲原智美が立っていた。
「ワハハー、ナイスモモ。ちょうど両手がふさがってたんだ」
「あ、お茶持ってきてくれたんすね。ありがとうございます」
「すまない久、遅くなった。PCのバッテリー残量が少なくてな、充電のコードを探してたんだ」
「お気遣いなく、待ってる間にいい話も聞けたしね」
「ならよかった」
ゆみがテレビの後ろに手を伸ばし、コンセントとPCを繋ぐ。たぶんあれに宮永照の牌譜が入っていて、準備ができ次第本題に入ることになるんでしょうね。
なんていう思考は、すぐに崩されることとなる。
「ワハハー、じゃあ始めるかー」
「えっ」
蒲原さんが始めるんかい。思わず心の中でツッコミをいれて、すぐにちょっとずれてるなと思い直す。この場合は蒲原さんも加わるのか、かな。
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 15:57:54.68 ID:xYguyNQm0
そして内心でつっこむ私に代わり、というわけではないけどリアクションが声に表に出てしまったモモちゃんが言うことを言う。
「蒲原先輩も参加っすか?」
「なんだか面白そうだからな」
「加治木先輩からなんの話をするかは……」
「私はなにも言ってない」
「なにも聞いてないぞー」
「……そうっすか」
再度、モモちゃんがドアノブに手をかける。
「どうぞ蒲原先輩、お引き取りくださいっす」
「えぇ、ダメかー? 減るもんじゃないだろ」
「ダメっす。秘密っす。蒲原先輩に話したら減るどころかむしろこの件を知ってる人が増えちゃいそうですし」
「ワハハー、辛辣だなぁ。私そんなに口軽いイメージなのか」
「蒲原はその辺しっかりしてるよ」
コードを繋ぎ終えて、ソファに腰掛けたゆみがフォローを入れる。モモちゃんに向けてというよりはたぶん、普段蒲原さんと会わない私に先入観を与えないためだろう。とりわけ今回のことを決めるのは蒲原さんでもモモちゃんでもなく私になるということもあるんでしょう。
ゆみが言うなら間違いないと思う、けれど。
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 15:58:41.63 ID:xYguyNQm0
「うーん。でも、場所を借りておいてこう言うのもなんだけど蒲原さん、今回はちょっと外してもらえないかしら」
「……残念、ホントにダメなのか」
後輩に言われてもどこ吹く風という態度だった蒲原さんだが、今度はガックリと肩を落としてみせる。
「ごめんなさい、ちょっとデリケートな問題でね」
「なんてなー、ワハハ。言ってみただけだよ。ゆみちんを外に呼びだしたくらいだし、そうかもとは思ってたぞ」
そう言って、一人分のコップとお盆を持っていく。
「じゃあ私はお暇するので、後は若い人たちでごゆっくりとなー」
「悪いわね、そのうちなにかお礼するわ」
「そんなの気にしてないからいいよ」
「そちらがしなくても私が気になるもの」
「ワハハ、難儀な性格だなぁ。じゃあ東京の美味しいお店紹介とかでいいや。清澄のほうが数日早くこっちに来てる分知ってそうだし」
「そんなのでいいの?」
東京のお店ね。確かにいろいろ行ってはいる。初日は東京についてそのまま外食だったし、二日目は私はホテルで試合の対策してたけど優希が風越や龍門渕の人たちとメキシコ料理屋に行ったとか言ってたっけ。それ以降もあんな店やこんな店に……ほら……。行ってないや、私はほとんどホテルにいてビュッフェか弁当食べてたんだ。
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:00:32.27 ID:xYguyNQm0
「まあ、戻ったらうちの部員に聞いてみてメールするわ。最悪あのホテル、龍門渕さんもいるから詳しく聞けそうだし」
「あんまり高いのは無しにしてもらえると助かるぞ、お互いの財布のためにもなー」
紹介というのは一緒に行くのも含まれていたみたいだ。それだけ言い残し蒲原さんが部屋を離れ、モモちゃんがゆみの座っている二人がけのソファにつく。
あのおおらかな性格は見習うところもあるのかもしれないが、はたして清澄が明日帰ることを把握しているのか気にかかるところではある。
「……さあ、ゆみ。パソコン使えそう?」
「現状30から40分ほどは持つといったところだな。それだけあれば充分かもしれないが、その前に」
ゆみが椅子から身を前にのりだし、両の手を組んで言う。
「まずは久の考えを聞いておきたい」
「わたし?」
「それはそうだ。麻雀なんていう向こうの土俵で賭けを挑むくらいだからな、なにか策があってのことなんだろう?」
思わずすっとんきょうな声を出してしまったが別になにも策がないわけじゃなく、ただちょっと意表を突かれただけだ。考えというか、纏めるまでには至っていないおよそのアイディアなら三つある。
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:04:31.36 ID:xYguyNQm0
「そうね。じゃあ手始めにプランA、優希が私と卓に入る案から。宮永照が東一局で相手の打ち筋を見る能力なら、そのアトバンテージは同じ相手と戦えば戦うほど薄れていくことになる。その点、優希は一度戦ってるから最適なはず」
「あー、なるほどっすね」
一方から納得と感心の入り交じったような声が上がる。しかし他方、ゆみはそうはいかなかったらしく思案したさまで唸っている。
「明日、片岡さんの調子はどうなりそうなんだ?」
「優希の……どういうこと?」
「昨日までと同じくらいってことなのか、さっき観てた決勝と同じくらいなのか≠セよ」
ここ三日ほど、鶴賀と龍門渕の二校とは個人戦の調整がてら一緒に練習をしていた。ちなみに、個人戦の県代表がいる学校同士は練習試合を組めないため風越は呼べなかった。どちらか片方は風越と練習するのはどうかと持ちかけはしたのだが、美穂子本人に『うちは人数も多いし必要ない、風越の皆の力で戦いたい』的な理由で断られてしまった。
その間、優希も遊んでいたわけではなく新たなやり口を会得したのだが……今、ゆみが言いたいのは『団体決勝での異様な強さは意図的に出せるのか』ということだろう。
麻雀という競技は運の要素が強いというのはよく言われるが、実力通りではない結果をもたらす要因はなにもそれだけではない。
例えば緊張や糖分不足、食いタンや責任払いの有無やローカルの不馴れなルール、細かいことを言うなら自分の意識がほんの少し打点の高さに向いた日に、他家三人の意識がたまたま速度に向いていたらその日の自分の和了率は下がる可能性が高いだろう。打ち手がベストを尽くしているつもりでも、それらの要因は人の把握できないレベルで影響する。
そして人に把握できなくても、いや、人が干渉しないからこそマクロな視点で見たときそれらは調子という波となって表れる。
要因はなんであれ、あの日の優希は調子の波の頂点だった。つまりは、
「決勝での優希は絶好調だっただけよ。明日都合よくそれが出せる見込みは薄いと思うわ」
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:07:55.59 ID:xYguyNQm0
「そうか」
「でも、これはゆみも承知のことだろうけど昨日までの特打ちで、優希はさらに強くなってるわよ」
「ああ、わかっているがそれはともかく……じゃあ久、君個人は? なにか対宮永照の打ち方とかあるのか」
「ぶっちゃけ無いわね!」
「いや、自信満々に言われてもな。それじゃあ駄目だろう……」
ゆみが充電コードを抜き、PCのスイッチを押す。スリープ状態だったらしく数秒で起動は済み、なにやらファイルを開きこちらに見せてくる。
「なにこれ?」
「こちらに来てる間、結構暇があったからな。ネットの海から名のある選手の牌譜を集めて整理していた。そしてこれが今年の宮永照の牌譜とデータを纏めたものだ」
その異常さは試合の映像を観ているだけでもわかっているつもりだったけれど、数字で見ると改めて思いしらされる。
[和了率84.56%]
[和了巡目平均6.13巡]
[振込率2.04%]
[和了飜平均3.88飜]
「和了率たっかいわね……」
「振込率も異様に低いし、死角無しって感じっすね」
「ああ。守りが上手いのもあるが、和了率も振込率も地盤になってるのはその和了の早さだよ。宮永照と打つなら高さは二の次で、土俵に立つために求められるのはまず早さ。無策で久が出たら十中八九焼き鳥になると思う」
公園では竹井久像がどうとか言っていたが、ゆみも大概歯に衣着せない。もっとも今はそのほうが助かるが。
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:10:19.95 ID:xYguyNQm0
「じゃあ優希のアシストに全力だすとか」
「そういう立ち回りなら染谷さんが出たほうがいいんじゃないか? まず上家にならないとあまり効果もなさそうだし、そもそも東場で決着をつけられなければ詰むだろう」
さっき言った手始めという言葉のとおり、このプランは、あえて他と比べるなら本命ではない。だからまあ、どう言われようがどんど来い!というつもりだったのだか、思った以上にこてんぱんに言われた。自分の見積もりが甘かったかと思うと先が思いやられる。
「酷評……。ぼやいても仕方ないけど、平均和了6.13が理不尽過ぎるのがいけなくない?」
「まあ、でも連続和了で手が高くなるに応じてちゃんと手は遅くなるよ」
つまり連続和了の出だしはもっと早いということになる。吉報なのか凶報なのかわかりやしない。
だが、次に続いたゆみの言葉はまごうことのなく利のある話だった。
「それにたぶん、宮永照もこのデータほどの力は出してこないさ」
私とモモちゃん、二人揃って頭の上に疑問符を浮べる。そういう反応が返ってくるのがわかっていたかのように言葉が続く。
「まず前提として、麻雀にオカルトは実在する。これはいいな」
「そりゃあ、ここに二人いるっすからね」
「うん。そしてオカルトってのは何も個人の能力だけじゃないんだよ」
ゆみがPCを多少いじり、再度画面をこちらに向ける。
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:12:49.63 ID:xYguyNQm0
辻垣内智葉、寺崎遊月、江口セーラ、清水谷竜華、愛宕洋榎、白水哩etc…、様々な選手の名前と折れ線グラフのようなものがが15人分ほど並んでいる。
「暇な人もいるものでな、愛宕や白水のような有名選手の分はこういうのがネットに転がっていた。グラフはY軸が聴牌巡目と和了巡目、X軸を回数としてカウントしたもの。人選は以前から大会で結果を残してきて、自分の打ち方というものが確立されてるプレイヤーだ」
「これって……。ゆみ、チョイスに作為は」
「ないよ。条件を満たしたプレイヤー全員だ」
「……凄いわね」
高校二年まではなだらかに上昇していた全員の平均聴牌速度や和了巡目が、示し合わせたかのように高校三年で1〜3巡ほど跳ね上がっている。
「同条件で現在の高校二年も調べたがこの手の現象は無かった」
「えっと、つまり今回の大会参加者全員じゃなく、三年生だけってことっすか。なんでそんなことが?」
「三年は最後の大会だからな。一番、熱意があったんじゃないか」
「精神論っすか……」
ゆみの返答にモモちゃんは不服そうな顔をする。いやしかし、精神論は馬鹿に出来ない。私には前々から心当たりがあった。
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:15:03.39 ID:xYguyNQm0
インハイ団体二回戦でプレッシャーに押し潰されたときの私や、長野決勝で南場にも関わらず持ち直した優希。靴下を脱いだときの咲なんかもこの類いかもしれない。清澄に限らなければもっと思い当たる。天江さんの支配を打ち破った池田さんなんかは最たる例だろう。
「今の話を信じるなら、宮永照の聴牌や和了も遅くなるってことよね?」
「ああ、データにしづらいだけでオカルト持ちも例外じゃないと思う」
「ふぅむ……。うん、決めた」
それなら真っ正面から早さで戦うのもありかもしれない。理想は早い打ち手、そして三年特有のブーストがかかっていない打ち手。
「和と優希が打つ、プランBの方向で行くわ」
「私もそれがいいと思う」
「えっ、それありっすか……」
「なにかまずそう?」
「いや、てっきり賭けの当人たちは出るの決まってるのかと思ってたので」
「あー。ま、いいんじゃない? その辺りはなんにも話してないから」
「……」
俗に言う、のかわからないがこれはジト目というものなんだろう。
モモちゃんから冷ややかな目が向けられる。
元々ゆみ一人への相談のつもりだったが、思わぬところから虚を突かれた。せっかくいてくれるのだ、ならではの質問をしてみよう。
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:16:52.48 ID:xYguyNQm0
「じゃあ久。早い二人を出したところで分が悪いのは変わってないんだし、そういうことなら早速、なにかしらの戦略を立てないと」
「そうね。でもその前にちょっとモモちゃんに訊いていい?」
「私っすか?」
「うん。これは戦略にも関わってくることだからね」
「いいっすよ、ご期待に沿えるかはわかんないっすけど」
「それなら遠慮なく。白糸台の場合宮永照は出てくるとして、もう一人は誰だと思う?」
「もう一人っすか。厄介なのは、わたし的にはフィッシャーさんだけど……やっぱり大星さんだと思うっす」
「そっか、もう一個いいかしら」
「いいっすけど、私より加治木先輩に聞いたほうがよくないっすかね」
ちゃんと意図あってのことだけど、あんまり恣意的にならないようにと質問が遠回りすぎたかもしれない。なのでストレートに訊く。
「じゃあ次のはモモちゃんじゃないと答えれない質問。優希と大星さん、どっちのほうが麻雀してるときの圧みたいなのがある?」
「なんだか……いやわかるが、変な質問だな」
場所を選ばないと病院を紹介されそうな発言だが、こう言う他ない。
昨年インハイ得点王である天江さんの全力くらいになると、ゆみも吐き気を催すレベルらしいが、要するにそういうオーラのようなものの出力がどちらが上かという問い掛けだ。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:18:12.53 ID:xYguyNQm0
「ほとんど同じくらいに感じるっすね。白糸台はテレビでしか見たことないので正確なことは言えないっすけど、決勝での二人を比べるとどちらも遜色ないか、東一局に絞ればタ……片岡さんのほうが上かもって程度っす」
「なるほど、大体わかったわ。ありがとう」
「こんなのでオッケーっすか?」
「うん、おかげで重要な予想がつけれるわ。白糸台のもう一人はたぶん弘世さんになる」
「あれ? えっと、本当に私の言葉活きてるっすかこれ?」
私じゃなくゆみに向けてモモちゃんがぶうたれる。
「落ち着けモモ。久の説明を聞いてからでも遅くない」
「説明ってほどじゃないけどね。優希のほうが大星さんの力より強いなら、優希は配牌で普通に四向聴以下になる。でも大星さんのアレ、宮永照には効くみたいなのよ。だったらメリット薄いし、大星さんの起用はないんじゃないかと思うわけ」
と言うのは理由の半分で、もう半分に宮永照の心理的な理由がある。『宮永咲と会いたくないので力を貸してください』なんて、少なくとも私が彼女だったら口が裂けても言えない。
もっとも後半の理由はあまり表立って言うのもいやらしいし、今は『もう一人』の認識を共有するところまで漕ぎ着ければそれで充分だ。
「なんか、狐に摘ままれてる気もするっすけど」
「大星淡と卓を囲んでいる宮永照がずっと配牌五向聴だったのは本当だよ。東京の個人予選で一度だけぶつかっていた」
「あ、そうだったっす。それは私も観たけど……うーん、でも大星さんじゃないとしても誰が出てくるかはわかんなくないっすかね? 白糸台って全員結構強いですし」
「渋谷さんと亦野さんに関しては宮永照との相性の問題ね」
「相性?」
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:19:11.01 ID:xYguyNQm0
「そう。さっき『個人的に厄介なのは亦野さん』って言ってたでしょ。あれってなんで?」
「それは、白糸台のフィッシャーさんって鳴き速攻でガンガン攻めてきて、ステルスがあんまり意味なさそうっすから……あっ」
声を漏らす、どうもわかったらしい。
「速攻仕掛けってところっすか。これがチャンピオンの連続和了と水と油だから」
「そうね。あと、渋谷さんの場合は能力の関係上親の連荘が多いほうがいいけど、そんな状況になるならそもそも宮永照が勝っちゃう勝負だろうし」
「実りがないってわけっすね」
言い得て妙だ。腑に落ちたというようにモモちゃんが、ほぅと息をつく。
「だいたい納得っす」
「よかった。ゆみは?」
「大星が来たときのことも考えておくべきだとは思うが……そうだな、私も本命は弘世菫だと思う」
よし、お墨付きももらえた。
「じゃあ相手は宮永照と弘世菫、これを基盤としてもうちょっと突き詰めた話に移ろうかしら」
優希と和の牌譜も合わせて見ながらの大局の展開予想、それに合わせた優希のおおまかな打ち方、白糸台側の取ってきそうな行動その他もろもろ。
蒲原家の都合もあるし長居は出来ないが、可能な限り進めよう。本題は、むしろここからだ。
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:20:18.23 ID:xYguyNQm0
翌日
-白糸台高校・麻雀部部室-
時刻は九時半。約束の時間には少し早いが、私も照も部室に来て対局の準備を済ましてしまった。照が無表情で黙りこくっている、この分だと気が張ってるんだろう。
一方、私は未だに昨日宇野沢先輩に言われたことが未だに引っ掛かっている。亦野たちにもいつか話せるといい、そう言った先輩はおそらく私が思っている以上に核心に迫っていたんだろう。
「なあ照。考え直してみたんだが、このことはやはり皆にも話したほうがよかったんじゃないか」
「……話したところで、どっちみち私は菫と打つつもりだったよ」
「それでもだよ、話せば別の案もあったかもしれないし、なにかしら事態の好転が見込めたかもしれない」
「もういいでしょ。決めちゃったことだし、今さら話しても仕方ない」
「それはそうだが……ならせめて、これが終わってからでも」
「菫、ケータイ振るえてるよ」
間の悪い、いったい誰だというのだ。画面を見ると11桁の数字が並んでいる。知らない奴、じゃないな。これは竹井か。そういえば昨日番号を交換して、まだ登録を済ましていなかった。
緑色のアイコンをスライドし応答する。
120 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:21:33.63 ID:xYguyNQm0
「はい、もしもし」
『あ、よかった出た。竹井です。弘世さんってもう学校にいる?』
「ああ」
『宮永さんも一緒?』
「ああ、いま横にいるよ」
照に用事なのかと少し身構える。今の照に電話を代わってと言うのは少々気乗りしない。
だが私の懸念とは無関係に、竹井が続ける。
『そっか、早いわね二人とも。それで、実は私たちも駅に着いたんだけど……出来れば迎えお願いできないかしら』
「迎え? なんでだ?」
『いやーそれがね……白糸台駅に着いたまではよかったんだけど、今持ってるケータイに地図機能が無いのよ』
「地図が無いって、今どき珍しいな」
『いつも使ってるスマホにはあるのよ? ただ、それは咲に持たせたままにしちゃってて』
「スマホを……?」
宮永咲に? 持たせるのははぐれたときの対策なんだろうけれど、本人の携帯電話は故障したのか、それとも持ってないのか。まぁ携帯電話を持っていない高校生がいてもおかしくはないか。
それより携帯電話を二つ所有している高校生のほうが稀少かもしれない。地図機能もないってことは、もしやアプリ用と通話用で使い分けでもしてるのか。だとしたら、珍しくはあるが意外と俗らしい。
多少空いた間を躊躇いと受け取ったのか、竹井さらに一言付け加える。
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:22:17.47 ID:xYguyNQm0
『あと弘世さんと話したいこともあるんだけど……離れれなさそう?』
「ん。大丈夫、ちょっと考え事してたたけだ。すぐ行く」
『ホントに? ありがと。ゴメンナサイね、わざわざ手間取らせちゃって』
「慣れてるからいいよ。じゃあ切るぞ」
通話終了のアイコンを押し、そのまま電話を鞄の中に滑らせる。
私が鞄を持つと、それを見計らって照が聞いてくる。
「出かけるの?」
「駅まで清澄をな。留守は任せるよ」
「うん、任された」
電話の前にしてた話もしたいが、待たせるのも悪い。照の言うとおり、今話しても事の後に話しても差はない。
「それとさっきの話だが……今は忘れよう。やっぱり決めるのは照だしな」
「……」
私から振っておいてどの口が言うのかと思ってるかもしれない。なんでもいい、今は早く駅に行こう。この勝負を早急に終わらして話はその後だ。
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:23:51.15 ID:xYguyNQm0
-白糸台駅・改札前-
東京に来てから行ったところといえば、会場とホテル以外だとあとは新宿の町くらいだった。昨日門前仲町にも行ったが……正直、この白糸台駅周辺は門仲の比じゃないくらい質素な印象を受ける住宅街だ。当たり前と言えばそうだけど、東京にもこういう場所はあるんだなと実感する。
まぁ長野と比べたら満場一致で都会なんだけどね。
「じゃあ和、優希。ゆみと私の案は今伝えたとおりよ。けれど打つのはあくまであなたたち。対局が始まったら各々の判断でやってくれればいいわ」
学生議会用の安物ケータイで弘世さんに電話をしてから10分ほど経つ。あとで本来の番号も交換しよう。
合流の後ではこちらの面子だけでの会話もしづらくなるので話すべきことは今のうちに話しておきたい。
「うぅ……私へのオーダー多くてややこしいじぇ」
「難しいんは宮永照の親番だけじゃ。優希はそこを特に意識しとればええ。いまいち部長の意図は読めんがのう」
まこが私の言ったことを整理しやすくしてくれた。優希には冗長な言い方をしてしまったかもしれないが、宮永照の東場の親番にやってほしいことを除けば東場と南場、それぞれにおけるざっくりとした指示だけになる。
「対局が始まったらきっとわかるわよ。それに、これはかなりの無茶ぶりだから出来ればやってくれたらいいな程度だしね」
「そうなのか? なら気が楽だじょ」
「私は、あれだけでいいんですか?」
「! うん、さっきので大丈夫だけど……珍しいわね。和がこういうこと聞き入れてくれるって」
123 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:49:26.54 ID:xYguyNQm0
和には多くは言っていない。この子の真価は確率に従順であることで発揮される。あまりに手心を加えるとかえって悪影響を生むんだ。
一つだけ頼んだことも、和なら『私はいつもどおり打つだけです』みたいなスタンスを見せるだけだと思っていた。
「そうでしょうか? 私としては勝つためのことならちゃんと聞いていると思うんですが……。部長に任せて悪くなったことなんて、今までないと思っていますし」
「あら。嬉しいことを言ってくれるじゃない。」
思い返してみればぬいぐるみを持ってテレビに映ったり、厳しそうな家のわりには学生主体の合宿に参加したりと、オカルトが絡まなければたしかに結構任せてくれてるのかもしれない。そして今回も。
そうだ、ならばやはりこれは言っておかないといけない。
「皆聞いて、まこもゆみも。本当は昨晩話した段階でちゃんと言っておくべきだったけど」
全国大会に優勝したことで、後輩たちも前よりついてきてくれるようになったのかもしれない。でも、そこにつけこんでちゃダメだ。
「こんな勝負に巻き込んでごめんなさい。本当に悪いと思ってる」
今回の勝負は伝統と誉れのある大会なんかじゃない。賭け事、それも苦肉の策として行うものだ。それなのに肝要の対局に私は出ない。
「だから……あの、なんだったら今からでも私が代わるからね」
「久? なにを言ってる」
124 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:53:20.96 ID:xYguyNQm0
ゆみが呆れたとも驚いたとも取れる言葉を漏らす。ホントに、私はなにを言ってるんだ。それをしたら作戦丸つぶれ、勝ち目なんてほぼない。
ほら、優希も和もキョトンとしている。まこに至っては苦笑いをしている有り様だ。
……いやこれ苦笑いじゃない、なんか普通に笑み浮かべてる?
「どういうことだじょ? のどちゃんと私での作戦かと思ったけど、部長のほうが実はいいってことか?」
「そうじゃないんだけど、えっとね……」
「部長?」
「あーやめといちゃれ優希。我らが部長はな、いま絶賛ナイーブ状態なんじゃ」
「は……!?」
「ナイーブって、どういうことですか?」
「おおかた、私の組んだ博打なのに後輩頼みだなんて、とかなんとか思い始めたんじゃろ」
「そうなんですか部長?」
「あー、どうなんでしょうね」
そんなことを聞かれて素直に『はいそうです』なんて答える人なんているんだろうか。いるなら是非とも会ってメンタリティについて一晩語らいたい。
「そうなんですね。なんというか、ちょっと誤想が過ぎています」
「おお、そうじゃ和。言うちゃれ言うちゃれ」
困ったものだ。返事を濁したら勝手に解釈された。もっとも、困るのは今回その勝手な解釈がたぶんあっていることなんだけど。
125 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:54:22.69 ID:xYguyNQm0
「『部長に任せて悪くなったことなんて』とは言いましたけど、別に部長の指示だから今日対局をするわけじゃありませんよ。優希も私も、動機はあくまで」
「咲ちゃんとお姉ちゃんに仲直りしてほしいからだじぇ」
「……です」
和の若干不満そうな顔に、まこが失笑している。ああ、そういうことか。
「だから、つまりはですね部長。さっきの謝罪はナンセンスです」
「……そうね、たしかにナイーブだったかも。さっきのは取り下げるわ、忘れてくれる?」
「わかればええんじゃ」
ずいぶん恥ずかしい勘違いをしていた。こんなことに言われて気付くとは自意識過剰も甚だしい。
「竹井」
遠くのほうから呼び声が聴こえて思わず叫びたくなる。穴があったら入りたい想いだったんだし無理もあるまい。
ナイスタイミング!弘世さんのご到着だ。
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:56:53.57 ID:xYguyNQm0
「来た来た弘世さん。ありがとねこんな暑い中に」
「ちょっと歩いただけなのにもう部室が恋しいよ。それにしても、やけに大所帯だな」
弘世さんがゆみに目を向け、近づいていく。
「昨日の夜、時間確認のとき話したでしょ? 鶴賀学園の」
「加治木さん、だよな。長野決勝で観たからよく覚えてる。弘世菫だ、よろしく」
「ああ、加治木ゆみだ。こちらこそよろしくたのむ」
この二人が並ぶとまるで宝塚、背景に薔薇でも見えてきそうだ。制服なのが惜しまれる。
「加治木さんは、たしか牌譜が取りたいってことだったな」
「久に無理を言ってのことだったんだが……本当にいいんだろうか」
「白糸台のデータだけなら、その気になればどのみち清澄と共有出来てしまうからな。宮永家のことも今回のことも知ってしまっているというならば……構わない。ただしこの件に口は出さないことだ、それと牌譜のコピーくらいはうちも貰いたい」
「それはもちろん、心得ている」
「ならいい。それよりも、いいのか? デメリットなら清澄のほうが大きいだろう」
「鶴賀とはよく一緒に打ってるか らね。ここ数日も練習に付き合ってもらったし、今の手の内ならもう散々バレてるわ」
「来年の今頃はもっと強くなってるし問題ないじょ」
優希からのお墨付きだ。根拠のない自信だが、優希のこれが今はなんだか心強い。
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 16:57:20.94 ID:xYguyNQm0
「ならいい。じゃあ行こうか、照を一人で待たせている」
「そうね。じゃあ皆、弘世さんについてきましょう」
回れ右をし、弘世さんが先導して元来た道を歩き始める。
「そういえば竹井。電話で言ってた『話したいこと』ってのは加治木さんのことでよかったのか?」
「あ、そうだった。ゆみのことじゃなくてね。関係あると言えばあるんだけど、」
今後の行動に関わる……かもしれないことだ。ちゃんと訊いておかなければ。
「東京にいる内に鶴賀と美味しいもの食べに行こうって話になっててね。弘世さん、どこかこの辺でオススメのスイーツ店ってない? ケーキバイキングとか」
「ケーキバイキングか……。それはちょっと思い付かないが、スイーツ店で良ければ、私の一押しはシェ アンディ ラボってところだな。フランス菓子店だが、この時期はかき氷なんかも扱っている」
「へぇー。じゃあそこに決めた!」
「軽いな……。私もそんなに詳しくないし、もう少し考えたほうがいいと思うぞ」
「いいのよ。郷に入れば郷に従えって言うでしょ。美味しくなかったら弘世さんの名前で誤魔化せるし」
「おい」
「冗談。弘世さん達も一緒にどう?」
「……考えとくよ」
「そう、よろしくね」
よし、訊ねたいことはだいたい済ました。
そろそろ対局に向けて心の準備をするとしよう。備えるべきは万全まで備えた。後はなるようになれだ!
128 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:25:45.90 ID:xYguyNQm0
-白糸台高校・麻雀部部室-
照「あ、早かったね菫。他の皆さんは、ようこそ?」
菫「駅まで往復しただけだしな」
和(なぜ疑問形なんでしょうか……)
久「どうも、昨日ぶりね。今日はよろしく」
照「うん」
久「約束は守ってもらうわよ」
照「言われなくてもわかってる」
菫(もう少し仲良く……というのは無理な話かもしれないが、せめて普通に出来ないものか)
菫「はぁ……。まだ朝だと思ったけど結構暑かった。冷たいお茶でもいれよう。どこか適当に卓についててくれ」
照「私も手伝うよ」
菫「ああ、頼む」
照「お菓子も出してこないとね」
菫「それはいらない」
照「……」
久「じゃあ、私たちはお言葉に甘えるとしましょうか。えっと、卓は……」
優希「あそこがいいじぇ! 廊下側の真ん中辺り、ちょうどクーラーの風があたるじょ」
久「そうね。じゃああの卓にしましょうか」
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:27:36.16 ID:xYguyNQm0
白糸台高校麻雀部の待遇は破格だ。弘世菫と宮永照が入部し麻雀部が団体戦で優勝する以前から部室には菓子の類いは完備されていたのだが、後の連覇や照の個人戦優勝によりその設備にはさらに資金がつぎ込まれた。新品の卓はもちろん、今やクーラー増設、冷蔵庫、電子レンジ、給湯器となんでもありとなっている。
菫(他所からみたらこの部は大丈夫なのか、って心配する景観なのでは。私だってたまにそう思うし……いや、堂々としよう。そうだ、一番高いのはあくまで雀卓。半分くらいは麻雀に直接関係ある費用だ。だから問題ない、はず)
照「菫、ここに来るまでになにか話した?」
菫「ん? なにかって、そりゃあな。ずっとだんまりってこともないだろ」
照「なんの話?」
菫「普通に道案内とか、町並みの話とか……あと加治木さんのことくらいだな」
照「……そう」
菫(ケーキバイキングの話は伏せとこう。照のやつ絶対行きたがるし、いろいろ話がめんどくさくなりそうだしな)
菫「じゃあコップに氷入れといてくれ」
照「了解」
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:29:46.37 ID:xYguyNQm0
菫「お待たせした。卓につかない三人分は横の台に置いておくが、そういえばそちらは誰が打つんだ?」
久「こっち? 和と優希よ。改めて紹介は……いらないわよね」
菫「ああ、問題ない。原村さんも片岡さんも今日はよろしく、お手柔らかに頼むよ」
和「はい、お願いします」
優希「お願いします。でも加減は保証できないじぇ!」
久(普通に応対されてしまった……。モモちゃんみたいな反応するかなとも思ってたんだけど、いらない心配だったわね)
菫(結局、昨日照に指摘されたとおりになったか。トイレに行く前は『菫のほうが正しいかも』なんて言ってたが戻って聞いてみれば、なるほどその方が合理的だと思ったしな。だが……)
和「咲さんのお姉さんも、よろしくお願いします」
まこ(ぶっこむのう和)
久(私が言ったら皮肉臭くなっちゃうんでしょうね。和に限って他意無いだろうけど)
照「……よろしく」
久「じゃあ、そろそろ場決めでもしましょうか」
菫(照の話で感じた違和感は、未だ拭えた感覚がないな)
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:30:56.93 ID:xYguyNQm0
大会ルールに則り、風牌を引いて場決めが行われる。
優希「東だじぇ」
菫「西だ」
和「私は南ですね」
照(……北)
一人で全員分の牌譜を取るのは難しいため、加治木ゆみは西と北の間で白糸台の牌譜を、清澄の分は東と南の間で染谷まこが取ることとなった。
まこ「あんたは手伝わんのか」
久「うーん、優希の後ろから観戦でもしようかな」
まこ「そうかい」
久(優希に準決勝から決勝にかけて馴染ませた『高さより早さ』という打ち方。それを優希は、この三日間の鶴賀と龍門渕との特打ちで完全にものにした。今の優希は局ごとに高さ重視と早さ重視を的確に切り替えられる。そして優希に出したオーダーは……)
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:32:14.49 ID:xYguyNQm0
東一局・親:片岡優希・ドラ:@
優希配牌:七七八2579EFFFGH
優希(部長から言われたこと……『東場は原則高さ重視、終わらせれるなら終わらしてしまえ』だじょ)
優希「トンパツ。それすなわち私の土俵! つまり我最強だじぇ!!」
ツモ:@
打:5
和配牌:三八35689ACD西西北
ツモ:一
打:北
まこ(和は三向聴、優希も同じか。この局はチャンピオンは見に徹するし優希のもんになりそうじゃが……それにしても、また恐ろしい手になりそうな配牌じゃあ)
菫配牌:六六七九1266BD南白中
ツモ:白
打:南
菫(騒々しい一年ってのはどこにでもいるものなのか……。いやしかし、そう豪語するだけの力が片岡にはあるんだ。まずは確実にここを流す)
照配牌:二三四四六八八334@A東
ツモ:5
打:東
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:33:14.89 ID:xYguyNQm0
二巡目
優希:七七八279@EFFFGH
ツモ:8
打:2
久(さすが優希、トンパツは早さも高さも段違い。満貫は堅いとして、上手くいけば倍満ね)
三巡目
優希:七七八789@EFFFGH
ツモ:@
優希(倍満……いや、前やったときと違ってドラも乗る。そんなもんじゃ済まさないじぇ)
打:七
和:一三八35689ACD西西
ツモ:一
打:A
菫:六六七九九1266BD白白
ツモ:9
打:9
照:二三四四六八八3345@A
ツモ:B
照「リーチ」
打:3
優希「……っ!」
菫「……」
久「!?」
まこ(リーチじゃと!?)
和(三巡目ですか。早いですね)
ゆみ(どういうことだ。宮永照は最初の局での和了はないはず)
久(いやこれって)
134 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:34:11.27 ID:xYguyNQm0
久「優希、」
菫「対局中の口出しは流石にダメじゃないか竹井」
久「……そうね」
優希:七八789@@EFFFGH
ツモ:G
優希(聴牌。咲ちゃんのお姉さんのリーチ、東一局で和了った例はほとんど無いって部長の話と合わないじょ……。)
打:F
和:一一三八35689CD西西
ツモ:五
打:3
菫:六六七九九1266BD白白
ツモ:發
菫(対面の捨て牌は、5,2,七,F。もう張ってると思っていいだろうな。過去の片岡の牌の並べ方、視線移動、第一打……)
優希(いや、部長を言い訳にしてちゃダメだじぇ! 自分で考える……そうだ。のどちゃんは完璧なデジタル打ち、私とチャンピオンはついこの間対局した、白糸台同士なら日頃から一緒に打ってるから今さら打ち方は見る必要ない、だから東一局から仕掛けてきた。そうだとしたら今やるべきは……)
菫(この辺りか)
打:六
優希「ロン! 5800だじょ」
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/10(金) 17:35:11.70 ID:xYguyNQm0
優希(欲をかいて勝てる相手じゃない。まずはこの親番を渡さないことだじぇ!)
優希:七八789@@EFFGGH
菫「はい」
ゆみ(……軍配は白糸台に上がったか)
照(菫、よくあれだけでわかるなぁ)
久(優希の判断に落ち度はない。これは私の油断と伝達ミスが招いた結果ね)
優希:31800
和:25000
菫:19200
照:24000
まこ(チャンピオンが最初の局で張ることは過去にもあった。しかし、もし和了牌をツモっても和了らんかったはずじゃ。なんでリーチなんか……)
ゆみ(リーチはプレッシャーをかけるためのブラフなんだろうが、宮永照にばかり目がいっていたのは失敗だった。今の局で特筆すべきは弘世さんだ)
久(美穂子がやってることと似たようなものかしら……。捨て牌の順番やツモ切りか否かはもちろん、相手の牌の並べ方や視線の先、思考時間や僅かな呼吸の乱れ、そういういろんな要素から相手の手を読む)
照(相手の不要牌を狙い打つことからシャープシューターなんて呼ばれてる菫だけど、訓練すれば誰でも出来ることなんだよね。智葉さんや、千里山の清水谷さんなんかもやってる手法。ただ……相手を一人に絞った場合に、菫より制度が高い人を私は知らないけど)
久(優希の大物手を、たった二手で5800に……やってくれたわねホントに)
ゆみ(私も倣いたいところだな)
菫「……」
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/17(金) 02:43:49.96 ID:mMZWTXt0o
まだかな?
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/18(土) 06:25:38.26 ID:lm/6ECfto
咲SS読み返してたらこんなのが現行であったとは!!
期待してる乙
138 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/24(金) 11:35:03.64 ID:nNcGzT/co
金曜投下多いみたいだし今日あるんかな
楽しみにしてる
139 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/24(金) 15:42:32.69 ID:mj/RtOpF0
久(……!?)ピクッ
照(じゃあ、観よう)
菫(竹井が……なにか反応した?)
久(見えない……けど、今ははっきりとわかる。モモちゃんの言うとおりだった。背後に感じた悪寒、これはまさに昨日と同じものだわ)
ゆみ(照魔鏡、これで片岡さんのここ三日のことも筒抜けか)
照(……っ…)
局と局の間、対局中には労働を求められる脳の暫しの休息時間だ。しかしながら今、弘世菫のそれは兼ねてからの靄を払う好機を得てフル稼働していた。
宮永照の目元が微かに動いたこと、その変化に誰も気付かず、あるいは見ていたとしても気には止めなかっただろう。それは思考に耽る弘世菫も例外たりえなかった。
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/24(金) 15:43:13.92 ID:mj/RtOpF0
菫(昨日照が言っていたこと、牌譜を取りたいという加治木ゆみ、染谷まこ……そして、恐らく鏡を感知できる竹井久)
『人間、切羽詰まると本来とらない行動をとることがあるからね。そうなると鏡で観たものからだけでは到底読めない』
『ただの私の思い過ごしで、菫が正しいかもしれない』
『殆ど照の言を聞いていて私は相槌を打っていただけの気さえしてしまう。ただ……私も確かに何か引っ掛かってはいた』
『それすなわち私の土俵! つまり我最強だじぇ!!』
菫(ああ、昨日から私が引っ掛かっていたのは……こういうことか)
141 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/24(金) 15:44:13.85 ID:mj/RtOpF0
優希「一本場行くじぇ」
菫「待った。その前に一つ話をいいかな」
久「かまわないけど、今?」
菫「ああ、今じゃないと意味無いからな。これは私が、いや互いにかもしれないが、対局に集中するためのものだ。なので、決して気を悪くしないでほしいんだが……」
照「菫、なにを」
菫「この対局に、満貫罰符を加えておきたい」
久「……!」
優希「まんがんばっぷ……ってなんだじょ?」
まこ「フリテンでのロンとか多牌とか、チョンボに対してのペナルティじゃな。チョンボをした人は満貫を和了したときの点を逆に払う。要は子なら2000,4000、親なら4000オール支払いってことになるのう」
菫「意図的じゃないミスに限るがな」
優希「はぁー、染谷先輩博識だじぇ」
照「なんでそんなルールを。いる?」
菫「なんで、うーん。そうだな、なんと言うか」
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/24(金) 15:46:21.87 ID:mj/RtOpF0
菫(照は竹井のことを『ルールは破らない』と言った。が、『切羽詰まると鏡で読めない』とも言ったんだ、だから賭けという道を竹井に残したと。でも、照はわかってないんだよ。宮永照と麻雀をする、その状況はもうかなり詰みに近い。さらに言うと、おそらく竹井は照魔鏡で内面を見られたことに気付いてる。その状況、果たして本当に『切羽詰まっていない』と呼べるのか……)
菫「まあ、大会ルールでやると言っても公式大会みたいにカメラや審判もいないからな。その代わりみたいなのだ」
照「ふぅん」
まこ「ごもっともじゃ。只でさえそちらさんは二人じゃが、こっちは五人。もしわしらが通しとかやる気ならひとたまりもないじゃろうし」
まこ(雀荘でもたまに見た光景じゃからのう……)
ゆみ「そんな気は毛頭無いが、そうだな。対局に集中という面でならいいかもしれない」
菫「ありがとう」
優希「とおし……? よくわからないじょ、結局なにに気を付ければ……」
菫「そうだな。例えば……片岡さん、聴牌して千点棒を出すとき何て言う?」
優希「? リーチだじょ」
菫「それは、『リーチ』と言うのか『リーチだじょ』と言うのかどっちだ?」
優希「それは……その時によるからわかんないじぇ」
143 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/08/24(金) 15:47:18.70 ID:mj/RtOpF0
菫「うん。それを『リーチ』に統一する、みたいなところだな。通しってのは『リーチ』『リーチする』『リーチ行くぜ』などの使い分けとか、事前に決めた符合で待ち牌などを伝えることだ」
優希「なるほど、ありがとうだじょ」
菫(礼を言うところじゃないと思うが……)
菫「どういたしまして。それでだ、満貫罰符に伴って対局中は『ロン』や『チー』などの必要な発言だけにして、余計な動きは近日中したいんだがどうだろう」
まこ「それはわしら観戦組もってことじゃな? もちろん構わんが」
ゆみ(こちらもその懸念はするべきだったんだろうか……。でもこれでその必要もなくなるんだ、断る理由もないな)
ゆみ「全部が一律満貫払いなのか?」
菫「軽度のミスなら本来は和了放棄とかなんだろうが、今回そこまでキッチリ決めることもないだろうしな」
ゆみ「なるほど。久、いいよな?」
久「……ん? あ、ああうん。もちろんよ」
菫「よし、決まりだな」
久(マズイわね……)
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