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凛「卯月に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」
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22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:23:22.32 ID:eCrKDArS0
「ハナコもよろしくって」
「わんっ」
「あ、あはは……」
「……でもよく考えたらさ、ハナコがいなかったらこうやって偶然会うこともなかったんだよね」
「そう、なんですか?」
「うん。いつもの散歩コースが工事中で塞がれててさ。だからこっちの河原の方に来たんだけど、そしたらハナコ、急に走り出して……」
油断してたらリードを手放しちゃったんだ、と凛は言った。
「そしたらさ、まさかあの時わたしが保健室に運んだ人にハナコが飛びつくなんて……おもしろい偶然だなって」
そう言って凛はハナコの頭を手のひらでわしゃわしゃして褒め称え、それから卯月に嬉しそうに微笑みかけた。
「……ふふっ、確かにそうかもしれないですね」
卯月は思った。
ハナコとじゃれてる時の凛は、もとの無愛想な表情や険しい目つきから打って変わって、本当に幸せそうな素敵な笑顔をしている。
(笑顔……そっか、私……)
ひるがえって考えるのは自分のことである。
忘れていた大事なことを思い出させてくれた、そんな気がした。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:23:59.35 ID:eCrKDArS0
「渋谷さんは本当にハナコちゃんのことが好きなんですね」
「まあ、ね。……あと、凛でいいよ。名前」
自分で言いながら凛はむず痒そうな顔をした。
「じゃ、じゃあ、凛……さん」
「呼び捨てでいいってば」
「えっと、凛……ちゃん」
凛はいかにも不服そうに首をかしげたが、「まあいいや」と言って流した。
「あ、もうこんな時間? ごめん、長々と引き止めちゃって……ジョギング中だったのに」
辺りはすっかり暗くなり、街灯がぽつぽつと明かりを灯し始めていた。
「ううん、私……今日はそんなに走るつもりなかったですから」
これは嘘である。卯月は、本当は走り込むつもりでいた。
が、こうして凛と出会い、気晴らしとは言えないものの立ち止まって振り返るきっかけを得られたことで、
卯月は自分が必要以上に焦っていたことに気付いたのである。
「それじゃ、わたしはこれで」
「あ、あの!」
夕闇に立ち上がり、ハナコを連れて帰ろうとする凛に、卯月はためらいがちに声をかけた。
「今週末、商店街でライブをするんです。それで、よかったら凛……ちゃんも、どうですか?」
自分でも思いがけない提案であった。
しかし今となっては不思議と凛に対する偏見は薄れ、むしろ親しみの感情すら沸き起こってくることに卯月自身びっくりした。
凛もまた驚いたように振り返り、一言、
「わかった」
とだけ言い残して帰って行った。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:25:23.99 ID:eCrKDArS0
帰宅後。
凛(あ、連絡先聞くの忘れてた……二年三組だっけ。明日行ってみよう)
卯月(どうせなら例の噂のことも聞いてみればよかったかな。でもそれはそれでやっぱり怖いかも……)
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:25:58.79 ID:eCrKDArS0
○
翌日、凛が休み時間に二年三組を訪れ、しかも卯月を呼び出して連れ去った事件は瞬く間に学校中に広まった。
凛はただ(なんか雰囲気悪いクラスだな……)としか思わなかったが、
学校一の札つきのワルがクラスのマドンナ的存在である卯月を名指しで連れ出したとなれば教室が騒然となるのも無理はない。
実際、卯月本人もそこそこビビった。
二人は廊下で会話しようとしたが教室の窓から野次馬がやたら見てくるので仕方なく隅の方へコソコソ移動し、
それがかえってアブナイ雰囲気を醸していた。
「卯月ちゃん、あの渋谷とどういう関係なの!?」
「脅されてるとか?」「カツアゲ?」「ていうか壁ドンされてなかった?」
「いや、そういうんじゃなくて、えっと、なんて言ったらいいんだろ……と、友達? かな?」
「友達?」「そんな風には見えなかったけど」「やっぱり何か悪さされてるんじゃ……」
「あ〜……ご、ごめんなさい。本当になんでもないんですっ、私は大丈夫だから……」
卯月にしてみれば、凛に対する悪感情こそ今はもう消えて無くなっていたが、
学校で妙な噂が立ってしまうのもそれはそれで困る思いがあった。
であれば尚更、卯月から凛に積極的に話しかける動機がない。
また凛にしてみても、友達を作るという目標は達成したものの、
その次に友達と何をするのかということについては全く考えていなかった。
とりあえず携帯のメッセージアプリで毎朝「おはよう」と送ってはいたが、
卯月が「おはようございます」と返してもそれ以上会話が続かず、二人のチャット画面にはひたすら朝の挨拶が並んでいった。
不器用にもほどがある。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:26:32.56 ID:eCrKDArS0
さて、そんなもどかしい関係がしばらく続き、件のミニライブ当日である。
朝、凛は目を覚ますとすぐ携帯を取り出し、卯月に一言「がんばって」とだけメッセージを送った。
ライブが行われるのは夕方である。
それまで何をして時間を潰そうか考えながら、凛は、とりあえず朝のハナコの散歩に出かける支度をした。
ところが窓の外を見てみると空は厚い雲に覆われ、今にも降り出しそうな気配である。
テレビを付けると、ニュース番組では気象予報士がせわしなくステッキを動かして解説していた。
『――昨日夕方に上陸した台風○号は速度を増して北上し、今日昼過ぎには各地で大荒れの天気となるでしょう。大雨、土砂災害等の警戒情報に注――』
※
「――……外の屋台はみんな撤収だって」
「風、強くなってきたもんね」
「中止、になるのかな……」
「あ、マネージャーさんからだ! ……アーケード内でのイベントは様子を見て実施、予定変更なしだって! よかったぁ」
「でもお客さんたち、来てくれるかどうか……」
「…………」
午後、控え室に集まった卯月たちグループの面々は不安そうに顔を見合わせた。
卯月たちの住む地域は台風直撃コースからやや外れているとはいえ、午後になると雨風も少しずつ強まり、
このままだと夕方前にはピークを迎えそうな気配であった。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:27:11.97 ID:eCrKDArS0
卯月たちの不安は的中した。
商店街に訪れる客が一向に増えないまま外はどんどん雨足を早め、
雷が鳴りはじめた頃にはもう、突風と土砂降りで大荒れの天気となった。
アーケードには元々の客の他に雨風から避難してきた人らもちらほら見えたが、
とても賑わっているとは言えない人数である。
イベントステージ上ではプロによる手品が披露されている最中だが、
客席には暇を持て余したおじいちゃんおばあちゃんが休憩代わりに座っているだけである。
「ねえ、電車も止まっちゃったってさ」
「そんな……」
意気消沈するメンバーに卯月が声をかけて励ます。
「だ、大丈夫だよ! たとえお客さんが少なくても、今は私たちにできることを精一杯やろう!」
言いながら、やはり内心は悔しい思いでいっぱいなのであった。
――そろそろ出番が回ってくる。
卯月は出演準備に取り掛かる前に、すがるような気持ちで客席をこっそり覗きに行った。
(あぁ……やっぱり……)
両親の姿こそ確認したものの一般客は年寄りが数人いるだけで、見に来ると約束してくれたクラスメイトの姿はどこにもない。
そうして落胆しかけた、その時であった。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:27:44.08 ID:eCrKDArS0
(……あっ!)
見覚えのある長い黒髪の少女が座席の隅っこに座っていた。
凛である。
ずぶ濡れになった髪や服をしきりにタオルで拭いている。
その椅子の脇にはボロボロになった傘が無残に立てかけられていた。
しかし凛は大して気にした様子もなく、ステージ上の落語に熱心に聞き入っている。
そうして時折、必死に笑いを堪えようとして奇妙に顔を歪めたりしていた。
(渋谷さん……来て、くれたんだ……)
卯月の心に、にわかに勇気がわいてきた。
控え室に戻り、喝を入れるように自らの頬をパチンと叩くと、意を決してステージ衣装に着替えた。……
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:28:11.93 ID:eCrKDArS0
※
(あ、危うく声出して笑うところだった……落語ってこんなに面白かったんだ)
落語のプログラムが終わり、凛は満足したようにひと息ついた。
(えっと、次が卯月の出番だっけ。……それにしてもお客さん少ないな。まあ台風だから仕方ないか)
凛はステージが思ったよりずっと小さいことが気にかかったが、こうしたイベントに来たのが初めてということもあり、
(こういうものなのかな)となんとなく自分を納得させた。
やがて司会者が壇上に上がり、卯月たちご当地アイドルグループを紹介すると、賑やかな音楽が鳴りだした。
可愛らしい制服タイプの衣装を身にまとったアイドルたちが元気にステージへ駆け出す。
彼女たちの、ささやかな、けれども精一杯の心をこめたライブが始まった。……
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:28:40.08 ID:eCrKDArS0
※
「…………あの、さ」
「は、はいっ……グスッ な゛んでじょう゛」ズビ
「なんて言ったらいいか分からないけど、その……すごく、よかったよ。ライブ」
「うっ……うえぇぇ〜ん」
「なっ!? ちょっと、泣かないでよもう……ほらタオル」
「ずびばぜん……」チーン
ライブの最後、ほとんど人のいない客席に向かって解散を発表したあと、卯月はトークの途中で泣き出してしまったのである。
そしてライブが終わったあと、卯月が控え室から出てきたところへ凛が声をかけて今に至る。
「今回が最後だなんてわたし、知らなかったから……」
「えへへ……言うの、忘れてました」
卯月は目に涙を浮かべ、強がるように笑ってみせた。
「最後くらい笑おうと思ったのに、そんなこと考えてたら急に涙が出ちゃって……みっともないところ見せちゃいましたね」
「そんなことない。ライブ、良かったよ。わたしもちょっと泣いちゃった」
「え?」
「あ、う、な、なんでもない!」
凛のそれは完全にもらい泣きである。
基本的に凛は映画やドラマでも感動系にめっぽう弱いのであった。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:29:14.96 ID:eCrKDArS0
「でも、本当に良かった。こういうの、生で見るの初めてだったけど……卯月、すごく楽しそうだったし。わたしも楽しかった」
凛が励ますように笑いかけると、卯月はこくりと頷き、そして
「……うんっ。私、楽しかったです!」
心から嬉しそうに笑ったのである。
それはステージの上でさえ滅多に見ることの敵わない、太陽のようにまぶしい笑顔であった。
(…………!)
この時の、卯月の極上スマイルを目の当たりにした凛の心のときめきは例えようもない。
「あ、ママが呼んでる。今日は来てくれてありがとう、凛ちゃん。また……ね」
そう言って卯月は遠慮がちに手を振って別れ、そして足早に行ってしまった。
後にはただ心を奪われたままの凛が呆然と突っ立っているだけであった。
頭上をするどい閃光が走り、大気が震え、そこでようやく凛はハッと我に返った。
(…………ていうか、帰れないんだけど)
途方に暮れながら凛は、親に電話して迎えに来てもらうよう頼んだ。
普通に怒られた。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:29:48.72 ID:eCrKDArS0
○
翌朝、台風一過のすがすがしい青空であった。
いつものように友達とおしゃべりしながら登校していた卯月は、
ふと校門近くの曲がり角をあの長い綺麗な黒髪がよぎっていくのを見た。
その姿を見とめるや否や卯月は小走りに駆け寄り、
「おはようございますっ 凛ちゃん!」
と声をかけた。
「あ、卯月。おはよう」
一緒に登校していた卯月の友達はあんぐりと口をあけて固まった。
周りにいた生徒もみな驚き、二人がむつまじく挨拶する様子を唖然と見つめるばかりである。
「昨日は帰り、大丈夫でしたか?」
「うん。卯月の方こそ大丈夫だった?」
「はいっ ……それでね、凛ちゃん。私、凛ちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるんです」
「?」
「私、今までずっと誤解してました。凛ちゃんってとっても優しい人なんですね」
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:30:26.81 ID:eCrKDArS0
「はあっ? い、いきなり何……べつに、そんなことないよ」
「えへへ……あと、照れ屋さん」
「からかわないでよ」
言いながらそっぽを向くが、表情はまんざらでもない様子である。
というか、卯月の笑顔がまぶしすぎて直視できなかったのである。
(……あれ、今わたしすごい友達っぽい会話してる)
ふいに自覚すると今度は嬉しさのあまり口元がニヤケそうになったが、
シャイな凛は恥ずかしさについつい素っ気無い態度を取ってしまうのであった。
一方、卯月はそんな凛の心境を分かっているのか分かっていないのかひたすらニコニコして凛の横を歩いている。
片や地元の元アイドルにして学校のひそかな人気者、片や学校一の不良として名を馳せ、恐ろしい噂の絶えない影の有名人。
そんな二人が仲良く並んで歩いている風景に周囲の生徒は一時騒然となった。
こうして凛と卯月の謎めいた関係は二日と経たず学校中に知れ渡ることとなったのである。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:31:09.15 ID:eCrKDArS0
※
異色のコンビの噂が広がっても凛は相変わらずクラスで浮いた存在のままであった。
というより、これまで以上に周りから距離を置かれるようになった。
なにせ凛が親しくしていると噂の相手はあの島村卯月である。
学校ではそれほど目立って話題になる人物ではなかったものの、
その愛嬌のある仕草や表情、そしてアイドルという肩書きに多くの生徒がひそかな憧れを抱いていた。
そんな卯月に、下級生である凛が馴れ馴れしくも呼び捨てにしてお近づきになったとあらば、
これを忌々しく思う人物の一人や二人いてもおかしくない。
しかし当の凛本人はそんな周りの嫉妬心などどこ吹く風、まるで気にしていないのであった。
(ふふふ……卯月、可愛かったなァ……)
そうして今朝の会話を思い出しては不敵に笑う凛を、周囲はますます気味悪がって遠巻きに眺めやるのだった。
「でさ、でさ、けっきょく卯月ちゃんは渋谷とどーゆー関係なの?」
質問攻めに遭っているのは卯月である。
しかし卯月がいくら「ただの友達だよ」と説明しても誰も納得しようとしなかった。
「あんまりさ、関わらない方がいいんじゃないの。騙されてるとか、あるかもしれないし」
「凛ちゃんはそんな人じゃないよ」
「でも不良だよ?」
「不良は不良でも、やさしい不良さんなんです!」
卯月が妙に力をこめて言う。
いや、どっちにしろ不良じゃん、と多くのクラスメイトが心の中で突っ込んだ。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:32:06.54 ID:eCrKDArS0
――さて、ここでひとつ断っておかなければならないのは、
このSSが複雑な人間関係を描くことを主題としているわけではない、ということである。
つまり、本来であればここで卯月が、凛と、凛のことを悪く言うクラスメイトの両方から板ばさみにあい、
それによって苦悩するというシーンがあるのが自然だろう。
残念ながら、筆者はそのような些細な心理的葛藤および文学的描写のために主たる本筋をむざむざ削ることを潔しとしない。
というか、そもそも筆者にそんな高尚な文章能力が備わっていない。
このSSは二人の少女のささやかな友情の物語であり、それ以上でも以下でもないということを読者諸兄には改めて理解していただきたいのである。
ただし、みんなのアイドル島村卯月が今後クラスメイトや凛とどのように折り合いをつけていったかという問題については
二、三の説明をするだけで事足りると思われるのでここで軽く触れておくことにする。
島村卯月は、境遇こそ恵まれなかったが潜在的には天性のアイドルの素質を備えていた。
それは「人を愛し、人から愛されやすい」という聖母マリアもかくやと思しき素質である。
したがって卯月を中心とした凛vsクラスメイトという不毛な対立構造は、
「人は愛の名のもとに平等である」という卯月自身のアイドル的威光により、特に大きな問題に発展することなく平和に落ち着いたのだった。
くだらない嫉妬や怨恨など、卯月の笑顔一発で解決できるというわけである。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:32:51.11 ID:eCrKDArS0
――その日、凛は帰宅してからハナコの散歩に出かけ、そしていつもとは違う道を行った。
以前来た時と同じように、川面には夕日に伸びた自分とハナコのふたつの影が揺れて映っている。
そうして秋の夕暮れの景色に心を奪われながらゆっくり歩いていると、ふと、背後から声をかけられた。
「凛ちゃん! ハナコちゃんのお散歩ですか?」
ジャージではない、制服姿の卯月がそこにいた。
凛は嬉しそうに手を振って応える。
「あれ? でも普段は違う散歩コースだったんじゃ……」
「え、いや、これはその……なんだっていいでしょ」
ごまかそうとしてごまかしきれず照れる凛。
「卯月こそ、走るわけでもないのになんで……」
「えへへ……実は、ここに来れば凛ちゃんに会えるかな、なんて……」
(天使ッ……!?)
矢で射抜かれたような衝撃であった。
「ほら、学校だとなかなか会う機会ないじゃないですか。せっかく友達になろうって言ってくれたのに、それじゃ悪いかな、って……」
「…………」
「凛ちゃん?」
「……綺麗……」
「へ?」
「わーっ! えーっと、その、つまり……ほら、夕日! すごく綺麗だよ」
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:33:18.97 ID:eCrKDArS0
「わあ、ほんとに綺麗な夕日……」
そうして二人は以前と同じように河原に腰を下ろし、並んで夕日を眺めた。
「……ねえ卯月。ひとつ聞いてもいい?」
「なんですか?」
「アイドル、またどこかで続けたいって思わないの?」
「……う〜ん、できるならやりたい、ですけど……でも、しばらくはいいかなって」
「どうして?」
「やっぱりアイドルって大変だし、それに楽しいだけじゃなくて辛い事も、たくさんあったし……」
そう言って思いつめたように黙ってしまった。
そんな卯月の、夕日に当てられた横顔を見ながら凛は、
「……そっか。わたしは卯月にアイドル続けてほしいなって思うけど、無理にとは言えないよね」
と呟いた。すると卯月は弁解するように、
「ああ、いえ、無理にってことはないんですよ? ただ、今の季節はオーディションやってないし、私も勉強で忙しくなるし……」
「そうなんだ」
「一応、養成所とかに通ってみようかなって考えたんですけど、それも今はまだいいかなって」
「へえ、養成所……そういうのもあるんだね」
凛はなぜか感心したようにウンウンと頷いた。
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:34:01.50 ID:eCrKDArS0
「あ、そういえば思い出した」
卯月がポンと手を叩いて言った。
「お世話になったマネージャーさんに今度お礼をしようと思ってるんです。それで何か良いのないかなって探してるんですけど」
「ふーん、お礼ね……なら花束なんてどうかな。定番かもしれないけど」
「花束かあ」
「ふふ、わたしの家花屋だから、なんだったら割引にしてあげてもいいよ」
「え、本当ですか? でもわざわざ割引なんて……」
「まあわたしが頑固なお父さんを説得できたらの話だけどね」
凛は冗談めかして言った。
それでも卯月は嬉しそうに「割引でなくても私、凛ちゃんのお店で買います!」と言った。
「実を言うと先週、先に辞めちゃったトレーナーさんにも花束を贈ったんです。そっちも凛ちゃんのお店で買えばよかったなあ」
「へえ。ちなみにどこの花屋?」
「確か○○っていうお店だったかな。でもね、そのひとつ前に寄った花屋さんがなんだかすごく怖いところで……」
「怖い花屋なんてのがあるの?」
凛はフフンと鼻で笑った。
「ほんとに怖かったんですよー! 店先の花を見てたらなぜか店員さんにすっごく睨まれて、しかもいきなり怒鳴られたから私ぴゃーって逃げちゃって」
「そんな酷い店あるんだ。何て名前?」
「えーっと、確かフラワーショップ……シブヤ? だったかな?」
「え?」
「え?」
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:34:37.03 ID:eCrKDArS0
「あーっ!! あの時の!」
「う゛ぇぇーっ!? あの時の店員さん!?」
お互い指を指しながら驚きに口をパクパクさせた。
しばらく固まる二人の間でハナコが無邪気に「ワン!」と鳴く。
「…………はは……こんな偶然、あるんだね……」
「……ふ、ふふふ、なんか、ふふっ、おかしいですね」
やがて卯月がぷっと吹き出し、釣られて凛もおかしさと嬉しさに声をあげて笑いだした。
そうして夕暮れの河原でひとしきり笑い合い、すっかり打ち解けた気分になった二人はそれから色々な話をした。
「あの時わたしちょっとテンパっててさ……あー恥ずかしい」
「私ほんとにびっくりしたんですから」
「ごめんごめん」
「ふふ、それにしても凛ちゃんって普段は落ち着いてるのに、時々すごく、こう……迫力ある顔しますよね」
「え? そう?」
「正直なこと言うと私、凛ちゃんのことずっと怖い不良さんなんだと思ってました」
「よく言われるよ。お母さんにもさ、あんたはもっと愛想良くしなさいとか言われるし」
「でも凛ちゃん、笑った顔はすごくかわいいです」
「ちょ、そういうのやめてって、もう、恥ずかしいから……」
「やっぱり照れ屋さん」フフッ
(……卯月の方がよっぽど可愛いんだよなぁ……)
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:35:09.40 ID:eCrKDArS0
「べつに不良っぽく振る舞ってるつもり、ないんだけどな。周りが勝手にわたしのことそう思ってるだけで……」
(でもそのピアスはちょっと不良っぽいんじゃないかなあ)
と卯月は思ったが言わないことにした。
「なんか、みんなに避けられるんだよね。わたしそんなヘンなことしてるかな?」
「うーん、ヘンなことっていうか……文化祭の準備の時のアレが原因かも」
「アレってなに?」
凛が怪訝そうに聞き返し、そこで卯月は改めてハッとしたように身を乗り出した。
「そうそう! 私気になってたんです。あれって本当に凛ちゃんだったんですか?」
「な、なに、なんの話……?」
卯月が例の血まみれの美女の話をすると、凛は「ああ、その事ね」と言って肩をすくめてみせた。
そして半ば自嘲気味に、あの日起きた一連の不幸な事故のことを説明した。
「……って感じでさ。悪いことって立て続けに起きるもんなんだね」
凛はなんでもないように言ってのけたが、卯月は驚きと同情で何と返したらいいか分からず曖昧に笑うしかなかった。
「あはは……そう……そうだったんですね。私てっきり……」
「ていうか、あれそんな噂になってたんだ。知らなかった」
呑気なものである。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:36:49.65 ID:eCrKDArS0
二人はそれから時間を忘れて話し込んだ。
学校のこと、友達のこと、家族のこと、そしてアイドルのこと……
年齢も趣味も、過ごしてきた環境も違う二人はそれぞれが相手の話す言葉に自然な関心を抱いた。
気が付けば夕日はとっくに沈み、辺りは真っ暗である。
そうして街灯の明かりがぱちぱちと灯るのを合図に二人はようやく立ち上がり、「また明日」と名残惜しそうに別れた。……
※
さて、ここまで筆者は凛と卯月それぞれの境遇および現在に至るまでの顛末を語ってきた。
果たして二人はお互いの誤解を解き、かくて美しい友情を結ぶに至ったわけであるが、
これが長い長い二人の物語のほんの節目に過ぎないことは賢明な読者諸兄には改めて説明するまでもないだろう。
当然、ここから先も彼女らについて語るべきことは山のようにある。
しかしそれらを逐一事細かに陳述していくにはここはあまりに余白が少なく、また筆者の体力ももたない。
したがって、今後はなるべく卯月と凛が二人きりで楽しんでいるシーンのみを抜粋し、紹介していこうと思う。
多くの読者にとって邪魔であろうこの出しゃばりな筆者も都合しばらく黙ることにする。
ときどきひょっこり顔を覗かせるかもしれないが、それは何卒ご容赦いただきたい。……
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:37:31.05 ID:eCrKDArS0
○
11月某日、渋谷宅にて。
「――……それでここの設問はね、さっきの公式そのまま使って……凛ちゃん、聞いてますか?」
「へっ? ああ、聞いてるよ、うん」
「私の方ばかりちらちら見てた気がしますけど」
「いや、だってそれは……(見惚れてたなんて言えない)(まつげめっちゃ長い)(しかもなんかすごい良い匂いする)」
「あっ もしかして私の顔に何か付いてます?」
「う、ううん。そういうわけじゃないんだけど……ていうか、数学とか全然、分かんないし」
「分からないから教えてって言い出したの、凛ちゃんじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ。先生の説明が難しすぎるのが悪いんだよ」
「そうやってふてくされてると本当に不良さんみたい」クスクス
「だって、ヒドイんだよ? 授業中わたしが分からなくて難しい顔してるのに、先生無視して先に進めちゃうんだもん」
「私だったら、分からない所はあとで先生に聞きに行くけどなぁ」
「それは……確かにそうなんだけど。でもなんか分からないことを聞くのって恥ずかしいし……」
「私に聞くのは恥ずかしくないんですか?」
「え? それは別に……だって先輩だし、友達だから……」
「ふふふ」
「なに」
「なんでもないです、ふふ」
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:38:01.36 ID:eCrKDArS0
「あ〜 ハナコと遊びたい〜」
「もう、ダメですよ凛ちゃん。期末試験に間に合わなくなりますよ」
「卯月ってけっこう厳しいんだね……」
「お姉さんですから」エッヘン
(かわいい……)
「あ、じゃあテストで良い点が取れたらご褒美、なんていうのはどうでしょう」
「例えば?」
「う〜ん……一緒にカラオケに行く、とか!」
「カラオケ? わたしカラオケって行ったことない……」
「えーっ! それじゃなおさら行かなくちゃ!」
「そ、そうなの?」
「そうですよ! それに私、凛ちゃんの歌も聴いてみたいです!」グイグイ
(押しがすごい)
「そうと決まれば凛ちゃん、試験勉強がんばりましょう!」フンス
「なんで卯月が張り切ってるの!?」
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:38:42.67 ID:eCrKDArS0
○
後日、カラオケ店にて。
「――……〜〜♪」
「…………」パチパチパチ
「ふうっ。はい、次は凛ちゃんの番ですよっ」
「あ、あのさ……やっぱり歌わなきゃダメ?」
「だーめ。せっかく来たんだから歌わないともったいないですよ!」キラキラ
「(うっ、卯月の期待の眼差しが……)わ、分かったよ。あんまり自信、ないけど……」
「ちなみに曲は何を入れたんですか?」
「むかしテレビでやってたアニメの主題歌。けっこう好きでさ。よく聴いてるんだ」
「へ〜、でも漢字が難しくて読めないです」
「蒼穹。そうきゅう、だよ……あ、始まる」スチャ
……ク ダ ケ 〜♪
(わっ カッコイイ……ていうかすごく難しそうな曲なのに、凛ちゃんすごい……)
「〜〜〜♪」
(……なんだかんだ言いながら楽しそう。あ、少しノってきた♪)
「蒼〜〜穹〜〜!!」ブンブン
(ヘドバン!? ヘドバンしちゃうの!? そこまで!?)
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:39:11.61 ID:eCrKDArS0
〜〜〜〜♪ ジャーン
「……ふうっ」←やりきった顔
「わ、わ〜〜」パチパチパチ
「どうだった? わたしちゃんと歌えてたかな?」
「はい! 凛ちゃん、とっても歌が上手なんですね! それにすごくかっこよかったです!」
(か、かっこいい? わたしが? ほんと?)
「……カラオケって案外、悪くない……かも」
「ね? 来てよかったでしょ?」
「うん。たまには思い切り声だして歌うのも良いもんだね」
「良かった〜! あ、次私の番!」
(……今度来たときのために持ち歌増やしておこう……)
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:39:45.28 ID:eCrKDArS0
○
クリスマスイブ、ショッピングモールにて。
「凛ちゃん見て見て! これすっごくかわいくないですか?」
「え? う、う〜ん……かわいい、かな?」
「ぴにゃこら太?っていう名前なんですね。へ〜……」ジーッ
むにむに むぎゅむぎゅ
(めちゃくちゃ気に入ってる……! わたしにはただのブサイクなぬいぐるみにしか見えないけど)
「…………」むにむに
「……買うの?」
「ふぇっ?」
「いや、なんかすごく欲しそうだったから」
「ああ、買う……う〜ん、でもおこづかいがなぁ」
「買ったげようか?」
「ええっ!? そ、そんな、いいですよ」
「いや、ほら……その……く、クリスマスプレゼントにさ。せっかくだし、いつもお世話になってるお礼、っていうか……」
「! 凛ちゃん……」
(な、なんかキザな感じになっちゃった気がする……恥ずい)
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:40:32.76 ID:eCrKDArS0
「えへへ、じゃあこれは凛ちゃんからのプレゼントってことにして……私も凛ちゃんに何かプレゼントしたいです♪」
「え? いいよ、べつに……」
「言いっこなしですよ! 凛ちゃんは何か欲しいもの、ないんですか?」
「じゃ、じゃあ……こっちの黒い方とか」
>黒ぴにゃこら太
「わっ それなら二人でお揃いですね♪」
「(……ってナニ自然にお揃いとか選んでんのわたし!? カップル!? バカップルじゃんコレ!?) ふ、ふひひ……」
「? 凛ちゃん、大丈夫ですか? なんだか顔が怖いけど……」
「なんでもない。大丈夫大丈夫(やばい、ニヤケが止まらない。全然大丈夫じゃない)」
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:41:09.11 ID:eCrKDArS0
…………。
「わぁ、綺麗……」
「すごいイルミネーションだね。夜になればもっと綺麗なんだろうな」
「あっちは何かステージがあるみたいです」
「へぇ……イベントとかあるのかな」
「あっ たぶんアレです。明日、○○っていうアイドルグループがクリスマスライブやるんだと思いますよ」
「そうなんだ。詳しいね」
「えへへ。私、こういうのも一応チェックしてるんです。前ほど熱心ではないですけど……」
「……そっか」
「あ〜あ、明日もし予定が空いてたらこっちのライブ見に行くのになぁ」
「そういえば聞いてなかったけど、明日クラスメイトで集まる予定っていうのは具体的に何をするの?」
「具体的には特に決まってなくて、女子会?みたいなのをやるんです。カラオケ行ったり、映画見たり色々」
「ふーん。それって楽しいの?」
「楽しいですよ〜、おいしい料理も用意するみたいだし、プレゼント交換とかもあったり」
「ふーん……」
「…………凛ちゃん、もしかして」
「何」
「嫉妬してる?」
「はあっ!? そ、そんなわけ……」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:41:53.11 ID:eCrKDArS0
「ふふっ やっぱり妬いてるんだ。かーわいー」
(こ、この小娘…… 犯罪的笑顔……っ 圧倒的小悪魔っ……!)
「わ、また凛ちゃん顔が怖くなってる。もう、ダメですよ。女の子なんだからもっと笑顔でいなくちゃ!」
むに
「らってうふきがいじわるするんらもん。おかえひ」
むに
「ひゃっ りんひゃんのて、つめふぁいれすー」
ぐりぐりむにむに
「……ふふっ」
「あ、わらった。えへへ」
(……やばい。今わたし最高に幸せかもしれない……)
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:42:42.52 ID:eCrKDArS0
…………。
「……ねえ卯月。最後にさ、あのお店で休まない?」
「いいですけど、その前にちょっと……御手洗い、行ってきていいですか?」
「ああ、うん。行ってらっしゃい」
「すぐ戻ってきますから」
タタタ……
(……あそこのベンチで座って待ってよう)
「ふう」
(もう3時かぁ。ってことは4時間くらいここにいるんだ。あっという間だったな……)
(勇気出して声かけて良かった。クリスマスには予定あるって断られた時はどうしようと思ったけど、イブの日に調整してくれるなんて……)
(やっぱり卯月って天使)デュフ
(……それにしても人たくさん居るなぁ。よく見たらカップルだらけだし……)
(まあクリスマスイブだもんね。それに最近できたばかりのモールだし、人が多いのはしょうがないか)
(……卯月がアイドル続けてたら、今日みたいに一緒に遊びに来るのはできなかったかもしれないな)
(あんなに可愛いんだし、もし卯月が有名になったらきっと大勢のファンがつめかけて……のんびり一緒に買い物もできなかったかも)
(それだけじゃない。アイドルを続けていれば今よりずっと忙しくなって、カラオケに行くのも勉強を教えてもらうのも、たぶん、わたしと会う約束だって……)
(……ふふっ なに考えてんだろわたし。もしもの話なんかしたって、しょうがないじゃん)
(でも卯月、前に言ってたっけ。いつかもう一度アイドルに挑戦したいって……それはわたしだって応援したいし、応援するつもり、だけど……)
(……なんかフクザツな気分)
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:43:28.73 ID:eCrKDArS0
(ま、いいや。そろそろ卯月も戻って来る頃かな。 …………ん?)
――ざわざわ
(なんだろ、騒がしいな。どうしたんだろう)
「……!!!!」
「俺、ファンだったんす!」「ね、ね、卯月ちゃんいま一人なの?」「ブヒッ 自分写真良いっすか?」
「――……あの、すみません、私……人を待たせてるんです、ごめんなさい、そこ……」
「なぬ!?」「まさか彼氏?」「ゆ、許せんブヒーッ」
凛は弾かれたように立ち上がった。
通路の真ん中で卯月を囲っているオタクどもの方へ憤然と歩いて行く。
「ちょっと」
「何? 誰…… 、ッ!?」
連中はハッと驚いたように身を引いた。
凛の異様に殺気立ったスゴみのある視線に、恐怖のあまり言葉を失ったのである。
「あんたたち、卯月になにしてんの?」
「へあっ!? ぼ、ぼぼボクたちはべつにただうづきたんのファンで……」
「本人が迷惑してるでしょ。やめなよ」
「「「アッハイ」」」
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:44:05.08 ID:eCrKDArS0
「卯月」
「は、はい!」
凛はそう言って卯月の手をつかみ、強引にひっぱり出した。
卯月が倒れこむように凛の腕のなかに抱きしめられる。
そうして凛は呆然とするオタクたちを鋭く一瞥したあと、卯月を連れて足早にその場を去ったのであった。
…………。
その後、二人は店には入らずそのまま帰ることにした。
駅に着き、電車を待っている間、ようやく卯月が口を開いた。
「……あの、凛ちゃん?」
「…………」
「もしかして、怒ってる……んですか?」
「……べつに、怒ってないよ。ただ、なんだか……ううん、怒ってるのかな?」
「ごめんなさい、凛ちゃんに心配かけさせちゃって」
「違うよ、そうじゃなくて……なんて言ったらいいんだろう。でも、とにかく卯月は何も悪くないよ」
そう言って凛は溜め息をつくと、卯月の方を振り向いて疲れたように笑ってみせた。
「わたしこそごめん。ちょっと態度、悪かったよね」
卯月はそれでも不安そうに凛を見つめていたが、やがて申し訳無さそうにふっと視線を落とした。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:44:59.83 ID:eCrKDArS0
「でも私……まだアイドルだった私のこと覚えてくれてる人がいて、ちょっと嬉しかったです」
凛はなんと言ったらいいか分からず、ただ一言
「……そっか」
と呟いただけだった。
「あ、電車。来ますよ」
と卯月が指差す方向を見て、それから凛は、自分の左手の奇妙な違和感に気が付いた。
(ん? ……うぉあッ!? な、な、なんでわたし卯月と手繋いでんの!? え、もしかしてずっと……!?)
あの時、卯月を助け出してから今まで無意識に手を繋いだままだったのである。
「? どうかしたんですか?」
「ご、ごめん!」パッ
凛が慌てて掴んだ手を離すと、卯月はキョトンとして、それから「ふふっ」と笑いながら、
「りーんちゃんっ♪」
と嬉しそうに凛の手を取り、指をからませて握った。
「ほわッ!?」
「えへへ……私、凛ちゃんの手、好きですよっ」ぎゅっ
……後に凛が当時を振り返って曰く、「その日の帰り道のことは記憶にない。気が付いたら家に着いていた」と。
多幸感のあまり記憶を失いかけていたという。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:45:47.94 ID:eCrKDArS0
また凛は、このクリスマスイブのデートを境にひそかに決意したことがあった。
曰く、「卯月の笑顔はわたしが守る。誰にも傷つけさせない」と。
かくして卯月の忠実な番犬、柴犬ならぬ渋犬が誕生したのであった。……
……以降、凛は、卯月と一緒にいる時はなるべく彼女から目を離さないようにした。
悪い虫が寄り付かないよう、少しでも人の多い場所に行くときは卯月にぴったりくっつき、あからさまに周囲を警戒するようになった。
学校では学年も違うため普段一緒にいる事は叶わなかったが、二人の仲はすでに学校中の生徒に知れ渡っていたため、
あえて凛がことさらに警戒しなくとも、その存在の抑止力によって卯月の安全は守られていた。
そうして時々、二人が廊下ですれ違ったりすると凛が驚くほど優しい顔をするので、次第に凛の不良としての悪名はなりをひそめていった。
代わりに囁かれるようになったのは、かつて偏見と強面な態度に隠されていたものの今や多くの生徒の気付くところとなった、凛のその圧倒的な美貌である。
本人にとっては皮肉なことだが、その近寄りがたい雰囲気と畏怖の念も相まってカリスマ的な人気を博していった。
気が付けば凛の隠れファンは学校の一大勢力となり、卯月の隠れファンに勝るとも劣らない数となった。
やがて二人は、名実ともに最強のコンビとして名を知られるようになったのである。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:47:28.04 ID:eCrKDArS0
○
……さて、やや中途半端ではあるが、二人の出会いの物語はひとまずここで終わりとなる。
卯月と凛がその後どのように関係を深め、またすれ違い、成長して行くかということについては、
筆者のような凡夫が語るにはあまりに繊細を極め崇高に過ぎるため、志半ばではあるが読者諸兄の想像に委ねることにする。
とはいえ、このまま終わってしまってはSSの結末として格好がつかない。
したがって、少々型破りではあるが、二人の今後についてひとつ簡単な顛末を紹介しようと思う。
いわゆるエピローグである。
※
「……あ、また……」
「? どうしたの卯月」
放課後の帰り道、駅前で卯月がふと背後を振り向いたので、凛が不審に思い尋ねてみると、
「気のせい……だと思うんですけど、なんだか最近、誰かにつけられてるような」
「はあっ!? あのね卯月。そういうことは早く言わなくちゃダメだよ」
「で、でも本当に気のせいかもしれないし」
「何かあってからじゃ遅いんだよ? ……でも大丈夫。卯月は何も心配しないで。わたしが守ってみせるから」キリッ
(凛ちゃん、頼もしいです……!)キラキラ
バカップルである。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:48:12.10 ID:eCrKDArS0
そうして二人がイチャつきはじめた瞬間である。
ふいに目の前に大きな影が立ちふさがった。
「あの」
「ひゃいっ!?」
突然声をかけられた卯月は思わず悲鳴を上げる。
そこにはみるからに不審者然とした顔つきの男が、凛と卯月を威圧するように道を塞いで立っていた。
すると凛が間髪をいれず卯月を守るように立ちはだかり、男をキッと睨みつける。
「……あんた誰? もしかして卯月にまとわりついてるのって、あんたのこと?」
「…………」
男は黙ったまま凛と卯月を見下ろしている。
凛はそんな大男にもひるまず、しばらく睨み合いが続いた。
「……あの」
男は戸惑った様子で一度声をかけてみるが、凛はもはや取り付く島もなく、
「卯月にちょっとでも触れてみな。その頭の毛、一本残らず引っこ抜いてやるから」
すると男はさすがに恐怖したのか頭髪にサッと手をかぶせ、たじろいだ。
「分かったら二度と卯月に近づかないで」
しかし男は引かない。
そして何やら胸ポケットに手を入れたので、凛と卯月がハッと身を強張らせると……
「アイドルに、興味はありませんか」
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:49:13.42 ID:eCrKDArS0
※
…………。
「……まさか、アイドルのスカウトだなんて思わなかったよね」
「私、もう少しで通報しちゃうところでした」
「あの人もさ、もうちょっと愛想よくすればいいのにね」
「ふふっ それを言うなら凛ちゃんだって……」
「どういう意味」
「ほら、また。……笑顔笑顔、ですよ♪」
「笑顔……こ、こう……かな?」ニコッ
「うーん、ちょっとまだ固い、かも?」
「……やっぱり笑うのって難しいな。卯月には敵わないよ」
「えへへ。でも凛ちゃんのキリッとした顔も、クールでかっこいいですよっ」
「そ、そうかな。卯月にそう言ってもらえると嬉しい、けど……やっぱり面と向かって言われると、照れるね」
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:49:57.31 ID:eCrKDArS0
「……あっ もうすぐ時間! 行かなくちゃ」
「もう? ……じゃあ、頑張って。卯月」
「はい! 島村卯月、がんばります!」
「わたし、ここで待ってるから」
「ふえっ? 何言ってるんですか、凛ちゃんもほら、一緒に行こ?」
「いや、ほんと、わたしやっぱり無理、アイドルなんて……」
「今日は宣材写真だけだから大丈夫ですよっ ほらほら♪」
「あ、ちょ、待って卯月ひっぱらないで……こ、心の準備が〜」
おしまい
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 09:50:44.10 ID:F3x9l7Ny0
乙。なんて時間に書き込んでるんや……風邪ひいて会社休んでなかったら読めなかったわ
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 10:39:07.57 ID:nTgOZNU40
うづりん大好き
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 14:51:49.43 ID:TCsjOFv30
乙
安心して読める百合SSは良いものだ
そしてさてはお前生粋の森見好きだな?
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 15:09:31.55 ID:QpHYSTl10
優しい世界好き
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 15:22:49.72 ID:I4qp1cLD0
すばら
おつ
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 19:41:02.71 ID:t9p4ADy/O
吐き気を催す天の声
そもそも凛と卯月が同じ学校って何?モバマスをパクったオリSS?
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 19:41:41.14 ID:Ihh4HYoko
銀杏だな
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 19:56:13.10 ID:qIM1VEm0o
>>64
お前二次創作向いてないよ…
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 20:14:57.41 ID:gdxVgnJWo
>>64
原作準拠が見たいなら二次創作に来るなよ…
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 20:26:07.78 ID:nMvuGK5R0
もっと二人のエピソードや周りの子達との交流も見たくなるね
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/13(金) 21:16:33.83 ID:fxz1BKuJO
乙。控えめに言って最高だった。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/14(土) 02:04:15.68 ID:6of2i6cEO
やっぱうづりんだよなぁ!?
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/14(土) 04:01:45.92 ID:tk3vs8yVO
乙
面白かった
語りがなければ最高だった
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