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凛「卯月に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:07:53.80 ID:eCrKDArS0
渋谷凛はいわゆる不良のレッテルを貼られている。
高校に入学したばかりの4月、いきなり制服を着崩し、ピアスを開けて堂々と職員室の前を歩く姿に多くの生徒が恐れおののいた。
顔はすこぶる美人であったが愛嬌にやや欠け、人前では滅多に笑顔を見せなかった。
そのうえ曲がったことが嫌いな性質で、偉そうにふんぞりかえる先輩や教師どもにしばしば反発的な態度を取ってみせた。
クラスでは無駄に群れることを好しとせず、授業は真面目に聞いていたものの質問を当てられそうになると思い切りガンを飛ばすので教師間でも恐れられていた。
結果、友人が一人もできないまま高校1年の夏休みを迎えたのである。
(あれ? もしかして私、友達少ない……?)
凛がその事実に気が付いたのは夏休み明けの初日、二学期始業式の日であった。
教室全体が妙に和気藹々としている。
凛はふとイヤホンを外して周りに注意を向けた。
なにやらクラスメイト同士、夏休み前よりも一層親密な様子である。
窓際の席で孤独に音楽を聞き、ぼうっと窓の外を見ている生徒は凛の他に誰もいない。
凛は内心ひどく動揺し、いまさらになって慌てた。
しかし慌て始める頃にはもはや手遅れなのが常である。
(……友達、作ったほうがいいのかな)
夏の終わりの空をぼんやり眺めながら、凛はひとりそんなことを思った。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1531436873
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:09:47.99 ID:eCrKDArS0
※
今この時点では無関係な人物について、先の話をスムーズに進めるためにあらかじめ説明しておこうと思う。
渋谷凛の通う高校に島村卯月という生徒がいる。
彼女は二年生で、学業は並、容姿も並、ただし友人には恵まれ、可もなく不可もない学生生活を送っている。
家族構成や趣味、交友関係については割愛するが、島村卯月という人物を説明するにあたってとりわけ留意しなければならないのは、
彼女が地元の小さなアイドルグループに所属しているという点である。
さらに一点付け加えるならば、そのアイドルグループはもはや解散の危機に瀕しており、卯月もまたアイドル活動を辞める瀬戸際にいる、ということである。
しかしながら、彼女が自身のアイドル活動についてどのような葛藤を抱えているかということについては
このSSの趣旨から逸脱するので読者諸兄は気にせずともよい。
重要なのは、アイドルの素質を備えた(少なくともアイドルを志そうとする程度には素質のある)少女が、渋谷凛と同じ高校に通っているという事実である。……
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:11:32.04 ID:eCrKDArS0
さて、今、渋谷凛は家の花屋で店番をしている。
学校から帰ってくるなり親に留守を任されたのでエプロンの下は制服のままである。
客は一人も来ない。
退屈しのぎに店先の花の様子を見てみるものの、特に手入れが必要な商品もない。
その気になれば一日中花を眺めて過ごすこともできる凛だったが、この日は中々どうしてそんな気分になれなかった。
「友達か……でもハナコがいればわたしはべつに……」
凛はひとりごちた。
ハナコとは飼い犬の名前である。
凛は、ハナコと一緒に高校に通えたらいいのにな、と考え、それからハナコと一緒に授業を受ける風景を想像した。
悪くないな、と思った。
(ハナコは賢いから、もしかしたら私より勉強できるかも)
この飼い主は根が真面目だがどこか間の抜けたところがある。
むしろ遠慮せず率直に憚りなく個人的な見解を述べさせていただくならば、この渋谷凛、きわめてアホに近い人種である。
そのようなわけで凛は、ペットに勉強を教わるというおよそメルヘンな妄想にふけりながら花屋のカウンター席で一人「でゅふふ」とほくそ笑んだ。
「あ」
気が付くと入り口に人が立っていた。
女性客が凛を見て目をぽかんとしている。
この上なく緩みきった凛のニヤケ顔はそのままの表情で固まり、次の瞬間、恥ずかしさに耳まで真っ赤になった。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/13(金) 08:11:47.84 ID:XFP2p0mT0
ピアス開けてる時点で自分が一番曲がってるんですが
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:12:02.92 ID:eCrKDArS0
バン!!!
凛が咄嗟に立ち上がった拍子に椅子が真後ろにふっとび、盛大な衝突音が店内に響く。
女性客はびくりと体を強張らせ、一方の凛はもはや何をどう誤魔化したらいいのか分からず、
「ハ、ハナコをお求めですか?」と口走り、混乱のあまり女性客をにらみつけながら伝票用紙を握りつぶしている。
奇妙に歪んだ笑みを浮かべ鼻息は荒く、頬が紅潮する様は完全に怒髪天を衝く勢いである。
そんな凛の憤怒の形相を目の当たりにした女性客は
「い、いえ! なんでもありません、失礼しました!」
とだけ言い残して逃げるように去って行ってしまった。
あとにはただ口元をキュッと締めてぷるぷる震える凛の哀れな姿だけが残った。
(……そういえばあれ、うちの制服だったな……)
しばらく経って落ち着いた凛はようやくそのことに思い至った。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:13:01.92 ID:eCrKDArS0
○
十月の文化祭を目前にひかえ、学校内は準備に余念のない生徒達で連日のようにてんやわんやである。
どのクラスもそわそわと落ち着きなく青春の思い出作りに躍起になろうと浮き足立っている。
それは凛とて例外ではなかった。
むしろ内心では人一倍わくわくしていたが、感情を表に出すのが苦手な凛はどんな風に振る舞えばいいのか分からず、かえって仏頂面が増した。
凛が周囲から不機嫌だと思われやすいのは、物事に真剣になるとつい表情が険しくなってしまうクセのせいもあった。
文化祭直前の、ある放課後のことである。
「あの……」
「ひゃいっ!?」
「あ、いや……なにか手伝おうか?」
「けけけ結構ですっ お気になさらず、どうぞっ」
飾り付けの準備をしていた女子生徒Aに声をかけると、彼女は急に何か用事を思い出したような素振りをして教室を出て行った。
凛はほかに手伝えることはないかと辺りを見渡してみたが、教室にちらほら残って作業している生徒は必死に目を合わせないよう顔を背けている。
そもそも凛のクラスはたこ焼きの模擬店を出すことになっており、準備にそこまで人手が要らないのである。
(何もしないで帰っちゃうのもなんか悪いな……)
にわかに高まったモチベーションのやるかたない思いから、凛は、なんとなく放課後の校内をぶらぶらすることにした。
普段は授業が終わればまっすぐ帰るエリート帰宅部の凛にとって、放課後のざわついた校舎を歩くのは新鮮でわくわくした。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:14:00.36 ID:eCrKDArS0
(へぇ、2組は焼きそばなんだ……うちのクラスも負けてらんないな)
(そういえば部活でも出し物するんだっけ……ラグビー部はメイド喫茶? ふーん……行ってみようかな)
(上級生は演劇やるクラスもあるんだ……舞台に立って演技するなんて、すごいな)
(このクラスはなんだろう……お化け屋敷?)
ちょうどそのお化け屋敷の準備をしているクラスの前を通りかかった時である。
大量のダンボール箱を抱え、おぼつかない足取りの生徒が廊下の向こうから歩いて来た。
そのすぐ近くに、床に座って熱心に作業している生徒がいる。
お互い、存在に気付いていない。
「っ! あぶない!」
凛が咄嗟に駆け出した直後、「うおっ」「きゃっ!?」という声とともに歩いていた生徒がバランスを崩した。
間一髪、凛が手を伸ばし、ダンボール箱が落ちきる前に支えてみせる。
ギリギリセーフ……かと思われたが、箱の中身が慣性で凛の頭に降りかかってきた。
\びちゃっ/
お化け屋敷で使用する血糊がケースから飛び出し、凛はそれをもろに頭からかぶってしまったのである。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:14:41.10 ID:eCrKDArS0
「……大丈夫? 怪我はなかった?」ダラダラ
「す、すみませ……どぅぁ!?」
「きゃーッ!!」
「ん?」ギロリ
女子生徒の悲鳴が廊下に響く。
凛はすぐに状況が飲み込めず、顔にかかっている冷たい液体に眉をひそめ、廊下の異様な雰囲気を察して辺りをキョロキョロ見渡した。
生徒Bは当時を振り返ってこのように語る――
『いやぁ、殺されると思いましたよね……あんな目つきで睨まれたのは生まれて初めてでした――』
『――血糊だと分かっていたなら怖くないんじゃないかって? ンー……そうじゃないんだよなァ――』
『絵になってるんだよ……とにかくサマになってるんだ……異様な迫力があって――』
『スゴみ、っていうのかなァ……ねぇ? ホラ、あの人……なまじ美人でしょう?』
『なんていうか、その……取って食われるっていうか、取って食われたいっていうか、もっと睨みつけてェッ!て感じの――』
以下略。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:15:23.92 ID:eCrKDArS0
――凛は髪や顔についた血糊を洗い取るため、ひとまず保健室へ向かっていた。
(あーあ、サイアクだよ……ていうか、あんなに怖がらなくてもいいじゃん)
この時の凛は正真正銘の不機嫌であった。
廊下で他の生徒とすれ違うたびに小さな悲鳴が聞こえ、教師までもが恐怖して近づけなかったほどである。
とはいえこんな姿で堂々と校内を歩くのはさすがの凛も気が引けたので、保健室へは外廊下を迂回して行くことにした。
人気のない棟を行くと放課後の喧騒が徐々に遠のき、すると今度はグラウンドから部活に励む生徒のたくましい掛け声が聞こえてくる。
そして凛が体育館裏への渡り廊下を歩いていると、ちょうど練習に向かおうとしている野球部員とすれ違い、またも悲鳴を上げられたりした。
(あ、ボールが落ちてる……あぶないなぁ)
野球部が落としていったボールを拾おうとして腰をかがめると、突然、背後から品のない怒鳴り声がしたので凛は思わず振り向いた。
「おい渋谷ァ! そこで何して……なんだお前その顔!? 喧嘩か!?」
(げっ……)
校内でも評判の悪い生活指導の教職員であった。
いつも手に竹刀を持っているステレオタイプな体育教師である。
ちょっと態度が不品行というだけでねちねちと説教し、しかも女子に対してはあからさまにいやらしい目つきをするので多くの生徒から不評を買っていた。
凛の一番嫌いなタイプである。
(めんどうなことになったな……)
※
一方その頃――
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:15:56.23 ID:eCrKDArS0
「……ふうっ こっちの衣装ほとんど終わりました!」
「わ、卯月ちゃん仕事が早いね」
「えへへ、そう? こういう作業って好きだから、つい……他にまだ手伝えることある?」
「んー、大丈夫大丈夫、もうやることないよ」
「え? でもまだ大道具とか全然……」
「いいからいいから。てか卯月ちゃん、最近すごく忙しいんでしょ? ほら、アイドルの……だからこっちは私たちに任せてさ」
「う、うん……でも」
「だいたい、そんな疲れた顔してちゃせっかくのアイドルも台無しじゃん? ね、今日はいいから帰ってゆっくり休みなよ」
事実、卯月は文化祭直後に商店街でのミニライブイベントが控えていたので、特にここ数日は休まる暇がなかったのである。
そんなわけで結局、クラスメイトに諭される形で早めに帰ることになった。
(ふあ……確かにちょっと疲れがたまってるかも……帰ったら今日はゆっくり寝よう)
そうしてふらつく体をなんとか運びながら、
(あ、そういえば図書室に本を返さなきゃ……)
ふと用事を思い出し、図書室までの道を引き返して行った。
「〜〜……!」
「〜〜…………!!」
(? なんの声だろう……?)
卯月は本を返却したあと、グラウンドから玄関へ通じる外廊下に向かっていたところ、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
不審に思い、声のする方へ行ってみる。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:16:31.25 ID:eCrKDArS0
※
「あ痛たた……こ、腰が……」
「だから言ったのに……足元のボール危ないよ、って」
凛は体育教諭の嫌味っぽい説教を受けたあと、むりやり職員室に連れて行かれそうになったが、
凛の腕をひっつかんで歩き出そうとした瞬間、彼は床に転がっていたボールを踏んづけ見事にひっくり返ってしまったのである。
今、鮮血を浴びた凛の足元に屈強な体育教諭が呻き声をあげて突っ伏している。
「もう若くないんだからさ。他の先生呼んでこようか?」
「こ、これしきのこと……助けなどいらんわい」
「ならいいけどさ……ほら、あんたの杖だよ」
転んだ拍子に放り投げられた竹刀を拾い上げると、凛はそれを得意気に地面についてみせた。
「あ」
ふと顔を上げると、廊下の曲がり角からこっそりこちらを覗いている女子生徒と目があった。
卯月である。
「…………」ふらっ
ばたん。
卯月が気絶したようにその場に崩れ落ちた。
「え、え、え、ちょ、大丈夫!?」
凛が慌てふためいて卯月のもとに駆け寄るが、卯月はもはや意識朦朧として目をぐるぐる回している。
「さ、殺人じけん……だれかけーさつ……ひゃくとおばん……」
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:17:02.33 ID:eCrKDArS0
※
目が覚めると卯月は保健室のベッドに寝かされていた。
「あら、ようやくお目覚めかしら」
「先生……あれ、なんで私……?」
先生に事情を聞くと、気絶していた自分を渋谷という1年生が保健室まで運んできてくれたらしかった。
「渋谷さんはもうとっくに帰っちゃったけど、あなたは時間大丈夫? ずいぶんぐっすり寝ていたみたいだけど」
時計を見るとすでに夕方6時をまわっている。
(わっ、もうこんな時間! ママが心配しちゃう……)
卯月は慌てて跳ね起きて帰り支度をした。
そうして帰りの道すがら、唐突にあのおそろしい血まみれの現場を思い出して身震いした。
(あの後どうなったんだろう。渋谷さんっていう人が助けてくれたのかなぁ)
※
一方、渋谷凛。
(疲れた……今日は散々な目にあったな)
(ハナコと遊んで癒されよう)
(あの人、大丈夫だったかな。靴の色からして先輩だったみたいだけど……)
(……ていうか、どこかで会ったような……?)
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:17:39.19 ID:eCrKDArS0
○
準備期間だけでこれほどの特筆すべきアクシデントに見舞われた二人であったが、
文化祭当日は意外にも大きな事件は起きず、凛と卯月はそれぞれの祭りを思うさま満喫した。
この青春の押し売りとも呼ぶべきヒステリックな儀式において、彼ら彼女らがいかなる愉快事を繰り広げたか、それはこの際どうでもよい。
筆者自身さしたる興味もない。よって省略させていただく。
とりあえず行事そのものは滞りなく進行し、祭りの興奮冷めやらぬ中、文化祭はめでたく幕を下ろした。
が、その後も例の血まみれ美女の噂は学校中に広まり続け、また大勢の目撃証言からそれが凛の凶行だと信じられるようになっていた。
気が付けば凛は学校一の札つきのワルとして多くの生徒に知られるところとなったのである。
「ねぇ、あの人じゃない……ほら、例の……」
「不良と喧嘩して血祭りに上げたっていう……」
「ナイフ振り回してるところを目撃した奴もいるって……」「こわ……近寄らんとこ」
「でもぶっちゃけさ……」「すげーかわいいよな……」「分かる。オレ、ファンなんだよね……」「マジ? 実はオレも……」
(……なんか最近、視線を感じる……気のせいかな)
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:18:35.50 ID:eCrKDArS0
当然、凛の噂は卯月の耳にも入ることとなった。
「それ、私も見ました! 血まみれの子が先生を襲ってたところ……」
「えーこわーい」「てかやばくなーい?」
「ね、ね。他に聞いた話だとさ、購買部のカツサンドを買い占めて裏に流してるとかって……」
「やばー」「ねー」「卯月ちゃんも気をつけなよ?」「う、うん」「その不良、1年なんだって?」
「そうそう。名前は渋谷なんとかって言ったっけ」
(え? 渋谷って確か……)
卯月はふいに疑問を覚えたが、すぐに考えるのをやめた。
あまり深く首をつっこみたくないという思いと、今週末に行われるミニライブのために余計な不安を募らせたくないという思いがあった。
ライブと言っても商店街のイベントにサブで出演する程度である。
しかし卯月にとって、あるいは卯月の所属するグループにとっては今回の出演が実質上の解散ライブだった。
外部に向けた告知はまだしていない。そもそも、告知をしたところで人が増えるほど知名度のあるグループでもない。
卯月とて事情のすべてに納得しているわけではないが、それでも最後まで真剣に取り組みたいという気持ちがあった。
健気である。
その日の放課後、卯月は帰宅後いつものようにジャージに着替え、河原へ出かけた。
週に何度か自主的に取り組んでいるジョギングである。
夏も過ぎ、暮れかけた夕日が地平線の彼方を輝かせている。
卯月は寂しい気持ちを押し殺すようにペースを上げて走った。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:19:09.56 ID:eCrKDArS0
「わんっ!」
「ぅええ゛っ!? ……っと、と。びっくりしたぁ、なんだワンちゃんかあ」
いきなり背後から吼えられ卯月は飛び上がったが、その正体が小型犬だと分かるとすぐ足を止めて近寄った。
「よ〜しよしよし、こんな所でどうしたんですか〜? あれ、リードが……飼い主さんとはぐれたのかな?」
そうして卯月がワンちゃんと戯れていた時である。
「――――……ナコー!」
「え?」
「ハナコーッ!!」ドドドド
誰かがものすごい形相で卯月の方へ走ってくる。
その顔を一目見て卯月はハッとした。
(あの時の……怖い人!!??)
そう、凛だ。
「はわわわ……に、逃げなきゃ!」
つっかえながら走り出す卯月の後ろをワンちゃんが嬉しそうに追いかける。
「待ってえええええ!!」→「わんわんっ わんっ」→「ひええええええ誰か助けてえええ」
以下ループ。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:19:39.30 ID:eCrKDArS0
数分後。
「はぁ はぁ ま、待って……」→「わんっわんっ」→「ひぃ ふぅ も、もうだめ……」
先にダウンしたのは卯月であった。
へなへなと河原の芝生に倒れこみ、そこへハナコが尻尾を振りながらじゃれつく。
その後に凛が、息を切らしながらなんとか追いついた。
「ぜぇ、ぜぇ、す、すみません……うちのハナコが……」
「 」チーン
為すすべなくハナコにじゃれつかれる卯月。
「え? あれ? もしかしてこの前の……」
「わんっ」
…………
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:20:22.31 ID:eCrKDArS0
――――
「――……いきなり逃げ出しちゃったりしてすみません。その、私てっきり……」
「いや、小型犬でも追いかけられたら怖いよね。こっちこそ、ごめんなさい。ほらハナコも謝って」
「クゥン」
(べつに犬が怖くて逃げてたわけじゃないんだけどなぁ)
夕暮れの街並みを背に二人は河原に腰を下ろした。
ハナコは凛に抱かれたまま卯月の方ばかり向いて尻尾を振っている。
卯月はなるべく凛の方は見ず、ハナコに笑いかけるように話した。
(どうしよう……まさか不良さんに絡まれるなんて……私のこと覚えてない、よね?)
「……あの、以前会ったと思うんですけど、覚えてますか?」
「(どしぇー!?) え、えーっと、どうだったか、な……? あはは……」
「あぁ、やっぱり覚えてないか。文化祭前、廊下でいきなり倒れたところを保健室まで運んだんです。あのあと大丈夫でしたか?」
「え? えっと、はい。私はとくになんともなかったですけど……」
「それならよかった」
凛はにっこり笑うとハナコを抱きなおし、優しく撫でた。
その様子を見て、卯月は(もしかしてそんなに怖い人じゃないのかも?)と警戒心を和らげた。
(それに、やっぱり私を助けてくれたのはこの人で間違いないみたいだし……でも、じゃあ……)
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:21:00.20 ID:eCrKDArS0
「先輩はここで何を?」
「へ? ああ、私よくここでジョギングしてるんです。体力つけなくちゃいけないから」
「ふぅん、ジョギング……部活動ですか?」
「えーっと、部活動っていうか、アイドル活動、なんですけど……てへへ」
「アイドル?」
急に凛の顔が険しくなったのを見て卯月は慌ててぶんぶんと首をふった。
「アアアアイドルなんて言ってもほんと全然、大したことなくて、もう全然、やってるんだかやってないんだか分からないくらいで」
言いながら卯月の声は弱々しくなっていく。
そんな卯月の心境など察しようもない凛は、ただ素直に驚いて言った。
「すごいですね。へぇ、アイドル……初めて間近で見たかも」
感心するように一人で頷きながら卯月の顔を興味深そうに覗きこむのであった。
反応が完全に芸能人に対するそれである。
(こうして見ると確かにすごくかわいい……アイドルってこんななんだ。ていうか私、アイドルと知り合いになれる……!?)
「あの、あの、はっ 恥ずかしいですそんな近くっ」
「ご、ごめんなさい!」
目も合わせられずどんどんうつむいていく卯月の耳が赤らむのを見て、凛は慌てて顔を離した。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:21:30.93 ID:eCrKDArS0
(うぅ、気まずい……帰りたい……)
卯月はもじもじしながらひたすら目の前を流れる川を見つめている。
一方、そんな卯月のいじらしい横顔をなんだか珍しいものを見るような目で観察していた凛は、唐突にある考えを閃かせた。
そして良い案だと思えば深く考えず直球で実行するのが、この単純かつ素直な頭の為せるところなのである。
「あの」
「へぁいっ!?」
「え、っと……恥ずかしい話なんですけど、先輩にお願いしたいことがあって……」
「な、なんでしょう(まさかカツアゲ!? お金持ってないよ〜!)」ドキドキ
凛は照れくさそうに目を逸らし、やや頬を赤らめながら言った。
「わたしと、友達になってくれませんか?」
「え?」
「え?」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:22:13.42 ID:eCrKDArS0
(えぇ〜!? と、友達ってつまりどういう……ハッ、もしかして不良仲間になれってこと!?)ガビーン
(あぅ……さすがにいきなりすぎたかな……ちょっと引いてるし)
とはいえ、凛のこのアイデアはそれなりに当てがあり、まったく無謀な提案というわけではなかった。
まず、卯月には倒れていたところを保健室まで運んだという貸しがある。
またクラスメイト以外でまともにしゃべったことがある初めての人でもあり、
少なくとも凛からしてみれば、すでにグループが固まってるクラスで新たな友達を作るより遥かにハードルが低いと判断したのである。
他にも、ハナコが懐いていること、卯月に純粋に親しみやすさを感じたこと等々、理由は様々あったが、
中でも最も強いと思われる動機は「アイドルと友達になれる」というあまりにも俗っぽい下心のためであろう。
大人びた風貌に似つかわしくない無邪気さである。
「も、もし友達にならなかったら、どうなるんでしょうか……?」
「え? いや、べつにどうも……あ、でも学校ですれ違った時とかどうしよう(中途半端な知り合いって気まずいんだよね……)」
(学校で会うたびにシメあげられちゃうの私!?)
「先輩がどうしてもイヤっていうなら、わたしにも考えがありますけど(せめてファンとして応援するくらい……)」
(脅されてるー!?)ガビーン
もはやこれまで。卯月の答えはひとつしかない。
「わ、私でよければ……」
「ほんとですか!? よかった……」
凛は心底ホッとしたように溜め息をつき、にっこり笑いかけた。
卯月はただおずおずと畏まったように「よ、よろしくおねがいします……」と言って頭を下げるしかなかった。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 08:22:51.93 ID:eCrKDArS0
「……そういえばまだ自己紹介してなかったっけ。わたし、渋谷凛っていいます。先輩は……?」
「わ、私は島村卯月っていいます。二年三組の」
「じゃあ島村先輩、これからよろしくおねがいします」
そう言って凛は深々と頭を下げた。
それがあまりに仰々しい感じだったので卯月は思わず恐縮し、
「そんな、そこまでかしこまらなくても……卯月でいいですよ」
と言うと、凛はなにを思ったかしばらく考えて答えた。
「じゃあ、これからよろしくね。卯月」
(いきなりタメ口!? やっぱりこの人、不良さんなんだ……!)ガクブル
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