千歌「勇気は君の胸に」

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127 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:38:47.33 ID:bPNo+YOG0

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜翌朝〜



曜「――……ふわあぁぁ、おはよう千歌ちゃん」ゴシゴシ

千歌「曜ちゃんおはよう……くんくん、この匂いはまさか……?」

曜「うん、間違いなくアレだよね」



星空「――あ、二人共おはよう。朝ご飯出来たよ〜」ゴトッ

曜「こ、これは……っ」

千歌「朝、ご飯……?」

曜「ラーメンだね。しかも豚骨」

千歌「昨日の夜は醬油ラーメンで、今日の朝は豚骨ラーメン」

星空「にゃ? もしかしてラーメン嫌いだった?」

曜「いえいえ、ラーメンは好きですよ? 昨日のラーメンも凄く美味しかったです。ただ、朝からこってり系はちょっと……」

星空「ふむ、だったら塩ラーメンにしておくべきだったかぁ」

曜「いやいや……」

千歌「曜ちゃん曜ちゃん、豚骨だけど意外といけるよ」ズルズル

曜「え゛え゛!!?」

星空「だよねだよね♪ 私は毎朝作って食べているから」

曜「これを、毎朝!?」

千歌「んん〜〜ん、美味しい♪」ウットリ

星空「ドンドン食べてね〜」
128 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:40:38.37 ID:bPNo+YOG0



千歌「――ふ〜う、お腹いっぱいだよぉ」

曜「ご馳走様でした」

星空「いい食べっぷりだったね」ニコッ


星空「それで、今日はどうする予定なの?」

千歌「うーん……どうしよっか」

曜「諏訪さんが来るまでは何も出来ないし、取り敢えずこの町の散策でいいんじゃないかな?」

星空「それがいいと思うよ。私も一緒に案内するよ」

千歌「じゃあ、お言葉に甘えて―――」



―――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!



千歌「ん? 何の音だろう?」

曜「外から聞こえるね」

星空「工事でも始まったのかな?」



三人は外の様子を見る為にベランダに出た。

そこで目にしたのは、町の中心部の上空に浮遊している大きな円盤状の機械のような物体だった。
音の原因はこの飛行物体だ。



千歌「ほぇー、あんな大きな物が浮かんでいるよ。凄いなぁ」

曜「あれって乗り物なの? 見た事無いな……星空さんは知ってます?」

星空「……そ、そんな、まさか」ゾッ
129 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:45:47.29 ID:bPNo+YOG0
曜「星空さん?」

星空「二人とも伏せ―――」



星空が言い終わるより先に飛行物体に変化があった。

カッと眩い光を放ち、真下に向けてレーザー光線を照射したのだ。

直後に発生した衝撃波で三人はベランダから屋内に吹き飛ばされた。



曜「……ぁ……か、はぁっ……っ」

千歌「う……ぁあ……ぁ」

星空「ぐっ……ふ、二人共無事!?」

千歌「な、なん、とか……」

曜「今のは一体……?」

星空「さっきのあれは『超炎リング転送システム』。リングの炎を使って大量の人や物を瞬間移動させる装置だよ!!」

曜「瞬間移動? ビーム砲に見えましたけど!?」

星空「あのビームそのものに破壊効果は全く無いよ。ただ、転送には膨大な炎圧が必要だから、その余波で私達は吹き飛ばされた!」



「――ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

「やめろ!! やめてえええ!!!!!!」



千歌「今度は悲鳴!?」



急いで立ち上がり、再びベランダに出る。

外では逃げ惑う人々とそれを追う奇妙な人型の何かで溢れていた。


頭部は真っ黒なフルフェイスのヘルメットで覆われ

胸部には大きくて綺麗な石が埋め込まれている。

また、個体によっては手足が機械仕掛けになっていて

そこから出る炎や刃物で人々を無差別に攻撃していた。




曜「何!? あれは何なのさ!!?」
130 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:48:18.82 ID:bPNo+YOG0
星空「――人形兵(マリオネット)だよ……っ!」

曜「人形兵(マリオネット)?」

星空「浦の星王国が開発したサイボーグ兵器の一種だよ。あのヘルメットから下される命令プログラムに忠実に従って行動するんだ」

千歌「ちょっと待って……じゃあ、今この町の人を襲っているのって――」

星空「浦の星王国の軍だよ……私と私の組織を殲滅しに来たんだと思う」

曜「も、もしかして……私達のせい……?」

星空「違うと思う。ただ君達がこの町に来た日、浦の星で動きがあったのは把握していたんだ。私の見立てでは準備が整うのにあと数日は掛かると予想したんだけど……まさか一晩で済ませるとはね……っ!」


星空「私は仲間と合流して町の人を助ける。君達は裏口から出て、今すぐこの町から脱出して!」ダッ!


そう言い残し星空はベランダから飛び降りた。


曜「……行こう、千歌ちゃん!」

千歌「わ、分かった!」

131 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:51:14.13 ID:bPNo+YOG0

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



裏口が建物を出て、昨日町に入ったルートから脱出を試みた。

しかし、その道は既に人形兵によって封鎖されていた。

強行突破するにも数が多すぎる。



千歌「ど、どうする……?」

曜「別の出口を探すしかない。こっち!!」



「――おや? 見覚えのある顔ですね」



逃げようとした先に、黒いスーツを着た女性が立っていた。

他の人形兵とは違って生身の人間。


千歌達もこの女性に見覚えがあった。

それは、千歌がこの世界に来た初日

あのバスで出会った人物――



千歌「――むっちゃん……だ」

曜「むつ……? どこかで……」

むつ「ああ、そうだ思い出した。あの時バスで会ったんだ」

曜「あっ」

むつ「そもそも、どうして浦の星の国民がこんな場所に居るの? 危ないからこっちに来なさいな」

曜「え、いいんですか?」

むつ「いいも何もうちの国民なんだから当然じゃない」ニコッ

千歌「……っ」ゾワッ

むつ「さあ早くおいで」

曜「……」



むつ呼びかけに対し、二人は逆にじりじりと後ろへ下がった。



むつ「……どうして離れるのかな?」
132 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 00:56:28.07 ID:bPNo+YOG0
曜「いやー……だって、ねぇ」

千歌「うん、近づいたらダメな気がするんだよね……」



ニヤリと怪し気に微笑む むつ。

その邪悪な笑みに千歌と曜はたじろぐ。



むつ「――ふむ、意外と察しはいいんだね。私の嫌いなタイプだよ」

曜「私達、何かしました?」

むつ「そうだね……星空リンと接触してしまったのがダメだった。それだけで拘束するには十分なんだよ」

千歌「どうして私達が星空さんと会っていると知っているの?」

むつ「ふふふ……浦の星の監視網を甘く見ない方がいいって事」


むつ「さて、これから君達を拘束させてもらう。怪我をしたく無ければ抵抗はしないでね」

むつ「――行け!」



むつの命令で人形兵二体が襲い掛かる。

今から背を向けて走り出しても数秒で追いつかれてしまうだろう。



千歌「うわああ!!?」

曜「ッ!! 千歌ちゃん!!!」ボッ!!



やるしかないと悟った曜は千歌を自分の背後に押しのける。
リングに炎を灯し、技の準備を整えた。



―――ゴキャアアァァッ!!!!



曜・むつ「「!!?」」



空から落ちてきた人物の拳により、二体の人形兵は頭部から地面にめり込む。



星空「――……むつ!!!!」
133 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 01:05:48.84 ID:bPNo+YOG0
むつ「ターゲットの方から出向いてくれるとは……手間が省けたよ」

曜「星空さん!」

星空「交戦中の仲間から連絡を受けて急いで戻ってきたんだ。間に合って良かったよ」


星空「曜、千歌、ここは私に任せて」

千歌「ひ、一人でこの数を相手するんですか!?」

曜「人形兵も合せて十は居ますよ!? 私も一緒に戦います!!」

星空「私を誰だと思っているの? 悪いけど、君達が居たらかえって足手まといだよ」

曜「ぐっ……」

星空「守護者の私が任せろって言ったんだ。黙って任せればいいんだよ」ニッ

千歌「……行こう、曜ちゃん」

曜「うん……お願いします!」




むつ「流石、音ノ木坂王国の元守護者様ですね。人形兵を一撃で潰すとは……しかも素手で」

星空「あなたに褒められても嬉しくないな。そもそも、どうしてあなたなの?」

むつ「守護者では無い私が相手じゃ不満ですか?」

星空「当たり前だよ。舐めてるの?」

むつ「とんでもない。でも、わざわざ津島さんや桜内さんが出る幕じゃないのも確かですが」

星空「……ッ」イラッ



むつは匣兵器を開口する。

緑色の炎を注入して出てきた武器は日本刀だった。


……星空はその匣兵器を知っていた。

匣兵器の固有名詞は『雷電(らいでん)』

園田家が開発した日本刀型の匣兵器の一振りである。


星空と同期の雷の守護者は園田家であり、これはその彼女が使用していた匣兵器であった。



星空「その匣兵器を持っているって事は……っ!!」ギリッ
134 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 01:09:23.35 ID:bPNo+YOG0
むつ「ええ、その通りです。私が園田を倒しました。雷のAqoursリングさえあれば私も守護者になってますよ」



「まあ、仮にリングがあってもなりませんが」とぼやきながら刀身に炎を纏わせる。


雷属性の特性は『硬化』

雷に酷似したその炎は属性中最高の硬度を誇り、『雷電』はその特性を最大限に引き出せる。

よって、炎を纏わせた『雷電』の斬撃は例え鋼であっても紙と同様の強度となる。

仮に炎を纏わせたとしても並の炎圧では防御は不可である。


むつの匣を目の当たりにし、星空も対抗する為の武器を取り出す。

勿論、使うのは匣(ボックス)兵器だ。

出てきた武器は『指だしのグローブ』である。


むつ「……グローブ、ですか」

星空「何? そんなに意外でもないでしょ?」

むつ「ええ、ただ、匣兵器は持っていないと報告を受けていたので」

星空「最近手に入れたんだ。前の匣よりも性能は劣っているけど、そこは実力でカバーするさ」

むつ「……」


念のために様子を見た方がいいかな……?

もう三、四体の人形兵をぶつけてみよう。


むつ「――人形兵(マリオネット)!!!」



襲い掛かる四体の人形兵。

星空は「ふぅ……」と軽く息を吐くと、力強く拳を固める。


高純度の晴の炎を右手のグローブに纏わせ、目にも止まらぬ速さで拳を振るう。

上、正面、左右から襲い掛かってきた人形兵の頭部が同時にはじけ飛んだ。



むつ「……」ジッ
135 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 01:29:08.48 ID:bPNo+YOG0
星空「――性能を観察しようとしているなら無駄だよ。このグローブは炎を灯しても消滅しない以外に何も無いから」

むつ「みたいだね。一撃必殺の拳を四方向に同時に繰り出せるのか……恐ろしい」

星空「怖気づいたかにゃ?」

むつ「……ふっ」

星空「……」



むつと星空、二人のリングの炎が更に大きくなる。

その余波で近くの壁や地面の表面が削れ、黒く焦げる。



むつ「ぜーんぜん。残念ながらあなたじゃ私に勝てないよ」ニコッ

星空「……変わった遺言だね―――!!!」
136 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/09/03(月) 01:30:15.94 ID:bPNo+YOG0
今回はここまで。
土曜前後までには更新したいです……
137 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:27:49.17 ID:CPlG3n340

138 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:30:56.30 ID:CPlG3n340

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「???あああああぁぁぁぁぁっ!!? があぁ…!!??」ブシュゥッ!!


「このっ!? 数が多……ぎゃぁ!!?」グシャ


「早く逃げろ!!! 長くは持たない!!」


「助けて!! お願い助け???こ゛お゛お゛ッッ!!?」



町中から聞こえる怒号や断末魔。

人形兵を撃退すべく奮闘する者も多く居るが、次々と倒される。


それを横目に、曜は千歌の手を引いて走る。

倒れている人、殺されそうになっている人

全て無視して走り続ける。



139 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:32:18.60 ID:CPlG3n340
曜は葛藤していた。


千歌による補強があれば人形兵とも十分戦える。

今、目の前で殺されそうな人々を救う力を持っているのだ。

しかし、それは曜一人で戦う場合の話。

千歌との力のリンクを維持するには、お互いに目視可能かつ一定の範囲に居る必要がある。

故に、戦闘能力が皆無の千歌を危険な戦場に置き去りにしなければならない。

前回のいつき戦とは異なり、どこから敵が襲って来るか分からない今回の状況で
自分の実力では千歌を守りながら戦うのは困難だと自覚している。







千歌「……うちゃん」
140 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:34:06.02 ID:CPlG3n340
曜「……はぁ、はぁ、はぁ」タッタッタッ

千歌「ねえ、曜ちゃん!!」

曜「何ッ!!?」



精神的に余裕の無かった曜は強い口調であたる。

その反応と鬼気迫る表情と声に一瞬気圧されるが
構わず言葉を続けた。



千歌「あそこ! あそこで倒れている子!!」

曜「誰が倒れているって???……ぅ!!!?」ゾワッ



千歌が指さす場所には小さな二人の少女が倒れていた。

昨日、この町に来る前に出会った姉妹だった。



千歌「しっかりして!! ねえ!!」
141 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:35:36.20 ID:CPlG3n340
妹「ぁ……っ、ち、か……ちゃん……?」

千歌「そう、そうだよ!!」

妹「ど、こ……、真っ暗で……何も、見えない……よ?」

千歌「ッ!? ここだよ! 私はここに居るよ!!」ギュッ



少女の体は無数の鋭利な刃物で切り刻まれたかのように全身ズタズタに引き裂かれており
地面には既に大きな血の池が出来ていた。

千歌は血塗れになった少女の手を握る。



妹「……ぁ、温かい……なぁ」

千歌「どうしよう……このままじゃ死んじゃう」

妹「ね、ぇ……お姉、ちゃん……は?」

千歌「お姉ちゃんなら曜ちゃんが???」チラッ

曜「……」

千歌「……曜ちゃん?」
142 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:37:19.05 ID:CPlG3n340


目線を下げ、曜が抱えている姉の体を見る。

姉のお腹の中心部に地面がハッキリと見えるほど大きな穴が開いていた。

微かに意識はあるものの、絶対に助からない事は素人目でも分かってしまった。



妹「いた、い……いたいよぉ……」



かすれ声で痛みを訴える。

少女にはもう泣き叫ぶ体力すら残っていのだ。


千歌はただただ泣く事しか出来なかった。



千歌「……ぅ、うぅぅ」ポロポロ

曜「千歌ちゃん……ちょっと代わって」
143 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:38:39.82 ID:CPlG3n340
千歌「……何をするの?」


妹「…っ……はぁ……はぁっ……っ」

曜「もう少しだけ頑張ってね? 今、星空さんが治療を始めるから」

千歌「!?」

妹「……はぁ……はぁ……本、当……?」

曜「うん、本当だよ。ほら、だんだん痛く無くなってるでしょ?」



そう言いながら、曜はリングの炎を少女の全身に浴びせる。



妹「……ぁぁ、本当だぁ……もう、痛くない……や」

曜「そうでしょう?」

妹「……ん、ん……なんだか、眠く…なって……きちゃった」


曜「……」
144 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:40:12.34 ID:CPlG3n340
妹「明日……に、なったら……治って……る……かな?」


曜「……うん」


妹「じゃあ……治ったら、一緒に……遊んで、く……る………?」


曜「勿論だよ。約束する」ニコッ



妹「……え、えへへ、楽し……み……だ……な……ぁ」


妹「……??????」

曜「……っ」
145 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:41:34.34 ID:CPlG3n340
???『星空リンが助けに来た』

目が見えない事を利用した曜の嘘。

曜を信じ、明日が来ることを信じて眠りについた少女。

だがもう二度と目覚める事は無い。


助からないのならば、せめて痛みを取り除いて楽にしてあげよう。

雨属性の炎を持つ曜が少女にしてあげられる最善の策だと判断したのだ。

既に姉の方も同様の処置を施していた。



千歌「??……曜ちゃん」

曜「……ごめんなさい」

千歌「……」


曜「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」ポロポロ
146 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:42:48.34 ID:CPlG3n340
千歌「……ぁ」




……かける言葉が見つからなかった。

痛みから解放してあげた曜ちゃんの判断は間違っていないと思う。

それでも、結果的には二人の命を奪ってしまった。


私には想像も出来ない人の命の重み。


無力な私は泣き崩れる曜ちゃんを抱きしめる事しか出来なかった。




……ごめん。


曜ちゃんに十字架を背負わせてしまった??。




暫くすると曜ちゃんはグイっと私を押しのけた。

さっきまでの沈痛な表情とは一変
激昂した面持ちで辺りを見渡していた。



曜「??……囲まれている」

千歌「えっ、に、人形兵がこんなに沢山……!?」
147 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:43:46.08 ID:CPlG3n340
目の前に現れた人形兵は五体。
全員、服やヘルメットは真っ赤な血で染まっていた。

私達の元へゆっくりと近寄って来る。



千歌「逃げなきゃ……急ごう曜ちゃ???」



???トンッ



千歌「へ?」



後ろに突き飛ばされる千歌。

同時に千歌と曜の間を遮るように水の壁が出現した。



千歌「これって……どういうつもり!?」

曜「ごめん千歌ちゃん……悪いけど、ここでお別れだよ」

千歌「はあ!!?」
148 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:44:45.03 ID:CPlG3n340
曜「このまま真っ直ぐ走れば町を抜けられる。私がそれまでの時間を稼ぐから千歌ちゃんは先に行って」

千歌「曜ちゃんが戦うなら私だって???」

曜「黙って言う事を聞いて」

千歌「た、確かに私は曜ちゃんみたいに戦えないよ…でもあの時みたいに力になれる!!」

曜「……」

千歌「ねぇ、何か言ってよ!」

曜「……いいから行けって言ってるんだよ!!」

千歌「な、なん、でよ……」

曜「この数が相手じゃ千歌ちゃんを守りきれない。もうこれ以上目の前で誰も死なせてくないんだよ……」


??声が震えている。
水の壁で見えないけれど、曜ちゃんはきっと……


曜「それに、私はあの子達を……この町の人々を襲ったコイツらを許せない。全員倒さなきゃ気が済まないんだよ」

千歌「……"お別れ"って言った。曜ちゃんはここで死ぬ気なんでしょ!?」
149 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:46:34.62 ID:CPlG3n340
曜「死ぬ気なんて全然ないよ。"お別れ"っていうのは"一旦"って意味。終わったらちゃんと追いかける」

千歌「ホント? 信じていいの……?」

曜「千歌ちゃんは私の事信じられないの?」

千歌「……」


千歌「??分かった。約束だよ! 絶対に追いかけて来てね!!」

曜「うん……また後でね」
150 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:48:28.31 ID:CPlG3n340
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



曜「??”終わったらちゃんと追いかける”か」


よくもまあ平然と嘘をつけるもんだよ。
自分の実力は自分がよく分かっているじゃないか。

人形兵(マリオネット)は国が造った兵器
まだ一度も戦った事は無いけれど簡単に勝てる相手では無い。

それを一度に五体も相手にしなければならないんだ。
怪我だけじゃ済まないんだろうな……



??ギチッ、ギチギチッ!!



曜「全く動けないでしょ? 出力最大の『水の鎖(カテーナ・ディ・アクア)』は結構凄いんだ」
151 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:49:46.10 ID:CPlG3n340
曜「そのおかげで攻撃に割く力が残ってないのが欠点だけど……こればっかりは仕方ないね」

人形兵「??ッ!!! ???ッッ!!!」ギチギチ

曜「ん? 何を言ってるか全然分からないけど、慌てなくても大丈夫だよ。もう時期この鎖は解けるからさ」


五体同時に縛る事が可能なのは千歌ちゃんとのリンクが有効な時だけ。

千歌ちゃんとのリンクを維持できる範囲から出た瞬間
鎖の拘束力は極端に下がって、一秒も封じる事は出来ない。

開戦の合図は拘束が解けた瞬間だ

……やっば、ちょっとお腹痛くなって来たかも。
152 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:50:53.40 ID:CPlG3n340
曜「ふぅ……もう後には引けない、やるしかないんだ」


??バキンッ!!


曜「来るッ!! 覚悟を決めろ、渡辺曜!!!」ボッ!!
153 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/11/25(日) 01:53:45.12 ID:CPlG3n340
三カ月振りの投稿と遅くなりました…
本日よりまた再開しますので、どうかよろしくお願いします。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/30(金) 05:36:22.92 ID:2WsJIHo90
楽しみにしてる、
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/30(金) 07:12:39.05 ID:krubLPNd0
おー、良かった
マイペースに続けてくれ
156 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 00:50:49.73 ID:OGx6MZSd0
鎖を引きちぎり一斉に襲いかかって来る人形兵

曜はトンファーに炎を灯し、迎撃態勢を取る。



曜「弱点とかはよく知らないけど、きっと胸元にある大きな石そうでしょ!! 如何にもって感じだし!!」


近づいて来た人形兵の胸元へカウンター気味にトンファーを叩き込む。



―――ガキンッ!!!!



金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。

ビリビリと反動がダイレクトに腕に響き、思わずトンファーを手放しそうになるが
何とか堪える。

しかし、石には傷一つ付かない。


曜「かっっったいな!!? これ弱点じゃ無いの!?」
157 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 00:53:36.97 ID:OGx6MZSd0
曜の予想は間違っていない。

胸元に埋まっている石はリングと同じ素材であり、人形兵の動力源となっている。
破壊すれば当然、機能停止となるが弱点をむき出しのまま放置するほど間抜けでは無い。

石の表面は耐炎性、耐衝撃が極めて高い"ナノコンポジットアーマー"という物質で覆われている。

曜の炎圧でどうこう出来るレベルを遥かに超えているのだ。


攻撃を受けた人形兵は仰け反りながらも機械仕掛けの右手を曜の顔へ向ける。

高密度に圧縮された嵐の炎がレーザーのように照射された。



曜「熱ッッ!!!?」ジュッ!!



咄嗟に首を大きく傾ける

耳の一部を焼き切られたが紙一重で直撃は免れた。
158 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:01:06.81 ID:OGx6MZSd0
曜「この威力……私の技じゃ防げ無いよねッ!」ギリッ


――私の匣や技だとあの石を破壊するのは無理かな。

五体もいるから一体くらいは一撃で倒せれば楽だったんだけど。

奥にいる人形兵は大鎌を持っていたり腕がチェーンソーになってたりしてる。

灯っている炎色を見る限り、嵐が三体、雨が一体
後は緑色が一体だ。

緑色は確か……雷属性だったけ?
炎の見た目も電気っぽいし多分そうかな。

炎の大きさも純度も私の炎とは比べ物にならないくらいに高い。

これだけの差だと"鎮静"でも相殺しきれない。

一撃でも喰らえばお終い。

だったら敵の攻撃は回避一択だね。

こっちの攻撃は比較的脆そうな部位に集中させる……



曜「――先ずは手足を潰そう。攻撃を封じられればそれでいい」
159 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:03:54.27 ID:OGx6MZSd0
二体の人形兵が嵐の炎を纏わせた大鎌で斬りかかってくる。

首筋、左胸、内腿

人体の急所を目掛けての連続攻撃。

曜は冷静に軌道を見極め、全て回避する


曜「――くらえ!!!!」


大鎌を振り切り、体勢を崩した人形兵の右肩にトンファーを叩き込む。



――グシャッ!!!



曜「んな!?」ゾッ



肉と骨がひしゃげる嫌な音と感触。

想定外の手応えに一瞬怯むが、攻撃のチャンスを逃す訳にはいかない。


腰、膝、その他関節部と比較的脆そうな部位へ連続攻撃する。

可動部を破壊された二体の人形兵は地面に倒れ込み動かなくなった。
160 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:16:09.07 ID:OGx6MZSd0
曜「残り三体!!!」


曜の耳を焼き切った人形兵が同様の攻撃を仕掛けようとしていた。

発射まで数秒前―――



曜「二度も当たるもんか!!!」ボッ!!



水の鎖が人形兵の右手に絡みつき、引っ張り上げる
発射口を無理矢理隣に居る人形兵に向けさせた。

発射寸前のタイミングだ
緊急停止は間に合わない。



――ゴッ!!!!!!



放たれたビームは人形兵の胸元を貫いた。

すぐさま接近し、この人形兵も無力化する。



曜「――残り一体だ!!」
161 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:20:08.59 ID:OGx6MZSd0
視線を残りの人形兵の方向へ向ける。


……ここまでの流れは曜が脳内でシミュレーションした物と全く同じだった。

想定では残った人形兵との距離は数メートル。

水の鎖で足下を崩し、その隙に接近してトンファーで手足の関節を砕く算段だ。


だが、物事というのは想定通りに進む事の方が極めて少ない。
ここまで上手く進んだのは奇跡に近い。

実際は想定とは異なり人形兵は既に目の前に迫っていた

チェーンソーに改造された右腕を高々と振り上げている。



曜「やっば……これ避けられ――!?」グラッ



振り下ろされるチェーンソー。

雷の炎により切れ味が数段向上したこれは人の頭蓋骨程度なら一瞬で削り取るだろう。

一か八か、後方に倒れ込むように回避する。
162 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:24:25.07 ID:OGx6MZSd0



―――ブシャッ!!!!



チェーンソーの刃は曜の右肩を少し抉った。
多少血は出たが支障は無い。

しかし、咄嗟の事とはいえ避け方が致命的だった。

仰向けに倒れ込んでしまった故、次の攻撃を避ける事が出来ない。


――トドメの一撃が曜の顔面に襲い掛かる。



曜「うぅッ!!!!?」ゾワッ



無意味なのは分かっているが両手のトンファーで防御する。

死を覚悟した曜は思わず両目をギュッと瞑った。
だが……


曜「………あ、あれ……?」


お、おかしい……攻撃が来ない…?
チェーンソーの音も止まったぞ??


恐る恐る目を見開くと……



人形兵「……ガ、オゴ……ガガ……」

曜「な、なん……攻撃を止めた……?」
163 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:27:30.49 ID:OGx6MZSd0
人形兵「……ガ、オゴ……ガガ……」

曜「な、なん……攻撃を止めた……?」

人形兵「 ガ……ゴ、 ゴ……ジ………」

曜「何……何か言っているの?」

人形兵「 ォ……ド……ゥザ ……ン ………」

曜「……?」

人形兵「………………」

曜「……動かなく、なった」



曜「……はは、あははははは!!!」

曜「やった!! やった勝った! 私は勝ったんだ!!!」

曜「あはははは、ははは……は、は」

曜「そうだ……私は勝ったんだ。なのに――」


なのに何だろう……すごく嫌な感じがする。

この感覚……"何か取り返しのつかない事"をしてしまった気が……
164 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:34:41.42 ID:OGx6MZSd0


――そもそもどうして私の実力で人形兵を倒せたの?

星空さんの仲間が倒せなかった敵だよ?

それを一度に五体も相手にしたにも関わらず
大きな怪我を負う事なく私は倒せてしまった。

――この人形兵がたまたま弱かった?

……そんなはずは無い。

仮にも国が作った兵器だよ。

大きな個体差があるとは考えられない。

――なら、実は私の実力は星空さんの仲間よりもあったって事?

……一番有り得ない。



曜「……考えるのは後でいいや。今は一刻も早く千歌ちゃんに追いつかなきゃだよね」





「――凄いな、この数の人形兵を倒せるとは思わなかった」





バッと声のする方向へ振り向く。

そこには日本刀を握り、白ワイシャツを返り血で真っ赤に染めた むつ の姿があった。
165 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 01:35:28.70 ID:OGx6MZSd0
今回はここまで
166 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/05(水) 02:06:40.18 ID:OGx6MZSd0
前回の文章はダッシュ記号が文字化けしちゃって「??」になってましたね……確認不足でした
167 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:25:52.19 ID:EDQYlBtw0


曜「っ!? どうしてあなたが……っ!? 星空さんと戦っているはずじゃ―――」

むつ「どうしてだって? それは愚問だよ」



そう言うと彼女は曜に切断された人間の右手を見せつけてきた。

その右手の中指には晴のモーメントリングがはめてあった。



曜「星、空……さん……ッ」

むつ「本当は人形兵にするつもりだったんだけどね……あの人、自殺しちゃったからさ」

曜「――人形兵にするつもりだった?」

むつ「はい?」

曜「ちょっと待ってよ……人形兵(マリオネット)はロボットなんじゃ無いの!?」

むつ「ロボットだって? いやいや、人形兵はサイボーグだよ」

曜「だからロボットじゃ……」



むつ「――あ、まさか君……なるほどねぇ」ニタァ



曜「な、何だよ!!」
168 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:28:12.32 ID:EDQYlBtw0

むつ「そうかそうか、こいつは傑作だ! そりゃ敵の正体を知らなきゃ普通にブッ壊せるわな!! いやー無知って本当に怖いなぁ!!」ケラケラ

曜「無知って……何を言ってるのさ!?」


むつ「ふふふ、いい? サイボーグっていうのは身体器官の一部を人工物に置き換えた"改造人間"の事なんだよ。君の言っているのは完全に機械化された"人造人間"だ」

曜「だったら何だって……」

むつ「まだ分からないの? つまりお前が今壊したそれは"元"人間って事だよ! もっと言えば"元"星空リンの仲間だった人間だ」



曜「―――――………は?」ゾッ



むつ「ふふっ、その顔、星空リンも全く同じ様に青ざめていたよ」

むつ「そりゃ当然だよねぇ? 知らなかったとはいえ自分の仲間の頭をぶっ潰しちゃったんだもんなぁ」

曜「じゃ、じゃあ……星空さんの仲間が一方的にやられていたのは……」

むつ「変わり果てた姿だったとしても、仲間は殺せなかった。最も、私達もそれを見越してこの人形兵達を連れてきたんだけど」

むつ「まだ調整段階だったから十分な性能を引き出せていないけど、この町の反逆者供を抹殺するには丁度良かった」


曜「わ、私は……知らないうちに……ひ、人を……」ガタガタ

むつ「今更気にしてどうするの? そもそも"あれ"はもう人じゃ無い。壊しても人殺しにはならないよ」

曜「そ、そんなの詭弁だ!!」

むつ「何さ……気を使ったのに」
169 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:29:53.42 ID:EDQYlBtw0


曜「うるさい!! そもそもなんで……なんでこの町の人を襲った!!」

むつ「国の治安を脅かす勢力を排除するのが私達の役目。敵の態勢が整う前に叩くのは当然でしょう」

曜「この町の人々が全員そうだと言うの?」

むつ「いいや、排除したのはこちらが把握していた反逆者と人形兵に抵抗した者のみだよ。無関係の人間の命は奪っていない」


曜「何を言っているの……?」


むつ「ん?」

曜「無関係の人間は殺していない? 何人も殺したじゃないか!!」

むつ「何をデタラメを……人形兵にその様な命令は出していない」

曜「実際に殺されているんだよ!! あの姉妹だってまだ子どもだったのに……っ!!」

むつ「こ、子ども……だって……?」ゾワッ

むつ「そんなバカな……調整段階とはいえ人形兵への命令プログラムは完璧だったはず……」



曜の聞いて、むつ はほんの一瞬だけ動揺した様な気がした。

しかしすぐに澄ました顔に戻り、信じられないセリフを言い放った。






むつ「……そう、ならその子達は運が無かったのね。だから死んだ」





曜「―――……は?」
170 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:34:13.14 ID:EDQYlBtw0


むつ「人形兵が直接手を下さなくとも、流れ弾や二次被害で致命傷を負う可能性は十分あるもの」

曜「運が悪かった……? 本気でそう言っている、の?」

むつ「ええ。そもそも人間がいつ死ぬかなんて誰にも分からないじゃない。交通事故で死ぬかもしれないし、階段でうっかり足を滑らせて死ぬかもしれない」

むつ「この町に住んでいなければ、この町に星空リンが来なければ、このタイミングにこの町に居なければ、どれか一つでも避けられていれば死なずに済んだのにね」

むつ「――…断言出来るのは、その姉妹は今日死ぬ運命だった。ただそれだけよ」



曜「―――。」



――人間はいつ死ぬか分からない?

それは理解できる。


でも、あの子達が死んだのは運命だって?

それを あなた が言い切ってしまうの?



曜「――……ざけるな」


むつ「何だって?」



曜「ふざけるな……ふざけんな!!!!! 人の命を何だと思ってるんだよ!!!!!!」

むつ「……」


曜「私は今まで自分の国がどんな事をしてた何て知らなかったし、知ろうともして無かった……」


曜「――だけど、今ハッキリ分かった。あなたは……"あなた達"は間違っている!!!」


むつ「間違っている、か……その宣言が何を意味するか分かっていて言ってるの?」

曜「当然だよ。人形兵と戦った時から覚悟は出来ている」

むつ「そう……」



むつ「――おめでとう、たった今から君も反逆者の一員だよ」カチャッ



むつは日本刀型の匣兵器『雷電』を構える。

雷の炎によりバチバチと帯電したその刀身は鮮やかなエメラルドグリーンに変色していた。
171 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:35:23.95 ID:EDQYlBtw0


曜「……ッ」


……一目見ただけで分かる
この人の強さは私とは次元が違う。

「やってみなくちゃ分からない」とか「可能性はゼロじゃ無い」とか
そんな淡い希望すら打ち砕かれた。

確信してしまった、私じゃ絶対に勝てない……。

――でも……


曜「――勝てないと分かっていても……逃げるわけにはいかないんだよ」ボウッ!!

むつ「青い炎か……それにしても随分と弱々しい炎だね」クスッ
172 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:42:22.98 ID:EDQYlBtw0

曜「うん、知ってるよ――!!」ダッ!!



走り出す曜。

同時に むつ の周囲に複数の水の鎖を生成し、彼女の体を縛った。


これには むつ も驚きを隠せなかった。

炎を使った技は以前に比べて発動までのスピードは格段に向上したとはいえ
一流の使い手でも発動まで一秒は要する。

戦闘中の一秒は気の遠くなるような長さだ。

故に多くの者が匣兵器を使用する。


対する曜の発動スピードはコンマ数秒。

発動スピードの一点に限れば守護者と同等のレベルだった。



むつ「だからこそ炎の弱さが非常に惜しい」バチバチッ!!!



リングの炎で体を縛る全ての鎖を断ち切る。


ほんの一瞬しか動きを封じられなかったが接近するまでの時間が稼げればそれでよかった。


曜は右手のトンファーに炎を集中させた。

弱い炎でも一点に集中すれば鋼鉄をも溶かす一撃となる。


曜の炎圧ではそこまでの威力にはならないがダメージを与えられる可能性は高まる。



曜「おおッ!!!!」ブンッ!
173 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:45:06.43 ID:EDQYlBtw0

むつ「………」ジッ



むつ はトンファーの攻撃を『雷電』の刃で受け止めた。

金属同士がぶつかり合う甲高い音は鳴らず
刃はトンファーに深々と刺さった。



曜「んな!!?」ゾッ

むつ「その程度の炎と武器で、私の『雷電』を防げると思ったか!!!!」



更に力を入れてトンファーごと曜の体を斬り落とそうとする。

曜は踵で地面を強く蹴り飛ばして距離を取った。



曜「な、何なんだよその切れ味!?」

むつ「この『雷電』は雷の特性を最大限引き出せるよう設計されているの。並大抵の武器じゃ紙の強度と大差ない」

曜「紙と同じって……滅茶苦茶だよッ!!」ギリッ

むつ「あなたの炎じゃ防ぎきれないのは今ので痛感したはずだよ。大人しくしていれば痛みを感じる事無く三枚おろしにしてあげるよ」カチャッ

曜「……それは勘弁して欲しいかな」


むつ「それはそうとさ、いいのそこで?」

曜「?」




むつ「――その距離、『雷電』の間合いだよ」




刀身に纏わせていた雷の炎が細長く伸びる。

疑似的な刀身は曜の体まで十分届く長さとなった。


それを腰の高さで真横に薙ぎ払う。



―――バチバチバチッ!!!!



曜「ウ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!!?」ブシュゥッ!!



直撃した雷の炎が曜の全身をズタズタに引き裂く。

幸運にも致命傷は避けられたが余りの激痛に片膝をついた。




曜「ぐッ……がぁ、があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

むつ「やっぱり炎で伸ばした刀身じゃ切断は出来ないか」
174 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:50:13.37 ID:EDQYlBtw0


曜「はぁ、はぁ、はぁ……」ボタッボタッ


むつ「痛い? 大丈夫、そのまま動かなければすぐに解放されるから」


曜「はぁ、はぁ ……嫌だ、ね!」ボッ!!


むつ「……この期に及んでまだ抵抗するの?」

曜「当たり前じゃん。私は千歌ちゃんを追いかけなきゃいけないんだ。だから簡単に諦めて死ぬわけにはいかない」

むつ「心配しなくともすぐに向こうで会わせてあげるよ」


曜「だったら尚更諦められない! 千歌ちゃんは―――」







曜「―――……千歌ちゃんは私が守るんだから!!!!」







―――ゴオオッ!!!!




曜「えっ?」


むつ「何ッ!? ほ、炎の量が急上した!!?」

曜「な、なんでいきなり……?」



曜「……ま、まさか」グルッ











千歌「――…はぁ、はぁ、はぁ、っはぁ」ゼェ、ゼェ







175 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/13(木) 01:51:02.43 ID:EDQYlBtw0
また後日更新します
176 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 15:57:50.05 ID:Yipmq1y50



曜「なんで……なんで戻って来たのさ!!!?」

千歌「はぁ、はぁっ……、ご、ごめん!!」

曜「謝って欲しいんじゃない!」

千歌「そうじゃないよ! いや、確かに戻って来た事も悪いと思っていけど……そうじゃないの!」

曜「だったら何さ!?」


千歌「私は曜ちゃんを信じて先に行ったんだ。曜ちゃんが約束を破る訳が無い、曜ちゃんなら大丈夫だって自分に言い聞かせながら走ってた」


千歌「それなのに私……土壇場で曜ちゃんの言葉を信じられなくなっちゃった! 幼馴染なのに……本当にごめん!!」


千歌「曜ちゃんが戦うなら私も一緒に戦う。逃げるなら一緒に逃げる。私達はどんな時だって一緒じゃなきゃダメなんだよ!!」

曜「……」

千歌「曜ちゃん一人が傷つくなんて……私には耐えられない!!」

曜「……千歌ちゃんはそれでいいの?」

177 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:02:04.29 ID:Yipmq1y50
千歌「覚悟が出来てるから戻って来た……ッ!!」ブルブル




……覚悟は出来てるだって?


……そんなに震えているのに?



今まで殴り合いのケンカだってした事無いって話してたじゃん。

こんな大量な血も、死体も、人の死に際も

見たのはきっと今回が初めてだろうな。



普通の女の子ならとっくに逃げ出している。

心に深い傷を負ってトラウマになってしまうだろう。


それなのに千歌ちゃんは戻って来た。

恐怖で震える体を必死で押し殺して。

私の為に戻って来てくれたんだ。



……ああ、なんて強い子なんだろう。

誰にだって出来る事じゃない。

この子と友達になった向こうの世界の“私”が本当に羨ましいなぁ。








曜「千歌ちゃん!!!」

千歌「!」









曜「一緒に戦おう。千歌ちゃんと二人なら私、負けないから!!!」



178 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:03:16.30 ID:Yipmq1y50




むつ「…随分と強気だね。本当に勝てると思っているの?」


曜「当たり前だ!!!」ダッ!!




むつへ向かい迫る曜。

普通なら全身をズタズタに引き裂かれた痛みで動けないのだが
雨の“鎮静”で痛みを強引に打ち消した。

『雷電』の刃にトンファーが触れる。



―――ガキンッ!!!!



むつ「何ッ!?」



今度はトンファーが斬り裂かれることは無かった。

曜の“鎮静”が むつ の“硬化”を上回ったのだ。




キーンッ―――!!



キーンッ―――!!



ガキンッ―――!!



幾度となく打ち合う両者。

むつの剣戟に怯むことなく食らいついて行く曜。


むつは焦る。

剣の名門である園田家を打倒した自身の剣戟。

誰にも負けない確固たる自信があった。

それを無名の少女に見極められているのだ。



曜「うおおおおお!!!!」


むつ「し、しまっ…」
179 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:03:58.97 ID:Yipmq1y50



この動揺の隙を突く。

左のトンファーで『雷電』の斬撃を弾き飛ばし、右のトンファーをむつの胴体に叩きこむ。


むつ の体は後方に大きく吹き飛び、建物の壁へ激突した。



曜「っ……はぁ、はぁ……はぁっ……よしッ!!」

千歌「やった!」

曜「今のは手ごたえアリだよ! このまま押し切ってやる!」



180 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:12:53.60 ID:Yipmq1y50




むつ「………」



……いったいなぁ、もう。

ギリギリで炎の防御が間に合ったけど、雨の炎が雷の炎を貫くなんて。

『雷電』の刃も防御された。

炎の強さに圧倒的な差があれば有り得る。


でも、さっきまでのあの子にそれ程の炎圧は無かった。

オレンジ髪のアホ毛の子が来てから急激に炎圧が上がったんだ。

会話から察するにかなり親密な関係なのは明らか。



……守るべき人が来た事により覚悟の質が変わった?



炎圧(炎の大きさ)や純度に変化が出るのは覚悟の差だ。

人によって覚悟に該当する感情は異なり、合致した時に最大限の力を発揮する。

戦闘中に偶然合致するのはよくある話だ。



……だとしても、この子の変化は異常すぎる。



覚悟の変化だとかそんな次元の話じゃない。

まるで外部から力を供給されているような……

供給、そうか供給か。


むつ「……可能性は無くはないね。試してみよう」ムクッ

181 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:14:46.58 ID:Yipmq1y50


千歌「お、起き上がった!?」

曜「……ッ」ギリッ



むつ はチェーンで腰にぶら下げていた匣を手にする。

雷の炎を注入すると匣からは二匹の動物が飛び出した。



千歌「あれって……狐?」

曜「あ、アニマルタイプの匣兵器か!?」



むつ「―――開口、おいで……電狐(エレットロ・ヴォールピ)」



曜「そりゃ国の兵士だもんね……その匣兵器を持っていて当然か」

むつ「使うつもりは無かったんだけどさ、こっちも本気でやらなきゃダメかなと」


千歌「よ、曜ちゃん…」

曜「大丈夫、三対二になっちゃったけど問題無い」

むつ「問題無いですか……。本当にそうかな?」



むつ「行け!! 『電狐』!!!」



むつ の命令で雷の炎を纏った二匹の狐は高速回転しながら襲い掛かる。
182 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:19:00.25 ID:Yipmq1y50


曜「撃ち落としてやる! ……えっ?」



迎撃態勢を取った曜。

だが、二匹の『電狐』は曜の左右を大きく逸れていった。



……狙いが逸れた?



曜「……ち、違う!! この軌道はッ―――!!?」




―――ブシャッアアア!!!!!




……曜は激しく後悔した。

どうして直ぐに分からなかったんだ。

容易に予想できた攻撃だったはずだ。


でも、もう遅い。


千歌の全身から血飛沫が舞い、真っ赤な花が咲いた―――。
183 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:21:40.26 ID:Yipmq1y50




千歌「あっ……?」




目の前が綺麗な緑色でいっぱいになった。

かと思えば、一変して赤一色となった。

自分の体から何か噴き出している。

生暖かいお風呂に入っているような不思議な感覚。



自分の身に何が起きたのか。

自覚するまでに時間は掛からなかった。





千歌「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!!」





雷の炎が私の体を斬り裂く。

顔を。腕を。腹部を。腰を。脚を。

皮膚を貫き肉を引き裂き血管を破壊する。




千歌「―――あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! あ゛ッ、あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」




攻撃は一旦止む。

二匹の『電狐』は千歌の体から少し離れた。

自立するのに必要な筋肉を断ち切られた千歌はその場に倒れる。

地面には千歌の体から漏れ出た鮮血で円形の池を形成され、徐々に大きくなっている。

184 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:25:18.27 ID:Yipmq1y50


千歌「あがが……あ、ああ……」




……痛い。

……痛イ。

……イタい。

痛い。痛イ。いたい。イたい。イタい。いタい。

こんなの聞いてないどうしてこんな思いをしなきゃいけないの?

たえられないたえられない。無理むりムリむリムり。こえすらでない。

これぜんぶわたしの血だ。チ。ち。血血血チチチチちちちちち。

いたいしんジャう、いたいのイヤだ。

これじょうはムリイタイのいやだ。

たすけてようちゃんおねがいタスけて。

タスけてようちゃんタスけてようちゃんタスけてようちゃんたすけてたすけてたすけてたすけて―――


185 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:26:38.72 ID:Yipmq1y50



曜「……あぁ、ああ……」

むつ「やっぱりね。目に見えて炎圧が下がった」


曜「貴様ァァァアアアア!!!!!」

むつ「怒るなよ。サポート役を先に潰すのはセオリーでしょう?」


曜「千歌ちゃん!! 今そっちに行―――」

むつ「行かせると思う?」



―――ガキンッ!!



曜「くそッ!! 邪魔するなよ!!!」ギギギッ!

むつ「まだ防げるだけの炎圧は出てるのね」

曜「この……ッ!!」

むつ「でもさ、あの子の元に行ってどうするつもり?」

曜「あ゛あ゛!?」ギロッ

186 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:28:57.44 ID:Yipmq1y50


むつ「雨の炎じゃ痛みを取り除くくらいしか出来ない」

曜「……うるさい」

むつ「傷を癒せる晴の炎が無ければあの子は助からない。行くだけ無駄だよ」

曜「うるさい!!」

むつ「君の取るべき行動はただ一つ。炎圧が下がり切る前に私を倒す事でしょ。ほら、こうしている今もみるみる弱っているよ」

曜「うるさいって言ってんだよ!!!」




……言われなくたって分かってる。

千歌ちゃんを救う為には一刻も早くこいつを倒さなきゃいけないことくらい。

でも……ああッ!!

後悔と怒りで頭がどうにかなりそうだよ!!!


……どうする。

……どうする。

……どうする。

187 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:35:31.84 ID:Yipmq1y50


千歌「……よ゛、う゛……ちゃん」

曜「ッ!!?」

むつ「へぇ……まだ意識あるんだ」



残された僅かな力を振り絞り体勢を上げる。

大量出血により体温は著しく低下し唇は真っ青となっていた。



千歌「はぁ……はぁ、はぁ……ッ」

曜「千歌ちゃん! ゴメン! わ、私……ッ!!」



……ソウダヨ。ヨウチャンノセイダ。



千歌「大、丈夫……だから」



……全然大丈夫ジャナイ。



千歌「私なら……大丈夫、だから……ッ」



……コノママジャ死ンジャウヨ。



千歌「だ……から……か、って………」



―――ベチャッ



千歌「……」


曜「……ッ、ぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


曜「殺す! お前は絶対に殺す!!」

むつ「……言うだけなら簡単だよ。直ぐ行動に移さなきゃ」
188 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:37:22.37 ID:Yipmq1y50


千歌「………」



指一本動かせない。

痛みは感じなくなっていた。

心臓の鼓動も徐々に弱まってる。




……全部ヨウチャンノセイダ。

……違う。

……ヨウチャンガ守ッテクレナカッタセイダ。

……違う。


曜ちゃんは悪くない。

攻撃を躱せなかった私が悪いんだ。

そもそも、こうなる事も覚悟の上で戻って来たじゃないか。


……でも、このまま死んじゃうの?

私が死んだら元の世界はどうなっちゃうんだろう。


曜ちゃん。梨子ちゃん。花丸ちゃん。ルビィちゃん。善子ちゃん。果南ちゃん。ダイヤちゃん。鞠莉ちゃん。


もう二度とみんなと会えない。

廃校の阻止も出来てない。

ラブライブ本戦にだって出場出来てない。

まだまだまだまだ、やり残した事が沢山ある。


まだ……死にたくないよぉ……。




―――グチャッ




千歌「………ぁ」
189 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:38:17.89 ID:Yipmq1y50


曜「……」



千歌のすぐ隣に曜が仰向けに倒れ込んできた。

既に意識は無い。

手に持っているトンファーは短く切断され

右肩から左腰にかけて大きな切創が出来ていた。

傷の深さは不明だが、出血量から見て致命傷に近い。


曜は敗北したのだ。




千歌「………よ………ぅ………ち、ゃ………」



最後の力を振り絞り、曜の右手を掴む。

刹那、千歌の意識は暗い暗い闇の中に落ちて行った―――。


190 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:42:22.15 ID:Yipmq1y50

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




むつ「……終わったね」



ふぅ、と一息つく。

『電狐』を匣に戻した。



むつ「他者の炎を増幅させる技か。初めて遭遇したけれど中々興味深いね」

むつ「まだ死んでないし、連れて帰って人形兵にするのも……」

むつ「……いや、この傷じゃ城に戻るまで持たないか」



むつ は『雷電』に炎を纏わせる。



むつ「ただの小娘が私に一撃を入れたご褒美だよ。『雷電』渾身の一撃で葬ってあげるよ」バチバチッ!!!









???「―――……うーん、それはちょっと困るかな」









むつ「……今度は誰?」



声のする方向を向く。

そこには黒いローブにペストマスクを被った小柄な人間が立っていた。

声を聞く限り少女であるのは間違いない。
191 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:45:19.47 ID:Yipmq1y50


???「ここで彼女達に死なれたら困る。まだやって貰わなきゃいけない事があるからね」

むつ「私が知った事じゃないね」

???「君の任務はもう終わったでしょう? ならここで今すぐ撤退してくれると助かるんだけど」

むつ「……いいや、たった今新たに追加されたよ。お前を排除するって任務がね」

???「止めて置いた方がいい。まだ死にたくないでしょ?」

むつ「言ってくれるじゃない。……このクソガキがッ!!」



―――バチバチバチッ!!!



リングから凄まじい炎が放出される。

曜との戦闘時以上の出力だ。



???「はぁ……仕方ないなぁ。まだ本調子じゃないけど、戦うしかないね」

192 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:47:55.78 ID:Yipmq1y50


???「……後悔するなよ?」




―――ゴオオオッ!!!!




むつ「……ッ!!? な、なんだ……何なんだその炎はッ!!?」



“黒い炎”だと!?

大空の七属性のどの色でも無い。

そもそもこの炎圧は何だ。

さっきの子と同等かそれ以上だ。

人間一人が生み出せる炎圧を遥かに超えている。

それに右肩から生えている黒い翼は一体……。



むつ「お前は一体……何者な―――」




―――グチャ……




むつ「………は?」

???「はい、お終い」

むつ「何を……され、た………」ドサッ








???「―――おやすみなさん♪」






193 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:50:01.62 ID:Yipmq1y50


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





千歌「…………っぅ」




……痛い。

また痛み始めた。

痛みを感じるって事は私はまだ死んでない?

でもこの傷じゃもう助からないよね。

血もこんなに沢山出ちゃったし。

どうせ死ぬのにどうして意識が戻っちゃったんだろう。

痛みが無いまま逝きたかったのにさ。

神様も残酷な事するよね……。





「―――……んちゃん!」





……何だろう。

声が聞こえる。

誰か近くに居るのかな。





「―――……果南ちゃん、みんなも早く! ここに居たよ!!」
194 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:52:21.49 ID:Yipmq1y50

「こ、これは……酷い」

「これ……もう死んじゃってるんじゃ……」

「大丈夫。二人共微かだけど脈はまだあったずら」

「よしみ、どう?」

「そうですね……二人共酷い傷ですが今ならまだ間に合います」

「ほう」

「本当!? なら早く―――」



「―――ただ、確実に救えるのは片方だけです」



「え……ひ、一人だけ……?」

「出血量が余りにも多すぎる……残された体力を考慮すると二人同時に救える可能性はかなり低いかと」

「……なるほどね」
195 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:54:22.52 ID:Yipmq1y50


「どうするずら?」

「か、果南ちゃん……」

「選んで下さい。どちらの子を助けますか?」

「全く、嫌な選択を押し付けるね……」



千歌「……ぁ、……ぅぉ」



「っ! ね、ねえ、千歌ちゃんが!」

「このタイミングで意識を取り戻したずら!?」

「しっ! 何か言ってます」



千歌「……ぅを、……すけて」



「……えっ」



千歌「―――よう、ちゃん……を、助けて……くだ…さい」



「う、嘘……」

「どうして……果南ちゃんとよしみちゃんの会話は聞こえていたはずなのに」


千歌「お願い……します……曜ちゃんをたす、けて……」


「驚いた……この状況で自分じゃなくて他人の命を優先するなんて」

「自分を助けてって言っても誰も批判しないのに……凄い」


「……よしみ、私の指示はもう分かっているよね?」

「ええ、勿論分かってます」







「―――絶対に“二人共”救ってみせますよ!!」ボッ!!




196 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2018/12/19(水) 16:55:52.13 ID:Yipmq1y50
今回はここまで。今回更新で物語の三分の一くらいです。
197 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:13:32.71 ID:3Lp6gUoI0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



〜浦の星王国 城内 病室〜



善子「よいしょっと」ギシッ

むつ「……ぁ、津島……さ、ん?」

善子「あ、起こしちゃった?」

むつ「いえ……目を閉じていただけですから」

善子「……」

むつ「……」

善子「…何無様にやられてるの?」

むつ「はは……返す言葉もないです」アハハ…

善子「ヘラヘラしてるんじゃないわよ」

むつ「す、すみません」
198 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:20:32.45 ID:3Lp6gUoI0


善子「……随分とコンパクトな体になったじゃない」

むつ「ええ、腰から下と内臓の六割を失いましたから……」

むつ「今は三人の術師が交代で施してくれる幻術で内臓の機能をなんとか補って辛うじて生きています」

善子「知ってる。皮肉で言ったの。真面目に返答しないで」

むつ「で、ですよね……」


善子「……なんでよ」

むつ「え?」

善子「なんで私の幻術は拒絶したの?」

むつ「……」

善子「私の力なら人間の内臓機能くらい私一人でカバー出来る! 何なら無くなった足だってね!! 以前と変わらない体に戻してみせるわ!!」

むつ「……そうですか」

善子「もしかして私の負担になると思っているの? だとしたら見くびらないで。こんなの私にとってペン回しと同じくらい簡単な事よ」

むつ「え、津島さんペン回し出来なかったはずじゃ……」

善子「あ、揚げ足とるな! ブッ飛ばすわよ!?」

むつ「そ、それは勘弁して欲しいです…」
199 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:23:40.75 ID:3Lp6gUoI0


むつ「確かに、あの音ノ木の初代霧の守護者『東條希』と同じ『魔術師(マーゴ)』の異名を持つ津島さんならきっと出来るでしょうね」

善子「なら―――」


むつ「でもいいんです」

善子「ッ!? だから何でよ! 分かっているの!? このままじゃあなた、人形兵(マリオネット)にされるのよ!?」

むつ「ええ、分かってます」

善子「ならどうして!?」

むつ「……これは“罰”なんですよ」

善子「罰?」

むつ「私は奪ってはいけない命を奪ってしまった……その罰なんですよ」

善子「何よ……それ……」

むつ「だからいいんです。私はこのまま―――」


善子「いい訳無いでしょ!!!」


むつ「つ、津島……さん?」
200 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:27:55.57 ID:3Lp6gUoI0

善子「どうしてそんなにあっさり受け入れるの!? このままじゃ死ぬのよ!?」

善子「私なら何とか出来るって言ってるじゃん! だから頼れよ!!」

善子「私は……! 私は…むっちゃんに生きて欲しいんだよ!!」ポロポロ

むつ「……っ」ギリッ

善子「生きたいって言えよぉ……ねぇ、お願いだから…」

むつ「津島さ……善子ちゃん、泣かないで?」

善子「……泣いてないし」グシグシ


むつ「……少し、昔の話をするね」

善子「何よ、いきなり」

むつ「善子ちゃんが私の上司に就任した時の話だよ」
201 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:30:50.88 ID:3Lp6gUoI0


むつ「あの時は年下の子どもが自分の上司に就くって聞かされてホント気に入らなかったね」

善子「や、やっぱり…?」オロオロ

むつ「当時のメンバー全員が納得して無かったよ。『守護者は中学生のガキに務まる役目』じゃないってね」

むつ「どんな生意気なクソガキが来るのか全員で色々と予想していたんだよ?」


むつ「……でも全員の予想は大外れ。超が付くくらい謙虚で逆に引いたよね」

善子「だ、だって一番年下だったし……。それで引くのはおかしくない?」

むつ「それくらい衝撃だったんだよ。子どもで天才ってのは生意気と相場が決まってるから」

むつ「それと同じくらい善子ちゃんの才能には衝撃を受けた。この人には一生敵わないって」
202 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:39:15.85 ID:3Lp6gUoI0


むつ「すっごく悔しかったけどさ、誇らしくもあったんだよ。私はこれからこんなに凄い人の部下になれるんだってね」

善子「……」

むつ「昔は謙虚だったのに今じゃ太々しくなったよねー」ジトッ

善子「う゛っ」ドキッ

むつ「日々の雑務は全部私達に押し付けられて正直うざかったし、訓練メニューは嫌がらせかってくらい辛かった」

善子「い、いや……雑務の件は確かに私が悪いけど……訓練の方はみんなの事を想って―――」

むつ「大丈夫、みんな分かってますよ」

むつ「善子ちゃんがみんなを鍛えてくれたお陰で私は今生きているんですから。以前のあの三人じゃ人の臓器を幻術で作るなんて出来なかったから」
203 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:43:15.13 ID:3Lp6gUoI0


むつ「私は善子ちゃんの……霧の守護者 津島善子の部下になれた事を誇りに思ってます。そして、この命尽きるまで私の力を捧げる覚悟がある」

むつ「だからこそ今の私は人形兵になる必要があるんです」

善子「?」

むつ「善子ちゃんの幻術なら私の内臓と足は完璧に再現出来るでしょう。でも、何かの拍子に幻術が解けてしまったら? その瞬間、私は間違いなく即死する」

善子「……私はそんな間抜けな事はしない」

むつ「善子ちゃんがいかに凄い術師だとしても、私の体の一部を幻術で維持し続けるには相当なキャパシティを必要とする」

善子「だからそれはっ!!」

むつ「もしもの時に善子ちゃんの足を引っ張るのも役に立たないのも嫌なんですよ」

善子「……私の命令でも?」

むつ「ええ、ここだけは譲れない」

善子「……石頭め」



―――ガチャッ



梨子「やっぱりここに居たのね」
204 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:46:02.44 ID:3Lp6gUoI0


善子「……何の用事?」

梨子「たった今、人形兵が記録した映像の復元が完了したって報告があった」

善子「あれだけグチャグチャにされていたのによく直せたわね…」

梨子「これからその映像を元に敵の正体を突き止める。一緒に来て」

善子「……」

むつ「……善子ちゃん?」

善子「分かってる……言われなくても行くわよ」

むつ「ならいいんです」

善子「……もうここに来る事は無いわ」

むつ「うん……その方がいいよ」

善子「……今までありがとう」

むつ「……」ニコッ

205 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/09(水) 23:51:03.38 ID:3Lp6gUoI0

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



千歌『……すぅ』


曜『――ねえ』


千歌『……すぅ……すぅ』


曜『――お〜い、起きてよー』ユサユサ


千歌『んん……ふわあぁ〜〜あ』ゴシゴシ


曜『やっと起きた。もうすぐバス停に着くよ』


千歌『……ふぇ? どこに??』


曜『これから行くフリーマーケット会場の近くのバス停だよ』


千歌『ふりーまーけっと???』


曜『もしかしてまだ寝ぼけてる?』


千歌『……あ、ああ!! そうだそうだ、完全に寝ぼけてたよ……あはは』
206 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/10(木) 00:09:34.35 ID:AWGkPAXa0




――私と曜ちゃんだ……これは一体?


『……これはあなたの記憶よ』


――私の記憶?


『ええ、千歌っちがこっち世界に来る直前の記憶だよ』


――あなたは誰? 姿が全く見えないんだけど……。


『……分からない』


――どうして?


『私自身も誰なのか分からないんです。色々あって……人格がまだ安定しないんだ』


――人格……?


『あ……ほら見て、場面が切り替わるわよ』


207 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/10(木) 00:12:38.13 ID:AWGkPAXa0




千歌『ほぇ〜、洋服とかアクセサリーとか色々な物が売ってるね』


曜『これぞフリマって感じだね! こんなに可愛い制服もこのお値段とは……』ウットリ


千歌『9000円って……フリマでこの値段は流石に高いでしょ』


曜『分かってないなぁ。これを普通に買おうとすると数万円はくだらないんだよ!!」


千歌『うげぇ!? そう言われると確かにお得だね……』ムムム


曜『まあ、完全に予算オーバーだから買わないけどね』


千歌『ですよねー』


千歌『……ん?』


曜『どうかしたの?』


千歌『いや……別に何でも――』


曜『千歌ちゃん、そのリングが気になるの?』
208 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/10(木) 00:14:57.88 ID:AWGkPAXa0


千歌『気になるっていうか……ちょっと派手だったから目に留まっただけだよ』


曜『細かい彫刻にオレンジ色の綺麗な石……何だか善子ちゃんが好きそうなデザインだね』


千歌『もう似たような物を持ってるかもよ?』クスッ


曜『かもね。次の衣装のアクセサリーにメンバーカラーのリングってのも良いかも!』



――あっ。


『思い出したかしら?』


――そうだ、そうだよ。私の最後の記憶はバスの中じゃない、ここであのリングを見つけた時だよ。


『その通りよ』


――私がリングを手に取った直後、いきなり目の前が真っ暗になるんだ。


『そして、あの砂浜で目を覚ます』


――だとしたら……ここで手に取ったリングはどこにいったの?


『……』
209 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/10(木) 00:16:54.03 ID:AWGkPAXa0


――ポケットの中にも目を覚ました砂浜にもリングは無かった。単純に見落としただけ?


『大丈夫、あなたはあのリングをちゃんと持っているから』


――えっ、私が持っている……?


『詳しく説明したい所だけど、そろそろ現実世界のあなたが目を覚ます頃なのよね』


――ちょ、ちょっと待ってよ! あなたは一体誰なの!?


『ごめんね……でも最後に一言だけ伝えるわ』


――ぐっ……眩し―――



『例え世界が違っても、千歌っちが紡いできた仲間との絆は変わらない。この先に何があっても、それだけは信じて―――!!』







210 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:27:50.24 ID:6pUuQ+RI0

――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――



千歌「―――……ぁ…う、うぅ……」パチッ



千歌はベットの上で目を覚ました。


……ここは一体何処なのだろう。

病院というわけでも無い。

民家の一室を病室に改装したような感じだ。

私はどのくらい眠っていたのかな。

長い長い夢を見ていた気がするし、見てない気もする。

記憶がとても曖昧だ。




千歌「……痛っ!?」ズキンッ



起き上がろうとした千歌。

だが、身体中が石のように硬い。

筋肉の柔軟性がほとんど失われていた。

と、そこに……。



―――ガチャッ



「失礼しま……ピギャアア!!?」
211 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:29:58.46 ID:6pUuQ+RI0

千歌「ぁ……ルビィちゃ、降幡さん……?」

「ちょちょちょちょちょっと待ってて!!」

「よ、曜ちゃん!! 果南ちゃーん!!」バタバタッ

千歌「あっ! ……行っちゃった」



現れたのは前に自身を“降幡 愛”と名乗った彼女。

目を覚ました千歌を見ると大慌てでその場を去った。



千歌「うーん……あの人絶対にルビィちゃんだよなぁ」

千歌「隠すつもりならもうちょっと頑張ろうよ……ルビィちゃんらしいっちゃらしいけどさ」フフッ



もう一度体勢を起こそうと試みる。



―――ジャラッ



千歌「あれ? 首元に何かぶら下がってる?」

千歌「ネックレス……じゃないね。オレンジ色の石が埋め込まれたリングだ」

千歌「このリングどこかで見覚えがあるような……」ウーン



ドタドタドタ―――!!



曜「―――千歌ちゃん!!!!」バタンッ!!!
212 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:33:54.40 ID:6pUuQ+RI0

千歌「うぉ!?」ビクッ

曜「あ、ああ……本当に……うぅ……」

千歌「ど、どうしたの? 顔が傷だらけだし、服もボロボロになってるじゃ―――」



曜「う、うわあああああああああん」ダキッ

千歌「よ、よよよ曜ちゃん!!?///」

曜「ぐすっ……ごめ、んね……本当にごめんね」

千歌「え?」

曜「私が弱いせいで千歌ちゃんを死なせかけた……」

千歌「……ん」ナデナデ

曜「もう二度と目を覚まさないかと思った」

千歌「でも目を覚ましたよ」

曜「このまま千歌ちゃんが死んじゃうかと思ったら……凄く怖かった……」

千歌「ちゃーんと生きてるよ。ほら、心臓の音も聴こえるでしょう?」

曜「……うん、聴こえる。でも、何だかちょっと早いね」

千歌「き、気のせいじゃないかな?」

曜「……私、もっと強くなるから」

千歌「……うん」

曜「絶対に千歌ちゃんを守り切れるくらい強くなるから!」

千歌「曜ちゃん……」
213 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:35:26.19 ID:6pUuQ+RI0



「あー……ゴホンッ、そろそろいいかな?」



曜「あ、ご、ごめんなさい。つい……///」

「ふふ、まあ気持ちは分かるけどね♪」



曜の後ろから聞き覚えのある声の女性が現れた。

右眼を真新しい包帯で覆ったその女性は前に写真で見せられたそれと同じだった。



「あの時は偽名で使ってる諏訪の方で名乗ったよね」

千歌「……やっぱり」

「一応追われている身だったからさ」

千歌「じゃあ、あなたは……」


果南「うん、私の名前は『松浦 果南』だよ。多分あなたの知ってる『果南』と同一人物だと思うよ」

千歌「なら、高槻さんや降幡さんも」


花丸「はーい、『高槻』改め『国木田 花丸』ずら」ペコッ

ルビィ「く、黒澤 ルビィです……さっきはいきなり飛び出してごめんなさい」


果南「二人共来てくれたんだ」

花丸「そりゃ、一か月近くも意識不明だった千歌ちゃんが目を覚ましたって聞かされたらすっ飛んでくるよ」

千歌「い、一か月!?」

果南「ビックリでしょ?」
214 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:37:18.44 ID:6pUuQ+RI0


千歌「そんなに長く眠っていたら心配になるのも当然だよね……」

曜「私は一週間くらいで目が覚めたんだ」

ルビィ「曜ちゃん、最初は千歌ちゃんの傍につきっきりだったんだけど……」

果南「途中から私が外に連れ出したんだ」

千歌「そうなの?」

曜「うん……悔しいけど千歌ちゃんの傍に居ても私に出来る事何もなかったし、だから私に出来る事をしようと思ったんだ」

花丸「今日までずーーっと私達と一緒に修行してたんだよ」

千歌「だからボロボロなんだね」


果南「―――さてと、起きたばかりなのは分かっているけど色々と話してもらうよ」

千歌「うん、私も聞きたい事いっぱいあるし」

果南「まあ、曜から大体の事情は聞いてるんだけどね」

花丸「そうだよ。今更何を聞くの?」

果南「そうだね……一番気になっているのは首にぶら下がってるソレだね」

千歌「あ、これ?」ジャラッ

ルビィ「私も気になってた……どうしてソレを千歌ちゃんが持ってるか」

曜「そもそも千歌ちゃんの首に無かったよね。いつの間に付けていたの?」

千歌「それが私にもさっぱり分からないんだよ」
215 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:48:10.03 ID:6pUuQ+RI0

花丸「記憶が正しければ二日前には無かったずら」

千歌「なら、この中の誰かがつけてくれたんじゃないの?」

果南「それはあり得ない」

千歌「どうして?」

果南「だってそのリングは私達が探していたリングだからだよ」

千歌「探していた……これを?」


果南「ねえ、曜」

曜「ん?」

果南「そのリングを触ってみてよ」

曜「触る? 別にいいけど……」ピトッ



―――バチイッ!!!!



曜「痛っっっっったあああああい!!!!」

千歌「えっ!? ちょっ、ええ!!?」アタフタ

曜「指! 指取れてない!? ちゃんとある!!?」

ルビィ「だ、大丈夫! ちゃんとあるから!!」
216 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:50:56.09 ID:6pUuQ+RI0

果南「ふむ、曜でも触れないのね」

千歌「何なのこれ!? 凄く危険なやつなの!?」

花丸「多分そんな事は無いずら」

千歌「何でさ?」

花丸「だって曜ちゃんが抱き着いた時は何とも無かったでしょ」

千歌「あっ」

花丸「どういう原理か分からないけど、そのリングを取ろうとすると何らかの力が働く仕組みになってるんだと思う」

果南「なるほどね」スッ

曜「え!? 何で普通に触れるの!?」

果南「見て、この左手はリング自体には触れられてない。透明な球体に覆われているみたいだよ」

花丸「その球体部分に触れると反応するんだね」

果南「千歌も触ってみなよ」

千歌「え、でも曜ちゃんみたいになるんじゃ……」

花丸「それは無いずら。……多分」

千歌「多分って……うぅ、怖いなぁ」ソーット



―――ピトッ



千歌「あ! 触れたよ!」ホッ
217 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:53:11.54 ID:6pUuQ+RI0

曜「千歌ちゃんだけはリング本体に触れるんだ」

花丸「どうするの、果南さん」

果南「私の右手で解除するのも考えたけど、千歌以外が触れないなら今のままの方が安全かな」

ルビィ「誰も使えないリングだしその方がいいと思う」

千歌「ねぇ、このリングは一体何なの?」

果南「ああ、それは『大空のAqoursリング』だよ」

曜「なんだ Aqoursリング か。……って、ええ!?」

千歌「Aqoursリングって曜ちゃんが前に話していた守護者が持ってるっていうアレだよね」

花丸「少し違うよ。守護者に与えられるのは『晴』『雷』『嵐』『雨』『霧』『雲』の六属性ずら」

ルビィ「『大空のAqoursリング』は浦の星王国の女王にのみ所有が許されるリングなの」

千歌「女王のみって……何でそんな大層なリングがこんな所にあるのさ?」

果南「さあね」

花丸「それに今の女王はそのリングを必要としない人だから」

曜「大空属性じゃないの?」

ルビィ「それは……」

果南「それは追々説明するよ。今は千歌の話をしよう」


果南「千歌は別の世界から来たって話だったね」

千歌「うん。曜ちゃんが言うには平行世界から来たみたい」

果南「その“へいこう”世界にも二種類あるんだよ」

千歌「二種類?」
218 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 00:57:51.47 ID:6pUuQ+RI0

果南「この世界は合わせ鏡みたいに無数に展開しているんだ」

果南「もしもの数だけ、言うなれば人の意志の数だけ存在すると言ってもいい」

千歌「『あの時ちゃんと勉強してたら』とか『あっちの色の服にしておけば』とかで増えるの?」

果南「極端に言えばその通りだね」

花丸「多少の違いはあったとしても、辿り着く未来は同じになる世界群を“並び立つ世界”と書いて『並行世界』と呼ぶずら」

千歌「辿り着く未来が同じ? 私が居た世界とここは違いが大きすぎる気がするんだけど」

果南「もしもの規模が大きいと世界は別の未来へと進んでしまう」

花丸「“もしも滅んだはずの文明が今なお繁栄していたら” “もしも人類に特殊能力が発現したら” みたいに文明に影響を与える変化が生じた場合は全く違う世界が形成されて分岐する」

果南「この分岐した世界をどこまで延長しても交わらない意味の方を使った『平行世界』と呼ぶ」

ルビィ「どちらの世界も同じ人物が存在しているけれど、平行世界の場合は性別や役割が違ったりするんだ」


千歌「だから私の知ってるみんなとは色々違うんだね」

曜「私が調べたやつとなんか違うな……どっちも同じ読み方の漢字を使って判別しにくいのも不親切だし」

花丸「別世界の存在は情報統制の対象になってるから。真実と虚偽の情報がごちゃごちゃなんだと思うな」

果南「千歌がそのリングを持ってるから、それを触媒にして世界を移動して来たのは明らかなんだけど……」

花丸「それだと妙ずら」

千歌「何か引っかかる事があるの?」

果南「確かに前女王だった鞠莉はどっちの世界にも干渉する力を持っていたしその世界の人物を召喚も可能だって言ってた」

果南「でも、本当に別世界の人物を肉体ごと呼び寄せるなんて無茶な真似は絶対にしない」

ルビィ「下手をすれば世界ごと消滅しかねないから。普段は別世界の自分に憑依して覗き見する程度に抑えてたし」

曜「消滅って…」
219 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 01:02:32.51 ID:6pUuQ+RI0

千歌「……ん? 鞠莉ちゃん!? 女王様は鞠莉ちゃんなの!?」

ルビィ「もしかして鞠莉ちゃんとも知り合いなの?」

千歌「知り合いも何も、みんなと一緒でAqoursのメンバーだよ!」

ルビィ「千歌ちゃんの言うAqoursって曜ちゃんが話してたアイドルグループの事だよね」

曜「女王様や守護者とも一緒なのか…全然想像出来ないや」

千歌「前女王って事は今の女王様は誰なの? 鞠莉ちゃんは今どこにいるの?」

花丸「……それは」チラッ

ルビィ「……」

果南「……」

曜「なんか……マズイ事聞いちゃったんじゃない?」

千歌「い、今の質問は無かったことに……」

果南「――死んだよ」

千歌「へ?」


果南「鞠莉は死んだんだ。今から三年前にね」


千歌「三年前に……死んだ…?」ゾッ

曜「三年前って今の女王が即位した時期じゃん!」

ルビィ「……」

果南「今の浦の星王国と後の二国を支配しているのは、ここにいるルビィの実の姉である『黒澤 ダイヤ』だよ」
220 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 01:05:22.34 ID:6pUuQ+RI0
果南「別名“氷の女王”。歴代最悪の女王として恐れられている」


千歌「そんな…あのダイヤさんが……」

花丸「スクールアイドルAqours……この世界だと絶対に有り得ないメンバーずらね」

曜「果南ちゃん達の目的はダイヤさんを女王の座から退かせる事なの?」

果南「うーん……それもちょっと違うかな」

ルビィ「私も違うよ」

花丸「果南さんとルビィちゃんは似た目的だと思うけど、マルは二人と全然違う目的ずら」

千歌「じゃあ、みんなは一体どんな……」



―――バタンッ!!!



よしみ「千歌ちゃんが目を覚ましたって本当!?」ゼエ、ゼェ

果南「おお、おかえりなさい」

よしみ「ルビィ、様から……連絡があって…大急ぎで帰って、来たよ……」ゼェ、ゼェ

よしみ「うう……き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛…」

花丸「そんなに急ぐ必要は無かったと思うけどな……」


千歌「……あ、まだ果南ちゃん達に言ってない大切な事があったよ」

花丸「ずら?」

果南「言ってない事?」

ルビィ「何かあったっけ?」
221 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 01:07:45.59 ID:6pUuQ+RI0


千歌「私達を助けてくれて本当にありがとうございました」ペコッ

曜「私からも、改めてありがとうございました」


ルビィ「……私はお礼を言われることは何もしてないよ」

花丸「同じくマルも。千歌ちゃん達を救ったのは よしみさん ずら」

果南「だってさ、よしみ」フフ

よしみ「わ、私は別に……果南さんの指示に従っただけですから」アセアセ


よしみ「ゴホンッ、千歌ちゃん早速だけど色々と検査させてもらうよ。ルビィ様も手伝って下さい」

ルビィ「うん」

千歌「分かりました」

果南「曜は修行の続きだよ」

花丸「この後もた〜〜っぷり、しごいてあげるずら♪」

曜「うげぇ……勘弁して欲しいであります…」

千歌「あはは……頑張ってね曜ちゃん」

222 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 01:10:34.22 ID:6pUuQ+RI0

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



よしみ「―――うん、どこも異常は無いね」

ルビィ「でも傷跡は所々残っちゃったね……アイドルやってるのにこれは……」

千歌「生きているだけで十分ですよ! このくらいの痕なら気にしないです」

よしみ「寝たきりの期間がちょっと長かったから二、三日はリハビリ頑張ろうね」

千歌「はい。歩くのがこんなにしんどいと感じたのは初めてだよ……」

ルビィ「困った事があったら私達に気軽に言ってね?」

千歌「ありがとうルビィちゃ……ルビィさん」

ルビィ「さっきみたいにルビィちゃんでいいよ。千歌ちゃんの世界では私は後輩なんでしょ?」

千歌「でも今は年上だし……」



検査中に二人と話していて新たに分かった事がある。

みんなの年齢だ。

曜ちゃんと花丸ちゃんは元の世界と同じ年齢だった。

一方ルビィちゃんは二十歳。

果南ちゃんも二十三歳とどっちも成人済。

あの町で会った時に大人っぽく感じたのは勘違いじゃ無かったんだね。

ちなみに よしみさん は教えてくれなかった。
……あの感じだと、果南ちゃんより年上なんだと思うな。

223 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/21(月) 01:14:31.18 ID:6pUuQ+RI0


ルビィ「ならルビィちゃんって呼ばなきゃ返事しません!」プイッ

千歌「ええ……」

よしみ「大人気ないですよ、ルビィ様」

ルビィ「そんなの知りませーん」

千歌「わ、分かったよ……ルビィちゃん」

ルビィ「……えへへ♪」


千歌「ここに居るみんなの事をもっと知りたいんですけど、聞いてもいいですか?」

ルビィ「えっと……それは」チラッ

よしみ「駄目ですよ、ルビィ様」

ルビィ「……うん」

よしみ「申し訳ないけど、今は言えない」

千歌「え?」

よしみ「うん、だって私達と千歌ちゃんはまだ仲間じゃないからね」
224 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/29(火) 00:18:24.60 ID:ERfEfUhx0

千歌「どういう意味……?」

よしみ「言葉の通りだよ」

ルビィ「よしみさん」ムッ

よしみ「お、怒らないでよ。私だってこんな事言いたくないし……」



プルルルルル―――!



ルビィ「あ!」

よしみ「もしもし。はい、ええ……そうですか」

よしみ「分かりました、今連れて行きますね。それでは」ピッ

よしみ「……まさか今日やるとはね」

ルビィ「大丈夫なのかなぁ……」

千歌「え、何?」

よしみ「千歌ちゃん外に出るよ。何をするかは行けばすぐに分かるから」

225 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/29(火) 00:24:56.66 ID:ERfEfUhx0

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



花丸「――あ、来たずら!」



外に出ると切り株に腰掛けている花丸と果南の姿があった。
花丸の手には少し厚めの本があり、ほんのりと紫色の炎が纏っていた。

曜は少し離れた場所に大の字で倒れている。
その辺り一面には大量の刀が墓標のように突き刺さっていた。



よしみ「随分と派手にやってるなぁ」ヤレヤレ

千歌「何これ……地面に刀が沢山刺さってるよ……?」

ルビィ「花丸ちゃんの匣兵器だよ」

花丸「凄いでしょー!」



パタンと本を閉じると足元に刺さっていた一本だけ匣に戻り、残りは全て消滅した。



花丸「匣兵器の名前は『村雲(むらくも)』。園田家が作った雲属性の特性を最大限に引き出せる日本刀ずら」

千歌「紫色の炎は雲属性なんだね」

ルビィ「雲属性の特性は『増殖』だから、花丸ちゃんの『村雲』は無限に数を増やせるんだよ」

花丸「ただマルは剣術なんて全く使えないから『村雲』を飛び道具みたいに発射するだけなんだけどね」


千歌「ええっと……それで私は何の為に呼び出されたの?」

果南「ちょっと待ってて」
226 : ◆ddl1yAxPyU [saga]:2019/01/29(火) 00:37:59.12 ID:ERfEfUhx0


果南「――曜! 休憩はどのくらい必要?」

曜「……ふぅ、もう大丈夫だよ!」ムクッ



立ち上がった曜は千歌の側に行く。



曜「ごめんね、病み上がりなのに来てもらってさ」

千歌「それは別にいいんだけど、何をするの?」

曜「ええっとね、簡単に言えば入団テスト……みたいな?」

果南「そうだよ! 曜が私達の役に立つだけの力があるか、これからテストするんだよ」

千歌「テスト……?」

果南「このテストで私が納得出来る結果を残せなかったら、即刻ここから出て行ってもらうよ」

千歌「え!?」

果南「そうだな……治療費代わりにそのAqoursリングを貰うから」

ルビィ「ほ、本気なんですか果南ちゃん!?」

果南「本気だよ。私達は国と戦うんだ、戦力にならない人は要らない」

ルビィ「でも今ここから追い出しちゃったら……」

花丸「間違いなく二人共捕まっちゃうだろうね。最悪そのまま処刑されちゃうかも」

千歌「そ、そんな……」
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