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【たぬき】城ヶ崎美嘉「腹ぺこ悪魔とまんぷく小悪魔」
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44 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:12:19.84 ID:EFGwLI3E0
アタシの好みは「期待」と「憧れ」の味。
爽やかで喉越しがよくって、ほんのり甘くて清らかな味。
夏の暑い日に、よーく冷えたサイダーを一気飲みする感じって言えばわかるかな。
モデルをやっていると、そうした感情がびしばし集まってくるのを肌で感じた。
ファンでいてくれる女の子とか、ブランドの人達とか……。
それがやり甲斐になった。
もともとママ譲りのこの姿を認めさせてやるって気持ちで始めたファッションだけど、
自分自身もっと高くまで上り詰めたいと思うようになった。
そんな時、新しい選択肢が示されることとなる。
アイドルだ。
45 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:13:08.74 ID:EFGwLI3E0
公園での一幕に話を戻そう。
翼を見たお兄さんは(っていうかつまりプロデューサーなんだけど)、意外なほど平然としていた。
あえて何も聞こうとせず、ナイショにするってことにあっさり同意して逆にこっちがびっくりした。
「城ヶ崎美嘉さんだろ? 有名なギャル系のモデルさんだ」
「……って、知ってるの?」
「仕事柄ね。うちの会社のモデル部門でも何度か仕事してるよな」
もらった名刺のプロダクション名には確かに見覚えがあった。確かに何度かお世話になったことがある。
結構大きなとこで、最近アイドル事業も始めたそうだ。
「……うーん。一緒にどうだと言いたいとこなんだが、君はモデルが絶好調だしなぁ」
「いや……ていうか……引かないの?」
「なんで?」
なんでって。
46 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:14:30.65 ID:EFGwLI3E0
「だって、アタシこんなだよ? ハリボテじゃないんだよ、これ」
ぎこちなく翼を動かす。尻尾もうねうね。角だってある。
今にして思えばどうしてそんな試すようなこと言ったのかわからない。
本当に心から不思議だったのかもしれない。
「雑誌に載ってる姿もいいけど、こっちもキマってるよな」
「だから、なんでそんな平然と!」
「綺麗じゃないか。引く必要あるか?」
お前らの髪はフリョーだとか。
親のキョーイクが悪かったとか。
校則違反だから黒くしろとか、そんなチャラついたファッションがなんだとか、
そういう昔言われたことが何故かその時になって頭の中を駆け巡って。
全部、ぱっと消えた。
「うん。やっぱりカッコいい」
目の前の人は平然と、嘘一つなくアタシを褒めた。
47 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:15:04.41 ID:EFGwLI3E0
「――ってか、なんでこんなとこいるの?」
「ん? ああ、連れの石ころ探しに付き合ってたらはぐれちゃって……」
「――――そなたーー? そなたーーーーーーー」
「あ、いたいた呼んでる。じゃ俺行くから! お互い頑張ろうな!」
……行っちゃった。
一人その場に取り残されて、しばらく名刺を見下ろしていた。
48 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:16:36.81 ID:EFGwLI3E0
〇
後日、アタシは彼のいる事務所へ向かっていた。
モデル部門へ行くことは何度かあったから、ビルの構造はある程度わかってはいたけど……。
「新規のアイドル部門……か」
見慣れないフロアへ踏み込んで、何度か迷いそうになりながら進んで。
どうにかこうにか、ささやかな規模の一事務所に辿り着けた。
「失礼しまーす」
覗き込んだ部屋の中には、三人の先客がいた。
一人は和服を着込んだ、日本人形みたいにちんまり可愛らしい子。
一人は夜みたいな黒髪と満月みたいな金の瞳が綺麗な、おっとりした雰囲気のお姉さん。
中でも最後の一人に見覚えがあって――
49 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:17:51.89 ID:EFGwLI3E0
「た、高垣楓……さん!? えっ本物初めて見た……!」
モデルやってる以上ジャンルが違っても知らないわけがない。
高垣楓といったらこっちの業界じゃ有名で……ってか背ぇ高っ! 足も長っ!
折れそうなくらい細くて、けど存在感があって、なんていうかオーラっていうか――
「――ってごめんなさい、アタシじろじろ見ちゃって……!」
「あら、あなたは……確か城ヶ崎美嘉ちゃんだったかしら?」
「はっはい! 城ヶ崎です! あれ? でも高垣さんがここにいるってことは……」
「ほほー」
「あら〜」
と、もう二人がいつの間にかすぐ近くにいた。
「わっびっくりした」
「何か御用でしてー?」
「あ。ええっと、ここのお兄さんに会いに……てか、アイドルの事務所でいいんだよね?」
「そうですよ〜。まだささやかですけど、ね?」
50 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:19:08.45 ID:EFGwLI3E0
「美嘉ちゃんも、Pさんに声をかけられたんでしょう?」
楓さんがモデル部門から去ったという話はあちこちで聞いていた。
完全引退するとか実家の和歌山に帰るとか色々囁かれてて、実態はなんとアイドル部門への転向。
彼女を引き抜くとか、あのお兄さんって本当はかなりのやり手……? なんて思ったり。
「それにしても〜……」
アタシの目を覗き込んで、おっとりお姉さんは両目を線にして笑う。
「悪魔って久しぶりに見ます。あの人、不思議な子を惹き付けるのかしら?」
…………え?
バレた?
顔見ただけで?
「縁は等しく繋ぎ導くものでしてー。人ならざるものにも、また然りとー」
着物の子も当然のように頷いて、置いてかれるのは本人のアタシだけ。
え、え、ちょっと待って、どういうこと? 二人とも何者?
51 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:20:52.61 ID:EFGwLI3E0
「おっ、来てくれたのか!」
書類やオフィス用具でいっぱいのダンボールを抱えて、プロデューサーが戻ってきた。
隣には小柄な、これまた年上のお姉さんがいて、彼女はどうやら事務員のようだった。
「あ……うん」
「モデル業のついでとか? ちょっと待っててな今お茶出すから。楓さん、茶葉まだありましたっけ?」
「そういえば先日世にも珍しい緑茶焼酎というものを見つけまして」
「酒じゃねーよ! 持ち込むんじゃありませんそんなの!」
アタシはといえば。
「茄子ちゃん、茄子ちゃん。私叱られてしまいました……」
「あら〜、怖かったですねぇ。よしよし〜♪」
「そなたーそなたー。お茶請けにはおせんべいがよろしきかとー」
「芳乃はひたすらせんべいばっか食べるからなぁ。まるでハムスターのように」
「小動物ではありませぬー」
右から左から交わされるやり取りを、ぽかんとしたまま聞いていた。
「おせんべいとお茶っ葉でしたら、昨日買い足してたのが棚にありますよ?」
「よっしゃ! ちひろさん有能!」
「よっ、千両事務員♪」
「目に優しい色〜♪」
「ありがたやーありがたやー」
「あ、そうですか? うふふなんだか照れますねぇ、ちひろさん天使だなんて……」
「いやそこまでは言ってない」
……いや、ていうか。
楓さん、こんな楽しそうな顔もするんだ。
52 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:22:31.12 ID:EFGwLI3E0
そこで初めてみんなの名前を聞いた。
プロデューサーと千川ちひろさんはお茶を淹れに行って、依田芳乃ちゃんはおせんべいを取りに行った。
「あの、高垣さん」
「はい? あ、楓でいいですよ」
前からひっそり聞きたかったことを、今聞こう。
「楓さんは、その……アイドルになってみて、楽しい?」
「ええ、とっても」
彼女は即答して微笑んだ。
雑誌や看板に載っている、怜悧で美しいあの表情とはまた違う、日向のような雰囲気があった。
「美嘉ちゃん。遠いところから、よく来てくれました」
アタシの両手を取って、鷹冨士茄子さんはにっこり笑む。
見ているだけで安心する笑みに、なぜだかママを思い出した。
「いや、アタシんちはそんなに遠くじゃ……」
「『ここ』はなんでも受け入れる場所です。あなたにもあなたの家族にも、変わらぬ幸がありますよう」
なんだか、芸能事務所に来た客人にかける言葉というだけでなく――
もっと広くてもっと長い、アタシの背景にある色んなものへの激励のようにも思えた。
53 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:25:20.41 ID:EFGwLI3E0
今の自分には満足している。
その上で、もっともっと先に進みたいという希望がある。
その可能性があるとすれば。もっとずっと色々な「心」の集まる場所があるとすれば。
お茶が来た時に覚悟を決めて、熱いそれをぐぐーっと飲み干して言った。
「アタシにも、アイドルやらせてくれない?」
その日をもって、カリスマJKモデルの城ヶ崎美嘉はアイドルになった。
54 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:26:16.68 ID:EFGwLI3E0
〇
やるからにはもちろん本気も本気。
写真の撮影とかはともかく、歌やダンスは初挑戦だった。
もちろん望むところ! って感じだけど、大変だったり緊張することはやっぱりあって。
ここだけの話、ギャルが果たしてアイドルとして受け入れられるかとか、ちょっと不安になることもあった。
三人の先輩は路線もファン層も全然違って、逆にそれほどバリエーション豊かならアリかもしれないとか。
だからこそギャルのイメージを背負ってる以上、ハンパなことじゃ彼女たちに並び立てないと思ったりして。
そんなこんな色々考えがちな時には、決まって莉嘉のことを思い出した。
55 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:29:35.73 ID:EFGwLI3E0
〇
「アイドル!? お姉ちゃんアイドルになるの!? わーーーっすごい!! 新しいカノーセーじゃん!!」
「レッスンってどんなことするの!? ぼいとれ? ……すてっぷ?
わっ回った! すごいすごい! もっかいもっかい!」
「ねーねー写真撮ったの見せて見せてー! わっ、かっこいい! マジお姉ちゃんって感じ!
でも、洗剤の写真なんでしょ? なんで洗剤持ってないのー?」
「お仕事決まったの!? アタシも見に行くー! あ、グッズとかもあるんでしょ?
アタシめっちゃ買ってめっちゃデコるんだー! え!? まだ出ない!? なんでえーっ!?」
莉嘉はいっつもキラキラした目で仕事の話を聞く。
その顔を見ていると、最初に自分をデコった時のことを思い出す。
カッコいいお姉ちゃんであり続けること。
そうした意識が、力になった。
56 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:31:27.59 ID:EFGwLI3E0
〇
でもやっぱり初めて舞台に立つって時はヤバかった。
何度も深呼吸をして、楓さんや芳乃ちゃんや茄子さんの励ましを受けて。
自分なりのルーチンで気持ちをステージに集中させて、それでも。
「お、ここにいたのか」
非常階段の踊り場に立っているアタシを、プロデューサーはあっという間に見つけた。
「プロデューサー? ごめんごめん、すぐ戻るから」
「そっか。出番もうすぐだから、気を抜かないでな」
「モチ! ひょっとして心配してた? 優しーじゃん★」
「美嘉」
「なにー? 打ち上げの話?」
「美嘉はさ、凄いアイドルになるよ」
57 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:33:10.14 ID:EFGwLI3E0
「え? ……って、どしたの急に。照れるじゃんっ」
「もともと素質があるし、ルックスも完璧。その上本人も努力家とくる」
「ちょ、ちょっとちょっと……」
「その向上心がある限り、もっとずっと高いとこまで行ける。今日がその最初の一歩だ」
「……」
「だから、何があっても大丈夫。お客さんみんなが美嘉を待ってる。もちろん俺もな」
「……!」
こくん、と喉が無意識に喉が鳴った。
サイダーみたいなあの味が、極上の爽やかさで体に入り込んだ。
緊張してるのなんかとっくにお見通しだったんだ。
その上でこの人は本当の本当に、心の底からアタシに期待してくれている。
それが実感としてわかった途端、不安は嘘みたいに消えた。
58 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:34:19.66 ID:EFGwLI3E0
「……アタシ、どこまで行けると思う?」
「美嘉が行きたいとこまでかな」
「あははっ! それじゃ高すぎて、プロデューサー振り落とされちゃうかもねっ★」
困るなそれは――と眉尻を下げるプロデューサーと二人して笑い合った。
お呼びがかかったのは、それからほんの数分後だった。
「それじゃ、行ってくるね」
「おう。楽しんで来い」
飛び上がるには助走が要る。
背中に隠した翼を、その時だけは何故か窮屈に思わなかった。
59 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:35:43.45 ID:EFGwLI3E0
〇
――歓声が鳴りやまない。
――光の残像がまぶたの裏に残っている。
ステージからはけた後、汗も拭かずに走り出した。
このままどこまででも駆けてしまえるような気がした。
かなり長い距離を走った気がするけど、意外にもプロデューサーは舞台袖すぐのとこにいた。
「どうだった?」
「すっっっ……ごく、楽しかった!!」
「だろ?」
彼は子供みたいな顔で笑い、汗で冷えてきたアタシの肩にジャケットをかけた。
60 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:37:26.72 ID:EFGwLI3E0
〇
その後、都内のお店で打ち上げがあった。
うちの部署だけのささやかなパーティー。その頃はまだちひろさんも含めて六人だったから、
こっそり入ってこっそり乾杯ってことも簡単にできた。
アタシと芳乃ちゃんはソフトドリンクだけど、楓さんのペースがもー凄くって。
合わせてグイグイ飲む茄子さんも凄くて、ちひろさんも結構面白いことになってた。
夜も遅くなり、アタシと芳乃ちゃんは二次会の前にプロデューサーに送って貰った。
二次会からは自分も飲まされるとのことで、お酒が入る前からちょっと顔が青かったけど。
芳乃ちゃんは最近新しく建ったという寮に入っている。まだ一人だ。
大変な筈なのに苦にもせず、いずれ来る新しい住民の為に毎日せっせと掃き掃除をしているらしい。
って言っても、結構頻繁に大人四人が様子見に来るから、寂しいなんてことは全然ないみたい。
警備員さんもいるし。
玄関先で手を振る芳乃ちゃんに見送られ、アタシはわざわざ埼玉の家まで送ってもらうことになっちゃった。
「ドライブがてらな。……二次会への時間稼ぎもあるが」
61 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:38:59.44 ID:EFGwLI3E0
車中でたくさん話した。
今日のステージのこと。
長くはないけど、今までのこと。
そんな話の流れで、プロデューサーはふとこんなことを言う。
「最初さ、アイドルのこと嫌いだったんだよ、俺」
え。
「昔ちょっとな。勝手な一人相撲だし、まあ要はバカがやさぐれてただけなんだが」
もう癒えた古傷をなぞるような声色には、一つの嘘も無かった。
きっとその痛みも思い出に変わっているんだろう。
「ある人の歌を聞いてさ」
62 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:40:41.88 ID:EFGwLI3E0
ハンドルを握りながら、プロデューサーは楽しそうだった。
指がゆるやかなリズムを刻んでいた。いつか聞いたという歌のものだろうか。
「一発だった。夢中だったよ。ひねくれた考えなんて全部吹き飛んだ。本物ってこういうものかって」
「本物……」
「歌手とかの道もあったかもしれないとは思う。でも、アイドルじゃなきゃいけなかった。理由があるんだ。
ともあれ、そこからはもうまっしぐらで今に至るわけよ」
言い終えて、今更のように苦笑する。
「こんなこと話すのは美嘉が初めてだ。なんでだろうな、話しやすいのかな?
……まあ忘れてくれ。おっさんの自分語りなんてマトモに聞くもんじゃないわ」
63 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:41:45.43 ID:EFGwLI3E0
だけど考えてしまう。
その話が本当なら、業界にはこの人を魅了した「誰か」がいるってことになる。
誰なんだろう。同じ事務所のアイドルだろうか。それとも別の?
「じゃあ、アタシはどうだった? 今日の、アタシのステージは……」
気付けば勝手にそう聞いていた。
こっちは駆け出し。そんなことはよくわかってる。
だけど彼の語る「本物」に対抗心を燃やす自分がいた。
目、逸らせなかった? 釘付けになった? ……夢中に、なれた?
64 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:42:51.40 ID:EFGwLI3E0
質問を受け止めた時、彼の目がはっきり輝いた。
楽しそうで、憧れがあって、ほんの少しだけ誇らしげで。
その眼はきっと、夜景の光に今日のステージを幻視していたんだと思う。
「まばたきもできなかったよ」
ほら。
またそうやって、子供みたいに笑う。
その横顔を見つめたまま、アタシこそ今、まばたきができない。
65 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:44:02.14 ID:EFGwLI3E0
〇
ステージの成功もあってか、アイドル業の滑り出しは凄くいいものになった。
カリスマJKモデルの華麗なる転身――なーんて雑誌に書かれたりして。
色んな心がアタシに集まってくる。
中にはモデル時代からファンでいてくれてる子の味もあって、それが何より嬉しかった。
子供舌って言われた好みの味は、けど今のスタイルにばっちり合っていて。
――――なんだけど、ある時から新しい悩みができた。
66 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:45:13.07 ID:EFGwLI3E0
〇
「……また大きくなってる」
部屋にこっそりメジャーを持ち出して呻く。
体重はセーフラインを守ってるし、腰はばっちりくびれてるから太ったとかじゃない。
見間違いかと思って目盛りをガン見してみると、やっぱり……。
「はちじゅう、さん……し…………うっっっわ」
ただでさえ少なめに申告したっていうのに、これ以上はヤバい。
流石にプロフィールも更新しなきゃかな……。
いやでもそれだと結構がっつり数字変わるし、モデル時代からのイメージもあるし。
それなら少しずつ更新して徐々に今の数値に合わせていくとか?
いやいや、徐々に作戦だとコレが更にアレした時に追いつくかどうかって話で……か、考えたくない。
どっちにしろ、正直にプロデューサーに相談するべきかも……。
67 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:46:30.92 ID:EFGwLI3E0
うーんと唸りながら振り向くと、部屋のドアがちょっと開いてた。
「あっ」
「あっ」
莉嘉。
目が合った。
「…………ママーーーっ!! おねーちゃんのおっぱいまたおっきくなってるーーーーーっ!!!」
「ちょっ莉嘉っ!」
68 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:47:41.97 ID:EFGwLI3E0
それ、栄養状態が良くなったのよ。
――とママは言ったのだけど、全然ピンとこなかった。
「……栄養ったって、アタシ昔から好き嫌いとかしなかったじゃん。
今も体絞ったりはしてるけど、必要な分はちゃんと食べてるし」
「普通のご飯じゃなくてアッチの方よ。前よりたっぷり食べてるでしょ?」
「言い方!」
……つまりまあ、悪魔の栄養源の話をしているんだろう。
確かに前よりたくさんの心が集まる環境にいる。自分でもはっきりわかるくらい体調がいいし。
でも、ここまではっきり体が育つなんてこと今まで……。
「違う違う、量もそうだけど質。凄いのいるでしょ一人」
「……は?」
最初は、言ってる意味がよくわからなかった。
69 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:48:43.64 ID:EFGwLI3E0
〇
いまいちピンと来ないまま次の仕事が入って、その日は雑誌の撮影だった。
モデル業ももちろん続ける。どっちかの為にどっちかを諦めるほどドライなアタシじゃないし★
で、その日は昔からお世話になってるティーン雑誌のお仕事。
しばらくぶりの人と会えたりもしたし、正直アタシは結構得意だった。
ちょっと言い方ヘンだけど、故郷に錦を飾れた気分っていうか。
こっちのお仕事なら、いつもと逆にアタシがプロデューサーをリードできたし。
とにかく、城ヶ崎美嘉はこっちの道も捨てたりしない! ってことを知らしめる為にも、
その日の撮影にはかなりの気合が入ってた。
結果はカンペキ。過去最高じゃない? ってくらい良いのが撮れて、スタッフさんも大満足。
アタシもみんなにお披露目するのが待ち遠しくて、ふとプロデューサーが気になった。
70 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:49:39.12 ID:EFGwLI3E0
彼はスタッフさんと色々打ち合わせしながら、どちらかといえば見学に徹していた。
アタシが見つけた時にはスチルを見ていて、どうだ! みたいな気分になった。
「へっへー♪ どう、よく撮れてるっしょ?」
「うん……これは、おう……」
「あ〜、なになに変な顔して。ひょっとしてちょっと刺激が強かったかな〜?」
軽い気持ちでからかい半分。
プロデューサーは顔を上げて、素直な感想を述べる。
「正直……凄いな。流石だ。見惚れてたよ」
こくんっ。
「……けぷっ」
「ん?」
71 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:50:41.50 ID:EFGwLI3E0
最初、何が起こったか自分でもわからなかった。
何か……急に、おっきなものが、おなか一杯に……。
「んっく。ごっ、……くん」
「……美嘉? どうした?」
「ぁ……あ? い、いやいや大丈夫! なんでもないよ!?」
「いや、なんかいきなり口いっぱいにマシュマロ突っ込まれたような顔してたけど」
「それはホラ、さっきのお昼ご飯がお腹の中でこうアレしちゃって、ね?」
「お前さっきは撮影前だからってウ〇ダーで済ませ」
「増殖したの! それが!!」
「えぇえ……そんなことある……!?」
とにかく力業で乗り切ってその場を離れた。
顔を隠しながらスタジオの裏手に出て、誰もいないことを確かめた。
72 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:51:43.03 ID:EFGwLI3E0
一発でおなか一杯になった。
うそ、うそうそうそ。信じらんない。マジで?
だって一回褒めて貰っただけじゃん。
その場にしゃがみこんで両手で顔を覆った。頬が自分でもわかるくらい熱かった。
しかも、とても鏡なんか見られないくらいニヤついてた。
嬉しい。嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しいうれしいうれしい。
73 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:53:06.16 ID:EFGwLI3E0
〇
ママの言ったことの意味がやっとわかった。
心の栄養価は、相手との距離感によっても変わる。
近ければ近いほど、思い入れが強ければ強いほどおいしくて栄養もあり、
血を分けた家族とか心の通じ合った仲間とかがその代表例。
わけても特別な対象があって、アタシは今の今までその味を知らなかった。
好きなひと。
もう駄目だ。もう誤魔化せない。いつからそうだったのかさえわからない。
アタシはあの人のことが好き。初めてこんな気持ちになったくらい、好き。
74 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:54:41.11 ID:EFGwLI3E0
〇
そこで最初の方にあった「契約」の話が出てくる。
実質的な結婚っていうのは間違ってないと思う。
ママはそれでパパを見つけて、契約して一緒になって今に至る。
これによる具体的な効果は、栄養補給の効率化と永久化。
魂と魂が繋がって、その太いラインで安定した供給が見込めるし、
どんな類の感情や欲望であっても最高においしく頂けるそうな。
もちろん束縛されるのを嫌い、契約者を持たず色々とっかえひっかえの悪魔もいる。
でもママはパパと添い遂げることを選んだ。
そんなわけなのでうちの両親は見ていて恥ずかしくなるくらいラブラブなの。
アタシはパパもママも大好きだから、いつかこんな風になれたらいいな……とは思っていた。
ぼんやりと、だけど。実際にどうなるかなんてまだ先の話だと思ってたし。
だけど期せずして「その人」が見つかって。
なんやかんやあって、付き合いもそれなりに長くなって――――
75 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:55:35.33 ID:EFGwLI3E0
◆◆◆◆◆
で、現在(いま)。
莉嘉はみんなと一緒にお仕事を楽しんでいる。
アタシを追っかけてここまで来たのは嬉しいけど、最初は同時に心配もあった。
でもこの分じゃ、お姉ちゃんが気を揉むようなことはなさそう。
と内心ほっとするのも束の間。
76 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:56:30.02 ID:EFGwLI3E0
〇
一緒の現場の帰り道、莉嘉は車の中で今日の仕事の感想をめちゃくちゃ話してきた。
後部座席に二人並んで座って、その元気さに呆れ半分感心半分で聞いてたら、
不意に莉嘉が「PくんPくん」と運転中のプロデューサーに声をかけた。
「Pくんってカノジョいるの?」
ちょ!!!
「彼女? またいきなりだな」
「えへへ〜、ちょっと気になって☆ ででで、どうなのどうなの?」
「ふふふ……どっちだと思う?」
「いないと思う!」
「おまっ、そんな即答でおま……いないけど……そうだよいないよ」
77 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:57:45.24 ID:EFGwLI3E0
あ、彼女いないんだ…………
…………って安心してる場合じゃなくて、莉嘉の頭をガッと掴んで耳元で、
(ちょっと莉嘉! アンタいきなりなんてこと聞いてんの!)
(Pくんカノジョいないんだって! 良かったねお姉ちゃん!)
(良かったね、じゃないでしょ! アンタはもう〜っ!)
(あいたたたたお姉ちゃん痛い痛いギブギブ!)
「……あのーお二人とも、何話してるか知らないけどプロレスはほどほどにな?」
78 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 03:58:58.34 ID:EFGwLI3E0
〇
どうもなんだか莉嘉がおかしい。
アタシとプロデューサーの関係をやけに気にしてる。
最初アタシ達が恋人同士だと勘違いしてたこともあってか、それが妙にしつこい。
一体どういうつもりでいるんだろう。
「莉嘉ちゃん? あー、美嘉ちゃんとプロデューサーさんがお似合いだと思うか一回聞かれたかな」
「きゅーぴっとはんみたいで、なんやかいらしゅうてなぁ〜」
「そうなんだ……」
「プロデューサーと接点のあるアイドル聞かれたよー」
「せ、接点ってどういう……」
「にゃはは! シキちゃんよくわかんないからてきとーに答えちゃった〜♪」
「プロデューサーさんのことどう思ってるか聞かれてさ。急だったからびっくりしたよ」
「そんなことまで……。それで奈緒はなんて?」
「それは…………ま、まあ別にいいだろ? いいよな! はいこの話おしまいっ!」
う〜〜〜ん……。
79 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:01:05.59 ID:EFGwLI3E0
〇
いくらなんでも目に余る。
アタシは莉嘉を部屋に呼び出して、思うところを聞いてみることにした。
「だってお姉ちゃん、Pくんとケーヤクしたいんでしょ?」
つまりこうだ。
莉嘉はなんとかして、アタシとプロデューサーをくっつけようとしてる。
だけど、それを嬉しいとは思えなかった。
「……あのね。だとしても、それが全部じゃないでしょ?
アタシがアイドルやってるのはその為じゃないし、アンタだって同じ。プロなんだよ?」
「……でもPくんのこと好きなコ結構いるじゃん」
「う!? いや、結構……ってほど多くは……ないでしょ」
……あんま考えないようにしてるけど。
80 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:02:03.18 ID:EFGwLI3E0
流石にやりすぎたと自覚しているのか、莉嘉はいたずらを見咎められた時みたいに俯いていた。
「アタシ、お姉ちゃんのこと応援しようと思って……。だってPくんもけっこーいいオトコだし、
ギリのお兄ちゃんになるのとかアリだし、ママもパパもきっといいって言うし」
「それがやりすぎだって言ってんの。だいたい莉嘉が決めることじゃないでしょ?」
「……だって……」
「いい加減にしなっ」
ぴしゃりと叱りつけると、莉嘉はびくっと肩を竦ませた。
81 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:03:02.18 ID:EFGwLI3E0
「アイドルが遊びじゃないってのは知ってるよね?
そりゃあ楽しんだり、自分が興味あることを突き詰めるのはすっごく大事なことだよ。
でもアタシの事情は違うでしょ? こっちに首突っ込んでも莉嘉の為にはならないもん」
「それは……」
「アンタはこんなことする為だけにうちに来たの? 違うでしょ?
もう莉嘉にだってファンはいるんだよ。だったらその子達の方を向かなきゃいけないじゃん」
「……でも……」
「でも、じゃないの。やんなきゃいけないこと見失っちゃダメでしょ。
頑張るのは誰の為かってちゃんと考えよ?」
「…………誰の為………」
「そ。アタシのことはいいから、莉嘉はとにかく自分のことを――」
「――お姉ちゃんはっ!」
莉嘉がいきなり声を荒げて、虚を衝かれた。
ぽかんとしたまま見返すと、莉嘉はなんと目に涙すら溜めていた。
82 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:05:00.44 ID:EFGwLI3E0
「お姉ちゃんは、幸せになるんだもん!」
「え……ちょ、ちょっと莉嘉? アンタ急に何……」
「なるのっ! ぜーったい幸せになるんだもん! どんなにライバルがいたって関係ないもん!」
莉嘉は一気にまくし立てた。
爆発させる感情はアタシも知らないものだった。
「髪の色とか悪魔とか、そういうのぜんぶ受け入れてくれるカレシと一緒になって!
いっぱいいーっぱい愛されて、いっちばん幸せになんなきゃダメなんだもんっ!!」
そこまで言い切って、莉嘉は泣いた。
崩れちゃう妹の表情を見ながら、アタシはこの子が何を思うのかを察した。
83 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:07:25.61 ID:EFGwLI3E0
「お姉ちゃんは、すごくて、かっこよくて……」
莉嘉は、あとからあとから零れる涙と共に、きっと積年だった思いをやっと漏らした。
「アタシの為に、ずぅっとがんばってくれてたんだもん……」
誰の為に頑張るのか、とか。
そういうことを一番意識してたのは、本当はこの子だったのかもしれない。
たった6年くらい前のことなのに、もうずっと昔のように感じた。
あの日からずっと、莉嘉はアタシの背中を見てくれていた。
84 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:08:38.66 ID:EFGwLI3E0
「莉嘉」
「ん……」
「莉ー嘉っ」
「んぅーっ」
拒んでいるのかいないのか、むずがるみたいに首を振る莉嘉。
それがすごく愛おしくなって、生まれつきの綺麗な金髪を抱き寄せる。
「ありがとね、莉嘉。アンタの気持ちよくわかったよ」
胸元に熱いものが染み込むのを感じた。
「でもね? アタシらアイドルだしさ。やっぱり、一番はそれなんだよ。
だってそうじゃなきゃ、声かけてくれたあの人に申し訳ないもん」
莉嘉は黙って聞いていた。
表情はわからない。細い手が背中に回って、アタシを抱きしめ返してくれた。
85 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:09:47.44 ID:EFGwLI3E0
「それにさ。そういう勝負って、やっぱし正々堂々じゃなきゃダメじゃん。アタシだけの力で、ね?」
莉嘉の肩が小さく跳ねた。
見上げる目は、まんまるに見開かれている。
「なんて顔してんの。アタシ諦めるって言った? アイドルもモデルもやって、あの人も射止める!
城ヶ崎美嘉のゴールはそれだけ! その為には、アタシのペースとルートがあるってわけよ」
「……おねえちゃ……」
「だいじょーぶ。アンタが大好きな、カリスマJKのお姉ちゃんだよ? 最後は絶対勝つって★」
濡れた瞳に光が戻っていく。
それもやっぱりママ譲りの、憧れるほど綺麗なエメラルドグリーンの光彩。
涙を流れるままに任せて、莉嘉は満面の笑みを返した。
「――お姉ちゃん、やっぱりめっちゃカッコいいっ!」
うん。
やっぱり、アタシの妹はめっちゃ可愛い!
86 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:10:30.43 ID:EFGwLI3E0
〇
――ね。久しぶりに、いつものに付き合ってくれない?
と切り出すと、二つ返事で承諾してくれた。
部署が大きくなって忙しくなっても、「いつもの」で通じるのが嬉しかった。
プロデューサーは手帳をチェックして、都合のいい日時を割り出しながら、
「久しぶりに練習か?」
「うん。あと、見せたいコがいるからさ★」
87 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:11:50.45 ID:EFGwLI3E0
家から三駅の自然公園には、時間によって誰も来ない広場がある。
そこに立つのは三人。アタシとプロデューサーと、それから莉嘉。
あれから何度も練習した。だけど今日は久しぶりで、少し緊張していた。
「行くね」
二人に宣言して、アタシは翼を広げる。
飛べない悪魔がいた。
それじゃカッコ悪いからって、もがいて羽ばたき続けた。
翼をばたつかせたり、自分を磨いたり、いっぱいご飯を食べたりして。
その過程は、きっとかなりカッコ悪かったと思うけど。今は――
88 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:12:42.44 ID:EFGwLI3E0
「わーーーーーーーーっ!!」
地上ではしゃぐ莉嘉の声がこっちにまで届いた。
返事をするように翼を翻らせた。
莉嘉は笑っていた。
人間の血が濃いあのコに翼はなくて、だけど広げた両手はそれにも負けないくらい広かった。
宙返り、きりもみ回転、思いっきりインメルマン・ターン。
合わせて莉嘉が走る走る、回る回る、笑う笑う。
天と地で自然にテンポを合わせて姉妹が踊る。
そしてアタシの大好きな人が、笑いながらそれを見ている。
89 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:14:17.09 ID:EFGwLI3E0
それにしたって地上十数メートルが限界で、こんなの全然低いと思う。
雲だってまだあんなにも遠いんだ。
だけどいつか届くと思った。高みを目指すことは怖くなかった。
莉嘉達が待っていてくれるのがわかるもん。
……うん。
アタシはもっと先へ進める。
その為には、まだまだもっとたくさん食べなくちゃ。
90 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:15:03.38 ID:EFGwLI3E0
〇
その日から、ちょっとした心境の変化があった。
ていうか、ちゃんと筋通しとこうって思った感じかな。
「美嘉ちゃん、話って何?」
指定の時間ぴったりに、社内カフェのテラス席まで美穂が来た。
挨拶と雑談もそこそこに、お互いのコーヒーが熱いうちにアタシは切り出す。
「アタシね。プロデューサーのことが好き」
91 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:15:59.23 ID:EFGwLI3E0
「……それって」
「うん。多分、思ってる通りの意味で」
コーヒーをかき混ぜる美穂の手は止まって、だけど表情は落ち着いて見えた。
驚かれるかなとか、最悪怖がられたり怒られたりするかなと思ってた。
けど違った。
美穂は、へにゃっといつもの感じで笑った。
「――そっか。嬉しいなぁ」
「…………嫌じゃないんだ?」
「うん……うまく言えないけど。私、美嘉ちゃんのことも大好きだから。
大好きな美嘉ちゃんが、同じひとを好きになったのって嬉しいんだ」
……あははっ。
いつの間にか入っていた肩の力が、すーっと抜けていくのを感じる。
えへへあはは、となんかちょっと間抜けな感じで笑い合う時間があった。
92 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:17:12.56 ID:EFGwLI3E0
「そーんなノンキなこと言ってていいの? アタシ、本気だよ?」
「うん。私も本気」
「アタシの方があの人との付き合い長いよ?」
「そんなの追い越してみせるもんっ」
強いなぁ、やっぱり。
嬉しくなってまた笑った。
この子が同じ事務所にいて良かったと心から思う。
コーヒーカップはまだ熱かった。示し合わせるでもなく、アタシらはそれでかちんと乾杯をした。
93 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:18:06.45 ID:EFGwLI3E0
〇
―― 後日 事務所
莉嘉「じーーーーーーっ」
美嘉「はいプロデューサー、今日もお弁当作ってきたから」
P「おっマジか。いやぁありがたい、今月ちょっとピンチでな……」
美嘉「どーせスタドリとかで済ますつもりだったんでしょ? ちゃんと栄養摂んなきゃダメじゃん?」
P「うぐぐ耳が痛い……ともあれ、ありがたく貰」
美穂「あ、あのっ!」
P「美穂……?」
美穂「じ、実はその、私もお弁当作ってきたんですけどっ!!」
美嘉「!」
美穂「響子ちゃんに教わって……も、もし良かったら、食べてほしいなぁなんて!」
P「しかし、弁当はもう……」
美嘉「プロデューサー?」
美穂「プロデューサーさん……!」
P「」
P「あーおなかすいたなー! 今なら二人分食える気がするなー!! あっ超うまそうな弁当が二つ!!!」
94 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:23:44.75 ID:EFGwLI3E0
莉嘉「じーーーーーーーーーーっっ」
響子「うぅ、二人ともがんばってとしか言えない……!」ナムナム
周子「おぉ〜……今日はまた激しい……」
蘭子「聖戦(ジハード)!!」
莉嘉「だいじょーぶだし! お姉ちゃんは強いもん!」
周子「おっ言うねぇ。ところであのラブコメを見てみ、どう思う?」
美嘉「ねぇねぇ、この卵焼きアタシの自信作なの! 食べてみてよっ★」
美穂「私もそのっ、がんばってミニハンバーグ作ったんです! あの、あ、あ、あーん!」
美嘉「あっ美穂それズルい!」
P「ウマイ……ウマイ……」マンプク
莉嘉「んとねー。なんか、お腹いっぱいって感じ!」
周子「おーおーよう言うてくれた、莉嘉ちゃんはあたしらみんなの代弁者だわ。お姉さん羊羹あげちゃう」
莉嘉「わーいありがとー!」
95 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:26:27.09 ID:EFGwLI3E0
楓「今日も平和ですねぇ」ズズズ
芳乃「まこと善き哉ー」ポリポリ
茄子「本当ですね〜……あらっ茶柱♪」シャキーン
〜おしまい〜
96 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:30:19.63 ID:EFGwLI3E0
〇オマケ
―― 後日 事務所
P「やばいやばい、会議に遅れちまう」タタタ
P「――うおっ!?」
??「きゃっ」
ドシーン
P「っと!? うわごめん、大丈夫!? ケガ無いか!?」
??「いたた……」
P「あ〜、荷物散らばっちゃったな……」
??「ぁ……いえ、大丈夫ですから……」
P「そうもいかないだろ。せめてバッグの中身を拾うくらいさせてくれ」ササッ
??「そうですか……? なら……一緒にお願いしますね」
97 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:31:47.91 ID:EFGwLI3E0
P「あんま見ないけど、新しいアイドルの子とか?」ヒロイヒロイ
??「いえ、モデル部門に用事が……。いつもは仙台にいるんですけど」アツメアツメ
P「仙台から? そりゃ大変だ、日帰りで?」
??「違いますよぉ、マネージャーさんがホテルを取ってくれてて……」
P「そっか。――っと、これで全部かなとりあえず」
??「ごめんなさい、手伝わせてしまって」
P「いやいや、こっちこそごめん。どうぞ」カオアゲ
??「ありがとうござ――――」カオアゲ
98 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:32:29.80 ID:EFGwLI3E0
まゆ「――――見つけた」
99 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:33:25.40 ID:EFGwLI3E0
P「…………はい?」
〜つづく〜
100 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/05/29(火) 04:33:54.05 ID:EFGwLI3E0
以上となります。長々とお付き合いありがとうございました。
依頼出しておきます。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 04:43:44.06 ID:+21DEkG6o
乙でした
純情ヶ崎はやはり可愛いw
運命の赤いリボンが来ちゃうのかあ
やはりこの娘も人外なのかな?
102 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 06:14:26.51 ID:8tg1tEfDO
乙
まぁ待て、周子やらぶりー由愛みたいに、巻き込まれ系かもしれないからな
宮城出身といえば他に……美玲に日本初の玉砕の日が誕生日のぴにゃキチがいるからなぁ
103 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 09:24:53.89 ID:N86FDlKzO
乙
別路線の悪魔と会ってしまいましたね・・・
104 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 11:10:27.51 ID:fhgjxWtW0
乙
SSでお馴染みのへちょいポンコツ系か初期のキレキレ系なのかで話の展開が変わるな…
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/29(火) 13:25:05.57 ID:JI4rv3JeO
乙
できたらまゆも人外であってほしいな。
自分的にはラミアかアラクネが合いそう。
まだ登場してないアイドルでこの人はこんな人外が合いそうと自分なりに考えてみました。
美波→人魚
のあ→アンドロイド
雫→ミノタウロス
拓海→鬼
しぶりん→ワーウルフ
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 13:59:21.06 ID:L01wn1dZo
>>105
ネタ潰しって楽しい?
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 14:31:03.14 ID:vo70Wo8A0
>>1
乙
毎回タイトルキャラが違うから小日向たぬきシリーズが見つけられなくて難儀していたので
スレタイに目印が付いて嬉しい…嬉しい…
108 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 15:38:12.82 ID:EgC0Rw8GO
乙、スレタイも分かりやすくていいね
探しやすくなったよ
>>105
凛は幽霊の話で出てるから
その時の描写からすれば人間ぽいけど
109 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 15:41:05.78 ID:n31/92290
おつおつ、ついにまゆが襲来したのか
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 16:52:03.39 ID:rCzB8x26o
ンミナミィはサキュバスでしょ
>>43
で言及されてる
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/29(火) 19:24:23.05 ID:RbnJC6OSO
美波なんて書いてませんけどね
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/30(水) 22:10:27.73 ID:/ksR0CIlO
毎回素晴らしい乙
113 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/30(水) 23:08:45.12 ID:U+rFCx7ko
茄子の茶柱、サーベルになってね?
シャキーンってw
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/31(木) 08:35:35.95 ID:6nn9o/cTo
>>113
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