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【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」

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673 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/08(土) 20:33:06.50 ID:cnbhVROG0


エリカ「そもそも、決勝が一番出せる車輛が多いんだから、あなたが選ばれたって不思議じゃないでしょ」

小梅「で、でも……」

エリカ「出たくないの?」

小梅「い、いえ。決してそんなことは」

エリカ「なら堂々としてなさい」

小梅「は、はい……」


私の自信なさげな様子をどう思ったのか、エリカさんは人差し指をあごに当てて思案するように視線を落とす。

その姿はまるで絵画のように美麗で、カメラをロッカールームにカメラを置いてきてしまった事を後悔してしまう。


エリカ「……何が決め手であなたになったかなんて私は知らないけど、隊長と副隊長が選んだのなら間違いないわよ。少なくとも私はそう思ってる」

小梅「……」

エリカ「……まぁ、私から言えることは一つしかないわね。……あなたの努力が認められたって事よ。喜びなさい」


どこか上から目線なのに真っ直ぐに、なんの嫌味もなく、それでいて確かな称賛を感じる言葉。

それなりに長い付き合いなのだから、その言葉が彼女にとっての本心だという事程度は理解できる。

なら、いつまでもうじうじしてるのは失礼だ。

ちゃんと喜んで、ちゃんと試合に集中しよう。


小梅「……はいっ!やったー!!」

エリカ「はぁ?何浮かれてんのよ。たかがメンバーに選ばれたぐらいで調子に乗られると困るんだけど」

小梅「えぇ……」


マジですかこの人梯子外すのが唐突すぎますよ……


674 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/08(土) 20:35:32.42 ID:cnbhVROG0


エリカ「……冗談よ。あなたの仕事ぶり、しっかり見させてもらうわよ?」

小梅「わかりづらいボケはやめてください……っていうか見させてもらうわよって」

エリカ「え?……ああ、まだ言ってなかったわね。あなたの乗るV号、私が車長だから」

小梅「そうなんですか!?やったー!!」


再び諸手を挙げて喜ぶと、今度は困惑した様子を見せるエリカさん。


エリカ「そんな喜ぶような事……?装填手として車長の指揮を見るならみほとか隊長の方がずっといいのに……」

小梅「エリカさんは天上人だからわからないんでしょうけどね!?私たちみたいな試合に出るだけでも一苦労な人間にとっては、貴女だって凄い人なんです!!」

エリカ「そ、そう……褒められて悪い気はしないわね」


エリカさんは私の攻勢に若干引きながらも恥ずかし気に頬をかく。

思えばエリカさんはどうも自分の事を過小評価するきらいがあるようだ。

同年代最強であるみほさんと渡り合ってる貴女の事を見くびる人なんていないのに。

貴女が積み重ねてきた努力を否定する人なんていないのに。

みほさんとはまた違った方向でエリカさんは卑屈なところがあるのだから、持ち上げすぎるぐらいしないと釣り合わないのだ。

そして何よりも、


小梅「それに、友達と一緒の戦車で戦えるだなんて楽しみじゃないですか」


「遊ぶわけじゃないんだから」とか言われそうだがこればっかりは仕方がない。

気心知れた仲の友人と大舞台に挑めることは私にとってこの上ない喜びで、どうしようもないぐらい楽しみな事なのだから。


エリカ「もう、遊ぶわけじゃないんだから……まぁ、良いわ。とにかくよろしくね」

小梅「はい!よろしくお願いします!」


初めて出る全国大会で、10連覇のかかった大舞台で、みほさんとエリカさん。尊敬する友達の指揮を間近で見ながら共に戦える。

私が夢見て入学したことも、その夢が折れて、腐ってた時期も、彼女たちと共に過ごしてきた日々も、

無駄なんかじゃなかった。諦めなくてよかった。信じてきて良かった。

そう思ってしまう程度には、嬉しくてたまらない事だった。

練習場に向かう足取りはリズムよくスキップを踏み、

前を行くエリカさんに見られていなかったのは幸いだった。

675 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/08(土) 20:36:51.30 ID:cnbhVROG0
ここまで。
先週さぼっちゃってすいません。
今後は休みそうなときは事前に言うと思うのでお願いします。
とりあえずまた来週。
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/08(土) 20:49:00.14 ID:ggDrKGtZo
おつー
遂にプラウダ戦か
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/08(土) 23:07:47.22 ID:FbGrqsvv0

ついに、運命の試合の時か・・・
678 : ◆eltIyP8eDQ [sage saga]:2018/12/08(土) 23:33:06.46 ID:cnbhVROG0
あんまり期待煽りすぎてもあれなんで言っちゃいますけど、もう1,2週はキャラ掘り下げ回です……
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/10(月) 11:15:21.01 ID:IbyqLq8x0
更新乙
そうか、エリカ車なのか…


680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/10(月) 13:29:40.34 ID:kuzqGYiSo
こりゃ年内には終わらんな
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/10(月) 18:13:09.25 ID:V1ClgRwgO
むしろまだ続けて欲しい
682 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:06:12.29 ID:f0IbpfH10





決勝まで残り一週間。

その日が近づくにつれ時の歩みも早くなるように感じてしまう。

別に決勝に出るのが初めてという訳でもないのに背筋が冷たくなるような瞬間が時折襲ってくる。

だからといって焦るほど私の足元は揺らいでいない。

たとえ時間が少なかろうと、少ないからこそ、勝利を盤石にするために練習を怠りはしない。

私だけではなく周りもそうだ。試合に出る面子はもちろん、そうでない人たちも

私は隊長として自身が見本となれるように誰よりも努力をしている。……そのつもりだ。

昔は、それだけで精いっぱいだった。

だが今は違う。

やるべきことをやり、努めるべき事を努め、その上で心に余裕がある。

それは、私が成長したからなのだと思う。

去年までのように弱さを一人だけで抱える事が無くなったのだから。



小梅「エリカさん、帰りましょ」

エリカ「ええ。ちょっと待ってて」

みほ「あ、エリカさん私の事も忘れないでね?」

エリカ「待たないからさっさと帰り支度しちゃいなさい」

みほ「うぇー……」


相も変わらず一緒にいる一年の3人組。

最近は『榴弾三姉妹』などと呼ぶ奴もいるらしいが、本人達は不服そうだ。

まぁ、今となって目立つあだ名程度で収まっているが、事情を知ってる人からすれば完全にただの悪名なのだから仕方ないか。

お母様に知られないように出来るだけ口外は防いでいるが、どうにも最近は他の学園艦にも話が伝わってしまっているようで、

私としてはそろそろ「何も知りませんでした」とお母様に弁明する用意をしないといけないな……だなんて思ってしまう。

そんな自己保身を考えながら私は目当ての人物に声を掛ける。
683 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:07:16.60 ID:f0IbpfH10


まほ「エリカ、ちょっといいか?」

エリカ「何ですか隊長?」

まほ「少し、話したい事があるんだ」

エリカ「はぁ。わかりました」


呼ばれる理由に思い至る点が無いのか、エリカは少し首を傾げながらも了承してくれる。


まほ「すまない。みほ、赤星、ちょっとエリカを借りる」

みほ「良いけどちゃんと返してね?」


まるでエリカは自分のものだと言わんばかりな物言いに、私は微笑ましくなりふっと息を吐いてしまう。

反面、エリカはみほの言葉に不満を抱いたようで、眉をひそめて反論する。


エリカ「別にあなたのものじゃないわよ……先に帰ってなさい」

みほ「わかった。待ってるよ」


全くこたえた様子のないみほにエリカはもう反論する気も失せたようで、ため息とともに赤星に振り向く。


エリカ「……はぁ。赤星さん、お願い」

小梅「はい、ちゃんと待ってます」

エリカ「……行きましょうか」


諦めたようなエリカの言葉に、私はとうとうこらえることができなくなってくぐもったような笑い声を上げてしまった。


684 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:14:23.44 ID:f0IbpfH10






夕日の差し込む隊長室。

その日差しを見ると私の心にも光が差すように思えてくる。


『何度だって言います。どれだけ情けなくたって、どれだけ怖くたって、弱さを認められるあなたは―――――強い人です』


探し求めていたものにようやく出会えた。歓喜に震えた記憶は今も実感を伴って私の胸に根付いている。

きっと忘れはしないのだろう。夕焼けを見るたびに思い出すのだろう。

それが嬉しくて、感慨深くて、私はじっと窓から入る夕焼けの日差しを見つめてしまう。


エリカ「あの、隊長……?」


そんな風に感慨深くなっていると、エリカに声を掛けられる。

しまった、何を一人で物思いにふけっているんだ。


まほ「コーヒーでもいれようか?」

エリカ「あ、いえそんなお構いなく……」


誤魔化し紛れに提案するも、断られてしまう。

……いやそれはそうだろ。みほたちを待たせてるのだから。

どうやら、私は緊張しているらしい。

エリカを呼び出した理由を思えば当然ではあるのだが。

私は咳ばらいをして、今一度エリカに向き直る。


まほ「……エリカ」


私には伝えたい事があるから、その前に伝えなくてはいけない事がある。

話を先延ばしにしたって後が辛くなるだけなのだから覚悟した今、率直にいこう。


まほ「私は、来年ドイツに留学する」

エリカ「え……?」

まほ「戦車道の進んでいるドイツでより深く学ぶことで西住流をより発展させるんだ」

685 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:16:37.70 ID:f0IbpfH10


高等部に入った辺りから考えていた事ではあった。未だプロリーグが無い日本と、プロリーグのある海外。

選手人口も、技術も、海外の方が上だ。

だからこそ、日本の戦車道の顔ともいえる西住流はより強くなければならない。

いずれは後を継ぐ私も、現状維持で良いなんてことは考えていない。

私は、私のやるべき事をやり遂げたいのだ。


エリカ「……もしかして最近職員室によく出入りしてたのって」

まほ「ああ、その事で相談に乗ってもらってた。何分初めての事ばかりだからな」

エリカ「……その、いつになるんですか?」

まほ「早ければ秋には。向こうは秋入学だからな」


卒業も半年早くなるが、単位についてはなんとかなる。

ただ、卒業式に出られないのが、みんなと共に過ごす時間が半年も減ってしまうのが、どうしても胸に突き刺さる。


エリカ「……そう、ですか。でも、凄いじゃないですか!流石隊ちょ――――」

まほ「エリカ」


その声を遮る。

エリカは息が詰まったような顔で私を見る。

その瞳を見つめる。そこに宿るゆるぎない輝きが私の瞳にも飛び込んできて、胸の高鳴りが少し、早くなる。

伝える言葉を頭の中で反芻する。

噛まないように、伝わるように。

受け止めてもらえるように。

……まるで告白するみたいだな。

なんてのは流石に気持ち悪いと自分でも思う。

それでも、伝えたい思いがあるのだから。


まほ「私に、ついてきて欲しい」

エリカ「……え?」

まほ「私と一緒に留学してほしいという事だ」


留学の話が出てからずっと考えていた事だった。

エリカと一緒に行きたい。

二人で並んでドイツの空の下を歩きたい。

辛い事を、楽しい事を、一緒に感じたい。

みほのように、赤星のように。

私だけの思い出を作りたい。
686 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:19:33.41 ID:f0IbpfH10


エリカ「……冗談だとしたらなかなか面白いですね」

まほ「そんな冗談言うと思うか?」


信じられないと言った風に笑うエリカに、私は真顔で返す。

私の様子に一瞬喉を詰まらせたかのように表情をこわばらせると、そっと、目線を外す。


エリカ「……来年って私はまだ2年なんですよ?大学だなんて……」

まほ「そんなの飛び級でどうとでもなるさ。現に島田流の娘は12歳なのに大学に在籍しているんだ」

エリカ「それは実力があるからであって私は……」

まほ「……確かに今のエリカでは難しいかもしれない」

エリカ「でしょう?なら……」


どれだけ私が信頼してようと、今のエリカを飛び級で留学させるだなんてのは無理な話だ。

学力はともかく、実力が伴っていないのにレベルの高い環境に置いたところで潰れるだけだ。

それこそ、あまりにも愚かな行為で救いようのない結果だ。

みほですら難しいであろうそれを、エリカに求めるのは酷な話だという事は理解している。


まほ「だが、まだ時間はある。私が、いや、西住流が全面的にサポートする。お前なら……貴女ならきっと、私に並び立てるはず」

エリカ「まほさん……」


ああそうだ、まだ一年ある。その一年で私が持っているものを全部与えてみせる。

お母様も説得して、最高の環境で、最高の指導を受けさせてみせる。

私もエリカに教える事で学べるものがあるはずだ。

努力を苦としないエリカならきっと今以上に厳しい訓練にだってついてこれるはず。

ましてやエリカは強くなるために黒森峰(ここ)に来たのだ。


まほ「だから、」


ならきっと、私の手を取ってくれる。

いつかの夕焼けの日の時とは逆に、私がエリカに手を差し出す。


まほ「だから……来て、くれないか」


687 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:21:42.71 ID:f0IbpfH10


信じているのに、願っているのに、声は揺らいでしまった。

エリカの瞳が私の手と瞳を交互に見つめる。

流れる沈黙を、差し出してない方の手で裾を握りしめてぐっと堪える。

固唾を飲み込むのを必死で我慢する。

人生でこんなにも緊張したことがあるだろうか。

一瞬が永遠に感じる瞬間とはこういう事なのだと、どこか他人事のように感じたのは恐らくそれ故なのだろう。

やがてエリカの口が吐息をもらし、そっと目を伏せて、


エリカ「……すみません」


その言葉の意味を聞き返すほど私は察しが悪くなかった。


まほ「……貴女は、もっと向上心に溢れた人だと思ってたんだけど」


嫌味ったらしい言葉は無意識のもので、あまりにも情けない、無様な言葉だった。

なのにエリカは全くそれを気にしたそぶりを見せず、ただただ申し訳なさそうな表情をする。


エリカ「お誘いとても光栄です。強くなりたいって気持ちは本当です。あなたについていけるのなら、たとえ分不相応だとしてもついていきたい。そう、思ってます」

まほ「……ならなんで?」


明らかに声色の落ちた私の問いにエリカは決意を込めて答える。


エリカ「……強くなりたいから、留学とかの前にやらなきゃいけない事があるんです」

まほ「それは、何?」

エリカ「みほの、あの子の隣で、私は……あの子が率いる黒森峰を見たいんです。あの子の隣にいなきゃいけないんです」

まほ「……それだけのために、私の話を断るのか」


なんとなくわかっていた。エリカが断る理由はそれしかないと。

……『それだけ』じゃない『それほどの』理由なのだと。


エリカ「ええ。それだけのために。でも、私にとって大切な事です」

まほ「私と一緒に行った方がもっと進んだ戦車道を学べるぞ」

エリカ「違うんですよ。……そうじゃないんです」


エリカは指先をあごに当て思案するような表情をする。

そして納得したように頷くと、優しく私に微笑みかけた。


エリカ「技術とか、そういうのじゃなくてそう、これは―――――約束なんです」

まほ「約束……?」

エリカ「あの子に、『戦車道以外』を教える事」

まほ「……みほはもう、充分お前から教わっているさ」

688 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:24:25.99 ID:f0IbpfH10


そうだ。みほはもうエリカからたくさんのものを教わっている。もらっている。

人との関わり方、勉強、友達と過ごす何気ない日々、自分の言葉の伝え方、そして……前の向き方。

今のあの子を形作ったのは間違いなくエリカで、本当は私がそうしなくてはいけない事で、

なのに私はいつだって自分の事で精いっぱいだった。

その上エリカは私にも手を伸ばしてくれた。

だから、もうエリカはもうそんな事を気にしなくていいのに。

けれどエリカは「わかってないなぁ」といったどこか得意げな顔をする。


エリカ「そうですね、確かに昔に比べればずっとマシになりました。……でもまだダメです」

まほ「エリカから見てみほには何が足りないんだ?」


純粋な疑問だった。頼りない部分は多少残っているものの、今のみほにエリカが心配するような部分があるのかと。


エリカ「……あの子結構不精な所あるんですよ。お醤油こぼしたときに袖で拭おうとするとか信じられません」

まほ「それは……うん」


私が言うのもなんだが一応名家の娘なんだからそのあたりはちゃんとして欲しい……


エリカ「あと未だに人前苦手ですし、威厳が無くて頼りないし親しくない人と会話するのも相変わらず苦手ですね。先生への報告を赤星さんに代弁させるとかほんとふざけてますよ。

    成績も文系はそれなりですけど、理系科目は全然ですし。あ、でも物理に関しては私が教えたからか少しはマシになってました。まぁでも黒森峰の副隊長としては落第レベルですよ。せめて私レベルにはなってもらわないと。

    あと普段の生活で困ったことがあるとすぐに誰かに助けを求めるのもダメですね。私や赤星さんがいつだっているわけじゃないんですから自分一人でもなんとかできるようにしないと。

    そのくせ戦車道の時はなんでも一人でやろうとするし、それで周りが見えなくなって人の話を聞かなくなるのは最悪です。頑固なのはいいけど、だからといって独りよがりになるんじゃダメです」


まほ「ずいぶんと、その、言うな」


いやほんとに。

以前も思ったが姉の前で妹の事をここまでこき下ろせるのはある種尊敬すらしてしまう。

矢継ぎ早にまくし立てられ、私が内心引き気味になっていると、エリカはふん、と鼻をならす。

689 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:27:55.62 ID:f0IbpfH10


エリカ「これでも控えた方ですよ。挙げたらきりがありません」

まほ「えっと、私も一応姉として指導はしたりしてるんだけどな……」

エリカ「隊長は甘いですよ。あの子はもっと厳しく言ってあげたほうが良いんです。

    というか妹の評価があなたの評価に繋がる事もあるんですからそのあたりしっかりしてください」

まほ「あ、はい」


なんだか私まで流れ弾のような説教を受けてしまった。

確かにそういうところ無くは無いと思うけど、私にとってみほはかけがえのない可愛い可愛い妹なのだから、多少そういう部分が出てしまっても仕方が無いというか、

私だって人間だし、昔ならともかく今のみほにあんまり厳しい事を言って嫌われるのも本意ではないし……

先ほどまでの胸の高鳴りはどこかへ行ってしまって、なんというか友達の母親に叱られているかのような居心地の悪さすら感じてしまう。

そんな微妙な気分の私とは対照的にエリカは言いたいことを言いきったのかスッキリしたような表情をしている、

それは直ぐにいつもの凛とした表情に戻っていく。


エリカ「だから、一緒には行けません。私はまだ、あの子を見ていないといけないから。あの子の為じゃなく、私のために。私が、強くなるために」

まほ「……はぁ。そこまで言うのにみほと友達になるつもりは無いっていうのだからめんどくさいな」


エリカは痛いところを突かれたといった風に押し黙る。


まほ「才能や家柄であの子を肯定しない、否定すべき時に否定する。あの子にとってそれがどれだけ尊いものなのか、分からないお前じゃないだろ」

エリカ「散々馬鹿にされてるのに、未だに私と一緒にいようとするなんてあの子の気が知れませんけどね」


そんなの、みほは馬鹿にされただなんて思ってないからだろう。

友達との何気ない会話に混ざる軽口はあの子にとって心地よい音色の一つでしかないのだろうから。


まほ「お前だってみほの事を悪く思ってるわけじゃないだろう?」

エリカ「……」

690 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:30:49.01 ID:f0IbpfH10


再びエリカは黙り込む。

嫌い嫌いなどといくら口で言われたところで、彼女がとる態度からその素振りを見出すのは無理というものだ。

どこの世界に嫌いな奴と食事を共にし、お互いの誕生日を祝い合うやつがいるというのだ。

誰でもわかる事だ。エリカがみほに悪感情を抱いていた事はあったのかもしれない、でもきっとそれは最初だけで今のエリカにとってみほは、決して嫌な存在じゃない。

そうだろう?だって、みほといる時のエリカはいつだって生き生きとしているのだから。


まほ「何でもかんでも全部言葉にすれば良いってものじゃない。言葉にしない事で、意味が生まれる事もある。……それにしたってお前とみほは伝わってなさすぎだ」


言葉にしていない思いはもう十二分に伝わっているはずだ。そこにたった一言あればみほの願いは叶うのに。

4年間求めていた関係に確かな形が生まれるのに。

だけど、エリカは不貞腐れたように唇を尖らせる。


エリカ「だって、友達じゃないですから」

まほ「お前なぁ……」


流石に呆れてしまう。

なんで普段はちゃんとしてるのにこういう時だけ子供みたいな駄々をこねるのか。

いい加減説教したほうが良いのかと考えていると、ふとあることに思い至る。

というよりずっと前から考えていた事だ。

いつだって堂々としていて、先輩だろうとなんだろうと自分の意志を貫くエリカがどういうわけかみほの前ではちぐはぐな言動と行動をしてしまう。

その理由、いや原因は……


まほ「……ああ、そうか」

エリカ「……?」


私は名探偵のようにエリカを指で指す。

行儀が悪いのは重々承知だが、この程度は許して欲しい。

私と私の妹を散々振り回したのだから。

そして私が導き出した答えを突きつける。


まほ「エリカ、あなた――――ただ恥ずかしいだけでしょ」

エリカ「っ!?」


途端に紅潮する肌、限界まで開かれる瞳。

真偽を問わずともそれが私の答えを証明してくれる。


まほ「嫌味っぽいのも、回りくどいのもそのくせみほの事を気に賭けるのも。素直に思いを伝えるのが恥ずかしいからなんでしょ?」

エリカ「ち、違います」


慌てて否定するももはや私の中の確定事項は揺るがない。

全く、本当にめんどくさい奴だ。

約束だ協定だ倒すべき目標だ。

だから友達じゃない。

そんなの理由にならないのに。

嫌いなところがあるのに一緒にいるのは、それ以上に想っているからだろうに。


691 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:33:47.97 ID:f0IbpfH10


まほ「はぁ……私とみほはあなたの小心さのせいでこんなにも心乱されてたのね」


「友達になって」と事あるごとにエリカに言うみほの姿に、いい加減どうにかしてやりたいと思っていたが、

エリカ側の理由は本当にただただエリカの性格のせいだったのだと思うと脱力してしまう。


まほ「そのくせ勢い任せに人に説教するのだからタチが悪いわね」

エリカ「それは……否定しませんけど」


私に対して「言いたいことはちゃんと言え(要約)」なんて言っておきながら自分の事は感情任せに無視するなんてひどい奴だ。

私がどれだけ勇気を振り絞って貴女に弱さを見せたと思っているのか。

ああそうだ、エリカ。貴女は本当に、


まほ「ズルい人」

エリカ「……みほには、言わないでください」


エリカは私の言葉に観念したように肩を落とす。

どこか小動物じみたその様子がみほと重なる。


まほ「……別に、あの子もそれで貴女に失望したりしないわよ」

エリカ「そんな事思ってません。でも……伝えるなら私からじゃないとダメなんです」

まほ「……」

エリカ「私だってこのままでいいだなんて思ってませんよ……でも、お願いします待ってください」


深々と頭を下げて懇願する。


エリカ「あの子に偉そうに言っておいてどの口がってのは分かってます。でも、もう少しだけ。決勝が終わるまでは、何も言わないでください」


『決勝が終わるまで』期限を決めたのはきっとエリカも思っていたのかもしれない『このままじゃいけない』と。

どんな形であれ、曖昧なまま今日まで来た二人の関係はとうとう決断を迫られた。……迫ったのは私だが。

まぁ私が何も言わなくても今度は赤星あたりが何か言っていただろう。

とはいえ、伝えると決めたのなら私がせっつく必要はない。

私は不安げに上目遣いをするエリカを安心させようとその肩に手を置く。


まほ「……そう。なら、何も言わない。……約束よ」

エリカ「……ありがとうございます」


692 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:34:48.94 ID:f0IbpfH10



喧嘩して、理解しあって、共に学んで共に成長する。

同じ時間を、同じ空の下で、共に過ごせる。

笑う事も怒る事も泣く事も楽しむ事も、全部全部それらを彩るために必要なもので、

それを誰よりも形にしているのがみほと、エリカと、赤星で、

私は、私も一緒に、いたかった。

隊長だとか副隊長だとか、憧れとか尊敬とか、先輩とか後輩とか関係ない、

本当にただの友達として。

そうすればなんの気兼ねもなく、あなた達と共にいられたのに。

留学なんてもっと未来の話で、共に過ごせる日々を全力で感じることが出来たのに。

そんな日々はきっと、私にかけがえのないものをたくさんくれたはずだ。


まほ「……私も、もう一年遅く生まれてくれば良かったな」

エリカ「……?そうですね、西住流の娘が双子だとしたらとても心強かったと思います」

まほ「……はぁ。エリカ、あなた変なところで鈍いのね」

エリカ「……?」


疑問符を浮かべ小首をかしげるエリカに私はもうため息しか出ない。

わかっている。たらればの話なんて何の意味もない。

それでも夢想してしまうのだからしょうがないんだ。

『あなた達と同級生だったら卒業まで毎日一緒にいられたのに』

そう言ってしまえば良いのに、言えないのは私がエリカに影響されたからだろうか。

素直になれない彼女のそんなところに。

なら、それもまた愛おしいところなのだ。

私がエリカのズルいところも好きなように。

なのでもう、この話は打ち切りだ。

決まった話に決まった答えしかないのだから。あれこれ論議するだけ時間の無駄だ。

693 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:43:31.06 ID:f0IbpfH10



まほ「帰りましょう。みほたちが待ってる」

エリカ「……ええ。一緒に帰りましょう」


そう言って微笑みと共に扉を開けて私を促す。

それをみほにしてあげなさいよ……と思うものの、『一緒に帰ろう』と誘われたことに胸が弾んだのもまた事実なのでここはもう口をつぐむしかない。

私は黙って廊下に出る。


まほ「エリカ」


―――と思ったけどやっぱり一言だけ。


まほ「それでも、まだ一年ある。私は貴女たちとの思い出をたくさん作りたいわ」


たらればの話じゃない、ちゃんとした現実の話ならば未来を語っても鬼は笑わないだろう。

私はエリカと違ってズルい人じゃないから、言いたい事も伝えたい事も素直に伝えるんだ。

私の素直な言葉にエリカは一瞬驚くも、やがて夕日のように微笑む。


エリカ「……作れますよ。私も、そう思ってますから」


その言葉を聞けただけで満足してしまう。

笑いたければ笑えばいい。私はこの一年を高校生活最高の一年にして見せる。

全力で青春して、胸を張ってドイツに行こう。

戦車道だけじゃなく、それ以外も全力で楽しもう。

西住流の、家の未来のために生きてきた私はようやく10代らしい学生生活の仕方を理解できたのかもしれない。

お母様には怒られるかもしれないが、遅めの反抗期という事で納得してもらおう。

別に戦車道に手を抜くつもりは無いのだから。

むしろ今以上にやる気に満ちているのだから。

声が弾む。喜色が音色となって飛び出す。


まほ「……ふふっ、なら大会終わったら手始めに旅行でも行きましょうか」

エリカ「いきなりですね……」


夕日の差す廊下を並んで歩く。

時折笑い声が響く。

足取りはどこかゆっくりとしてて、一秒でも長くこの時間が続いてほしいという願いが込めらられて。

もう少しすればもう二人増えて笑い声はさらに大きくなるのだろう。

そうしたらきっと、また歩みは遅くなる。永遠にこの時間が続けばいいのにと。


まほ「みほがね、大洗ってとこに行ってみたいって」

エリカ「あ、それ私も聞きました。茨城ですよね?なんか、ボコ……ランド?パーク?ミュージアムだっけ?とにかくそんな感じの遊園地があって、行きたい行きたいって」

まほ「じゃあちょうどいいわね。でも、みほの趣味だけに付き合うのもあれだからほかにも何かないかしら」

エリカ「ああ、えっと確かあんこうが有名で――――――」


694 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/15(土) 22:44:13.41 ID:f0IbpfH10
ここまで。また来週。

年末までに終わらせる予定だったんだけどなぁ…
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 23:33:25.79 ID:jqxADaG+o
おつー
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/16(日) 00:00:54.46 ID:4R+mMyIn0
おつー

来週も楽しみです
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/16(日) 00:03:16.74 ID:B9/Qc2mE0

やっぱりエリカは面倒臭い性格だなぁ・・・
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/16(日) 16:24:46.55 ID:VVyJ6Wgl0
おつ
このまま危なげなく10連覇達成して大団円のハッピーエンド!
……ってのが100%ありえないというのが、こう、とても、つらい
でもそれゆえに先が気になる……引き続き楽しみです
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/19(水) 17:20:58.25 ID:44k122Cm0
更新乙
とても惹かれる内容なだけに我がままをいうと、決勝戦のどこかで分岐点を出してセーブしたい
本編ルート(前スレ)と黒森峰大団円ルートをみてみたい
700 : ◆eltIyP8eDQ [sage saga]:2018/12/22(土) 08:38:55.14 ID:QThWuIgK0
すみません、今日はたぶん投稿できないと思うので、明日投稿でお願いします。
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2018/12/22(土) 12:49:58.60 ID:frQqLjFao
了解ですよ〜。乙です。
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/22(土) 14:02:23.85 ID:vCYnf8HA0
>>701
sageろks
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/22(土) 21:43:27.19 ID:mVUghoXzo
ほんまや!すんません!
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/23(日) 00:20:14.02 ID:l85/fpXs0
まほの説得(?)のかいあって素直になる決心をしたエリカ
決勝戦の後でみほとようやく友達になるんだなぁ

破滅が避けられない過去編ってどうしてこうも惹かれるのか
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/23(日) 17:57:30.63 ID:NMfow7nl0
wwktk
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/23(日) 18:42:17.53 ID:Lb7KU1rj0
>>705
フィルターもわからないageカス
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/23(日) 19:54:00.76 ID:Fp4ALVIr0
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/23(日) 21:29:21.49 ID:YUDYnbo30
早く
709 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:15:56.79 ID:8Wy7TEBX0








今私がいるのは学園艦の端にある広場。

楽器の練習をしたり、歌を歌ったり、あるいはただベンチに座って水平線に沈む夕日を眺めたりと、

学園艦に住んでいる人たちにとって憩いの場の一つだ。

だけど、焼け付くような太陽は夕日に変わり、その夕日も水平線に沈み切って、街灯と大きな満月が学園艦を照らしている。

そしてここにいるのは私と、私を呼び出したエリカさんだけ。


『今から会える?』


携帯から聞こえたのはあまりにも簡潔なお誘い。

お風呂に入り、今日は早めに寝よっかななんて思ってた矢先の事である。

私は二つ返事で了承すると、エリカさんに指定された場所へと向かうためてくてくと家から歩き始めた。

その道中で『まず用件を聞くべきだった』という事に気づくもすでに歩き出してしまった以上、今更電話をかけなおすのもあれなので会ってから聞けば良いという結論に至った。




私より先に着いていたエリカさんはフェンスに寄りかかってじっと水平線の先を見つめていた。

その姿に見とれてしまうのはもう毎度のことで、だからといって慣れるわけでもないのでやっぱり一瞬息をのんでしまう。


みほ「エリカさん、お待たせ」


とはいえお互いいつまでもぼーっとしてるわけにはいかないので、とりあえず声を掛けてみると、エリカさんはゆっくりと振り向き苦笑する。


エリカ「急に呼び出したのはこっちなんだから待たされただなんて思わないわよ」

みほ「それで、どうしたの急に?明日は決勝なのに」


そう、明日は待ちに待った決勝戦。練習は早めに切り上げられ、各々明日の大舞台に備えているはず。

そんな事エリカさんだってわかっているだろうに、人通りの無くなった夜の広場に私たちはいる。

お姉ちゃんにバレたら小言を言われそうだ。

当然の疑問をぶつけられたエリカさんはしかし、もじもじと落ち着きなく体を揺らす。


エリカ「あー……あれよ、その、ね?」

みほ「……?」


歯切れの悪いエリカさんの様子に私はただただ首を傾げる事しかできない。

 
710 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:21:29.40 ID:8Wy7TEBX0


エリカ「んーと……ちょっと話したかったのよ」

みほ「何それ?電話でもいいじゃん」


なにも決勝前夜に呼び出さなくてもいいのに。

そんな内心を読み取ったのかエリカさんはふんと鼻をならして嗜めるような表情をする。


エリカ「何でもかんでも文明の利器で解決しようとするんじゃないの。現代っ子なんだから」

みほ「同い年に言われたくないよ……」

エリカ「とにかく!いつも私が付き合ってあげてるんだからちょっとぐらい付き合いなさい」

みほ「しょうがないなぁ」


しぶしぶといった風に返すものの、元よりそのつもりだ。

というか、いきなり呼び出されてノコノコ来てしまった時点でさっさと帰るつもりなんて毛頭ない。

決勝前夜の貴重な時間が、エリカさんとのおしゃべりという、また違った貴重な時間に変わるだけなのだから。

エリカさんは「立ち話もなんだから」と、親指でベンチをさす。

私がベンチに座ると続けてエリカさんも腰を下ろす。私との間に一人分の隙間をあけて。


みほ「……」

エリカ「……なによ」


その距離がもどかしくて座ったままずりずりとにじり寄る。


エリカ「暑苦しいからやめてよ……」


本気目の苦言が来てしまった。

だけど、エリカさんはまた距離をとりはしない。

その様子に私とエリカさんの距離を実感できて、胸をなでおろす。

並んで座る私たちに、海風がそっと吹きかかる。

そのくすぐられるような心地よさを目を閉じてゆっくりと感じてみる。

それはエリカさんも同じだったのか、無言の時間がしばし流れる。


エリカ「思えばあなたともそれなりの付き合いになったわね」


ポツリと、独り言のような声。


エリカ「色々あったわ。あなたにムカついて、あなたをぶっ叩いて、あなたを無理やり引き連れてタンカスロンに参加して、めっちゃくちゃ怒られて」

みほ「それ全部中一の頃の事じゃん……」


思わず突っ込むとエリカさんは悪戯っぽく笑う。


711 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:30:30.33 ID:8Wy7TEBX0


エリカ「ああ、そうね。ほかには……教科書忘れたあなたに私の見せてあげたりしたわね」

みほ「それも……毎年の事だねそれ」


ちゃんと翌日の準備はしているのだが、半年に一回くらいは教科書なり宿題なりを忘れてしまう。

……せめて年一といえない辺り、我ながらうっかりが過ぎると思う。

先ほどまで冗談めかして笑ってたエリカさんも呆れた顔でため息を吐く。


エリカ「ほんっとしっかりしなさいよねあなた……」

みほ「あはは……」

エリカ「なんていうか、ろくな思い出が無いわね」

ベンチに寄りかかってため息を吐くその姿に、私は焦ってしまう。

まさかの中一の思い出で黒森峰生活の総決算をされては流石に困る。

は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。


みほ「え、ちょ。良い思い出だってあるでしょっ?ほら、中一の時以外にもさ!」

エリカ「どうだったかしら?」

みほ「もー……」


不満バリバリな私の表情にエリカさんは小さく笑う。


エリカ「……そうね、無くはなかったかも。例えば……赤星さんと友達になれた」


嬉しそうに、懐かしむようにエリカさんは語る。


エリカ「赤星さんがあなたのために立ち向かってこなければ一生交流なんて持たなかったでしょうね」


そんなことない。きっとエリカさんなら私抜きでも赤星さんと友達になれてたはず。

そう言おうと開いた口はそっと白くて長い指で止められる。

エリカさんは黙って聞きなさいと言いたげな表情をすると、言葉を続ける。


エリカ「別にあなただけが理由だなんていうつもりは無いわ。私が本気で向き合ったから赤星さんも私に向き合おうってしてくれたんだから」

みほ「……」

エリカ「あと、まほさんとも仲良くなれた。これも……まぁ、あなたのおかげっちゃおかげね」


712 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:35:28.62 ID:8Wy7TEBX0


お姉ちゃんがエリカさんに関わろうとしたのは確かに私が理由なんだろう。

妹を心配していたから、その交友関係も心配したのかもしれない。

だけど、それでもお姉ちゃんがあんなにも笑ってる姿を見て、自分のおかげだなんて言えるわけがない。

私の気持ちはたぶんエリカさんも分かっているのだろう。だからだろうか、エリカさんは偉ぶって、おどけるように話す。


エリカ「まぁ?赤星さんともまほさんとも仲良くなれたのは私の人徳あってこそなんでしょうけどね?」


白い頬を紅潮させ笑う姿は照れ隠しにすらなってなく、、みているこっちまで照れ臭くなってしまう。


みほ「恥ずかしいなら言わなければいいのに……」

エリカ「……うるさい」


頬の赤みは暑さのせいだと言わんばかりにエリカさんはパタパタと手うちわで扇ぐ。

その微笑ましい様子にちょっと和んでしまう。

でも、やがて扇ぐのをやめて私を見ずに呟く。


エリカ「誕生日、みんなに祝ってもらえて嬉しかった」


頬の赤みはそのままで、小さな声でも確かに届くその言葉は、私たちのした事は確かに彼女にとって幸せな思い出となったのだという確信をもたらしてくれる。

だからそれ以上は聞かずに、一言。


みほ「……楽しい事いっぱいあったね」


きっと、言わなかった事以外にもたくさん。

それこそ語り切れないぐらい、楽しい事があったんだと思う。


エリカ「……そうねぇ、おかげさまで手紙の内容に困った事は無いわね」

みほ「エリカさんの家族もきっと喜んでるよ。『うちの娘にこんなに気立ての良い友達がいるなんて!』って」


以前聞いたことだがエリカさんは家族に手紙を送っているらしい。それも手書きで。

メールや電話じゃなくて、ちゃんと自分で筆をとることで、伝えたい思いを文章に出来るのだと。

そんなエリカさんの事なのだから、きっと手紙の内容なんてありすぎて困るぐらいなんだろう。

伝えたいことをたくさん書いて、家族はそれを読んで遠い海の上で娘が、妹が、楽しくやってることを知って喜ぶのだろう。

713 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:42:58.88 ID:8Wy7TEBX0



エリカ「だから友達じゃないって言ってるでしょ……まぁ家族が喜んでるのは事実だけど」

みほ「でしょー?」

エリカ「はぁ……あ、もう一つあったわ」

みほ「え、何?」

エリカ「あなたと、真正面から戦ってこれたのはなんだかんだ良い思い出かもね」

みほ「……」


真正面から戦う。思えばそれが私とエリカさんの始まりだった。

手加減無しの本気での戦い。本気でぶつかるという事を私はエリカさんから教わった。


エリカ「あなたと戦うたびに強くなっていく自分を実感できた。だから、もっともっと努力しようって思えた」

みほ「貴女と戦うたびに忘れていた何かを思い出していった。だから、もっともっと貴女と戦いたいって思えた」


ぶつかるたびに強くなっていくエリカさんに焦りを覚えた事がある。

そんな気持ち久しく忘れていた。……いや、初めてだったかもしれない。

本気で挑んできて、負けても負けても諦めない人なんて初めてだったから。

私と彼女の距離が0になり、置いていかれる事を恐れた事がある。

私にとって、エリカさんと向き合えるものはそれぐらいしかなかったから。

でも違った。たとえいつか追い抜かれる日が来たとしても、私が歩みを止めなければ、その背中を追い続ければ、彼女はいつだって私と真正面から向き合ってくれる。

ああ、だから、だから。

私は、


みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、それの気持ちがどんどん大きくなっていくの」

エリカ「なら、これからもたくさん戦いましょう?私はまだまだあなたを倒したいわ」

みほ「……いいよ。私の方が強いって教え続けてあげる」

エリカ「あら、言うようになったじゃない」

みほ「誰かさんのせいでね?」

714 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:53:13.41 ID:8Wy7TEBX0


私の言葉にエリカさんはこらえきれずに吹き出す。

つられて私も声を上げて笑う。

こんな風に笑い合うのは初めてで、私は、エリカさんとこんな風に笑い合えるぐらい近くにいるんだと実感できて、余計に嬉しくて笑ってしまう。

だんだんと笑い声は小さくなっていき、そして静寂が訪れる。

その静かな時間が心地よく感じて、風を感じようと上を向いてみると大きな満月が目に入った。


みほ「……エリカさん」

エリカ「何?」

みほ「……月が綺麗だね」


まばゆいまでの輝きは、けれどもベールのように私を包み込んで優しく、柔らかく感じる。


エリカ「もう、あなたまた……まぁいいわ」


何か言おうとしたエリカさんはけれども二の句を止め、代わりに立ち上がって月を見上げる。

いつだって強く真っ直ぐに前を見つめている碧い輝きを持った瞳は、けれども輝く月とは対象的にどこか寂しそうで、悲しそうに見えた。


みほ「エリカさん?」

エリカ「……私、昔は月って好きじゃなかったわ。太陽の、誰かの力を借りないと輝くこともできない弱い存在に思えて」


『私、月って嫌いなの』


初めて会った頃、エリカさんが月明かりの下でそう呟いた事を思い出す。

あんなにも美しい月を嫌いだと、寂しそうな目でいうのが不思議で、そしてその理由を尋ねた私にこう言った。

『いつか、話すかもね』と。


みほ「……今は違うの?」


その『いつか』が『今』だと感じた。

715 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 22:58:02.91 ID:8Wy7TEBX0



エリカ「……私たちは太陽があるから生きていられる。熱を、光をもらって。だけど、それは時に命を奪うこともあるわ。

    誰も太陽に近づけないし、直接見ることはできない」

みほ「……そうだね」

エリカ「でもね、月は違う。太陽の見えない夜でも、太陽の光を私たちに届けてくれる。その光は、私たちに熱をくれないけれど、この世のどんな宝石よりも美しい光だと思うわ」


エリカさんは月を掴もうとするかのように空に手を伸ばす。

煌々と、どこか揺らめくように降り注ぐ光はエリカさんの手をすり抜けて地面に彼女の影(シルエット)を映し出している。

二度三度、零れ落ちる光を掴みとめようと指を動かし、やがて諦めたように手を落とす。

エリカさんは何もない手のひらをじっと見つめ、なのに嬉しそうに笑う。


エリカ「それに気づいたから、私は月が好きになった。誰かの力を借りたものだとしても、自分だけの輝きを持ってる。とても、素敵だと思わない?」

みほ「……うん」


月の美しさ。私はそれを貴女から教わったんだよ。

月明かりの下で微笑むエリカさんの姿が今でも心に残っている。

月光によって焼き付けられたその情景は私の価値観を変えてしまうほどの輝きを放っていて、

そう、ただただ素敵だった。

今のエリカさんのように、私の瞳を釘付けにした。

美しい記憶と美しい現実に心がいっぱいになる。


エリカ「みほ。あなたは誰かに阿って自分を変えられるほど器用じゃないわ」

みほ「え?」

エリカ「あなた、自分が思っている以上に頑固で不器用なんだから。自信をもってあなたのやりたいようにやりなさい。副隊長さん?」


その声は軽く、からかっているようにも聞こえた。

私のやりたいように。副隊長としての私にそう言った意味を考える。

西住流は『型』を大事にする。一糸乱れぬ規律と隊列こそ黒森峰が、ひいては西住流が強い理由なのだ。

そして戦車道は心を鍛える武道なのだから、在り様もまたそれに足るものであるべきだから。

自分を厳しく律する。西住流の娘ならなおさらだ。

それを間違ってるだなんていうつもりは無い。きっと正しいのだろう。

ただ、時折思ってしまう。もっと、自由に戦車に乗りたいと。

……いや、ちょっと違う。

今でも戦車に乗ることは楽しい。戦車道も、楽しい。

そう思えるようになった事自体、かつての自分を思うと信じられない事なのに。

乱れぬ隊列に美しさ。セオリーに則った作戦で正面から戦う事の楽しさ。

それらは確かに私の中にあるものだ。

でも、ふとした瞬間思ってしまう。伝統やセオリ―じゃない私の、私だけのやり方をやってみたい。と。

もちろんそんな考えすぐに振り払って目の前の事に集中する。

……そんな事を何度も繰り返してきた。

エリカさんは私のそんな迷いを知ってたのかもしれない。


716 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:06:49.62 ID:8Wy7TEBX0


みほ「……だけど、みんながそれを許してくれるかな」


わかっている。こんなのただの杞憂なのだと。

隊員はみんな良い人達で、ちゃんと話せばわかってくれる。

そんな事私だってわかっているのに。

伝統やセオリーを大切に思っているエリカさんがそう言ってくれるのなら、わかってくれるのなら。

私は何も恐れる事なんてないはずなのに。

道からはみ出す事の恐怖もまた、確かに私の中にあるのだ。


『みんながそれを許してくれるかな』


自分が怖いだけなのに他者に責任転嫁する言葉もまた、かつての私の常套句だった。


エリカ「なら、やりたいことがあったら私に言いなさい。あなた、説明するのあんまり得意じゃないんだからそういうのは私がやるわよ」

みほ「エリカさんに迷惑だよ……」


何を難しく考えているのよ、というような軽い声にも、やっぱり落ち込んだ声で返してしまう。

いつものエリカさんならそれにトゲトゲしく注意をするのに、彼女は笑って、慈しむような声を私にかけてくる、


エリカ「言ったでしょ?私は月が好きって。私ひとりじゃダメでも、誰かと一緒なら私も輝けるのよ」

みほ「なら、エリカさんの太陽って……」


私の問いかけにエリカさんは黙ってあごに手を当てる。

その姿は口を閉ざしているようにも、言うべき言葉を選んでいるようにも見えた。

やがて、答えは決まったようでエリカさんはゆっくりと口を開く。


エリカ「……内緒よ」

みほ「そんなぁ!?はっきり言ってください!!」


717 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:12:55.38 ID:8Wy7TEBX0



あれだけ期待を持たせておきながらやっぱ内緒♪だなんてそんなの通用すると思っているのか。

私がなんとかその口を開かせようと詰め寄ると、ビシッっと額にデコピンが飛んでくる。


エリカ「ダメよ。聞きたかったらあなたが隊長になってみなさい」

みほ「お姉ちゃんがいるからまだまだ先だよ……」

エリカ「……どうかしら。案外早くその時はくるかもよ?」

みほ「エリカさん……?」


その言葉の意味をたずねようとする前に、エリカさんは広場から離れようと歩き出す。

私は、その背中に声を掛ける。


みほ「エリカさん」

エリカ「……そろそろ帰りましょうか。あんまり夜更かしするものじゃないわ」

みほ「え?ていうか、呼び出したのエリカさんじゃん……」

エリカ「そうだったかしら?まぁ、結局ここまで付き合ったんだから同罪よ」


なんとも無理やりな共犯認定に、私は呆れてため息しかでなくなってしまう。


みほ「はぁ……」

エリカ「それじゃ、また明日ね。お休み」

みほ「……エリカさんっ!!」


そんな私を置いてさっさと帰ろうとするエリカさんを大声で引き留める。

道に向かっていた足がピタッと止まり、けれどもエリカさんはこちらを向かない。

関係ない。言いたい事があるんだからちゃんと言ってやる。

ああそうだ。それを教えてくれたのが貴女なんだから。



718 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:18:25.79 ID:8Wy7TEBX0


みほ「私は、誰かの期待を背負えるような人間じゃないって思ってた」


エリカさんは、振り向かない。


みほ「期待されて、それに応えられずに失望されるのが怖くて仕方なかった」


銀髪が風に揺らいで、光の粒子をまき散らす。


みほ「なのに期待するのも怖くて、だからホントは一人でいる方が安心してて、そのくせ周りはわかってくれないだなんて思ってて……

   自分勝手で、ワガママで、卑怯だった」


かつての私は、酷く、醜い存在だった。

誰かの優しさに縋ろうとするばかりで誰かには優しくするフリしかしてなかった。


みほ「でもね、貴女は私に怒ってくれた。私の事なんか知らないくせに、知らないから怒ってくれた」

エリカ「……言ったでしょ?あなたの事が嫌いで、ムカついたから引っぱたいて好き勝手言っただけよ」


振り向かないまま、エリカさんは話す。

そんな事が嬉しくて、声がはずんでしまう。


みほ「知ってるよ。でも、それをどう思うかは私の勝手」


だから、私も好き勝手言おうと思う。

勝手な好意を、勝手な感謝を、言葉にしようと思う。

貴女の勝手に私が勝手に救われたように。

719 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:20:42.51 ID:8Wy7TEBX0



みほ「エリカさん、貴女の期待はいつだって私の背中を押してくれた。貴女の否定がいつだって先走る私を繋ぎとめてくれた」


ああ、ああ、ああ、言葉が足りない。

伝えたい思いが溢れているのに、伝えるための言葉を私は持ち合わせていない。

もっと本でも読んでおけば良かった。

それでも、今ある私の言葉をいっぱいに集めて、纏めて。


みほ「エリカさん―――――ありがとう。私は、貴女と出会えてよかったです」


エリカさんが、そっと振り向く。

暗い夜でも、彼女の碧い瞳は、銀髪はどんな時でも美しく輝いている。

その輝きが私にもう一回分の勇気をくれる。

その魔法が解けないうちに、大きく息を吸って、目を逸らしたくなるほど真っすぐで、吸い込まれそうなほど深い瞳をちゃんと見つめて。



みほ「貴女は、私の友達です。貴女がどう思っていようとも、その気持は絶対に変わりません」



きっとこれから先どれだけ時が経とうとも、私の想いは変わらない。

たとえこれから先100万回否定されたって、貴女という友達がいた事を疑わない。

たとえ、貴女に否定されたとしても。

逸見エリカは私の友達なんだって、大声で言ってやる。

エリカさんの瞳を、睨みつけるぐらい強く見つめる。

やがて、エリカさんは観念したかのように肩を落とす。


エリカ「……なんであなたはそんな恥ずかしい事を堂々と言えるのよ」

みほ「……だって、エリカさんは馬鹿にしないでしょ?」


4年ぐらいの付き合いだけど、それぐらいはわかっている。

勇気と無謀ははき違えないのが私の良いところだ。

720 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:21:57.30 ID:8Wy7TEBX0


エリカ「はぁ……尊敬するわ。あなたのそういうところ」

みほ「……褒めてる?」

エリカ「褒めてるわよ。……本当に」

みほ「そっか。なら、嬉しいよ」


私の言葉にエリカさんはもはや返す言葉も無いようで、呆れたように笑う。


エリカ「……今日は私の負けね」

みほ「え?」

エリカ「帰る」


今度こそ私が引き留める間もなくスタスタと歩き去って行く。

そしてその背中が少し小さくなったところでエリカさんはもう一度こちらを振り向く、



エリカ「あー……みほっ!!」


先ほどの私に負けないぐらいの大声。


エリカ「明日、試合終わったらみんなでご飯食べに行きましょう!!」

みほ「……うん!祝勝会だね!!」

エリカ「だったら、さっさと帰って寝なさい!!……また明日」

みほ「……うん、また明日」


私の返事に満足そうにうなずくと今度こそエリカさんは去って行った。

721 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:23:02.73 ID:8Wy7TEBX0


一人広場に残った私は、そっと月を眺める。

煌めく満月に向かっていつかの約束を思い返す。



『本気には本気でぶつかる事』

『厚意には感謝で返すこと』

『しっかりと前を向く事』



その約束を彼女は覚えているだろうか。

もしかしたらもう忘れてるかもしれない。

4年も前の事なのだから、律義に覚えている私の方が変なのだろう。

でも、その約束が私をいつだって支えてくれた。

誰かの本気に本気で応える時

誰かの優しさに感謝で返せた時

前を向いて歩いてる時

貴女の笑顔を思い出す。

貴女が私を見ていてくれると思ってしまう。

だから、これからもその約束を守って行こう。

いつか、約束なんて忘れるぐらい当たり前になれるように。



今ここにいない彼女の代わりに、月に向かってそう誓った。



722 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/23(日) 23:24:57.21 ID:8Wy7TEBX0
ここまで。本日投稿分までは『日常系学園青春ストーリー』というテーマで書いてました。

また土曜に。次は、多分遅れないと良いな…
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/23(日) 23:33:53.40 ID:zsdv1Nvy0
おつです!ついに一区切り……非の打ち所がない青春ストーリーですね、ここまでは(しろめ
一体次からどうなるのか……
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/23(日) 23:37:43.55 ID:YUDYnbo30
乙!
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:01:42.70 ID:6drMimtLo
おちゅー
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:15:44.35 ID:nfC8QtFe0
イイハナシダッタノニナー
早く続きが読みたい、1週間が長い
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/24(月) 00:23:00.55 ID:s9H/aPJXO
乙でした。ヤバイ、マジで涙出そう。結末がわかってるだけに辛い。
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 00:42:45.27 ID:ho9tx2MY0
毎週すごく楽しみにしてます大好きです
貴重なガルパンSSの書き手さんを応援します
729 : ◆eltIyP8eDQ [sage saga]:2018/12/24(月) 01:24:29.75 ID:oS6MlcRj0
あ、誤字発見

>>711 は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。 →私は慌てて抗議をしようと彼女の肩をバンバン叩く。

>>713 みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、それの気持ちがどんどん大きくなっていくの」
                ↓
    みほ「……エリカさん、私戦車道が好きだよ。貴女と戦うたびに、その気持ちがどんどん大きくなっていくの」

上記のように訂正します

730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 05:20:45.88 ID:rO9E0NbkO

土曜日が楽しみ
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 07:36:34.19 ID:/WZU6jHZO
地の文がしっかりしてるから、いっそ「の前の名前が滑稽に見えてくる。
申し訳程度のss要素というのがなんだか笑える。
凄いことだ!
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/24(月) 09:32:00.63 ID:htOBxo+B0
ここからドン底に叩き落されるのか...(恐怖)
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/25(火) 10:27:21.87 ID:2S3K9GQW0
遂に、遂にやってきたわに

あ、更新乙です
734 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:29:53.94 ID:Fz/0tnfx0





晴天快晴夏の空。……とはいかず、少し曇り気味な決勝の会場。

隊長副隊長及び各車長への作戦の確認を済ませたものの、

試合開始まではまだ時間があるため選手達は各々試合に向けて自身の精神を整えている。

私もその例に違わず、少しでも不安要素を無くそうと前日も確認した天気予報を手元の携帯で確認していた。


みほ「……曇り時々晴。大丈夫かな」

小梅「さっきから何度も見てますけど、そう短時間に天気予報は変わらないと思いますよ」


隣に立つ赤星さんからどこか抑揚のない声がかけられる。


みほ「あはは、そうなんだけどね。やっぱり、心配になっちゃって」

小梅「大丈夫ですよ。隊長とみほさんが考えた作戦なんですから。私たちがちゃんとしていれば大丈夫なはずです」

みほ「……うん、そうだね」


車庫に納められている戦車たちは試合開始の時を今か今かと待ちわびてるように見える。

私もまた、赤星さんと共に、車庫の前で待ち人を待ちわびていた。

決勝の会場と言うだけあってか、たくさんの出店などがでていて観客の人たちの楽しそうな声が辺りに響いて賑やかな空気を肌で感じる。

私たちもなにか見てこようかなと思ったものの、流石に試合前に副隊長が遊んでるのは士気にかかわるのではと思いぐっとこらえた。

とはいえ既に準備は終え、やる事といえば先ほどからパカパカと携帯を開いては天気予報のページを見るか、何度も何度も見返した作戦の手順をまた見返すぐらいで、

なら赤星さんとおしゃべりでもと思うものの、どうも先ほどから言葉少なめでそれにつられて私の口も重くなってしまう。

無言の時間がしばし流れ、いい加減何事か話そうかと口を開くと、


エリカ「雁首揃えて呑気してるわねぇ」


いつの間にか車庫の前に来ていた待ち人が呆れたような声をかけてきた。


みほ「あ、エリカさん遅いよどこ行ってたの」

エリカ「飲み物買いに行く言ったでしょ……」

小梅「それにしては随分時間かかりましたね」

エリカ「ああ、ちょっと人と話しててね」

みほ「誰か知り合いでもいたの?」


私の質問に『それ聞いちゃう?聞かれたなら仕方がないなー教えてあげる♪』といったどうもイラっとする笑顔を見せると、揚揚と語りだす。


エリカ「私のファン♪」

みほ「今日ってそんなに気温高くないよね?むしろ山地だから結構涼しいのに……」

エリカ「しばき倒すわよ?いやほんとにファンだって子がいたのよ」


巨大な電子レンジにでも迷い込んで加熱されたのかと一瞬心配するものの、どうやらエリカさんは嘘や見得を張っているわけではないようだ。


735 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:32:17.76 ID:Fz/0tnfx0


小梅「……嘘じゃなさそうですね」

エリカ「嘘だったらあんまりにも哀しい嘘でしょ……」


まぁ、エリカさんが自分を大きく見せるような嘘をつく人じゃ無いのは知っている。

それにいざファンがいたと言われれば思い至る節も無くはない。

少なくとも私の周りにそういった子が多数いるのはエリカさん以外には周知の事実だ。


エリカ「たぶん、小学生ぐらいだったかしら」

みほ「エリカさん良くも悪くも中等部の時から目立ってたし、そういう子がいてもおかしくないかも」

エリカ「悪くも、ってのが気になるけどまぁ、目立ってたのは事実かもね……実際不本意な時もあったし」

小梅「でも黒森峰の戦車道チームってそれだけで注目を集めますから。そう、きっとその子も黒森峰に入学したいとかそういうので試合を見てたのかもしれませんね」


自慢じゃないが黒森峰は日本一戦車道に力を入れている高校だ。

マイナースポーツとは言えその道を目指す人間にとっては決して無視できない学校だ。

ただでさえエリカさんは目立つ見た目をしているのだし、試合を見に来た人が憧れてしまうというのもおかしくないと思う。

なのでここは一つ素直に称えようと思う。


みほ「そっか、すごいね!エリカさんのファン第2号だよ!!」

エリカ「1号は誰よ……」

小梅「いや、その子は32号ですね」

エリカ「増えた」


ああ、そんなに増えてたんだ。

1号の栄えある座以外は興味ないから知らなかった。……なんてね。

多分隠れファンも含めればもっといると思うけど。

私が優越感にニヤついていると、エリカさんが何とも座りが悪いといった表情でこちらを見つめているのに気づく。

「どうしたの?」と首を傾げると、エリカさんは二度三度視線を揺らすと、


エリカ「……あー。その子ね、みほのファンだとも言ってたわよ」

みほ「え?」


素っ頓狂な言葉に気の抜けた声が出てしまう。


エリカ「あれよ、中一の時のタンカスロン。あれ見てたんだって」

みほ「うっわぁ……」


否定や困惑の前にただただ信じたくないといった感情が口から飛び出す。


エリカ「私もおんなじ反応しちゃったわよ……ホント、勘弁してよね……」

みほ「同感だよ……」


いやだって、その話が本当なら私たちの悪名、悪行はもうとんでもない範囲にまで広がっているかもしれないのだから。

これはもう、隠すのを諦めてお母さんの耳に入る前に自分から白状して少しでも傷を浅くするべきかもしれない。

お姉ちゃんにも弁護してもらえればもしかしたらお小遣いの減額程度で済むかも……

そんな風に自己保身のための脳内会議を繰り広げていると、ふとエリカさん視線が私の胸元に向けられていることに気づく。

やだエッチ。なんて一瞬思うも、よく見るとその視線は胸ポケット。正確にはそこから出ているボコの携帯ストラップに向けられていた。



736 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:40:25.93 ID:Fz/0tnfx0

みほ「どうしたの?ボコストラップ欲しいの?同じのがあと5個あるからあげるよ?」

エリカ「いらないわよ……そういえばあの子、あなたの好きなクマさんのストラップしてたなって」

みほ「え?ボコの?」


嘘、嘘、まさかこんなところでボコリアン(ボコが好きな人)とニアミスするだなんて。


エリカ「ええ。あんな変なクマさん見間違えること無いと思うけど……」

みほ「変じゃない!!」

エリカ「そんな力強く。……まぁ、世の中そういう奇特な人がいてもおかしくないわよね」

みほ「奇特じゃないよ!!」

エリカ「めげないわねぇ……」


呆れ半分感嘆半分といったエリカさんに私はいかにボコが可愛らしく素晴らしいキャラクターなのかを力説しようと踏み出すも、

眼前に差し出された手のひらに圧しとどめられてしまう。

エリカさんの瞳はすでに私を見ておらず、隣にいる赤星さんに向けられていた。


エリカ「それで?あなたはどうしたのよ」

小梅「え、わ、私ですか?」


突然の問いかけに赤星さんはびくりと肩を震わせた。


エリカ「さっきからソワソワというか、妙に挙動不審なのよね。あなたも気づいてたでしょ?」


同意を求められ、私も頷く。


みほ「うん、なんか落ち着きないなというか、どこか上の空って感じで」


先ほどから赤星さんの様子がおかしいという事には気づいていた。

理由を聞こうかと何度か考えたものの、正直私の話術では下手に触れても余計に動揺させてしまうかもしれないと思い、エリカさんの帰還を待ちわびていたというわけだ。

私の同意に確信を得たように頷くと、エリカさんは赤星さんに詰め寄る。


エリカ「ほら、問答するのめんどくさいからさっさと言いなさい」

小梅「えっと、ホントに、ホントに何でもないです。気にしないでください」


「さっさと吐いた方が楽になるわよ」と取り調べのような尋問に、赤星さんはジェスチャー交じりに潔白を主張する。

もちろんそんな事で納得するわけがなく、エリカさんは呆れたようにため息をつく。


エリカ「……はぁ、言っとくけどね赤星さん。付き合いばっか長いこの子と違って、私は、あなたの事はちゃんと知ろうとしてきたつもりよ」

小梅「……」


真っ直ぐな視線に赤星さんは何も言えなくなる。その様子にエリカさんは微笑むと、柔らかく、受け入れるように問いかける。


エリカ「言ってごらんなさい。……友達でしょ?」


殺し文句。

そう言われて拒否できるような関係だったらそもそも友達になんてなってないないだろうに。

人の気持ちを無視する癖にここぞというタイミングでその気持ちをいい様にするのはやっぱりズルいと思う。

そんな風に思えるのは私が言われたわけじゃないからなのだろうけど。

きっと、私が同じように言われたら拒否するなんて発想でなかっただろうから。

赤星さんはたどたどしく唇を動かす。
737 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:49:50.09 ID:Fz/0tnfx0


小梅「エリカさん……その、私、緊張、してて……」

エリカ「……まぁそんな事だろうと思ってたわ」

小梅「心配かけたくないとか、そういうのじゃなくて……言葉にしたら余計に緊張しちゃいそうで……」


わからなくもない。言葉にしたら、意識してしまう。緊張が、不安が、体に響いてしまう。

ならばいっそぐっとこらえて抱え込む。

そういうやり方も間違ってはいないのだと思う。


小梅「皆さんは凄いですね、こんな緊張する場所に何度も立ってきて……どうしてたんですか?」

エリカ「……私の場合無理やり体を動かしてたわね。緊張なんてどうしようもできないんだから。必死に体と頭を動かして余計な事を追い出すしかない」


凛と、よどみなく言い放つその姿にエリカさんの在り様が見て取れる。

考えても仕方ない事は考えないようにするしかない。

わかりやすい解決策だ。というよりは次善策というべきか。


みほ「エリカさんは根性論が合ってるね……」

エリカ「実際私から言えるのはそのぐらいよ」

みほ「……でも、それはエリカさんが強いからだと思う」

エリカ「……」


嫌味じみた否定に、エリカさんが不満げに眉を顰める。

私はエリカさんの言葉は間違っていないと思う。

だからって、それが誰にでも通用するわけじゃない。

ましてや赤星さんはエリカさんではないのだから。

私たちの間に不穏な空気が流れる。

それは赤星さんも気づいたようで慌てて間に入ってくる。


小梅「あの、大丈夫ですから。エリカさんの言う通り、試合になればきっと勝手に体が動いてくれますよ」

みほ「……私は、そうは思わないな」


ああそうだ。私は、私だって赤星さんと3年以上の付き合いなのだ。

良いところ、悪いところを知っている。

その上で言わせてもらうなら……赤星さんに必要なのは根性とかじゃないと思う。


みほ「緊張したり、焦ったりしてるとね。間違った選択肢が正しく見えちゃうんだよ」


正しいと思った行動が後から見れば間違いだった。

結果論と言ってしまえばそれまでだが、それで納得できるのは周りの人間だけで、間違えた本人はひどく悔やむことになってしまう。

特に赤星さんは。……私と同じで。


みほ「緊張していても何とか出来るようになるのは慣れしかないと思う。初めて試合に出る赤星さんには難しいと思う」

738 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:54:05.12 ID:Fz/0tnfx0


中等部とは規模も人数も重圧も違う。

そんな中で緊張したまま実力を発揮しろだなんてのは無理な話だ。

もっと言うなら試合で全力を発揮するなんてことは出来る方がおかしいのだから。

その時のコンディションは、メンタルは、如実にその試合に現れる。

緊張なんて無視して出来る事をやれなんてのは『出来る人』の言い分で、『出来ない人』には出来ないなりのやり方がある。

だから、エリカさんのやり方は赤星さんの問題解決には相応しくない。

……ただ、これじゃあ私はただケチをつけただけだ。

エリカさんだって赤星さんの事を思ってのアドバイスだったのに、それを否定しただけで終わっては何の意味もない。

私はちゃんと、代替案を提示しなくてはいけないのだ。

心の中で二度三度頭を捻り、一つ思い付く。


みほ「……赤星さん、カメラ持ってきてる?」

小梅「え?あ、はい。ロッカーに置いてありますけど……」

みほ「じゃあ持ってきて。時間はまだあるから慌てなくていいよ」

小梅「あ、は、はい」


トテトテと早歩き気味にロッカーに向かう赤星さんを見送る。


エリカ「カメラ持ってこさせて何するつもり?」

みほ「記念写真。みんなで撮ろう?」

エリカ「……はぁー?なに気の抜けた事言ってるのよ。今大会がどんだけ大事なものなのかわかってないの?」

みほ「大事な大会なのに緊張して力が出し切れなかったら私たちも困るでしょ?」

エリカ「それは……」


エリカさんは私の反論に言葉が詰まり、やがて諦めたように手のひらを上に向けて差し出す。

とりあえず説明を聞く気になってくれたようだ。


みほ「赤星さんは大会出るの初めてで、その上色々かかった決勝なんだよ。だから緊張するのは仕方がない。でも、いつもやってる事をすれば、ちょっとは落ち着いてくれるかなって」

エリカ「……」


私たちが何かするたびに赤星さんはカメラを向けていた。

『思い出は、記憶の中だけじゃなくてちゃんと形にしておくべきなんですよ』とは彼女の言葉だ。

オクトーバーフェスト、休日に遊びに行った時、何気ない練習風景、誕生日パーティー。

文字通り日常を切り取った写真は見るたびにその時の話題で話が弾む。

なら、今この瞬間も切り取ってしまえば日常に過ぎない。

どれだけ緊張してたって、いつもの様に写真を撮れば、そこに日常を思い出す。

ちょっと手間はかかるがプリショットルーティーンみたいなものだろう。

もっとも、効果があるかないかは赤星さん次第だが。


みほ「赤星さんはちゃんと努力してきたよ。知ってるでしょ?」

エリカ「……ええ。良く知ってるわ」


深く頷く。ああそうだ。私も、エリカさんも。赤星さんが努力してここまで来たことを知っている。

私やエリカさんが、時には両方が彼女の自主練に付き合ってその成長を見てきたのだから。

彼女が決勝のメンバーに選ばれたのは決して運や偶然じゃなくて、純然たる実力なのだから。


739 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 22:59:07.91 ID:Fz/0tnfx0


みほ「だから、みんなで笑顔で写真でも撮ればいつも通りを思い出せるかなって。少しでも赤星さんが全力を出せるように」


彼女が、終わった後に後悔することがないように。私は私にできる最善を提示したつもりだ。

なんならカメラを取りに行って帰ってくるまでの間に頭が冷えるかもしれない。そうなったら儲けものってところだろうか。

とはいえ結局のところ赤星さん任せには違いはなく、エリカさんの意見の方が緊張をどうしようもないと割り切る分、覚悟を決められたかもしれない。

ただ、それでも私は私のやり方の方が赤星さんに効くと思ったのだ。

主観的すぎる意見。エリカさんにとっては受け入れがたいものかもしれない。

じっと、だまってこちらを見つめるその視線に後ずさりしないようぐっと堪えるとその口元が緩み、弧を描く。


エリカ「……ちゃんと考えてるのね」

みほ「……うん。友達だってだけじゃなくて、仲間だから」

エリカ「そう。なら……まぁ良いわよ。写真の一枚くらい。装填手に砲弾落とされたらたまったものじゃないもの」


エリカさんの許可が出た事にぐっと拳を握りしめていると、後ろから声をかけられる。


まほ「なるほど、みほもちゃんと人を見られるようになったんだな」

エリカ「た、隊長!?」


声の主はいつの間にか私たちの後ろにいたお姉ちゃんだった。


まほ「お前たちが緊張でもしてないか見に来てみれば、なんだかおもしろそうな事を話していたからな。聞き耳を立てさせてもらった」

みほ「別に普通に聞いてても良いのに……」


むしろお姉ちゃんに意見を求めたほうがより良い解決策が見つかったかもしれないのに。


まほ「私抜きで話してるのが大事なんだ」

エリカ「あの、大丈夫ですか……?」

まほ「何がだ?」

エリカ「いや、大事な時に呑気に記念写真とか……」


恐る恐ると言った問いかけ。お姉ちゃんはそれに何を今さらといった風に返す。


まほ「お前も撮ろうって肯定してただろ。いまさらどうした」

エリカ「いや、さすがに隊長の前で堂々とそういう事するつもりなかったんで……」

まほ「気にするな。別にまだ時間はあるんだ、写真の一枚や二枚問題ないだろ」

エリカ「そ、そう言ってもらえるなら……」


エリカさんはとりあえず隊長からの許可をもらえたことに安堵のため息を漏らす。

740 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:04:47.87 ID:Fz/0tnfx0


みほ「エリカさんは気にしぃだね」

エリカ「あなたが無神経すぎるのよ……」


エリカさんは私たちに対しては強気で嫌味っぽいのに、お姉ちゃんにはどうも恭しいというかへりくだった感じで対応する。

憧れの人という本人談を思えば当然なのかもしれないがそれにしたって格差がありすぎじゃないか。

その憧れの人の妹である私にももうちょっと辺りを柔らかくしても良いんじゃないか。などと思っていると、お姉ちゃんが思いついたように小さく挙手をする。


まほ「あ、せっかくだから私も交じっていいか?」

エリカ「え?」

みほ「お姉ちゃんも記念写真一緒に撮りたいの?」


意外。こういうのあんまりやりたがるイメージ無いのに。

妹の私がそう思うぐらいなのだから当然エリカさんも驚きを隠せてない様子だ。


まほ「今日という日が大事な日だと思っているからな。ちょっとぐらい良いだろ」

エリカ「は、はぁ……」

まほ「……ダメ?」


小首をかしげ、エリカさんを見つめる。

驚愕の光景に私は声を出すことが出来ない。

いや、嘘……お姉ちゃんがあんなぶりっ子って……


エリカ「い、いえ!?良いですよ!!私も、一緒に撮りたいです!!」


再びの驚愕はもちろんエリカさんも同じようで、けれども問いかけられた本人であるため両手をパタパタと振って許可の意を示す。


まほ「じゃあ決まりね」

みほ「……なんか強引」


どことなく得意げに鼻を鳴らすお姉ちゃんに、不満というか納得できないものを覚えるものの、ちいさく表現するにとどめる。


まほ「いいだろ別に」


耳ざといお姉ちゃんはそれに唇を尖らせる。これもまた妹である私からしても驚きの事態で、エリカさんもまた―――


小梅「みほさん、持ってきました」


3度目の衝撃は赤星さんのインターセプトで止められた。

いつの間にかお姉ちゃんも加わっている様子に疑問を感じているようで、その視線は私とエリカさんとお姉ちゃんを繰り返し見つめている。

まぁ、準備が出来たのならさっさとやってしまおう。

私は戸惑う赤星さんに笑顔を向ける。


みほ「ありがと。それじゃあ、記念写真撮ろっか」

小梅「……え?」

741 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:11:32.11 ID:Fz/0tnfx0





「逸見ーもっとかたまれー何恥ずかしがってるんだー」

みほ「エリカさん、ほらもっと近づいて」

エリカ「はいはい……」

小梅「あの、こんな事してて良いんですか……?」


恐る恐るといった赤星さんの質問。

まぁいきなりカメラ取ってこいからの隊長を交えた記念写真だよ!となればそう思うのも仕方はない。

私たちはたまたま近くを歩いていた活発そうな先輩にシャッターを頼み、曇り気味の空と山々を背景に並んでいる。

出来る事なら快晴だと良かったが、無い物ねだりをしてもしょうがない。

大事なのは被写体であって背景ではないのだから。


エリカ「普段パシャパシャ許可なく撮ってるくせに今さら遠慮するんじゃないの」

小梅「そんな人をパパラッチみたいに……」

まほ「ほら、ちゃんとカメラ見ろ。笑え」

小梅「あ、はい」

みほ「お姉ちゃんこそ笑顔できるの?」

まほ「舐めるなよ。これでも最近は表情筋がついてきたんだ。笑顔の一つや二つ、難なくこなせるさ」

みほ「逆に今まで出来てなかったのが凄いよ……」


呆れと驚きにため息が出てしまい、お姉ちゃんはムッとする。


まほ「というか、エリカの方が固いじゃないか」

エリカ「だ、だって隊長と写真だなんて……」

「ほら、逸見笑えー固いぞー」


先輩からの指示にびくりと肩を震わせ、わたわたとするエリカさんは中々お目にかかれないものだ。

それだけお姉ちゃんとの写真が嬉しいのだろうけど。

なのでちょっとからかってみたくなる。


みほ「言われてるよエリカさん。写真、苦手だっけ?」

エリカ「嫌味な事言うんじゃないわよ……うぅ、だ、大丈夫よ」

みほ「……エリカさん、赤星さん、お姉ちゃん」


呟くような言葉はしかしちゃんと3人に届いたようで、その瞳がこちらを向く。

それを確認した私は、


みほ「――――頑張ろうっ!!」


全力で気合を入れる。

742 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:14:51.70 ID:Fz/0tnfx0


まほ「……ああっ」


揺るぎないお姉ちゃんの口元に笑みが浮かぶ。


小梅「……はい!私、やって見せます!!」


覚悟を決めた赤星さんの顔が満面の笑みを称える。


エリカ「……当然よ。私たちは、この日のために努力してきたんだから。……頑張りましょう」


輝く銀髪と透き通るような碧い瞳に、月と太陽のように煌めくその姿に、確かな決意と微笑みが共鳴する。


みほ「……うんっ!!」


三者三様の笑顔に確信をもって、私もまた全力で笑い返す。

ニヤニヤとこちらを見ていた先輩は、笑顔で揃った私たちを見て同じように笑顔になると、ファインダーをのぞき込み、



「よっしゃ、いくぞー。はい、チーズ!!」


743 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:15:58.77 ID:Fz/0tnfx0



デジカメの表示画面に写る私たちはきっと、何も怖くなかったのだろう。

楽しくて、楽しみで、友達と、仲間と。共に戦えることを喜んでいたのだろう。

待ち受ける未来になんの不安もなく、前に進めると信じていたのだろう。

それは直視できないほど眩い記憶で、日常で――――永遠だった。

宝石のようなその日々は、私にとってかけがえのないものだった。

積み重ねた日々が、これから続く未来が、前途を照らしてくれるのだと疑わなかった。

故に、時は止まらず――――決勝の合図が、空に響いた。




744 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2018/12/29(土) 23:18:37.28 ID:Fz/0tnfx0
ここまでー。年末最後の更新になります。

新年一発目はたぶん15日になると思いますのでお待ちください。
余裕があったら8日に投稿するかもしれませんがあんまり期待なさらず。
多分あと5、6回ぐらいで終わるのでもうちょっとこのクソ長いスレにお付き合いください。

良いお年を
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/29(土) 23:20:16.19 ID:FinzN2Ndo
おつでしたー
よいおとしをー
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/29(土) 23:36:51.82 ID:/aBPCsMI0
おつでした!
来年も楽しみにしてます!
良いお年を!
747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/30(日) 00:15:32.14 ID:lleQk064O
おつでした。来年も楽しみにしています、よいお年を。
748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 00:40:28.29 ID:68c9QTiM0
乙です。あと5.6回・・・?回想がって事かな?
今年も有難うございました!良いお年を!
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 09:32:47.03 ID:X3c1Dw9q0
マジかー次半月後かー
回想終わったら現在の時間軸に戻るんだよね?そうだよね?
あの後どうなったかも気になってるんだよね
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 18:48:42.30 ID:7liPuPn40
乙!来年も楽しみにしてるぜ!
終わるっていうのは回想のことだよな...?
あと5,6回だけじゃバッドエンドしか見えねえぜ...
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 22:27:31.06 ID:pjhvBiQM0
乙ですー。
これ大円団迎えて劇場版に進んでも、
どっかの流派の飛び級ボコ好き娘が勘違いしたまんまで、私怨バリバリで指揮する大学選抜チームが襲いかかってくるのでは…
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/30(日) 22:55:01.34 ID:cXqJAbY2o
ルミどうするんだよww
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/31(月) 00:13:17.06 ID:fEYn2Edw0
>>751
大円団ってなんですか?
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/04(金) 09:25:23.56 ID:1aIqUcFH0
早く
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/04(金) 13:01:11.46 ID:PMO2zqez0
>>754
ageカスのくせにいっちょ前に催促なんかしてんじゃねぇよ
756 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:46:56.94 ID:sbkqZ6WF0




みほ「……」


薄暗い戦車の中、重苦しい空気が漂っている。

決勝の火ぶたはとっくに切って落とされ、試合開始からすでに2時間近くが経っていた。

状況はあまりよくない。使う予定だった大通りはすでに封鎖されており、中途半端な突撃では無駄死にするのがオチだ。

伏兵が潜んでいるのは間違いない現状、火力機動力防御力に優れたプラウダに対して正面突破は流石に分が悪い。


まほ『釣られた。というわけか』


無線から聞こえる隊長の呟き。恐らく敢えてのものだろう。私の意見を求めているということか。


みほ「……そう思う」


自軍を前に出してこちらとの正面対決と見せかけ、機を見て後退。それを追ってきた相手を包囲する策。

字面だけ見れば単純だかもちろんそんな簡単な事なら私たちが、いや、隊長が追いつめられるわけがない。

プラウダは本気でこちらに攻撃を仕掛けてきて、その上で絶妙なタイミングで退く事でこちらを釣り上げた。

相手の指揮官はかなり優秀らしい。正直お姉ちゃん以外が隊長だったらすでに包囲され殲滅されてただろう。

その策にいち早く気付けたからこそ、いまの膠着状態に落ち着いているのだ。

向こうもこちらを見失っている。

恐らく今は大通りを固めつつ少数で索敵をしているのだろう。

このままではジリ貧。頭の中で何度も考えていた策が、今こそ役に立つかもしれない。

私は覚悟を決め、無線を送る。


みほ「隊長」

まほ『なんだ?』

みほ「隊を二分して川沿いの崖を通って相手の裏手に回り込みましょう」

まほ『崖?確かにあるが……』


その声色は疑問を呈している。

当然だろう、道と言えるものはあるものの、崖という呼称に相応しく戦車一輌通るのがやっとな細さなのだから。

出来る事なら私もこの手は使いたくなかった。しかし、今は一分一秒が惜しい。


みほ「実はね、ちょっと使えるかもって調べておいたんだ。戦車数両程度なら問題なく通れるはずだよ」


多少の懸念はあるものの、別の試合で同じ道を使った例もあり少なくとも私たちの戦車で通る分には大丈夫だと判断した。


みほ「隊長が指揮する部隊は正面に出て敵を抑えてて。別動隊は私が指揮して後ろに回り込む」

まほ『だが……フラッグ車が前に出るのはあまり賛成できないな』


それもまた当然だろう。正面の敵を抑えてもらうという事は必然的に私が率いる部隊は少数になる。

それで隠れているのならともかく、敵の後ろをかくために前に出るのだ。

だが、それでも。


みほ「プラウダに押されている現状、1輌でも戦力は無駄にできない。私が考えた策である以上、私が別動隊の指揮をする方が確実です。

   隊長、ここは勝負にでましょう」

まほ『しかし、わざわざフラッグ車を危険にさらすような真似は……それならば重戦車を盾に中央突破の方が安全だと思うが』
757 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:49:42.78 ID:sbkqZ6WF0


半ば博打のような作戦をおいそれと認めるわけにはいかない。

無様な勝利も、無様な負けも、するわけにはいかないのだ。

それが、西住流なのだから。

隊長の、お姉ちゃんの気持ちは良く分かる。実際、突然部隊を二分するのはリスクが大きい。

だが私もここで退けないのだ。優勝しようと赤星さんに、お姉ちゃんに、エリカさんに、みんなに誓ったのだから。

沈黙の無線が数秒続く。


エリカ『隊長。ここは副隊長の策に乗りましょう』


それは、凛とした声に打ち破られた。


まほ『エリカ』

エリカ『悔しいけど、プラウダの力は本物です。多少のリスクは承知の上でここは攻めるべきです』

まほ『……』


2対1。ほかの車長からも意見が出ない以上、あとは隊長の判断に任せるしかない。

こんなところで仲間割れなんてそれこそ自殺行為なのだから。


みほ「お姉ちゃん」

エリカ『隊長』

まほ『……わかった』


ため息と、どこか嬉しそうな吐息の混ざった声に私はほっと胸をなでおろした。

一度判断を下した後は隊長の迅速な指示で隊は二分され、私達は即座に行動に移した。


みほ「……エリカさん、ありがとう」


周囲に気を配りつつ、エリカさんだけに無線をつなげてそっと呟く。


エリカ『気にすることじゃないわ。私はあなたの策のほうが勝てると踏んだだけよ』


そう思ってもらえたことが嬉しいのだと伝えたかったが、生憎おしゃべりに時間を費やしてる暇はない。

私たちはやるべきことがあるのだから。


エリカ『さ、さっさと行きましょう。時間が無いわ』

みほ「……うんっ!!」


758 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:51:48.27 ID:sbkqZ6WF0




ガタガタと揺れる車内。道なき道を行ける戦車の力強さは同時に乗ってる人への配慮というものは考えていない。

時折段差か何かを越え、そのたびにガタンと衝撃がお尻に突き刺さる。

今更それに文句を言うつもりは無いが、何とかなるものなら何とかしたいとも思う。

別に痛くないのではなく、我慢できるだけなのだから。

なのでせめて気を紛らわそうと考え、車長席でじっと腕を組んでるエリカさんに顔を向けずに声を掛ける。


小梅「今日のエリカさんいつもより優しいですね」

エリカ「はぁ?私はいつだって優しいわよ」


無駄口叩くな等と怒られると思っていたが、返ってきたのは冗談染みた言葉だった。


小梅「……そうですね」


斜め上の反応になんと返答すればいいかわからず、とりあえず同意でお茶を濁そうと図ってみるものの、エリカさんは何とも言えない表情をする。


エリカ「納得されるとこっちがスベッたみたいじゃない……」

小梅「ああいや、なんていうか……みほさんの意見を堂々と支持するのが珍しいなって」


わかりにくさ面倒くささにおいて他の追随を許さない彼女がみほさんへの助勢をわかりやすくするのは珍しい。

というより、エリカさんが隊長の懸念よりもみほさんの作戦に賛成したのが驚きというべきか。

少なくとも私が知る限りで隊長はエリカさんが最も憧れ、尊敬している人だ。

その隊長よりもみほさんの肩を持ったのが意外だったのだ。


エリカ「……合理的に考えただけよ。それは優しさとは言わないわ。ましてやあの子の味方をしたわけじゃない」

小梅「……そうですね。でも、みほさんは嬉しかったと思いますよ。エリカさんが自分の意見を支持してくれた事」


少なくとも私から見てみほさんと隊長の意見はどちらにも理があった。

いや、防御を固めた正面突破の方が黒森峰らしく、戦術の練度も高いと考えればむしろ隊長の意見の方が正しいとさえ思っていた。

私でさえそう思ったのだからエリカさんだって同じように思っていたはずだ。

それでもエリカさんはみほさんに付いた。そこにエリカさんとみほさんしか見えない何かがあったのだとしても、

誰よりも尊敬しているはずの隊長の意見よりもみほさんを選んだ。

みほさんはきっと、それを喜んだはずだ。心強く、勇気をもらったはずだ。


エリカ「……赤星さんもあの子も隊長も。私を買いかぶってるのよ。私は、そんな――――」

小梅「小梅」


その謙遜を打ち切る。


エリカ「え?」

小梅「小梅、って呼んでください」


エリカさんは謙遜をしだすと、いや卑屈になりだすとめんどくさい。

私の中での結論が決まっている以上エリカさんの謙遜を長々と聞くつもりはない。

だから、話題を変える。私にとって大事な要望を伝えるために。


小梅「いい加減私ばっか名字で呼ばれるのは距離感じちゃいます」

759 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:54:16.61 ID:sbkqZ6WF0


エリカさんだけではないみほさんも。

お互いは名前で親しく呼び合ってるのに私だけいつまでも名字というのは仲良し3人組としてはやっぱり気になってしまうものだ。

無論、距離をとられてるだなんて思ってはいないが、だからといって気にならないわけではない。

そう言われてエリカさんは慌てて否定する。


エリカ「あ、いや別にそういうんじゃ……ただ、切り替えるタイミングを見失ってただけで」

小梅「なら、いい機会なんで。小梅。ね?」


そんな事わかっている。だから私の要望は簡潔なのだ。

ウダウダいうつもりも無いし聞くつもりもない。

私は、ただただ、貴女に名前を呼んでもらいたいだけなのだから。

今度はエリカさんの顔を見て、スタッカートを弾くように私の名前を伝える。


エリカ「……ええ、小梅」


薄暗い戦車の中でも輝いて見えるような彼女の微笑み。

隣り合う様な気やすさで呼ばれる名前に、私は満足して前に向き直った。

すると、くすくすと小さな笑い声が車内に響く。一つだけじゃなく、3つ。

すっかり忘れていた。ここにいるのは私とエリカさんだけじゃないのだと。

今更ながら恥ずかしい事を言ってしまったと赤面するも、隣の砲手から「良いわねー青春最高?」とからかわれてしまう。


エリカ「ほら、笑ってないで集中しなさい。大事なのはここからなんだから」


パンパンと手を叩いて集中を促す彼女の顔を私は見れなかった。

ただ、彼女の声は上ずっているように聞こえた。

760 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 17:56:19.89 ID:sbkqZ6WF0




目的地へと向かう道中。私たちの小隊は最大の難所である崖の道、その入り口に入ろうとしていた。

エリカさんが指揮する我らがV号を先頭に、その後ろにみほさんのティーガーT、そのさらに後ろにと、一列になって戦車が続く。

崖は戦車が通るにはギリギリの幅で、視界の悪い戦車では決して楽な道とは言えない。

それ故車長たちはキューポラから体を出して細かく指示を出している。


エリカ「……雨、降ってきちゃったわね」


誰に言ったわけでもないのであろう、かすかに聞こえたエリカさんの重い呟き。

装填手席からわずかに見える空は、先ほどよりもどんよりと灰色になっていて、小雨が車体を打つ音が車内に響いている。


みほ『……戻りましょう。全車後方に注意してゆっくり下がってください』


無線で伝えられるみほさんの諦めたような声。

各車の車長の了解の返答に遅れて、エリカさんの声が無線を通して伝えられる。


エリカ「いえ、いきましょう」

みほ『エリカさん?』


先ほどみほさんの作戦に賛同した時とは逆の否定。

私は思わずエリカさんの方を向くも、キューポラから出ているその顔を伺う事はできない。


エリカ「隊長たちはすでに向かっている。今から戻るんじゃ時間無駄にしてしまうわ。ここは進みましょう」

みほ『でも……』


ためらうみほさんに、エリカさんは優しく落ち着かせるように語り掛ける。


エリカ『雨なら大丈夫よ。急がずにゆっくり行きましょう』

みほ『……わかりました。全車前進!!慌てず、慎重に行ってくださいっ!!』


エリカさんの言葉に安心感を感じたのか、はたまた不退転の決意を感じたのか、みほさんは今一度、前進を指示する。

それに、異を唱える者はいなかった。

761 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 18:00:27.20 ID:sbkqZ6WF0




どれほど経っただろうか。時計を見る事すら出来ない緊張感の中で、雨音が強く、激しくなったことだけは耳で感じることができた。

山の天気は変わりやすいとは言うが、それにしたって急転直下と言えるほどの変動は私たちの予想を超えていた。


小梅「……雨、強くなってきましたね」


言ってからしまったと思う。口にしたところで天気を変えることは出来ない。

風を伴った豪雨は固い戦車の装甲越しに私たちにその勢いを伝えてくる。そんな中で何度もキューポラから顔を出してるエリカさんなんてきっとびっしょりと濡れてしまっているだろう。

風邪をひいてしまうと操縦士の子が車内にいるよう勧めるも、エリカさんはそれを固辞して細かく指示を出している。

先頭車両だからこそ、状況を常に把握して指示を出さなくてはいけない。そう言って豪雨の中ひたすら周囲を警戒し続けている。

そんな中でただ事実だけを伝えたところで何の意味があるのか。ただただ車内の不安を煽るだけになってしまう。


エリカ「ええ……でも、ここまできたら戻るほうが危ないわ。気を付けて、ゆっくりね」


軽率な自分を恥じるも、エリカさんは気にしてはいないようだ。私の軽口に感情を揺さぶられた様子もなく、淡々と冷静に返してくる。

繊細な指示を求められ、全身を雨に打ち付けられているというのに、落ち着いているのは偏に彼女の集中力の賜物なのだろう。

その姿に力強さと心強さを感じ、私を含めた乗員もまた、勇気をもらう。そのおかげか、危なげなく集団は進んで行き、やがて再び外を見ていたエリカさんの口から安堵のため息が漏れる。


エリカ「ゴールが見えてきた。なんとかな―――――止まってッ!!」


その言葉に操縦手が即座に反応する。スピードは出ていなかったものの急な静止に思わずつんのめってしまう。

どうしたのかと尋ねようと上を見た瞬間、轟音が鳴り響く。外の状況は私にはわからない。ただ、一つだけ分かるのは――――砲撃を受けたという事だ。

遅れて無線からみほさんの声が伝わってくる。


みほ『エリカさんっ!?砲撃っ!?』

エリカ「こちらV号っ!!前方に敵車両!!待ち伏せよっ!!」


努めて冷静に、要点だけを伝えようとしているエリカさんの声に私たちも動き出す。先ほどの砲撃はこちらに命中せず、前の地面をえぐるにとどまったようだ。

砲手はすでに敵を捉えているようで、エリカさんの蹴りによる指示と共に射撃を開始する。状況を理解したみほさんもすぐさま指示をだしてくる。


みほ『っ……全車両下がってっ!!』

エリカ「私たちが盾になるから早く下がっ――――」


その言葉は最後まで言葉にならなかった。何かが崩れる音と共に、ぐらりと、体が戦車ごと傾いていく。続いてくる衝撃。


小梅「あ……」


一瞬の浮遊感が永遠のように感じる。重力が横から降ってくる。シートベルトなんかない座席で、装填をしようと不安定な体勢で、持っていた砲弾が私の手を離れ宙に浮く。

庇おうと動く手はゆっくりとしていて、間に合いそうにはない。数キロの砲弾が自由落下で体に当たって痛いで済めば御の字で、

眼前に迫るそれは、たぶん痛いじゃ済まないのだろうなぁと、どこか私を達観させた。

ああ、痛いのかな。こんなことなら反射神経鍛えてれば良かった。どうやって鍛えるのか知らないけど。

そんな事を、呑気に考えてしまった。

その時、


「小梅ッ!!」


聞きなれた声が私の名を呼び、目の前が真っ暗になり――――花のような香りが鼻腔をくすぐった。


762 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/05(土) 18:02:04.76 ID:sbkqZ6WF0
思ったより余裕があったので投稿。あけましておめでとうございます
15日か8日に投稿するって書いてましたけどあれ12月のカレンダー見てましたわ
普通に今後も土曜投稿なんでよろしくお願いいたします

また来週
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/05(土) 18:22:21.77 ID:ruVRIJ8e0
ドキドキしながら読んだぜ
ついに来たなって思いながら
来週も楽しみだ
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/05(土) 18:46:46.32 ID:0DBv6FO7O
思いがけない更新にお年玉貰った気分、乙でした。
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/05(土) 19:29:34.19 ID:bjgE/baJ0
来週も楽しみにしてます
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/05(土) 21:59:25.11 ID:JVYFDx580
明けましておめでとうございます
次の更新楽しみにしてます!

新年早々気分が重くならなくてよかった…
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 00:57:38.97 ID:i9ZDlFOE0
乙!今年もよろしく頼むぜ!
奇しくも新年一発目の投稿が運命の回になったな...
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/10(木) 20:27:36.27 ID:NIIrkTIU0
映画の公開ペースが遅すぎてガルパン熱が少し冷めかけていたとはいえこんな名作に今まで気づかなかったとは…
完結まで一気読みできなかったことを残念がるべきかリアルタイムで追いかけられることを喜ぶべきか

769 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:49:21.01 ID:Ghx7XHue0





みほ「V号応答してください!!エリカさんっ!?」


必死に呼びかける。何度も、何度も。私の目の前で崖から滑り落ちていったV号は、すでに川の濁流に飲まれゆっくりと流されている。

雨で地盤が緩んでいたのか、地面をえぐった砲撃が足元を崩したのか、その両方か。

今考える事じゃ無いのに、頭の中をぐるぐると『どうして』がめぐり続ける。

それでも、呼びかける事は止めない。


エリカ『……っみほっ!!』

みほ「エリカさんっ!?エリカさんっ!!?」


ようやく返ってきた彼女の声は無線の調子が悪いのか随分とかすれてて、聞き取るのがやっとなほどだった。


みほ「エリカさん大丈夫!?今、救助をっ!!」

エリカ『みほ、私たちは大丈夫っ!!あなたはとにかくフラッグ車をっ……』


それを最後に無線は途絶えてしまう。


みほ「無線が……っ!?早く大会側に連絡をっ!!救護を出してもらってっ!!」

通信手「は、はいっ!!」


怒鳴るように通信手の子に叫び、私は再びキューポラから体を出す。

豪雨が頬を打ち付ける。雨に霞む視界はそれでも、流されていくV号を捉えることが出来た。

鉄塊が流されるほどの激流。それすらも序盤と言った風にどんどんと流れが強くなっているように見えた。

焦りが心を支配していく。プラウダのものであろう砲撃は依然こちらを狙っているが、そんな事を気にしている余裕はない。


みほ「ねぇっ!?救助はっ!?まだなのっ!?」

通信手「れ、連絡はしましたけどすぐには……」


何を、何を悠長な事を。今、目の前でエリカさんたちが危ない目に遭っているのに。

戦車の水密性にしたってあんな濁流に飲まれているのでは意味がないだろう。

救助にどれほどの時間がかかるのか、救助が来るまでにエリカさんたちがどうなるのか。

なら、なら―――――


770 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:51:01.15 ID:Ghx7XHue0



『勝つためには、非情な決断を下す時がある。あなたはいつか、その立場になるのよ』





瞬間、脳裏をよぎるエリカさんの言葉。今、ここで私がフラッグ車を離れたら待っているのは敗北の二文字だ。

素人の私が助けに行ったところで、足手まといになるだけだ。それならば。

約束したんだ。エリカさんに、みんなに。優勝するって。非情な決断。それは今するべき事なのかもしれない。

ぐっとこらえて、救助はプロに任せて、そうすればみんな助かって優勝も出来て、全部、全部上手く行って―――――




『みほ』




優しく、抱きしめるような声が私の名を呼んだ気がした。




みほ「……っあああああああああああああッ!!」


通信手「副隊長っ!?」


通信手の子の叫びを背に、私はキューポラを乗り越え、そのまま崖を滑り降りて――いや、滑り落ちていく。

むき出しの手足が岩に削られる。でも痛みを感じる暇なんて無い。川岸に降り立った私は、今一度流されゆくV号を見つける。

既に私との距離はだいぶ開いていて、一刻の猶予も無い。私は、すぐさま川に向かって駆け出し、


みほ「――――エリカさんッ!!」


濁流に飛び込んでいった。


771 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:53:25.16 ID:Ghx7XHue0




濁り切った水の中は視界なんて無いに等しい。それでも必死でもがき前に進むうちに大きな影を見つける。


みほ(……V号っ!早く、早くっ!!)


V号を見つけた私は、とにかく近づこうと手足を動かし、ようやく張り付くことに成功する。

既に車体の半分が水没している状況だ。まずは操縦手の子を助けようとハッチを開け、流れ込む水に逆らって引っ張り出す。


操縦手「うぇっ、ゲホッゲホっ!!」


水を飲んだのだろう苦しそうにえづく。けれども状況はそんな時間を与えてくれない。私は彼女をV号の砲塔につかまらせ、続けて通信手、砲手の人を助け、川岸を指さす。


みほ「早く泳いで!!浅瀬に向かって、急いでっ!!」


3人はすぐさま川に飛び込んで泳いでいく。どうやら怪我らしい怪我はないようだ。ここにきて、日ごろの厳しい訓練が功を奏したのかもしれない。


みほ「っ……エリカさん!!赤星さん!!」


息をつく暇はない。まだ、二人残っているのだ。私はキューポラに這い上がり、中を見る。車長席にはエリカさんが、その足元に小梅さんが座っていた。


エリカ「みほっ!?あなた何してるのっ!?」


驚いた様子でこちらを見るエリカさんの姿は、思っていたよりも元気そうで思わず安堵してしまう。しかし、すぐに気を引き締め彼女に呼びかける。


みほ「エリカさんっ!!早くっ!!流れ、どんどん強くなってるッ!!赤星さんも早くっ!!」

エリカ「っ……わかったわ。みほ、この子をお願い」


エリカさんは座ったままひざ元の赤星さんの肩を叩く。赤星さんはふらりと、覚束ない足取りで立ち上がる。


小梅「エリカ、さん……?」

エリカ「落下したときにちょっと頭を打ったみたいだから……お願い、見ててあげて」

小梅「エリカさん私は……大丈夫です、から……」


どこか虚ろな赤星さんにエリカさんは諭すように語り掛ける。


エリカ「怪我人は車長の言う事を聞きなさい。……みほ」

みほ「……わかりました。赤星さんっ!」

小梅「ごめんなさい……」


赤星さんの手を引いて引っ張り出す。波は強く、立っていられないほどで、すぐにでも川岸まで行かないといけない。


エリカ「私もすぐにいくからもう行きなさい!!」


車内から聞こえるエリカさんの声。出来る事なら彼女も一緒に連れていきたいが、赤星さんを抱えた状態でそれは難しい。

とにかく、今はエリカさんを信じて行くしかない。私は肩につかまらせている赤星さんを励ます。


みほ「大丈夫だよ。ほら、しっかりつかまって。……行くよ」


返事を待つ暇は無かった。次の瞬間、私たちは濁流に飛び込んだ。

772 : ◆eltIyP8eDQ [saga]:2019/01/12(土) 17:56:02.36 ID:Ghx7XHue0




ろくに先の見えない川の中を必死で泳いでいく。赤星さんに気を配る余裕は殆どなく、ただただ彼女が流されないよう必死にその体を掴むばかりだ。

我武者羅に、ひたすら手足を動かす。それは赤星さんも同じなのだろう。私の体を掴む手は痛いぐらいに強く力が込められている。

文字通りの一蓮托生。後に続いているであろうエリカさんの目の前で私たちが流されるわけにはいかない。

息継ぎさえ忘れるほどの決死行はやがて体全体で地面を認識することで終わりを告げる。


みほ「っ……はぁ、はぁ、うっ……げほっ!!げほっ!?」


なんとか川岸にたどり着いた私は、必死で息を吸い、飲み込んだ水を吐き出す。

ようやく喋れるぐらいに呼吸を整え、同じようにえづいてた赤星さんに疲れ切った笑顔で呼びかける。


みほ「な、なんとかなったね……」

小梅「は、はい……ありが、とうございます……」


その言葉に安心した私は、ばたりと仰向けに倒れこむ。もう指一本動かせないかな。なんて他人事のように思ってしまうぐらい体から意識が離れていきそうで、

実際もうやるべきことは終わったのだから後は救助の人に任せればいいかと、そっと目を閉じようとして―――――


小梅「……エリカさんは?」


赤星さんの呆然とした呟き。飛び去ろうとした意識は一瞬で体へと戻り、私は飛び跳ねるように体を起こす。


みほ「赤星さん、エリカさんは?」


大きく見開いた目に映るのは、先ほどよりも流れが強くなった川と、僅かに見えているV号だけだった。

すぐに周囲を見渡す。私と、赤星さんしかここにはいない。

嘘、嘘、嘘、


みほ「え……エリカさん?エリカさんっ!!?」


必死で叫ぶ。冷え切った体は声を出すのすら一苦労で、音程なんてまるででたらめな声が喉から出る。

しかし、一向に返事は返ってこない。


小梅「まさか……流され……」


その言葉を否定しようと口を開くも、現にエリカさんはいない。でも、ならどうすればいいのか。

そうだとして、荒れ狂う濁流の中探し出すのは無理だという事はいくら私でも理解できてしまう。


みほ「嫌……嫌!?エリカさんっ!?」


どうすればいいかわからず、ただただ悲鳴のような叫びをあげることしかできない。

目の前が真っ暗になりそうな絶望感の中、ふと視線の先に違和感を覚える。


みほ「もしかして、まだV号の中に……」


川に取り残されたV号のキューボラから、わずかに手が見えた。見えたような、気がした。

真偽なんて考えるつもりはない。次の瞬間、私は川に向かって駆け出していた。


小梅「みほさんっ!?待って、わた、私もっ!!」


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