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【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」
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573 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/04(日) 23:18:18.36 ID:ShVhrT/Uo
おつー
574 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 21:55:22.07 ID:84Q0qfUC0
・
・
・
中等部三年 〜3月6日〜
時間はおそらく18時くらいだろうか。
カーテンが閉め切られ暗い部屋では時計で時間を確認することができず、だからといって携帯を開いては雰囲気が台無しだ。
小梅「それじゃあそろそろはじめましょうか」
エリカ「ねぇ、ホントにいいんだけど……」
私に向かって促す赤星さんにエリカさんが何とも言えない声色で遠慮を示す。
今私たちがいるのはエリカさんの部屋。
とても花の10代のものとは思えない殺風景な部屋は逆にエリカさんらしく、ついつい見回してしまうも、
「行儀悪いわよ」と嗜められて私は再び正面に向き直る。
いつぞやのように、部屋の中央に置かれた四角い座卓でエリカさんを上座に、向かいに私。その間に赤星さんが座っている。
そして私たちの目の前にはろうそくが立てられたケーキがある。
プレートには可愛らしく『お誕生日おめでとう エリカさん』と書かれていて、
ケーキ屋さんに取りに行った時、店員さんに「お友達の誕生日パーティーですか?楽しんでください」と笑顔で言われたのを思い出して私も笑顔になってしまう。
そんな私を見て赤星さんは微笑みながら促してくる。
小梅「それじゃあみほさん」
みほ「うん!」
私たちは二人そろって息を吸い、そして。
575 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 21:57:23.17 ID:84Q0qfUC0
『Happy Birhday to You. Happy Birhday to You.』
手拍子を鳴らしながら練習したわけでもない誕生日の歌を綺麗に合わせて私たちは歌う。
頬を染めているエリカさんは照れているのかそれともろうそくに照らされているからなのか。
576 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 21:58:25.81 ID:84Q0qfUC0
『Happy birthday, dear エリカさん』
今宵は彼女の誕生日。
貴女が私を祝ってくれた以上に私は貴女の誕生日を祝いたい。
そんな思いを歌に込めて、今日という日が少しでも貴女にとって幸せな日であって欲しくて。
577 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:03:10.28 ID:84Q0qfUC0
Happy Birhday to You.
578 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:04:50.40 ID:84Q0qfUC0
それほど大きくない部屋に静寂が戻ってくる。
私たちがエリカさんを見つめると、エリカさん同じように見つめ返す、
そして、諦めたようにため息を吐くと、再び息を吸って、ふっ……と、ロウソクを吹き消した。
小梅「誕生日おめでとうございます、エリカさん」
みほ「おめでとう!」
赤星さんが電灯のスイッチをいれ、部屋に明りが戻る。
私は手が痛くなるくらい全力で拍手をすると、エリカさんは照れ臭そうに笑う。
エリカ「もう、恥ずかしいわね……小学生じゃないんだから」
小梅「ふふっ、小学生だろうと中学生だろうと大人だろうと。祝い事は全力で祝うのが一番なんですよ?」
エリカ「そう……なら、仕方ないわね」
エリカさんは肩をすくめると、そっと微笑んだ。
その様子に少なくとも彼女が悪感情を抱いていない事が分かって安心する。
……そんな人じゃ無いってわかっているのに不安になってしまうのは、私が弱いせいなのかもしれない。
579 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:06:27.99 ID:84Q0qfUC0
小梅「ほら、早くご飯食べちゃいましょう?せっかくエリカさんの好きなハンバーグ作ったんですから」
私の内心をよそに、赤星さんはてきぱきと準備を進める。
ケーキは冷蔵庫に避難させられ、今度は卓上を様々な料理が埋めていく。
私の時はエリカさんと赤星さんが作ってくれたが、今度は私と赤星さんが手分けをして作った。
……まぁ、ほとんど赤星さん任せで私は大した事出来なかったけど。
エリカ「随分豪勢ね……」
小梅「言ったでしょう?お祝い事は全力でって」
エリカ「……そうね」
小梅「それじゃあ、いただきましょう」
エリカ「ええ、いただきます」
みほ「いただきます」
和やかに始まった食事の時間。
だけど私と赤星さんは料理に手を付けず、じっとエリカさんを見つめる。
その視線に一瞬煩わしいといった表情をするも、すぐに視線を戻してメイン料理の一つ、ハンバーグに箸を入れる。
赤星さん曰く『それなりに準備と練習を重ねた自信作』なハンバーグは箸でもすっと切り分けることができ、エリカさんはその欠片をそっと口に含む。
目を閉じ咀嚼をする姿がなんだか妙に艶めかしく思えてしまい頬が熱くなる。
私がそわそわしていると、エリカさんの細い喉がごくりと動く。
恐る恐る声を掛ける。
580 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:09:17.77 ID:84Q0qfUC0
みほ「……どう?」
エリカ「……美味しいわ」
みほ「やった!」
小梅「良かったですねっ」
どこか悔しそうに呟いたその言葉は私たちにとっての勝利宣言であり、私たちは揚揚とハイタッチを交わした。
エリカ「もー……人が食べてるところをじっと見るんじゃないわよ。緊張するじゃない」
恥ずかしそうに愚痴るエリカさん。
その姿に微笑ましさをおぼえながら、私たちも料理に手を付け始める。
……うん、よくできました。
小梅「はい、チーズ」
舌鼓を打っていた私とエリカさんの横顔にシャッター音が浴びせられる。
エリカ「あなたまた……」
小梅「お誕生日に記念写真はつきものですよ」
ファインダー越しに得意げに返す赤星さん。
その様子に最初は不満げだったエリカさんも抗議する気が失せたようで、ため息交じりに赤星さんの隣に行くと、デジカメの表示画面をのぞき込む。
581 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:11:53.36 ID:84Q0qfUC0
エリカ「どうせ撮るならもっとちゃんとした所を残して欲しいわね。ほら、これなんか口あいてるじゃない」
表示画面には先ほど取られたばかりの写真――――ハンバーグを口に運ぼうとしているエリカさんと、それをじっと見つめてる私が写っていた。
エリカ「もう、もの食べてる時の写真ってちょっと行儀悪くない?」
小梅「いいじゃないですか、生活感というか日常の一コマって感じで」
みほ「私もそう思うな」
エリカ「あんまり撮りすぎてもありがたみが薄くなるでしょ」
そう言うエリカさんの顔に微笑みが浮かんでいるのに私たちは何も言わない。
もはやエリカさんが素直じゃないだなんて公然の事実なのだから今さらあれこれ指摘するだけ野暮なのだ。
小梅「思い出せるものはたくさんあるに越したことがありません」
自信満々なその言葉にエリカさんは観念したように肩をすくめる。
エリカ「そ。なら、せめて綺麗に撮ってね?」
小梅「任せてください。カメラ歴一年の腕が火を噴きます」
エリカ「あんま信頼できないわね……」
みほ「大丈夫だよ、エリカさんならどんな写真だって綺麗に写ってるから」
だって私の瞳(ファインダー)に映る貴女はいつだって輝いているから。
……流石に臭すぎるので、言葉にはできないけど。
582 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:15:43.18 ID:84Q0qfUC0
・
・
・
料理もケーキも楽しんで、ある意味今回のメインイベント、プレゼント贈呈の時間が来た。
エリカさんもそれは察していたようで、いつのまにか正座してどこかソワソワしている。
エリカさんにもそんな情緒があったんだなと失礼極まりない事を思ってしまうも、
そんなにも心待ちにしてくれることが嬉しくてたまらない。
だから、私が最初にプレゼントを渡すことにした。
みほ「エリカさん。はい、誕生日おめでとう」
差し出したプレゼントを、エリカさんは恐る恐る受け取る。
チラチラと私の顔を見てる姿はなんだか小動物的だ。
エリカ「……ありがとう」
みほ「開けて?」
エリカ「なんでそっちから催促するのよ……まぁ、開けるけど」
しぶしぶといった様子で包み紙を綺麗に開き、そっと箱を開けると、
中に入っていたのは一枚のハンドタオル。
ワインレッドで彩られたそれは、私が苦心の末に選び抜いたものだ。
583 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:19:34.50 ID:84Q0qfUC0
みほ「普段から使える物が良いなぁって思って」
エリカ「ハンドタオルね……あなたにしては良いセンスしてるじゃない?」
みほ「それ褒めてるの?」
エリカ「褒めてるわよ。手触りも良いし……」
小梅「色もパンツァージャケットに合わせられますね」
みほ「というか、パンツァージャケット着てる時に使ってもらいたいからね」
戦車の中というのは想像以上に蒸し暑いものだ。
夏はもちろん冬だって人の熱気となによりもエンジンの熱がこもって酷い暑さになる。
そんな時に汗を拭えるハンカチがあればと。
エリカ「プレゼントに気を使いすぎじゃない?」
みほ「プレゼントだから気を使うんでしょ」
エリカ「それは……そうね」
小梅「ほらほら、みほさんだけずるいですよ。次は私の番です」
割って入るように赤星さんが身を乗り出して、両手に持った小箱をエリカさんに差し出す。
小梅「私からはこれです」
小さな箱をまるで結婚指輪を差し出すように開く。
その中に鎮座しているのはシルバーのレディース腕時計。
小さく可愛らしい見た目と、気品を感じる色合いが安物ではない事を私たちに語り掛けてくる。
エリカ「……ちょっと、これ高くなかった?」
小梅「まぁ、少しだけ……」
エリカ「だめよ、こんなの受け取れないわ。ほら、あなたの方が似合って……」
小梅「エリカさん」
ピシャリと、エリカさんの言葉を遮る。
584 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:23:04.27 ID:84Q0qfUC0
小梅「その時計は、私がエリカさんに付けて欲しくて、エリカさんに相応しいものを選んだつもりです。気に入らないのであれば仕方がないですが、
遠慮して受け取らないだなんてやめてください。……私の気持ちは邪魔でしたか?」
エリカ「……ずるいわよそんな言い方」
小梅「知ってます。まぁ、エリカさんに言われる筋合いはありませんが」
まるで意趣返しのように悪戯っぽく笑う小梅さん。
エリカさんはそれに応えるようにふふん、と鼻を鳴らす。
エリカ「そうね。わかった。プレゼント、ありがたくいただくわ」
小梅「ええ。そのために贈ったんですから。それに高いと言ってもあくまでプレゼントとしてはってだけで、時計としては相応のものですよ」
エリカ「わかったから。……ほら、どう?」
エリカさんは私たちに見えるように、手首に巻いた腕時計を掲げる。
小さな腕時計が電灯の明りを反射してシルバーの輝きと共にその存在を主張する。
小梅「よく似合ってますよ」
みほ「うん、エリカさんにピッタリ」
エリカ「……もう」
エリカさんははにかむ様に笑うと、視線を時計に落として何度も何度も、その輝きを楽しんでいた。
585 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:25:18.28 ID:84Q0qfUC0
みほ「それとこれも」
私たちのプレゼントは充分堪能してもらったので、ここでもう一つ。
未だ時計の輝きに目を奪われているエリカさんに、そっと小箱を差し出す。
エリカ「え?二つも?」
みほ「ううん、ハンドタオルは私からで、これはお姉ちゃんから」
エリカ「……まほさんが」
『これ、エリカに渡しておいてくれ』
相変わらずの無表情で言葉少なめに渡されたエリカさんへのプレゼント。
いきなり私の部屋に来たと思えばなんてことは無い、お姉ちゃんもエリカさんの誕生日を祝いたかったらしい。
だから、一緒に行こうと誘ったのにお姉ちゃんはなぜか固辞してさっさと帰ってしまった。
小梅「先輩も来ればよかったのに……」
みほ「新年度が近いからお姉ちゃんも色々忙しいのかも」
お姉ちゃんは新隊長なのだから、私たちを迎えるにあたって色々頭を悩ませているのかもしれない。
……新副隊長である私が呑気にしていていいのかと罪悪感が芽生えるが、今日だけは許してほしい。
明日、何か手伝えることが無いかお姉ちゃんに聞きに行こう。
エリカ「これ、開けて良いのかしら……」
みほ「いいに決まってるでしょ。ほら、早く早く」
エリカ「急かさないでよ」
お姉ちゃんからのプレゼントを手に逡巡しまくってるエリカさんを急かして箱を開けさせると、
中から出てきたのは一本のペンだった。
みほ「……これって、万年筆?」
エリカ「……」
小梅「なかなか渋いプレゼントですね」
みほ「でも、お姉ちゃんの事だからちゃんとしたのだろうし、良い物だと思うよ」
よく見ればその万年筆はお姉ちゃんがいつも使っているのと同じやつのようだ。
なるほど、自分が使ってて使い心地が良かったものをプレゼントしたというわけか。
お姉ちゃんらしい相手の事をよく考えたプレゼントだなと思う。
それにしても、
586 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:27:32.73 ID:84Q0qfUC0
みほ「ハンカチに」
小梅「腕時計に」
エリカ「万年筆……あなたたちのプレゼント、普段使いできるのばっか選んできたわね」
エリカさんは3つのプレゼントを眺めながらそう指摘する。
対する私たちはその言葉にガッツリと思うところがある。
みほ「あー……それはたぶん」
小梅「エリカさんに長く使ってもらいたいからでしょうね」
その言葉にエリカさんはじっと私たちを黙って見つめる。
その視線に私たちは白状するように語りだす。
みほ「色々考えたんだけどさ、初めて贈る誕生日プレゼントだから」
小梅「できるだけ長く、そばに置いてくれるようなものを。そう思いまして」
だから一生懸命選んだ。
品質はもちろん色合いまでしっかりと考えて。
エリカさんにとって日常の一部になってくれるように、そう思って。
……まさか3人とも同じコンセプトでプレゼントを選ぶとは思わなかったけど。
エリカ「……もう、次のあなたたちの誕生日プレゼント、適当にできないじゃない」
呆れと照れ笑いが入り混じった言葉、元より適当にするつもりなんてないだろうに。
でも、期待を煽ったのならそれに応えるのも礼儀だ。
みほ「期待してるよエリカさん?」
小梅「なんなら希望出しておきましょうか?」
エリカ「はしたない事言うんじゃないの。……ちゃんと考えておくわよ。……二人とも」
587 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:32:07.59 ID:84Q0qfUC0
突然姿勢を正したエリカさんが、私たちに呼びかける。
その頬は少し紅潮していて、エリカさんが緊張しているのだとすぐにわかった。
エリカ「……私、家族以外に誕生日を祝われるだなんて初めてで、その……なんて言えばいいかわからないんだけど」
口ごもるように小さくなっていく声、それすら止んで静寂が広がる。
けれども私は、赤星さんは、何も言わずじっと次の言葉を待つ。
そして、
エリカ「料理、美味しかった。ケーキも。小学生みたいだなんて言ったけど、歌、嬉しかった」
ようやく紡がれた言葉は、いつものはっきりした物言いとは真逆なたどたどしく、子供っぽい喋り。
だけど、本当に大切に、慈しむように。
エリカ「プレゼント、本当にありがとう。大事にするわ。ずっとずっと、大切にする」
プレゼントを箱ごと抱きしめる。
エリカ「みほ、赤星さん」
隠せない喜色が声ににじみ出る。
エリカ「私、今日の事を忘れないわ。恩だとかそんなんじゃなくて、ただ……楽しかったから」
彼女の瞳が潤む。
アクアマリンのような瞳が、文字通り海の様に。
どこか、湿度の上がった吐息が、唇を震わす。
エリカ「……うん、楽しかった、みんなではしゃげて、祝ってもらえて。だから」
588 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:32:38.03 ID:84Q0qfUC0
エリカ「本当にありがとう」
589 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/10(土) 22:33:38.56 ID:84Q0qfUC0
今日はここまで。
エリカさん誕生日スペシャルはもうちょっと続きます。
また来週
590 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/10(土) 22:42:26.37 ID:j00qTr/po
おつおつ
591 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/10(土) 22:50:13.29 ID:1K+lgYof0
乙
みんなエリカさん好き過ぎだろ
俺も好きだけど
592 :
◆eltIyP8eDQ
[sage saga]:2018/11/10(土) 23:18:13.80 ID:84Q0qfUC0
>>591
このSSにおいてみほまほ小梅は原作の20倍くらいエリカの事が好きですね
593 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/11(日) 01:52:58.85 ID:lLbK0HFXO
おつー
ここのエリカさんは愛されてますな
594 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/11(日) 02:10:04.00 ID:kZ7Gbwgc0
乙
全くこの幸せ空間から半年でアレとは、
>>1
はとんだ最低野郎(誉め言葉)だぜ
595 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/12(月) 09:27:22.70 ID:9l8e8g9QO
かわいい(かわいい)
596 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/14(水) 12:42:50.50 ID:ydlWS5+r0
乙
まほのチョイスが(自分の経験を踏まえたことも含めて)渋すぎる
597 :
◆eltIyP8eDQ
[sage saga]:2018/11/17(土) 23:13:37.30 ID:+ZhhncjE0
・
・
・
いつものように自室で予習をしていると、机の上の携帯が軽快なメロディを奏でだした。
通知画面には良く知った名前。
私は迷わず通話ボタンを押すと、携帯を耳に当てる。
『……もしもし?』
電話から聞こえてくる声はどこか不安げだ。
まほ「エリカ」
エリカ『あ、良かった……ちゃんと繋がった』
まほ「私が教えたんだからそりゃあ繋がるさ」
何かあった時連絡してくれ。
そう言って渡した連絡先が今回ようやく使われた事に喜ぶべきか、あるいは今日まで全然使われなかったことを寂しがるべきか。
エリカ『そうなんですけどね。……まほさん、プレゼントありがとうございます』
まほ「……喜んでくれたなら良かった。出来るだけ普段使いが出来る物がいいと思ったんだ」
これでも時間がないなりに調べたのだから。
喜んでもらえたのならその苦労が報われるというものだ。
エリカ『ふふっ……みほと赤星さんも同じことを言ってましたよ』
まほ「……考えることは同じか」
598 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:16:16.90 ID:+ZhhncjE0
あの子達のことだからそんな事だろうとは思っていたが。
妹はともかく後輩とも同じ考えを持ってしまうだなんてちょっと単純すぎだろうか。
私が内心唸っていると、電話越しのエリカが苦笑する。
エリカ『ほんと、お節介ばっかりですよ』
まほ「お前が言うのか」
他でもないそのお節介のせいで未だ黒森峰内外に轟く異名を持ってるお前が。
エリカ『あら、私はいらぬお節介はした事ありませんよ』
まほ「……ああ、そうだな」
お前のお節介に救われた奴が少なくともここにいるしな。
きっと、みほも。
エリカ『……今日は楽しかったです。でも……まほさんが来れなくて残念です』
まほ「同級生3人集まって友人の誕生日パーティーをするんだ。邪魔者になるつもりはないさ」
エリカ『そんな事ありませんよ。邪魔者だなんて……』
違うんだよ。お前たちが邪険に扱うだなんて思ってない。
私が、私自身が。自分を邪魔者だと思ってしまうんだ。
少なくとも、あの3人の間に割って入るには私はまだ、距離があるから。
でも、
まほ「だから……次は私も祝わせてもらおうか」
もうすぐ新学期が来る。
待ち望んだ日々が、ようやく始まる。
その時、今度こそ私は近づいて行こうと思う。
遠慮するつもりは、無い。
599 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:21:48.91 ID:+ZhhncjE0
エリカ『…ええ、是非。でも、私ばっかじゃ悪いですよ。まほさんの誕生日っていつでしたっけ?』
まほ「7月1日だ」
エリカ『あ……』
流石というべきか、エリカはすぐに察したようだ。
私の誕生日はちょうど全国大会の時期にある。
場合によっては試合日と重なることもあるし、そうでなくとも大事な時期に呑気に誕生日を祝うつもりはない。
ましてや次は大事な大会なのだから。
まほ「もちろん、大会の真っ最中に祝ってもらうつもりはないさ」
エリカ『……すみません、私無神経な事を……』
10連覇がかかった大会の真っ只中、いくら盤石の体制を築いてきたと思っていようとも、不安をなくすことはできない。
私がそうなのだから後輩たちなんてなおさらだ。
そんな中祝ってもらおうだなんて思えるほど私は鈍感でもなければ無神経でもない。
まほ「気にするな。それに……祝ってもらうなら気兼ねなくしてもらいたいしな」
エリカ『……なら、大会後ですね。あの子たちだけじゃなくて隊員全員を巻き込んじゃいましょうか?』
とんでもないことを言うなコイツは……
まほ「やめてくれ……祝い事ってのは数を揃えれば良いってものじゃないだろ?」
エリカ『きっとみんな喜んで参加してくれると思いますよ?』
本気か冗談かわからない言葉に、私はため息交じりに答える。
まほ「そうじゃなくて……私は、貴女たちに祝われたいのよ」
600 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:26:24.77 ID:+ZhhncjE0
別に他の人に祝われたくないという訳ではない。
ただ、みほがそうであったように、私もそうしてほしいと思うのだ。
エリカ『……ふふっ、わかりました。あの子たちと考えておきます。……楽しみにしててください』
まほ「待ちくたびれるわね」
エリカ『そこは我慢してください。年長さん』
からかう様な声色に、私は拗ねたように唸った。
601 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:28:12.63 ID:+ZhhncjE0
・
・
・
エリカとの電話の後、私はベランダに寄りかかって夜空を眺めていた。
月明かりの美しさが夜風の寒さをほんの少し和らげる。
まほ「もうすぐ、ね」
もうすぐあの子たちが進学してくる。
そして、あの子たちはきっと黒森峰にとって欠かせない戦力となるだろう。
みほもエリカも赤星も、この3年で実力を着けてきた。
まだまだ足りない部分はあるが、あの三人の絆はきっと、何よりも強い武器になるだろう。
そこに割り入ろうとしている私は、もしかしたらお邪魔虫なのかもしれない。
でも、私だって少女なのだ。
友達と和気あいあいと過ごしたいと思うのは悪い事ではないはずだ。
それが後輩だろうとなんだろうと、たかが一歳の差なのだからどうこう言われる筋合いはない。
……言い訳じみてる自覚はある。
ずっと戦車道ばかりだった私は、たぶん人との付き合い方がわからないのかもしれない。
命令するなら、されるなら、何の苦労もないのに。
そこに、戦車道以外の何かを求めようとすると途端に私は不器用になってしまう。
もっと幼いころはそんな事無かったはずなのに。
でも、今は違う。
私は未だ不器用だけれども、それでも求めたいものの為に踏み出せる。
602 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:29:25.28 ID:+ZhhncjE0
『だから感謝しています。あなたに出会えた事を。
尊敬しています。あなたを……西住まほさんを』
603 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:30:47.86 ID:+ZhhncjE0
ああ、私も感謝しているよ。
尊敬しているよ。
だからもっと理解しあいたいんだ。
不器用な私が、それでも踏み出したいと思えたんだ。
私の事をもっと理解して欲しい、貴女をもっと理解したい。
だから、
まほ「楽しみ」
604 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:31:50.29 ID:+ZhhncjE0
ふふんと鼻をならしたのは、たぶん無意識だった。
605 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:33:46.85 ID:+ZhhncjE0
・
・
・
寒空の下の帰り道、一人ならきっと早く帰りたくて縮こまりながら小走りしていたんだろうけど、、
隣に赤星さんがいるからか、歩みはゆったりとしている。
みほ「エリカさん、喜んでくれて良かったね」
小梅「はい、本当に。でも、ちょっと驚いちゃいました。エリカさんがあんな素直にお礼を言ってくれるだなんて」
みほ「あはは、そうだね。エリカさんの事だから『別に頼んだわけじゃんないけど、とりあえずお礼ぐらいは言っておくわ』みたいに言いそうだったのに」
エリカさんがたまに見せる素直さは、正直ズルいと思う。
普段は意地悪なくせにあんな風に素直に、真っ直ぐにお礼を言われたらなんだって許せてしまう。
それにしたって今日のあの笑顔は私も初めて見る笑顔だった。
いつもの悪戯っぽい笑みとも、クールな微笑みとも違う、本当に心からの笑顔。
小梅「エリカさんも変わってきてるのかもしれませんね」
みほ「エリカさんが?」
小梅「出会った頃からエリカさんはやさしいけど、それ以上に頑なでしたから。みほさんへの態度もそうですが、私にも見せていない部分があると思います」
みほ「エリカさんが見せていない部分……」
小梅「それはたぶん、今日みたいに素直にお礼を言った事だけじゃなくて、もっと深い……エリカさんだけが抱えてる何かがあるんじゃないかなって」
瞬間、脳裏によぎる、いつかの海辺でのエリカさん。
あの、今にも泣きそうな苦悶に満ちた表情を、私は未だに見間違いだと思っている。
エリカさんは私と違って強い人なのだから。
でも、もしかしたら。
私はまだ、エリカさんの全てを知らないのかもしれない。
みほ「……どうしてそう思うの?」
小梅「……なんとなくですかね」
そう答えた赤星さんは一拍押し黙ると、吐き出すように言葉を続ける。
606 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:36:16.98 ID:+ZhhncjE0
小梅「……まぁ、しいていうなら私はエリカさんを遠くから見ていますから」
みほ「え……?」
小梅「みほさんみたいにいつも隣にいるわけじゃないけれど、だからこそなんとなく見えるものがあるんですよ」
赤星さんが私の前に出て、夜風を纏うようにくるりと振り返る。
小梅「私は貴女たちが大好きです。一緒にいて楽しいです。でも、私は貴女たちを少し離れたとこからも見たいんですよ」
そう言って両手の指で四角を作り、私を捉える。そして、慈しむように微笑む。
時折、赤星さんが私たちから距離をとっているのには気づいていた。
率先して写真係をして、まずは自分以外をフレームに収めようとするのも。
それを心苦しく思う事はあった。
けれども、カメラを向けてる赤星さんはいつだって本当に嬉しそうで、
その笑顔を見ればそんな私の心苦しさなんて余計なお世話でしかないのだと理解できる。
私は、友達とは一緒にいたい。隣で他愛もない事で笑ったり、拗ねたりしたい。
でもそれだけが友達の在り方ではないのだろう。
赤星さんのように一歩引いて初めて見える景色があるのだろう。
その上で一言いうのなら、
みほ「赤星さん、結構めんどくさいね」
小梅「あれ?知らなかったんですか?」
私の言葉に赤星さんはおどけて返す。
それはまるで、既にした事のあるやり取りのように滑らかだった。
なので私もそれに応えておどけて見せる。
みほ「ふふっ、私たちまた理解し合えたね」
小梅「まだまだですよ、私が実は他の学校のスパイだとか、異星人だとかそういう秘密を抱えてるかもしれませんよ?」
なんてことだ、そんな秘密を抱えているのに全く気付かせないだなんて。
赤星さんは隠し事の才能があるなぁ。なんてね。
小梅「だから……まぁ、ゆっくり行きましょう。あと3年もあるんです。エリカさんの事も、みほさんの事も、私の事も。ゆっくり伝え合っていきましょう?」
みほ「……うん、そうだね」
そして再び私たちは家路を歩み始める。
散々語り合ったせいか、なんとなく無言の時が流れ数十秒ほどたった時、
みほ「あ」
ふと、思い出したことが。
607 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:38:31.31 ID:+ZhhncjE0
小梅「どうしたんですか?」
いけないいけない。早くお礼を言わなければいけなかったのにすっかり忘れていた。
みほ「そうだ赤星さん。この間はありがとう」
小梅「え?何のことですか?」
みほ「ほら、私とエリカさんが決闘した日、エリカさんに待っててって頼んでくれたんでしょ?」
たぶん、あのまま一人でいたら、私の心は黒い何かに置き換わっていただろうから。
エリカさんの言葉に救われたのと同じく、赤星さんの気づかいにも私は救われたのだ。
本当に嬉しくて、ありがたい。
私はもう一度ぺこりと頭を下げてお礼を言う。
小梅「……何のことですか?」
みほ「……え?」
赤星さんはまるであの時のエリカさんのように『何を言ってるんだこいつは』と言わんばかりの表情で首を傾げる。
小梅「私、あの日は普通にエリカさんと一緒に帰ったんですけど……で、分かれ道でまた明日って」
みほ「つまり……」
私たちは顔を見合わせてため息を吐く。
ああもう、エリカさんは……
小梅「……ほんと、素直じゃない人ですね」
みほ「……全くだね。素直じゃなくて、お節介焼き」
608 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:40:47.32 ID:+ZhhncjE0
きっとこの事を言ったって「なんの事かしら?」とか言って知らんぷりをするのだろう。
なのでこの話はこれでおしまい。
明日からはまた、卒業式と進学、そして副隊長への就任に気を揉むのだ。
素直じゃないお節介焼きさんにいつまでも構ってはいられないのだ。
……まぁ、私から構ってもらいにいくのだろうけど。
とりあえず、私たちはまた一つ、エリカさんへの理解を深めた。
みほ「赤星さん」
それを踏まえてもう一つ、共有しておきたい事がある。
みほ「私ね、忘れないよ。エリカさんのあの笑顔を」
609 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:42:00.97 ID:+ZhhncjE0
『本当にありがとう』
610 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:43:01.57 ID:+ZhhncjE0
いつもの神秘的なまでの微笑みとは違う、年相応の、あるいはそれよりも子供っぽい。
だけど心からの笑顔を。
私は忘れない。
小梅「……そうですね。私も忘れませんよ」
多くを語らずとも赤星さんは私の言葉の意味を理解してくれる。
私たちの共通認識がここに成り立っていることを心から嬉しく思う。
みほ「……月が綺麗だね」
小梅「ええ、本当に」
見上げた空に、雲一つかかっていない月。
その月明かりのような優しさを、夕日のような暖かさを。
悪戯っぽい笑顔を、心を奪う様な美麗な微笑みを、子供のように笑った笑顔を。
そうだ
忘れない
私は、あの笑顔を
611 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:45:11.73 ID:+ZhhncjE0
忘れることが出来ない
612 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:47:05.70 ID:+ZhhncjE0
ああ
ああ
ああ
あそこで終わっていれば良かったのに
美しい思い出のまま、完結できていれば良かったのに
愚かな私が、それ故に大切なものを失う日が来なければ良かったのに
悔やんだところで時を巻き戻すことはできない
それが出来るのであれば私なんて存在していないのだから
消し去りたい過去も、引き裂きたい今も、捨て去りたい未来も、私の意志を汲み取ることなくあり続けるのだ
涙は枯れ、痛みすら曖昧になるほどの絶望
私の罪が、その程度の罰で許されていいわけがない
613 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:48:59.65 ID:+ZhhncjE0
『なにニヤニヤしてるのよ』
『ん?……神様っているのかなーって』
614 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:49:37.13 ID:+ZhhncjE0
天罰なんてありはしなかった
あの人がいないのに、私が存在していることが、神様がいないという証明なのだから
615 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:51:27.88 ID:+ZhhncjE0
ただただあの時の私たちは笑っていた
大切なものの価値に気づいていながら、享受するばかりで何も与えていなかった
もしも私が強ければ、賢ければ、未来は違ったのかもしれない
けれども私は、愚かにもそれが当たり前の日々なのだと、変わらずに明日は、未来はあるのだと信じ続けてた
繋いだ手の温もりが永遠のものだと疑わなかった
そして当然の様に
616 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:52:03.78 ID:+ZhhncjE0
終わりは、すぐそこまで来ていた
617 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/17(土) 23:53:13.96 ID:+ZhhncjE0
えー、あー、はい。やっとこさ中3編が終了です。
来週からいよいよ高1編なんでよろしくおねがいします。
また来週
618 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/18(日) 00:34:02.58 ID:e3SqNp/Oo
おつー
遂にきたかー
619 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/18(日) 02:55:33.98 ID:n1KDoeQWO
乙です
ここから黒森峰黄金期ルートに入る分岐はないのか…
620 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/18(日) 03:03:05.45 ID:6+HbvDK50
乙
死別もだが、正直そこから西住殿が壊れて成り代わろうとする過程がより怖い
621 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/18(日) 07:38:17.69 ID:0qvpjjCc0
ワンピースの回想かよ
622 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/19(月) 03:35:33.42 ID:HlavTYr/0
これが終わったら、黄金期ルートも書いて欲しいなあ
623 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/19(月) 06:27:34.43 ID:gpLWM6vOO
乙 ハッピーエンドの可能性もあるから‼︎‼︎
624 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:10:48.70 ID:1i+sRLwV0
・
・
・
高等部1年 〜5月〜
ざわめきに満ちている食堂。
中等部から高等部に移ってもそういうところは変わらないのだなと少し安心感を覚える。
新年度が始まって一月近くが経ち、ようやく学食に行くのに案内されずともよくなった。
「鶏のほうがもうちょっと物覚えが良いわね」なんて言われる日々とはおさらばなのだ。
私は日替わり定食ののったトレイを揺らさないよう気を付けながらテーブルへと向かう。
みほ「赤星さん、エリカさんおまたせー」
小梅「大丈夫ですよ」
エリカ「別に待ってないわよ」
高校生になるとどうなるのかなんて思っていたが、結果として大して変わっていないというのが本音だ。
制服はそのままだし、校舎こそ高等部のに移ったものの、別に目新しいものがあるわけでもない。
流石に戦車道の練習は中等部よりも厳しくなっているが、それにしたって進学前にはもう高等部の練習に加わっていたので新鮮味も薄れている。
でも、それが嫌なわけじゃない。
こうしてエリカさん、赤星さんと一緒にお昼を食べる時間はどれだけ数を重ねようとも私にとって大切な時間なのだから。
だから、今日も同じテーブルで、好きなものを食べながら、他愛もない話でお昼休みを楽しむのだ。
『文科省は以前より計画していた学園艦の統廃合対象校の選定を行うことを決定』
学食にあるテレビからそんなニュースが流れてくる。
聞くには国の財政状況が云々でお金のかかる学園艦を維持するのが大変だから、いくつか廃校にするといった事のようだ。
みほ「学園艦が統廃合って……うちは大丈夫なのかなぁ……」
独り言のように呟いた不安をエリカさんは耳ざとく拾う。
エリカ「統廃合の対象は公立、それも艦の老朽化や生徒数が減っているようなところが対象よ。うちには関係ないわ」
小梅「そもそも戦車道の優勝常連校の黒森峰を潰す理由なんてありませんよ」
みほ「それもそっか。……でも、選ばれた学校の人たちはなんだか可哀そうだね」
625 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:16:28.62 ID:1i+sRLwV0
学園艦は基本中高一貫だ。小学校を卒業して6年間を親元を離れて過ごしてきた場所なのだ。
これが陸での話ならまた違うのかもしれない。廃校になったとしてもすごした土地や、景色は残っているのかもしれないのだから。
でも学園艦は違う。廃校になれば解体され、そこにあった思い出や景色は跡形も残らず無くなってしまうのだろう。
……それは、きっと辛い事だ。
顔も知らない人たちの気持ちを勝手に想像して、勝手に落ち込んでしまう。
そんな私に赤星さんもつられたようで、箸の進みが遅くなる。
小梅「……そうですね。何年も暮らしてた場所が母校と一緒に無くなってしまうんですから」
エリカ「学園艦の維持費を考えれば仕方のないことよ、公立校は税金で運用しているのだから。」
感傷的な私たちの言葉に対してエリカさんはどこまでも理性的だ。
小梅「エリカさんはクールだなぁ……」
エリカ「……それに浮いた予算でより良い事が出来るのなら廃校になった所の生徒たちも少しは浮かばれるでしょ」
みほ「だといいけど……」
エリカ「よその事考えている暇があるなら今年の大会の事を考えなさい」
この話はこれで終わり!といった風に話題が変わる。
とはいえ、その話題はもう幾度となくされたものなのだが。
小梅「エリカさん最近そればっかですね」
エリカ「当たり前でしょ。今年優勝すれば黒森峰の10連覇、前人未到の大記録に私たちが名を連ねられるかもしれないんだから」
みほ「頑張らないとね」
エリカ「何人ごとみたいなこと言ってるのよ。あなたが一番頑張らないといけないのよふ・く・た・い・ちょ・う」
みほ「うぇぇ……」
呑気な私に唇を尖らせたエリカさんが、対面から額をぐりぐりと押してくる。
たまらずうめき声をあげる私を見て、エリカさんは満足げに微笑むとまた自分のランチに戻る。
今日のエリカさんのメニューは焼きサバ定食だ。
そして昨日はハンバーグだ。
小梅「相変わらず仲いいんですねぇ……」
私たちのやりとりを見て呆れたように笑う小梅さん。
私は「そうだよ」と微笑み返し、エリカさんは「節穴」と簡潔に突っぱねる。
そんな感じにいつも通りの時間を過ごしていると、横合いから声を掛けられる。
626 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:22:03.97 ID:1i+sRLwV0
「あれ?榴弾三姉妹揃い踏みじゃん」
みほ「先輩?どうしたんですか?」
声を掛けてきたのは活発そうなショートヘアーの2年生だった。
その隣にはお淑やかそうな長い黒髪の先輩が微笑んで立っている。
この二人は私とエリカさんの決闘をいつも最前席で見ている人たちだ。
この間のなんてわざわざ中等部まで見に来ていたのだから、よほど私たちに期待してくれているのか、はたまたヒマなのか。
「ごめんね?ご飯食べてる時に」
黒髪の先輩が手刀で謝意を示して、私がそれに返そうとするも、その声は別の声にさえぎられる。
小梅「待って、ちょっと待ってください。…今なんと?」
「ごめんね?ご飯食べてる時に」
小梅「そっちじゃなくて」
「榴弾三姉妹揃い踏みじゃん」
小梅「……なんで私が含まれてるんですか?」
いつもの穏やかな雰囲気が消し飛んだかのような真顔。
「いや、お前らいっつも一緒じゃん?仲間外れは可哀そうだなって私が広めておいたんだ『榴弾姉妹は新たな妹を取り込んで三姉妹となった』って」
小梅「余計なお世話甚だしい……」
赤星さんの苦々しさをふんだんに込めた表情に私は苦笑するしかない。
私、その片割れなんだけどな……
627 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:23:43.09 ID:1i+sRLwV0
「ごめんなさいね……この子、考えなしだから」
小梅「一応それ悪名なんですから私を巻き込まないでくださいよ……」
エリカ「そうですよ、榴弾姉妹はメンバー増員はしません」
赤星さんの不満をよそに黙々と食事を続けていたエリカさんが突然口を挟む。
みほ「エリカさん……」
悪名だと思っていたけれど、エリカさんがこんなにも私とのコンビ名に愛着を持っていてくれただなんて……
からかわれた日々は、めちゃくちゃ怒られた結末は私たちの絆を育むための過程に過ぎなかったのだと、思わず涙しそうになる。
エリカ「私の代わりに赤星さんが入って、今後はみほとの新体制で行ってくれるんですから」
「そうだったのか……代替わり早いな」
小梅「体よく押し付けないでください」
榴弾姉妹なんてやっぱり悪名だ。
さっさと風化してくれないだろうか。
「相変わらず仲いいなーお前ら」
「ちょっと、あんまり邪魔しちゃ悪いわよ。それよりも」
「おっと、そうだそうだ。なぁ隊長知らねー?」
エリカ「隊長ですか?なんでまた」
「一度隊長とお昼一緒に食べようって思ってたんだけどなかなか捕まらなくて……」
「あいつ付き合い悪いからなー。昔っから何考えてるかわかんない顔してるし」
みほ「あはは……」
628 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:25:05.87 ID:1i+sRLwV0
それはまぁ、妹である私も良く知っている。
でも、お姉ちゃんは決して何も考えていないわけではない。
むしろ沢山考えて、悩んでいるから表情を出せないのかもしれない。
私はそれこそ生まれたころから一緒だからお姉ちゃんが何を考えているのかわかるけれど、そうじゃない人には難しいのだと思う。
みほ「たぶん、昔のお姉ちゃんならともかく最近のお姉ちゃんなら先輩を邪険にしてるとかじゃなくて、本当にただ忙しいんだと思いますよ」
「そうかー?その割には新年度に入ってからやたらお前たちと仲が良いし、これはあれか。私たちが嫌われてるのか」
「私を含めないでよ」
みほ「そ、そんな事は無いと思いますよ?ほら、最近のお姉ちゃん結構人と交流しようと努力してるみたいですし」
姉の評判が下がるのは妹である私としても嬉しくないのでフォローを入れる。
とっつきにくいのは事実であるが、最近のお姉ちゃんが変わってきたのもまた事実なのだ。
「……そうだなー、それこそ去年ぐらいから急に雰囲気丸くなったっていうか、
何考えてるかわかんないのはそのまんまだけど張り詰めたような空気は感じなくなったな」
「何かあったのかな?」
『お姉ちゃん、エリカさんと何かあったの?』
『……内緒だ』
629 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:28:29.45 ID:1i+sRLwV0
脳裏をよぎるあの時の会話。
私はエリカさんをじっと見つめる。
私の視線に気づいたエリカさんは不審げな目つきを返してくる。
エリカ「……何よ?」
みほ「……別に?」
お姉ちゃんとエリカさんの間に何があったかは知らないが、エリカさんが何も言わず、お姉ちゃんが語りたくないというのであれば余計な詮索はしないでおこうと思う。
少なくとも、お姉ちゃんにとっては大切な思い出なのだという事はわかるから。
「副隊長、あなたもなにか困った事とかあったらちゃんと相談してね?指揮系統はあなたの方が上だけど、それでも私たちは先輩なんだから」
みほ「……はい。その時は是非」
「うーん、やっぱ妹の方が愛嬌あるよな。あいつも見習ってほしいわ」
みほ「あはは……」
お姉ちゃんとエリカさんの間に何があったかは知らないが、それはそれとしてもうちょっと人当りを良くするべきだなと思う。
……なぜ妹の私がそこまで姉の社会性を気にかけねばならないのだろうか。
でも、このままだと将来お姉ちゃんが西住流の家元として多くの門下生を引っ張っていくんだし、それ以外にも偉い人と関わるんだろうからやっぱり人との接し方は大事なんじゃ……
いやまて、そもそもお母さんがお世辞にも人当りが良いとは言えない気が。
正直前回の一件もあって偏見が多分に含まれているのは否めないが、それにしたって鉄面皮という言葉が相応しい程度にはアレだし……
とはいえ私が知らないだけで仕事中は営業スマイルが出来る人なのかもしれない。
とにかく、私は私で大変なんだからお姉ちゃんはお姉ちゃんで頑張って。
私が姉の将来への悩みを全力でぶん投げると、活発そうな先輩がふと、思い出したように口を開く。
「そういえばあいつ最近職員室に良く行ってるけどなんか知ってるか?」
みほ「職員室で?なんだろう……もうすぐ大会だし、それの関係かな?」
隊長という役職は思った以上に教師とのかかわりも深い。
当然の事だがいくら隊長であっても生徒だし、その生徒が多くの生徒を纏めるという都合上先生の協力は不可欠なのだから。
私が中等部で隊長を務めていた時も何度か職員室に出向いて今後の練習計画について説明したりした。
たまに赤星さんを連れて行って代わりに説明してもらった。
エリカさんにバレて叱られた。
630 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:29:42.36 ID:1i+sRLwV0
エリカ「隊長勉強も頑張ってるし普通に授業内容の質問とかじゃない?」
「あー、真面目だなー。もうちょっと力抜けばいいのに」
「私たちと違って隊長なんだからしょうがないでしょ」
「そうだけどさ……まぁいいや。邪魔して悪かったな。隊長に会ったら『友達が一緒に飯食いたがってた』って伝えといてくれ」
みほ「あ、はい。わかりました」
「それじゃあまた練習でね?」
「10連覇はすぐそこだ!頑張ろうな!」
エリカ「はい!」
元気よく手を振る先輩と、小さくお淑やかに手を振る先輩。
二者二様の挨拶で去って行き、人波に消えていった。
エリカ「……言われなくても頑張るわよ」
小梅「もう、エリカさんってば……」
何を分かり切ったことをと、鼻を鳴らして囁くエリカさんを赤星さんが嗜める。
だけど私は、無表情でじっと黙り込んでいた。
エリカ「また難しい顔してる」
みほ「え、あっ……」
その言葉にハッとすると、心配そうに私をのぞき込む赤星さんと、呆れたように私を見つめるエリカさんに気づく。
エリカ「対面で辛気臭い顔されるとごはんがまずくなるんだけど」
みほ「ごめんなさい……うん、大丈夫だよ!」
エリカ「……」
みほ「あはは……」
無理やり作った笑顔はすでに一度見破られている。
緩まぬ視線に、私は誤魔化せない事を悟る。
631 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:31:37.16 ID:1i+sRLwV0
みほ「……やっぱりちょっと大丈夫じゃないかな」
小梅「みほさん……?」
エリカ「……どうしたの?」
エリカさんの問いかけは心配とかそんな感情ではなく、ただただ『質問』として聞いてきたように感じた。
私は赤星さんと、エリカさんを交互に見つめて、そっとため息のように言葉を紡ぐ。
みほ「不安、なんだ。1年生で副隊長を任されて、その上10連覇までかかってて。不安で、怖くてしょうがないんだ」
何度も何度も何度も、不安や恐怖を感じてきた。それこそ、ここに入学してからは当たり前のように。
今更過ぎる感情は、けれども吐露するにはまだ私は経験不足だった。
みほ「ごめんなさい、私また……隠そうとしちゃった」
不安を隠す必要はない。エリカさんはそれを何度も教えてくれたのに、まだ私は臆病だった。
エリカ「……みほ、私はね、自分の考えを誰かに察してもらいたいって人が嫌いよ。特に、悩みや不満をね。
何も言わないくせに『私はこんなに苦しんでることを知ってください』なんて思ってるようなやつが昔から大嫌いよ」
小梅「エリカさん」
エリカさんは小梅さんの咎めるような語気に一旦口を閉じる。
しかし、すぐにまた先ほどの私のようにため息交じりの言葉を吐き出す。
エリカ「……だから昔のあなたが大嫌いだったわ」
みほ「……」
うん、私も大っ嫌いだったよ。
そして、そんな私を嫌いだと言ってくれる貴女が、私は――――
エリカ「でも、年月は人を変えるものね……だいぶマシになったじゃない」
632 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:35:03.51 ID:1i+sRLwV0
エリカさんの言葉にまるで日差しのような優しさが灯る。
こわばった表情が緩み、いつも私をからかうときのような笑顔を私に向けてくる。
エリカ「みほ、あなたの言葉、確かに伝わったわ。だから、私もあなたに、あなた達に言いたいことがある」
小梅「私にもですか?」
エリカ「ええ。……みほ、赤星さん」
エリカ「私も不安よ」
みほ「え……?」
小梅「……」
穏やかに、なんてことないように語られたその言葉は、だけどもエリカさんが言うにはあまりにも異質なように感じた。
みほ「不安……?エリカさんが?」
驚きと動揺のままに投げかけた疑問に、エリカさんは唇を尖らせる。
エリカ「10連覇。それがかかった大会。不安にならないわけないでしょ」
小梅「……ですよねぇ。私も不安でしょうがないですよ。ご飯も喉を通らなくなっちゃいます」
エリカ「その綺麗な皿見てもう一度言ってみなさい……」
みほ「で、でもエリカさんは……」
強い人なのに。私なんかよりもずっとずっと。
動揺を抑えきれない私は、しかし口に出そうとした思いをぐっと飲み込む。
エリカさんが私の瞳を貫きそうなほど鋭く見つめていたから。
エリカ「不安じゃない人なんていないわ。私も、赤星さんも……まほさんも。きっと先輩たちも。みんなそうなのよ、自分だけが特別だなんて思わないで」
633 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:36:49.97 ID:1i+sRLwV0
自分が特別だなんて思ったことが無い。そんな事、言えなかった。
生まれも育ちも、学校での立場も何一つ普通じゃないって思ってたから。
エリカさんたちと一緒にいる事で『自分だけが』なんて気持ち、なくなってたと思っていたのに。
たった今、年月による成長を褒められたばかりだというのに、傲慢だと改めて指摘されて、私はまた、自分が成長していないのだという事を自覚してしまう。
思い上がりを恥じていると、しかしエリカさんもまた私と同じように苦々しい顔をしていることに気づく。
エリカ「……ああ、もう。私はまたこんな……なんでもっと……」
みほ「エリカさん?」
心配になって声を掛けると、エリカさんはバツが悪そうに私を見る。
エリカ「えっと……つまり、だから……うん、もっとまわりを頼りなさい。頼りないあなたを支えてくれる人がいるんだから。誰かの不安を、あなたが解きほぐす事だってあるはずよ」
みほ「……そう、かな」
エリカ「そうよ」
小梅「ええ、そうですよ」
二人の言葉に私はようやく安堵する。
他でもない二人が、私の不安を解きほぐしてくれた。
だから、まずは感謝する。
634 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:38:06.39 ID:1i+sRLwV0
みほ「エリカさん、赤星さん。ありがとう」
エリカ「感謝してるなら行動で示しなさい」
みほ「うん。……エリカさん」
エリカ「何よ」
みほ「大丈夫だよ。私たちがいるから」
エリカ「?………………っ!?」
言葉の意味に気づいた途端、エリカさんが真っ赤になる。
エリカさんや赤星さんがそうしてくれたように私もエリカさんの不安を解きほぐしたい。
沢山の感謝とほんのちょっとの意趣返しを込めた言葉をエリカさんはちゃんと受け取ってくれたようだ。
エリカさんはあたふたしながら必死に口を動かそうとする。
エリカ「わ、わかってるわよっ!じゃなくて、余計なお世話!!」
小梅「わかってるですって。良かったですねみほさん」
みほ「うん!」
エリカ「そうじゃなくて!!」
不安を吐露してもらえること。それが、こんなにも嬉しいものだなんて思わなかった。
信頼してもらえていると実感できる。こんなにも簡単な事で、私たちは分かりあえるんだ。
必死で誤解(誤解じゃない)を解こうと手と口をせわしなく動かすエリカさんを見つめながら、私は胸に灯った暖かさを心地よく感じていた。
635 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:41:07.70 ID:1i+sRLwV0
・
・
・
みほ「あ、一つだけ聞いても良い?」
エリカ「……何よ?」
散々からかった結果、拗ねに拗ねたエリカさんをなんとか宥め倒し、
ようやく落ち着いたところで、私は何度目かの問いかけをする。
みほ「もう、機嫌直してよ。……私の事、まだ嫌い?」
エリカ「嫌い」
小梅「即答ですか……」
呆れたような赤星さんの言葉にエリカさんは「仕方ないじゃない」と小さく返す。
どうやらからかわれた事を根に持っているという訳ではないようだ。
エリカ「だってあなた未だに頼りないし」
みほ「頼りないから頼りなさいって今言ったばかりじゃ……」
エリカ「あのねぇ……頼りないやつが一人で抱え込んだって何も良い事無いけれど、だからってそのままで良いわけないでしょ」
みほ「うぅ……」
ぐうの音も出ない。
エリカ「あと同じこと何度も言わせるのがダメね。似たような事去年も言ったでしょ」
みほ「ぐぅ……」
出た。
まぁ、初めて喧嘩した時と誕生日の時の二回も言ったのにこのザマなんだからそのぐらい言いたくなるだろう、
636 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:43:38.68 ID:1i+sRLwV0
みほ「で、でも友達としてならどう……?いい加減私の事友達だと思ってくれない?」
小梅「凄い。めげない」
エリカ「変な根性つけたわね……ダメよ。友達だなんて無理ね。……あなたにはもう、赤星さんって友達がいるでしょ?」
みほ「エリカさんだって大切な友達だよ」
エリカ「……下らない事言って―――――」
みほ「下らなくなんかない。大切な事だよ」
言葉に、わずかな怒りが乗る。
その言葉はたとえエリカさんであっても許せない言葉だった。
私の大切な人の事を、下らないだなんて言わせない。
私の様子にエリカさんは驚いたように目を見開く。
そしてバツが悪そうに目線を下げると、
エリカ「……そう。悪かったわね、ちょっと考えなしだったわ」
呟くように謝った。
その様子に今度は私たちが驚かされる。
赤星さんなんて「嘘、エリカさんが謝った……」とまるで未知との遭遇をしたかのようだ。
両手を頬に当ててのリアクションはこの間テレビでやってた洋画の影響かもしれない。
エリカ「私を何だと思ってるのよ……みほ」
赤星さんの様子に若干眉をひくつかせるも、エリカさんは私に向き直ると目を閉じゆっくりと開く。
エリカ「……それでも、今は目の前の事に集中しなさい。あなたにとって大切な事なのかもしれないけれど、それは今すぐ成すべき事ではないでしょ?」
みほ「それは……」
エリカ「大会に懸ける思いは私と同じだって、そう思ってるわ。……違う?」
諭すような言葉に私は反論の糸口を見失い、ゆっくりと首を振る。
637 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:45:27.04 ID:1i+sRLwV0
みほ「……ううん、違わないよ」
エリカ「なら、今はそっちを第一に考えなさい。……私は、逃げたりしないわ」
ダメ押しのようにそう付け加える。
本当に……本当にこの人は……
そんな言い方をされてこれ以上食い下がれるわけがない。
計算でやってるのだとしたら極悪だし、素でやってるのならもはや邪悪だ。
私はエリカさんと、エリカさんの思い通りに引き下がってしまう自分の両方に苛立ちつつ、
それを厚めのオブラートに包んでエリカさんに伝える。
みほ「エリカさんはズルいよ」
エリカ「……ええ、よく知ってるわ」
私の精一杯の嫌味にエリカさんは聖母のような微笑みで返す。
それでもう、勝敗は決まった。
私はもう何も言わずただただエリカさんを見つめ返す事しかできなかった。
そうして数秒見つめ合っているのを見かねた赤星さんがパンパンと手を叩き、終了の合図を告げる。
小梅「……はいはい、真面目な会話はそこまでにしましょう?エリカさん、今何時ですか?」
エリカ「え?……あ」
エリカさんが銀色に輝く腕時計に目を落とすと、どうやら時計の針は思っていた以上に進んでいたようだ。
エリカさんが呟いた現在時刻はそう遠くないうちに授業の開始のチャイムがなる時間だった。
小梅「もうすぐ休み時間も終わりです。さっさと食べちゃいましょう」
みほ「わわ、急がないと……」
エリカ「ちょっと袖にお醤油つきそうよ、気を付けなさい」
みほ「うわ、ありがとうエリカさん」
エリカ「もう……出会った頃と変わらないわねあなたは」
みほ「エリカさんもね」
エリカ「……ええ、私は私だから」
小梅「遊んでないでさっさと食べてください!!」
638 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:48:43.11 ID:1i+sRLwV0
大会までの事は語ることが無い。
これまでと同じようにエリカさんたちと一緒にいて、お姉ちゃんもいて、先輩たちもいて、
困ったことがあったらみんなを頼って、
お姉ちゃんがそうであるように、そうであったように、私も副隊長として出来る事を模索しながらも精一杯やってきた。……やってこれたと思う。
もちろんみんなも全力で努力していた。
日々の練習は時間さえ忘れるほど大変で、それが毎日のように続いた結果、気が付くと全国大会が始まってて。
余裕なんて無かった。お姉ちゃんと違って私はそんなに要領がよくないから。
それでも、長くない人生で積み重ねてきたものを出し切ろうと全力を尽くした。
みんなも、それに全力で応えてくれたと思う。
元より黒森峰は優勝常連の強豪校。そこに集まった生徒たちからさらに選りすぐって選ばれた出場選手たちに油断なんてなかった。
当たり前のように努力してきた人たちなのだから。
その身に宿った全てが、勝利の為に積み重ねられたものなのだから。
故に私たちは、まわりの期待通りに勝ち進んで行った。
639 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/24(土) 21:50:26.11 ID:TABS1xZz0
ついに来るのか……
640 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/11/24(土) 21:50:50.33 ID:1i+sRLwV0
ここまで。
流石に黒森峰の名無しが枯渇したのでちょこちょこ出してたオリキャラっぽいモブ先輩を出しましたが、別に深く関わるわけじゃないので忘れてくださって構いません。
また来週。
641 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/24(土) 21:53:44.47 ID:TABS1xZz0
乙
今日はここまでか
しかしエリカさんのママ力(ちから)はとどまるところを知らないな
642 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/24(土) 22:25:25.47 ID:aC3WZrRzo
乙
逸見鯖食ってるけど大丈夫?
体調悪い?
643 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/24(土) 23:28:49.29 ID:ZG0lRI6UO
乙
ついに来てしまうのか、運命のあの日が・・・
644 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/25(日) 02:13:31.44 ID:Gtt8nAI+0
乙
鉄虎娘は10連覇の夢を見るか?
645 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/01(土) 15:50:42.61 ID:NGPdY6/h0
無能ワイ、続きがあったことを初めて知る。前スレで完結だと勝手に思ってたわ。
646 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/01(土) 19:22:11.05 ID:m00wTeBto
wwwwww
647 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/02(日) 00:24:35.69 ID:t6yCqDN2O
日付け変わったぞ!
648 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/02(日) 01:42:11.45 ID:aoUPWF4p0
休みかな?
盛り上がりそうな場面だけあって残念
649 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/02(日) 06:41:32.31 ID:o30ow71f0
更新まだ?
650 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/02(日) 09:13:12.53 ID:9Vkm8GX80
ageんなゴミクズ
651 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/02(日) 19:36:15.04 ID:Mvh346IT0
ついにエタったか。残念だ。
652 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 01:06:42.39 ID:01gqUuXFO
そりゃあーた、毎週コメント10か20かつかなきゃ、モチベーションもい維持できないよ。
それをいざ言葉にすると、「好きでやってんでしょ?見返りもとめんなカス」とか言われちゃうんだもの。
653 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 04:10:02.70 ID:bYCsTYI40
今週分上がってないやん!
先週リアルタイムで読めなかったから今週分と合わせて読もうと思ってたのに!
654 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 07:36:04.25 ID:GQi9HFp0O
別にエタった訳ではないと思うけどなぁ…
この先の内容は推敲するのに時間かかるだろうし大人しく更新されるのを待つのみ
655 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[age]:2018/12/03(月) 10:11:13.68 ID:9LBVVGVho
好きでやってんだから、見返り求めんなカス!黙って待ってろ!
と思いますが、期待の裏返しだとも思えるから気持ちはわかる。
>>1
も大変だと思うけど、待ってるから自分の思ってるように書いて欲しい。
656 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/03(月) 21:40:19.31 ID:FqHxLa4e0
うぎゃーめっちゃ心配されてる…
すみません、ちょっと私事で忙しくなってしまい土日に投稿できませんでした。
難産なのは事実ですが、とりあえず今の所は投稿を続ける予定なので、
申し訳ありませんが、今週の土曜は投稿出来ると思うので待っててくれたら幸いです。
657 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 21:46:16.64 ID:leXUOfs+0
連絡ありがとうございます
ご無事で何よりです
658 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 22:15:55.57 ID:f+/duSrqo
待つわに
659 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/03(月) 23:10:18.72 ID:L6AuW+6Q0
大変でしょうが、期待しています
660 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/04(火) 08:44:07.14 ID:tbLRR84R0
近況報告なんて要らないからとっとと書け
661 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/04(火) 11:17:33.01 ID:lNnHU4g70
sageられないゴミクズは黙ってろ
662 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/04(火) 12:21:13.35 ID:Koxblo/l0
(・∀・)
663 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 19:50:12.34 ID:cnbhVROG0
・
・
・
高等部3年〜8月〜
ケイ「ナイスファイト!」
晴天甚だしい山地の空。
目にいたいほどの青空と、それに負けないほどの明るい声が響き渡る。
山岳フィールド。ここでは先ほどまで全国大会の準決勝が行われていた。
対戦相手は強豪、サンダース大付属高校。
私の目の前であっけらかんと笑っている彼女はそのサンダースで副隊長を務めているケイさんだ。
ケイ「さっすが黒森峰!!とっても楽しかったわ!!」
まほ「負けたというのに、随分元気だな」
ポンポンとお姉ちゃんの肩を叩くケイさんはお姉ちゃんの言葉通り負けたとは思えないほど爽やかだ。
準決勝は黒森峰が勝利し、決勝へと駒を進める運びとなった。
しかし、決してサンダースとの試合が楽だったわけではない。
戦車保有数、戦車道履修生共に全国一位の規模を誇るサンダースのチームは選び抜かれた精鋭だ。
特に戦車の保有数故に常にベストコンディションで挑んでくるM4の集団は、足回りで泣きを見る事もある私たちにとって油断できる相手ではなかった。
接戦。それ故に負けた時の悔しさもひとしお。実際サンダースの生徒の中には泣いてる人もいたが、目の前のケイさんはとにかく明るい。
お姉ちゃんとしてもそこが気になったのか怪訝な表情になる。
ケイ「もちろん負けた事は残念よ?今年こそ決勝に行きたかったもの」
その笑顔に僅かな無念さが浮かぶも、ケイさんは「でも、」と続ける。
ケイ「戦車道は戦争じゃないわ。お互い全力を尽くした。なら試合後はノーサイド!私たちは、あなた達を祝福するわ!!」
豪快なサムズアップとウィンク。嘘偽りのない激励に私は彼女の器の大きさを感じた。
664 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 19:53:51.58 ID:cnbhVROG0
ケイ「ミホ、あなたも流石ね!『ボンバーシスターズ』の実力、見せてもらったわ!」
みほ「……はい?」
聞きなれないのに妙にしっくりくる単語に私は首を傾げる。
まほ「……ああ、榴弾姉妹はサンダースだとそう伝わってるのか」
みほ「えっと……そのボンバーシスターズって悪名なんでそんな大声で言わないでもらえると……」
悪名がまさかのローカライズされてることに恐怖しか感じないけれど、だからといって野放しにしておいてはますますまずいことになってしまう。
例の件がいつお母さんに伝わるか戦々恐々な私としてはここでなんとか禍根は潰しておきたい。
私は控えめに懇願する。なんなら肩をもむぐらいならするかもしれない。
ケイ「そうなの?カッコいいと思うわよ!!ダージリンもそう言ってたわ!!」
ここにきて聞きなれない名前が出てきた。
ダージリン、紅茶の名前でないとしたら、たしか聖グロにそう名乗っている人がいた記憶がある。
鋭い戦術眼で追い詰められたとはお姉ちゃんの談だ。
まほ「ダージリンが?」
ケイ「前うちの学園艦に来た時に教えてもらったの。『黒森峰に面白いのがいる』って」
みほ「面白いって……」
こっちからすれば爆発すれば私達だけ吹き飛ばされる爆弾でお手玉されてるようなものなのにずいぶんと気楽なものだ。
私が顔もろくに知らぬダージリンさんに不信を覚え始めた頃、ふとケイさんが疑問を呈する。
ケイ「でも、黒森峰でシスターズって言ったらあなた達の事なのに、ミホとシスターなのはマホじゃなくて、エリカなのね」
ケイさんはそう言って私達から離れた所で撤収の指揮をしてるエリカさんに目を向けた。
エリカさんの綺羅びやかな銀髪は遠目に見ていても彼女の存在を主張していて、私とお姉ちゃんもケイさんにつられて見つめてしまう。
その視線に気づいたのかエリカさんはふと、私達の方を見返してくる。
お姉ちゃんがそれに小さく手を振るとエリカさんは嬉しそうに、ケイさんが全身でブンブンと手を振ると戸惑いながら、そっと手を振り返す。
なので私も手を振ってみたところ、エリカさんはムッとしてそっぽを向いてしまった。
665 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:02:31.37 ID:cnbhVROG0
ケイ「嫌われてるの?」
みほ「うぅ…」
まほ「そんな事ないさ。……ほら」
お姉ちゃんの言葉にもう一度エリカさんに向かって目を細めると、クスクスと悪戯っぽく笑っているのが見えた。
ようやく、からかわれたことに気づいた私は安堵と苛立ちの両方を込めて再度手を振る。今度はケイさんのように全身を使って。
そこまでしてようやくエリカさんはフリフリと、あしらうように手を振り返してくれた。
そんな私たちを見て、お姉ちゃんとケイさんはこらえきれずに笑い出す。
まほ「な?」
ケイ「ええ!確かに仲良しさんね!」
みほ「向こうもそう思ってくれてるといいんだけどね……」
苦笑交じりにそう呟くとケイさんはバンバンと私の背中を叩く。
ケイ「心配ないわ、ノープロブレム!あなた達は立派なシスターズよ!だって、試合、楽しかったでしょ?」
ケイさんは私の瞳をのぞき込むように見てくる。
みほ「そう見えました?」
ケイ「ええ。戦車の動きが生き生きしてる。楽しんでるってこっちにも伝わってきたわ。二人とも、ね?」
みほ「……そっか」
ぐっと、堪えるように拳を握る。
怒りや悔しさのせいじゃない。
ただ、嬉しかったから。
私は、戦車道を楽しめてるんだ。
エリカさんと、みんなと一緒に。
『みんなと一緒に楽しく』
口だけの願望だったものは、確かにそこにあったんだ。
全部が全部報われたわけじゃない。それでも、あの日の私を少しは見返せたのだと思う。
666 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:09:07.26 ID:cnbhVROG0
まほ「……良かったなみほ」
みほ「……うん」
ケイ「ミホ、一つだけ聞かせて。あなたの戦車道って何?」
みほ「え?わ、私の戦車道……?」
投げかけられた問いに私は言葉が詰まってしまう。
ケイ「あなたにとって戦車道はどんなものなのか。どうありたいのか。教えて欲しいの」
みほ「……私にとっての戦車道は」
突然そんな事を言われたって答えなんて用意できていない。
だから、考える。
だから、ケイさんは問いかけたのだろう。
答えのない物の答えを求めて。
そして皮肉なことに、日本で一番大きい戦車道の流派の娘は、自分にとって戦車道がどういうものなのか考えた事も無かったのだ。
深く深く、自分に尋ねる。
あなたにとって戦車道は何?
あなたにとって戦車道はどういうもの?
667 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:12:13.94 ID:cnbhVROG0
――辛いもの?
かつては、今も時々
――楽しいもの?
うん
――いらないもの?
ううん
――大切なもの?
……そのはず
――なら、どうありたいの?
……
熟考を終えた私は顔を上げる。
期待するような眼差しのケイさんから瞳を逸らさず、正々堂々と、
みほ「……ごめんなさい。わからないです」
白旗を上げることにした。
668 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:14:59.81 ID:cnbhVROG0
ケイ「別にそんな難しく考えなくたっていいのよ?」
みほ「それは、できません。私にとっての戦車道はそんな簡単に定義できるほどまとまってなくて……まだ、探してる途中だから」
ただ、それでも確かな事がある。
みほ「……でも、私にとって戦車道は楽しいものです。それだけは、確かです」
息を吸って、胸を張って、答える。
みほ「私はたくさんの人に支えられてここにいます。戦車道を楽しいって思えているのもそんな人たちがいるからで……」
ケイ「……」
みほ「でも、エリカさんがいなかったら……きっとまた違った今になってたって思います」
ああそうだ。
きっとあの人と出会えなかったら私は未だにうずくまって、俯いて、一歩も動かず、なのに誰かに助けを求めていたのだろう。
そうだったのならきっと、幸せだったのだろう。
何も考えず、不満だけを抱えていればいいのだから。
自分を、不幸な人間だと思っていればいいのだから。
そうやって何も見ずにいれば、自分だけを見ていれば、誰も私を否定しなかったのだから。
そんな私を否定してくれた。助けてくれた。伸ばせなかった手を、伸ばせるようにしてくれた。
その手を、掴んでくれた。
私の戦車道はそこから始まったんだ。
だから、
みほ「だから、私の戦車道はエリカさんと、大切な友達と見つけられたらなって」
669 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:18:10.53 ID:cnbhVROG0
なんとも酷い答えだと思う。
問題の先送り、それも大切な人たちまで勝手に巻き込んで。
だけど今の私にはこうとしか言えないのだ。
優柔不断な自分を呪ってしまうが、まぁお姉ちゃんと赤星さんは許してくれるだろう。
エリカさんは嫌味を言ってくれるだろうが。
流石のケイさんも呆れたのか、何かを考えるように腕を組んでじっと目を閉じて、
やがて、ゆっくりと開かれる。
ケイ「……ミホ」
みほ「はい」
ケイ「Goooood!!良いわ!最高よ!」
全力のウィンク&サムズアップ。
戸惑う私をよそに、ケイさんは隣のお姉ちゃんをにびしりと指さす。
ケイ「まほ!あなたの戦車道は何?」
まほ「私か?私は……規律と、勝利。……面白味は無いな」
ケイ「そんなこと無いわ!!誰だって自分だけの戦車道を持ってる。それはきっとその人だけのものよ。その人が持つ、その人だけの輝きが、戦車道にあらわれるのよ!」
まるで映画のワンシーンのように大仰な立ち振る舞い。
それが彼女の本心を全身で表しているのだと大して面識のない私でも理解できた。
ケイ「あなたの輝き、眩しいぐらい感じたわ!!」
まほ「ふふっ、そうか。ありがとう」
再びのサムズアップ。お姉ちゃんはそれに微笑みで返す。
ケイ「ミホ!私の戦車道は仲間と楽しく正々堂々と。どんな時だってフェアプレイ!それが、私の戦車道よ」
670 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:20:25.65 ID:cnbhVROG0
力強く宣言されたその言葉の意味は、戦った私たちも感じている事だ。
真正面から、策はとっても小細工は弄さず、縛りではなく誇りを持って戦うその姿は、
彼女だけの『道』を私たちに見せてくれた。
ケイ「あなたの戦車道がこれからどうなるか私にはわからないけど、あなたの戦車道があなたにとって大切な、素敵なものになることを願ってるわ」
みほ「……はい。ありがとうございますっ」
ケイ「それじゃあ私はそろそろ戻るわね!アリサ……後輩が泣いちゃってるのを慰めないと」
そういえば試合後に泣いてる子がいたな……
それだけ本気で挑んでいたという事なのだろうから笑う気つもりは毛頭ない。
もちろん負けてあげるつもりも無かったが。
ケイ「それじゃあマホ!ミホ!またね!」
みほ「はい、また!」
ケイ「今のあなた達と戦えて良かった。次戦うときはもっと激しくエキサイティングしましょう!!」
ケイさんは私たちに手を振りながら仲間たちの元へと走っていく。
やがてその姿が見えなくなり、私は独り言のようにぽつりとつぶやく。
みほ「……なんだか凄い人だったね」
まほ「ああ。ああいう奴こそ『強い』のだろうな」
みほ「……うん」
隊長を務める人はみんなそうなのだろう。
自分だけの『戦車道』を持ってて、自分らしさを誇っている。
それは、その強さこそが、私が求め続けているものだ。
私の『戦車道』はまだ見つかっていない。『私らしさ』もまだ見つけられていない。
だから探すのだ。
友達と、仲間と共に。
そう思えるようになった事が私が少しは成長した証なのだと、そう信じて。
671 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:23:53.20 ID:cnbhVROG0
・
・
・
小梅「……え?私、決勝出られるんですか?」
先日のサンダースとの準決勝を終え、決勝まで残り二週間を切ったある日の昼下がり。
少し早めに練習場へと向かおうとテクテク歩いてた私は「あ、みつけた。ちょっと来て」といきなり現れたエリカさんに空き教室へと引きずり込まれた。
何の用か尋ねようと私が口を開く前にエリカさんから一言。
『あなた、決勝出られるわよ』
そして先ほどのセリフに繋がる。
我ながら素っ頓狂な声が出たものだと思う。
しかしながらそれだけ目の前のエリカさんの言葉は衝撃というか、いきなり膝カックンをされたかのような脱力感を私に与えた。
小梅「え……え?出られるの決勝?」
エリカ「なんで体言止め?出られるわよ決勝。装填手としてね。良かったわね」
小梅「いや良かったわねってあなた……なんでいきなり……あの、決勝のオーダーってまだ発表されてないですよね?」
エリカ「たぶん今日の練習終わりに発表されると思うわよ?」
つまりはまだ秘匿情報のはず。
だというのに目の前のエリカさんは何の後ろめたさもなく、きょとんとした表情感じで可愛らしく小首をかしげている。
小梅「……まずなんでエリカさんがそれを知ってるんですか?」
エリカ「みほが言ってたのよ」
小梅「秘匿義務!」
全力の情報漏洩とか何をやってるんですかあの副隊長は。
小梅「あの!!みほさんがそういうちょっと緩いところがあるのは知ってるでしょ!?叱ってくださいよ!!」
エリカ「別に私はあの子のお母さんじゃないし……それに」
エリカ「早く教えてあげたかったのよ。みほも、私も」
672 :
◆eltIyP8eDQ
[saga]:2018/12/08(土) 20:30:38.38 ID:cnbhVROG0
気恥ずかしそうにそっぽを向いてそんな事を言われた日にはこれ以上の追及なんてできるわけがない。
卑怯というかもはや悪辣なエリカさんの様子に私は悔しささえ覚えてしまう。
小梅「っ……もう」
エリカ「で、どう?一年生で決勝に出られる気分は」
小梅「……私でいいのかなって」
黒森峰の戦車道チームには多くの隊員がいる。
先輩はもちろん一年生だけでも大勢の人間が毎日しのぎを削っているのだ。
私と違って、中学に入学した時から一生懸命頑張ってきた人だっているのに。
一度は折れて、腐っていた自分が決勝の舞台に立てるのか。
そんな資格、あるのか。
なんとも後ろ向きで、自虐的なのだと自分でも思ってしまう。
そしてそんな私の様子にエリカさんも呆れたようにため息を吐く。
エリカ「何みほみたいなこと言ってるのよ」
小梅「というか、本当に私なんですか?」
エリカ「友達に吐く嘘としては下も下ね」
おどけ気味に肩をすくめるエリカさんの様子を私は笑う事ができない。
小梅「10連覇がかかった決勝の大舞台に一年生の私だなんて……」
エリカ「別にあなただけじゃないわよ。みほはもちろん他にも一年生で出る子はいるわ。もちろん私もね?」
あなたはまず一回戦から出ずっぱりでしょうよ。
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