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五十嵐響子「紐帯」
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1 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2018/05/05(土) 19:35:56.94 ID:k1wvg8uj0
字の文有りモバマスssです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1525516556
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/05(土) 19:37:03.60 ID:k1wvg8uj0
ハンドルに手を添えて、握る手に少しだけ力を籠める。
ルームミラー越しに後ろの様子を覗いてみても、他の車の影が一つも見えない瞬間が度々ある。
アクセルを少しだけ緩めて、備え付けのデジタル時計に目線を向ける。
午後十一時を少し越えて、すっかりあたりは更け込んでいた。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/05(土) 19:38:09.87 ID:k1wvg8uj0
延々と続く夜道に車を走らせていると、助手席に座っている彼女の気配を見失ってしまうことがある。
それは煙草の煙が消えるみたいに、自然に失われてしまう感覚に近い。
ばかばかしいことだと思いながらも、横目で彼女がそこにいるのかを確かめてしまう。
そうして隣りに目線を向ける度に、やはり彼女はそこに座り続けているし、飽きることもなくずっと眼前に流れる景色を眺めている。
変装のためにかけている鈍い金色のふちの眼鏡が丁寧に輝いていて、頭のかたすみでこれでは余計に目立って逆効果じゃないかと思った。
冬が融け、漸く春の兆しを感じられるようになった季節のことだった。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/05(土) 19:40:07.94 ID:k1wvg8uj0
カーナビゲーションにアイコンが浮かんでいる。
「響子」
左手をハンドルから離して、髭の生えつつある顎を撫でた。
「はい」
僅かな間を置いて、口元に柔らかい笑みをたたえながら、彼女がこちらを向いた。
ふちの細い眼鏡の向こう側に、琥珀色の瞳がのぞいている。
「お腹、空いてないか。すぐ先にコンビニがあるみたいだけど」
こんな時間になにかを食べるのもどうだろうと思いはしたものの、彼女があまり夕飯を摂っていないことの方が心配だった。
「そうですね」
少しだけ俯き加減に悩む素振りを見せると、やがて彼女は照れたように表情をほころばせた。
「寄ってもらっても、いいですか?」
僕は頷いて、車を揺らさないようにハンドルを切る。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/05/05(土) 19:41:07.58 ID:k1wvg8uj0
下道とはいえ都心から一時間も運転を続ければ、景色の殆どはいたって平凡な街並みに切り替わる。
商業用地と住宅用地の混じった街を走っていると、この近くのどこかに帰り着く家があるような錯覚を覚える。
誰の目にもつかないような、小さな一軒家が。
目的の場所まで、まだ三十分ほど道のりがある。
僕も彼女も、車に乗っている時はラジオも音楽も聴かない人間なので、車内は静かだった。
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