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ギャルゲーMasque:Rade 李衣菜√
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178 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:29:21.31 ID:SnoaWM920
なんだか、あの時と逆になっちゃったなぁ。
もしかしたら李衣菜も、同じ気持ちだったのかもしれない。
P「……うん、ごめん。ただ単に、俺が李衣菜と話したかっただけだ」
李衣菜「そっか……ありがと、そう言ってくれて。でもごめん、私用事あるからさ」
P「……最近みんなさ、うちに朝メシたかりに来るんだよ」
李衣菜「……へー、楽しそうで何よりだね」
P「でもさ、李衣菜が来ないと……やっぱ、俺としてはなんか寂しいんだよな」
李衣菜「いっつも迷惑がってたクセに」
P「本気で迷惑だなんて思ってないって、李衣菜なら分かってただろ?」
李衣菜「さぁ?私はPの気持ちとか、そんなの全然知らないから」
P「割と口にしてるつもりだけど。自分の気持ちとか色々」
李衣菜「……じゃあ私も言うけど……もうさ、良いじゃん」
良い、だと?
李衣菜「私が混ざらない方が絶対上手くいくって」
P「っ!んな訳無いだろ……!」
李衣菜「あるよ。美穂ちゃんの事」
P「……美穂だって、ちゃんと……」
きちんと諦めてくれた。
友達でいたいって言ってくれた。
李衣菜「分かってるよ、そんな事。でも……そうじゃないから。私がいたせいで……美穂ちゃんを困らせちゃったんだから。また同じ事が起きない様に、ね」
P「……李衣菜がいたせい……?」
李衣菜「……美穂ちゃんから色々聞いたよ。Pとの事とか、写真の事とか」
P「……だったら」
李衣菜「……そんな事を、美穂ちゃんに言わせちゃったんだよ……?私がいなければ、そもそも起こらなかった事なんだから」
P「……何言ってんだお前」
結果論だ。
李衣菜がいなければ、俺が李衣菜の事を好きになる事は無かった。
当たり前だろそりゃ。
でも、だからって。
李衣菜がいなかったからって、俺が美穂を確実に好きになってたかと言われれば。
絶対そうだとは言い切れないし。
そもそも……李衣菜に。
俺にとって一番大切な人に、そんな事を言って欲しく無かった。
李衣菜「……最後くらい楽しく過ごそ?それじゃ、ほんとに用事あるから」
最後くらい……?
そう言って、ドアに手を掛ける李衣菜に。
P「……最近、全然話せてなくて……割と、俺はしんどいな」
俺はポツリと、声を漏らす。
李衣菜「……そ。でも今、私抜きでも楽しんでるでしょ?」
けれど李衣菜は、一瞬止まった足をまた進めて。
振り向く事すらしてくれなくて。
教室から出て行く李衣菜の背中は、すぐ見えなくなった。
179 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:30:04.84 ID:SnoaWM920
P「……あーっ……くっそー……」
思わず口が悪くなる。
下校中の俺は、多分かなりヤバイ人だった。
文香「おかえりなさい、P君……頭どころか口まで悪くなってしまわれたのですね……」
P「……はぁ……」
文香「……何か、飲みますか……?」
P「酒持って来い酒!」
文香「……もう、ありません……」
P「しゃあねぇな、買ってくっから金出せ金!」
文香「……っ!やめて下さい!今月の給食費が……!」
P「知ってんだぜぇ?姉さんがなんかこう、どっかに色々お金隠してんのをよぉ!」
文香「……もう少し考えて話しましょう」
P「……はい」
文香「未成年がお酒を購入出来るとでも……?そもそも、家にお酒があった事がありましたか……?」
P「全くもってその通りです……」
文香「漫才の様な会話、大変結構です……ですが、するのであればプロの漫才師に失礼にならない様きちんとクオリティを上げて下さい」
なんで俺はこんな事で説教されてるんだろう。
文香「それで……少しは落ち着きましたか?」
P「……うん、まぁ」
落ち着け方が中々レアだ。
まぁそれで気分が少し変わる俺も俺だけど。
文香「それで、何があったのかは……聞くまでもありませんね。ありませんので話さないで下さい」
P「えー……相談に乗ってあげたりとかしようよ」
文香「ところで話が変わりますが……李衣菜さんが」
P「話変えてくれるんじゃ無かったの?」
文香「引っ越しするそうです」
P「……へー……は?」
……ん?
今、文香姉さんはなんて言った?
P「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
文香「頭どころか口まで悪くなってしまわれたのですね……」
P「そっちじゃなくてさ!」
文香「……李衣菜さんが引っ越す、という方でしょうか……?」
P「うん、そっちそっち。そうだよそうだよそっちだよ」
李衣菜引っ越すんだ。
へー、知らなかった。
180 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:31:05.99 ID:SnoaWM920
……は?!
P「おいおい姉さん、冗談キツイぞ」
文香「……私が今まで、P君に冗談を言った事が何回ありましたか……?」
P「数え切れないくらいあるな」
文香「それはつまり、0と同義ではないでしょうか……?」
P「いや、そうはならないと思うけど……」
文香「では……私が今まで、P君に嘘を吐いた事がありましたか?」
……無い、な。
文香姉さんがこういう真面目な話で嘘を吐いた事は一度も無かった、筈だ。
だとしたら、だ。
P「…………李衣菜……マジで引っ越すのか……?」
文香「信じられないようであれば、ご本人に……いえ、彼女本人がP君に話して無いのであれば……その意図を汲み取って先生に聞いてみてはいかがでしょう?」
P「姉さんは……知ってたのか?」
文香「つい先程、連絡を頂きました……娘が普段からお世話になっていたから、ご連絡を……と」
P「……いつ引っ越すかは……?」
文香「ゴールデンウィーク中に、だそうです……」
ゴールデンウィーク……明後日からじゃん。
ならば、今日の李衣菜の『最後くらい』という言葉にも納得がいく。
成る程、もう今後会う事も無いし最後くらい気不味くならない様に、か。
今楽しめてるしそれで良いじゃん、か。
実に李衣菜が言いそうな事だ。
……ふざけんなよ。
P「……李衣菜に電話するわ」
文香「……着信拒否されているのでは……?」
P「……」
されてそうだな、と。
そう思ってしまった。
さっきの李衣菜の対応を見るに、本格的に俺達と縁を切ろうとしてたし。
それが李衣菜が本当に望んでいる事なのかどうかは兎も角として。
俺からの連絡を素直に取ってくれるとは思えなかった。
181 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:31:32.57 ID:SnoaWM920
文香「……先程も言いましたが……本人の意図を、もう少し汲んであげては……」
P「……ごめん姉さん、ちょっと頭冷やしてくる」
文香「…………はぁ……」
部屋に入って、床に寝っ転がる。
李衣菜が……引っ越す……
学校から居なくなる。
朝食をたかりに来る事が無くなる。
ずっと昔から一緒に過ごしてきた奴が、遠くに行ってしまう。
好きな相手と、会えなくなってしまう。
前までだったらどんなに遠くても気にせず会いに行っていただろうが。
今の李衣菜じゃ、きっと会いに行っても迷惑がるだろう。
P「……どうしようもねぇじゃん……」
これが李衣菜だけの話であれば、見苦しかろうがどんな手を使っても残って貰おうとしただろうに。
引っ越しだなんて、家族全体の話なんて……
俺には、本当にどうしようもなくて……
プルルルル、プルルルル
耐えられず李衣菜に通話を掛けてみた。
コール音が部屋に虚しく響く。
しばらく待っても、スピーカーから李衣菜の声が聞こえてくる事は無く。
無駄にバッテリーを消費しただけだった。
もしかしたら、明日が最後になってしまうかもしれない。
だったら、話してくれるか分からないけど。
それでも、話したい。
P「……はぁ」
……いや、まだ時間は残ってる。
なら少しでも良い結果に終われる様に。
今のままでお別れなんて。
そんな悲しい終わりを、迎えない為に。
182 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:34:19.10 ID:SnoaWM920
ピピピピッ、ピピピピッ
朝が来た、希望の朝だ。気合を入れて、部屋に朝の新鮮な空気も入れる。
P「……で、うん。まぁ……来るとは思ってたけどさ……」
智絵里「えっ……?あっ、えっと……おはようございます、Pくん……」
まゆ「おはようございます、Pさん」
P「……おはよう」
まゆと智絵里も部屋に入って来た。プライベートってなんだろう。
あと多分、加蓮と美穂も来てるんだろうな。
P「……あ、そういえばまゆ。李衣菜の事なんだけどさ……」
まゆ「……はい。知ってました……黙っててごめんなさい」
まぁ、そうだろうな。
李衣菜から直接聞いたかどうかは置いておくとして、なんかまゆなら知ってそうな気がした。
P「いや、いいって謝らなくて。まゆが悪いわけじゃないし」
そもそも誰が悪いとかの話ではない。
智絵里「……何の話ですか……?」
P「いや、えっと……」
智絵里「……仲間ハズレは……寂しい、です……」
……どうしよう。言っていいのか悪いのか。
でも確かに、そういう内緒話的なのって疎外感覚えるしな……
まゆ「……あとで、まゆがお話ししてあげます」
P「……ん、頼んだ。あとさ、着替えたいから……」
智絵里「……?着替えないんですか……?」
P「部屋から出てってくれると嬉しい」
智絵里「……あっ、お、お気になさらずどうぞ……!」
P「いやだから……」
智絵里「……早く着替えて下さい……」
何言ってんだ智絵里。たまに智絵里お前メンタル大丈夫か?ってなる。
P「まゆー、智絵里を下に連れてってくれ」
まゆ「いえ!Pさんはまゆ達に構わずお着替えをどうぞ!さぁ!はりーあっぷ!」
P「……美穂か加蓮ー!こいつら引き取りに来てくれー!」
加蓮「呼んだー?」
P「着替えたいからさ」
加蓮「着替えたら?」
P「……もうやだ」
諦めてトイレで着替える。
ゴンッ!
ドアを開けると、まゆが顔を痛そうに抑えていて。
……もうやだ。
リビングに向かうと、美穂と文香姉さんが話をしていた。
P「……さて、朝ご飯作るか」
美穂「あ、おはようございます。Pくん」
P「おはよう美穂。今はお前だけが心の支えだ」
文香「あの……」
183 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:34:45.11 ID:SnoaWM920
加蓮「……げ、雨降りそうじゃん」
P「そういや今日は雨らしいな。傘持って来てるか?」
加蓮「無い。鷺沢貸してよ」
P「俺の分……」
そういやあの日李衣菜に傘貸してから返ってきてねぇな。
利子つけて返してもらうとしたら傘のどの部分が増えるんだろ?
そんなこんなで学校に着く。
まゆ「……ふぅ……」
美穂「……よしっ……!」
加蓮「……さーて、やりますか!」
なんだこいつら、楽しそうだな。
雨が降って来た時に『……始まったか』って呟いてそう。
教室に着く。
……ん、李衣菜の鞄が置いてある。
って事は、もう来てるのか?
ガラガラ
李衣菜「……ありがとうございました」
ちひろ「いえ、お役に立てた様であれば何よりです」
李衣菜が、千川先生と一緒に教室に入って来た。
転校に関する話だろうか。
李衣菜が一瞬だけちらりとこっちを見て、けれどそのまま自分の席へと戻って行った。
挨拶も無しとか、俺じゃなかったら心折れてるぞ。
……そうだ、千川先生に話を聞いてみないと。
P「……先生、ちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」
ちひろ「それは朝のHRが始まるまでの三分で済みそうですか?」
P「……昼休みでお願いします」
184 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:35:24.66 ID:SnoaWM920
まゆ「Pさぁん、お昼の時間ですよぉ!」
P「あー悪い、ちょっと俺先生と話があるから」
まゆ「……」
加蓮「んふっ、断られてやんの。あ、ねぇ鷺沢。一緒にお昼食べない?」
P「先生と話があるって今言ったよね?」
加蓮「……」
まゆ「……うふふっ」
美穂「もう、ケンカばっかりして……」
智絵里「あ……あの、Pくん。よければ、お昼ご飯一緒に……」
P「……後でな、うん。時間があったらで」
教室を出て職員室に向かった。
別に悪い事してないけど、職員室ってなんか緊張する。
何故だろう、分かんない。
コンコンコン
ガラガラ
P「すっ、すみませーん……千川先生はいらっしゃいますか?」
ちひろ「……はぁ、貴重な休み時間が……はーい、今行きますよ」
なんかすっごく嫌そうな顔をされた。
とても申し訳なくなる。
P「ぇあ、えっと……多田について聞きたい事があって……」
ちひろ「ご本人に確認すれば良いんじゃないですか?」
P「いや、それもそうなんですけど……」
ちひろ「……まぁ、鷺沢君は彼女と付き合いが長いみたいですから……多少でしたら」
P「ありがとうございます……それで、多田が引っ越すって……」
ちひろ「あら、鷺沢君は知ってたんですね。本人はあまり他の人に知られる事を望んで無かったのに」
P「……他の生徒には言わない感じなんですか?」
ちひろ「はい。そう頼まれましたから」
P「いつ引っ越すとかは……」
ちひろ「引っ越し自体の細かい日程は聞いてませんが、この学校に登校するのは今日が最後です」
……マジかよ。
そうだよな……明日は創立記念日で休みだし。
P「……どこに引っ越すとかは……」
ちひろ「聞いていませんし、それは知っていたとしても教えられません。一応私、教師という立場ですから」
P「ですよねー……」
ちひろ「……聞きたいことは以上ですか?」
P「あっはい。すみませんでした、時間とっちゃって」
千川先生が大きな溜息を吐きながら職員室へと戻って行った。
……この長さなら、朝でもワンチャン話せた気がする。
185 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:36:04.67 ID:SnoaWM920
教室に戻ると、やっぱり李衣菜は居なかった。
ここまで本気で避けられると心が折れかける。
今日だけで何本の心がへし折られかけただろう。
P「……いや、なんか用事あるんだろ。避けられてる訳じゃねぇし、全く気にしねぇし」
加蓮「楽しい?その言い訳」
P「辛い」
美穂「智絵里ちゃん、飲み物買って来て」
智絵里「は、はい……!何が良いですか……?」
美穂「わたしが飲み物って言ったら赤霧島持ってくるの!分かる?覚えた?!」
智絵里「で、でも……そしたらわたしがお昼ご飯を買うお金が……!」
美穂「つべこべ言わず買って来て!わたし知ってるんだよ?智絵里ちゃんが、えっと……えーっと……兎に角お金持ってるんでしょ?!」
智絵里「ご、ごめんなさい……!」
……あれ、イジメって言うんじゃないかな。
あと似たような会話を昨日俺と文香姉さんもした気がする。
美穂「あ、Pくん。ご覧の通りわたし達は仲直りしましたからっ!心配しなくて大丈夫ですよっ!」
P「うん、今新たな問題を見ちゃった気がする」
智絵里「だ、大丈夫です……わたし、まだ頑張れるから……」
それ割とダメなやつ。
美穂「えへへ、一回やってみたかったんですっ!焼きそばパンと牛乳買って来い!って」
P「なんか未成年が購入出来ない飲み物注文してなかったか?」
智絵里「……美穂ちゃん、本当は良い子だから……いつか、きっと……また昔みたいに、優しかったあの頃に……」
美穂「……けっ!」
楽しそうだし良いか。
まゆ「先生とのお話は済んだんですか?」
P「あー……うん。まぁ、うん」
良い感じに時間が無い事が分かってしまった。
今すぐにでも李衣菜と話をしたいのに、あいつ居ないし。
マジでどうすんだよ……
しかも五.六時間目俺教室移動だし。
本格的に今日の放課後しか残されていない。
P「……お昼ご飯食べよお、おいしそう、うわーい」
加蓮「あ、心が壊れた」
智絵里「Pくん……それ、爪楊枝です……」
考えるな、考えろ。
放課後、何としてでも。
李衣菜とちゃんと、話さないと……
186 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:36:34.32 ID:SnoaWM920
ちひろ「それでは皆さん。我が学園の生徒としての自覚と誇りを持った行動を心掛けて下さいね」
帰りのHRが終わった。
さぁ、今からゴールデンウィークだ。
周りのクラスメイトが楽しそうに遊びの予定を立てている。
李衣菜が物凄い勢いで教室から出て行った。
……おいおいおいおい!
美穂「李衣菜ちゃん!」
その背中を美穂が恐ろしい勢いで追い掛けて行った。
智絵里「うわぁ……美穂ちゃん足速いなぁ……」
呑気か。
まゆ「うふふっ、ふぁいとですよぉ!」
P「ゴールデンウィーク明けには成長した皆さんとお会いできる事を楽しみにしてるぞじゃあな!」
ちひろ「鷺沢君、校舎内を走っちゃいけませんよ?」
P「それ多田と小日向にも言ってくれると助かったんですけどね!!」
鞄を引っさげて廊下を全力で走るくらいの気持ちで歩く。
李衣菜と美穂の背中はもう見えなくなっていた。
……あ、美穂が先生に謝ってる声が聞こえた。
あ、また走り出す足音が聞こえた。
階段を駆け下りて昇降口を目指す。
少し先から、美穂と李衣菜の声が響いてきた。
美穂「逃げないでよ!!」
李衣菜「……ごめん美穂ちゃん!」
美穂「戻りたく無いの?!」
李衣菜「戻れないよ!もうっ!」
P「李衣菜!待っ」
靴を履き替え終えた李衣菜が、俺の声を無視して出て行った。
……普通に傷付く。
美穂「ごめんね、Pくん……っ!李衣菜ちゃん、足速くって……!」
P「ってかもう雨降ってんじゃん!テンション上がるなぁクソッ!」
靴は……面倒だ、上履きのままで良いだろう。
多分ローファーよりは速く走れるし、濡れてもしばらく休みだし。
多分連絡は全部無視される。
家に到着されたら多分出てくれない。
だから、今。
必ず追い付かないと……っ!
187 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:37:01.82 ID:SnoaWM920
P「おぉぉぉいっ!傘貸すから待ってくれたりしないかなぁっ!!」
全力で走って李衣菜の背中を追い掛ける。
周りの人がこっちを向くが、そんな事気にしてられない。
変な奴だと思いたきゃ思えば良いさ。
雨が降って転びそうになるが、全力で走らないと追い付けないんだから。
……ってか李衣菜、クッソ足速いな……!
そして相変わらず反応してくれなかった。
雨が目に入るが、真っ直ぐ走る分には問題ない。
……あぁ、もう。
こんな状況だってのに、なんだか楽しくなって来た。
雨の中を全力疾走して追い掛けるなんて、いつ以来だろう。
鬼ごっことか、多分小学生振りだ。
少しずつ、李衣菜との距離が近付いてゆく。
いくら李衣菜が速いとは言え、それでも俺の方が速い。
あと向こうローファーだし。
距離にして多分もう十メートルも無いだろう。
あと少し……あと少しで手が届く!
もうちょっとで……っ!
188 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:38:10.19 ID:SnoaWM920
P「っうぉぁっ!」
真正面ばかり見ていたからか。
俺は道路のマンホールに気付かなかった。
雨に濡れたマンホールは滑りやすい、小学生でも知ってる事だ。
バシャッ!
足を滑らせ、俺は物凄い勢いで水溜りに倒れ込んだ。
泣きたくなる程痛いし制服がびちゃびちゃになる。
文香姉さんが激怒するだろうなぁ。
李衣菜が一瞬だけ振り向き……また走り出した。
P「……止まってくれたって良いんじゃないかなぁ!!」
痛みが理不尽な怒りに変わる。
あぁくそ!足と膝めっちゃ痛い!
急いで立ち上がり、また俺も走り出す。
けれどもう、一度開いた距離は縮まら無くて。
バタンッ!
李衣菜が、家へと入ってしまった。
あぁ、もうここまで走って来てたのか。
ピンポーン
インターフォンを押してみる……当然、出てはくれなかった。
あぁ、クソ。連打したら多分余計出てくれなくなるだろう。
P「おーい……!」
家に向かって叫ぶ。
雨降ってるし、多分そこまで近所迷惑にはならない筈だ。
冷静に考えれば、まぁシャワーでも浴びてるんだろう。
李衣菜も傘持たず走ってたせいで濡れまくってるだろうし。
けれどそんな冷静な思考を今出来る程、俺は出来た人間じゃない。
出て来てくれるまで、家の前で待った。
なんてアホな独り相撲だろう。どんどん強くなる雨が身体中を叩く。
さっき転んだせいで身体が痛いし、風が吹いて体温が奪われる。
きっと明日には風邪を引いてるだろうが、今動けるなら問題無い。
濡れた手で通話を掛けようとして、画面が濡れ上手く操作出来ずにイラつき。
もう一度インターフォンを鳴らしてみるが、当然出て来てくれない。
遠くから、五時のチャイムが聞こえて来た。
どうやら俺が待ち続けて三十分以上経過したらしい。
正直寒い、めちゃくちゃ冷える。
P「……李衣菜ー!」
近くを通った人が驚いた表情でこっちを見た。
雨の中傘も差さずに道路で叫んでる奴が居たら、多分俺も同じ反応をすると思う。
……バカだなぁ、俺は。
ここまでして、俺は何を求めてるんだろう。
普通に考えて、こんな濡れ鼠を家に上げたくなんて無いだろうし。
どうなって欲しいのか、自分でも良く分からないけど……
それでも俺は、待ち続けた。
189 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:38:37.49 ID:SnoaWM920
文香「……お帰りなさい、P君。ステキな履き物ですね」
P「……ただいま……悪いけど、夕飯はいいや……」
二十時過ぎ。
俺は諦めて家に帰った。
三時間以上も雨に打たれれば、嫌でも冷静になるさ。
……あぁ、そうだ。俺上履きのまま学校出たんだった。
文香「逆にそこまで時間を掛けないと冷静になれないなんて……シャワー、浴びて来て下さい」
P「うん……そうするわ」
高めの温度に設定してシャワーを浴びた。
ようやく、心も落ち着きを取り戻す。
部屋に戻って、一縷の望みにかけてスマホを開く。
李衣菜からの連絡は……ナシ、と。
P「……はぁ……」
なんだか身体が重い。
あー……制服洗濯しないと……
あと、一応明日会えないか李衣菜にライン送って……
……あぁ、ダメだ。身体が怠過ぎる。
ベッドに寝っ転がって、目を閉じれば。
あっという間に、俺の意識は薄れていった。
190 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:43:13.07 ID:SnoaWM920
P「……んー……」
目を覚ますと、既に窓から射し込む光が強くなっていた。
スマホで時間を確認すると……十時?!
P「うわっ、遅刻じゃん!」
文香「……あ、おはようございます、P君」
P「姉さん……?ん?んん?」
起き上がろうとして、思った以上に重い身体に驚いた。
頭から何かが落ちて来て、それは濡れたタオルで。
咳も出るし、頭も痛い。
文香「今日は、創立記念日でお休みですよね……?」
P「……あー、そっか。そうだったわ……ゴホッ!ゴホッ!」
……風邪、ひいてるよなぁこれ。
とても久し振りにこのエゲツない怠さを味わった気がする。
文香「まったく、無茶をするから……それにしてもP君、風邪をひくんですね」
それは一体どういう意味なんだろう。
いや分かるけど。
風邪ひくバカとかいう悪い部分のハイブリッドだ。
文香「昨晩、非常に体調が悪そうでしたので熱を計らせて頂きましたが……38.1度でした」
P「……まじかー……まじか」
38を越えると本格的にヤバい感じがしてくる。
文香「今朝方計った時は、もう少し低かったですが……今日一日は、家でゆっくりして下さいね……?」
……いや、そういう訳にもいかない。
もしかしたら今日、李衣菜が引っ越してしまうかもしれないんだ。
だったら、会いに行かないと。
頭めっちゃクラクラするけど、まぁ多分立てない程じゃ無い。
気合いでカバー出来るギリギリくらいだし……
P「……なぁ、姉さん」
文香「ダメですよ……?」
P「……ちょっとゼリーでも買いに」
文香「私が買っておきますから。バカげた脱走計画を企てないで下さい」
バレてた。
……とは言え、それで諦める訳にもいかないから。
191 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:43:39.81 ID:SnoaWM920
P「……なぁ、姉さん。見逃してくれたりしない?」
文香「……ダメです」
P「ほら、もう俺多分熱下がってるし」
文香「見て分かるほど、衰弱してるじゃないですか……」
P「いや、まぁ……いつか風邪ひいた時に備えて予行演習してるだけだよ」
文香「……そうですか……」
P「熱だって、多分体温計が調子悪くて二度くらいズレてたんだと思うし」
文香「…………そう、ですか……っ」
P「それにほら、俺は別に体調悪くてもこれから連休あるし……」
文香「P君……」
P「ん?」
文香「……歯……食いしばって下さい……っ」
P「……え?」
パンッ!
乾いた音が響くと同時、頬に痛みが走った。
それが文香姉さんに叩かれたからだと気付くには、少し時間が掛かって。
ようやく俺が何をされたのか把握し、何を言ってしまったのか気付いた時には。
もう、遅かった。
192 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:44:21.94 ID:SnoaWM920
文香「巫山戯ないで下さい……!貴方は……貴方は!どこまでバカにすれば!バカになれば気が済むんですか……っ?!」
そう叫ぶ文香姉さんの肩は震えていて。
クマの出来た目からは、涙を零していた。
文香「心配しない訳が無いじゃないですか……!貴方が、こんな風に弱って……!私が、どれだけ心配したと思ってるんですか……?!」
もしかしたら、夜通し看病してくれたのかもしれない。
文香姉さんが家に来てから、初めて俺が倒れて。
もし、立場が逆だったら……
文香「私は……確かに、よく出来た従姉妹では無いかもしれません……!貴方に心配なんてしてくれない様な人だと思われていたとしても、仕方ありません……ですが……!」
P「違う!俺は……」
文香「だったら……もう少し、私の気持ちも考えて下さい……!どれだけ不安だった事か……!辛そうな、苦しそうな貴方を見るのが……どれだけ私の心を締め付けた事か……!」
P「……ごめん、姉さん……」
文香「貴方が自分に無頓着な事は知っています……心配を掛けさせまいと、明るく振舞う事も分かっています……ですが……」
貴方の事を大切に思っている人の気持ちも、考えて下さい、と。
そう呟いた姉さんは。
見た事も無いくらい、普段は透き通った瞳を涙に歪ませて。
文香「……少し、頭を冷やしてきます……P君も今は……しっかり、休んで下さい」
バタン。
扉が閉まる音が響いた。
部屋に静寂が訪れる。
それでも脳裏にこだまするのは、文香姉さんの言葉で。
出て行った筈の文香姉さんの涙が、未だに脳に浮かび上がって。
P「……ごめん、姉さん……」
どう考えても、心配してくれていた人に対する言葉では無かった。
幾ら何でも、自分を大切にしてくれている人に向ける言葉では無かった。
P「……はぁ」
今は、休もう。
次起きるまでに、もう少し色々と落ち着けて。
そしたら改めて、謝らないと……
193 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:44:49.97 ID:SnoaWM920
コンコン
ノックの音で目が覚める。
……十六時か。
結構眠ってしまってた様だ。
若干頭が重いが、昨晩や今朝方よりはマシになっている。
P「……はーい」
ガチャ
文香「……失礼します……」
気不味そうに文香姉さんが入って来た。
……うん。
P「ごめん、姉さん。俺、姉さんの気持ちとか全然考えられて無かった」
文香「……でしょうね」
わぁ、辛辣。
文香「ですが……熱のせい、という事にしておいてあげます……私も些か冷静さを欠いてしまっていましたから……」
P「いや、熱のせいにはしないよ」
文香「……ふふ、熱が下がってたアピールですか?」
P「違うけど……なるほど、そういうやり方もあったのか」
……良かった。
文香「……P君……熱、測りますね?」
体温計が脇に挟まれた。
冷たい。
P「……ありがとう、姉さん」
文香「普段から、そのくらい素直だと嬉しいのですが……」
P「割と素直なつもりなんだけどなぁ。姉さんと違って素直が服着て歩いてる様な人間だぞ俺は」
文香「どうやら、まだ熱が下がってない様ですね……」
P「大変申し訳ございません」
文香「はぁ……さて、P君。熱が測り終えるまで……少し、お話を聞かせてあげます」
P「ホラー?夏はまだ遠いぞ」
文香「ゼリーが怖いです」
P「後で買って来るんで……」
194 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:45:19.67 ID:SnoaWM920
文香「……以前、P君に少しだけお話した……私の、想い人のお話です」
あぁ、前に言ってた好き『だった人』の話か。
文香「……約一年前。私はこの店……鷺沢古書店に、下宿先として越して来ました……P君は、覚えていますか……?」
P「懐かしいっちゃ懐かしいなぁ」
今ではもう、家に馴染み過ぎて。
文香姉さんの居ない生活なんて想像出来ないくらいだ。
文香「当時私には、友人と呼べる友人はおらず……歳の近い男性と話す機会なんて尚更無かったのです……」
文香「食事はただ栄養をとれれば良く、本を読んで新しい知識に手を伸ばし、新しい世界に赴ければ……それで、満足な生活を送っていました」
文香「……今思えば、無愛想な従姉妹だったと思います。どう接すれば良いのか分からなかったというのもありますが……自分から積極的には接しようとはしませんでしたから」
文香「けれど、困った事にP君もまた……友達が少なく、家に居る時間も多くて……」
P「そこ言う必要あった?」
でも、なんて言うか。
思い出に浸る文香姉さんの表情は。
やっぱりどこか、幸せそうで。
文香「……ふふっ、そのおかげで……P君と接する機会は嫌でも増え、少しずつ距離も縮まりましたから」
嫌でも、って……
文香「本について時折話し合い、会話は無くとも二人きりで本を読む……そんな空間が、堪らなく心地良かったのです」
文香「……正直、最初の数日は本当にP君には友達がいないものだと思っていました」
文香「……そうであれば、きっと私達は二人きりで……きっと私は、この様な明るさは手に入らなかったと思います」
文香「ある日、P君を訪ねてとある女の子が鷺沢古書店に現れたんです」
P「それは……李衣菜か?」
文香「はい……そして、李衣菜さんと話している時のP君は……本当に、楽しそうで……私の胸に、不思議な気持ちが湧き上がりました。言葉にし辛い、形状し難い思いです」
文香「一番近い感情に当てはめるなら……きっと、嫉妬だと思います。それも……双方に対して」
文香「私と話している時とはまた違った笑顔を向けられた李衣菜さんも、とても明るく優しい友人を持ったP君も……羨ましい、と。そう、思いました」
文香「私と同じだと思っていたP君は……私には無い、素敵なものを持っていたんです。私には、そういった存在はいなくて……それが悔しかった私は……直接尋ねてみました」
195 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:45:47.02 ID:SnoaWM920
……あぁ、覚えてる。
俺からしたら、とても不思議な問い掛けをされたと思っていたが……
文香「そしたら……ふふ。P君は……『俺にとっては李衣菜も姉さんも、どっちも大切な人だぞ?』と……『寧ろ姉さんにとっては俺ってまだ、知ってる親戚以上交友のある親戚未満だった?』なんて言って……」
文香「ワザワザ悩むのが阿呆らしくなったのを覚えています……あの時からです……私の時間が、動き始めたのは」
文香「私も、P君にとっての李衣菜さんの様な友人を望む様になり……また、P君にとってより近しい存在になりたいと思う様になったのです」
文香「……世界が、色付き始めました。ただ変わらず過ごしていただけの毎日が、何が起こるか分からず、求める物の為に変わろうと努力する……そんな、物語の様な日々に変わったんです」
文香「……それから……貴方の作ってくれる料理が、とても美味しく感じる様になりました。私の事を、大切な人だと言ってくれて……そんな私の為に、朝早く起きて作ってくれて……」
文香「……そんな姿を見る為に、私も早起きし始めたのを覚えています。本を読むフリをして、朝食を作る貴方に視線を向けて……きっと傍から見れば……」
恋愛小説の1ページの様だったかもしれません。
そう呟く、文香姉さんは。
とても幸せそうで、嬉しそうで、懐かしそうで。
……もしかしたら。
いや、もしかしなくても。
文香姉さんが、恋い慕っていた相手は……
196 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:46:14.97 ID:SnoaWM920
文香「……ようやく、気付いたのですか……?」
P「……え、あぁ、えっと……」
文香「……貴方の答えは、胸に秘めていて下さい……どう思っているか、どう思ってしまったか……そんな回答は、私には必要ありません」
P「……そっか」
文香「……私は、何かを知る事が好きでした……新しい知識、知恵、物語、法則……私は常にそういった物を求めて、本のページを捲りました」
文香「……ですが、恋愛においては……知ってしまう方が辛い事もあるんです。知りたくない答えが、教えて欲しくない返事があるんです」
文香「そんな事は、書物では学べませんでしたし……きっとこれは、私だけが知っている感情です」
文香「……それにしても、本当に気付かれていなかったのですね」
文香「まったく……やはり貴方は、他人の想いに鈍感です」
P「えーっと……すみません……」
文香「謝らなくて結構です……私も、酷い事を考えてしまっていましたから」
P「酷い事……?」
文香「貴方が困っている時、辛そうにしている時……一番側に居られるのは、私でしたから……これからもそうであれば、貴方はずっと私を求め続けてくれる、と……」
はぁ、と。
文香姉さんは溜息を漏らした。
文香「……なんて幼稚で、愚かな考えでしょう……相手の事を考えていないのは、私も同じでした……」
P「……でも実際、俺は本当に姉さんに支えられてきたと思ってるよ。それは間違い無いし、感謝もしてるから」
文香「……ふふ、それは……良かったです。そんな貴方の優しさが……私は、怖いです」
ふふっと笑って、体温計を抜く文香姉さん。
けれどまぁ、既に結構時間は経過していて。
文香「……エラーが表示されてしまっていますね……これでは、体温が分かりません。であれば、P君を引き止める事が出来なくなってしまいますね……」
……あぁ、もう。
ほんと、そういう所が優し過ぎるんだよ。
197 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:46:56.08 ID:SnoaWM920
文香「……ゼリー、買ってきて頂けますか?」
P「……あぁ。他に怖いものは?」
文香「特には……あぁ、そうでした。P君、キスの位置によって相手が伝えようとしている想いが、含まれた意味が異なる……という話はご存知ですか?」
キスの位置……?
よく映画とかだと手の甲にキスしてるのは見るけど……挨拶とかか?
文香「もちろん、色々な説がありますが……そうですね……では、唇は?」
P「当然、好きって意味だろ?」
文香「その通りです。愛情、恋慕……された事はありますか……?」
P「……ノーコメントで」
文香「頬は……喜びや友情。側に居る事が当たり前になっている、等の思いだそうです」
P「……成る程な」
文香「瞼は……憧れ、情景、敬愛……そしてその副次的な効果でもありますが……見ないで欲しい、目を閉じていて欲しい。そんな意味合いを持つそうです」
P「……そうだったんだな」
文香「そして……」
ちゅっ、っと。
額に、柔らかい感触が一つ。
文香「……額へのキスは……頭が良くなりますように」
台無しだ。
いや、絶対違うだろうけど。
文香「さ、P君。靴は準備しておきましたから……早く、ゼリーを買いに行って下さい」
P「……あぁ、行ってくる」
文香「……ふふっ、健闘を祈っています。最後のキスは…………彼女と、ですよ」
身体はまだ重いが心は軽い。
今ならいくらでも走れそうだ。
玄関には、運動靴が用意されていて。
扉の外には、人影が一つ。
……成る程、姉さんは知ってたんだな。
それじゃ……最後の鬼ごっこだ。
198 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:48:13.39 ID:SnoaWM920
ガチャ
扉を開ける。
その先に立って居たのは、やはり李衣菜だった。
P「よっ、李衣菜」
李衣菜「げっ……こんばんは、P」
P「げっとはなんだげっとは。あとまだこんばんはには早いんじゃないか?」
李衣菜「そうかも、こんにちはかな。じゃ……そういう事でっ」
P「おい待てこら!今日こそ逃さん!!」
李衣菜が走って逃げて行った。
じゃあ何の為に来たんだと言いたくなるが、気持ちは分からんでも無い。
ついでに、李衣菜が走って逃げる事くらい想定内だ。
今こそいつか使うと思って買い、下駄箱の門番を続けてきた運動靴の力を見せる時……!
文香「鍵、きちんと閉めて行って下さいね」
P「……はーい!!」
二階から文香姉さんが声を掛けて来た。
鍵……クソッ、リビングに置いてある!
大幅に時間をロスして、きちんと鍵を閉める。
その後、交差点を曲がろうとしている李衣菜の背中を追いかけて走り出した。
春の風が気持ち良い。
ついでに脳がシェイクされて大変気持ちが悪い。
こういう時くらいは脳が空っぽであって欲しいものだ。
李衣菜が曲がった交差点まで辿り着くと、李衣菜の背中と迷惑そうな顔をする通行人が見えた。
俺も心の中で謝罪を飛ばしながら、その後を全力で走って追いかける。
……あいつ、マジで振り切る気で走ってやがる。
ほんとじゃあなんで来たんだよ。
別れの挨拶にしても随分なご挨拶だぞ。
こっちは病み上がり……ですら無いのに。
朝食も昼食も食べてないからな。
おかげで全力で走ってもなかなか距離が縮まらない。
199 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:48:40.11 ID:SnoaWM920
P「おーい!待てゴラァッ!!」
あ、怪しい人じゃ無いんで通報とかやめて下さい写真撮ろうとしないで。
今SNSで『叫びながら走ってる奴』的なワードで検索すれば俺の画像が出てきそうだ。
けどまぁ、そんなの知ったこっちゃない。
走る、ひたすら走る。
時折声を掛けて無視され心にダメージを負いながらも全力で走る。
涼しい風なんて知らんと言わんばかりの勢いで体温が上がり、汗を流しながら追いかける。
李衣菜「しつこい男は……っ、嫌われるよっ!」
P「っるせぇ!李衣菜に嫌われなきゃそれでいい!!」
スピードを落とす事なく李衣菜が叫んで来た。
こんな時にそんな心配をするくらいなら観念して立ち止まってくれ。
頭痛ぇし腹も痛いしで色々ヤバいんだぞこっちは。
それでも走り続けてる理由くらい、李衣菜なら分かってんだろ。
俺が諦める訳が無い事くらい……李衣菜が一番良く分かってんだろ!
李衣菜「あっ!UFO!」
P「そんなんで騙されるバカが何処に……!」
いたわ、うん、割と身近に。
美穂の事を思い出して口にチャック。
未だに李衣菜の走るペースは落ちない。
思ってた以上に体力あるな……
でも、今こうして距離が縮まらずとも離れずに済んでるなら。
俺が諦めず走り続ければ、いずれ必ず追い付ける筈だ。
P「……そろそろ……っ!止まってくれてもっ、良いんじゃないかなぁ……っ!!」
……なんて事を考えてから多分十分くらい。
未だに距離は縮まらない。
ちょっとマジで息が上がってきた。
いずれ必ず追い付けるとかほざいたバカは誰?!
200 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:49:07.78 ID:SnoaWM920
李衣菜「おっ……?はぁ、はぁ……もう、ギブ……?」
P「っふぅー……っ!まだまだぁ!!」
李衣菜の息も上がってきている。
多分距離が縮まらないのは、お互いに疲れて同じくらいの速さになってるからで。
ならあと三十分も追っかけ回してれば向こうの体力が尽きるだろう。
その時がお前の最期だ。いや別にそんなつもりは無いけど。
P「っふぅーっ!きっっつ……っ!!」
脇腹が非常に痛い。
頭のクラクラがどんどん強くなる。
息を吸い込むのすらしんどくなって。
それでも、ひたすら走るのは……
P「っふ……っあっははははっ……!」
李衣菜「っふふっ……何笑ってるの……っ?」
正直、すっごく楽しかった。
一瞬振り返る李衣菜も、なんだか楽しそうで。
もちろん必死な思いもあるけど。
あともう本っ当に身体やばいけど。
単純にこうして、他の事を考えず李衣菜と二人きりの鬼ごっこを続けるのが。
P「……楽しいなぁ!観念しろごらぁ!!」
李衣菜「楽しいけど……っ!そろそろ諦めよ……っ?!」
家を出た時は青かった空が、だんだんと赤く染まってきた。
どんだけの時間、この鬼ごっこは鬼が交代しないんだろう。
……でも、そろそろだ。
この四週間弱、俺はずっと李衣菜を追いかけ続けて来た。
もしかしたら、出会った日からずっとなのかもしれない。
だったら……今、今回くらいは。
必ず、追い付いてみせる。
いつか来た河川敷の堤防を登ると、綺麗に赤く反射する川が目に入って来た。
そんなキラキラ光る水面をバックに、走り続ける李衣菜の背中が。
なんだかすっごく、綺麗に見えて。
青春だなーって感じがして。
201 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:50:32.15 ID:SnoaWM920
P「あっ……っ!」
過去から学べないバカな俺は、また相変わらず足元がお留守で。
足がもつれて転び、芝生の坂道を転げ落ちた。
ゴロゴロと転がり、一番下まで運ばれる。身体の節々が内側からも外側からも痛む。
……くっそ……あと少しだった筈なんだけどなぁ……
P「……ってぇ……ん?」
李衣菜「……はぁ、ふぅ……大丈夫ー?」
P「ダメっぽい。足動かねぇわ」
俺の数メートル前で、李衣菜が膝に手を当てて崩れ落ち掛けていた。
どうやら向こうも体力が尽きていたらしい。
だとしたら、尚更悔しいなぁ。単純に、追い付けなかった事が。
P「逃げないのかー?」
李衣菜「今逃げても追い掛けてくれないでしょー?」
P「ばっかやろう……はぁーっ、ふぅ……まだまだ余裕だわ」
李衣菜「そっ、でも残念!私も……もー無理、疲れた……」
そう言って、李衣菜が芝生に座り込んだ。
俺も何とか無様な横倒れから身体を起こす。
笑ってる膝を無理やり動かし、李衣菜の隣に座って。
P「……青春だなぁ……」
李衣菜「……ね。青春って感じがする」
P「走ってみた感想は?」
李衣菜「悪く無かったかな……私に追い付けなかった感想は?」
P「……体調悪かったから」
李衣菜「言い訳とかダサ過ぎない?」
P「とことんダサく、夕陽に向かって走ってみるか?」
李衣菜「遠慮しとくよ、もう立ちたく無いですって」
しばらくぼーっと、水面を眺める。
時折カキーンッ!と野球の音が響いてきたり、上に架かった橋を渡る車の音が聴こえてきたり。
カラスの鳴き声が聞こえてきたり、帰路につく子供達の話し声が聞こえてきたり。
こんな居心地の良い時間を李衣菜と久し振りに過ごせて……本当に、嬉しかった。
李衣菜「……風邪ひいたんだって?文香さんから連絡来たんだけどさ」
P「見ての通りだよ」
李衣菜「楽しそうじゃん」
P「その通りだ」
李衣菜「お見舞いと、最後の……ううん、何でもない」
お互い、引っ越しの話には触れない様にする。
今はきっと、それ以上に伝えるべき事があるから。
李衣菜「……私のせいだよね……」
P「傘持ってたのに差さなかった俺が悪い」
李衣菜「それは普通にバカでしょ」
P「むしろ普通じゃないバカってなんだ?」
李衣菜「……P、かな」
P「ひっでぇ」
202 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:51:16.65 ID:SnoaWM920
李衣菜「……うん、普通じゃないよ。だって……」
照れたように、顔を染めて。
それを夕陽のせいにしようともせずに。
李衣菜「私にとって……特別な人だから」
笑って、そう言ってくれた。
P「……やっと、言ってくれたな」
李衣菜「何?知ってて告白したの?だったら本気で失望するけど」
P「な訳ねぇだろ……前、まゆと昇降口で言い合ってた時あったろ?」
李衣菜「……あー……聞かれちゃってたんだ……」
P「その前の美穂との会話もな」
李衣菜「じゃあ……ちゃんと、謝らないとね」
ふーっと大きく息を吸って。
李衣菜「……ごめんね、P。ずっと、迷惑ばっかりかけて」
P「……迷惑だなんて思った事は……無いよ」
李衣菜「一瞬何か言おうとしなかった?」
P「李衣菜はいつも、誰かの為に行動してたから……きっと俺が迷惑だと思った事があったとして、それは絶対誰かの為だった筈だ」
李衣菜「お、良く分かってるじゃん」
P「そこ乗るのか」
李衣菜「まぁ安心と信頼の多田李衣菜ですし?基本は誰かの為に……うん、空回りしちゃう時もあったけど……」
少し、表情が翳る李衣菜。
……どう言えば良いんだろうなぁ。
P「……最近さ、全然喋れなかっただろ?色々理由はあったとは言え……すっごく、しんどかった」
李衣菜と会話するのが、当たり前になっていたから。
李衣菜が側で笑ってくれているのが、当然だったから。
だから絶対失いたく無いと思ってたし。
実際そうなっちゃった時は、想像以上に辛かった。
李衣菜「……最後くらい、私の邪魔無しで……楽しく、って……」
P「……邪魔なんかじゃない」
李衣菜「……うん、Pなら絶対そう言ってくれるって信じてた。正直私も、自分で言ってて辛かったかな」
P「だったら……言うなよ」
李衣菜「でもさ、ほら……恋人になれたとして、もうすぐにお別れじゃん?」
203 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:52:02.87 ID:SnoaWM920
……それでも。
やっぱり俺は……ほんの短い時間でも。
李衣菜「あとやっぱり、美穂ちゃんにも、智絵里ちゃんにも、加蓮ちゃんにも、まゆちゃんにも……負い目を感じる部分があったからさ」
李衣菜「応援するよって言っといて……それは別としても、美穂ちゃんに通話で『わたしはきちんと向き合ったから、李衣菜ちゃんも……ね?これからも三人で、一緒に居たいから』って言わせちゃって……」
李衣菜「智絵里ちゃんだって、私が早くにちゃんと向き合えば……あんなに思い詰めずに済んだかもしれないし」
李衣菜「加蓮ちゃんもさ、本気で私達と過ごす日々が大切だって思っててくれて……私がPに保留でも良いんじゃない?なんて言ったせいで余計に辛い思いさせちゃったりさ」
李衣菜「まゆちゃんは……一番、辛かったと思う。一番辛い役目を引き受けてくれて……それなのに笑って、優しくて……強引にでも、向き合おうとしてくれた」
李衣菜「……私が居なければ、もっと良い関係だったかもしれない、って……そう思っちゃうの、分かるでしょ?」
……やっぱり、色々悩んでたんだ。
一人一人とちゃんと向き合おうとして。
結局、自分が居ないのが一番だなんて結論に至るだなんて……
P「……いや分かんねぇわ」
李衣菜「……物分かりが悪いね」
P「俺の気持ちは?」
李衣菜「対象外です」
P「嘘付け」
そんな訳が無い。
自惚れだって思われても良い。
李衣菜は昔からずっと……俺を支え続けてきてくれたんだから。
P「残念な事に、俺は李衣菜の気持ちを考えてやれるほど大人じゃない。諦めも悪い。物分かりの良くない子供だ」
李衣菜「……ばーか。Pはもう……子供なんかじゃないよ」
笑いながら、寂しそうに。
ぽつりと、李衣菜は言葉を漏らした。
204 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:52:29.74 ID:SnoaWM920
李衣菜「……ねぇ、P。私の気持ちは、ずっと昔から決まってたんだ」
李衣菜「きっとその頃のPにとって、私は腐れ縁みたいな感じだったんでしょ?好意を向けられてるなんて、思った事も考えた事も無かったんじゃない?」
李衣菜「もっと早くに気付いて貰えれば、なんて逆ギレするつもりは無いけど……全くそういう風に見て貰えなかったのは、辛いな……」
李衣菜「……意識し始めたのは、中学入ってすぐくらいだったんだ」
李衣菜「当たり前みたいにずっと一緒に居たから、最初は意識してなかったけど……背が伸びて、私よりおっきくなった頃から」
李衣菜「アホなとことか、会話してて楽しいとことか、多分友達の延長線上みたいな感じだった。最初はね?」
李衣菜「一緒に居る時の居心地の良さとか……他の男子じゃそんな事思わないのに、Pと居る時間が楽しくて」
李衣菜「ずっとこのまま続けばいいなーって思ってたし、ずっとそのまま続くと思ってた」
李衣菜「Pには私しかいなかったから、誰かに取られるなんて思いもしなかったし」
李衣菜「……それが恋だなんて、思いもしなかったな」
李衣菜「高校生になって、美穂ちゃんと出会って……三人で遊ぶようになったじゃない?」
李衣菜「しばらくして、美穂ちゃんからPの事好きって話された時……すっごく、モヤモヤした気持ちになったんだ」
李衣菜「それでも、応援するよって言った時に……なんだか泣きそうになっちゃって。あぁ、きっと私はPの事が好きだったんだな、って」
李衣菜「まぁでも美穂ちゃんを応援するって言っちゃったし、きっとPも美穂ちゃんみたいな可愛い子が好きだろうからって……諦めたんだ」
P「……諦めたんだな」
李衣菜「うん、諦めた。美穂ちゃんとPが付き合っても、二人とも私との距離感が変わる訳じゃ無いだろうし良いかな、ってね」
李衣菜「何回も何回も自分に言い聞かせた。きっと変わらないから大丈夫、って……」
李衣菜「……変わらない訳なんて無いよね……でも私は、Pに変わって欲しくなかった。もちろんそんな事を言える訳も無いし、想いを閉じ込めて黙ってたけど……」
李衣菜「…………うん、諦められなかったんだ……二人きりだった頃に戻りたくなった。Pに私しかいなければなんて、そんな酷い事を考えた時もあったな」
李衣菜「……私も、Pに想って貰いたかった……結ばれたかったよ!誰よりも側で過ごしたかったよ!誰よりも側で、頼って欲しかったよ!!」
目に涙を浮かべて、心を吐き出す李衣菜。
思っていた以上に、李衣菜の想いは大きかった。
205 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:52:56.02 ID:SnoaWM920
李衣菜「結局、Pは私の事を選んでくれたけど……それまでに、Pは色んな思いを抱え過ぎたんだよ」
李衣菜「だから、子供でいたい、変わりたくないって言ってくれた時は嬉しかったけど……変わっちゃったからこそ、そんな事を言ってきた訳だし……」
李衣菜「……Pだけ勝手に大人になって……まるで、私が置いてけぼりにされちゃったみたいだったのが……すっごく不安だった」
李衣菜「もう、私の知ってるPはいないんだろうな、って。そんな訳無いのにね……一人で不安になってさ」
李衣菜「……私は……歳を取ってもまだ心が子供のままなんだよね、きっと。諦められないクセに、後悔だけ積み重ねてる」
李衣菜「……ねぇ、知ってた?Pが告白されたって相談してきた時……私、泣きそうになるくらい辛かったんだよ?」
李衣菜「智絵里ちゃんの想いを断ったって聞いた時、泣きそうになるくらい安心しちゃったんだよ?」
李衣菜「それでも、それを全部隠さなきゃいけないって……何も知らない子供でいるって決めたから……」
李衣菜「変わって欲しく無かったから……せめて私だけでも、って……」
P「……一緒に、変わってみようよ。それで大切な物が……大切だった日々が失くなっちゃう訳じゃないんだし」
李衣菜「……うん。子供でい続けるのも、終わりにしないとね」
俺にとって、李衣菜と出会ってからの日々が大切な宝物である様に。
李衣菜にとっても、俺と出会ってからの日々は大切なものだった。
不安もあっただろう。
言いたい事も沢山あっただろう。
それを、全部抱え込んで。
それでもようやく、吐き出してくれて。
それを全部知れて、俺はとても嬉しかった。
……だから。
206 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:53:55.96 ID:SnoaWM920
李衣菜「……ねぇ、P」
P「……李衣菜」
李衣菜「……私は、あなたの事が……誰よりも大好きでした」
P「……俺も、誰よりも……李衣菜の事が大好きだ」
李衣菜「今からでも、私と……付き合ってくれませんか……?」
P「…………あぁ。俺と……付き合ってくれ」
やっと、言えた。
やっと、言って貰えた。
まるで子供みたいに、言い訳も捻った言い回しも無しに。
ただひたすら真っ直ぐ。
想いを、願いを。
李衣菜「…………遅いよ……バカ……っ!」
涙を流しながらも。
それでも笑顔なのは、本当に色んな気持ちが混ざり合っているんだろう。
……あぁ、やっぱり凄く綺麗だ。
その顔は、子供の頃とは全然違って。
俺は李衣菜に、また何度目かの恋に落ちた。
207 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:54:26.83 ID:SnoaWM920
P「ごめん、色々……でもやっと、追い付けたから」
李衣菜「……鬼ごっこ、続ける?」
P「いや、今日も俺の負けだ。また次も、俺が鬼をやるよ」
さっき俺が転んだ時点で、もう勝負は付いている。
鬼ごっこ自体は俺の負けだ。
でも、李衣菜の気持ちを聞けたから。
全体から見れば、俺の勝ちだろう。
李衣菜「潔い事で」
P「だから……だから!李衣菜が例えどんな遠くに行っても……必ず!追い掛けて……会いに行くから!!」
どんな場所に居たって。
次は必ず、鬼ごっこも俺が勝つ。
勝ってみせる。
李衣菜「……ふふっ……Pが遠くに行くんでしょ?」
P「……えっ?李衣菜が引っ越すんじゃないのか?」
李衣菜「え?」
P「え?」
P・李衣菜「……………………」
沈黙が流れた。
非常に居心地がよろしくない。
えっと、つまり……
P「李衣菜、引っ越すんだろ?」
李衣菜「Pが引っ越すんでしょ?」
P・李衣菜「……………………」
……はぁ?!
208 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:54:54.01 ID:SnoaWM920
加蓮「あっ、気付いたみたい!」
まゆ「ばっっか加蓮ちゃん!バレちゃうバレちゃう、バレちゃいますって!せめてキスまでは静かに見届けようって計画だったじゃないですかぁ!!」
美穂「二人とも!声が大きい!!」
智絵里「み、美穂ちゃんも……」
美穂「わたしに逆らう気?!」
智絵里「く、クーデターの時間です……っ!」
橋の上から、何やら聞き慣れた声が聞こえてきた。
あとついでに、橋の手摺の上に見慣れた顔が四つほど見える。
P「……あー」
李衣菜「……ねぇ、P……これって、まさか……」
……うん、多分。
なんとなーく、理解出来た。
P・李衣菜「……騙されたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
P「くそっ!何でここまで気付けなかったんだよ!!」
李衣菜「もっとPが早くに言ってくれれば良かったじゃん!」
P「お前着信拒否してやがっただろ!」
李衣菜「してたけども!」
P「ってかえ?!千川先生……いやあの人李衣菜が引っ越すとは一切言ってねぇ……」
李衣菜「私文香さんに言われたんだけど……!」
P「……全員グルかよ……おい全員そこに居ろ!逃げんなよ!!」
加蓮「鷺沢はさっさと帰って休んだらー?!」
まゆ「待って下さいよぉみなさぁん!キスまでは見届けたいじゃないですかぁぁぁっ!」
美穂「計画したのがわたしってバレたら一番怒られちゃうもん……っ!」
智絵里「い、言わなきゃバレなかったんじゃないかな……っ?」
まゆ「Pさぁぁぁんっ!さぁ早く誓いのキスを!はりーあーっぷ!!」
加蓮「はいはい邪魔者はさっさと消えるよ!ほら手摺にしがみつかない!!」
美穂「李衣菜ちゃーん!Pくーん!長続きすると良いですねーーっ!!」
なんて奴等だ。
……まぁ、結果オーライだけど。
李衣菜「……はぁー……」
P「……はぁー……」
この空気どうすんだよ。
P「……キスする?」
李衣菜「……あ、P」
P「ん……?」
李衣菜「体調悪いでしょ?風邪うつして欲しくないから今はキスしないよ?」
P「あんまりだこんちくしょう!!」
209 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:55:48.27 ID:SnoaWM920
結局、引っ越しや転校なんて話は元々無かったらしい。
原案、企画、戦犯は小日向美穂。
彼女曰く『さっさとくっついて欲しかったから焦らせた』だそうで。
協力者はその他愉快な仲間達と文香姉さん。
あとは一応千川先生。
まゆが千川先生に『良い感じにはぐらかしてそれっぽく匂わせておいて下さい』と頼んだらしい。
等々、この辺りはラインで聞いた話。
なんで乗ったし。
一体どんな闇の取引があったんだろう。
……深くは聞かないでおこう、怖いし。
あの創立記念日の夕方、色々限界だったのか俺の身体は鉛のように重くなって。
李衣菜に肩を組んで貰いつつ、家に帰って熱を測ればあら不思議。
あっ文香姉さん怒らないでほんとごめんなさい。
おかげでゴールデンウィーク前半の金〜月、まるまるベッドと仲良くしていた。
その間誰も見舞いに来やしない。
まぁそうだよな、ただの風邪だし。
って思ってたらみんなで遊園地に行ったりカラオケに行ったりと、連休をエンジョイしてたらしい。
楽しそうに遊ぶ画像が沢山送られてきて、とてもつらかったです。
とはいえ今はもう良い感じに元気だし、明日からは遊びに行ける。
まぁ学校あるんだけど。
そして……
210 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:56:39.10 ID:SnoaWM920
既に五月に入って、最初の登校日、火曜日の朝。
ピピピピッ、ピピピピッ
P「うぅーん……朝か……」
朝が来てしまった。
……何故朝は来るんだろう。
勝手に夜から朝に変わるな、もう少し朝が辛い学生の事も考えて欲しい。
そもそも、朝が来たら起きなきゃいけないと誰が決めたんだろう。
そうだ、別に朝が来たからって起きなきゃいけないわけじゃない。
もう一眠りしよう。
起きるのは、何故朝が来るのか解明され起きなければならない理由が証明されてからでも遅くはない筈だ。
李衣菜「おはよー」
……もう一眠りしよう。
李衣菜「P、寝てるの?」
P「いや、起きてるけど。ちょっと感動で泣きそうになってるから布団に潜ってたいだけ」
……朝、李衣菜が家に来て居る。
当たり前だった、変わらない日常がようやく帰って来て。
けれど、俺達の関係は以前と違って……
P「……李衣菜。そのゼリー俺の」
感動が消し飛んだ。
感動のシーンがゼロカロリーだ。
李衣菜「冷蔵庫にあったから」
P「……これからは、自分のものには名前書いておくか……」
李衣菜「へー……あ、もうみんな来てるからね。あと私朝ご飯要らないよ」
P「……は?」
李衣菜「いやだって私、弱いから朝ご飯食べないんだよね」
P「嘘付けお前いつもたかりに来てただろ」
李衣菜「好きな人に会いに行く為の理由作ってただけだよ」
P「……おっ、おう……すまん……」
李衣菜「……照れてる?」
P「お前も顔割と赤いぞ」
李衣菜「……へへっ……それじゃ、こないだ出来なかった事もしてあげる」
こないだ、出来なかった事?
李衣菜「ねぇ、P……目、瞑って?」
言われた通りに目を瞑る。
心臓がばくばく跳ね上がる。
これは……まさか……!
211 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:57:10.68 ID:SnoaWM920
頬の辺りで何かが動いている感触がする。
……うん、間違い無くキスでは無いな。
P「っておい!」
目を開ければ、目の前にはクレヨン。
わぁ鮮やかなんてパステル。
ってそうじゃない、だからなんでお前はクレヨン持ってるんだ。
P「何落書きしてんだよ……ガキかお前は」
李衣菜「Pが言ってたんだよ?ちゃんと書いておかないと、って」
P「……?」
李衣菜「じゃ、私は下に行ってるから。早く降りて来てねー!」
P「……おう」
李衣菜が部屋から出て行った。
なんだったんだ……
……いや、でもまぁ。
嬉しいし、良いか。
バタンッ!
李衣菜「ごめん、P!忘れ物!」
P「今度はなんだー?」
勢い良く走り込んで来た李衣菜が。
そのまま勢いを落とさず、ベッドに腰掛けてた俺の目の前まで来て。
212 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:59:17.76 ID:SnoaWM920
李衣菜「大好きって気持ち……ちゃんと、届けないとね」
ちゅ、っと。
唇が触れるだけの、軽いキスをされた。
李衣菜「……じゃ、リビングで待ってるから」
……このままリビングに行ける訳ねぇだろ。
絶対人に見せられない顔してると思う。
着替えて、洗面所に行って顔を洗おうとして……
P「……書いといた、って……そういう事かよ……」
俺の頬に、クレヨンで。
俺の彼女の名前が書いてあった。
P「……これ落ちんのか……?」
落としたくないけど、落とさないと色々言われそうだし……
李衣菜「Pー!早くー!」
まゆ「Pさぁん!一緒にお料理のお時間ですよぉ!」
加蓮「塩と砂糖間違えて掛けたバカは誰?!」
美穂「両方掛ければ半分は当たるって言って、自分で掛けてたよね……?」
智絵里「……もう少し、静かな方が良かったかも……」
……もう、何言われても良いか。
今更隠したり取り繕ったりする必要なんて無いんだ。
きっとみんな、笑ってくれるだろう。
遠慮なんて無いし、割と辛辣な言葉も飛び交うけど。
みんなで一緒に、って思いはみんな同じ筈で。
213 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 13:59:50.01 ID:SnoaWM920
P「……はーい!すぐ行くから待ってろー!」
騒がしいみんなの元へと、俺も向かう。
彼女達と過ごしてきた今迄と、これから過ごす未来は。
一言で言うなら……そうだな。
窓から外を見上げ、大きく息を吸って。
……ぴったりな言葉があるじゃないか。
五月の風は暖かい。
雲一つ無い空はひたすらに青くて。
遅れて来た春は、これからもずっと続く。
あぁ……俺たちの日々は。
きっと、青春だ。
ギャルゲーMasque:Rade 〜Fin〜
214 :
◆x8ozAX/AOWSO
[saga]:2018/04/21(土) 14:02:43.38 ID:SnoaWM920
以上です
時間が掛かってしまい申し訳ありません
お付き合い、ありがとうございました
私事(?)ですが、ギャルゲーMasque:Radeのギャルゲーを作る事になりました
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 14:32:35.55 ID:gCrof4Two
大作乙でした
李衣菜ルートだけ修学旅行や夏祭りでいちゃつくところが無しとは殺生な話
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 17:46:48.18 ID:czfb9nE30
本当に作るのか…楽しみにしてる
今回のこっひとちえりんの関係結構好き
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 18:37:03.51 ID:Tdf72LUi0
ガチで作るのか……!?
おつ
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/04/21(土) 23:03:16.89 ID:hZkcJRgh0
ありがとう...ありがとう...(´;ω;`)
このシリーズ好きすぎです。
どこに行けば作者様の進捗が見られるのか教えて欲しい
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 23:07:59.46 ID:TkJJGLVh0
面白かった!
乙です。
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 23:20:24.52 ID:VGfEC1sPO
全編楽しませてもらいました
乙です
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/21(土) 23:55:19.23 ID:dPwc3Juj0
ちょっと待って!サブヒロインの文香ルートが入ってないやん!
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/04/22(日) 00:09:55.57 ID:0NIGmALY0
乙です!!ゲーム化ってマジか……楽しみにしてます!!
>>218
ギャルゲーMasque:Radeでググれば作者さんのpixivとtwitterのリンクあるで〜
223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/22(日) 01:40:41.34 ID:jaqbV/t10
乙
泣いた
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/04/22(日) 01:41:10.15 ID:4po5WA+f0
ほんとに面白かった!乙です!
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/04/22(日) 04:01:35.75 ID:B5HU9IWsO
乙。ハーレムルートと李衣菜とのいちゃこらはよう
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/04/22(日) 09:38:28.53 ID:w8V/JnsaO
>>214
ゲーム制作において資金が必要な時はいつでも言ってくれ
喜んで投資しよう
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/04/24(火) 05:29:42.15 ID:4yLXF9wJO
ふみふみルートはないのか
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