【氷菓IF】奉太郎「伊原摩耶花という女」

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:01:51.01 ID:n9HLENeN0


電話のコール音。足を引きずるように、こころもち急いで一階に下りる。

受話器を取ると、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

〈やぁ。元気かい? ホータロー〉
 
「超元気だ」
 
俺はわざと、低めのトーンで言ってやった。
 
〈ははは。そのジョークができるなら、だいぶ回復したみたいだね〉
 
電話の主は里志だった。昨日は俺以上に濡れねずみとなって家路についたはずなのに、

聞こえる声にはいつも通りの快活さがある。

青春を謳歌するには、容姿やコミュニケーション力以上に、頑丈な体が必要なのかもしれない。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:03:02.60 ID:n9HLENeN0
「ホータローの家、来ようと思うんだけどいいかな?」
 
 「え?」

思わぬな問いかけに、呆けた声を出してしまう。
 
里志は、友人といってもいい仲である。

けれど何をするにもいつも一緒、なんてことはなくある程度の距離感は持っていた。
 
俺の疑問をよそに、里志は「家の住所読み上げてくれないかな」などと言っている。

「ねぇホータロー? 何黙ってるのさ」
 
「なんでもない」

俺は半ば投げやりに、見舞いに来てくれるよう伝えた。

里志の、やけに耳障りな声のリピートに耐えながら、自宅の住所を教えた。

電話をきって、ソファーに座る。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:04:06.60 ID:n9HLENeN0


しばらくしてインターホンが聞こえる。

ドアをあけると 、やぁという快活な声。相変わらずの、憎らしいくらい晴れやかな笑顔。

「おう」

そう言って里志を家に通そうとした。が、背後にいる影に気づく。

俺は一瞬体動きが止まった。目を伏せていたそいつは俺が気づくと同時に顔を上げる。

伊原摩耶花がいつも通りの仏頂面で折れに向かって小さく頷いた。

「伊原か」

俺はそう言った。か細い消え入るような声だった。

場に沈黙が漂う。伊原と俺がよそよそしく見つめあう。そこへ助け船が入った。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:05:12.08 ID:n9HLENeN0
「ホータロー、立ち話もなんだからとりあえずさ」

里志が開いた玄関の奥を指さし、悲痛な空気は消えていった。

俺は友人の華麗なフォローに感謝しつつ、家へ通す。

 リビングでおののが腰かけると口火をきったのはやっぱり里志だった。

「その様子だと、すっかり元気になったみたいだね」

「雨風の中帰るなぞ、省エネ体質にはきつすぎた」

「ふーん、そうかい」

里志はすくっ、とソファーから立ち上がった。

「もう行くのか?」

「僕の役割はここまでだ。いや本来なら家に入るのは予定外だったけどね」

「お前何いって」「伊原さん」

里志が俺の言葉をさえぎって伊原へと顔を向ける。当の伊原はこくりとうなずいた。

俺の伸ばした足は、自然とさわさわと動く。なんだか自分の家だというのに居心地が悪い。

二人の間でなにか秘め事があるらしい。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:06:04.33 ID:n9HLENeN0
「じゃ」と里志は軽く手を振って、玄関へと向かった。
なんだろう、と考えた。昨日の礼ならもう終わったはずだ。

重ね重ねの礼なら、言っちゃ悪いがはた迷惑だ。こっちも気を使う。

だがそれは違うだろう。俺の知る伊原は、周囲から煙たがれるくらいに、モラルやルールに厳格なのだ。

がちゃり、とドアの閉まる音が聞こえた。

静寂となったリビング。家の外に聞こえる、小学生のはしゃぐ声がいとおしく思える。

いつのまにか、俺の背中に冷たい汗が流れていた。たまらずリモコンに手を伸ばす。

「ねぇ折木」

同時に声がした。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:06:58.46 ID:n9HLENeN0
「……おう、なんだ」

つとめて自然に。明かるくそう答える。

「風邪、大丈夫」

「ああ、もう平気だ」

「そうなんだ」

「ああ」

どうしてなのだろう。仮にも昔は学校内外で長く行動を共にした仲だ。

大げさかもしれないが絆ようなものが深まっていたはずだ。

どうやらコミュニケーションというものに、昔取った杵柄というものはないらしい。

幼馴染の女を前にしても、言葉がでてこない。

「あのさ折木」

「どうした」

「昨日はごめんっ!」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:07:55.29 ID:n9HLENeN0
がばっと伊原が頭を下げる。突然の大声に俺の体が硬直した。

伊原の小さな手がぎゅっと拳をつくっている。俺はふっと一息。つとめてゆっくりと話す。

「待て待て。伊原。よく意味が分からなんのだが」

「はぁ?」

なんだか聞き覚えのある、間髪入れない伊原の突っ込み。

「待て待て。えっと…」

俺は昨日のことを思い出す。昨日、俺は伊原と久々に言葉を交わした。

距離を近づけたとはいいがたい。ただその場にいるから。話しかけないのは気まずいから。

そんな半ば義務的の動機でされた会話だった。

ふったのは俺の方。伊原はむしろ嫌がっている様子だったから謝るべきは俺のほうなのではないか。

それとも。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:08:36.06 ID:n9HLENeN0
「昨日か」
俺の言葉に、伊原がうんうん、とうなずく。

「俺に対してそっけない受け答えしたことなら、気にしなくてもいいぞ」

伊原はぽかんとした表情を浮かべ、ぶつぶつといいながらまた考え込んだ。しばらくしてまたしゃべりだす。

「折木、あんたが熱だしたのは昨日雨に打たれて帰ったからよね?」

「それも一因だな」

そもそもの原因は姉貴の冷酷非道な対応だが。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:09:22.08 ID:n9HLENeN0
「今日、折木、熱出して休みって聞いてさ、あぁ悪いことしたなぁってさ。あんたはあたしの図書当番手伝ってくれたのにさ。あたしはそれ無下にして」

「あれは俺が勝手にやったことだ。お返ししろなんておもっちゃいないさ」

「だとしても困っている人は助けるのは常識なのっ!」

静寂。そして俺はまた、伊原の一面を思い出していた。

熱い正義感ゆえまっすぐで、意地っ張り。一度きめたことはなかなか曲げようとしない。

それは自らの行いに対してもだ。

思い出せ。こういうときは。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:10:15.51 ID:n9HLENeN0
「そう、かもな」

伊原の仏頂面はいつのまにか悲しみまじりのか弱い表情に変わっている。

この提案なら伊原は納得するだろう。もちろん俺だって…。

「なら伊原、別の方法で礼をしてくれないか」

「えっ?」

「頭下げ続けるのは嫌だろう? 俺だってお前のそんな姿はみたくないさ」

そう。自らの間違いを吐露するというのは、限りなく苦痛だろう。伊原ならなおさらだろう。

固く口を結んだ伊原は俺のそばへと体を寄せてきた。

「わかった。うん。何するの?」

これは嫌がる可能性だってある。最悪、二度と口をきいてくれなくなるかもしれない。

だけど立ち向かわなければ何も変わらない。ありのままでいい、なんていうのは逃げ口上というやつだ。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:10:56.97 ID:n9HLENeN0
「放課後な、図書室を使わせてくれ」

「えっ」

呆けた伊原の顔。これはどう判断するべきなのだろう。

「あのさ、別にあたしに頼まなくても使えるけど?」

「違う」

そう。少しニュアンスが違う。本当の目的は図書室で本を読むことじゃない。

「伊原」

「なによ」

「本を読む、それはもちろんだ。昨日分かったよ。うちの図書室、意外と面白い本がいっぱいあるって。そういう意味じゃ、昨日は雨が降ってよかったって思ってる」

「う、うん。ありがと」
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:11:51.57 ID:n9HLENeN0
少し目をそらして、言った。家にきてから少しずつ態度が柔らかくなった気がする。

俺だっていつのまにか口数が増えている。

「それでさ、これからお前にいろいろと聞いていいか?」

「えっ?」

「時々図書室にきて、本について話しかけたり。まぁたまに教室でも話しかけたり、お昼を食べたり? そういうことをしていいか?」

「えーっと」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:12:30.26 ID:n9HLENeN0
想定外の頼みだったらしい。視線がきょろきょろと空中をうろついている。

気のせいか、さっきより俺との距離が広がっている。やばい。ドン引きさせたか。

「伊原、わかってる。今、断ってもいいし、ここで受けても、おまえがやめろと言えばすぐにやめる。これだけは約束する」

伊原はぎゅっと口を結んだ。そして…
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:13:06.46 ID:n9HLENeN0
「…ごめん…」

そういって立ち上がる。手はカバンをつかんだ。

やはりそうなるよな。変わることは難しい。俺に背中を向けた伊原は微動だにしない。

そして…

「金曜日」

「えっ?」

「図書当番。あたしは毎週金曜だからっ」

「いいのか? 来ても」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:13:50.73 ID:n9HLENeN0
そういうと顔だけこちらにむけた。表情はデフォルトの不機嫌そうな仏頂面。

「好きにしなさい。その代わりうるさくしたら図書室から放り出すからね」

そういってドタドタと音をたてて家を出て行った。

俺は伊原の言葉がすぐに呑み込めず、しばらくぼんやりと座り込む。

成功、ということでいいのだろうか。

一応伊原との関係は続くことになった。

いつの間にか、窓から差し込む日差しがソファーの半分を照らしている。

寝転ぶとちょうど腹の方に太陽があたるだろう。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:14:37.16 ID:n9HLENeN0



夏は間近。けれど今日の太陽はぽかぽか陽気といっていい暑さだ。

俺はソファーに寝転び目をつむる。眠りにおちるのにそう時間はかからなかった。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/28(月) 10:15:13.82 ID:n9HLENeN0
以上。完結です。ありがとうございました。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/28(月) 10:24:56.23 ID:cDCqZes60
複雑
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/28(月) 13:58:42.45 ID:UHMuJsZY0
待ってたから完結して嬉しい。
もっと続きが読みたい気持ちはあるけど、書いてくれてありがとう
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/29(火) 04:05:05.41 ID:Xi43gSfEo


行くと来るの使い方がおかしい感じがするんだけど
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