【ミリマス】コトハジメ

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13 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 08:09:43.31 ID:9Wp9vh8Yo
取り急ぎここまで。今日中には終わります
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 09:03:19.00 ID:2BnJd4WB0
やっと琴葉きたね
http://i.imgur.com/QIPFnE4.jpg
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 10:18:29.04 ID:LAA2PeKa0
期待
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 13:03:03.74 ID:evqXze6Zo
一旦乙
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 18:22:21.80 ID:CteWZ2u+o
期待
18 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:34:52.67 ID:eKF+OPoOo
>>12訂正

○正直な話、芸能界なんて入る前から博打みたいなものだから。
×正直な話、芸能界なんて博打みたいなものだから。
19 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:38:14.16 ID:eKF+OPoOo
===3

オーディションが終われば、次にしなくちゃいけないのが誰を合格にするか決めることだ。

基本はプロデューサーである俺と律子に決定権があるワケだが、今回は特別に、千早にも一人分の選択権があった。

「それで千早は矢吹さんか」

「はい。……確かに、彼女の歌はお世辞にも上手いとは言えませんが――」

「いやいやいや、上手いとか下手とか以前の問題よ。アレは。壊れたマイクじゃないんだから……」

「でも律子。今日オーディションを受けた人の中では彼女が一番歌を理解していたわ」

律子の言う壊れたマイクのように音程も音量も滅茶苦茶な、要するに"音痴"な矢吹さんだったが、
彼女は自分の歌が下手なことに対するある種の開き直りを感じさせるほどの"楽しさ"を表現して見せた。

それは審査する俺たちに、心の中で思わず「頑張れ」と応援させてしまうほどの強い魅力を放っていて。

「まあ彼女が歌ってる姿はのびのびと……随分楽しそうだったな」

「プロデューサーまでそうやって千早の肩を持つ。……ふん! どうせ私はいつでも少数派、悪者ですよー」

「律子、こんなことぐらいで拗ねるなよ……。だけど楽しそうに歌うって言うなら、ほら、千早、あの人だっていたじゃないか」


「もしかして、プロデューサーが言うのは北上さんのことでしょうか? ……和三盆の」

「そうその人だ、和三盆の!」

「ちょおっと待ったプロデューサー殿。彼女なら私がまず推薦します。
……ちょっと変わってる人だけど、歌もダンスも今日見た中じゃ一番の出来栄えでしたから」

言って、律子は本日最も高い成績を出した女性のプロフィールを手に取った。

「それに見た目も美人だし」

「子供っぽい愛嬌のある美人か……確かに、これは売れる匂いがする!」

ちなみにこれは経験論。我がプロダクションにはちょっとお茶目な大人の女性、
ドラマにグラビアに大活躍の三浦あずささんというお方がおりましてねっ!
20 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:40:27.67 ID:eKF+OPoOo

「プロデューサー。また鼻の下が伸びてますよ」

「あっ、そーだったそーだった忘れてたわ。この人ってば大人の女性が好みだっけ?」

「違う! 大人でありなおかつ包容力もある女性だ。
……くっ! ウチの事務所はいつの間にかおこちゃまのたまり場になってるから……!」

刹那、律子のチョップが俺を襲う。千早が俺を見る冷ややかな目にも
「誰がお子様なんですか?」という深い抗議の色が見える。

「それじゃあ年増殺しのプロデューサー殿は一体どなたをご推薦で?」

「嫌味だなぁ。……けどほら、俺が選んだのは彼女だよ」

そうして俺は例の頑張る14歳、北沢志保のプロフィール資料を選び取った。


途端、千早と律子は顔を見合わせ「ねえ律子。以前から思っていたのだけれど、
プロデューサーの言動はもしかしてただのファッションなんじゃ」

「……ありうるわね。口では迷惑がってても、亜美や真美たちの悪戯に毎度付き合ってあげてるし」

「でしょう? そこに来てまたこんな子を――」

「ロリコンだって公に言って回らなくても、こんな風に行動の端々から滲み出ちゃってる物なのかしら……」

――なにを言ってるんだこの娘(こ)たちはっ!?

「あっはっはっは、待ちたまえよ? 俺は断じて決してロリコンだけでは無いからな」

「え゛っ……じゃ、じゃあもしかしてプロデューサーはマザコン?」

「ショタコン?」

「もしかしたら全部のミックスかも」

「まっ、待て待てやめろ! 俺はシスコンでもブラコンでも
ファザコンでも何でもない、ただ純粋に彼女の魅力に惹かれたんだっ!」

すると千早たち二人は声を合わせ。

「ほら、ロリコン」

「ちっがーうっ!!」
21 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:42:20.83 ID:eKF+OPoOo

……なんて調子で俺たちは採用する子を選んで行く。

やり取りこそ軽口の応酬みたいだが選考基準は実に厳しい。
実際、二十数人にまで膨れ上がっていた採用候補も最終的にはたったの七、八人にまで絞り込んだ。

「……で、この子をどうするかなんだよなぁ」

机の上のプロフィールを見つめる俺たちの表情は真剣だった。
現段階で既にもう、予定していた合格人数を三人ほどオーバーしている状態で。

「悩む必要があるんですか?」

その膠着を破ったのは千早。
彼女はプロフィールに書き込まれた実技テストの評価を指し。

「成績は北上さんに次いで二位。面接もそつなくこなしていて、初対面の人前に立つ度胸だってある」

「そうね。千早が言う通り即戦力なのは間違いないわ」

「だったら――」

「だからこそ決めかねてるんだ。……千早、彼女の印象どう思った?」

自分の言葉を遮った俺に、千早がその訝し気な視線を向ける。

「どうって……。殆ど素人の人にしては随分安定しているな、と」

「律子は?」

「真面目、秀才、優等生。おまけに凄く礼儀正しい。
……今振り返って考えれば、これ以上ないほどの面接のお手本ってトコですかね」

「……二人とも、それの何がいけないって言うの?」

千早はともかく、どうやら律子は俺と同じ意見のようだった。
なんて説明したものかと思いつつ俺は静かに口を開く。
22 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:44:15.17 ID:eKF+OPoOo

「いけないことは無いんだけど、余りにソツが無さ過ぎる。
アイドルってのは、もっと何かしら強いフックを持ってなくちゃ」

すると俺の意見を引き継ぐように律子が千早にこう言った。

「例えばほら、千早は矢吹可奈ちゃんに惹かれたじゃない」

「ええ」

「アレ、千早は彼女のドコに惹かれたワケ?」

「それは……、もちろん歌よ。今はまだ未熟な彼女がキチンとした物になった時に、
あの弾けるような歌声がどんな風になるかが知りたくて」

「でしょ? ちなみに、私が北上さんを推した最大の理由は彼女の予測不可能さなの。
次に何をしでかすか分からない、ビックリ箱みたいな性格は見ている人を飽きさせない」

「……なら、プロデューサーも?」

「俺が北沢さんを選んだのはプロの匂いがしたからだよ。あの年でもう、
彼女は責任と責任感の違いを分かってるように見えたからね。
……おまけにおっかないほどの貪欲さは、どこの世界でも武器になる」

そうして俺は机の上の資料へと視線を落とし。

「だけど彼女――田中琴葉にはソレが見えない。いわゆる人に抱かせる"期待"がさ」

「人に抱かせる、期待……」

「そうよ、プロデューサー殿の言う通り。……おっちょこちょいなあの春香を間近で見て来た千早だったら理解できない?
アイドルっていうのはファンにとっての神様じゃない。自分自身を重ねながら、一緒に成長できる対象なの」

律子の言葉に頷くと、俺は残念な気持ちでこう続けた。
23 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:46:24.85 ID:eKF+OPoOo

「田中さんは確かに優秀だよ。でも初めから完成されてる"優等生"じゃ
将来性にも期待できないしファンも自分を重ねられない。応援の幅も狭いからね。

……即戦力は惜しいけれど、後々の伸びしろを考えればこれは彼女の為でもある」

千早が怪訝そうにその眉をひそめ、「どういうことです?」と訊き返してくる。

俺は田中さんの資料を眺めながら。

「……これは、俺の勘だけどね。彼女は今日のオーディションに落ちたって、
その優等生っぷりから『しょうがないな』と諦めきれちゃう良い子なんだよ。

もう一度挑戦しようと思う前に、ああ、自分には無理だったって」

答えた後で、それでも俺は考えていた。キッチリとした丁寧な筆跡で書かれた無色に見えるプロフィールは、
確かに面接で披露された理路整然とした彼女自身を表しているように思えるけど……。
24 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:48:43.88 ID:eKF+OPoOo

実を言うとアイドルになるのは簡単なのだ。

オーディションの中で上手く踊り、上手く歌い、上手い具合に夢を語り、
そこそこのルックスさえあればそれなりの確率でどこかの事務所には潜り込める。

つまり今回、件の田中琴葉はその潜り込むためのハードルを易々と超えた位置にいた。

けれども、そうして始めたアイドル活動にも当然のようにリスクはある。

それはスキャンダルだったりタブーだったり様々な形をしているが、
最も身近に存在し、なおかつ最大の脅威となるのは自分自身の夢を『諦めること』だ。

「努力をしたのに報われない」
そう言って業界を去っていくアイドルたちをごまんと見た。

「才能が無かった」と夢を捨てた人間も多く知っている。
中には周囲で支えるスタッフに「お前らのせいだ」と捨て台詞を吐いて消えた者も。

……今となっては昔だが、そうした流れはかつての765プロだって例外じゃない。

ただ勘違いしちゃいけないのは、彼または彼女たちも人並みの努力はしてた事実。
中には人一倍頑張っても目が出なかった人だっていた。

そういう子たちは長い長い下積みの間でついには心が擦り切れて、いつしか"夢を見る"そのものを諦めてしまう。

大切な時間を無駄にしたと、憎しみの心を持つ子だっている。
25 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:49:29.00 ID:eKF+OPoOo

そう、本当に難しいのはアイドルになることじゃなくて、アイドルで居続ける方なのだから。

「取り返しがつかない心の傷を作る前に、諦めさせるのも優しさだよ」

まだ俺が765の新人だった頃に、現会長から言われたこの言葉の通りに今回も動くべきか否か……。

田中さん、彼女がただの"優等生"だった場合。
例えこのまま合格させたとして、その先に待っているのはまず間違いなく地獄へと向かう道だろう。

スタート時にこそリードがあれ、強みの無い彼女はそのうち同期に置いて行かれ、
先輩たちとの差も縮まず、最後は後輩にすら追い抜かれる。

……そんな状況になってもまだ、彼女は優等生らしく周りを憎むこともせずに、
大丈夫だと夢を見続けられるものなんだろうか?
26 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:52:10.81 ID:eKF+OPoOo
===4

「まあ十中八九の確率で、私は無理だと思いますよ」

律子が同意し、俺もその言葉に頷いた。千早だってそうだ。
だから今回、彼女は落とす方向で合否の話はまとまった。

……それと同時に、今回採用する者も。

これが金のある大手事務所なら、
この後で盛大な合格発表会の一つ開いたりするものなんだろうけど。

貧乏な我が765プロじゃあそれは無い。

今日いた応募者の殆どだってもうとっくに会場から帰してるし、

この時の俺はこの場に残っているのも後片付けのスタッフと
自分たちぐらいのものだと思ってた。そう、思ってたんだ。


だから三人で廊下に出た時に、自販機の近くで談笑する彼女たちの姿を見つけて驚いた。

「プロデューサー、あの子たちは……!」

それは千早も同じだったらしい。

会場管理者との話がある律子は早々にこの場を後にしたが、

後は事務所に戻るだけだった俺と千早はどうしても
彼女たちの前を通らないと出口にも行けない状態で。

「おっ、プロデューサー!」

こちらに気づいて手を振る恵美。

その傍に置かれた休憩用のイスには彼女の他にまだ二人
……いや、三人の少女が座っていた。

「この子たちがさ、プロデューサーに用があるって。
折角仲良くなったから、アタシお喋りしながら待ってたんだ〜」

一人は今回、俺たちの話題に散々出て来た矢吹可奈だった。
もう一人も……そう、こっちも話題の中心だった田中琴葉が座っている。

そして、最後の一人は今日のオーディションじゃ見てない顔。
27 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:53:58.14 ID:eKF+OPoOo

「君、どうしてこっちの会場に?」

「……事務所に行って尋ねたら、アナタはこちらにいると言われたので」

「音無さんじゃダメだったかい」

「ダメです。直接アナタに渡さないと……私の夢がかかってるコトですから」

強い意志と決意を秘めて俺に向けられる切れ長の目は、まるでかつての千早を見るようで。

……最上静香。鋭い刃物のような少女は今、馴れ合いなど御免だと
言わんばかりのヒリヒリとした雰囲気を学生服の上から纏って座っていた。

とはいえ、そんな少女の発する空気も恵美には関係ないらしい。
彼女はにゃははと柔らかい笑いを浮かべると。

「可奈は千早に用があって、静香はプロデューサーに用事だって」

「矢吹さんは私に?」

説明された千早が小さくその首を傾げて俺を見る。
こっちの用事は見当がつくが、矢吹さんが千早に? なんだろうな。

「あっ、あの! 如月千早ちゃ……さん!」

なんてことを思ってる間に、矢吹さんはイスから立ち上がるとおずおずと千早の前へと移動した。

その顔はのぼせたように赤く染まり、緊張の度合いも面接時と同じかそれ以上。

「わ、わわわ私! 矢吹可奈、ですっ!」

「え、ええ。知ってるわ……。今日のオーディションでも会ったわよね」

「はひ! そ、そうです、そうです、そうなんです。……それで、その、私、実はぁ……」

「……もしかして、私のファン……だったり?」

千早に優しく尋ねられた矢吹さんは次の瞬間、建物を震わせるほどの大きな声で
「そうです! ファンです!! 凄くファンですっ!!!」と興奮しながら返事をした。

あまりに大きなその声に、俺たちは呆気に取られてしまったほど。
……声量だけならトップレベルのアーティストとだって勝負ができそうな勢いだ。
28 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:55:45.31 ID:eKF+OPoOo

「私、765プロの皆さんが大好きで! 今回のオーディションもソレで応募して!
中でも千早さんと春香ちゃ……さんが好きだってことを恵美さんに話したら――」

「アタシがね、ちょびっと待つことになるけどさ、
千早ならサインぐらいオッケーしてくれるよって言ったの。可奈にっ♪」

「ああそれで。……もちろんいいわよ」

「ホントですかっ!!?」

「ええ、ファンは大事にしないと」

可奈と恵美から経緯を聞いた千早はすぐに快く微笑むと、俺に向かって
「ですよね、プロデューサー?」とからかうように訊いて来た。

一昔前の尖っていた千早からは想像もできない姿だが、
彼女の成長を感じられるのはプロデューサーとしても感慨深いものがある。

「え、えへへ。色紙が無いから、キーホルダーになっちゃうんですけど」

「ならマジックも借りて来なくちゃ。……プロデューサー。私、矢吹さんを連れて――」

「ああ、行って来たらいいさ」

許可を出すと、大喜びする矢吹さんに恵美と田中さんが
「やったね可奈!」「良かったね、可奈ちゃん」とそれぞれ笑顔で声をかけた。

どちらも素敵なスマイルだ。これをステージの上で見せられて、
魅了されない人間が果たしてこの世にいるだろうか?

……なんてことをついつい考えてしまうほどの。

「あの……サインの話が終わったなら――」

「あっ、悪いけど最上さんは少し待っててね。ちょっと恵美に訊きたいことがあるんだ」

「へっ? アタシにって……なに?」

自分の用事を切り出そうとした最上静香を遮って、俺は恵美を傍へと呼びつけた。

理由はもちろん、ここに例の田中琴葉がいるワケを知りたかったからだ。
29 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:57:11.69 ID:eKF+OPoOo

「あの子、恵美の知り合いだったのか?」

「ううん。今日初めて会ったトモダチだよ? 控え室の雑談で知り合ってさ〜。
アタシがプロデューサーたちを待ってたから、この後初遊びってことで一緒にファミレス行く予定なワケ」

「じゃあまったくの初対面じゃないか! ……それにしちゃ、なんだか随分馴染んでるな」

そう、実はそうなのだ。千早が矢吹さんの相手をしていたその影で、
恵美たち二人も仲良くなにかを話しているのは見えていた。

俺は彼女たちの距離感の近いやり取りに、二人はもともと
知り合いだったんじゃないかと考えたってワケなんだが……。

「すみません。あの、私がいるとお邪魔でしたか?」

訊いて来る田中さんの表情は、面接の時とそれほど変わらない。

「いや、そういうワケじゃないんだよ。二人とも随分仲良しに見えたから、
俺はてっきり知り合い同士だったのかと……」

すると田中さんは恥ずかしそうに顔を伏せて。

「あっ……じ、実は、恵……彼女には、控え室で待ってる間に色々と質問させてもらってたんです」

「質問を?」

ああ……そういえば恵美には、そんなことにも答えてあげてくれと頼んで行かせた覚えがある。

「はい。765プロの雰囲気だとか、実際に入るとどんなお仕事から始めるのか……なんてことを」

「そうそう聞いてよプロデューサー。琴葉ってね、スッゴク勉強熱心なの。
何でもアタシに聞いて来て、おまけにアタシの話もなんでも真剣に聞いてくれて――」

「だ、だって、本番にはなるべく準備を完璧にしてから挑みたいから。でないと……不安にならない?」
30 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/08(木) 23:59:17.62 ID:eKF+OPoOo

そう言って、自信なさげな表情で恵美を見つめる田中さん。

それは彼女の面接時、俺が一瞬だけ見ることのできた不安げな表情とピッタリ一致して――
この瞬間、俺はうっかり見過ごしていた大きな違和感を思い出したんだ。律子の言ってた言葉が蘇る。

『今振り返って考えれば、これ以上ないほどの面接のお手本ってトコですかね』

……なんてこった。俺は馬鹿だ。よくよく考えてみるまでも無く、
もっと早い段階で彼女の不自然なまでの優等生っぷりに疑問を持つべきだったんだ。

と、同時に「アンタ、今さら気づいたワケ? そんなこと最初から分かりきってるじゃない」と
聞き慣れた小憎たらしい甘い声が脳裏に響いた気もするが。

だとすれば、ここで確かめなきゃマズい――面接で見た彼女の姿は
"面接者役"になり切った彼女だったんじゃ?――という疑問の真実をだ。

「……なら田中さんは、いわゆる完璧主義者ってやつなのかな?」

「えっ? ち、違います! 私、そんなに出来た人間じゃ……」

「んん? なら、君は結構だらしないの?」

「だ、だらしないかと言われれば……そう、なのかも。夜中にどうしても我慢が出来なくなって、
ベッドに寝ころんだままアイスを食べたりする夜が、たまに、あったりなかったり……うぅ」

そこまで答えて、恥ずかしいのか耳まで赤くなった田中さんを
恵美が自分の影へと移動させた。ちょうど俺から彼女を庇う形だ。

だけどこの反応が全てを裏付けた。

田中琴葉と言う少女は決してただの"優等生"では無かったと、それに――。

「はいはいストッププロデューサー。琴葉スッゴク困ってるじゃん!」

「わ、悪い。困らせるつもりは無かったんだが……」

「い、いいの恵美。アドリブに弱い私がいけないだけなんだし……」
31 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:00:40.56 ID:Ui02l9zqo

だがこの時、今までジッと黙っていた最上静香が立ち上がった。

「あの、お喋りするだけなら先に私の用事を済ませてもらってもいいですか? 私には時間がないんです」

その声と表情には少しの苛立ちが見て取れた。
彼女はチラリと田中さんを見ると、そのまま視線を俺の方へと移動させ。

「書類、揃えてきましたから。今度はキチンと父も説得して――中学を卒業するまでなら、と」

学生鞄から書類の入ったファイルを取り出し俺に向かって差し出してくる。

「これ、正真正銘父の文字です。いつかの偽物じゃないですから、
今ココで家に電話するなりなんなりして確認してもらったってかまいません」

途端、俺は彼女の言う"いつか"の光景を思い出した。

呼び出されて向かった重苦しい最上家の食卓。
迂闊に口を挟んだせいで壮絶な親子喧嘩が勃発してしまったあの日のこと……。

「いや、うん。だけど、それには及ばないかな……。君のお父さんから書類のことは聞いてるから」

「……はぁ?」

しまった、これが迂闊な一言だ。……少女の眼光がみるみるその鋭さを増し、
俺はまるで針のむしろに座らされてるかのような居心地の悪さに包まれる。
32 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:01:50.43 ID:Ui02l9zqo

「うん、だから、さ。期限付きでのアイドル活動を提案したのが俺なんだよ。……ほら、この前は君に酷い迷惑をかけたから」

「なっ、なにを勝手なことをしてるんです!? それじゃあ、父が私の説得を素直に受け入れたのは――!!」

だが、この弁明は少女の怒りをさらに激しくさせただけだった。

裏で大人たちが密約を交わしていたことを知った少女は声も上げられぬほどに激高し、
鞄を抱きかかえたまま乱暴にイスへ腰を下ろすと。

「こんな風に合格を許されても……最低……!!」

それは喜びを吐き捨てるように。

「うえぇーっ!!? わっ、私、今日のオーディション受かってるんですかぁっ!!?」

そして、同時に遠くから聞こえて来た大きな叫びも喜びの声。
……千早め、口を滑らせたな。おまけになんてタイミングで重ねるんだ!

「プ、プロデューサー? ねぇちょっとさ……」

少々遠慮がちに呼びかけられ、俺と恵美の視線が合う。

彼女がこの場を包む険悪なムードを塗り変えたいと思っているのは明らかで、
そのために俺が協力できる方法はたった一つしか残されてない。

「や、ヤター! し、静香も可奈も受かったんだね〜」

「あ……ああ、まぁ……そうだ! 二人ともオーディション合格だ。二人ともこれから同じ765プロだ!」

「お、おおー、ホントに? 友達が二人も受かったから、あ、アタシもなんだか嬉しいなぁ〜……」

だが恵美よ。この方法には逃れきれない欠陥が――。
33 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:03:20.77 ID:Ui02l9zqo

「……でさ、琴葉は?」

尋ねた恵美の目が言ってる、「この琴葉だもん。当然受かってるよね? ね?」と。

そうして自身の名前が出た途端、恵美の後ろに隠れていた少女は気の毒なほど飛び上がった。

その顔からは既に血の気が引いていて、世界中の悲痛を一身に集めたかのような様に見える。

「た、田中さんは……その」

それでも俺は、彼女の合否に関してどうしても言葉を濁すしかないワケで。

「い、いいんです! ……それ以上は、言わなくったって分かります」

だけどよほど察しの悪い人間でもなければすぐに結果は分かるワケで。

「……だけど、みんなにはちゃんと謝らなくちゃ」

 してまた、彼女が見せた一瞬の違和感。……今度は見過ごしたりしない。
寂しさと、それから責任感に押しつぶされそうになってる弱気な少女の横顔をだ。

「あ……。田中さん、一つ聞いてもいいかい?」

「は、はい?」

「面接の時は聞けなかった。君がオーディションを受けたのは、みんなに応援されたからなのかを」

「……えっ?」

彼女にとって、まるで予期していなかった質問をぶつけられたのだろう。
田中さんは大きくその目を見開くと、すぐに動揺を隠すように顔を伏せて。

「い、いえ。私が今日のオーディションを受けたのは、合格するため……」

言って、彼女は口ごもる。
34 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:04:10.17 ID:Ui02l9zqo

「だから、面接も練習して。……予習だって、質問されそうなことについての回答だって、用意して……私、私は――」

だが、漏れ聞こえて来る呟きは彼女自身の姿じゃない。
あくまでもそれは"優等生"。面接者の役を被ってる別人で。

「こ、琴葉? 大丈夫?」

そうしてしばらく経った後、恵美が心配そうに見守る中、
田中さんはグッと背筋を伸ばして顔を上げた。

「……あの、訊いてもらえますか?」

――今度は、俺が呆気に取られる番だった。

こちらとしてはもう彼女の言葉を聞く気で待っていたワケだからね。
まさかここで断りごとを言われるとは……。

「ええ、どうぞ」

「……ありがとうございます」

でもそれが、弱気な彼女の"らしさ"なのかもしれない。

たった三人だけの観客を前でお辞儀をして……田中琴葉は喋り出した。
35 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:07:08.34 ID:Ui02l9zqo
===

私は、小さな頃から劇が好きで、
母に頼んでは色々な劇場に連れて行ってもらいました。

そこで上演されるお芝居やミュージカルは、
家で読む絵本の中の夢物語が現実世界に飛び出して来たような迫力で……!

引き込まれたんです、私。夢中になった……まるで魔法にかけられたみたいに。

そうして、最後にはいつも自然と涙が出るほどの感動を。

そう! 胸の奥底から体の芯まで震わせて、
心を強く揺さぶるような感動を味わう――その虜になってたんだと思います。

快感を、ええ、強く求めることと同じように。

けれど、いつの間にか満足できなくなっていた。
私の心は、気持ちは、いつまでも観客でいることを良しとはしなかった。

……気づけば、私はこう思うようになってたんです。


「自分でも、あんな感動を生み出してみたい」


いつか自分も舞台に立ち、私の演技で、劇団のショーで!
多くの人に私がかつて味わったような感動を与えることができるならば……と。

そんな思いもあって、中学からは演劇部に。
活動には、自分なりに真剣に取り組んで来たつもりです。

……仲間と一緒に、一つの舞台を作り上げていく作業は充実と困難、
それになにより達成感を私に与えてくれました。……そして同時に、新しい欲も……私に。


「それが、アイドル」


ただ舞台に立つ、それだけでも、
人を惹き付けて止まない魅力を持ったアイドルになりたい。

……途方もない、身の程知らずな夢だと笑われてしまうかもしれないけど。

でもそれは、最初の夢とイコールだから。

舞台で輝く役者(アイドル)になる、役者が輝く舞台を作る!

そうして出来上がった最高のショーは、きっと、
沢山の人の心を動かすことができるって信じる舞台を見せたいから!
36 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:09:01.28 ID:Ui02l9zqo
===

「だから私は、自分の意志でここにいます。私自身が
そんな舞台の上に立ちたいから――アイドルになりたいから、ここにいます!」


――気づけば、彼女はこの場にいる全員の視線を自分自身に引きつけていた。

……なんてことはない、ただの少女の語りなのに……恵美は泣き、俺は高鳴り、最上静香は震えていた。

友人の願いを叶えるためでも、大人の期待に応えるためでもなく、
ただ純粋に自分の夢を叶える為、少女が、紛れも無い、アイドルの原石が俺の目の前に立っている。

そうして、そんな彼女に最も心動かされていたのは他でもない――。

「あ……や、やだ。私、どうしちゃって……す、すみません。なんで? な、涙が……もう……!」

弱さをさらけ出した少女は無垢な可能性の塊で……
その姿は、見る者に多大なる期待を抱かせるには十分すぎるほど美しい。

きっと、彼女はこれからどんどん傷つくことだろう。
だが、それで彼女の輝きが曇ることは無いハズだ。

そう思わせるだけの強さを持つ、真新しくできた傷口は朝焼けにも似た血潮の輝きを強く放ち――。

「プロデューサー」

気づけば、千早がここへ戻っていた。

振り返った俺の顔を見た彼女は始め驚いて……それからやれやれといった様子で肩をすくめると、
大人の癖にみっともなく涙ぐんでいる俺に向かって言ったんだ。

「悩む必要、あるんですか?」

「……律子にはまた怒られちゃうな」
37 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/02/09(金) 00:10:13.50 ID:Ui02l9zqo
===
以上おしまい。琴葉の困り眉と前髪の動きが超カワイイ。

ミリシタのコミュはこんな感情のまま書きなぐったSSより
よっぽど素晴らしいコミュとなっているのです。

コミュ1の琴葉らしさで笑顔になり、コミュ2のPの台詞に泣かされて
コミュ3は……"田中琴葉"!! さあ、早く親愛度を上げて解放しよう!


では、お読みいただきありがとうございました。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/09(金) 01:11:30.19 ID:9ad5xbkl0
いや、すげえ完成度ですわ。
気付いたら夢中で読んでたよ。おつ
39 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2018/02/09(金) 09:42:32.49 ID:lO9royKD0
うん、この話も素晴らしかった
乙です

>>1
秋月律子(19) Vi/Fa
http://i.imgur.com/yGJqkO2.jpg
http://i.imgur.com/w6OiTJe.jpg

>>2
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/Ekj69lk.jpg
http://i.imgur.com/RFRxkra.jpg

>>3
所恵美(16) Vi/Fa
http://i.imgur.com/xTyaAQT.jpg
http://i.imgur.com/RN3cTiy.jpg

>>7
矢吹可奈(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/hwjqCzV.jpg
http://i.imgur.com/kQHQF7j.jpg

>>8
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/OgzvRJB.jpg
http://i.imgur.com/54t92Xc.jpg

>>10
田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/8iH4EFK.jpg
http://i.imgur.com/gYRWgFk.jpg

>>27
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/RfKzcHF.jpg
http://i.imgur.com/7O1s1qQ.jpg
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/14(水) 08:56:55.18 ID:iM+fAPQYO
面白かったわ
琴葉の欲が垣間見えた
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/20(火) 21:40:41.57 ID:wyzqgbDT0
乙葉
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