【ガルパン】まほチョビの土日。

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51 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 15:49:10.38 ID:c1/viYU+0
>>50
そこまで悪い子ではない…筈です
52 : ◆MY38Kbh4q6 [saga]:2018/01/05(金) 16:10:57.37 ID:p6ni2eBA0
いいぞ!
53 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 16:41:31.60 ID:c1/viYU+0
>>52
すみません、ありがとうございます
54 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 16:58:49.11 ID:c1/viYU+0
今夜も更新します。
時間軸は前回のすぐ後から就寝まで
55 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 17:58:02.05 ID:c1/viYU+0

【鎌鼬の夜】

【千代美(前)】

 お風呂のスイッチを入れ、ペパロニから送られてきた鮭をを切り分ける。二人では消費しきれないので、隣に住んでいるダージリンにお裾分けだ。
 切り分けたひとつを彼女に渡した。

「ふふ、ご馳走さま」

 にんまりしてそれを受け取るダージリン。それはどっちの意味での『ご馳走さま』かな。
56 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 17:59:00.29 ID:c1/viYU+0

 まほとイチャついている所をダージリンに見られてしまった。あまりにも不覚。まあ、別に関係を隠している訳ではないんだけど、流石に恥ずかしい。
 私達が大っぴらにイチャつく事はあまり無い。と思う。たぶん、きっと。

 まほは憮然とした表情のまま黙っている。果たして照れてるのか怒ってるのか。両方か。両方だな。
 ダージリンが勝手に上がり込んで来た事についてはまあいい。なんだかんだで親しい間柄ではあるので、普段から互いに行き来している。それに、今回に関して言えば、呼んだのはこっちだ。
 まほが怒っているのは、ダージリンが来ると分かっていながら迂闊な行動に出た私に対してだろう。あと、たぶんそれに乗っちゃったまほ自身に対して。
 そっちに関しては、私は嬉しかったけど。

 まほが無言のままこちらをじろりと睨む。考えている事を見透かされたような気がして、たじろいだ。
 でも、ちょっとだけ睨み返す。言っとくけど私だけのせいじゃないし。
57 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 17:59:54.81 ID:c1/viYU+0

「貴女達、アイコンタクトで喧嘩できるのね」
「うるさいぞダージリン。早く帰れ」

 遠慮の無い悪態は親しさの証、なのかな。ダージリンもそれは心得ていて、ちっとも堪えていない。まほの悪態を、まあまあとだけ言って流してしまった。

「寒くて外に出たくないのよ。もうちょっと居させて頂戴」

 そっか、そういえば外は雪だ。隣の部屋に帰るための一瞬と謂えど、不精になる気持ちは大いに分かる。一度暖かい所に座ってしまうと、外どころか廊下にさえ出るのが嫌になる。
 無碍にする訳にはいかないよなあ、と考えていると、またまほに睨まれた。そういえば夕飯の仕度の途中だった。
 まあ、そうは言っても材料が確保出来てるから大してやる事はない。鮭なら適当にソテーしてやるだけでも美味しく出来る。
 とりあえずお風呂が沸くまではダージリンと世間話でもしようかって所だ。まほの機嫌がさっきからずっと悪いのは、なんかもう、仕方ない。
58 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:01:24.13 ID:c1/viYU+0

「明日は積もるかしらね、雪」
「やだなあ、本屋に行く予定なのに」
「あら、何を買うのよ」

 経緯を丸ごと説明しちゃうとややこしくなるのは流石に想像が付くので、まほにブックカバー買って貰うんだ、とだけ。自慢。

「ブックカバーって、文庫を買うと付いてくる紙かしら」
「いや、布のがあるんだよ。デザインとかも色々あるし、何より繰り返し使えるんだ」
「へえ、じゃあ本を読む時はいつでも一緒ね」

 素敵だわ、とぽつりとつぶやく。ドキッとした。綺麗だなあダージリン、ジャージで緑茶の癖に。
 地が綺麗なんだな、羨ましい。時々、こうやって思い出したように『ダージリン様』の風格が垣間見えるのが面白い。

 するとダージリンはちょっとだけ思案顔をして、不思議な事を言い出した。
59 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:02:59.16 ID:c1/viYU+0

「まほさんもそろそろ限界かしら」
「んん」

 不機嫌そうにまほが唸る。否定とも肯定とも付かない、という事はたぶん肯定なんだと思う。
 図星なのが悔しくて、素直に肯定はしたくない、でも否定も出来ない。というか違うならはっきり違うと言う。そういう逡巡の末の『んん』だ。
 まほはよく『んん』という声を出すけど、その時その時でニュアンスが違う。その解読が出来るのは、私のちょっとした特技。

 でも限界って何だろう。

「ふふ、それじゃお暇するわ。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」

 さっきまで外に出るのを渋っていたのが嘘みたいにダージリンはそそくさと帰っていき、それを見計らったようにお風呂が沸き、そのアラームが鳴った。
60 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:04:30.03 ID:c1/viYU+0

「千代美、お風呂」

 うん。あ。まほ、機嫌が悪かったのって、もしかして。
 気が付いたのとほぼ同時。腰をぐいっと引き寄せられた。

 んん。

 まほは私の舌の上に僅かに残っていたコーヒーを舐め取り、ごくりと飲み下す。ぷは、と唇を離し、不機嫌な顔のまま、同じ言葉を繰り返した。

「お風呂」

 うん。

 あの、えっと。



 はい。

【千代美(前)・おわり】
61 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:07:51.76 ID:c1/viYU+0



【千代美(中)】

【千代美(中)・おわり】



62 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:08:54.41 ID:c1/viYU+0

【千代美(後)】

 お風呂から上がり、夕飯を済ませ、寝室にて。少し窓を開けた。火照った体に冷たい夜風が気持ち良い。
 ペンとノートを取り出し、机に向かう。夕方にまほが言っていた事が思いのほか面白かったので、そこから着想を貰って形にしてみようと思い立った。
 前々から考えてはいたんだけど、ずっと始められずにいた事。小説を書く。
 書いてみたいとか、書きたいテーマがあるとか、そんな大層なものじゃない。日頃から読んでいるものを自分で書いてみたらどうなるだろう、というぼんやりとした興味。

 そこに、まほの一言が上手く刺さった。

『鉄鼠という名前はマウスみたいだなと思ったよ』

 なーるほど、と思った。まあ、あくまでそれはきっかけで、そこを起点に私の中でひとつのお話が広がり始めた。それを形にしてみる。
 でも、やってみて初めて分かるけど難しいな。いやまあ、簡単な訳がないとは思ったけどさ。
63 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:10:00.32 ID:c1/viYU+0

 書こうとしている話自体は頭の中にあるから、要点だけは簡単に書ける。要点だけで始まりから終わりまでを書き出してみると、それだけでちょっとした達成感があった。だけどそれだけ書いても文字の量は一頁にも満たない。

 ああ、これがプロットってやつなのかと、遅れて気が付いた。この書き出した要点に味付けをしていけばいいのかな。

「ここに居たんだな」

 まほが部屋に入ってきた。時計を見ると、書き始めてから一時間ほど経っている。あっという間。
64 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:12:16.82 ID:c1/viYU+0

「書き物か」
「えへへ、小説」

 どれどれ、と覗き込んできたのを咄嗟に隠した。書いたものを見られるのって、なんだかものすごく恥ずかしい。だってこれは、一字一句、私の内側から出てきた文字だ。

 でもまあ、まほにならいいか、と思ってもじもじしながら見せてやった。

 三つの短編で構成したひとつの話。

「最初は、好きな人に好きな本を貸す女の子の話か。どこかで聞いた事がある」

 気のせい気のせいと言って、とぼけて見せる。まあ、まほが気付くのは当たり前かもな。これは、私がまほに初めて本を貸した時の話が元になっている。
 タイトルは『文車妖妃』。ラブレターの妖怪の名前だ。まほが『鉄鼠』をマウスに例えたところから思い付いたネーミング。
 その次は、一話目の女の子から本を借りたせいでその子の事が頭から離れなくなった誰かさんの話。タイトルは『夢魔』。
65 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:13:56.03 ID:c1/viYU+0

 そして、最後は。

 まあ、まだ書いてないんだけどさ。
 私はペンを置いた。時間も遅い。

「続きを書かないのか」

 問われて、書かなくても続くからな、と答えて布団に寝転がった。
 私が寝転がった隣、布団の空いているところをぽんぽんと叩いてまほを呼ぶ。素直に潜り込んできたところに、ぴたりと体をくっつけた。

「暑いぞ」
「いいじゃん」

 夢中で書いていた時は気が付かなかったけど、ちょっと寒い。湯上がりだから当然と言えば当然。

 明日は晴れるかなあ。

「さあな。おやすみ」

 えへへ、おやすみー。

【千代美(後)・おわり】

【鎌鼬の夜・おわり】
66 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:20:40.89 ID:c1/viYU+0
おまけ

『文車妖妃』はこちら
https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1507566018/

『夢魔』も一応書いたのですが、『文車妖妃』をまとめに載せて頂いた時に、まほチョビ苦手だって感想が多くあったのを見て投下を見送りました
67 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 18:25:23.86 ID:c1/viYU+0
今日の更新ここまで
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/05(金) 19:37:02.09 ID:Fkr7wN4yo
まほチョビいいYo��Yo��yo��
69 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 20:13:35.34 ID:c1/viYU+0
>>68
ありがとうございますー
70 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:46:25.49 ID:c1/viYU+0
『文車妖妃』と『夢魔』の供養をしたい

今日は終わりって言ったけどもうちょっと追加させてください
71 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:54:53.79 ID:c1/viYU+0

【塗仏の夢】

【文車妖妃】

 本を貸す、という行為が好きだ。あまり理解はされない嗜好だと思う。
 偏見かも知れないが、本が好きな人ほど、他人に本を貸すのを嫌がるものだと思う。何故なら本ってのはすごくデリケートな物なんだが、人によって扱いに天と地ほどの差があるからだ。
 読む時はブックカバーをかけて、ページに折り目がつかないように大切に大切に読む人も居る。背表紙が陽に焼けたりしないように、本棚の位置にこだわる人も居る。
 かと思えば全く頓着しない人も居る。平気で食べ物を零したりな。
72 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:55:54.95 ID:c1/viYU+0

 後輩に漫画を貸した時の事。
 読みながら眠ってしまったらしく、思いっきり折り目が付いて返ってきた。こういうリスクがあるから、本好きな人は、あまり他人に本を貸したがらない。
 スミマセン姉さん新しいの買って返しますと平謝りの後輩に対して、私は憮然として次は気を付けろよと言ったが、実は内心喜んでいた。
 彼女が折り目を付けた本。これはこれで、世界にひとつしか無いものだからだ。
 この折り目は、彼女が本を読みながら寝た証拠。私が高校を卒業しても、この本は私の手元に残る。折り目を見るたび彼女を思い出す事になるんだ。

 それが嬉しい。

 まあ、だからと言ってよくぞ折り目を付けてくれたと褒めるのもなんだか違うので、ポーズとしてとりあえず怒るけど。
73 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:57:02.11 ID:c1/viYU+0

 痕跡本、と言う。

 そのまんま、痕跡のある本のこと。折り目に限らず、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
 調べてみると痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色んな世界があるなと感心する。
 私にとって、本についた痕跡は汚れじゃなく、謂わば歴史なんだ。痕跡本が好きって言うよりは、痕跡が好きなのかな。

 だからという訳じゃないが、今、私の本が一冊、あいつの部屋に行っている。
 この間、あいつに痕跡本の話をした。それを聞いたあいつは、じゃあ何か貸してくれと言ってくれた。
 私の嗜好を理解したのかは定かじゃないが、話を聞いて私の嗜好に付き合ってくれたのは確かだ。
 不器用だが、良い奴だ。
74 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:58:08.20 ID:c1/viYU+0

 丁重に扱えよ、と言って本を貸した。

 あいつは痕跡を残すような本の扱いはしないと思うが、あいつの部屋に私の本があるというだけでも嬉しい。ああ、カレーの匂いでもついて返ってきたら面白いかもな。

 私の、一番お気に入りの恋愛小説。

 ちょっと回りくどいが、あれは私なりのラブレターだ。あいつがその事に気付くとは思えないし、気付かなくてもいい。
 本が返ってきたら、それだけで思い出になるからな。

 私だけの思い出になれば、それでいいんだ。

【文車妖妃・おわり】
75 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 21:59:21.20 ID:c1/viYU+0

【夢魔】

 痕跡本と言うらしい。

 そのまま、痕跡のある本のこと。何かの拍子に付いた折り目、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。
 その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
 痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色々な世界があるものだと感心する。

 私の友人はその痕跡本が好きだと言う。
 痕跡本自体と言うより、自分の本に他人の痕跡が残るのが嬉しいらしい。
 ならば試しにと、何か貸してくれと言ってみたら、鞄の中から取り出した一冊を貸してくれた。
76 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 22:00:24.54 ID:c1/viYU+0

 正直、勉強以外での読書の習慣はほとんど無い。だが借りた以上は読まずに返す訳にも行かないので、寝る前の時間にちょびちょびと読んでいる。
 これまで馴染みの無かった、恋愛小説というものを。

 しかし、それによって少し困った事になった。

 寝る前に恋愛小説などという刺激の強いものを読むせいで、甘ったるい夢を毎夜見る。
 それに、彼女は気が付いているのだろうか。

 この本こそが、彼女の大好きな痕跡本であることに。
77 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 22:02:04.29 ID:c1/viYU+0

 顕著に開き癖のついているページは、彼女のお気に入りのシーンなのだろう。そのページには水滴のような皺がぽつぽつと付いていて、それは、たぶん、涙の跡だ。
 彼女がお気に入りのシーンを読んで涙を流した証拠となる。

 全てのページの端に付いている微かな曲線は、彼女の繰り方の癖のせいだと推察できる。
 そして、私が貸してくれと言った時に何気なく鞄から取り出したが、それはつまり、いつも持ち歩いているという事だろう。
 いつも持ち歩いているのなら当然読みかけである筈で、事実、本の中程には栞が挟まっていた。読みかけの本を気軽に人に貸すだろうか。
 恐らくだが、彼女はこの本を繰り返し読んでいる。だからこそ、いつも持ち歩いており、気軽に人に貸せるのではないか。
78 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 22:03:19.19 ID:c1/viYU+0

 つまり、これは、彼女の一番お気に入りの恋愛小説という事になるんじゃないのか。

 その事に気が付いてしまってからは、どうにも妙な気持ちになってしまった。
 彼女の事を考えながら恋愛小説を読む。そして、そのせいで甘ったるい夢を毎夜見る。困る。

 読み終えて、本を返す事になれば感想を求められるだろう。なんと言えば良いのか。
 現状、一番の感想は、面白かったでも泣けたでもなく、彼女の事が頭から離れなくなった、という他ない。
79 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 22:04:37.53 ID:c1/viYU+0

 そんなことを考えていたせいでページを繰る手が止まり、うっかり開き癖を付けてしまった。彼女はこのページに開き癖が付いた理由を考えるだろうか。

 むう。

 とりあえず、この本の感想については、読み終えてから考えよう。開き癖の説明も後回しだ。

 差し当たっては、そうだな。

 また一冊貸してくれ、と言ってみよう。

 そうすればきっと、また会えるから。

【夢魔・おわり】

【塗仏の夢・おわり】
80 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/05(金) 22:05:33.73 ID:c1/viYU+0
今度こそ終わり
またね
81 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:48:13.88 ID:shJ2K7Y00
始めます
82 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:49:44.14 ID:shJ2K7Y00
【漁鬼の鵯・まほ】

 日曜日。

 眩しい。揺れるカーテンの隙間から射し込む光が顔に当たり、目が覚めた。窓に目を遣ると、結露した水滴がきらきらと光っている。
 千代美なら詩的な感想のひとつでも述べるところかも知れないが、生憎私はそんな柄ではない。手で陽光を遮るのにも限界を感じ、顔を顰めるばかりだ。
 ならばせめてと寝返りを打とうとすれば、それも敵わない。金縛りかと思ったが、違う。犯人は隣で暢気にすうすうと寝息を起てていた。
 こいつは私の事を抱き枕か何かと勘違いでもしているのだろうか。腕どころか脚まで絡めて私の体をがっちりとロックしている。道理で動けない訳だ。
 辛うじて自由が利くのは、陽を遮るために布団から出した右手。その手の冷え具合から今日も寒そうだなと思いを巡らせ、凍みる指に息を吐く。
83 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:50:53.52 ID:shJ2K7Y00

「んー、どうしたー」

 ため息にでも聞こえたか、千代美が目を覚まして声を掛けてきた。

「少し手が冷えただけだよ。それより離してくれるか」
「うわっ、ごめん」

 千代美ロックが解除され、自由の身となる。ふう、と、今度は本当にため息をついた。

「起こしてくれりゃ良かったのに」
「私も今起きた所だ」

 言って、冷えた右手を千代美の頬に当てる。彼女はうひゃあと声を上げ、その手を布団の中に引き込んだ。布団の中で握られた手を握り返し、暖める。
84 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:52:30.96 ID:shJ2K7Y00

「今日も寒いんだな」

 嬉しそうに笑う。まあ、確かに寒い。しかし、昨日降っていた雪は止んでいるようだ。路面の状態は悪そうだが、とりあえず晴れたようで何より。
 買い物に出るのに支障は無さそうだ。

「布団から出たくない」
「気持ちは分かるが」
「あと少し。もう少しだけでいいですからー」

 起きるのを渋り、何故か敬語になる千代美。これは二度寝コースかなと、ぼんやり思う。一人ででも起きればいいようなものだが、そうしないのは、結局私も布団から出たくないのだ。はあ、暖かい。
 しかし、このままではいつまで経っても起きる事が出来ない。思い切って布団を蹴り飛ばし、その勢いで立ち上がった。不意に布団を剥がれた形になった千代美が、うぎゃあと悲鳴を上げた。
85 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:53:41.39 ID:shJ2K7Y00

 彼女は体を丸め、懇願するように言う。

「もうちょっと優しく起こしてくれよ」
「具体的には」
「ん」

 仰向けになり、ずい、と両手を突き出す。引っ張って起こしてくれと言うのだろう。手を伸ばし、彼女の両手首を掴み、千代美もそれに倣う。互いの手首を掴む格好になり、栄養ドリンクの宣伝の掛け声を真似る。

「ファイトー」
「必中ー」

 掛け声とは裏腹に脱力したままの千代美の腕を引っ張り、起こしてやった。冬の休日は起きるだけで一仕事だ。
86 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:54:46.51 ID:shJ2K7Y00

「おはよう」
「おはよう」

 目を擦りながら、晴れたかなと空模様を気にする千代美に、晴れてるぞと窓を顎で示す。カーテンが揺れ、窓の外の麗らかな陽光がまた射し込んできた。

「あー、洗濯しなきゃ」

 んん。

 この違和感は何だろうか。

 千代美も何かに気付いた様子で真顔になっている。

 ああ、そうか。

 何故、カーテンが揺れている。
87 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:55:39.96 ID:shJ2K7Y00

「安斎千代美さん」

「は、はい」

「ゆうべはここで何を」

「小説を、書いておりました」

「窓は」

「あの、はい、開けました。お風呂上がりで涼むために」

「閉めましたか」

「い、いいえ」
88 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:56:32.22 ID:shJ2K7Y00

 じりじりと詰め寄る。成程、道理で寒い訳だ。千代美を捕まえ、室温でまた冷えてきた手を彼女の首筋に当てた。今度は両手。
 うひゃああと叫び、身を捩る千代美を取り抑え、その背中に手を突っ込んだ。彼女も負けじとこちらの脇腹に冷えた手を這わせる。
 んひっ、という変な声が漏れた。

 暫しの混戦。

 それが終わる頃には、二人とも体がぽかぽかと暖まっていた。窓を閉め、改めて言う。

「おはよう」
「おはよう」

 幸せ。

【漁鬼の鵯・おわり】
89 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/06(土) 17:57:56.12 ID:shJ2K7Y00
今日の更新おしまい
90 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 11:39:25.33 ID:1b8Z1klV0

【桃太郎の絹】

【千代美】

 あっさだあっさだ朝ごはーん。

「めーだま焼ーきとみーそーしーるー」
「何だその歌は」
「んー、朝ごはんの歌」

 そんな歌があるか、と笑われた。あるんだな、これが。まあ、それはそれ。朝ごはんは簡単に目玉焼きと味噌汁。
91 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 11:40:27.32 ID:1b8Z1klV0

 私の目玉焼きは塩コショウを振って、焼き加減は固め。ベーコンは二人ともカリカリ派なので一緒に焼く。まほの目玉焼きは半熟で醤油派。まほは自分で醤油をかけるから、ちょっと焼くだけで完成。
 味噌汁は豆腐とワカメのフリーズドライ。本当は手間を掛けたい所ではあるけど、手間を掛けると時間も掛かるからな。手軽さが大切な時もある。

「おーこーめー、おー米米ー」
「なんだよ、その歌」
「エリカに教わった」

 変な歌、と笑ったところで米が炊けた。朝ごはんの準備が完了。私は大学生くらいまで朝はパン派だったんだけど、いつの間にかまほの習慣が伝染した。
92 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 11:41:20.15 ID:1b8Z1klV0

「洗濯も終わったのかな」
「ちゃんと全部干してきたぞ」

 洗濯物を干しただけで何かの手柄のように誇らしげにするまほ。偉い偉いと甘やかす私。まあ、寒い季節の洗濯は確かにお手柄か。
 こうやって仕事を分担すると何でも早く済むし、結果的に二人の時間が多く取れる。
93 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 11:42:38.66 ID:1b8Z1klV0

 千代美さんはお料理に、まほさんはお洗濯に行きました、なんて。昔話みたいだなと思ってにやにやしていると、まほにつつかれた。

「また何かおかしな事を考えているな」
「へへ、昔話みたいだなと思ってさ」

 言って、考えを話す。
 まほも成程と頷いて笑った。

「じゃあ、出掛ける前に吉備団子が必要だ」
「お弁当か。そうだなあ、サンドイッチでも作ろっか」

 まあ、とりあえずご飯食べよう。朝だもーりもり食べようー。

「やっぱり変な歌だ。いただきます」

 えへへ、いただきまーす。

【千代美・おわり】
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/07(日) 16:10:13.52 ID:5Zu8cQeG0
95 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:04:31.15 ID:1b8Z1klV0
>>94
ありがとうございます
96 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:05:00.45 ID:1b8Z1klV0

【まほ】

 朝御飯を食べ終わり、千代美は吉備団子もといサンドイッチを作り始めた。上機嫌でまだ変な歌を歌っている。

「具材は何にしよっかな」

 敢えて訊かずにおくことにする。昼までの楽しみだ。どうせ何が入っていても美味い。
 私はその間、今日の予定の確認作業に入る。とは言え、大した流れでもないが。
 まずは本屋でブックカバーを買う。昼は公園にでも寄って、いま千代美が作っているサンドイッチを食べる。帰りは恐らく彼女がスーパーに寄りたがると思うので、そこで買い物をして終わり。
97 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:06:01.37 ID:1b8Z1klV0

 鬼ヶ島に行くような意気込みは必要ないな、と一人で笑う。千代美の癖が伝染したのかも知れない。

 インターホンが鳴った。

 千代美は手が離せないので、私が応対すると、ダージリンが立っていた。何だ珍しい、わざわざインターホンを鳴らすなんて。

「あ、あのね」

 柄にもなく口籠る。普段なら勝手に上がり込んで喋り始める癖に、一体何事だと急かした。あまり立て続けに珍しい真似をされると、また雪が降ってしまう。
98 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:06:43.89 ID:1b8Z1klV0

「これ、こちらに飛んできたの」

 ぎくりとした。

 彼女が顔を赤らめ差し出したそれは、絹の。

「そ、そうよね、そちらのリビングにあった『桃太郎』のカタログで買ったものよね、これ。いえ、別にお二人がそういう関係なのは知っているし、こういうものを持っていても不思議じゃないと思うわよ。これがどちらの物とかも、その、訊かないし、あの、えーっと、でも」

 しどろもどろになりながら何故か弁解するように捲し立てる。
99 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:07:42.35 ID:1b8Z1klV0

「こ、こういうのは、お部屋の中に干した方が良いんじゃないかしら」

 うん、はい。

 そうします。

 ありがとうございます、ダージリンさん。

【まほ・おわり】

【桃太郎の絹・おわり】
100 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:13:34.68 ID:1b8Z1klV0
おまけ

おまけ

『桃太郎』
https://www.peachjohn.co.jp/
101 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/07(日) 19:14:07.61 ID:1b8Z1klV0
今日の更新おしまい
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/07(日) 22:43:26.29 ID:iD1ipeuQ0
Twitterから来たけれども、これはとても良いものだ
是非続けてください。
103 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 00:20:43.52 ID:tFR3WIer0
>>102
正直、twitterでの宣伝には手応えを感じていなかったのですが、見てくれる型もいらっしゃるのですね
ありがとうございます、もう少し続く予定です
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/08(月) 02:23:36.24 ID:qCkjP4P8o
ええやんこれからも合いの手を入れさせてくれ��
105 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 08:40:45.47 ID:tFR3WIer0
>>104
ありがとうございます…?
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/01/08(月) 09:09:48.26 ID:aBjQ/UUs0
おつ
エリカは音ゲーマーだったか…
107 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:14:28.89 ID:tFR3WIer0
>>106
どちらかと言うとV系好きのイメージで書きましたが、そういえば音ゲーの曲でしたね…
108 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:15:44.84 ID:tFR3WIer0

【朱の盆】

【まほ】

 ダージリンから受け取った『絹』と、外に干していたその他諸々のデリケートな布切れを室内に干し直す。

「お客さん、誰だったー」

 サンドイッチを作りながら、千代美の問う声がする。ダージリンが珍しく気を利かせて玄関先で用を済ませたものだから、千代美は客が誰だったのかまだ知らない。
 さて、まずいぞ。何と答えよう。正直にダージリンが来たと言えば芋蔓式に真実を説明しなくてはならない。
 奴め、まさかそれを狙って玄関先で帰ったのだろうか。
109 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:16:29.65 ID:tFR3WIer0

「んん」

 つい癖で声を出し、しまったと思った。千代美は何故か私の『んん』のニュアンスから、今の心境をかなり正確に読み取ってくる。
 普段ならただただ有り難いのだが、これは隠し事が出来ない側面も持つ。

 案の定。

「なんか隠してるなあ」

 火の音が止まり、軽く手を洗う水音がして、声が移動した。千代美がサンドイッチを作る手を止めこちらに向かってきているのだ。
110 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:17:22.13 ID:tFR3WIer0

「あれー、まほ、さっき『全部干した』って言ってたよなあ」

 彼女の声が背後まで迫ってきた。彼女の息が首筋に掛かる。ああ、もう駄目だ。

「なーんで今さら下着を干してるのか、なっ」
「うひゃあ」

 脇腹をがしっと掴まれ、変な声が出た。
 や、やめろ、千代美。ああ、あっ、そ、そこは、弱、弱いからあっ。

「知ってるよー」
「ひっ、へ、え、げほっ」

 攻撃の手を緩めない千代美。まずい、妙なスイッチが入っている。
111 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:18:14.26 ID:tFR3WIer0

「ダ、ダー、だあっ、ジ」
「んー、何かなあ、何を言おうとしてるのかなー」
「ちょっ、もっ、漏れっ」

 そこまで言って、流石に手を離してもらえた。くたりとその場に頽れる。
 危なかった、いや、少し漏れたか。漏れちゃったかも知れない。
 トイレに駆け込み、確認作業。

 大丈夫だった。

「ご、ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「いや、うん、大丈夫」

 悪いのは隠そうとした私だ。結局、包み隠さず説明をする羽目になった。
112 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:19:15.57 ID:tFR3WIer0

 客がダージリンだったこと。
 こちらの洗濯物が飛んできたから返しに来た、というのがダージリンの用件だったこと。
 その洗濯物が『絹』だったこと。
 こういう布は室内に干した方が良いんじゃないかしらとアドバイスされたこと。
 気を遣ったダージリンが、玄関先で帰ったこと。
 そういう経緯があって、いま改めて下着を室内に干し直していること。

 話すうち、千代美の顔はみるみる赤くなってゆく。まあ、無理もない。だってこれ、千代美がさあ。

「わーっ、わーっ」

 あっ、ごめんなさい、本当ごめんなさい。

 あは、あははは、は、ああっ。

 あああっ。

【まほ・おわり】
113 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:19:58.38 ID:tFR3WIer0
後半へ続く
114 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:53:40.62 ID:tFR3WIer0

【千代美】

 朝ごはんは食べた。二度目の洗濯物干しも終えたし、サンドイッチも出来た。さっきまでぐったりしていたまほも、まあ、回復した。
 さあ、着替えてお化粧をして出発。

 寝室の鏡台に向かっていると、まほの顔が横から割り込んできた。

「千代美は可愛いなあ」
「な、なんだよ急に」

 ドキッとした。急に何を言い出すんだ、もう。
 割り込んできた姿勢のまま、まほが言う。
115 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:54:23.10 ID:tFR3WIer0

「いや、私は化粧っ気というものが無いからな」

 なんだ、そういう事か。
 確かにまほは、全く化粧をしない訳じゃないけれど、私ほど時間を掛けない。だからそのぶん私より支度が早く済むので、一緒に出掛ける時はこうやって待たせてしまう。

「ごめんなー、暇だろ」
「いや、ゆっくりでいい」

 これに関しては、まほは待つことが習慣になっているから苦にならないんだろうけど、私の方は待たせてしまっているという意識があるから少し焦る。
 だからまほの気遣いが有り難い。
116 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:55:25.79 ID:tFR3WIer0
 
「千代美の変身を見るのは楽しい」
「あはは、変身か」

 それこそまほじゃないけど、家事をやってる時は私だって化粧っ気が無いからな。よそ行きの顔になるのは、確かに変身だ。

「折角のデートだから気合い入れてるんだぞー」

 冗談めかして言ってるけれど、本当の事だ。まほの隣は、可愛くして歩きたいという乙女心。
117 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:56:39.33 ID:tFR3WIer0

 対して、まほは何も言わない。『んん』すら無いのは妙だなと思って、ちらりと横に目を遣ると、まほが俯いていた。
 髪で顔が隠れて見えないので、どうしたんだろうと覗き込むと、見事に真っ赤になっている。
 驚いて、熱でもあるのかと声を掛けた。

「おい、大丈夫か」
「い、いや、本当に可愛いなと思って」
「んなっ」

 どうやら『デート』という単語が思いのほかヒットしたらしい。
 こっちまで赤くなってしまった。化粧にならないからあっちへ行ってろと、まほを追い払う。
 全く、変なところでうぶなやつ。

 それ以上の事、平気でしてくる癖に。

 昨日のお風呂での事を思い出す。
 そのせいで、一人でまた真っ赤になってしまった。

 お化粧、もうちょっと掛かりそうだな。

【千代美・おわり】

【朱の盆・おわり】
118 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:57:53.23 ID:tFR3WIer0
おわり
119 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:48:10.98 ID:tFR3WIer0
もう一丁
120 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:53:35.12 ID:tFR3WIer0

【まほ】

 いつもより少しだけ長い千代美の化粧が終わり、いざ出発。

 昨日の雪はすっかり止み、外は晴天。若干ながら積もったようだが陽射しがほとんどの雪を溶かしてしまっている。陰に少しだけ残っているのが確認できる程度か。
 凍結という程でもなさそうだが気を付けないといけない。

「えへへ、まほとお出掛け」

 意味も無くぱたぱたと小走りになる千代美の腕をぐいと引っ張り、手を握った。
 転ぶぞ、と釘を刺す。
121 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:54:33.42 ID:tFR3WIer0

 千代美は一瞬だけ驚いたような顔をして、そのあと、にへらと笑った。

「何だ」
「まほ、優しい」

 憮然としてうるさいなと突っぱねたが、千代美には通じない。彼女は変わらず笑顔のまま言う。

「手を繋ぐのが自然になったなあ」

 言われてみて、確かにそうかもと思った。
 最初の頃はどうしても照れ臭くて、手を繋ぎたがる千代美に対して私はよく、止せやめろと嫌がったものだ。それが今は自分から千代美の手を握り、引いている。
122 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:55:15.94 ID:tFR3WIer0

「嬉しいなー」

 繋いだ手をぶんぶんと振る千代美。
 考えてみれば、私が嫌がっていた頃から千代美はずっと手を繋ぎたがっていたのだ。私の方から彼女の手を引くことは、彼女にとって特別な事なのだろう。
 少し感慨深い。まあ、喜んでくれるなら何よりだ。

 暫くそうやって歩いていると、前方から肩を落として歩いてくる友人に千代美が気付いた。
123 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:56:06.51 ID:tFR3WIer0

「あれっ、ミカじゃん」
「おや、お二人さん。お出掛けかい」

 ついてないなあ、とぼやく。という事は私達、というか私達の家に用があったという事か。
 まあ、ミカの用事などだいたい決まっているが。

「お腹空いてんだな」
「うん。恥ずかしながら」

 千代美は腹を空かせている者に甘い。そのうえ、料理も上手い。
 ミカに限らず、私達の家を訪ねる者の多くは千代美の料理を楽しみにして来るのだ。

 隣に住んでる奴までも。
124 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:57:34.10 ID:tFR3WIer0

 さておき。千代美は、仕方ないなー等と言いながらごそごそと鞄を漁り、弁当箱を取り出した。
 ちょっ、それは。

「これ、良かったら」
「わ、サンドイッチか。でもこれ、君達のお昼なんじゃあ」

 いいからいいからと、ミカに押し付けるように弁当箱を渡す千代美。
 ああ、こうなってはもう、あのサンドイッチに私がありつく事は絶対に無いのだ。

「ま、まほが物凄い形相なんだけど、本当に良いのかい」
「良いんだよ。お腹空かせてる奴は見過ごせないよ」

 食べ終わったら弁当箱だけは返してくれよ、と声を掛ける。甘い。甘過ぎる。
125 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:59:31.12 ID:tFR3WIer0

「済まないね、ありがとう。恩に着るよ」

 サンドイッチを受け取ったミカは、私の落ち込みようを見てか、逃げるように立ち去った。

「千代美」
「まあまあ。言ってたじゃん、あのサンドイッチは吉備団子って」

 それを聞いた私は、何も言い返すことが出来なかった。成程、そういう事か。
 ならば、日常的に千代美の吉備団子を摂取している私が、彼女と手を繋ぐのに抵抗を覚えなくなるのも道理だ。

 ほら行こう、と差し出してきた千代美の手を取り、また握る。

 私は心の中でひとつ、ワン、と鳴いた。

【まほ・おわり】
126 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 23:00:38.77 ID:tFR3WIer0
明日からまた一週間がんばろう…
またね
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 00:27:34.83 ID:6FVxYDFI0
乙ー
今更だけど千代美(中)が抜けてるんだけどどこにいったのかな?(すっとぼけ)
128 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 13:16:54.21 ID:2nj3AKZj0
>>127
ありがとうございます
一応、書いてはあるのですが何処にも公開していない状態です…完全にR-18になっちゃうので
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 14:56:08.31 ID:sCemqpP2O
SS速報Rがあるではないか
130 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 18:45:11.31 ID:2nj3AKZj0
>>129
そういうのもあるんですね。投下できる場所をここしか知らなかったもので…すみません
自分の中で踏ん切りが付いたら投下する、かも知れません
確かな事が言えなくてごめんなさい
131 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:29:03.43 ID:2nj3AKZj0
【千代美】

 まほと本屋デートなんて夢みたいだ。

 彼女が本屋に足を向ける事は滅多に無い。そもそも彼女には読書の習慣があんまり無い。気が向いた時に私の薦めた本を読む程度で、そのほかは雑誌が精々だ。
 その雑誌も、読むというよりは目を通すといった感じ。

 そんなだから、昨日本屋に行こうとして雪が降ったのも、悪いけど頷ける。

 対して私は本が大好き。本屋は私のテリトリーみたいなもんだ。
 いつも一人で来てる店にまほが居るのが、なんか、すごく変な感じ。大袈裟かも知れないけれど、実家に連れてきたみたいな心地良い違和感を覚える。
132 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:30:01.01 ID:2nj3AKZj0

「さて、ブックカバーはどこかな」

 言って、売り場を探すまほ。
 ああ、まほの買い物ってこうなんだよな。目的の物に直行して、ぱっと買っておしまい。ひたすら簡潔。

「もうちょっと色々眺めて回ろうよ」
「そういうものか」
「うん」

 しかし見て回るにしても目標の確保が先だと言われて、まあそれは確かになと思い直す。というわけで、ブックカバーの売場へ。

「本屋と言っても本だけ売ってる訳じゃないんだな」
「うん、文房具とかも私はここで買う」

 平静を装ってるけど、滅茶苦茶にテンションが上がっている。まほと本屋トークしてる。その一言一言が楽しい。
133 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:31:08.95 ID:2nj3AKZj0

「ここじゃないか」
「え、あ、うん」
「どうした」

 何でもないよ、と誤魔化す。買い物してるだけでテンションが上がってるなんて、流石に恥ずかしくて言えないから。

 ともあれ売場に到着。手帳や栞のコーナーに混じって、ブックカバーのコーナーが作ってあった。
 ブックカバーなんて一回買っちゃうと暫く見ない物だから、来るたびにレイアウトが変わってて面白い。前に来た時より心なしか広くスペースを取ってるように感じる。

「い、色々あるんだな」

 まほが若干引いている。
 ああ、ブックカバーに色んな種類があるって発想が無かったのか。柄も渋いのから可愛いのまで、材質も革だったり布だったり。
 確かに予備知識無しでこの中からひとつ選べと言われたら、多少面食らうかも知れない。
134 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:32:28.79 ID:2nj3AKZj0

「千代美、あの」
「んー、布で、紐の栞が付いてて、フリーサイズのが良いなあ」

 ある程度のヒントと言うか希望を伝えて、最後に柄は任せるよ、と締めくくる。
 わがままかも知れないけれど、柄はまほに選んで欲しい。

「フリーサイズって何だ」
「片側が開く造りになってて、本の厚さを問わずに使えるやつ」

 ふうむと唸って選考に入るまほ。

 暫し経過。
135 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:33:25.64 ID:2nj3AKZj0

「うーん」
「決まらないか」
「いや、候補は絞った」

 どれどれと覗き込むと、渋い和柄と可愛いハート柄の二つを手にして唸っていた。

「何だよその二択」
「千代美が普段読んでる恋愛もののイメージと、『鉄鼠』のイメージ」

 あー、そっかあ。成程なあ。
 どちらかと言えばピンと来たのは和柄なんだけど和柄のカバーで恋愛小説を読むのも変じゃないか、という理由で悩んでるらしい。

 そういう事なら即決だよ、まほ。
136 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:34:39.08 ID:2nj3AKZj0

「こっちがいい」

 和柄。確かに和柄のカバーは恋愛小説には合わないけど、まほがピンと来たならそっちで決まりだ。
 ちゃんとフリーサイズだし、紐の栞も付いている。完璧だ。

「まほ、ありがと」
「んん」

 えへへ、このカバーで本を読むのが楽しみだなあ。

【千代美・おわり】
137 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:37:50.73 ID:2nj3AKZj0


参考
138 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:41:07.94 ID:2nj3AKZj0

【まほ】

 本屋を出て、スタバに寄る。
 スターリン・バックス。略してスタバ。カチューシャとかがよく屯している店だ。

 今日はカチューシャは居ないらしい。あいつは笑い声がうるさいから、居ればすぐに分かる。まあ、静かで良い。
 ともあれ、空いている席を探す。奥の方が好きなので、出来ればそっちがいい。私が席を確保する間に千代美が注文を済ませる。
139 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:41:55.42 ID:2nj3AKZj0

 まあトッピングだ何だで長々とした名前の注文も出来るようだが、よく分からないのでやらない。カウンターの様子を見ていると、そういう注文は作るのに時間も掛かるようだ。
 短い注文をすれば早く済むので、私はそちらの方が有り難い。ミルクも自分で入れる。

 カチューシャなんかは盛り盛りにして楽しんでいるようだが。

「お待たせしました、コーヒーとミートパイお二つずつですねー」

 店員のような声を出して千代美がコーヒーとミートパイを運んできた。
 ありがとうございます、とこちらも調子を合わせる。
140 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:43:03.73 ID:2nj3AKZj0

「はいミルク」
「ん」

 コーヒーにミルクを足し、口を付ける。うーん。
 不味い訳ではない。美味しくないと言うのも違う。美味しいことは美味しいのだが、何というのだろう、これは。

「『違う』」
「それだ」

 普段、千代美が淹れたコーヒーばかりを美味い美味いと飲んでいるせいで、他の味を『他の味』と認識するようになってしまったのか。
 流石に千代美のコーヒーが店より美味いということは無いと思うが、自信が無い。他のコーヒーを飲むとまず最初に『千代美のと違う』という違和感を覚えるようになってしまったようだ。
141 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:44:03.46 ID:2nj3AKZj0

「私は嬉しいけどな」

 などと言いつつ、複雑な表情でコーヒーを啜る千代美。恐らく、全く同じ感想なのだろう。

 ともあれ食事だ。

「いただきまーす」
「いただきます」

 うん。

 うーん、うん。

「言いたいことは分かってる。帰ったらサンドイッチ作ってやるよ」

 やったあ。

【まほ・おわり】
142 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:44:43.46 ID:2nj3AKZj0
今日はここまで
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 22:33:45.03 ID:sCemqpP2O
乙。和むまほチョビだ

気が向いたらえっちなのもよろしくなw
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 22:39:18.70 ID:M/TMCBAbo
気が向いたら合いの手もよろしく��
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/10(水) 01:30:01.46 ID:28ULamH2o
鳥獣戯画じゃねえか!
146 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 13:15:29.15 ID:29K6rrFw0
>>143
ありがとうございます
公開するとなれば、たぶん一番最初は渋になるかと思います

>>144
イエーア

>>145
渋くて可愛いやつです
147 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:11:07.48 ID:29K6rrFw0

【まほ(前)】

 スタバでの軽食を終え、少々の休憩。
 こういう休憩の時間に目安というものはあるのだろうか。店側から見れば『食ったら帰れ』というのが普通だと思うが、見回してみると意外に勉強や読書などに耽っている客が多い。
 私達が席に落ち着く以前からそうしている者も居る。
 店が混んでいる訳でもないから良いのかも知れないが、なんだか落ち着かない。
148 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:12:51.32 ID:29K6rrFw0

「まあ、気持ちは分かるけど」

 ちょっと済ませちゃいたい作業があるからそれだけここでやらせてくれよと、千代美は鞄を漁り始めた。
 彼女が鞄からぬっと取り出した物を見て、若干たじろぐ。

「えへへ、家から持って来ちゃった」

 『鉄鼠の檻』。
 今回の出来事のきっかけになった本。改めて見ても異様な厚さだ。先程、本屋に並んでいるものも見てきたが、他の文庫の四、五冊分はあろうかという感じだった。
 千代美から借りて頁数を見てみると、千三百を超えていた。辞典か。
149 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:14:02.30 ID:29K6rrFw0

「まほに買ってもらったブックカバー、早速掛けようと思ってさ」

 言って、作業に取り掛かる。
 成程、これは確かにフリーサイズじゃないと包めない物だ。
 千代美は慣れた手つきで分厚い文庫にカバーを掛けていく。

 程なくして、作業は終わった。
150 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:15:40.32 ID:29K6rrFw0


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