【モバマス】P「■■、***、○○○○」

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1 : ◆77.oQo7m9oqt [sage saga]:2017/12/31(日) 14:47:57.96 ID:U5rAS9nW0
強い独自設定あり。
よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1514699277
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:48:38.04 ID:U5rAS9nW0


 仮令、天が崩れようとも、
 飛び出づる為の穴は在る筈である。

 一縷の希望を通す穿孔が、きっと何処か。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:49:16.87 ID:U5rAS9nW0



 ────深い夢を見ていた。

 内容はなにひとつも覚えていないのに、しかしそう確信できるぐらいに、頭にうつろな残像が残っていた。夜だった。デスクを灯すスタンドライトの明かりだけを頼りに、辺りを見回した。

 窓の外は見えない。暗い背景のガラスは鏡に変わり、映り込んだ私がこっちを見ている。しんと静まって、自らが立てる音以外は空調の音ぐらいしか聞こえない。

 ……何をやっていたんだったか。我ながら珍しいなと思った。就業時間中に寝落ちてしまうことなんて、これまでなかったのに。

 突っ伏して枕の代用としてしまっていた書類に目を落とす。見たところ、記入欄はすべて埋まっている。雇用契約書だった。それも、三枚もある。履歴書と合わせて計六枚。こんなところに放っておいていいわけがない。

 しかし、雇用にあたっての書類なんてものは一介のプロデューサーでしかない私の管理するところではなかった。ひとまず自デスク内に保管しておいて、明日事務員に渡そう。

 それにしても、どうしてこんなところにこんなものがあるんだ。不思議でならない。誰のためのものだ?

 ────ああ、彼女たちのか。名前の辺りは夜の闇が紛れて見えなかったが、隅に貼られていた顔写真で認識できた。芸能事務所で勤める私が、現在プロデュースを担当している三人のアイドルのものだった。

 覚えていないが、何か確認することでもあったのかもしれない。大切に鍵付きの抽斗にしまって、私はカバンを引っ掛け席を立った。

 こうまで記憶が不確かになっていることを、奇っ怪なことにそのときの私はどうも思わなかった。

 ただひとつ、袖口が湿っていることだけが私の中に引っかかったが、それも乾くのにつれて意識から薄れていった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:50:16.74 ID:U5rAS9nW0

一.

 雨が降った。梅雨前線のもたらす五月雨だった。出がけに無数の水滴が地表を叩く音が聞こえたので、ラバーソールの革靴を靴箱から取り出した。右手に傘を、左手にカバンを持つ。両手がふさがった状態で電車に乗るのは好きじゃないが、そうかといって濡れることを選択できるような小雨ではなかった。

 通勤どきの車内で座れることはなかった。ぼうっと突っ立つ退屈な時間を乗り切って、事務所の最寄駅に降り立った。

 どこか不気味な空だった。明るくも、暗くもなく、雲の厚さは不均一。東に雷でも鳴り出しそうなぐらい濃灰色になっているところがあれば、西に晴れ間が見えそうなところもある。

 気を抜けば崩落しそうだ。芽生えた冗談混じりの不安は足の運びに現れ、私は普段よりほんのわずかだけ早く事務所についた。

 オフィスの中は、雨が降ると静まって感じる。節電のために明かりを絞っていることもあって、太陽が出ていないと朝でも薄暗なところが原因のひとつなのだろう。

 自身のデスクにつき、同僚の出勤を待って用件を済ませた。私のサポートをしてくれる事務員の方も、いぶかしげに首をかしげていた。

「はあ……まあ、預かっときますけど。なんでまたこんなもんを持ってたんです?」たずねられたが、応えようがないので曖昧に笑うしかなかった。

 昨夜とは違って、意識の手綱はきっちり握れている。ホワイトボードに書き起こしてある彼女たちの予定を確認して、手帳を開く。

 生来から几帳面と呼ばれる性格だった。しなければならないこと、すべきことは手元にも記しておいて、終わったところからチェックを付けるようにしている。

 ふと思い立って、手帳の昨日の欄を見た。すみずみに目を走らせて、それからボールペンの尻でひたいを掻いた。

 レ点は、すべての項目に丁寧に付いている。なぜ私が眠りに落ちるまで事務所にいて、なぜ私のデスクに彼女らの契約書があったのか。わからないという事実だけが浮き彫りになった。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:51:05.25 ID:U5rAS9nW0

「────プロデューサー! おはよーっ!」

 背後から不意を突かれて肩が跳ねた。パッション溢れる明るい声が、思考に沈みかけた私の意識を引っ張り戻す。

「どうかしたのー? なんかむっつかしそーな顔してるけど……」

「ああ。いいや、なんでもない」取り繕い応えた。なんとなく、喉がいがらっぽかった。自分の声が自分の声じゃないみたいで、聞き取りづらくさえある。不調の兆しか。そんな私とは違って、

「おはよう、***。今日も元気だな」

「えっへへ、まあね!」

 弾けるように笑うところが魅力的な子だった。小さな悩みなんて吹っ飛んでしまえ。そう言わんばかりの笑顔がショートカットの茶髪とよくなじんで、快活なイメージを強めている。

 ぱくん、と手帳を閉じた。気になる。とはいえ今日は今日で仕事があるわけで、いつまでも昨日のことばかりに拘泥してはいられない。切り替えなければこの子と仕事に対して礼を欠く。

「***。予定通り、今日は営業に行くぞ。時間になったら車、回しておくから玄関の前で集合。オーケー?」

「んっ、オッケー!」

 ぴっ、と敬礼のポーズをして、***はドレッシングルームの方へ駆けていった。

 私の方も用意を整える必要がある。彼女のために作成したリングファイルを一度ぱらぱら確認して、バッグに詰めた。手っ取り早くテレビショーにでも出してあげられればいいのだが、高望みをしても仕方ない。

 今日も地道に草の根を分けよう。

 出がけに事務員さんから追加の業務を投げられ手帳を開き直すはめになったが、それ以外は問題なく、私と彼女は社用の軽バンに乗り込んだ。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:51:41.87 ID:U5rAS9nW0

 雨足は依然変わらず、まだらな空も変わっていなかった。

「今日はどこ行くの?」せわしなく往復するワイパーに目を行ったり来たりさせながら、助手席の彼女がたずねてきた。

「言ってもわからないと思うが……」耳に馴染んだような有名なところへは行っていられない。地元のイベント下請け会社に、隣の市にある小さな自治体、それから最後、業務上の提携関係にある別事務所。行くことが決まっている今日の予定はとりあえずその三つで、あとは時間次第になる。

 伝えてみたが、彼女の首は斜めに傾いだ。

「あはは、ほんとにわかんない。あっ、最後のとこはわかるけど」

「そこへは何度も行ってるからな」ひとつ頷く。「まあ、まだ新米なんだ。大きなところへ行けないのは仕方ないと思ってくれ」

「仕方ないかぁー」

 うなだれそうになる彼女は、うちの事務所に所属してかれこれ一年ほどになる。大抵の社会人なら新人研修も完全に終わる頃合いだし、そろそろ、もっとと気持ちがはやるのも理解できる。

 話題そらしに彼女の顔に意識を向けた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:52:23.83 ID:U5rAS9nW0

「……ところで***、今日のメイクは自分でやったのか?」

「へ? あ、うん。そうだよ?」

「そうだよな」

「うん? ……あれっ、ウソ、もしかしてなんか変だった? 自分では会心の出来だったんだけど!」

「いいや、変じゃない。よくできてると思う。いつも以上に上手いから、ついにうちもお抱えのメイク担当でも雇ったのかと思って」

「あ、そゆこと? よかった〜」安堵にはにかんで、一転、彼女は得意げに言う。「まま、今の私にはお師匠様の教えがあるからね。ドヤ♪ って感じ?」

 お師匠様の正体には思い当たる影があって私は小さく笑った。

「その割に不安げだったじゃないか。■■に言っといてやろう」

「むぐ。……や、だってさ。だってほら、■■姉って○○○○と違って結構イタズラ好きだし。もしかしてめちゃくちゃ教えられたかも? ……みたいなね?」

 仲良くなったものだ、と思う。***に、■■、それから○○○○。三者三様に方向の違う個性と嗜好を持っていて、はじめはどうなることかとわずかばかり心配していた。

 杞憂だった。振り返っておかしくなり、小さく鼻を鳴らした。

「あ、もー! 笑わないでよっ!」

「別に***を笑ったわけじゃない」

 目的地までの時間は、もっぱら曲がりかけた彼女のヘソの向きを直すのに費やすことになった。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:53:02.94 ID:U5rAS9nW0



 私の営業方針は、基本的に狙い撃ちを良しとしていた。方々アンテナを張り巡らせて、需要のあるところにピンポイントで赴く。イベントの運営会社にせよ、隣市の自治体にせよ、近々に企画されている催しの情報を掴んだからこそ行動を起こした。

 それが最も効率的だと考えているし、実際これまでも悪くない結果を出してこれた。有能を自称するのは行き過ぎだとして、しかしおそらく賢しいぐらいの形容は被っても許されよう、というのが自己評価だった。

「……どうですか? イベントのアシにうちの子を使ってみませんか。結構子供への受けもいいですし、ハツラツな感じもイメージに合うでしょう」

「んんー……そうですね。自分はあくまで責任者じゃないので、答えは出しかねるんですが」

「ああ、もちろんお返事は後日で結構です。こちら、私の名刺と***の資料はお渡ししておきますから、頭の隅にでもほんのちょっと、置いておいていただければ」

「あはは、わかりました。お預かりしておきますね」

 職員は朗らかに笑って私の手から諸々を受け取った。よし、と内心で拳を握った。交渉に手応えはあったし、印象も悪いということはなさそうだ。期待できる。ダメ押しに彼女の肩を叩こうとして、

「ぜひ! よろしくお願いしますっ!」

 その必要はなかったので手を引っ込めた。行儀よく頭を下げた彼女に続き、自らも腰を折る。慣れてくれたものだと、嬉しくて自然に口角も上がった。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:53:39.14 ID:U5rAS9nW0

「お疲れ、***」公民館を出てから、「はぁ〜」と深く息を吐いた彼女にねぎらいの言葉をかける。

「いっやあ、何回やってもお偉いさんとお話しするのは緊張するよねー。敬語も難しいし」

「そうだろうな。でも、だいぶ慣れてきたんじゃないか?」

 手皿に受けた雨は勢いを弱めつつあった。それでも傘は持っているわけで、手癖のようにばさりと開く。

「最後も、自分から挨拶できてたろ。ちょっと前までガチガチで何も言えないぐらいだったのに」

「えへへ、まあまあ、ね」彼女は褒められると素直にはにかむ。「もっと言ってくれてもいいんだよ?」

「ちょっと前までほんとガッチガチで出来の悪い機械みたいだったのにな」

「ちょっ。そっちじゃないでしょ! しかもなんか酷くなってる!」

「冗談だ」

 感情の発露が素直な子だった。だからつい、からかいたくもなる。もうっ、と頬を膨らませながら、彼女は私の差す傘の中に入ってきた。体ごとぐいぐい押され、陣地を奪われる。

「ほらほら、もっとそっち寄って。……からかったバツとして傘持ちを命じます。車まで、私を雨から守るよーに!」

 大した命令でもなく、いっそ可愛らしくさえある罰には、私は黙って従った。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:54:20.34 ID:U5rAS9nW0

 二件の営業を終えて、時間は八つ時になった。どこかで軽く一服して、それから最後に行くか。それともこのまま休憩なしで最後まで回って、早くに帰るか。どちらがいい? とたずねると、彼女はノータイムで前者を選んだ。道沿いにあった全国チェーンの喫茶店に車をつける。

 ……チャージ料はいったいいくらだろうか。メニューに記載されている値段を見て疑問が浮かんだ。自分ひとりなら決して入らない店だが、彼女は嬉々としてオーダーを考えている。無粋なたわごとは噛み殺して「どれにする?」とたずねた。

 ううん、とひと唸りして、「……チーズスフレか、モカチョコレートか。悩みどころ。ね、プロデューサー、はんぶんこしない?」彼女は上目を使う。

「べつに私に半分寄越さなくても。どっちも頼んで両方食べればいいじゃないか」

「えっ、いいの? ……って、ダメダメ。それ絶対太るじゃん!」

「レッスン厳しくやれば平気だろう。○○○○に付き合えばいい」

「それはイヤ……じゃないけどぉ」さっと彼女は目をそらした。「ままま、今日はひとつにしとこっかな」

「そうか。で、何にするんだ」

「うん、決めた。モカチョコ!」

「飲み物は?」

「ノンファットエキストラミルクラベンダーアールグレイティーラテをライトホットのトールで!」

「なんて?」

 注文は彼女に済ませてもらった。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:55:00.87 ID:U5rAS9nW0

 基本はラベンダー&アールグレイ・ティー・ラテ。その追加注文として、ミルク多め(エキストラミルク)、なおミルクは無脂肪乳で(ノンファット)、やや温かめ(ライトホット)を、四段階の上から三番めのサイズ(トール)で。

「なるほど」

 ざっくりと教えてもらったはいいが、おそらくこの先使うことはないだろう知識を脳の隅っこに押しやって、私はシンプルなブレンドコーヒーを啜った。

「ダメだよープロデューサー。芸能事務所のプロデューサーなんだから、流行りには敏感じゃないと」

「言うほどこの店流行ってるか?」

 もごもご口を動かしながら、彼女はタクトのようにフォークをくるくると宙で回す。右手にフォーク、左手にティーラテの彼女とは違い、私は左手がフリーだった。手持ち無沙汰に手帳を開いて、斜め上がりの自分の文字を眺めた。

 予定は順調に消化したが、予定以上に回るのは無理そうか。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:55:44.08 ID:U5rAS9nW0

 次の行き先は、ミシロ・プロダクション。……あまり進んでは行きたくない場所だった。仕事の都合で赴く必要がある以上、そんなワガママを通すつもりはないが。

 この国が誇る有数の財閥、ミシロ・グループの傘の下に入る極大規模の芸能事務所。いかような経緯の果てなのか、どう見ても見劣りするうちの事務所と業務提携関係にある────私の、古巣。

 潤沢な資金に、過剰にすら思える設備。向こうに所属していたなら、今のように営業回りに時間を取られることはない。

 一年半ほど前の話になる。こちらのプロデューサーが不足していた。提携関係にある以上は放っておくわけにもいかないと、ミシロの人事は『担当アイドルがおらず、かつそれなりの経験を積んで、異議を唱えそうもない人材』として私を送った。

 自身には未練もないつもりだった。扱いでいえば左遷と言われてもおかしくない異動だったとはいえ、給金も福利厚生も変わっていないし、なにより今の居心地がいい。後ろめたさは、お互いにないはず。

 ならばなぜ、訪れることには後ろ向きなのか────おそらく理屈じゃないのだろう、うまい言語化はできなかった。

「……プロデューサー? なに、こっちじっと見て。……あ、食べる?」彼女がフォークに刺さったモカチョコレートケーキのカケラを私に向ける。

「いらないよ」と私は笑った。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:56:22.90 ID:U5rAS9nW0

 巨大な赤レンガの門扉を抜け、駐車場に軽自動車を停めた。お城のような建物、と言うと誤解を招きそうだが、外観も内装も本当に西洋の城を想起させるデザインをしている。しかし入り口はしっかり自動ドアだ。

 エントランスの受付で名と用件を伝えれば、よくできた事務員がすぐに取り次いでくれる。

「相変わらずでっかいねー」と彼女が呟いた。

「そうだな」

 相も変わらず、潔癖なぐらいに清掃された玄関ホールに、奥へと続く階段から此方の入り口まで伸びたレッドカーペット。大理の床に意匠の凝った壁面装飾も相まって、どう考えたってやり過ぎだろうと、新入当時呆れ返ったことはまだ覚えている。

「プロデューサー、毎日ここで働いてたんだよね?」

「ああ。昔はな」

「ううん……」と顎に手を当て彼女は低い声を出した。

「変か」とたずねると、「うん。変だね」と即答される。私は喉を鳴らして笑った。

「自分でも変だと思うよ」

 私がこの城の住人として赤絨毯の上を渡っていたのだと思うと、それはもう滑稽な光景に思えて仕方がない。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:56:53.84 ID:U5rAS9nW0

 ほどなくして、奥の階段から降りてきたとりわけて懐かしくもない顔が「よう。久しぶりだな友よ」とジョークを言った。私が軽く頭を下げると、隣の彼女もつられるようにぺこりとやった。

「べつに、久しくはないでしょう。せいぜいひと月ってところです」

 ついでに友人と言えるほど親しい仲でもなく、応じる声は意図せず硬くなった。私が新卒としてミシロに入ったとき、研修の担当をしてくれた先輩プロデューサーがこの人だった。私はここを離れるまでは、ずっと彼のアシスタントをしていた。『有能』だなんておこがましくて到底名乗る気になれないのは、ほとんど彼のせいでもある。

 端的ですげない私の返事に、先輩はあからさまに肩をすくめた。

「ま、そうだな。積もる思い出話もないし、とっととビジネス話にしよう────あ、***ちゃんも久しぶり。元気でやってる?」

「あ、はい! このとおり、元気ですっ!」応えた彼女に「そりゃよかった」と先輩はくしゃっと笑った。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:57:33.16 ID:U5rAS9nW0

 彼が押さえた会議室に移り、仕事の話は淡々と進んだ。業務提携と、言ってみるなら聞こえはいいが、実情はうちの事務所がミシロから恩恵を受けているだけに近い関係だった。抱えきれず、余るオファーのおすそ分け。

 よくもまあこんなにも余るものだと、プロデューサーの身になってみてあらためてその凄まじさを感じた。毎度感嘆しそうになる。私が取る仕事と、先輩からもらう仕事と。天秤にかけて重みを測れるとしたらと、そう考えると怖くなりそうでさえある。

 一時間ほど膝を詰めて話し込み、大雑把に話がまとまったところで先輩は椅子の背もたれに体重を押し付けた。勢いよくもたれかかったがさすがはミシロ、事務用椅子まで良いものを使っているから軋む音が鳴らない。

「……よし。ま、こんなもんだろ。あとはそっちで調整して、アレコレやってくれ」

「わかりました。いつもありがとうございます」

「おうさ。つっても、こっちも助かってるし、そもそも協力関係だしな。せっかくのオファー、無下にすんのもなんだし、事務処理とかもそっちに放ってるし」

 こちらが気を揉まないようにと、彼は決まって「気にするな」と言ってくれる。ありがたい反面に複雑でもあって、これもまた、きっと理屈ではない。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/12/31(日) 14:58:22.74 ID:U5rAS9nW0

 先輩はこのところ忙しいらしく、余談はすぐに切り上げられた。「デキのいいアシが盗られちまったからな。残業増えたよ、ほんと」

「世辞言われてもなんにも出せませんよ」

「世辞じゃないっての。ま、いいや。お前も大変だろうが、精々頑張れよ」

 簡単な見送りのもとにミシロを発った。今の根城へと車を回す。跳ねる水滴の威勢はなくなりつつあって、事務所に帰り着くころには、雨は上がりきっていた。

 定時までまもなくであるというのに未だチェックリストには空きがある。戻ったデスクには出発時はなかった書類が積んである。まったくなかなか、うちの事務員さんも負けじとよくできていることだ。居残りは確定だとして、どこまで後引くことだろう。

「……残業?」

 ひと仕事を終えて大きく伸びをしていた彼女が、私の様子を見てぽつんと言った。

「そうだな」ホチキスで留まった紙の束をぱらぱら数える。そう多くはない。けれど、数えなければならないぐらいには枚数がある。営業の成果のまとめも合わせて、およそ一時間半といったところか。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 14:59:14.32 ID:U5rAS9nW0

「***はもう帰っていいぞ。お疲れさま」

 廉価な事務椅子に体を置いて、PCの電源を押し込む。それとほとんど同時に、私の両肩に小さな手が添えられた。

「……***? どうかしたか」

 振り返って仰ぐと、彼女はわかりやすく笑顔を作った。

「ふふん。お疲れになるプロデューサーよ、***ちゃんが肩を揉んであげようっ」

 凝り固まった筋肉をほぐそうと、細い指に力が込められた。程よい指圧が心地よさを連れてくる。

 ***はマッサージが得意だと公言している。本当のところは足のツボがもっともよく理解できているそうだが、対象が違っても指の動きは滑らかで的確だった。

「また急だな」

「予告するのも変じゃない?」

「……まあ、それは確かに」

 しばしばこういうことがある。彼女にとっては趣味のようにもなっているので不思議はない。しかし、自分から進んで私にしてくれるときは、なにか思うところがあったからと相場が決まっている。

「今日はどうした?」とたずねた。

「……鋭いなあ」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:00:20.42 ID:U5rAS9nW0

 声には、照れた色が聞き取れた。肩はなされるがままに置いて、一方で起動画面からデスクトップに変わったモニタを注視して、私は書類の処理を始める。

 彼女はちょっと恥ずかしそうに心中を明けた。

「……ほら、さっき、帰り際。言ってたでしょ? 残業増えたーって」

「ああ。先輩がな」

 デキの良し悪しはともあれ、雑事を投げられる相手がいなくなったとなれば、それは当然業務にかかる時間も長くなる。彼ほどの要人なら新たなアシスタントを望むこともできそうだが、どうもそうはしていない様子だった。

「プロデューサーも、あの人と一緒に仕事してたときは、絶対今より仕事少なかったんだろうし。ミシロはもっと楽だったのかな、って思ったりするとね。こう、なんか思うところがあったりなかったりー、みたいな?」

「……抽象的が過ぎるな」

「てへ。……まあでも、そんな感じの気分になったんだ、今」

 確かに、彼女の言うとおり私の仕事は増えた。朝八時半から夕五時までPC前でカタカタやっていればいいだけの以前とは違ってしまった。……だからといって、という話ではあるが。

「そうか。まあ、なんだ」ドライブから過去のデータを読み込む。該当ファイルにカーソルを合わせてダブルクリックすると、画面の切り替えのために一度モニタが真っ暗くなった。

「普段からもっとねぎらえ」

「今いいこと言うタイミングだったでしょー!?」

 力を強めた彼女の指が、ぎりぎり快いと言える範囲の痛みを走らせる。どう考えても子供じみた照れ隠しだった────お互いに。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:00:56.24 ID:U5rAS9nW0

 昔とは違ってしまった。だからといって、悲しんでいるわけでも追慕しているわけでもない。私はべつにあの単調だった過去をこよなく愛してはいなかったし、その上で忙しない今が嫌いではない。

 一瞬の西日が雲間を抜けて窓から差し込み、私は目を細めた。

 いたわりは素直に嬉しいので受け取るが、なにがしかの憂いに駆られたのだとしたら、それは全く無用な勘ぐりであると断じよう。ミシロにいた頃にはなかった、こうした誰かと共に過ごすゆるやかに優しい時間も、私は悪くないと思っているのだから。

 暗転した画面、一瞬だけ映り込んだ自分の顔は、彼女に見られていないことを祈った。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:02:29.47 ID:U5rAS9nW0

二.

 パチン、パチンと、渇いた音が空調の吐息を裂いて鼓膜を揺らしにくる。────△5六玉。

 ▲5三銀。△同龍。▲6二金打。△1三銀打。

「……むう」目の前の初老を過ぎた男が唸る。「ちょいと待ってくれよ」

 私はついと腕時計に目をやる。時間は十二時五十五分。マズイ、と思った────彼女には休憩は十三時までと伝えている。同じ口で遅刻の言い訳はしたくない。自分なりの先読みでは十手ほど前から詰みが見えていたが、しかし社長は今もうんうんと考えを巡らせている。

「社長」

「ちと。時間をくれ。まだ」

「……かなりわかりやすいところまで来てるでしょう。詰んでます。結構前から」

「いや。まだきっとどこか打ちようがだな」

「社長。詰んでますって」

「……待ったは」

「なしです。往生際の悪いことはよしましょう。では、私はこの辺りで失礼しますね」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:03:22.39 ID:U5rAS9nW0

 むう、納得いかん、と頭をひねり続ける御老を置いて、社長室から早足に飛び出た。アナログゲームは嫌いではない。だから将棋も好きだし、休憩時間に付き合わされてもいい。しかし長考されるのはたまらないな、と私は廊下を駆け抜けるはめになった。すれ違うほかの社員には苦笑まじりの会釈だけを残す。

 ガラス越し、窓の外は美しい青空が広がっている。陽気な夏の気団が陰うつな梅雨前線をすっかり追いやって、ここのところは蝉声の大コーラスがやかましいぐらいに暑い日が続いていた。

 レッスンルームはオフィスの地下階に位置する。社長室は最上階の五階。ここのエレベーターはとんでもなく悠長なペースで仕事をするので、階段を駆け下りた。夏の盛りに入りがかってエアコンが入った屋内を、それでも首筋に汗が滲むほどに急いだが、

「────遅刻よ?」いろいろともの言いたげな目に刺されてしまった。

「すまん、○○○○」

 奮闘むなしく、結局、約束の時間には五分ほど遅れた。彼女のお怒りはもっともな上に、できる言い訳も静かに燃える火に油を注ぐだけな気がしたので、私は目を伏せて謝罪だけを口にした。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:04:11.56 ID:U5rAS9nW0

 小さくため息を吐いて、彼女は「まあ、いいけど」と言った。「ん……いや、もういいけど、かな」

 時が戻らない以上は許さざるを得ないので許します。そんな内容の言い直しが耳に痛い。とはいえ、いいと言われたからにはこれ以上の謝罪は求めていないのだろうし、たとえしぶしぶであったにしても、許すと言ったらさっぱり許すのが彼女である。

 お昼の休憩で中断したレッスンを再開させるため、ルームに備え付けのCDコンポとスピーカーの電源を入れた。

「……サビからだったよな」

「うん」頷く彼女を確認して私は再生ボタンを押し込み、ほとんど同時に、彼女のローカットシューズのスウェード・ソールが床を蹴った。

 レッスン日だった。もとは午前だけのスケジュールだったが、キリのいいところまでやり切りたいという○○○○の強い要望と、たまたま私の手が空いていたという都合が合致して、予定はフルタイムに変わった。

 ダンスの完成に急ぐ理由があるわけではない。ただ、彼女がずいぶん自らに厳しく当たるタイプだった。いっそ克己的とさえ表現しても良さそうなぐらいに、彼女はひたむきに自身を磨こうとするのだ。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:04:49.80 ID:U5rAS9nW0

 腰近くまで真っ直ぐ伸びた黒の緑髪を、今日は動きの妨げにならないようポニーテールにしていた。ステップ、ターンに合わせて振り回される綺麗なしっぽに見とれそうになるところ、私はダンス担当のトレーナーが作成した指導要領に目を落とした。

 付きっきりになってくれる人が、いてくれればいいがうちにそんな人はいない。いろんなところを掛け持つフリーのトレーナーたちに頼み込んで、私でもレッスンを見れるようにと冊子を作ってもらっていた。○○○○用のページ、その冒頭には赤ペンで丸文字が走っている。『重箱の隅をつつくつもりで!』

 徹底してミスや気になる点をあげつらえ、ということだ。尖ったワードチョイスに笑いかけながら、私は彼女に指示を飛ばした。

「○○○○。顔がこわばってるぞ!」

 振り付けのさなかに一瞬顔を伏せたあと、彼女の表情は、ふっと力が脱けて柔らかくなった。

 朝からもしっかりやっていたというのに、動きに鈍りはなかった。指示したこともすぐに飲み込んで消化した。私の担当アイドルながらなかなか、大したものだと手前味噌を褒めそうになる。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:05:55.70 ID:U5rAS9nW0

 ○○○○は努力の人だった。

 つい先日か、***に『ダイエットなら○○○○の自主トレーニングに付き合えばいい』なんてことを冗談半分に言った。しかし、実際に付き合えば冗談ではない効能が得られるのは、およそ間違いない。

 今朝にしたって、私は朝の九時に集合と指定していた。だというのに、八時前に出社した私の元に、ほとんど間をおかずに彼女はやってきた。

『プロデューサー。先に自主練してるから、レッスン場の鍵、貸して』

 なにをしていたのかまでは、わざわざ具体的には私は聞かない。けれど、予定の時間になってここに来てみると、既に彼女の体は熱気を放っていた。年代物とはいえ一応、空調だって完備されているのに。

 オーバーワークにも思えるが、それでいて予定のレッスンはきちんとこなすし、無理はしていないつもりとしれっとした顔で言われる。そうなるともう、私としては黙って見守るしかないのだった。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:06:40.96 ID:U5rAS9nW0



 腕時計を見て、パンと手を鳴らした。

「────よし。じゃあ十五分休憩」

「……もう?」

 私はコンポの一時停止ボタンを押した。やや不満げな目をしているのが見えたが、知らん顔をした。自主練に関しては黙るしかないが、だからといってまったく何もしないでいられるほど私は無責任な立場にない。管理できる範囲では力を尽くさせてもらうと決めている。

「もう、一時間だ。一時間やって、十五分休憩。妥当なところだろう」

「……まだ余裕あるわ」

「限界ぎりぎりまで詰めて仮にコケたら、それが一番効率悪いぞ」

 何を言われても聞く気はない。その意思表示として先に壁際にどかっと座った。やや遅れて、少し離れた位置に彼女はそっと腰を下ろす。ここまでが、彼女ひとりのレッスンに付き合うときのほとんど恒例のやりとりになっていた。

 何度となく無理はさせないと言外に伝えているのに、毎度のようにまだ平気と強がってくる。このあたりに彼女のどうしようもなく頑固者な性分がよく出ている。

「ちゃんと水分も取ってくれよ」と私は言った。

「取ってるよ……ほんと、過保護」

「過保護にもなる。どこかの誰かが危なっかしいから」

「……***のこと?」

「よく言えたな」

 元気いっぱいに跳ね回るあの子はあの子で確かに危なっかしいが、その年下の***をして『放っておけない』と称されていることを当人は知らない。伝えてみれば、いったいどんな反応が返ってくることやら。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:08:04.34 ID:U5rAS9nW0

 ○○○○がおもむろに髪を解いた。光の加減で青みがかっても見える黒髪が、しゃらんと垂れた。自身のタオルで軽く首筋の汗をぬぐって、再び髪をシュシュでまとめ直す。……シュシュ?

「……珍しいもの付けてるな。それ」

「え? ……あ、これ?」彼女はポニーテールの根元に隠すように手を添えた。

 長髪な彼女が髪をまとめているのは珍しくない。ただ、今までは機能美オンリーのプレーンなヘアゴムをよくよく用いていたはずで、小花柄が可愛らしいそれは私の目に馴染みのないものだった。

「■■にもらったの。アイドルなんだから、普段から可愛いもの使わないとダメって」

 面映そうに、彼女は頬を掻く。言われてみれば、その髪留めは■■が愛用している手作りのヘアバンドとどこか似ているような気もした。

「へえ。器用だよなあ」

「ね」彼女はこぼれるように、小さく笑みを浮かべた。「私がもらったの知って、***もねだってたよ」

「私にも作ってほしい、って?」

「うん」

「■■も大変だな」

 ***が■■にすり寄って、ちょっと離れたところで○○○○がくすくす笑っている。そんなふうに三人でわいわい賑わっている様子は容易に想像できて、私もつい、つられるように笑ってしまった。

「なんだかんだ、文句言いながらも作ってあげるんだろう」

「たぶんね。■■のことだから」と彼女が重ねた。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:08:41.21 ID:U5rAS9nW0

 ○○○○は基本的に大きく笑わない。コールドカラーの澄んだ瞳に均整の取れた顔立ち。十六歳のまだ少女である彼女を一言で形容するとして、しかし可愛いや愛らしいは出てきにくい。そこそこに付き合いのある私とて、彼女のありさまを言い表すとなればクールや美人を挙げがちになる。

 しかし、親しい友人について語る彼女の自然な微笑みは、紛れもなく年相応、可愛らしいものだった。

「○○○○」

「うん? あ、そろそろ休憩終わりよね」

「ああ、それもそうだが」

 立ち上がって言った。

「似合ってるぞ、それ。ということを言おうとした」

「……なに言ってるの急に。さっさと始めて」

 そっけない声でそっぽを向かれた。冷淡なことだと、出会った当初のなまじな付き合いならば肩をすくめることもあったろうが、親しくなった今は肩を揺らして笑った。長髪をアップにまとめて朱色の耳を隠すものもなく、感情はいつもよりわかりやすかった。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:09:20.39 ID:U5rAS9nW0

 多少の動揺が見られても、練習が再開すればいつも通り平静に戻る。適度に休憩を挟みつつ、ダンスレッスンは予定通り十六時に切り上げる手筈となった。

 使用した備品は元に戻し、床のモップがけは二人で済ませなければならない。ところが、ルーム隅の用具入れに手をかけた私を彼女が制した。

「いいよ。あとは私がやっておくから、もう戻って」

 手が空いていたからレッスンに付き合うことにしたとはいえ、デスクワークが一切ないわけではない。好き好んで残業に身を投じる私ではないので、これは嬉しい言葉だった────額面通りに受け取るならばだが。つまり言葉に裏がある。

 ため息をついた。今が十六時十五分。「……私の定時までには、鍵を返しにくるように。十七時半だ。遅れたら、怒る」

 彼女は無言に頷いた。

 一応、一曲分の振り付けの一通りの確認は済んだ。しかしやはりただ一日ですべて仕上がるわけもなく、最後の方はややなおざり。出来に気に入らないところでもあったのだろう。止めるべきなのはわかっているが、止めたとして素直に従ってくれるかは怪しいところだ。目のまったく届かない範囲でどうにかされる方がたまらない。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:12:08.52 ID:U5rAS9nW0

 去り際に念を押して、ゆっくり昇降するエレベーターで三階のオフィスフロアまで上がった。

 私のデスクは壁際にあって窓辺に横付けされている。左は窓、右手に同僚たちのデスクが並んでいるが、つい最近にすぐ右隣の老プロデューサーが退職してしまった。だから普段、私のデスク周りにはひと気が薄い。

 はずだというのに、戻ってみると今日は二つの騒がしい人影があった。

「王手」「あっ、ちょっと待って! 今のなし!」

「……なにをやってるんですか?」

 隣の空きデスクから椅子を引っ張って、社長と***が私のパーソナルスペースで将棋に興じていた。声をかけると振り向いて、「お、キミか」と社長がとぼけた声を出す。

「いやね、リベンジに来たんだがまだ君がいなかったから。代わりに通りがかった彼女に付き合ってもらってるんだ」「プロデューサー! 助けて、社長さんがいじめてくるの!」「待ってくれ人聞きの悪い。***くんも本気で来いと乗り気だったろう?」

 社長あなた何歳ですかとか、***は将棋のルール知ってたのかとか、まったく年代の差を飛び越して仲の良いことだなとか、浮かんだ言葉はひとまず飲み込んで、私は万感の思いをため息と一緒くたに吐いた。

「……なんでもいいからデスクと椅子を返してくださいとりあえず」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:12:47.66 ID:U5rAS9nW0

 盤ごと隣に移ってもらい、椅子も返してもらってPCに向かった。今度のオーディション用の資料をまとめ直しておきたい。

「王手!」「ふふふ、甘いな。こっちに逃げよう」

 確認するとデータ容量は小さめ。小一時間もあれば終わりそうだった。おそらく○○○○が戻ってくるころには、片付けられる。

「今度はこっちから王手だ。金も取れるぞ」「あーっ!」

 開いたファイルには審査員たちの好みや実績が図表化されて載っている。なるほど、メインの審査を務める人はクール系統のアイドルが好みらしい。私の担当から出すならばやはり○○○○になってくるだろうか。

「あれ? 詰んだ?」「いや、まだ手はあるぞ」

 審査員はよく見る名前だった。この情報は社内全体で共有しておくべきかもしれない。オフィス内ネットワークで共有のファイルに放り込んでおく。名称を変えておこう、『オーデ資料/P各位一読推奨』でいいか。

「やった! 角成ってドラゴン!」「あっ、しまった。でもまあ大丈夫か」

 ……。

 目をつむって片手で頭を抱えた。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:13:31.72 ID:U5rAS9nW0

 ……気が散る。よそでやるべきではなかろうかと思わないでもないが、楽しそうに駒を打っている***を見ると邪魔をするのもどうかと飲み込んでしまう。

 こっそり伺うと、戦局は社長の優勢だった。***側は角成りの龍馬がいい位置にいるが、防戦に手いっぱいで攻め込めていない。しかしこの攻撃をいなしきれれば、とまで考えて、改めてモニタに向き合った。まだ仕事が終わっていないのだから────。

「ああ、負けたーっ」「はっはっは」

「────いや負けてないだろうまだ。6三金」

「へっ?」二つ重なった頓狂な声が私へ向けられる。

 まだ残っている手の見逃しに見かねてつい口が出た。ぽかんとするふたりの方へ本格的に体を寄せて、隣のデスクで行われる戦場を俯瞰してみる。

「あっ! ほんとだまだ負けてなかった!」***が慌てて言った場所に金将を移動させた。

「むむ。仕事は終わったのかねキミ」

「終わってませんが気が散るので。こっちを先に終わらせてしまおうと」

「……なかなか言ってくれるじゃないか。ここから逆転できるとでも?」社長が8一に飛車を動かす。

「やってみないとわかりませんよそんなこと。お互いプロじゃあるまいし……***、8七に持ってる金置いて」

「了解っ!」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:14:19.08 ID:U5rAS9nW0

 予定外に対戦に混じってしまったが、将棋は好きな方である。私はちょっと楽しくなってしまって、***にアドバイスを繰り返した。

 社長はつい先日に打ち始めたばかりで、つまり腕前は素人に近い。私も大きく括れば社長と同じグループに入るに違いないが、一日の長があった。平手差しならばまず負けない。が、今はルールを知っているだけで完全な素人らしい***がこしらえた戦局をひっくり返さなければならない。

 盤面は互いの手が重なるごと白熱の度合いを増した。私もいつになくヒートアップして頭をひねっていたところ、不意にふわりと制汗剤の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。おや、と意識がそれて、

「────なにやってるの?」

 ○○○○の凛とした涼やかな声に我に返った。

「あ、○○○○! おつかれさま〜」「おや、○○○○くんか。レッスンだったかね、お疲れさん」

「ありがとうございます。***も、ありがと。……将棋?」

「うん! 今プロデューサーに手伝ってもらって社長と戦ってるトコ!」

 ○○○○は「ふうん」と言って私の方を見る。

「……お疲れ、○○○○」

「うん。……ごめん、待たせたのかな」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:15:12.64 ID:U5rAS9nW0

 仕事は終わり、○○○○を待ちがてらに将棋に付き合っていた。彼女にしてみれば、私たちの送っていた光景はそう見えたかもしれない。……申し訳なくなる。『なにやってるの』というシンプルな疑問が耳に痛い。私は仕事を放っぽりだして『なにやってるの』かという話である。

「いや。べつに待ってないから気にしなくていい。……満足はできたか?」

「おかげさまで、ね。はいこれ」

「ああ」差し出されたレッスンルームの鍵には、有名な洋ドラマのロゴ・ストラップが付いている。それは○○○○からもらったもので、彼女は姉からもらったらしい。受け取って机上ラックに取り付けたフックに引っ掛けた。

「***も、待たせてごめんね」と○○○○が言った。

「あ、ううん! 私が早くに来てただけだし! 社長さんたちと遊ぶのも楽しかったから、平気ヘーキ!」

「なんだ、なにか予定があるのか?」口を挟むと、えへへ、実はねー、と***が嬉しそうに笑った。

 そういえば、出勤予定のなかった***がなぜここにいたのか。その理由はレッスン上がりの○○○○と出かける予定だったから、らしかった。

「ああ、そうだったのかね。……あまり遅くなってはいけないよ」と社長が言った。

 今は夕五時半。まだ日は高いとはいえ、社長の忠告ももっともである。「なにするのかは聞かないが、行くなら早く行ったほうがいいな」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:15:50.42 ID:U5rAS9nW0

 途中なのにゴメンね、と手を合わせる***と軽く会釈する○○○○をその場で見送って、あとには私と社長だけが残った。

 若い子らがいなくなって高い声が聞こえなくなると、途端に静かさが身に染み入るよう。

「……夏草や、かな」と社長が呟いた。△7八銀打。

 すぐにこういう表現が思いつくあたりは、年の功なのだろうか。私にはまだできそうもなかった。「ですね」と苦笑いを返した。▲7六玉。

 エアコンのため息の合間に、パチン、パチンと音を鳴らす。△7三香。▲7五歩打。

 規定の終業ベルが鳴り、社長はダメ押しの一手を打った。△同香。痛いところだった。巻き返しは、もはや効かない。参りましたと一礼し、自身のデスクに戻ると、モニタにはスクリーンセーバーのシャボン玉が揺れていた。ひとつ弾けるのを見届けて、私は途中で放ったらかしにしていた画面を表示した。

 窓越し、見上げた眩しい色の空に、白い入道雲が見事なコントラストを描いている。

 ────つわものどもが、夢のあと、か。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:19:00.42 ID:U5rAS9nW0

三.

 盛りの太陽を照り返し、アスファルトと接する大気が炎のように揺らめいている。前をのろのろと走る車のナンバープレートがはっきりしない。陽炎はそこかしこから立ち上っていて、外気がいかほどな酷暑であるかをわかりやすく主張していた。

 数珠つなぎに連なった各々の自動車、その排気パイプからこぼれ落ちる熱の塊もいいだけ地表面を灼いている。この光景を見てみれば、そりゃあ地球も温暖化するというものだと、ひとり納得ができるようだった。

 そんな灼熱の真っ只中にいてしかし快適な肺呼吸を許されているのだから、まったくエアコンは人類の宝であると言って言葉の過ぎることもないだろう。

 動きの止まった流れの中、私もブレーキを踏み込まざるを得ず、また停車。シートにもたれて一息をついた。

 道路の少し先、アーチ状にかかった電光掲示板が現況を掲げている。『この先渋滞七キロ/二五分』

 遅刻の心配まではないとはいえ、あと四半刻もこの調子が続くのかと思うとうんざりしそうだった。

「ねぇプロデューサーさん。私、お腹空いたなぁ」

 赤みがかった茶色のセミロングヘアをかき上げ、■■が可愛くぶった声を上げた。キュートな桃色のヘアバンドがよく似合う彼女は、助手席に座っている。この退屈な時間をひとりで過ごしているわけではないというのが、唯一救いだった。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:19:44.91 ID:U5rAS9nW0

「残念だが、まだしばらくは下りられそうもない」

「えぇ〜。なにかないの? この辺とかっ」彼女がダッシュボードをがばっと開ける。そこには確か車検証しか入っていない。「……なーんにも入ってない」

「だろうよ」

 仮に入っていたとしても、いいとこチョコレートか飴玉ぐらいだ。夏真っ盛りのこのシーズンに車中に放っておけば、どのみちそれはもう食べられたものではない。

「私のカバンの中に、ミントタブレットならあるぞ」

「それは……いらないかな」

「いらないのか。わがままめ」

「わがままじゃないでしょお? お腹空いたところに、普通タブレット食べないってば」

「……まあ、そうだな」

 近場のスタジオならばわざわざ高速道路に乗ることもなく寄り道もできたのだが、半端な遠征のためと乗ってしまった以上は仕方がない。サービスエリアもついさっきに通り過ぎたところだし、しばらくはない。

「我慢してもらうしかないな。向こうに着いたら昼にするから、食べたいもの考えておいてくれ」

「はぁい。……あ、ねぇ、時間は大丈夫なの?」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:20:44.22 ID:U5rAS9nW0

 問われ確認した時計の表示は十一時前。現場の集合は午後一時なのだから、「まあ平気だろう。あんまり時間のかかるところには入れないが」

「コース料理とか?」

「行列のできる名店とかな」

「あ、プロデューサーさん、私ここに行きたいなぁ」

「ああ、どれだ。……話聞いてたか■■?」

 差し出されたスマートフォンにはグルメサイトで多量の星が付いた海鮮コース料理の有名店が映っている。彼女は「冗談ジョーダン♪」とくすくす笑った。

 行き先は隣県の海浜公園だった。雑誌モデルの撮影ということで決まったロケ地は、港も近く海産品が名高い。一時集合の三十分後に撮影開始として、撮影にかかる時間は正味で三時間程度だろう。

「……夕飯にもできないな」ぼそっとひとりごちた。彼女の提示した店は高価すぎて足も心も向かないが、もう少し手頃なところなら行ってもよかった────というのは完全に私情が入っている。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:21:19.40 ID:U5rAS9nW0

 緩慢なストップ&ゴーを繰り返し、十分ほどするとやや長めの都市トンネルを抜けた。視線の先でやたらに陽光が乱反射していて、海が近いことがわかった。

「わぁ……いい眺めだね、プロデューサーさん」

 素直に感嘆した声を出す彼女には「そうだな」と応えつつ、あまりに眩しくて目をすがめた。サンバイザーを下ろす。もう少し日差しがキツければ運転にも障りそうなほど、オーシャン・ビューは輝いていた。

 高速道路は、その多くがドライバーのために直線になることを避けている。走りやすいよう意図的に曲げられたクロソイド曲線にハンドルを沿わせ、ひとつのカーブをゆるりと過ぎたところで、わざとらしいシャッター音が鳴った。

 音源は隣の■■で、見るとスマートフォンを顔の前に掲げていた。サイドウインドウ越しの海を背景に、インカメラで自身を撮影している。

「んん〜……ブレるなあ。プロデューサーさん、車停めてくれない?」

「無茶を言うな。……まあ、まだ渋滞抜けてないからそのうち自然に停まるよ」

 言っている間に前が詰まり、ブレーキを踏み込んだ。「ちょっと窓開けるね?」と許可を出す前にパワーウィンドウは下げられ、異常な熱気が入り込んでくる。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:21:52.26 ID:U5rAS9nW0

 二、三度のフェイク音ののち、彼女は満足げに「よし♪」と頷いた。

「満足したら早く閉めてくれよ。暑い」

「うん。……あ」

 なにかを思いついたような声をぽんと上げたあと、彼女の手が私の腕を強めに引っ張った。不意のことに抵抗を忘れ、彼女の方にもたれかかってしまう。

「プロデューサーさん、はいポーズ♪」

 とっさにできるかそんなもの。と言いたくなったが、カシャッという撮られた証明音が無情にも先に鳴った。

「あはっ、変な顔〜」画面をこちらに向けつつ、空いた手で私を指差しけらけら笑う。目を見開いた私と、完璧に表情を決めた■■のいびつなツーショット。

「そりゃ変な顔にもなるだろう。……というか、おいアイドル。軽率なことをするんじゃない」

「あははっ、ソーリー♪」

 ふっと顔をそらして、空いた車間を詰めるためにアクセルに足を移した。

「消してくれるとありがたいな」

「うーん、それはもったいないよね〜」

 横目に伺うと既に加工アプリを開いてあれやこれやといじくり回している。私は諦めてハンドルにもたれかかって、フロントガラス越しの青空を仰いだ。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:22:31.73 ID:U5rAS9nW0

 渋滞を抜けてしまえばあとは早いもので、集合の一時間前には海浜公園に到着した。潮の香りがした。内陸部出身の私には馴染みの薄いもので、頭に立ち返るような記憶もなかった。

 昼食は下道のルート上にある適当な店で済ませようかと話していたが、同一車線上には全国チェーンの牛丼屋とカツ丼屋しかなかった。これから衣装モデルとしての撮影を控えているアイドルを、連れて入れるようなところではない。

 ないものは仕方がない。ここの公園は一応観光地として名の挙がる場所だし、なにかしらがあるだろうと判断してひとまず現地入りを先に済ませることにした。今はふたりして鳴きだしそうな腹を押さえている。

 遊歩道を形作る植え込みには、彩りも豊かにジニアが咲いていた。吹きさらしの塩っ辛な風と太陽の炎熱をものともしない花は、可憐な見た目に反していたく強いらしい。

 持って来ていた白の日傘を開いて彼女に渡す。

「ありがと」

「ああ。しかし暑いな……」

 インナーを越えて、ワイシャツまでじっとり湿っている感覚があった。できれば、冷房の効いた店内でなにか冷たいものが食べたい。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:23:20.56 ID:U5rAS9nW0

 カレー屋は論外として、ファミレス、喫茶店には食指が動かない。天ぷら屋、寿司屋は休日昼だけあって列ができている。飲食店の並ぶエリアを五分ほど歩いて、見つけたノボリに私と彼女の「あっ」という声が重なった。

『冷やし中華はじめました』

 店内をのぞいてみたが、そこまで混み合ってもいない。

「……ここにするか」

「そうだね。時間もそんなにないし」

 あらかじめ決まっていた注文を入店と同時に伝え、念のため奥のテーブル席に座らせてもらった。

「はい、冷やし中華ふたつね。うちはキムチが無料だから、よければどうぞ」

 柔らかく笑う老婦が愛想よく言って厨房に戻って行った。せっかくなので専用コーナーで白菜キムチを小皿に盛ってテーブルに戻ると、彼女が苦い顔をこっちへ向ける。そういえば、苦手だったか。

「……食べなければいいだけだろう。においもダメだったか?」

「そこまでじゃないけどお。無理に食べさせようとしないでよ?」

「誰がするかそんなこと」

「***が面白がってするんだってば……」

 小さく笑って小皿をつつく。赤色の辛味が舌を刺激した。

「まあ、あれでも親しき中の礼儀は持ってるだろ?」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:23:57.03 ID:U5rAS9nW0

 そのやりとりを直接に見たことはないが、私にはただじゃれているだけの様子しか想像できない。***は悪ノリすることもあれど、本当に人が嫌がるようなことはしない子だ。

 困った妹分だよ、本当。とでも言いたげに、■■はため息を吐いた。

 まもなく、老婦人がトレイを二つ持ってテーブルまで来た。

 蒸し鶏にキュウリ、錦糸卵とミニトマト。ごく一般的な具材が乗った冷やし中華は、体の中から私たちを冷ましてくれた。

「……ああ、そういえば」私はおもむろに言った。

「うん?」

「○○○○たちに、ヘアアクセ作ってあげたんだって?」

「あー……うん。まあね〜」

 つるると麺を吸い上げ飲み込んでから、彼女は唇をほころばせた。

「○○○○はさ、普段からすっごいオシャレなのに、ちょっとした小物とかに気を遣わないでしょ。そういうとこ、もったいないじゃない? で、まあ作ってあげたんだけど。そしたら***も欲しいって言い出してね! ショートじゃシュシュも使いづらいかなって思って、あの子にはヘアピンを……プロデューサーさん?」

「ん?」

「どうしたの、変な顔して」

「変な、って……遠慮がないな、まったく」

 自覚はなかったが、どうやら顔がゆるんでいたらしい。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:24:42.82 ID:U5rAS9nW0

「どうかしたの?」と繰り返したずねられるが、べつに何か特別なことがあったわけでもなく、

「いや。仲良いよなぁ、本当。と、思っただけだよ。微笑ましい」

 思ったことを素直にそのまま言っただけだった。意図のまったくない単なる感想に過ぎなかったそれは、しかしちょっとした意趣返しになったようだった。皿に向けていた顔を上げると、彼女がウェーブがかった毛先を指先でいじくっているのが目に入った────親しくなるにつれてわかった、照れたときの彼女の仕草。

「そりゃ仲はいいけど。……普通でしょ」

 噴飯、ならぬ噴麺しそうになる。しれっとした表情をしているのがなおさらにおかしい。

「べつに照れるようなことじゃないだろうに」

 行儀悪く箸で指してみると、うるさいっ、と彼女が言った。

 ちょっとした田舎の出身である■■は、都会的なイメージの付きまとう芸能事務所に入ることにやや緊張していた(うちのような小規模事務所にそんなイメージを持つのが適切なのかどうかはさておいて)。その相談を持ちかけた相手である私に、同じ口で心配がまるで不要だったと自己申告していたと考えるのならば、照れる気持ちも理解できないことはなかった。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:25:30.15 ID:U5rAS9nW0

 お互いに三十分もかからず食事は終えた。そろそろ行かないとな、と荷物をまとめたところで、隣席に座っていたいかにも体育会系な体格の男二人組の会話が耳についた。

「────そういや、知ってるか? 今日ここで、どっかの雑誌の撮影あるらしいぜ」

「へえ。誰か可愛い子くんの?」

「詳しくは知らねー。けど、なんかアイドルも来るんだとか。ほら、あのー……ミシロプロ?」

「マジ? 有名どこじゃん。ちょっと見に行ってみっか……って、そうだ、ミシロで思い出した。なあおい、こんなウワサあんの知ってるか? あそこ今度さ、なんか社長か専務かが変わるらしいぜ」

「んなお偉いがぁ? 不祥事もねーのに、んなことならんだろフツー。どこ情報よ、デマだべそれ」

 しばし耳を傾けていたが、嘆息して立ち上がった。会計を済ませて店外に出ると、彼女は「なかなか上がらないよね。知名度」とぼそり言った。

「……まあ、事務所のネームバリューがな」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:26:17.15 ID:U5rAS9nW0

 今回の撮影はミシロから回してもらった仕事のひとつだ。企画書に載っていた向こうから出されるアイドルは、この春に事務所に入ったばかりの新人。曲がりなりにもデビューしてしばらくが経つ■■と比べたなら、その人気度合いは優っているはず。

 だというのに、噂に流れるのはミシロのアイドルだった。劣っている場所があるならばそれは事務所としての力に他ならず、そう思うと情けなさやら申し訳なさやらで涙もちょちょぎれそうになる。

「あっ、そんなに大げさに気にしてないよ? 私たちは私たちでやっていくしかないんだし……」

 くるんとターンして、彼女は私に背を向けた。

「ちょっとずつでも、やっていくしかないもんね。ちゃんとわかってるよ」

 まったく、本当に────と言いたくなったが、咳払いでごまかした。■■にせよ、***と○○○○にせよ、私にはもったいないぐらいにできた子たちだった。

 横に並び、店内に入る際に預かっていた日傘を再び開いて渡す。

「じゃ、今日も地道に頑張ろうか」

「うん。……もしさ。もしほんとに見に来たらね」受け取って、彼女はポーズを決めてウィンクした。「さっきの人たちも、まとめて私が魅了しちゃうから♪」

「……頼りにしてるよ」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:27:03.63 ID:U5rAS9nW0

 ジニアの植え込み通りをもう一度通って、予定の集合場所まで赴いた。噴水がキラキラしぶきを散らして涼やかさをアピールしていたが、実情は焼け石に水だった。

 すでに他所のアイドルもモデルもあらかた集まっている。中へ混じって簡単な挨拶を交わした。噂のミシロのアイドルもいた。そのプロデューサーも隣についていたが、私に見覚えのない顔で、おや、となる。

「こんにちは」声をかけてみると、やや硬めの声で律儀な挨拶が帰ってきた。年若い。もらった名刺は角がピンと鋭く尖っていた。

「……失礼ですが、最近入ったばかりの方、でしょうか?」

「あっ、はい! この春入社してばかりで……右も左も分からない若輩ですので、ご失礼あったら申し訳ありません」

 頭を下げた相手には無難な返答をして、また少しばかり複雑な気分に陥りそうになる。

 私が新卒として入社したときは、新人全員が分け隔てなく一年間はアシスタントだった。先輩プロデューサーにつき従って、現場研修を行っていたはず。体系が変わったのか、あるいはこちらの彼が飛び抜けて有能なのかもしれない。

 しかしどちらであったにせよ、ちょっとしたしこりが私の中に生まれたのは間違いなかった。そんなものが生まれてしまったのが、情けなく、また惨めったらしくもある。

 自分たちは自分たちでやっていくほかない。アイドルたる彼女が理解して納得しているのに、そのプロデューサーである私がこんなことでどうする。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:27:40.92 ID:U5rAS9nW0

 眉間にシワが寄ったのが自分でわかった。目ざとく察した隣の■■が「どうかした?」と訊いてくる。

 なんでもない、と返して首を振るった。

「ふーん……?」彼女はさっきまでの私の視線を追うように、ミシロプロのふたりを見やった。それから私とを見比べて、にこりと笑う。

 私が首をかしげたところに、嘘をつけと言わんばかり、唐突な彼女の平手打ちが私の背中をばちんとやった。薄着越し、背中への衝撃がただ単純に痛い。

「……なにを」

「よくわかんないけど」こっちの言葉は遮って、彼女は小慣れたウインクを私に飛ばした。「プロデューサーさんは、ちゃんと私を見てること! ……ね?」

 集合の声に呼ばれて、彼女は足取り軽く駆けていく。その背中が、すすけたような私にはいたく頼もしく映った。……本当に、私のような馬鹿者には過ぎたぐらい。いや、ひょっとしたらそれでかえってバランスが取れているのか?

 こんなことを口に出すとまた叩かれてしまう気がしたので、私は黙って撮影に臨む彼女を見守ることにした。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:28:43.12 ID:U5rAS9nW0

四.

 順調だな。呟きはするりとすべり出た。モニタに映る今月の収支表の最下段は、黒色の数字が並んでいる。作成した資料を保存のち社内ファイルに放り込む。手帳のメモにチェックを入れて、一度大きく伸びをした。ロールアップタイプのカーテン越しに、オレンジに光色を変えた西日が当たっている。

 本来ならば経理関係の仕事なんて私のいたすところではない。とはいえ、小さな会社で人も少ない。足りないところは手の空いた者が務める、という暗黙の了解のもとに、すっかり門外漢だった作業にも慣れてしまった。

「ていっ! ツーペア! どう?」

「残念。はい、スリーカード♪」「うそっ!?」「まだまだね〜、***」

「……えっと、ごめん。私、フルハウス」

「え、うそでしょ!?」「○○○○強ーい!」

 そして、この近い距離感にも慣れたものだった。

 右隣の空席はいつの間にやら私の担当アイドルたちの遊び場のようになっていた。どこからか持ってきたパイプ椅子も並べて、今は三人、ポーカーに興じている。仕事の邪魔にならんのですか? と以前同期の同僚に呆れ混じりにたずねられた。確かに気は散るが、これが案外邪魔ということもない。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:29:31.97 ID:U5rAS9nW0

 お揃いじゃない四つのマグが置いてあった。私のデスクにひとつ、隣の彼女たちのところに三つ。すでに干してしまっているが、もとはコーヒーが入っていた。淹れてくれたのは彼女たちで、そんなやさしい気遣いが私は嬉しいのだ。

「あれ? プロデューサー、仕事終わった?」

 ***の言葉に「ああ」と頷くと、■■が「もぉ、遅いよプロデューサーさん」と不満げに言う。

「待っててくれなんて言ってないだろう……しかも遊んでたじゃないか楽しそうに。文句を言われる筋合いがない」

「まあまあ、プロデューサー。■■は待ってたのよ。これで結構健気だから」

「ひゅーひゅー♪」

「ちょっと、○○○○? 変なこと言わないでよ。***もヘタな口笛やめるっ」

「えっ、ヘタじゃないしっ!」

「変なこと……? 待ってたのは本当よね」

「みんなで待ってたんでしょ!?」

 やんややんやと騒がしくなる三人に苦笑しつつ、とりわけヒートアップしそうな■■を中心になだめた。

「で、どうした? ……なにかあるんだろう


 あらためてたずねてみると、一度、三人顔を見合わせる。代表して口を開いたのは***だった。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:30:23.13 ID:U5rAS9nW0

「……もうじき、夏が終わっちゃうよね?」

 まだ日中は暑苦しいぐらいだが、暦上の夏と秋の境はもう結構前に過ぎた。「そうだな」

「最近、仕事は順調だよね?」

「そうだな」考えるまでもない。ついさっきに結論が出た。

「……ご褒美、ほしいよね?」

「……そうなのか?」

「と、いうわけでっ! 私たちは遊びに行きたいのです、プロデューサー!」

 かなり強引に『と、いうわけ』で繋げられた気がするが、要するにここのところ頑張ってるんだから休暇をよこせと、そういうことらしかった。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:31:02.07 ID:U5rAS9nW0

 必携品である手帳を開く。ありがたいことに、またあいにくに、スケジュールは埋まりがちで書き込みのないマスは少ない。誰かが休みでも別の誰かが出勤になっている。三人でどこかに行きたいと言っているのだろうから、それでは意味がない。

「次に三人の休みが重なるのは……」

「重なるのは?」

 ページをひとつまたいだ。「……一ヶ月後、ぐらいか」

「遠いよっ!」

「そうだよな」

 自然の成り行きでは満足してもらえそうもない。調整するしかないかと、一週間後の営業予定にボールペンを当てた。

「……じゃあ次の土曜日。なんて、どうだ?」

 三人それぞれにスマートフォンや手帳を開いた。予定を確認して揃って頷く。

「いいね!」

「では、そのように」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:31:32.14 ID:U5rAS9nW0

 二本線で自身の字を消し、忘れてしまわないように日付の上にバツ印を入れた────ところ、のぞいた■■が「あ、違うよ?」と私の手帳をひったくった。

 ノック部分にキャラクターがあしらわれた彼女のペンが、私の手帳を走る。

「……これでオッケー。はい、プロデューサーさん」

 返ってきた手帳には、ピンク色の丸文字がちょこんと書き足されていた。

『四人でデート(ハートマーク)』

「……■■?」

「うん?」

「なんだこれは」

「えっ、なにって」さも当然だと言わんばかりに彼女は首をかしげた。「プロデューサーさんも一緒に行くに決まってるよね?」

 ────決まってはないんじゃないか。という主張は完膚なきまでに黙殺されてしまった。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:32:12.48 ID:U5rAS9nW0



 じきに秋めくということで、実際の気温はともあれ世は納涼のシーズンである。催事の多くなる時期の中、私が指定した休日は偶然にも都下の花火大会の日を撃ち抜いていた。

 住んでいる地域からは近いとはいえ、開催地は徒歩で気軽に行ける距離ではない。電車もイベントとなれば当然に混む。彼女らは運転免許など持ち合わせていないから、つまるところ出かけるにあたっての足も欲しかったのだろう。

 自家用の青いミニクーパーは四人乗せるとかなり厳しい。うるさく唸る古びたエンジンに申し訳なく思いつつも、アクセルを踏み込んだ。

「あと二十分もあれば着くな。……今さらだけど出発早くないか?」

 まだ太陽は東の雲の裏側で佇んでいる。花火の打ち上げ開始は夕方からで、場所取りの必要はあったにしてもさすがに早すぎるように思える。

「早くない早くない」ヘッドレストに手をかけながら後部座席の***が言った。「向こうで遊ぶもん。ねー■■姉?」

「そうね。出店とかは朝からやってるみたいだし?」

 バックミラーに映る■■はスマホをいじっている。下調べをしているのかもしれない。

「レインボーアイス、っていうのが毎年出るらしいの。屋台で。それ食べたいなぁ、写真映えもしそうだし。○○○○も食べたいよね?」

「え……うーん。べつに?」助手席の○○○○が応える。

「そ、そこは行きたいって言うべきところでは!」

 ■■へと返されたマイペースな正直さに、***が突っ込んで三人の笑い声が重なった。

 足扱い、と考えたならばそれは大概愉快じゃないが、反して私の表情はゆるんでいるような気がした。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:32:40.34 ID:U5rAS9nW0

 やがて湾が見えた。埋め立てて作られた地面を走る道路はとことんまで人工的で、合理的に私たちを連れて行く。時間が早いだけあってそこまで人混みはなかったが、会場に近付いて屋台が路端に並んでくると、途端に進みが悪くなった。

 合議の結果ちょっと遠めのパーキングに入れて、そこからは歩いて行くこととする。三人それぞれ一応に軽い変装をした。■■はベージュのハットに黒縁の眼鏡。***はデニムカラーのキャップ。○○○○はフレームレスの丸眼鏡をかけて、普段下ろしている髪をおさげにしてシュシュで留めていた。

「プロデューサーは変装しないの?」と***が訊く。私がする必要がどこにあるのか。

 その日は比較的涼やかな気候だった。日差しは弱く、海沿いに風があることもあって、熱暑極める日々の中にあってはかなり過ごしやすい。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:33:10.54 ID:U5rAS9nW0

 駐車してから歩くこと五分ほど、先頭を行く***の琴線が最初に反応したのは屋台奥で銃把を握る人影だった。

「おー、射的っ! やりたーい! みんなやろうよ!」

「あ、コラ。走らないの***。危ないでしょ?」

「ととと……えへへ、ごめんね○○○○。■■姉ー! 早く早くっ」

「急ぎすぎだって……お祭りは逃げないから。……で、射的? やるの?」

「やるっ」

「○○○○も?」

「私は、やるなら付き合うけど……」

「んー……なら、私は見てるね。特に欲しいものもなさそうだから。……せっかくだし、二人で勝負! とか、してみる?」

「むっ」「……いいわね」

「勝負○○○○! おじさん一回!」

「あいよ」

「受けて立つわ***。……おじさん、私も」

「あいあい、っと」

「……んんん……よぉく狙って……撃つ! 撃つ!」

「えっ、どこ狙ってるの***……?」

「うるさいなー■■姉!」

「Shoot! ……うん、悪くないわね」

「おっ、こっちの嬢ちゃんはうめえな。緑のブサイクが一撃だぁ」

「……なに狙ってるの○○○○……?」

「……■■、うるさい」

「なるほど、勝負に勝って試合に負けた○○○○……」

「黙って、プロデューサー」

「勝負に負け、試合にもべつに勝ってない***」

「プロデューサー?」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:33:53.76 ID:U5rAS9nW0



「あっ、見てみて! レインボーアイスの屋台!」

「あー……んー? ……うーん」「すごい色……ね」

「えっ、二人ともなにそのびみょーな反応」

「いや、……■■姉、正直に言っていい?」

「なによ」

「おいしそうではなくない?」

「そんなこと言わないでよっ! ○○○○も頷くのやめる!」

「おもちゃみたいな色してるよね」

「おも……○○○○、今から食べるんだから言い方考えて。もう、私は買ってくるからっ。ちょっと待っててよね」

「ああ、私も買おう。***と○○○○は待っててくれ」

「さっすがプロデューサーはわかってる! こういうのが女子力だよね〜」

「ああ、ええと……いやすまん、怖いもの見たさが本音というか」

「サイテー」

「私に女子力を求めてくれるな。……ああすみません、ふたついただけますか。ふたつで……六百円ですね。ちょうどで。……ほら、■■」

「あ、ありがと」

「おかえりー」「……近くで見るとなおすごいわね」

「そうだろう。……しかし困った、コレなかなかうまいぞふたりとも」

「えっ」「……本当?」

「ふんだ、あげないからね。んー……うん、この角度かな。……よし。ほら見てこのセルフィ! 超いいでしょ!」

「ほんとだー」「写真はいいね」

「味もいいんだってばっ!」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:34:24.42 ID:U5rAS9nW0



「私ねぇ、屋台のソースものは最強だと思うんだ」

「うん。口元に青のりついてるよ***」

「ウソッ。どこ? 取って取って○○○○」

「もう……ふふ、子どもみたい」

「もうお昼だね〜。***と○○○○は焼きそば食べてるけど、私たちはなに食べよっか? プロデューサー」

「ああ、ソースもの最強説は私も推したいところだからな。たこ焼きか、お好み焼きもいい」

「あっ、『本場の味! ジャージャー麺』だって。私あれにしよっと」

「……参考にすらしないならなぜ訊いた? おい■■待て」

「私たちも焼きそばだけじゃ足りないよね。なにかないかなー」

「えっ……私はべつに。足りそうかな」

「あっ、見て○○○○、ハリケーンポテト! あれおいしそう買いに行こ!」

「待って***私はお腹いっぱいなの。いらない……ちょっと待って、ねえこっちの言うこと聞かないならどうして話振ったの?」

「おじさ〜ん、ジャージャー麺ふたつくださ〜い」

「コラ待て■■それふたつって私のぶんも入ってるよな? 私はソースものを」

「おじさん! ポテトふたつ!」

「***? それ私のも買ってるよね? 食べないよ私はっ」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:34:57.22 ID:U5rAS9nW0



「お。スマートボールか」

「なにそれ」「なにこれ」「初めて見たかも」

「……まさか三人とも知らないのか? 嘘だろう……」

「わぁ、プロデューサーさんが崩れ落ちそう」

「ええと……四×四の穴を狙ってボールを弾いて、入った穴で列を作れたら景品?」

「解説ご苦労○○○○くん。へー、要はパチンコみたいなものなのかな?」

「***パチンコしてるの? ダメよ未成年なのに」

「やらないよっ! 変なこと言わないでよ○○○○! イメージだから! イメージ!」

「……まあ、パチンコに似てるっていうのはそうだな。パチスロが出回る前はパチンコ屋にあったりもしたらしい。面白いぞ、私が子どもの頃は屋台の定番だったんだ」

「わぁ、プロデューサーさんが復活した」

「……あれ、そういえば。ねぇ○○○○、パチンコとパチスロってどう違うの?」

「……さあ……? 私に聞かないで、***」

「これが世代差か……」

「わぁ、プロデューサーさんがまた崩れそう。ていうか、そりゃそうだって。私たちが遊技場に詳しかったらそれもどうかって話じゃない。でしょ?」

「まあ……確かに。■■の言う通りか。そうだな。ちょっとやってみるか?」

「いやあ」「ううん……」「べつにいいかな」

「傷ついた」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:35:27.46 ID:U5rAS9nW0



 ぴちょん、と水が跳ねた。平べったな水槽の中で、赤い金魚が一匹跳んで落ちた。波紋がふわふわと広がって、壁にぶつかってほどける。

 ペラの紙が貼られたポイは、水が染み込んで魚影を捉える前にやぶれてしまった。

「……難しいな」と私が言うと、隣にしゃがみこむ○○○○の口角がゆるく上がった。

「ヘタだね、プロデューサー」

「うるさい。……まあ、取れたとしても返す予定だったしな。うちじゃ飼えないから」

「事務所で飼ったらいいんじゃない?」

「それも……どうだろうな。今日みたいな日は世話できないだろう。他の社員に任せるって手もあるが、自分たちで面倒見れないなら飼うべきじゃないと私は思う」

 店への邪魔にならないようにと早々立ち上がる。まじめね、と彼女は呟いた。言い方次第で良くも悪くも取れそうな言葉だったが、悪い気はしなかった。そもそもすくえていないから無駄な話ではある。

 隣の屋台では■■と***が亀釣りに挑戦していた────はずだったのだが、ひょいとのぞいてみると姿がない。どこに行ったろうと○○○○と顔を見合わせたところで、ちょっと離れたあたりの人混みから呼び声が聞こえた。混んだ人波の合間を抜けて、駆け寄ってくるのが見える。
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