エンド・オブ・オオアライのようです

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360 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/18(日) 23:11:23.26 ID:dGcshbyk0
僅か四機。幾らかの撃墜機を出しているとはいえ、私達は編隊規模において敵を圧倒的に上回る。積極的な撃墜はとある事情からできないが、正面切っての戦闘なら容易に振り払えるだろう。

『『────!!』』

《敵影、尚も追撃》

《やっぱ簡単には振り切れないか……!》

だが、私達の任務はあくまでも偵察である以上、あまり本格的に乱戦となって燃料や弾薬を使い切るわけにも行かない。加えて、ヌ級がelite以上の個体である以上艦載機がたかが20機前後で撃ち止めである可能性も皆無。さりとてこの僅かな時間で垣間見える敵機の練度から考えて、中途半端に少数部隊を割いての迎撃など愚の骨頂だ。

結論、この最悪に不利な状況を耐え抜いて任務を果たした後逃げきるしかない。

それも、幾らか収まったとはいえなお十分な密度を誇る対空砲火を躱しながら。

《目標高度まで後2500!!》

《まだそんな位置……加賀さん、彩雲で牽制射撃を!当てる必要はありません、敵機の足並みだけでも乱して!》

「了解」

『『────!!』』

3番機、4番機の速度をあえてやや落とさせ、同時に4番機後部座席の妖精さんに視界を移す。刹那の暗転を挟み、次の瞬間私の眼は妖精さんを通して背後から迫り来る四機のカブトガニをまっ正面から見据えていた。

〈キョリ、400!!〉

「射撃開始。撃墜してはダメよ」

〈オマカセダゼィ!!ダンヤクソウテン、カンリョウ!!〉

よく勘違いされがちなことだけど、彩雲は全くの非武装機というわけではない。敵機に捕捉された際の自衛用として胴や後部座席に機銃を備えた物もあるし、大東亜戦争の末期には夜間戦闘用に斜銃を装備した物や大口径機銃を備えた物、爆装を試みられた機体も存在する。……私はそもそも彩雲実装前に沈んだ為それを直接見たわけでは無いけれど。

ともあれ、今私が指揮する彩雲隊の機体もそうした“量産型”の内の一つだ。

〈ウチカタ、ハジメ!!〉

『────ッ!!』

後部座席に備え付けられた一式旋回機銃が震動と共に火を噴く。殺到してきた7.92mm弾(を模した超小型の機銃弾)に行く手を遮られ、敵影の内一つが忌々しげに回避軌道を取った。
361 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/18(日) 23:21:12.70 ID:dGcshbyk0
「撃墜の必要はない……というよりは、してはダメ。狙う場所に気をつけて」

〈リョーカイ!!〉

〈ワカッテイルデアリマス!!〉

学園艦の中には、今なお生徒や民間人が数多く取り残されている。その真上に弾薬を満載した敵機を落とすようなことがあれば、いかに小型とはいえ誘爆によって更に被害を広げる可能性が出てきてしまう。

私達が空に上げた機体も、墜落による被害を最小限に抑えるため燃料と弾薬の積載量はかなり抑えられている。そもそもこの威力偵察自体、上層部からすれば相当な苦渋の決断だ。

故に、“事前準備”を仕込める機会はそう何度もない。………多分、この一度きり。

この後の“本攻め”に繋げるためにも、少しでも多くの「敵情」を持ち帰らなければならない。

「……3番機、4番機、敵機体下部の機銃に照準。破壊して戦闘力を奪って。貴女たちならできるわ」

〈カシコマリィ!!〉

〈リョウカイシマシタ!!〉

『─────!』

功を焦ったかやや突出した1機に狙いを定め、4番機が弾丸を放つ。咄嗟に宙返りで火線を避けた瞬間、機体の腹に備わる機銃が剥き出しになった。

〈イタダキィ!!〉

『────!!?』

一航戦は隙を逃さない。横合いから飛来した3番機の弾丸がその根本を撃ち抜き、機銃を吹き飛ばされた敵機は一瞬失速して20mほど墜落した後何とか態勢を立て直し離脱していく。

〈テッキ、リダツ!!〉

〈マダマダ、モウイッチョウ!!〉

『ッ!!?!?』

息継ぐ間もなく、3番機が更にもう一連射。右後方から突入を図った別の個体が、自ら射線に突っ込む形で直撃を受ける。

『……ッッッ!!』

此方は機銃の脱落こそ避けたようだけど、遠目にも解るほどはっきりとあらぬ方向に曲がってしまった銃身はどう見ても使い物にならない。飛行速度もみるみる低下していったその機体は、やがてゆっくりと追撃戦から外れていった。

「よし………っ!?」

〈グァッ!?〉

立て続けに2機の敵を黙らせることに成功し、“慢心”が或いはあったのかも知れない。左側から大きく回りこむ形で襲いかかってきた三機目の【カブトガニ】の機銃掃射が、4番機を貫いた。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 07:43:52.08 ID:0T0gNrZA0
おつおつ
避難・保護が最優先とは本当に大変だな…
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 21:57:40.88 ID:6ib2LpGB0
364 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/22(木) 12:22:29.03 ID:gNRjXRdj0
鉛弾に撃ち抜かれ、右尾翼が千切れて後方へと吹き飛んでいく。穴だらけになった左翼も、機内に鈍い音を残してへし折れる。

〈クソッ、シセイセイギョフノウ!!〉

〈ダメダ、オチル!!〉

グルングルングルン。妖精さんの眼を通して、私の世界が文字通り激しく回転する。乗組員である三人の妖精さんたちは必死に機体の状況を改善しようとしていたが、それが物にならない努力であることは明白だった。

………墜落地点を学園艦上から反らせる事が出来る程度にはまだ舵が効きそうなことだけは、不幸中の幸いね。

「……ごめんなさい、お願い」

〈〈〈リョーカイ!!〉〉〉

少ない言葉の中から、優秀なこの子達はその意味を汲み取る。機銃手の妖精さんが、私が見えるようにあえて目の前で親指を立ててみせる。きっとこの子の背後では、他の二人も同じ姿勢を取っているのだろう。

〈ボカンドノ、ゴブウンヲ!!〉

「ええ」

操縦手妖精のその言葉を最後に、私の意識は3番機機銃手へと飛んだ。直後に、視界の端を4番機が煤けた飛行機雲を残して通り過ぎていく。

尋常ならざる速度で回転する彩雲を、妖精さんたちが懸命に制御しているのだろう。バラバラと空中に部品を撒き散らしながら墜落していく機体は、それでも確実に学園艦の上から逸れている。あの軌道ならほぼ確実に海に墜ちてくれるはずだ。

……私が艦娘として再び生をこの世に受けてから、二年と少しが経つ。だが、未だに意識を共有している機体が撃墜されるときの感覚になれることはできずにいる。

尤も、今はその気持ちを引き摺るわけにはいかない。残余2機も4番機撃墜後は動きが鈍っている今が好機だ。

「加賀より各機、彩雲4番機喪失も追跡中のカブトガニ2機を武装破壊によって撃退」

《加賀ちゃん、ナーイス!!》

《これだけ乱してくれれば十分!加賀さん、殿機体を隊列に戻して!

目標高度まであと1800!!全編隊、広域索敵陣形展開用意───》

《Saratoga-25ヨリ各位、新手ノ敵航空隊!!総数、目算不能!!》

《あぁ、もう!!》

葛城の悪態が無線越しに響く。それに続いた打撃音と破砕音から察するに、彼女のそばにある何らかの備品が悲惨な最期を迎えたらしい。
365 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/22(木) 12:27:56.53 ID:gNRjXRdj0
《葛城ちゃん、どーすんの!?》

《ここまで来たら突っ込むのみ!全機、陣形展開継続!》

「敵編隊の迎撃は?」

《私がやるよ!こちら千代田、残余の96式全機行かせます!》

《由良より各編隊、船尾商業区方面に事前報告にない“艦影”を視認!恐らくヌ級、eliteです!!》

《Saratoga for All Squad, Enemy Aircraft-Carrier One more!!

N-Class【elite】, 11 o'clock!!》

《だから英語だと解んないって!!》

凄まじい勢いで飛び交う無線を耳にしながら、私は更に意識共有先を一番機の観測手に移す。ちょうど千代田指揮下の96式が、編隊を離れ蚊柱のごとく甲板から湧き出したカブトガニの大群体へと突っ込んでいく姿が目に入った。

それにしても、合計三隻のヌ級とは。どうやってこれほどの戦力を気づかれることなく学園艦の上に……否、考察は上層部に任せよう。

今の私たちは、甲板上の情報を出来うる限り前線指揮所に届けることだけを考えるべきだ。

《目標高度に到達、全機機首上げろ!》

《こちら那珂ちゃん、ごめん!当たっちゃった!!制御困難、離脱させまーす!!》

「……っ、こちら加賀、彩雲二番機がやられたわ。五番機も機関部に被弾、退避させます」

《This is Saratoga、Ribbon-03、Ribbon-14ガDownしマしタ!Ribbon-15も被弾!!》

《千代田より旗艦葛城、何機か其方に抜けたから気をつけて!》

次々と水平飛行に移る艦載機に、敵の対空弾幕が密度を増して殺到する。機体の腹を見せると言うことは被弾面積の拡大に他ならず、加えて急激な制御運動は最も無防備な隙が発生する瞬間。私の彩雲隊も含め、損害が瞬く間に拡大していく。

『『『─────!!!』』』

乱れた陣形を整える間もなく、その横腹に黒い矢が深々と突き刺さる。
366 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/03/22(木) 12:30:26.57 ID:gNRjXRdj0
生存者の安全性という観点から反撃の手が大きく限られる私達に対し、敵には殆ど“枷”が存在しない。そして深海棲艦共は彼我の物量差に圧倒的な自信があるようで、自軍の損害に関してもまるで頓着しなかった。

《うわぁっ!?》

《Shit!!》

千代田の編隊を突破してきた敵機群は、文字通りの意味で私達に“直撃”する。機銃を高らかに撃ち鳴らしながら微塵も減速することなく隊列に斬り込んできた敵機と衝突した友軍機が、空で次々と爆炎の華を咲かせた。

《由良より旗艦葛城、当方の損耗率3割を突破!》

《作戦は続行、目標地点まで最大戦速で突っ切って!》

《千代田よりSaratoga、彩雲隊と由良っちの水偵護衛をお願い!》

《Roger that!!》

「加賀よりサラトガ、護衛を感謝するわ。空母加賀、対地広域索敵開始」

《軽巡由良、索敵開始します!》

周囲をグラマンの編隊に固められながら、全神経を集中し妖精さんを通して四方八方に視線を巡らせる 。由良も同じような動きを見せているのか、無線越しに微かな吐息が漏れ聴こえてくる。

艦上機妖精さん……分けても、偵察機に乗る子たちの“眼”は、単に遠くの物が見えるだけではなく動体視力も飛び抜けていて、普通の人間は愚か私たち艦娘すら凌駕する。高速で飛翔する戦闘機の機内からでも、観測手の眼ははっきりと、甲板上に広がる惨状を捉える事が出来た。

「………っ」

思わず、言葉を失う。

崩れ落ちた家屋、燃え盛る町並み、横倒しになった警察車両、ひび割れた道路。何より、濛々と吹き出す煙の中に垣間見える、折り重なった屍の山。

“地獄のような”という表現が、これほど当てはまる光景もなかなかないだろう。しかも、この光景が日本の……世界随一の対深海棲艦戦力を誇る国の学園艦で起きているという事実は未だに心の何処かで信じられずにいる。

けれど、私が………私と由良が絶句した理由は、別にあった。
367 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/22(木) 12:43:05.63 ID:gNRjXRdj0
まるでそうあることが当たり前のように、甲板上の至る所で“彼女”達は佇んでいた。

崩落し、瓦礫の山と化した家屋の上に。

原形を留めぬほどに激しく損壊した屍が無数に転がる十字路の真ん中に。

地面から吹き出す火炎の向こう側に。

暴れくるい、此方に向かって弾幕を放つ駆逐ナ級のすぐ傍に。

それらの姿を目に出来たのは一瞬だ。だが見間違い等ではない。見間違えるわけがない。

“奴等”の艦載機である【カブトガニ】に酷似した、深く日の射さない海の底から切り出して形作ったかのような服や艤装。

共通する特徴である、陶磁器のように無機質で蝋のように白い肌。

そして、私達艦娘や人間に対する、隠しようもないほど激しく膨大な憎悪と殺意。

あぁ、それにしても何故。

それこそ何故、貴女たちはそこにいるのか。

どうやって、貴女たちはこの場に来たのか。

「………空母加賀より艦載機隊各位並びに前線指揮所、大洗女子学園甲板上各所にて、新たに敵艦影を多数視認」










「ヒト型の深海棲艦、多数が大洗女子学園に展開を完了している模様。

現時点で把握できた艦種としては、左舷側に戦艦ル級2、タ級1、空母ヲ級1………そして、艦橋施設付近に重巡棲姫と思われる個体も視認しました」
368 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/03/22(木) 23:03:43.78 ID:gNRjXRdj0
《軽巡由良より旗艦、右舷側にも“ヒト型”を多数確認!リ級、ル級各2隻、軽巡ツ級3隻、空母ヲ級2隻!この内、ル級は片方がflagshipと思われます!》

《うっそでしょ……》

私のすぐ後に続いた、由良の殆ど絶叫に近い報告の声。それを聞いた葛城が小さく呻き、私も全身から血の気が引いていくのを感じた。

左舷側5隻、右舷側9隻、棲姫を含んだ計14隻のヒト型が甲板上にいるという事実。しかもこれはあくまで“視認できた限り”の戦力であり、より多くのヒト型が大洗女子学園に展開している可能性は十分にあり得る。

敵戦力の最終的な総規模次第では、大洗女子学園の奪還と居住者・生徒の救出どころじゃない。それこそ、学園を起点とした“内陸浸透”の危険性が現実味を帯びる。

「なんてこと……」

確かに、何となくイヤな雰囲気を感じていたこと自体は否定しない。だが、こうも寸分違わずあの男の……国連から派遣されてきたとかいう、“あの提督”の言ったとおりになるなんて。

《千代田より旗艦葛城、96式は半数を損失!もう支えきれないよ!》

《此方翔鶴、甲板各所から更なる編隊戦力の増強を確認!》

《SaratogaヨリFlagship-KATHURAGI!! どうシマスか!?Orderヲ!!》

《全編隊、三時方向に旋回!翔鶴隊、千代田隊も敵機を牽制しつつ離脱を!

葛城よりCP、作戦を中断し学園艦上空から艦載機を離脱させます!》

《CPより旗艦葛城、許可する!速やかに撤退させろ!》

学園艦上空を縦断し、特に被害が大きい商業区の敵艦に機銃掃射を敢行して迎撃能力を測る───最早、当初の計画をその通りに実行することは不可能に近い。寧ろ、敵艦隊のより詳細な情報を味方と共有するためには彩雲隊と由良の水偵妖精を生還させることが先決。葛城の判断は、間違いなく正しい。

《────敵機、直上!!》

ただ、それが遅きに失したというだけの話で。
369 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/22(木) 23:39:50.90 ID:gNRjXRdj0
操縦席の中を、戦闘機としては異質な丸い影が一瞬通過する。直後、彩雲隊の左手を飛んでいたグラマンが両翼から炎を吹き出した。

《Oh?my?god!!?Ribbon-06?down!!》

《由良より旗艦、敵機種は全て【オニビ】!数は20弱、なおも追撃してきます!!》

『『『────……』』』

オニビ。世界的には“Ball”と呼称される、深海棲艦の艦載機。その名が示すとおり白色の球形というカブトガニ以上に独特の形状で、主にヲ級や空母棲姫、或いはヌ級のflagshipといった旗艦級の艦隊の直掩に着いている姿が多く見られ。

速力と防弾能力において非常に高い水準にある反面、【カブトガニ】に比べて性能が空対空格闘に特化していて汎用性は非常に低い。だが、逆説的には“本来の用途”における戦闘能力は極めて高い、と言い換えることもできる。

急造部隊である上に既に大きな損害を被っている私達がまともに戦っていい相手ではないし、容易く振り切れるような甘い相手でもない。

「彩雲三番機、被弾……!」

《Ribbon-10, Ribbon-20, Ribbon-07 Lost!!》

《此方由良、水偵が被弾!飛行態勢維持していますが燃料漏れを確認!!》

《頑張って!あと少し───っ、旗艦葛城よりCP、烈風隊投入16機の内10機を損失!損害甚大!!》

端から見れば、その光景はきっと肉食の猛禽に小鳥の群れが嬲られているかの如く映るだろう。【オニビ】達による執拗な反復攻撃で此方の航空隊はいいように撃ち抜かれ、次々と赤い炎と黒い煙を吐き出しながら学園艦の上に叩きつけられていく。
370 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/23(金) 00:38:43.48 ID:VUcUYjAI0
不幸中の幸いは、私達の離脱運動が学園艦に対して“横断”の動きであることだ。

当たり前の話だが、船は“全長”に対して“全幅”は圧倒的に短い。大洗女子学園の全幅なら、対空砲火を回避しながらの飛行であることを踏まえても10秒に満たない時間で横断しきれる。

《5時方向から更に【オニビ】の編隊!此方も数は20前後!》

《対応の必要無し!このまま振り切る!》

無論その間、私達の編隊は殆ど回避運動もままならない。一方的に撃たれ続けた結果、学園艦の端に到達したときには編隊の残余機数は10を切っていた。

だけど、喩え僅かでも“生き残り”がいる時点で私達の任は十分に果たせる。

《葛城より千代田隊並びに翔鶴隊、偵察航空隊は離脱に成功!足留めは十分、残余戦力を速やかに後退させられたし!!》

「加賀より【あきつしま】、当編隊大洗女子学園上空より離脱もなお敵編隊の追撃を受けている。援護を求む」

《【あきつしま】より空母加賀、要請を受諾。これより対空砲火を開始する》

『『────!!!?』』

次の瞬間、編隊とすれ違うようにして弾丸が空を駆ける。【あきつしま】の艦首に備え付けられていた機関砲が火を噴き、私達をしつこく付け狙っていた【オニビ】の先鋒数機が直撃を食らって爆散した。

《敵編隊への着弾を確認、撃墜数機。効果を認む》

《由良より【あきつしま】、貴艦の支援射撃により敵航空隊の鈍化を確認!》

《【あきつしま】より各艦、続けて航空隊による迎撃を開始する。貴隊の護衛にも一個編隊を割くので合流されたし》

その通信が終わるか終わらないかといったところで、彩雲の妖精さんの眼は【あきつしま】の艦尾から飛び立つ“機影”を捉えていた。

《【あきつしま】よりCP、強行偵察隊の支援を開始した。三式戦“飛燕”を全機投入する、オクレ》
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/23(金) 17:15:14.06 ID:bYqhjimA0
おつおつ
厳しいってレベルじゃねえw
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/23(金) 19:36:00.71 ID:d8S6/hjB0
おつー
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/25(日) 02:09:51.68 ID:N0lEUyGK0
海保まで投入か…
今の学園艦の状況で南首相はどう判断するのか見ものだな
374 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/25(日) 23:02:49.07 ID:4jDDjcF+0
私達艦娘が使う艦載機は、深海棲艦のものと同程度───基本は80cm未満、大型機でも1m20cm程度と非常に小さい。

日本はこの“小型”という利点に着目し、特に陸軍機を集めて本来なら艦載機の搭載が不可能な通常兵器の水上艦にそれらが整備できる簡易施設を備え付けた。要は、海上移動を可能とする小規模な基地航空隊を設立したようなもの。

たった今【あきつしま】から発艦した、三式戦の編隊もそれにあたる。

《【あきつしま】よりCP、当艦艦載機隊は敵航空隊と交戦開始。戦況は互角も敵に後続戦力の気配アリ》

《CPより【あきつしま】、大洗鎮守府と第9警備府の基地航空隊が出撃準備を終えている。一五四一に現着予定》

《【あきつしま】よりCP、了解した。引き続き迎撃する》

無論、運用できる絶対数は決して多くはない。ただしその分、この【移動航空基地】部隊は基本的に鍛え抜かれた精鋭妖精達を優先的に配備させる事が多い。特に海上保安庁巡視船は、元の装備が貧弱故に自衛隊側の配慮によってかなり強力な部隊を配備する傾向がある。

そして、【あきつしま】に搭載されている部隊もその例に漏れることはなかった。

『『────!?!?!?』』

白を基調とし、翼の付け根部分に黄色いラインを入れた単発機が【オニビ】の編隊を正面から迎え撃つ。ハ40エンジンを唸らせ敵機の背後を次々と取り、銃火を容赦なく浴びせ叩き落としていく。

“飛燕”の名に恥じぬ、美しさすら感じさせる軌道に、今度は【オニビ】達が狩られる側に追いやられる。ツバメの如く空を舞うその姿を捕捉できず、交戦開始から僅か十秒足らずで多数の損失を出した敵編隊は陣形を保てず、総崩れ状態に陥った。
375 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/25(日) 23:16:31.80 ID:4jDDjcF+0
(敵機は60機近くいるはずだけど……それを、不意打ちに近い部分があったとはいえたった20機強でこうまで圧倒するなんてね)

大東亜戦争の折には私や赤城さんや2航戦の子たちが沈んだ後に採用されたというこの陸軍機が、整備性の悪さから南方戦線で散々悪名を轟かせ米軍からは“鈍重な鴨”扱いされていたとは俄に信じがたい。

本来の実力が当時の皇国の物資不足故発揮できていなかったのか、はたまた【あきつしま】の妖精さんたちの腕前が機体の悪条件を克服しているのか。いずれにせよ、当時を知る日米両国の人間がこの光景を見たらどんな感想を抱くかは少し興味がある。

《【あきつしま】よりCP、護衛部隊が葛城指揮下の偵察隊と合流した》

惚れ惚れするほど圧倒的な制空戦闘を眺めていると、私達の前後を挟み込む形で更に機影が現れた。前後衛に各8機ずつ、新たな“飛燕”の編隊が一糸乱れぬ飛行で偵察部隊の周りを固める。

《なお、当方航空隊は敵追撃部隊と交戦中。既に多数を撃墜し戦況は優勢に推移》

《CPより【あきつしま】、確認した。そのまま各母艦の元へ送り届けさせてくれ》

《【あきつしま】艦橋よりCP、了解》

《葛城より【あきつしま】、護衛を感謝します!》

《此方千代田、96式の残余部隊は大洗鎮守府基地航空隊と合流。これより帰還させます》

《翔鶴よりCP並びに旗艦葛城、零戦部隊は半数を損失しましたが退却に成功。収容致します》

無線から聞こえてくる状況報告の声は、修羅場を越えてようやく落ち着いたものに変わっていた。とはいえ、安堵をしている者は私を含めて誰一人としてこの場にはいない。

寧ろ全員が、声色にどこか暗鬱な感情を込めて言葉を交わしている。
376 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/25(日) 23:48:00.00 ID:4jDDjcF+0
無理もない。少なくとも威力偵察に参加した艦娘達は、大洗女子学園の甲板上で今現在引き起こされている惨状を実際に目にした。そしてその原因たる深海棲艦は、何をどうやったのか私達の予想を遙かに上回る巨大な戦力の展開を終えている。

しかも、敵が迫っているのはここだけではない。太平洋側のあらゆる方角で、次々と新手の艦隊が現れて日本領海に向かってきている。フィリピンの方から接近する敵艦に至っては、ベルリンを含めて過去に一度も確認されていない“新型”個体だという。

今のところどの戦線も持ち堪えてはいるようだが、いつまで持つかという保証や目処は一切ない。何せ敵の物量は桁外れ、青ヶ島や南鳥島、八丈島の精鋭達でも数的劣勢下での波状攻撃を受け続ければいつかは突破される。喉元にあれほど凶悪な刃が突きつけられている現状では、国内から出せる増援戦力も大幅に制限せざるを得ない。

それに、よしんば日本が何とか全ての攻勢を押し返せたとして………日本“だけ”が耐え抜くのでは意味がない。この世界規模の大攻勢によって制空権・制海権を失陥して海上輸送路が封鎖されれば、兵力に劣る私達は相互の連携も補給も技術提供もままならず各個にすり潰されて終わりだ。

「………」

勝てるのだろうか、私達は。

また負けるのだろうか、私達は。

〈ボカンドノ?〉

「……ええ、大丈夫。少し考え事をしていたの」

視界を同期していた妖精さんが、小さく首を傾げ脳内で問いかけてくる。どうやら、全く指示を出さなくなってしまった私を心配して声をかけたらしい。

(いけないわ。一航戦ともあろうものが、こんな情けない思考をするなんて)

「勝てるのだろうか」ではない。「勝つ」のだから。

「負けるのだろうか」ではない。「負けるわけにはいかない」のだから。

私は、大日本帝国海軍の誇り高き第一航空戦隊、空母加賀だ。

国の名は変われど、住まう人は変われど、ここが私が守るべき祖国。

ならば、今度こそ全てを賭してでも守り抜かなければならない。

「心配をかけてごめんなさい。【あきつしま】の艦載機隊と離れないようにして巡航速度で帰還を────」
377 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/03/26(月) 00:58:29.30 ID:NX1T+Hip0
─────爆発音が空気を震わせ、海面が隆起し、水柱が天に向かって伸びる。恐らく数百トンはあろうかという膨大な量の海水が辺りに撒き散らされ、傾きつつある太陽の橙色の光を反射して輝きを放つ。

その幻想的な光景のすぐ下で、1隻の船が────海上保安庁巡視船、【あきつしま】が炎に包まれていた。

《CPより【あきつしま】、今の音は何だ!?状況を報告しろ、おい!!》

《千代田よりCP、【あきつしま】の船体が激しく傾斜!右舷側で大規模な火災発生………か、艦橋にも延焼している模様!》

《軽巡由良よりCP、甲板上に生存者数名を確認!当方に救援を要請しています!》

《CPより各警備府並びに沿岸防衛線各所に通達!救護ヘリか艦娘を港湾に回せるところはあるか!?【あきつしま】被弾、繰り返す、【あきつしま】被弾!!》

「【あきつしま】右舷より、雷跡が接近!!!」

無線通信で飛び交う声が恐慌と混乱に塗り潰される中、その一際大きな叫び声は私の口から飛び出したもの。

波を蹴立てて突き進む、白い軌跡。数は二本。寸分違わぬ狙いで、今なお炎を吹き出している被弾箇所へ向かっている。

《ふざけないでよ……!!》

「くっ……!!」

葛城の烈風と、私の彩雲、そして“飛燕”の内何機かが機首を翻し急降下する。

幾ら戦闘機が速いとはいっても、この高度から突っ込んだとて体当たりも機銃掃射も間に合わない。それでも、眼下で助けを求める海保の隊員達の姿を見て、何もしないという選択肢は選べない。

……だけど現実には、時を止める魔法が使える美少女も、時を止める時計を持ってる機械仕掛けの青猫も存在しない。

必死に後を追う私達の目の前で、2発の魚雷は吸い込まれるようにして被弾箇所に突き刺さる。

「うぁっ……」

〈ウォオオッ!?〉

凄まじい閃光で視界を覆われ、思わず眼をつぶる。爆風に煽られた機体を、妖精さんが辛うじて建て直す。

中央から完全に船体をへし折られた【あきつしま】の艦首が持ち上がり、甲板上にいた人影をぱらぱらと海に放り出す。そしてそれらも、三度目の大爆発と船体が横倒しになった影響で逆巻く海に一瞬で呑み込まれる。

後に残ったのは、一握りの残骸と黒い油……そして、その油から激しく立ち上る火柱だけ。
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/26(月) 19:37:36.47 ID:uN5Y42vx0
otu
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/26(月) 20:29:10.24 ID:0BcMcnIA0
おつおつ
出血を強いるような消耗戦って言っても、失った物を取り返すためには人類側が破綻しかねないという…
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/27(火) 16:14:47.81 ID:RR7LFzqE0

海上保安庁最大の巡視船があっという間に退場してしまうとは…
381 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/27(火) 23:01:25.60 ID:lWu08we60
《じ、巡視艇【あきつしま】、敵の雷撃により轟沈しました……生存者、確認できません……》

誰もが言葉を失い沈黙する中、由良の絞り出すような報告の声が無線機越しに耳朶を打つ。……まるで初陣したばかりの駆逐艦のように語尾が震えていたけれど、現状を受け止め声を発せられただけでも彼女は十分賞賛に値する。

少なくとも、眼下の光景を受け入れられずにただ立ち尽くすことしか出来なかった私とは比べるべくもない。

《魚雷だなんて……雷撃機の機影は近くになかったのに………一体、どこから……》

か細く虚ろな葛城の問いかけは、誰かに答えを求めていない。乱れる自身の精神を何とか落ち着けようという、独り言にちかいもの。

だけど、それに対する“回答”は、思いの外あっさりとそこに姿を現した。

『────……』

「…………そんな」

喉奥から、呻き声が漏れる。

マッコウクジラに駆逐イ級を掛け合わせたような、黒く角張った形状の随伴個体。青白い眼から冷たい光を放ち、大顎に生える獰猛な犬歯を剥き出しにして、獲物を待ち望んでいるかのようにガチガチと撃ち鳴らしているその化け物の背に、“彼女”は悠然と腰掛けていた。
382 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/27(火) 23:27:19.24 ID:lWu08we60
膝下まで届くほど長く、太陽に当て続ければ溶け出してしまいそうな白い髪。更に輪をかけて白く、“奴等”の大半と同様に水死体のように生気が感じられず蝋のように滑らかな肌。

そして、“彼女”を一際特徴付ける、フリルスカートを思わせる端がひらひらとした艤装服。

《空母葛城よりCP、大洗港にて【潜水棲姫】の浮上を視認!!繰り返す、大洗港に【潜水棲姫】浮上!!》

《【あきつしま】撃沈は潜水棲姫の攻撃によるものと思われます!千代田よりCP、対潜装備機で速やかに総攻撃を!》

《駆逐艦、軽巡で出せる子はいないのか!?放置すれば港湾が封鎖されかねんぞ!!》

『─────……』

狼狽する私達を嘲笑うが如く、棲姫の口元が微かに歪む。その細い右手の指先が、すうっと伸びて陸を指し示す。

その瞬間─────まるで耳元で囁かれたかのように、私には“彼女”の声がはっきりと聞こえたような気がした。









『沈メテ、アゲル………』

次の瞬間、学園艦の甲板上から、先程までとは比べものにならない量の【カブトガニ】と【オニビ】が空に舞い上がった。
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 19:36:21.67 ID:yLIcNY/w0
384 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/30(金) 23:16:21.45 ID:YcUNbNs80
今から80年ほど前、第二次世界大戦の折の話。ソヴィエト赤軍の戦車乗り達に深刻なトラウマを刻みつけ、世界の戦車道史にもその名を残した“音”がある。

Su-87【スツーカ】。ナチス・ドイツが開発したこの傑作爆撃機は、極端かつ特徴的な逆ガル翼構造によって急降下時にサイレンのような独特の高音を出す。ドイツ軍の精鋭パイロット達が───特に、不屈の闘志で世界一多くの戦車をスクラップに変えた空の魔王が奏でるサイレンは、ソヴィエト赤軍の陸軍兵士達にとって死刑宣告に等しいものだったという。

この風切り音───俗に言う“ジェリコのラッパ”が欧州の大地で再び鳴り響くようになったのは、つい6年前の事だ。

ハワイ諸島でのアメリカ合衆国に対する攻撃から僅か一週間後、東南アジア海域とほぼ同時に始まった大西洋方面における深海棲艦の大規模浮上。圧倒的な物量差と相性の問題からEU連合艦隊は徐々に防衛線を押し込まれていき、ポルトガルやフランス、オランダ、ドイツなど主要国への小規模な上陸・空襲が繰り返されるようになる。

そんな中、水際に防衛線を展開し必死に深海棲艦の浸透を防ぐEU各国陸軍に襲いかかったのが、急降下爆撃に特化した性能を持つ型のHelm……日本で言うところの【カブトガニ】だった。
385 :修正 ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/30(金) 23:17:43.56 ID:YcUNbNs80
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今から80年ほど前、第二次世界大戦の折の話。ソヴィエト赤軍の戦車乗り達に深刻なトラウマを刻みつけ、世界の戦車道史にもその名を残した“音”がある。

Su-87【スツーカ】。ナチス・ドイツが開発したこの傑作爆撃機は、極端かつ特徴的な逆ガル翼構造によって急降下時にサイレンのような独特の高音を出す。ドイツ軍の精鋭パイロット達が───特に、不屈の闘志で世界一多くの戦車をスクラップに変えた空の魔王が奏でるサイレンは、ソヴィエト赤軍の陸軍兵士達にとって死刑宣告に等しいものだったという。

この風切り音───俗に言う“ジェリコのラッパ”が欧州の大地で再び鳴り響くようになったのは、つい6年前の事だ。

ハワイ諸島でのアメリカ合衆国に対する攻撃から僅か一週間後、東南アジア海域とほぼ同時に始まった大西洋方面における深海棲艦の大規模浮上。圧倒的な物量差と相性の問題からEU連合艦隊は徐々に防衛線を押し込まれていき、ポルトガルやフランス、オランダ、ドイツなど主要国への小規模な上陸・空襲が繰り返されるようになる。

そんな中、水際に防衛線を展開し必死に深海棲艦の浸透を防ぐEU各国陸軍に襲いかかったのが、急降下爆撃に特化した性能を持つ型のHelm……日本で言うところの【カブトガニ】だった。
386 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/31(土) 07:26:25.24 ID:XM6QXyzC0
奴等の爆弾は小さく軽いけれど、威力は250kg爆弾とほぼ同等。当然直撃を受ければ第四世代戦車の強力な装甲でも耐えられない。

フランスのルクレール、イギリスのチャレンジャー2、ドイツやポルトガルのレオパルド2、ポーランドのPT-91【トファルディ】………艦娘が欧州方面でも配備され対空迎撃網が確立するまでの半年ほどの間に、各国の戦車は次々と破壊されていった。伝わってくる話によるとEU連合陸軍はその半年間で欧州全土に配備されていた内の1/3にあたる戦車を損失し、生き残った戦車乗り達もその2割近い人数が度重なる爆撃とそのたびに鳴り響く“ジェリコのラッパ”によって精神に失調を来して退役したという。

PTSDによる退役云々の話については正直半信半疑な面がある。あの時は世界中が──今現在と同じぐらい──大混乱に陥っていたので、信憑性の高いものからお笑いぐさなものまで様々な種類の噂話が流れていたから。

……ただ、ドイツを筆頭にEU諸国が“制空権の失陥による空路・海路の安全性の喪失”を理由に国内の外国人達の出国を妨げ、分けても戦車道の関係者・経験者は騒動が沈静化してからしばらくも半ば拉致監禁に近い形で国内に留めさせていたことは事実だが。もしもあの噂が本当で、EUで戦車に乗れる人材が枯渇していたとすれば、アレほど強引で国際的な非難を免れない手に各国が打って出た理由も頷ける。

まぁどのみち、今の欧州───特に多大な犠牲を出して国土を大幅に失陥したフランスとドイツは、外国人どころか“義勇兵”の名目で学徒動員に手を染めなきゃ戦線が維持できないほどの窮状だけど。

この間のテレビで画面に映った、赤毛の日系人と思わしき女の子の姿を思い出す。彼女のような、西住さんたちと同じぐらいの年代の子供もまた“ジェリコのラッパ”が鳴り響く欧州の戦場で戦っているのだと思うと胸が痛む。
387 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/31(土) 08:39:47.75 ID:XM6QXyzC0
尤も、私はその音をあくまでも“知識として”しか知らない。

急降下爆撃型のカブトガニがどのような特徴を持つのかは自衛隊のミーティングで散々に叩き込まれてきたし、実際に欧州戦線で録音された風切り音も繰り返し聞かされた。確かにこんな音を戦車という閉所の中で、しかも爆弾を抱えて自分たちにそれをぶつけに来ている敵機が奏でていると知った上で聞けばかなりの恐怖だろうなとは、同じ戦車乗りとして朧気ながらイメージできる。

だが、あくまでもそれは想像だ。実際に戦場で聞かない限り、その恐怖を真に理解することはできない。

そして私は、戦争が始まった当初はまだある戦車道流派の門下生で、自衛隊に入隊したときには艦娘の量産方法によって近隣の制海権・制空権は掌握されていた。東南アジアでの反攻作戦に伴う海外派兵はあったけれど、それだって入隊直後の未熟な小娘が選ばれるほど日本の戦力は逼迫していない。

幸か不幸か、私が最前線というものを知る前に対深海棲艦戦争は安定期に入った。今後私が“ジェリコのラッパ”を聞く機会はないんだなと、ホッとしたような気持ちと(誠に不謹慎ながら)少し残念な気持ちとがない交ぜになった複雑な心境を抱きつつ、私は今まで自衛官としての日々を過ごしてきた。




《四警那珂よりCP、当警備府に激しい空爆!同警備府由良が敵投弾により中破、護衛部隊にも損害大!》

《11警千代田応答せよ!CPより11警千代田、応答しろ、おい!!》

《敵航空隊の一部は那珂川河川敷を突破、春日香取神社の防御陣地が爆撃を受けた!》

《学園艦甲板より深海棲艦による艦砲射撃を確認!大洗マリンタワーが直撃を受け倒壊した!》

《東光台の防御陣地複数からの通信が途絶!敵の空襲範囲、尚も拡大!》

《大洗駅にも敵の艦砲射撃着弾!待機中だった小隊と艦娘【初霜】からの通信が途絶えました!》

今後もずっと、そうで有り続けると思っていた。
388 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/03/31(土) 09:40:07.35 ID:f3m0p1nyO
《敵機の数は一体どれだけなんだ!?空が真っ黒だ!!》

《此方磯道防衛線、負傷者多数!キューマルも爆撃により破壊された!畜生、畜生!!》

《CPより大洗鎮守府、其方の空母艦載機か基地航空隊を出せないのか!?》

《無理だ、当鎮守府上空にも敵機多数飛来!戦力を割くと我々も一方的な爆撃に晒される!》

《此方七警加賀、数的不利により迎撃困難!沿岸部より後退します!》

百聞は一見にしかずとは、よく言ったものだ。電子の不健康な光だけが照らす仄暗いヒトマルの車内で、私はつくづく先人の残した言葉に感心した。




《────蝶野一尉、来ます!》

制空権を失陥した前線において、まともな対空兵装がない戦車に乗りながら耳にする“ラッパ”の音は……この世に類がないほど、恐ろしい。

《敵機直上、急降下!!!!》

「各車全速後退!!」

……正直一生しなくてもよかった、ベリーバッドな体験ではあるけれど。
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/31(土) 13:31:59.89 ID:5WXXUbHA0
おつおつ
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/01(日) 03:38:38.77 ID:k3kNWpKTo
391 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/04/01(日) 23:01:13.65 ID:1XLt3tx50
カツン、カツン。【カブトガニ】が投擲した爆弾が2発、アスファルトの上で弾み炸裂する。轟音を伴って押し寄せてきた爆発の衝撃に、ヒトマルの車体がビリビリと震えた。

「車体の損傷を確認!」

「履帯、左右とも異常なし!火器管制システム、オールグリーン!駆動系統、機器動作問題なし!」

「O.K、ならまだやれるわね!

1号車蝶野よりヒトマル各車、無事!?」

《此方2号車、オールグリーン!》

《3号車より1号車、幸いな事に生きてます────ヒッ!?》

操縦士の子が上げた報告の声、そして寮車からの無線越しの返答にホッと胸を撫で下ろす間すらない。上空で高らかに吹き鳴らされる新たな“ラッパ”の音に、3号車の車長が小さく悲鳴を上げた。

《観測班が敵機第二波の接近・急降下を確認!!町内各所の防衛拠点、指揮系統の混乱により対空砲火網が機能せず次々と突破されています!!》

《回避運動今からでは間に合いません!!》

「機銃、最大仰角にて掃射!!弾幕で敵機を振り払って!!」

言うが早いか、私自身もキューポラから身を乗り出して12.7m重機関銃に取り付く。度重なる爆撃で舞い上がった砂埃に軽く咳き込みつつ、銃口をギリギリまで上に────あの耳障りな風切り音が聞こえてくる方向に向ける。
392 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/04/01(日) 23:42:41.40 ID:1XLt3tx50
時刻は三時半を過ぎ、少しずつ夕闇が迫りつつある大洗。爆弾や砲弾に焼かれた家々から、オレンジ色の夕陽を遮る用にして濛々と黒煙が立ち上っている。

『『『────……』』』

そして、その中に紛れるようにして迫る幾つもの小さな影があった。

「敵影視認!」

まだ遙か上空なので、形は朧気にしか解らない。それでも、黒い煙の中を飛んでいてなお解る程色濃く無機質な光沢を放つ漆黒の塊の存在はしっかりと認識できた。

『『『───────!!!!』』』

近づいてくる。あの甲高い飛翔音が、私達を死路へと誘うラッパの音色が、ぐんぐんと空から地上へと迫ってくる。

「ヒトマル1号車、対空射撃を開始する!」

《2号車、撃ち方始め!!》

《3号車、仰角調整ヨシ!射撃開始、射撃開始!!》

カブトガニ共を迎え撃つべく、空へと駆け上がる火線。三挺の重機関銃が唸りを上げ、12.7×99mm NATO弾が黒煙を切り裂いて敵機の降下進路上にばらまかれる。

『『『─────』』』

《敵機、散開回避!》

《撃墜機無し、なおも降下中!!》

「くっ……!」

………だけど、当たらない。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/02(月) 18:50:20.13 ID:QU6Bbm2E0
乙津
394 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/04/05(木) 23:01:47.84 ID:+56SXZBW0
迎撃の火線を放っているのは、私達だけではない。

対空改装が施された96式やLAVの車載機関銃、随伴歩兵部隊の89式小銃にMINIMI、M240……ありとあらゆる銃火器が唸りを上げ、百を遙かに超える火線を空に張り巡らす。

そして何より───“本職”であるM42ダスター自走高射砲2両による猛烈な対空射撃。深海棲艦との戦争開始に伴って陸自の戦力不足を補うために35mm2連装高射機関砲【L-90】と共に現役復帰した“骨董品”は、そのブランクを感じさせぬ勢いで弾丸を上空で炸裂させる。

港湾部の目と鼻の先に据え置かれながら、編成の遅れからこの拠点にはまだ艦娘が到着していない。それでも、私達の弾幕の密度は、敵編隊の迎撃に十分な密度を保っていると断言しよう。

《【カブトガニ】、高度2000ラインを突破!撃墜未だ無し!!》

《高層観測班より各位、先鋒数機が投弾態勢に入ったぞ!!》

《畜生!撃て、撃て、撃て!!もっと撃ち続けろ、ばらまけるものは全てばらまけ!!》

なのに、高らかに吹き鳴らされる“ラッパ”の音色は止まらない。黒煙に紛れ、爆炎を突っ切り、弾雨の合間を縫い、砲撃を躱し、漆黒の群れは速度を緩めることなく殆ど垂直に近い角度で地上に……私達の真上に迫る。
395 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/04/05(木) 23:49:55.86 ID:+56SXZBW0
つい十数秒前までは、形状の判別どころかただの黒点に過ぎなかった機影。それが今や、某SF大作映画の宇宙戦闘機として出てきても違和感がない先鋭的な機体のフォルムが微かながら判別できるほどの距離まで踏み込まれている。

それも、ほぼ…というより、全くの無傷で。

『『『────……』』』

周囲を満たす銃声と──強ち比喩表現ではなく──空を覆い尽くす【カブトガニ】の飛翔音に紛れ、小さく、だが間違いなく聞こえてきた何かが外れるような金属音。私は、全身の血が大波が来る直前の潮の如く引いていくのを感じた。

「敵機投弾!!」

ほんの数百メートルまで肉薄していた敵の先鋒部隊が、次々と空に向かって機首を返す。同時に、響くのは“ジェリコのラッパ”とはまた質が異なる甲高い風切り音。

「衝撃に備えて!!」

咄嗟に叫ぶが、意味のない注意喚起であることは私自身がよく知っている。直撃弾を受ければどうしようが木っ端微塵になるしかないのに、何に備えろというのか。

カツンッ。さっきと同様に乾いた音を残して、落下してきた何十発もの小さな爆弾が路上に跳ねる。次の瞬間そこかしこで光が脹れあがり、轟音と共に炸裂した。

乗っていたヒトマルの車体が一瞬宙に浮き、頭上からぱらぱらとコンクリートの破片が降り注ぐ。吹き付けてきた爆風の熱が、ちりちりと顔や手の甲の皮膚を炙る。

「……っ、損害を────」

爆光が収まり、ようやく顔を上げる。無線への叫びは、左手に視界が移ったところで途切れる。

そこには、業火に焼かれ酷く拉げたヒトマルの3号車が横倒しになっていた。
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 10:32:28.53 ID:JUzIg4pA0
おつおつ
本当に絶望的だけど、状況は違ってももっと酷い戦場で耐え凌いだ欧州組みの例もあるからなあ…
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 21:37:00.87 ID:IcWYEvjM0
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/06(金) 23:15:22.14 ID:tF8bL6P/O
余計な描写が細過ぎるし長いのに更新頻度遅くてまとめて読めない
完結したら教えてくれ
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/07(土) 02:15:26.86 ID:keFXzTYNo
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 18:27:13.22 ID:K+e3fNCDo
黒鳥が強すぎて投入された戦線から順次崩壊する未来しか見えない
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 12:51:00.25 ID:7GlfV4eT0
辛い展開だとまとめて読みたくなる気持ちはわかる
とにかく更新乙
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/15(日) 12:02:56.55 ID:zDmaQH/C0

追いついた
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/04/15(日) 22:33:29.72 ID:lh5jxpo90
乙、続き期待
404 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/04/17(火) 23:39:29.76 ID:VBYc6z7/0
《ヒトマル三号車、乗組員からの応答なし!完全に沈黙!》

応答の有無なんて確認するまでもない。ゴジラに踏みつぶされたと言われても信じられるぐらい完全に破壊されたあの有様で、乗組員が生存できるはずないのだから。

だけど、その解りきった事実が言葉として耳に入ることで、目の前で自衛隊の仲間が死んだ───“戦死”したという事実を、否応なしに突きつけられる。

《敵編隊、第二波来ます!》

私達の今いる場所が戦場だと、改めて認識させられる。

《直上より急降下、機影は30程です!》

《射撃の手を止めるな!》

やられたのは、三号車だけじゃない。さっきの爆撃でLAVが二両火達磨になり、96式も足回りをやられて動きが大きく制限され、随伴歩兵の損害も甚大だ。

何より、虎の子の対空火器であるM42の内片方が直撃弾を受けて完全に破壊された。

敵はさっきと同程度の戦力で押し寄せてくるのに対し、私達の火力は半減に近い打撃を受けた状態。こんなもの、止められるはずがない。

《敵機投弾!!》

「全車両全速後退!歩兵部隊も散開急げ!!」

キャタピラーが軋み、周囲の光景が前へと流れていく。程なくして、またあの甲高い落下音が周囲から聞こえてきた。

《きゃあああっ!!?》

ラムネ瓶と同程度の大きさの物体が放っているとは俄に信じられないような熱エネルギーを伴った轟音と衝撃の嵐に、私の車の操縦士が悲鳴を上げる。地を跳ねた爆弾に真下に潜り込まれた不幸なLAVが、爆風に撃ち上げられ一流ゴルファーのショットのような勢いでバラバラに砕け散りながら私の頭上を飛びすぎていく。

「うぁ────」

必死に爆心地からの離脱を計った若い陸士のほんの一メートル後方で、また一つ巨大な火柱が吹き上がる。彼と彼の周囲にいた同僚十数人が業火に呑み込まれて人間松明と化し、走り出した姿勢そのままに数歩進んだ後地面に倒れ込んだ。

「……んぶっ」

鼻孔を擽る、形容しがたい悪臭に胸の奥から酸っぱい何かがこみ上げる。嘔吐の隙はそのまま死に直結しかねないため飲み下して無理やり押し返すが、指揮官という立場がなければ間違いなく醜態をさらしていたに違いない。

何事も体験だと人は言う。だが、世の中にはそもそも体験する必要自体ない事象も少なからず存在する。

“焼ける人体の臭いを嗅ぐ”という行為も、間違いなくそれに分類されるだろう。

少なくとも私は、一生体験したくなかった。
405 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/04/17(火) 23:42:58.28 ID:VBYc6z7/0
【カブトガニ】や【オニビ】の爆弾搭載量は、大抵は一発から多くても二発程度。特に急降下型はその攻撃手段の特性上弾数の搭載制限が厳しいようで、基本的には一度の爆撃で直ぐに離脱する傾向が強い………というのが、奴等に対する私の“知識”。そして実際、波状攻撃によって間断なく爆撃を受けているもののさっきまで敵編隊の動きはその事前知識通りのものだった。

『『『─────!!!』』』

《敵編隊、反転!再度急降下!!》

だが、今度の奴等はさっきまでのニ波と比較して大分仕事熱心な部隊らしい。

《編隊は三時方向と四時方向に分散、同時に来ます!》

「【ダスター】は三時方向の編隊に全火力集中!随伴歩兵隊、速やかに戦車の影か屋内に退避!

LAV並びにヒトマル、対空射撃開始!てぇっ!!」

『『────!!?』』

『『『!!?!?!?』』』

《Bingo! Bingo!!》

【カブトガニ】共は爆弾を捨てて身軽になったが、数度の交戦でこっちもいい加減奴等の軌道に目が慣れてくる。

私の放った火線が立て続けに3機を刺し貫き、2号車の射線にも1機が動きを捉えられて黒煙を噴く。M42【ダスター】が放った40x311mmR弾に至っては、編隊のど真ん中で炸裂し7、8機ほどを一撃で粉砕した。

それでも、20機近い機影が火線を縫って肉薄し、怒れるスズメバチの大群の如く羽音を響かせて私達に襲いかかる。

「車内退避!!」

2号車車長に向かって叫びながら、私自身も機銃から手を離し上部ハッチを勢いよく閉める。……強かに指を挟んで涙目になったけれど、幸い操縦士の子も砲手の子も外の気配に全神経を集中して気づかれなかったのは幸いね。

「ぴぃっ!?」

間を置かず外で鳴り響く、機銃の射撃音。現代戦闘機のそれに比べて音量が大きく発射スパンが間延びした、第二次大戦期のメイン兵装である20mm機銃にとてもよく似た銃声に操縦士の子が生まれたての雛鳥のような悲鳴を上げて首を竦める。降り注いだ無数の弾丸が、ヒトマルの装甲で弾けて車体を震わせる。

でも、それだけだ。

「落ち着きなさい、爆弾じゃなきゃ大丈夫よ!」

ヒトマルに限らず、最新鋭戦車は複合装甲が主流。想定される攻撃はAPFSDS弾やHEAT弾といった戦車砲或いはそれに準ずる威力を持つ攻撃であり、それらに耐えて搭乗員が生存できるように設計されている。

幾ら旧式とはいえ対艦戦闘にも用いられた爆弾の直撃ならいざ知らず、たかが機銃に貫かれるような柔な代物ではない。

《敵編隊、上空を通過!》

《追撃しろ!対空射用意!》

無線の報告を耳にして私がキューポラから顔を出したのと、物影やヒトマルの後ろに隠れていた随伴歩兵が一斉に立ち上がったのはほぼ同時。

何十という銃口で光が瞬き、弾丸が空へと駆け上がる。
406 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga sage]:2018/04/17(火) 23:47:16.33 ID:VBYc6z7/0
当たらなければどうということはないという名(迷)言があるけれど、それは裏返せば「当たってしまえばどうしようもない」と言い換えられる。

ヨーロッパやアメリカで一式陸攻と同じ(不名誉極まりない)渾名をつけられた、深海棲艦の主力戦闘機もその点は同じだった。

『『『!!??!?』』』

《弾着、弾着!》

《よし、当たったぞ!》

《1機でも多く削れ、仲間の仇を取れ!!》

7.62x51mm NATO弾を諸に浴びて、【カブトガニ】達は編隊最後尾の機体から順に次々と火を噴き墜ちていく。奴等が完全に射程圏外へ退避したときには、更にもう10機ほどその数は減っていた。流石に2/3の機体を失ったとあっては労働意欲も大いに減退したようで、第三次攻撃は行われずそのまま敵編隊は海の方へと戻っていく。

元々脆い脆いと聞いてはいたが、実際に目の当たりにするとやはり驚かずにはいられない。ベルリンの戦闘ではドイツ連邦陸軍が歩兵の携行火器のみで500を越える敵機を撃墜したなんて眉唾物の記録も残っていたけれど、あの光景を見る限り強ち全てが嘘ではないようね。

《敵第四波、突入の気配は今のところありません!》

「とはいえ上空の敵航空戦力は未だ膨大よ!対空警戒は絶対に怠らないで!

ヒトマル1号車より各位、被害状況を改めて報告して頂戴!」

……それでも、相当な“尾鰭”が着いていることは間違いないだろう。

何せ実際には、たった20機ほどを撃墜したのとひき替えに、この損害なのだから。

《96式、走行不能!砲塔と機銃は動きますが機動戦は不可能です!》

《LAV、最終的に六両が破壊されました!残余四両も半数が損傷有り!》

《此方高層観測班、機銃掃射により4名が死亡!2名が重篤です!》

《負傷者の後送を急げ!救援なんか待つな、この状態で助けなんか来るものか!》

《此方M42 2号車、先程の機銃掃射で集中砲火を受け副兵装のM1919に異常有り。また、右履帯も“利き”が鈍い》

《蝶野一尉、大洗海浜公園の防護拠点と通信が途絶しました!恐らく、空襲で壊滅したと思われます!》

「………ホント、ベリーバッドにも程があるわね」

失われた戦力は、どれほど少なく見積もっても4割は下らない。しかもそれは私達の拠点に限った話ではなく、大洗町の防衛ライン全体が同様の状態───どころか、無線で飛び交う様々な情報から推察するに、私達の被害状況は“まだマシ”ですらあるかも知れない。

奴等の本格的な攻勢が始まってから、ほんの10分と経っていないにもかかわらず、だ。
407 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/04/18(水) 00:10:24.53 ID:T8AYFd4O0
《各拠点に通達、戦線の維持を────》

CPからの指示の声は、高らかに響き渡った“砲声”によって掻き消される。

キューマルやヒトマルが奏でるそれよりも遙かに重く、巨大なそれ。だけど私には、聞き覚えがあった。

海自並びに横須賀鎮守府第一艦隊との合同沿岸防衛訓練で艦娘・榛名が使用した、35.6cm連装砲のものに響きがよく似ている。

《大洗女子学園甲板上で発砲煙を複数確認!!》

《衝撃に備えろ!!》

────ただしあの時の彼女のそれは、あくまでも空砲だったけれど。

《来るz》

頭上で、大気が粉砕される。巨大な運動エネルギーを伴った鉄の塊が幾つか、凄まじい速度で空を通過する。

瞬き一つ分の間を置いて、後方で次々とわき起こる轟音。着弾地点は何キロも後方の筈なのに、ヒトマル戦車を介して地面の揺れが私の足下にまで伝わってくる。

或いは、私が恐怖に身を震わせているだけなのだろうか。

《此方軽巡洋艦・神通!敵艦砲射撃、島田町北交差点に着弾!同地対空陣地との通信が途絶!》

《涸沼橋、砲撃により崩落しました!》

《平戸町方面への砲撃が激化!同区域展開部隊に損害発生!》

《大洗鎮守府、敷地内に砲弾複数飛来!負傷者多数の他重巡洋艦・加古が小破!》

《CP、此方那珂川河川敷【ダスター】第2中隊!先程の艦砲射撃により損害甚大!状況としては撃破4、大破・中破各2、オクレ!》

《此方涸沼駅、艦砲射撃は我々の元まで届いた!反撃に移らないとじり貧になるぞ!》

反撃────口で言う分には簡単だし、実際大洗鎮守府辺りの残余艦娘戦力を総動員すれば互角の砲撃戦に持ち込むことも十分できるだろう。

だけど、私達にはできない。できるはずがない。

《CPより各位、大洗女子学園には今なお多数の民間人が取り残されていると思われる。学園艦への直接的な攻撃・反撃は許可できない、オクレ》
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 08:50:50.02 ID:Aanq9DSA0
おつおつ、待ってました!
それにしても敵の嫌らしさが、欧州・ロシアを経てここまで来るのかってレベル…
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 09:39:03.07 ID:m1x/d30UO
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 21:16:03.93 ID:pja4rQjh0
乙る
411 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga sage]:2018/04/19(木) 23:07:31.19 ID:aECTx4Rn0
CPが言うとおり、大洗女子学園への反撃は未だ取り残されているであろう多数の人々を巻き添えにしてしまう。況してや甲板上の敵主力は、威力偵察部隊の報告から高い火力と装甲を有する“ヒト型”だ。

対抗できる艦娘戦力を運用しての砲撃戦となれば、学園艦自体を沈めかねないほどの激しい戦闘になる。某怪獣映画の総理大臣じゃないけれど、私達の銃口を国民に向けるわけにはいかない。

最も卑劣で最も強力な【盾】の存在によって、大洗女子学園は今や戦艦十数隻分の火力を有する無敵の固定砲台と化していた。

《大洗マリンタワー、艦砲射撃により崩落!》

《平戸町、島田町方面への空襲も本格化!戦力増強の要あり!》

《敵航空隊の一部は涸沼を突破し茨城町上空に侵入、爆撃により市街地複数箇所で火災発生!》

《国道50号線以西への侵入は何としても許すな!それと百里基地方面への敵の動向にも注意しろ!》

《県警と消防に避難勧告区域の拡大を伝えるんだ!急げ!》

艦砲射撃は時を追うごとに激しさを増し、空襲の勢いも止まるところを知らない。海空緊密な相互連携の下で行われる攻勢の前に、絶望的な報告だけが増えていく。

序盤の奇襲で主導権を握り、戦力の集中運用で優勢を確固たるものにし、地の利を生かして一方的に敵戦力を打撃する───見事な戦略の組み立てに、怒りと屈辱を通り越していっそ感心してしまいそうだ。

《【カブトガニ】、新手が来ます!!機影多数、直上より急降下開始!!》

「対空射撃用意!!」

そうこうする内に、私達の頭上でも再び響く“ラッパ”の音色。先の“波”からどう少なく見積もっても五倍程度には数を増した漆黒の機影が、群れを成し私達に向かって押し寄せる。

「敵を近づけるな、何としてもこの拠点は固守するわよ!!」

無線に向かって叫びつつ、引き金を押し込む。重厚な弾幕を吐き出しながら激しく震動するM2重機関銃を、渾身の力で抑え付け射線を安定させる。
1機1機に狙いをつけるのではなく、敵群体自体を大きな塊として捉えるような感覚で。何度かの襲撃で眼に焼き付けた奴等の軌道を思い描き、そのイメージに合わせて照準を動かす。

『『『!?!?!?』』』

刃物で切れ込みを入れるようにして、M2の火線が群体を薙いだ。10を越える機影が、弾丸に貫かれ火や黒煙を噴きながら墜落した。
412 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga sage]:2018/04/20(金) 00:34:44.62 ID:uNk0GEdi0
攻撃隊の機体数が増えたとは言っても、私達を含め大洗町や近隣市街に展開する自衛隊・艦娘部隊は何も町を埋め尽くすようにして布陣しているわけではない。各所に構築された防護拠点への攻撃となれば、どうしても編隊の突入軌道は集約してしまう。

加えて、幾度かの襲撃を経て私達も奴等の速度や軌道を身体で覚えた。特に戦果に欲を出した第三波へ痛撃を与えることに成功し、少なくとも私達の拠点はある程度の落ち着きを取り戻しつつある。

結果、この第四波で私達はようやく奴等をまともに迎撃できるようになっていた。

《此方2号車、敵編隊新手を9時方向に視認!火線其方に向けます!》

《第4班、2号車の後方をカバーしろ!引きつけて撃てよ、89式でも十分落とせる!》

《狙撃班とLAVはとにかく【ダスター】に突っ込んでくる敵を狙え!対空砲を失ったら今度こそ物量に押し潰されるぞ!!》

私や2号車の操るM2機関銃だけではない。M42の40x311mmR弾を中心に大小様々な火線が空に撃ち上がり、被弾した機体は殺虫剤の煙に巻かれた羽虫のようにボトボトと力のない軌道で墜落する。

《敵機複数が投弾、爆撃来ます!!》

《非爆装機、一個編隊が低空飛行で突っ込んでくる!機銃掃射だ!!》

「歩兵は再度退避!総員、衝撃に備えて!!」

尤も、“まともな迎撃”ってのは別段私達の戦況の好転を表す言葉ではない。あくまで敵航空隊にもそれなりの出血を強いれるようになったというだけの話で、依然置かれた状況は厳しい。

「くぅっ……!」

何発かの爆弾が、拠点の近くに落下して炸裂する。逆巻く爆炎を切り裂いて機銃の火線が数条地面を撫で、アスファルトを弾丸が削り土煙を上げる。

「ぐぁっ……!?」

機銃掃射から逃れようとした歩兵の一人が撃たれる。背中から袈裟懸けに弾丸を受けたその陸士は勢いよく地面に転がり、2、3度痙攣した後血溜まりの中で動かなくなった。

「……野郎!!」

『!!?』

顔見知りだったのだろうか、その光景を見た別の陸士が彼を射殺した【カブトガニ】に向かって89式小銃を放つ。3点バーストの弾丸を全て食らった機体はど真ん中に風穴が空き、一瞬錐揉み状態になった後空中で火を噴きながらバラバラに砕け散った。

やり返せてはいる。だけど、撃ちつ撃たれつの消耗戦で不利なのは戦力に限りがある私達だ。一刻も早く状況を打破する必要がある。

(防衛線全体の混乱も少しずつ収束しつつある。けれど、通信が途絶した部隊や拠点もこの短時間でかなりの数に昇るわ)

艦娘戦力も中大破が報告された艦が相当数に昇り、状況的に後衛の戦力を前に繰り出す余裕も今はないだろう。

さりとて、増援が送れるだけの態勢をCPや大洗鎮守府が整えるまで待っている暇もない。深海棲艦が“次の手”に出る前に、こちらから動く必要がある。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/04/20(金) 10:14:04.39 ID:hy236J+h0
おつ
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/20(金) 13:33:26.07 ID:FgJwUeSH0
千鳥みたいな自動迎撃装置がないとジリ貧だな
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/20(金) 20:38:22.35 ID:lojaqmYQ0
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/20(金) 23:30:21.68 ID:ibe2Oq1xO
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/21(土) 10:57:25.14 ID:Akc2zWlOO
つまらないわ
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/04/24(火) 22:57:52.45 ID:I6yZ/cXA0
乙です
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/09(水) 23:58:05.24 ID:Q+UiVv5v0

続き期待してます
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 03:11:37.77 ID:M1ffr53FO
エタってんじゃん
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/15(火) 20:34:03.24 ID:ORJDdGa50
戦局ここまで絶望的にしちゃってどう畳むのか、いつもの「完これ!」楽しみにしています
422 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/21(月) 22:53:44.44 ID:9CD0GS6L0
深海棲艦側が打とうとしている“次の手”。その内容自体は、正直大洗女子学園に奴らが現れた時点で大体察しがついていた。私だけではなく、防衛に参加する大体の自衛官・艦娘がそれが起きることをを予想できていたと思う。

ハワイ・オアフ島、リスボン、アムステルダム、ベルゲン、海南島、ムルマンスク────そして、ベルリン。記録される対深海棲艦戦闘において人類側が特に甚大な被害を被った戦いと、今の状況はあまりにも類似点が多すぎるから。

《CPより大洗鎮守府、【潜水艦棲姫】の状況を報告されたし!》

《鎮守府司令室よりCP、棲姫は再度潜行も電探が艦影をとらえた。湾内に未だ留まっている、かなり浅い位置に───クソッ!!》

海上防衛網の内側に強力な艦隊を出現させ、艦砲射撃によって沿岸迎撃戦力を打撃し、膨大な艦載機によって空路を遮断して航空優勢の確保……奴らのやっかいな武器の一つである“隠密性”を最大限に生かした一連の奇襲攻勢。その、仕上げにあたる一手。

《棲姫周辺、湾内広域にさらに反応多数出現!
  、、、、、、、
……増え続けている、既に五個艦隊相当の“艦影”を電探にて確認!》

即ち、大規模な強襲上陸と───内陸への浸透攻勢だ。

《CPより町内各隊に伝たt》














『『『ァアアアアアアァアアッ!!!!』』』
423 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/21(月) 23:03:12.26 ID:9CD0GS6L0
CPの無線通信を遮る形で、潮風に乗ってそれらの“音”は聞こえた。

錆び付いた金属の板に爪を立てて渾身の力で引っ掻いているような、耳障りでおぞましい“咆哮”。全身の肌が思わず粟立ってしまう響きのそれが、何十も重なって業火で熱された大洗町の空気を揺るがす。

間髪を入れず、砲声。大洗女子学園の甲板上から響いているものよりやや軽い………だけど、遥かに近くで立て続けに響いたそれらの後に、何十発もの砲弾が私たちの頭上を駆け抜けていく。

《クソッ……!》

“次の手”が読めていたとしても、対処が間に合わなければ意味がない。防げなかった最悪の事態に、大洗鎮守府のオペレーターが低く呻いた。

《大洗鎮守府司令室よりCP並びに各隊に通達、港湾部十数箇所にて深海棲艦の上陸を確認!戦力規模は現在確認中、なお現時点で駆逐イ級、ハ級のフラグシップ種を各4隻確認!》

《軽巡神通、水偵より敵艦隊を視認!鎮守府情報に補足、大洗サンビーチ方面に上陸した敵艦隊に重巡リ級と思われる艦影アリ!》

《こちら涸沼川防衛線、敵艦砲射撃がここまで届いた!損害発生、状況としてはLAV大破1、中破3、喪失2、迫撃砲喪失4!!》

《敵艦隊の一部戦力は湾内よりひたちなか市沖方面へ北上を開始、至急迎撃の要ありと認む!》

《CPより大洗鎮守府、海上迎撃は可能か!?》

《こちら司令室、当鎮守府には現在敵航空隊・艦隊共に多数が殺到している!迎撃戦力は抽出できない、オクレ!》

《大洗町公園方面にも敵艦隊上陸!尚、当該方面の警備府は既に沈黙、艦娘並びに随伴部隊も離脱済み也!》

「そんな……なんで……」

深海棲艦の動向に関する情報が飛び交う中、私の足下でも絶望に濡れた声が上がる。
ちらりと車内を覗き見れば、操縦士の子が頭を抱えて縮こまり、小刻みに震えていた。

「学園艦だけじゃないなんて……どうやって湾内にこんな数……私達だけじゃ対処できるわけ───痛っ!?」

「中内二曹、今は余計なことに思考を割かずに作戦行動に集中!」

「はっ、はぃいい!」

操縦士……中内二曹の背中を蹴っ飛ばして我に返らせる。少々手荒だが、戦車の“足”を担う人間が恐慌で行動不能になれば最新鋭戦車もただの棺桶になり下がる以上手心を加えるわけにもいかない。

「ダスターは引き続き対空射撃を継続!撃墜ではなく空襲の妨害に重きを置いてちょうだい!

2号車、“対艦”戦闘用意!水平射撃態勢、弾薬は撤甲!敵は手強いわ、気合いを入れなさい!」

《ダスター、了解。とはいえ弾薬はあまり保たないぞ!》

《2号車了解!》

M42とヒトマルに無線で指示を飛ばしつつ、随伴歩兵隊にもハンドサインで同時に合図を送る。私の意図をくみ取った周囲の陸士が残存戦力で陣形を組み直していき、また屋内からも新たな部隊が走り出る。

89式小銃、84mm無反動砲、110mm個人携帯対戦車弾、M240B機関銃、60mm迫撃砲………この拠点に現時点で集まっていた、ほぼ全ての火砲・銃火器がそれを操作する人員と共に路上に展開されていく。

それら無数の火線がにらみ据える先は、ほんの数百メートル先でゆらゆらと漁船が……厳密に言うと漁船“だったもの”が多数浮かぶ大洗湾の海面だ。
424 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/21(月) 23:20:44.86 ID:9CD0GS6L0
実際中内二曹の動揺と恐慌は、無理もないことではある。特に奴らの強襲上陸艦隊は、規模もさることながら出現の仕方が“降って湧いた”としか言い様がない唐突なものだった。何もなかった場所、それもしっかりとレーダー・電探が警戒していた場所に突然艦隊が湧いて出るなど、常識的に考えてあり得ない。

だが、どれほどそれが“あり得ない”ことであっても、起きてしまった以上はそれが現実だ。ならばそれを受け入れ、対処するより他はない。

ましてや今私達がいる場所は、最前線のそのまた前面なのだから。

《大洗鎮守府よりシーサイドステーション、電探に新たな感あり!敵艦影、貴隊正面に多数出現!》

「シーサイドステーションより鎮守府、もう間もなく接敵するわ!」

度重なる空爆によって施設が焼き払われ更地同然となり、しかし故に開けた視界。前方に広がる湾の水面が、沸騰する熱湯のようにぐらぐらと激しく盛り上がる。

「退避、退避!!」

「うわぁっ!?」

水中から“何か”に突き上げられ、黒焦げでぷかぷかと浮かんでいた漁船の残骸が空に舞う。数十メートルも跳ね上げられたそれは私達の方に飛翔し、間一髪で散開した歩兵小隊の待機地点に轟音と土煙を伴って突き刺さる。

「死傷者報告!」

「欠員なしもM240Bを一挺喪失!」

「人員に損害なしなら戦闘継続!隊形速やかに組め!………来るわよ!!」

『『『────ウォオオオオオオオッ!!!!』』』

《敵艦影、視認!!》

《弾薬装填、ヨシ!!》

「距離300、撃て!!」

あの耳障りな咆哮を響かせて、巨大な水柱と共に海中から現れたいくつもの影。同時に、私は声高に号令する。

『ゴォアアアアアッ!!?』

二門のヒトマル主砲が火を噴く。APFSDSが敵艦隊の先頭に屹立した“艦影”に直撃し、砲火を食らった個体が苦しげに呻いた。二発は何れも肩口に当たったようで、千切れ飛んだ右腕が丸ごと一本10メートルほど向こう側の海面に落下した。
425 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/21(月) 23:48:18.92 ID:9CD0GS6L0
《命中、効果あり!!》

「第二射、撃て!!」

『ガアッ…………』

息継ぐ間もなく、二度目の砲声。最大1000mmのRHA(均質圧延鋼装甲)をぶち抜ける貫通力を誇る砲弾が、今度は頭部と胸部右側に命中しブヨブヨと弛緩した青白い皮膚をぐちゃぐちゃに引き裂く。

頭部に風穴を開け、上半身の右半分を抉り取られた5m強の化け物は、小さく呻き声を上げてそのまま仰向けに倒れた。

《敵艦撃破を確認!なお艦種は確認できず!》

「確認の要なし!目標変更、第三射!」

「照準よし、Fire!!」

『グァガッ!!?』

ヒトマルの砲塔がぐるりと回転し、44口径120mm滑空砲が三度吠える。埠頭に乗り上がろうとしていた敵艦──形状から大雑把に推測する限り駆逐種の何れか──があごのあたりに直撃弾を食らい、衝撃で亀のようにひっくり返って海に転落した。

『ォオオォ……グァアッ!?』

「弾着、弾着!」

「とにかく火線を途切れさせるな!迫撃砲と無反動砲はなるべく一個体に攻撃を集中しろ!」

別の角度から私達に狙いをつけようとした艦影には、軽機関銃や84mm無反動砲、60mm迫撃砲の弾丸が押し寄せる。流石に威力・貫通力に大きく劣る分大破轟沈とはいかないが、集中攻撃に怯んでその動きは完全に縫い止められる。

「2号車、併せて!!」

《了解!Fire!!》

『ギィッ………』

すかさず、たたき込まれるとどめの徹甲弾。三つ首のそいつは立て続けに五発の連射を浴び、右側と中央の首を穴だらけにされて前のめりに崩れ落ちる。

「グッジョブベリーナイスよ!!」

会敵から数分と経たず二隻の轟沈、しかも反撃は皆無。滑り出しとしては上々だ。なおも敵艦隊の動向に神経を向けながら、私は2号車と足下の砲手に賞賛の声を送る。

油断はできない。だが、間違いなく深海棲艦の出鼻を挫くことには成功した。
426 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/22(火) 00:27:44.20 ID:hsFkCUXP0
「怪獣映画ならブーイングの嵐ですね、敵のお目見えと同時にろくな顔出しもさせず最大火力で迎撃とは」

「本物の戦場でお約束なんかクソ食らえよ!」

砲手の大隈二曹の言葉に、私は彼女には見えないと知りつつ肩をすくめた。

ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル。【GODZILLA -怪獣黙示録-】での怪獣対処法じゃないが、深海棲艦との戦闘も概ね一番意識しなければならない点は一致している。

先に見つけ、先に撃ち、先に殺す。それこそモンスターパニック映画のように、わざわざ奴らが全身を露わにして戦闘態勢を整えきるまで待ってやる必要性はない。

馬鹿正直に正面から上陸してくるなら、その水際で徹底的に叩くのが最も理にかなったやり方だ。

《正面敵艦隊、後続上陸の気配なし!一時後退した模様!》

「戦闘態勢は維持、警戒は厳としいかなる動きにも対処できるよう最大限の用意を!また、空襲並びに学園艦からの艦砲射撃にも注意して!」

いきなり二隻もの損害を出したことで流石に深海棲艦側も面食らったらしい。奴らの物量からすれば大した損害ではないはずだけど、残りの敵艦はそれ以上上陸を試みることなく再び海中に姿を消した。

とはいえ、あくまで一度態勢を整えるため下がった程度で攻勢自体が止んだとは到底思えない。私達も空襲や主力艦隊の砲撃によってかなりの消耗を強いられている以上、そう何度も攻勢を跳ね返せるほどの余力はない。

《CPより各隊に通達、神山町方面防衛線は海岸線を深海棲艦が突破、内陸に浸透しつつあり》

《此方成田町防衛線、ホ級flagshipを旗艦とする敵艦隊の攻勢を受けている!艦娘部隊の増援を求む!》

《大洗海岸通り防衛線、駆逐艦【菊月】より前線指揮所……学園艦からの艦砲射撃により被害甚大、僚艦の神風、潮も大破した……!これ以上の継戦は困難だ、後退の許可を!》

………そして大洗町全体の戦況は、さらに輪を掛けて絶望的なものへ推移しつつある。仮に私達がなんとかこのまま持ち堪えたとしても、他の拠点が押し込まれ続ければ意味は殆どない。
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 01:47:23.66 ID:l9GRkvOA0
待ってました!
…それにしてもこの大乱戦を見てると、圧倒的な戦略眼で死地を凌ぎきるドクや、不屈の精神で敢闘し続けるミルナ中尉が化け物過ぎるw
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 11:34:27.34 ID:Wk2Bz9gOO
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 11:44:28.00 ID:4CEfyEit0
おつ
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/22(火) 21:18:26.47 ID:fZjZ8KqZ0
おっ久々
431 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/22(火) 23:38:26.15 ID:hsFkCUXP0
特に厳しいのは大洗海岸通りの苦境だ。

この方面で深海棲艦による橋頭堡の確保を許せば、港湾部に展開する自衛隊の主戦力と大洗鎮守府が分断される形になってしまう。既に海上からの猛攻によって青息吐息の状況下、陸路からの攻め手が加わればおそらく鎮守府の失陥は免れない。

那珂川以北───ひたちなか市方面からの援護を期待しようにも、向こうは私達以上に防衛戦力配備が遅れている上避難未完両区域も多い。おそらく、先ほど湾内を北上していった敵海上艦隊を艦娘部隊で食い止めるのが精一杯の筈だ。

「ったく、どうしたもんかしらね……っ!」

「正面、敵艦隊再浮上を確認!!」

打開の手を探すべく思考を巡らそうとすれば、再び盛り上がる海面とその下から現れた異形の軍艦に強制的に中断される。

『『ォオオオオォオッ!!!』』

「全速後退!!」

「散開………ぐぁあっ!!?」

ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル。今度は向こうが、戦闘の“原則”を忠実に実行した。

浮上と同時に先鋒二隻がはき出した砲弾は、全速力で後退した私達の目の前で地面にめり込み炸裂する。逃げ遅れた陸士が一人、爆風に吹き飛ばされ私達の真上をすさまじい速度で通過する。

グシャリという、人体が衝撃で潰れる生々しく湿った音が背後で響く。……その光景を目にせずすんだのは、悪いけど不幸中の幸いだ。眼前で“それ”が起きていたら、今度こそ私は嘔吐を免れなかっただろう。
432 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/23(水) 00:05:49.13 ID:oiVjuCQQ0
『ォアアッ!!』

『ボォオッ!!』

「うわわわわわわっ!!?」

当然、攻撃は一発では終わらない。先陣の二隻────巨大な顎と青色に輝く単眼が特徴的な、【駆逐ハ級】たちが口内の単装砲を私達に向ける。放たれた砲弾を、中内二曹が悲鳴を上げながらもその声の情けなさとは裏腹に見事な操縦で立て続けに躱していく。

「行け行け行け!!」

「視界を奪え!眼にありったけの弾丸をぶち込んでやれ!!」

すかさず、随伴歩兵隊が私達とハ級の間に飛び出す。10挺を越える89式小銃の銃口が一斉にマズルフラッシュを瞬かせ、5.56mm NATO弾をはき出す。

『ギィイイッ!!』

『ゴァアッ!!』

多くの面でリ級やル級といった主力艦に能力が劣る非ヒト型とはいえ、相手の皮膚の硬度は“軍艦並み”だ。10挺どころか千挺集めたってたかが自動小銃では貫けない。

だが弾丸が炸裂し飛び散る火花は、奴らの視界を奪うには十分なようだった。二隻のハ級は威嚇するように歯をカチカチと鳴らしながら、明らかに不快げに咆哮する。

「後方の安全確認………発射!!」

『ギァアアアッ!!?』

その鼻っ柱に叩き込まれるのは、84mm無反動砲のロケット弾。直撃を受けた左手のハ級が、今度は明確に苦悶の声を上げた後激しくのけぞり蹈鞴を踏む。

「今よ、撃て!!」

「照準よし、発射ぁ!!」

『ゥオオオオオッ!!!』

むき出しになった腹部に狙いを定め、1号車と2号車による同時砲撃。だけどその射線を、もう一体のハ級がまるでハンマーのように自らの頭部を地面に打ち付けて遮る。

『ガァアッ……!?』

「畜生……!」

寸分違わぬ照準で放たれたAPFSDSは、本来の標的ではなくハ級の横っ面に直撃した。装甲が砕け青く生臭い体液が飛び散るが、ハ級の様子を見る限り致命傷にはほど遠い。少なくとも、もう一体の腹をぶち抜くよりはよほど小さな損害に抑えられてしまった。狙い通りの結果を得られず、砲手の大隈二曹が低い声で毒づく。

「野郎、友軍艦を庇いやがった……!」
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/23(水) 10:45:26.39 ID:Tij8k25P0
乙!
この状況、防ぎきれる感じがしないんですが
大洗なんかに橋頭保つくられたら東京陥落待ったなしじゃないですか

この大風呂敷どうやって畳むのかワクワクして待ってます
頑張ってください
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/23(水) 21:35:50.17 ID:8rEzKPGp0
435 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/05/26(土) 21:00:29.81 ID:i92fwNbE0
非ヒト型の深海棲艦、分けても駆逐級の通常種は基本的にヒト型種と比べて遙かに与し易い。……まぁ私は交戦の実体験が皆無なのでなんとも言えないけれど、少なくとも世界中の軍事関係者が口を揃えて断言し、実際に過去の交戦結果にもそれはとして顕著に表れている。

見たところ、私達の前方に上陸を開始している深海棲艦の強襲部隊にリ級やル級の姿は確認できない。最初の襲撃と同じで、先鋒のハ級を含めて全て駆逐か軽巡で構成されている可能性が高い。

そしてシーサイドステーションは甚大な損害を受けたとはいえ、未だ迫撃砲や84mm無反動砲を10門以上保有している。何より、厚さ1メートルの近代特殊装甲をぶち抜けるAPFSDSを30発強も抱えた10式戦車が二台ある。

戦力的な面から見れば、大洗女子学園からの砲撃や空襲を考慮に入れても私達には粘る余地が十二分にあるはずだ。実際、さっきは二隻の敵を早々に沈めて一度跳ね返しているのだから。

────あくまでも、理論上では。

『ォオ、ギィイイイ……』

125mm弾二発の直撃を食らったもう一体のハ級が、唸りながらゆっくりと此方に向き直る。着弾点には直径20cmはあろうかという穴が穿たれ、表皮装甲は捲れ上がり、黒煙を吹く傷口からは青い体液がボタボタと垂れ流され地面に染みを作っている。一瞬5メートル強の巨軀が揺らいだように見えたのは、受けたダメージが大きくてバランスを取れなくなっているのかも知れない。

歯の隙間から漏れてくる咆哮もまた、出現直後のものに比べて遙かに弱々しい。私達への威嚇だと思っていたが、あの様子を見る限りあるいは単なる苦悶の声だとしてもおかしくはない。それほどか細く、くぐもった声だった。

『ガァ……アァアア……ッ!!』

「────……」

なのに、奴の眼に宿る光の強さは────私達人間に対する、強烈な殺意が込められた眼光は、これっぽっちも弱まらない。

『ギガァアアアアッ……』

無機質で、体温が感じられない、ガラス玉のように人工的な光沢を放つ青い単眼。何を考えているのか、そもそも考えるという行為自体しているのかさえ疑わしい目付き。

だけどその奥に揺らぐ意思だけは、明確に読み取れる。ハ級が───深海棲艦が私達に向ける殺意、害意、悪意……様々な負の感情を、まるで直接脳裏に刻み込まれているような感覚と共に私は理解してしまう。

その強烈な負の感情を込めた眼光に……否、“負の感情そのもの”に射貫かれて、私は打ちのめされる。心臓を冷たい掌で包まれたような感覚が走り、機銃を握る手は強張り、身体は震えて動かない。

それはまるで、腹を空かした獅子に睨まれる野兎のような有様だった。
436 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 21:06:31.84 ID:i92fwNbE0
私にとって不幸中の幸いは、自分が戦車の車長で、かつ一人ではないことだった。もしも孤立した上でこの状態に陥っていたなら、きっと順当に二階級特進となっていたに違いない。

「────尉、蝶野一尉!眼ぇさませ、しっかりしろ!!!」

「っ!?」

叫び声と共にガツンと音がして、膝のあたりに鈍い痛みが走る。同時に、時間にして数秒の(しかし生死の境を分けかねなかった)硬直が解け、私の耳と脳と身体は急速に機能を回復した。

「中内のことしかり飛ばす権利ねえッスよそれじゃあ!!あたしゃまだ母校が優勝旗勝ち取るまでは死なねえって決めてんだ、しゃんとしてくれ!!」

『ギィアアッ!!?』

足下から上がる叱咤激励の声に続いて、今度は乗っているヒトマルの主砲が吠える。砲弾が獰猛な風切り音を伴ってハ級の下顎部分に直撃し、強大な運動エネルギーを持ってその皮膚を粉砕する。甲殻の残骸が地面で跳ね、カラカラと乾いた音を立てる。

「ハ級二番の損害を確認も、敵の後続艦隊は尚も上陸中!

一尉、このままじゃヤバいっす!指示をください!!」

「……まずは確実に敵を一隻減らすべきよ、ハ級二番への攻撃を続行!」

「Si, Signore!!」

『ァアアァアアアッ!!?』

あえてイタリア語で返された返事と共に放たれた今度の砲撃は、ハ級の眼球のど真ん中を撃ち抜いた。甲高い破砕音を残して表皮と眼球の残骸と思われる透明感のある破片が飛び散り、傷口から青い体液を迸らせながらハ級が凄まじい音量の悲鳴と共に悶絶する。

大隈瞳(おおくま・ひとみ)二等陸曹。アンツィオの卒業生である彼女は、かの学園艦のノリと勢いを重視した底抜けに明るい校風を色濃く受け継いでいる。砲手としての腕前は見ての通り確かだけど、今回はそれ以上に彼女の明るさに救われた。

「2号車、続けてハ級二番に照準合わせ!随伴歩兵隊、後続の敵艦隊に火力を均等展開、撃破ではなく足止め・上陸妨害に重きを置いて!」

《り、了解!………撃て!!》

『ア゛ッ………』

2号車の125mm弾が飛翔、未だ黒煙を吹き青色の血を流し続ける傷口に突き刺さり、肉をえぐり、体内奥深くで炸裂する。

小さな呻き声を一つ残して、ハ級の体躯が横倒しになった。

そのまま数秒に渡ってハ級は痙攣を繰り返した後、穴だらけの身体からぐたりと力が抜け永久に活動を停止する。
437 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 21:12:32.42 ID:i92fwNbE0
交戦早々に反撃の間を与えない猛攻を展開しての、一方的なハ級撃破。流れとしては一度目の交戦と遜色ない、理想的な滑り出し。

ただし今回の場合、敵艦隊の数が最初と比べて大幅に増えているという難点が存在した。

『『『ァアアアアアアァッ!!!!』』』

《イ級三体、左翼に新たに上陸!迫撃砲、もっとペースを上げろ!》

《もう限界まで上げてる!これ以上は砲身が破損しかねん!……畜生、やっぱり60mmじゃいくらなんでも役者不足だ!》

《84mm、軽巡ホ級に着弾も効果稀薄!敵艦隊上陸速度、ある程度遅滞も止まりません!》

《屋上狙撃班より前衛部隊、新たな後続艦隊の浮上を確認した!編成にヒト型や上級種は確認できずも数は現在確認できた時点で二個艦隊12隻!》

広く扇のような陣形を組んで、私達の拠点を半包囲するようににじり寄ってくる深海棲艦たち。此方も保持する全ての火力を注ぎ込んで反撃するが、ある程度の打撃は与えられても流石に歩兵の携行火器のみで短時間に轟沈させることは難しい。撃沈には至らず、敵陣の厚みが徐々に増していくことを止められずにいる。

『ガァアアアアアアッ!!!!』

《ホ級砲撃───ぐぁあっ!!?》

「くぅっ……!?」

敵陣の右翼側に現れたホ級が、上部の連装砲を起動させる。砲火が煌めき、飛来した弾丸は私達の右前20mほどの位置で炸裂する。

積み上げた土嚢の上に機関銃を据えていた歩兵の一団が視界から消え、彼らが居た位置ではひらひらとピンク色の“何か”が桜吹雪のように舞っていた。
438 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 21:56:23.60 ID:i92fwNbE0
《第二軽機関銃班通信途絶!》

「1号車より各位、展開地点への砲弾直撃を視認!生存者は確認できず!

怯むな、攻撃の手を止めず撃ちまくれ!!」

《《《了解!!》》》

「弾薬装填完了!発射ァ!!」

『オゴォッ!!?』

私が無線機に向かって叫ぶ下で、大隈二曹が主砲の引き金を引く。2号車も同時に轟音を奏で、二発の砲弾が立て続けに最初のハ級に吸い込まれる。

《2号車より1号車、ハ級一番は損害大も敵艦隊の上陸規模は拡大の一途!攻撃の分散をした方がいいのでは!?》

「1号車より2号車、意見具申を棄却!敵艦隊の進軍遅滞は随伴歩兵隊並びに狙撃班に一任、我々は各個撃破に集中する!!」

《……了解!!》

2号車車長の懸念にも、実際一理ある。60mm迫撃砲は口径が小さすぎて深海棲艦に対して力不足に過ぎ、84mm砲も相手が一体、二体ならともかく優に30を越える物量の前には数があまりにも足りていない。単体で敵の火力に対抗し得る──それも到底“互角”とは言いがたい──のは、この拠点においては10式戦車だけだ。

ただ、それすら今は数が不足している。

「一尉、ヒトマルも二両しかないんだし私らは包囲されつつあります!随伴歩兵の援護に回して目標を分けた方がいいと思うっスけど!」

「逆よ、数が少ないからこそ攻撃目標を集中して!私達は敵が態勢を整えきる前に少しでも打撃を与え続ける!」

「了解ッス!」

弾種が貫通力を重視したAPFSDSという点も相まって、今のヒトマルに多数の敵を相手取り制圧できるだけの火力はない。ましてや相手は、図体が大きく戦車の何倍も耐久力と攻撃力がある深海棲艦だ。

たった二両が目標を分散させて敵に攻撃を仕掛けたところで、足止め効果の上昇は微かなもの。寧ろ、敵艦に対する決定力が減退し戦力を削ることができなくなる可能性が高い。
439 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 22:59:21.04 ID:i92fwNbE0
尤も、今の戦法を維持してもどのみち状況は好転のさせようがない。敵の数は30を越え、深海棲艦一隻の沈黙に此方の砲弾は急所への集中攻撃でも10発前後を要する。それに対して戦車はたったの二両、残弾も各20発強しかない。

『ァアアア……グァ………』

《ハ級一番、沈もk発砲炎を視認!!》

「全速回避!!」

「ひぇえええ!?」

私の叫び声と同時に、或いはコンマ数秒早く中内二曹がヒトマルを操作する。三つ首の深海棲艦……軽巡ト級が放った弾丸が左旋回した車両を掠めて数メートル後ろの地面に突き刺さり、爆発。車体後部が微かに浮き、着地時にズンッという身体の芯を突くような震動が襲ってきた。

《こなくそっ!!》

『ゴガッ!?………ガァッ!!!』

此方の陣地の一角で、84mm無反動砲が火を噴く。対戦車弾頭がト級の左側の首に着弾し火花を散らすが、ト級は被弾箇所から僅かに煙を上げつつも態勢すら崩さず反撃に移る。

《反撃来るぞ!》

《退h》

中央首の口から突き出した単装砲、その先端に走る閃光。炸裂した砲弾の火が弾薬にでも誘爆したか、その小隊が陣地としていた砲撃痕から巨大な火柱が立ち上る。

《此方屋上狙撃班、敵艦隊への妨害射撃は効果がきわめて稀薄、敵の展開規b》

『ォアアアアアッ!!!』

イ級が一隻声高に吠えながら顔を上げ、砲弾をはき出す。5inch単装砲の弾丸がシーサイドステーションの二階部分に直撃、爆発と共に着弾点は崩落し、狙撃班からの通信も砂嵐を残して途絶える。

《………【ダスター】よりヒトマル1号車、既に我が方の損害甚大にして敵との物量差は圧倒的、かつ大洗町全体の戦線も瓦解携行にあり!

速やかな後退、並びに友軍部隊との合流を具申する!!》

「1号車よりダスター、後退は許可できない!当拠点が崩壊すれば敵主力部隊の大規模な進軍路が確保され、大洗町の失陥はおろか避難未完両区域への深海棲艦による大規模浸透の危険が高まる!

なんとしても現拠点を死守せよ!!」

《……くそったれ、了解だ!

とはいえ最早残弾僅か、もう間もなく敵の航空戦力を抑えきれなくなるぞ!》
440 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 23:28:47.22 ID:i92fwNbE0
M42からの通信は、ヤケクソ気味の悪態で締めくくられる。

一応は納得してくれた彼には申し訳ない話だけど、私が口にした内容は全てが真実ではない。

勿論大洗町、というよりは茨城県沿岸の完全失陥や民間人への被害発生を回避するために、私達が踏み止まらなければならないというのは事実だ。【ダスター】の進言を受けてCPに退却許可を打診したとしても、これが理由で棄却される確率は非常に高い。だけど、そういう状況であることを利用して、私が本当にここに踏み止まりたい理由には触れずにいた。

私は日本陸上自衛隊一等陸尉であり、戦車道連盟に所属する審判員の一人であり……
…大洗女子学園の、戦車道実技担当講師でもある。

部下に叱咤されなければ深海棲艦と相対した恐怖から抜け出せなかった臆病な人間が、今この瞬間深海棲艦の蹂躙を許している無力な人間が、こんなことを言うのは烏滸がましいかも知れない。

ただ私は、今なお学園艦の上で奴らの脅威に晒されているあの子たちを見捨てるような真似はしたくなかった。西住さんたちが助かる目を失わせるような、大洗女子学園奪還の可能性を更に下げるような状態にしたくなかった。

認めよう。経戦指示を出した最も大きな理由は、紛れもなく私自身のエゴ、自衛官にあるまじき個人的な感情だ。また、“明確な大義名分がある”のをいいことにそのエゴを隠す卑怯者でもある。

(………そうは、言ってもね……!)

どちらの理由で踏み止まるにしろ、現在の戦況は最悪に近い。部隊の損害はダスターが言うとおり拡大し続け留まるところを知らず、今や彼我の物量差・火力差は覆しようがない。充満しすぎてかえって感じることができなくなるほど、あたりは死臭と血の臭いにあふれかえっている。

加えてダスターの弾薬が切れれば、私達は敵航空戦力に対する対抗力を失う。質と量を兼ね揃えた陸海空の緊密なる共同攻撃だなんて、笑えないにもほどがある。

機銃掃射を正面に鎮座するホ級の頭部に浴びせつつ、私は無線機に向かって呼びかける。
441 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/05/26(土) 23:59:10.65 ID:i92fwNbE0
「……此方大洗シーサイドスクエア。ヒトマル1号車車長・蝶野より近隣各拠点に伝達、稼働可能な装甲戦力を報告せよ。それから艦娘部隊の中で損傷軽微・戦闘可能な艦が居ればそれも共有されたし!」

《重巡洋艦羽黒、沿岸部から離脱後若宮交差点へ転進、自衛隊の皆さんと合流しました。敵砲火を受け続けていますが損傷軽微、戦えます!》

《西福寺前、駆逐艦・陽炎健在!合流は可能よ!》

《此方大洗駅前、爆撃並びに艦砲射撃により損害大なるもキューマル一両、ダスター一両を其方に回せる、オクレ!》

《磯浜さくら坂通り第八隊、ヒトマル一両、キューマル一両、LAV四両を派遣可能!また合流艦娘三名は最上、五月雨、神威何れも損傷軽微!交戦可能!》

重機関銃を操っている真っ最中の私に、メモを取るような余裕は当然ない。必死に耳を澄まして一言一句を聞き取り、脳内で慎重かつ速やかに統合していく。

(機甲戦力37、艦娘戦力9……ね)

単純な数の少なさもそうだが、詳細はより厳しい。重巡洋艦2隻に駆逐艦ながら高い性能を持つ陽炎がいる艦娘部隊はともかく、抽出できた機甲戦力は最終的に2/3以上がLAV。対空火力であるM42に至っては大洗駅の一両だけ。残弾の消耗もかなりしているとみるべきだろう。

無論、まだ音沙汰がない拠点も多数ある。とはいえ、この時点で応答がないということは壊滅したか、壊滅していなくとも此方の問いかけに即座に答えられる余裕すらないかのどちらかだ。或いは無線が故障・破壊された等でたまたま戦力を保有しながら答えられない可能性も一応あるけれど、ひたちなか市方面への進出すら深海棲艦が試みている状況下でそれは楽観視が過ぎる。

だいたい、それらの拠点の安否を確かめるだけのリソースを割く余裕は私達の方にもない。

それでも、“何もしない”という選択肢は無しだ。砕ける未来が同じなら、向こうに拳を振り下ろされるより此方からぶち当たってやる方がよほど生き残る確率が上がる。

それに────“西住流に後退の文字はない”のよ。
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/27(日) 23:25:32.82 ID:yEantkf+0
乙!
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/31(木) 19:42:16.74 ID:aFzsXU9RO
444 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/04(月) 23:44:47.28 ID:8RT1ILCz0
「シーサイドステーションよりCP、通信が取れた拠点から残余艦娘戦力並びに機甲戦力の抽出・再編許可を願う!

現在市街地に展開する最大火力の集中運用にて正面敵艦隊の上陸を阻止した後、大洗海岸通り方面に突貫し敵浸透部隊を撃滅する!」

《CPよりシーサイドステーション、許可する。近隣拠点にて機甲部隊・艦娘が健在かつ派遣可能な箇所は速やかに大洗シーサイドステーションまで急行させろ!!》

コマンドポストは意外にも、こちらの要請を二つ返事で承諾してくれた。本来喜ばしいことなのだけど、その事実は私の眉間に却って深いシワを作らせる。

前線指揮の中枢が一尉官の申し出に飛びつかなければならないほど、戦況は逼迫しているらしい。それも戦略の詳細も、「敵艦隊の撃滅」に対する根拠も聞かずに、だ。

《大洗駅よりCP、指示を受諾。これより機甲戦力を前進させる!》

《こちら若見屋交差点防護陣地、敵空襲の激化により現時点では戦力抽出不可!敵艦載機部隊の撃滅を完了次第羽黒を派遣する!》

《西福寺、M42を1両と陽炎、他対戦車火器装備の人員を一部そちらに向かわせる!陽炎、行けるか!?》

《任せて!!駆逐艦【陽炎】、指定区域に移動する!到着までに全滅したりしないでよ!!》

《大洗中央排水所前、七警・軽巡洋艦【長良】!これより護衛部隊並びに軽装甲偵察車3両と共に指定区域に前進、友軍と合流後蝶野亜美一等陸尉の指揮下に入ります!》

《中央排水所前よりシーサイドステーション、聞き及んだ通りだ!この町の守りは貴官に託すぞ!》

《此方成田町、国道51号線沿いにて深海棲艦10隻強の上陸を確認!増援派兵は困難、すまない!》

CPからの指示に応じて、次々と各拠点から要請受諾や現状報告の声が上がる。先の呼びかけからさしたる時間が経っていないにも関わらず、既に幾つかの部隊は早くも戦力の派遣が困難になっていた。

全く、かのモントゴメリーでさえ、きっとこの状況に関しては「最悪だ」ってしかめっ面で呟きそうね。しかもその「最悪」は、現在も絶賛更新中ときたわ。
445 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/06/04(月) 23:47:41.00 ID:8RT1ILCz0
それでも、光明もある。駆逐艦ながら高い性能を誇る陽炎が貴重な対空火力であるM42も伴っての派遣される点はプラスの意味での計算外だ。逆に主戦力と見込んでいた重巡羽黒はまだ動けないらしいけれど、そもそも彼女がいる若見屋交差点はここから1キロと離れていない。

敵航空隊の排除さえなれば、徒歩でも10分とかからず合流が見込める。苦戦するようなら、先に陽炎たちを若見屋交差点の援護に向かわせて敵航空隊を跳ね返すという手もある。

例え極楽の菩薩が気まぐれで垂らした蜘蛛の糸よりか細いものであったとしても、反撃への道筋が残っている限り私達に“諦める”という選択肢は無しだ。

「一号車より各位、CPは要請を受諾し現在増援戦力を編成中!尚、友軍戦力には西福寺の【陽炎】と若見屋交差点の【羽黒】が健在とのこと!!

踏ん張るわよ、最大火力にて敵艦隊迎撃を継続して!!」

飛ばした激励に対する返答は、殆どない。
通信を境に明らかに勢いを取り戻した火線が、その代わりとなる。

『『オ゛ォ゛ッ!?』』

『『グォオオオオ……!!』』

無論、ヒトマル2両と、他にはせいぜい110mm個人携帯戦車弾───所謂【パンツァーファウスト3】ぐらいしか一撃で相応のダメージを与えられる火力が存在しないという現状は変わらない。それでも、怯ませることができれば後続部隊の到着までこの拠点が持ち堪えるだけの時間は捻出できる………と、信じたいところね。

「しかし、“浸透艦隊の撃滅”とは大きく出たっすね!」

呆れたような、それでいてどこか小気味よさげな声色は足元から。雑談に興じながらも、大隈二曹の狙いは些かも鈍りはしない。

『ギァアアッ!!?』

砲声が鳴り、機銃射撃とは別種の震動に視界が揺れた。新たに上陸してこようとした軽巡ホ級が、首の辺りから間欠泉のように吹き出す青い血を止めようと藻掻きながら仰向けで再度海に転落する。

「CPは二つ返事でOK出しましたけど、勝算はあるんスか一尉!?通信聞く限りだと、上陸した敵戦力規模はもう100隻は確実に越えたッスよ!?」

「100どころか多分200越えてたわね、ひたちなか市の方に向かった奴らも含めるならもっとじゃないかしら」

既に物量の面では、とっくの昔に私たちの対応可能な許容範囲を越えている。しかも大洗鎮守府の動きは封じられており、敵には航空支援と主力艦隊による艦砲射撃の加護つきだ。浸透部隊がほぼ非ヒト型で構成されている点を差し引いたとしても、正面からの激突で私達に勝ち目はないだろう。

ただし、そもそも私達は馬鹿正直に“敵の全戦力を粉砕する”必要自体がない。

「限りなく薄いのは認める、でも0じゃない。悪いけど付き合って貰うわよ、“分の悪い賭け”にね」

「ったく、ハルウララに十万賭けろって言われた方がまだマシな気分ッスよ!」

「ひどい言いぐさ……ねっ!!」

『!!?』

気配を感じて、引き金を押し込み続けながら機関銃の照準を上空に向ける。ちょうど突入してきた【カブトガニ】が、真っ正面から弾丸に貫かれて黒煙と火炎を噴き出した。

『─────………』

『ア゛ア゛ァ゛ッ!!?』

きりもみ状態に陥った敵機はみるみるうちに私達から軌道が逸れていき、空に煤けた弧が一筋描かれる。正面艦隊のまっただ中に墜落したその機体はそのまま隊列の中程にいる軽巡ト級に直撃し、爆散。

『ギギッ…………!』

折しも此方に砲撃を加えるため中央の頭部が大きく口を開けていた矢先の一撃に、ト級が蹈鞴を踏みながら低く呻く。誘爆による一発轟沈……とまではいかなかったが、【カブトガニ】が激突した右側頭部から炎を伴った煙が激しく吹き出している辺りダメージは小さくないらしい。

「パンツァーファウスト!!」

「了解!!」

『ゴガッ……ギィゥ!!?』

即席陣地の一角で、110mm無反動砲数門が一斉に砲弾を放つ。先鋒として殺到したDM32【バンカーファウスト】弾が傷口付近に次々と着弾して装甲を粉砕し、広がった傷口に後続のタンデムHEAT弾が飛び込んだ。

『ガッ……────』

低く大きな音が鳴り響く。港湾部全域がまるで大地震のように鳴動し、一際巨大な火柱が目の前で上がる。今度こそ内蔵弾薬に誘爆したト級が大爆発を起こし、砕け散った奴の残骸がそこら中に飛び散る。

『『『ギァアアアアアアッ!!!?』』』

吹き出した轟炎に巻き込まれ周囲数体の駆逐艦や軽巡が暴れ狂いながら苦悶の声を上げる有様は、さながら絵巻や絵画で描かれた“地獄”をそのまま現実化したかのようだ。おぞましさ、気色悪さも感じるが、それ以上にやはり、胸の内からじわりと滲み出るような恐怖を感じずにいられない。
446 : ◆vVnRDWXUNzh3 [saga]:2018/06/04(月) 23:50:03.92 ID:8RT1ILCz0
《敵航空隊、更に一部が対空砲火を抜ける!直上より急降下!!》

M42からの警告の叫び声。比喩表現ではない、本物の地獄へ誘おうとラッパの音が空から迫る。

腹の底で尚も渦巻く恐怖を飲み下し、機銃の火線をラッパの音が聞こえてくる方に向ける。火線を突き入れられて編隊飛行を乱した10機ほどの黒い機影が、忌々しげに踵を返す様子が視界に映った。

『イギアッ!!?』

「て、敵艦に打撃を確認!」

鈍く掠れた悲鳴と中内二曹の報告の声に視線を戻せば、新たに隊列に加わっていた個体──姿形から推測するに恐らく軽巡へ級──がヒトマルの砲口が睨み据える先で仰け反っていた。私達を標的にしたところで大隈二曹に撃ち抜かれたのか、艤装と一体化している奴の右手が拉げてあらぬ方向に折れ曲がり、バチバチと火花を散らす。

「オッケー、グッジョブベリーナイスよ!」

「お褒めの言葉より給与に特別ボーナスでもつく方がよっぽど嬉しいっスね!一尉、上に掛け合ってくださいよ!」

「善処はしてあげるわ、約束はできないけどね!」

善処どころか、来年度の予算が0になったっておかしくない。………いや、そもそも“来年度があるかどうか”が問題なのだけれどね。

「1号車より【ダスター】、弾薬残量は!?」

《随伴歩兵部隊や周辺拠点からの支援でなんとか節約できている、それに破壊された車両から無理矢理幾らかの弾薬も引っ張り出せた!

当初の見込みよりは幾らか引き延ばせそうだがそもそも敵航空隊の数が増える一方だ、どのみち長く保つわけじゃない!なるべく早くに状況を打破してくれ!》

「1号車よりダスター、了解!

2号車、機銃掃射を対空専任に!また展開部隊の内対戦車兵器を持たない班は1班だけダスターの支援に回って!」

《2号車、了解!対空戦闘に移行します!》

《こちら富永班、指示を受諾!M42護衛部隊に合流する!》

『オ゛ア゛ア゛ッ!?』

味方への指示を出す私の頭上を、砲弾が弧を描いて飛び越していく。背中で立て続けに三つの爆炎が弾け、駆逐イ級がくぐもった悲鳴と共に微かに身体を跳ねさせる。

《大洗町駅よりシーサイドステーション、これより平行して迫撃砲による火力支援を行う!弾着は確認した、効果のほどを報告されたし!》

「此方シーサイドステーション、支援砲撃を感謝するわ!効果としては着弾した駆逐イ級に損害を確認、引き続き支援を求む!オクレ!」

《大洗駅よりシーサイドステーション、了解!砲撃を継続する!》
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/05(火) 17:42:11.00 ID:NWxqa+1T0
おつ
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/06(水) 01:27:33.73 ID:MyDVjJuA0
おつおつ
立ち塞がって物量を凌ぐにしても、補給なんかも考えたら増援次第かなあ…
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 20:26:56.17 ID:Swnq3E1x0
おっつおっつ
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/08(金) 07:54:17.10 ID:voZu7whOO
451 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/12(火) 22:31:24.65 ID:PNClVgFK0
善戦は、している。

ただでさえ雀の涙な艦娘戦力が十全に機能せず、物量差は広がる一方。制空権は掌握され、学園艦は攻撃不可能の砲台と化し、砲弾と爆弾が豪雨の如く降り注ぎ続けているそんな状況下で、抵抗するどころか幾多の敵艦を沈め、あまつさえ反攻の態勢を整えようとすらしている。

予想通りの、いや、私の予想以上の“善戦”と呼んでいい。そりゃあ軽巡棲姫を陸戦で撃沈したドイツ軍には遠く及ばないけれど、大隈二曹共々私達全員が特別ボーナスを貰うに値する程度の働きはできていると思う。

だけど、それだけだ。

《此方2号車、主砲弾残余八発!機銃も流石に残弾が心許なくなってきたわ!!》

「一尉、1号車も125mmの残りはきっかり10発っス!このままだとどう考えても足りねえッスよ!」

《狙撃班より1号車、埠頭方面で新たに一個艦隊の上陸を視認!戦力はヘ級2、ホ級1、イ級2、ハ級1!なお、ヘ級の内1隻はeliteと思われる!》

《此方大洗駅、学園艦艦上より新手の航空隊発艦を確認した!市街各部隊は警戒せよ!!》

「シーサイドステーションより陽炎並びに羽黒、合流はまだできそうにない!?」

《こ、此方羽黒!ごめんなさい、空襲が激しくて無理です!》

《陽炎より蝶野一等陸尉、急行中も敵艦載機隊に補足され続けていて交戦しながらの進軍となっている!行軍は大きく遅滞、もう少しだけ待って!》

反撃の糸口は、未だ繋がっている。

尤も、私達が手にしているそれは、相変わらずか細く脆いままだけど。
452 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/12(火) 22:43:35.29 ID:PNClVgFK0
「シーサイドステーションよりCP、現有戦力の集結がやや遅れている!後方待機中の艦娘、或いはC.R.Rの派遣は可能か!?」

《CPよりシーサイドステーション、不可能だ!後方戦力はまだ割くことはできない!》

「ま、そうでしょうね………!」

要請の棄却は若干喰い気味ですらあったけれど、予想通りだったため落胆はない。

深海棲艦の艦載機は、既に相当数が涸沼や那珂川を越えて避難未完了区域の上空を脅かしつつある。下手に艦娘戦力や機甲部隊を割けば、押し寄せる航空隊の物量に対処しきれず民間人に大きな被害を出す恐れがある。

同様の理由から武器弾薬の補充も通らないだろう。今頃トラックもヘリも、詰めるだけの住民を詰めてのピストン輸送にかり出されている真っ最中の筈だ。

「一尉、CPの返答は!?」

「ベリーバッドね、却下されたわ!」

「そりゃそっスよね!!」

『ゴァッ────!?』

通信が終わるやいなや声をかけてきた大隈二曹も、結果は覚悟していたのかその返事は軽い。八つ当たりとばかりに放たれた砲撃は、ちょうど連装砲を起動しようと開かれたハ級の口の中に飛び込んだ。

『ガッ………』

一瞬の制止の後、グワラと巨大な音がしてハ級の胴体が七割ほど消し飛ぶ。成長途上のオタマジャクシを思わせる、巨体に対してあまりにも貧相な足がぱたりと力なく両脇に倒れる。

また1隻、敵艦が沈んだ。だけど、これで1号車の主砲残弾も9。眼前にひしめく───そして、一向に増強をやめない敵戦力と比較して、この9という数は0と大して意味合いが変わらない。

『ゴォアッ!!!』

「い、一尉!もう無理です、後退しましょう!!」

別方面から、お返しとばかりに深海棲艦の砲弾が飛来する。回避したヒトマルの10mばかり横でそれが炸裂すると同時に、ついに決壊した中内二曹が悲鳴に近い声で車内から私に向かって叫んだ。

「敵の物量は圧倒的、砲弾も人員も足りてません!このままだと被害は増える一方です!!

艦娘戦力が、大洗鎮守府が健在なうちに撤退しましょう!!反攻作戦なんて、この町の死守なんて最初から無理だったんですよ、被害を抑えて態勢を立て直した方が絶対にいいです!!」

「何言ってんだ!!大洗女子学園はどうなるんだよ!!」

「どうせみんな死んでるに決まってる!生きてるわけないじゃない!!それに私は死にたくないもん!こんなところで死にたくないもん!!」

「中内てめぇ!!」

再び恐慌状態に陥った挙げ句破れかぶれで喚きだした中内二曹に、大隈二曹がつかみかかる。砲手と操縦士が同時に職務放棄という事態に、全身から音を立てて血の気が引く。

「落ち着きなさい二人とも!!今は戦闘中────」

《────敵機、直上!》

2号車車長の叫び声に被さるように、空から聞こえてきた“ラッパ”の音。

「ぅあっ───!?」

押し寄せる轟音に、鼓膜がつかの間機能を失う。

吹き付ける爆風に、呼吸を奪われる。


次の瞬間、私の世界はヒトマル諸共逆さまにひっくり返った。
453 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/12(火) 23:44:31.95 ID:PNClVgFK0

……たまたまそのタイミングで強風でも吹いていたのか、対空砲火の回避のため敵機の軌道の方が逸れていたのか、原因については解らない。ともかく絶好の的であった筈の私達に、敵機の投下した爆弾は奇跡的に直撃しなかった。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」

それでも、当たり所がよければイージス艦でも一発轟沈せしめる爆弾が超至近距離で起爆したのだからただ無事で済むわけもない。火柱に煽られたヒトマルは乗っていた私ごと亀のようにひっくり返り、衝撃でぐしゃりと音を立てて砲塔が折れ曲がる。

「……………っつ」

完全にひっくり返る直前に車内に飛び込んだため頭を潰されることは避けたが、それでも車内をまるでピンボールのように跳ね回った身体は至る所が痛む。特に左足は、打ち所が悪かったのか微かに動かすだけでも軋むような鈍痛が走った。

とはいえ、致命的な怪我が見当たらないのは不幸中の幸いだ。

「………大隈二曹、中内二曹、生きてる!?生きてるなら返事をしなさい!」

ノハ;メ゚听)「大隈瞳二等陸曹、健在です!」

滅茶苦茶になって赤ランプが点滅する車内に声をかければ、足下で大隈二曹が手を上げる。額の傷から血が滲んでいるが、彼女も大きな怪我はなさそうね。

ハソメ − リ「うぅ……」

序でに、彼女の腕の中には羽交い締めにされるような形で中内二曹が抱かれている。彼女も気を失ってはいるが、見た限り十分に無事と言える範疇だ。

車内の惨状を考えれば奇跡と言って差し支えないレベルだけれど、喜びを分かち合っている暇はない。

「中内二曹はどこかに挟まったりしてない!?」

ノハメ゚听)「今まさに運転席の中に挟まってたのを引っ張り出したところっス!あっ、一尉これを!」

「ありがとう!急いで脱出するわよ!」

大隈二曹から89式小銃を受け取り、腹ばいに。焦る気持ちを抑え、横転や倒壊による下敷きを避けるため努めてゆっくりと外に這い出る。

「一尉!」

「蝶野一尉、他の二人も無事で!」

全身を引っ張り出すと同時に小銃を構えて周囲の状況を確認すれば、ちょうど私達の方に駆け寄ってくる一団があった。私と、私に続いて車外に這い出てくる両二曹を見て全員が安堵の表情を浮かべていた。
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/13(水) 10:33:57.55 ID:cHqE+DTs0
乙!
みんながんばれ
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/13(水) 22:03:28.94 ID:nlvUM/5v0
おつでs
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/16(土) 03:43:00.09 ID:Q7sBgUFcO
457 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/16(土) 23:09:41.37 ID:dckhVBid0
「蝶野一尉、お怪我は!?一応担架も用意しましたが……」

「足が少し痛むだけで大きな問題はない、それより中内二曹を──っ!」

頭上10mほどをライナー性の軌道で砲弾が駆け抜けていき、一瞬首を竦める。大洗駅の方面で轟音が鳴り響き、規則正しく飛来していた迫撃砲の支援砲火が束の間途切れた。

「シーサイドステーションより大洗駅、無事!?」

《120mm迫撃砲一門喪失、他に死傷者若干名も継戦は可能だ!そっちこそさっきの爆撃は大丈夫だったのか!?》

「私達自身は無事だけどヒトマル1号車を喪失、拠点火力が大幅に減退した!なお2号車も残弾は極小!!」

無線でやりとりを続けながらも、動きを止めている暇はない。中内さんのことは担架を運んできた二人に託し、私自身は大隈二曹らと共に上空に小銃を向ける。

「図図しい注文で申し訳ないけど、派遣した増援部隊にクロムウェル巡航戦車並みの超特急で来るよう伝えて!

総員陣形再編急げ!対空戦闘、よぉーーい!!」

当然の帰結だ。

ただでさえ、M42の残弾の減少やLAV、96式の損失、随伴歩兵各班の損耗などで薄くなり敵航空隊の突破を許しつつあった現状がある。その中で私達は更に装甲車両を……対空弾幕の一角も担っていた指揮車両を失った。

火力が減退し、指揮系統に束の間混乱を来した最前線の防護拠点。しかもその拠点に周囲から戦力が集まりつつある動きも、空からなら手に取るように解ることだろう。

故に、敵の“指揮艦”が大洗シーサイドステーションを完全に叩き潰そうとするのは当然の帰結だった。

《空が三分に敵機が七分!繰り返す、空が三分に敵が七分!!》

ノハ;メ゚听)「総員気張れ、とんでもねえのが来るっスよ!!!」

腹を空かせた猛獣が、低く唸っているようなエンジン音。それらはすぐにあの耳障りな甲高い風切り音に代わり、空から迫る。

今日一日で散々聞き飽きた、“ジェリコのラッパ”の大合唱。………ただしその数は、今までの比じゃない。何十、何百、千に届くと言われても信じられる。

『『『『………─────────!!!』』』』

狙撃班のヒステリックな無線通信さえ、私達の頭上に限定すれば強ち誇張表現ではない。

それら膨大な物量の敵機が、一斉に私達に向かって押し寄せる。
458 : ◆vVnRDWXUNzh3 [sage saga]:2018/06/16(土) 23:42:28.86 ID:dckhVBid0
雨のようになんて表現では到底追いつかない。

その空襲をあえて比喩的に表現するなら……空そのものが降り注いでくるような、とでも言おうか。

「撃て、撃て、撃て!!」

《最早残弾を気にする段階じゃない!とにかく全弾ぶっ放せ!!》

迫る真っ黒な空に、次々と私達の火線が突き刺さる。密集しているため面白いように命中し、オレンジ色の火の玉がそこかしこで淡い光を発する。

だけど、規格外の物量の前でそれらの閃光はあまりに微かで、儚い。

『『『────………』』』

《敵機投だn───》

「退避、退避、退避ーーー!!」

《機銃掃射来るぞ、散開しろ馬鹿野郎!!》

「三浦、こっちだ!走れ、走れぇ!!」

《シーサイドステーション、区画の一部に直撃弾!徳居班が崩落に巻き込まれた!》

「いでぇ……いでぇよぉお………」

急降下爆撃が命中したLAVが吹き飛ぶ。機銃掃射を四方八方から受けた堡塁が血煙に包まれる。コンクリートが爆弾で捲れ上がり、とんだ破片が隊員の眼球をえぐる。弾薬への誘爆で火柱が上がり、炎に飲まれた機銃手が地面で藻掻きのたうち回る。崩れ落ちるシーサイドステーションの瓦礫が、尚も転がっていた96式の残骸をそれを盾にしていた一個小隊ごと押し潰す。

ノハメ;゚听)「被害報告!」

《シーサイドステーション内部、崩落箇所は20を越え岡本班、徳居班、長田班と通信が途絶した!木田班も2名が巻き込まれ重篤、1名が死亡!医療員にも死傷者が出た!》

「即席堡塁・バリケードは約半数が沈黙!60m迫撃砲、110mm無反動砲他多数の重火器も失逸!」

《此方ヒトマル2号車、履帯を損傷し行動不能!主砲残弾も2、機銃も後10秒ほどで打ち止め!》

《こちらダスター2、我々も履帯をやられ移動不能!随伴歩兵隊も機銃掃射により半数が死傷!》

「一尉、磯浜さくら坂通りからの増援部隊が敵主力艦隊の艦砲射撃により進軍困難に陥っているとのこと!現在複数拠点が陽動を行っていますが効果は見られz」

「っ」

報告をしてくれていた通信士の頭が、機銃掃射の火線に射貫かれる。風船を針で突いたみたいな存外乾いた音を残して頭蓋骨と脳細胞とその他諸々がはじけ飛び、赤い肉片が私の頬や口元に付着した。

……人間の適応力は素晴らしくもあり、おぞましくもある。最早そんな光景を目にしても、私が抱いたのは多少の不快さと“また戦力が減ってしまった”ことに対する焦燥だけだった。
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/17(日) 06:12:33.92 ID:IuSBZxwA0
おつおつ
やっぱり火力がやべえなあ…
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