【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】

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211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:05:57.22 ID:KQnxmm/50

…………………………

 ある休み時間。

「あの……」

「うん?」

 クラスメイトに話しかけるめぐみ。その表情はクールで、カッコ良くて、きれいで、けれどいつもゆうきに見せてくれる “めぐみっぽさ” は微塵も感じられない。ゆうきは自分の席からそんなめぐみを見守っていた。見ていられたものではなかったが、心配で目をそらすこともできない。

「どうかしたの、大埜さん?」

「……私、今度の生徒会選挙で、生徒会長に立候補することにしたの」

「えっ!?」

「それほんと!? 大埜さん!」

「え、ええ」

 色めき立つクラスメイトたちに押され気味のめぐみ。なんとか体裁を保とうと、コホンと一回咳払い。

「……それで、実は――」

「ねえねえねえ! どうして生徒会長に立候補するの!?」

「すごいなぁ! やっぱり大埜さんは違うね! 勉強もスポーツもすごいもんね!」

「私、大埜さんが生徒会長ってイメージぴったり! がんばってね! 私、絶対大埜さんに投票するから!」

「あ……そ、そう? ありがとう」

 かしましいことこの上ない。めぐみはもはや完全に押し負けながらも、なおも口を開こうとがんばっている。ゆうきはもはや、神に祈るような心境だった。

「それでね、実は――」

「なになに、どうしたの?」

「生徒会長って聞こえたけど、大埜さんが立候補するってほんと?」

 騒ぎを聞きつけて、他のクラスメイトたちも集まってくる。

「えっ、いや、あの……」

「よーし! クラスみんなで大埜さんを応援するぞーっ!」

『おーっ!!』

「……うぅ……」

 クラスメイトの輪の中で萎縮しながら、めぐみはガクッとうなだれた。ゆうきは遠くからその様を見つめ、あちゃーと頭に手をやった。

 めぐみの推薦者探し。これは予想以上に、難しそうだ。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:06:27.35 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……ふん。これが学校ね。つまらなそうな場所だわ」

 ダイアナ学園女子中等部前。ゴドーは校舎や体育館、校庭へと続く道を見つめ、吐き捨てるように口を開いた。

「勉強とかそういうの、面倒くさいだけじゃない。自分の欲望に背いたことをして何が楽しいのかしら」

 ゴドーは己の欲望に従うことができない臆病者が嫌いだ。自分がしたいことをすべてする、欲しいものはすべて手に入れる、それこそが正しい行いであり、彼女にはその正しい行いを実行するだけの力があるからだ。

「やりたくないことをやるなんて、くだらないことだわ。あたしには全然分からない」

 その言葉は誰に向けてのものなのか。それはゴドー本人にも分からない。

 構わない。分かっていることなど、ひとつきりで十分なのだから。

「……ここに勇気の国の王子と優しさの国の王女がいる。そして、勇気の紋章と優しさの紋章も。あたしはそれを手に入れる。ただそれだけのこと」

 彼女は口角を吊り上げ、歩を進めた。

「伝説の戦士プリキュア……どれほどのものかは知らないけれど、あたしの敵ではないわ」
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:07:01.50 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……すまない、ひとつお聞きしたいんだが」

「はい?」

 2年A組教室前。彼女は教室から出てきた長身の生徒にそう話しかけた。

「大埜めぐみさんを探しているんだ。教室にいるだろうか?」

「大埜さん? えーっと……」 律儀に教室の中を見回してから、その生徒はかぶりを振った。「ううん。いないみたいだ」

「そうか。……どこに行ったか分からないかな?」

「うーん、この時間なら、もしかしたら――」

「――あっ、それならあたし知ってるー!」

 と、違う生徒が割り込んでくる。小柄な身体に短い髪。みるからに活発そうな外見に、人なつっこそうな笑みを浮かべている。

「ゆうきったら、最近は大埜さんにべったりだからねー! ちょっと妬いちゃうね!」

「ユキナ。人の会話に割り込むんじゃない。それから、割り込むならせめて相手様に有益な情報をもたらしてくれ」

 長身の生徒が、小柄な生徒を漫才のようにたしなめる。

「なにさー、有紗。今のどこが有益じゃないっていうのよー」

「有益も何も今のじゃ何も分からないだろう」

 有紗とユキナという名には聞き覚えがある。なるほど、と納得する。これが校内で少なからず有名な演劇部の凸凹コンビか。

「すまない。大埜めぐみさんのいる場所を知っているなら教えてもらえるだろうか」

「ああ、ごめんごめん。大埜さんなら、たぶん屋上にいると思うよ。最近は、昼休みにそこで昼食を取っていることが多いんだ」

 結局答えたのは長身の生徒だ。小柄な生徒はその態度にブウ垂れるような顔をしている。

「なにさー、有紗ー! せっかくあたしが言おうとしてたのにぃー!」

「言おうとしてなかったじゃないか」

 いつまでも見ていたいような愉快な二人組だが、そうしているわけにもいかない。

「ありがとう。では、屋上に行ってみるよ」

 彼女は短くふたりにそう告げると、きびすを返し屋上へと続く階段を目指した。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:07:38.65 ID:KQnxmm/50

…………………………

「うーん……あの人、どこかで見たことがあるような……?」

 残された小柄なユキナと長身の有紗。ユキナが、颯爽と、まるでモデルのように歩みゆく彼女の後ろ姿を見つめながら小首を傾げた。

「何を言ってるんだ、ユキナ。あの人は現生徒会副会長で、次の生徒会長に立候補してる騎馬はじめさんじゃないか」

「……ああ! どっかで見たことがあると思ったら、あの人があの質実剛健、文武両道の騎馬はじめかぁー!」

 待てよ、とユキナが納得しつつまたも首を傾げる。

「……で、その副会長さんが、大埜さんに何の用?」

「いや、休み時間に言ってたじゃないか。大埜さん、生徒会長に立候補するって。その関係の話だろう」

「……それってさ」

「うん?」

 ユキナはいやらしくニヤァ、と口角を歪めながら、

「……もしかして、宣戦布告ってやつ?」

「……ユキナ」

 このミーハーめ、と半ば呆れながら、有紗は小さくなりゆく彼女――騎馬はじめの颯爽とした後ろ姿を見つめる。

(……相手は強敵だ。がんばれよ、大埜さん、ゆうき)
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:08:41.42 ID:KQnxmm/50

…………………………

 昼休みの屋上は、太陽がサンサンと輝き、少しだけ夏みたいだ。屋上の一面が白いことも相まって、ほんのり暑い。

「…………」

 しかしめぐみは、夏とは正反対の枯れた顔をしている。無言でお弁当を口に運び、租借する。その姿は少し、不気味だ。

「あ、あの……大埜さん?」

「……何?」

 死んだ魚のような目がゆうきを向く。ゆうきはその様相にたじろぎながらも、言葉を続けた。

「もう一回、クラスの誰かに言ってみようよ。推薦者をやってほしいって」

「……言いづらいわ。ダメ。私、やっぱり怖いもの」

「えっ……?」

 めぐみが下に目を落とす。

「私……王野さんとは、色々あって仲良くなれたけど、他の人とそうなれるかすごく不安だもの。さっきはみんなで応援してくれるって言っていたけど、推薦者を頼んだときにどんな顔をされるかって想像したら……」

 めぐみの気持ちも分からなくはない。せっかく、クラスのみんなが応援してくれると言ったのだ。その今の状況に推薦者を頼むという一石を投じることによって、どんな結果が生まれるのか。それは誰にも分からない。誰かが引き受けてくれればいいが、誰も引き受けてくれなかったらどうだろう?

「ごめんなさい。私、とっても勝手なこと言ってるわよね……臆病で、情けなくて、本当に王野さんに申し訳ないわ」

 めぐみは本気で落ち込んでいる。本気でゆうきに対して申し訳ないと思っているのだ。

「大埜さんは優しいね。自分のことで大変なのに、わたしに申し訳ないって思えるって、すごいよ」

「えっ……」

 めぐみが顔を上げた。

「けど、わたしのことは気にしないで。わたしは大埜さんの友達だから。友達が困っていたら手を貸すよ。友達が何かをやろうとしているならそれを全力で応援するよ。そんなの、当たり前のことだもん」

 ゆうきはめぐみのことが好きだ。友達だから好きだし、好きだから友達だと思う。どっちが先かはよく分からないけれど、そういうものだと思う。

「王野さん……」

 めぐみがスーッと息を吸い込み、目をつむる。そして両手を上げ、それを不思議な目で見るゆうきの前で、めぐみは自分の顔を両側から思い切りはたいた。小気味いい音が響いて、めぐみが一瞬クラッと身体を泳がせた。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:09:47.67 ID:KQnxmm/50

…………………………

「お、大埜さん!?」

「……あなたの言葉で目が覚めたわ。ううん。あなたの言葉のおかげで目を覚ましたいと思ったから、無理矢理覚ましたわ」

「それって……今の張り手で目を覚ましたってこと?」

 無茶苦茶だ。仮にも女の子、それも優等生を地で行くめぐみのすることではない。せっかくの美人が、両頬に残った真っ赤な手形で台無しだ。

「ありがとう、王野さん。あなたに勇気をもらったわ。協力してくれるって言っている友達がいるのに、何を怖がっていたのかしら、私は」

 けれど、その目はいつも通りのめぐみの、まっすぐな目だ。とても頼もしくて優しい、めぐみの目だ。

「私、がんばる。みんなに推薦者を頼んでみるわ」

「……うん!」

 やるといったらやるのだろう。めぐみはそういう性格だ。やると決めた生徒会長への立候補だから、こうして悩んででもやろうとする。人付き合いのあまり得意ではないめぐみだけど、自分でがんばって推薦者を集めると決めたのだから、懸命にやろうと努力する。

 それがめぐみなのだ。ゆうきが尊敬して憧れる、相棒なのだ。

 と――、

「……?」

 キィ、と軽い音がして、塔屋のドアが開かれた。校舎内へと続く唯一の出入り口だ。

「ああ、よかった。本当にここにいてくれた」

 それは、ゆっくりと聞き取りやすい、しっかりとした声。どこか男性的な雰囲気も漂う、中性的な少女の声だった。

 ドアを開けて現れたのは、声とは対照的な外見の女子生徒だった。襟のラインの色からして同級生だろう。艶やかな黒髪は腰に届きそうなくらい長く、そよ風にふよふよと揺られている。目元は穏やかで、余裕に満ちあふれている。その少女が、まっすぐめぐみを見つめながら歩み寄ってきた。

「君が大埜めぐみさんだね?」

 めぐみの前で立ち止まり、少女はニコッと穏やかな笑みを浮かべて問うた。

「そうだけど……あなたは?」

「失礼。こちらから名乗るべきだった」 少女は優雅に華麗に、その場で一礼した。「私は騎馬はじめ。現生徒会の副会長を務めている」

「騎馬、はじめさん……?」 めぐみがハッと息をのんだ。「じ、じゃあ、あなたが……生徒会長に立候補しているっていう……騎馬さん!?」

 めぐみの言葉を聞いて、ゆうきも思い出した。



 ―― 『何にせよ、生徒会長の立候補が騎馬はじめだけの信任投票というのも問題ですからね。大埜めぐみには、ぜひ立候補してもらいたいものです』



 先日、皆井先生が無神経な言葉と同時に言っていた名前。生徒会長の立候補者である、騎馬はじめ。

 目の前の、外見と言動がややちぐはぐな同級生が、その騎馬はじめなのだ。
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:10:38.77 ID:KQnxmm/50

「はは、おもしろいことを言うね、大埜さん。大埜さんも生徒会長に立候補するんだろう?」

「あっ……」

 めぐみが恥ずかしそうに顔を伏せる。

「それに、まだ立候補してはいないよ。この書類をまだ提出していないからね」

 はじめがブレザーの懐から綺麗にたたまれた書類を取り出し、開いて見せてくれた。めぐみと同じ、生徒会長の立候補書類だ。

 その一挙手一投足が妙に様になっている。内ポケットをこんなにスタイリッシュに扱える同級生を、ゆうきは知らない。ゆうきに至っては、内ポケットなんて使ったこともない。

「今から生徒会顧問の先生に提出しに行くつもりなんだ」

 めぐみの書類とは違い、全ての項目がしっかりとうまっている。もちろん、推薦者の欄もしっかりと三人の名前がある。

「なら、どうしてここに?」

 けれど、めぐみも負けていない。ゆうきの頼もしい相棒は、そんな相手に一歩も引かずまっすぐ目を見返している。

(……って、べつに戦ってるわけじゃないんだけど)

「いや、正式に立候補する前に一度挨拶をしておきたかったんだ。これから生徒会長の座を争う大埜めぐみさん、君に」

「……そう」

 めぐみは強い。けれどその強さは、少しだけ脆い。

「私が立候補したことによって、立候補するつもりだった生徒たちが皆身を引いてしまったと聞いたんだ。だから、大埜さんが立候補してくれて良かった。私も、できることならしっかりと他の候補と票を争った上で生徒会長に臨みたいからね」

 はじめの身体中から放たれる存在感。圧倒的な余裕。

 今までの人生で、ゆうきにはおよびがつかないほどのことをしてきたのだろう、大人びた物言い。

 すごいと思うまでもない。感覚が、身体が、目の前の同級生がただならぬ存在だと教えてくれている。

「え、ええ……」

 ゆうきには分かる。めぐみがそんなはじめに圧倒されていることが。けれどそれを表には出さず、「がんばらなきゃ」とか「負けたくない」とか、そんな風に踏ん張っているのだ。それはめぐみの優しさで、強さだ。けれどゆうきは、そんなめぐみを助けたい。手伝いたい。

 だから――、

「あっ……」

 ぎゅっ、と。ゆうきはそっと、さりげなく、当たり前のことのように。

「……うん」

 めぐみの手を取り、握って、頷いた。お互いの熱が巡る。少し汗ばんでいためぐみの手を通して、めぐみの心境を、ゆうきの心で中和する。

 目線だけで意志疎通。申し訳ないような、けれど嬉しそうなめぐみの目を見ることができて、ゆうきはそれだけで嬉しい。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:11:17.90 ID:KQnxmm/50

「……私もがんばるから。だから、いい生徒会選挙にしましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 めぐみはゆうきの手を離し、はじめが差し出した手を握る。

「私の推薦者には現生徒会長もいる。だから、みんな気後れして立候補を辞退してしまったんだが……とにかく、大埜さんが立候補してくれて、本当に嬉しいんだ。だから、大埜さんの言うとおり、いい生徒会選挙にしよう」

 聞きようによっては少し嫌味だったかもしれない。けれど、騎馬はじめという目の前の現生徒会副会長は、そんな成分を微塵も感じさせなかった。心の底からめぐみの立候補を嬉しく思っているのだろう。

「それでは、私はおいとまさせてもらう。昼休みの時間をとらせてしまって申し訳ない」

 去るときもやはり、どこまでも気品ある挙動で。

「またすぐ、選挙に関連する場で会おう」

「ええ。また今度」

 はじめはピシリと一礼すると、校舎内へと消えた。

「……ふはぁ、緊張したぁ」

 驚いたことに、そんな気の抜けた声をめぐみが発し、ベンチにぺたんと座り込んだ。

「すごいわね、あの騎馬さんって。なんか気後れしちゃったわ」

「で、でもでも! 大埜さんも負けてなかったよ! なんか、騎馬さんが王子様で、大埜さんがお姫様みたいだった! で、わたしはお姫様に付き従うみすぼらしい小姓!」

 興奮して思っていたことをそのまま口にして、気づく。

「……わたし、小姓……ははっ、どうせ、わたしは王子様はおろか、お姫様にもなれない、下賤の者……」

「お、王野さん? どうして自分の発言にダメージを受けてるの?」

「ふふ……わたしはどうせ、お姫様にはなれない冴えない女……ふふっ……ふふふ……」

「はいはい。勝手にしょぼくれないで。あなたにニヒルな笑いは似合わないわ」

 ひとりうなだれて屋上にのの字を書くゆうきを、めぐみがそっと立ち上がらせる。

「さっきはありがとう、王野さん。手を握ってくれて嬉しかったわ。また、あなたに勇気をもらっちゃったわね」

「……ううん。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」

 騎馬はじめ。あの同級生はたしかに強敵だ。制服の着こなしから言葉遣い、行動や雰囲気を取っても生徒会長に相応しい。それに加えて、はじめには現生徒会長の推薦まであるのだ。

「ま、がんばるしかないわね。まずは……推薦者を誰かに頼まないと」

「そうだね……」

 まずは同じ土俵にたつところから、ふたりの戦いは始まる。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:12:19.31 ID:KQnxmm/50

…………………………

「くだらないくだらないくだらない。こんな場所、いったい何の役に立つって言うの?」

 中に入ってみれば何か理解が示せるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。学校という存在は結局ゴドーにとってあまりにも不可解で、なおかつ不愉快なものであった。

「こんな建物の中に押し込められて、勉強とか運動とか、したくもないことをさせられて……ああ、不快だわ」

 そんな場所に自分がいることが。そして、そんな場所に押し込められていることを甘んじて受け入れている生徒たちが、不可解で不愉快でたまらない。こんな欲望とは対極に位置するような場所は、ゴドーには似つかわしくない。

「さっさとプリキュアを見つけて倒して、こんなところ退散してやるんだから」

 と、そんなことを考えながら、何の気なしに廊下の窓から外を眺めたときのことだ。

「ん……?」

 人気のない裏庭。その一角に、何本か樹木が植えられている。そのうちの一本の梢に、何羽か小鳥が止まっていた。春も深まりだいぶ温かくなってきた陽気を喜ぶかのように歌う小鳥たちは、本当に幸せそうだ。

「…………」

 あれこそが正しい姿なのだ。ゴドーは確信する。こんな鳥かごのような場所に閉じこめられ、望まぬことをし続ける生徒より、自由に飛び回り、歌うことができる小鳥たちの方が、よほど理に適っている。

「温かい陽気だから、鳥たちも元気いっぱいだ」

 と、そんな声が耳朶を叩いた。

「少し暑いくらいだから、日陰の裏庭に逃げてきたのかもしれないね」

 ゆっくりと振り返る。ゴドーのすぐそばに、長い髪をした女子生徒が立っていた。見た目はお嬢様然としているのに、口調や声、仕草はどこか男らしい。というよりは、紳士然としているといった方が正しいかもしれない。

「君はどこの誰かな? この学校の生徒ではないだろう?」

「…………」

 もちろんのこと、ゴドーは制服など着てはいない。普段通りの、黒ずくめのアンリミテッドスタイルだ。そんな部外者であるゴドーを正面から責めるのではなく、あくまで淡々と問う。そんな生やさしい姿勢が、ゴドーは気に入らない。

「そう言うあんたは誰?」

「私かい? 私は騎馬はじめ。生徒会副会長だ」

「生徒会? 副会長?」

 思わず吹き出してしまう。真面目くさった顔をした目の前の生徒は、言うに事欠いて、生徒会の副会長様だと言うのだ。

「どうかしたかい?」

「……ふふ。ふふふ。ああ、可笑しい」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:12:55.07 ID:KQnxmm/50

…………………………

「……大変グリ」

「大変ニコ!」

 そんなゴドーとはじめの姿を見つめる小さな影が、ふたつ。

「早くゆうきとめぐみに知らせるグリ!」

「ニコ! 屋上に急ぐニコ!」

 今日は少し暑いから、日陰になる裏庭でのんびしていたブレイとフレン。

 ふたりは頷き合うと、小さな身体で精一杯、屋上へと急いだ。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:13:46.04 ID:KQnxmm/50

…………………………

「可笑しい……?」

 はじめが困惑するような声で問うた。

「ええ、とっても可笑しいわ。生徒会って、こんな不自由な場所で過ごす生徒を束ねるものでしょ? くっだらないわ。学校なんて不自由なものに惰性で縛られている人間もどうしようもないけれど、自分から望んで縛られに行くようなことしてるあんたは、もっとどうしようもないわね」

 欲望を達成することもできず、ただ望まぬ事をやり続ける場所。そんな場所の規範たろうとするはじめのことを、ゴドーはくだらない存在だとしか思えなかった。そして、そんなことを面と向かって言ったのだ。はじめは怒っているだろう。その怒りすら嘲笑してやろうとゴドーが顔を上げる。

「うむ。たしかに、自ら何かを成そうと望まない人にとって、この学校という場所は、単に不自由な場所に映るかもしれない」

 しかしはじめは、ゴドーの顔を興味深げに見つめているだけだ。怒りの気配など、微塵もない。

(なに、こいつ……?)

「けれど、違う。学校という場所は、たしかに退屈で不自由な場所かもしれない。けれど、それは見方によって変わることなんだ」

 たじろぐゴドーに、はじめは続けた。

「私は学校が好きだよ。それは、ここが自分にとって心地がいいからというだけじゃない。学校という場所は、生徒全員に開かれているんだ。ここに通う生徒全員を受け入れ、生徒おのおのが望めば、その望みに向かう手伝いをしてくれる場所なんだ。この学校は先生方も熱意溢れる方ばかりだし、環境も適切だ。私は、そんなこの学校が大好きなんだ」

 まあ、と。はじめは含むように笑って。

「ただ、君から見たら、私は望んで不自由に縛られているように見えるのか。なるほど。そんな風に考えたことはなかったから、新鮮だ。後学のためになりそうだよ。ありがとう」

 本心からそう思っているのであろう、裏表のない笑顔。

 ゴドーがどこの誰かということにすら頓着していない。まじめすぎて、人間を疑うということを知らないのかもしれない。

 どこまでもよくできた人間だ。

 まるで、自分とは正反対――、

「……ッ!」

 気に入らない。気に入らない。気に入らない。

「……?」 一歩後じさったゴドーに、はじめが心配するような顔をする。「大丈夫かい?」

 気に入らないことを、我慢する必要があるだろうか?

 否。

「……あたしは、アンリミテッド。闇の戦士、ゴドー」

「えっ……?」

 瞬きすら許さず、ゴドーは小さい手をはじめの前で振った。

「あ……れ……?」

 はじめの身体がふらりと傾ぎ、廊下に倒れ込む。簡単な催眠術のようなものだ。

「……だから、何かを我慢する必要なんてない。不快だと思ったものは、目の前から排除する。ただ、それだけのことよ」

 ぱさっ、と。はじめの身体から何かが落ちた。

「……?」

 それは、一枚の紙だ。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:14:20.12 ID:KQnxmm/50

…………………………

「本当にこっちでいいのね、ブレイ!?」

「グリ! 間違いないグリ!」

 お昼を食べ終わった頃、文字通りブレイとフレンが屋上に転がり込んできた。相当急いだのだろう、息も絶え絶えなふたりからなんとか事情を聞きだし、ゆうきとめぐみはブレイとフレンに案内されて廊下を急いでいた。

「けど、その女の子は本当にアンリミテッドだったの?」

「ニコ! アンリミテッドは気配で分かるニコ! アイツは間違いなくアンリミテッドニコ!」

「それで、そのアンリミテッドと話してた生徒っていうのは誰か分かる?」

「えーっと、たしか……」

「騎馬はじめ、って名乗ってたニコ!」

「騎馬さんが!?」

 めぐみが大声を上げる。めぐみに抱えられているフレンが身をすくめるが、それにすら気づいていないようだった。

「ってことは、騎馬さんが危ないわ! 急ぐわよ、王野さん!」

「うん!」

 もちろん、相手がアンリミテッドであれば、誰であろうと心配だ。それがさっき出会ったばかりのはじめだというならなおさらのことだ。

「あの角を曲がった先グリ!」

 ほとんど飛び出すように、曲がり角に飛び出す。そして、ゆうきとめぐみは見た。

「……あら?」

 明らかにこの学校には不釣り合いな、黒ずくめの格好をした少女と、その脇に倒れる騎馬はじめの姿を。

「あなたが……!」

「アンリミテッド!」

「ふぅん……」

 少女は口角を歪め、品定めをするようにふたりを見た。

「ってことは、あんたたちがプリキュア? なぁんだ。全然大したことなさそうじゃない」

 上背や顔立ちは、ゆうきたちとほぼ同い年くらいに見える。しかし、浮かべる表情は、どこか幼い。幼く、そして残酷な雰囲気だ。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:14:47.43 ID:KQnxmm/50

「騎馬さんに何をしたの!?」

「騎馬……? ああ、こいつ? そういえばそんな風に名乗ってたかしらね」

「何をしたのかと聞いてるの!」

「べつに。うるさいし不快だったから眠ってもらったってだけのことよ」

 少女はなんでもないことのように言う。人一人に危害を加えておいて、それを何とも思っていないのだ。それがゆうきには信じられなかった。

「さて、そんなことはどうでもいいじゃない。ねえ、勇気の王子と優しさの王女?」

 まるで幼子に語りかけるような声色。けれど、そこに浮かぶのは侮蔑という悪意だけだ。

「聞き分けの悪い王族は臣民に嫌われますわよ? どうか、このゴドーめに紋章をお渡しくださいな」

「ふっ……ふざけるなグリ! その臣民は、お前たちが奪ったグリ! みんなを……みんなを返せグリ!」

「ふふっ……ムキになっちゃって、ばっかみたいっ」

 ゴドーと名乗った欲望の戦士は、唾棄するように言葉を吐く。

「あんたたち王族って、そんなだからダメなのよ。そんなだから、あたしたちアンリミテッドに負けたのよ」

「グリ……」

 涙ながらに、みんなを返せと叫ぶブレイ。ゴドーは、そんなブレイの言葉すら意に介してはいない。

「おとなしく、紋章を渡しなさい。それは、誰も何も守れなかったあんたたち無能な王族ではなく、あたしみたいな強い欲望を持つ者こそ、持つに相応しいものだわ」

 自分たちが奪ったものの大きさを理解していない。自分たちが何をしたのかすら、もしかしたら分かっていないのかもしれない。

 ゆうきはたまらず、口を開いた。

「ねえ、あなた! ゴドーさん!」

「何かしら?」

 ゴドーの邪気を含む目がゆうきに向けられる。

「あなたたちアンリミテッドが何をしたのか分かってるの? あなたは、ブレイとフレンの大切なものをたくさん奪ったんだよ? そんなひどいことをしておいて、ブレイにまたそんなひどいことを言うの?」

「はぁ? あんた何言ってんの?」

 ゴドーは不快そうに顔を歪めた。

「馬鹿も休み休み言いなさいよ。あたしはアンリミテッドの戦士なのよ? 自分の欲望にしか従わない。そんなあたしに、あんたは何を求めてるわけ?」

 くだらないとばかりに吐き捨てるゴドーに、ゆうきはようやく踏ん切りがついた。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:15:29.90 ID:KQnxmm/50

「……そっか、あなた、本当にアンリミテッドなんだね」

 そんなゴドーの姿を見て、ゆうきはそっと腕を差し出した。

「ばーか、そんなの当たり前じゃない」

「うん。そうだよね。あなた、わたしたちと同い年くらいだから、もしかしたら分かってくれるかも、って思ったけど、そんなことはないみたいだね」

 その腕に煌めくは、薄紅色のロイヤルブレスだ。

「……騎馬さんを傷つけて、ブレイの心を傷つけて……わたしは、そんなあなたを許さない」

「へぇ? 許さなかったらどうするっていうの?」

「決まってるわ」

 静かな怒声。それは、ゆうきの傍らから発せられた。

「訂正させる。いつか、必ず。あなたの口から発せられた、その許せない言葉を」

「めぐみ……」 フレンが頼もしいめぐみを見つめ、ほっと息をつく。

 ブレイとフレンの傍らには、ゆうきとめぐみがいる。だから、大丈夫。

「ふん、くだらない。自分の欲望で言葉を語ることすらできない人間に、用なんてないわ」

 ゴドーはつまらなそうにそう言うと、手に持っている紙をかざした。

「なかなか良い欲望の品だったからもらっておいたわ。あんたたちの相手はこれで十分だわ」

「!? それは……騎馬さんの立候補書類!?」

 めぐみの顔色が変わる。

「それは騎馬さんの大事なものよ! 返しなさい!」

「馬鹿言うんじゃないわよ。これはあたしがこいつから奪ったの。もうあたしのものよ」 ゴドーは邪気に満ちあふれた笑みを浮かべた。「こいつ、生徒会長に立候補するのね。今も副会長をやっているとか言って、散々あたしに生意気なことを言ってきたから、あまりに不愉快で思わず眠らせちゃったわ。ははっ、いいザマよね」

「ゴドー……!」

 めぐみの純粋な怒りの声にも、ゴドーはどこ吹く風だ。

「生徒会長になりたいだなんて馬鹿みたい。生徒の規範? 生徒の模範? 学校を取り仕切る? ばっかみたい。そんなの、自分から進んで不自由な方向に進もうとしているだけじゃない。自分の欲望を恐れて、逃げているだけだわ」

「違う! 生徒会長になりたいっていうのは、欲望から逃げることじゃない! この学校が好きで、この学校をもっと好きになりたくて、そのための仕事がしたいって、ただそう思うだけのことよ!」

「っ……ばっかみたい! ばっかみたい! あんたも、こいつと同じことをいうのね」

 ゴドーが不愉快そうに顔を歪めた。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:16:05.58 ID:KQnxmm/50

「当たり前よ!」 それに対し、めぐみは毅然と叫んだ。「私も騎馬さんと同じように、生徒会長に立候補するんだからっ!」

「ああそう。だったら、あたしに感謝することね!」

「感謝……? あなた、一体何を――」

「――うっさい! 出でよ、ウバイトール!」

 ゴドーは両手をかざし、叫ぶ。そしてはじめの立候補書類を窓から裏庭に落とした。

 空が暗く染まる。雲が黒く染まる。そんな大空に亀裂が生まれ、そこからこの世ならざるものが大地に落ちる。そしてそれが、はじめの書類へと取り付いた。

「書類を取り返したいなら、取り返してみなさい。できるものなら、ね」

 言うと、ゴドーは窓から裏庭へ降り立った。ゆうきとめぐみは慌てて窓にとりつき、そして見た。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 悪辣なる欲望の化身が生み出された、その瞬間を。

「……王野さん!」

「うん!」

 ふたりは頷き合い、ロイヤルブレスをかざした。

「受け取るグリ!」

「プリキュアの紋章ニコ!」

 ブレイとフレンの声が廊下に響く。桃色と空色の光が鋭い軌跡を描き、ふたりの手へと落ちる。

 それは、伝説の神獣、グリフィンとユニコーンをかたどった紋章。

 ふたりはそれをロイヤルブレスへと滑らせ、声高に叫ぶ。


「「プリキュア・エンブレムロード!」」


 闇の中に一筋の光が生まれる。その光は、桃色と空色の、勇気と優しさの光。

 光は爆発的に広がり、やがて集約しゆうきとめぐみを取り巻き、その姿を変化させていく。

 やがて、光がはじけ飛び、裏庭にふたりの伝説の戦士が降り立った。


「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」

「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」


 そう、その戦士こそ――、


「「ファーストプリキュア!」」


 世界が闇に墜ち、欲望に飲み込まれようとしても、その光が守ってくれる。

 伝説の戦士プリキュアという名の、光が。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:16:31.91 ID:KQnxmm/50

…………………………

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ふん、よりによって、二回連続で同じものをウバイトールにするとはね!」

 ユニコがグリフに先んじて飛び出す。

「芸がないのよ、あんたたちは!」

 ユニコの蹴りがウバイトールにの身体に炸裂する。巨大な紙のようなウバイトールは、前回と同様、その身体を使ってユニコを拘束しようとする。

「同じ手が通用すると思わないで!」

 すかさずグリフが飛び出し、ウバイトールを横から殴りつける。大きく揺らぐウバイトールに、そのままグリフは拳の乱打を放つ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

『ウバッ……ウバアアアアアアアアアアア!!』

 横からの絶え間ない攻撃に、ウバイトールがグリフを拘束することはおろか、攻撃を満足に防ぐこともできず、徐々に後退していく。

「はぁあああああああああ!!」

 そんなウバイトールの頭部に、ユニコが強烈な跳び蹴りを放つ。ウバイトールはそのまま後方に吹き飛び、大きな音を立てて裏庭に墜落した。

「なっ……なんだってのよ! ちょっと! 早く立ちなさいよ、ウバイトール!」

 その脇に現れ、ウバイトールをたきつけるゴドー。その言うことは絶対なのか、ウバイトールがよろよろと立ち上がる。

『ウバ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ゴドー、答えなさい! 感謝することね、ってどういう意味!!」

「はぁ?」

 ゴドーが、心底呆れたとばかりにユニコを見る。

「あんた、それ本気で言ってるの?」

「私は答えなさいと言ったのよ!」

「……決まってるじゃない、そんなの」 ゴドーは酷薄に笑んだ。「あんた、くっだらない生徒会長なんかになりたいんでしょ? 騎馬さんとやらの書類がなくなれば、立候補するのはあんたひとりになって、生徒会長はあんたで決まりじゃない」

「は……はぁ!?」

 ゴドーの言葉はユニコにとって理解しがたいものだった。反論しようという気すら起こらなかった。

「だから感謝しなさいって言ったの。良かったじゃない、あんた、生徒会長になれるわよ? あたしには、何でそんなものになりたいのか分からないけどね」

「…………」
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:17:33.53 ID:KQnxmm/50

 ユニコは、無言。顔はうつむき、肩が震え、固く握りしめられた拳もまた、ブルブルと震えている。

「あ、あの……ユニコ?」

「…………」

 ああ、これはいけない。もはやユニコにはグリフの言葉さえ届いていないのだ。グリフは慌ててユニコの傍を離れ、近くに隠れていたブレイとフレンを優しく抱き上げ、その目を覆った。

「グリ?」

「どうしたニコ、グリフ」

「いや……なんかすごく嫌な予感がするから」

 と、いうよりは相棒としての勘だろうか。これからユニコは、きっととんでもないことをしでかす。

 それはもう確信に近い。

「だからブレイ、フレン……もしかしたら、耳を塞いでた方がいいかも」

「何でグリ?」

「だって……優しくて恥ずかしがり屋で照れ屋で、少し素直になれない……そんなユニコのイメージ、壊したくないでしょ?」

 我ながらすさまじい説得力だと思った。ブレイとフレンはビクリと身体を震わせると、グリフの手の中で固く目をつむり、ギュッと耳を塞いだようだった。

「……? 何やってるんだか知らないけど、チャンスね! ウバイトール! まずはあの白い方を倒しなさい!」

「…………」

 うつむき、今や全身をブルブルと震わせているユニコ。

(ああ……わたし、どこかで聞いたことあるなぁ)

 と、グリフはどこか遠い場所からその光景を眺めているような気分で。

(あれ……たぶん、“武者震い” ってやつだよね)

 というよりは、抑えきれないほど強い怒りによる震えか。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 哀れかな。けれどそんなこと、ゴドーはおろか、ウバイトールも知る由もない。ユニコに向け突進し、その巨体をもって吹き飛ばそうとする。

「……はぁあああああああああああああああ……」

 まるで武道の呼吸法。ユニコがうつむいたまま、深い声をあげる。瞬間的に生まれたのは、空色の優しい光。

“守り抜く優しさの光” 。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:17:59.68 ID:KQnxmm/50

『ウバッ……!?』

 ウバイトールはようやく何かに気づいたようだったが、もう遅い。勢いがついてしまったものは、そう簡単には止まれない。

「な……あれは、何……?」

 空色の光が、やがて実体をともなってユニコの前に形成される。その異様な姿に、さしものゴドーも何かに気づいたようだった。

「……ねえ、ゴドー。私、怒ってるのよ?」

「は……はぁ!? だったら何だって言うのよ!!」

 ウバイトールが、そんなユニコの間近まで迫る。



「オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!



 それは気合いの声というよりは、獣の雄叫びに近かった。グリフはホッと安堵する。

(ブレイとフレンに耳を塞がせて良かった……)

 あんなユニコの姿と声、できれば、いや絶対に見せたくないし聞かせたくない。というか、

(わたしも見たくなかったし聞きたくなかったよぅ……)

 そんな詮無いことを考えているうちに、その雄叫びをあげる当の本人は、空色の光を拳に集約させていた。

「――って、はぁ!?」

 あまりにも不自然なことを、しかしユニコはあまりにも自然な動作で行っていた。本人には、自分が何をしなければならなくて、そのために何をすればいいのか、それが分かっているのだ。

「いや、でも、だって……ええー……?」

 グリフの呆れ声も、ユニコには届かない。そしてユニコはそのまま、空色の光――即ち誰かを守るための優しさの光をまとわせた拳を引き絞り、自らに突撃してきたウバイトールへ迷いなく突き出した。

 圧倒的な守りの力である “守り抜く優しさの力” 。その光が、勢いよく突っ込んできたウバイトールに向けて突き出されたのだ。

『ウバァアアアアアアアアアアア!!!』

「……はぁ!?」

 ウバイトールが吹き飛び、軽く十メートル以上先に落下する。ゴドーの素っ頓狂な声ももっともだとは思うが、今ばかりはそれは自業自得だと思えた。

 ゴドーは、ユニコの怒りに触れてしまったのだ。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:18:47.35 ID:KQnxmm/50

「な、何あれ!? 何なの!?」

「……言ったはずよ、ゴドー?」

 その声に、ゴドーがビクリと身体を震わせる。グリフはいっそ、ブレイとフレンを投げ出して自分が耳を塞いでしまいたい気分だった。

「私、とっても怒っているの。ねえ、さっき言ったわよね?」

「えっ、いや、だって、それは――」

「――言ったわよね?」

 さすがにゴドーも気づいたようだった。藪をつついて蛇を出すどころか、怒り猛る暴れ一角獣を出してしまったことを。

「ばっ……しっ、知らないわよ!! ばーかばーか!!」

「…………」

「ひっ……おっ、覚えてなさいよー!!」

 一歩踏み出したユニコがあまりにも恐ろしかったのか、ゴドーが背を向け、宙にかき消えた。撤退したのだろう。

「あ……い、行っちゃったね、ユニコ」

「……ええ。でもまだ終わりじゃないわ。やっちゃって、グリフ」

「えっ、あっ、うん」

 声にいつもの感じが戻り始めている。ウバイトールに反則まがいの “守り抜く優しさの拳” をキメたからだろうか。少し気が晴れたようだ。

『ウバッ……!?』

「……ってことで、悪いけど、ゴドーも帰っちゃったし」 グリフは、少しだけウバイトールを哀れに思いながらも、手を振ってカルテナを取り出す。「……さようなら?」

『ウバ……ウバアアアアアアアアアアアア!!!』

「あら? フレン? ブレイ? どうしたの、そんなに震えちゃって」

“立ち向かう勇気の光” の翼をまとい、駆けだしたグリフの置きみやげ。ブレイとフレンの姿を見て、ユニコが問う。

「な、なんでもないグリ……」

「ふ、フレンは何も見てないし聞いてないニコ……」

「?」

 ブレイとフレンは、少しの間、めぐみを見つめて地上でガタガタと震えていたという。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:20:00.30 ID:KQnxmm/50

…………………………

「う……うーん……」

 揺れる感覚。視界の端に光を感じ、はじめは目を開いた。

「……あれ? ここは……」

「良かった。気がついたのね」

「えっ……大埜さん?」

 自分を上からのぞき込む同級生の顔に、安堵の表情が浮かぶ。

「私は一体……」

「疲れていたんじゃないかしら? 私と王野さんが廊下を歩いていたら、あなたが倒れていたのよ」

「疲れ……?」

 ゆっくりと身を起こしながら考える。

(私……誰かと話していたような……)

「あの……大埜さん」

「何かしら?」

「ここに、黒ずくめの女の子がいなかったかい? 私たちと同い年くらいだけど、この学校の生徒じゃなさそうな子なんだが」

「……? そんな子見かけてないわ。ねえ、王野さん」

「えっ? あっ、う、うん。そんな子見てないなぁ〜」

 そうか。このふたりがそう言うのなら間違いないだろう。自分は夢を見ていたのだろうか。それとも、彼女はふたりが現れる前にどこかに消えてしまったのだろうか。

 どちらにせよ、だ。

「……もう少しだけ話を聞きたかったなぁ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。ありがとう、大埜さん。王野さん」

「どういたしまして。保健室行く?」

「いや、体調が悪いわけではないよ。そろそろ授業が始まる。教室に戻ろう」

 まさか、生徒会長に立候補するふたりともが遅刻などというわけにもいかないだろう。

「アンリミテッド……の、ゴドーさんか……」

「「う゛ぇっ!?」」

「? どうかしたかい?」

 ふと思い出したのだ。記憶がとぎれる直前、彼女は自分にそう名乗っていたのだ。

「う、ううん。なんでもないわ……」

「うんうん! なんでもないなんでもない!」

 ゆうきとめぐみは慌てた様子だったけれど、その理由がはじめには分からない。

 ともあれ、だ。

「……おもしろいことを言う子だった。もう一度会ってみたいな」

 はじめはふと、窓の外に目を向ける。そこではやはり、木々の梢に小鳥が止まり、さえずっている。

 彼女もまた、今の自分のように小鳥を眺めていたのだ。

 本人にはきっと自覚はなかっただろうけれど、とても優しい目で。

「もう一度、会いたいな……」

 様々な想いをつないで、物語は進んでいく。

 その先にある未来へと。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:20:43.78 ID:KQnxmm/50

…………………………

 夕暮れには、温かく立ち上る湯気がよく似合う。

「…………」

 赤光に染まり、湯気がふよふよと温かい色合いを演出してくれるのだ。

「……来てくれるかしら?」

 自分がいれた紅茶を見つめながら、彼女はそっと呟いた。

「ゆうきちゃん……お友達をたくさん連れてきてくれると嬉しいけど」

 カランコロンとベルが鳴り、入り口のドアが開かれる。

 そこは喫茶店、“ひなカフェ” 。

「噂をすればっ、と」

 彼女は、今の今まで自分以外誰もいなかった店内にやってきたお客を出迎えた。

「……って、これまたえらくお洒落な喫茶店だねえ。よくこんなお店見つけたね、ゆうき」

「うん。この前の帰り道、たまたま見つけたんだ。今日からオープンなんだよ」

 背の高い女の子、背が低い女の子、少し険の強そうな女の子、そして、優しげなゆうき。

 驚いたことに、彼女は三人も友達をつれてきてくれたのだ!

「いらっしゃい、ゆうきちゃん」

「ひなぎくさん、こんにちは!」

 朗らかな応答。彼女の笑顔に、こちらも自然、笑顔になる。

「約束通り、お友達をたくさん連れてきてくれたのね。ありがとう。とっても嬉しいな」

「そんな……っていうか……」

「――すっごーい!! かわいいかわいいかわいすぎるぅー! それにカッコイイ!」

「……こんな風に、このひなカフェの話をしたら、是非行きたいってみんなが……」

「ふふ、そうだったの。ありがとう……えっと、あなた……」

「更科ユキナです! こんなすてきなお店に美人さん! なんかの舞台みたい! すごいです!」

「そ、そう? それはどうもありがとう」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:21:11.36 ID:KQnxmm/50

 ユキナと名乗った小柄な女の子は、かなりミーハーな性格のようだ。その元気いっぱいの自己紹介に、他の子たちも続いた。

「初めまして。栗原有紗です」

「どうも、初めまして。大埜めぐみです」

「ご丁寧にどうも。私はここのオーナーの小紋ひなぎく。適当に呼んでね」

 彼女は自己紹介もそこそこに、四人を席に座らせて、自分はカウンターの向こうへと引っ込んだ。

「今日はサービスしちゃおうかしら。紅茶でいい?」

「やたっ! ありがとうございます!」

 年頃の少女たちの笑顔に、彼女も嬉しくなる。さっき自分でいれた紅茶で舌を潤し、四人のための紅茶の用意を始める。

「……でも、大埜さんも水くさいなぁ。推薦者だっけ? そんなの、一言くれればすぐに了承したのに」

 ふと耳に入ったのは、四人の話す声。朗々と響くやや男らしい声は、有紗のものだ。

「いきなり廊下に呼び出されたかと思えば、今にも死にそうなくらい緊張した大埜さんが待っているときたもんだ。あのときは驚いたなぁ」

「し、仕方ないじゃない……だって、断られたらって思ったら、怖かったんだもの」

「断らないよー! 大埜さん、あたしたちの演技、しっかり見ててくれたじゃん。だから、今度はあたしたちが大埜さんのお手伝いをしてあげるの」

 ユキナが朗らかに応える。

「……うん、ありがと」

 きっと、あのめぐみという子はあまり友達づきあいが得意ではないのだろう。けれど、お礼を言ったその口は少しゆるんでいて、嬉しく思っていることは誰にだって分かる。

「よーし!」 と、ゆうきが気合いに満ちた声をあげた。「ともあれ、みんなでがんばって、大埜さんを生徒会長にするぞー!」

「「おー!!」」

「……お、おー」

 めぐみ本人はとても恥ずかしそうだ。

(……希望に満ちている)

 この世界は常に希望に満ちあふれている。その希望は、消えることはない。

 ゆうきたちのような人間が、次から次へと希望を作り出しているからだ。

(けれど、私は……)

 あまりにもまぶしすぎる。

 暗闇に慣れすぎてしまった、自分には。

 光り輝きすぎて、目が潰れてしまいそうなくらい。

 この世界の人々は、まぶしすぎる。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/04(日) 10:21:49.77 ID:KQnxmm/50

 次 回 予 告

ゆうき 「…………」

めぐみ 「あら? 王野さん、黙りこくっちゃってどうしたの?」

ゆうき 「ひっ……」 ビクッ

めぐみ 「……?」

ゆうき (よかった……もうゴドーのことで怒ってないみたい。ほっ……)

めぐみ 「……ええ。もう怒ってないから安心していいわよ、王野さん」

ゆうき 「心を読まれた!?」

めぐみ 「この天然さん。あなたは考えていることが顔に出やすすぎなのよ」

めぐみ (……はぁ。私も、この子くらい単純だったらなぁ)

ゆうき (大埜さんは何を考えているか分からないけど……なんか馬鹿にされてる気がする)

めぐみ 「……私は、あなたがうらやましいわ」

ゆうき 「???」

めぐみ 「……と、いうわけで次回、第八話! 【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】」

ゆうき 「姉妹? あれ、大埜さんってお姉さんか妹さんがいるの?」

めぐみ 「おあいにくさま。私じゃなくて、誰かさんの妹よ」

ゆうき 「???」

めぐみ 「天然さんは置いておいて、それではまた次回。ばいばーい!」

ゆうき 「あっ! 薄々は感づいてたけど、やっぱりまだ怒ってるよね!? ねえ大埜さん!」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/04(日) 10:25:53.78 ID:KQnxmm/50
>>1です。
第七話はここまでです。
見てくださった方、ありがとうございます。
また来週日曜日、投下できると思います。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/10(土) 23:17:27.42 ID:HMhtkdEL0
>>1です。
明日は所用で朝の投下ができません。
夕方か夜くらいに投下できると思います。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:14:51.36 ID:Vt5kauhK0

なぜなにプリキュア

ゆうき 「ゆうきと、」

めぐみ 「めぐみの、」

ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」

ゆうき 「さぁ、今日はみんなの名前の由来はちょっとお休みで、」

ゆうき 「別の質問に答えていくよ!」

めぐみ 「やる気満々ね、王野さん。やや空回り気味なのが気になるけど」

ゆうき 「いただいた質問です! 『カルテナの名前の由来について』だよ!」

めぐみ 「たしかにカルテナってあんまり聞き慣れた言葉ではないものね」

めぐみ 「カルテナは、英国王家に伝わる剣 “Curtana”から名前をもらっているわ」

めぐみ 「“カーテナ” って言った方が伝わる人は多いかもしれないわね」

めぐみ 「……まぁ、そもそもファーストプリキュア自体が英国をモチーフにしているところはあるのだけど、」

めぐみ 「それはまた、別の機会で話すことにしましょう」

ゆうき 「“Curtana” について詳しくは、インターネットで調べてみてね!」

ゆうき 「それでは、本編、スタートだよ!」
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:15:49.92 ID:Vt5kauhK0

ファーストプリキュア!

第八話【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】



…………………………

 王野ともえの物心がついて間もない頃、お父さんはまだ家にいて、お母さんも今ほどは仕事をしていなかった。

 お父さんとお母さん、それからお姉ちゃんと赤ん坊だった弟のひかると一緒に、よくお出かけをしたものだ。

 ともえはお父さんとお母さんのことが大好きで、お姉ちゃんもひかるも大好きだった。

 変わったのはいつからだろう。

「……う……ん」

 まどろみから覚醒へ。ともえはベッドの上を転がり、そして聞いた。

「ともえー! 朝よー! 起きなさーい!」

 階下から声を張り上げているのだろう。姉、ゆうきの声は、がらがらとうるさい。

「…………」

 温かい布団から身をもたげ、考える。

 変わってしまったのはいつからだろう。

 自分は、あの優しい姉のことを……――――
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:16:23.64 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 それは朝、家族三人揃っての朝食のときのこと。

「めぐみちゃん、なんだか変わったね」

「えっ?」

 唐突な言葉だった。めぐみはかじろうとしていたトーストをお皿に置いて、対面に座るママを向いた。ママはお行儀悪く頬杖をついて、ニヤニヤとめぐみの顔を見て笑っている。

「何よ、いきなり」

「ふふ、だから、変わったねって」

「変わったって、何が?」

 ママの笑みがうさんくさい。少し不機嫌な声で応じるが、当の本人は相変わらず笑っている。

「なんていうかね……よく笑うようになったかも?」

「かもって……」

 とても自分の親とは思えない、適当な物言いだ。娘に対して示しがつかないとか、そういうことは考えないのだろうか。

「ねえねえ、めぐみちゃん」

「何よ?」

 もう相手をするのも馬鹿らしくなって、めぐみはトーストをかじりかじり応える。

「もしかして……」 ママは、ニヤァ、という擬音がよく似合う、いやらしい笑みを浮かべて。「ボーイフレンドでもできた?」

「ぶっ……」

 ゴホッ、ゴホッ、とむせながら、めぐみはトーストをまたお皿に置く。

 娘の平穏なブレークファーストを邪魔するとは、なんという親だろう。

「ママ!! いい加減にしてよ!」

「……めぐみ」

 と、ママの横に座るパパが口を開く。厳格で無口で、けれど優しい自慢のパパだ。めぐみの性格はどちらかといえば、パパに似ている。

「な、何? パパ」

「……お付き合いしている男の子がいるのか?」

 一瞬思考がおいつかなくなった。パパが何を言っているのか、まるっきり分からなかった。

「え?」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:16:49.90 ID:Vt5kauhK0

「……だから、お付き合いしている男の子がいるのか?」

「いやいやいや! いないよ、そんなの!」

 大体、めぐみが通っているのは女子校であるダイアナ学園だ。彼氏なんて、作ろうと思ってもそう簡単に作れるものではない。そもそも、めぐみにはそんなものを作る気はない。

「そうか……」

 ママの冗談を真に受けたのだろうか、パパがほっと安心するように息をつく。いくらなんでもまじめすぎる。そんな性格で、よくこのママと結婚できたものだ。

「でもでもー、めぐみちゃん最近よく話してくれるじゃない? “ゆうきくん” のこと」

「はっ……? はぁ!?」

 ママがいやらしい笑みのまま、とんでもないことを言ってくれる。パパの鋭い目線がママを向く。

「……ママ、ゆうきくんとは誰だ?」

「それが聞いてよパパぁ。なんか、めぐみちゃんの新しいお友達らしいんだけど、一緒に学級委員をしているうちに随分仲良くなったらしいの」

「……本当か、めぐみ?」

 いや本当だけれど!

 まさしく本当のことだけど!

 けど思い出して、パパ!

 ダイアナ学園中等部は女子校よ!?

「いや、だから……」

 何から説明をしたらいいか、困り果てるめぐみの視界の隅で、ママはニシシと心底楽しそうに笑っていた。

「はぁ……」

 まぁ、面倒ではあるけれど、楽しい家だ。めぐみは一人っ子だけど、それを寂しいとか、そんな風には思ったことはない。

「めぐみ、ゆうきくんとは一体どういう少年なんだ?」

「……だーかーらー!」

 ふと、そういえばゆうきには妹と弟がいると聞いたことを思い出した。

(どんな子たちなんだろう?)

「めぐみ。めぐみ、聞いているのか? ゆうきくんというのはどこの馬の骨――いや、どこのどちら様なんだ? そうだ、今度うちに連れてきなさい。いいな、めぐみ? めぐみ? 聞いているのか? めぐみ? めぐみ?」
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:17:19.21 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 世界は欲望に満ちている。

「……うざいうざいうざいうざい!!!」

 欲望とは、何も『あれをしたい』『あれが欲しい』といった単純なことだけを指すのではない。

 何かをしたくない。何かを消してしまいたい。そういった想いもまた、欲望となりえるのだ。

「うるさいぞ、ゴドー。少しは静かにできないのか」

 床に寝そべり、まるで駄々っ子のように騒がしいゴドーをいさめるのはゴーダーツの役目だ。

「うっさい! 何をするかなんて、あたしの勝手でしょ!」

「その勝手とやらが、俺の迷惑になっているのだ。理解しろ」

「うっさい!」

 とりつく島がない。会話をしようという気すらないのだろう。

「……仕方がない」

 ゴーダーツは合理主義者だ。己の欲望を達成することができないなら、他の方法を探し実行する。ゴドーが騒ぐことをやめないのなら、ゴーダーツが別の場所へ移ればいいだけの話だ。

「くだらん……」

「待ちなさいよ」 剣を提げ、腰を上げたゴーダーツを引き留める声。ゴドーだ。「どこに行くのよ」

「どこであろうと俺の勝手だ」

「……ねえ、ゴーダーツ」

「何だ」

 これを最後の会話にしようと心に決めて、ゴーダーツはゴドーに背を向けたまま応じた。そうしてしまったのは、自分を呼ぶゴドーの声に、普段の彼女らしからぬ弱さが垣間見えたからだ。

「プリキュアって、何なの? あいつらはどうして王子たちを守るの?」

「…………」

 ゴーダーツは黙したまま、そっと振り返った。ゴドーは起き上がり、真剣な顔をしていた。

「あいつらからは何の欲望も感じられなかった。自分のために何かをしようとしているのではないのよ。あんなの……信じられない」

「……そうだな」

 世界は欲望に満ちている。それはアンリミテッドに限った話ではない。ゴーダーツはダッシューやゴドーに先んじて、ホーピッシュにてロイヤリティの生き残りを捜していたから分かる。プリキュアたちが住まうあの世界もまた、欲望に満ちているのだ。あそこに住まう人間たちも、自分たちアンリミテッドに勝るとも劣らないほどの欲望を、それぞれの心のうちに秘めているのだ。

 そしてきっと、プリキュアたちもまたその心の内に欲望を持っているはずなのだ。

「奴らは王子たちを利用して何かをしようとか、そういう考えは持っていないようだ。ただ純粋に王子たちを守りたいのだろう」

「……意味わかんない。何それ」

 不機嫌そうなゴドーの声。そう言われたところで、ゴーダーツにも分からない。

「さぁな。とにかく、我々とは考え方が根本から違うのだろう」

 ゴーダーツはそれだけ言うと、さっさと歩き出した。ゴドーの言葉は真剣そのものであったし、憂慮すべきことでもあったが、今のゴーダーツは何より己に目を向けていた。

(もっと強くならねば……俺は、一度、完膚なきまでにプリキュアに敗れているのだから)
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:17:45.36 ID:Vt5kauhK0

 ゴーダーツが去った後、しばし彼が去った方向を見つめていたゴドーだったが、すぐにまた床に寝ころんでしまった。

「あたし、どうして勝てなかったのかしら? あたしの欲望が達成できないなんて……」

 欲望が弱かったか?

 否、強かったはずだ。

 プリキュアの欲望はそれを凌駕して強かったか?

 否、奴らから欲望は感じられなかった。

 ならば、何故?

「……奴らは、欲望以外の何かで戦っている?」

 ロイヤリティの誇りはあるだろう。けれど、それだけではないはずだ。

 自分が、くだらないロイヤリティの誇りの力程度に後れを取るはずがない。ゴドーは、ロイヤリティそのものを飲み込んだアンリミテッドの一員なのだから。

「ならば、それは一体何? ロイヤリティの伝説の戦士、プリキュア。奴らは一体、何を糧に戦っているというの?」

 知りたいという欲望が身をもたげた。

 あわよくばそれを奪い取り、自分の力としてやろうという欲望も現れた。

 そうなってしまっては、もう誰にもゴドーを止められない。

「……待っていなさいプリキュア。あんたたちの力の秘密を暴いて、今度こそあんたたちを倒してあげるから」

 そして、ゴドーはその場からかき消えた。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:18:32.65 ID:Vt5kauhK0

…………………………

「……んう?」

 朝食を済ませて、登校準備の真っ最中。自分の部屋で持ち物の最終確認。忘れ物をすることが多い自分だからこそ、厳重に何度も何度も確認だ。そんなときに、その音は聞こえた。

 ぽよんぽよんぽよん、という規則的なやわらかい音。どうやら廊下の方からしているようだ。

「なんだろう?」

 ゆうきは訝しみながら、部屋のドアを開けた。

「あ……」

 開けて音のする方を見た途端、目が合った。

 おもしろそうな顔をしながら、廊下で何かをお手玉のように投げている妹のともえ。問題は、その何かだ。

「あ、あああああああ!!」

 勇気の王子こと、もふもふのぬいぐるみのような妖精、ブレイ。涙目で、ゆうきに向けて助けて! と視線で訴えている。

「ちょっ、ちょっとともえ!? あんた何やってるの!」

「お姉ちゃん、このぬいぐるみ、どうしたの? こんなの持ってなかったよね?」

「えっ、ど、どうしたって……」

 質問で返されて、ゆうきは返答に窮する。まさか空から降ってきたなんて言えるはずもない。

「と、友達からもらったんだよ」

「……ふーん。

 ともえは目を回しているブレイを両手で受け止めると、思案顔をして、やがてニィと意地悪く笑った。

「じゃ、これあたしにちょうだい?」

「えっ!? だ、ダメだよ! それは大事なものなの!」

「そ。じゃあ、返すね」

「えっ、あっ、ちょっと……!」

 ぽいっと、ともえがどうでもよさそうにブレイを放る。ゆうきが慌てて自分の方に飛んできたブレイをキャッチする。

「ほっ。よかった……。じゃない! こら、ともえ!!」

「じゃあ、行ってきまーす!」

「あ、ま、待ちなさい!! こらーーー!!!」

 言って聞くような妹ではない。ゆうきがブレイをキャッチしているすきに、すでに階下に降りていたともえは、ランドセルを背負ってそのまま玄関を出て行ってしまった。ゆうきが階段から下をのぞいたときにはすでに、不思議そうな顔をしたひかるが、「行ってきます」と言い残してともえを追いかけていくところだった。

「はぁ……」

 ゆうきはどうしたものかと嘆息する。

 ここのところ、ともえの反抗期がひどすぎる。

「グリ〜〜〜〜〜」

 その手の中では、散々お手玉にされたからだろう。ブレイが目を回して呻いていた。
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:19:18.60 ID:Vt5kauhK0
…………………………

「「はぁ……」」

 ダイアナ学園、2年A組教室でのことだ。見事に重なり合うため息ふたつに、対面のユキナがぶはっ、と思い切り吹き出した。

「ははっ、おもしろーい! ため息もシンクロするなんて、さすが “おーのコンビ”」

「人が悩ましげなのを笑い物にするんじゃない」

「あいたっ」

 そんなユキナの頭をパシッと軽く叩くのは有紗である。

「どうしたんだい、ふたりとも。ため息なんてらしくない」

 らしくないだろうか。自然と目を合わせるゆうきとめぐみ。お互いの目を見て、それがユキナと有紗に話してはいけない類の悩みではないと確認しあう。

「いや……私は大したことではないのよ。パパの誤解がなかなか解けなくて困ってるの」

 先に答えたのはめぐみだった。

「誤解?」

「ええ。ちょっと、ね……」

 言いづらそうに言葉を濁らせると、めぐみはなぜか少し顔を赤くしてゆうきを見た。何だというのだろう。

「へぇ、意外だなぁ」

「え?」

 有紗が感心するように言った。

「いや、大埜さんって大人っぽいと思っていたから、お父さんのことを “パパ” って呼んでるのが、少し意外だな、って」

「!!」

 ボフン! とめぐみの顔の赤みが一気に強く広がる。

「ち、違うのよ! い、いまのは言葉の綾というか、なんというか……わ、わわわ、私が、そんな……」

 あからさまな動揺に、ゆうきも吹き出しそうになる。言わずもがな、ユキナは大爆笑しているし、有紗もくすくすと笑っている。

「うぅ……」

 少し涙目になりながら、恨めしそうにそんな三人を見つめるめぐみ。元々が美人なのだから、その可愛らしさは推して知るべしであろう。
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:19:44.46 ID:Vt5kauhK0

「いいじゃない。大埜さんがお父さんのことパパって……すっごくかわいいと思う!」

「うん。ギャップがすばらしいな」

 ユキナと有紗の褒めているのかどうなのか微妙な言葉に、めぐみは困惑顔だ。

「で、ゆうきは? 何かあったのー?」

 続いて、ユキナがゆうきに目を向ける。当然の流れとはいえ、どう話したものかと少し考える。

 ゆうきのため息の原因は、もちろんのこと、妹のともえのことだ。

「……うーん、ちょっと妹がね。反抗期が行きすぎているというか、なんというか……」

 隠しても仕方ないだろう。ゆうきは今朝の出来事を簡潔に話した。もちろん、ブレイのことはただのぬいぐるみとして話したが。

「……ねえ、王野さん、それって……」

「うん……」

 ブレイは朝から調子が悪くなってしまったらしく、家に置いてきた。勇気の紋章のこともあるし心配ではあったが、体調が悪いのに連れ出した方が心配だ。少なくともアンリミテッドが今まで自分たちの家までやってきたことはない。あちらとて、自分たちが狙っている王子をプリキュアたちが家に置いてけぼりにするとは思わないだろう。

「うーん、それって甘えてるんだと思うなぁー」

 ゆうきとめぐみがブレイの心配をしていると、ユキナがそう言った。

「甘え?」

「うん」

 ゆうきのオウム返しの問いに、ユキナが当たり前のことのように頷いた。

「ともえちゃんはゆうきに甘えてるんだよ。一回ガツン! と言ってやったらどうかな」

「ガツンって……」

 ゆうきとて親代わりを放棄しているわけではない。ともえの行儀が悪ければ注意するし、ともえの態度が悪ければ怒る。しかしそれも、最近はあまり効果がないような気がしてならないのだ。

「だってぇ、ゆうきって怒っても怖くないしぃ」

「なっ……」

「うん。それはユキナの言うとおりだな」

「ちょ、ちょっと有沙!」

「私も同感だわ」

「大埜さんまで!」

 ユキナの軽口のような指摘に有紗が頷き、先ほどの仕返しとばかりにめぐみまでもが乗っかってくる。けれど三人とも冗談を言っているような口振りではなくて、それが余計にゆうきを動揺させる。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:20:10.30 ID:Vt5kauhK0

「じゃあ試してみるよ?」

「言うが早いか、ユキナがゆうきに抱きついてきた。

「わっ……こ、こら! ユキナ!」

「ふひひぃ、ゆうきやわらかーい。おなかぽにょぽにょ〜」

「だっ、誰がぽにょぽにょよ!」

 おなかをまさぐるユキナを、顔を真っ赤にして押しのけようとするゆうきだが、ユキナは離れない。いつもならここらで有紗が止めに入ってくれるのだが、今日に限っては事の推移をにやにやと見守っている。

「……ね? 怖くないでしょ?」

「わ、わかったよ……」

 やがて離れたユキナに、息も絶え絶えに応じるゆうき。そうか。怒っても怖くないから、今のユキナのように、ともえも言うことを聞かないのか。

「……でも、わたしがどんなに怒って見せてもなぁ。怖く感じるのかなぁ」

 誰にともない問いに、ゆうきを含めてみんなが首を傾げてしまう。

 本人すら想像できない怖いゆうき。それは一体、どんなものなのだろう。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:20:42.91 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 ともえが物心ついたころ王野家は本当に普通の家庭だった。

 普遍的な、ごくありふれた、けれどとても幸せな家庭だった。

 お母さんは家にいて、お父さんは遅くなる日もあったけれど、毎日家に帰ってきて。

 お姉ちゃんはやさしくて、弟はまだ小さくて。

「…………」

 ふと、とっても近い過去、今朝のことを思い出す。

 姉の部屋から転がったのだろうか。廊下に落ちていたぬいぐるみを拾った。気になって持ち上げてみると、ほのかに温かい気がする。それに、むくむくの毛並みもどことなく本物といった風情だ。どこか気品のようなものも感じられる。

 きっと高いものだ、と思った。

 それに姉は、あのとき「とても大事なものだから」と言った。

 どうしてそんなものをお姉ちゃんが?

 理由は分からなくて、けれど少し腹が立ったから、姉にまたあんな態度を取ってしまった。

 後悔しているわけではない。自分が姉にいたずらをするのは今に始まったことではない。けれど、何かここ最近の自分は、おかしくはないだろうか。

「はい、ともえ」

「へ?」

 そんなことをぼーっと考える小学校の休み時間。ともえは友達から唐突に差し出された小さな紙包みを反射的に受け取っていた。

「……これ、何?」

「やだなぁ、忘れちゃったの? 先週話したじゃない。私、先週末に家族と旅行に行くって」

「え、ああ……ごめん」

 そんな話をしていただろうか。頭をふっとフル回転。そういえば、していたような気がする。

「だから、おみやげだよ」

「う、うん。ありがとう。開けてもいい?」

 中身はキーホルダーか何かだろうか。軽いが固い感触がする。ともえは紙袋を丁寧に開ける。中から出てきたのは、小さな髪飾りのついた髪留めだ。

「ありがとう。とってもかわいい」

「どうしたしまして」
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:21:18.07 ID:Vt5kauhK0

 せっかくもらったのだから、と。ともえは今つけていた髪留めを外して、その髪留めで髪をまとめた。

「……どうかな?」

「似合うよ、ともえ。ともえはかわいから何でも似合ってうらやましいよ」

「そんなことないよ。でも、ありがとう。大事に使うね」

「うん」

 友達から何か物をもらえば、それはもちろん、とっても嬉しい。ともえはいつもつけている髪留めをポケットにしまった。

 小さな頃から使っている、大事な髪留めだ。まだ小さな頃、誰かからもらったものだ。

(あれ……?)

 ともえはポケットの中の髪留めをもう一度取り出して、見る。

(これって、誰からもらったんだっけ……?)

 小さな頃だから、母か父だろう。しかし、そうではない気もする。親戚か誰かだろうか。

「旅行、どこに行ってきたんだっけ?」

 おみやげをくれた友達に、他の友達が聞く。その声で、ともえは現実に引き戻された。髪留めをポケットにしまい直し、顔を上げる。

「夕凪町っていうところ。海がすっごくきれいだったよ」

「へぇー、いいなぁ。私もお父さんとお母さんにどこか連れてってもらいたい……」

 ふたりの話を聞きながら、ふとともえは思う。

(あれ……? そういえば、私、家族旅行に最後に行ったのっていつだっけ……?)

 よく思い出せない。低学年の頃に行ったのが最後だったような記憶がある。

 おぼろげで、あいまいな記憶だ。少なくとも、今すぐにはっきりと思い出せるほど明確な記憶ではない。

「…………」

 つまりは、それだけ長い間、家族旅行をしていないということだ。

「ともえ、どうかしたの?」

「……ううん」

 それがどうしたというのだ。どうも、今朝の夢といい今といい、今日は調子が狂う。ともえにはその理由はまったく分からないし、考えたくもない。

 分からない。

 分からないけれど、なんだか、胸がとってもムカムカする。
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:21:44.22 ID:Vt5kauhK0

…………………………

「ねえ、今日は本当に私がお家に伺ってしまっていいのかしら?」

「へ?」

 放課後。暖かい陽気の下、通学路をゆうきと並んで歩く。けれどめぐみの心は不安でもやもやしていた。

「どうしたの、大埜さん?」

「どうかしたニコ?」

 ゆうきと一緒に、めぐみのカバンの中からひょっこり顔を出したフレンも不思議そうな顔をしている。

 めぐみとフレンがゆうきと一緒にいるのは、ブレイのお見舞いに行くためだ。ゆうきがめぐみとフレンに、ブレイのお見舞いに行くことを提案したからだ。フレンはブレイのことなど心配ではないと毒づきつつついてきて、そしてめぐみはというと、

「いえ、あの、その……」

 どうしてもさっきから落ち着きがない。ブレイのお見舞いには行きたい。行きたいが、しかし。

「実は、その……お友達の家に遊びに行くのって、小学生のとき以来だから、緊張してしまって……」

 ゆうきとフレンの視線に、めぐみが顔を真っ赤にしてそう答えた。

「緊張?」

「ええ……」 めぐみは、ぷいと目をそらして。「私、そういう友達、今までいなかったから」

 べつに、嫌われ者というわけではない。

 取り立てて浮いているというわけでもない。

 けれど、どこか、人と接することが少なくて。

 たまに誰かとお話したと思えば、相手を怒らせてしまったり、悲しませてしまったり。

 自分の口べたを、心の底から呪っていても、なかなか直せなくて。

 子どもの頃は、どんな風に友達と接していたか、どうしても思い出せなくて。

「大埜さん……」

「でもね、緊張してるけど、嬉しいの」

 めぐみは顔を上げた。ゆうきがオロオロと、どうしていいのか分からないような顔をしている。その顔に、ふっとほほえみかける。

「王野さんが私をお家に誘ってくれて、本当に嬉しかったわ」

「……うん! それなら良かったよ!」

 屈託なく笑うゆうきの顔を見て、めぐみは本当に、心の底から思うのだ。

 この子と友達になれて、良かった。
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:22:10.05 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 学校が終わって、いつもなら友達と遊びに出かけるものだが、今日ばかりはどうしてもそんな気分にはなれなかった。

「はぁ」

 友達には気分が優れないなどと適当に理由をつけて、ともえは制服も着替えずリビングでひとりごろんと寝転がっていた。姉が見たら何と言うだろうか。お行儀が悪いとか、だらしないとか、そんな風にお小言をくれることだろう。

「…………」

 姉のことを思い出すと、また胸のむかつきが広がっていく。

 ムカムカと広がっていく。

 本当に気分が悪そうだったからだろうか。友達が心配して家に行こうかとまで言ってくれた。でも、姉の取り決めによってお友達を家に招くときは事前の許可が必要だ。お母さんぶる姉には辟易としているが、日中に両親がいない王野家ではあっても仕方のない決まりだとは理解している。

 そんなときだ。

 ガチャッと玄関の方から音がして、続いて玄関の戸が開く音がした。

「ただいまー」

 脳天気な声は、間違いなく姉のものだ。しかしどこか様子がおかしい。ともえは寝転んだまま考える。姉の声に脳天気さが足りない。どこか、よそ行きのような気配がする。

 まさか、と。ともえはがばっと身を起こした。

「お、お邪魔します」

 その直後だ。おずおずといった風の聞き慣れない声が聞こえた。ともえは長い髪の毛をサッと整える。制服がしわになっていないか確認しているときに、ガチャッと音を立ててリビングのドアが開いた。

「あら、ともえ、帰ってたの」

「……悪い?」

「そんなこと言ってないでしょ。帰っていたならおかえりくらい言いなさい」

 またお小言だ。胸のむかつきがまた少し増える。

「お姉ちゃんこそ」

「な、なによ」

「お友達、家に連れてきたんだね。私のときは事前に許可が必要なのに」

「あ……」

 姉はバツが悪そうな顔をした。

「それは……ごめん」

「私のときはダメで、お姉ちゃん自身はいいんだね」

「そ、そうじゃないよ! 忘れてただけで……」
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:23:09.27 ID:Vt5kauhK0

 ヒョコッと、申し訳なさそうな顔がドアのスキマから覗く。姉の友達だろう。

「王野さん? もし都合が悪いなら、申し訳ないから帰るけど……」

「そ、そんなことないよ! ないない!」

 姉は慌てた様子で友達らしき人に言う。ふと、その姉の友達がこちらを見る。透き通るような涼やかな目線に、ともえは一瞬たじろいでしまった。よくよく見てみれば、驚くくらい美人のお姉さんだ。とても子どもっぽい姉の同級生とは思えない。

「はじめまして。えーっと、ともえちゃんだよね。私はゆうきさんのクラスメイトの大埜めぐみです」

「……こんにちは」

 外面だけはよくしようと心がけているともえだが、今ばかりは愛想を振ることもできなかった。昼からの胸のむかつきが、なおいっそう大きくなったようだった。ともえは姉を睨み付けた。

「……二枚舌」

「そ、そんな風に言わなくたって」

「ずるい」

 不思議と姉を困らせようという意地の悪い感情はわいてこなかった。ただ怒っていた。

「私だって……今日は友達と家で遊びたかったのに」

「……ごめん。で、でもね――」

「言い訳なんて聞きたくない。いいよ、もう」

 家族とどこかに出かけることが少ない。

『夕凪町っていうところ。海がすっごくきれいだったよ』

 それどころか、お父さんとお母さんはいつも家を空けている。いるのは口うるさい姉と、自分に似ず素直で誰からも好かれる弟だけだ。



 ――――『ちょっ、ちょっとともえ!? あんた何やってるの!』



 胸のむかむかがまた大きくなる。それどろか、心なしか頭がくらくらする。気分がどんどん悪くなっていく。

「……もう、やだ」

 何もかもがいやになってきた。これといった嫌なことがあるわけではない。ただ、気分が悪い。自分自身の気持ち。姉に対する気持ち。両親に対する気持ち。色々な気持ちがぐちゃぐちゃになって、どう言葉に表したらいいのか分からない。だから、口をついて出たのは、そんな言葉だった。



「こんな家に生まれたくなかった」



 言ってしまってから、少しだけ、しまった、と思った。何を言っているんだろうとも思った。

 それが本心ではないことは明確だった。

 けれど、口に出してしまったことは取り返せない。それは間違いなく姉の耳に入っただろう。だから、そして。

「っ……」

 頬に軽い衝撃が走った。ともえはかすかに痛む頬を押さえて、目を見開いて目の前の姉を見た。姉も目を見開いていた。信じられないという顔をして、ともえと、今まさにともえの頬を張った自分の右手を交互に見つめていた。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:23:51.98 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 してはいけないことをしてしまった。ゆうきは自分がしたことが信じられないでいた。

 妹の言葉に驚き、衝動的に頬を張ってしまった。

「あ、いや、その……」

 言葉が出てこない。信じられないという顔をするともえと、今まさにその頬を叩いてしまった自分の右手を交互に見比べる。ともえの頬は少し赤くなっている。自分の右手もまた、少し赤くなっていて、ジンジンと痛む。



 ――――『だってぇ、ゆうきって怒っても怖くないしぃ』



 ユキナの言葉が思い出される。怒っても怖くない。だからともえが言うことを聞かないのだとしたら、ここでまた厳しい言葉をかけないといけないのだろうか。事実、ともえの言葉は家族として許しておけるものではない。

 しかし、ならば自分が暴力に訴えてしまったことはどうなる。妹の言葉に衝動を抑えられず、頬を叩いてしまうなど、それこそともえの先の言葉よりひどいことではないか。

 どうしたらいいか、分からない。

「……バカ」

 どれくらい逡巡していたのだろうか。ともえはやがて悲しげな目をして、ゆうきの脇を通り抜け、リビングから出て行った。

「あっ……と、ともえ!」

 そのままバタバタと玄関から外へ出て行く音が聞こえる。慌てて追いかけようと玄関へ身を翻したゆうきの手を、掴む手があった。めぐみの手は、いつになく強い力でゆうきを掴んでいた。

「大埜さん……」

「…………」

 めぐみは渋い表情をして、首を横に振るだけだった。

「で、でも、追いかけなきゃ!」

「追いかけて、どうするの? あなたはともえちゃんになんて声をかけるつもり?」

 めぐみの問いかけは、淡々としていた。

「そ、それは……」

 分からない。先ほどだって逡巡するだけで何も言えなかった。それは今も変わっていない。ともえに追いついて話を聞いてもらったところで、ゆうきが言葉を紡げない。
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:24:21.86 ID:Vt5kauhK0

「私は、あなたの友達だわ」

 めぐみが厳しい表情のまま言う。

「だから言う。あなたも分かっているでしょうけど、暴力はいけないわ」

「わ、分かってるよ! そんなこと!」

 恥ずかしさでどうにかなりそうだった。ともえを追いかけたいというよりは、めぐみの冷たい目線から逃れたくて、ゆうきはめぐみの手をふりほどこうとした。

「もちろん、思わず手が出てしまうこともなくはないと思うわ。でも、その後のあなたは、本当にあなたらしくなかった」

 めぐみの手が、万力のようにがっちりとゆうきの腕を掴んで離さない。

「暴力を振るってしまったら、謝らないといけない。謝る時間は十分にあったのに、あなたはそうしようとはしなかった。わたしの問いかけにも、すぐに『謝る』と言えなかった。それが、本当にあなたらしくないわ」

 分かっている。ゆうきは、謝らなければならないと分かりながら、謝ることをためらっていた。しつけをすることと謝ることは別のことなのに、それを混同して、謝ることができなかった。

 分かっている。分かっているからこそ、ゆうきはそのめぐみの言葉に耐えられなかった。

「……大埜さんには分からないよ!」

「王野さん?」

「大埜さんはひとりっこでしょ! 大埜さんに妹も弟もいるわたしの気持ちなんて分からないよ! 勝手なことばかり言わないでよ!」

 自分は一体何を口走っているのだろうか。後悔、恥ずかしさ、そういったものがないまぜになって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。だから、思ってもいないことを口走ってしまった。

「あ、いや、あ……」

 まただ、とゆうきは心の中で頭を抱える。今度は直接的な暴力ではない。けれど、言葉の暴力といってもいいような、ひどい言葉だ。ゆうきのために言葉をかけてくれためぐみに、ひどいことを言ってしまった。ゆうきはおそるおそる後ろを振り返る。

 めぐみは怒っているだろうか。怒っているだろう。しかし――、

「そうね。私、あなたたち姉妹のことをよく知りもせず、勝手なことを言ったわ。ごめんなさい、王野さん。私、きっとまた余計なことを言ってしまったのだわ」

 めぐみは寂しげな表情でそう言って、頭を下げた。

「でもね、王野さん。私はそういう顔を、これ以上ともえちゃんに向けてほしくないの。なんていうか……あなたにはやっぱり、ずっと笑っていてもらいたいから。少なくとも、家族の前では」

 めぐみはもう、ゆうきに目を合わせようとすらしなかった。

「お節介ついでに、私がともえちゃんを探してくるわ。だから、あなたは落ち着くまで家にいなさい」

 いいわね、と優しく言い残して、めぐみは玄関から外へ出て行った。

「わたし……最低だ」

 ともえだけではない。きっとめぐみにも嫌われた。ふたりが去った玄関を見つめ、届くはずのない素直な言葉を呟いた。

「……ごめんなさい」
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:24:51.78 ID:Vt5kauhK0

…………………………

「めぐみ、大丈夫ニコ?」

「……わからないわ」

 ゆうきの家を出てすぐ、カバンからフレンが心配そうな顔を覗かせた。

「私は口べただから、上手くできるか分からないけど、とにかくともえちゃんとお話しなくちゃ」

「そうじゃないニコ。めぐみはさっきのゆうきの言葉に、傷ついてないニコ?」

「…………」

 傷つかなかったわけではない。

 ――――『大埜さんはひとりっこでしょ! 大埜さんに妹も弟もいるわたしの気持ちなんて分からないよ! 勝手なことばかり言わないでよ!』

 自分が勝手なことを言ったからゆうきを怒らせてしまったかもしれない。もしかしたら、嫌われただろうか。嫌われただろう。

「……今は私のことはいいの」

「ニコ……」

 今は自分のことより、ゆうきとともえの姉妹のことだ。めぐみは注意深く周囲を見回しながら町内を歩き回った。

 ほどなくしてともえは見つかった。ともえは橋の欄干に寄りかかり、ボーッと川を眺めていた。

「こんなところにいたの」

「…………」

「走るの速いのね」 我ながらぎこちないと思いつつ、めぐみは必死で笑みを浮べた。「隣、いい?」

「ご自由に」

 ともえは素っ気ない。一瞬自分の方を向いても、またすぐに川に目を落としてしまう。

「姉妹喧嘩はいつもあんな感じなの?」

「……お姉ちゃんに頼まれたんですか」

 ともえはめぐみの問いには答えなかった。
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:25:20.42 ID:Vt5kauhK0

「あら、何を?」

「私を連れ戻してこいって」

 めぐみは目をまんまるにして。

「違うわ。私が勝手にあなたを追いかけただけよ。でも、安心した」

「なんですか」

 めぐみの話に興味なんてないだろう。だからめぐみはわざと含みを持たせるように言った。

「『お姉ちゃんが自分のことを案じてくれている』って思うくらいには、お姉ちゃんのことを信じているのね」

「っ……」

 ともえの顔が赤くなった。恨みがましい目がめぐみを向く。めぐみはそのともえの可愛らしい様子に、いつの間にか意識せずとも微笑みが浮べられていることに気がついた。だからめぐみは、自然と言葉を続けることができた。

「実はね、私も王野さんと喧嘩しちゃったの」

「えっ」

「喧嘩っていうか、私が怒られちゃっただけだけどね」

 めぐみは川の水面を眺めたまま言う。心がズキズキと痛んだ。



 ――――『……大埜さんには分からないよ!』



 たしかに、分からないのかもしれない。また、友達を怒らせてしまった。お節介だっただろうか。迷惑だっただろうか。嫌われてしまっただろうか。

 それでも、めぐみはゆうきのために言ってあげたかったのだ。

 しばらくして、ともえがそっと呟いた。

「……お姉ちゃんのバカ」

「そう言わないであげて。王野さんもあなたのためを思っているのよ。もちろん、叩くのはいけないことだけれど……」

「そうじゃないです。お姉ちゃんのために色々としてくれてるあなたを怒るなんて、バカだって言うんです」

 ともえから発せられたのは予想外の言葉だった。
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:25:46.91 ID:Vt5kauhK0

「ともえちゃん……」

「お姉ちゃんがときどき話してくれてます。新しい友達ができたって嬉しそうに、あなたの話を」

「そっか」

 嬉しいような、くすぐったいような、不思議な気持ちだった。

「ほっぺ、大丈夫?」

「ああ……」

 めぐみの問いに、ともえは思い出したように頬に手をやる。

「もう痛くないです。聞かれるまで忘れてました」

「そう、よかった。王野さんも思わず手が出てしまっただけだから、許してあげてね」

「……わかってます」

「それから、今日は突然お邪魔しちゃってごめんなさい。ブレイ――あー、王野さんのぬいぐるみの様子を見に来たの」

「それって……」

 ともえはハッと口を押さえて。

「……あの、あれ、ひょっとして、あなたがお姉ちゃんにプレゼントしたものだったんですか?」

「えっ? あー、うーん、まぁ、そんな感じかな?」

 まさかロイヤリティやプリキュアの話をともえにするわけにもいかないだろう。言葉を濁すめぐみだったが、ともえは神妙な表情でめぐみの顔を見つめていた。

「どうかした?」

「その、ごめんなさい。私、あなたのプレゼントだと知らなくて……今朝、あのぬいぐるみをボールみたいに乱暴に扱っちゃって」

「ああ……」

 そういえばゆうきが言っていた。そもそも、今日ブレイの様子を見に来たのはそれが理由だったのだ。

「いいのよ。プレゼントっていうか、ふたりの思い出の品、って感じだから」

「そうですか。お姉ちゃんにとって、本当に大切な友達なんですね……えーっと……」

「めぐみでいいわ」
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:26:15.59 ID:Vt5kauhK0

 いつの間にか、自分でも驚くくらい自然にともえと話していた。年下の女の子と話をする機会なんてほとんどないというのに、不思議だった。ともえがゆうきの妹だからかもしれないし、ひょっとしたらともえが少し自分に似ていたからかもしれない。

「私も、ともえちゃんって呼んで大丈夫かしら?」

「はい、めぐみさん」

 素直に笑う女の子だとめぐみは思った。ゆうきは手のかかる妹だと言っていたが、少なくとも笑うこともろくろくできなかった自分の小学生時代よりはよほど普通の、かわいらしい女の子だ。

「それじゃ、お家に帰りましょうか。きっと王野さんも心配してるわ」

「はい」

 連れ立って歩き出そうとした、そのときだった。



「――見つけた」



 聞いたことのある、敵意を含んだ声が耳朶を叩いた。めぐみは反射的に声のする方を向く。道路を挟んで向かいの欄干の上、支柱に手を置いて立つ小さな影があった。

「ゴドー……!」

「学校にいないんだもの。探したわよ」

 なんていうタイミングだろう。傍らにいるのはゆうきではなくその妹のともえだというのに。

「な、何……? 空が、暗い?」

 みるみるうちに暗くなっていく空に、怯えた声を出すともえ。めぐみはそんなともえを後ろに庇いながら、ゴドーと対峙する。

「待ちなさい、ゴドー! 今は――」

「あんたの都合なんか知ったことじゃなーい!」

 まるでだだっ子のような言葉とともに、ゴドーは腕を一振りする。暴風が吹き荒れ、めぐみはともえと共に後方に吹き飛ばされた。

「あら?」

 ともえのポケットから小さな何かが転がり落ちる。それは可愛らしい髪飾りのついた、髪留めだ。ゴドーは嗜虐的な笑みを浮べて、それを拾い上げた。
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:26:45.50 ID:Vt5kauhK0

…………………………

 よくよく考えて見れば、ともえが自分のことを嫌うのも当たり前の話だったのかもしれない。

 お母さんぶって色々な決まりを作って、お節介を焼いて、そのくせ自分がその決まりを守れず、暴力まで振るってしまった。

 ゆうきはともえのためを思ってやっていたつもりだけれど、それが本当にともえにとって良いことだったのか、今思えば疑問だ。もしかしたら、ただの自己満足だったのではないか。そう考えるとゾッとしない。

 それに、せっかく自分とともえのために言葉をかけてくれためぐみにまでひどいことを言ってしまった。めぐみに嫌われただろうか。嫌われただろう。

「わたし、本当にダメな人間だなぁ……」

「そんなことないと思うグリ」

 ふわっと、温かい感触がへたりこむゆうきのふくらはぎを撫でた。ブレイが心配そうにゆうきを見上げていた。

「ブレイ……」

「ゆうきはダメじゃないグリ。間違っているなら、正せばいいグリ。仲直りがしたいなら、謝らなくちゃいけないグリ。それをブレイに教えてくれたのは、ゆうきグリ?」

 ブレイの言葉は純粋で真っ直ぐだ。ゆうきがブレイに言ったことをしっかりと覚えてくれているのだろう。ブレイはフレンと仲直りできた。だからこそ、こうして今度はゆうきに言葉をかけているのだ。

「……うん」

 だからゆうきもへこたれた気持ちを奮い立たせて、頷くことができた。

「とにかく、謝らないとね。ともえにも、大埜さんにも」

「グリ!」

 嬉しそうに頷くブレイを頭にのせ、ゆうきは立ち上がった。今すぐにでも、ともえとめぐみに謝りたい。その気持ちに素直に、外へ向かう。

「ところでブレイ、体調は大丈夫?」

「もう大丈夫グリ」

「そう。よかった。大埜さんとフレン、今日はブレイのお見舞いに来てくれたんだよ」

「それは嬉しいグリ!」

 笑顔が自然と生まれる。しかし外に出た途端、ふたりの笑顔は凍り付いた。

「これは……」

 真っ暗なアンリミテッドの世界。人っ子ひとりいない空虚な世界。

「ゆうき!」

「うん。ブレイ、急ぐよ!」

 ゆうきは何を考える前に走り出していた。

 どうか無事でいてと、心の中で必死に祈りながら。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:27:17.62 ID:Vt5kauhK0

…………………………

「それ、返して!」

 ゴドーが手に取ったものを見て、ともえは反射的にそう言っていた。

「それは大事なものなんだから、返して!」

「はぁ? いやよ。嫌に決まってるでしょ」

 対するゴドーは、ともえの必死な様子も素知らぬ顔だ。

「これはあたしが手に入れたの。もうあたしのものよ。返してほしいなら、力尽くで奪い返すことね!」

 そして、にやりと悪辣な笑みを浮かべる。

「出でよ、ウバイトール!」

 いけない、と思った瞬間には、めぐみはともえを連れてゴドーとは反対方向に走り出していた。暗く染まる空から何かが落ちてくる。それは、欲望の闇の塊だ。

「めぐみさん!」

「ダメよ! 今は逃げるの。アレは、常識の通じる相手じゃないの!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 背後で、悪辣なる欲望の化身が生まれる声がした。

「でも、あれはお姉ちゃんからもらった、大事なものなんです!」

「王野さんから……?」

 ともえはまっすぐめぐみに訴えかけるような目をしていた。

「そう……。いま思い出した。わたし、あれ……お姉ちゃんからもらったんです!」

「わかったわ。絶対に取り戻しましょう。でも、今は……」

 なんとしても取り戻さなければならないだろう。しかし、まずはともえを逃がすことが最優先だ。めぐみは心を鬼にして、ともえの手を引き、走った。

「逃がさないわよ! 行っちゃいなさい、ウバイトール!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 雄叫びと共に、大きく橋が揺れる。次の瞬間、上空から目の前に巨大なウバイトールが現れる。ひとっ飛びでめぐみとともえを飛び越えたのだ。

 可愛らしい髪飾りを模したウバイトール。それは、その外見と雰囲気のギャップから、めぐみにはとてつもなく醜悪なものだと思えた。

「っ……」
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:27:43.80 ID:Vt5kauhK0

 前方にはウバイトール。後方にはゴドー。そして傍らには震えるともえがいる。絶対絶命だった。

「どこに行くつもりかしら? キュアユニコ」

「ともえちゃんは関係ないわ! 巻き込むのはやめなさい!」

「そんなの、それこそあたしに関係ないわ!」

 ゴドーは高々と宣言する。

「あんた、本当に自分勝手ね!」

「だってあたしはアンリミテッド! 闇の戦士だもの!」

 開き直るばかりのゴドーに、めぐみの焦燥が大きくなる。ゴドーはまるっきりこちらの話を聞く気などないのだ。しかし、ともえの前で変身するわけにもいかない。

「めぐみさん……」

「……大丈夫。大丈夫よ」

 ともえをなだめながら、ゴドーを警戒しつつ後ずさる。しかし――、

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。いつの間にか距離を詰めていたウバイトールが、背後から大きな腕をめぐみとともえめがけて振り下ろした。

「きゃっ……!」

 ともえを引き寄せ、かろうじて横に跳ぶ。ウバイトールの攻撃の直撃は免れたものの、欄干に身体を叩きつけられる。

「っ……」

 息が詰まりそうになりながら、すぐに立ち上がろうとする。しかし抱き寄せていたともえの身体がくたりと動かない。

「ともえちゃん? ともえちゃん!」

「…………」

 返事はない。庇ったつもりだったが、今の衝撃で気を失ってしまったのだろう。
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:28:22.16 ID:Vt5kauhK0

「ゴドー、あなた……!」

「あら、その子気を失っちゃったの? あっはは、すごい剣幕だったのに、呆気なーい」

「関係ないともえちゃんを巻き込んで! 私はあなたを絶対に許さない!」

 ボン! とカバンの中からフレンが飛び出す。

「フレンも同感ニコ!」

 と、

「……あら?」

 ゴドーがめぐみから目をそらす。ウバイトールの後ろ、そこにひとりの人影があった。

「とも、え……?」

 気を失ったともえとそれを支えるめぐみ。それを呆然とした顔で見つめるのは、肩で息をするゆうきだ。

「ともえ!」

 ゆうきは大声をあげ、でウバイトールがいるのも構わずその横を駆け抜け、めぐみの傍らに滑り込むように座り込んだ。

「王野さん……」

「ともえ! ともえ!」

 血相を変えるゆうきに、心がキシキシと痛んだ。

「今は気を失っているの。ごめんなさい、私がついていながら――」



「ゴドー」



 ゆうきからゾッとするような声が発せられた。ゆうきの耳には、めぐみの声すら届いてはいないのだ。

「どうして関係ないともえを巻き込んだの?」

 めぐみが初めて見るゆうきだった。

(ああ、そっか。私、勝手に仲の良い友達になったつもりでいたけど) めぐみは、傍らのゆうきを見上げながら。(王野さんのこと、まだ何にも知らないんだ)

 めぐみの横にいるゆうきは本当にゆうきなのか。めぐみにも痛いくらい感じられる、とてつもない怒りを発露するゆうきが、あの優しいゆうきなのか。

 めぐみが未だかつてみたこともない怒りの感情。これがもし、ゆうきの一面なのだとしたら、とめぐみは思う。

「ゴドー!!」

 めぐみは果たして、本当にゆうきの友達といえるのだろうか。

「大埜さん。行くよ」

「あ……え、ええ!」

 静かな怒りを含んだゆうきの声に、めぐみは反射的に立ち上がっていた。普段のゆうきらしくない雰囲気に怯え、戸惑いながら、めぐみはゆうきと共に叫んだ。

「プリキュア・エンブレムロード!」

 暗闇に満ちた世界に光が射す。天空より舞い降りるふたりの伝説の戦士は、邪悪な欲望を打ち払うべく、ゴドーと対峙する。

(私……)

 けれど、ようやく変身できたというのに。

 キュアユニコ――めぐみの心に指すのは不安だけだった。
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/11(日) 18:29:04.62 ID:Vt5kauhK0

 次 回 予 告


ゆうき 「わたしのせいでともえが怪我をしてしまった」

ゆうき 「わたしがともえを戦いに巻き込んでしまった」

めぐみ 「私、王野さんのことが分からなくなってきた」

めぐみ 「王野さんは私の……なんだろう」

めぐみ 「友達、でいいのかな。でも、もし嫌われていたら……」

めぐみ 「私は……」

ゆうき 「次回、ファーストプリキュア。第九話【仲直り! キュアユニコの新たなる力!】

めぐみ 「私、王野さんのこと、もっと知りたい!」
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/02/11(日) 18:31:50.90 ID:Vt5kauhK0
>>1です。
第八話はここまでです。
読んでくださった方、ありがとうございます。

プリキュアの第八話ということで、気合いを入れて書こうとした結果、二話続きものになってしまいました。
来週も日曜日に投下できると思います。
また読んでくださると嬉しいです。
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/17(土) 15:55:10.86 ID:7kPzCfzj0
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
明日は所用で10時の投下ができません。
夕方頃の投下になると思います。
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/17(土) 16:34:18.21 ID:iSOtPwb/0
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:03:03.43 ID:nI3CgSSH0

ゆうき 「ゆうきと、」

めぐみ 「めぐみの、」

ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」

めぐみ 「今回はアンリミテッドに焦点を当てて話していくわよ」

ゆうき 「おー! めぐみ先生、よろしくお願いします!」

めぐみ 「プリキュアでは多くのシリーズで俗に「三幹部」と呼ばれる敵が登場するけど、」

めぐみ 「『ファーストプリキュア!』も例外ではないわ」

ゆうき 「ゴーダーツとダッシューとゴドーだね」

ゆうき 「ゴーダーツとダッシューの名前は分かるよ。「強奪」と「奪取」だよね!」

めぐみ 「正解よ。で、残るゴドーは……、一応、「強盗」から取っているようね」

ゆうき 「……強盗から、ゴドー。うーん。結構苦しいね」

めぐみ 「それは言わないであげてちょうだい。ちなみに最高司令官デザイアは、そのまま英語「desire」ね」

ゆうき 「……と、いうことで、わかってもらえたかなー?」

めぐみ 「それでは、本編、スタートよ!」
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:03:42.29 ID:nI3CgSSH0

第九話【仲直り! キュアユニコの新たなる力!】



「プリキュア・エンブレムロード!」

 暗闇に染まる世界に差し込む鮮烈な光。それは伝説の戦士プリキュアが生まれる光だ。

 それはふたりのプリキュアが生み出す絆の光でもある。

(私……)

 しかし、今ばかりは分からない。

 天空より舞い降りたキュアユニコの心に差すのは、不安だった。

「……行くよ、ユニコ」

「えっ、ちょっと、グリフ!?」

 着地した途端、グリフは地を蹴って跳んだ。名乗りの口上すら忘れたというのだろうか。それほどまでに、ゆうきは怒り狂っているのだろうか。

「ゴドー!!」

「馬鹿ね! あんたの相手は、こいつよ!」

 ゆうきの鬼気迫る雰囲気にあてられたのか、それとも嗜虐心がくすぐられたのか、ゴドーもまた凄絶な笑みを浮かべていた。ゴドーが腕を一振りすると、ウバイトールが横合いから飛び出し、グリフに強烈な体当たりをぶつけた。

「ッ……!」

「ウバイトール! やっちゃいなさい!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 追撃するウバイトールに、再びグリフの行動が遅れる。ガードすら間に合わず、大きく後方に吹き飛ばされる。

「グリフ!」

 ユニコはグリフを空中で受け止めると、半ば倒れるようにして着地した。

「ダメよ、あんな戦い方。もっと考えないと……」

「……放して」

 ユニコを突き放すように、グリフが立ち上がる。へたり込んだままのユニコを見ようともせず、グリフは普段からは想像もつかないような暗い表情でゴドーを見据えた。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:04:10.02 ID:nI3CgSSH0

「だ、ダメよ!」

 ユニコはすがりつくようにグリフの腕を掴んだ。ここで掴めなかったら絶対に後悔すると思ったからだ。

 しかし、

「放して」

「いやよ! また無茶をする気でしょう! 一度落ち着きなさい!」

「だって、ともえが傷つけられたんだよ? 大事な家族なんだよ?」

 グリフはやはり、ユニコに顔すら向けようとしない。

「わからないかな。わからないよね。だって大埜さん、一人っ子だもんね」

「グリフ……」

「大埜さんには、関係ないもんね」

「っ……」

 放してはいけない。放したら、絶対に後悔する。

 そう分かっていても、指から力が抜けていくのを止められなかった。

「……ありがとう」

 グリフはそれだけ言うと、再びゴドーに向かって跳んだ。

「私……」

 ユニコは、グリフを放してしまった自分の手を見つめた。放す気などなかったのに、放してはいけないと分かっていたのに、それでも放してしまった、手だ。

 掴んだ手の力を抜いてしまった。

 キュアグリフを行かせてはいけないと思っていても、行かせてしまった。

 グリフの――ゆうきの敵意が、自分に向くのが怖かった。

 また、ゆうきに厳しい言葉を放たれるのが怖くて、ユニコは手を放してしまったのだ。

 伸ばした手は届かない。

 大切な友達に、今は、届かない。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:05:21.11 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「私……」

 涙がこぼれる。友達とはなんだろう。自分は、誰とも友達になれないのだろうか。やはり、また無神経なことを言ってしまったのだろうか。

 己はやはり、優しさなど微塵も持ち合わせていないのだろうか。

「――ユニコ」

 目元の涙が、そっと優しく拭われた。目を開けると、目の前には可愛らしいふたりの妖精がいて、心配そうに、けれど優しげな目をしていた。

「フレン……ブレイ……ごめんなさい」

「ユニコが謝ることはないニコ」

「そ、そうグリ!」

 フレンとブレイは、大きく身振り手振りをして。

「ユニコは、とーっても優しいニコ。だから、安心するといいニコ!」

「グリフは少し混乱してるだけグリ。だから、お願いグリ」

 ブレイは真剣な顔をして、言った。

「キュアユニコ。キュアグリフを、助けてほしいグリ!」

「…………」

 友達なら、どうするだろうか。

 本当に、友達なのだろうか。

 友達と思って、いいのだろうか。

「……ふふ、そうね」

 ユニコはふるふると首を振って、笑った。

「ありがとう。フレン、ブレイ。おかげで目が覚めた気がするわ」

「ユニコ!」

「ふたりはともえちゃんのことをよろしくね」
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:06:11.00 ID:nI3CgSSH0

 そして、ユニコは立ち上がった。そのユニコの表情を見たのだろう。フレンとブレイは頷くと、足早にともえの元に駆けていった。

「…………」

 友達ならどうするだろうか。そんなの、助けるに決まっている。

 本当に友達なのだろうか。そんなの、確かめてみればいい。

 友達と思っていいのだろうか。そんなの、誰の許可が必要だろうか。

「お節介はあなたの専売特許かもしれないけど」

 ユニコは、何度吹き飛ばされてもゴドーに立ち向かうキュアグリフを見て、呟いた。

「今ばっかりは、私がさせてもらうわよ」

 そして、友達を助けるために跳ぶ。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:06:36.61 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「ッ……」

 キュアグリフは他の何も考えられないくらい、ともえを傷つけられたことで動揺していた。

 それが怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、それすら分からないくらい、頭の中をともえが傷つけられた事実が駆け巡っていた。

「ふふっ、あんた何をそんなに怒ってるの?」

「分からない!? ゴドー、あなたはやっちゃいけないことをやったのよ!」

「分からないわね! ほら、ウバイトール!」

 ゴドーの挑発に乗って、再びウバイトールに吹き飛ばされる。普段の1/3も周りが見えていないようだった。まるで、ウバイトールのことを意識しても、次の瞬間には忘れてしまうようだった。

「ゴドーッ!」

「あ、ははは!! おもしろいわね! まるで電灯にたかる虫みたいよ、あなた! そういえば、あの伸びちゃった子、あんたの妹なのね? そういうところ、あんたにそっくりだわ!」

 再びカッと頭の中が熱くなる。ウバイトールが見えなくなる。

「ゴドー!!」

「馬っ鹿じゃないの! ウバイトール!」

 しまった、と思ったときには、ウバイトールの拳が目の前に迫っていた。

 今まですんでのところでガードしていた強烈な拳が、正面から叩きつけられた。ウバイトールは巨大だ。だからこそ、その打撃は本来、警戒を怠っていいものではない。

「か、は……っ」

 一瞬呼吸が止まった。身体全体に打撃が浸透するように、痛みが広がる。ウバイトールの拳に吹き飛ばされ、背中から欄干に叩きつけられたのだ。身体に力が入らない。ずるずると地面にくずれ落ちる。

「ふふっ、拍子抜けだわ。この前とは全然違うのね。弱くて笑っちゃうわ」

 ゴドーが嘲笑するように。

「あんたは弱いのよ! 結局、ひとりじゃなんにもできないんじゃない!」

 必死で立ち上がろうとするが、力が出ない。ダメージをおして、立ち上がれると思った。けれど、なぜだか立てなかった。ふと、思う。隣にもし、大切な相棒がいたら、自分は立ち上がれる。けれど、隣には誰もいない。当然だ。グリフが、隣に立つことを拒絶したのだから。

「っ……」

 何をやっているのだろう。ほんの少し前、同じような後悔をしたばかりだというのに、何も変わっていない。また、めぐみにひどいことを言ってしまった。

「もう立ち上がることもできないのね。残念。あんたたちの力、探るつもりだったけど、その手間も省けちゃったわ」

 ゴドーがくいと手を振る、低い音を響かせて、ウバイトールがグリフの目の前にやってくる。
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:07:24.48 ID:nI3CgSSH0

「ウバイトール、やっちゃいなさい」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ウバイトールが拳を振り上げた。ああ、これで終わりなのかもしれない、とグリフは漠然と思った。それでも、力が入らなかった。ブレイとフレン、そしてまだ見ぬふたりの王女に申し訳なかった。己の自分勝手な行いで、プリキュアが負けてしまう。

(ああ、あと、一言、大埜さんに謝りたかったな……)

 目を閉じた。そのまま、風を切る音がして、ウバイトールの拳が眼前に迫り――、

「――キュアグリフ!」

 凛とした声が飛んだ。目の前に人が立ちはだかる気配がして、グリフは閉じた目を開けた。

 目の前には、ウバイトールの拳を青き清浄な光で受け止める、キュアユニコの姿があった。

「ユニコ……!?」

「はぁ……ッ!」

 キュアグリフとウバイトールの間に割り込んだキュアユニコは、“守り抜く優しさの光”に力を込める。ウバイトールの拳が大きく弾かれる。

「ユニコ……」

 キュアユニコの必死な声と、“守り抜く優しさの光”の清浄な光に照らされて、グリフはいつの間にか落ち着きを取り戻していた。

 そして、自分が何を言ったのか、何をしてしまったのか、それを改めてしっかりと理解した。

「わ、わたし……」

 ひどいことを言った。友達だなんて二度と言えないような、ひどいことだ。

 大埜さんには分からない、と。関係ない、と。そんなひどいことを、友達だと思っている相手に、言ってしまったのだ。

 ユニコは、そんなひどいことを言った自分を、それでも守ってくれるような、優しい人なのに。

 そんな相手を、友達を、ひどい言葉で傷つけてしまった。

 ユニコはグリフに背を向けたまま、こちらを見ようともしない。

「……関係ないわけ、ないじゃない」

 それは今にも泣きそうなくらい、か弱い声だった。

「たしかに、私は一人っ子で、姉妹のことなんて分からないけど……それでも、あなたと私が関係ないだなんて、そんな悲しいこと言わないで」

 決定的だった。振り返ったキュアユニコの瞳には、いっぱいの涙がたまっていた。本当の本当に、傷つけてしまったのだ。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:07:51.68 ID:nI3CgSSH0

 傷つけてしまったのなら、どうするか。

 きっと、さっきまでのグリフならすぐには思い浮かばなかっただろう。思い浮かんだとしても、また傷つけてしまうのが怖くて、行動には移せなかったかもしれない。けれど、今は怖いなどと考える余裕すらなかった。

 自分勝手なことだ。その瞬間、ゆうきはめぐみを失いたくないと、心の底から思ったのだ。

 気づいたら、ほんの少し前まで立ち上がれなかったのが嘘のように、グリフはユニコに駆け寄って、背後から抱きついていた。

「ごめん……ごめんなさい。ひどいこと言ってごめんなさい。関係ないなんて言っちゃってごめんなさい。だから、お願いだから……嫌いにならないで」

 まるっきり自分勝手でしかない言葉だ。悪いことをしてしまった。それなのに、謝罪だけで許してもらおうとしている。嫌いにならないでなんてわがまま、臆面もなく言っている。

「私のこと、嫌いになったんじゃないの?」

 キュアユニコが、鼻を啜りながら問うた。

「嫌いになるわけないじゃん! わたしはだって、ユニコともっと仲良くなりたいもん!」返す言葉は、本当にだだっ子のようだった。「わたしは、大埜さんともっと仲良くなりたいんだもん!」

 ユニコに抱きつく手が、優しく握られた。

「私だって、あなたに嫌われるなんて嫌よ。王野さん」

「大埜、さん……」

 ああ、やっぱり、ユニコはユニコだ、と。グリフは、ユニコに優しく握られた手から、ユニコの暖かさが自分に流れ込んでくるように思えた。

「あの、ごめんね。ひどいこと、たくさん言っちゃった」

「……親友に “嫌われるなんていやだ" なんて言われたんだもの。何を言われたか、もう忘れちゃったわ」

 ユニコの茶目っ気たっぷりの言葉。グリフを励ます、魔法の言葉だ。

「親友……わたしと、ユニコが、親友……」

「……いや?」

 本当は不安で仕方なかったのだろう。ユニコが不安げに問う。

「いやなわけないよ! すっっっっっごく嬉しい! わたしたち、親友だよ!」

「ちょ、ちょっと苦しいわよ、グリフ!」

 グリフに背後から抱き竦められたままのユニコが悲鳴を上げる。けれど、すぐに笑顔に変わる。お互いの暖かさを感じながら、ふたりは身体中から力がわき上がるのを感じた。
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:08:28.24 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 笑顔が笑顔を呼ぶ。お互いを見つめ合う伝説の戦士から笑みがこぼれる。世界はいまだ、アンリミテッドの暗闇に包まれている。それでも、キュアグリフとキュアユニコの周りだけは光り輝いていた。

 それは、ロイヤリティの光ではない。ゴドーにも美しいと思える光。

「それよ! 私は、その力を求めているの……ッ!」

 遠く、その力の意味を理解していないゴドーの声が響く。直後、身構える暇もなく、ウバイトールがふたりめがけ突っ込んでくる。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「グリフ!」

「ユニコー!」

 ブレイとフレンの悲鳴に近い声が響く。それが聞こえても、グリフとユニコはなお笑う。

「大丈夫」

「ええ、大丈夫」

 瞬間、ふたりは同時にドン! と足をつける。小柄なふたりの戦士の足の動きが、それだけで大地を揺るがす。そして、ふたりは飛び込んできたウバイトールに向け、同時に拳を突き出した。

『ウバッ……!?』

 薄紅色と空色の光をまとったふたりの拳が、あまりにも呆気なくウバイトールを吹き飛ばした。

「なっ……」

 言葉を失うゴドー。そのゴドーのはるか頭上を超えて、ウバイトールが落下する。轟音に揺れる地面に、ゴドーはぺたりと座り込んだ。

「うそ……何よ、これ……」

 震えているのは大地か、それとも、己か。

 目の前の力を欲していたはずなのに、その力が恐ろしくてたまらない。

 眼前で、圧倒的な力を持って欲望の化身たるウバイトールを吹き飛ばした伝説の戦士が、恐ろしい。

 勝てない、と。悟ってしまったから。

 プリキュアたちのたった一撃で、己の欲望を果たすことなど到底できっこないと、分かってしまったから。

 だからゴドーは、力なく座り込むしかなかった。

 自が欲望を果たせぬ欲望の戦士は、脆い。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:09:23.89 ID:nI3CgSSH0

「……えへへ、親友、親友かぁ」

「なんか、照れるわね……」

 目の前で仲良く笑っている伝説の戦士が憎くてたまらない。ゴドーやウバイトールを歯牙にもかけぬその強さが、ほしくてたまらない。

 けれど、ゴドーの欲望という名の戦意は、すでに――、

「……ゴドー」

「ひっ……」

 情けないことだというのは分かっていた。欲望の戦士にあるまじき、弱い悲鳴をあげてしまったのだ。そんなゴドーを、キュアユニコは哀れむような目で見ていた。

「そこをどきなさい。私たちはウバイトールを浄化するわ。そこにいたら、あなたも巻き込んでしまうわ」

「な、何を……」

「強がらないで。あなた、戦えるの?」

 キュアユニコの問いに、腹の内に冷たいものが差した。戦えないと、分かっているのだ。戦うのが怖いと、肝が冷えてしまうのだ。

 こうして対峙しているだけで、怖くて仕方がないのだ。

「ともえちゃんを傷つけたことは許せないし、あなたには何の義理もないけど、戦う気がない人にまで危害を加える気はないわ。どきなさい、ゴドー。そしておとなしく、エスカッシャンを返しなさい」

 このままでは、自分は滅ぶ。ロイヤリティの圧倒的な光の力は、間違いなく自分を貫き、浄化し、容赦なく消滅させるだろう。

 そう、あの、忌々しいロイヤリティの力が――、



『――ぼくは、君を愛している――』



 浮かぶ言葉。思い出したくもない過去。忘れてしまった過去。

 何も思い出せないのに、激烈な拒否反応が生まれる記憶。

 それを振り払うように、ゴドーはかぶりを振った。

「ッ……!!」

 死ぬのは怖い。怖いけれど、それでも。

「……撃ちなさいよ。撃って、あたしを消滅させなさいよ!! ロイヤリティの犬風情がッ!!」

 それでも、譲れない。怖くたって、絶対に譲れない。

 ゴドーは、覚えている。そして、絶対に忘れないだろう。

 ロイヤリティという名の、彼女にとっての、地獄を……!
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:10:12.49 ID:nI3CgSSH0

「ロイヤリティに跪き頭を垂れるくらいなら、あたしは今ここで死を選ぶわ! さあ、撃ちなさい! そのカビの生えたありがたい光で、あたしを撃ってみなさいよッ!!」

 ゴドーは気づいていなかったが、それはもはや悲鳴のようだった。ゴドーの中にあるロイヤリティの記憶。忌々しい、忘れたくも忘れがたい、最悪の記憶。それが、ゴドーの中を渦巻いていたのだ。

 いつの間にか、恐怖はどこかへ吹き飛んでいた。ゴドーは己の言葉に戸惑いの表情を浮かべる伝説の戦士に向かい、駆けだした。

「ご、ゴドー! いきなりどうしたの!?」

「うるさいうるさいうるさい!! 目障りなロイヤリティの光を、あたしに見せるなッ!!」

 ゴドーはすでに、考えることをやめていた。己の頭が示す嫌悪感のまま、己の憎しみという欲望を果たさんと突き進む、ただひとりの戦士だ。キュアグリフとキュアユニコが、迫るゴドーに向けて手を差し出す。それが示すのは、ロイヤリティの光が己を浄化するということだというのに、それでもゴドーは止まらない。憎いロイヤリティに向け、突き進む。

「ゴドー!!」

 キュアグリフの声も、すでに悲鳴のようだった。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。しかしそんな彼女とキュアユニコの手には、すでにロイヤリティの浄化の力が集まっていた。

 そして、ロイヤルストレートの清浄なる光が、ゴドーへ向け、放たれた。

(ああ……) 眼前に迫る清い光にゴドーは己の死を悟った。(あたし、これで終わりなんだ)

 このまま、ロイヤリティの光に浄化され――、



「――そろそろ試してみたかったところだ」



 深く暗い声とともに、目の前に降り立つ漆黒の影。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

「……はァッ!!」

 裂帛の声。影が長大な剣を振り上げ、眼前に迫るロイヤリティの光に、その漆黒の刃を突き立てた。

 どこまでも清浄で、どこまでも苛烈なロイヤリティの光は、その漆黒の刃を前にふたつに分かたれた。ゴドーの両脇をかすめ、あまりにも呆気なくかき消えた。

「あんた……」

 ゴドーは、自分を守るようにプリキュアに立ちはだかる、その漆黒の背中に向け声をかける。

「ど、どうして……?」

「偶然私が通りかかって良かったな、ゴドー」

 彼は振り向きもせず、そう応じた。

「まぁおまえのことだ。私が助けるまでもなく、ロイヤリティの光などはじき返していただろうが、な」

「…………」

 彼の励ましとも嫌みともつかない言葉に、ゴドーはどうとも返せなかった。

「……ふん、つまらん」

 彼は見切りをつけるように言うと、再びプリキュアと対峙した。

「久しぶりだな、プリキュア」

 ――その名はゴーダーツ。深く闇の欲望に根ざした、アンリミテッドの戦士である。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:10:44.39 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「ゴーダーツ……!」

 プリキュアにとって、少なからず因縁のある相手である。出で立ちは、グリフもユニコもよく知るゴーダーツそのものだ。

 しかし、何かが明確に違う。

「礼を言うぞ、プリキュア。これではっきりした」

 その身に纏う雰囲気が明らかに異質なものだった。

「貴様らロイヤリティの光は、我が剣の前には無力だ」

「何を……!」

 ユニコはゴーダーツを睨み付ける。

「それなら、もう一撃よ! いくわよ、グリフ!」

「う、うん!」

 唐突なゴーダーツの登場に頭が追いつかないグリフは、ユニコの言葉でようやく我に返り、繋いでいる手にぐっと力を込める。

 ふたりの絆の力が新たな光を生む。それは圧倒的な、ロイヤリティの清浄なる光だ。

「私にとって、その力はもはや脅威ではない」

 言葉を紡ぐときには、ゴーダーツはすでに跳んでいた。

「しかし、黙って撃たせると思うか?」

「っ……!」

 ゴーダーツの漆黒の凶刃がふたりに迫る。とっさに両手をかざし、ユニコが “守りぬく優しさの光” の壁を作り出す。青く優しい光は剣を受け止めた、かのように見えた。

「この程度の壁、破れぬと思ったかッ!」

「キャッ……!」

 ゴーダーツの剣は、あまりにも呆気なく光の壁を切り裂く。その余波だけで、グリフとユニコは後ろへ吹き飛ばされた。

「キャアアアアアアアアアアアア!」

 まるで巨人の手で、“守り抜く優しさの光”が無理に引き裂かれたようだった。ゴーダーツは倒れ伏すグリフとユニコを睥睨し、確かめるように自らの手を握った。

「……私はもう、過去を見返すようなことはしない。されど、私自身の欲望のため、今一度過去を利用する。ただ、それだけだ」

 ゴーダーツの言葉の意味は分からない。意味は分からなくとも、彼がただならぬ覚悟を決めてその場に立っていることは嫌でも理解できた。そうでなければ、ロイヤルストレートを切り裂き、“守り抜く優しさの光”を破ることなど到底できないだろう。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:11:10.47 ID:nI3CgSSH0

「ぐっ……」

 グリフは振り返る。すぐ後ろに、気を失ったままのともえがいる。そのともえを庇うように立つ、ブレイとフレンがいる。そして目の前には、長大な剣を構え、悠然と自分たちに向け歩を進めるゴーダーツがいる。

 どうすればいい。

 どうすれば、大切な妹を守ることができる。

「安心して、グリフ」

 その落ち着き払った声は、傍らから聞こえた。ユニコが少しの焦りも見せず、悠然と立ち上がった。

「あなたはともえちゃんを安全な場所まで移動させて。ブレイとフレンもお願い」

「ゆ、ユニコはどうするの?」

「ゴーダーツを食い止めるわ」

 ユニコは事も無げに言い切った。

「そんな、無茶だよ! ゴーダーツは、さっきロイヤルストレートも切り裂いたんだよ!? ユニコひとりでなんて行かせられないよ!」

 グリフの必死な言葉に、けれどユニコは、笑った。

「ありがとう。わたしを心配してくれるのね。でも大丈夫。私を信じて、“ゆうき”」

 凄絶な笑みだった。それは、歓喜に心の底から打ち震える、凄まじいほどに美しい、笑顔!

「わたし、あなたのために戦いたいの。親友のために、戦いたいの!」

 世界が空色に染まる。それは見るものすべてを暖かく、清々しく、心地よく包み込む、優しさの光。

“守り抜く優しさ” そのものの光。

「何が起こってるっていうの……!?」

 ゴドーの言葉はすでに悲鳴に近い。あまりのことに思考が追いついていないのだ。

 しかしそのゴドーの正面で、まるでプリキュアからゴドーを守らんとしているかのように立ちはだかる戦士は揺るがない。

 動じもしない。

「…………」

 己の内に憎しみの炎を宿し、己のなすべきことを見据え、己の欲望にのみ従うと決めた闇の戦士に、恐れはない。

「……ゴーダーツ」
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:11:54.21 ID:nI3CgSSH0

「そこで見ていろ、ゴドー。これが、我々が敵対して “しまった” ロイヤリティの戦士の力だ。我々アンリミテッドが倒さねばならぬ、圧倒的な力だ」

 揺るがぬゴーダーツの言葉に、ゴドーはユニコを見据える。手がふるえる。歯の根も微妙にかみ合わない。そう、まぎれもないことだ。ゴドーは恐れている。目の前に広がっていく、ロイヤリティの美しい力を。

「折を見てアンリミテッドへ撤退しろ、ゴドー。あれは、危険だ」

「えっ……」

 短くそう言うと、ゴーダーツはゴドーの返事も待たず、視線を再びキュアユニコへ戻した。

「……行くぞ、キュアユニコ! 我が剣の腕、そしてデザイア様から賜ったこの業物の切れ味、しかと味わうといい!」

 ゴーダーツは低く唸り、ロイヤリティの優しさのプリキュアに向け、跳んだ。

「……ええ、来なさい、ゴーダーツ! そして、私の優しさを! プリキュアの光を! 受け取りなさい!」

 優しさのプリキュアが身を捻り、そして――、



「――優しさの光よ、この手に集え!」



 空色の光がキュアユニコの手に集約する。その光はまるでそうなることが当たり前であるかのように、ひとつの形を成す。

「きれい……」

 気を失っているともえを抱えて、グリフはその光が変化していく様を目の当たりにした。それはグリフ自身がすでに経験したことではあったが、それを心を許した相棒がやっていることが、グリフの心を歓喜で包み込んだ。

「あれが……あれこそが、ユニコの……」

「そうニコ」 いつの間にか、グリフの傍で、フレンが大きな瞳に涙を溜めていた。「あれこそが、優しさの……!」

 そして、フレンは力一杯叫んだ。

 己のプリキュアに。己を守ってくれるプリキュアに。

 届けと。有らん限りのこの想いをすべて、叩き込まんと。

 フレンは叫んだのだ。

「行くニコ! ユニコ! 行くニコーーーーーーーーー!!」

 それがユニコに届いたかは分からない。けれど、グリフは見た。ユニコがほんの一瞬、グリフとフレンに目を向けて、小さく頷いたのだ。


「カルテナ・ユニコーン!」


 現れるは一振りの剣。雄々しき一角獣を模した空色の剣。

 伝説の戦士のみ持つことを許されるという、伝説の中の伝説。

 それこそが、カルテナ。優しき守りの剣、カルテナ・ユニコーン。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:12:19.99 ID:nI3CgSSH0

「はぁああああああああああああああああああ……」

 ユニコが低く吼える。それに呼応するように、カルテナの周囲に空色の光が集う。

「あれが、カルテナ……ロイヤリティの伝説の中の伝説……」

 そしてそのユニコへ、ゴーダーツの凶刃が迫る。

「だが、それでも俺は……ッ!」

 ユニコとゴーダーツの視線が交錯する。空色の光を纏うユニコと、暗き闇を背負うゴーダーツ。両者は、その直後に激突する。

「わっ……」

 空気が震える。キュアユニコのカルテナとゴーダーツの大剣が激突した余波だ。グリフの身体すら大きく揺るがしたその大気の震えに、グリフは慌ててブレイとフレンを拾い上げ、肩に乗せる。

「す、すごい……」

 そして、グリフは幾たびにも及ぶ衝撃を身体に浴びながら、見た。

 ゴーダーツが長大な大剣を振るう。それに呼応するように、ユニコがカルテナを振るい、受ける。青き清浄なる光を纏う優しさのプリキュアは、ゴーダーツの圧倒的な力さえも、その優しさで受け入れているようだった。

「さすがは優しさのプリキュア、さすがはその真価たるカルテナ・ユニコーンといったところか」

「くっ……なんて強さなの……!」

 お互いに一歩も引かない剣戟は、間合いを置く刹那の間だけ静けさを生む。言葉数は多くはない。お互いの力を認め合った上で、闇と光の戦士は再びぶつかり合う。

 闇が光を飲み込まんとするように。

 光が闇を包み込まんとするように。

 黒い闇が光を蹴散らし、それでもなお白い光は、闇をも守らんと包み込む。ゴーダーツの強大な欲望の闇と、キュアユニコの苛烈な優しさの光が生まれては消え、また生まれては消え、闇と光の剣戟を彩るように空を舞う。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:12:47.24 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「撤退しろ、ですって……?」

 手が震える。

「逃げろ、ってことかしら……?」

 足が震える。それどころか、体中が震えている。

「舐めんじゃないわよ!」

 それでも、ゴドーにも譲れない一線がある。せめて、一矢報いなければ。

 その視線の先にいるのは、キュアグリフだ。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:13:20.30 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「すごい……」

 二言目にも、同じ言葉しか出なかった。グリフの目から見ても、ゴーダーツとユニコの激突のすさまじさが見て取れた。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「わっ……」

 そちらに目を奪われている場合ではない。背後から聞こえた怪物の叫び声に、グリフは気持ちを切り替える。

「あたしだって……」 ウバイトールの傍らに、震える足で立つ小さな影があった。「あたしだって、アンリミテッドの戦士よ!」

 ゴドーである。怖いのだろう。震える両足は今にも崩れ落ちそうだ。それでも、彼女は立ち上がったのだ。立ち上がり、立ち向かおうとしているのだ。

「やっちゃいなさい、ウバイトール!」

「グリ!」

「ニコ!」

「っ……」

 ブレイとフレンがグリフの肩にしがみつく。グリフは素早くともえの身体をしっかりと抱えると、後方へ飛びすさった。

「ゴドー! わたしも、今回は怒ってるんだからね!」

「へえ、その割には怖くないわね! どっかの優しさのプリキュアと違って!」

 後方へ飛んだグリフを、巨体のウバイトールが追撃する。それに合わせるように、ゴドーもまたグリフへ飛びかかる。

「っ……」

「あんた、弱いんじゃない? 全然怖くないしっ!」

 まるで子どもだ。それこそ、もしかしたらともえより幼いかもしれない。どこか微笑ましさもあるゴドーの言動を、けれど今ばかりは許すわけにはいかなかった。

 グリフにとて、譲れない一線はある。そしてゴドーは今回その一線を越えてしまったのだ。

 両手にはともえ。両肩にはブレイとフレン。そして目の前にはウバイトールとゴドーが迫る。絶体絶命の状況だ。それでも、グリフは前を見据え、心を奮い立たせる。

「負けるわけにはいかないから……!」

 ウバイトールの追撃の手を蹴り飛ばし、空中で身を捻り、ウバイトールの本体へ突撃する。

「なっ……!」

 まさかグリフが、ともえを抱え、ブレイとフレンを肩にしがみつかせたまま反撃に転じるとは思っていなかったのだろう。ゴドーがうろたえる。グリフのドロップキックがウバイトールを吹き飛ばす。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:14:45.96 ID:nI3CgSSH0

(大丈夫……わたしだって、何も考えずにプリキュアやってるわけじゃない!)

 グリフとて、ともえたちを危険な目に遭わせたくはない。それでも、立ち向かわなければやられてしまう。ユニコは自分のために戦うと言ってくれた。グリフはその言葉に報いなければならないのだ。

「キュアグリフ!」

「……ゴドー。わたしは、あなたを絶対に許さない」

 着地したグリフは、ともえをそっと寝かせ、ブレイとフレンをその傍らにそっと下ろす。

「ブレイ、フレン、ともえのことをお願い」

「わ、分かったグリ!」

「任せるニコ!」

 先のグリフの行動が怖かったのか、ブレイは震えていた。それでも、グリフの気持ちに応えようと頷く姿は、勇敢以外の何物でもない。

「ありがとう」

 ユニコがいる。ブレイがいる。フレンがいる。グリフはひとりじゃない。一緒に戦ってくれる、頼もしい仲間たちがいる。

「ウバイトール!」

 悲痛とも思えるゴドーの叫び声。その呼び声に応じ、かなたへ吹き飛んでいたウバイトールが、再びグリフへ向かう。グリフは誇り高き王子と王女に微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

「ゴドー、わたしは負けないよ」

「な、何を! そんな足手まといが後ろにいて、何ができるのよ!」

「何だって、できる」

 グリフの静かな言葉に、ゴドーが半歩下がる。

「な、何よ……!」

「怖くなくたっていい。想いは絶対に、伝わるから」

 そして、想いを伝えるための力はこの手にある。大切な仲間からもらった、大切な力が、この手にはある。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:16:02.17 ID:nI3CgSSH0

「勇気の光よ! この手に集え!!」

 薄紅色にきらめく“立ち向かう勇気の光”。グリフの身体をとりまくその光は、グリフの心に勇気を与えてくれる。

「カルテナ・グリフィン!」

 グリフの手に握られる、翼をかたどった剣。グリフを取り巻いていた光が、明確な形を背中に作り出す。薄紅色の翼、それは雄々しきグリフィンの翼だ。
「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」
 駆け抜ける姿は、さながら勇気のシンボル、神獣グリフィンそのものだ。

「プリキュア・グリフィンスラッシュ!」

 自らに突き進んできたウバイトールに、接触ざまにカルテナを一閃する。

 まとった翼がはためき、切り裂かれたウバイトールは消滅する。

「っ……覚えてなさいよ! あたしは、あんたに負けたわけじゃないんだから!」

 捨て台詞を吐いて、ゴドーは中空にかき消えた。

「わたしも、勝った気はしないよ……」

 ゴドーが消えた瞬間、身体中から力が抜けたようだった。

 何かがアスファルトの上に落ちる。グリフは、それを拾い上げ、思い出す。

 それは、記憶の片隅に残る、可愛らしい髪飾りだ。

「ユニコ……」

 ユニコを助けなければ、と思うのだが、身体が動かない。ダメージと疲労が、安心感のせいで一斉にやってきたように思えた。しかし、次の瞬間、身体は自然と動いていた。

 グリフの視線の先で、ユニコがゴーダーツの力任せの剣戟に、大きく吹き飛ばされたのだ。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:16:46.34 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「はァ……!」

「ッ……!?」

 一進一退の攻防を続けていたつもりだった。しかし、キュアユニコはその瞬間思い知らされた。

(この人、とてつもなく強い……!)

 まるでこの前までのゴーダーツとは別人のようだった。剣を持ち、何かの覚悟を決めたゴーダーツに、カルテナの力をもってしてもユニコは圧倒されていた。それは、現時点で埋めようのない明確な戦力差に思えた。

 気合いの声とともに振られた剣はうなりを上げ、ユニコに襲いかかる。ユニコはカルテナでそれを受け止めたつもりだが、大きく後ろにはじき飛ばされた。膂力、重量、剣技、何をとってもゴーダーツの方が二枚も、三枚も上手だったのだ。

 しかし、吹き飛ばされたユニコは、空中で優しく抱き留められた。キュアグリフだ。

「大丈夫、ユニコ?」

「ええ、ありがとう、グリフ。でも、あのゴーダーツはとてつもない強さだわ。まるでこの前までとは別人よ」

 ようやく、ふたりのプリキュアが並び立った。喧嘩をして、行き違いがあって、それでもこうして、お互いの手を取り前を向ける。それが、とてもありがたいことだと、ユニコには思えた。

「これだけ斬り結べたのは、貴様が初めてだ、キュアユニコ。だが、所詮は素人の剣。俺の敵ではない」

 ゴーダーツが剣を構え、言う。ゴーダーツの剣の技量はすさまじい。全力で打ちかかられれば、グリフとユニコが二人同時にかかったとしても、勝てるかどうか分からない。とてつもない強敵だ。それでも、ユニコは不思議と怖くなかった。

「ねえ、あの、“めぐみ”?」

「……何、ゆうき?」

 おずおずと、自分の名前を呼んでくれる親友。勇敢で、かわいらしくて、ちょっとドジな、彼女が隣にいてくれるから。だから、怖くない。

「今さらな気もするけど、名乗りたいなー、なんて」

「そうね。誰かさんが変身端に突っ込むから、口上を言えていないものね」

「……うぅ、ごめんなさい」

「冗談よ。ごめんなさい、意地悪だったわね」

 それは、ひょっとしたらプリキュアたちの心をひとつにする、おまじないのようなものなのかもしれない。キュアグリフとキュアユニコは、背筋をピンと伸ばし、高らかに宣言した。


「立ち向かう勇気の証、キュアグリフ!」


「守り抜く優しさの証、キュアユニコ!」


「「ファーストプリキュア!」」

285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:17:14.59 ID:nI3CgSSH0

 ふたりは無言で目を合わせ、うなずき合う。

「ふたりがかりで来い、プリキュア!」

 ゴーダーツが再び向かってくる。ゴーダーツの剣は脅威だ。だからこそ、それに対して真正面から立ち向かうのは、勇気のプリキュアだ。

「む……!」

「はぁああああああああああああああああああああ!!」

 気合いの声、キュアグリフがカルテナ・グリフィンに“立ち向かう勇気の光”をまとわせ、ゴーダーツの剣に立ち向かう。グリフは自身の膂力を利用して、果敢にゴーダーツに攻めいった。グリフの力が真正面からぶつかり、さしものゴーダーツも剣を弾かれる幅が大きくなる。

「力はキュアユニコ以上。しかし、所詮は付け焼き刃の剣技……!」

 ゴーダーツはキュアグリフに弾かれた力を利用して、一回転してキュアグリフに向け剣を一文字に薙いだ。屈んでかろうじてかわしたキュアグリフは、下から大きくカルテナを振り上げる。ゴーダーツは背後に飛び退き、カルテナをかわす。しかしその瞬間、横合いから飛び出した影があった。

「ひとりで届かなくたって、ふたりなら……!」

 キュアユニコは、すでに白い翼をまとっていた。ゴーダーツは飛び退いた姿勢のまま、動けない。



「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」



 言葉とともにあふれ出す、空色の光。

“守り抜く優しさの光”。

「なるほど……! 見事だ、プリキュアどもッ!」

 カルテナの切っ先が己に迫る中、ゴーダーツは豪快に笑った。



「プリキュア・ユニコーンアサルト!」



 まるで、ユニコーンの突撃そのもののようだった。神速の突きはしっかりとゴーダーツに向け放たれたのだ。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:18:10.14 ID:nI3CgSSH0

 しかし、

「大した “優しさ" だな、キュアユニコ」

「っ……」

 ゴーダーツは長剣の腹で、カルテナを受け止めていた。渾身の必殺技が惜しくも阻まれたことを察したキュアユニコは、すぐに後ろに飛び退き、ゴーダーツから距離を取った。

「筋はいいが、素人同然だ。それでは俺には勝てんな」

 言うと、ゴーダーツはキュアユニコに背を向けた。

「今日は挨拶代わりに来ただけだ。俺はもう、以前の俺ではない、とな」

「大した余裕ね。たしかに今のあなたは強いわ」

 それに対し、キュアユニコが言葉を返す。

「でも、わたしたちも強くなる。絶対に、負けない」

「ああ、それまで、俺も刃を研いでおくことにしよう。さらばだ、キュアユニコ。キュアグリフ」

 ゴーダーツが闇に溶けるように消え、世界は色を取り戻した。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:18:36.10 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 彼女は空を見上げた。先ほどまでアンリミテッドの暗い色をしていた空は、今は普段の青空に戻っている。

「……ふん。すぐにプリキュアを生みだしてみせるレプ」

 自分は何でもできる。自分にしかできないことがたくさんある。

 自分は完ぺきだから。

「愛ある人間。必ず探し出してみせるレプ」

 完ぺきでなければならないのだから。

「愛のプリキュアを見つけ出し、ロイヤリティを取り戻すレプ
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:19:06.79 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 夢を見ていた。どこから夢なのか、分からないけれど、夢を見ていた。

 気の強そうな女の子にプレゼントを奪い取られて、巨大な怪物が現れて、そして、そこからよく覚えていない。ただ、うつろな意識の中で、姉によく似たお姉さんが、自分を抱えて戦ってくれていたのを見た。優しくて、頼もしくて、大好きな姉にそっくりで、夢の中だと分かっていたけれど、ともえは嬉しかった。

 ああ、自分はお姉ちゃんのことが大好きなのだと。

 そして、お姉ちゃんはきっとこんな風に自分を守ってくれるだろうと。

 そう、思えたから。

 少し昔の夢も見た。

 きっと自分がまだ小学校にも上がっていないような頃の思い出だ。

 姉が買ってもらった髪留めがうらやましくて、ともえはワガママを言ったのだ。

『あたしもほしい! おねえちゃん、ちょうだい!』

 姉は困ったような顔をして、少しためらいはしたものの、ともえの髪にその髪留めをつけてくれたのだ。

 大切にしていた髪留めは、小さい頃、姉からもらったものだった。

 今の今まで忘れていた、そんな記憶が、夢の中に現れたのだ。

「ん……」

 夢から覚めて、まどろみの中で、ともえは温かい何かにくっついていた。誰かの背中だ。ともえは、誰かにおぶさっている。

「あの、大埜さん、ほんとにごめんね」

「そんなに何度も謝らなくていいわよ」

 ふたりの声が聞こえた。姉と、姉の友達の声だ。ああ、そうか、とまどろみの中で気づく。ともえは、ゆうきにおぶってもらっているのだ。

「それより、せっかく名前で呼んでくれたのに、また戻ってる」

「えっ? あっ……」

 じれったい会話だと思う。そのまま、姉に甘えて眠ってしまおうとしていたというのに、だんだんと意識が覚醒に向かっていく。

「ご、ごめん……」

「どうして謝るのか分からないけど……」めぐみは笑うような声だ。「わたしとしては、親友なら、ゆうきに名前で呼んでほしいかな」

「ほんと!? いいの!?」

 がばっと姉が動く。まぶしいのを我慢してそろりと目を開けると、ゆうきがめぐみの手を取っていた。姉は人付き合いもそこまで器用ではないだろうに、こういうところは大胆というか、何も考えていないのだ。
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:19:32.78 ID:nI3CgSSH0

「え、ええ」

 めぐみは顔を赤くして、そっぽを向いてから、

「もちろんよ、ゆうき」

 見ているだけのともえですら、心が直接くすぐられるような奇妙な感覚を憶えた。けれど、それは決していやな感覚ではない。姉とめぐみの関係は、どうやら一歩前進したようだ。

「ありがとね、めぐみ」

「どういたしまして」

「えへへ。めぐみ、大好き」

「……そ、それはちょっと、恥ずかしいわ」

「ええー!」

 くすぐったい。くすぐったいし、関わり合うのも野暮だろう。何より、家まで歩きたくはない。ともえはそのまま、ゆうきの背中で寝たふりを続けることにした。

 自分の頬をたたいたのだから、これくらいの意地悪をしても、罰は当たらないだろう。

(帰ったら、また、少し……意地悪……して、やるん、だから……)

 寝たふりのつもりが、眠気がむくむくと身をもたげる。

(……でも、わたしも、お姉ちゃんのこと……大好き……)

 結局、ともえはそのまま、大好きな姉の背中で、すやすやと寝息を立て始めた。
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:20:27.69 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「ロイヤリティと無関係のホーピッシュの人間までもが、我々アンリミテッドの位相に巻き込まれたか」

 広範囲に広がっていた闇は収束し、世界は元の色を取り戻した。この世界はもはや、必ずしも希望の世界ホーピッシュであるとはいえない。アンリミテッドの侵攻は、ゆっくりと、しかし間違いなくホーピッシュを闇に塗り替えつつあった。

「王野ゆうきの妹は、王野ゆうきからロイヤリティの影響を受けたため、アンリミテッドの位相にまぎれこんだ、と考えるべきか」

 光にも闇にも、近づけば近づくほどそのどちらの影響も受けやすくなる。プリキュアたちがアンリミテッドの位相で戦うことができるのは、光の戦士そのものだからだ。そしてその光の戦士に近しい存在ほど、闇の影響も受けることになる。

「この世界にも闇が広がっている。悪くない気配だ。ホーピッシュが我々の闇に飲まれる日も近い」

 空高くからほまれ町を見下ろす小柄な影。アンリミテッドの最高司令官、暗黒騎士デザイアは満足げに言う。

「やはり見込んだ通りであったな。ゴドーの闇は、規模だけで言えば私以上だ。ゴーダーツもまた、あの剣の腕ならばプリキュアも容易に歯は立つまい」

 デザイアは戦いの一部始終を眺めていた。ゴーダーツが現れなければ、ゴドーを回収して撤退するつもりだったが、その手間が省けた。アンリミテッドがさしたる打算もなく仲間を助けるという光景を見ても、デザイアはさして動じることはなかった。

「……あの忠義の騎士ならば、さもありなん、か。頼もしいが、難儀な男だ」

 デザイアはそう呟くと、やや大きな声を出した。

「そしておまえの狡猾さも頼もしい限りだよ、ダッシュー」

「……気づいてらっしゃったんですか。さすがはデザイア様」

 虚空から姿を現すダッシュ−。慇懃無礼な態度で頭を下げる。部下ではあるが、気を抜けばデザイアの寝首すらかくかもしれない相手だ。だが、デザイアの言葉の通り、その狡猾さはホーピッシュ侵攻の重要な武器だ。

「失礼をいたしました。ところで、しばらく単独行動をさせていただきたいのですが」

「貴様の目論見は大体分かっている。それは構わんが、しばし待て」

 ダッシューは表面上デザイアに忠誠を誓うアンリミテッドの戦士だが、その欲望は底が知れない。ゴーダーツやゴドーのようなある種の単純さがない。油断のならない相手だ。

「待て、と言われますと?」

「ゴーダーツとゴドーを招集し、アンリミテッドで待て。準備ができ次第、貴様らに命令を下す」

 ダッシューの目が不審げに動く。

「命令? 我々は今まさに、プリキュア撲滅、およびロイヤルブレスと紋章の回収命令を実行している最中だと思いますが」

「その通りだ。だが、それに平行して貴様らに頼みたいことがある」

 デザイアは腕を振った。放たれたのはカードだ。ダッシューはそれを受け取り、見た。それは、身分証のようだった。

「……なんですか、これは」

「追って詳細を伝える。貴様らには、ホーピッシュ攻略のための戦略的命令を下す。端的に言えば、そうだな」

 デザイアは仮面の下で笑った。

「――貴様らには、ホーピッシュに長期的に潜入してもらう」

 ダッシューが受け取ったカード。そこには、こう記されていた。

 曰く、『ダイアナ学園専属庭師兼主事 蘭童シュウ』と。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:20:59.09 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 ますます絆を深めた姉妹。

 そして、お互いを親友と言い合ったプリキュアたち。

 世界はまだ明るい。しかし、闇の勢力は少しずつ、確実にホーピッシュを蝕んでいた。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:21:43.80 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 次 回 予 告

ゆうき「えへへ……」

めぐみ「ふふ……」

ブレイ「何あれ?」

フレン「親友同士になって嬉しいから見つめ合ってるそうよ。馬鹿みたいよね」

ブレイ「ふーん……」

ゆうき「へへー」

めぐみ「ふふふ」

ブレイ「端から見ると、見つめ合って笑い合う女子中学生二人組って不気味だね」

フレン「あんた、言うこと結構どぎついわよね……」

ブレイ「ま、いいや。じゃあ次回予告……げっ」

フレン「なによ変な声出して……げっ」

ブレイ「……えー、次回、ファーストプリキュア」

フレン「第十話【超天才!? 愛の王女ラブリ!】」

ブレイ「……はぁ、ラブリかぁ。あんまり会いたくないなぁ」

フレン「次回もお楽しみに! あたしはこれっぽっちも楽しみじゃないけどね!」
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/02/18(日) 19:23:56.50 ID:nI3CgSSH0
>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。
第九話はここまでです。
また来週、日曜日に投下できると思います。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/19(月) 11:45:53.91 ID:Q/+39KIu0
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 09:51:15.82 ID:LVapeV8q0
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
所用で10時の投下ができません。
夕方頃の投下になると思います。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:14:14.93 ID:LVapeV8q0

>>1です。
遅くなりましたが、今週の投下を始めます。
本日の「なぜなに☆ふぁーすと」はお休みします。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:16:59.73 ID:LVapeV8q0

第十話 【超天才!? 愛の王女ラブリ!】

…………………………

「投票、よろしくお願いします!」

「「「お願いしまーす!」」」

 ダイアナ学園は生徒会選挙活動期間に入った。

 めぐみを生徒会長に推薦するゆうき、ユキナ、有紗は学校にいつもより早く来て、登校する生徒たちに挨拶と選挙活動を行うようになった。

 当のめぐみも張り切って挨拶をしている。

「あ、大埜さん、おはよう。今日もがんばってね!」

「おはよう。ありがとう。がんばるわ」

 クラスメイトたちが通りかかるたび、めぐみたちに声をかけてくれる。

 ここのところ、めぐみはゆうきの前以外でもよく笑うようになった。近づき難かった頃のめぐみはもう遠い場所にいるようだった。ユキナと有紗は、
『ゆうきの影響じゃない?』などと言うが、もし本当にそうなら、ゆうきも嬉しい。

 親友のために自分が何かをしてあげられるというのは、本当に嬉しい。だからゆうきは張り切って声を張り上げる。

「おはようございます! 優しくて美人で、勉強も運動も得意な大埜めぐみに清き一票を!」

「ゆ、ゆうき! 何よその恥ずかしい謳い文句は!?」

 気合いを入れすぎて、いささかやりすぎてしまったようだ。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:17:26.20 ID:LVapeV8q0

…………………………

 アンリミテッドは常に闇に包まれている。光はある。しかし、すべてが黒いため照らす光は拡散しないのだ。

「……これはどういうことですか?」

 震える声は、ゴドーが発したものだ。

 アンリミテッドの闇の戦士たち。三幹部は困惑とも怒りとも取れない感情を抱いていた。それは、彼らが仕えるアンリミテッドの最高司令官にして最強の戦士、暗黒騎士デザイアから渡された一枚のカードによって表れた感情だ。

「今しがた言ったとおりだが?」

 対するデザイアは何でもないことのように言う。

「貴様らにはホーピッシュに潜入しつつ、プリキュア撃滅、及び紋章とロイヤルブレスの回収の任を遂行してもらう」

「だから、それがどういうことかと聞いているんです!」

「ゴドー、言葉がすぎるぞ」

 怒りをあらわにするゴドーを押しとどめたのはゴーダーツだ。

「デザイア様、お教えください。ホーピッシュに潜入することで、我々は何を得るのですか?」

「いずれ分かる」

 ゴーダーツの問いに対してもデザイアは答える気はないようだった。

「命令が聞けないようなら致し方ない。アンリミテッドから消えてもらっても構わん」

 それは、三幹部にとってありえない未来だった。彼らは一蓮托生なのだ。彼らは強大なロイヤリティという敵に反旗を翻した。その時点で、破滅するか勝利するかの二択しかなかった。そして、彼らは勝利した。勝利したが、再びロイヤリティはその胎動を見せ始めた。伝説の戦士プリキュアが現れたということは、伝説のとおり、エスカッシャンにロイヤリティを蘇らせる力があるとも考えられる。もしも三幹部とデザイアが持つ四国のエスカッシャンがプリキュアに奪われ、ロイヤリティが復活したら、あの高貴な世界は彼らのことを絶対に許さないだろう。

 再び、容赦のない正義の鉄槌が下るだろう。



 ――――『プリキュア・ロイヤルストレート!』



「ッ……」

 そう、それこそあのプリキュアたちの放つ強大な光で刺し貫かれるように、三幹部は為すすべもなく光に飲み込まれ消滅してしまうだろう。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:18:02.86 ID:LVapeV8q0

「異存はない、ということでよいのだな」

 黙りこくってしまった三幹部を見て、仮面の騎士デザイアは満足げに言う。

「貴様らにとっても無益なことではない。準備が完了し次第おって連絡をする。そのときまでに、ホーピッシュに馴染む練習でもしておくのだな」

 言うだけ言うと、デザイアは身を翻し闇に溶けて消えた。

「さて、と」

 その途端、それまで黙ってカードを見つめていたダッシューがゴーダーツとゴドーに背を向けた。

「待て、ダッシュー。どこへ行くつもりだ」

「さぁて、ね。まぁぼくにとって無益なことでないのはたしかだよ」

 ゴーダーツの問いに煙に巻くような台詞を残して、ダッシューも闇に溶けて消えた。

「……いやよ、あたし」

 ゴドーは己の身体をかき抱くように震えている。

「あたしは……」

 ドクン、と。その瞬間、ゴドーの胸元で何かが動いた。愛のエスカッシャンが震えたのだ。

「これは、愛の王女の鼓動……?」

 それはつまり、愛の王女がすぐ近くにいるということだ。

「おい、ゴドー、どうした?」

 じっとしてなどいられなかった。ゴドーは立ち上がると、ゴーダーツの制止も聞かずホーピッシュへと飛びだした。

 プリキュアの光は強大だ。ふたりでも手に余るというのに、これ以上増えられてはたまらない。あの光を、いまのうちに潰しておかなければ。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:18:31.34 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ――――『大した “優しさ" だな、キュアユニコ』

 ――――『筋はいいが、素人同然だ。それでは俺には勝てんな』

 ――――『ああ、それまで、俺も刃を研いでおくことにしよう。さらばだ、キュアユニコ』

 思い起こされる先日のゴーダーツとの戦い。めぐみの、キュアユニコの全力は闇の戦士に遠く及ばなかった。今思い出してもわかる。あれは、とてつもない強さだ。そしてゴーダーツは恐らく、一度プリキュアに敗北寸前まで追い詰められたからこそあの力を得た。つまり、もう油断も慢心もすることはないだろう。次に目の前に現れるときは、もっと強くなっていることだろう。

 ――――『でも、わたしたちも強くなる。絶対に、負けない』

 ああ言ったものの、どうしていいのか、具体的な考えはまったく浮かばない。ようやく手にすることができたカルテナの力も、ゴーダーツには及ばなかった。このまま再びゴーダーツとぶつかれば、次こそは負けてしまうかもしれない。そうしたら、フレンやブレイ、延いてはこの世界は――


「――深刻な顔してどうしたの?」


「わひゃっ!?」

 突然目の前に脳天気な親友の顔が現れて変な声が出た。時刻はお昼休み、ゆうきとふたり、お弁当に舌鼓を打っている最中だった。

「そんなに驚かなくても……」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの」

「だと思ったよ。で、何を考えていたの?」

 めぐみは正直に思っていたことを話した。このままでは、きっとゴーダーツには勝てないであろうという予想も含めて、しっかりと。しかし、ゆうきの反応は脳天気どころか、予想をはるかに超えたものだった。

「そんなことであんな深刻な顔をしていたの?」

 呆れるような声だった。

「そ、そんなことって。深刻なことでしょう。ゴーダーツどころか、その背後にはあのデザイアだって控えているのよ」

「まぁ、それはそうなんだけど。てっきり、生徒会選挙のことで何か悩んでるのかと思ったよ」

「世界の危機より生徒会選挙!?」

「そりゃそうだよ! なんてったって、大親友の晴れの舞台だからね! はりきっちゃうよ!」

 まったく、この親友は。と、めぐみは脳天気に笑うゆうきを見て、深刻に考えていた自分がバカみたいに思えてきた。ゆうきの顔を見ていると、本当に自分が考えていたことなど、大したことではないように思えてくるから、不思議だ。

「大丈夫。きっとなんとかなるよ。だって、情熱のプリキュアと愛のプリキュアもいるんでしょ? 王女様ふたりを探し出して、プリキュアを見つけるお手伝いをすれば、きっとゴーダーツにだって勝てるよ。デザイアにもね。そうしたら、ちゃんとお話、聞いてもらえると思うんだ」

 ゆうきの言葉は、どこまでも希望にあふれている。めぐみは元より、自分たちの国を滅ぼされたブレイとフレンも、そんな彼女の笑顔だからこそ、信じてくれているのだろう。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:19:02.99 ID:LVapeV8q0

「……そうね。まずは、ふたりの王女を探し出さないとね」

「案外近くにいたりして。王女様たちも、情熱のプリキュアと愛のプリキュアも」

「そうだったらいいのだけど」

 ゆうきは希望的観測が過ぎる。そうであればそうに越したことはないが、そうでなければ、どうするか。

 ゆうきが希望を口にするのならば、めぐみはその希望を叶えるための道筋を見据えなければならない。めぐみにはゆうきのように、人の心をほだすような言葉を作り出す能力はない。ならば、めぐみはゆうきに欠けている様々な可能性を模索する能力をフルに発揮しなければならないだろう。

(フレンは、ホーピッシュに降りたってすぐ、愛の王女と別れたと言っていたわね。それに、ロイヤリティから旅立つ直前まで、情熱の王女とも一緒だったと。少なくとも、愛の王女はこの近辺にいると考えて問題はないわね。それに、以前のゴドーの様子から見て、アンリミテッドに捕まったとも考えづらい)

 ゴドーの取り乱し方は尋常ではなかった。あれが演技とは、めぐみには思えない。

(だとすれば、問題は情熱の国の王女。ロイヤリティからこの世界へどのようにしてやってきたのか、詳細が分からない以上なんとも言えないけれど、ひょっとしたら、ほまれ町の外に飛ばされた可能性がある。そうなれば、あの小さいフレンとブレイの仲間を探し出すのは困難すぎるわ。なんとかして探し出す方法を考えないと……)

 うんうんと唸るめぐみ。目の前の脳天気な親友が、ため息をついたことにすら、気づかない。

「はぁ。めぐみは本当に生真面目だなぁ」
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:19:44.64 ID:LVapeV8q0

…………………………

 そこは、ロイヤリティでは感じたことのない、異質な地面が広がる土地だった。石張りの床によく似たその地面は、黒々とどこまでも広がっている。ホーピッシュは、異質だ。とても希望の世界とは思えないくらい、無機質だ。緑はあるにはあるが、あまり多いとは言えないし、何よりこの黒々として硬い異質な地面があまりにも広すぎる。この世界は、妖精の姿で歩き回るにはあまりにも厳しい。土とは違い、歩くだけで足が痛いし、お日様の照り返しも強い。体力もどんどん奪われていく気がする。

 愛の王女ラブリはそんな場所で、ひとりぼっちのまま愛のプリキュアを探していた。

「…………」

 ひとりは昔から慣れっこだった。

 ひとりでいるのが当たり前だったから、さみしいなんて思ったこともなかった。

 いつだって、ラブリはひとりぼっちだった。

「……関係ないレプ。ラブリが愛のプリキュアを生み出して、ロイヤリティを復活させればいいだけレプ」

 なんでそんなことを考えてしまったのだろう。考えたって仕方のないことだって知っているはずなのに。

「ブレイ……フレン……パーシー……」

 そういえば、とふと思い出す。自分以外の、たった三人のロイヤリティの生き残り。彼らは一体、どうしているだろうか。どこかで行き倒れしていないだろうか。敵に捕まってブレスと紋章を奪われてはいないだろうか。

「……関係ないレプ。ラブリには、関係ないことレプ」

 グゥ〜、と。その瞬間、とんでもない轟音が鳴り響いた。すわ敵襲かと身構えるラブリだが、すぐに気づく。自分の、お腹が鳴った音だ。

「そういえば、もうしばらく何も食べてないレプ……」

 ラブリはとうとう、道のすみに座り込んだ。

 ホーピッシュにつてなどはない。初めてやってきた土地で、さびしくさまよっているだけだ。それを「プリキュア探し」と言い張って、虚勢を張っているだけだ。四人の王子・王女の中で一番優秀だった己がこのていたらくなのだから、考えるまでもない。他の三人は、捕まるか、とっくに行き倒れているかのどちらかだろう。

「レプ……ッ」

 胸が痛む。

 関係ないはず、ないのだ。仲良くしていたわけではない。どちらかといえば、いがみ合ってばかりだった。それでも、容易に見捨てていい相手ではなかったはずだ。共に祖国を救うための使命を帯びた身の、仲間だったはずだ。そんな仲間たちを、自分は見捨ててしまったのだ。

「――ラブリ……?」

 おどおどとした声。少しだけなつかしい声。ああ、とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまった。愛の王女ともあろうものが情けない。

 こんなところで、勇気の王子の声など、聞けるはずがないというのに。

「やっぱり、ラブリグリ!」

 ただし、それは幻聴というには、あまりにもはっきりとしすぎていた。背後からのその声に、ラブリが振り返る。果たしてそこには、勇気の王子ブレイと、優しさの王女フレンが並んで立っていた。

「無事だったグリね! よかったグリ!」

「ふ、ふん。ラブリのことだから、心配ないと思ってたニコ」

 これはいったいどういうことだろうか。思考を巡らすことはできなかった。ふたりの姿を認めた瞬間、ラブリは何かが外れたように、道端に倒れ込んでしまったからだ。

「ラブリ!? ラブリ、しっかりするグリ!」

「めぐみたちを呼んでくるニコ!」

 意識が遠のいていく中、そんなふたりの声が、聞こえた気がした。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:20:11.60 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ゴドーは物陰から、倒れる愛の王女と、走り去るふたりの王子と王女の姿を眺めていた。

 千載一遇の好機と言えよう。なにせ、探し求めていた愛の国の王女が、たったひとり目の前で倒れている。

「今なら、邪魔なプリキュアもいない……! 今なら!」

 そう。今ならば、プリキュアがいない今ならば、少なくとも弱り果てている愛の王女だけでも、アンリミテッドに連れて帰ることができるだろう。ゴドーははやる心のままに、倒れ伏す愛の王女に向け走り出した。しかし、唐突に目の前に現われる陰があった。

「待ちなよ。そう急ぐことでもない」

「なっ……」

 空から降りてきたダッシューは、通せんぼをするように、ゴドーの目の前で両腕を広げた。

「何の真似よ! 悪趣味な奴ね! ずっと空から見てたのね!」

「たまたまさ。ぼくはぼくの目的のために動いている。ただ、偶然にも君が、愚を犯そうとしているのを見かけたから、止めにきてあげただけさ」

「どういうことよ!」

 ゴドーの剣幕にも、ダッシューはひるむ様子もない。端からゴドーの相手など、本気でするつもりなどないのだ。

「考えてもみなよ。いま出て行ったところで、どうせすぐにプリキュアたちが現われる。そうなれば、どちらにしろ愛の紋章やブレスを手に入れることは不可能だ。違うかい?」

「っ……」

 それは確かにその通りかもしれない。勇気の王子と優しさの王女はプリキュアたちを呼びに行った。プリキュアたちはほどなくして現われるだろう。そうすれば、何の策もない現状であれば、ゴドーの敗北は必至だろう。

「でもこのまま待っていたって変わらないじゃない!」

「変わるさ」 ダッシューは酷薄に笑う。「忘れたのかい? 彼らロイヤリティの王族たちは、どこまでも仲が悪いんだよ?」

 ダッシューのその笑みに、ゴドーもようやく、彼の意図するところに気づいた。

「……それもそうね。ふふ。国を奪われてもなお仲違いをする王族。見物だわ」
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:20:44.92 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ほんの数日さまよっていただけだというのに、もう何年も当て所のない旅をしていたように思える。

 ラブリはようやくロイヤリティに帰ることができたのだ。

 暖かい陽気。やわらかな光。穏やかな笑い声。それらが織りなす優しい世界に、帰ってきたのだ。

 ラブリの故郷、愛の国は、やはり愛で溢れていた。臣民は皆、ラブリを笑顔で出迎えてくれた。

 そして、人々の向こう、ラブリの両親である愛の国の王とお后様が待ってくれてる。

 ああ、ようやく帰ってくることができた。

 きっと、お父様もお母様も、ラブリを温かく迎えてくれる。

 ラブリは走り出した。

 あと少し。あと少しで両親に手が届く。

 あと少しで、温かい笑顔を、声を、愛を――



 ――世界が反転した。



「……っ、あ……」

「グリ! ラブリが目を覚ましたグリ!」

「ほんとニコ!」

 視界がぼやける。そのぼやけた視界の中を、何かが動いた。

「大丈夫グリ?」

 それが、モコモコの身体をした王子だとわかると、ラブリは自分を怒鳴りつけたい気持ちになった。ラブリはすぐに状況を把握したのだ。つまり、己は道端で倒れ、ブレイとフレンのふたりに拾われたということだろう。ここはどこだろうか。屋内のようだが、妖精のラブリにとっては、何もかもが大きく映る。ホーピッシュの人間の家なのだろう。

「レプ……」

「あ、まだ起きない方がいいグリ!」

 起きようとすると、モコモコの王子が自分の身体を押す。ただでさえ弱っているラブリは、それだけで動けない。しかし、そのまま寝ていることは、ラブリの色々なものが許さない。

「……大丈夫レプ。ラブリは君たちに情けをかけられるほど落ちぶれていないレプ」

「なっ……! まだそんなことを言っているニコ!?」
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:21:13.34 ID:LVapeV8q0

 予想していた通り、人の好い勇気の王子は首を傾げるだけだが、優しさの王女は顔を真っ赤にして憤慨のご様子だ。ラブリは今度こそ起き上がり、ふたりの王族を睥睨した。

「ブレイ、フレン、よく無事でいられたレプ。もうとっくに行き倒れていると思っていたレプ」

「行き倒れていたのはそっちニコ!」

 フレンがますます顔を真っ赤にする。

「せっかく助けてあげたのに、相変わらずひどい性格ニコ!」

 助けてあげた。ああ、そうかと納得する。それと同時にこみ上げてくるのは怒りとも後悔ともつかない嫌な感情だ。

 つまりは、この愛の王女が、勇気の王子と優しさの王女などに、助けられたということだ。

 そして、愛の王女である己が行き倒れのような状態になっていたというのに、このふたりの王子と王女は、そんな己を助けるだけの余力すらあったということだ。

「……助けてなんて頼んだ憶えはないレプ」

 口をついて出てきたのは、そんな力ない言葉だけだった。ラブリが何をどう考えても、その事実を消すことはできなかった。

「もう怒ったニコ! そんなに偉そうなことを言うなら、どこかで行き倒れたらいいニコ! 今すぐ出て行くニコ!」

「言われなくても、そうさせてもらうレプ」

 ラブリは何も言えずオロオロとするブレイを押しのけ、立ち上がった。

「フレン! ラブリ! ブレイたちは、こんなケンカをするためにホーピッシュに来たわけじゃないグリ!」

「……うるさいレプ。臆病者が、このラブリに意見する気レプ?」

 ブレイを睨みつけると、ブレイはびくりと身体を震わせて、目を逸らした。

「相変わらずレプ。優しさのカケラもないフレン。臆病者のブレイ。そんな風に、何もできない同士一緒にいるといいレプ」

「何もできない? ふん! よーく聞くといいニコ! フレンとブレイは、プリキュアを生み出したニコ!」

 立ち去ろうとしたラブリの背中に、その言葉がガツンと響く。

「プリキュアを……?」

「そうニコ! あんたはその様子じゃまだみたいニコね! どうニコ? 散々バカにしていたフレンたちに先を越された気分は!」

「……っ」

 それはあまりにも重い事実だった。考えないように目を逸らしていたが、当たり前のことだ。弱い妖精でしかないブレイとフレンが行き倒れることもなくしっかりと生きているというこは、ふたりを保護してくれたホーピッシュの人間がいるということだ。その保護者が、プリキュアである可能性は大いにある。

 それはつまり、天才と謳われ、天才であることを義務づけられたラブリが、ブレイとフレンにできたことを未だ達成できていないことに他ならない。

「ふ、フレン! 言い過ぎグリ!」

「……ふん! いつもフレンたちをバカにしていたんだから、お返しニコ!」

「ふん……」

 関係ない。そう思うことにして、ラブリはその場を後にした。
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:21:39.56 ID:LVapeV8q0

…………………………

「なんて女ニコ! せっかく助けてあげたのに!」

 憤慨するフレン。それも無理もないことかもしれない。道端で倒れたラブリを助けるため、下校中だっためぐみとゆうきを探して走り回っていたのだから。ブレイは、フレンの腹立たしい気持ちがわからないわけではない。けれど。

「……心配グリ」

「ニコ……?」

 ブレイの言葉に、フレンが顔を向ける。

「ブレイはあんな奴のことが心配ニコ?」

「もちろん、ブレイだってあの態度はひどいと思うグリ。でも、仕方がないことかもしれないグリ」

「仕方がないって何ニコ?」

 ブレイは考える。自分は臆病だ。だからこそ、昔からバカにされ続けてきたラブリの冷たい目線を見て、さっきだって何も言うことができなかった。それはきっと、仕方がないこと。もちろん、勇気の王子としてそのままでいいはずがないけれど、今はまだ、きっと、仕方がないことだ。

「……フレンは、ラブリに対して怒ってるグリ」

「当然ニコ! せっかく助けてあげたのに、あんなことを言われて、腹が立たないわけがないニコ!」

「そうグリ。それもきっと、仕方がないことグリ。ラブリもきっと、ブレイたちに助けられて、ああいう風に言うしかなかったグリ」

「ニコ……」

 フレンはブレイの言葉を受けて、少し考え込んでいるようだった。

「……そうかもしれないニコ」

 やがて顔を上げたフレンは、そっと口を開いた。

「ラブリはプライドも高いし、自分が天才だって自負もあるニコ。それに、本当になんでもできる、すごい王女だったニコ」

「そんなラブリが、ブレイたちにプリキュアを先に生み出されたと知って、ショックを受けないわけがないグリ」

「……それにしても、あんな態度はないと思うニコ」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:22:16.59 ID:LVapeV8q0

「それは、段々と直していくしかないグリ。ブレイも、もっと勇敢にならないといけないグリ。フレンも、もっと優しくならないとだめグリ?」

「ニコ……。痛いところをついてくるニコ」

 フレンはほぅ、とため息をつく。

「……フレンもさっきは言い過ぎたニコ。優しさの王女なら、優しくラブリを諭すべきだったニコ」

「そう思えるだけで、フレンは大した王女グリ。それに比べてブレイは、さっき何も言えなかったグリ」

「でも、いま言えてるニコ。フレンに、大事なことを気づかせてくれたニコ。ブレイも、きちんと勇気の王子をしてるニコ」

「そ、そうグリ……?」

 フレンが真正面から褒めてくれるなんて、少し前に想像ができただろうか。ブレイはこそばゆいような気持ちで、そっとフレンに向き直った。

「もう一度、ラブリを迎えに行くグリ。ブレイたちが力を合わせないと、ロイヤリティは蘇らないグリ」

「ニコ!」

「話はまとまったみたいね?」

 開きかけだった部屋のドアが、キィと開く。外から顔を覗かせるのは、ブレイとフレンの大切な仲間、ゆうきとめぐみだ。

「せっかく弱った愛の王女様のために、急いで甘い物を買ってきたんだから、」 ゆうきが買い物袋をぶら下げて笑う。「ちゃんと食べさせてあげなくちゃね」

「グリ!」

 ブレイとフレンは頼もしい相棒の肩に乗る。大切な友達を、迎えに行くために。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:22:48.89 ID:LVapeV8q0

…………………………

 一度、“助かった”なんて、思ってしまったからだろう。

 身体は、先にも増して重いような気がする。

 何より、空腹が限界を超えて、もはやお腹が空いているのか空いていないのか、それすら判然としない。

 少し眠ることができたから、妙に頭が冴えている。

 ギラギラと照りつける日光と、黒い大地からの照り返しに、今にも倒れそうだ。

 ふと、倒れたらまた、ブレイとフレンが助けてくれるだろうか、なんて考えが頭をよぎった。

 なんて情けないことを考えているのだろう。

 それに、助けに来てくれるわけがないではないか。

 あんな、ひどい啖呵を切って飛び出してきたのだ。さしものお人好したちも、フレンに愛想を尽かしたことだろう。

 あんなの、ただの強がりだ。

 ブレイとフレンに助けられたことが情けなくて、ブレイとフレンが先にプリキュアを生み出していることが悔しくて、それで、あんなことを言ってしまっただけだ。

 愛の王女ともあろう者が、なんて情けないことをしてしまったのだろう。

「……愛。ああ、そうレプ。それは、ラブリには分からないものレプ」

 何が愛の王女だろう。今まで、一度だって誰かの愛に触れたことがあるだろうか。そんな己が、どうして愛の王女などを名乗れるだろうか。

 もはや、思考も判然としない。自信を打ち砕かれた天才王女は、そっとその場に跪いた。

 倒れるなと教えられた。媚びるなと教えられた。常に王族らしくあれと教えられた。

 その結果が、これだろうか。

 ラブリはそのまま、天を仰ぐように地面に転がった。

 どう考えたって終わりだ。これ以上歩く体力もない。気力もない。何もない。

「……これで終わりレプ。祖国はきっと、ブレイとフレンが救い出してくれるレプ」

 そう思うと、安心できる気がした。ラブリはすべてを放棄して、そのまま――




『ラブリ……』




「レプ……」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:23:14.91 ID:LVapeV8q0

 遠く、声が聞こえた気がした。それは、聞こえるはずのない声。ロイヤリティが闇に飲まれ、消滅する直前。ラブリたちが、ホーピッシュヘと旅立つ直前。最後かもしれない、母と父の、己を呼ぶ声。

 両親にさしたる感慨があるわけではない。

 むしろ、公務で忙しく、放任主義の母と父は、厳しい言葉をかけてはくれるが、優しい言葉をかけてくれることは多くはなかった。

「……ラブリ、は……っ」

 倒れるわけにいかないだろう。ここで。王族としての、責務を真っ当せぬまま。朽ちていくわけにはいかないだろう。

「まだ、やらなければならないことが、あるレプ……」

 たとえ情けなくたって、なんだって、やらなければならないことがある。

 倒れている場合では、ない。

「お父様を、お母様を、臣民を……救わないといけないレプ……」

 けれど。



「救わないといけない? 救うべき臣民もいないのに、何を言っているのかしら」



「レプ……!」

 情けなく立ち上がったラブリを、冷たく見下ろす瞳がふたつ。思い起こされる、愛の国が滅ぼされたときのこと。燃え上がる愛の国の街並みを見下ろしながら、酷薄に笑う顔。忘れもしない。愛の国を滅ぼしたアンリミテッドの戦士――、

「ご、ゴドー……!」

「あら。名前を覚えていてくださったなんて、光栄ですわ。愛の王女、ラブリ・ラブリィ様」

 くすくすと、まるで普通の少女のように、黒衣の戦士は笑う。

「冷たい冷たい愛の国の王族ですもの。下々の者の名前なんて、すぐ忘れてしまうものと存じておりましたのに」

「も、紋章とブレスは渡さないレプ!」

「それをお決めになるのは、ラブリ様ではないのですよ」

 ゴドーは身をかがめると、恐怖と極度の疲労で動けないラブリを、なんでもないことのようにすくい上げた。

「は、はなすレプ!」

「紋章とブレスをいただければ、王女様に用はございません。はなして差し上げますよ?」

「渡せないレプ! これは、ロイヤリティを救う最後の希望レプ!」

「わがままな王族は臣民に嫌われましてよ? まぁ、もう手遅れですけれど」

 キリキリと、まるでラブリが苦しむ様を楽しむように、ゴドーの両手が少しずつラブリの身体を締め付ける。
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:23:41.26 ID:LVapeV8q0

「さぁ、王女様? 闇に飲まれ消滅した亡国の王女様? 逃げ惑う臣民を見捨てて逃げ出した王女様?」

 ゴドーの声は嗜虐的にラブリを責め立てる。

「あなたに紋章とブレスを持つ資格はございません。わたくしめにお渡しくださいな」

 ああ、そうだ。その通りだ。ラブリは何もできず、逃げ出したのだ。

 必ず救うと誓って、このホーピッシュの地に降り立ったのだ。

 けれど、結局何もできていない。愛のプリキュアにふさわしい人物も見つからない。

 ゴドーの言うとおり、これではただ逃げ出しただけだ。闇に飲み込まれたロイヤリティから、逃げ出しただけの臆病者だ。

「――……レプっ」

「あら? 渡してくださる気になったのかしら」

 ラブリの声にならない声に、ゴドーの手が緩む。ラブリはだから、それを口にすることができた。

「……それでも、やり遂げることが、ある、レプ……!」

「っ……。それが無駄だと言っているのよ!」

「闇に身をやつした、アンリミテッドの者には、分からないレプ。ここで諦められないから、立ち上がるレプ。ここで潰えるわけにはいかないから、戦うレプ……!」

 ギリリ、と。今度は猛烈な力が込められた。憎しみがそのまま表層に表れたかのように、ゴドーの笑みが消え、怒りとも憎しみともつかない激烈な表情が浮かぶ。

「あんたによくそんなことが言えたものね……! あんたたちのせいで、あたしたちは……ッ!」

 こもった力に、ラブリは抜け出すことができない。それでも、ほとんど力の入らない両手に力をこめる。少しでもアンリミテッドの力に抗おうと、力をこめる。たとえ彼我の戦力差がどうであれ、ラブリがあきらめていい理由には、ならない。

「早くブレスと紋章を渡しなさいよ! あんたが持っていたって、もう意味のないものなのよ!」

「あきらめない、レプ……。救うレプ……。絶対に……絶対に、取り戻すレプ……!」



「「ラブリ!!」」


 ああ、どうしてだろう。

 さっき、あんなにもひどいことを言ってしまったというのに。

 どうして彼らは、自分の名を呼んでくれるのだろう。

 そして、どうして、こんなにも。

 こんなにも、自分は、この声を聞いて、安心してしまっているのだろう。

「プリキュア……!」

 ゴドーが震えた声を上げる。かすむ目で、ゴドーの目線の先を追う。

 そこには、勇気の王子と優しさの王女に伴われた、ふたりの少女の姿があった。
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