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勇者「よーし、いっちょ叛乱でもするか!」
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51 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/02(火) 15:58:21.94 ID:dpYftc7o0
書斎を出た。
昼間は煌々と明るい黄金の廊下も、先代勇者の像も、陽が落ちれば忽ち鉱物に成り果てる。
色を失った世界を、軍師は一人歩いてゆく。
ぼんやりと光る明かりが見えたので、軍師は像の裏に隠れた。
軍師(誰だ……?)
廊下を歩いている内に、ロビーへ出ていたようだった。
玄関口から訪れた客人を、最初に迎える場所だ。
先代勇者『急げ急げ。遅れるわけにはゆかんのだ』
軍師(やはり先代勇者殿……どこへ向かっている?)
先代勇者が持つランタンの動きを見守る。
昨晩と同じく、彼は広間の中央にある階段を足早に上っていった。
突きあたりで左に曲がる。館の西側に向かっているのだ。
軍師(目的地は宝物庫か。自分の所有物を愛でるつもりなら、人の目を気にする必要もないだろうに)
ガチャガチャと宝物庫の鍵をいじる音が聞こえる。
急に足音が増えた。高いヒールの音だ。宝物庫に何かを運び込んでいるのかもしれない。
闇商人『誰にも尾けられなかったですか?』
先代勇者『ああ。それに宝物庫は完全な防音仕様だ。間違っても我らの会話が外に漏れることはない』
軍師(壁を通して聞こえているがな……)
52 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/02(火) 15:59:03.36 ID:dpYftc7o0
闇商人『二箱分でよろしいですね。ヒヒッ』
先代勇者『十分だ。金貨5000枚だったな? ここにある。持っていくがいい』
軍師は目を見開いた。
金貨5000枚と言えば、庶民が必死に50年働き続けて、ようやく手にできるか否かの金額だ。
税をかけてもバルフの財政が豊かにならないのは、先代勇者が裏で闇商人と取引をしているためだったのだ。
軍師(何の取引だ? 話せ、一体何の取引をしている!)グッ
闇商人『それでは、私はこれで……。存分にお楽しみくだされ。ヒヒッ』
先代勇者『いつもありがとう。お前には助かっている』
闇商人『こちらこそ助かっております。最近、ガンジャも取り締まりが厳しくなってきましてね。自由に商いができなくなっているのですよ』
先代勇者『私は最高のお客様、というわけだな』
闇商人『そういうことです。ヒヒッ』
軍師(ガンジャだと……?)
53 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/02(火) 20:54:11.50 ID:MhAvF7XnO
間諜「ガンジャ? あー、麻薬ですね。それ」
翌朝、事情を聞いた間諜は即答した。麻の花弁を乾燥させて作った麻薬を、ガンジャと呼ぶのだという。魔王を倒した先代勇者が、大麻の違法取引に手を染めている。
軍師「知りたくなかった。バルフ候は今までずっと、私を裏切っていたのだな」
間諜「軍師さん……」
軍師「私だけではない。バルフの町そのものを、陛下の懇意までも裏切っていた!」
拳で卓を思い切り殴りつけた。拭けども拭けども、目から涙が溢れ出す。自分が敬っていた先代勇者は、ちょっと世間知らずでも、町民想いの優しい英雄だった。
数年で、人はこうも変わるものなのか。
軍師「こんな体たらくでは、辞めていった仲間に申し訳が立たん……」
間諜「仕える主君を誤ったのです。本当に、気の毒だと思います」
軍師「そうだ。私は主君を選ぶ能力が無かった。よりによって、大麻に手を出す太ったババを引いてしまうとはな……」
間諜「あなたには道が二つ残されています。来週、アルマリク王のバルフ視察会がありますよね。そこで麻薬取引の件を暴露するか」
間諜「このまま目を瞑り、偽りの主君と共に滅びゆくか。どちらかです」
軍師「暴露するのは勇気がいる。場合によっては、私も捕縛されるやもしれん」
間諜「では、目を瞑るのですね? 遅かれ早かれ、バルフの主君は代替わりします。必ず。その時、あなたは先代勇者と一緒に罪人として首を斬られてしまうのですよ」
間諜「運命の分岐点です。先代勇者と共に死ぬか、私達と共に新たな世界を作るか」
軍師「薬師……お前、何者だ?」
54 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/01/02(火) 21:18:54.24 ID:MhAvF7XnO
地の文で薬師が間諜になっている部分がありますが、凡ミスなので気にしないで頂けると助かります
55 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/03(水) 17:46:46.83 ID:0y33kF5p0
―1週間後―
黄金色の魚鱗鎧を身に着けた軍隊が、堂々と町を練り歩く。
アルマリクの視察団が到着したのだ。先頭に立ち案内するのは、先代勇者と軍師である。
心なしか、先代勇者の顔は蒼ざめているように見えた。
隊列の中央には、白馬に乗った赤衣の男がいる。あれがアルマリクの王だろう。
身体こそ栗鼠のごとく小さいが、瞳は猛禽のごとく鋭い。
それゆえ、体躯に似合わぬ異様な覇気を放っていた。
王の後ろを進むのは側近だ。
アルマリクの宰相として、国王と共同統治を行っている。
白い羽根つきターバンと細長い顎髭が目立つが、その特徴が霞んでしまうほど、背が高かった。
ゆうに二メートルは超えている。
人間離れした背の高さは、王と異なる不気味な威圧感を周囲に与えていた。
好奇心旺盛なバルフの民も覇気に圧されたのか、建物の陰に隠れて見物しているようだ。
魔女「視察団、やっと来たね。王と側近の凸凹コンビ。厳しい峠越えご苦労さん。ご褒美に、面白いショーを見せてあげるよ」
食堂の二階である。勇者、魔女、間諜の三人は視察団の列を見下ろしていた。
卓上の皿に、串焼き肉が六本。剣を模した鉄串は、持ち手が螺旋状にねじれている。
勇者はねじれた持ち手を掴むと、一番上の鶏肉にかぶりついた。
勇者「あっつ! 水無い? 絶対口の中やけどするわ、これ」
隣に座る間諜が、すかさず冷水の注がれたコップを差し出す。
間諜「私の、まだ飲んでないんで使ってください!」
勇者「おー、ありがとう。よしよし」ナデナデ
間諜「勇者さんの手、あったかいです……むふふふふ」
魔女「緊張感の欠片もないね、ボク達。これから町を奪うのに」
勇者「今さら緊張しても無意味だからな。淡々と仕事をこなすだけさ」
56 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/03(水) 21:27:15.69 ID:0y33kF5p0
魔女「で、調略は上手くいったのかい?」
間諜「バッチリでーす! ぐんひひゃんはほふほっひははへふ! ほーはひへんふぁっふぁへふはは!」モグモク
勇者「肉を口に入れたまま喋るなよ。何言ってるんだ?」
魔女「軍師さんはもうこっち側。引き込むのが大変だった、かな?」
間諜「ビンゴ!」
一通り町を回った後、大広場にて先代勇者が王に対し感謝の意を述べる。その時が狙い目だ。
アルマリクの王に、集まった観衆に、麻薬の取引も含めて先代勇者が行った数々の悪行を暴露してやるのだ。
タイミングが重要だった。
勇者(かつての仲間を討つ。魔女にとっては辛い戦いになる)
勇者「魔女」
魔女「ん、どした?」
勇者「……作戦、成功させような」
魔女「既に水面下で戦争は始まってる。一度走り出したら、もう立ち止まれない。どんな手段を使っても、ボクはこの戦に勝ってみせる」
勇者「ああ」
間諜「私もです!」
魔女「じゃ、そろそろ行こう」
三人は同時に席を立った。魔女が左手を出す。間諜がその上に手を重ねた。最後に、勇者がそっと手を重ねる。
勇者「よーし、いっちょ叛乱でもするか!」
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 00:49:08.46 ID:GAmWAbrDO
乙
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/05(金) 14:40:13.46 ID:dxz5/zl/O
いい加減他人のSSにIDも変えずにレスするのやめてもらっていいですか?
あなたの言い分とかどうでもいいので向こうのSSに出張って来るのはやめてください
59 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/05(金) 15:45:31.84 ID:BvFy2ZQy0
手筈は整った。ガンジャはとっくに宝物庫から運び出している。
昨夜、薬師の紹介で大富豪の屋敷へ案内された。
薬師が本当は手練れの間諜であることも、耳が聞こえないのが嘘であることも、そこで知った。
それから、魔女が国家転覆のため密かに動き回っていることも。
驚いたものの、先代勇者に報告する気はなかった。
麻薬取引の現場を目撃してから、先代勇者に尽くそうという感情が綺麗さっぱり消えていたのだ。
軍師(バルフの民だけではない。国中の民が、上層部の贅沢三昧を支えるのに苦しみ喘いでいる。馬鹿げてはいないか。そう大富豪は言った。まったくだ。馬鹿げている。だが……)
軍師はちらと国王を一瞥した。軍師の視線に気づいた国王が、刺すような眼光で睨み返してくる。
国王(図に乗るでないぞ、小童。貴様ごとき鼠輩の考えることなど、余は見抜いておるのだ)
そう、釘を刺されたような気がした。逆らえば待つのは死。
この国王を相手に、叛旗を翻すのは無謀すぎる。
軍師は前を向き、手綱を握りしめた。
どれだけ強く握りしめても、震えは止まらなかった。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/05(金) 18:48:19.95 ID:jXG+ugNA0
乙
61 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/08(月) 22:22:43.76 ID:EImb6bLy0
時計回りに町を巡り、視察団は大広場に辿り着いた。
演説台の周りは英雄の言葉を聞きにきた民衆と護衛のための守兵でぎっしり埋まっていた。
魔女と勇者も聴衆の中に交じっている。
白い魔女帽が目印だ。
国王「王都アルマリクから険しい山を越え、遥々この地まで足を運んできた」
挨拶が始まった。最初にアルマリクの王、側近。次に先代勇者、最期に軍師という順番である。
軍師は告発の機会が与えられたことを感謝した。
先代勇者「こんにちは。私は魔王を倒し、陛下より爵位を賜ってから精進に精進を重ね……」
先代勇者の挨拶が終わった。
軍師「……最初に、神に懺悔をする時間を頂きたい」
先代勇者が身じろぎするのが、視界の端に映った。無難な挨拶をするつもりだったのだ。懺悔と来ては驚くのも無理もない。
軍師「陛下、側近殿、ならびに広場に集まって下さった町民の皆様方。私がこれから語るのは、いずれも真実です。紛れもない事実」
ハーレムを作り、妾一人当たりに数千枚の金貨を与えていたこと。
異常なまでの課税を繰り返していたこと。
麻薬取引をしていたこと。
民の畑を取り上げ、自分専用の劇場を建設していたこと。
軍師は先代勇者の罪を列挙していった。全て打ち明けるには、夕方までかかるだろう。
それほどの過ちを、先代勇者は犯したのだ。
先代勇者「神聖な場であるぞ、軍師!」
先代勇者が立ち上がった。顔に引きつった笑みを貼り付け、用意された玉座に座る国王へ目を遣る。
先代勇者「証拠もなしに妄言を吐くでない。陛下、この者は感極まっておかしくなっているのです。どうか、お気になさらぬよう」
側近「感極まって主人の罪を告発する臣下がどこにいる。軍師殿、麻薬取引の証拠を提示せよ」
軍師「承知しました。おい、あれを持ってこい」
軍師は部下に命じて、ガンジャの入った箱を二つ運ばせた。
62 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/08(月) 23:54:07.82 ID:EImb6bLy0
先代勇者「なッ……!」
箱に刻まれた黒い羊の紋章を目にした途端、先代勇者は力が抜けたようにへたり込み、両手で頭を抱えた。
先代勇者「こんな大事な時に……何故だ、軍師! やめてくれ……やめてくれ……! もうやめてくれ……!」
側近「ガンジャですな。大麻の花を乾燥させたものです」
さらにダメ押しで、間諜から預かったヘッドフォンを取り出す。
闇商人『誰にも尾けられなかったですか?』
先代勇者『ああ。それに宝物庫は完全な防音仕様だ。間違っても我らの会話が外に漏れることはない』
闇商人『二箱分でよろしいですね。ヒヒッ』
先代勇者『十分だ。金貨5000枚だったな? ここにある。持っていくがいい』
軍師「この太った男は、民から巻き上げた税を自らの贅沢に使うのみならず、国で禁じられている麻薬取引にまで回していたのです」
聴衆がざわめきだす。バルフの民にとって、先代勇者は英雄だった。
親は正義の象徴として子に語り、詩人は光の象徴として歌い、貴族は頼れる友人として持ち上げたものだ。
「……裏切り者が! 金返せ!」
「重労働で夫が死んだ。あんたに殺されたようなもんだよ」
「町が賑わってるからって、呑気していたのか! 豚野郎!」
「テメェの仕打ち、墓場まで持っていってやるよ」
先代勇者「ぐうッ……どうして、こんなことに……」
国王「とんだ一日になったのう、バルフ候。最後の最後にやらかしてくれたな。一応、弁明を聞いておこうか」
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/09(火) 02:41:10.74 ID:Nlp8TbvDO
乙
64 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/11(木) 13:39:48.53 ID:JVufzibb0
肥った男はゆらりと立ち上がると、国王と側近を見据え、胸に秘めた思いを吐き出すように捲し立てた。
先代勇者「ここまでされては、弁明の余地もありません。私は、確かに闇商人と取引を行いました。軍師が述べたことも認めます」
側近「なぜ、このようなことをした? 民の姿が見えなかったのか?」
傍で聞いていた軍師は、思わず苦笑しそうになった。
好き勝手に振る舞う貴族を野放しにしている国王も、民を苦しめる点では先代勇者と大して変わらないではないか。
茶番過ぎる。
先代勇者「……恐ろしかったのです。魔王との最終決戦。戦場となったバルフでは、多くの民が死にました。落ちてきた瓦礫に潰され、炎に焼き尽くされ、魔物に襲われて」
先代勇者「私が殺したようなものです。たとえそれが戦禍によるものだとしても」
先代勇者「寝床につくと、死んでいった民の悲鳴、怨恨、呪詛が耳に響いてくるのです。勇者だと信じていたのに、なぜ救ってくれなかったのか。なぜ助けてくれなかったのか、と」
先代勇者「何ヶ月も放蕩に耽りました。遊ぶことで私は亡霊の責め苦から逃げていたのでしょう。幸いにも、陛下から頂いた金銀財宝は掃いて捨てるほどありましたから」
側近「そして最終的には違法薬物にまで手を出した……と」
国王が首を横に振り、かすかな声でつぶやく。
国王「魔王を倒した勇者が、逃げたか。非常に残念だ。かつての英雄を殺さねばならんとはな」
下された判決は、極刑。
両手両足に縄を縛り付け、馬で四方向に牽引する八つ裂きの刑だ。バラバラになった四肢は首と共に台に載せられ、三日間バルフの大広場に晒される。
死してなお、許されることのない罪。
意外にも、先代勇者の顔は穏やかだった。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/11(木) 18:27:15.25 ID:4eFaevuDO
乙
牛でなく馬とは優しいなww
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/11(木) 20:32:17.23 ID:GYg+nuUA0
乙
漫画の知識であれだがイノサンで馬が引き裂いてた気がする
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/12(金) 02:37:07.44 ID:19itHCXDO
>>66
力 牛>馬
スピード 牛<馬
馬に比べて牛引きの刑は長い苦痛
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/13(土) 14:16:25.62 ID:MNwveyJco
馬だと一気に行くが牛だと速度が遅く力がさらに強いのでゆっくりと強力にひっぱられる
あとはわかるね
69 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/13(土) 23:09:52.15 ID:/JP3Jt5i0
先代勇者「……魔女。今度こそ、本当のさよならだ」
魔女「意外だね。もう少し悪あがきすると思っていたよ」
先代勇者「どこか心の片隅で自分に嫌気が差していたんだ。私は責任を取る。自らの命を以て、罪を償う。いや、死さえも逃げ道のひとつに過ぎないのかもしれない。最初から最後まで、駄目な男だった」
魔女は首を横に振った。
魔女「覚えてる? 海辺の町で、靴を片方無くした女の子に出会った時のこと。名前も知らないその子のために、キミは泥と埃まみれになってずっと靴を探し回ってた。新しい靴を買ってあげれば済む話なのに。戦士と僧侶も驚いていたよ」
勇者「まだレベルが一桁台の頃だったな。覚えてくれていたとは、驚いたぞ」
魔女「あんなに真っ直ぐで、誠実で、優しかったキミを誰が忘れたりするものか。今でもその本質は変わっていないと思ってる」
魔女「ただ、色々なものを背負い過ぎた。背負った物の重さに耐えきれず、自分を見失ってしまった」
先代勇者「私は、死ぬことで初めて自分を取り戻すのだな」
先代勇者「一足先に、酒場で皆を待つことにしよう。また四人揃ったら……あの時みたいに一緒に旅してくれるかな」
魔女「謝罪行脚、だね」
先代勇者「遅れたら置いてくぞ」
両手に枷を嵌めた先代勇者は、五人の兵に囲まれて大広場から離れていった。
詮議の後、刑を執行されるのだろう。
救国の英雄と称えられ、ありとあらゆる栄華を手にした男の、哀れな最期であった。
70 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/01/13(土) 23:13:18.90 ID:/JP3Jt5i0
六行目ミス
×勇者
○先代勇者
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/14(日) 22:26:02.90 ID:2Vjd0rrDO
乙
72 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/15(月) 22:14:22.92 ID:fuyrxnpG0
国王「女神の加護を受けていようと、所詮は大工の息子。生まれついての卑しさだけは、抑えることができなかったようだな」
側近「陛下、上流貴族の中から後任を決めねばなりませぬ」
魔女「その必要はない!」
水を打ったように場が静まり返った。
涙を見せる者も、怒りを露わにする者も、興味本位で覗きに来た野次馬も、皆の視線が一斉に魔女の方へ注がれた。
先代勇者の仲間だったこの女が、次に何を話すのか。国王の挨拶よりも気になって仕方がないようだ。
魔女「さ、檀上に上がろう。こっからはキミの出番だよ」
勇者は魔女に手を引かれて、壇上に上がった。
玉座の前まで進む。
勇者と魔女が、玉座に座る王を見下ろすという絵になった。
近衛兵が二人に穂先を向ける。いつ突き殺されても、おかしくない。
勇者「今日から俺が、バルフの町を治める」
魔女「……とまぁ、そういうことになったんで。よろしく」
側近「ぶッ……無礼者! 陛下を見下ろすだけでも大罪だというのに、加えて自分が陛下と対等であるような物言い……万死に値する! 捕えよ! 先代勇者共々、引き裂いてしまえ!」
国王「落ち着け、側近。魔女も何か、思う所があるのだろう。しかし妙であるな。余が爵位を授けるのは、縁のあった者のみ。その者は、ただの町人ではないか」
魔女「ただの町人? 分かってないなぁ、彼の目をよく見てごらん」
国王「瞳の中に……五芒星……?」
魔女「そう、五芒星は勇者の証。新しい勇者が生まれたんだよ。数年ぶりにね。魔族は滅びた。当面の危機は去った。なのに、どうして邪を退ける勇者が生まれたんだろうね?」
魔女は暗に国王の政治を批判しているのだ。
神は悪政を断つために、英雄を遣わした。
魔女の意図を読み取ったのは、国王と側近だけだった。
殺気立つ側近とは対照的に、国王は静かに魔女を見つめていた。
73 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/15(月) 22:18:16.25 ID:fuyrxnpG0
国王「勇者の役割は、邪を退けるだけでない。国を繁栄させる、豊穣の使徒でもある。勇者よ、余は貴様が生まれたことに感謝しよう」
側近「陛下、あの者を勇者と認めてよろしいのですか!」
国王「瞳の五芒星を見せられた以上、認めぬわけにはいくまい。先代勇者が腰に佩いていた聖剣をここに持ってこい」
側近「あなた、この状況を愉しんでいますね? 新生勇者誕生という新たな出来事に心躍らせていますね? 厳しそうな顔をしていても、闘気で分かるんですよ、闘気で」
国王「おや、貴様には理解できんかな。さらなる刺激を、さらなる好敵手を求める武人の気質が」
側近「理解できませんな! ホレ、持ってきましたよ。これでいいんでしょ、これで。さっさと鞘から抜けばいい」
半ば押し付けるように、聖剣を渡された。
銀色の鞘に、山羊の紋章がひとつ。
頭上ではためく旗にも、同じ紋章があった。
国王「聖剣に相応しい男となれ」
勇者「ああ、きっとその時……」
国王「天がどちらに味方するか、分かる」
再び大広場が静謐に満たされた。誰もが固唾を飲み、勇者を見守っている。
勇者「……よし」
勇者は剣の柄を握りしめ、ゆっくりと引き抜いた。
溢れる光。高鳴る鼓動。刀身がまばゆい光に包まれている。
剣を頭上に掲げると、その輝きはさらに強さを増した。
天地をあまねく照らす伝説の聖剣。
「す、すげぇ……」
「伝説の聖剣、初めて見た……やっぱりあの子、本物の勇者様なんだ……」
「死ぬ前にもう一度聖剣を目にできて、わしも悔いがないわい」
誰かが拍手をした。
一つ、また一つと拍手の音が増えていく。
「「「勇者万歳! 勇者万歳!」」」
地が激しく震えた。
町全体がひとつの生き物となって、叫び、歌い、踊り、そして産声をあげた。
バルフという町は生まれ変わったのだ。
側近「ここまで歓声が沸くとは……。先代の統治はどれだけ腐っていたのでしょう。想像がつきませんな」
国王「民は勇者なら誰でも良いのじゃろうな。自分達の境遇が良くなるなら、鼻たれ小僧でも崇め奉る。その代わり、前と変わらなければ袋叩き。どう乗り切るか、見ものだな」
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/15(月) 23:14:56.69 ID:T2KiNX2DO
乙
75 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/16(火) 18:16:51.19 ID:HmufLlVDO
undefined
76 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/16(火) 18:19:26.48 ID:HmufLlVDO
歓声が落ち着いたところで、国王は重々しく口を開いた。
国王「勇者、貴様を二代目バルフ候に任ずる。ただし」
側近「なりませぬ! 勇者とは言え、どこの馬の骨とも知れぬ町人に爵位を与えては、上流貴族や高級役人の反感を買いますぞ。それに」
国王「貴様は黙っておれ。ただし、少しでも怪しい動きを見せれば即刻、爵位を剥奪し国外へ永久追放する。庶民が身分の差を越えて自治権を得るのだ。これくらいの条件をつけねば、王都の民が口を出してくるのでな。嫌だと言っても飲んでもらうぞ」
勇者「ああ、いいとも」
元より、爵位など捨てる気だった。
欲しかったのは、拠点となる都市だけだ。
勇者の意図は国王も見抜いていたらしい。
見抜いた上で戦を愉しむために、あえて勇者を泳がせているのだ。本気を出せば、叛乱軍の鎮圧など蟻を踏みつぶすのと同じだった。
国王「翌朝、発つ。各自、出立の準備をしておけ。これにて閉会」
側近「陛下、あなたの判断が正しかったのかどうか。私は心配でなりません。どうか、道を踏み違えませぬようお願い致しますぞ」
77 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/16(火) 18:21:05.19 ID:HmufLlVDO
国王が立ち去ると、観衆も波が引くように広場から離れていった。だが、熱気はまだ残っている。
壇上から降りた勇者に、間諜が真っ先に飛びついた。
間諜「カッコよかったです、勇者さん! 思わず見惚れちゃいましたぁ! いや〜、聖剣ってホントすごいですね〜!」
勇者「町の長になったはいいけど、国王と変な約束しちまった」
魔女「都市を奪ってしまえばこちらのものさ。勇者軍には大富豪という強力なパトロンがいる。キミだって立派な広告塔だ。どんどん人が集まるよ。いずれ、王国軍にも太刀打ちできるようになるはずさ」
軍師「甘いな」
棘を含んだ声。壇上で、軍師が腕を組んでいた。
軍師「バルフには足りない要素が多過ぎる。人が増えれば土地が無くなる。廃屋を改築すれば何とかなるが、それでも収容できるのは僅かだ。大富豪の蔵だって、無限に金が湧いて出るわけではない。物流の動きを把握する文官も足りん。兵も足りん、武器も足りん、物を運ぶ輜重車も船も足りん!」
間諜「今まで何やってきたんですかー? 軍師さんの脳も足りん」
軍師「なにッ、この小娘が。薬師だと騙していたこと、忘れたとは言わせないぞ」
間諜「えぇー……まだその話持ちだすなんてドン引きなんですけど……。あれはただの騙しじゃなくて、敵の懐に潜り込むための戦略的変装ですッ! あと軍師さんも見た目子供でしょー」
勇者「やめろ、間諜。軍師の言う通り国家と闘うには、今のバルフはあまりに小さい。ゼロからの出発だ。だから、お前達の力を貸してほしい。みんなで協力し合って、足りないところを埋めていこう」
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/17(水) 00:39:53.48 ID:9UNqp9H3o
乙
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/17(水) 01:03:29.49 ID:C7IXfn8DO
乙
80 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/19(金) 20:31:40.46 ID:J6JjSiGRO
夜。勇者は先代勇者の館から出ると、両手を上に突き出し、気持ちよさそうに背伸びした。そよそよと初夏の風が吹く。既に、あちこちの草むらで虫達の演奏会が始まっているようだ。
勇者「いつ聞いても飽きないな。虫の声は」
夕食の後、書斎で軍師と話し込んだ。戸籍の確認、資力調査、医療保険制度の刷新。先代勇者の治世と差別化を図るために、勇者も軍師も躍起になって様々な案を出し合った。
大富豪と間諜は陽が沈む前にバルフ郊外の屋敷へと戻った。大富豪が間諜に、ぜひ頼みたい仕事があるのだという。恐らく、タシケント北部の写生工場についてだろう。おおよその見当はついていた。
剣を鞘走らせる。風を切る音が鳴り響く。しかし、迷いはまだ断ち切れない。目の前に靄のごとく漠然と漂っている。魔女も軍師も大富豪も間諜も妹も、みな何かしらの才能がある。自分は才能などない。妹の学費を捻出するため実直に働いてきた平凡な少年だ。
国王『その者は、ただの町人ではないか』
国王の何気ない一言が、胸の奥に刺さった。なぜ神は自分を選んだのだ。主役に相応しい傑物なら、他にいくらでもいる。
例えば魔女。彼女の影響力は絶大だ。地方都市の教師で終わる人間ではない。魔女と共に闘った戦士や僧侶もいいかもしれない。彼らはなぜ勇者になれなかった? なぜ自分が?
勇者の妹「おにーちゃん♪」
勇者「ああ……お前か」
勇者の妹「久しぶり。元気してた?」
勇者「まぁな。大役に抜擢されたこと以外は、変わりない。お前はどうだ、小説の方は書けたのか」
勇者の妹「うん、大富豪さんに見せてOKもらったよ。あとはタシケントでひたすら印刷するだけだって」
勇者「良かったな。立派な作家だ」
勇者の妹「……うん」
勇者「……」
勇者の妹「ちょっと散歩しない?」
81 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/20(土) 12:45:05.97 ID:/CUsXBBs0
二人は手を繋いで暗い夜道を歩いた。妹の手は温かった。
いや、自分の手が冷えていたのかもしれない。身体も、心も、冷えている。
勇者の妹「綺麗……」
丘に広がる花畑は月光の中で、神秘的な煌きを放っていた。
赤いドレスをまとったチューリップ。
儚げに揺れるカスミソウ。
青い調べを奏でるカンパネラ。
その中に佇む妹は、まるで花の精のようだった。
妹が仰向けに寝転がった。勇者も隣に横たわる。
しばらく二人は無言で、夜空の星々を見上げた。
勇者の妹「星の光にも、色々あるんだね」
勇者「星の光?」
勇者の妹「パッと強く輝いてすぐに消えちゃう星と、ぼんやりした光でも中々消えない星」
勇者「人生に近いものがあるな」
勇者の妹「そうだね。魔女さんは強く輝いて消えちゃう星。軍師さんと大富豪さんはぼんやりした星……かなぁ」
勇者「俺はどっちになるんだ?」
勇者の妹「どっちでもない。お兄ちゃんは太陽だよ。ずっと長く中心でみんなを照らし続ける太陽。きっとなれるよ。お兄ちゃんには人を惹きつける、不思議な魅力があるんだもの」
勇者「不思議な魅力、か。いまいち実感が湧かないけど、ありがとう。元気づけてくれたんだな」
勇者の妹「すごく怖い顔してたから……。もう大丈夫?」
勇者「ああ。お前に励まされて、少し気が楽になった」
勇者の妹「じゃ、あとでサンドイッチ買って」
勇者「バカ、何時だと思ってるんだ。また明日な」
勇者の妹「うん。おやすみ、私のお兄ちゃん」
妹の気配が消えた後も、勇者は花畑で星を眺めていた。
82 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/20(土) 13:11:25.22 ID:/CUsXBBs0
〜翌朝〜
先代勇者の首と手足が盆に乗って、卓の上へ運ばれた。
蠅が飛び交っている。どこに卵を産み付けようか、迷っているかのようだ。
腐りかけた肉の臭いにつられて、野犬も集まってきた。
その野犬を、そばに立つ兵が棒で追い払う。
あくまで晒し物、見せ物であるため、喰い荒らされたりしては困るのだ。
女「飲食店の前で死体を晒すかね、普通。あたしには勇者様の感性が分かりかねますよ。ねぇ、お頭」
女が吐き捨てるように言った。骨付き肉を掴む右手の指には、宝石の指輪がずらりとはまっている。
尖がった鼻や日に焼けた褐色の肌からして、出身地は南西の方であるのだろう。
男「よく見ておけ。人は死んだら魔族に化けるだとか、魂が抜けて天に昇るだとか、いい加減なことを言う輩がいる。そんなのは全部嘘ッぱちだ。何も無くなる。俺らが今喰ってるメシと同じ、ただの肉になるんだよ」
お頭と呼ばれた大柄な男は、ビールを豪快に飲み干した。
女と違って派手な衣装ではないものの、鍛え抜かれた肉体やもじゃもじゃの髭が人目を引く。
女「じゃあ、どっか別の世界に転生ってのも」
男「あるわけねぇだろ。ただの妄想だ」
女「なんだか、あの世に持っていけないんじゃ、いくら金をせしめても無駄な気がしますねぇ」
男「阿呆、俺らが金を奪うのは下の世代を生かすためだろうが。誰が自分自身のためと言った。さっさと喰え。鉄門に戻るぞ」
女「あーあ、収穫ナシなんて野郎共に顔が立ちやせんよ」
男「そういう日もある。いつも満たされた暮らしを送っていると、人は次第に慣れる。すると、少し生活水準が落ちただけで不平不満をぬかすようになる。面倒事はテメェも嫌だよな」
女「帰りに野ウサギ見つけたら、獲ってってもいいですかい?」
男「好きにしろ」
83 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/01/20(土) 13:13:46.45 ID:/CUsXBBs0
ここでプロローグは終了となります
勇者が魔女と一緒に旗揚げして、金持ちと頭脳を味方につけて、叛乱の拠点を奪い取った
という流れです
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/20(土) 13:16:03.87 ID:BG+MdVIA0
乙
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/20(土) 23:00:35.57 ID:k9S0HVK5o
乙
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/21(日) 18:09:41.75 ID:fpyblGYDO
乙
87 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/22(月) 10:29:24.46 ID:H4KAurkc0
「わあッ」
派手な音をたてて、荷車が倒れた。
積んでいた壺のふたが外れ、茶色い液体が飛び散る。
強烈な悪臭。
鼻が曲がりそうになるほどだ。
悲鳴があがり、たちまち自分を取り囲む人の輪が完成した。
便所掃除「うわー……やっちまった。最悪だ……」
転がっている壺を荷台に乗せ、もそもそと上着を脱ぐ。
四角に折り畳み、流れた糞尿を拭き取る。
染みついた糞の臭いは一生取れない。
もう二度と、この服を着て外を歩くことはないだろう。
町民A「ったく、道にウンコぶちまけんなよな。くせぇよ」
子供A「くっせー! ゲロ吐きそう、オエ!」
令嬢「ごほッごほッ、なんて酷い臭いなのでしょう。この殿方は、一体何を運んでいらっしゃるのですか?」
便所掃除(オメェらのケツから出た搾りカスだよ!)
一刻も早く、この場から立ち去ってしまいたかった。
88 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/22(月) 10:32:58.02 ID:H4KAurkc0
便所掃除は、王都アルマリクから派遣された駐屯兵300名の一人だった。
他の怠け者と違い、それなりの鍛錬を積んでいる。
全て、虚飾と謀略に満ちた貴族の世界から抜け出すためだ。
腹を割って話せる、本物の友を得るためだ。
毎朝王都の周りを走り、昼は書見、夜は槍と乗馬の訓練。
騎馬兵になるための練習を隙間なく詰めた。
そして念願の王国騎馬隊に所属され、バルフの防衛につくよう指示が下された。
はずだった。
軍師「お前の仕事は便所掃除だ」
バルフに到着し渡されたのは槍ではなく、糞尿を汲み取るための柄杓だった。
怒りに我を忘れ、軍師の胸ぐらをつかんだ。
血が滲むような努力の末、やっと騎馬隊の一員として認められた。
なぜよりによって、人間の下の始末をせねばならないのか。
机に座っているだけのお前に、何が分かるのか。
軍師は一人の男を呼んだ。
齢16、7の少年。
身体の線がほっそりしていて、風が吹けば飛んでしまいそうだった。
その割に、瞳には体躯に似合わない強い光が宿っている。
89 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/01/22(月) 10:36:09.75 ID:H4KAurkc0
所属されじゃない
配属され、だ
細かいミスが目立つ……
90 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/22(月) 10:50:14.67 ID:H4KAurkc0
軍師「こいつの胸を突け」
本物の槍を使っての試合。相手の得物は剣のようだ。
剣と槍では、こちらに圧倒的な分がある。
相手の胸を突く。つまり、この場で殺すということ。
勇者「こい。死ぬ覚悟はできている」
少年が剣を構えた。
こちらも腰を低く落として槍を構える。
血は沢山出るのだろうか。
痛みで転げまわるのだろうか。
死にたくないと命乞いをするのだろうか。
母と父の名を叫ぶのだろうか。
嫌な汗が背中を伝った。
かぶりを振る。
恐れる必要はない、訓練用の人形と思えばいい。
一回突いて、それで終わり。
死ぬ間際の様子を想像するからいけない。
行け、行け、行け!
奇怪な雄叫びをあげて突きかかった。
ドンと床を踏みしめ、一気に加速する。
少年も剣を振りかぶった。胴の守りがガラ空きだ。
どこからでも突き放題。便所掃除などやってたまるか。
自分は兵である前に、貴族である前に、一人の人間なのだ。
勇者「……あいつ、どこに向かって走ってるんだ?」
軍師「知らん。周りが見えていないようだな。呆れた男だ」
91 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/22(月) 16:58:36.53 ID:9qXipbkOo
つまんね
92 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/23(火) 01:06:59.34 ID:LwU+/kPDO
乙
つまんないモノを読んでわざわざコメントまでする暇人が多くてうんざりする
色んな意味で根腐れしてるから賑わいにもならねーし
93 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/23(火) 10:34:59.15 ID:Ya1udsl30
軍師「お前のような腑抜けに兵は務まらん」
勇者「まぁ……便所掃除も素晴らしい仕事だよ。集めた糞は肥料になるし、敵に城を攻められた際、足止めとしても使える」
これまで自分がやってきた努力は何だったのか。
二人の言葉を思い出すたびに、悔しさが腹の底で渦を巻く。
便所掃除「はは……どこが素晴らしい仕事だっつの」
一日に数回、街中の家々を訪ね、便所から糞尿を汲みだす。
糞尿の入った桶を荷車に乗せ、肥溜めまで運ぶ。
町の付近を流れるアムダリヤ川にぶちまけてしまうのも処理方法の一つだったが、軍師が許さなかった。
アムダリヤ川は、バルフの民にとって貴重な水源だ。
風呂、炊事、洗濯。生活の基本となる様々なことに用いられる。
糞が混じれば気分の問題だけでなく、感染症を引き起こす恐れもあるのである。
便所掃除「魔王が暴れていた頃だったら、俺は兵士として戦地に出撃できていたのか?」
異形の者であれば、躊躇いなく突き殺せる。
相手が人間だったからだ。二十にも満たない子供だから、情が優先して殺せなかった。
しかし、勇者軍にいる以上、人間同士の戦いは免れない。
勇者がパーティーを組んで魔族と対峙する構図は、もう過去の遺物なのだ。
94 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/23(火) 18:34:34.28 ID:khssAnhaO
やっと三度目の便所巡りを終えた。
肥溜めの蓋を閉め、回収に使った桶と壺を洗い、便所掃除の一日は終わる。太陽は山の端に差しかかっていた。橙色の光に染まる街を、便所掃除はぶらぶらと歩く。
行き先は丘の上にある兵舎だ。厳密に言うならば、丘の上にある兵舎の傍にある幕舎。
あまりに身体が臭かったせいか、兵舎に入ることすらできなかった。とはいえ名簿上は騎馬隊の一人なので、兵舎の隣に小さめの幕舎を張り、そこで暮らしているのだ。
便所掃除「あー肩がいてー。明日も頑張らねーとなぁ……」
ここは風雨を凌げるし、個室なので人の目を気にせず、のんびり過ごせる。だが、ひどく惨めだった。幕舎は目立つので、時おり騎馬兵がからかいに訪れる。ろくに訓練もせず、毛並みの良さだけで騎馬隊に入隊した、兵士の風上にも置けない者たち。
便所掃除「俺はあいつらとは違う。違うんだ。いつかこんな仕事ともオサラバして、戦場で槍を振るってやるんだ」
便所掃除は槍を手に取ると、幕舎の外に出た。
兵舎の二階から、がやがや笑い声が聞こえた。
辺りの静けさが、一層濃くなった気がした。
95 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/24(水) 00:31:39.38 ID:Mu0H7nODO
乙
96 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/27(土) 14:54:08.89 ID:Hs0EnpZhO
花畑の中央に立った。ここからだと、町の景色がよく見える。空を仰げば、群青色の深い夜がすぐそこまで迫っていた。
目を閉じ、息を吸い込む。大地の気を全身で受け止める。こうすると、五感が普段より何倍も研ぎ澄まされるのだ。
便所掃除「ふうぅ……」
ここに、敵がいる。甲冑を着ているものの、顔は分からない。自分を馬鹿にした貴族にも、浪費ばかりする国王にも、先日対峙した少年にもなった。
便所掃除「疾ッ!」
気を放つと同時に、槍を繰り出す。空気が低くうなる。外したか。腰を低く、一歩踏み込む。斬撃が来る。縦か横か。
便所掃除「横だッ!」
頭を下げて斬撃をかわす。隙ができた。懐に飛び込み、素早く二連突き。左胸に穴を開けられた敵は、血を吐いて地に倒れ伏すーーー
勇者「やるじゃん」
少年の声に、便所掃除は動きを止めた。
勇者「綺麗だよな、この花畑。気分転換したい時、よくここに来るんだ」
便所掃除「先日は世話になった」
勇者「そんなに強いのに、どうして俺のこと突けなかったんだよ」
便所掃除「お前が死ぬ姿を想像しちまってさ……。家族も悲しむだろうし」
勇者「お前、優しいんだな。敵の家族のことまで心配できる奴、初めて見たよ」
便所掃除「優しいだと? 笑わせんな、人より臆病なだけだ。そんなことは分かってる。自分が甘いってことぐらい……」
便所掃除「だが、やっぱダメなんだ。人形は大丈夫でも実物を前にすると、色んなこと考えて尻込みしちまう」
便所掃除「あーあ……どこまでいっても、所詮は兵士気取りの貴族止まりか」
便所掃除「いや、今は貴族ですらねぇ。便所掃除っつー、誰もが嫌がる仕事に身を落とした大馬鹿野郎だ」
ぐうぅ。
便所掃除の腹が鳴った。
そういえば、朝から何も食べていない。
勇者「とりあえずメシ、行くか」
勇者は笑って便所掃除の肩を叩いた。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/27(土) 21:11:34.50 ID:54jnCOQUo
まだ続くの?
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/27(土) 21:15:56.15 ID:54jnCOQUo
だらだら続けても中身ないんだからさっさとオチを付けろよ
99 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/01/27(土) 21:28:01.92 ID:lt/OPqe90
>>98
まだ序盤の序盤なので、オチつけるまでは時間がかかりそうですな
100 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/27(土) 22:07:18.01 ID:lt/OPqe90
丘を下り、少し歩いた場所にその食堂はあった。
赤煉瓦を積んだだけの、簡素な二階建てのレストランである。
旗に施された刺繍は、蒼い三日月。
勇者「俺行きつけの食堂・キャラバンサライだ。飯だけじゃなく、隊商宿や郵便、妓館まで何でもやってる」
便所掃除「俺の身体……糞の臭いがするんだぞ。洗っても落ちない、烙印みたいな糞の臭い。他の客に迷惑じゃねーのか」
勇者「別に気にしなくていいぞ。この店に集まる連中は、肉体労働のキツさを誰よりも知ってる。それに―――」キィ
ガヤガヤ ワラワラ ガヤガヤ ワラワラ
厨房の熱気、騒ぎ声、肉の焼ける良い匂い、天井に吊り下がった照明から溢れ出る明るい光。
それらすべてが混じり合い、波となって、どっと押し寄せてきた。
確かにこの中では、自分も一人の客としか思われないだろう。
細かいことを気にしない、豪快な男達のオアシス。
便所掃除「わぁ……!」
勇者「退屈な茶会とは大違いだろ? 嫌な臭いも思い出も、全部ここで洗い流してしまおうぜ」
酔っ払いA「おーう! チャンピオンのお出ましだぜ!」
勇者「ようみんな、今夜も食いに来たぜ!」
酔っ払いB「食いまくって腹壊すんじゃねぇぞ? ガッハッハッハァ!」
酔っ払いC「てめぇこそ飲み過ぎで顔真っ赤っかじゃねぇか、ギャハハハハハ!!!」
101 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/27(土) 22:09:52.08 ID:lt/OPqe90
厨房で鍋を振るっている熊のような男が、顔を上げてニッコリ笑った。
料理長「いらっしゃい! お前さんのおかげで、客が大勢来るようになったぜ。一目だけでも、間近で見てみたいってなァ!」
勇者「大将、マントゥ二人前!」
料理長「あいよ!」
便所掃除「驚いた……随分と有名なんだな」
勇者「店のメニューを食い尽したら、大食いファンクラブができた」
便所掃除「ハッ、そういうことかよ」
勇者と便所掃除は、一階のカウンター席に並んで腰かけた。
目の前で丸い小麦粉の生地が平たく伸ばされていく。
隣の料理人は包丁でソース用のニンニクを薄くスライスしているようだ。
手慣れていない。新人なのだろうか。
料理長「研修生だよ。大陸中央部の料理研究がしたいって、俺の店に飛び込んできたんだ」
勇者「それで、雇ったの?」
料理長「熱意に負けたぜ」
料理人A「師匠と同じ厨房に立てるなんて、感激です! この前まで、皿洗いをやっていて……」
料理長「ソース終わったら鍋で湯、沸かしとけ!」
料理人A「アッ、ハイ!」
料理長が肉の塊を俎板の上にドン、と乗せた。
便所掃除「でっか! なんだそれ!」
料理長「牛のすね肉だ。こいつは煮込み用なんだが、蒸しても良い味が出る。そこで、マントゥの具に使うってわけよ」
102 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/27(土) 22:55:34.72 ID:lt/OPqe90
勇者「どう? 仕事の調子は」
便所掃除「上々だ。おかげで兵舎に入れず、身体も糞まみれ。民衆から忌み嫌われ、魔物扱いしてくる子供もいる」
肉餡を小麦粉の皮で包む。
竹を編んだ蒸籠の中に八つ、円を描くように詰め、蓋をする。
沸騰した湯に蒸籠を置き、蒸しあがるまで待つ。
便所掃除「朝陽が昇るのを見ると、たまらなく憂鬱な気分になるんだ。俺は何のために王都から派遣されてきたんだって、己の無力を呪いながら、糞を集めに荷車を押すのさ」
勇者「お前も色々悩んでいるんだな……俺もだよ。自分の実力に合わない大役を任されていてさ」
便所掃除「大役?」
勇者「失敗したら家族もろとも、奈落の底だ。家族だけじゃない。数百、数千人の命も背負ってる」
マントゥが蒸しあがった。
瑠璃の皿に移し、トッピングにミントの葉をひとひら。
唐辛子とニンニクのソースをかけて、できあがりだ。
勇者「分かるか? 俺の瞳。五芒星があるだろう」
便所掃除の目がたちまち大きく見開かれた。
便所掃除「まさか、お前……勇者なのか……?」
料理長「マントゥのミント添え、一丁あがり! 待たせたな!」
勇者「お、きたきた。さぁ、食おうぜ!」
便所掃除「……」
103 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/28(日) 00:06:01.44 ID:PF4QKT8C0
勇者「やけどするかもしれないから、ちょっとずつ噛んで食えよ」
便所掃除「ああ、分かってる……はふッはふッ」パク
やや弾力のある皮を噛み切る。甘い。砂糖のような強烈な甘さではないが、ほんのりと微妙に感じる甘さ。
すぐに舌が痺れるような感覚と、ニンニク特有の臭みが鼻を突き抜けた。
最初に皮の甘みがあって、次に辛味と臭みがきて、最後の最後にとんでもない熱さが遅れてやってくる。味のパレードだ。
便所掃除「うわ、あっつ……。熱いし辛い! 唇がヒリヒリする。大将、水もらえないか?」
料理長「最初はみんな同じことを言う。そんで、二つ食ってやめられなくなるんだ。ほら、アイスレモンティー。マントゥにはコイツが一番良く合う。酒よりもな」
勇者「いきなり後ろからガツン! って殴られたような感じがするよ。マントゥの淡白さが、唐辛子とニンニクソースの味を際立たせるっていうか。でも牛肉の旨味はソースに負けていない」
料理長「ハハハ、いっぱしの料理研究家だな。お前さん達」
便所掃除「……辛いけど、うまい。こんなあったかい食い物を口にしたのは、バルフに来て初めてだ」
肉餡の温かさが腹いっぱいに染みわたる。
昨日まで、糞の臭いがついた硬い食パンを独りで齧っていた。
友人など、仲間など、もう二度とできないものだと思っていた。
料理長「腹が減ったらいつでもここに来い。とびきりの料理を食わせてやる。ま、金は取るけどな。ハハハ!」
勇者「時間があったら、俺も朝まで付き合うぜ。ま、金は取るけどな」
料理長「お前さんは金取っちゃいかんだろ」
暗い孤独の道に一筋の光が差したような気がした。
便所掃除「あ……やべ、涙でてきた」
勇者「いくらでも泣けばいい。俺も料理長も笑ったりしないぞ」
便所掃除「そんなジロジロ見るなよ、玉ねぎが目に染みただけだ」
勇者「お前、嘘が下手だなぁ」
便所掃除「マジだって!」
料理長「ハハハ! まったく、面白ェボウズだ」
104 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/01/28(日) 00:08:48.57 ID:PF4QKT8C0
便所掃除「国王の専属シェフ?」
料理長「昔の話さ。俺はウイグル出身でな。田舎は嫌だって、後先考えず王都に出稼ぎに行ったんだ。ちょうど、コイツみてぇにな」
料理人A「えへへ……」
ウイグル。名前だけは耳にしたことがある。
王都の北に広がるステップ地帯を移動しながら暮らす、遊牧騎馬民族だ。
可汗と名乗る一族の長が治めているらしいが、詳しいことは分からない。
獣の血をすすり、骨を噛み砕く、野蛮な民族。貴族学校だと、そう習っていた。
勇者「王都の北で遊牧してる、あの?」
料理長「そうだ。大量の羊を飼ってるんで、いつも豊かな牧草地を探し回らなきゃならなかった。冬の時は大変だったぜ、草地も獲物もありゃしねぇ。猛吹雪に凍えながら、一日中ずっと腹を空かしてたよ」
そこで料理長はいつどこでも手軽に食べられるよう、携帯食としてマントゥを開発したという。
夏と冬で肉餡に混ぜる香辛料も使い分けた。
初期の頃はカザンという小型の金属鍋で煮ていたが、仕上がりが良くないので、蒸籠で蒸す方法に切り替えた。
何度も何度も改良と失敗を積み重ね、今のマントゥは完成したのだ。
料理長「遊牧民時代の知識や経験が、こうして料理に活きてる」
料理長「ボウズ、今は辛いだろうけどよ、その経験は必ず将来どこかで役に立つ。人生に無駄なモンなんか、ひとつもねぇ」
料理長「だからよ、もうちょっとだけ仕事、頑張ってみねぇか」
便所掃除「人生に無駄なものは、ひとつもない……」
料理長の言葉を、噛みしめるように反芻する。
ソースの辛さだけが、口の中に残っていた。
105 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/28(日) 03:29:38.50 ID:anaJFmDDO
乙
変なのはスルーしないと荒れるだけだよ
106 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/28(日) 06:25:21.02 ID:0C48wB3qo
>>105
一番変なのは他人のスレを荒らした
>>1
だよね。
107 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/01/28(日) 20:11:25.88 ID:coxv9my2O
乙
108 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 16:41:05.80 ID:3Kbdwrqx0
伝令「伝令ッ!」
食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
書状を握りしめた兵が転がり込んでくる。
伝令「この店に勇者殿はおられるか!」
勇者「俺だけど、何かあったの?」
伝令「し、至急ッ! 館の書斎まで来てほしいと、軍師殿が……」
勇者「軍師が?」
勇者が料理長と便所掃除の方を振り向く。
便所掃除は促すように顎をしゃくった。
便所掃除「やっぱお前が勇者様だったか……。五芒星を見た時に、もしかしてと思っていたんだ」
便所掃除「行けよ、軍師様から大事な話があるんだろう? 俺はもう少し、ここで飲んでくぜ」
勇者「途中で抜けてすまない。おやっさん、先に勘定だけ払ってくよ!」
料理長「おう! どうも、ありがとな!」
109 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 16:42:44.63 ID:3Kbdwrqx0
―勇者の館・書斎―
勇者「どうしたんだよ、軍師。急に呼びつけるなんて」
暗闇の中に、軍師の顔がぼんやり浮かび上がった。
その表情はいつにも増して険しい。
卓の上にはバルフ近辺の地図が広げてあった。
無数の文字が書きこまれ、黒く潰れてしまっている箇所もある。
軍師「戦だ」
勇者「戦?」
軍師「間諜の情報でな。こちらが圧倒的に不利な条件で始まろうとしている」
勇者「圧倒的に不利……」
軍師「明朝、陽が昇らぬ内に全軍でここを進発する。兵には私の方から伝えておく」
勇者「おい、ちょっと待て! どういうことだ、そんな平然としていられるものなのかよ?」
軍師「平然ではなく、呆然としているだけだ」
軍師「お前は何があっても動じず、ヘラヘラ笑っていろ。怯えは他者に伝播する。民や兵を怯えさせてはならん。分かったな?」
勇者「軍師、俺には信じられない。今から戦争が始まるだなんて」
軍師「現実を受け入れろ」
軍師「血を流す覚悟を決めた。それゆえ勇者になった。私の主だった先代勇者も死に追いやった。違うか?」
勇者「それはそうだが……」
間諜の情報は真実だった。
アムダリヤ川を挟んで北に位置する都市・テルメズがバルフに向けておよそ1200の兵を出撃させたのだ。
110 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 16:44:13.61 ID:3Kbdwrqx0
―翌朝―
農夫「おやまぁ、兵隊さんがいっぱいだべや」
牛「モ〜」
勇者と軍師は守兵600を率いて、アムダリヤ川付近の牧草地に陣を張っていた。
先代勇者時代に築かれた防塁が、横に長く伸びている。
防壁ではなく、石を積み上げただけの簡単な防塁である。
せいぜい5、6メートルほどの高さしかない。
梯子をかけられたが最後、簡単に町の中まで侵入されてしまう。
勇者「なぜ急にテルメズが?」
軍師「バルフの権力者が変わったからだろう。先代勇者時代は魔王を倒した後ろ盾があるから、手を出しにくかった。だがお前は何をした? 新生勇者とはいえ、成果が無ければ民の心は離れる。外敵にもつけこまれる。そういうことだ」
勇者「なら、ここでテルメズを抑え込めば他の町に勇者軍の強さが知れ渡るのか。ある意味、名を売るチャンスでもあるな」
軍師「フン、気楽に考えられるお前が羨ましい」
農民の恰好をした男が軍師の傍に近寄り、ぼそぼそと耳打ちをした。
軍師「間諜から新しい情報が入った。敵軍はすべて軽装投槍兵で構成されており、目立った指揮官はいない。破城槌やカタパルトといった兵器もなし。士気は低く寄せ集めの印象を受ける、だと」
勇者「こっちも貴族兵が足を引っ張りそうだし、似た者同士だよな」
111 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 16:45:33.66 ID:3Kbdwrqx0
軍師「一番手っ取り早いのは、魔女殿の上級火焔魔法で一掃してもらうことだが。魔女殿は今、どこにいる?」
勇者「多分、大富豪の屋敷。管理されている物資の確認と、輸送経路の調整について相談しに行くってさ」
軍師「大富豪の屋敷か……遠いな」
勇者「呼び戻したりはできないの?」
軍師「いくらなんでも敵陣地が近過ぎる。川を渡ってすぐの場所だぞ。魔女殿に伝えたところで、彼女が戻るまで間に合わない。昨夜のうちに人を送っても、同じことだったろう」
勇者「他に援軍を頼めそうなのは……そうだ、ちょっと東に歩いたところにマザーリシャリーフって村があったな」
軍師「農耕と牧畜だけの、平和ボケした村だ。自警団すらいない。あの村の人間は常に守る側じゃなく、守られる側だったからな」
勇者「やはり、今いる兵だけで立ち向かわないといけないのか」
軍師「ちなみに600のうち、半分は王都からノコノコやってきた、温室育ちのガキな。実質、使えるのは先代勇者時代の守兵300。兵力差はおよそ4倍」
112 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 16:55:52.85 ID:3Kbdwrqx0
勇者「4倍! 対抗策はあるの?」
軍師「……600の兵を二列に分ける。第一列は敵の足止め、第二列は弓箭兵を並べる」
軍師「矢をあらかた射尽したら、600人でかたまったまま突撃し、敵軍を二つに分断する。あとは各個撃破。これしかない」
勇者「なるほど。でもさ、敵が一方向からしか来ないとは限らないだろ。分散して攻めてきたら対応できないぞ」
軍師「それこそ各個撃破の良い餌食だ。先代勇者時代の精鋭が100人で足止めしている隙に、残りの兵500を出撃させて横合いから攻め込む」
勇者「そううまくいくものかね」
軍師「流石に100人で分散した1200の足止めは無理がある。できればまとまって攻めてきてもらいたいがな」
勇者「いずれにせよ、足止めする方法が無ければ作戦は成立しないね」
軍師「ああ、私もそれを考えていた。焼き煉瓦なら今すぐ調達できるが……」
便所掃除「その足止め、俺にやらせてくれないか」
勇者「便所掃除……!」
鎖帷子を着込んだ軍人が、緊張した面持ちで立っていた。
113 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/05(月) 17:10:38.74 ID:3Kbdwrqx0
軍師「馬鹿馬鹿しい」
軍師は腕を組んだまま、忌々しそうに溜息をついた。
軍師「できるのか? 人一人殺せない腑抜けに」
便所掃除「人を殺すことに抵抗はある。血を見るのも怖い」
便所掃除「だが、町の危機だってんなら話は別だ。やらせてくれ、良い方法を思いついたんだ」
軍師「お前には糞尿の処理を命じたはずだが」
勇者「おい、そんな言い方……」
便所掃除「そうだ。俺はあんたから命じられた糞尿の処理を、これまで一日も休むことなくこなしてきた。その努力が、今こそ実るんだ」
便所掃除「俺の集めた糞を使え、軍師」
軍師「……何だと?」
114 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/06(火) 01:51:20.84 ID:lQPYOb5DO
乙
115 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/06(火) 22:30:35.21 ID:a/tvFQ4v0
数時間かけて、肥溜めの糞尿を汲み出した。
便所掃除が柄杓で液状の糞をすくい、壺に移す。
その壺は並んだ兵士達によって、リレー方式で防塁まで運ばれる。
全部で300個。糞壺は一人一個までしか持てない。
便所掃除「早くしろ、時間がない!」
腐った糞の臭いが、牧草地一面に広がった。
筆舌に尽くしがたいどころではない。
嗅いではならないものを、嗅いでいる。
軍師はこみ上がる吐き気を抑えながら、呻くように言った。
軍師「鼻が捻じ曲がりそうだ。今夜は飯が食えないだろうな」
便所掃除「つまり、テルメズ軍の攻撃は今日一日、凌ぎきれるってわけか。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
軍師「浮かれるな。失敗は許されないのだぞ」
防塁に沿って、二つの横列が展開した。
第一列にはアルマリクより派遣された貴族兵300、第二列は先代勇者時代の精兵300。
足止めの役割を果たす貴族兵に、糞壺を抱えさせる。
貴族兵士A「ぐほェッ! ママン、たしゅけて……」
貴族兵士B「ぐぎぎぎぎッ」
貴族兵士C「敵とぶつかる前から、自陣に甚大な被害が出てるんですけど!? もしや、これで日頃の鬱憤を晴らそうとしているのではあるまいね? 便所掃除くん!」
便所掃除「アホか。お前ら剣も槍も弓も扱えない能無しだから、せめてもの情けで糞壺を持たせてやってんだろうが」
貴族兵士C「な、なんという口の利き方だ! お父様に言いつけてやるぞ! そしたら君みたいな没落貴族は、あっという間に平民に落とされてしまうのだからね!」
町の存亡がかかっている非常時でさえ、まだ下らぬ身分のことをとやかく言う者がいる。
戦争を間近で見たことがないので、命のやり取りをする実感が湧かないのだろう。
自分も彼らと同じだ。心のどこかで、戦争など大したことはないと感じている節がある。
その意識を変えるべき時が来たのだ。
便所掃除は槍の石突で地面を強く叩いた。
場が水を打ったように静まり返る。
便所掃除「死にたくなければ黙って聞け」
貴族兵士C「うッ……」
便所掃除「いいか? 敵が防塁に梯子をかけて登ってきたら、顔に向かって糞をぶちまけるんだ。糞が無くなったら、壺で殴りつけてもいい。お前らの役目は『敵を防塁の中に入れないこと』それだけだ」
116 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/06(火) 23:26:15.83 ID:a/tvFQ4v0
勇者「戦が、始まる」
銅鑼の音が一回、二回、三回、朝の澄んだ空気を切り裂いた。
進軍の合図だ。
対岸に集結しているテルメズの歩兵1200が部隊を横一列に広げながら、一斉にアムダリヤの激流へ身を投じる。
貴族兵士A「ヒイッ、本当に攻めてきた!」
貴族兵士B「みんな殺される……みんな殺される……」
貴族兵士C「どうか僕のことは殺さないでください見逃してください金でも何でも払いますから助けて死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないぃッ!!」
便所掃除「第一列、糞壺用意! 第二列は矢を番えて待て!」
第二列の精兵が、矢を番えた。弦を限界まで引き絞り、いつでも放てるように準備している。
便所掃除は目を細め、敵部隊を見詰めた。
テルメズ軍は既に渡河を終えたようだった。
横に広がった隊列が、今度は丸くまとまりつつある。
軽装兵の要は機動力だ。
馬が渡れない激しい川でも、険しい山岳地帯でも、何事もなかったかの如く乗り越えてくる。
便所掃除「まだだ。まだ遠い。矢の届く距離まで耐えろ」
バルフ軍の長弓がどれほどの距離を飛ぶか、便所掃除は王都で学んでいた。
長弓は威力こそ高いが、ウイグル族の使う合成弓と比べて射程が短い。
敵兵の姿がはっきり見えるまで、耐え抜くしかない。
勇者「1200人って、よく考えたら結構多いよな」
軍師「実戦に出て初めて分かる。2000人近くが殺し合うのだ。ここの牧草はしばらく、血の味しかしなくなるであろう」
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 02:03:08.50 ID:YIRhVCrDO
乙
118 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/07(水) 21:21:18.33 ID:8oje54qnO
便所掃除「やっぱ、圧が違ェな」
1200人の男達があげる雄叫びは、遠く離れた防塁の空気をも震えさせた。時に高く、時に低くうねるそれは、竜の咆哮を思わせる。
便所掃除「デケェ魔物が攻めてきているようなもんだ。気を抜くとマジで死ぬぞ」
この場に、指揮官として立っている。
たとえ仮だとしても、自分は600人の守兵の命を預かっている。
便所掃除は拳をかたく握りしめた。
徐々に、敵兵の姿がはっきりと見えてきた。
腰に差した肉切り包丁。背中に光る三本の短槍。羊の皮をなめした上着。そして、牛の角がついた鉄兜。
便所掃除「まだ射程外だ。耐えろ」
足音がさらに大きくなった。
敵部隊は密集隊形のまま突撃してくる。
便所掃除「耐えろ」
自分に言い聞かせるように、便所掃除は呟いた。敵部隊まで、もう十メートルもない。少し走れば届く距離だ。
ここで、便所掃除は腕を振った。
息を深く吸い、大声を張り上げる。
便所掃除「放て」
号令。無数の風切音。300本の矢が、テルメズ兵へ向かって雨のごとく降り注ぐ。
テルメズ兵は投槍に特化した歩兵だ。
矢を防ぐ盾など持っているはずがない。
次々と敵兵が血を流して倒れていく。
便所掃除「無駄撃ちはするな。矢の数にも限りがある。的確に、テルメズ兵の急所を射貫け」
矢の雨が通用するのは最初だけだ。
肝の据わったテルメズ兵は死体を盾に、防塁へ接近してくるだろう。梯子をかける者も出てくるかもしれない。
便所掃除「頼むぞ、テメェら……」
第一列に並ぶ貴族兵達は、すっかり腰を抜かしていた。
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 21:24:49.58 ID:8oje54qnO
震わせた、だった
投稿してから気がつくミス
120 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/09(金) 01:22:32.27 ID:mb4a/myF0
案の定、テルメズ兵は仲間の死体を盾に矢の雨を突破した。
助走をつけた後、背中の短槍を投げてくる。
大半は途中で地面に刺さったり、堅固な石の壁に阻まれたが、距離が近づくにつれて投げ槍の精度も上がってきた。
つまり、人間に刺さるようになった、ということである。
便所掃除「怖気づくな! テメェら、それでも王都の兵士か! 貴族としての、騎士としての誇りはどうした!」
督戦を重ねども、自陣の貴族兵は恐慌状態に陥っていた。
訳の分からぬ祈りを捧げる者、泡を吹いて失神する者、糞壺を倒し中身を散乱させてしまう者。
これまで本格的な戦を経験したことがない貴族兵だ。
仲間の死体を近くで目の当たりにすれば、恐ろしさにおかしくなってしまうのも、無理もない。
便所掃除「けど、それじゃダメだ。足止め役として、仕事してもらわなきゃならねぇんだよ……」
ついに、テルメズ兵が防塁に梯子をかけたようだった。
貴族兵の悲鳴とテルメズ兵の雄叫びが混じる。防塁を破られたか。
便所掃除が駆けつけた頃には、あちこちで敵味方入り乱れた乱戦状態となっていた。
貴族兵が一方的に押されており、第二列の精兵が弓と剣で援護しているといった状況である。
貴族兵士C「助けてくれ、便所掃除君! うわあああッ」
貴族兵士Cを追って、数人のテルメズ兵が突撃してきた。
繰り出された短槍を柄で受け止め、貴族騎士Cに壺を持つよう促す。
便所掃除「さっさとしろ! 殺されたいのか」
貴族兵士Cは転がっていた糞壺を拾い上げると、テルメズ兵の顔めがけて糞尿をぶちまけた。
121 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/09(金) 02:58:08.92 ID:01uE/8IDO
乙
122 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/09(金) 07:37:33.08 ID:0Ndd469ao
読みにくいわ
なんか小学校高学年が書いてる作文みたいなギクシャク感
123 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/09(金) 23:14:06.97 ID:mb4a/myF0
軍師「戦況は五分五分。先代勇者時代の守兵がいなければ、瞬く間に町を占拠されていた。こればかりは、あの男に感謝せねばな」
物見櫓の上で戦場を見下ろす軍師。
槍が飛び交っているものの、軍師の立つ場所までは届かない。
敵が梯子を上ってきた時は、護衛の役割を果たす勇者がことごとく斬り伏せている。
勇者「軍師、俺も下に行ってくる」
軍師「お前の実力では、下に降りれば死ぬぞ」
勇者「貴族達や便所掃除が闘っているのに、俺だけ物見櫓で高みの見物を決め込むわけにはいかない」
軍師「護衛の任務を忘れたか。下らぬ貴族どもの命と私の命。どちらに重きを置くべきか考えろ」
勇者「それは……どっちも大切だよ」
軍師「非現実的だな。櫓の上に立つ私の護衛と、下で戦う貴族どもの援護。ふたつを同時に行えるとは思えん」
勇者「兵士を一人でも多く戦場から帰すのが、俺達の役目だろ?」
軍師「違う。バルフの町を敵軍から守り通す。いくら犠牲を出そうとも、防衛に成功すれば尊い戦士者として崇められる」
勇者「意外と嫌な奴だな、お前」
軍師「私は最初からこの通りだが」
睨み合う勇者と軍師の間に、二人の兵士が割り込む。
兵士D「矢が尽きました!」
兵士E「敵軍が退却していきます!」
124 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/02/09(金) 23:19:14.26 ID:mb4a/myF0
×戦士
○戦死
125 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/10(土) 00:12:32.29 ID:ZvbAjQSX0
石突きで鳩尾を素早く打てば、大半の人間は行動不能になる。
腹を抱えてうずくまり、げえげえと胃の内容物を吐き出すのだ。
そして、吐いたものが糞尿と混じり合い、臭いも光景も悲惨なものとなる。
殺到する敵を、便所掃除はひたすら石突きで打ちまくっていた。
まだ刃のついた穂で貫く度胸はない。怯ませるのが精一杯だ。
しかし、怯ませた隙に貴族兵が糞をかけ、弓箭兵が矢を撃ち込む。
休む暇など与えない。動きを止めれば死あるのみ。
見事な連携によって、テルメズ軍の勢いは際どい所で止まっていた。
テルメズ兵B「ぐわ、くさいッ!」
テルメズ兵C「こいつら、鏃にクソを塗ってやがる!」
テルメズ兵D「嫁と娘が俺の帰りを待っているんだ。こんなくだらない戦で死んでたまるか!」
流れが変わった。矢は尽きたものの、テルメズ軍の背を追いかける形となっている。
便所掃除は生き残った500人の兵をまとめた。
便所掃除「追撃に移るぞ。気を引き締めろ。各々、武器を持ち俺の後に続け。一人の欠員も許さない」
貴族兵士C「えッ、まだやるのかい?」
ここが正念場だった。敵軍は統制が取れていない。
精鋭だけでも分断は容易いだろう。しかし、今は質より量だ。
より確実に敵軍を潰走させるため、全軍突撃をしかける。
126 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/10(土) 01:35:21.22 ID:J4ZzLJeDO
乙
127 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/10(土) 08:43:14.56 ID:CgDb3lDQo
もういいよ^^;
128 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/10(土) 20:03:30.18 ID:ZvbAjQSX0
便所掃除「農夫、牛を貸せ!」
農夫「はわわわ、オラのベコに何するんだべか」
農夫を押しのけ、牛の背にまたがった。
鞍と鐙のない乗馬訓練は、王都で嫌と言うほどこなしている。
馬も牛も、またがれば皆同じようなものだ。邪魔な荷車を取り外す。
急がねばならぬ。行動が早ければ早いほど、追撃は効果を増す。
牛が尻尾を、箒で掃くように揺らしていた。
軍師「勝手に出撃しようとするな。総指揮権は私にあるのだぞ」
羽扇を持った童が、勇者を伴って現れた。
軍師。
童子のように見えるが、三十の半ばにさしかかった一人前の男である。
防衛戦の総指揮は、軍師が執っていた。
追撃の指示も軍師が出すことになっている。
便所掃除はあくまで現場の指揮官であり、階級としてはまだ一兵卒に過ぎない。
軍師「時間が惜しいので手短に説明する。残った500の兵を、300と200に分ける。全軍かたまっての突撃は行わない」
便所掃除「なぜ?」
軍師「敵が壊滅状態にあるからだ。もはやテルメズ軍は、軍の体を成していない。扇状に広がって、あちこちに逃げている。部隊を二つに分けた方が効率的だ」
軍師「便所掃除に300、勇者に200。二方向から敵を挟み込み殲滅しろ。皆殺しだ。一人も残すな」
129 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/11(日) 15:08:55.40 ID:wAP+SaMDO
乙
130 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/12(月) 21:28:57.83 ID:pfprEqcP0
勇者「便所掃除、指揮する時は気を付けてくれ」
聖剣を携えた勇者が、隣に立った。
勇者「生き残った兵、特に貴族兵に言えることだけど。彼らは初めての実戦に興奮してる。周りが見えていない。追撃の際も、なりふり構わず突撃するだろう」
勇者「しかし、それは蛮勇だ。褒められるべきものじゃない。命を落とす可能性も格段に増す。興奮した兵を暴走させないよう、うまく統率してほしい」
便所掃除「乱戦の中で、そこまで冷静に考えていたのか」
勇者「物見櫓の上は滅多に敵が来ない。動きを観察する時間だけは十二分にあったよ。恥ずかしい話だけどね」
便所掃除「軍師の護衛も、立派な務めだ。それに軍学と縁のない町人にしちゃ、なかなか良いところを突いている」
便所掃除は、牛の角を強く握りしめた。
歩兵を率いるのは初めてだった。
騎馬兵としての訓練のみ受けたので、歩兵の勝手が分からない。
不安は残る。
しかし、その不安を圧倒的に凌駕するほどの高揚感があった。
心臓が激しく脈打つ。
全身の血が沸き立っている。
俺は今、300人の先頭に立っている。
勇者「油断するなよ。敗残兵とはいえ、兵に変わりない」
便所掃除「俺も軍人の端くれだ。お前こそ、勇者だからって余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ」
勇者「また生きて会えたら、青空の下で共に笑おう」
便所掃除「生きて会えたら、な」
131 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/16(金) 00:01:45.24 ID:8+YFbR/R0
目を閉じる。
脳裏に食堂の光景が蘇った。
美味しい料理、愉快な客達、しっかりした料理長。
初めてできた、自分の居場所。
奪われるわけにはいかない。
守ってみせる。あの食堂だけは、絶対に。
便所掃除「行くぞッ!」
便所掃除は肚の底から雄叫びを挙げ、鞭で牛の尻を打ち据えた。
調教を受けていない牛は、腹を蹴っても暴れるだけで走らない。
しかし、乗馬用の鞭を使えば大抵の牛馬は前進する。
痛みから逃れるために、前進せざるを得ないのだ。
便所掃除「俺の後に続け!」
便所掃除は腰の動きだけで牛を巧みに操り、防塁の上から宙に躍り出た。
視界の隅で、勇者が同じように防塁から飛び降りている。
総勢500のバルフ軍は便所掃除の部隊300、勇者の部隊200と左右に分かれ、撤退するテルメズ軍に襲いかかった。
その様は、手負いの獣に食らいつく二匹の大蛇を思わせる。
勇者軍の追撃を受けて、逃げるテルメズ軍は小さくまとまり始めた。
臆病な貴族兵で構成されたバルフ軍が、まさか野戦に打って出るとは考えもしなかったのだろう。
さらに大将と思しき男が農耕用の牛で突っ込んできたのだから、テルメズ軍の驚きは並みひと通りではなかったはずである。
便所掃除「道を開けろ!」
崩れた一点に便所掃除は突っ込んだ。
牛の突進で数人が跳ね飛ばされる。
素早く跳躍し、着地した瞬間に敵の頭を兜ごと叩き割った。
特に何も思うことなく、人間の頭をかち割った。
大義の前では、人命はこれほど軽く見えるものなのか。
吹っ切れたような気分だった。
132 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/16(金) 00:38:26.12 ID:8+YFbR/R0
便所掃除「力に自信のない奴は、二人一組か三人一組になって応戦しろ! 槍は突く物じゃない、叩く物だ!」
四方から突き出される槍の穂をかわし、一気に薙ぎ払う。
骨が折れる、鈍い感触。はっきり手に伝わった。
敵をなぎ倒しては指示を出し、なぎ倒しては再び指示を出す。
息が荒い。腕が重い。脚もふらつく。
だが思考だけは異常に澄み切っていた。
どの機会で、どんな道順で敵の密集地から脱出するか。
味方の兵はどこにいて、何をやっているのか。すべて分かる。
天から差した光が、自分に教えてくれている。
軍師「あの男、化けたな」
軍師は防塁の上で、ぼそりと呟いた。
今回の防衛戦が、彼の心にどう火を点けたのか分からない。
便所掃除は変わりつつある。兵士気取りの貴族から、本物の指揮官へと。
軍師「いや、まだまだか」
指揮に粗が見える。
一人で敵陣に突っ込みがちだ。
まずは兵を100だけ与え、用兵の基礎を徹底的に叩きこむ。
基礎を身につけた後は200、300と率いる兵の数を増やしていく。
最終的に将軍ほどではないが、副将くらいまでは成長するはずだ。
軍師「それにしても、奇妙な戦だった。なぜテルメズはバルフに兵を出した? 貴重な労働力を割いてまで、バルフを攻める必要があったのか? 士気が低い、というのも引っかかる」
軍師「なにか、裏があるな。そうとしか思えぬ」
133 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/16(金) 00:47:19.33 ID:8+YFbR/R0
勇者「やったな、便所掃除!」
死屍累々。
積み上げた死体の山に、便所掃除は一人で座っていた。
死力を尽くした。勇者も、貴族達も、皆が一丸となって死力を尽くした。
バルフはどうなったのだろう。返り血が目に入って、よく見えない。
勇者「バルフ軍の勝ちだ。テルメズ軍は一人もいない」
便所掃除「勝ったのか、俺達は」
勇者「ああ、この勝利は必ず周辺の町に知れ渡る。お前の武勇に惚れて入隊を志す男も現れるかもしれない」
便所掃除「勇者……俺は……」
大粒の涙が、頬をつたった。
気が緩むと、一気に溢れ出してくる。
あの食堂を守ることができた。
皆の笑顔を守ることができた。
自分にはまだ、帰るべき場所があるのだ。
勇者「貴族兵も頑張っていたよ。個の力では及ばずとも、集団の力で乗り切った。お前の指示を聞いていた証拠さ」
便所掃除「ああ……」
勇者「さ、泣くのはやめて軍師に報告しに行こうぜ。ひとまず、町は助かったんだ」
便所掃除は涙を拭うと、勇者と並んで歩き出した。
血に染まった牧草地。一日の仕事を終えたような、爽やかな達成感を不思議と感じた。
両手を頭上にあげ、グッと背伸びする。
便所掃除「ったく、どこの馬鹿がおっぱじめたんだろうな。肥料用に溜めてきた糞をほとんど使わせやがって」
勇者「土地の開墾も作物の収穫も、すべて命あってのものさ。糞なら、また溜めればいい。俺も軍師も協力するぜ」
便所掃除「やめろ、気色が悪い」
二人の笑い声が、晴れ渡る青空に響いて消えた。
134 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/16(金) 01:10:02.28 ID:8+YFbR/R0
数日後、食堂の前にて。
便所掃除「よし、始めるとするか」
どんな仕事にも、学ぶことはある。
学んだことは後々、必ず何かしらの形となって現れる。
テルメズ軍との戦を経て、便所掃除の中で仕事に対する意識が変わった。
この誰もが嫌がる臭い仕事も、役に立つ時はあるのだ。
兵卒から将校へ昇進した際、彼は便所掃除の仕事も並行して取り掛かりたいと申し出た。
軍師は怪訝そうに眉をひそめたものの、便所掃除の申し出については却下しなかった。
便所掃除「ちーッス、ウンコ回収しに来ました」
料理人「おお、いらっしゃい! んじゃいつも通り、トイレの掃除頼んだぜ!」
そう、便所掃除として町を回っていればこのイカした料理人に会うことができるのだ。
料理人「お前ら、よく見とけ。あれこそが立派な仕事人よ!」
中央の丸テーブルに、三人の貴族兵が座っていた。
貴族兵士A「あ、あの……」
貴族兵士B「どう切り出せばいいのか……」
貴族兵士C「便所掃除君! いや、便所掃除殿!」
便所掃除「テメェら、懲りずに食堂まで来やがったな」
貴族兵士C「違うんだ。これまで君に浴びせてきた罵声や非礼の数々、誠に申し訳なく思う……! 詫びしかできないが、どうか許して頂きたい」
貴族兵達が、そろって深々とお辞儀をした。土下座とまではいかないが、彼らなりの精一杯の謝罪らしい。
貴族兵士C「この通りだ!」
便所掃除「なんだ、そんなことか」
便所掃除「別に謝る必要はねぇよ。俺だけの力じゃない。テメェらが本気を出してくれたから、町は無事だったんだ」
貴族兵士C「そんな、僕達は……」
便所掃除「とにかく! テメェらは一人前の兵として認められたんだ。真ッ昼間から駄弁ってねぇで、ちゃんと訓練に参加しろ!」
貴族兵士A「ヒッ! すみません!」
貴族兵士B「くわばら、くわばら……」
貴族兵士C「そ、そうだった。もう訓練の時間だったのか。料理長、勘定はここに置いておくぞ。では、また会おうッ!」
脱兎のごとく駆け去っていく三人の貴族兵。その後ろ姿を眺め、便所掃除は呆れたように頭を掻いた。
便所掃除「あいつら、何も成長してねーな」
料理長「いいや、少しずつだが変わっているよ。貴族が大衆食堂に顔を出すこと自体、滅多にないからな。もちろんボウズ、お前も変わってるぜ。だいぶ、男を上げてきやがったな」
便所掃除「へへッ……ありがとよ、オッサン」
便所掃除が勇者軍騎馬隊の副将として活躍するのは、まだ先のお話。
135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/16(金) 01:58:33.93 ID:gZFPhr4DO
乙
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/16(金) 04:27:47.43 ID:WP9M9JHpo
あ、そう。一生懸命頑張ってね
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/16(金) 10:28:03.23 ID:HSH1IF8LO
妹ちゃんの出番が少ないのが不満だけど、面白いよ。書きたいものがあるなら頑張ってくれな。
138 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/20(火) 00:16:57.22 ID:1IV/NG8u0
砂利だらけの道を、一台の荷車が音を立てながら進んでゆく。
雨上がりの原野。夏草の熱気と、露に濡れた土の匂いが混ざり合う。
青と緑で統一された、牧歌的な田舎道。
その中で、場違いなほど真っ白い輝きを放つ妙齢の女性がいた。
胸元の開いたドレスやレースのついたスカート、顔に乗せたつばの広い魔女帽も、何もかもが白い。
身体中のあらゆる色が抜け落ちてしまったかのようだ。
荷台に寝そべっていた彼女は身を起こすと、寝ぼけ眼でゆっくり辺りを見渡した。
ふわあ、と口に手を当てあくびする。
魔女「よく寝たぁ……。どう? もう着いたかな?」
荷車を引く長机に声をかけた。
元は、どこにでもあるような古びた長机だった。
それが魔女の魔法によって自我と手足を与えられたのだ。
物言わず、飯も食わないが、人間の言葉は理解できる。
召使としては、ぎりぎり及第点といったところか。
長机は緩慢な動きで身体を横に振った。
魔女「……まだ? まぁ、そうだね。景色が全然変わってないもんね」
魔女「意外と遠いんだよな〜、大富豪の屋敷。どれ、もうひと眠りいこうかな」
139 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/23(金) 21:02:54.05 ID:NkOD371y0
目覚めた頃には、荷車の揺れは収まっていた。
穢れもない、喧騒もない、神殿のごとく静謐な空間だった。
竹の葉の隙間から漏れた暖かな日差しが、荷車を優しく包み込む。
奥に、柴垣が見えた。
魔女「着いたみたいだね。ご苦労さん」
長机「……」
大富豪の屋敷は柴垣と土の塀、二重に囲われている。
敵の侵入を防ぐ目的もあるが、最大の理由は目立たないようにするためだった。
真っ赤な唐風の門を構える屋敷とはいえ、高い柴垣で囲んでしまえば外からまったく目につかなくなるのだ。
門をくぐる。
三人の従者が駆けつけてきた。
一人は魔女が履いている氷の靴を脱がせ、もう一人は布で服の汚れを落とし、最後の一人は長机を厩の方へと連れていった。
人語を理解しようが、無機物は無機物。
家畜となんら変わらない扱いなのである。
従者A「妹御様は中庭におられます」
魔女「勇者君の妹さん? ああ、数日前に行くとか言っていたなぁ。後で挨拶しとくよ。まずは大富豪のところへ案内してくれ」
従者A「かしこまりました」
現在、勇者陣営の者を匿う上で、安全な場所といえば大富豪の屋敷である。
彼は莫大な資産とカリスマ性によって、王都に住む貴族や王族の人心を悉く掌握してきた。
国王を茶会に招いたことさえあるという。
先代勇者が消えた今、大富豪は貴族から最も信頼されている男と断言できる。
八畳ほどの部屋に通された。
東西から取り寄せた骨董品が、所狭しと並べられている。
その中央に、牡丹柄の唐衣を羽織った男がいた。
下に垂れた長い髪をすくおうともせず、木製の平板に目をやっている。
魔女が呼びかけると、ようやく顔を上げた。
大富豪「魔女か。すぐに茶を出そう。それとも酒がいいか?」
魔女「また来ちゃった……てへへ」
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/24(土) 02:09:11.89 ID:JCJ/BujDO
乙
141 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/24(土) 18:47:24.26 ID:w1egUsIT0
大富豪「間諜から話は聞いている。無事にバルフを奪取できたそうだな。峻険な山々で王都からの侵攻を防ぎ、アムダリヤ川を運河に利用すれば周辺都市との交易も盛んになる。よい位置だ」
魔女「ところで、キミが手に持ってる……その板は何だい?」
大富豪「大唐国の商人から仕入れた版木だ。手で書き写すのは時間も労力もかかる。はっきり言って効率が悪い。そこで、木版印刷なるものに着手してみようと思ってな。急遽、取り寄せた」
魔女「木版印刷。ふむふむ、耳慣れない響きだね」
大富豪「大半の人間はお前と同じ反応を示すだろう。私もそうだった。生まれて初めて、自分の目を疑ったよ」
訥々と喋りながら、大富豪は版木の彫られていない部分を墨で黒く塗っていく。
塗り終わった後、紙を上からかぶせ、馬楝でごしごしと押さえつけるようにこすった。
大富豪「これだけだ。見てみろ」
紙には大きく『アリガトウ』の文字。
トの部分だけかすれて見えにくくなっているが、それでも読むことは可能だ。
写本では何十分もかかる作業を、一回こすっただけで終わらせてしまった。
魔女「すごい……」
魔女は子供のように目を輝かせながらはしゃいだ。
魔女「これがあれば、いくらでも妹さんの小説を刷ることができるじゃないか! 素直に尊敬するよ」
大富豪「ゆくゆくは文字だけでなく、色のついた挿絵なども刷ろうと考えている。腕利きの絵師を雇ってな」
魔女「あっはっは! いやぁ、すごいね。これに挿絵までついたら、飛ぶように売れること間違いなしだ。内容も分かりやすくなるし」
大富豪「だが、課題も多い。その一つに、摩耗の少ない良質な樹を見つけることがある。今回の製版、トの文字が潰れているだろう。何回も使い続けた結果、木版が擦り減ってしまったのだ」
大富豪「各地の豪族と連携し見合った樹を探してはいるが、未だに思い通りの品は届いていない。数日使うと、文字が潰れてしまう」
魔女「まだギリギリ読めると思うけど……」
大富豪「読めるから大丈夫、ではいけない。これは商売であり、一種の戦でもある。常に最良の物を求め続けるからこそ、競争相手に打ち克つことができるのだ。妥協は罪と思え」
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/24(土) 22:14:12.58 ID:HXTGgb1SO
矢じりにくそをぬるなら、それがもとで雑菌がないぶに入り撤退したテルメズ軍に疫病が流行る敵な描写もほしいような
143 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/25(日) 22:48:55.93 ID:Hix20SZ60
魔女「間諜への依頼は済んだの?」
大富豪「とっくにな。タシケントの写生工場とバルフを結ぶ、安全な輸送路の確保を頼んだ。父の遺産も無限ではない。無駄な買収は避けて通りたいところだ」
大富豪「偽造書類も作れるには作れるが、墨液識別魔法を使われた日には、一瞬で偽の荷物だと判明する。そこから足もつくだろう」
魔女「公文書の墨も紙も、材料は機密事項になってるからねぇ〜」
大富豪「賄賂以外の関所の突破は難しい。ならば、誰にも見ることのできない闇の交易路を作ってしまえばいい、というわけさ」
魔女「できるのかい?」
大富豪「できるか否かではない。やるのだ」
大富豪はバッと扇子を開いた。
部屋に漂う伽羅の香りが、濃くなったような気がした。
大富豪「方々から人を集めている。流れの速い川で漁業に従事する者、険しい山で狩りをする者、砂漠で何十年も生き延びてきた者。報酬さえ与えれば、彼らは動く。そして、道なき場所に道を作る」
魔女「女装したまま言われても、なんだかなぁ」
大富豪「許せ。物資の管理に明け暮れる日々なのだ。退屈しのぎに、普段と違う自分になってみるのも一興だろう」
魔女「ま、そうだけどさ〜……」
144 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/02/25(日) 23:02:57.83 ID:Hix20SZ60
×写生
○写本
145 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/26(月) 01:01:33.63 ID:0iZJgRDDO
乙乙
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/27(火) 00:26:39.28 ID:lAyc2mbKo
つまんね
147 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/02/28(水) 23:11:39.63 ID:6HyhX3Ea0
夕食までの間、魔女はぶらぶらと屋敷を散歩することにした。
ここには何でもある。
何十年分の食料を溜める貯蔵庫、押収した武具をしまう武器庫、守兵を訓練する練兵場、新たな武器を生み出す鍛冶場、治癒魔法では治せない病に有効な薬を処方する施薬所、良質な酒を造る果樹園と醸造所。
一日では到底回りきれない。
魔女「ここまでくると、町と言っても差し支えないよね」
魔女「専門的な施設があって、住み込みで働いている人がいて。彼らを守る兵がいて……大富豪はどれだけの人数を養っているんだろう」
建物と建物を繋ぐ渡り廊下。
盆を持った侍女達が、せわしなく行ったり来たりを繰り返している。
暮れなずむ藍色の空に、トビの澄んだ声が響く。
やけに寂しげであった。
魔女「やぁ、元気かい?」
青々と茂った葡萄棚の下で、一人の少女が本を読んでいた。
魔女が声をかけても応じない。食い入るように読みふけっている。
物語にのめり込むあまり、周囲の音が聞こえないようだ。
魔女「おーい」
勇者の妹「あ……魔女先生。ごめんなさい、あたし、気づいてなくて」
魔女「構わないよ。ボクも今日いきなり押しかけたんだし。キミが読んでいるその本、ひょっとして……」
勇者の妹「例の風刺小説です。試しにと大富豪さんが一部だけ製本して下さったんです」
魔女「いい本だ。中綴じが麻の紐できっちり施されているし、何より表紙の手触りがいい。絹でできているのかい?」
勇者の妹「いえ、ヤギの革です」
魔女「なるほど、ヤギか。毛も脂もない。すべすべしている。ヤギも職人の手にかかれば、こうも変わるものなんだなぁ」
勇者の妹「……不思議な気分ですね。書いた小説が本になるって。表紙に刻まれたあたしの名前が、まるで知らない作家さんの名前のように見えるんです」
魔女「けれど、その物語はキミが書いた」
勇者の妹「そうですね……だからちょっぴり嬉しいのかな。お兄ちゃんも、喜んでくれるかな……」
148 :
◆EpvVHyg9JE
[saga]:2018/03/01(木) 21:54:31.62 ID:52ocKMZs0
ふと、妹が魔女に本を差し出した。
勇者の妹「この本、魔女先生に謹呈します」
魔女「ボクに? 嬉しいけど、気持ちだけ受け取るよ。それは貴重な初版本だ。作者であるキミが持っていた方がいい」
勇者の妹「……」
魔女「他に理由があるなら、話は別だよ?」
勇者の妹「お兄ちゃんに読み聞かせて頂ければと……」
魔女「読み聞かせ」
勇者の妹「すみません、先生もお忙しいのに、勝手を言ってしまって」
魔女「そっか。お兄さん、長文に弱いんだっけ? うん、じゃあボクに任せて。バルフに戻ったら、定期的に勇者君のもとを訪ねるから」
妹の頬に赤みが差した。
暖かい春の日差しのような微笑みを浮かべてお辞儀する。
勇者の妹「……ッ! ありがとうございます!」
魔女「ふふふ、大事な教え子の頼みは断れないよ」
勇者の妹「あの……魔女先生。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。お兄ちゃん、ああ見えて結構ドジだから……」
魔女「そんなに心配? 大丈夫。神様が見込んだ勇者の器だ。キミが憂えているほど、彼はヤワじゃない。そばに軍師君もいるしね」
勇者の妹「でも……先生には分かりますか? 命よりも大切な人が、手の届かない場所にいる辛さ」
勇者の妹「今日だって朝からずっとお兄ちゃんのことばかり考えてて、ちっとも仕事に手がつかなくて……」
勇者の妹「お兄ちゃんに、逢いたい……」
彼女は細い両腕で肩を抱くと、その場にうずくまった。
魔女「自分の命よりも大切な人か」
そんな人間が、今までにいただろうか。
魔女は過去に思いを巡らせてみたが、誰一人思い浮かばなかった。
浮かんだとしても、顔の部分が黒く塗りつぶされているのだ。
共に旅をした先代勇者も、戦士も、僧侶も大事な仲間ではあったが、彼らのために命を張れるかというと、それはまた別問題だった。
遠くで夕餉を知らせる鐘の音が鳴った。
魔女「行こう。夕餉の時間だ。勇者君は、ボクが責任をもって預かる。だからキミは、安心して執筆活動に専念してくれたまえ」
149 :
◆EpvVHyg9JE
[sage]:2018/03/01(木) 23:42:58.44 ID:52ocKMZs0
補足
バルフやテルメズ、タシケントといった都市名はオリジナルのものではありません
都市の位置も実際の地図によっています
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/02(金) 02:15:17.47 ID:ruj3077DO
乙
シルクロードだっけ?
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