勇者「よーし、いっちょ叛乱でもするか!」

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151 : ◆EpvVHyg9JE [sage]:2018/03/09(金) 00:51:04.67 ID:/HaAMV5s0
>>150
そうですね
タジキスタン辺りを舞台にしています
152 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/09(金) 01:05:27.91 ID:/HaAMV5s0
馬頭琴の軽やかな旋律に合わせ、衣装をまとった踊り子が蝶のように舞い踊る。
彼女が身体を回転させるたびに拍手が沸き上がった。
一人の客をもてなすために異国の楽団まで動員してしまうところが、良くも悪くも大富豪らしい。

大富豪「ここだここだ」

魔女は大富豪の隣に腰を下ろした。
後ろの派手な掛け軸が気になって仕方がない。

大富豪「気になるか。曼荼羅というそうだ。商人からは宇宙観を示した図像と説明されたが、さっぱり意味が分からなかったよ」

魔女「意味が分からないものを飾ってるんだ」

大富豪「綺麗だから飾っているだけさ」

魔女は皿に盛ってある棗をつまんで口に運んだ。
まるで王族の食卓である。
唯一違うのは、身分の低い者も同席していることだった。
理由を尋ねてみると、大富豪はバター茶をすすりながら答えた。

大富豪「指示を出すのは私だが、実際に働くのは彼ら召使いだ。誰を一番にねぎらうべきか猿でも分かるな」

魔女「民を大切にしない国は滅びる」

大富豪「そうだ。君主が聡明であれば、国民の不満を上手いこと外へ向けただろう。例えば、他地域への遠征とかな。決して内へ溜め込んだりはしない」

魔女「溜め込み過ぎた不満の中で生まれた一縷の希望。それがボクら勇者軍ってわけなんだね〜。ちょっとクサいけど」

踊り子が小刻みにタップを踏んで跳ねはじめた。
宴席から一人の酔っ払いが飛び出し、踊り子と腕を組み回り出す。

大富豪「そろそろ、敵陣営にも味方を作らねばならんな」
153 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/10(土) 00:40:03.58 ID:jNPZmSN30
魔女「敵陣営の中に味方?」

大富豪「資源も兵力も圧倒的にあちらが上。ならば常に工作をしかけて内部に協力者を作るべきだろう。王国側とて、一枚岩ではない。王の政治に疑問を抱く人間もいるはずだ」

魔女「軍師とは相談したのかい」

大富豪「書簡でやり取りをした。彼も私と同じ結論に至ったようだ」

魔女「随分と思い切った決断をしたものだねぇ」

大富豪「大捷を得るためには、多少のリスクも冒さねばならん。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言うではないか」

魔女「で、目をつけている人物はいるんだよね〜?」

大富豪「一人だけいる。誰よりも近くで、王の背を追い続けた男だ」

王の背を追い続けた男。
その言葉だけで、魔女は大富豪が誰のことを言っているか理解した。
困ったように微笑む。

魔女「大富豪。キミって奴は、なんてムチャなことを……。でも、嫌いじゃないよ。挑戦こそ成功への鍵だからね」

魔女は杯を干すと、席を立った。

魔女「一緒に踊ってくるよ。キミもどうだい?」

大富豪「遠慮しておく。私は裏方で十分だ」
154 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/10(土) 01:20:26.25 ID:jNPZmSN30
ヒジュラ暦130年、第11月。
厳しい暑さが続いていますが、父上はいかがお過ごしでしょうか。
無事にバルフを出発できましたでしょうか。

僕は元気です。
王になるための修練に日々、邁進しております。
目付け役の白騎士殿は時に厳しく、時に優しく、剣術や書見の稽古をつけて下さいます。
おかげで学校での成績もうなぎのぼり。

先日、白騎士殿から教えて頂いたのですが、アルマリクとは『リンゴのなる町』という意味なのだそうです。
けれど、ここは右を向いても左を向いても葡萄棚だらけ。
『葡萄のなる町』に名前を変えてしまってはいかがと思ってみたり。

すみません、ちょっとくだらない話でしたね。

それから父上。
最後に、あなたに伝えておかなければいけないことがあります。
僕はいつか、貴族制も奴隷制も排して皆が平等な世の中を

王子「……ダメだ。こんなの、父上が認めてくれるはずがない。書き直しだ」

盛夏、王都アルマリク。
じりじりと太陽が照りつける廟の下。
王子は書きかけの紙をくしゃくしゃに丸めて放り捨てた。
バルフへ遠征中の国王に向けた暑中見舞いである。

王子「僕は絹の服を着ているのに、どうして町を行き交う人は麻の服を着ているんだろう」

ここ最近『どうして』が口癖になっている。
大半は『身分が違う』という理由で片づけられる疑問ばかりなのだが、王子はつい『どうして』とつまらぬ疑問を抱いてしまう。

王子「どうして身分に差があるんだろう。みんな同じ人間じゃないか」

王子はバラのように赤い髪をかきあげて、再び筆を執った。
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/10(土) 08:34:32.82 ID:1qf1P6mYo
何時まで経っても読みづらくてつまんねーな。

下手くそな[田島「チ○コ破裂するっ!」]してないで荒らしに戻ってなよ
156 : ◆EpvVHyg9JE [sage]:2018/03/10(土) 09:28:52.43 ID:jNPZmSN30
荒らし扱いされるのホント謎
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/10(土) 12:41:43.79 ID:UZ1PPoTA0
【ヒント】春休み
158 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/12(月) 17:43:54.81 ID:EIDsY1AH0
白騎士「陛下へのお手紙ですかな」

王子「白騎士殿」

白騎士「探しましたぞ、王子。共に宮殿へ帰りましょう」

純白の甲冑を着込んだ、初老の男が傍に立っていた。
万の騎馬軍を率いる、王国軍きっての名将・白騎士である。
忠義に篤く実直な性格が評価され、王子の教育役を任されていた。

王子「今日という今日は絶対に帰らないよ。たとえ、白騎士殿が相手でもね。僕の決心は固いんだ」

白騎士「なぜそこまで宮殿の外に出たがるのです」

王子「なぜって……知りたいから。どうして世界はこんなにも美しいのに、人はいがみあうのか。身分の差で苦しまなければならない人がいるのか。知りたかったから」

白騎士「世の中は殿下が思い描くほど、美しくはないのですぞ」

王子は口をとがらせた。

王子「だから、こうやって現地調査しているんだろ。貧しい人の生活を観察して、どこが不満なのか具体的に書き出してみるんだ」

白騎士「表面から見るだけでは、分からないこともあります」

王子「うるさいな。いっつも口を出してきて。白騎士殿は僕の親じゃないでしょ。ちょっとくらい好きにさせておくれよ、宮殿は息苦しくってしかたないんだよ。毎日毎日、母上から礼儀作法を叩きこまれてさぁ」

白騎士「……陛下がバルフの遠征から帰還したそうです」

王子「えッ」

王子は目を丸くしたまま、その場に固まった。
もう帰って来たというのか。
159 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/12(月) 17:47:22.71 ID:EIDsY1AH0
父のことが好きだった。
物心ついた頃から、父は遠征のたびに王子を連れていってくれた。

馬を駆り、ふたりで様々な景色を眺めた。
天へ落ちる虹色の滝、ガラスのように透き通った鍾乳洞、湖面から一斉に飛び立つ魚の群れ。
見るものすべてが幻想的で、新鮮だった。

父が変わったのは、玉座に腰を下ろしてからである。
権力に固執するあまり、自分以外の人間を疑うようになったのだ。
そのくせ、奸臣の巧みな告げ口は信じてしまう。

証拠のない讒言が横行し、有能な文官が何人も処刑台送りにされた。
召使いと密通したかもしれない、という不確かな憶測だけで大唐国の公主さえ、首を斬り落とされた。

王を諫める者は消え、妃もハレムの女達も、誰もが国王を恐れた。

しかし、王子だけは未だに尊敬のまなざしを向け続けていた。

優しかった昔の父に戻ってくれると信じて。
また一緒に、世界を旅してくれることを夢見て。
160 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/12(月) 17:56:26.21 ID:EIDsY1AH0
国王率いる視察団が、アルマリクの門をくぐった。
周りを親衛隊に固められ、宮殿へ向かって馬を進める。

王の斜め後ろに控えているのは、側近だろう。
頭より大きいターバンが人目をひく。

側近「テルメズ兵が全滅したとの情報が入りました」

国王「なに、全滅だと」

側近「はい。軍師が策を練り、新生勇者が兵を鼓舞し、乳牛にまたがった若い将校が糞を巻き散らしながら奮戦した、とのことで……」

国王「最後の男が気になるが……思ったより早く壊滅したのう。まぁ、軍師が相手ではやむを得まいか」

側近「無駄な扇動はおやめください。町がひとつ機能停止しましたよ。テルメズの男子を全員、戦に駆り出したせいで」

国王「新生勇者の悪い噂を信じたのはテルメズの民じゃぞ。愚民が勝手に攻め込んで勝手に自爆しただけじゃ。我らに非はない」

側近「悪い噂を自国に流布させること自体、罪なのですよ」

国王「フン。寒村が何個潰れようが、知った話ではないな。後の処理は貴様に任せる」

宮殿に着いたところで、白騎士と王子が現れた。

白騎士「陛下、ご無事なようで何よりでございます」

国王「おう、白騎士か。余が留守の間、ご苦労であった」

白騎士「殿下も陛下の帰還を心待ちにされておりました」

後ろから、王子がおずおずと顔を覗かせる。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/13(火) 00:59:01.98 ID:I3/3gPTDO
162 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/17(土) 00:58:12.94 ID:qbzPlNgx0
国王は王子の顔を見ようともせず、不満げに鼻を鳴らした。

国王「十七か、立派な大人だな」コツコツ

王子「まだ十六です、父上」

傍らを通り過ぎる父。
目で追う息子。
二人の間にそびえる壁はあまりに高く、固く、冷たい。
白騎士はいたたまれない気持ちになった。

国王「誤差の問題だ。どうでもよい。それより学業や武芸の調子はどうだ。もちろん、首席だろうな」

王子「はい、なんとか」

国王「なんとかではいかん。余の息子を名乗るからには、他の生徒と大差をつけよ」

国王「王族は他の糞貧乏人どもより完成度が圧倒的に上であることを、証明せねばならんのだ。分かるな」

王子「父上……ひとつ、質問があります」

国王「何だ、申してみよ」

王子「どうして王族、貴族、平民などと身分に差をつけているのですか。同じ国民として見ることはできないのですか」

白騎士「殿下……!」

王子「同じ人間なのに、僕みたいに宮殿で暮らす人がいれば便所掃除で臭い糞尿をかぶる人もいる。世の中不公平だと思いませんか。絶対そうだ!」

国王「ならば、明日から貴様は自分で野菜や果実を作り、自分で糞尿の処理をし、自分で家を建てるのだな」

王子「そ、それは……」

国王「誰しも、胸の内に欲望の炎を燃やしている。金持ちになりたい、美味い飯を食いたい、良い女を抱きたい、などと」

国王「しかし、身分の差をはっきりさせることで、糞貧乏人どもの欲望を抑え込むことができる。欲望を叶えようにも金が足りない、平民という肩書きが邪魔をする。次第に奴らは自らの境遇に妥協し、慣れ、従順となるのだ」

国王「つまり、身分制度は国を安定させるための箍のようなものだ。必要悪。気持ちのいいものではないが、なくてはならないものよ」

国王「息子よ、貴様の考えは幼稚だ。世の中、そう単純ではないのだよ。星の数ほどの人間が複雑に絡み合い、支え合い、蹴落とし合い、成り立っているのだ」

国王「誰の思想に毒されたか知らぬが、分不相応なことは言わぬが仏よ。糞貧乏人どもも、貴様に同情などされたくないだろう」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/17(土) 06:30:16.24 ID:ghtF1R56O
あ、そう。一生懸命頑張ってね。
俺が書き込んだのは一回だけ、他の奴らもやってた。これは荒らしじゃない。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/17(土) 10:31:16.73 ID:u+gH3Fpco
謎粘着質くん迫真の無罪主張
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/17(土) 10:49:36.47 ID:aphJldf8O

作者も同じこと言ってるしね

606:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
俺なんかとあるスレで一回ネタレスしたら、外野が騒ぎ出してそれ以降ずっと粘着されてるわ
2017/12/21(木) 21:49:30.36ID:2xe7qRnY0 (2)


607:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
あ、そう。一生懸命頑張ってね
2017/12/21(木) 21:57:22.66ID:k0G8USMSO (1)


608:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
>>606特定した。あれはおまえが悪いと思う
2017/12/21(木) 21:57:31.99ID:3KsatTIQo (6)


609:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
>>608
他にネタレスしている奴沢山おるやん
なぜに一回だけしかやってない俺をピックアップして粘着したのか不思議に思うわけよ
2017/12/21(木) 22:00:38.44ID:IRf2blm6O (3)


610:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
あんなの感想ですらないじゃん、擁護しようがないよ。というか、おまえまだあの作者に粘着してるやろ
2017/12/21(木) 22:07:11.92ID:3KsatTIQo (6)


611:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします []
>>610 スレは覗くけど、ネタスレなんて一回だけだぞ
変なノリに乗っかったのは正直すまないと思う
だが、何日もネチネチ粘着されるレベルじゃないとも思うわ
何の目的があるかは知らないが
2017/12/21(木) 22:11:04.56ID:IRf2blm6O (3)
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/17(土) 11:12:39.17 ID:RGnO2QGNo
ID変えるとか慣れてたしな。
荒らしやんか、まんま
167 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/17(土) 20:29:20.20 ID:qbzPlNgx0
夕方、王子の部屋に二人の侍従が呼び出された。
扉を開けると、部屋の隅にいくつか大きな袋が寄せてあった。
不審に思った侍従たちは、袋を外側からべたべた触ってみた。

侍従A「何かがパンッパンに詰まっているな」

侍従B「ちょっとだけ、紐を解いて中を覗いてみろよ。なに、殿下は留守だ。それっぽく結びなおしておけばいい」

侍従Aが恐る恐る覗きこんでみると

侍従A「饅頭だ。拳大のデケェ饅頭がめちゃくちゃ入ってる」

侍従B「えッ、なんで?」

侍従A「もしかしたら、毒が盛ってあるんじゃないか? 陛下も含めた自分の関係者をみんな抹殺して……」

王子「残念だけど、不正解」

二人の侍従は肩をビクリと震わせ、後ろを振り向いた。
麻の服を着た王子が、夕陽の中で静かに微笑んでいる。
その微笑みが、余計二人にいらぬ想像をさせた。

王子「やぁ、来てくれてどうもありがと……」

侍従A「許可なく覗いてしまい、申し訳ございませんでした!」

侍従B「ほんの出来心で……どうか、お許しを!」

王子「まぁまぁ落ち着いて。なら、袋の中身は知ってるね? 今回君達に頼みたい仕事はそれなんだよ」
168 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/17(土) 20:30:39.18 ID:qbzPlNgx0
王子「かくかくしかじかで、饅頭を一緒に配ってほしいわけ」

侍従A「そうだったのですか……」

侍従B「しかし、殿下も奇妙なことをなさる」

王子「二人とも、これは僕達だけの秘密だからね。父上にも、側近殿にも、白騎士殿にも言ってはいけないよ」

侍従A「承知しました。殿下」

王子「実はね。僕は『王の目・王の耳』という諜報姉妹を雇っているんだ。彼らは諜報の他に、殺しもやる。闇に紛れて、標的の喉笛を掻き切るのさ。君達二人を消すくらい、朝飯前だよ」

侍従B「な、なんと恐ろしい……決して口には致しません」

王子(まぁ、真っ赤なウソなんだけどね)クス

どうしても、奴隷と話がしたかった。
彼らが日々、何を思い労働に従事しているのか。
教科書で学ぶだけではない、生の声を聞いてみたかった。

しかし、きっと彼らは容易に心を開いてはくれまい。
王族と話すことに、引け目や恐れを抱くだろう。
そこで、労いとして甘い饅頭を与え、話を引き出す。
口を開かせる。

王子「なにも奴隷の仲間になろうっていうわけじゃない。国に対する不満を調査して、記録に残すだけだ。これは僕が良き王になるための、大事な研究なんだ。そこを弁えてくれよ」

169 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/17(土) 20:34:23.12 ID:qbzPlNgx0
白騎士「やはり、何か企んでおりましたな」

鎧の擦れる音。
開けたままのドアから、白い甲冑姿の男が入ってきた。

白騎士「父君にあれだけ言われておきながら、性懲りもなく奴隷と関りを持とうとなさるのですか」

王子「げ、白騎士殿……」

白騎士「平民ならまだしも、奴隷は少々いただけませんな。彼らは国の法律上、家畜と見なされているのですぞ」

王子「家畜だって? なんてひどい!」

白騎士「畜生と話す王子が、どこにあります。その袋を今すぐ戻してきなさい。大方、厨房からくすねたのでしょう」

王子「クソ」

白騎士「クソ、などと汚い言葉を使ってはなりませぬ。殿下は王族です。学のない平民や奴隷に、示しをつけなければならない身。下々の者については、我ら臣下がどうにかしますゆえ……」

王子はかぶりを振り、キッと白騎士を真正面から睨みつけた。

王子「白騎士殿も、父上と同じことを言うんだね」

王子「どいてくれ!」

白騎士「はッ」

白騎士は思わず拝跪した。
彼の家は先祖代々、王家に仕えた由緒正しき騎士の血族である。

どんなに間違っていようと、命令は命令。
自分の信念を曲げてでも、絶対に従う必要があるのだ。
白騎士に王子を止めることはできなかった。

王子「僕が優しくしてあげなくちゃ、誰が奴隷のみんなを救うんだよ。せめて僕だけは彼らに寄り添ってあげたい!」
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/18(日) 04:24:59.40 ID:ALzrCYCDO

キチガイ粘着に対するスルースキルを身に付けた様で何より
171 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/21(水) 23:21:34.01 ID:xVgsWj+n0
白騎士と二人の侍従を連れ、王子は工事現場を訪れた。
サイコロ型のラピズラズリが、隙間なくぎっしりと積まれている。
ゆくゆくは王族の別荘となる場所だ。
蒸し暑い真夏の夜、清涼感の溢れる別荘で優雅なひとときを過ごすつもりなのである。

別荘を建てることに特段、政治的な意味はない。
せいぜい大唐国の来賓をもてなす程度であろうか。
いずれにせよ、金持ちの道楽に変わりない。
その道楽のため、奴隷達は滑りやすい崖でラピズラズリを掘り出し、研磨し、加工し、建築材料として積み上げているのだった。

彼らの瞳に、光はなかった。

白騎士「奴隷のほとんどは他国の捕虜や最貧層です。なるべくしてなった者。殿下の試みが心に響くとは思えませんが」

王子「黙って眺めているより、よっぽどマシだ。白騎士殿も手伝ってくれよ」
172 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/31(土) 13:37:58.76 ID:CbeXd7Pc0
王子「さあ、遠慮せずに食べてくれ! これは僕からの餞別だ」

饅頭を盆に載せ、土埃舞う作業場を歩いて回る。
王子は奴隷達が目を輝かせて饅頭に飛びつくものだと考えていた。

しかし、彼らは王子が差し出した饅頭を手に取ろうとしない。
ある程度の距離を置き、じっと無言で見つめるだけである。

「やめろ! そんなモン配るんじゃねぇ!」

群衆をかき分けて、一人の少女が怒鳴り散らしながら現れた。

奴隷少女「王族の腐った施しを受けるほど、あたしらは落ちぶれちゃいねぇ。とっとと宮殿に戻りな、クソガキ」

王子「どうして? 僕は君達をねぎらいたいのに……」

奴隷少女「自己満の押しつけなんか、こちとら迷惑なんだよ。それともなんだ、この鉄枷を外してくれんのか?」

王子「……」

少女は吐き捨てるように言う。

奴隷少女「ケッ! 最初から期待なんざ、これっぽっちもしてないぜ。王族や貴族はみんな、自分の儲けのことしか頭にないんだ」
173 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/03/31(土) 13:57:33.09 ID:CbeXd7Pc0
奴隷少女「昨夜も炭鉱区で働く女の子が死んだよ。現場監督に嫌われて、鞭打たれて殺されたんだ」

奴隷少女「あの女の子は、歌が上手でさ。王族にも貴族にも平民にも分け隔てなく声を届ける歌姫になりたいって笑顔で話してた」

奴隷少女「お前ら王族が、彼女の笑顔を奪ったんだ。それだけじゃない。今も数えきれないほどの奴隷が、不当な暴力で命を奪われてる。その自覚が、あんたら支配層にはあんのかよ」

王子はぽろぽろと大粒の涙を流した。
異変を感じた白騎士が、すかさず王子を庇うように立つ。

王子「ごめんなさい……ごめんなさい……僕のせいで、皆が辛い目に遭ってる……僕に力が無いから……ごめんなさい……」

奴隷少女「ふざけんな。泣きたいのはこっちだってのに、メソメソしやがって。お前は泣いている自分に酔ってるだけだろうが」

王子「違う! 違うんだ……」

白騎士「行きましょう。これ以上の問答は不毛です。貴様、奴隷の身分でありながら、殿下に対し働いた非礼の数々。許しはせぬぞ」

奴隷少女「あ? なんだお前。教育係なら、そのクソガキに教えてやれよ。世の中はお前が考えているほど甘くないってな」

白騎士は奴隷少女を警戒していた。
この少女が王子を責め始めてから、背後に控える奴隷達の様子が変わったのだ。

異様な闘気。
落ち窪んだ目に宿る光も激しさを増している。
この少女の下に、奴隷達は奴隷達は団結しているのだ。

危険だった。
このような底知れぬ活力に溢れた者が、いつの世も王権を打倒する。
王の首を刎ねる。
ここで殺してしまわねば、後々王子の身に危険が及ぶやもしれない。

王子「やめてくれ、白騎士殿。僕が悪かったんだ。饅頭は持って帰るよ。勝手な真似をして、すまなかった」
174 : ◆EpvVHyg9JE [sage]:2018/03/31(土) 13:59:12.77 ID:CbeXd7Pc0
誤字

奴隷達は奴隷達は

ではなく

奴隷達は

です

失礼しました
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/16(月) 00:37:51.61 ID:0F3DPzqA0
176 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/18(水) 22:59:31.45 ID:9B6rFOCH0
王子と白騎士は互いに一言も喋らず、厨房へ繋がる廊下を歩いていた。
あの後、王子は白騎士と侍従二人を連れて逃げるように作業場を立ち去ったのだ。
奴隷の心は、奴隷の身分に落とされなければ分からない。
王権の庇護下にある王子に、理解できるはずがなかった。

ここで民に歩み寄るか、民を遠ざけて遊び惚けるか。分かれ目だった。
現国王は遊び惚けながらも裏で世界各地に諜報部隊を送り、叛徒や賊の情報を受け取って分析している。
大唐国との交渉もまずまずだ。

しかし、この王子には父のような狡猾さがなく、機転も利かない。
遊びに耽れば、史上最低の愚王が誕生するのは火を見るよりも明らかだ。

白騎士「選択次第では、私は殿下に手をかけねばなりません。腐り果てた王家を正すために。私は王族に仕えているのではない。アルマリクという都市、ひいては国に仕えているのです」

そう思ったものの、口には出さなかった。
前を歩く王子の赤い髪が、初夏の乾いた風になびいていく。
177 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/18(水) 23:00:44.51 ID:9B6rFOCH0
勇者の家。枕元に、二人の男が座っている。
一人は羽扇を片手に携えた童顔の小男。
一人は鎖帷子を着込んだ、若く精悍な将校である。

童顔の男が呆れたように呟いた。

軍師「戦争が終わった矢先、熱を出す勇者がどこにいる」

便所掃除「勘弁してやれよ。軍人の俺でも完全な殲滅には苦労したんだ。こいつは軍の訓練を受けていない町人なんだろ? 生きて帰ってこれただけでも、御の字さ」

テルメズとの戦から三日。
死体処理や牧草地の洗浄はあらかた済んだ。
疫病を防ぐため血や糞のついた武具はアムダリヤ川で洗い、新たな侵攻に備えて防塁の再建も始まっている。

便所掃除の奮戦が噂となって広まり、近隣の村々から勇者軍に入りたいと志願する若者も増えた。
特にマザーリシャリーフなどは村人全員が尻に火が点いたかのごとく、訓練に励んでいるという。
すべてが変わりつつあった。

勇者「軍師、便所掃除、見舞いに来てくれたのか」

軍師が羽扇で勇者の額を叩く。

軍師「来てくれたのか、じゃあない。これからの方向性を決める大事な会議を開きたいのに、貴様がいなければ始まらんではないか」

勇者「そ、それはすまん」

便所掃除「待ちきれなくて、今から三人で会議を始めるんだとさ」
178 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/18(水) 23:02:19.28 ID:9B6rFOCH0
軍師がベッドの上に大きな地図を広げた。

軍師「やはり、王国軍だった」

勇者「なにが?」

軍師「テルメズ軍をけしかけた黒幕。間諜に調べさせて分かったのだが、王国軍がバルフを出発してから数日後、わざわざ山脈を縫うように迂回してテルメズに立ち寄っている」

便所掃除「それだけじゃない。テルメズの村長宅にも、アルマリクの国旗が翻っていたそうだぜ」

国王が理由をつけて、テルメズの男達を動かしたのだろう。
金銀を握らせたか、女子供を人質に脅したか。
理由はともかく、これはもはや王国軍による宣戦布告と見ていい。

軍師「とはいえ、まだまだ王国軍と勇者軍では力量に天と地ほどの差がある。加えて、王国軍の背後には大唐国が控えているのだ」

便所掃除「高仙芝の野郎も相手すんのかよ。キツイな」

大唐国の高仙芝は、武力・統率力・知力の三つを兼ね備えた稀代の名将として、勇者軍の間で恐れられていた。
魔王との最終決戦では、たった千騎で数万の魔王軍を打ち払った実績も持っている。
179 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/18(水) 23:03:12.24 ID:9B6rFOCH0
勇者「なんとかして大唐国をアルマリクから引っぺがしたいね」

軍師「ならば、我々が力を示さねばならん。周辺の都市を味方につけ、王国軍に負けぬほど勢力を拡大し、同盟を組んで利のある相手であることを教えなければならない。それは分かっている」

軍師「分かっているからこそ、今回の会議を開いたのだ。バルフの次に手に入れるべき場所を、貴様に伝えようと思ってな」

軍師「紺碧の都市・サマルカンド。ここだ。サマルカンドを治めるエルフ族は、王国側にも勇者軍側にも与していない。同盟を結べば、強力な味方になる」

バルフから十里ほど北に進んだ所に、『Samarkand』と太い赤文字が記されている。
高低差の激しい鉄門街道を抜ければ、数日で辿り着ける山間の都市だ。
弓の名手が多いエルフ族の地。

便所掃除「エルフの連中が敵になったら、やべぇな。アムダリヤ川を下れば、そのまま勇者軍本拠地のバルフについちまう。テルメズみたいに、いつ攻めてきてもおかしくないぜ」
180 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/18(水) 23:06:20.31 ID:9B6rFOCH0
勇者「けど、いきなり押しかけて『国と戦争するから味方になってください!』なんて頼んだところで、余計な厄介ごとに巻き込まないでほしいって突っぱねられるに決まってるよ」

軍師「真正面から突入してどうする。自分が勇者であることは隠せ」

勇者「え、俺が行くの?」

軍師「魔女と二人で行ってもらう。他の人間が動けない以上、新生勇者の肩書きを持つ貴様がエルフを説得するしかない」

勇者「魔女……頼もしいような頼もしくないような」

便所掃除「お前、バルフから出たことはあるか? 無いなら今の機会に世界をよく見て回っておけよ。大丈夫。バルフの守備は俺と軍師に任せて、テメェは大きく構えてりゃいいんだぜ」

軍師「勇者の聖剣は、ここぞという時に披露しろ。サマルカンドでの対応は、全て貴様と魔女に任せる」

勇者「やれるだけ、やってみるよ」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/18(水) 23:13:46.09 ID:SKkuLY9A0
182 : ◆EpvVHyg9JE [sage]:2018/04/18(水) 23:20:43.52 ID:9B6rFOCH0
一部てにをはを間違えている箇所(×王子に手をかける ○王子を手にかける)がありますが、ご了承ください
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/19(木) 00:55:59.42 ID:8/AhpePDO

誤字脱字誤変換はネットの常だ気にするな

あまりに酷いならさすがに指摘するけどww
184 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/20(金) 01:30:16.35 ID:P0ewiKag0
陽が沈み辺りが薄暗くなった頃、軍師と便所掃除はそれぞれの持ち場へ帰っていった。
自分の他に誰もいないせいか、家の中が随分と広く見える。

通りに響き渡る喧騒は、未だ絶えそうにない。
眠るのには些か不便しそうだが、町が賑やかなのは良いことである。
賑やかな分だけ物が流れ、金が動く。町全体が肥えていく。
先代勇者が暴政を行っていた頃は、どこか鬱屈とした暗い雰囲気が漂っていた。

今は違う。

皆が皆、新たな勇者の下に一致団結し、自分の生活をさらに良くしようと努力している。

勇者「やっと俺も、勇者軍に貢献できる場を手に入れた」

そう考えると、嫌な気はしない。
大富豪の屋敷では、妹が夜を徹して校正の嵐と向き合っている。
軽い調子のある間諜も、部下を育て暗躍の真っ最中だ。
自分だけ楽をするなど、落ち着かなかった。

間諜「こんばんはーッ!」

勇者「わッ!」

窓の外から、ニュッと首が突き出してきた。
茶色の髪に魔道具・ヘッドフォンを着けた少女。間諜だ。
床に転げ落ちた勇者を見て、クスクス笑っている。
185 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/20(金) 01:31:35.66 ID:P0ewiKag0
間諜「大丈夫ですか? まさかそんなに驚くなんて……ぷぷぷ、ごめんなさい」

素早く身体を滑り込ませると、間諜は勇者の傍に音もなく降り立った。

勇者「軍師と便所掃除の次は間諜か。仕事の途中だろうに、ありがとう。本当、頭が下がる思いだ」

間諜「私の勇者さんが倒れたと聞いて、生きた心地がしなかったです! でも、思ったより元気そうで安心しました」

勇者「仕事の調子はどう?」

間諜「まずまずですね。大富豪さんが腕の立つ忍びを50人ほど紹介して下さって。今はその50人と協力し、タシケントまで続く間道を探してます。ちゃんと成果は出ていますよ」

勇者「順調なんだな。お前が羨ましいよ、間諜」

間諜「順調だなんて、とんでもない。至るところで、王国側の諜報部隊と衝突しているんです。昨夜も三人が殺されました」
186 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/20(金) 01:33:06.55 ID:P0ewiKag0
間諜「暗い話はここまでにして」

間諜は窓に鍵をかけた後、サッとカーテンを閉めた。

間諜「これでやっと、二人きりになれましたね」

彼女の妖艶な微笑みに勇者の胸が高鳴る。
二人きりで何をするつもりなのか。
わざわざカーテンを閉める必要はあるのか。

間諜「夕飯、作りに来たんですよ。私の勇者さんが元気になるよう、腕によりをかけちゃいます!」

彼女は野菜と肉の入った布袋を卓の上に置いた。

勇者「なんだ、料理か」

間諜「むー、どうしてそんな露骨に嫌そうな顔するんですか! 私が作るんですよ? 流石に一流の料理人には化けられませんけど……普通の人より美味しいご飯は作れるんですから!」

勇者「ごめん、俺が勘違いしてただけなんだ。楽しみにしてるぜ」

間諜「じゃあ台所、ちょっとお借りしますね!」

夕飯を作るだけなら、なおさら窓やカーテンを閉める必要はない。
勇者は気になったことを彼女に聞いてみた。

勇者「バルフにも王国軍の諜報部隊が紛れているの?」

包丁で人参を細切りにしながら、間諜が答える。

間諜「はい。猜疑心の深い国王は、ほとんどの町に諜報部隊を送り込んでいます。叛乱の芽を摘むためですね。今回の件で、以前よりも多くの『偽町民』がバルフに潜伏するようになったはずです」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/22(日) 02:08:33.81 ID:ZWjlx+mDO
188 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/25(水) 01:05:50.78 ID:EYk+M2QI0
王国軍の諜報部隊は一般人に扮しているという。
兵がよく利用する鍛冶屋や勇者行きつけの料理店、防塁再建の土木現場。
あらゆる場所に潜伏し、聞き耳を立てているのだ。

間諜「勇者さんも、窓全開にしてちゃダメでしょ。殺してくださいと言っているようなもんですよ。もうちょい気をつけて」

底の厚い鉄製のカダイ鍋に油を引き、そこへ米、人参、玉ねぎ、サイコロ状に切った羊肉を入れ、ジャッジャッと軽く炒める。
台所から湯気と共に、旨そうな匂いが漂ってくる。

間諜「あと私が敵だったら、とっくに勇者さん死んでますよ」

勇者「そうだな」

間諜「そうだな、じゃないです。すっごい呑気なんですね。そのバカみたいな能天気さが勇者さんの強みなのかもしれないけど……」

勇者「褒めてるの、それ?」

間諜「もちろん! 私はいつでも勇者さんの味方ですから」
189 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/04/29(日) 00:46:17.20 ID:A18IrNem0
大皿に盛ったプロフが勇者の前に置かれた。ほかほかと立ち昇る湯気には、微かに唐辛子のスパイスが混ざっている。

間諜「完成です! 唐辛子がピリッと効いたプロフ(ピラフ)! 食べると体がポカポカしてきますよ」

間諜はベッドの縁に腰かけると、木の匙で米をすくい勇者の口元まで運んだ。

間諜「ほら、口を開けて。あーん」

勇者「お、うまい! 唐辛子の辛さが舌先で火花みたいに弾けて……。食べてるだけで楽しい料理、作れるんだな」

間諜「ふふッ、ありがとうございます」

勇者「間諜、ベッドの上に皿を置いてくれれば、あとは一人で食べられるから。わざわざ食べさせてもらうなんて申し訳ない」

間諜「いえいえ、これは私が好きでやっていることですから。あなたは気にせず食べて、寝て、病気を治してくださいね」

間諜「でも、魔女さん羨ましいなぁ……私の勇者さんと一緒に旅ができるだなんて。私も仕事放りだして、ついて行きたいです」

ため息をつく間諜の横顔に、勇者はドキッとした。
間諜は皆が手放しで絶世の美女と称賛するほど顔が整っているわけではない。
しかし、愛嬌のある仕草や時折見せる寂しげな表情は、この世のどんな麗人でも生み出せない独特の美しさがあった。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/29(日) 01:08:20.57 ID:4el66EfDO
191 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/01(火) 01:12:26.72 ID:nkQwmkls0
間諜「どうかしました?」

勇者「いや、なんでもない」

間諜「ちょっと、変なこと考えてたでしょ! 隠しっこなしです。言わないとご飯食べさせてあげません」

勇者「飯を人質に取るなんて卑怯じゃないか。それでも勇者軍の間諜かよ」

間諜「逆に卑怯じゃないと間諜なんてやってられません!」

勇者「分かった分かった、答えるよ。なんだか、お前が生き生きしていてさ」

間諜「へ……?」

勇者「俺なんかより、眩しいほど輝いている。思わず見惚れたよ。それだけだ。他に言いたいことはない」

間諜「じょ、冗談よしてください。わ、私なんか褒めても、別に何も出やしませんからね」

間諜「それに私、薄汚れた仕事で食べてきた人間ですし、魔女さんの方が私よりも数倍……」

勇者「俺は立派な仕事だと思う。見えない所で命を張って、不安定な勇者軍をずっと支えてくれた。間諜がいなかったら、俺はバルフを拠点にすることすらできなかったかもしれない」

勇者「ありがとう、間諜。心の底から感謝している」

彼女の目が大きく見開かれた。
頬をほんのり紅く染め、勇者の視線から逃げるようにうつむく。

間諜「お世辞ばっかり……」
192 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/01(火) 01:14:39.53 ID:nkQwmkls0
静寂が部屋を包んだ。
暫し間諜はうつむいていたが、何かを振り切るように立ち上がった。
両手を腰に当て、説教するように捲し立てる。

間諜「い、いいですか勇者さん! 私達は強大な国家を相手取っているのです! たとえ多くの同胞を獲得しても、その犠牲は計り知れないでしょう」

勇者「それは分かってるよ」

間諜「分かってません! こんなところで、あの人が綺麗だのこの人が美人だの、現を抜かしている暇なんてないのです!」

勇者「いや、お前……」

間諜「危うく自分を見失ってしまうところでした……いけませんね。勇者さんの顔面は凶器です!」

勇者「顔面が凶器って酷い言い様じゃないか」

間諜「とにかく! これにて私は失礼します。その笑顔、くれぐれも私以外の人に向けちゃダメですよ! みんな心を乱してしまいますから……」

そこまで話すと、間諜は影と同化するように部屋から姿を消した。

勇者「はぁ……」

勇者は溜息をついた。
何とも身勝手な理屈を押しつける少女だ。
しかし、その少女が数十人の忍びを束ね、王国軍の諜報部隊と血みどろの闘いを繰り広げているのである。

勇者「やっぱり間諜には頭が上がらないな」

皿にはまだ、食べかけのプロフが湯気を立てていた。
夜空に浮かぶ満月は、今宵も銀色の光を放っている。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/01(火) 03:01:08.32 ID:7Yc7+KCDO
194 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/02(水) 19:25:38.48 ID:WBIQqYWr0
身体が嘘のように軽い。眩暈もすっかり収まった。
数日ぶりの外は暗く、冷え込んでいた。
家の周りを一周だけ走った後、共同井戸の水を汲み上げて飲んだ。
身体中の眠気が吹き飛んでいく。

勇者「腹減った。飯だ飯」

かまどに火をつける。
鍋が温まるまでの間、勇者は棚にあった丸いチーズを小刀で薄くスライスした。
鍋の準備が整ったところで、チーズを投入。
溶けるまで両手をこすりながら、辛抱強く待つ。

勇者「お、できたみたいだな」

ナンを溶かしたチーズに浸けて頬張る。
それだけなのだが、とても美味い。食べれば食べるほど、腹が減ってくる。
溶かしたてのチーズは熱いので、水で口の中を冷やしながら食べた。

勇者「よしッ」

朝早く出立した。花畑の丘を登り、屋敷の前に立つ。
悪趣味な純金の像は既に撤去されていた。屋敷全体を覆っていた金箔も剥がされてある。
良く言えば瀟洒、悪く言えば地味な外装だった。

魔女「3分遅刻。おはよう、寝坊助さん」
195 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/10(木) 21:32:17.97 ID:IVh+ZABj0
声が降ってきた。
屋根の上に魔女が座っている。
荷物は何も持たず、どこか散歩へ出かけるような姿だ。
険しい鉄門街道を通るに相応しい恰好ではない。

勇者「遅れてすまない、準備に時間がかかって。……魔女、手ぶらに見えるけど大丈夫か?」

魔女が目の前に降り立った。短いスカートがふわりと舞い上がる。
ちらと見えた純白の下着に、思わず勇者は目をつむった。

魔女「心配いらないよ、野宿には慣れてる」

魔女「先代勇者君の冒険も、終盤になると財布が大分カツカツになってきてね……泥沼でも崖っぷちでも、気合いで寝たものさ」

勇者「そういうことを聞きたいわけじゃないんだ」

首を傾げる魔女。

勇者「これからエルフ族を仲間に引き込むんだぞ。どんな道具を使って説き伏せるだとか、どこから攻めてみるかとか……」

魔女「綿密な計画を練るのは軍師の仕事。ボクらの仕事は何か、もう一度よく考えてごらん」

いくら計画を練ったとしても、標的の心を衝き動かせなければ意味がない。卓上で考えられることには限りがあるのだ。

勇者「もっと気楽に構えろ、か」

魔女「そういうこと。じゃあ、出発しようか」

魔女が白い歯を見せ、手を伸ばした。
薄紫色の瞳に、悪戯っぽい光が宿る。

魔女「紺碧の都市・サマルカンドへ!」

勇者「楽しい旅になりそうだ」

ふっと優しく笑みを浮かべ、勇者は魔女の手を取った。
196 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/11(金) 00:09:06.13 ID:QmyZmny70
空気が熱く、乾いていた。喉がひりひり痛む。
竹筒の水はもう半分まで減っている。日照りが強く、歩くだけでも水分が汗となって流れ落ちる。
鉄門街道という険しい山道ならなおさらだ。

額にじっとり滲んだ汗を拭い、勇者は溜息を吐いた。休みたい。
どこでもいいから、日陰の下で少しの間だけ眠りたい。

勇者「魔女、ちょっと休もう」

魔女「まだまだ、陽が高いうちに進んでおかないと。夜は暗くて足場が見えない。キミを歩かせるわけにはいかないね」

勇者「そんなの、光魔法で辺りを照らせばいいじゃないか」

魔女「ダーメ! 光魔法は消費するマナが多いんだ。使い続けると身体中の生命力を使い果たして、しわしわのお婆さんになっちゃうよ」

勇者「せめて、雨が降ってくれたら最高なんだけど」

魔女「キミが望んでいるような、適度な雨は降らせられないよ。ボクの魔法、意外と加減が難しくてね。魔物を殲滅するためのものしか覚えていないんだ」

勇者「魔女の魔法、実用的なものほとんどないんだな」

魔女「みんな魔王を倒すためさ。ボクだけじゃないよ。先代勇者も戦士も僧侶も、魔物を殺す訓練しか受けていない」

魔女「所詮、ボク達は使い勝手のいい兵器だったんだよね。勇者パーティーと聞こえはいいけれど」

そう語る魔女の横顔は少し寂しげだった。
197 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/11(金) 00:17:32.41 ID:QmyZmny70
勇者「おい、あれ……人が住んでるんじゃないか?」

崖の下に、集落が見えた。
煙突のような形をした、筒状の家が連なって建っている。
どれも漆喰で塗り固められた、原始的な家屋だった。
集落の周りに広がるのは黄金色の麦畑だ。
二頭の黒牛が刈り取った麦を踏んで脱穀している。

魔女「ハザラ族の集落だ」

勇者「ハザラ族?」

魔女「鉄門街道には多くの少数民族が集まっていてね。ハザラ族もそのひとつなのさ。もとはウイグルと同じ、遊牧騎馬民族だった」

ハザラ族は王国軍の圧力を受け、鉄門街道へと逃げた民族である。
数えきれないほどの男が殺され、婦女子が慰み者にされ、同胞の数はかつての三分の一にまで減ってしまったのだという。

勇者「ハザラ族は王国に強い恨みと憎しみを抱いているのか。なら、協力を仰げるかもしれない」

魔女「どうだろう、そこまで甘くないと思うけど」
198 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/11(金) 00:19:04.86 ID:QmyZmny70
二人は慎重に崖を降り、ハザラ族の集落へ足を踏み入れた。
ハザラ族の家は崖上から見るよりも、予想以上に大きかった。
バルフの町でよく見かけた、祆教の拝火殿に似ている。
一回の小窓から中を覗くと吹き抜けになっており、螺旋状の階段が上まで続いていた。

勇者「ごめんくださーい」

勇者の声が、塔の中で空しく響き渡る。もう一度呼びかける。

宿屋の主人「何モンだおめェら!」

振り返れば、フォークのような形の農具を構えた男。
麦を踏んでいた二頭の牛を連れ、麦畑からちょうど帰ってきたところのようだ。
勇者と魔女を空き巣か何かと勘違いしている。勇者は慌てて頭を下げた。

勇者「いきなりお邪魔してすみません。俺達、サマルカンドに用がありましてカーブルからはるばる旅してきたんです」

魔女「ボクら、世界中を旅する大道芸人でね。ドワーフ族を驚かせて、今度はエルフ族に芸を披露しようと思っているんだ」

カーブルとはバルフの南にある都市のことだ。ドワーフ族の統治下に入っており、王国の手が及んでいない。就いている職業も怪しい『冒険家』ではなく『大道芸人』とした。

宿屋の主人「なんだ、そんなことだったのか。盗賊だと思ってビックリしたぜ。武器向けちまってすまねぇな」

宿屋の主人「オラ、隊商宿やっとるんよ。この村に留まるなら、オラのところで休んでいくといい。金は取らねぇからよ」

勇者「ありがとうございます! 別に納屋でも構いませんので……」

宿屋の主人「大事なお客様を、納屋に泊めるなんて宿屋失格だろうが。三階の部屋は誰も使っていない。案内してやる」
199 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/11(金) 00:20:02.16 ID:QmyZmny70
急な螺旋階段を上り、三階の客室に案内された。
がらんとした殺風景な部屋に、寝具と思しき毛布が二つ敷いてある。

奥の壁には、四角い小窓がひとつ。
窓と言っても穴を開けただけなので、冷たい風はもちろん吹き込むし、雨の日に立てば身体が濡れてしまう。
それでも、野宿するよりは百倍ましだった。

勇者「金も払わずお世話になっていいのかな」

魔女「こちらが払おうとしても、相手は受け取らないだろうね」

勇者「俺、ちょっとハザラ族のことが好きになりかけてる。こんな優しい人達に巡り合えて、幸先が良いな」

魔女「先に言っとくけど、これは慈善事業じゃないよ。客に問題を起こされたくないから、安全に村を通過してほしいから待遇を良くするんだ。一種の自己防衛さ」

窓から外を覗くと、宿屋の主人が二人の供を連れて隊商宿から出て行く様子が目に入った。
三人とも、農業用のフォークを担いでいる。牛に脱穀をさせた後は、何をするつもりなのか。
勇者は彼らの行き先を見守った。
200 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/11(金) 00:20:52.18 ID:QmyZmny70
宿屋の主人「今日は良い風が吹いている。お前ら、オラの合図に合わせるんだぞ」

三人は牛に踏まれた麦の山を囲んで立った。
俄かに、木々がざわざわと揺れはじめた。砂塵が舞い上がる。川面が波打つ。
ごう、と一際強い風が吹き荒れた。その時だった。

宿屋の主人「そーれッ!」

麦の山へ、三人が一斉にフォークを突き立てた。
突き立てるやいなや、すぐさま撥ね上げる。大量の麦が宙を舞う。
バラバラとその場に落ちるものもあれば、遠くまで風に飛ばされる殻粒もある。
嘘のように風が凪ぎ、また吹き荒れた。

宿屋の主人「腕に来るだァ? ハハハ、良かったじゃねぇか!」

ハザラ族に伝わる民謡を口ずさみながら、三人は一定のリズムで麦を宙へ放り続ける。
実の詰まった良質な麦は地へ落ちる。中身のない麦は風に流され消えていく。
ふるいにかけるより、効率的な選別の仕方だ。バルフではあんなやり方は見たこともなかった。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/11(金) 01:41:35.77 ID:YgGgMHCDO

待ってた
202 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/12(土) 19:29:28.05 ID:Qg3um/TT0
宿屋の主人「このくらいで良いだろう。おめぇら、休んでいいぞ。オラは他の仕事がある。陽が沈んだら帰る」

二人が去った後、主人はその場にしゃがみ込んで選別した麦の状態を見た。
本当に良質な麦か確かめるためだ。すると、麦山の奥から姿を表した影がある。
蒼い絹服に身を包んだ上級官員だ。

勇者「なぜこんな辺鄙な場所に上級官員が?」

目を疑った。宿屋の主人は官員に何度も頭を下げ、何かの入った包みを渡している。
包みを受け取った官員はピンと伸びた髭をつねると、踵を返して再び麦山の奥へ消えていった。

魔女「なにか面白いものでも見えた〜?」

魔女がぶっきらぼうに聞いてくる。
振り返ると、彼女は雪のように白い髪を櫛で梳かしている最中だった。

勇者「面白いものだって?」

魔女「声、震えてるよ」

勇者「うッ……」

宿屋の主人は官員と繋がっている。どういう形かまでは知らないが、繋がっていることに変わりない。
油断ならない人物だ。もし勇者であることが知れたら、官員ひいては国王にまでこちらの動きが筒抜けになってしまう。

魔女「キミが思っていること、当ててあげようか」

勇者「ああ?」

魔女と目が合う。混じり気のない薄紫色の瞳。
思っていることとはなんだ。
彼女はどこまで自分の心を見透かしているというのか。

宿屋の主人「おい、おめぇら。夕飯までちょっとかかる。その間に、サウナで汗でも流してこい」

魔女「ふふっ、ありがとう。部屋だけじゃなく食事やサウナまで」

宿屋の主人「久しぶりのお客様だからな。あとでゆっくり話、聞かせてくれや」

目を細めて笑う宿屋の主人。
その笑顔が、勇者には紛い物のように思えてならなかった。
203 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/15(火) 00:34:12.44 ID:hJN7I0W/0
隊商宿を出て麦山を横目に少し歩くと、卵型の大きな建物が見えた。
外壁も床も、なんとすべすべした大理石でできている。
ハザラ族が建てたものとは、到底思えない。
しかし、勇者は首を横に振る。

勇者「俺が想像する以上に、ハザラ族は進歩した技術を持っているのかもしれない。まだ決めつけるのは早いぞ」

部屋の中央に、焼けて赤くなった石が置いてある。
扉の辺りにあった水瓶を抱え、なみなみと注がれた冷水を石にかけてみる。たちまち白い湯気が立ち昇った。
焼けた石に水をかけ、蒸気で室内の温度を上げる。単純だが、なかなか考えられている。
勇者は大理石の床にあぐらをかき、ぼんやりと石を眺めた。

勇者「散々な一日だったな」

牧草地を抜けてから、ひたすら荒れた山道を歩き続けた。
疲れ果て脚が棒になっても、魔女は平気な顔で急かしてくる。
最初に会った時と、だいぶ印象が変わった。
謎の多い美女というよりも、ただの面倒臭いお姉さんのように思える。

魔女「やぁ、気持ちよさそうだね」

身体に布を巻いた魔女が、勇者の隣に腰を下ろした。

勇者「魔女、どうして来たんだよ」

魔女「ん? ボクも汗を流そうかなって。悪いかな?」

勇者「別に悪くはないけど……目のやり場に困る」

魔女「キミは前を向いてひたすら突き進めばいい。横や後ろを見張るのは、ボク達の仕事さ」

勇者「いや、そういう意味ではなくてね……」
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/15(火) 02:19:33.72 ID:eNSzG1cDO
205 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/15(火) 23:24:06.67 ID:hJN7I0W/0
しばらく二人は無言で焼石から立ち上る蒸気を眺めた。

勇者「……間諜が命懸けで道を切り開いているのに、俺達だけサウナでのんびりしていいのかな」

魔女「平和だよね、この村」

勇者「ああ」

魔女「厄介ごとなんか起きて欲しくないよね〜、ふっふっふ」

まるで厄介ごとを望んでいるかのような口ぶりに、勇者は肩を竦めた。仰向けに寝転がる。
天井のアラベスクがぼやけて見える。隣では、魔女が顔に泥を塗りたくっていた。

勇者「そういえば……さっきの話、聞かせてくれ」

魔女「さっきの話?」

泥まみれのまま、覗き込んでくる魔女。

勇者「俺の考えていることが分かるんだろ。サウナにいるのは俺とあんただけだ。遠慮なく言えよ」

魔女「ん〜とね、キミは『美人と定評のある魔女先生と同じ部屋? なんたる僥倖、デュフフ!』と考えて……」

言いかけたところで、魔女はハッと顔を上げた。
暗闇の中、一点だけを見つめている。

魔女「あそこに、誰かいる」
206 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/15(火) 23:27:32.93 ID:hJN7I0W/0
勇者「俺達の他に? まさか、変なこと言うなよ」

魔女「キミ、そんな隅にいて寂しくないかい。ボク達のところへ来てくれないか。ハザラ族の民謡に興味があるんだ」

返事はなかった。物が動く気配すら感じられない。

魔女「勇者君、行ってみよう。様子がおかしい」

勇者「おい、そんな大胆に近寄っていいのかよ」

急いで後を追うと、魔女が振り向いて言った。

魔女「見給え、ボクの予想した通り人が倒れている」

痩せこけた老人が、壁にもたれかかっていた。すでに息絶えている。
特にこれといった傷痕は見当たらないが、落ち窪んだ眼窩や骨と皮だけの遺骸は、異常極まる状況と呼ぶに十分過ぎた。

魔女「すごいなキミは。厄介ごとを招き寄せる天才だ」

勇者「それなら凡才の方が良かったよ、まったく」

荒れ地の奥に潜む謎の集落。
誰でも無料で泊める隊商宿。
官員と怪しい取引をする宿の主人。
そして、事件を引き寄せる勇者の宿命。

これだけの条件が揃っていて、無事に村を通り抜けられるはずがない。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/16(水) 00:32:52.53 ID:hkyQ6MQDO
208 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/18(金) 23:27:15.26 ID:w/kGJFk40
その日の夜は、宿屋の主人と当たり障りのないことを話して終わった。
大道芸人になった経緯や、カーブルでドワーフ族に披露した芸についてだ。
一応、この村では大道芸人として通っている。
勇者であることが宿屋の主人に知れたら、こちらの動きが最悪の場合、国王にまで知られてしまう。

魔女「ふぅ〜、ご飯おいしかったね〜」

三階の客室。
ほろ酔い加減の魔女が舌足らずな口調で絡んでくる。
勇者は魔女を無視し、荷を解いた。織布にくるまれた、一本の剣。
先代勇者が佩いていた、伝説の聖剣である。
これで魔王アジュダハを討ち取ったのだという。いつ聞いても信じられない御伽噺だ。

勇者「こんな鉄の塊ひとつで、先代様もよく魔王に立ち向かったよな。町人の俺には到底真似できないことだ」

魔女「聖剣と先代勇者だけだったら、負けていたよ。戦士、僧侶、ボク。兵站線を担った大富豪。周辺国に援軍を要請してくれた国王陛下。すぐさま要請に応じた大唐国の玄宗皇帝、高仙之将軍」

魔女「魔王討伐には、敵対する王国軍の力も大きかったのさ」

魔女はぶっきらぼうに語ると、小瓶にある酒を飲み干した。
209 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/18(金) 23:33:05.97 ID:w/kGJFk40
魔女「これまで全力で支えてくれた人達が、今度は全力で殺しにかかってくる。それが盟友であったとしても」

勇者「盟友?」

魔女「王都アルマリクに、弟がいるんだ。まぁ、血の繋がりのない義兄弟なんだけど。ボクはその義弟と切磋琢磨していてね。魔物の討伐数を競ったり、新たな魔法を見せ合ったり、くだらないことで盛り上がったものさ」

勇者「後悔しているのか?」

魔女「いいや、これっぽっちも。ただ、次に義弟と会う時はボクと彼のどちらか一方が死んだ時だ、とは思っている」

勇者「そうか」

小瓶を傍らに置くと、魔女は両手を上に伸ばした。

魔女「うぅう〜ん……はぁッ……そろそろ寝ようか。灯り、消すよ」

勇者「おやすみ」

ふうっと魔女が燭台の火に息を吹きかける。
辺りが暗闇に閉ざされた。

勇者「魔女……起きてるか?」

魔女「なに?」

勇者「いつか、あんたの義弟と会ってみたいな」

魔女「会わせてあげるよ……いつかね」

鉄門街道の長い夜が静かに更けていった。
210 : ◆EpvVHyg9JE [sage]:2018/05/18(金) 23:34:42.72 ID:w/kGJFk40
今回はここまで
最後に誤字訂正を
高仙之ではなく高仙芝です
失礼しました

211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/19(土) 04:35:09.93 ID:+SVRfXPDO
212 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/23(水) 17:55:10.66 ID:YsdTWoQ5O
宵闇の中で、何かが動いた。
ぴしり、と幹の割れる乾いた音。
灌木から灌木へ、素早く疾る影。
家畜小屋で牛に穀物を与えていた主人は、手を止めて辺りを見渡した。誰もいない。

宿屋の主人「気のせいか」

再び牛へ向き直る。
家畜の様子がおかしい。
小屋の奥に、固まっているのだ。
危険を避ける、生物の本能と言うべきか。

宿屋の主人「何がそんなに怖いんだ」

訝しみながら主人は小屋の外へ出た。
外に繋いであるロバに乗り、麦畑を一周する。
不審者が潜んでいる気配はない。
家畜小屋へ戻ろうと主人が馬首を巡らせた

刹那。

ヒョウと風を切る音。
鋭い痛みが左肩に走る。
見れば、矢が深々と突き刺さっているではないか。

宿屋の主人「この矢羽……!?」

四方八方から手が伸びてきて、鞍上の主人を地面へと引きずり倒した。抵抗する間もなく、後ろ手を縛り上げられる。

女「お頭! こいつ殺っちまってもいいですか!?」

男「やめろ、阿呆。同族殺しは禁忌だろうが。2、3人監視をつけて、どこか目につかない場所に転がしておけ」

女「でも、こいつはお頭の仇じゃ……」

男「仇だからって掟を破ればハザラの恥だ」

女「さすが、お頭!」

男「片っ端から探し出せ。他にもいるはずだ。ハザラの魂を悪魔に売った、とびきりの阿呆共がな」
213 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/05/25(金) 23:40:20.22 ID:SkvD6Y9Z0
耳障りな金切り声が、暗闇を一気に駆け抜けた。誰かが襲われている。
跳ね起きた勇者を阻むように、横から刀が突き出された。三日月の如き弧を描く刀。
死神の鎌、と言っても相違ない。

男「手を後ろに回せ。抵抗するなよ。テメェの首が惜しいならな」

野太い男の声がする。
勇者は隣で眠っているはずの魔女に目配せした。
しかし、魔女も勇者と同様に両手を縛られ床の上に転がされている。

無言で首を横に振る魔女。
暴れるな、ということだろう。

勇者「お前達は、何者なんだ。俺を、魔女をどうする気だ」

男「こっちこそ聞きたいことは山ほどある。魔王を斃した女傑と、新たに生まれた勇者殿。お偉がた2人が、こんな場所で何をしているのかってな」

勇者(なぜ、俺と魔女の正体を知っている? まさか、先代勇者を追い落とした場所にいたのか?)

男「ところで勇者殿、その織布に包まれている物はなんだ?」

勇者「そ、それは……!」

男「よほど価値のあるものと見える。さしずめ、伝説の聖剣といったところか。面白れェ」

男は織布を剥ぎ取ると、聖剣を腰に佩いた。
素早く鞘走らせ、一颯、二颯と素振りする。

男「ただの剣にしか見えねェな。それも刃毀れしてる、なまくらだ」

勇者「やめろ、汚い手で聖剣に触るな! 盗賊野郎!」

男「盗賊野郎……か。その呼び名、最初は堪えた。遂に俺も盗賊まで堕ちたのか、と。とうの昔に慣れてしまったがな」

勇者「あ……?」

剣を鞘に収めた男は団扇のように大きな手で、もじゃもじゃの髭をしごいた。

盗賊「俺の名はシェイバニ。鉄門街道で盗賊団を率いている。まぁ、名前などあってないようなものだ。覚えてもらわずとも結構」

盗賊「テメェが外から来たことは知っている。だが、ここの釜の飯を食ったなら話は別だ。尋問を受けてもらうぜ」
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/28(月) 00:25:43.50 ID:5djHMLIDo
あ、そう。一生懸命頑張ってね
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/28(月) 13:30:59.33 ID:LZspTsuMO
見てるぞ
216 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/02(土) 20:13:06.39 ID:rjs6CqC/0
女盗賊「オラ、さっさと吐きな! あんたらが隠してる財宝、どこにあるんだい!」

逆さまに吊り下げられた、十数人の男女。集落の人間だ。
彼らの間を、褐色の肌の女性が鞭を片手に、行ったり来たり繰り返している。
尖った鼻に、澄んだ空色の瞳。南方系の人間か。
首にかけられた黄金のネックレスが、ジャラジャラと音を立てた。

魔女「うわぁ、下品な女だね」

囁きのつもりが、どうやら女盗賊の耳に届いたらしい。
肩を怒らせ魔女の前に立つと、純白の髪をむんずと掴み、引き寄せた。

女盗賊「誰が下品な女だって? 蹴飛ばされたいのかい、えぇ?」

魔女「虫けらに蹴られたところで、痛くも痒くもないんだけど」

涼しい表情のまま、さらりと答える魔女。

女盗賊「こんの、クソアマ……!」

盗賊「その2人は勇者一行だ。手荒な真似はよせ」

女盗賊「けどよ、お頭ァ! こいつらあたしを馬鹿にして……」

盗賊「阿呆かテメェは。尋問に私情を挟むんじゃない。それに、殴れば殴るほど裏切者共は口を固く閉ざす」

魔女「……盗賊君、その裏切者って言葉。キミ達も何か事情があって村を襲ったんだろう?」

盗賊「余所者には、関係のないことだ」

魔女「もし、ボクが『財宝』の在り処を知っているとしたら?」

盗賊「一介の旅人ごときが、何を知る」

魔女「うーんとね。ボクの中で気になった場所があるんだ。ね、勇者君」

勇者「え、俺?」

魔女「キミと一緒に入ったサウナ。枯れ果てた死体が壁によりかかっていたろう? なぜサウナに死体が置いてあるんだ?」

勇者「確かに、死体を隠すには堂々とし過ぎているような気もする……」

魔女「盗賊君、人を遣り給え。いや、ボク達も一緒に行こう。この集落の真実を見届けようじゃないか」 
217 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/03(日) 15:05:34.32 ID:IMIN4WEW0
サウナ。
中央に焼けた岩が置いてある。
その奥には勇者と魔女が見つけた変死体。

盗賊「この死体、両手のひらに火傷の痕があるな」

盗賊「なるほど、岩がヒントか」

盗賊は部下に命じて、焼けた岩を長い木板で転がした。
それほど大きな岩ではなかったので、簡単にどけることができた。

勇者「階段……!?」

魔女「どうやら、当たりみたいだね」

地下へ続く苔むした階段が現れた。
男は地下から必死の思いで這い出た後、何者かに追い着かれないよう再び岩を転がして穴を塞ぎ、そこで力を使い果たしたのだ。

盗賊「ようやく、見つけたぜ」

女盗賊「ついに、財宝を手に入れるんですね。あたし達……」

勇者「財宝……?」

盗賊「これからテメェらに良い物を見せてやる。なぜ俺達がこの村をしつこく襲うのかも、教えてやろう」

女盗賊に縄を引かれ、勇者と魔女はぬめりのある階段を下っていった。
218 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/03(日) 15:19:29.58 ID:IMIN4WEW0
地下は暗く、ひんやりと肌寒かった。盗賊が松明に火を点ける。
岩を荒く削った通路が、細長く伸びているようだ。
幅は2人が肩を寄せ合ってやっと収まる程度である。

盗賊「まさか、と思った。そんな地獄絵図がこの世に存在するのか。何かの間違いではないのか。夢を見ているのではないか」

盗賊「色々なことを考えた。だが、結局すべて現実に過ぎないのだと、最近になってようやく受け入れることができた」

盗賊「俺は絶対にあの男を許さん。たとえ偉い大僧正が許そうと、国王が許そうと、神が許そうと、俺だけは許さない」

通路を抜けると、開けた空間に入った。
ガサガサ、闇の中で蠢く者がいる。
鼻が曲がりそうな悪臭も漂ってくる。

勇者「ウッ! 臭い! 動物園みたいな……」

女盗賊「お頭、本当に財宝なんてあるんですかい? あたしゃ不安になってきましたよ」

盗賊「魔女、光魔法で部屋を照らしてみろ。やらなければ殺す」

魔女「えぇ〜マナを多く使うのに〜。ぶつぶつぶつ〜」

空間に眩しいほどの光が満ちた。広大な畑だった。
骨と皮だけになった人間が、畑に植えてある植物を摘んでは壺に入れ運んでいる。

女盗賊「お頭、まさか裏切者が隠している財宝って」

盗賊「そうだ。地下に広がる、この畑のことさ。裏切者は畑でガンジャを栽培し、乾燥させ、商品として闇商人に献上していたのさ」
219 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/03(日) 15:22:27.35 ID:IMIN4WEW0
勇者の脳裏に、夕方目にした光景が蘇った。
宿屋の主人が必死に頭を下げていた相手。
あれは高級官員などではなく、非合法の商いを取り扱う闇商人だったのだ。
渡していたのも、おそらく麻薬だろう。

魔女「盗賊君。キミはもう、分かっているんじゃないか? 事の顛末が」

勇者「事の、顛末?」

魔女「王国軍に追われて鉄門街道へ逃げ込んだのも」

魔女「婦女子を虐殺されたのも」

魔女「そもそも強力な遊牧騎馬民族だったというのも」

魔女「すべて真っ赤な嘘なんじゃないのかな?」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/06(水) 03:49:22.06 ID:bKe36NXDO
221 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/06(水) 16:44:00.31 ID:YxEXL6rxO
盗賊「大当たりだ、魔女さんよ。俺達ハザラ族は、力のある騎馬民族でも交渉技術に長けた商業民族でもなかった」

盗賊「周囲の外敵に怯えながら小さな畑を耕す、泥臭い農耕民族だったんだ」

盗賊「金もねェ、人もねェ、住む場所もねェ。それでも、なんとか貧しいなりにやりくりできていた。瀬戸際の所でな」

盗賊「ご先祖様から受け継いだ、ハザラ族の高潔な魂があったからだ。たとえ弱小な民族でも、鉄門街道を守護してきた。そのちっぽけながらも強く光り輝く魂があったからだ」

上手くいっていた。
あの男、闇商人がハザラ族の集落を訪れるまでは。
闇商人は初め、美味い酒や北の湖で獲れた新鮮な魚を無料で村人に提供した。ハザラの民は神が聖人を遣わしたものだと思い込み、飲めや歌えやの大騒ぎ。その呆れるほどの純粋さが、闇商人につけ込む隙を与えたのだ。

盗賊「闇商人は自分の農園で働かないか、と話を持ちかけた」

盗賊「野菜を栽培し、収穫する。それさえすれば、誰にも奪われない豊かな土地を貸し与えると。夢のような話だった」

勇者「あんたは、闇商人について行かなかったのか?」

盗賊「もちろん、俺は反対したよ。明らかに怪しい臭いがする。無条件で多くの人間に土地を貸す阿呆など、いるはずないからな」
222 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/06(水) 16:49:29.71 ID:YxEXL6rxO
ハザラ族は闇商人の話を巡って、盗賊派と宿屋の主人派に分裂した。ハザラの魂を守り、鉄門街道で生きてゆく者。ハザラの魂を売り、闇商人についてゆく者。

半数の同胞が盗賊の下を離れた。妻も息子を連れ、出て行ってしまった。盗賊に残されたのは百名ほどの仲間と高潔なハザラの魂のみ。

盗賊「だが、気持ちだけでは仲間を養うことはできない」

盗賊「俺は初めて盗みをやった。バルフに住む地主の屋敷に忍び込んで、宝石をかっぱらったのさ。それを闇の仲介人に渡し、膨大な値段で宝石商へ売りつけた」

盗賊「盗みも殺しも人道に反していることは分かってる。けど、生きるためには、生かすためには盗みに手を出すしかなかった」

民に重労働を課し、自らは甘い汁を啜る。
貴族こそ絶対的な悪であり、外道が溜め込んだ財宝を貧しき者へ分配せねばならない。強引な理由をつけて、窃盗や殺人を正当化するようになった。

鉄門街道を通る金持ちは全員殺した。妻や子供に至るまで見境なく殺した。悪魔を殺せば、その分だけハザラの魂が浄化される。天国へ近づける、気がする。
高潔な魂は、歪み切った卑劣な盗人根性へ変わっていたのだ。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 01:47:07.16 ID:DVCYn8HDO
224 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/09(土) 00:02:54.58 ID:k+x3Sqx80
盗賊「こいつはもっと南方から流れてきたんで、ハザラ族の事情をまったく知らない。盗賊としての俺を追っかけてきただけなんだ」

女盗賊「お頭、どうしてあたしに教えてくれなかったんですか」

盗賊「余所から来たテメェに、いらぬ心配かけると思ったからだ」

女盗賊「お頭にとって、あたしはまだ余所者扱いだったんですか」

盗賊「んなこたねぇ、テメェも立派なハザラの一員だ。だが、わざわざ惨い話を聞かせる必要もないだろ……」

盗賊の表情がハッと変わった。痩せ細った女性が間道に倒れている。
彼は急いで女性の傍に駆け寄り、抱き起した。
瞳の焦点が定まっていない。鼻水とよだれで服はべとべとであった。

盗賊「おい、俺の声が聞こえるか。俺が誰だか分かるか」

女性「あぇ……?」

盗賊は悔しそうに歯を噛みしめた。

盗賊「家内だった女だ。もう薬にやられて、俺のことをすっかり忘れてしまっている」

盗賊「家庭を捨て、見知らぬ男の後を追い、辿り着いた先がこの地獄。相応の末路だろうよ」

勇者「それでも、愛していたんだろう?」

魔女「勇者君、それは野暮な問いだ」

盗賊は自警団と戦をする覚悟まで決め、闇商人の牙城に乗り込んだのだ。
自分の下を離れていった仲間達を取り戻すために。

盗賊「事が済んだら、また仲間に迎えるつもりだ。確かに一時悪魔に魅了されたが、奴らの性根は腐っていない。立ち直ることができる。そう、信じている」

魔女「うふふふ。意外と甘いトコあるんだね、キミ。一度裏切った人間が、二度裏切らない保証はないんだよ?」

盗賊「今度はみっちり『教育』する。何も知らない仲間を扇動した宿屋の主人。あいつは特にな」

魔女「ところで盗賊君、キミは一生こんな寂れた山奥でつまらない盗みを続けていくつもり?」
225 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/09(土) 00:06:44.53 ID:k+x3Sqx80
盗賊「生きていくためだ」

魔女「そうは言っても、王国軍が正規の討伐軍を出してみな。キミ達は枯れ葉のように吹き飛ばされ、踏みにじられ、ハザラ族丸ごと滅ぼされてしまうよ」

魔女「地方貴族や下級官吏の財産なんて知れたものさ。ボク達は、そんなものとは比べ物にならないほど大きな標的を狙ってる」

盗賊「大きな標的?」

魔女「この国を、盗ってみないか」

盗賊「国を盗る? ハッ、戯言を。テメェら二人で国が盗れたら、それこそ天地がひっくり返るだろうよ」

魔女「いいや、本気さ。もう既にバルフは勇者軍の手中だし、ボクらの後ろには大富豪がいる。北のサマルカンドも、タシケントも、押さえる準備はできている。そして、何より神様の御加護がある」

盗賊「そんなペラペラ喋っちまっていいのか」

魔女「キミは『こちら側』だ。だから話した」

盗賊「テメェが今話した内容を持って、国王のもとまで駆け込むかもしれないぜ」

魔女「そんなことをしても無駄だと、キミが一番分かっているだろう。国の官吏を殺した時点で、キミの道は定まった」

盗賊「ケッ……拒否権はなしか。このド阿呆が」

悪態を吐きながらも、盗賊の口元は微かに笑っていた。
226 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/09(土) 00:13:08.30 ID:k+x3Sqx80
闇商人「ぢょっど待っでェェ〜〜!」

闇商人を捕縛した。供の者も連れず呑気に一人で現れたので、縄で縛りあげるのは造作もないことだった。

闇商人「ホ、ホントになァ〜んにも知らないんですゥ! 私はしがない闇商人でありましてェ〜、あァ〜、ガンジャを売って小銭を稼ぐと申しますかァ〜、えェ〜、ここが私の農園でありましてェ〜」

勇者「本当に、何も、知らないの?」

闇商人「ハイハイ! まったく知りましェ〜ん、だから許してちょ」

勇者「それはできない」

闇商人「ゲェ!? なんで!?」

勇者「麻薬を売っていたんだろう? あんたのせいで、多くのハザラ人が廃人になるか命を落とした。自業自得とは言わせない。あんたが口八丁手八丁、うまいこと丸め込んで吸わせたんだからな」

闇商人「いやいや、そんなん自業自得でしょッ! 身の程知らずのバカが騙されただけじゃないスかァ〜! ってか麻薬商売も立派なビジネスなんですよォ、生きるためには必要なのォ〜〜〜〜!!!!」

勇者「商売だのどうだの言う前に……あんたは人として間違ってる」

闇商人「ア、ちょっと! ちょっと待っちょくりィ〜」

ケタケタ笑いながら脱兎のごとく駆け出す闇商人。
すかさず魔女が「唵」と真言を唱えれば、滝のような大雨が闇商人の頭上に降り注いだ。
たまらず叩き伏せられる。

闇商人「ゲフッ……ゲホォ……ォエッ……な、なんで、私をどうする気だァ〜〜〜〜!!!」
227 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/09(土) 00:18:54.21 ID:k+x3Sqx80
勇者はひったくるように盗賊から聖剣を奪い取ると、ゆっくりと引き抜いた。

勇者「地獄で永遠に罰を受け続けるんだな。この世にいてはならない。いてはいけない存在なんだよ、お前は」

闇商人「ちょ、ひ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

ゆっくりと剣を振り上げる。
濡れそぼった子犬のように、闇商人はガタガタと震えた。
情けないことに、失禁までしている。

盗賊「やめておけ。そいつの穢れ切った血で、伝説の聖剣を汚す必要はない。闇商人は、俺が責任を持って預かる」

勇者「でも……」

盗賊「俺ら盗賊団は、利用価値の有無で人を見る。こいつは確かに外道だ。だが、その商才や人を丸め込む力に光る物を感じた。性根を叩き直せば、意外と使えるやもしれん」

闇商人「フゥ……助かった……」

盗賊「別に助かってなどいないぞ」

女盗賊「そうさ! アタシが嫌というほどシバき倒してやるから、覚悟するんだね。いい気になってたら殺すよ」

女盗賊が闇商人の鳩尾に拳を叩きこんだ。

闇商人「おげぇ……神よ! なぜ私を生かしておいたのぁぎゃ!」

女盗賊「オラオラオラァ! 男のくせに、だらしないね!」
228 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/06/11(月) 23:50:05.17 ID:VfWAULhF0
闇商人は盗賊の砦で『教育』を受けた後、大富豪の屋敷へ送られることとなった。
能力のある者ならば、たとえ仇敵だろうと手を差し伸べる。
盗賊の心は溶岩のように煮え滾っているだろう。
しかし、私情よりも利を選んだ。
立派な男だ。

盗賊「家内の麻薬中毒を治すことはできるか?」

魔女は静かにかぶりを振った。

魔女「たとえ僧侶の回復魔法をもってしても、委縮した脳は治せない。キミの奥さんを元に戻すこともできない」

盗賊「……」

ちら、と妻を一瞥する。

盗賊の妻「あう……あう……」

彼女は涙をこぼしていた。
痩せ細った手で、首にかけたペンダントを強く、握りしめながら。
そのペンダントは盗賊が若い頃、初めて妻に贈ったプレゼントだった。

盗賊は目を閉じると、天を仰ぎ深いため息を漏らした。

盗賊「俺の方こそ、どうしようもない悪党だ」

黄昏色に染まる麦畑。

いくつか細長く伸びる影法師。

ひとつ、またひとつと消え、最後には誰もいなくなった。

盗賊が勇者軍鉄門砦総司令となるのは、まだ後の話。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/12(火) 00:28:57.75 ID:LrMKao7DO
乙…
230 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/03(火) 00:50:54.46 ID:nZ+RnUe20
次から次へと、報告書が軍師の卓に積まれていく。
灌漑用のため池や用水路の不足が大半だった。
大唐国が亀茲城に兵を集めていることも報告されている。

大唐国の存在は、軍師にとって悩みの種のひとつだ。
彼らは王国と同盟関係にある。

数年前には、将軍・高仙芝が自軍を率いて小勃律国を打ち破った。
剣のごとく鋭い、峻険な山々を大軍で越えたのだから驚きだ。
もし今バルフが高仙芝に攻め込まれれば、確実に陥とされてしまう。

軍師「間諜がいたら大分楽だったろう」

彼は天井を見上げながら、ポツリと呟いた。

軍師「あの女、性格はともかく能力は優秀だった」

間諜の横顔が軍師の脳裏に浮かぶ。
優しく微笑んだ間諜。
心配そうな眼差しを向ける間諜。
怒ったように頬を膨らませる間諜。
人差し指を唇に当て、ウィンクした間諜。

軍師「仕事中に考えることではないな」

一度だけ、廷臣との会議中に頭痛で倒れたことがある。
その時、間諜は素早く駆け寄り、軍師を書斎まで運んでくれた。
彼女の肌は、絹のようにきめ細かく滑らかだった。

乳房も大きい。
服の上からでも、柔らかく潰れているのをはっきりと感じ取れた。

軍師「だから、何を考えているのだ。私は」

軍師とて人の子。
何日も狭い部屋の中で膨大な報告書と向き合っていれば、おかしくなってしまうのも無理もない。
そう、思うことにした。軍師は溜息を吐いて椅子から立つと、寝台に倒れ込んだ。

軍師「間諜を、抱いてやる」

言った直後、彼は毛布に顔を埋めて悶絶した。
35にもなって、まだ思春期が抜け切れていないのか。
女と縁がないことなど、誰よりも自分が分かっているはずなのに。

軍師「私は軍師失格だ。女に心を乱されるなど、あってはならないことだ。だが……クッ……」

勇者と話す間諜を見るたび、胸が引き裂かれるように痛む。
痛んだ心を奥底にしまい込み、再び軍師は卓に向かい、筆を執った。
231 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/04(水) 01:02:09.07 ID:Fje6RjDZ0
木の葉の隙間に、ちらちらと炎が揺らめいて見える。
忍達が焚火を囲んで休んでいるのだ。
彼らは大富豪が雇った、腕利きの諜報部隊だった。
本名を捨て、感情を殺し、ただただ任務に従事する。

諜報の他に、暗殺や工作活動も行えるらしい。
いずれ特別攻撃部隊、略して特攻部隊と名を変え、間諜の部隊から独立させる。
そう、大富豪は言っていた。

間諜は忍の小隊長を務める黒髪の青年に声をかけた。

間諜「進捗状況はどうだ」

忍B「……」

忍Bは無言で頷いた。
初めて会った頃から、寡黙な男だった。
影たる者、余計な感情は必要ない。口数も少ない方がよい。

そのため、間諜も部下と向き合う時は最低限の言葉しか話さなかった。
冷徹なクノイチを演じることで、隊の中に緊張が生まれる。
精神と肉体を極限まで追い詰め、ようやく最強の諜報部隊は誕生するのだ。

間諜(これもみんな、勇者さんの笑顔が見たいから。もっと、喜ばせてあげたい。もっと、あの人の役に立ちたい)

タシケントとバルフを結ぶ、安全な輸送経路の確立。
王国軍に見つからないよう慎重に進めなければならない。
大型の輜重車も通れるように、なるべく平坦な道を選んでいる。

バルフから十数里北東へ向かった先にある、ドゥシャンベ郊外で間諜隊は休息を取っていた。
町へは入らない。ドゥシャンベの門衛は国王同様に猜疑心が強く、長い時間をかけても、全ての荷物を検めるのだ。

忍B「……隊長」

彼の口調にはやや棘があった。
数日間、バルフに戻っていたことを咎めているのではない。
間諜の身にまとう殺気が、緩くなったからだ。

それどころか、くだらん町娘が醸すような甘ったるい気まで見える。
表情に出さずとも、仕草や雰囲気で察知できた。

間諜「ごめんなさい」

謝ったものの、勇者と過ごした夢のような時間を忘れることはできなかった。
自分は間諜失格なのかもしれない。彼女は両手を顔にあて、大きく溜息をついた。
隣で、忍Bがぼそぼそ小声で呟いている。

忍B「……その時は、俺が隊長を殺します」

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/06(金) 01:20:42.75 ID:UsTeNwHDO
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/06(金) 01:21:12.10 ID:UsTeNwHDO
234 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/14(土) 22:55:05.72 ID:5bdkGI0Z0
側近「新生勇者を野放しにしてはなりません! バルフ付近の村が次々と取り込まれています。軍として形が整いつつあるのです」

側近の巨大なターバンが国王の目の前で右と左、せわしなく動き回っていた。
王に仕えてはや40年。
酸いも甘いも共に経験してきたからこそ、国王の弱点が自堕落さにあることを見抜いていた。

国王「分かっておる。だが、もう少し待ってもよかろう」

側近「待つ? 何をです」

国王「秋(とき)を」

側近「勇者軍が成長するのを待つおつもりですか? 愚かな! そんなことをして万が一、王都が攻め落とされたとあっては取り返しがつかんのですよ」

国王は鬱陶しそうに溜息を吐くと、一冊の本を懐から取り出した。
表紙は山羊の皮をなめして作られたものか。題名はない。

国王「どこの誰が書いたか知らぬが、国の腐敗を書き連ねた小説だ。王都に来た商人の荷に混じっていた」

本を開く。ページをめくる。王が目を細めた。
まるで逃げ出した獲物を狙う鷹のように。
覇気が全身から溢れている。
側近はごくりと唾を飲んだ。

国王「この小説を書いた人間に、会ってみたいのう。そして、その者が苦痛に顔を歪ませながら死にゆく様を眺めてみたい。すぐに首を刎ねるのはいかんぞ」

側近「書いた人物は、勇者ではないのですか?」

国王「字を見てみろ。柔らかく、丸みを帯びている。おそらく女が書いたのだろう。それも、幼い少女じゃ」

側近「少女が!? そんなバカな……」

国王「何を驚いておる。王都の神学校にも、教養を身につけている少女は沢山いるではないか。これも、その内の一人。勇者軍め、意外と人材は豊富らしい。だが、今にこの小説の作者を捕えてみせる。少女をいたぶるのは、実に十数年ぶりだからのう」

国王は口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
235 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/14(土) 23:32:45.48 ID:5bdkGI0Z0
国王は玉座から立ち上がると、庭園へ歩いていった。
数人の侍女がいそいそと後をついていく。今日は日が照っている。
日傘をさしたり、巨大な団扇で扇いだりするのだろう。

国王「勇者軍は次に何をすると思う」

勇者軍というより軍師だが、と国王は付け加えた。
彼は軍師の能力と忠誠を高く評価していた。
だからこそ、先代勇者と共にバルフの統治を任せたのだ。
バルフを第二の王都とするつもりで。

側近「物流の管理、法整備、兵力の増強、様々ございますが、いずれ新たな拠点を築くでしょう。それも、王権の及ばぬ場所にです」

国王「王権の及ばぬ場所、か……」

エルフ族の治めるサマルカンドとドワーフ族の棲むカーブル。
最初に思い浮かんだのはその二都市だ。
国王は考えた。自分が軍師なら。
南方のカーブルよりも、アムダリヤ川でバルフと結ばれたサマルカンドを自軍の領土としたいはずだ。
肚は決まった。

国王「勇者軍より先に、サマルカンドを手中に収める」

側近「精霊王が容易に町を明け渡すとは思えませぬが」

国王「ジザフの地方軍は優れた将が多く揃っていたろう。早急にエルフ討伐軍を編成し、サマルカンドを攻め陥とせ」

側近は瞬時に悟った。騎士、戦士、剣士のことを言っているのだ。
勇者軍を牽制しながら、新たな領地まで得ようとしている。
それも酒の上の妄言ではなく、本気でサマルカンド占領を目論んでいるのだ。

側近「で、ですがエルフ族には、先の大戦で援軍を出してもらった大恩がございます。恩を仇で返すのは人道に反する行為ではないかと……」

国王「人道が何だと言うのだ。やれ。余の命が聞けぬか」

側近「……かしこまりました。軍部にそのように伝えておきます」

白騎士の精鋭部隊を以てしても、中々崩せない堅陣を敷く騎士。
勇者パーティーのひとりとして魔王討伐を達成した戦士。
そして統率力では王国軍随一の剣士。

この3人が集まれば、なるほどエルフの町など簡単に呑み込んでしまうだろう。
しかし、側近には漠然とした不安があった。
完璧な計画。その中に生まれた、ほんの小さなほつれ。
その小さなほつれが、いずれ破滅的な失敗を引き起こすのである。

側近「私が陛下の味方をしなくて、誰がするというのだ」
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/15(日) 02:55:18.96 ID:OyXTos7DO
237 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/26(木) 22:28:22.95 ID:02ZN5DCz0
真夏の高原。
爽やかな風。
草の匂い。
馬蹄の響き。

戦士「止まれ」

戦士は訓練用の戦斧を肩に担ぎ、馬上でじっと目を凝らしていた。
彼の背後に控えるは、物々しい甲冑に身を包んだ3000の兵。

魚鱗鎧。

誇り高き王国軍の一員であることを示す、名誉の鎧だ。
戦士は数名の部下を斥候として送り出した。
索敵の怠りは死を意味する。

それは訓練中の今とて同じである。

斥候A「四里ほど先に歩兵3000。指揮官を中央に据え、方陣を組み、守り固めているようです」

戦士「相変わらず、守りの戦が好きよのう。良かろう、吾輩がその堅陣、打ち破ってみせよう」

今回の相手は戦士の副将・盾士である。
盾を構えた歩兵に対する突撃訓練として、戦士が直々に頼み込んだのだ。
見知った相手だからこそ、手の内を知り尽くしている相手だからこそ、逆に油断はできない。

斥候B「しかし、将軍も物好きですね。盾兵は動きが鈍い代わりに、長槍を携えています。どう考えても騎馬隊では相性が悪いのでは」

相性が悪い相手であろうと、とことん攻め立てる。それが戦士の戦だった。
あまりに苛烈なので、訓練でも死人は出る。
その地獄のような訓練を乗り越えたからこそ、戦士の部隊は王国軍でも無類の攻撃力と突破力を誇るのだった。
彼の前では槍も飛び道具も、路傍の石と同じである。

戦士「吾輩が道を開く。お前達は後に続け」

戦士は3000のうち1000を連れ、二列の縦隊を組み、駆け始めた。
238 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/07/31(火) 17:32:47.70 ID:fNHxSn0F0
なだらかな丘陵の頂に上った。

戦士「あれが盾士の陣か」

眼下に広がる巨大な正方形の影。否、影ではない。
漆黒の盾を隙間なく並べているので、影のように見えるだけだ。

さらに目を凝らすと方陣の中に、八つの小さな陣が敷かれている。
その陣が互いに連携し合い、まるで迷路のような形を取っているのであった。

戦士「ああいう陣は大抵、八つの方角に入る門が分かれている。北、北西、北東、東、西、南東、南西、そして南。正しい方角を見つけねば、非常に厄介なことになる。どれが正しい門か、分かるか?」

誰もが息を飲んで、眼下に広がる奇妙な景色を見つめていた。

戦士「知らずともよい。あれは大唐国に古くより伝わる方術と深く結びついた布陣。知らない方が普通なのだ」

このような陣を張るのは、王国軍では盾士の他に誰もいない。
当の本人である盾士が、一番親密な戦士にすら陣の張り方を隠していたからだ。

誰にも分からない、霧に包まれた謎の戦法。
打ち破るのは困難だろう。

戦士「だが、狡猾な吸血鬼やリザードマンではない。人間の張る陣だ。必ずどこかにつけいる隙がある」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 00:25:19.12 ID:UZW9tGWDO
来てたか乙
240 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/01(水) 23:13:34.13 ID:VLtlB4jN0
戦士「ガハハハハ! そこじゃあッ!」

戦士の斧が血を求めて低く唸る。吹き飛ばされた盾が宙を舞った。
波が引くように、周囲の盾兵が道を開ける。勢いを殺さず、陣の内側へ突撃した。

両側は木柵。槍が突き出される様子も、進路を阻む兵の姿も見えない。
正しい方角から入ったのか。ふと、戦士の背筋に何か冷たいものが走った。

戦士「本当に、正しかったのか?」 

衝突する時、妙に手ごたえが無かった。
盾兵の退き方も落ち着いている。

戦士が入るのを、予想していたかのごとく―――

兵士A「将軍! 退路を塞がれています!」

戦士「ぬうッ!? これは……!」

気が付けば、戦士の周囲は大量の槍、槍、槍。
槍で埋め尽くされていた。

退路を断たれてはどうしようもない。圧し潰されるだけだ。
ゆっくり、食虫植物が捕えた蠅を溶かしていくように、じんわりと。

戦士「否、まだ負けてはおらぬ。一時撤退するぞ!」

戦場に響き渡る戦士の怒号。兵が一斉に顔を上げた。

戦士「貴様、その槍を寄こせ!」

近くにいた盾兵から槍を奪うと、戦士は馬腹を勢いよく蹴った。
甲高くいななき、盾兵の海へ踊り込む戦士の馬。

戦士麾下の将校らも続々と武器を振り回し敵を薙ぎ倒す。
その勢いたるや虎と呼ぶべきか龍と呼ぶべきか。盾と槍を放り捨て逃げ始める兵も現れた。

戦士「やっと抜け出せたが、どうするべきか……」

振り向けば、陣形は再び元の状態に戻っている。
何物も寄せつけない盾の要塞。

装甲をまとった、巨大な虫を相手しているような気分だった。
見かけは地味だが、装甲の中には鋭い牙を隠している。

不用意に攻め込めば喰われるのはこちらだ。
何とも見事な陣を敷いたものである。

戦士「少し戦法を変える必要があるな」

どの方角が正しいなど、勘に頼るのはやめた。
そもそも、どの方角もハズレなのだ。

攻め込めば、盾士は瞬時に隊列を変えてくる。
外側は岩のように硬く、内側は流砂のように柔らかい。

そんな不規則な陣を相手に、従来の戦法が通用するはずないのである。
241 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/11(土) 00:21:22.07 ID:pZhPrSd+0
戦士「これから吾輩は、酷な命令を下す」

戦士「普段から長駆の訓練は積んでいるが、今日はそれ以上に過酷だ。もし辞退を願う者がいれば、今はっきり申しつけよ」

誰も挙手しない。

戦士「それでこそ我が軍よ」

戦士は駆けた。兵も懸命に後を追う。
方陣に動きは見られない。
突撃すれば、再び中へ引きずり込まれるだろう。

戦士「ゆくぞッ!」

訓練用の戦斧を構えると、ぶつかり合う寸前のところで馬の手綱を右へ引っ張った。
隊列が直角に曲がる。

盾兵A「突っ込んでこないだと!?」

盾兵B「戦士様は何を考えておられるのだ!?」

盾兵C「どうでもよい、突いてしまえッ!」

戦士「馬鹿めが」

戦士は突き出された槍を次々と戦斧で叩き折っていった。

戦士「まず、牙を折る」

二週目。今度は一週目よりも深く食い込み、最前列の盾兵を方陣の外へ突き飛ばした。
波に乗った戦士隊の勢いは誰も止められない。
242 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/11(土) 00:23:48.53 ID:pZhPrSd+0
戦士「そろそろ、頃合いだろう。戦士隊の底力、今こそ見せる時ぞ」

戦士は兵が密集していない場所から、陣の内側へと潜り込んだ。
方陣は半分以下まで小さくなっている。懸命にまとまろうとするも、そこは戦士隊が許さなかった。
即座に割り込み、盾隊を分断する。

戦士「見えたぞ。悠長に盾など構えおって」

中央に佇む老将の姿を認めた。
己の背丈よりも大きい盾を構え、状況の分析を行っている。

一瞬の油断が、戦場では命取りとなるのだ。
戦士は無力化した盾の海を突き抜け、盾士の首筋に戦斧を振り下ろした。

戦士「はあッ!」

盾士「むんッ!」

咄嗟に反応し、打撃を防ぐ盾士。
飛び散る蒼白い火花。
耳障りな金属音が、訓練終了の合図となった。

戦士「吾輩の勝ちですな、叔父上」

盾士「……やれやれ、降参じゃ。奇妙な戦法を使いおって」
243 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/11(土) 00:29:09.78 ID:pZhPrSd+0
戦士と盾士の部隊は合流した後、近くの岩山に拠った。
兵士達が各々の時間を楽しむ中、戦士は一人、頂上で火を焚いていた。
群青の闇に沈むサマルカンドがよく見える。

紺碧の街・サマルカンド。数千人のエルフが住む街だ。
建物のほとんどにラピズラズリが用いられているので、夜空の街とも呼ばれる。

かつて自分が守った場所を眺めながら喰う肉は美味いものだ。

戦士「精霊王は息災だろうか」

エルフ族とは幼い頃からの付き合いである。
叔父に連れられ、精霊王に謁見した。
何も考えず彼の耳を引っ張ったところから、精霊王との友情は続いている。

奇妙な縁だと自分でも思う。

戦士『エルフ族の助力あってこそ、魔王を討ち果たすことができた。礼を言う』

精霊王『なんの、感謝すべきは私の方だ。君は魔王軍の攻撃から街を救ってくれた』

精霊王『いつでも遊びに来い、我が永遠の友よ』

魔王討伐以降、久しく顔を合わせていない。
もし会う機会ができたなら、その時は上質な香木を持って行ってやろう。

エルフは人一倍、容姿に気を遣う種族だ。
助けられた以上、こちらも何か形で返さねばならない。

それが、盟友同士の礼儀というものだろう。
244 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/11(土) 00:31:18.39 ID:pZhPrSd+0
盾士「ご苦労だった、戦士」

戦士「叔父上」

隻眼の老将が戦士の隣に腰を下ろした。
盾士は戦士よりも戦の経験が豊富だ。
本来なら、将軍を盾士が務め副将を戦士が務めるはずだった。

しかし、彼は将軍の座を甥へ譲った。
戦士はいずれ、王国にとって不可欠な存在となる。
そう判断したからだった。

盾士「よくぞ儂の陣を破った」

戦士「叔父上、今回は兵士達がよく踏ん張ってくれた。そして信じてくれた。彼らのお陰で無茶な作戦も実行できたのです」

盾士「あの戦法が、いつまでも通用するとは限らぬぞ。戦とは砂の大海。時が経ち、風が吹けば形は別物となる」

戦士「肝に銘じておきます」

盾士「……後で兵達を労わってやれ」

戦士「ええ。叔父上も肉を肴に一杯、どうです」

盾士「ありがたく、いただこう」

二人の豪傑は静かに笑って杯を重ねた。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/12(日) 01:30:44.52 ID:3vsqBSqDO
246 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/18(土) 23:21:40.72 ID:yYJTY5ji0
魔剣士「剣士様が消えた、ですって!?」

王都アルマリクから北西に数里。
タシケントとサマルカンドの間にある小都市ジザフの朝は、令嬢剣士の叫び声で幕を開けた。

将校D「ええ。魔剣士様なら、将軍の居場所に心当たりがあるのではないかと存じまして」

朝一番に乗馬の訓練があった。
木馬を馬に見立て、走りながら飛び乗る。
訓練自体は上級将校が行い、結果をまとめて将軍に報告する。

その将軍が軍営から煙のように消えてしまったのだ。
これでは将校の報告する相手がいない。
どうしようもないので、剣士の副将である魔剣士に相談しに来た次第であった。

魔剣士「あなた達、乗馬の訓練に戻りなさい。非常事態であっても、冷静に監督すること。心の乱れは、弱さを生みますわ」

魔剣士は寝間着を脱ぐと、緋色の髪をしっかりまとめ、いそいそと戦袍に着替え始めた。
将校達の前でもお構いなしである。
というより、焦って周りが見えていないのだろう。

将校D「承知致しました。ところで魔剣士様」

魔剣士「まだいらっしゃるの? わたくしの話、聞いておりまして?」

将校D「魔剣士様。着替える際は、我々が全員退出の後にしていただくと大変嬉しいのですが」

魔剣士「……そうね。今のは見なかったことにしなさい」
247 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/18(土) 23:42:02.28 ID:yYJTY5ji0
ドタールの柔らかな音色が聞こえた。
ジザフで唯一の妓館。
給料が良いので、ここに勤める十代の女性は少なくない。

魔剣士「所詮は妓館。負の印象が拭えませんわ」

呼び込みの遊妓が桑の木の下で、絹服を縫っていた。
官員の着物を縫っているのだ。
ジザフの妓館では性的サービスだけでなく、実用的な雑務もこなしてくれる。

子供の世話から畑の農作業までお手の物。
何でも屋のような側面も持つのだった。
そのため、衣類を担いだ老婆が妓館へ入っていく様子もたまに見かける。

魔剣士「剣士様が行きそうな場所といったら、ここしかないですわね」

扉を乱暴に開け、ずかずかと中に押し入る。
武装した女がいきなり飛び込んできたのだ。
悲鳴をあげて逃げ惑う遊妓達。
魔剣士は部屋の並ぶ2階へと足を運んだ。

剣士「ほらほら、もっとしゃぶりなよ」

遊妓「よろしいの……ですかぁ……」

半ば喘ぐような女の声。思わず魔剣の柄に手をかける。

魔剣士(しゃぶる……? 一体ナニを……)

剣士「好きなだけ、しゃぶっていいんだよ。洗濯とか、料理とか、いつもお世話になってるじゃない。そのお礼だ」

遊妓「あふッ……んッ……んッ……///」

魔剣士(ななッ! とてもヒワイな音がしますわ!)

剣士「イイねぇ〜! イイ顔するじゃない君、俺まで興奮してきちゃったよ。やっぱり美味しいよね」

魔剣士「何してらっしゃるの、このヘンターイ!」

剣士「わーッ! ってなんだ、魔剣士ちゃんか……」

銀髪の青年は笑いながら、寝台の上にあった桃色の花をつまみ上げた。

剣士「庭先に花が咲いてたんだけど、これが美味いのなんの。魔剣士ちゃんもしゃぶってみる? 蜜のまろやかさと花の芳しい香りが絶妙にマッチし(ry」

魔剣士は無言で拳を握りしめ、ヘラヘラ笑っている剣士の顔面を殴り飛ばした。
248 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/18(土) 23:54:09.34 ID:yYJTY5ji0
剣士「え、どうして!? どうして殴るの!」

魔剣士「わたくしがどれだけ心配したと……兵士の皆様にも迷惑かけて、許せませんわ!」

馬乗りになって、兵士の頭をポカポカ殴り続ける魔剣士。

遊妓(なにアレ……マジ引くわ)

遊妓「あらあら、お時間が来たようです。名残惜しいですが、私はこれで〜」

思わぬ修羅場に出くわした遊妓は、そそくさと部屋を出ていってしまった。

剣士「え、ちょっと待って! そりゃないでしょ、まだ会って数分しか経ってないじゃないのよ〜!」

魔剣士「まだあの女の尻を追っかけるおつもり!?」

剣士「魔剣士ちゃん、ごめん! 謝るから! 暴力反対! やめてえぇ〜!」
249 : ◆EpvVHyg9JE [saga]:2018/08/18(土) 23:58:39.45 ID:yYJTY5ji0
騎士に呼ばれ、剣士は軍営の天幕に戻った。

剣士「こんにひわ」

騎士「派手に殴られたな。大きな痣、できているぞ」

騎士が右目の周りを指差しながら微笑む。
兜で表情が隠れているものの、声を聞けば笑っているのか怒っているのか分かるのだ。

剣士「本妻を怒らせた、なんてね」

騎士「冗談はそこまでにしておけ。朝一番に、良い知らせと悪い知らせが飛び込んできた。どちらから聞きたい」

剣士「もちろん、良いニュースっしょ!」

騎士「バルフで新たな勇者が誕生した。世代交代というやつだ。目的は知らんが、英雄が生まれたのは喜ばしい」

剣士「なぁんだ、つまんないのー。英雄がいたって敵がいないんじゃ、意味ないもんねー」

剣士「で、悪い知らせは?」

騎士「サマルカンドを陥とせと、王都から命令が出ている」

剣士「命令? サマルカンドって確か、エルフの住む町でしょ。不可侵条約、だいぶ前に結んだはずだけどなー」

騎士「勅命だ。陛下は外交で遠回りするよりも、手っ取り早く武力での制圧を選んだらしい」

剣士「なんかやだなぁ。どうしてそんなバカな王様のために、俺達が恨まれるような真似しなくちゃいけないんだい?」

騎士「それが、組織に所属するということだ。国家に忠誠を誓うということだ。私の家は代々、陛下の剣として傍で仕えてきた。たとえ煮え湯を飲まされようと、先祖の名に泥を塗ることだけは許されん」

剣士「縛られてるね〜息苦しそうだね〜。ザ・頭でっかち。ご先祖様も、あの世で呆れ返っておられるだろーよ」

騎士「なんだと?」

剣士「なぁ騎士。主君を見定めるのも、臣下の務めなんだぜ。暴君に仕える軍人ほど、暇なやつはいないさ」

天幕を出ると、魔剣士が立っていた。
サマルカンド征伐の話も、もちろん立ち聞きしていたのだろう。

魔剣士「剣士様」

剣士「どれが正しくてどれが間違っているかくらい、俺にだって分かる」

魔剣士「やはりあなた様は……」

剣士「さてと。魔剣士ちゃん、遊びに行こうぜ!」

剣士の手を、すげなく払いのける魔剣士。

魔剣士「イヤですわ。汚い手で触らないでくださる?」

剣士「ひどッ! 上官への態度じゃない!」

魔剣士「そのエラーイ上官が、部下を放って妓館で卑猥な遊びですか。最低な男。尊敬する価値など微塵もありませんわね」

剣士「卑猥な遊びなんてしていないでしょ〜! 許しておくれよ、明日から真面目に訓練するから〜!」

魔剣士「明日から? その腐れきった根性が嫌なのですわ! 剣士様にお弁当を作るのは、しばらく控えることにします」

剣士「ゲーッ! こんなことなら、夜こっそり行くべきだった……」

魔剣士「夜でもダメです!」

遠ざかっていく二人の後ろ姿を眺めながら、騎士は呟いた。

騎士「ハッハ、仲のよろしいことだ。見せつけてくれるね」
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 02:07:02.30 ID:wIiB04+DO
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