男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】

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147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 19:26:47.62 ID:OiSFZpw30
ご協力サンクスです。下記が安価結果になっております。



【連れて行きたい場所】

知り合いの喫茶店


【視点:男 or サンディ】(多数決)

男 ※m→manで解釈


【サンディの料理の腕前】

>>143:簡素な料理を覚えた程度。
    これから上達していく模様。

 
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 19:38:50.09 ID:OiSFZpw30
これから外出するので、帰宅後にまた少しずつ書いていきます。夜半過ぎると思われ。
お茶でも片手にまったり読んでもらえたら幸甚です。

【男が車内で聞いてそうなイメージ曲】
https://www.youtube.com/watch?v=55Qv-CuDl-4
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 01:59:01.46 ID:PX2kAcV30
今帰宅。早速書こうと思いましましたが、
いかんせん頭が回らないので、恐縮ですが今宵はこのまま眠ることにします。
目覚めてからちょこっとだけ書いてみます。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 09:12:05.99 ID:Z+1dAgG50
待ってる
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 22:41:00.65 ID:PX2kAcV30



ハードボイルドの朝は穏やかだ。

外に広がる曇天の空模様は、太陽を隠すことで夜を長く見せてくれているのだろう。

未だ少し寝惚けた頭を覚ますために、空気の入れ替えがてら窓を開ける。

仄かに香っていた金木犀はなりを潜め、今は凛と澄んだ冬のアトモスフィアが呼吸を心地よく満たしてくれた。

そのまま軽く背伸びをして、腰を左右に一捻り、肩をぐるぐる回して、メンテナンスのように体を動かしてみる。

痛みや重さは感じる事無く体調は普段通りの模様。

ふと、奥のキッチンから何やら香ばしい匂いが漂ってきた。

今日はサンディが朝食の準備に挑戦している。

以前に「私も料理を覚えたい」という事を告げられ、

いくつか簡単なレシピを教えてみたら割とすんなり覚えてくれたのだ。

昨晩眠る前に、今日は卵焼きに挑戦してみると意気込んでいたから

この油とバターの香りはきっとそれなのだろう。

まだ教えていない料理ではあるが、お兄さんの横でずっと見てたから上手くいくと思います、とはサンディの言葉。

出来上がるのが実に楽しみである。

それまでに時間もかかるだろうから、どれタバコでも吸おうかと先端に火を点けた辺りで、


< うひゃぁっ!?


と可愛らしい悲鳴がキッチンから聞こえてきた。

次の瞬間には、煙を一吸いすることなくタバコを急いで揉み消して彼女の元へ駆け出した自分がいた。



ハードボイルドの朝は穏やかだ。

たまに賑やかな事もある、というのを注釈しておこう。


 
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 22:54:06.96 ID:PX2kAcV30


今日の朝食は、トースト、サラダ、こんがりベーコン、スクランブルエッグ。

最後の一品に関しては、スクランブルというかエマージェンシーな焦げ具合になっている。

たぶん強火にあてすぎた事と、卵を巻くタイミングが分からずに戸惑ってしまったのが要因か。

これはこれで食べごたえがあって良いものだ。

当のサンディは、肩をしょんぼりと落としている。

美味しいよと素直に伝えてみるが、俯いて何度も溜め息をついていた。


「私、本当にダメな奴隷で……申し訳ありません……」

「自分を奴隷だと思っているのはダメな点だけれど、それ以外は最高だよ」

「あ、申し訳ありません……」


またしてもサンディは肩を落とす。ずーん、という効果音が聞こえてきそうだ。

さてはきっと元卵焼き、もといスクランブルエッグを味見してないなこの子。

味付けそのものは本当に美味しいのだ。

だからこそ多少カリカリでも食べ甲斐が出てくる。

僕はスプーンで少量を掬って、彼女が火傷しないように軽く息を吹きかけて覚ましてみる。


「ほれ、サンディ」

「え?」

「あーん」

「…………え!?」


彼女の頬がみるみるうちに真っ赤になっていく。色合い的には秋の紅葉と良い勝負をしているかも知れない。

やってはみたものの、かくいう僕も実は結構恥ずかしかったりする。

気障(きざ)だと思うなかれ、ハードボイルドなら当たり前の所業なのだ、と自身に言い聞かせた。


 
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:14:13.99 ID:PX2kAcV30

「あーん」

「……」

「あーん」

「……」

「ほら、口開けてみて」

「……ぅ、……うぅ」


匙を出してしまった手前、もはや後には引けない僕の心境。

ごり押し気味にでも食べさせてやろうという気概すら生まれてきた。

サンディは落としていた肩をきゅっと縮こまらせて、手元をもじもじさせている。

何かを躊躇っているようだ。

何を躊躇うことがある、さぁ、ぱくっと、パクッと来るんだ。

セクハラじゃありませんように。

そう願うクールな自分を尻目に、彼女の口元にスプーンを差し出してから大よそ三十秒。

意を決したような顔つきを一瞬見せて、サンディは目を瞑ったまま、はむっとスプーンを咥えた。


「あ……、美味しい……」

「でしょ? 味付けが満点なんだから、気にしなくていいよ。これからもっと上手になるよ」

「は、はい!」


そして朝食は再開した。サンディは美味しそうにパンを齧りながら、ベーコンと卵を胃に詰めていく。

もっきゅ、もっきゅ。本当に美味しそうに食べている。

彼女の表情筋が一番動くのは、もしかするとご飯のときなのかも知れないな。微笑ましい。

そう思いながら、僕はサンディが淹れてくれたコーヒーをごくりと飲む。凄まじいエグ味が舌を襲う。

そして盛大に吹き出した。 


「サンディ、なにこれ」

「お兄さんはコーヒーには砂糖を入れないみたいなので、代わりに塩を入れてみました」


屈託のない顔でそう言われたら、有難うとしか言えない弱気な自分が大好きだ。

だがこれは後でやんわりと訂正しておかねばなるまい……。

 
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:30:34.47 ID:PX2kAcV30


朝食が片付き、今度は何も混入されていないブラックのコーヒーを食後の一杯で飲んでいる。

サンディはホットミルクだ。砂糖とハチミツを入れてまろやかに仕上げてみた。

ほぅっ、とした穏やかな顔でそれを飲む彼女は、実に年相応だ。

あの子の心に負った様々なものが、僕との暮らしで少しでも削がれてくれたのなら嬉しい。

美味しいかい、とつい聞きたくなってしまう。

はい、と首を二度ほど軽く縦に振ってサンディは綻んだ顔で答えてくれた。

二人で暮らし始めてから一か月ほど経ったが、

住み始めた当初と比べると笑顔の数が少しずつ増えてきているような気がする。

 



155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:38:34.56 ID:PX2kAcV30

彼女はまだ、治っていない。

時折フラッシュバックで体がガチガチに硬直したり、滝のような脂汗を流しながら青ざめた顔をする事もままある。

ぶるぶると震える彼女は、嫌でも昔を思い出しているのか、「ゆるしてください、ごめんなさい」と虚に唱えてしまう。

その都度「大丈夫だよ」と軽く抱きしめ、頭を優しく撫でてみる。何度も、何度も。

容体が落ち着いたら、組織から二週間ごとに投函される薬の中の一種にある安定剤を飲ませている。

そも簡単に治るのならばトラウマなどという言葉は生まれない。

医療機関で診断させろと組織に言いたいが、連絡手法もなく、向こうから一方的に封筒が届くだけ。

戸籍のない少女を病院に連れて行けば別所の輩に目を付けられますと事前に釘をさされている事もある。

僕が最善の治療薬になっている、とはたまに送られてくる封筒に添付された汚い字の文面に書かれているが、本当だろうか。

そうとしか信じるものもないのが現状だ。

とかく、サンディを一所懸命に守ってあげたい。

優しいこの子が幸せになりますように、と祈りながら護るのだ。

 
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:53:48.99 ID:PX2kAcV30


「お兄さん、どうされましたか?」


ふと気づき、意識が再びサンディに向けられる。

ぼんやり考え事としていたのが顔に出ていたのか、対面に座る彼女から不安な目線を送られる。

大丈夫、気にしないで。そう伝えて、誤魔化すようにコーヒーを一啜り。

それなら良かったです、とサンディも僕を真似るように手元のホットミルクに口づける。

飲む仕草の際に、長い前髪がぱさりと垂れて、彼女の表情を隠してくる。

改めて彼女をまじまじと眺めてみた。

うん、やはり気のせいじゃないな。


「サンディ」

「はい?」

「髪、伸びたねぇ……」

「そうでしょうか?」

「どのくらい切ってないの?」

「日本に来るときに切られて以来なので、だいたい二ヶ月くらいです」


出会った当初は無造作に切られていた印象の強いボサボサの髪の毛だったが、

それゆえ現状は変な部分が長かったり、ボリュームが出過ぎてサイドがもっさりしている。

それに何よりも前髪だ。

目隠れ、という昨今で流行しているヘアスタイルのジャンルを聞いた事はあるが

流石に前髪が鼻先についた状態だと日々の生活でも邪魔になってしまうだろう。

綺麗な顔なのに隠れているのも勿体ない。

これは近いうちに美容室にでも連れて行ってあげなくちゃいけないな。

 
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 00:04:41.19 ID:qrdjbAqX0

「サンディ、今度髪でも切りにいこうか」

「……」

「ん、どうしたの?」

「……」


ホットミルクの入ったカップを見つめながら、何やら黙考している様子。

それから少し間を空けて、彼女は僕に告げてきた。


「お兄さん、一つ質問を宜しいでしょうか」

「う、うん。どうぞ」

「お兄さんは……お兄さんは……」

「うん」

「どういう髪型の人が好きですか!?」


これは流石に予想外の質問だった。思わず面食らってしまう。

鼻息がちょっと荒めになっているサンディは、ふんす、と興味深そうな眼差しを向けてくる。

僕の好みを教えたところでどうなる事でもないが、サンディも変なところに食いつくなぁと思う。

まぁお洒落に目線が向くのはいい事だし、あくまで僕の好みだけを簡素に伝えてみよう。


「うーん、そうだね……」




【好きな髪の長さ】

・ショート
・ミディアム
・ロング

>>158-164のレスにて多数決

 
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:05:09.81 ID:tfDomImpo
ロング
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:12:35.01 ID:bP+7k7PbO
ミディアム
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:15:53.93 ID:MJBkpOdd0
ミディアム
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:18:18.20 ID:P5V49ZMDO
ロング
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:32:06.98 ID:AhqYazNYO
ミディアム
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:35:34.82 ID:79BKvuaIo
ロング
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 00:44:03.22 ID:859mnUBi0
ロング
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:02:00.37 ID:qrdjbAqX0


「ミディアム寄りのロング、かな……」


少し考えてみたが、こう、前はぼちぼち長い程度、後ろは肩甲骨にかかるくらい辺りか。

セミロングとはまた違うというか何というか。


「ど、どのくらいの長さなのでしょうか?」


サンディはいまいちピンと来ていないようで、食い気味に訊ねてくる。

これは僕の説明が不足しているのが悪い。

だが、これを語り始めたらフェチの話になって恥ずかしいんだよなぁ。


「まぁ、髪はどちらかというと長い方が好きかな」


と、曖昧に濁しつつも回答する。

ふむふむ、とサンディは何度か頷いた。何某かの参考になったのならば幸いだ。

 

166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:18:19.57 ID:qrdjbAqX0

そんな事を話しながらものんびりとした時間を過ごしていると、気づけばお昼の準備が必要な頃合いになってきた。

天候は曇り。今日の気温的にも外はさほど寒くない。

どこか食べに出てもいいかも知れないと思いながら、

そういえば最近顔を出していない店があった事をふと思い出す。


「よっし、そろそろお昼の時間だね。今日はどこかに出かけようか」

「はい。お供いたします」


微笑みながらサンディは立ち上がって、玄関口に駆け出した。

入口の靴箱の上に置いていた、サンディ用のこの家の合鍵を持ってきたのだ。

その鍵には動物園で買ったキリンのキーホルダーが付けられている。

最近は出かける際にサンディが家の戸締りを確認し、扉のロックまでしてくれるのは有り難い。

彼女なりにここを我が家と感じてくれているんだろうか。

意図は分からないけれど、家の鍵を閉める際になんだか得意げな顔をするのが可愛らしいので

施錠の確認はそのまま彼女に任せている。

窓よし、裏口よし、玄関よし。指差し呼称までばっちりだ。可愛い。

そしていつもの駐車場まで手を繋いで歩き、ハスラーに乗っていざ出発。


「ところで、今日はどちらに向かうのですか?」


車の中でサンディが問いかけてくる。

運転中なのでよそ見はできないが、視界の端で首をかしげた様子が伺えた。


「今日はね、喫茶店でご飯を食べようか」

「喫茶店、ですか」

「そう。そこの料理は美味しいんだよ」

「楽しみです……♪」


声が弾む調子が分かる。僕も久々にあの喫茶店の料理が味わえるのが楽しみだ。


「ところで、そこのお店は何が美味しいのですか?」

「スクランブルエッグかな」


くっくっ、と笑いながら冗談を喋ってみる。

むぅ、と膨れたサンディが可愛いので、軽く頭を撫でてみた。

 


167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:41:13.43 ID:qrdjbAqX0

車で十五分。平日という事もあり、さほど混み合う事無くスムーズに到着した。

住宅街の一角にあるその喫茶店は、周りにツタが生い茂っており、外から伺える店内は観葉植物が散見されている。

相変わらずロハスな雰囲気の喫茶店だ。

一つ惜しい所を挙げるとすれば、店の中の七割が花と観葉植物で覆いつくされているところか。良し悪しな部分だ。

季節ごとに花や植物が変わっているので、夏頃に来たらジャングルでコーヒーを飲んでいる気分になった事がある。

今は冬の花に染まっているようで、

外に咲く山茶花が僕らを出迎えてくれる。

カランコロンと入口のベルを鳴らすと、そこに見えるのは緑を基調とした観葉植物たち。

それに混ざるカランコエの橙色が良いアクセントになっていた。

今年の冬場はセンスが良いじゃないか、マスター。そんな事を独り言ちる。


「良い香りのするお店ですね」


サンディは花の匂いを楽しんでいる。お気に召してくれたようで何よりだ。

僕はおもむろにカウンターに座り、奥でコーヒーの豆を挽いている店主に声をかける。


「マスター、久しぶり」

「……おぅ」


横にいたサンディが、振り返った彼を見てびくりと身をすくませる。

痩せぎすの長身、無骨な顔立ち、そして頬に十字傷。どこの剣客かと。

いや、良い人なんだけれど、確かに初見だとカタギには見えないよなぁ……。

 
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:58:46.38 ID:qrdjbAqX0

マスターがお冷を二杯、カウンターごしに渡してくる。

僕はそれを手に取って少し喉を潤した。

不敵な笑顔が対面に見える。笑いかた一つとっても迫力ある人だ。


「えらく久しぶりじゃねぇか、一年ぶりくらいだな」

「ちょっと長丁場な事件を請け負っちゃってね。ここが潰れてなくて安心したよ」

「ふっ、ぬかせ。常連のマダムたちがいる限りは安泰よ」


僕らが軽口を交わすなか、サンディは未だ気後れしているのか下を向いてテーブルをじっと見つめている。

マスターは彼女をちらりと見て、それから僕に目線を向けた。

それからくるりと踵を返して、ご注文は、と催促してくる。

空気の読める人だ。あまり詮索しないからこそ、ここは居心地がいい。


「じゃあ、オムライス。サンディは?」

「わ、私も同じもので……」


あいよ、と返事が一つ。

久々に絶品のオムライスが楽しめるのを心待ちにしつつ、隣のサンディに話しかける。


「ああいう見た目だけれど、凄くいい人だよ」

「そ、そうですね。見た目で判断しちゃいけませんよね」

「そうそう。パッと見だとお勤め上がりの極道さんだけれど、あの人って花と絵本が大好きだから」

「!?」


サンディが驚いた表情を見せる。そして厨房から、


「おい聞こえてんぞ、情報漏えいで訴えるぞポンコツ探偵」


と野次が聞こえてきた。

ハードボイルド私立探偵をポンコツ呼ばわりとは失礼な。

だがポンコツと呼ばれる事は身に覚えは幾つかあるので、そっと押し黙ることにした。

 
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:13:38.96 ID:qrdjbAqX0


それからしばらく。

僕は持参の小説を読みつつ、サンディは店内に置いてある絵本を読みながら料理の出来を待っていた。

お互い手元の本をあらかた読み終えた頃に、お待ちどうさん、とタイミングよくオムライスが運ばれてきた。

産地直送のものをふんだんに使用したふわとろ仕上げの包み玉子、たっぷりの自家製デミグラスソース。

マスターがこだわり抜いて作成したチキンライス。

相も変わらず絶品だ。

オムライスに限らず、ここの料理は全品当たりでどれも美味しい。

サンディもうっとりした顔で舌鼓をうっている。

連れて来た甲斐があったというものだ。


あっという間に平らげて、胃が落ち着いた頃に食後のコーヒーが運ばれてきた。

サンディは食後の飲み物はアップルジュースにした模様。

ここのコーヒーは美味しい。僕がブラックで飲めるようになったのは、マスターの影響が大きいだろう。

そんな事を思っていると、彼の大きな手が一皿なにかを持ってきた。そのお皿をサンディの前に置く。

そこに乗っていたのは、苺のタルトケーキ。彼のお手製だ。

注文していないデザートが届いて、サンディは狼狽している。


「ああ、こりゃ余っちまったから勿体無くてな。お嬢さん、食べてくれるかい」

「よ、宜しいのですか?」


彼は返事の代わりに薄く微笑んだ。僕よりほんのちょっぴりハードボイルドみを感じてしまう。

サンディは何度も頭をペコペコ下げて、お礼の意を表している。

よせやい、早く食えと言わんばかりに手をしっしっとマスターは振った。相変わらず不器用な人だ。

 
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:18:09.21 ID:qrdjbAqX0

タルトを一齧りしたサンディの目がキラキラ輝いた。

目は口程に物を言うというのはこの事か。なんて分かり易いんだろう。

うん、人のものが欲しくなるというのは、大人として流石にそれはない。

ただ、少しばかりタルトが美味しそうなので、もしかしたら僕にも取っておいてあるんじゃないかとも思ってしまう。

一縷の望みを抱きつつ、訊ねてみた。


「マスター、僕の分は?」

「520円だ」

「ですよね」

 

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:33:23.37 ID:qrdjbAqX0

サンディがタルトを食べ終えるまでの間に、コーヒーをおかわりしてみた。

手慣れた手付きで彼はモカマタリを注いでくれる。

ふと、ポツリと僕だけに聞こえるように訊ねてきた。


「まだ、見つかんねぇのか」

「うん」

「そうか、早く手がかりが掴めればいいな」

「ありがとう」


そう言って、僕は手元のモカを一啜り。深みのあるコクがたまらない。

マスターは僕らに背中を向けて、食器洗いと仕込みの作業に戻った。

ふとテーブル奥にある時計に目を向けると、割といい時間になっていた。つい長居をしてしまったようだ。

サンディもタルトを食べ終えて、ホッと一息ついている。

もう少し味わいたかったが、そろそろ腰をあげるとするか。
 
まだ冷め切っていないコーヒーを飲み干して、勘定を済ませる事に。


「また来いよ」


帰り際、彼のバリトンボイスが耳に響く。

これからも二人でちょくちょく来るよ、と返事を返す。彼は破顔一笑、いつでも来いと言ってくれた。

サンディも強面には慣れたらしく、ドアから出る前に彼へ手を振っていた。

また美味しいものが食べたくなったり、落ち着きたくなったら、この喫茶店に通うことになるだろう。

マスター、今後ともご贔屓にさせてもらいます。ご健勝で。

 
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:36:45.80 ID:qrdjbAqX0
今宵はここまで。お目通し、安価協力に感謝を。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 03:27:28.75 ID:qrdjbAqX0


【連れて行きたい場所】

>>174


【視点:男 or サンディ】(多数決)

>>175-179


【サンディのクリスマスの願い事】

>>181

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/16(木) 05:24:07.75 ID:5lbcQn2Ko
遊園地
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 08:14:45.76 ID:U2xlXYpJ0
サンディ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 08:18:01.57 ID:NrTc4fVho
サンディ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 08:33:35.76 ID:Lph6H7ld0
サンディ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 09:02:43.67 ID:4ADBIfQwo
サンディ
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 15:57:15.93 ID:s1ebihMEo
サンディ
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 17:03:16.71 ID:P5V49ZMDO
このままお兄さんと一緒に幸せな日々を過ごしたい
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 17:17:29.30 ID:MJBkpOdd0
>>180+孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/16(木) 18:18:04.78 ID:nmI6rWftO
サンディ大天使案件
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 04:45:36.17 ID:RD0V/B3lO
このシリーズぐぅ好き
サンディ幸せになってほしい
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 22:32:49.51 ID:YMs9sVyG0
安価協力に感謝&サンクス&グラッツェ。
週末は更新が難しいと思うので、週明け辺りを目安に書ける時間を見繕いたい所存。
乙レスや感想が貰える現状が嬉しいですね。有難うございます。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 22:50:08.33 ID:DZGbs1dWO
乙です
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/18(土) 19:42:29.39 ID:LTBhqTdt0
追いついた乙
ぐぅ天使やんけ…
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 17:05:58.14 ID:IafLjFJXO

更新待ってます
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/21(火) 08:08:34.18 ID:nhhc/Mo8O
待ってるよー
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/22(水) 07:27:35.36 ID:wg0W+evb0
おはようございます。少々忙殺されておりました。
今日の夜には時間が取れそうなので、クリスマスや年末年始の話を書いてみたい所存です。
書き溜めがないので毎回の如くまったり進行になるとは思いますが、どうぞよしなに。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/22(水) 07:38:25.62 ID:wg0W+evb0
されておりました→されていました。

修正ついでに自分の中のイメージ曲を少々。
https://www.youtube.com/watch?v=8l1TQnPqXWY 「幸せは途切れながらも続くのです」
https://www.youtube.com/watch?v=W4xLzohMQaE 「四季に飽きた頃、春は悲しいと知る」

音楽を聴きながら書くことが多いので、何かお薦めあれば是非ぜひ。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/22(水) 09:12:51.58 ID:+sTqrLLUO
wktk
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 02:50:37.61 ID:uKzXp4eX0


【連れて行きたい場所】

遊園地


【視点:男 or サンディ】(多数決)

サンディ


【サンディのクリスマスの願い事】

孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように
(このままお兄さんと一緒に幸せな日々を過ごしたい)

 
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:18:56.14 ID:uKzXp4eX0


魔法を見た。

夕暮れの薄暗い世界が、色彩鮮やかに目映く輝く瞬間。

もみの木の頂点に大きなガラス細工の星が飾られていて、

そこから天の川みたいな煌びやかさでライトが掛け降ろされている。

明るくなった影響で周りにいた人々の顔も照らされていく。

道行く人、誰かを待っている人、スーツ姿であくせく歩く人。

みんなが笑顔で包まれていた。

世界が平和でありますように、と。

そんな事が聞こえてきそうな、優しい光。


「綺麗ですね、お兄さん」

「うん」


イルミネーション、というものらしい。

生まれて初めて見た私は、感嘆の声を上げるほかなかった。

こうして見つめているだけで、胸の奥底がじんわりと温かくなってくる。

ふと横にいるお兄さんを見上げてみると、目が合ってしまった。

ずっと私を見ていたのだろうか。などという想い上がりを抱きそうになってしまう。

お兄さんは優しい目を薄くたわませて笑顔を向けてくれる。

じんわりと温かかった胸が、心拍数の上昇と共にどんどん熱くなってきた。

私は何故だか恥ずかしくなって、そっと俯く。

顔が見れない代わりに、お兄さんと繋いでいた手を少しだけギュッと握ってみた。


季節は十二月。年の瀬が背中を突いていく頃。

クリスマスという日まであと一週間。

 
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:33:30.34 ID:uKzXp4eX0

今日はお兄さんの買い物がてら、二人で街に出ていた。

目的の物を買うのに時間がかかるという事だったので、お付き合いしますと言ったものの


「サンディはここで待機ね」

「え……?」


と、待機場所を命ぜられたのは、美容院という所だった。

そこはどうやら髪を切る場所のようで、美人ばかりが所狭しと往来していた。

奴隷身分で場違いな私は凄く気が引ける。

ここで勝手に待っていてもいいのかとおろおろしていたら、

何やらお兄さんが受付の方と二言三言と言葉を交わしている。

それからすぐに、こちらですと店の中に案内された。


「じゃあ、髪でも切って待っててね。
 僕も用事を済ませてくるんで、あとから迎えに来るよ」


そう言ってお兄さんはヒラヒラと手を振って店を出る。

自分にとって髪は、荒っぽく掴まれたり、気まぐれで焦がされたり、乱雑に切られるだけのもので

こんなに煌びやかな場所で整えるなんてやった事がない。

いざ席に着いて、如何されますかと言われても、あ、う、う、と言葉に詰まってしまう。

しどろもどろになっていたら、自分の隣の座席から急に声が聞こえてきた。


「サンディちゃん!!?」


自分の名前が呼ばれた事に驚きながらも横を向くと。

そこには、以前私に洋服を見繕ってくれたあのお姉さんがいた。

 
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:46:18.14 ID:uKzXp4eX0

お姉さんとの再会を喜ぼうにも、どう言葉を交わしていいのか分からない私は、軽くぺこりと会釈をする。

当の本人はテンションを高くして喜んでくれる。

なんだか照れ臭い。頬が染まってしまう。

お姉さんも髪を切りにきたのかと訊ねてみると、『ごうこん』のために髪をセットしに来たのだという。

よく分からないが凄い気迫を感じるので、後程たぶん大事な場に赴くのだろうか。

そんなお姉さんは私を見て、むふふと笑う。


「サンディちゃんは、どんな髪型にするの? あの大好きなお兄さんの好みのタイプに?」


しゅぽん、と。頭から湯気が出る音がした。

あ、な、な、あ、あ、あぁ……!

何か言おうとしてみるものの、言葉が紡げない。


「あら図星!? やだもう、お姉さん全力で応援するからね!
 あの人なんだか朴念仁そうだし、落とすのは困難と思うけれど、ファイトよ、ファイト!!」


そんなつもりじゃないのだが、確かに自分の髪型なんて気にした事はほとんどなかった。

だから、せっかくならばお兄さんが見ても不快な気持ちにさせないというか、

ちょっと、いいな、って思ってくれたら、私は、ちょっぴり、嬉しい、かもしれない……。

私はお姉さんの言葉にこくり、と頷いた。

気が付けば、お姉さんの他にも、後ろで待機していた店員さんまでニマニマしていた。

顔から火が出そうだ。

 
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:51:20.64 ID:uKzXp4eX0

「ではお客様、素敵に仕上げますのでご安心を。ご希望の髪の長さはありますか?」


そう言ってくれる店員さんがとっても頼もしく感じる。

さて髪の長さはどうしようか。

そういえば以前、お兄さんが好きな長さを聞いた事があったような。

確かミディアム、なんとか。あまり聞きなれない言葉だから、それっぽく言えば伝わるだろうか。


「すいません、ミディアムレアにしてください」


注文を間違えたのはすぐわかった。

それを横で聞いていたお姉さんが、五分くらい爆笑していたから。

 
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:03:22.26 ID:uKzXp4eX0

紆余曲折はあれど、どうにか意図は伝わったようで、やや長めくらいの髪型に仕上げてもらう事に。

お姉さんは早々にセットが終わって、先にお店を出ていった。

とっても可愛い髪型だったし、何よりも、また会いましょうと私に向けて微笑んでくれたあの笑顔が素敵だった。

大人は怖いけれど、それだけじゃないというのが日本に来て分かってきた。

あのお姉さんにはまた会いたいな、と思う。


それから髪を霧吹きで軽く濡らして、ちょきちょきと小気味のいい音が自分の耳元から聞こえてくる。

足元にぱさりと落ちてくる黒髪が、今こうしてカットされている様を物語っていた。

以前は乱暴に髪を引っ張られてじょきじょきと錆び付いたハサミで切られていたから凄く痛かったのに

何故だか今こうして髪を切られるととても心地いい。

目蓋がとろんと重くなってきてしまう。

不意に睡魔が肩を掴んできたと思えば、次の瞬間には店員さんから肩をゆすられていた。


「大体の形が出来ましたが、如何でしょうか」


鏡の前に映るのが一瞬誰なのか分からなかった。

前とサイドはボブテイスト、後ろは長さを残しつつ、ロングに伸ばしてもおかしくないようにしたとの事。

不思議だ。髪型一つでこうも心が躍るのか。

早くお兄さんに会って、見せてみたい。そんな事を思ってしまう。

 
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:15:20.64 ID:uKzXp4eX0

「おぉ、サンディ。また一段と綺麗になったね。似合ってるよ」


お店に迎えに来てくれたお兄さんは、開口一番にそう言って褒めてくれた。

私は心からのお礼を申し合げる。有難うございます、と。

こうして美容院を後にした私たちは、そのまま手を繋いで、街を少しだけ歩いてみることにした。

その途中にて、クリスマス企画でもみの木にイルミネーションを点灯させるという行事に巡り合ったというわけだ。


「ふわぁ……」


イルミネーションを眺めていると、またしても声が漏れる。

青一色になったかと思えば、次はオレンジ色の暖色に切り替わり、そして紫の光の濁流に変わる。

去年の今頃は、寒さとひもじさで震える体を薄手の毛布で包んで寝ていた事しか記憶にない。

今こうして寒さに震えないのは、お兄さんのおかげ。

彼から先日買ってもらったマフラーを軽く触ると、ふわふわしている。

幸せだなぁ、幸せだなぁ。

胸がいっぱいになると不意にイルミネーションが滲んできた。

手袋を私なんかで汚すのは勿体ないので、急いで外してごしごしと目元を拭う。

ふと頭に優しい感触を覚える。お兄さんの手だ。

髪を切って軽くなった私の頭を撫でてくれる。嬉しい。

 
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:29:50.33 ID:uKzXp4eX0


「そういえば、もうすぐクリスマスだね」


お兄さんが独り言ちる。少し遠い目をしていた。

そうですね、と私は言う。

自分には今まで縁のないものだったから、正直なところよく分からないのだ。


「クリスマス、何か欲しいものはある?」


いいえ、何も、何も要りません。

ずっと貴方の傍においてください。

そう言うとお兄さんはきっと困るだろうから、私は首を振る。


「いいえ、特に」

「欲が無いなぁ。お兄さんをサンタさんと思ってくれていいんだよ」

「いいえ、本当に何も無いのです」

「そっか。 うーん……保護者として、何かしてあげたいんだよなぁ……」


するとお兄さんは、何か閃いたような顔をした。

そしてにっこり笑って私に告げる。


「よし、サンディ。宿題を出そう。
 明日までに何か願い事を書いておくように。可能不可能は度外視で!」

「……え?」



貴方がいればいいのです、と早く言ってしまうべきだったか。

いや無理だ。面と向かって言うのは恥ずかしすぎる。


満たされている私にとって、とても難しい宿題が言い渡された。

 
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:30:20.10 ID:uKzXp4eX0
今宵はここまで。また後日。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 05:11:16.96 ID:PJIeaVSpO
キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ !!!
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 08:18:35.70 ID:cPdB/pwpO
清い気持ちになれるな
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 10:03:30.52 ID:7XpDlwt7O

読むたびに浄化される
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:04:36.09 ID:KdyHe2Zm0



わたしが生きていた轍には、吹きさらしの傷口が無数にある。

冷たい風を浴びるとじくじく疼くから、同じ痛みを持つ者同士で寄り添いあい

温め合ってそれを誤魔化すしかなかった。

ヤマアラシのように体に針がなくて良かったと思う。

もしそうだったら、私たちは血塗れで抱きしめ合う事になっていただろうから。

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:06:36.06 ID:KdyHe2Zm0

コンクリートの冷たい床、薄手の毛布、首輪と鎖。

自分が過ごしてきた寝床として思い出せる記憶だ。

寒さとひもじさで最初は泣いていた。

泣いていると折檻をされるから、次は笑うようになった。

笑っていても折檻をされるから、次は怒るようになった。

怒っていても折檻をされるから、次は喜ぶようになった。

喜んでいても折檻をされるから、もうどうしようもなかった。


もう、どうしようもなかった。

 
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:13:31.64 ID:KdyHe2Zm0

だから、心を空っぽにした。

そうして一日が早く過ぎますようにと願いながら

寒さをしのげるように、奴隷だった私たちは固まって眠るようになる。

ドブ鼠のような様だなと前のご主人様は笑いながら、真冬の夜に冷水をその集塊に浴びせてくることもあった。

その時は体温が下がるのを防ぐために一層固まって擦り寄った。

唇が真っ白になる子を輪の中心に、体を一所懸命こすり合わせて温めた。

他の子にそうしてもらい、他の子にそうしてあげていた。

死なないように生きる事に、私たちは必死だったのだ。

最初は十五人いた。

別所へ競売にかけられたり、冷たくなっていった子がいたりして、どんどん人数は減っていく。

結局そうして生き残って無事に日本に来れたのはたった三人。

たった三人だった。

一緒に船に乗ってきた子以外の顔立ちを頭の中で描こうとすると、ペンで塗りつぶされたような漠然としたものに仕上がる。

散った皆の事を考え出すと心が砕けそうになるから。

今は思い出せない。思い出してはいけないのだろう。

 
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:16:14.11 ID:KdyHe2Zm0

ふと思う。

お兄さんに保護されて、私だけこの国に留まらせてもらうことになったけれど。

離れ離れになったあの子たちはちゃんと温かい毛布で眠れているんだろうか。

どこか知らない土地で寂しく泣いていないだろうか、と。

そう思うと無性に顔を見たくなった。

あの二人を振り返るために想起すると、泣いている顔しか思い出せないのが、とても悲しい。

 
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:18:25.10 ID:KdyHe2Zm0


サンタはいない。

でも、もしいたとしても、プレゼントはいらない。

たった一つだけお願い事を聞いてほしい。


“孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように”


私はお兄さんから渡されたメモ紙にそう書いて、

事務所の中に準備してくれた『サンタさんへのポスト』へ就寝前に投函した。

もうサンタなんて信じる年頃ではないが、優しさを無碍にしたくないのでそれは置いておこう。

願い事は何でもいいとは言われたものの、我ながら漠然とした内容だ。

これは叶えるのが難しいな、と少し困った顔をするであろう人物が思い浮かぶ。

それはふくよかで白鬚を口元にたくわえた虚像ではなく。

柔らかい笑顔の似合う、とっても素敵で、ソフトマイルドなサンタさんだった。

 
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:21:48.28 ID:KdyHe2Zm0


投函した次の日から、お兄さんは色々な所に電話をかけていた。

そして電話をかけた数に呼応するかのように外出する事が多くなった。

曰く「今まで探偵業を休んでいたから、年明けに再開をする為の準備中」との事だ。

手伝えることは何かありませんかと訊ねてみれば、じゃあお留守番を頼むと言われた。

頑張りますと答えたら、彼はにっこりと私の大好きな微笑みを向けてくれる。

そして大きな手で頭を撫でられた。

私は非力だけれど、全力でお兄さんのおうちを守ろうと心に決めた瞬間だった。


それから、あれよあれよという間に時間は過ぎて。

気付けば暦は十二月二十四日。クリスマスを迎えていた。

 
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:23:14.25 ID:KdyHe2Zm0
今回はここまで。小出しで恐縮です。
次回はクリスマスの話で。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 12:25:55.51 ID:RYlJjhPjo
おつ
サンディの回想がうまくて毎回心キュッとなる
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 12:57:19.79 ID:xCvSkzRRO
サンディほんと幸せになってくれ定期
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 15:12:01.83 ID:LrSCu0RPO
奴隷救う系ほんと好き
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 17:19:23.17 ID:n2cPOXCOO
乙です
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 09:02:50.57 ID:jaE8/peno
>>1
申し訳ありませんが貴方の過去作を教えてください。

是非とも読みたいのですが見つけられない作品があります。どうか宜しくお願いいたします。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 09:48:35.88 ID:WpOi9+rfO
待ってるよー
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 11:27:13.66 ID:ceEhInHU0
>>215
以前書いた話に興味を持って頂けて嬉しい限り。
見つけられない作品がどういう内容だったか私自身も忘れている可能性があるので
拙作ばかりで恐縮ですが、覚えてる分の一部を羅列させてもらいます。
どれかに当て嵌まれば良いのですが……。


【オリジナル】

・貴方の読みたい物語
・男「ここが君の、終の棲家でありますように」
・男「昔話のついでに」
・男「ど、童貞じゃねーし!」女「しょ、処女じゃないわよ!」


【二次創作】

<艦これ>
・ていとくがこわれるはなし
・ボンクラ提督とぽんこつ系ビッグセブン

<シュタインズゲート>
・鳳凰院凶真のオールナイト円卓会議

<Angel Beats!>
・音無「オペレーション・ラブエクストリーム…?」
・音無「平和な日常って、いいよな」


その他もろもろ。
初見の方は上記の小話が暇つぶしのお供になれば幸いです。
探偵と元奴隷の話は近日中に投下する予定。
 
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 15:27:08.40 ID:Zo2s9H/NO
ていとくがこわれるはなしの人か!
名作メーカーやんけ
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/28(火) 19:40:02.94 ID:9hTaagXoO
待ってる
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/03(日) 05:31:13.00 ID:j14dRfK5o
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/04(月) 20:51:49.82 ID:3oy68iSKO
追いついた乙
言葉の綺麗な文がちょいちょいあって好き
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 08:04:22.80 ID:bxpe8R73o
保守
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/05(火) 16:52:38.62 ID:uO7JY89I0

【幕間】


「私も早く大人になって、泣き虫を治したいです」


料理を教えているときにサンディがふと呟いた。

よくよく見てみると、大きな目からポロポロと雫が頬へ垂れている。

今日のメニューはカレーライスだ。

玉ねぎを刻むのが不慣れなら、そりゃ涙も出るさ。

そう伝えながら、手元のキッチンペーパーをティッシュ代わりにして

涙を拭うついでに鼻水も噛ませてみる。


「え゛う゛、ごべんなしゃい……」


鼻を噛んでるときに喋るものだから、なんとも間の抜けた可愛い声が漏れた。

彼女もちょっと恥ずかしかったようで、耳を赤くして俯いてしまう。

しばしそのまま立ちすくんだかと思うと、ふるふると頭を振って再び玉ねぎと格闘を始めた。

傍から見ずとも微笑ましい光景だと思う。

しかして、さっきの台詞は本心なのだろう。

それについてはサンディが大人になる前に訂正をしなければならないな。


“私も早く大人になって、泣き虫を治したいです”


大人は泣かなくなるんじゃない。

隠れて泣くのが上手になるんだよ。


224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/05(火) 16:59:31.08 ID:uO7JY89I0

上手に出来上がったカレーを二人で食べ終えて、湯を張ったお風呂にそれぞれ浸かり、

夜更かししないように早々と就寝することに。

体質的には夜型の身だが、サンディと住むようになってから

随分と人間らしいルーティンで日々を過ごせるようになったものだ。


「おやすみなさい、お兄さん」

「おやすみ、サンディ。今日はゆっくり眠れそうかい?」

「はい。今日もゆっくり眠れそうです」


そう言って彼女は嬉しそうに薄く微笑む。

軽く頭を撫でたあとに部屋の灯りを消してみると、

羊を数える間もなく隣から規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

君が穏やかな寝息を立てて眠ってくれているとき。

僕は静かに泣いている。

悲しいからではない。切ないからでもない。

ただ、涙が零れてしまう。

皆が享受する当たり前の幸せを、一生懸命に日々かみしめる健気な姿を見ていると。

願わずにはいられないのだ。


きみの瞳が美しいもので輝きますように。

きみの心が温かいもので満ちますように。


僕は多分、君から愛を教わっている。



〜〜〜〜

 
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/05(火) 17:00:35.99 ID:uO7JY89I0
保守がてらに少しだけ。クリスマスの話はそのうちに。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 17:10:53.29 ID:f41yhUXuo
乙!
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 18:11:21.28 ID:hpdgNTSWO
サンディ大天使定期
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/06(水) 09:58:20.11 ID:rCa+B+8Io
乙、終わりかと思ったわw
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/11(月) 21:47:50.06 ID:1W/bGZOT0
ようやく書ける時間が取れたので、夜半過ぎくらいからちまちまと投下していきます。
時間のあるお方は温かい飲み物でも片手にお付き合いください。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 22:12:37.90 ID:NxFfGUiNo
待ってる
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/11(月) 22:47:10.06 ID:IMNLlpCFO
更新ktkr
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/12(火) 00:45:25.04 ID:kAW1Hs42O
待ってまーす
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 00:55:06.57 ID:sLz/PBVL0


クリスマスイブ。薄曇りの空模様で、普段よりも少し肌寒い気温が世界を包む。

今日はお兄さんの提案で出かける事になった。

行先を訊ねてみれば、内緒の一言だけ。

どこへ行くのかもちろん気にはなっている。

ただそれ以上に、お兄さんと一緒に外出できるだけで心が弾んでしまうのだ。

駐車場に向かう自分の足が浮いているような気さえする。


「スキップするのはいいけれど転ばないようにね」


後からお兄さんの声が聞こえてきた。……スキップ?

どうやら本当に浮いていたようで、心どころか足さえ無意識に弾んでしまったらしい。

はしゃいでいるのを見られてしまい、否が応にも心拍数が上昇する。

顔中が火照るように熱い。両手でパタパタと扇いでも治まる様子はない。

自分の頬と耳が赤くなっているのが手に取るように分かってしまう。

恥ずかしさを隠すために車の元まで駆け出してみた。

お兄さんが到着するまでに早く浮かれた熱を冷まさなければ。

 
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 01:12:10.92 ID:sLz/PBVL0

深呼吸を幾度か繰り返して平静に戻る。

ちょうどその頃合を見計らったかのように、お兄さんも車の駐車してあるスペースに辿り着いた。

そこに停めてある桃色の車に乗り込む前に、

サイドミラーを覗き込んで手櫛でサッサッと前髪を整える。

髪型はおかしくはないだろうかと自問自答。

答えは当然返ってこない。

初めて出会ってからずっとボサボサの髪で過ごしていた手前、今更という感はある。

でも、お兄さんは髪を切り終えた私に向かって綺麗だと言ってくれた。

嬉しかった。とても嬉しかったのだ。

だから、あの時の気持ちを忘れないように、不慣れな手付きで髪をセットする。

そうするとまるで自分が女の子だった事を思い出すようで、少し照れくさくなる。

それと同時に胸が温かくなるのだ。

とっても不思議な感覚。

何度か前髪の分け目を弄っていると、ふと後ろに視線を感じた。

サイドミラーの視線を自分の髪から後ろに少しずらしてみると、

ほほぅ、と何か感心したような顔立ちでお兄さんが覗き込んでいる。


「綺麗だよ、サンディ」


そう言ってお兄さんは運転席側に移行して、車の中に入り込む。

私は思わずしゃがみ込んだ。

頬の熱さがぶり返してきたから。

 
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 01:29:38.93 ID:sLz/PBVL0


それから一呼吸だけ間を置いて私も助手席に乗り込む。

私がシートベルトを着用したのを確認し、お兄さんは今回の目的地に向かうために車のエンジンを点火した。

しばらく走っているうちに、この車は郊外に向かっている事が分かった。

道路の案内板から察すると市街地のテーマパークらしき場所が目的地のようだ。

未だ行ったことのない場所なので、そこに何があるのか皆目見当がつかない。

車が風を切っているその間、私は車窓の内側から外の景色を眺めている。

街路樹に巻かれた電灯が美しいイルミネーションになっていてとても綺麗だ。

天国へ続く道は、もしかするとこんな光景かも知れない。

歩道を歩く人達はみな寄り添いあって、それぞれが幸せそうな顔をしている。

本の中でしか見た事のない尊い世界を覗いているようだ。

もし本当に神様がいるならば、この中に私が一人くらい混ざっても許容してくれるだろうか。

隣で車をのんびり運転する私の神様に、そう訊ねてみたくなった。

 
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 01:45:19.98 ID:sLz/PBVL0

車を走らせること大よそ一時間ほど。

“遊園地”と呼ばれている大規模なテーマパークに辿り着いた。

目的地に着いてその中に入場をした私は思う。

地球にはこんなにも人が居たのか、と。


「うはぁ、凄い人の多さだ……」


お兄さんも絶句していた。どうやら人の多さに関しては予想外だったようだ。

 
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 01:47:44.59 ID:sLz/PBVL0

「いやぁ、最近ちょっとバタバタしていたからどこにも連れて行けてなくてさ。
 今日はクリスマスイブだから何かしようと思ってたけれど……裏目に出ちゃったかな?」

「いいえ、とても素敵なところに連れてきてくださって嬉しいです」

「サンディは優しいなぁ……」


お兄さんは大仰にほろりと泣くような素振りを見せて、私の手を繋いでくれる。

その大きな手をぎゅっと握り返した。離さないように、離れないように。

 
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 01:58:36.16 ID:sLz/PBVL0

人の多さが影響しているのだろう。

遊園地のアトラクションは軒並み待ち時間が多かった。

特にジェットコースターという乗り物には、どれも約三時間待ちという看板が立っている。

さてどこから回ろうかとお兄さんはパンフレット片手に悩んでいた。

貴方と一緒にいれるだけで私は嬉しいのに。

現在地は遊園地の中央区にある噴水前。

噴き出す水が光に照らされて彩り鮮やかに変化していく。

綺麗だなぁ。ずっと眺めていても飽きない。

ふと視線を外して周りを見ると、様々な人が楽しそうに往来している。

カップルと呼ばれる男女のつがいよりも、親子連れの家族の方が多かった。

子どもはみんな嬉しそうに親と手を繋いで、暖かい恰好ではしゃいでいる。

そんな子どもを見て、親は嬉しそうに目を緩ませている。


瞬きするだけで世界はこんなにも美しい。

私の視界は今、幸せで満たされていた。

 
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 02:14:53.76 ID:sLz/PBVL0


お兄さんが熟考をして出した結論は、

『とりあえず空いているアトラクションを端から回ろう』という内容だった。

ただ、観覧車にはとりあえず乗っておきたいという彼の要望で、

一番最初に観覧車の整理券をもらい、順番が巡ってくる二時間後までは別所を巡る段取りに。


そして今、私はメリーゴーラウンドという乗り物の順番待ちをしていた。

曰く「年を取った男は乗れないもの」だそうだ。

なのでお兄さんは外で待機して、私が乗る様を楽しむとの事。

改めて一緒に並んでいる子を見ると、小さい子ばかり。私が最年長のような気がしなくもない。

順番が回ってきて係員の方から案内をされる。

馬を模倣した乗り物に跨るように言われ、言葉のままに乗ってみる。

そのまま手すりのポールを離さないでという注意喚起を告げられたかと思うと

途端にファンシーな音楽が流れ始めた。


「えっ、えっ、えっ……!?」


あたふたしながらポールをギュッと抱きかかえる。

そして地面と乗り物が動き始めた。

地面は地球の自転のように回り、それに呼応するように馬は上下に動いている。

ちょっと楽しい。

周りの風景は緩やかに移行して、遊園地の煌びやかなイルミネーションを楽しめる様になっていた。

そんな幻想的な風景を楽しんでいると、ふと何か呼びかけられたような気がする。


「おーい、サンディー! こっちこっちー!」


お兄さんがアトラクションの外側で、手を振りながら迎えてくれる。

なんとなく気恥ずかしいけれど、少し浮かれた私はおずおずと手を振り返してみた。

お姫様みたいでなんだか照れてしまう。

 
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 02:19:48.26 ID:sLz/PBVL0


そのままお兄さんのいた景色を置き去りにして、回転木馬はのんびり回る。

そして二周目、再びお兄さんの待っている景色へ。


「サンディ、こっち向いて!」


言葉のまま彼の方を向いて手を振ると、パシャリと彼の携帯電話で写真を撮られた。

ちょっぴり気恥ずかしさを残しながら三周目。

次はいつの間に持っていたのか本格的なカメラを向けて私を待ち構えていた。

パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。連続したシャッター音が聞こえてくる。

お兄さんは周りの人の注目を浴びているのに気づいていないのかも知れない。

流石にもう撮られる事は無いと思っていた四周目。

録画状態のハンディカムを持って、キラリと光る大きなレンズを私に向けていた。


「可愛いよ、サンディ! 手を振って、ほらほら!」


周りの人はお兄さんの大きな声に驚いていて、必然的に私も注目を浴びることに。

顔から火が出そうだ。でも、お兄さんの要望には応えたい。

作り物の白馬のうなじに顔をうずめながら、ぱたぱたと頑張って手だけは振ってみる。

後の周回は、お兄さんの待ち構える付近になったらポールを抱きしめて

恥ずかしさで死にそうになっている様をビデオカメラで撮られ続けていた。


メリーゴーラウンドから降りたあと、私は一目散にお兄さんの元へと駆け出した。

そして何故か満足げな顔をした彼の背中に回り込み、ぽかぽかと軽く叩いてみる。

恥ずかしかったけれど、楽しかったのもまた事実。

なので、これは私なりの照れ隠しと抗議の合わせ技だ。

次の乗り物は一緒に乗ろう。そう決めるのには充分な出来事だった。

 
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/12(火) 02:24:54.67 ID:U1leUHnaO
くっそ可愛い
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 02:46:10.33 ID:sLz/PBVL0

その後はコーヒーカップという乗り物の所へ行き、お兄さんと一緒に乗った。

ぐるぐる回るそれも楽しくて、ついはしゃぎすぎた結果、二人して思わず回し過ぎた。

アトラクションから降りる際にお兄さんの足元がふらふらしていたのも

何だかとっても面白くて、つい笑ってしまった。

そして遊園地の中にある売店で軽食のサンドイッチと温かい飲み物を購入した。

私はホットココア、お兄さんはコーヒー。ハードボイルドのこだわりは相変わらずだ。

再び中央区の噴水前に戻り、そこに備えられてあるベンチに座ってサンドイッチを食べた。

パンに挟まれてあるのは、レタス、ハム、チーズという至極シンプルなものなのに

どうしてこんなにも美味しいのだろうか。

私はつい率直な感想を呟いてしまう。


「サンドイッチ、美味しいです」

「お、じゃあ今度一緒に作ろうか」

「はい、これなら私も間違えずに作れると思います」

「随分と頼もしい返事だね。これは最高のサンドイッチを期待しても良さそうかな」

「あ、えと……そこまでは、ないかも知れません……。
 美味しくなるよう、お兄さんへの気持ちは多めに挟んでおきますね……」


急にハードルが上がると自信を無くしてしまう。

愛情だけは劣りません、という上手な言い回しが分からないので、つい語尾が弱くなる。

お兄さんは優しく微笑んで告げる。


「ありがとう、サンディ。お腹よりも胸がいっぱいになりそうだなぁ」


そう言いながら、私にむけてカメラのレンズを向けて、パシャっと一枚シャッターを切る。

サンドイッチを食べている状態だったので、凄く無防備なところを撮られてしまった。

急いでもふもふとサンドイッチを詰め込んで、ホットココアで流し込む。

ようやく食道に収まった頃に、お兄さんから急に抱き寄せされた。


「ほら、携帯のレンズを見つめて……はい、チーズ!」


カシャ、と無機質な音が鳴る。

そこに映っていたのは、にこやかで楽しそうなお兄さん。

そして、急な出来事で大混乱していて、グルグル眼の真っ赤な顔をした私だった。


なんとなく。

なんとなく、だけれど。

年の離れた兄と妹で撮ったような。

まるで、家族みたいな写真だった。

 
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 03:05:27.83 ID:sLz/PBVL0


それから少し遊園地の飾りつけを見て回り、気が付いたら観覧車に並ぶ良い時間となっていた。

係員の方に整理券を渡して、優先列に並ぶ。

ものの十分と待つ事も無く、ゴンドラに乗り込むことができた。

ゆっくりと頂上に上がるそれは、人工的に色づいた夜光を置き去りにしていく。

私の足元には、先ほどまで見上げていたイルミネーション。

気付けば燭光のように小さくなっていた。

空が近づいているのだろうが、夜闇ではどの程度まで高くなっているのか分からない。

ふと、夜の黒に白色が紛れてくる。

あまりに綺麗な真白だったので、星が落ちて来たのかと思った。

よくよく目を凝らしてみると、どうやら雪が降り始めたようだ。

牡丹雪のようで、一粒一粒が大きい。明日は積もるかも知れない。


「綺麗ですね、お兄さん」

「うん。まさかのホワイトクリスマスになったね」


そう言いながら、お兄さんは鞄の中を漁り始めた。

そして少しの間を空けたあと、ラッピングされた何某を私に手渡してくる。


「メリークリスマス、サンディ。サンタさんからのプレゼントだよ」

「あ、ありがとう、ございます……!」


私はそれをおずおずと手に取る。

薄手ながらに固い感触のするそれは、CDケースのようだった。


「家に帰ったら空けてね。サンタとの約束だよ」


ふぉっふぉっふぉ、とでお兄さんは笑いながら、

生えていない白鬚を触るような仕草でそう告げる。

私はコクコクと頷くので精一杯だった。

 
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 03:19:53.26 ID:sLz/PBVL0


プレゼントに対して、私は何か返せるものがないのか訊ねてみた。

お兄さんは「気にしないで」の一点張り。

そして私の頭を軽く撫でて、伝えてくれる。


「君がプレゼントの中身を見てくれたら、僕はそれだけでいいんだ」


それから、私はお兄さんと他愛もない事を話した。

明日のクリスマスは雪が積もるのか、とか。

お兄さんの好きな映画の話、とか。

どうやったら美味しいご飯が作れるのか、とか。

そうこう話し込んでいると、観覧車のゴンドラはあっという間に一周を終えた。

外の景色は綺麗だったけれど、それ以上にお兄さんの顔を見ていた時間の方が長かった気がする。

雪は牡丹雪から粉雪へと変わり、いつの間にかすっかり止んでいた。

私たちが観覧車に乗っているときにだけ降ってくれたかのようだ。

お兄さんとしては先ほどの物を私に渡すのが一番のミッションだったようで、

さて後のプランはどうしようかと悩んでいる様子。

だから私は答えた。

「家に帰って、プレゼントの中身が見たいです」と。

 
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 03:21:42.94 ID:sLz/PBVL0


素敵な時間はあっという間に過ぎていく。

遊園地にもっと長くいたいという気持ちは強い。

だからこそ、名残惜しいくらいが丁度いいのだろう。

去年の今頃は、明日さえ分からないような刹那を生きていた。

奴隷だった身からすれば、楽しすぎるのは怖いのだ。

満たされ過ぎると悲しくなる。

だから、今はこの場所に願いだけ置いておこう。

きっとまた、お兄さんと一緒に来れる機会がありますように。

 
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/12(火) 03:50:39.93 ID:sLz/PBVL0


家に戻ると、お兄さんはいそいそと何かの準備を始めた。

その間に私はラッピングされたプレゼントを開ける事に。

包み紙の形を崩さないように丁寧に開けると、そこに見えたのはやはり簡素なCDケースだった。

ただ、『親愛なるサンディへ』と書かれているのが気になるところ。

お兄さんはどうやらテレビにDVDプレイヤーを接続しているようだ。

ではこれはCDではなくて、何らかの映像が記録されているDVDなのか。

中身を知らないので、私は恐る恐るそれをセットして、再生ボタンを押してみた。

 
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