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男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 20:00:48.85 ID:1bqYoAB70
書き溜めなし、安価有、地の文有。
思いつきのみで形成されております。
ゆるくまったり進めていけたらと思いますので、お付き合いの程をよしなに。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1509966048
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 20:05:38.82 ID:1bqYoAB70
浮気調査、動物探し、盗聴器ハント、簡易的な身辺保護。
平々凡々な探偵業をこなしていると、しがない依頼しか大抵は来ないものだ。
自分の掲げていた理想のハードボイルドと呼ぶには程遠い。
まだサラリーマン時代の方が楽だったのかもしれないとまで思っている。
霞でメシを食わないと仏様になってしまうような日々を過ごしていた。
だからこそ、今日の依頼人が提示してきた仕事には度肝を抜かれてしまう。
「マフィア殲滅のために情報収集を依頼したい。
報酬は貴方が会社員を続けていた頃を基盤とした生涯年収分で如何ですか」
内容から察して詳細なんか聞かずとも、超弩級にきな臭い案件以外の何物でもないじゃないか。
それにこんな赤貧探偵に頼むなんて、どう考えても鉄砲玉のようにしか扱われないに決まってる。
即々でノーと返事を出してお引き取り願おう。
頭じゃ理解していても、心に宿る愚かな自分が吠え猛るのだ。
これこそがハードボイルドの真骨頂だろう、と。
震える指先を誤魔化すように煙草に火を点け、大きく吸い込み、溜め息のように煙を吐き出す。
「その仕事、請け負いましょう」
退路は断った。
後は野と成れ山と成れ、だ。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 20:19:17.95 ID:1bqYoAB70
依頼の概要はこうだった。
“マフィアの元締めが来日する日付は七ヶ月後。
それまで構成員に成りすまして内部調査を行なってほしい。”
俗に言うスパイというやつだ。
ターゲットとなる組織内に従属して、武器の貯蔵や構成員数、幹部のマル秘ネタなど、
出来得る限りの事柄を詳細に報告してほしいとの事。
有り体に言って自分には無理だと思った。
素人に毛が生えたくらいの人間に、そんな大それた事が出来るものかと。
ただ、向こうはどうやら自分が今までこなしてきた依頼を調べ上げており、
その功績や実績を何故かやたらと高く評価してくれていた。
先方は言う。
出来得る限りでいい。それに、構成員の中には既に君と同じように潜り込んでいる人が複数人いるから安心してくれと。
なるほど自分と同じような境遇の輩がいるのか。
先駆者がいるなら多少は安心だ。きっと同じように蓮っ葉な扱いをされている人達なのだろう。
ちなみにどういった経歴の方が紛れているのか訊ねてみた。
「FBIです」
この仕事を断るのは今からでも遅くないのではないかと本気で考える良いキッカケになる一言だった。
吐いた唾を飲めないのがハードボイルドの辛い所である。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 20:34:18.63 ID:1bqYoAB70
先駆者のスパイらしき人物からの勧誘により、組織内には割とスムーズに侵入する事が出来た。
様々な人種がいたが、みな流暢に日本語を喋っている。
どうやら自分が潜入したのは日本支部のような扱いをされている場所のようで、
そこにイタリア本部からボスが視察にくる所を一網打尽にする予定なのだとか。
それからというもの、地獄のような日々が始まった。
ミスしたら即座に消される。正に文字通り。
不安と緊張が鎧のように体を重くして、血と硝煙の香りが鼻腔と脳内を率先して狂わせてくる。
依頼達成のための意地と根性で篩い立ち、親しくなりなくもない奴らとコミュニケーションを取って、
幹部の情報や武器の売買先を確認して定時連絡を取る。
お金と酔狂という飾りのようなモチベーションで、どうにか毎日を過ごしていた。
そんなある日の事、麻薬中毒者(ジャンキー)の構成員がいきなり後ろからガッツリ肩を組んでくる。
内心では死ぬほどビビっていたが、なんだよブラザーとヘラヘラ笑いつつも平静を装う。
すると、虚ろな目をしたそいつは、誰にも聞こえないようにこそこそと話してきた。
「Hey,bro. 聞いたか?今日ようやく本商品が届くんだってよ」
一体何の事だ?
あまり良い予感はしなかったが、そいつの次の一言で予感は確信に変わった。
「糞以下の金持ち共に売り払う用の、愛玩動物(クソガキ)共の事だよ」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 20:54:56.54 ID:1bqYoAB70
なるほど、本商品とはそういう事か。
確かに組織は潤沢な金銭を抱えている。潤沢すぎるほど、金の流動を見せていた。
その謎の財源はどこから来ているのかと思えば、その子どもたちの人身売買が出処だったのか。
なるほど、なるほど。
握り拳の隙間から血が滴るのを隠しつつ、そのジャンキーに詳細を聞いてみた。
現状は船のタコ部屋で軟禁状態。
船に乗せる前から長期間“しつけ”を行なっているので、暴れる奴はいない。
ボスの到着と同じ日に〇〇港に着く予定なので、ボスが子ども達を出迎える手筈になっている、との事。
貴重な情報が聞けた事の小さじ一杯ほどの感謝をしつつ、どうして只のジャンキーがここまで情報を握っているのか訊ねてみた。
曰く、彼は幹部と飲み仲間で、且つこういう情報を小耳に挟んで組織内を立ち回る情報屋だった。
ある日新人から勧められた薬が非常にハマってしまい、
そいつから薬を貰う代わりにこういう情報を喋ってしまうので、ついつい口が滑ってしまったんだ。
わひゃわひゃわひゃ、と心ここに在らずのような笑い方をしながらそのままジャンキーは去っていった。
どうやら自分の同業者には素晴らしいマキャベリストが居るようだ。
手段はさておき、顔も知らない彼の手練手管に感心しつつ、ホットな報告を依頼人に送った。
「承知しました。つい先ほど貴方と同じ情報が入ったので、信憑性はヒトマルですね。
不審な船の調査を急ぎます。元締め退治と奪還は同時に行う作戦に変更です」
了解、と残して通話終了。後はもう少しだけ情報を探るとしよう。
この組織の壊滅も近い。
なんとなく、そんな気がする。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 21:14:35.03 ID:1bqYoAB70
運命の日。それはあっけなく終わった。
元締めが来日し、そのまま港に足を向け、そこで待ち構えていた警察たちに彼はあっけなく捕縛される。
彼の両手に手錠がかけられたタイミングで船が寄港し、その際に多少のドンパチはあったものの
こちら側に然したる被害もなく収まった。
そのドンパチに加担した身としては、弾が当たらなくて何よりだった。
久々に撃った感覚は変わらず気持ちの悪いもので、相変わらず苦手意識は変わっていない。
船に乗り込んだ際、どうやら配置の都合上、自分が子どもたちのいるタコ部屋に一番近かったらしく保護の役目を担う事になった。
これは依頼内容に含まれていないから後で追徴しようなどとボヤきつつ、その部屋に突入する。
そこには三人の子どもがいた。
どの子も将来は見目麗しい素敵な女性になるのだろうと思わせるような見た目だった。
体中に刻まれた夥しい数の傷跡さえなけば。
その子ども達は、自分を見るや否や震え出した。
何か恐ろしいものを見るような目で見つめられ、うち二人は頭を抱えて泣き出した。
ごめんなさい、ごめんなさいと絞り出すような嗚咽を漏らしながら。
そして自分の前に一人の少女が両手を広げて立ちはだかった。
手入れのされていない黒髪を振り乱し、澱んだ瞳孔をこちらに向ける。
後ろで泣いている子を庇うかのような立ち振る舞いだったが、
小鹿のようにやせ細った両足が大仰に震えており、必死で恐怖と戦っているのが見て取れる。
「いたいこと、するなら、わたしが、うけます」
その惨たらしい献身を見て、体中の力が抜けた。
守れて良かった、という思いと。
護れずに済まなかった、という想いで。
気付けば自分は、大粒の涙を零しながら、その子どもを抱きしめていた。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 21:26:06.15 ID:1bqYoAB70
しばらくして抱擁を解くと、少し息苦しかったのか、けほけほと咳き込んでいた。
すまないと思わず謝った。力加減が分からなかったのだ。
その黒髪の少女は一体何をされていたのだろうといった表情で呆気に取られている。
「君たちを、助けにきた」
そう伝えて、髪をくしゃくしゃと撫でてみる。
眼前の黒髪の少女の瞳に一瞬だけ光が戻り、その子が逆にこちらの胸に飛び込んできた。
そして、そのまま大声で泣き始めた。
奥で震えていた子どもたちも次々に抱き着いてきて、しゃくりを上げて大泣きしてきた。
目先のお金と恰好つけで始めた仕事にしては、随分と貰える報酬の多さに驚いている。
死ぬほど辛くて、何度か本当に黄泉路を歩きそうになったけれど。
請けて良かった。あの時の自分の判断こそが正しかったのだと、ようやく実感できた。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 21:38:00.79 ID:1bqYoAB70
それから約一か月後、日射しの気持ち良い秋晴れの頃。
依頼人が自分の事務所を訊ねてきた。
「依頼達成、お疲れ様でした。請け負ってくれて有難うございます」
事務所の安革ソファに腰を下ろし、労いの言葉をかけてくる。
気にしないでください、お役立てできて何よりです。
そんな言葉を返すと、眼前のスーツ姿の青年は、にこりと会釈を返してくれた。
「貴方が身を粉にしてくださったおかげで、一つの大きな組織が滅びました。
子ども達も無事に保護できて何よりです」
あの子達は元気かどうか聞くと、今はまだ療養中との事だった。
「元々あの三人は、組織お抱えの娼婦たちがそれぞれ捨てた孤児だったのです。
身寄りどころか戸籍もなく、組織内で文字通り飼われていた子でしたから……。
劣悪な環境下で育っていたので、日本の病院の綺麗さを天国だと言ってました。
まぁ確かに天国へ繋がっている人も居るかも知れませんがね。 はっはっは」
いや、はっはっはじゃないだろう。地味なブラックジョークは止めてほしい。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2017/11/06(月) 21:51:39.96 ID:1bqYoAB70
「世界にはお金で狂った人が大勢います。
道徳心を亡くした小金持ちは子どもを愛玩や嗜虐の道具で欲しがる、歪んだ人々もいます。割といます。結構います」
神妙な面持ちで、スーツ姿の青年は語りかけてくる。
「あの子たちは、奴隷として飼われており、奴隷として買われるところでした。
貴方はその子どもを助け、世界を美しくする一端を担ってくれました。
本当に、本当に有難うございます」
そういって、深々と頭を下げてきた。
流石に恐縮してしまう。
いえいえ、人として当然の事をしたまでです。頭を上げてください、というので精一杯。
そういえば、あの子たちはどうなるのですか。
気恥ずかしさで話をすり替えるために別の話題を振ってみた。
「そうですね……あの中の二人は、アメリカの孤児院に行く事になっていまして……」
何故か急に歯切れが悪くなった。あまり聞いてはいけない内容だったのか。
では報酬の話にでも移ろうかと思った瞬間、スーツ姿の男が洗練された営業スマイルを向けてきた。
「ところで少々話は変わって、物は相談なのですが。追加依頼を受けて頂けないでしょうか」
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/06(月) 22:15:14.82 ID:1bqYoAB70
「助けて頂いた子のうち二人はアメリカに行く事が決まりました。
ただ、もう一人の子はこの国への残留を強く望んでおりまして。
それで、この国の戸籍を準備するのが少々手間取っている現状ですね」
ほぅほぅ、難儀な事ですね。
そう言いつつも手元のコーヒーを優雅に啜ってみる。
「それでですね、こちら側が戸籍を準備するまで、その子を預かって貰えないでしょうか」
飲んでいたコーヒーを盛大に噴出した。
男一人で侘しくものんびり暮らしていた生活なのに、そこに住人一人増えるのはたまったものではない。
断固反対、絶対不可。これを心情に断ろう。
「その子、いたく貴方を気に入っているんです。
実は今日も連れてきていまして……。入っておいで」
スーツの青年が事務所の出入り口に声をかけて、少しだけ間の空いた後、おずおずと入ってきた一人の少女。
変わらずボサボサだが、変わらぬ綺麗な黒髪。華奢な肢体に少しだけ血色の良くなった顔。
あの日、船の中で自分が助けて、抱きしめた子だった。
「……迷惑だったら、断ってください」
その子は、涙を浮かべて不安そうな瞳を向けてくる。
自分の事は自分が一番よく分かる。
ノーだというのは、きっと無理だろう。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/11/06(月) 22:25:49.34 ID:1bqYoAB70
……期間は、どのくらいですか。
諦めたように依頼人に告げた。
ぱぁっ、っと少女の表情が明るくなり、依頼人はネクタイを正して商談に入るような姿勢を向けてきた。
「まぁ、組織内の情報を洗う意味で少々時間を空けて、一年です。
延びるかもしれないし、短くなるかもわかりません。」
報酬は如何ほどになります?
「そこは要相談で。ああ、ちなみに彼女の生活費はこちらで出しますので、そこは気にしないでください」
ふぅ、と思わずため息をついた。
腹をくくったからには、まぁそれなりに過ごしていこうと思う。
それに、あの船で出会ったときに感じた、あの気持ちは未だに忘れていない。この胸で燻っている。
大人として未熟な身だが、出来得る限りこの子が幸せになれるよう、自分なりに最善を尽くそう。
出入り口で立ったままの少女に向き合い、言葉をかける。
「初めまして。君の名前は何ていうんだい?」
少女は、おずおずと口を開いた。
「わ、私の名前は……
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です……」
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