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291 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/05/13(日) 00:05:46.99 ID:kZm8Vepq0
【ある日の風景・朝まで飲んだら現れる】
莉緒「ねぇねぇプロデューサーくん。私ね、今度ゾンビの役をやるんだけど」
莉緒「役作り手伝ってくれない? アドバイスしてもらいたいの」
P「別にいいけどなんで俺に?」
莉緒「だってそういう映画とか詳しそうじゃないの」
莉緒「あー、うー、ああぅ〜……」フラフラ
莉緒「ぐぁー、ぐあぁー……どう? バッチリ決まってる?」
P「はっはっはっ!」
莉緒「ちょっと! 真剣なのに笑わないでよ」
P「だって飲み過ぎた時とそっくりだもん」
莉緒「失礼ねっ!」
莉緒「でも、どうせならゾンビになってもなるべくセクシーでいたいわよね」
莉緒「腕や顔なんかに噛みつかれて、穴だらけのゾンビになっちゃうなんて嫌よ」
莉緒「プロデューサーくんだってそう思わない?」
莉緒「例えゾンビになっちゃっても、綺麗な私の方が嬉しいでしょ!」
P「……まぁ、その方が気分はいいな」
莉緒「でしょでしょ〜? 目指すはセクシーでアダルトなゾンビレディよ!」
P(でも死体なんだから最後は腐って蛆も湧くぞ、という事実は言わないでおいてあげよう)
292 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/05/21(月) 01:33:55.24 ID:fWaSaCe50
【もしもの風景・時間停止】
琴葉「では状況を一旦整理しましょう」
琴葉「全く不思議なことですが、現実離れしすぎてる話ですが」
琴葉「プロデューサーが時間停止能力を手に入れたっていうお話」
琴葉「それ、ホントなんでしょうか?」
P「それ、ホントなんだってば」
P「百聞は一見に如かずってね。琴葉、何も言わずにこいつを見て欲しい」スッ
琴葉「……テーブルの上にカップアイス。これがどうかしたんですか?」
琴葉「と、いうよりこのアイスって私が冷蔵庫に仕舞っておいた――」
P「んんっ! 出処はともかくこのアイスがだ。琴葉、よーく見ていてくれよ」ピッ
琴葉「見てくれよ、じゃなくてですね!」
琴葉「いくらプロデューサーでも人の物を勝手に証明に使うなんて――あれ?」
P「もごもごもご」
琴葉「よく無い。違う、無くなってる!」
琴葉「えっ!? わ、私、目を逸らした覚えなんて一つも無いのに」
琴葉「……ここにあったアイスクリーム。空っぽの容器だけになっちゃった」
P「どうだ? 時間を止めている間にアイスを食べてみせたんだが」
P「琴葉には、一瞬のうちにアイスが空になったように見えたんじゃないか?」
琴葉「無くなっちゃった私のアイス……」ボー
P(あっ、ショックで聞いてないな)
N『Pはコンビニへダッシュした!!』
琴葉「〜〜〜〜♪」モグモグモグ
P「体を冷やし過ぎるとよくないから、食べるのはその一個にしろよ」
P「買って来た残りは冷蔵庫に入れとくから」
琴葉「〜〜〜〜!!」コクコクコク
P「喋れないほどにアイスを堪能しちゃってまぁ……」
293 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/06/28(木) 01:42:29.75 ID:7P004Us20
【プレゼントは真心込めて】
刹那、未来は小皿に乗せられたショートケーキに齧りついたのだ。
確かにそれは、今日が誕生日である彼女の為に俺が用意しておいた代物で、
つい先ほどプレゼントとして送った品であったのだが。
「実は、今日は俺も誕生日なんだ。だからこのケーキは二人で半分こってことに――」なんて冗談が奇行の引き金になった。
別に全部一人で食べて良いとこちらが言い出すその前に、
まるで犬っころのように直食いで、はぐはぐと口に入れた分だけ三角形を欠けさせる。
鼻の頭に生クリームがつくのも物ともせずに、
彼女は俺が渡したケーキに文字通り唾をつけてみせた。
そうして大きく喉を鳴らしたなら、
未来は食道に詰まったケーキを落とし込むようにトントントンと胸を叩く。
俺がお茶の入った湯呑を渡してやると、
顔を真っ赤にした彼女はひったくるようにしてソレを受け取り冷めた番茶を流し込んだ。
……一拍置いて一呼吸。
「プロデューサーさん」
「うん、なんだい?」
「ごめんなさい。ケーキ、分ける前に食べかけになっちゃいました」
そうして、少し涙ぐんだ表情の未来は申し訳なさそうに首を縮めると。
「……それでもいいなら、わ、分けっこしますか? 私の、食べかけなんですけど」
294 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/06/28(木) 01:45:03.01 ID:7P004Us20
===
一コマおしまい。未来ちゃん誕生日おめでとう!
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/28(木) 02:09:12.13 ID:ImXcFT5SO
食べかけなんかいるかよ
汚えな
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/30(土) 08:18:09.07 ID:Sy3EbXrjo
あざといな未来ちゃ
誰に教わった?かわいいぞ
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/30(土) 09:16:33.76 ID:LTlnb+CxO
あ〜未来ちゃかわいい
298 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/07/09(月) 06:37:38.46 ID:2oTLp5eX0
【犬も食わない】
テンケテンケテンケテンケテンケテンケテン……。
と、実にお気楽な出囃子に乗って二人の少女はステージに現れた。
最上静香と北沢志保。
765プロライブ劇場が育成中の候補生は、
無愛想な作り笑いを浮かべてマイクの前に並び立つ。
今回は単なるネタ合わせなのでどちらも普段使っている練習着をその身にまとっていた。
軽い会釈をするように背を曲げた静香がよく通る声で名乗りを上げる。
「静香です」
「志保です」
「二人合わせてしずしずです」
ペコリ、と客席に向かって挨拶をするがその目は暗く淀んでいる。表情筋は壊死している。
髪の毛の艶もサッパリなく、陸に上がった魚のように死んだ顔をした二人だった。
胸の前で腕を水平に構え、志保が隣に立った相方を打つ。
「――って、なんでやねん」
それはツッコミと呼ぶにはあまりにも鈍い、覇気の感じられない台詞だった。
ぶっきらぼうに放たれた水平チョップが静香の脇腹に当てられる。
「ぐっ!?」
堪らず睨み返す静香。
が、志保は眼付きの悪い半眼を正すことなく元の位置まで腕を引くと。
299 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/07/09(月) 06:38:48.12 ID:2oTLp5eX0
「私の」
「うっ!」
「名前が」
「いった……!」
「入ってないやん」
一回、二回、三回目はチョップではなくビンタだった。
思わぬアドリブを喰らった静香が「ちょ、ちょっと! 顔は止めなさいよ!!」と犬歯も露わに目を吊り上げる。
しかし志保は、その能面のような顔を一切動かすこともなく。
「ごめんなさい。叩きやすい位置にあったから」
「やめてってば!!」
二度目のビンタは寸前で止められた。
二人の練習もその場で止められた。
かくして静香と志保、馬の合わない二人をどうにか仲良くさせようという
目論みのもとに企画された漫才公演は幻の物となったのである。
300 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/07/09(月) 06:41:14.07 ID:2oTLp5eX0
===
一コマおしまい。
301 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/04(土) 01:57:13.70 ID:2z0hRIvR0
【素敵な出会い】
小鳥「占いの結果、近々素敵な出会いが――あなたの身近な事務員と!」
P「身近な事務員……?」
衣装担当「私ですかっ!?」
仕事仲間「私ですね!」
元事務志望「私も入る?」
P「確かに有益な出会いだった」
小鳥「違う。そうじゃないですよね?」
社長(しかし音無君。近々なら君は手遅れじゃないだろうか?)
302 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/29(水) 12:26:48.01 ID:zfoRS8RN0
【水着】
そも、アイドル事務所であるからして、華やかな容姿の若き乙女が仕事場を我が物顔で闊歩するのは何も間違っちゃないと思う。
さらには仕事で使う衣装、フリルやリボンやヒラヒラヒラとした装飾も賑やかな格好でそこら中歩き回るのもだ。
これは新しい衣装の着心地を確かめる為だとか、単に見せびらかしてるだけだとか、
まぁ、各々に思うことがあっての行動であると俺も黙認してきたワケなのだが。
「――ワケなのだが。海美、そいつはちょっと違うだろう」
言われた少女はキョトンとこちらの方へ向いた。蒸し暑い夏のある日である。
劇場内楽屋において、私服連中に混じって座る高坂海美は何を思ったか水着だった。
303 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/29(水) 12:27:35.10 ID:zfoRS8RN0
「私が違うって、何が?」
一ミリも理解してないといった返事。もう一度言おう、水着だった。
これでトレーナーだとかシャツだとか、上に一枚羽織っていたならわざわざ触れたりしないのだが。
その水着はもちもちと張りがありそうな彼女のボディにピタリ吸い付くように。
肩の描く曲線が眩しい。健康的鎖骨が悩ましい。惜しげもなくさらされてる脇、
思わず目を引く大きな胸、筋肉とくびれで彩る腰回りは確かめたくなる細さである。
そして下半身を守るのは下着と変わらぬ布一枚。こんなもの歩くセクハラである。公然猥褻罪である。
父親の前を家族だからとタオル一枚で歩き回るより刺激的な――いや、それはどちらも甲乙つけ難いか。とにかくだ!
304 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/29(水) 12:28:54.19 ID:zfoRS8RN0
「いくら765(ウチ)がアットホームを売りにしてたとして、本当に君の家ってワケじゃないのだから。そーゆーふしだらな格好でうろつきまわるのはよしなさいな」
「でも今日暑いし、これもお仕事で使う衣装だから別にいいかなーって」
「それをダメだと今言ってるんだろう? ……海美、口ごたえするようだったら」
俺は脅しをかけるように両手をわきわき動かすと、聞き分けの無い彼女に真剣な表情でこう迫った。
「オニーサンがセクハラしちゃうぞぉ? サンオイル塗ったりマッサージしたり。アレやこれやで辱めちゃる」
すると効果はてきめん。海美は耳まで真っ赤になりながら、「き、着替えてくる!」と足早に楽屋を出ていった。
俺はそんな彼女の後姿をしてやったりと見送った。
……だがしかし、善良なる読者諸兄におかれては、同じように職場で水着姿の同僚を見かけたとしてもこのような物言いはよすべきだ。
305 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/29(水) 12:30:00.87 ID:zfoRS8RN0
なぜなら翌日出社した俺が目にすることになった光景。
楽屋をきゃいきゃい埋め尽くす水着少女達の姿に言葉を失うだろうから。
「プロデューサー! マッサージするなら皆にだよ?」
目敏くも、部屋に入って来たこちらを見つけた海美がすぐ近くにまで寄ってきて、どーだ参ったか! と言わんばかりに尋ねてくる。
俺は彼女の悪知恵に苦笑うと、「男に二言は無い」とだけ返してその肩を押さえるように両手を置いた。
軽く十人を超える奉仕は辛く、その日一日、俺から握力が消えたのはまた別の話。
306 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage saga]:2018/08/29(水) 12:30:27.11 ID:zfoRS8RN0
===
一コマおしまい。
307 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:04:38.26 ID:1q/u2qOm0
【ほんのちょっとしたラビットパニック!】
前略。どれほど経験豊富だって名前が売れていたとしても、
やっぱりアイドルプロデュースには博打みたいな側面がある。
そうして、その、賭けるべきか賭けざるべきかの大きな大きな勝負場で、
見事に勝ちを引っ張ってこれる人間――そういうのが、いわゆる"敏腕"だって言うんだろうな。
「プロデューサーさん、どうでしょうか?」
とはいえ、そんな偉そうに講釈云々を垂れてもだ。
石橋を叩いて渡るような性格の俺はそもそも勝負場と無縁であった。
呼びかけられておやっと振り向く。
するとそこに、一体何が居たと思う?
「ど、どうでしょうかって麗花君(キミ)ね……。似合っちゃいると思うけれど」
「あれれ? どうして他所を向いちゃうんです?」
「そりゃあ、正面から見るには刺激が強すぎるって言うか……」
308 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:06:19.51 ID:1q/u2qOm0
言い訳もごもご。俺は自分の顔が赤くなってないかを心配した。
なぜなら今度の仕事に合わせた衣装の具合を見て欲しいと、
更衣室から出て来た麗花は今、絵に描いたような"バニーガール"の格好をしてたからだ。
グラビア水着なんかと同じように、体の起伏に沿うようにして
身に付けられたボディスーツはソレ一枚で服としての全てを担っている。
でも、水着とスーツには何て言うかこう……明確な色気の違いと言う物があって。
「もう、ちゃんと見てください」
麗花が不満げに俺の頬へと両手をやる。無理やり向きを変えられる首。
そっぽを見ていた視界が回ればすぐさま彼女とご対面だ。
その頭にはウサギ耳カチューシャがついていて、
これが猫の耳を模していればキャットガールなんて呼ばれてたのかしらん?
とかなんとか見当違いの感想で頭を満たす。
……だって、しょうがないじゃないか! そうでもしなきゃ俺は彼女の――。
「私、バニーガールの衣装って初めてなんですけど。知ってました? これ肩紐無しでもいけるんです!」
「へぇ、そう、紐が無いんだ」
「はい! 不思議ですよね。動いたら脱げちゃいそうなのに」
彼女の強すぎる露出に、ついつい鼻の下を伸ばしてしまうかもしれないから。
……って、人から見れば手遅れだろうなぁ。
309 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:07:59.84 ID:1q/u2qOm0
麗花が説明する通り、彼女の着ているスーツにはいわゆる肩紐がついていない。
ここで読者諸氏にも、バニーガールの衣装を想像してもらえばすぐ分かると思うことだけれど、
あれらは普通、肩回りと背中をざっくり露出させるのが一般的だ。
なぜって、その方がより魅力的に見えるからさ。
ただ、そうすると胸の辺りを固定する要素が無くなるから、
動いてるうちにズレ落ちるんじゃないかって見た目になっちゃうワケなんだな。
「何でも腰で止めてるそうですよ。美咲ちゃんが教えてくれました。こう、着るだけで背筋がピーンってなる感じの」
「ワイヤーか何か入ってるのかな?」
「ふふっ。気になるなら触って確かめてみます?」
言って、麗花はすぐさま俺の右手を取った。「お、おい!」なんて驚く暇を与えてくれない。
彼女は自分の細いウェストにそのまま右手を持ってくると。
「この辺ちょっと硬いですよね? そう、そこ……。これがずーっと上まで続いてて」
生地と生地の合わせ目に沿って、説明しながら何か硬い、
多分、骨のような役目を持った部品の感触を確かめさせるように手を誘う。
でも俺は馬鹿みたいに体を強張らせて、指先に当たる"なだらかさ"にどぎまぎしっぱなしだ。
そのうち、指は彼女のあばらの上を通り過ぎて。
「だから、これのお陰で動いてもズレないよう――プロデューサーさん?」
「あ、ああ。なんだ麗花!?」
「もう、今の説明聞いてました?」
「もちろん! かっ、考えて作られてるんだって感心してたトコさ」
ようやく自由になった右手を背中の後ろにサッと隠す。
彼女の見えないところではまだ、親指と人差し指がくっついては、
さっきまで確かに感じていた夢のような感触を反芻したりするのだった。
310 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:09:16.22 ID:1q/u2qOm0
そうしていると、突然、麗花が良いことを思いついたとでもいうように軽快に指を打ち鳴らした。
これは単なる余談であるが、彼女は指パッチンが異様に上手い。他にも草笛の達人奏者である。
一度、事務所に持って来られたテッポウエビと『指パッチン王者決定戦』なるイベントだって催して――おぉっと閑話休題。
「いけない! 私忘れてました。この衣装について、プロデューサーさんに教えなくちゃいけないことがあったんです」
麗花が真面目な顔でそう言うから、俺も鼻の下を戻して訊き返す。
「教えなくちゃって……。それが肩紐のことなんだろう?」
「あ、そっか。それもありましたね。……気づいてました? この衣装肩紐が無いんですよ?」
「知ってる。さっき説明してもらった」
「そうなんですか? プロデューサーさんは物知りなんですねっ♪」
「……で、肩紐以外の俺に教えたいことってのは?」
「ああ、そう、それなんです。実は――」
だがこの時、衣装室に予期せぬ来客が訪れた。
入ってきたのは見知った二人。
片方は、麗花が着ているバニースーツを一人で仕立てた美咲ちゃん。
事務員なのに衣装も作れる非常に頼もしい後輩で。
そうして別のもう一人は、麗花と共に仕事をする予定になっていた……。
311 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:10:14.03 ID:1q/u2qOm0
「プロデューサーさんに麗花ちゃん……? あの、お二人は一体何を?」
「歌織さん! いや、これはですね――」
「今度の衣装の出来栄えを、プロデューサーさんに触って確かめて貰ってたの♪」
歌織さんの顔が驚きに固まる。ついでに部屋の空気も凍る。
そうして、固めた当の本人はニコニコ笑顔を浮かべたままくるりとこちらに向き直ると。
「それで、今から別のトコも……。プロデューサーさん、さっきの続きなんですけど、この衣装しっぽがふわふわ〜ってしてて!」
言いながら、体を捻るようにして自分のお尻を見せて来る。
そりゃ、確かに麗花が言う通り、その部分にはウサギのしっぽが生えていた。
形の良いヒップラインの、その盛り上がりにちょこんとくっつく白いほわほわ……。
「触ると、もこもこ気持ち良いんですよ。ふふっ、じゃあじゃあ早速さっきみたいに」
「お、おい。麗花、君はまさか――」
「触って確かめてくれますよね?」
子供みたいに無邪気に笑う。誘うようにしっぽがピョコピョコ揺れる。
そうして、経験から培われた俺のプロデューサーセンスが囁いている。
『賭けるべきか賭けざるべきか?』
できるなら勝負自体を降りたい。
脱兎の如く走り出したい。
背後から近づく歌織さんの足音に怯える俺は、まるで銃を向けられたウサギだった。
312 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:11:48.90 ID:1q/u2qOm0
【おまけのほんのりラビットパニック?】
「あのぉ〜……プロデューサーさん?」
「は、はい」
「私も麗花ちゃんとお揃いの衣装に着替えてみたんですけれど、
どこか気になるところはありませんか? 何分、こういうモノを着るのは初めての経験で……」
「そりゃあ通りで……。いや、歌織さんもバッチリ似合ってます!」
「本当ですか? ――本当に?」
「ええ、ええ、本当です。……だから、その、もう少し下がって――」
「でも、プロデューサーさん。……少し、恥ずかしいのですが。衣装の隙間具合などを……
念入りに確かめて頂けません? 自分じゃ、よく、分からないから……」
「…………お引き受けしましょう」
「ありがとうございます。それじゃあ、まず、屈んでみますね。……よいしょ」
「か、か、屈んでみるって歌織さん、それは……」
「……そちらから見て、どうでしょうか?」
「どうって、その、近すぎると言うか……」
「でも、離れると見えないじゃありません?」
「けど、その、顔の高さが」
「顔の高さ?」
313 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:13:58.43 ID:1q/u2qOm0
「いえ! なんでもっ、気にしないで……。そう、ですね。あー……ウサ耳の傾き具合なんかはいいと思いますよ」
「……プロデューサーさん。そこに隙間がありますか?」
「あ、えっと……。すみません、隙間なんて無いです」
「ですよね」
「はい」
「もう少し真面目にお願いします。……私、恥ずかしいのを我慢してるんですから」
「すみません。でも、隙間と言うと――」
「…………どうです?」
「だ、大丈夫だってぇ……思いますよ? ええ、ぴっちり肌に食いついてる……多分」
「多分? そんな曖昧じゃあ……。私、安心して衣装が着れません」
「うっ……!」
「もっと、ちゃんと、見てください。……歌織のこと、私のために」
(しかし、そうは言ってもレディの胸元をじろじろ見るだなんて――見るんだけども!)
(……プロデューサーさん黙っちゃった。それに、彼に見られてるって意識すると……体の奥が変な感じ。
恥ずかしいのに、見て欲しいって思う。また別の扉を開けられている最中かも……)
(――あっ、二人とも睨めっこしてて楽しそう。後で私も混ぜてもらっちゃお♪)
(麗花ちゃん!?)
(直接脳内に――!!)
……オチはないよ! (*´v`*)ノ
314 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/10/17(水) 23:15:05.52 ID:1q/u2qOm0
===
興に乗ってちょっと一コマ。バニーちゃんな麗花さんに野菜スティック齧らせたい
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/17(水) 23:49:20.04 ID:m7eVJoMy0
おつ
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/10/18(木) 01:24:01.83 ID:rysQL0Wno
えっっ
317 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:19:22.81 ID:SKk6W+iM0
【美咲頑張る!】
この世の中は複雑怪奇、情報社会の世と言います。
私、青羽美咲も一介の社会人となって、報告連絡相談の、
いわゆる『ホウレンソウ』の大切さという物を改めて実感しています。
……そう、ほうれん草はとても大事。
豊富な鉄分が魅力的で、おひたしにしたら美味しくって。
それをホカホカご飯の上に乗せて、ごまの香りに誘われるまま大きく口を開いたなら――。
「あのー、青羽さん? それで用件って一体なんでしょうか?」
想像の中でパクッと一口! その瞬間、呼びかけられた声によって私は現実に戻りました。
ここはご存知765プロライブ劇場。
その事務室にて、不思議そうに私を眺める男性一人。
318 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:20:36.19 ID:SKk6W+iM0
「あ……っと、そうなんです! 実は社長さんがプロデューサーさんをお呼びでして」
「なるほど。その言伝を青羽さんに頼んだと」
「またいつもみたいに、次の企画のお話だって思いますよ?」
「ええ、きっとそうでしょうね。……となれば、今すぐにも顔を出さなくっちゃあ」
話を聞いたプロデューサーさんは「分かりました」と頷くと、
デスクでやっていた作業を中断して外出の準備を始めました。
これには私も分かりますよと頷きます。
だって呼び出し相手が社長さんじゃ、長時間待たせるワケにはいきませんものね。
「じゃあ青羽さん、留守番よろしくお願いします」
「はーい。プロデューサーさんもお気をつけて」
そんな彼を「行ってらっしゃ〜い」と送り出せば、無事に連絡できたと一安心。
私は広くなった事務室に少しの寂しさを覚えながら、
自分に任せられているお仕事に――アイドル達の衣装作りに――再び着手するのでした。
319 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:21:33.28 ID:SKk6W+iM0
===
けれども、それから数分と経たないうちに事務室の扉が開かれました。
そうしてひょっこりと顔を覗かせたのは、劇場所属アイドルの七尾百合子ちゃんと望月杏奈ちゃんです。
「失礼しまーす。百合子ですが、こちらの部屋にプロデューサーさんは――」
「……いないみたい。入れ違った?」
キョロキョロと辺りを見回す二人……何か用事があったみたいですね。
ですから、私はそんな彼女達に「プロデューサーさんならついさっき」と数分前のことを伝え。
「――そうですか、プロデューサーさんは事務所の方に」
「んと……ちょっと残念、です」
320 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:22:16.45 ID:SKk6W+iM0
言いながらも、百合子ちゃんは手にしていた鞄から一冊の本を取り出しました。
隣では杏奈ちゃんが彼女と同じように、自分の荷物をしばらくごそごそした後で。
「なら、おすすめする予定だったこの本はプロデューサーさんの机の上に」
「杏奈のゲームも、一緒に」
そうして二人は声を揃え、プロデューサーさんに伝えておいて貰えますか? と。
「うん、しっかり伝えておくね!」
当然、事務員である私には伝言を伝え届ける義務があります!
二人は私の返事に満足したようで、お願いします! と頭を下げると笑顔で戻って行きました。
321 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:23:21.12 ID:SKk6W+iM0
===
さらにそれからしばらく経って。
「おはようございまーす! プロデューサーさーん……って」
「……はれ? いないみたいですね」
元気よく扉を開けて入ってきたのは横山奈緒ちゃんと矢吹可奈ちゃん。
それから、プロデューサーさんの姿を探す二人の後ろからスッと静かにもう一人。
「……だから言ったじゃないですか。駐車場に車が無かったから、きっと劇場の中にはいないって」
呆れたように首を振って、腕を組みながら言うのは北沢志保ちゃんです。
322 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:24:11.86 ID:SKk6W+iM0
「いやいやいや、そんなん言うても車が無いだけやったら大人組かもしれへんやん?」
「そうだよ志保ちゃん。万が一ってのがあるんだから!」
「その万が一のチャンスを使ってやることが、たまたま取れたお菓子の差し入れなの?」
反論した可奈ちゃんに志保ちゃんがサクッと言い返します。
すると、わざとらしく彼女の肩に腕を回した奈緒ちゃんが。
「志保〜? たまたまやない、実力やで」
そう言う奈緒ちゃんの握った手には、ゲームセンターで見かけるような景品袋がありました。
中からはこれまたクレーンゲームで取れるような、大きな大きなお菓子の箱が覗いています。
323 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:25:41.75 ID:SKk6W+iM0
「だとすれば、随分安く買える実力ですね」
そうして、肩を抱かれた志保ちゃんが心底鬱陶しそうに口を開けば。
「安く……? 奈緒さん結構使ってたよ」
「可奈、今のは捻くれ屋流の皮肉やから」
「皮肉じゃなくて嫌味ですよ」
「……ホンマに志保は可愛げのない」
言って、奈緒ちゃんは袋の中から取り出した巨大なチョコバント
(っていう名前のお菓子があるんです。バットに見立てたサクサクスナックの表面に、
チョコレートがコーティングしてある駄菓子ですよ)をプロデューサーさんのデスクに置き。
「ほな、私らここに差し入れ置いて行きますから、
後は美咲さんからあの人に伝えて貰っていいですかね?」
「……あっ、私がいたの気づいてたんだ」
「そりゃあ、部屋に入った時からじーっと見つめられとったら」
324 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:26:20.32 ID:SKk6W+iM0
結局、私は奈緒ちゃんから飴玉も余分に手渡されて、
プロデューサーさんへの伝言をしっかりよろしくお願いしますと。
……当然私は事務員なんですから、連絡事項はきちんとお伝えするのが義務であります。
「勿論、ちゃんと伝えておくね!」
奈緒ちゃん達は私の返事に満足したようで、ペコリと頭を下げると笑顔で戻って行きました。
325 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:27:18.96 ID:SKk6W+iM0
===
そうして、貰った飴玉を舐めながら衣装作りを続けていると。
「おやぶん!」
「お兄ちゃん!」
「プロデューサーさん!」
――なんて、一斉に事務室へ飛び込んで来たのは小学生組の三人です。
その、扉を開ける勢いがあまりに凄くって、私はもう少しで飴を喉に詰めちゃうところでした。
……とはいえそんな私のことは余所に、
「あれ? みさきしかいないぞ」とおやぶんの姿を探し始めるのは大神環ちゃん。
「環? いくらお兄ちゃんでも机の下にはいないって」と、呆れ顔なのは周防桃子ちゃんで、
そうして最後に、「ねぇ美咲さん、プロデューサーさんどこに行ったの?」
そう質問してきたのは三人の中でも最年少の中谷育ちゃんです。
326 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:28:31.44 ID:SKk6W+iM0
だから私は、そんな三人にごめんねと前置きした後で。
「プロデューサーさんは今、社長さんに呼ばれて事務所の方に出かけてるの」
すると、環ちゃんは不満でいっぱいという風に顔をしかめ。
「えぇ〜、また社長ぉ〜!?」
「……お仕事の話で行ってたら、暗くなるまで帰ってこないよね?」
困ったように育ちゃんが言うと、桃子ちゃんがやれやれと溜息をついて続けました。
「別に直接渡さなくたっていいんだよ。……お兄ちゃんが忙しいのはいつものコトなんだし、
皆分かってるから机の上に色々置いてってるみたいだし」
だけど、そう言う彼女が一番残念そうに見えるのは単なる私の気のせいかな?
――作業の手を止めて三人の様子を眺めていると、
環ちゃんがまず、ズボンのポケットから両手いっぱいのどんぐりを机の上に広げました。
「なら、たまきもどんぐり置いとこーっと! くふふっ♪ おやぶんビックリするかなぁ?」
次に、育ちゃんが可愛らしい帯のついた栞を本の上へ。
「学校の授業で作ったんだよ」と、押し花の挟まった栞を置いてにこやかに笑います。
327 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:29:20.30 ID:SKk6W+iM0
「美咲さん、桃子たちからの伝言できる?」
「任せて! 伝えるのは私得意だから」
そうして最後は桃子ちゃんの番。
「この前お仕事の時に貰ったんだけど、お兄ちゃんの勉強にちょうど良いかなって」なんて、
彼女がランドセルから取り出したのは映画の優待券でした。
それも二枚、折り目がついたりしないように、クリアファイルでしっかり保管された。
「じゃあ、無くならないようにこれごと机に置いて行くから」
「分かってる。プロデューサーさんにはちゃんと桃子ちゃんに返すよう言っておくね」
私は自分の胸を叩き、自信満々に三人へ答えました。
328 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:30:32.01 ID:SKk6W+iM0
===
でも、本日の来客は彼女達で終わりじゃありません。
それからも劇場のアイドル達が入れ替わり立ち代わり事務室まで足を運んで来ては、
プロデューサーさんの留守に「なんだ」と一度は肩を落とし、けれども「それじゃあこれを」と何かしら机にのせていきます。
そうして、その度に私は誰それが何それを持ってきたという言伝を頼まれていくのでした。
「うーん、弱っちゃうなぁ」
気づけばデスクの上はお土産で一杯。
一見乱雑に見えるようで、けれども緻密なバランスを保つ黒山に妙な感心を覚える私。
一人っきりの事務室の中、チクチクと針仕事を進めながら小さく呟きます。
329 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:31:27.17 ID:SKk6W+iM0
「私、プロデューサーさん宛ての伝言を任されるのには慣れてるつもりだったけど、今日は特別多い気がしちゃうなぁ。
……あの山もいつ崩れたっておかしくなさそうだし、一旦衣装作りは中断して、
整頓したり伝言をメモに書いたりしておいた方がいいのかも――」
だけど、それを完璧にこなすのには大分骨が折れちゃいそう。
どうしようかなと迷っていると、今日何度目になるか分からない「失礼します」の声が響き、
扉を開けて二人の少女が廊下から――田中琴葉ちゃんと高山紗代子ちゃんが――堂々と入って来たのでした。
彼女達は部屋の中をぐるりと見回すと、目が合った私にぺこりと頭を下げて。
「お疲れ様です美咲さん。ところで、プロデューサーはまだ劇場に――」
「戻って来てないみたいですね」と、デスクを一瞥してから紗代子ちゃん。
330 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:32:30.64 ID:SKk6W+iM0
「そろそろ戻って来ても良い頃かなって私も思ってるんだけどね」
夕陽に染まり始めた外の景色に視線をやって、私は肩をすくめました。
今しがたお仕事を終えて来たという二人は、
そんな私に今日あった出来事の報告を伝言として話し終えると。
「それじゃあ、美咲さんは伝言の方をまとめてください」
「プロデューサーの机の上は、私たち二人がやっつけます!」
言うが早いか、プロデューサーさんのデスクの上をテキパキ片付け始める二人。
その手つきは実に慣れたもので、「よいしょ」と琴葉ちゃんが一声、
ショベルカーのように山を削り取ったならば。「よいしょ」と応えた紗代子ちゃんが地面を平らにならしていきます。
そうして二人がよいしょよいしょ。
私がメモを完成させるよりも早く机の上は綺麗になって、ぴっちりトン!
なんて音が聞こえてきそうになるほど整理整頓された机の上はどこの都の姿かと。
331 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:33:09.06 ID:SKk6W+iM0
「ありがとぉ〜、すっごく助かっちゃった!」と私が感謝を伝えれば、二人は小さく首を振ってから笑顔で答えました。
「そんな! お礼を言われるようなことじゃ……」
「そうですよ! 私たちが好きでやってることですから!」
ああ、なんて頼りになる。この素晴らしい二人の活躍は、プロデューサーさんにしっかり伝えておかなくっちゃ!
332 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:33:58.40 ID:SKk6W+iM0
===
さて――こうしてデスクの上は綺麗になり、応対の合間を縫って進めていた私の仕事もひと段落。
外もすっかり日が暮れて暗くなって、お腹も空いてきた頃にようやくプロデューサーさんが劇場へ戻って来たんです。
「なるほど。留守の間の仔細がこれで大まかに分かりました」
「はい! しっかり全部伝えましたよ〜……えへへ♪」
でもいけない! 役目を全うしたことで気持ちが緩んでしまったのか、
思わずにやけてしまった頬を両手でぴちっと押さえつけます。
幸い、プロデューサーさんは持っていた荷物を机に置いてる最中で、
そんな恥ずかしい私の姿は見られてなかったようですけど。
……しっかりしなくちゃ、私! まだまだ今は勤務時間――。
333 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:34:53.57 ID:SKk6W+iM0
「それにしても食べ物系が結構あるな……。青羽さん、良かったらこの辺でお茶でも飲みませんか?」
「へっ!?」
「一人で広げる量じゃありませんから。この後に向けての休憩がてら」
だけどプロデューサーさんに誘われて、一瞬どうしようかなと視線が迷う。
そうして次の瞬間には、返事より先に私のお腹がくぅっと鳴って。
「……それじゃあお茶を淹れてきます」
「い、いえいえ私っ、私が行きます!」
そそくさと回れ右をして歩き始めるプロデューサーさん。
その原因となった醜態の言い訳がしたいが為に私が思わず腕を掴んだなら。
334 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:36:24.67 ID:SKk6W+iM0
「おーほっほっほっほっ、御機嫌よう! プロデューサーは劇場に帰ってまして――?」
劇場で過ごす人間にとってはお馴染みとなっている高笑い。
その行く手を遮るように事務室へ姿を現したのは、小さな紙袋を片手に提げた二階堂千鶴さんでした。
その登場に驚いたプロデューサーさんの歩みが止まります。
そうして、後を追いかけていた私も流れで彼の背中にぶつかって二人はそのまま床の上へ。
「……わたくしお邪魔だったかしら?」
まるで見てはいけないものを見てしまった貴婦人のように、
扉の陰へと戻っていく困り顔の千鶴さんへ私たちは揃って言いました。
「行っちゃダメですっ!」
「きちんと説明させてくださぁ〜いっ!!」
……ともあれ劇場におけるある日の一幕は、これでおしまいどっとはらい。
335 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/12/09(日) 23:38:05.71 ID:SKk6W+iM0
===
以上おしまい。美咲ちゃんにはもっと注目が当たっていいと思ってます。
336 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage]:2019/02/08(金) 23:41:26.27 ID:3Bz7WrAj0
【短さよ話』
折しも時は冬休みの、冷え込んだ風が人々を嘲笑う明るい午後だった。
劇場へと続く一つの通り。
かじかむ両手を口に当て、紗代子が温かな吐息を手の平に擦り込み込み悠々歩いていたところ、
彼女の気を引く商い屋一軒、視界の先に現れてはそのつま先を見事に向けさせた。
端的に説明するならば、そこはいわゆる一つの定食屋。飯屋、食堂、お食事処。
なんと呼んでもサービスの質は変わらぬ店はある種のコンクリ砦でもあり、
付近にはハングリーの化身とも呼べる学生達がぎゅうぎゅうに押し込められた高等学校の影もあり、
つまりは若さに任せた無尽蔵の食欲を持つ餓鬼の群れが押しては返す荒波の如く攻め込んで来る間食最前線がここだ。
その戦いの歴史は実に古く、誕生から今日に至るまでの時の流れによって経年劣化した店の外装、
時代に取り残された古き良き昭和臭の漂う内装、カウンター奥の調理場にはエプロン姿の店員が常時二人以上。
そのどちらも歳は五十を過ぎ、訪れる者達から「おばちゃん!」と呼ばれるにふさわしい粗めの皺が肌に浮かぶ。
しかしながらそのひと刻みづつが彼女らの歩んできた軌跡、歴戦の勲章だと言えよう。
337 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage]:2019/02/08(金) 23:42:11.13 ID:3Bz7WrAj0
そこに、紗代子は入店した。
長年変わらぬ音色を奏で続ける自動ドアはスムースに横へ身を避けると、
この制服姿の女学生を恭しく中に迎え入れた。
外界との温度差に彼女のかけた眼鏡が曇る。
石油ストーブの燃える匂い、スポンジで磨いてもこそぎ落とせず、
消臭剤を振りまいても誤魔化し切れない料理屋特有の油の匂い。
カウンターとして使われている面の日焼けした長テーブル、
並べられた色味のくすんだ丸椅子にもそれはこってり浸み染みついていた。
奥には小さな座敷もある。鉄板の乗った机がある。
いずれ来たるべき時が訪れれば、
ジュウジュウと熱せられた生地の上で鰹節らが乱痴気騒ぎを起こすだろう。
338 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage]:2019/02/08(金) 23:43:10.75 ID:3Bz7WrAj0
しかしながら、紗代子が求めるのはソースと青海苔で彩られた熱々の焼き円盤ではない。
和食の王道鯖定食、男子に人気のカツカレー、パラッと炒られた炒飯でも、大盛りボリュームな丼物でも当然無い。
彼女の視線は壁に貼られたそれらのメニューを通り過ぎ、
色紙に書かれた野太い文字、黒マジックの描く荒々しい筆跡の上にて停止した。
「すみません、たい焼き一つ貰えますか?」
凜とよく通る声は紗代子の自慢の一つである。
人差し指を一の形にちょんと伸ばし、彼女はカウンターに立つ顔見知りの女店員に自身の要求を願いあげた。
すると老婆と呼ぶには絶妙に歳足らずな店員は愛想の良い笑顔を浮かべ。
「ちょうど今、焼き上がったの」
おばちゃんの言葉にしめしめしめ、紗代子は内心ほくそ笑んだ。
339 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage]:2019/02/08(金) 23:44:06.57 ID:3Bz7WrAj0
なぜならば、だ。
彼女はこの時間に店を訪れれば、出来立てのたい焼きにありつけることを知っていた。
昼食時のピークを過ぎて、作り置かれたホットスナックがあらかた捌けたこの時間に、
店側が新たな商品を用意することを度重なるリサーチで分かっていた。
そうして一度に作られるたい焼きの数は決まって五匹。
カウンター横の陳列ケースに並べられるこのたい焼き焼き置き連隊は、
来たるべき三時のおやつ会戦を見越して送られる期待の補充部隊である。
その、着任ほやほやの顔ぶれを見回すと紗代子は二本目の指を立てた。
340 :
◆Xz5sQ/W/66
[sage]:2019/02/08(金) 23:45:03.09 ID:3Bz7WrAj0
「ああ、やっぱりもう一つ。たい焼き二つお願いします」
この言葉に今度は店員がしめしめしめ――なぜか?
答えは明快、このたい焼き好きな少女が部隊に古兵を見つけたからだ。
二段に分けられた陳列ケースの上段右、
たこ焼きパックの隣に場所をとるたい焼き置き場には六匹の鯛が並んでいた。
もうお分かりのことであろう、そのうちの一匹は以前からの売れ残りである。
そうして「はぁ、今日はついてないな」……と小さく溜息をついた紗代子。
鯛一匹分余計な出費を出さねばならない小遣い事情を憂いたか?
否! 彼女の本音はこうであった。
「どうせならもう二、三匹余ってても良かったのに」
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