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1 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/24(日) 18:55:23.40 ID:Hh3q65G80
===
「ねぇねぇ静香ちゃん」と、春日未来は静かに読書をする最上静香に近寄った。
ここは劇場控え室。時に施設全体を使って行われる、
シアターベースボールの一塁に指定されることもある部屋だ。
「さっきからずっと読んでるけど、その本ってそんなに面白い?」
訊きながら、未来は静香の座る席の隣。空いていた椅子へと腰を降ろす。
彼女たちの前には何の変哲も無い長テーブルが置かれており、その上はお菓子や雑誌で賑やかに彩られている。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1506246923
2 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/24(日) 18:57:49.22 ID:Hh3q65G80
「面白いわよ?」
読んでいた本から顔を上げると、静香は優しく未来に微笑んだ。
「月刊『麺ズー』十月号の、"打ち立て茹でたて麺処"特集」
「……そんなの読んでお腹空かない?」
「すごく空くわ」
「じゃあ今、静香ちゃんは何か食べたいんだ」
「その『食べたい』、私じゃなくて未来なんでしょ。……でもそうね、もうすぐお昼になっちゃうし」
静香が本を閉じ席を立つ。それを見上げる未来の表情は、
散歩に出掛けるのを待っている犬にそっくりだ。
つまり、望み通りの答えが静香から帰って来るのを待ってる顔。
そんな未来に、静香は「全く、しょうがない子ね」といった様子で小さく肩をすくめると。
「それじゃあ未来。情報もちょうど仕入れたし、紹介されてたこの近くのお店に行ってみる?」
「それってもしかしておうどん屋さん?」
「当然!」
未来の問いに答える静香。
その顔には「愚問よ」という言葉がデカデカと書いてあるのだった。
しかし、未来はしゅんと顔色を曇らせて。
「えぇ〜!? またおうどん〜?」
不満たらたらぶーたれる。
「たまにはカレーライスとか、ハンバーガーとかも食べたいよぉ〜!」
「未来! そんな高カロリーで偏った食事ばかり摂ってると――」
「おうどんばっかりの静香ちゃんに、それだけは私言われたくないっ!」
3 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/24(日) 18:59:27.27 ID:Hh3q65G80
わぁわぁ言い争いながら、それでも仲良く部屋を出る二人。
すると彼女たちが座っていた椅子の向かい側。
未来たちのやり取りを初めから終わりまで観察していた
七尾百合子は隣に座る望月杏奈へと目をやった。
「ねぇ杏奈ちゃん」
「……ん」
「そのゲームって、面白い?」
手元の携帯ゲームからは顔も上げず、杏奈が無言で頷いた。
その動きは実に微かであり、必要最低限の返事以外は
一切やらないお断り! という彼女の強い願いも込められている。
「あ、やっぱり面白いんだ。……ところでね、話は変わるけど杏奈ちゃん」
……いる、いたのだが百合子はそれに気づかない。
よしんば気がつけたとしても、百合子は既に不退転の覚悟で事を始めた後だった。
そんな彼女が今まさに、相手に対する慈しみが一周回って
何かを企んでいるような怪しさに変わってしまった微笑みを顔に浮かべ。
「お腹空かない?」
4 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/24(日) 19:02:37.78 ID:Hh3q65G80
訊いて、返事の代わりに差し出されたのはテーブルの上のお菓子である。
ポテトチップスうすしお味。
わざわざ「田中」と書かれた紙がセロハンで止められているソレを、
百合子の前までスライドさせて杏奈が言う。
「どうぞ」
「えっ」
「杏奈は平気。……琴葉さんも……困った時に、食べなさいって」
「そ、そうなの? 本人、ここに居ないけど……」
思わぬ杏奈の行動に、キョロキョロと辺りを見回す百合子。
その目はこのポテチの持ち主である少女の姿を探していたが、
あいにくと彼女はプロデューサーと一緒になって牛丼を食べに行っていた。
「で……でも杏奈ちゃん! そろそろお昼だし、やっぱりお菓子じゃお腹は膨れないし――」
そうして「私と一緒に、ご飯食べに行かない?」と続くハズであったその一言が。
「足りない、の……?」
なんて、杏奈が追加でテーブルの上をスライドさせたお菓子の山によって遮られる。
ひゅっと百合子が息を飲む。
「田中」と書かれた紙の横に、「高槻」「高山」「高木」と見事に「た」の付く面子が揃いきった。
「みんな、食べていいよって」
相変わらず杏奈はゲームの画面から顔を上げない。
そしてこの時百合子は理解した。
このテーブルに積まれたお菓子の山は誰かの取り置きなどでなく、
全て"杏奈の為に"ここにあるのだという事に。
「……ゲームしてると、お菓子貰える……不思議」
そう言って、杏奈はにこりと微笑んだ。
百合子が返事をする代わりに、彼女のお腹がぐぅっと鳴った。
5 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/24(日) 19:16:50.20 ID:Hh3q65G80
この一コマはこれでおしまい。
こんな風に、雑談スレのネタや思いついたけど広げきれない小ネタなんかをゆっくりと書いてみようという所存です。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/24(日) 20:04:59.16 ID:kkKt3V1s0
期待
7 :
◆NdBxVzEDf6
[sage]:2017/09/24(日) 20:35:40.51 ID:E7rv+K5i0
杏奈にお菓子お供えしたい
一旦乙です
>>1
春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/WoJTrFI.jpg
http://i.imgur.com/aQyOApp.jpg
>>2
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/9bmfY7U.jpg
http://i.imgur.com/elElgN9.jpg
>>3
望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/QPD6xhA.jpg
http://i.imgur.com/471KyIG.jpg
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/27aF5y3.jpg
http://i.imgur.com/o3k8t5t.jpg
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/25(月) 10:36:09.79 ID:Lkbs4tiXO
杏奈ちゃんお世話するのいいよね
9 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:25:45.77 ID:53XBMd0+0
===2.
劇場で時間潰しをしていると、たまたま顔を見せたアイドルが
プロデューサーに一声かけて行くこともある。例えばそう、今の如月千早がするように。
「あの、プロデューサー」
少し遠慮がちに話しかけられて、プロデューサーは千早の来訪に気がついた。
持っていたスマホを自分のデスクの上に置くと、彼は「ん、どうした?」なんて彼女の方へと向き直る。
「この劇場は、私にとって大切なホーム……。そう思えるようになったのは、みんなと――」
「ちょい待ち千早、待ってくれよ」
「は? なんでしょう」
「俺にはその、さっぱり話の前後が見えんのだが」
話を途中で遮って、困ったように頭を掻きかき。
プロデューサーがきょとんとする千早にそう言うと、彼女は照れ臭そうに目を伏せて。
「えぇっと。用件を切り出す前にまず、日頃の感謝を言葉で伝えておこうかと……。そう、思っていたのですが」
「なら先に、用件を伝えてくれた方が良かったかな。……いきなりホームだなんだって言われてもさぁ」
「す、すみません! 気持ちが逸っていたようです」
恥ずかしそうに微笑んで、千早は仕切り直すように咳払い。
10 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:28:23.96 ID:53XBMd0+0
「では、プロデューサー? 私に手伝えることがあれば、なんでも遠慮せず言ってください。
私もこの劇場……765プロ劇場のために何かしたいんです」
「あっ、それなら話が繋がった」
ポンと手を打ちプロデューサーが納得する。
「それでは!」と顔を輝かせ、千早が彼の返事を待つ。
「んじゃ、コイツをいっちょ頼もうかな」
「えっ」
そう言ってプロデューサーが千早の両手に持たせたのは、分厚いサイン用色紙の束だった。
意外な重みに驚きと、戸惑いを隠せず千早が言う。
「プ、プロデューサー。これは一体なんなんです?」
「何ですかって、色紙だよ。サインを書くのもお仕事お仕事。はい、あっちの机で頑張ってね」
こうして劇場の役に立ちたいという千早の願いは早速叶えられることになったのだ。
……本人が想像していた役立ち方よりも、それは随分形が違ったが。
11 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:30:56.68 ID:53XBMd0+0
「一枚一枚、気持ちを込めて書くよーに」
釈然としない表情で色紙と闘い始めた千早にそう言って、プロデューサーは机のスマホを手に取った。
画面のアイコンをタッチして、先ほどまで遊んでいたゲームの続きを再開する。
「プロデューサー。またこんなところで油を売ってるんですか?」
が、千早に続いて声をかけてきた最上静香の出現により、彼の戦いはすぐさま中断させられた。
そうしてコチラに冷ややかな視線を向ける静香に対し、プロデューサーは不機嫌そうな顔になると。
「なんだよ静香、今忙しいの」
「忙しいって、ただ遊んでるだけじゃあないですか。お仕事の方はどうしたんです?」
「それがねぇ、なーんかやる気になれなくって」
言って、彼はデスクの上に広げていた作りかけの企画書をこれ見よがしに指さしてみせた。
「疲れてんのかなぁ。アイディアをまとめようとすればするほどさ、頭にモヤがかかる感じ」
「それで気分転換にゲームですか?」
静香に訊かれたプロデューサーが否定するように首を振る。
「ううん違うよ。これは単なる暇つぶしで――」
「だったら暇は仕事で潰すべきですっ!」
一喝! 静香に思い切り叱りつけられて、プロデューサーが椅子ごと後ろに仰け反った。
慌ててスマホを後ろ手に隠す、彼の反応に静香が大げさに嘆息する。
12 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:32:39.88 ID:53XBMd0+0
「全く、ちゃんとお仕事してくださいよ。……い、一応、やればできる人なんですから」
「だからさ、そのやる気が出ないって話でね……」
呆れた静香の物言いに、プロデューサーがもさっとした笑いで言葉を返す。
その気怠さ溢れる振る舞いを見て、静香は何かに思い当たったように腕を組んだ。
「……あの、細かいことを聞きますけど」
「なに?」
「プロデューサー、最近体動かしてます?」
神妙な静香の問いかけに、プロデューサーが宙を見る。
千早がキュッキュッとペンを走らせる音が、事務室に大きく響いている。
「静香……そりゃ、仕事でかい?」
「違いますよ。ちゃんと運動してますか? 人は運動不足だと、考えがまとめにくくなるって話も聞きますし」
「最近なぁ……。そういえば、企画の準備やらで事務所にこもりがちだったかも」
そうして自信なさげな彼の答えを聞くや否や、
静香は「それですよ!」とプロデューサーのことを指さした。
「体を動かしていないから、頭がスッキリしないんです! ……プロデューサーは確か、明日はお休みでしたよね」
「えっ? うん、まぁ」
「だったら一つ、その日にテニスなんてしてみたらどうですか? 全身を使うスポーツですし、気分転換におススメです♪」
笑顔で言い切った静香が彼の持つスマホを一瞥する。
「少なくともゲームで憂さ晴らしするよりは、よほど健康的だと思いますよ」
「……お母さんみたいなことを言う」
とはいえプロデューサーも思うところはあるようで。
彼はスマホを机の上に戻すと、自分にテニスを勧めた少女に言ったのだ。
13 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:34:19.49 ID:53XBMd0+0
「それで、相手は静香がしてくれるのか? 確かそっちも、明日はオフだったハズだよな」
すると静香は虚をつかれたようにしどろもどろ。
「わ、私がですか? それは、提案したのは私ですし、頼まれれば断る理由もないですけど……」
「なら、明日はよろしく頼むよコーチ。お手柔らかにお願いします」
「もう! そういうところ、強引ですね。……人の予定も気にせずに」
しかし、何だかんだと満更ではなさそうな静香である。
自分の出した提案が、大人に受け入れられたことが嬉しくて仕方ないと言った様子の顔であった。
「それじゃあ、待ち合わせの場所と時間を決めましょう。プロデューサーは、何時ぐらいがいいですか?」
「別にこっちはいつでもいいけど……。なんか、こういうやり取りデートみたいね」
「なっ!? ……だ、断じて! それだけは違うと言っておきますっ!」
けれどもだ。そんな彼女の上機嫌を、
余計な一言で吹き飛ばしてしまうのがプロデューサーという男なのだ。
怒った静香が「もう、ホント、なんて人!」とぶつくさ言いつつ部屋を出る。
プロデューサーはその後ろ姿を見送りつつ「……悪いことしたかな?」と反省するように頭を掻くと、
今度は先ほどから自分の番が来るのを律儀に待っていた北沢志保の方に顔をやった。
14 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:35:34.42 ID:53XBMd0+0
「――で、お嬢さんはわざわざなんの用だい?」
扉を入ってすぐの壁際。静かに佇んでいた志保が、彼の問いかけに口を開く。
「途中でやって来た私より、静香を追いかけた方が良いんじゃないですか」
ところがそう言う志保の口元が微かに笑っていることを、彼は見逃したりなんてしなかった。
「またまたそーんなこと言って。順番、待ってたんだろう?」
「……私がここで聞いてたから、怒って出て行ったんですよ?」
呆れたように肩をすくめ、志保がプロデューサーの前までやって来る。
すると彼は、椅子の背もたれに持たれるようにして頭の後ろで手を組むと。
「だからさ。わざとからかって切り上げたの……じゃないと忙しい志保が、いつまでも用事を話せないし」
「私は別に、待つことぐらい苦じゃないです」
「志保に割り込んで来るだけの図々しさがあったなら、俺もこーゆーことなんてしないけどな」
「だから、その気遣いが余計だって。……大体、こっちの用事は最悪メールで済ませられますから」
余所行きの素っ気なさを装った、志保の言葉にプロデューサーがくっくと笑う。
「一体何がおかしいんです?」と、彼女が眉をひそめて訝しそうな顔になる。
「私、ワケもなく笑われるってイヤなんですけど」
「ああ、ごめんごめん。あんまり志保が可愛くてさ」
「……そう言う軽口を叩かれるのはもっとイヤです」
15 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:38:04.07 ID:53XBMd0+0
プロデューサーから目を逸らして、志保が恥ずかしさを誤魔化すように呟いた。
そんな彼女に、咳払いで気持ちをリセットしたプロデューサーが聞きなおす。
「だからホントに悪かったって。……それで、用事の方はなんなのさ?」
すると志保も、いつもの調子で腕を組み。
「それは……。あの、プロデューサーさん。来週のスケジュールなんですけど、少し相談に乗ってもらいたくて……」
「来週の? 構わないぞ」
言って、プロデューサーが「話してみろよ」と身を乗り出す。
だが志保は、小さく笑って首を横に振ると。
「別に、今すぐにとは言いません。時間がある時でいいので、お願いします」
「だからさ、今なら時間がタップリあって――」
「でも、頭が動かないんですよね?」
志保の放った一言に、プロデューサーが「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
そんな彼の反応を見て、志保がニヤリと意地悪そうに笑う。
「そんな頭で組まれた予定じゃ、ブッキングが怖くて使えません。
それに今日は、私も用事がありますから。……そうですね、明日ならなんとか空けられます」
「えっ、でも明日はさっき話してたけど――」
「聞いてます。お仕事、お休みなんですよね。ちょうど良かったじゃないですか」
そうして志保はスタスタと、部屋の出口に向かって歩き出した。
そんな彼女を、「お、おい志保!?」とプロデューサーが慌てて呼び止める。
16 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:40:53.05 ID:53XBMd0+0
「あっ、そうだ」
するとドアノブに手をかけた状態で、志保が思い出したように彼に向かって振り向いた。
「私との待ち合わせの時間をいつにするかは、電話かメールで構いませんから。
……待ってます。それじゃ、今日はお疲れさまでした」
去り際に悪戯っぽい仕草で残された、微笑みは実に芝居的。
断れない約束を相手の胸に押し付けると、
これ以上は話すことも無いといった様子で志保が事務室を後にする。
残されたプロデューサーが「ああ……。まーた七面倒なことになった」と天を仰ぐ。
蛍光灯の光が目に入り、その眩しさに思わず瞼を閉じてしまう。
そうして彼は考えた。考え予想し気がついた。
「そうだ――」
椅子にしっかりと座り直し、背筋を伸ばして机の上の企画書と向き直る。
「二度あることは三度ある。千早、静香、そして志保……」
ならば、四度目だってあったりするんじゃなかろうか? しかもこの面子、この流れ、
もしもイベントフラグの神が存在するというのなら、次に現れる可能性が最も高い少女は恐らく――。
「紬! "765面倒くさいカルテット"最後の刺客、白石紬しかおるまいてっ!!」
そう! 何かあるとすぐ実家に帰ってしまいそうな雰囲気のある件の少女に違いない!
17 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:42:28.96 ID:53XBMd0+0
……そうと決まれば話も早い。
手元の企画書をまとめるような振りをしつつ、プロデューサーは彼女の登場を身構えて待った。
いつ、どこで、どのタイミングで声をかけられても万全に対応できるように。
もしも彼女が姿を見せれば、向こうが声をかける前にこちらが「用事だね?」と先手を打つことができるように!
「ふ、ふふ……! 『あ、貴方は不意打ちが趣味なのですか!?』と驚き狼狽える紬の姿が目に浮かぶぜぇ……!」
実に不純な動機である。けれども悪巧みを始めた彼の頭は冴えわたり、
振りで済ますハズだった仕事もいつの間にやらスイスイスーダラと進んでいる。
そうして時が経つこと十数分。
これは嬉しい誤算だと喜びつつ仕事をこなす彼の机にコトンと湯呑が差し出された。
隣に感じる人の気配。「遂に来たか!」とプロデューサーが顔を上げる。
その勢いと待ってましたと言わんばかりの形相で、プロデューサーは相手が
「ひゃっ!?」と驚きの声を上げることを期待していたのだが――。
「おや〜、驚かせてしまったようですな〜?」
彼が対面したその相手は、少女は実に"ゆるかった"。驚くことも、飛びのくことも、
腰を抜かすこともせずに彼女は男の顔と真っ正面から向き合うと。
「プロデューサーさんにお茶ですよ〜。なんだかとってもやる気に満ちて、頼もしく見えるお顔ですね〜」
宮尾美也。劇場きってのゆるふわ少女はそう言って、彼にニコリと微笑み返したのだ。
途端、プロデューサーの勢いが目で見て分かる程に失速する。
照れ臭そうに「あぁ……」と呟き、机に置かれた湯呑をチラリ。
18 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2017/09/25(月) 23:43:56.78 ID:53XBMd0+0
「美也、美也か……。美也だったか」
「はい、宮尾の美也ですよ〜。ところでプロデューサーさん、聞いてください〜」
両手を胸の前で合わせ、美也がプロデューサーに向けて言う。
「さっき、雪歩さんの入れたお茶に茶柱が立っていたんです〜」
「ほぅ、そいつは縁起が良かったな」
「そうなんですよ〜。それに、立った茶柱は二本でして〜」
「なんと二本もっ!? そいつは凄い!」
「プロデューサーさんもそう思います? きっと縁起の良さも二倍ですね〜♪」
そうして美也はプロデューサーのデスクに置いたばかりの湯呑を指さすと。
「しかもですね〜、実は、このお茶がその二倍茶なんですよ〜?」
「はあ……。そいつは実に縁起もおよろしいことで」
だが、湯呑の中を覗き込んだプロデューサーは不思議なことに気がついた。
確かに美也が言う通り、注がれたお茶には茶柱が立っていたのだが……。
「……でもこれ、立ってる茶柱一本じゃん」
「むー……やっぱり、すぐに気づかれてしまいましたか〜。流石はプロデューサーさん、素晴らしいほどの慧眼の――」
「いやいやいやいや美也さんや? 二倍茶だって言われてさ、茶柱が一つだけだったら誰だって気がつきますでしょうに……」
プロデューサーがそう言うと、難しそうな顔だった美也の表情がへにゃっとした笑顔に早変わり。
そうして彼女は両手の指を合わせながら、「実はですね」と恥ずかしそうに説明しだす。
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