白望「古参、新顔、ニューフェイス」

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45 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:26:13.71 ID:AUPcYDZ90

 短い蜜月だった……。

 いや、私はほとんど撫でてないんだけど……。

胡桃「なんかごめん……」

 豊音と猫の邪魔をしてしまった気がして、謝る。

豊音「んん? いやー、あんなもんだよ猫なんてー。ワイルドライフの心配は無用だったねー」
 
胡桃「……うん」

 豊音は気にした様子もなく、相変わらずにへっと笑っている。

 ちょっと安心。泣き出したりしないかと心配だったけど。

 さすがにそこまで子供じゃなかった。

豊音「野良ちゃん触ったから手ぇ洗わないとね」
 
胡桃「そうだね。みんなが来る前に行っておこう」

 そうして私たちは洗い場に移動した。

 途中、登校して来たシロと出遭った。

白望「おはよう」

胡桃・豊音「おはよう」
46 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:27:19.48 ID:AUPcYDZ90

白望「どこ行くの?」

胡桃「猫触ったから、手ぇ洗ってくる」

白望「ふうん……私、部室行ってる」

胡桃「うん」

 シロは猫の話にさして興味を示さず、すたすたとすれ違って行く。

豊音「んふふ」

 シロと別れ洗い場に着いたところで、豊音が何やら嬉しそうに笑い出した。

胡桃「なに? どうかした?」

豊音「いやぁ。あの子がどっか行っちゃってから、入れ違いでシロが来たから……」

胡桃「? それの何が面白いの……?」

豊音「え? ええっと、だから……あー、別に、なんでもないんだけど……」

胡桃「?」
 
 なにやら恥ずかしそうに言葉を濁す豊音。
 
 さっきの白猫がどこかに行ってしまって、そのあとシロに会った。

 それのどこが可笑しいの……? 
 追求してみたい気もするけれど、説明を要求するのはなんだか豊音をからかうようで気が引けて、結局は何も訊かなかった。

 通じなかった笑いどころを改めて説明するのって、恥ずかしいもんね。
 
 なので手だけさっさと洗い、部室に戻る。

 やがて五人が揃い、最後に熊倉先生がやって来て部活が始まる。

 インハイ前の大事な練習。
 強豪校への対策を含めたミーティングもあり、改めて気を抜けない時期だと自覚させられる。
 
 そのため手洗い場での豊音とのやり取りに関しては、部活が終わる頃には意識の外に追いやられていた。

 今日も麻雀漬けの一日が終わる。
47 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:28:30.27 ID:AUPcYDZ90

   *

 翌日、そのさらに翌日も、厳しい練習は続く。

 先生の口からは「白糸台、永水女子、臨海女子」「宮永、神代、辻垣内」などなど、初出場のこちらとしては対戦相手として現実味を感じられない有名校、有力選手の名前が出てくる。

 名前が大きかろうが負ける気などさらさらない。
 部内にはそんなふてぶてしい空気もあるにはあるが、さりとて緊張感がないわけでもない。
 
 シロなどは時々見せるかっこいい顔(ちゃんちゃらおかしい!)になる頻度が地味に上がっているし、塞はわかりやすく昂ぶっている。

 豊音はいつでも元気いっぱいに荒ぶる闘牌を見せ、エイちゃんはなにやら頬を赤くして、せっせと絵を描いていた。

 皆それぞれ違いはあるけれど、試合当日に向けての高揚を楽しんでいるのは同じに見えた。

 もしかすると、私も傍から見れば普段とは様子が違うのかもしれない。
 少なくともテンションが上がっている自覚だけはあった。

 何にせよ、良い練習が出来ているのは確かだった。
 
 確かだが、さすがに休憩時間くらいは息を抜く。

 一時間ほどの昼休憩が終わりに差し掛かった頃、シロがのそりと立ち上がった。

シロ「お手洗い行ってくる……」

塞「あ、私も」

トシ「もうすぐ休憩時間おわりだから、すぐ戻っておいでよ」

塞「はい」

シロ「うい」
48 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:29:23.69 ID:AUPcYDZ90

胡桃「……」

 あの二人は、よく一緒にトイレに行く。
 女子同士が連れ立ってトイレに行くのは珍しいことではないけれど、あの二人は特によく、二人で一緒にトイレに行く。

胡桃「……」

 どうせまたなにか、二人で密談でもしているのだろう。
 塞のほうからシロに相談事でもあるのかもしれない。

 塞は責任感が強くていろいろと一人で抱え込むくせに、シロにだけは妙に甘えるときがある。

 二人が部室を出ていくのと前後して、窓辺に立っていた豊音が声を上げた。

豊音「あ、ねぇねぇ胡桃ー」

胡桃「なに?」

 私も窓辺に移動する。豊音は窓の外を指さして笑っている。

豊音「また来てる」

胡桃「ほんとだ」

 そこには数日前に見た白い野良猫が、あのときと同じように植え込みの中でじっと座っていた。

 その視線は、こちらに据えられたまま動かない。
 もしかすると、やけに懐いていた豊音に会いにきたのかもしれない。

豊音「あれから毎日来てるんだよ」

胡桃「そうなの? 知らなかった」

豊音「うん。いまみたいに休憩終わりかけのときとか、練習中とか。タイミング悪くて触りに行けないんだよね」

胡桃「ふうん……それにしても、あの子こっちをガン見してるね」

豊音「ああー、ごめんよー。練習終わるまで待っててくれないかなぁ……」

胡桃「さすがに無理でしょ。どっか行っちゃうよ」

 練習が終わるまで、まだ数時間ある。

 それまで野良猫のあの子が、あそこでじっとしているとは思えない。
49 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:30:50.82 ID:AUPcYDZ90

豊音「だよねぇ」

胡桃「うん」

 少ししてシロと塞が戻り、練習が再開される。

 それから数時間、私たちはかわるがわる卓に着き、先生の指導を受け、やがて日が傾く時間になった。

トシ「それじゃ、今日はこの辺にしとこうかね」

 寄り道せずにまっすぐ帰ってゆっくり休みなさい。

 ここ数日お決まりになった練習終わりの言葉を聞いて、解散となった。

 部室を片付け、五人揃って帰途に着く。
 生徒玄関を出たところで、不意にシロが足を止めた。

 なんとなく私たち四人も立ち止まり、少し遅れたシロを振り返る。

白望「……お茶でもしてかない?」

 何を言い出すのかと思えば。

胡桃「寄り道禁止!」

白望「ん……わかってるけど。だるいんだもの、このまま直帰だなんて。どっかで一息ついてからじゃないと歩けない」

胡桃「もう、またそうやって。ちょっと我慢して、家で休みなよ」

白望「そのちょっとがだるい」

エイスリン「ガンバレ! マケルナ!」

豊音「なまけるなー」

 練習中から興奮が継続している豊音とエイちゃんから、テンション高めの叱咤激励が飛ぶ。
50 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:33:05.05 ID:AUPcYDZ90

 こういうとき、いつもなら塞もシロの尻を叩くはずなのだが、今日は違った。

塞「私は別にいいけど」

胡桃「いいの?」

塞「うん。だって、大会まで部活一本じゃ肩凝っちゃうよ。ちょっとお茶するだけならいいじゃない」

胡桃「うん……?」

 塞にしては、やけにすんなりとシロのわがままを聞く。

 つい勘ぐってしまう。

 このお茶のお誘いは、さきほど二人でトイレに行ったときにでも、話し合っていたのかもしれない。

 その目的はおそらく、少々エンジン回しすぎな新参ふたり、豊音とエイちゃんの息抜き。

 というのも、二人は最近、頑張りすぎでブレーキが効いていない印象があった。

 不慣れな土地、不慣れな学校で、いきなり競技麻雀の全国大会に出るとなれば、浮き足立つのも無理はないのだろうけれど、これで本番まで保つのかと、不安を覚えもする。
 プレッシャーに負けて落ち込むよりはいい。
 
 だが、元気が良すぎるのも、それはそれで心配だった。
51 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:34:31.46 ID:AUPcYDZ90

 二人も同じように感じていて、部活一色の生活に切れ目をいれようと考えたのかもしれない。
 
 もちろん、ただのシロのわがままという可能性も大いにあるけれど。
 
 ここ最近の、塞とシロの新入部員への甘すぎな接し方からすれば、このくらいの気遣いはしてもおかしくはない。

塞「みんなも行くよね。学校の近くの店にするから、エイスリンと豊音も行こうよ」

 当然とばかりに塞が訊く。

エイスリン「イキマス!」

 当然とばかりにエイちゃんが応える。
 
 当然とばかりに、ここは私も乗っておこう。
 そう思って口を開こうとしたそのとき、豊音の意外な返答が、私の頭上から先行した。

豊音「私はやめとくよー」

胡桃「え」

 豊音がこの手の誘いを断るとは考えにくかったから、思わず声が漏れた。

塞「あ、あれ? そう? もしかして疲れてる?」

豊音「うん、昨日ちょっと寝つきが悪かったから。今日は早く帰って休むよー。また今度誘ってねー?」
52 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:35:52.84 ID:AUPcYDZ90

 塞がちらりとシロに目配せする。
 塞の視線を受け、小さく頷くシロ。
 それを受け、塞が言う。

塞「それじゃ、四人で行こうか。どこにする?」

 どうやら今のアイコンタクトで「無理に誘うことはない」と方針が決定したらしい。
 この間、0,5秒。呆れるほどの以心伝心。
 それをほぼ確信を持って見て取る私も私だけど。

 そして、二人の心中を察しておいてなんだけど、私も二人の思惑通りには動けなくなった。

胡桃「……あ、塞、私もやめとく」

 豊音の様子が気になるので、私も行けない。

 豊音が珍しく、この手の誘いに乗ってこないのが気になっていた。
 
 どうも、様子がおかしいような気がする。

 だからといって、その理由を詮索するつもりは私にはない。
 
 今ごろ塞とシロの脳髄は、豊音を思いやり、甘やかす方向でフル回転しているのだろうけれど、私としてはそこまでするつもりはなかった。

 ただ、豊音ひとりを置いて四人で出掛ける――そんなモヤモヤする状況を作らないために、行かないだけ。

 塞とシロに気兼ねなくエイちゃんの相手をさせるため、行かないだけだ。
53 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:36:46.00 ID:AUPcYDZ90

塞「ええ? 胡桃も?」

胡桃「ごめん。私、進路指導の先生に呼ばれてたの忘れてた。帰りに指導室に顔だせって言われたんだった」

塞「そっか。じゃあ、三人で行こうか」

エイスリン「ハイ!」

シロ「……」

塞「それじゃあ二人とも、また明日」

胡桃「うん。明日。ばいばい」

豊音「おつかれさまー」

 エイちゃんを間に挟み、並んで歩み去る三人を見送って、私は豊音を見上げた。

 この薄暗がりでは、傍目にわかるような疲労の色は見えない。

 本当にただ疲れているだけならそれでいい。

 寮に帰る豊音を見送って、私も家に帰るだけだ。

 しかしそれ以外の理由があって誘いを断ったのなら、豊音一人を置いて四人で出かけるのは嫌だった。

 塞とシロがエイちゃんのケアに当たるなら、私は豊音の担当、といったところ。

 豊音を見上げる。

胡桃「豊音、遅くなるかもしれないから、待ってなくていいからね」
 
豊音「うん。ばいばい」

 下駄箱に引き返し、内履きに履き替える。

 指導室に呼ばれたというのは、塞とシロの誘いを断るための嘘だ。

 靴を履き替え、校内に戻るふりをして、少し下駄箱の影に隠れる。

 別れを告げた豊音は、校門とは違う方向に小走りで駆けだした。

 疲れているから早く帰りたい、あれはやはり、嘘だったみたい。

 急いで靴を履き替え、豊音のあとを追う。
54 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:38:31.33 ID:AUPcYDZ90

 外に出ると、すでに豊音の後ろ姿は小さくなっていた。
 
 私も歩調を速めるが、私と豊音では歩幅が違いすぎて、ただでさえ開いていた距離があっという間に広がっていく。
 
 もうすぐ完全に日が落ちる。
 グラウンドでは運動部の部員たちが後片付けを始めていた。
 夜間照明もあるにはあるが、点灯のための費用を賄えないために、暗くなるまでが彼女たちの練習時間と決められている。

 残念ながら宮守女子の運動部に全国出場を果たした部はなかった。
 そのため、あの中に見知った三年生の生徒はいない。
 私たちより一足先に引退して、あの子たちは今頃、それぞれ受験勉強なり就活の準備なりに励んでいる。

 三年生が抜けたことで、グラウンドは一気に静かになった。
 
 今朝方、進路指導のために登校していた元運動部のクラスメイトを見かけたが、私は声をかけなかった。
 
 ついさきほどまでの、練習中の高揚に影が差す。
 が、気づかないふりをして豊音のもとへと走る。

 豊音は校舎を迂回して、裏手に走り去ってしまった。

胡桃「……」

 この時点で、豊音の行き先には察しがついた。
55 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:39:27.26 ID:AUPcYDZ90

 外履きのまま走っていくのだから、校内に用がないのは確か。

 そして、学校の敷地内の屋外で、豊音が行きそうな場所となると、私にはひとつしか思い当たる場所がない。
 
 私もスピードを上げ、豊音のあとを追う。

 校舎の裏手に回り込んでみると、すでに豊音の姿は見えなくなっていた。

 しかし豊音の行き先はわかっている。
 慌てる必要はないが、それでも自然と早足になる。

 そうして部室の裏手、校舎脇の植え込みのところに向かう。

 案の定、豊音はそこにいた。

 明かりの消えた校舎を背に、しゃがみ込んでもなお目立つ豊音の姿があった。

 その足元に、暗がりに浮かぶ白い小さな塊も見える。

 あの白猫だ。どうも、あの植え込みの中に腰を落ち着けていたらしい。

豊音「シロー、待っててくれたのー?」

「ウニャ」

 声をかけようと近づいていくと、豊音はまたもひとりで猫に話しかけていた。

 一瞬、なんでここでシロの名前が出てくるのかと首を傾げたが、すぐに「シロ」という名前が、私たちのよく知るあのシロではなく、目の前の白猫につけられたものだと気づく。
56 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:40:51.68 ID:AUPcYDZ90

 見たままつけた名前、というわけではないのだと思う。

 我らが先鋒さまを意識しての命名なのは、名を呼ぶ豊音の楽しげな顔を見れば明白だった。

胡桃「ふふ」

 堪えきれず笑いながら近づくと、豊音はびくりと体を震わせて、こちらを振り返った。

豊音「胡桃ー」

 どことなくバツの悪そうな表情。
 
胡桃「疲れてたんじゃなかったの?」

 少し意地悪を言ってみる。

豊音「あ、ああー……っと。えっと。えへへぇ……」

 豊音は口ごもり、何かを誤魔化すように頭を掻いて笑った。

 嘘がばれていることは、今の一言で伝わったようだ。

 嘘をついてまで一人で来ることはないのに……とは思うけれど、豊音としては、ひとりで来るほうが気楽だったのだろう。

 数日前、私はこの白猫から猫パンチをくらっている。

 白猫は豊音によく懐くが、私にはあまり馴れてくれない。

 あの日、猫を逃がした私は豊音に謝った。

 あの程度のことで謝罪を受けるのが、友達付き合いに慣れていない豊音には気が重かったのかもしれない。

 豊音のことだから、私がまた猫パンチをくらって怪我でもしたら――なんてことも考えていたのだろう。
57 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:41:43.53 ID:AUPcYDZ90

 だから豊音は、ここに一人で来ることにした。

 ひとり遊びに慣れた身の気軽さで、さっさとここへやって来てしまった。

 まだ数ヶ月の短い付き合いだから断言はできないけれど、これはおそらく豊音の悪い癖なのだと思う。

 五人で一緒にいても、まだひとり遊びの癖が抜けていないのだ。

 部活が終り、五人が揃っているときに「猫を見に行く」と、ひとこと言えばよかったのに。
 そう言えばみんなだって付き合ってくれただろうに、豊音はそれをしない。
 
 白猫に最初に会ったあの日、手洗い場で一人で笑っていたことにしてもそう。

『いやぁ。あの子がどっか行っちゃってから、入れ違いでシロが来たから……』

 あのときは、その言葉の意味がまったくわからなった。
 意味を考えようともしなかった。

 しかし、豊音がこの子をシロと呼んだいまなら、なんとなく察しはつく。

 この子がいなくなり、入れ違いでシロに会ったことで、豊音はおそらく「シロの正体はぐうたらで甘ったれな野良猫だった」とか「シロが猫に化けていた」だとか、そんな他愛ない空想に耽って笑っていたのだろう。

 ここ数日、豊音は誰かが中座するたびに窓辺に立ち、植え込みを見ていた。
 今日の休憩時間もそうだが、思えばあれは、シロがいなくなったタイミングで猫が来ているかどうかを確認していたのだ。

 つまり豊音は、シロと白猫を同一視する空想を、ここ数日ずっと一人で楽しんでいたことになる。
58 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:43:17.47 ID:AUPcYDZ90

 それを口に出してくれればシロをからかうネタにでもしてやったのに、豊音は一人で空想することを、一人で猫を弄って遊ぶことを選んでしまう。

 もちろん、五人でいるからといって、常に全員で協調しなければいけない決まりなんてない。
 
 たとえばシロの奴は教室でも部活でも、あのマイペースな姿勢を崩さない。
 シロに関してはそれでいい。
 地元が同じだし、いまさら縁が切れるとも思えない関係だから、好きにすればいいと思える。

 けれど豊音に関してはそうはいかない。
 
 豊音とエイちゃんに関しては、時間がないのだ。

 さきほどの、三年生が去った運動部の様子を思い出す。
 
 別の方向を向いていても、それでいいと思えるほど、私たち五人がセットでいられる時間は長くはない。

 となれば豊音を、こちら側に引き寄せる努力を、惜しまずにはいられない。 

 私は豊音の横にしゃがみ込んだ。
59 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:44:00.75 ID:AUPcYDZ90

胡桃「確かに、それっぽいよね」

豊音「え?」

胡桃「その猫。うちのシロっぽい」

豊音「胡桃もそう思う?」

胡桃「思う。ぽい。……シロー」

「ウニャウ」

 シロ猫に手を伸ばす。

 今度は逃げない。豊音を通じて人に馴れたのか、私が差し出した指先の匂いを嗅いで、額をこすりつけてくる。

 呼んだら来るぶん、本家シロより可愛げがある。

胡桃「シロの奴、さぼりたいがために、とうとう猫に化けだしたのかと思ったよ」

豊音「……ふふ。似たようなこと、私も考えてたよ? 道理でシロはぐうたらさんなんだなーって。猫ならしょうがないよなーって」

胡桃「もう、この子を代わりに練習させようか」

豊音「ええ? だってさ、君。どうー? エースポジションいけるー?」

「……」

豊音「あ、黙った。こういうとこシロっぽいよー、この子ー」

胡桃「ふふ」

 努力を惜しまない――なんて言ってみても、結局やることはこうやって、豊音と遊ぶだけなんだけども。
60 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:44:43.14 ID:AUPcYDZ90

 豊音が内に篭り、胸に秘めてしまった何かを、目につく限り、ひとつでも多く拾いあげる。
 それくらいしか、私にできることはない。
 
 今になって、塞とシロが二人をべったり甘やかす気持ちがわかった気がした。
 
 時間がないなら思い切り優しくしてしまえばいいというのも、わからなくはない。

胡桃「さあ、今日もおなか触らせてもらうからね!」

「ミャウ?」

豊音「もう私たちなしじゃ生きられない体にしてあげるんだからー」

 それから私たちは、マッサージに飽きたシロ猫が去るまでの間を、その場で過ごした。

 眼が慣れていたために意識していなかったが、気づけば辺りは完全に暗くなっていた。

 校内から僅かに感じられた人の気配が、もうほとんど絶えてしまっている。

胡桃「帰ろうか」

豊音「うん」

 豊音とふたり、今度こそ家路に着く。
61 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:45:59.61 ID:AUPcYDZ90

胡桃「……ん?」
 
 途中、ふとした瞬間、私たちの歩幅が合っていることに気づいた。

 私は普通に歩いているだけなのに。

胡桃「……ふふ」

 うまく笑いを噛み殺し切れなかった。

 いつからだろう? 

 おそらく、出会った当初からだ。

 豊音と並んで歩いた場面を思い起こしてみても、特に辛いと感じた記憶はない。

 少し駆け足になった覚えならある。

 しかし少なくとも、豊音が先ほどのように、まったくついていけない速さで先に行ってしまうことは一度もなかった。

豊音「なにー? なんで笑ってるのー?」

胡桃「なんでもない」

豊音「ええ? なにー? 教えてよー」

胡桃「なんでもないったら」

 もどかしげに、しかしどこか楽しそうに、豊音は私を見下ろす。

 私は豊音から視線を外し、口元を隠した。

 私が一人で笑う理由は、豊音には教えないでおこう。


     槓
62 : ◆Xk..svTef9j1 [saga]:2017/09/25(月) 19:46:32.96 ID:AUPcYDZ90
以上で終了です
ありがとうございました
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/26(火) 01:03:59.54 ID:sz7LEk7Yo

いい宮守でした
64 : ◆Xk..svTef9j1 [saga sage]:2017/09/27(水) 20:11:39.48 ID:azWsX3x10
まとめで気になるご指摘いただいたので修正します
>>44>>56を、以下のレスに差し替え
65 : ◆Xk..svTef9j1 [saga sage]:2017/09/27(水) 20:14:47.71 ID:azWsX3x10
>>44を↓に



胡桃「首輪してないね。野良かな?」

豊音「どうだろう。それにしちゃ懐きすぎだよー、無防備すぎー」

胡桃「だよね」

豊音「お前さん、そんなんで大丈夫ー? ワイルドライフ平気ー?」

 豊音の心配をよそに、猫はとうとう、お返しとばかりに豊音の手をグルーミングし始めた。

 甘噛みをまじえ、白猫は豊音の手をしぺしぺ舐めている。

 本当に野良猫なのか疑わしくなるが、触ると毛並みに隠された肢体は、野良猫らしくやせ細っていた。

 豊音が羨ましくなって、私も頭に手を伸ばした。

 すると。

「……!」

胡桃「あ」

 頭上に正面から手を伸ばしたのがいけなかったのか、猫は細めた眼をぱっと見開き動きを止めた。

 私も猫の頭上で手を止める。

 猫は寝転んだまま、私の手を凝視。

「ミャウ!」

 そして猫パンチ。

胡桃「あいた!」

 しまった……失敗。

「……」

 猫は身を起こし、てててっと私たちから距離を取った。

 そして一瞬こちらを一瞥し、その後はもう振り返ることもなく、全力ダッシュで走り去ってしまった。

胡桃・豊音「あー……」

 二人して落胆の声を漏らす。
66 : ◆Xk..svTef9j1 [saga sage]:2017/09/27(水) 20:18:41.82 ID:azWsX3x10
>>56を↓に



 見たままつけた名前、というわけではないのだと思う。

 我らが先鋒さまを意識しての命名なのは、名を呼ぶ豊音の楽しげな顔を見れば明白だった。

豊音「ご飯あげるねー」

 豊音は通学バッグから猫缶を取り出し、ぱかりと開けている。

「! ウニャー!」

 自分の食事だと気づいた猫が、しゃがみこんだ豊音の膝に前足をのせて荒ぶっている。

豊音「まってー、スカートに爪たてないでー。はい、どうぞ」

 慌てて缶を地面に置く豊音。
 ものすごい勢いで猫缶に食いつく白猫。

 そういえば、数日前に少し触ったとき、ずいぶん痩せていると感じたっけ。

 豊音が誘いを断った理由にも、これで察しがついた。

 気ままな野良猫のあの子が、明日もあの植え込みにやって来る保証はない。

 豊音は次にいつ会えるかわからないあの子に、餌をやるチャンスを逃したくなかったのだろう。

豊音「まだここにいてくれてよかったよー。しかしあれだよね、君らはほんと、大急ぎで食べるよねー。もっとゆっくりでいいのにー」

 まるで人間に対するときのように、普通のトーンでしゃべる豊音がおかしい。

胡桃「ふふ」

 堪えきれず笑いながら近づくと、豊音はびくりと体を震わせて、こちらを振り返った。

豊音「胡桃ー」

 どことなくバツの悪そうな表情。
 
胡桃「疲れてたんじゃなかったの?」

 少し意地悪を言ってみる。

豊音「あ、ああー……っと。えっと。えへへぇ……」

 豊音は口ごもり、何かを誤魔化すように頭を掻いて笑った。

 嘘がばれていることは、今の一言で伝わったようだ。

 嘘をついてまで一人で来ることはないのに……とは思うけれど、豊音としては、ひとりで来るほうが気楽だったのだろう。

 数日前、私はこの白猫から猫パンチをくらっている。

 白猫は豊音によく懐くが、私には馴れてくれない。

 あの日、猫を逃がした私は豊音に謝った。

 あの程度のことで謝罪を受けるのが、友達付き合いに慣れていない豊音には気が重かったのかもしれない。

 豊音のことだから、私がまた猫パンチをくらって怪我でもしたら――なんてことも考えていたのだろう。
67 : ◆Xk..svTef9j1 [saga sage]:2017/09/27(水) 20:21:03.09 ID:azWsX3x10
修正できてすっきり
今度こそ終了です。ありがとうございました。
68 : ◆Xk..svTef9j1 [saga sage]:2017/09/27(水) 20:22:45.40 ID:azWsX3x10
HTML化依頼はすでに出してあります
念のため
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/27(水) 22:13:52.05 ID:FgC9PAZa0
おつ。
良かったですっ
70 : ◆Xk..svTef9j1 :2017/10/06(金) 14:37:57.29 ID:10FTisI70
PIXVに転載することにしました。
71 : ◆Xk..svTef9j1 :2017/10/06(金) 17:11:31.38 ID:10FTisI70

ピクシブURL
https://www.pixiv.net/member.php?id=27992934

ていうかいつ落ちるのこのスレ
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 18:47:59.90 ID:qgPSebfs0
お疲れ様でした。
とっても良かったです。
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