輿水幸子「ボクのなつやすみ」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/11(月) 17:25:49.17 ID:4sMggCAno

二階の、陽当たりのいい廊下を歩いて行った先に、滅多に人の立ち入らない小さな部屋がある。

祖母から聞いた話では、幸子の父親が昔使っていた勉強部屋だという。

幸子は数年前、一度だけそこへ入ったことがある。

その時はまだ小学校低学年だったので中の様子をはっきりと覚えているわけではないが、物が少なくて殺風景な、つまらない部屋だったということはぼんやり記憶に残っている。

「ここ、なんのお部屋?」

「ここはねぇ、おまえのお父ちゃんがおまえと同じくらいの頃から使ってた部屋なんだよ」

幼かった幸子はそんな話を聞かされても何を感じたらいいか分からず、祖母に手を握られながら薄暗い部屋をぼうっと眺めるばかりで、なんとなく居心地の悪い思いがした。

そうして祖母はしばらく黙ったまま幸子の様子を伺った後、「すまんねえ、なんも面白いもんがなくて」と言って静かに扉を閉めた。

幸子にとって、この屋敷での一番古い思い出は、その時の祖母の寂しそうな表情と、同時に自分がなぜだか悪いことをしてしまったような罪悪感の、切ない体験と二重になって心に残っていたのである。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1505118348
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/11(月) 17:27:43.70 ID:4sMggCAno
そして現在、輿水幸子十四歳の夏、彼女は両親と共に田舎の祖父母の家へ遊びに来ていた。
父親が珍しく長い休暇をもらったので、お盆休みと合わせて十日間ほど滞在する予定になっていた。

ところが幸子は二日目にして早くも暇を持て余してしまったので、何か楽しいこと面白いことはないかと思案を巡らしていたところ、ふいに例の部屋のことを思い出し、そして連鎖するように蘇ってきた昔の記憶を今こそ確かめるべく立ち上がったのだった。

また、それでなくともこの古びた広大な屋敷は、十四歳の少女が思いつきで探検してみたくなる程度には魅力的な建物だった。

幸子は、母親がぼんやりテレビを見ている隙にこっそり居間を抜け出した。
まるで悪戯をたくらんでいる子供である。
そして実際、幸子は自分が急に大胆になったような気がしてわくわくした。

二階へ上がる階段は時々すくみあがるほど不吉な音を立てて軋んだ。
幸子は思わず息をひそめながら、誰にも気付かれないようにゆっくり階段を上って行った。
とはいえ、この時屋敷にいたのは幸子と幸子の母親の二人だけだったので、幸子のこうした緊張はまるで意味を為さなかった。

築ウン十年という木造建築の二階は、作りこそ頑丈にできていたが、床や壁は傷だらけで、おまけに物が散らかっていた。
幸子は二階の廊下を見渡すや否や閉口した。
ビールケースや新聞紙の束、壊れた家電、祖父の仕事道具、その他よく分からない小物があちこちに転がっているのである。
窓から真夏の太陽光線が容赦なく差し込んでいるせいで埃っぽい熱気が立ち込めている。

幸子は足元に気をつけながら廊下の窓をひとつずつ網戸にして外の空気を取り入れた。
そして何気なく窓の外の遠くを見やると、向かいの道路を挟んだ先に畑仕事をしている祖父とそれを手伝っている父の姿を発見し、わけもなく愉快な気持ちになったりした。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/11(月) 17:28:42.04 ID:4sMggCAno
さて、例の小部屋は幸子の記憶通り、廊下をつきあたった奥にひっそりとあった。

この家では珍しくドアノブ付きの開き戸である。
何も知らなければ物置部屋か便所と思ってしまうかもしれない。
よく見てみると、扉のあちこちにシールを剥がしたような跡があった。

ドアノブに手をかけてそっと回してみるとあまりにも簡単にドアが開いたので幸子は勢い余って反対側の壁に叩き付けてしまいそうになった。

部屋の中から畳の蒸れたような匂いが溢れ出てくる。
幸子はその香りの密度に一瞬息が詰まりそうになった。

思わず咳き込みながら、灯りの点いていない薄暗い室内へと目を凝らす。
かつて祖母に連れられて訪れた時の、少しばかり苦い味のする思い出の風景と、ほとんど何も変わっていないような気がした。

が、一方では不思議に新鮮な気持ちがした。
記憶の中におぼろげに思い描いていた憂鬱な眺めは、今やもうすっかり忘れ去られて、代わりに未知への好奇心に上書きされたのである。……
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